説明

表面の生体適合性の改質方法

【課題】生体または生体に由来する物質と接触する表面の生体適合性を改質、特に、向上せしめる方法。具体的には、生体内の血液と人工物である材料とが接触した時に生じる血液の変性を低減乃至防止する方法の提供。
【解決手段】環状ニトロキシドラジカル部分を担持する反復単位よりなる群から選ばれるいずれか1種の単位を、少なくとも、ポリマー主鎖の反復単位の15%以上含んでなり、他の反復単位が存在する場合には、対応する単位の環状ニトロキシドラジカル部分が水素原子もしくは他の官能基を形成し得る基である反復単位または該反復単位と一緒になってコポリマーを形成しうる反復単位を含む、ポリマーを固定する工程を含んでなる、上記方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は生体または生体に由来する物質と接触する表面の生体適合性を改質、特に、向上せしめる方法に関する。より具体的には、本発明は生体内の血液と人工物である材料とが接触した時に生じる血液の変性を低減乃至防止する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の医療工学の発展に伴い医療現場では、人工血管や人工心肺などの人工臓器が使用されるようになってきた。現在使用されている人工臓器の多くは高分子材料からできており、血液や生体組織と直接接触するものについては、生体適合性、特に、血液適合性や組織適合性が要求される。例えば、材料に血液が接触すると生体液は活性化され、酸化ストレスの上昇、血液の凝固反応や炎症反応を引き起こす。このとき活性化された白血球などの食細胞は、活性酸素種(ROS)を産生すると伴に炎症性サイトカインを放出する。
【0003】
現在までに血液の活性化を小さくするために親水性ポリマー、生体膜を模倣したポリマー、ミクロドメイン構造を持つポリマー、生理活性物質を固定化した表面など様々な研究がなされてきた(例えば、非特許文献1および非特許文献2参照)。最近ではアセチルコリン基を有する高分子(PMPC)やポリアクリル酸2−メトキシエチルなどの生体適合性の良い新規ポリマーが開発されて来ている(例えば、特許文献1および特許文献2参照)。これらの材料は比較的性能がよく、その一部は実用化されているものの、完全に問題が解決されているわけではない。たとえば親水性ポリマーは血小板の吸着は抑制するが血液の活性化反応については抑制することができないことが挙げられる。生理活性物質は動物由来物質であり安全面に問題があることや、生理活性の自然低下といった問題がある。最近、トコフェロールのような抗酸化剤を表面にコーティングしてROSの発生を抑える方法が一定の成果を上げているものの、高価で化学量論的反応のため、公算可能が継続しないという問題があった。また、医療用物品の表面を被覆するためのポリマー性キャリアとして、ポリ(ヒドロキアルカン酸エステル−co−エステルアミド)の側鎖に活性酸素をはじめとするフリーラジカルの捕捉剤としての2,2’,6,6’−テトラメチル−1−ピペリジニルオキシフリーラジカル(TEMPO)を担持させたポリマーも提案されている(特許文献3参照)。なお、特許文献3では、上記フリーラジカル捕捉剤の他に、多種多様な薬剤、例えば、増殖抑制薬、抗血小板薬もしくは抗凝固薬、診断用薬剤を該ポリマーの側鎖に担持させることが提案されている。しかし、これらの薬剤を担持するポリマーで被覆された表面が具体的にどのような挙動を示すかを明らかにするデータは何ら開示されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2004−161954
【特許文献2】WO2008/023604
【特許文献3】WO2006/078356
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Megan C.Frost,et al.Biomaterials 26(2005)1685-1693
【非特許文献2】Kazuhiko Ishihara et al.J.Biomater Sci.Polymer Edn.10(3)271−282(1999)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記先行技術の問題点は、下記のようにまとめることができる。
1)親水性ポリマーのミクロ相分離膜は、一度活性酸素が発生するとその活性酸素を捕捉することができない。
2)生体活性物質を固定化した表面は、当該物質は、通常、動物由来物質であり、生体で使用する際の安全面に問題があり、また、一度発生した活性酸素を捕捉することもできない。また、表面へ固定化が困難であり、表面の物理的安定が低い。
3)生体膜模倣ポリマーは、一度活性酸素が発生するとその活性酸素を捕捉することができない。
4)フリーラジカル捕捉剤を担持させたポリマーから形成される塗膜が抗血小板薬もしくは抗凝固薬を担持させたポリマーと異なり血液や生体に対して具体的にどのように作用するのか推測できない。
【0007】
したがって、本発明の目的は、生体または生体に由来する物質と接触する表面に対して容易、かつ、安定に固定できる材料を用い、生体適合性に関連して、広範にかつ、より具体的に有意な挙動を示すように該表面を改質するための方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
発明者らは先に、触媒的に酸化還元を司るニトロキシラジカルを高分子に担持することにより生体内での代謝を回避し、ROS消去剤として機能することを見出し提案した(特願2008−120626及び特願2008−178150)。今ここに、TEMPO等のニトロキシドラジカルを側鎖に担持した一定の反復単位を含むポリマーが、生体または生体に由来する物質と接触する表面に安定に固定でき、該表面上でROSを消去もしくは吸収できることのみならず、該表面が、とくに、生体内の血液と人工物である材料とが接触した時に生じる血液の変性を低減乃至防止できることを見出した。これは、特許文献3が具体的に血液に関連するものとして、抗血小板薬、抗凝固薬、及び抗トロンビン薬、例えば、ヘパリンナトリウム、低分子ヘパリン、へパリノイド、ヒルジン、アルガトロパン、フォルスコリン、プロスタサイクリン等を使用することと明確に異なる。
【0009】
したがって、本発明は、本発明は生体または生体に由来する物質と接触する表面の生体適合性を改質する方法であって、該表面に
環状ニトロキシドラジカル部分を担持する反復単位を、少なくとも、ポリマー主鎖の反復単位の15%以上含んでなり、他の反復単位が存在する場合には、対応する環状ニトロキシラジカル部分が水素原子もしくは官能基である反復単位であるか、または該反復単位と一緒になってコポリマーを形成しうる別の反復単位を含み、かつ、環状ニトロキシドラジカル部分を担持する反復単位と存在する場合の他の反復単位は相互にランダムに存在するかまたはブロックを形成してもよい、ポリマーを固定する工程を含んでなる、上記方法が提供される。好ましくは、該ポリマーはフィルムまたは被膜として目的の表面に固定される。
【0010】
本発明によれば、生体または生体に由来する物質と接触する表面とし、限定されるものでないが、ダイアライザー、コンタクトレンズ、人工血管、人工臓器、注射器、培養シャーレ、ピペットチップ、といった直接血液や血漿などの体液や細胞、組織などと接触する医療用具等の表面の生体適合性、特に血液適合性を改質乃至向上できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】表面処理例1のコーティング表面の反応TEMPOLに対するソックスレー洗浄後のESR測定結果を示す。
【図2】上記ESR測定結果についてESR強度を縦軸に、洗浄時間を横軸にプロットしたグラフ表示である。
【図3】ソックスレー洗浄後のコーティングのESR測定結果を示す。
【図4】試験例1におけるNRPランダムコポリマーに関する全血接触試験による血球数の変動についてのグラフ表示である。
【図5】製造例3で製造されたPCMSのH NMRスペクトラムである。
【図6】製造例3で製造されたPCMSのGPCの測定結果を示す。
【図7】表面処理例2で処理した表面のXPSの測定結果を示す。
【図8】試験例2におけるNRPホモポリマーに関する全血接触試験による血球数(A:血小板、B:白血球)の変動についてのグラフ表示である。
【図9】試験例2におけるビーズ表面の電子顕微鏡写真である(左:TEMPOを含まないポリマー処理、右:TEMPO含有ポリマー処理)。
【図10】試験例3における活性酸素産生量の経時的な変動のグラフ表示である。
【図11】試験例3におけるTEMPO導入率の異なる各ポリマーコート表面の活性酸素産生量のグラフ表示である。
【発明の詳細な記述】
【0012】
本発明にいう、生体適合性とは、長期間にわたって生体に悪影響も強い刺激も与えず、本来の機能を果たしながら生体と共存できる属性をいう。生体は、人体をはじめ哺乳動物,その他の動物、さらには、植物を包含する概念で使用しており、したがって、生体に由来する物質とは、動物の器官、臓器、細胞、体液(例えば、ヒトにおいては血液、涙、唾液)等を意味する。
【0013】
上記表面の改質に使用できる、ポリマーは、下記式(a)〜(p)で表される反復単位を、少なくとも、ポリマー主鎖の反復単位の15%以上、好ましくは20%、より好ましくは35%以上をランダムもしくはブロックを形成するように含むコポリマーであるか、またはすべての反復単位がそれらのいずれかの1種であるホモポリマーであることができる。
【0014】
【化1】

【0015】
【化2】

【0016】
【化3】

【0017】
【化4】

【0018】
上式中、Rは環状ニトロキシドラジカル部分を表し、
nは、5〜10,000、好ましくは、5〜5,000、より好ましくは5〜2,500の整数を表す。
【0019】
上記反復単位が、ポリマー主鎖の反復単位の100%を占めない場合、存在し得る残りの反復単位は、上記環状ニトロキシドラジカル部分を表す、Rが水素原子であるか、または他の官能基を形成し得る基を有するランダムに存在するかもしくはブロックを形成するように存在する反復単位である。ポリハロメチルスチレン(a)において、他の官能基を形成し得る基は−(CH)−ORまたは−(CH)−NHRの−ORおよび−NHRがハロゲン原子、例えば、フッ素、塩素もしくは臭素原子であることができる。
【0020】
これらの反復単位のうち、ポリハロメチルスチレンから誘導できる反復単位(a):
【0021】
【化5】

【0022】
を好もしいものとして挙げることができる。このような反復単位を含むポリマーは、一般的に、これらの反復単位に起因して疎水性を示すが、それにもかかわらず、生体適合性を上記表面に付与することができる。
【0023】
Rの環状ニトロキシラジカル部分は、必要により、連結基、−CHCHO−、−CHCHS−、−COCHCHO−、−COCHCHS−、−(CH−O−、−(CH−S−、−CO(CH−O−、−(CH−O−等を介して結合することができる、2,2,6,6−テトラメチルピペリジン−1−オキシル−4−イル、2,2,5,5−テトラメチルピロリジン−1−オキシル−3−イル、2,4,4,−トリメチル−1,3−チアゾリジン−3−オキシル−2−イル、および2,4,4−トリメチル−イミダゾリジン−3−オキシ−2−イル等から選ぶことができる。より具体的には、次式
【0024】
【化6】

【0025】
(式中、R’はメチル基である。)
のいずれかで表される環状ニトロキシドラジカル化合物の残基であることができる。
【0026】
上記のポリマーは、例えば、下記の反復単位を含むそれ自体公知のポリマーに上記の環状ニトロキシドラジカル部分を導入することにより製造できる。なお、この導入は、下記の反復単位を有するそれ自体公知のポリマーを表面に塗布した後、ニトロキシラジカル部分を導入してもよい。塗布は、それ自体公知のポリマー溶液を用いる塗布等であることができる。
式:
【0027】
【化7】

【0028】
(ここで、pは1または2を表し、Rは非結合末端において1個のフェニル基もしくはベンズヒドリル基により置換されていてもよいC−C12アルキル基を表し、nは3〜1,000の整数を表す。)で表されるポリアミノ酸エステル鎖セグメント(i)。
式:
【0029】
【化8】

【0030】
(ここで、Rは非結合末端において1個のフェニル基もしくはベンズヒドリル基により置換されていてもよいC−C12アルキル基を表し、Rは水素原子またはC1−5アルキル基を表し、nは3〜1,000の整数を表す。)で表されるポリ((メタ)アクリル酸エステル)鎖セグメント(ii)。
式:
【0031】
【化9】

【0032】
(ここで、nは3〜1,000の整数を表す。)で表されるスチレン−無水マレイン酸共重合体鎖セグメント(iii)。
式:
【0033】
【化10】

【0034】
(ここで、Rは非結合末端において1個のフェニル基もしくはベンズヒドリル基により
置換されていてもよいC−C12アルキル基を表し、nは3〜1,000の整数を表す。)で表されるポリリンゴ酸エステル鎖セグメント(iv)。
式:
【0035】
【化11】

【0036】
(ここで、nは3〜1,000の整数を表す。)で表されるポリアミック酸鎖セグメント(v)。
式:
【0037】
【化12】

【0038】
(ここで、Lは塩素、臭素またはヨウ素原子を表し、nは3〜1,000の整数を表す。)で表されるポリ(ハロメチルスチレン)鎖セグメント(vi)。
式:
【0039】
【化13】

【0040】
(ここで、nは3〜1,000の整数を表す。)で表されるポリ(グリシジル メタクリレート)鎖セグメント(vii)。
式:
【0041】
【化14】

【0042】
(ここで、nは3〜1,000の整数を表す。)で表されるポリ(2−ヒドロキシエチル
メタクリレート)鎖セグメント(viii)。
式:
【0043】
【化15】

【0044】
(ここで、nは3〜1,000の整数を表す。)で表されるポリエピクロロヒドリン鎖セグメント(ix)。
式:
【0045】
【化16】

【0046】
(ここで、nは3〜1,000の整数を表す。)で表されるポリ−3,3−ビスクロロメチルオキセタン鎖セグメント(x)。
【0047】
環状ニトロキシドラジカルの上記反復単位を含むポリマーへの導入は、例えば、前者のラジカル以外の官能基(例えば、アミノ基、アミノメチル基、ヒドロキシル基、ヒドロキシメチル基、カルキシル基またはカルボメチル基)と上記反復単位における反応性基(ハロゲン原子、カルボキシル基、エステル基、酸無水物基、マレイミド基またはエポキシド基)を介して、それ自体公知の縮合または不可反応等を実施することにより達成できる。
【0048】
本発明で使用できるポリマーが環状ニトロキシドラジカル部分を担持する反復単位((a)〜(p))以外の反復単位を有するコポリマーである場合、該コポリマーは、上記(a)〜(p)で表される反復単位のRが水素原子を表す反復単位、上記(i)〜(x)、あるいはまた、より具体的には、下記式(nは3〜1,000の整数を表し、pは3〜5,000の整数を表す。)で表される反復単位よりなる群から選ばれる反復単位であることができる。環状ニトロキシドラジカル部分を担持する反復単位((a)〜(p))のいずれかと、それ以外の反復単位は、ランダムに存在するかもしくはブロックを形成して存
在することができるが、好ましくはランダムに存在することができる。
【0049】
【化17】

【0050】
【化18】

【0051】
【化19】

【0052】
【化20】

【0053】
本発明にいう、生体適合性は、上記の定義の範疇内のものであれば、限定されるものでないが、血液適合性に注目している。本発明にいう、かような血液適合性の改質とは、より具体的には、血液と対応する未処理の表面が接触した場合に生じる該表面への血球吸着が上記ポリマーの塗布された表面では抑制され(表面と接触する血液の血小板および/または白血球の減少が抑制される)、または、血液中の活性酸素量の増加が抑制されることを意図している。
【0054】
したがって、本発明に従えば、ポリ(クロロメチルスチレン)(PCMS)のような反応性高分子に任意の割合でTEMPOを導入し、残りの反応基を介して、例えば、ポリエチレングリコール(PEG)等をさらに導入した表面を形成することができる。これにより血液適合性だけでなく、ROSが関与していることが考えられているコンタクトレンズや培養シャーレなど様々な機器表面の改質が可能である。この残りの反応性基がハロゲン原子である場合、さらには発明者らが先に提案した、特願2008−238133に開示したような大気圧プラズマにより該ハロゲン原子を介して対応するポリマーを表面に固定することもできる。
【0055】
本発明では、安定なニトロキシドラジカルを有するホモポリマー、ランダムコポリマー(NRP)の被膜を表面に固定することで血液と材料が接触した際の活性酸素を捕捉することが可能である。また、本発明によれば、上記ポリマーから本質的になり、遊離したTEMPOLやその他のヘモグロビン、アルブミン等を含めることなく形成したコーティングが上記の生体適合性を向上できるが、本発明の目的に悪影響を及ぼさない範囲でアルブミン等を併用してもよい。
【発明を実施するための形態】
【0056】
以下、本発明を、具体例を挙げて説明するが、本発明をこれらに限定することを意味しない。
【0057】
製造例1:
(1)MEA(2−メトキシメチルアクリレート)/CMS(クロロメチルスチレン)のランダムコポリマー(PCM)の合成
【0058】
【化21】

【0059】
反応容器に撹拌子と反応開始剤としてのアゾビスイソブチロニトリル(AIBN)を加え、窒素置換を行った。そこに20分窒素バブリングを行った1,4−ジオキサン、2−メトキシメチルアクリレート(MEA)、クロロメチルスチレン(CMS)、ガスクロマトグラフィー(GC)測定用の内部標準物質デカンを加えた。スターラーで撹拌しながら65℃に加熱したオイルバスに反応容器を入れ重合を開始した。GC測定のため1時間毎にサンプルを0.5mL採取し、氷浴で冷却した後GC測定を行った。重合の停止はGC測定によるMEA、CMSモノマーどちらかの転化率が8割程度になったところで行った。重合反応の停止は反応容器をオイルバスから取り出し、氷浴に浸けることにより行った。生成物は、冷却した大過剰のイソプロピルアルコール(IPA)に沈殿させ、デカンテーションを行った。この過程を3回繰り返すことで精製した。沈殿物をナスフラスコに回収し、IPAをエバポレーターにより蒸発させた後、少量のベンゼンに溶解させ、液体窒素で凍結させ、減圧下で凍結乾燥を行った。ベンゼン凍結乾燥後GPC、およびCDClを用いてH NMR測定を行った。GPC測定に関しては、PS検量線を用いて分子量を決定した。表1に実際に行った重合の仕込み量を示す。
【0060】
得られたPCMのH NMRおよびPC測定結果を表2に示す。組成比についてはH NMR測定より求めた値である。
【0061】
【表1】

【0062】
【表2】

【0063】
(2)反応容器に撹拌子とPCM 20mgを加え窒素置換を3回行った(容器[1])。これと並行して別の容器に撹拌子、4−ヒドロキシ−TEMPO(TEMPOL)、NaH(TEMPOLに対し2当量)を加え窒素置換を3回行った(容器[2])。続いて両容器にそれぞれジメチルホルムアミド(DMF)2mlを加え、撹拌した。試薬が完全に混ざり合ったところで容器[2]の混合液を容器[1]に加え、一晩撹拌し反応させた。反応後、NaHにより生じた塩を取り除くため反応溶液を吸引濾過した。濾液として得られた反応溶液はTEMPO含有ポリマー(NRPランダムコポリマー)溶液としてガラスビーズへのポリマーコーティングに用いた。
【0064】
表面処理例1:NRPのガラスビーズへのコーティング
ガラスビーズへのポリマーのコーティングは溶媒留去法により行った。NRPランダムコポリマー溶液2mLに7gガラスビーズを加え、浸潤させた。このビーズをシャーレに均一に広げデシケータにより真空下完全に乾燥を行った。次にこのポリマーコートビーズ7gを150mLの蒸留水でソックスレー洗浄した。NRP溶液中には、未反応のTEMPOLが存在するためポリマーコーティング後、未反応TEMPOLを除去するためにソックスレー洗浄を行った。ソックスレー洗浄に関しては1時間毎に抽出液を0.5mL採取し、ESR測定を行った。抽出液のESRシグナルがプラトーに達した(つまりビーズよりTEMPOLが流れでなくなった)のを確認できたところで洗浄を終了した。洗浄後、ビーズをゆっくりと吸引濾過した。ビーズがほぼ乾燥したら、シャーレへ均一に広げデシケータにより真空下完全に乾燥させた。以上の操作によりNRPコートビーズを得た。
【0065】
ソックスレー洗浄の抽出液を採取し、ESR測定を行った結果を図1に示す。またESR強度を縦軸、洗浄時間を横軸にプロットしたグラフを図2に示す。図2から7時間洗浄したところでESR強度はプラトーに達していることが明らかとなった。したがって8時間のソックスレー洗浄でビーズ表面に存在するフリーのTEMPOLは、完全に除去されたことが示された。さらに抽出液のシグナル強度から、ガラスビーズ表面に存在するTEMPO量を求めた。その結果TEMPOはCMS基に対し100%近く導入できていることが確認された。
【0066】
100mgのNRPコートビーズを1mLクロロホルムに浸すことでコーティング層を抽出し、ESR測定を行った結果を図3に示す。クロロホルム溶液からは、ESRシグナルが観察されソックスレー洗浄後もガラスビーズ表面にラジカルが存在することを確認した。通常、低分子TEMPOは希薄溶液中において、窒素核と不対電子の相互作用により3本線のスペクトルを示すが、検出されたESRシグナルは、溶液のラジカル(TEMPO)濃度が低いにも関わらずブロードな1本線のスペクトルを示した。これは、PCMSにTEMPOが固定化されたことによってTEMPOの運動性が低下し、スペクトルの線幅が増大した結果、スペクトルが3本線から1本線に変化したものと考えられる。したがってTEMPOはPCMSポリマーに結合しており、ガラスビーズ表面にはNRPランダムコポリマーがコートされていることが示唆された。
【0067】
試験例1:NRPランダムコポリマーの全血接触試験
100mgのポリマーコートビーズを500μLチューブへ入れたもの及びコントロールとしてビーズの入っていないチューブに生理食塩水40μLを添加。SDラット(オス、5−6週齢)から心臓採血により得たヘパリン濃度5 IU/mLの血液を、各ポリマーコートビーズが入ったチューブへ400μL分注し、室温にて20分間混和を行った。混和はロータリーミキサーを用いてチューブが1分間に1回の割合で回転するように行った。所定時間混和後、直ちにcelltac α(NIHON KOHDEN)にて血球数を測定した。血球数については、コントロール(容器のみ)の値を100%とし計算を行った。
【0068】
図4にビーズと血液を20分間接触混和させた際の血小板減少率示す。この結果から、PCMについてはMEAの組成比が増加することで血小板減少が抑制されていくことが明らかとなった。TEMPOの導入効果については、全ての組成比のサンプルについてもTEMPOを導入したPCMTの方がPCMに比べ血小板減少が抑制できていることが図より明らかとなった。またCMSの組成比が大きなポリマーほどTEMPO導入後の血小板減少抑制の効果が大きいことが分かった。これはCMSの組成比が大きなポリマーほどより多くのTEMPOが導入されたためだと考えられる。
【0069】
製造例2:
(1)ポリクロロメチルスチレン(PCMS)の合成
反応容器に撹拌子とAIBN(1mmol、164.2mg)を加えた。次に反応容器中を真空にした後、窒素雰囲気下とした。この操作を3回繰り返すことにより、反応容器内を窒素雰囲気にした。そこに20分間窒素バブリングを行ったジオキサン(50mL)、CMS(100mmol、14.2mg)、ガスクロマトグラフィー(GC)測定用の内部標準物質n−デカン(3mL)を加えた。スターラーで撹拌しながら65℃に熱したオイルバスに反応容器を入れ重合を開始した。GC測定のため1時間毎にサンプルを0.5mL採取し、氷浴で冷却した後GC測定を行った。18時間攪拌後、反応容器を氷浴につけ、重合反応を停止させた。生成物はメタノールを用いた再沈精製を行った。沈殿物をナスフラスコに回収し、メタノールをエバポレーターにより蒸発させた後、少量のベンゼンに溶解させ、液体窒素で凍結し、減圧下で凍結乾燥を行った。凍結乾燥後、白色の粉末状のポリマーが9.6グラム得られ、収率は63.2%となった。得られたポリマーはゲル透過クロマトグラフィー(GPC)測定およびCDClを用いてH NMR測定を行った。GPC測定に関しては、PS検量線を用いて分子量を決定した。ラジカル重合により得られたPCMSホモポリマーのH NMR測定結果よりPCMSホモポリマーが合成されていることが確認された(図5)。またGPC測定結果より数量平均分子量Mnは13000、多分散度Mw/Mnは2.1と決定された(図6)。
【0070】
製造例および表面処理例2:PCMS−TEMPO(NRPホモポリマー)の合成とコーティング
PCMS−TEMPOは、製造例1の(2)に記載の方法に準じて、以下のスキームにより合成した
【0071】
【化22】

【0072】
ガラスビーズへのポリマーのコーティングは上記の表面処理例1と同様の方法を用いた。
【0073】
ガラスビーズ表面へポリマーがコートされているかを確認するためXPS測定を行った。その結果を図7に示す。図7よりコーティングされていないガラスビーズに比べPCMSコートビーズ、PCMS−TEMO(NRP)コートビーズのC元素ピークが大きいことが確認できる。このことからガラスビーズ表面に確かにポリマーがコートされていることが確認された。またPCMSコートビーズではCl元素ピークが観察され、目的のポリマーがコート出来ていることが明らかとなった。
【0074】
さらにPCMS−TEMPO(NRP)コートビーズでは、Cl元素ピークは見られず、TEMPO由来のN元素ピークが現れた。これはTEMPOLとCMS基が反応し、ポリマーからCl元素が抜け、TEMPOが導入されたことを示す結果である。したがってTEMPOはポリマーに結合した状態でガラスビーズ表面に存在していることが明らかとなった。以上の結果よりガラスビーズ表面にNRPがコートされたことが確認された。
【0075】
各TEMPO仕込み比のNRPについてもXPS測定を行い、N元素とCl元素の比より、PCMSへのTEMPOの導入率を求めた。その結果を表3にまとめる。
【0076】
表3より、TEMPO仕込み比の増加に従いTEMPO導入量も増加していることがわかる。またESR測定より求めたTEMPO導入率とXPS測定より求めた導入率は同等の値を示し、目的のポリマーがガラスビーズにコート出来ていることが明らかとなった。
【0077】
【表3】

【0078】
試験例2:PCMS−TEMPO(NRPホモポリマー)コートビーズの全血接触試験
100mgのポリマーコートビーズを500μLチューブへ入れたもの及びコントロールとしてビーズの入っていないチューブに生理食塩水40μLを添加。SDラット(オス、5−6週齢)から心臓採血により得たヘパリン濃度5 IU/mLの血液を、各ポリマーコートビーズが入ったチューブへ400μL分注し、室温にて30分間混和を行った。混和はロータリーミキサーを用いてチューブが1分間に1回の割合で回転するように行った。所定時間混和後、直ちにcelltac α(NIHON KOHDEN)にて血球数を測定した。血球数については、コントロール(容器のみ)の値を100%とし計算を行った。
【0079】
ポリマーコートビーズに5IU/mL濃度ヘパリン化全血を接触させ、血小板数・白血球数を測定した結果を図8に示す。血小板減少はPCMSへのTEMPO導入率が増すにつれ、抑制されることが観察された。同様に白血球についてもTEMPO導入率が増すことで減少が抑制されることが観察された。これはビーズ表面に存在するTEMPOにより、材料への血球吸着が抑制できることを示唆する結果である(図9)。図9のSEM画像からもPCMS−TEMPOコートビーズは、PCMSコートビーズよりも明らかに血球吸着が少なく、TEMPO導入が表面と生体適合性を向上する効果をしめすことが確認された。
【0080】
試験例3:活性酸素測定
ビーズと血液が接触した時に生じる活性酸素は、化学発光法により測定した。化学発光物質としては、スーパーオキシド特異的に発光を示す試薬MPECを用いた。96ウェルプレートに各ポリマーコートビー50mgを加え、そこにエタノールに溶解させた1mM
MPEC溶液50μLを分注した。次に終濃度が1%となるようにPBS(1mM pH7.4)で2%に薄めた血液(5−6週齢ラットより心臓採血で得た全血)を50μL分注し、直ちに発光量をマイクロプレートリーダーにより30秒のインターバルで測定した。ビーズと血液との接触によって生じた活性酸素産生量を求めるため、ビーズを入れていない血液のみの時に生じる発光量を目的のサンプルの発光量から差し引いてバックグラウンドを補正した。その結果を図10に示す。図10より、PCMSコートビーズ(T0−beads)では、血液と接触後、発光量は徐々に増加していき活性酸素が産生されていることが観察された。一方PCMS−TEMPOコートビーズ(T94−beads)では、血液を接触後も発光量の増加が見られず、ほとんど活性酸素が産生されていなことが確認された。
【0081】
次に異なるTEMPO導入率のNRPコートビーズを用いて活性酸素産生量を測定した。96ウェルプレートに各NRPコートビーズを加え、そこに1mM MPEC 50mlを分注した。次に終濃度が1%になるように二%希釈血液50μLを分注し、マイクロプレートリーダーを用いて1分間の発光量積算値を測定した(図11)。図11より、TEMPOの導入率が増すほど、発光量は小さくなり活性酸素の産生が抑制されていることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0082】
本発明より安定ニトロキシラジカルを含むポリマーで一定の表面を処理することにより、無処理表面が血液と接触した際に生じる可能性のある血液の変性、例えば、活性酸素発生を抑制し血液の活性化を抑制することができる。したがって、本発明は、血液の吸着を防ぐため、血液と直接接触する人工血管や人工臓器などの表面コーティング剤に関連する技術分野の産業で利用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体または生体に由来する物質と接触する表面の生体適合性を改質する方法であって、該表面に
下記式で表される、環状ニトロキシドラジカル部分を担持する反復単位よりなる群から選ばれるいずれか1種の単位を、少なくとも、ポリマー主鎖の反復単位の15%以上含んでなり、他の反復単位が存在する場合には、対応する単位の環状ニトロキシドラジカル部分が水素原子もしくは他の官能基を形成し得る基である反復単位または該反復単位と一緒になってコポリマーを形成しうる反復単位を含む、ポリマーを固定する工程を含んでなる、上記方法:
【化1】

【化2】

【化3】

【化4】

上式中、Rは環状ニトロキシドラジカル部分を表し、
nは、5〜10,000の整数を表す。
【請求項2】
環状ニトロキシドラジカル部分が、Rの環状ニトロキシラジカル部分は、必要により、連結基、−CHCHO−、−CHCHS−、−COCHCHO−、−COCHCHS−、−(CH−O−、−(CH−S−、−CO(CH−O−、−(CH−O−等を介して結合することができる、2,2,6,6−テトラメチルピペリジン−1−オキシル−4−イル、2,2,5,5−テトラメチルピロリジン−1−オキシル−3−イル、2,4,4,−トリメチル−1,3−チアゾリジン−3−オキシル−2−イル、および2,4,4−トリメチル−イミダゾリジン−3−オキシ−2−イルよりなる群から選ばれる,請求項1記載の方法。
【請求項3】
生体適合性が、血液適合性である、請求項1または2記載の方法。
【請求項4】
請求項1または2に記載の方法であって、生体適合性の改質が、血液と未処理の表面が接触した場合に生じる該表面への血球吸着の抑制または血液中の活性酸素量の増加の抑制する性質である、上記方法。
【請求項5】
環状ニトロキシドラジカル部分を担持する反復単位が、ポリハロメチルスチレン(a):
【化5】

のいずれかであり、該単位が少なくとも、ポリマー主鎖の反復単位の25%以上含んでなり、他の反復単位が存在する場合の反復単位が,上記式(a)のRが水素原子で表される、請求項1〜4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
環状ニトロキシドラジカル部分を担持する反復単位が、ポリハロメチルスチレン由来の反復単位(a):
【化6】

のいずれかであり、該単位が少なくとも、ポリマー主鎖の反復単位の25%以上含んでなり、他の反復単位が存在する場合の反復単位が下記式で表される反復単位よりなる群から選ばれる反復単位である、請求項1〜4のいずれかに記載の方法:
【化7】

【化8】

【化9】

【化10】

(上式中、nは3〜1,000の整数を表し、pは3〜5,000の整数を表す。)。
【請求項7】
一般式I:
−A−B−
で表され、かつ、
Aが、式
【化11】

(式中、nは5〜10,000の整数を表す。)
で表され、かつ、Rが式
【化12】

(式中、R’はメチル基である。)のいずれかで表される、反復単位よりなる群から選ばれ、そして
Bが、式
【化13】

【化14】

【化15】

【化16】

(上式中、nは3〜1,000の整数を表し、pは3〜5,000の整数を表す。)
で表される反復単位よりなる群から選ばれる反復単位
を含んでなるランダムコポリマー。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2011−78706(P2011−78706A)
【公開日】平成23年4月21日(2011.4.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−235723(P2009−235723)
【出願日】平成21年10月9日(2009.10.9)
【出願人】(504171134)国立大学法人 筑波大学 (510)
【出願人】(803000115)学校法人東京理科大学 (545)
【Fターム(参考)】