説明

表面改質フッ素樹脂フィルムの製造方法、ゴム複合体の製造方法およびゴム製品

【課題】長期間の在庫ができる表面改質フッ素樹脂フィルムの製造方法、表面改質フッ素樹脂フィルムとゴムとが接合されたゴム複合体の製造方法およびゴム複合体で形成された医療用ゴム製品を提供する。
【解決手段】表面改質フッ素樹脂フィルムの製造方法は、フッ素樹脂フィルムRFの表面にアノードレイヤーイオンソース2からのイオンビームを照射してその表面を粗面化するものである。このようにして製造された表面改質フッ素樹脂フィルムは、粗面化された面にゴムを重ね合わせて加硫成形することにより同時にこれらを強固に接着することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面改質フッ素樹脂フィルム、フッ素樹脂フィルムとゴムとが接合されたゴム複合体およびゴム複合体で形成された医療用ゴム製品に関する。
【背景技術】
【0002】
フッ素樹脂は、化学的安定性および熱的安定性に優れるほか、自己潤滑性を有するために摩擦係数が低い等の特徴がある。しかしながら、フッ素樹脂は、汎用樹脂に比べて極めて高価であることから、優れた特性を有するもののその用途は限られていた。
また、フッ素樹脂は、その化学的安定性から、シート状またはフィルム状のものを接着剤により他の材料にラミネートして使用量の削減を図ることが難しく、例えば、化学的安定性を生かすことができる医薬品容器の栓等への利用が普及しなかった。
【0003】
これに対し、フッ素樹脂を、接着剤により他の素材に接着可能にするために、フッ素樹脂成形物の表面にプラズマ照射を行って粗面化し、かつ成形物表面におけるフッ素原子を注入されたプラズマイオン原子に置換して、フッ素樹脂成形物の表面の親水性を改善させる技術が提案されている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2009−263529号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に開示されたような、不活性な表面の原子をプラズマ処理により他の原子で置換して親水化する方法では、ポリマーの熱ゆらぎにより処理面(改質面)が樹脂内部に潜り込む、または生成した親水性の低分子物質が遊離する等の要因により表面の改質効果(親水性)の持続性に問題があることが知られている。
表面の改質効果の経時的な減少が生ずる場合、特許文献1に開示された方法で表面改質されたフッ素樹脂系生成物の使用可能期間(在庫期間)は、短期に制限される。そして、需要予測の誤りによりフッ素樹脂系生成物を材料とする次工程の生産量が減少すれば、在庫するフッ素樹脂系生成物が材料として不適格(不良品)となるおそれがある。
【0006】
本発明は、上述の問題に鑑みてなされたもので、長期間の在庫ができる表面改質フッ素樹脂フィルムの製造方法、表面改質フッ素樹脂フィルムとゴムとが接合されたゴム複合体の製造方法およびゴム複合体で形成された医療用ゴム製品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明に係る表面改質フッ素樹脂フィルムの製造方法は、フッ素樹脂フィルムの表面にアノードレイヤーイオンソースからのイオンビームを照射して前記表面を粗面化するものである。
好ましくは、前記アノードレイヤーイオンソースにおいてイオンビームを生成させるための照射電圧を1.5kV以上とする。
【0008】
前記フッ素樹脂フィルムは、PTFE、変性PTFE、PFA、ETFEのいずれかである。
PTFEは、耐熱性が高く摩擦係数が最も低いため、高温となる部分に使用されるゴム複合体、摺動する部分に使用されるゴム複合体の製造に使用される。
変性PTFEは、物性がPTFEに近く、かつ、成形性が良好であるため、複雑な形状のゴム複合体の製造に適する。
【0009】
PFAおよびETFEは、平滑なシートの成形が可能であり、表面の平滑さが求められるゴム複合体の製造に適する。
本発明に係るゴム複合体の製造方法は、フッ素樹脂フィルムの表面にアノードレイヤーイオンソースからイオンビームを照射して前記表面を粗面化し、前記フッ素樹脂フィルムの前記表面にゴムを重ね合わせて加硫成形することにより同時にこれらを接着する。
【0010】
本発明に係る医療用ゴム製品は、フッ素樹脂フィルムとゴムとからなり、前記フッ素樹脂フィルムは、その表面がアノードレイヤーイオンソースからのイオンビームの照射を受けて粗面化されており、前記フッ素樹脂フィルムにおける粗面化された表面に前記ゴムが重ねられて加硫成形されたことにより前記ゴムが前記フッ素樹脂フィルムの粗面化された表面に入り込みアンカー効果によって前記フッ素樹脂フィルムに固着されたものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明によると、長期間の在庫ができる表面改質フッ素樹脂フィルムの製造方法、表面改質フッ素樹脂フィルムとゴムとが接合されたゴム複合体の製造方法およびゴム複合体で形成された医療用ゴム製品を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】図1は表面改質装置の概略図である。
【図2】図2はイオン照射装置の外観図である。
【図3】図3はイオン照射装置の長手方向に直交する断面図である。
【図4】図4はイオン照射装置によるイオンビーム照射の様子を示す図である。
【図5】図5は剥離強度に与える照射電圧の影響を示す図である。
【図6】図6は照射電圧が1.5kVの場合の剥離強度に与える移動速度の影響を示す図である。
【図7】図7はプレフィルドシリンジに使用された医療用ゴム製品を示す図である。
【図8】図8は医療用ゴム製品の斜視図である。
【図9】図9は医療用ゴム製品の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
図1は表面改質装置1の概略図、図2はイオン照射装置2の外観図、図3はイオン照射装置2の長手方向に直交する断面図である。
表面改質装置1は、ゴム複合体を構成するフッ素樹脂フィルムRFの表面を改質させる装置である。
表面改質装置1は、処理室3、イオン照射装置2、イオン照射移動装置、保持装置4、前室5および真空装置6からなる。
【0014】
処理室3は、イオン照射装置2、イオン照射移動装置および保持装置4を収容する、密閉可能な部屋である。
イオン照射装置2は、形状が全体として細長い直方体であり、スリット11、空間12、アノード13およびガス流路14を備える。イオン照射装置2は、アノードレイヤー型のホールスラスターを改良したアノードレイヤーイオンソースである。
【0015】
スリット11は、イオン照射装置2における細長い1つの面15(以下「照射側面15」という)に、短い両端縁側がそれぞれ円弧状に湾曲し、長い両縁側が直線のループとなった隙間である。照射側面15を形成する部分におけるスリット11の内側の部分を内極16といい、スリット11の外側の部分を外極17という。
イオン照射装置2は、少なくとも照射側面15を有する材料が強磁性体で製作され、イオン照射装置2に組み入れられた永久磁石により、内極16がS極に磁極化され、外極17がN極に磁極化されている。
【0016】
空間12は、イオン照射装置2の内部に設けられ、スリット11によって外部に連通してその幅がスリット11よりも大きな、スリット11の形状に対応したループ状の空洞である。
アノード13は、ループ状の空間12に収容されたループ状の電極である。アノード13は、銅または銅合金で製作される。
【0017】
ガス流路14は、イオン照射装置2の外部からイオン源となるガスを空間12内に導入するための流路である。
イオン照射装置2において、外極17は接地(アース)され、アノード13は直流電源に接続されている。
イオン照射装置2は、照射側面15を形成する部分(「照射側面15」と略す場合がある)が接地され、アノード13との間に電圧が印加される。また、イオン照射装置2は、内極16がS極に磁極化され、外極17がN極に磁極化されていることにより、スリット11の開口部分で、軸方向の電場に対して磁場が略直交するように形成される。
【0018】
イオン照射装置2のループ状の空間12におけるスリット11近傍では、照射側面15とアノード13との間を移動する電子により、ガス流路14から供給されたガスがプラズマ化されイオン化が生成される。生成した電子は照射側面15に向かい、イオンは、アノード13とスリット11との間の薄い層(アノードレイヤー)で加速されて、スリット11から外部に放出される。
【0019】
イオン照射移動装置は、イオン照射装置2を水平方向に往復移動させるための装置である。イオン照射移動装置は、イオン照射装置2の長手方向を水平方向に直交させて(長手方向を垂直方向にして)イオン照射装置を保持する。イオン照射移動装置は、イオン照射装置2の照射側面15と移動方向との角度αが0度から90度の範囲で任意に変更可能に設計される。イオン照射移動装置は、往復の移動速度および往動端、復動端での静止時間、移動回数(往動および復動をそれぞれ1回とする)等、移動条件を種々変更して動作させることができる。イオン照射移動装置は、イオン照射装置2が垂直方向に移動するように、または水平および垂直のいずれでもない方向に移動するようにしてもよい。
【0020】
保持装置4は、改質対象であるフッ素樹脂フィルムRFを保持するための装置である。保持装置4は、厚みのある強固な長方形のガラス基板21を備える。ガラス基板21は、その表面が垂直となるように保持装置4に組み入れられる。
保持装置4は、往復移動するイオン照射装置2のいずれの位置においても、ガラス基板21の表面とイオン照射装置2との往復移動方向に直交する方向の距離が一定となる位置に、静止可能に配される。ここで「静止可能」としたのは、後述するように、保持装置4が処理室3と前室5との間を移動可能なことによる。
【0021】
前室5は、保持装置4を収容することができる密閉可能な部屋である。前室5は、処理室3に連続し、遠隔操作で開閉可能な扉によって処理室3と隔てられている。前室5は、処理室3との間で保持装置4が移動可能となっており、保持装置4の前室5と処理室3との間の移動は、これらを隔てる扉の開閉とともに外部からの遠隔操作により行われる。
真空装置6は、前段真空ポンプ25、後段真空ポンプ26および複数の自動弁27,28,29,30,31からなる。
【0022】
前段真空ポンプ25は、真空度が低い段階で作動させるあらびきポンプであり、油回転ポンプが使用される。前段真空ポンプ25は、自動弁27,28を介して処理室3および前室5に接続されている。
後段真空ポンプ26は、高い真空度を得るために作動させる真空ポンプであり、クライオポンプが使用される。後段真空ポンプ26は、自動弁29を介して処理室3に接続されている。
【0023】
自動弁30,31は、それぞれ前室5の真空状態を解除するリーク弁、および処理室3の真空状態を解除するリーク弁である。
次に、表面改質装置1によるフッ素樹脂フィルムRFの表面改質処理について説明する。
図4はイオン照射装置2によるイオンビーム照射の様子を示す図である。
【0024】
初めに、改質対象であるフッ素樹脂フィルムRFが、保持装置4のガラス基板21に固定される。フィルム化されたフッ素樹脂として、PTFE(ポリテトラフルオロエチレン)、変性PTFE(4Fモノマーと微量のパーフルオロアルコキシドとの共重合体)、PFA(テトラフルオロエチレン・パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体)、ETFE(テトラフルオロエチレン・エチレン共重合体)が使用される。また、フィルムの厚さは、10μm〜150μmが好ましい。
【0025】
フッ素樹脂フィルムRFは矩形に切断され、四隅または対向する2辺がガラス基板21に直接または間接に固定される。フッ素樹脂フィルムRFには、しわが生じない程度の弱い張力が加えられる。
図1を参照して、フッ素樹脂フィルムRFが固定されたガラス基板21が、前室5内において保持装置4に一体化される。
【0026】
前室5および処理室3が密閉され外部と遮断される。前室5と処理室3とを隔てる扉は開かれている。
自動弁27,28が開かれ、自動弁29,30,31が閉じられた状態で、真空装置6の前段真空ポンプ25が起動され、前室5および処理室3が減圧される。
前室5および処理室3が所定の真空度、例えば102Paに達したら、保持装置4が前室5から処理室3に移動され、前室5と処理室3との間の扉が閉じられる。
【0027】
処理室3内に移動されたフッ素樹脂フィルムRFは、イオン照射装置2との距離およびイオン照射角度αに応じた適切な位置に配される。ここで、イオン照射角度αとは、改質対象(フッ素樹脂フィルムRF)に照射されるイオンビームの照射方向と、改質面に直交する方向とがなす角度であり、表面改質装置1においては、イオン照射角度αは、照射側面15とイオン照射移動装置の移動方向との角度αと同じ値である。
【0028】
また、フッ素樹脂フィルムRFは、いずれかの対向する2辺がイオン照射装置2の長手方向に一致するように、ガラス基板21に固定されている。
続いて自動弁27,28が閉じられ、自動弁29が開かれ、前段真空ポンプ25が停止されると、後段真空ポンプ26が起動される。処理室3は、後段真空ポンプ26により、一層高い真空度、例えば10-2Paにまで減圧される。
【0029】
イオン照射装置2は、照射側面15とイオン照射移動装置の移動方向との角度αが設定された角度になるようにイオン照射移動装置に取り付けられている。イオン照射装置2に、ガス流路14からイオン化するガスが所定の流量で供給される。イオン化するガスには、例えばアルゴンガス、酸素ガスまたは窒素ガスが好ましく、これらは単独または複数で用いられる。これらのうち、化学的に活性な官能基を生成しにくいアルゴンガスが特に好ましい。
【0030】
処理室3内の真空度が設定した値で安定したら、イオン照射装置2が起動され、イオンビームがフッ素樹脂フィルムRFに照射され、表面改質が開始される。また、イオン照射装置2は、イオン照射移動装置により、所定の移動速度で一方の移動端から他方の移動端に向けて水平方向に移動される。
イオン照射装置2がいずれか一方の移動端からいずれか他方の移動端まで設定された回数移動したのち、イオン照射装置2の移動およびその動作が停止され、表面改質が終了する。ここで行われる表面改質は、照射されるイオンビームによりフッ素樹脂フィルムRFの表面および表面近傍の内部の分子構造を破壊し、表面の粗面化を行うものである。
【0031】
表面が改質されたフッ素樹脂フィルムRFは、架橋剤が混合された加硫前のゴムのシート等に重ね合わされ、成形金型により加硫成形されて、所定の形状のゴム複合体に加工される。フッ素樹脂フィルムRFは、表面が改質(粗面化)処理されていることにより、接着剤等を使用することなく、加硫成形によってゴムに強固に固着される。この固着は、加硫されたゴムが粗面化したフッ素樹脂フィルムRFの表面に入り込んだアンカー効果によるものである。
【0032】
ゴム複合体の原料となるゴムには、ブチル系ゴム、イソプレンゴム、ブタジエンゴム、スチレンブタジエンゴム、天然ゴム、クロロプレンゴム、アクリロニトリルブタジエンゴム等のニトリル系ゴム、水素化ニトリル系ゴム、ノルボルネンゴム、エチレンプロピレンゴム、エチレン−プロピレン−ジエンゴム、アクリルゴム、エチレン・アクリレートゴム、フッ素ゴム、クロロスルフォン化ポリエチレンゴム、エピクロロヒドリンゴム、シリコーンゴム、ウレタンゴム、多硫化ゴム、フォスファンゼンゴムまたは1,2−ポリブタジエン等が使用される。
【0033】
これらは1種類を単独で使用しても良いし、2種類以上を組み合わせて用いてよい。
ゴム複合体に使用されるは、上記に限定されないが、ブチル系ゴムまたは/およびエチレン−プロピレン−ジエンゴム(以下、EPDMゴムという)が好ましい。
ブチル系ゴムは耐気体透過性および耐水蒸気透過性に優れることから好ましい。
ブチル系ゴムとしては公知の化合物を用いてよいが、例えばイソブチレン−イソプレン共重合ゴム、ハロゲン化イソブチレン−イソプレン共重合ゴム(以下、「ハロゲン化ブチルゴム」という)、またはその変性物が挙げられる。変性物としては、イソブチレンとp−メチルスチレンの共重合体の臭素化物等が挙げられる。なかでも、架橋の容易さからハロゲン化ブチルゴムがより好ましく、塩素化ブチルゴムまたは臭素化ブチルゴムが更に好ましい。
【0034】
また、EPDMゴムは加工性に優れているため好ましい。EPDMゴムにはゴム成分のみからなる非油展タイプのEPDMゴムとゴム成分とともに伸展油を含む油展タイプのEPDMゴムとが存在するが、本発明ではいずれのタイプのものも使用可能である。EPDMゴムにおけるジエンモノマーの例としては、ジシクロペンタジエン、メチレンノルボルネン、エチリデンノルボルネン、1,4−ヘキサジエンまたはシクロオクタジエンなどが挙げられる。
【0035】
さらに、ハロゲン化ブチルゴムとEPDMゴムの組み合わせは相性が良く、耐気体透過性および耐水蒸気透過性に優れるとともに加工性も優れることからより好ましい。
ゴム複合体が、例えば注射器用のガスケットのような医療用ゴム製品である場合には、ゴムの主成分として気体透過性の低いブチルゴムが好ましい。架橋剤としては、清浄性の観点から、トリアジン誘導体架橋の使用が好ましい。
【0036】
フッ素樹脂フィルムRFとゴムとの加硫接着は、これらを接触させた状態で所定の時間に渡り熱と圧力を加え、ゴムの架橋を行いながらフッ素樹脂フィルムRFと接着させる技術である。加硫接着を行う時間と温度は、未架橋ゴム配合の架橋への必要に応じて、設定が行われる。上記した加硫接着では、本質的に接着剤を使用しないため、ゴム配合に応じて温度と時間が設定される(接着剤の耐熱性など考慮を行う必要がない)。一般的なゴム配合において、加硫温度は140℃〜200℃である。架橋に必要な時間は成形体の寸法に依存するが、医療用ゴム栓などの小型物では1分〜20分程度である。加硫接着を行う時の圧力に関しては、公知のゴムの架橋方法における圧力が採用される。一般に成形物の雌型となる金型に対して、隙間無くゴムが充填される程度の圧力を加えればよく、医療用ゴム栓などの小型物では20MPa程度である。
【0037】
【表1】

【0038】
表1は表面改質装置1を使用して行ったフッ素樹脂フィルムRFの表面改質条件、および表面改質したフッ素樹脂フィルムRFを評価した結果である。表1の「剥離強度」は、加硫接着後のフッ素樹脂フィルムRFとゴムシートとの剥離強度である。表1における剥離強度の欄における「2.5<」は、剥離試験でゴム層が破断し剥離強度が測定できなかったため、破断時の計測強度を示したものである。
【0039】
表面改質、加硫接着の共通条件を以下に示す。
(1) イオン照射装置:IZOVAC社製 IZOVA BEAM CLEANING SYSTEM(アノードレイヤーイオンソース)/イオン照射装置は、ランテクニカルサービス株式会社の駆動装置により駆動
(2) 設定真空度:10-2Pa
(3) フッ素樹脂フィルム:PTFE〜日本バルカー工業製、バルフロン(登録商標)、厚さ100μm/変性PTFE〜日本バルカー工業製、ニューバルフロンEX1(バルフロン:登録商標)、厚さ100μm/PFA〜ダイキン工業製、ネオフロンPFAフィルム(ネオフロン:登録商標)、厚さ100μm/ETFE〜旭硝子株式会社製、FluonETFE(登録商標)、厚さ100μm
(4) イオン照射装置とフッ素樹脂フィルムとの距離:イオン照射装置2の移動方向に直交する方向について照射側面15の幅方向中央(図3,4の符合C)からフッ素樹脂フィルムまでの距離(図4のD)が100mm
(5) 未加硫ゴムシート:ハロゲン化ブチルゴム、厚さ2mm
(6) 架橋剤:2−ジ−n−ブチルアミノ−4,6−ジメルカプト−s−トリアジン〜三協化成株式会社製、ジスネットDB(登録商標)
(7) 加硫接着条件:温度180℃、処理時間5分、処理圧力20MPa
表1において、「照射電圧」はアノード13と照射側面15との間に印加される直流電圧、および「移動速度」は図1におけるイオン照射装置2の移動時の速度、移動回数はイオン照射装置2の片道の移動を1回とした移動回数である。
【0040】
表1におる変色の有無は表面改質後のフッ素樹脂フィルムを対象として目視により行った。
剥離強度は、加硫接着したゴム複合体を幅20mmの短冊状に切り分け、長手方向一端でフッ素樹脂フィルムとゴムとを上下別々のチャックに挟み、一方を50mm/minの速度で上昇させたときの抵抗力を計測して求めた。
【0041】
図5は表1の結果から剥離強度に与える照射電圧の影響を調べた図、図6は表1における照射電圧が1.5kVの場合の剥離強度に与える移動速度の影響を調べた図である。
図5から、照射電圧を1.5kV以上とすることにより、ゴム複合体の剥離強度を実用上十分な強度である1.5N/mm以上とすることができる。
図6からは、移動速度が遅いほどゴム複合体の剥離強度が高まることがわかる。イオン照射装置2の照射電圧が1.5kVの場合、移動速度を40mm/sec.以下とすることにより、PTFEフィルム(フッ素樹脂フィルム)の剥離強度を1.5N/mm以上にすることができる。ただし、比較例2は、照射電圧が低い場合に、移動速度を遅くしかつ移動回数を複数としても、高い剥離強度が得られないことを示す。
【0042】
また、表1における比較例4から分かるように、過剰な改質条件(遅い移動速度、過大な処理回数)では、表面改質後のフッ素樹脂フィルムに着色が生ずる。
表1における実施例2,14と実施例13とから、イオン照射角度αは、30度および60度の2条件で差が見られない。イオンビームの表面改質効果は、イオン照射角度αと改質対象物の結晶構造(原子配列)との関係に左右され、原子の配列方向と異なるイオン照射角度αとするのが好ましい。上記したフッ素樹脂フィルムでは、イオン照射角度αを少なくとも30度〜60度とすれば、良好な表面改質(粗面化)を行うことができる。
【0043】
実施例3における表面改質後のフッ素樹脂フィルムについて、改質された表面の組成をESCA(Electron Spectroscopy for Chemical Analysis)により調べた結果、F(フッ素)56%、C(炭素)41%、O(酸素)2.4%、N(窒素)0.1%であった。PTFEの理論的な組成であるFが66.6%、Cが33.3%に対してFが減少し、C,O,N等の元素が見られる。最表面のフッ素原子が引き抜かれ、空気由来と思われるO,Nが若干量取り込まれていると推定される。
【0044】
実施例3における表面改質後のフッ素樹脂フィルムは、SPM(走査型プローブ顕微鏡)による表面形状の観察を行った結果、表面改質前の投影面積比1.6%に対して、表面改質処理後には投影面積比が15.9%に増加していた。また、SPMの画像観察および走査型電子顕微鏡(SEM)の観察によっても、表面改質後では表面に細かい凹凸が見られ、表面積が増加していた。この表面積の増加、表面の凹凸が、加硫接着の強度増加に寄与している。
【0045】
表面改質後の改質効果の安定性を確認するために、表面改質後のフッ素樹脂フィルムを恒温恒湿条件下(温度23℃、湿度55%)空気雰囲気中で保管し、30日ごとに保管したフッ素樹脂フィルムのESCAによる表面元素の変化を調べ、また保管フッ素樹脂フィルムをゴムシートに加硫接着して、剥離強度の測定を行った。その結果、略1年保管された改質後のフッ素樹脂フィルムを使用して行ったゴムとの加硫接着で剥離強度の低下が見られず(表1、実施例15,16)、また元素組成の変化も見られなかった。
【0046】
フッ素樹脂フィルムの表面改質における処理能力(処理量)を高めるには、イオン照射装置2を固定し、一方からロールに取り付けられた樹脂管に巻かれたフッ素樹脂フィルムを繰り出し、他方でフッ素樹脂フィルムをロールに取り付けた樹脂管に巻き取りながら、繰り出しおよび巻き取りの間の特定の場所においてフッ素樹脂フィルムにイオンビームを照射する。
【0047】
図7はプレフィルドシリンジPCに使用された医療用ゴム製品を示す図、図8は医療用ゴム製品の斜視図、図9は医療用ゴム製品の断面図である。
図7〜図9に示される医療用ゴム製品は、プレフィルドシリンジPC内の薬液を押し出すためのピストン7である。図8,図9を参照して、ピストン7は、略円柱状の一方の端面(底面)が傘状(底面の径に較べ高さが極めて小さな円錐台の周面状)の押圧面35である。ピストン7の他方の端面には、軸心方向に設けられた雌ネジ36が開口する。ピストン7は、表面改質装置1により表面が粗面化されたフッ素樹脂フィルム(PTFEフィルム)とブチルゴムとを重ね合わせて加硫成形されることにより製造される。そのため、ピストン7は、大部分がブチルゴムBRで形成され、押圧面35および周面37には、ブチルゴムBRに接合されたフッ素樹脂フィルムRFが露出する。
【0048】
ピストン7は、押圧面35および周面37の表面がフッ素樹脂フィルムRFで形成されていることにより、プレフィルドシリンジPC内の薬液を変質させず、それ自体も変質しない。また、ピストン7はシリンダとの摺動面が自己潤滑性を有するフッ素樹脂で形成されていることにより、プレフィルドシリンジPCによる薬液の注入を円滑に行うことができる。
【0049】
フッ素樹脂フィルムRFとゴムとを接合したゴム複合体は、プレフィルドシリンジPCのピストン7以外にも、例えば液状の薬液の瓶の栓等、他の医療用ゴム製品として利用できる。
ゴム複合体は、医療用に限られず、ゴムが有する弾性とフッ素樹脂が有する自己潤滑性、耐薬品性、耐熱性等が求められる種々の用途、例えば工業設備のパッキン等に使用することができる。
【0050】
上述の実施形態において、フッ素樹脂の形状は特に限定されない。ゴムとの加硫接着において、立体的な形状を同時に付与する場合、予めその形状に成形したフッ素樹脂を用いてもよいし、薄いフィルムを処理し加硫接着時にゴムと同時に成形してもよい。工程的には後者が好ましい。この場合、フィルムは薄い方が成形性はよくなるが、薄すぎると変形による延伸等でピンホールが発生しやすくなる。好適な厚みとしては、0.044mm 〜 0.15mmであるが、変形量により適宜変更できる。
【0051】
イオンビームとして照射されるイオンの持つ平均エネルギーとしては、0.8〜2.5keVが好ましい。低いエネルギーでは処理に時間がかかり好ましくない。高いエネルギーではフッ素樹脂の分解が激しくなり、デガス(樹脂からの分解ガス)による真空度の低下が見られるため好ましくない。より好ましくは、1.2〜1.8keVである。
一般にアノードレイヤーイオンソースにおいて、イオン源にかける電圧の数値の約半分の平均エネルギーをイオンに与えることが知られており、上記エネルギーを与える設定電圧は、平均エネルギーが0.8〜2.5keVであれば1.6〜5.0kV、1.2〜1.8keVであれば2.4〜3.6kVである。
【0052】
フッ素樹脂フィルムに照射するイオンの単位面積当たりの個数としては、求める接着強度に必要な量を選べばよいが、1013 〜1018個/cm2程度が好ましい。1013個以下では、必要な表面改質が得られず接着強度が低下する。1018個以上では改質された表面層が更に分解を受ける為、非効率的である。イオンの照射を行う場合、一度に必要な個数のイオンの照射を行っても良いし、一度の少ないイオンの照射を繰返し行うことで目的とするイオンの個数を照射しても良い。フッ素樹脂への熱的なダメージを避ける目的で、一回当たりの照射を少なくし、複数回処理を繰り返す方式が好ましい。
【0053】
その他、表面改質装置1、および表面改質装置1の各構成または全体の構造、形状、寸法、個数、材質などは、本発明の趣旨に沿って適宜変更することができる。
【産業上の利用可能性】
【0054】
本発明は、表面改質フッ素樹脂フィルム、フッ素樹脂フィルムとゴムとが接合されたゴム複合体およびゴム複合体で形成された医療用ゴム製品に利用することができる。
【符号の説明】
【0055】
2 イオン照射装置(アノードレイヤーイオンソース)
7 ピストン(医療用ゴム製品)
BR ブチルゴム(ゴム)
RF フッ素樹脂フィルム

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フッ素樹脂フィルムの表面にアノードレイヤーイオンソースからのイオンビームを照射して前記表面を粗面化する
ことを特徴とする表面改質フッ素樹脂フィルムの製造方法。
【請求項2】
前記アノードレイヤーイオンソースにおいてイオンビームを生成させるための照射電圧を1.5kV以上とする
請求項1に記載の表面改質フッ素樹脂フィルムの製造方法。
【請求項3】
前記フッ素樹脂フィルムが、PTFE、変性PTFE、PFA、ETFEのいずれかである
請求項1または請求項1または請求項2に記載の表面改質フッ素樹脂フィルムの製造方法。
【請求項4】
フッ素樹脂フィルムの表面にアノードレイヤーイオンソースからイオンビームを照射して前記表面を粗面化し、
前記フッ素樹脂フィルムの前記表面にゴムを重ね合わせて加硫成形することにより同時にこれらを接着する
ことを特徴とするゴム複合体の製造方法。
【請求項5】
フッ素樹脂フィルムとゴムとからなり、
前記フッ素樹脂フィルムは、その表面がアノードレイヤーイオンソースからのイオンビームの照射を受けて粗面化されており、
前記フッ素樹脂フィルムにおける粗面化された表面に前記ゴムが重ねられて加硫成形されたことにより前記ゴムが前記フッ素樹脂フィルムの粗面化された表面に入り込みアンカー効果によって前記フッ素樹脂フィルムに固着された
ことを特徴とする医療用ゴム製品。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図9】
image rotate


【公開番号】特開2012−36249(P2012−36249A)
【公開日】平成24年2月23日(2012.2.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−175414(P2010−175414)
【出願日】平成22年8月4日(2010.8.4)
【出願人】(000183233)住友ゴム工業株式会社 (3,458)
【Fターム(参考)】