説明

表面電気伝導性に優れたステンレス鋼材およびその製造方法

【課題】無垢のままで高い表面電気伝導性を呈する大量生産可能なステンレス鋼材を提供する。
【解決手段】鋼素地表面の皮膜中にMoを含有するステンレス鋼材であって、その皮膜中のMo含有率はX線光電子分光分析法(XPS)によるCr、Al、Si、FeおよびMoに占めるMoの割合が10原子%以上であり、かつ、その皮膜中に存在するMo成分のうちMoとMoO2の占める割合を表す指標である下記(1)式のA値が0.3以上である表面電気伝導性に優れたステンレス鋼材。
A値=(hMo+hMoO2)/(hMo+hMoO2+hMoO3) …(1)
ここで、hMo、hMoO2およびhMoO3は、それぞれ当該皮膜のXPSスペクトルにおけるMo、MoO2およびMoO3の結合エネルギーに起因するピーク強度である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼素地表面に導電性の良い表面皮膜を有するステンレス鋼材およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ステンレス鋼は、鋼素地表面にクロム酸化物・水酸化物を主成分とする薄い保護性の酸化皮膜(不動態皮膜)を有することにより優れた耐食性を維持する材料である。しかし、この不動態皮膜は電気抵抗が高いことから、表面接触抵抗の低い材料が求められる燃料電池関連の部材や電気接点などの用途にステンレス鋼を無垢のままで適用することは、従来困難であった。これらの導電部材用途では、電気めっきや物理蒸着などの手段によりSn、Ni、Au、Pt、カーボンなどを鋼素地表面に被覆したステンレス鋼を適用しようという試みもなされている。しかしこれらの方法は、工程の煩雑化、製造コストの増大を伴い、工業的な大量生産には種々問題がある。
【0003】
−方、ステンレス鋼の耐食性を向上させるためには鋼成分としてMoを含有させることが有効であり、SUS316に代表されるMo含有鋼種が実用化されている。Mo含有鋼種では不動態皮膜中にCrとともにMoが含まれ、この種の皮膜は腐食環境において優れた保護性を発揮する。しかし、この皮膜も電気抵抗が高いことには変わりない。
【0004】
特許文献1には、ステンレス鋼をモリブデン酸塩の水溶液で陽極電解および陰極電解することにより耐食性を向上させる手法が開示されている。しかし、この手法によって得られるステンレス鋼の表面は半導体的性質を示すMoO3に覆われており、表面電気伝導性の改善は見られない。
【0005】
特許文献2には、ステンレス鋼基板上に親水性電気伝導性被覆を堆積させることによりステンレス鋼の表面電気伝導性を向上させる手法が開示されている。親水性物質として二酸化シリコンを使用し、導電性粒子として金粒子を使用した実施例が示されている。他の親水性物質として二酸化チタンをはじめとする多くの金属酸化物が列挙されており、その中に二酸化モリブデンの記載もある。しかし、特許文献2の手法はゾルゲル法等を利用してステンレス鋼基板表面に親水性物質を堆積させるものであり、不動態皮膜そのものを改質するものでなない。このため、表面堆積物を剥落させない取り扱いが要求される。また連続ラインによる大量生産は難しく、製造コストも高くなる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平8−176891号公報
【特許文献2】特開2008−21647号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ステンレス鋼は、金属マトリクスと、その表面に形成された不動態皮膜によって構成されている。本明細書ではその金属マトリクスの部分を「鋼素地」と呼んでいる。また、その鋼素地の上に、不動態皮膜または不動態皮膜を改質してなる皮膜を持つ「鋼素地+当該皮膜」からなるものを「無垢のステンレス鋼」と呼ぶことがある。
本発明は、無垢のままで高い表面電気伝導性を呈する大量生産可能なステンレス鋼材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的は、鋼素地の上に、Mo成分がMoまたはMoO2の形で存在する皮膜を有するステンレス鋼材によって達成される。MoおよびMoO2は導電性を有し、これが本来導電性に乏しい不動態皮膜の電気抵抗を大幅に低減させる。
【0009】
すなわち本発明では、鋼素地表面の皮膜中にMoを含有するステンレス鋼材であって、その皮膜中においてX線光電子分光分析法(XPS)によるCr、Al、Si、Fe、Moの5元素に占めるMo含有率が10原子%以上であり、かつ、その皮膜中に存在するMo成分(ここではMo、MoO2、MoO3)に占めるMoとMoO2の相対的な存在割合を表す指標である下記(1)式のA値が0.3以上である表面電気伝導性に優れたステンレス鋼材が提供される。
A値=(hMo+hMoO2)/(hMo+hMoO2+hMoO3) …(1)
ここで、hMo、hMoO2およびhMoO3は、それぞれ当該皮膜についてのMo3d5/2軌道のXPSスペクトル(横軸に結合エネルギー、縦軸に光電子強度をとったもの)における、Mo、MoO2およびMoO3の結合エネルギーに起因するピーク強度である。
【0010】
図1に、Mo含有皮膜を有するステンレス鋼材において観測される当該皮膜についての典型的なMgKα線励起Mo3d5/2軌道のXPSスペクトルを模式的に例示する。ここで、Mo、MoO2およびMoO3に相当する各ピークを、それぞれ「Moピーク」、「MoO2ピーク」および「MoO3ピーク」と呼ぶ。これらのピーク位置は皮膜の構造に応じて若干変動する。なお、Mo3d5/2軌道に起因するMoO3ピークの高エネルギー側(図の左側)には、Mo3d3/2軌道に起因するピークが観測される。
各ピーク強度hMo、hMoO2、hMoO3は以下のようにして求める。
【0011】
Mo3d3/2軌道に起因するピークの高エネルギー側(図の左側)の裾野に相当する結合エネルギー239eVにおけるXPSスペクトル曲線上の点をP0とする。点P0を通る直線のうち、MoO3ピークよりも低エネルギー側(図の右側)においてXPSスペクトル曲線(以下単に「曲線」という)と交わらず、かつMoO3ピークよりも低エネルギー側(図の右側)で当該曲線と接する直線を想定し、その接点をP1とする。図1(b)、(c)の例において、点P0を通りMoO3ピークのすぐ右側に見られる谷の部分で接点を持つ直線は、それより右側で曲線と交わることになるので、このような直線はP1を定めるための直線として採用されない。P1が定まれば、線分P01の属する結合エネルギーの範囲に存在するMoO3ピーク、MoO2ピークおよびMoピークについて、線分P01を基準としたピーク高さを求め、その値(cps)をそれぞれhMoO3、hMoO2およびhMoとする。図1(a)の例では線分P01を基準としてhMoO3が定まり、同様に(b)の例ではhMoO3とhMoO2が定まり、(c)の例ではhMoO3とhMoが定まる。
【0012】
線分P01よりも低エネルギー側(図の右側)にMoO2ピーク、あるいはMoピークが存在する場合は、点P1の属する谷において接点Q0を持ち、かつ、Moピーク(Moピークが観測されない場合はMoO2ピーク)の低エネルギー側(右側)直近にある谷において接点Q1を持つ直線を想定する。そして、線分Q01の属する結合エネルギーの範囲に存在するMoO2ピークおよびMoピークについて、線分Q01を基準としたピーク高さを求め、その値(cps)をそれぞれhMoO2およびhMoとする。図1(a)の例では線分Q01を基準としてhMoが定まる。
【0013】
図1(a)、(c)の例ではMoO2に相当するピークが観測されないので、hMoO2はゼロとする。同様に(b)の例ではMoに相当するピークが観測されないので、hMoはゼロとする。このようにして得られたhMo、hMoO2、hMoO3の値を上記(1)式に代入することにより、A値が定まる。図1の例では(b)、(c)の場合にA値が0.3以上を満たす。
【0014】
「ステンレス鋼」とはJIS G0203:2000の番号4201に記載されるように、Cr含有量が10.5%以上の鋼であり、種々の鋼種が適用対象となる。
例えばフェライト系鋼種の鋼素地の組成範囲としては、質量%で、C:0.15%以下、Si:1.2%以下、Mn:1.2%以下、P:0.04%以下、S:0.03%以下、Ni:0.6%以下、Cr:10.5〜35%、Mo:0〜3%、Cu:0〜1%、Nb:0〜1%、Ti:0〜1%、Al:0〜0.2%、N:0.025%以下、B:0〜0.01%、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成範囲が挙げられる。
【0015】
またオーステナイト系鋼種の鋼素地の組成範囲としては、質量%で、C:0.15%以下、Si:4%以下、Mn:2.5%以下、P:0.045%以下、S:0.03%以下、Ni:6〜28%、Cr:15〜26%、Mo:0〜7%、Cu:0〜3.5%、Nb:0〜1%、Ti:0〜1%、Al:0〜0.1%、N:0.3%以下、B:0〜0.01%、残部がFeおよび不可避的不純物からなる組成範囲が挙げられる。
【0016】
上記の表面電気伝導性に優れたステンレス鋼材の製造方法として、不動態皮膜を有するステンレス鋼材をモリブデン酸イオン含有水溶液中で陰極電解することにより、表面にMoO3含有皮膜を形成させる工程(陰極電解工程)、
前記MoO3含有皮膜を有するステンレス鋼材を例えば水素ガスなどの還元性ガス雰囲気中で熱処理することにより、当該皮膜中のMoO3の一部を還元させ、MoおよびMoO2の1種以上を含有した皮膜とする工程(還元工程)、
を有する製造方法が提供される。この場合、露点D(℃)と温度T(℃)が下記(2)式および(3)式を満たす還元性ガスを使用することが好ましい。
0.105T−115≦D≦30 …(2)
250≦T≦1300 …(3)
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、ステンレス鋼の鋼素地表面に存在する酸化物皮膜そのものを導電性に優れたものに改質したステンレス鋼材が提供可能となった。このステンレス鋼材は、無垢のままで優れた表面電気伝導性を呈するので、一般的なステンレス鋼材と同様に所定の形状に成形したのち、そのまま導電部材として適用できる。また、このステンレス鋼材は例えばステンレス鋼板製造設備を利用して工業的に安価かつ大量に生産することができる。ステンレス鋼種も用途に応じて種々のものが選択可能である。したがって本発明は、固体高分子型燃料電池の集電材(セパレータなど)や、電気接点材料に適した新たな金属材料を提供するものである。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】ステンレス鋼材表面に形成されたMo含有皮膜のXPSスペクトルを模式的に例示した図。
【図2】本発明のステンレス鋼材を得るための工程および皮膜構成を模式的に示した図。
【図3】A値と接触抵抗の関係を表すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0019】
図2に、本発明のステンレス鋼材を得るための工程および皮膜構成を模式的に示す。(a)は、出発材料である通常のステンレス鋼である。鋼素地の表面に不動態皮膜を有している。このステンレス鋼に、モリブデン酸イオンを含有する水溶液中で陰極電解を施すと、液中のMo成分は鋼素地上にMoO3として被着する(b)。MoO3は半導体的性質を有し、この段階では皮膜の導電性改善には至らない。このMoO3含有皮膜を有するステンレス鋼を、還元性ガス雰囲気中で熱処理すると、MoO3の一部がMoO2あるいはさらにMoに還元される。MoおよびMoO2は導電性を有することから、鋼素地上にMoまたはMoO2含有皮膜を有するステンレス鋼は、無垢のままで表面電気伝導性を有する(c)。このようにして本発明のステンレス鋼材が得られる。
【0020】
〔皮膜中におけるMo含有率〕
ステンレス鋼の不動態皮膜中には金属元素としてCr、Feが含まれており、その他、鋼素地の成分組成に応じてSi、Al、Moなどが含まれる。陰極電解によりMoO3を被着させた後、還元性ガス中で熱処理することによって得られた皮膜中には、通常のMo含有鋼種の不動態皮膜よりもさらに多量のMoが存在していることになる。発明者らの検討によれば、表面電気伝導性に優れた皮膜を実現するためには、上記5元素(Cr、Fe、Si、Al、Mo)に占める皮膜中のMo含有率は、10原子%以上であることが極めて有効である。Mo含有率がそれより少ないと、Cr、Fe、Si、Alの1種以上を成分とする絶縁性酸化物の存在が優勢となり、還元処理によってMo成分の大部分を導電性のMoあるいはMoO2とした皮膜を構築した場合であっても、その皮膜は絶縁性が高いものとなり、表面電気伝導性を十分に向上させることは難しい。ここで、上記5元素に占めるMoの含有率は、XPSによる上記各元素のスペクトルの積分面積に基づいた定量値から算出される。
【0021】
〔皮膜中のMo、MoO2
本発明では、ステンレス鋼の鋼素地上に存在する皮膜中に、導電性のMoおよびMoO2の1種以上を存在させることによって当該皮膜の導電性を改善する。したがって、皮膜中におけるMoおよびMoO2の存在量が十分に確保されることが必要である。発明者らの検討によれば、上述のようにCr、Fe、Si、Al、Moに占める皮膜中のMo元素の含有率を10原子%以上とした上で、さらに、Mo成分の中でもMoまたはMoO2の存在量を高めることが重要である。すなわち、酸化皮膜を構成するMo成分としては、Mo、MoO2、MoO3があり、そのなかで、半導体的性質のMoO3の存在割合をできるだけ低減することが必要である。発明者らは詳細な検討の結果、皮膜中に存在するMo成分のうちMoとMoO2の占める相対的な割合を評価する指標として、下記(1)式のA値を採用することが極めて有効であることを見出した。
A値=(hMo+hMoO2)/(hMo+hMoO2+hMoO3) …(1)
ここで、hMo、hMoO2、hMoO3は前述のようにXPSスペクトルから求められる。
【0022】
上記5元素中に占める皮膜中のMo元素の含有率が10原子%以上である場合において、このA値を増大させていくと、A値が0.3に近づくときに表面電気伝導性は急激に向上し、0.3以上の領域では安定して優れた表面電気伝導性が維持されるのである。
なお、優れた表面電気伝導性を呈する本発明のステンレス鋼材における皮膜厚さは5〜50nm程度である。
【0023】
〔ステンレス鋼種〕
本発明では種々のステンレス鋼が適用対象となる。一般的なステンレス鋼の分類によるオーステナイト系、フェライト系、マルテンサイト系、フェライト+マルテンサイト系、オーステナイト+フェライト系、高Mnオーステナイト系などのいずれを採用してもよい。
【0024】
フェライト系を採用する場合の組成範囲としては、質量%で、C:0.15%以下、Si:1.2%以下、Mn:1.2%以下、P:0.04%以下、S:0.03%以下、Ni:0.6%以下、Cr:10.5〜35%、Mo:0〜3%、Cu:0〜1%、Nb:0〜1%、Ti:0〜1%、Al:0〜0.2%、N:0.025%以下、B:0〜0.01%、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成範囲が挙げられる。
またオーステナイト系鋼種の鋼素地の組成範囲としては、質量%で、C:0.15%以下、Si:4%以下、Mn:2.5%以下、P:0.045%以下、S:0.03%以下、Ni:6〜28%、Cr:15〜26%、Mo:0〜7%、Cu:0〜3.5%、Nb:0〜1%、Ti:0〜1%、Al:0〜0.1%、N:0.3%以下、B:0〜0.01%、残部がFeおよび不可避的不純物からなる組成範囲が挙げられる。
規格鋼種としては、例えばJIS G4305:2005や、JIS G4312−1991に規定される鋼種を例示することができる。
【0025】
〔陰極電解工程〕
陰極電解工程では、上記のような化学組成を有する一般的なステンレス鋼を出発材料として用いる。出発材料のステンレス鋼を、モリブデン酸イオンを含む水溶液中で陰極電解することにより、MoO3が主体のMo酸化物をステンレス鋼板表面に析出させる。モリブデン酸イオンを供給するための電解質としては、モリブデン酸アンモニウム、モリブデン酸ナトリウムをはじめとするモリブデン酸塩が使用できる。水溶液中のMo含有量は0.01〜0.5mol/Lとすればよい。Mo酸化物の付着量はMo換算で5×10-3〜0.5g/m2とすることが望ましい。Mo酸化物の付着量が少なすぎると、前述の5元素中に占める皮膜中のMo元素の含有率を10原子%以上とすることが難しくなる。付着量が多すぎると、Moの消費量が過剰となり不経済であり、また後工程での還元熱処理時間が長くなり実用できでない。Mo酸化物の付着量は陰極電解の通電量によってコントロールすることができる。
【0026】
〔還元工程〕
陰極電解によって表面に析出させたMo酸化物は、半導体的性質を有するMoO3を主体とするものであり、この状態では皮膜の電気抵抗は高いままである。そこで、この材料に対して、還元性ガス雰囲気中での熱処理を施すことによりMoO3の還元反応を進行させ、導電性のMoまたはMoO2を生成させる。還元性ガスとしては、水素ガス、アンモニア分解ガス、水素と窒素の混合ガス等が使用でき、水素100%のガスがより好ましい。なお、MoO3の全部をMoまたはMoO2に還元することは困難であるが、前述のように(1)式のA値が0.3以上となれば十分である。
【0027】
露点D(℃)と温度T(℃)が下記(2)式および(3)式を満たすようにしたとき、良好な特性を有する導電性皮膜が得られやすい。
0.105T−115≦D≦30 …(2)
250≦T≦1300 …(3)
露点Dが低くなるとMoO3がMoやMoO2に還元されにくくなる。温度Tが低くなると還元反応の進行が遅くなり、熱処理に長時間を要する場合がある。また露点Dが0.105T−115より低い条件で熱処理すると、MoO3が昇華しやすくなり、前述の5元素中に占める皮膜中のMo元素の含有率を10原子%以上とすることが難しくなる場合がある。0.105T−106.5≦Dを満たすことがより好ましい。熱処理時間(在炉時間)は温度Tにもよるが、3〜120秒の範囲で最適条件を見出すことができる。板厚0.5〜1mm程度の鋼板であれば5〜30秒の範囲とすればよい。
【実施例】
【0028】
市販のSUS430フェライト系ステンレス鋼板(Cr:17質量%、板厚0.5mm、No.2D仕上)を用意し、以下の条件で陰極電解を施した。
(陰極電解条件)
・電解液;0.05モル/Lのモリブデン酸アンモニウム水溶液、50℃
・電流密度;0.01A/dm2
・通電量;0.5C/dm2
この条件にてMo酸化物をMo換算付着量0.05g/m2で被覆した。この段階で皮膜中のMo成分は大部分がMoO3であり、わずかにMoO2が検出され、Moは検出されなかった(後述表1のNo.17)。
【0029】
次いで上記陰極電解後の鋼板を以下の条件で還元処理に供した(No.17を除く)。
(還元処理条件)
・雰囲気ガス;水素100%
・露点;−75〜50℃(表1に記載)
・温度;100〜1300℃(表1に記載)
・熱処理時間;在炉10秒
【0030】
このようにして得られた各試料の表面皮膜について光電子分光分析装置(CRATOS社製;ESCA−3400)を用いてX線源MgKαにて分析し、Cr、Al、Si、Fe、Moの結合エネルギーに起因するXPSスペクトルを測定し、各スペクトルの積分面積に基づく上記5元素に占めるMoの含有率(原子%)を算出した。また、Mo3d5/2軌道のXPSスペクトルから、前述の方法にてMo、MoO2およびMoO3の結合エネルギーに起因するピーク強度hMo、hMoO2およびhMoO3を求め、A値=(hMo+hMoO2)/(hMo+hMoO2+hMoO3)を算出した。併せてhMo/hMoO3の値およびhMoO2/hMoO3の値も算出した。
【0031】
また、上記試料の表面に、直径15mmの円形カーボンペーパーを面圧1MPaで接触させ、接触面での電流密度Iが1A/cm2となるように試料/カーボンペーパー間に直流電圧Eを印加し、電圧Eを四端子法にて測定して、接触抵抗R(mΩ・cm2)=E/Iを求めた。
これらの結果を表1に示す。
【0032】
【表1】

【0033】
表1からわかるように、本発明例のものはいずれも、皮膜中のCr、Fe、Al、Si,Moの5元素に占めるMo含有率が10原子%以上、かつ当該皮膜についてのA値が0.3以上であり、Mo成分のうち導電性のMoおよびMoO2の1種以上が多く含まれる皮膜が形成された。その結果、接触抵抗は安定して50mΩ・cm2以下の低い値を示した。
【0034】
これに対し、比較例No.10は還元処理の温度が低すぎ、またNo.11は還元処理の露点が高すぎたので、いずれも未還元のMoO3が多く残留してA値が低くなり、接触抵抗はかなり高い値であった。No.12〜16は露点Dが0.105T−115より低いため皮膜中のAl含有率が高くなったものである。これらのうちNo.12では、皮膜中のMo含有率は10原子%以上であったものの結果的にA値が低くなって接触抵抗の低減効果が不十分であった。No.13〜16では、皮膜中のMo含有率が10原子%を下回り、接触抵抗はかなり高い値となった。No.17は陰極電解を行ったままの皮膜を有する試料であり、この段階で皮膜中のMo成分はほとんど全部がMoO3であることがわかる。
【0035】
図3に、A値と接触抵抗の関係を示す。A値が0.3以上になると極めて安定して低い接触抵抗を呈するようになることがわかる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼素地表面の皮膜中にMoを含有するステンレス鋼材であって、その皮膜中においてX線光電子分光分析法(XPS)によるCr、Al、Si、Fe、Moの5元素に占めるMo含有率が10原子%以上であり、かつ、その皮膜中に存在するMo成分に占めるMoとMoO2の相対的な存在割合を表す指標である下記(1)式のA値が0.3以上である表面電気伝導性に優れたステンレス鋼材。
A値=(hMo+hMoO2)/(hMo+hMoO2+hMoO3) …(1)
ここで、hMo、hMoO2およびhMoO3は、当該皮膜についてのMo3d5/2軌道のXPSスペクトル(横軸に結合エネルギー、縦軸に光電子強度をとったもの)において、それぞれMo、MoO2およびMoO3の結合エネルギーに起因するピーク強度である。
【請求項2】
ステンレス鋼材は、鋼素地の組成が、質量%で、C:0.15%以下、Si:1.2%以下、Mn:1.2%以下、P:0.04%以下、S:0.03%以下、Ni:0.6%以下、Cr:10.5〜35%、Mo:0〜3%、Cu:0〜1%、Nb:0〜1%、Ti:0〜1%、Al:0〜0.2%、N:0.025%以下、B:0〜0.01%、残部Feおよび不可避的不純物からなるフェライト系ステンレス鋼種の組成である請求項1に記載の表面電気伝導性に優れたステンレス鋼材。
【請求項3】
ステンレス鋼材は、鋼素地の組成が、質量%で、C:0.15%以下、Si:4%以下、Mn:2.5%以下、P:0.045%以下、S:0.03%以下、Ni:6〜28%、Cr:15〜26%、Mo:0〜7%、Cu:0〜3.5%、Nb:0〜1%、Ti:0〜1%、Al:0〜0.1%、N:0.3%以下、B:0〜0.01%、残部がFeおよび不可避的不純物からなるオーステナイト系ステンレス鋼種の組成である請求項1に記載の表面電気伝導性に優れたステンレス鋼材。
【請求項4】
不動態皮膜を有するステンレス鋼材をモリブデン酸イオン含有水溶液中で陰極電解することにより、表面にMoO3含有皮膜を形成させる工程(陰極電解工程)、
前記MoO3含有皮膜を有するステンレス鋼材を還元性ガス雰囲気中で熱処理することにより、当該皮膜中のMoO3の一部を還元させ、MoおよびMoO2の1種以上を含有した皮膜とする工程(還元工程)、
を有する請求項1〜3のいずれかに記載の表面電気伝導性に優れたステンレス鋼材の製造方法。
【請求項5】
還元工程において、還元性ガスを、露点D(℃)と温度T(℃)が下記(2)式および(3)式を満たすものとする請求項4に記載のステンレス鋼材の製造方法。
0.105T−115≦D≦30 …(2)
250≦T≦1300 …(3)
【請求項6】
還元性ガスが水素ガスである請求項5に記載のステンレス鋼材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−209405(P2010−209405A)
【公開日】平成22年9月24日(2010.9.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−56532(P2009−56532)
【出願日】平成21年3月10日(2009.3.10)
【出願人】(000004581)日新製鋼株式会社 (1,178)
【Fターム(参考)】