説明

表面電気伝導性優れたステンレス鋼板およびその製造方法

【課題】固体高分子型燃料電池セパレータ、固体酸化物型燃料電池インターコネクターなどに好適な、表面電気伝導性を顕著に改善したステンレス鋼板を提供する。
【解決手段】最表面についてのAl、Ti、Nb、Si、Mn、Cr、Fe、Nの8元素の原子比が、Al:40原子%以上、Ti+Nbの合計:3原子%以上、Si:8原子%以下、Mn:10原子%以下、Cr:30原子%以下、Fe:10原子%以下、N:15原子%以下である酸化皮膜を表面に有する表面電気伝導性に優れたステンレス鋼板。この鋼板は、Al:0.03〜5質量%、Ti+Nbの合計:0.1〜3質量%であるステンレス鋼の母材鋼板を、水素濃度:5体積%以下(0体積%を含む)、酸素濃度:100体積ppm以下、残部不活性ガスからなり、露点が−50℃以下である雰囲気ガス中で、800〜1100℃に加熱する方法で製造できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気接点材料や、固体高分子型燃料電池セパレータ材料、固体酸化物型燃料電池インターコネクター材料などに好適な、表面電気伝導性に優れたステンレス鋼板およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、固体高分子型燃料電池や固体酸化物型燃料電池などに使用される部材として、耐食性に加え、表面電気伝導性に優れた金属材料が要求されている。例えば、固体高分子型燃料電池のセパレータでは、電池反応により生成する水分への金属成分の溶出が電池性能の劣化を招くことから優れた耐食性が要求されるとともに、隣接するセルのカーボン電極間における通電を担うためにカーボン電極と接触する表面での良好な電気伝導性が要求される。固体酸化物型燃料電池のインターコネクター(集電部材)では、水蒸気を含む800℃以上の反応雰囲気中で優れた耐食性(耐酸化性)を示すことが要求されるとともに、低い接触抵抗が長時間維持できる耐久性が要求される。
【0003】
これらの要求に適応できる可能性を有する安価な材料としてステンレス鋼が挙げられる。ステンレス鋼は周知のとおり、Crの濃化した不動態皮膜によって優れた耐食性を維持している。ところが、この不動態皮膜は導電性が非常に低い。このため、上記燃料電池部材や電気接点部材など、高い表面電気伝導性が要求される用途では、ステンレス鋼材を無垢のままで使用するには難がある。
【0004】
従来、ステンレス鋼の表面電気伝導性を改善する手段として種々の表面処理が試みられてきた。例えば、電気めっきや物理蒸着などによって、錫、ニッケル、白金、カーボンなどをステンレス鋼母材の表面に被覆するする手法が挙げられる。しかし、このような手法は、めっき等の表面処理工程を実施するためのコスト増大を伴い、金や白金などの貴金属を使用する場合にはさらにコストが高くなる。したがって、燃料電池部材などにおける工業的な実用化にはあまり適していない。
【0005】
一方、不動態皮膜の表面に導電性の析出物を多数露出させることによって、ステンレス鋼の表面電気伝導性を改善する技術も知られている。例えば、特許文献1にはM2B型の硼化物を析出させる手法が開示され、特許文献2には50〜50000nm径のTiNまたはNbNを多量に析出させる手法が開示されている。しかし、これらの析出物で表面電気伝導性を確保しようとすると、ステンレス鋼母材の内部にも本来不必要な析出物が多量に生成してしまうことが避けられない。また、これらの導電性析出物はそれ自体が硬いものである。したがって、このような鋼板を工業的に量産するには種々の問題がある。すなわち、熱間加工性が悪いために熱間加工時に耳割れを生じやすく、冷間圧延においても耳切れを生じやすい。表面に露出した析出物は圧延時に表面疵の原因となる。部材成形時のプレス加工に際しては、割れの発生、プレス負荷の増大、硬質粒子による摩耗に起因した型寿命の低下などが問題になる。
【0006】
【特許文献1】特開2000−328205号公報
【特許文献2】特開2006−233281号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述のように、従来の技術では表面電気伝導性の高い無垢のステンレス鋼材を得るためにはコスト面や製造性の面で多くの問題点がある。また、その表面電気伝導性についても、必ずしも十分な特性が得られていないのが現状である。
本発明は、固体高分子型燃料電池セパレータ、固体酸化物型燃料電池インターコネクターなどに適した、表面電気伝導性を顕著に改善したステンレス鋼板であって、製造性が良好で、工業的に安価に大量生産することが可能なものを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
ステンレス鋼の表面に存在する不動態皮膜は上記のように電気抵抗が大きいが、発明者らは詳細な研究の結果、ステンレス鋼表面を覆う皮膜を熱処理によって電気抵抗の小さいものに改質することができることを見出した。具体的には、TiあるいはNbが共存するAl系酸化物を主体とした皮膜構造とすることにより皮膜の導電性が顕著に向上することが明らかになった。
【0009】
すなわち本発明では、Alが濃化した酸化皮膜を表面に形成したステンレス鋼板であって、その酸化皮膜は、最表面についてのAl、Ti、Nb、Si、Mn、Cr、Fe、Nの8元素の原子比が、Al:40原子%以上、Ti+Nbの合計:3原子%以上であり、かつSi:8原子%以下、Mn:10原子%以下、Cr:30原子%以下、Fe:10原子%以下、N:15原子%以下である表面電気伝導性に優れたステンレス鋼板が提供される。
【0010】
ここで、最表面についての上記原子比は、X線光電子分光法(XPS)やオージェ電子分光法(AES)といった極表面分析法によって同定できる。「ステンレス鋼」はJIS G0203 番号4201に記載されるように、Cr含有量が10.5質量%以上の鋼であり、具体的にはJIS G4305に種々の鋼種が規定されている。中でもそれら既存鋼種をベースとしてAl:0.03〜5質量%、Ti+Nbの合計(すなわちTiの質量%とNbの質量%の合計):0.1〜3質量%を満たすようにAl、Ti、Nbの含有量が調整されたものが好適な対象となる。導電性および材料コストの観点からは、フェライト系の鋼種を採用することが有利となる。
【0011】
母材ステンレス鋼の具体的な組成範囲を例示すると、例えば、C:0.1質量%以下、Si:1.5質量%以下、Mn:1.5質量%以下、P:0.04質量%以下、S:0.03質量%以下、Cr:10.5〜30質量%、Al:0.03〜5質量%、Ti+Nbの合計:0.1〜3質量%であり、必要に応じてさらにMo:5質量%以下、Cu:3質量%以下、Ni:5質量%以下の1種以上を含有し、残部が実質的にFeからなるステンレス鋼が挙げられる。「実質的に」とは、本発明の効果を阻害しない範囲で上記以外の元素の混入が許容されることを意味する。例えば、B:0.01質量%以下、V:0.3質量%以下、Zr:0.3質量%以下の混入は通常許容される。その他Ca、Mg、Co、REM(希土類元素)は、それらの合計が0.1質量%以下の範囲であれば通常、問題ない。「残部が実質的にFeからなる」の1態様として、「残部Feおよび不可避的不純物からなる」場合が挙げられる。
【0012】
上記のような皮膜を表面に有するステンレス鋼板の製造方法として、Al、Ti、Nbの含有量が、Al:0.03〜5質量%、Ti+Nbの合計:0.1〜10質量%を満たすステンレス鋼の母材鋼板を、水素濃度:5体積%以下(0体積%を含む)、酸素濃度:100体積ppm以下、残部不活性ガスからなり、露点が−50℃以下である雰囲気ガス中で、800〜1100℃に加熱することにより、Alが濃化した酸化皮膜を母材鋼板の表面に形成させる表面電気伝導性に優れたステンレス鋼板の製造方法が提供される。ここで、「不活性ガス」は窒素および第18族元素(希ガス)である。2種以上の不活性ガスが混在していても構わない。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、無垢のステンレス鋼板において表面電気伝導性を顕著に改善したものが提供可能になった。この鋼板は導電性析出物を利用した従来技術のステンレス鋼板とは異なり、酸化皮膜を改質することにより導電性を確保したものであるから、基本的に母材鋼板の諸特性をそのまま活かすことができ、多量の析出物による製造性劣化も回避される。また、製造コストも比較的低廉であり、大量生産にも適している。したがって本発明は、燃料電池の工業的普及に寄与するものと期待される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明では、ステンレス鋼板表層の酸化皮膜を、TiあるいはNbが共存するAl主体の酸化物で構成する。このとき、表面の電気伝導性が顕著に向上する。一般的にAl酸化物(Al23)は絶縁性であり、その電気抵抗は大きいことが知られている。ところが、TiあるいはNbが共存する状態において、Al主体の酸化皮膜は導電性の挙動を示すことがわかった。その原因については現時点で未解明であるが、3価のAlからなるAl23中に固溶した価数の大きい4価のTiや5価のNbがドナーとなり、半導体的性質を付与した可能性が考えられる。一方、絶縁性の大きいSi、Mn、Cr、Feの酸化物の存在比率が高くなるほど表面電気伝導性は低下することが実験で確かめられた。
以下、本発明を特定するための事項について説明する。
【0015】
〔酸化皮膜の組成〕
本発明では酸化皮膜の組成をC、Oを除いたAl、Ti、Nb、Si、Mn、Cr、Fe、Nの8元素の原子比によって特定している。分析箇所はXPSあるいはAESにより測定される最表面とする。例えばXPSの場合だと、表面から数nm程度の深さ領域における各元素の結合エネルギースペクトルから、それぞれの元素の存在割合(原子比)が求められる。本明細書では特に断らない限り、XPSまたはAESで測定される上記8元素の合計量を100原子%として、酸化皮膜を構成する各元素の存在割合を表示している。
【0016】
優れた表面電気伝導性を得るための酸化皮膜としては、まず、Al系酸化物が主体の皮膜であることが必要である。Alの存在量は、上記のような皮膜組成の特定の仕方において、40原子%以上であることが重要である。それよりAl含有量が低い場合には、ステンレス鋼母材の構成成分であるCr、Fe、Si、Mnの酸化物の存在量が相対的に多くなりすぎ、高い電気伝導性を得ることが困難である。Al含有量は60原子%以上であることがより好ましい。
【0017】
また、Al主体の酸化皮膜中にTiおよびNbの1種以上が合計で3原子%以上含有されていることが重要である。TiやNbが皮膜中に十分含有されていないと、仮にAl酸化物主体の皮膜が形成されても、電気伝導性を顕著に改善することが困難である。TiとNbの合計含有量は5原子%であることが一層好ましい。
【0018】
一方、酸化皮膜中のSi、Mn、Cr、Feの含有量は多くなりすぎないように制限される。これらの酸化物は電気抵抗が大きいため、電気伝導性の改善を阻害する要因となる。具体的には、Si:8原子%以下、Mn:10原子%以下、Cr:30原子%以下、Fe:10原子%以下とする必要がある。さらに好ましい範囲はSi:5原子%以下、Mn:5原子%以下、Cr:20原子%以下、Fe:5原子%以下である。ただし、Crの存在量があまり少なくなると耐食性が不十分となる場合があるので、耐食性を重視する用途では皮膜中に5原子%以上のCrを確保することが望ましい。
【0019】
皮膜中にNが過剰に含まれると電気抵抗の上昇につながるので、皮膜中のN含有量は15原子%以下に制限され、10原子%以下であることがより好ましい。
【0020】
XPSやAESでステンレス鋼表面の酸化皮膜を分析すると、通常、Cが検出される。このCは大部分が大気環境より吸着したコンタミであり、これは表面電気伝導性に直接的に影響するものではないので、本発明ではCの検出量については規定しない。また、Oについては表面酸化物を構成する主元素であるが、表面電気伝導性を評価する上では上記8元素を規定すれば足りるので、Oの存在割合を数値的に規定する必要はない。表面酸化皮膜には上記8元素およびC、Oの他にも、ステンレス鋼母材を構成する合金元素が多少存在する。ただし、Mo、Cu、Niなどの鋼中添加元素やP、S、Sn、Vなどの鋼中混入元素の合計含有量が、前記8元素の合計100原子%に対し、3原子%以内であれば本発明の効果を妨げるものではない。後述の製造方法に従えば、これらの元素の合計含有量は3原子%以内に収まるので、通常、問題になることはない。
【0021】
〔ステンレス鋼母材の成分元素〕
鋼中のCは、オーステナイト形成元素であり、導電性やコスト面で有利なフェライト系鋼種を得るためには、高温熱処理後の冷却過程で硬質なマルテンサイト相が生成しないように、多量のC含有を避けるべきである。また、Cは固溶強化による加工性の低下や、Cr系炭化物の生成による耐食性低下を招く要因になる。これらのことを考慮すると、フェライト系、オーステナイト系いずれの鋼種においてもC含有量は0.1質量%以下とすることが望ましく、0.05質量%以下とすることがより好ましい。
【0022】
鋼中のSiは、熱処理時に皮膜中において絶縁性のSi酸化物を形成する要因となる。皮膜中のSi酸化物の割合が多くなると表面電気伝導性の改善が不十分となるので、鋼中のSi含有量は3.0質量%以下とすることが望ましく、2.0質量%以下とすることがより好ましい。
【0023】
鋼中のMnも、熱処理時に皮膜中において絶縁性のMn酸化物を形成する要因となる。このため、Siと同様、鋼中のMn含有量は1.5質量%以下とすることが望ましく、1.0質量%以下とすることがより好ましい。
【0024】
鋼中のPは、熱処理時に鋼板表面に濃化しやすく、導電性に優れた皮膜の形成を阻害する要因となり得る。このため鋼中のP含有量は0.04質量%以下とすることが望ましい。
【0025】
鋼中のSも、熱処理時に鋼板表面に濃化しやすく、導電性に優れた皮膜の形成を阻害する要因となり得る。このため鋼中のS含有量は0.03質量%以下とすることが望ましい。
【0026】
鋼中のCrは、ステンレス鋼としての耐食性を維持させるために10.5質量%以上の含有量を確保することが望ましい。しかし、過剰のCrは靭性を劣化させ、また、皮膜中に絶縁性の高いCr酸化物を形成して表面電気伝導性の改善を阻害する要因ともなる。固体高分子型燃料電池のセパレータや固体酸化物型燃料電池のインターコネクターなどの用途では、通常、30質量%以下のCr含有量範囲において良好な特性を実現することができる。
【0027】
鋼中のAlは、本発明で目的とするAlの濃化した酸化皮膜を形成させるためのAl供給源となる。発明者らの詳細な検討によれば、酸化皮膜を形成させる手法として後述の熱処理を利用する場合には、鋼中のAl含有量を0.03質量%以上確保しておくことが極めて有利であり、0.1質量%以上とすることがより効果的である。ただし、過剰のAl含有は母材鋼板製造過程で多量の酸化物系介在物や窒化物を形成させ、表面疵の発生および加工性の劣化を招く。したがって鋼中のAl含有量は5質量%以下に制限することが望ましい。固体高分子型燃料電池のセパレータや固体酸化物型燃料電池のインターコネクターなどの用途では、通常、4質量%以下のAl含有量範囲において良好な結果を得ることができる。
【0028】
鋼中のTiおよびNbは、Alの濃化した酸化皮膜中に共存させるTiあるいはNbの供給源となる。詳細な検討の結果、酸化皮膜を形成させる手法として後述の熱処理を利用する場合には、Ti、Nbの1種以上を含有する鋼種であって、Ti+Nbの合計が0.05質量%以上確保されている母材を使用することが極めて有利であり、0.1質量%以上のものを使用することがより好ましい。ただし、これらの元素を過剰に含有させると母材鋼板製造過程で多量の酸化物系介在物や窒化物が生成し、表面疵の発生および加工性の劣化を招く要因となる。このため、Ti+Nbの合計含有量は3質量%以下とすることが望ましく、1.5質量%以下とすることがより好ましい。Ti、Nbはそれぞれ、Ti:0.5質量%以下、Nb:1.0質量%以下の範囲で1種以上を含有させることが望ましい。
【0029】
鋼中のMo、Cu、Niは、ステンレス鋼の耐食性、耐候性向上に有効な元素であり、必要に応じてこれらの1種以上を含有させてもよい。Mo、Cu、Niとも、上記作用を十分に発揮させるためには、0.4質量%以上の含有量を確保することが効果的である。ただし、過剰の含有は耐食性等の効果が飽和しコスト増を招くので、Mo含有量は5質量%以下、Cu含有量は3質量%以下、Ni含有量は5質量%以下とすることが望ましい。
【0030】
〔母材鋼板の製造〕
母材のステンレス鋼板は、一般的なステンレス鋼板製造工程を利用して製造することができる。用途に応じて最終的な板厚が決定されるが、例えば固体高分子型燃料電池のセパレータ用途では板厚0.1〜0.2mm程度の冷延鋼板が使用され、固体酸化物型燃料電池のインターコネクター用途では板厚0.2〜0.8mm程度の冷延鋼板が使用される。母材鋼板の表面仕上としては、熱延や焼鈍の工程で表面に生成した酸化スケールが除去されている無垢のステンレス鋼板(すなわち表層が不動態皮膜であるもの)であれば特にこだわる必要はなく、種々の仕上材が適用できる。一般的には酸洗仕上とすればよい。
【0031】
〔酸化皮膜の形成〕
AlおよびTi+Nbの含有量が上記のように調整された母材鋼板を、以下に示す条件で熱処理することによって、表面電気伝導性が顕著に改善された酸化皮膜を構築することができる。
【0032】
雰囲気ガスの基本成分は不活性ガス(窒素および第18族元素の1種以上)とする。工業生産におけるコスト面を考慮すると窒素ガスを用いることが望ましい。
【0033】
雰囲気ガスに水素が多量に含まれていると表面酸化皮膜が還元され、このとき不活性ガス成分として窒素ガスを使用していれば、その窒素が表面から鋼中に拡散して、母材の表層部には多量の窒素が固溶するとともに大量の窒化物が生成してしまう。その結果、鋼板表層部での電気抵抗の増大を招くことになる。種々検討の結果、雰囲気ガス中の水素濃度は5体積%まで許容されるが、できるだけ低いことが望ましく、0体積%(すなわち水素無添加)とすることが表面電気伝導性を顕著に改善する上で最も好ましい。
【0034】
雰囲気ガス中への酸素の混入はある程度不可避であるが、過剰の酸素が存在すると、Si、Mn、Cr、Feなどの非導電性酸化物が形成されやすくなる。種々検討の結果、酸素濃度は100体積ppm以下とする必要があり、50体積ppm以下とすることがより効果的である。
【0035】
雰囲気ガスの露点は皮膜組成に大きく影響する。表面電気伝導性の高い皮膜を安定して得るには、雰囲気ガスの露点を−50℃以下にする必要がある。それより高いと電気抵抗の大きいSi、Mn、Cr、Feなどの酸化物が形成されやすくなるので好ましくない。
【0036】
上記雰囲気ガス中における熱処理温度は500〜1100とする。500℃未満ではCrやMnの酸化物が生成しやすくなり、TiあるいはNbを含有する導電性の良いAl系酸化物の存在割合が相対的に低下して、表面電気伝導性の改善が不十分となることがある。600℃以上、あるいは800℃以上に設定することがより好ましい。一方、1100℃を超える温度では酸化物中のTi、Nbの存在量が低下して皮膜の表面電気伝導性を十分に改善することが難しくなる。
【0037】
熱処理時間は、Alが濃化した酸化皮膜が概ね10〜100nm程度の厚さで形成されるように調整することが望ましい。通常、鋼板表面が500〜1100℃の温度域に維持される時間を0.5〜5minの範囲で調整すれば良好な結果が得られる。
【実施例1】
【0038】
常法による溶解、鋳造、熱間圧延、冷間圧延工程を経て表1に示す化学組成のフェライト系ステンレス冷延焼鈍鋼板(板厚0.7mm)を製造した。表面状態は酸洗仕上(No.2D)とした。これらの鋼板を母材として用いて、表2に示す種々の条件で熱処理を施すことによって表面酸化皮膜を形成し、供試材とした。熱処理時間は表面温度が表2中に示した温度に維持される時間で約1minとした。
なお、表1中の鋼種Aは、Al、Ti、Nbの含有量が本発明で規定するステンレス鋼板の製造方法を適用する上で好ましい範囲に調整されているものである。
【0039】
【表1】

【0040】
各供試材について、XPSにより表面酸化皮膜の最表面(コンタミ除去のためのエッチングは行っていない)についての元素分析を行った。そして、前述のようにAl、Ti、Nb、Si、Mn、Cr、Fe、Nの8元素の原子比を求めた。また、各供試材について以下の要領で表面電気伝導性を評価した。
【0041】
〔表面電気伝導性の評価〕
各供試材サンプルの表面(片面)に直径15mmの円形カーボンペーパーを荷重10kg/cm2で接触させ、その接触面に電流密度I=1A/cm2の電流を流すのに必要な電圧Eを4端子法により測定し、接触抵抗R(mΩ・cm2)=E/Iを求めた。この方法による接触抵抗が20mΩ・cm2以下のものは、固体高分子型燃料電池セパレータとして使用可能な表面電気伝導性を有すると判断され、合格と評価した。
結果を表2中に示す。
【0042】
【表2】

【0043】
表2に示されるように、試料1〜6のステンレス鋼板は本発明で規定する組成の表面酸化皮膜を有しており、表面電気伝導性の顕著な改善効果が得られた。これらは接触抵抗が20mΩ・cm2以下を満たしており、無垢のままで固体高分子型燃料電池セパレータとして使用できるステンレス鋼板であると評価される。
【0044】
これに対し、比較例である試料11〜19は、いずれも本発明で規定する組成の表面酸化皮膜を有しておらず、その結果、表面電気伝導性の改善が不十分であったものである。
具体的には、試料11はAl含有量の少ない鋼種Bを使用したことにより、この熱処理条件では皮膜中のSi濃度が相対的に高くなりすぎ、Al濃度が不十分となった。
試料12はTi+Nbの合計含有量が少ない鋼種Cを使用したことにより、この熱処理条件では、皮膜中のAl濃度は高められたものの、Ti+Nbの共存量が不十分となった。
試料13は雰囲気ガス中の酸素濃度が高すぎたことにより、電気抵抗の大きいSi系酸化物およびMn系酸化物が皮膜中に多く生成した。
試料14は雰囲気ガスの露点が高すぎたことにより、皮膜中のAl系酸化物の存在比率が少なくなり、かつNの浸入が生じた。
試料15は熱処理温度が低すぎたことにより、Al、Ti、Nbが十分に皮膜中に濃化しなかった。
試料16は熱処理温度が高すぎたことにより、Al濃度の高い皮膜は形成されたものの、Ti+Nbの共存量が不十分となった。
試料17は雰囲気ガスの水素濃度が高すぎたことにより、表面へのNの浸入が生じた。
試料18はステンレス鋼の光輝焼鈍の際に一般的に使用される水素主体の雰囲気ガスを採用したものであり、絶縁性の高いSi酸化物主体の皮膜となった。
試料19は酸洗仕上のまま、熱処理を行っていないものであり、表面にはCrおよびFeが主体の不動態皮膜が形成されている。不動態皮膜の表面電気伝導性は悪いことがわかる。
【実施例2】
【0045】
表3に示す種々の組成のフェライト系ステンレス鋼を用いて実施例1と同様の工程で冷延焼鈍鋼板(板厚0.7mm)を製造し、これらを母材に用いて、表2の試料3とほぼ同様の条件で熱処理を施すことによって供試材を得た。表3の各鋼種は、Al、Ti、Nbの含有量が本発明で規定するステンレス鋼板の製造方法を適用する上で好ましい範囲に調整されているものである。各供試材について、実施例1と同様に皮膜組成および接触抵抗を調べた。その結果、いずれの供試材も本発明で規定する組成の酸化皮膜を有しており、その結果、いずれも接触抵抗は20mΩ・cm2以下であった。
【0046】
【表3】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
Alが濃化した酸化皮膜を表面に形成したステンレス鋼板であって、その酸化皮膜は、最表面についてのAl、Ti、Nb、Si、Mn、Cr、Fe、Nの8元素の原子比が、Al:40原子%以上、Ti+Nbの合計:3原子%以上であり、かつSi:8原子%以下、Mn:10原子%以下、Cr:30原子%以下、Fe:10原子%以下、N:15原子%以下である表面電気伝導性に優れたステンレス鋼板。
【請求項2】
母材のステンレス鋼はAl、Ti、Nbの含有量が、Al:0.03〜5質量%、Ti+Nbの合計:0.1〜3質量%を満たすものである請求項1に記載の表面電気伝導性に優れたステンレス鋼板。
【請求項3】
母材のステンレス鋼は、C:0.1質量%以下、Si:3.0質量%以下、Mn:1.5質量%以下、P:0.04質量%以下、S:0.03質量%以下、Cr:10.5〜30質量%、Al:0.03〜5質量%、Ti+Nbの合計:0.1〜3質量%、残部が実質的にFeからなるものである請求項1に記載の表面電気伝導性に優れたステンレス鋼板。
【請求項4】
母材のステンレス鋼は、さらにMo:5質量%以下、Cu:3質量%以下、Ni:5質量%以下の1種以上を含有するものである請求項3に記載の表面電気伝導性に優れたステンレス鋼板。
【請求項5】
Al、Ti、Nbの含有量が、Al:0.03〜5質量%、Ti+Nbの合計:0.1〜10質量%を満たすステンレス鋼の母材鋼板を、水素濃度:5体積%以下(0体積%を含む)、酸素濃度:100体積ppm以下、残部不活性ガスからなり、露点が−50℃以下である雰囲気ガス中で、500〜1100℃に加熱することにより、Alが濃化した酸化皮膜を母材鋼板の表面に形成させる表面電気伝導性に優れたステンレス鋼板の製造方法。

【公開番号】特開2008−285731(P2008−285731A)
【公開日】平成20年11月27日(2008.11.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−133362(P2007−133362)
【出願日】平成19年5月18日(2007.5.18)
【出願人】(000004581)日新製鋼株式会社 (1,178)
【Fターム(参考)】