説明

被研磨体吸着治具及びガラス基板の製造方法及び磁気記録媒体用ガラス基板

【課題】本発明はガラス基板を吸着する際の痕跡を減少させることを課題とする。
【解決手段】被研磨体吸着治具10は、シリンダ60と、操作部材70と、バネ部材80と、台座90と、吸着パッド100とを有する。操作部材70は、被押圧操作部78が押圧操作されていないとき、被押圧操作部78がバネ部材80のバネ力によりシリンダ60のシリンダ室62より上方に突出する上動位置(負圧停止位置)に保持されている。そして、操作部材70は、被押圧操作部78がバネ部材80のバネ力に抗して下方に押圧操作されると、第2の連通孔76が負圧導入孔64に連通され、吸着パッド100の吸着面に負圧を導入する。また、操作部材70の押圧操作が解除されると、バネ部材80のバネ力により上動して第1の連通孔74が大気導入孔66に連通される上動位置に復帰する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は被研磨体の表面を吸着する被研磨体吸着治具及びガラス基板の製造方法及び磁気記録媒体用ガラス基板に関する。
【背景技術】
【0002】
研磨装置により研磨される被研磨体としては、例えば、磁気記録媒体用ガラス基板に用いられるガラス基板の他にフォトマスク用、液晶や有機EL等のディスプレイ用、光ピックアップ素子や光学フィルタ、光学レンズ等の光学部品用などのガラス基板がある。以下では、磁気記録媒体用ガラス基板を研磨する場合を一例として説明する。
【0003】
ガラス基板(被研磨体)の研磨工程では、ガラス基板の主平面を研磨して表面を所定の表面粗さ以下に仕上げている。研磨工程が終了したガラス基板は、作業員が1枚ずつ取出してガラス基板収納容器の各収納部に挿入して検査工程に送られる。
【0004】
検査工程においては、光学式表面検査装置(例えば、KLA−Tencor社製のOSA(Optical Surface Analyzer)6300)を用いてガラス基板の主平面の粗さやうねり等を検査する。この検査装置により従来は検出することができなかった極めて微細な欠陥も測定することが可能になり、例えば、研磨装置からガラス基板を取出す際に作業員の指が触れた際に発生する微細なうねり等の痕跡(局所的な粗さ欠陥)も測定可能である。
【0005】
ガラス基板の主平面を研磨する場合、研磨工程を2〜4回行うことによりガラス基板の主平面を鏡面仕上げしているため、最終の研磨工程が終了したガラス基板を研磨装置から取出す際は、作業員がガラス基板の主平面に触れないようにしている。
【0006】
また、従来の研磨工程におけるガラス基板の取出し作業では、真空吸着方式のガラス基板吸着治具を用いてガラス基板を一枚ずつ研磨装置から取出してガラス基板収納容器に挿入する方法も行われていた(例えば、特許文献1参照)。この特許文献1に記載されたガラス基板吸着治具を用いてガラス基板を研磨装置から取出す際は、作業員がガラス基板の主平面に触れないため、ガラス基板に指先が接触した場合の痕跡が残らない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2007−216311号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記従来の作業員による手作業でガラス基板を研磨装置から取出す際に、誤って作業員の指先がガラス基板の主平面を触れてしまうと、上記光学式表面検査装置による検査工程でガラス基板の主平面に残った指先の痕跡が検出されるため、当該ガラス基板が不良品となってしまう。
【0009】
また、上記特許文献1では、ガラス基板吸着治具の大気に連通された空気穴(開放穴)を作業員が手で塞ぐことで吸着パッドに負圧を発生させてガラス基板を吸着する構成であるため、操作性が悪く、例えば、手で塞いだ空気穴(開放穴)との間で隙間ができると、空気が吸着パッドに供給されて吸着力が低下し、ガラス基板が落下するという問題があった。
【0010】
また、上記ガラス基板吸着治具では、空気穴(開放穴)が開放されているので、負圧により大気中の塵埃が吸着パッドの吸着面に付着することがあり、当該吸着パッドをガラス基板に接触させる際に吸着パッドの吸着面がガラス基板の主平面に擦られると、主平面にキズや微細な痕跡が残ってしまうおそれがあった。
【0011】
また、当該吸着パッドが乾燥すると、吸着パッドの吸着面に粉塵が付着してしまうため、吸着パッドの吸着面を水中保管することが要望されているが、上記特許文献1のものは、非吸着時に空気穴(開放穴)が開放されている状態でも、吸着パッドから水を吸い続けてしまうため、吸着パッドを水中保管することが難しいといった不具合もある。
【0012】
そこで、本発明は上記事情に鑑み、上記課題を解決した被研磨体吸着治具及びガラス基板の製造方法及び磁気記録媒体用ガラス基板の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するため、本発明は以下のような手段を有する。
(1)本発明は、被研磨体の主平面を吸着する吸着パッドを有する被研磨体吸着治具において、
前記吸着パッドの吸着面に連通する空気吸引孔と、
前記空気吸引孔に連通されたシリンダと、
前記シリンダ内に挿入された操作部材と、
前記操作部材を操作前の負圧停止位置に復帰させるバネ部材と、を有し、
前記操作部材が前記バネ部材のバネ力に抗して押圧操作されると、前記吸着パッドの吸着面に負圧を発生させ、前記操作部材への押圧操作が解除されると、前記バネ部材のバネ力により前記操作部材が負圧停止位置に復帰して前記吸着パッドの吸着面を大気圧にすることを特徴とする。
(2)本発明の前記吸着パッドは、
前記被研磨体の主平面に接触する吸着面を有する吸着層と、
前記吸着層の裏面に接着された支持層と、
前記支持層の裏面を台座に接着する粘着層と、
を積層したものである。
(3)本発明の前記支持層は、不織布により形成される。
(4)本発明は、前記吸着層及び前記支持層の輪郭形状を前記被研磨体の外周よりも小さく、且つ非円形形状とした。
(5)本発明の前記被研磨体は、磁気記録媒体用ガラス基板である。
(6)本発明は、ガラス基板の主平面を研磨した後、(1)乃至(4)の何れかに記載の被研磨体吸着治具を用いて前記ガラス基板を取出すガラス基板の製造方法であって、
前記ガラス基板の主平面の研磨が終了した後、前記ガラス基板の主平面に前記被研磨体吸着治具の吸着パッドの吸着面を接触させる手順1と、
前記被研磨体吸着治具の操作部材を押圧操作して前記吸着面に負圧を発生させる手順2と、
前記被研磨体吸着治具の前記吸着面が前記ガラス基板に密着した状態で前記被研磨体吸着治具と共に前記ガラス基板を取出す手順3と、
前記ガラス基板の外周を被研磨体収納容器の各収納部に挿入した状態で、前記被研磨体吸着治具の前記操作部材の押圧操作を解除して前記吸着パッドの負圧発生を停止させて前記ガラス基板を前記被研磨体収納容器の収納部に挿入する手順4と、
を有する。
(7)本発明のガラス基板は、磁気記録媒体用ガラス基板である。
(8)本発明は、研磨装置により主平面を研磨した後、(1)乃至(4)の何れかに記載の被研磨体吸着治具を用いて前記研磨装置より取出される磁気記録媒体用ガラス基板であって、
前記磁気記録媒体用ガラス基板は、主平面の記録再生領域における波長405nmのレーザ光を照射して得た散乱光を用いて測定される局所的な粗さ欠陥がない磁気記録媒体用ガラス基板である。
(9)本発明は、中心部に円孔を有する円盤状の磁気記録媒体用ガラス基板であって、
前記磁気記録媒体用ガラス基板は、主平面の記録再生領域における波長405nmのレーザ光を照射して得た散乱光を用いて測定される局所的な粗さ欠陥がないことを特徴とする磁気記録媒体用ガラス基板である。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、吸着パッドの吸着面に連通する空気吸引孔に連通されたシリンダ内に挿入された操作部材と操作して吸着パッドの吸着面に負圧を発生させるため、吸着パッドが被研磨体を確実に吸着できると共に、空気吸引孔に大気中の塵埃が侵入することを防止し、吸着パッドの擦れによる痕跡が被研磨体の主平面に発生することを抑制できる。また、非吸着時には、操作部材により負圧導入を遮断して吸着パッドの水中保管を可能にし、吸着パッドの乾燥による塵埃付着を防止して被研磨体を吸着する際に塵埃付着による被研磨体にキズや痕跡が残ることを防止できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明による被研磨体吸着治具の一実施例の作業手順を模式的に示す図である。
【図2】被研磨体吸着治具の構成を示す縦断面図である。
【図3A】被研磨体吸着治具の平面図である。
【図3B】被研磨体吸着治具に装着される吸着パッドの平面図である。
【図4】吸着パッドの積層構造を拡大して示す縦断面図である。
【図5A】ガラス基板を吸着したときの被研磨体吸着治具の状態を示す縦断面図である。
【図5B】ガラス基板を分離させたときの被研磨体吸着治具の状態を示す縦断面図である。
【図6A】作業員が手作業でガラス基板を取出したとき主平面に残された局所的な粗さ欠陥を光学式表面検査装置により測定して得られた測定領域全体の検査画像と局所的な粗さ欠陥を拡大表示した検査画像の一例を示す図である。
【図6B】作業員が手作業でガラス基板を取出したとき主平面に残された局所的な粗さ欠陥を光学式表面検査装置により測定した検査画像の一例を拡大表示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、図面を参照して本発明を実施するための形態について説明する。
〔被研磨体吸着治具の使用方法について〕
図1は本発明による被研磨体吸着治具の一実施例の作業手順を模式的に示す図である。図1に示されるように、研磨装置20による最終研磨工程(仕上げ工程)が終了すると、上定盤30が上方に移動し、下定盤40の研磨パッド42上に研磨されたガラス基板W(被研磨体)が残される。作業員Pは、被研磨体吸着治具10を用いて、最終研磨が終了した各ガラス基板Wを一枚ずつ吸着して取出し、ガラス基板の表面を触らないように注意しながら所定のガラス基板収納容器に挿入する。
【0017】
尚、ガラス基板Wは、樹脂シートからなるキャリアの各保持孔に挿入されて研磨されるが、被研磨体吸着治具10を用いる場合には、キャリアを先に除去しても良いし、あるいはキャリアを残したままガラス基板取出し作業を行って良い。
【0018】
被研磨体吸着治具10は、作業員Pの操作によりガラス基板Wの主平面に後述する吸着パッドを密着させ、さらに真空発生装置50により生じた負圧でガラス基板Wを吸着するように構成されている。真空発生装置50は、大気圧以下に減圧された負圧タンクを内蔵しており、当該負圧タンクは真空チューブ52を介して被研磨体吸着治具10に接続されている。
【0019】
また、作業員Pは、被研磨体吸着治具10の把持部12を把持して吸着パッドをガラス基板Wの主平面に密着させ、真空発生装置50からの負圧を吸着パッドに導入する操作を行った後、被研磨体吸着治具10と共に当該ガラス基板Wを下定盤40から持ち上げて取出す。
〔被研磨体吸着治具10の構成〕
図2は被研磨体吸着治具10の構成を示す縦断面図である。図2に示されるように、被研磨体吸着治具10は、シリンダ60と、操作部材70と、バネ部材80と、台座90と、吸着パッド100とを有する。
【0020】
シリンダ60は、外周に把持部12、13が水平方向に延在するように結合されている。把持部12は、中空パイプからなり、内部に負圧導入通路14を有する。この負圧導入通路14の端部には、前述した真空発生装置50からの真空チューブ52が接続されている。
【0021】
また、シリンダ60は、例えば、ステンレスなどの金属材により円筒形状に形成されており、操作部材70が摺動するシリンダ室62と、シリンダ室62に水平方向から連通された負圧導入孔64及び大気導入孔66とが設けられている。負圧導入孔64は、大気導入孔66と異なる高さ位置に設けられ、本実施例の場合、大気導入孔66よりも高い位置に設けられている。
【0022】
操作部材70は、シリンダ室62の内部を上下方向に摺動可能に挿入されたスプール弁からなるまた、操作部材70は、底部より軸方向に延在する中央孔72と、中央孔72の中間位置に連通する第1の連通孔74と、中央孔72の上端位置に連通する第2の連通孔76とを有する。
【0023】
第1の連通孔74は、操作部材70がバネ部材80のバネ力により上昇した負圧停止位置にあるとき、大気導入孔66に連通される位置に設けられている。第2の連通孔76は、操作部材70が下方に押圧操作されたとき、負圧導入孔64に連通される位置に設けられている。
【0024】
操作部材70は、上端に被押圧操作部78が設けられ、下端には、シリンダ室62の段部68に当接する抜け防止用鍔部79が設けられている。また、操作部材70は、被押圧操作部78が押圧操作されていないとき、被押圧操作部78がバネ部材80のバネ力によりシリンダ60のシリンダ室62より上方に突出する上動位置(負圧停止位置)に保持されている。そして、操作部材70は、被押圧操作部78が下方に押圧操作されると、第2の連通孔76が負圧導入孔64に連通され、被押圧操作部78への押圧操作が解除されると、バネ部材80のバネ力により上動して第1の連通孔74が大気導入孔66に連通される上動位置(負圧停止位置)に復帰する。従って、シリンダ60及び操作部材70は、ガラス基板Wに対する吸着または分離を切替える切替弁を構成している。
【0025】
尚、操作部材70は、上動位置(負圧停止位置)に保持されているとき、抜け防止用鍔部79がシリンダ室62の段部68に当接して上方への飛び出しが阻止される。
【0026】
また、シリンダ60は、シリンダ室62の上端開口が操作部材70により塞がれているので、空気中の塵埃がシリンダ室62に侵入しないように構成されている。そのため、被研磨体吸着治具10では、前述した特許文献1に示す従来のように、作業員が指先で空気孔を開放した際に、空気孔から空気中の塵埃が侵入せず、吸着パッドに塵埃が付着することが無い。
【0027】
バネ部材80は、例えば、腐食しにくいステンレス材からなるコイルバネにより形成されている。
【0028】
台座90は、例えば、樹脂材により小判状(非円形状)に形成されており、上面にシリンダ60が垂直状態に固定され、下面に吸着パッド100が接着される。また、台座90は、上面中央にシリンダ60のシリンダ室62に連通する中央孔92が設けられ、下面の複数箇所に分岐孔94が設けられている。中央孔92と複数の分岐孔94との間は、連通路96により接続されている。
【0029】
また、非吸着時には、被研磨体吸着治具10は、吸着パッド100が乾燥しないように水中保管される。この水中保管では、例えば、トレーなどに貯留された水に吸着パッド100を浸すことで、吸着パッド100の乾燥が防止され、且つ吸着パッド100の吸着面に塵埃が付着することが防止される。また、被研磨体吸着治具10は、非吸着時には、操作部材70により負圧導入孔64を遮断しているため、吸着パッド100を水中保管する場合でも水が吸引されず、吸着パッド100の乾燥を防止できる。そのため、被研磨体を吸着する際に、吸着パッド100の乾燥によりガラス基板にキズや痕跡が残ることを防止できる。
【0030】
図3Aは被研磨体吸着治具10の平面図である。図3Aに示されるように、台座90は、外周形状が円形の2箇所を直線状にカットしたような小判形状(非円形状)に形成され、一対の逃げ部98,99が設けられている。また、台座90は、外径D1がガラス基板W(一点鎖線で示す)の外径Dよりも小さく、一対の逃げ部98,99の幅L1よりも大きい(D>D1>L1)。
【0031】
そのため、吸着されたガラス基板Wを吸着パッド100から外す際、逃げ部98,99から外側にはみ出したガラス基板Wの外周(主平面の外側の周縁部)を把持しやすくなる。尚、逃げ部98,99は、図3Aのように直線形状としても良いし、あるいは任意の曲線形状としても良い。また、分岐孔94の数、及び各分岐孔94の間隔は、適宜選択され、図3Aに示すパターン以外でも良い。
【0032】
図3Bは被研磨体吸着治具10に装着される吸着パッド100の平面図である。図3Bに示されるように、吸着パッド100は、外周に一対の逃げ部102、103が設けられ、上記台座90と同様な小判形状に形成されている。また、吸着パッド100は、外径D2がガラス基板W(一点鎖線で示す)の外径Dよりも小さく、一対の逃げ部102、103の幅L2よりも大きい(D>D2>L2)。
【0033】
さらに、吸着パッド100には、真空発生装置50からの負圧又は大気圧が選択的に導入される吸着穴104が90度間隔で4箇所に設けられている。尚、逃げ部102、103は、図3Bのように直線形状としての良いし、あるいは任意の曲線形状としても良い。また、吸着穴104の数、及び各吸着穴104の間隔は、前述した台座90の各分岐孔94に対向配置されるように適宜選択され、図3Bに示すパターン以外でも良い。
〔吸着パッド100の積層構造〕
図4は吸着パッド100の積層構造を拡大して示す縦断面図である。図4に示されるように、吸着パッド100は、台座90の下面に貼着されており、吸着層106と、支持層107と、粘着層108とが積層されている。
【0034】
吸着層106は、例えば、弾力性を有する発泡ポリウレタンにより形成されており、ガラス基板Wの主平面に接触する吸着面106aを有する。また、吸着層106の厚みは、200μm〜700μmの範囲内に設定され、本実施例ではおよそ400μm〜500μmであることが望ましい。吸着層106は、吸着面106aがガラス基板Wの主平面に接触する際の衝撃を吸収するため、ガラス基板Wの主平面にキズ、うねりなどの痕跡(局所的な粗さ欠陥)が残らない柔らかさを有する。
【0035】
支持層107は、吸着層106の裏面(上面)に接着され、ポリエチレンテフタレート(PET)又は不織布により形成される。支持層107がポリエチレンテフタレート(PET)の場合、支持層107の厚みが100μm〜300μmの範囲内に設定され、200μmであることが望ましい。また、支持層107が不織布の場合、支持層107の厚みが200μm〜700μmの範囲内に設定され、およそ400μm〜500μmであることが望ましい。ポリエチレンテフタレート(PET)又は不織布は、緩衝材として吸着層106と粘着層108との間に介在する。また、不織布は、吸着穴104の穴加工を行う際にバリが発生しないため、穴加工により発生したバリがガラス基板Wにキズを発生させるおそれがない。そのため、支持層107は不織布であることが好ましい。
【0036】
粘着層108は、支持層107の裏面(上面)を台座90の下面に接着するため、例えば、ポリエステルフィルムなどを基材としたシート状の両面テープなどからなる。
【0037】
吸着層106、支持層107、粘着層108は、各層が積層された状態に密着され、一体化されている。また、吸着層106、支持層107、粘着層108には、上下方向に貫通する吸着穴104が設けられている。吸着穴104は、上端が台座90の分岐孔94に連通し、下端が吸着面106aに開口する。
【0038】
そのため、操作部材70の被押圧操作部78が押下されると、第2の連通孔76が負圧導入孔64に連通されるため、操作部材70の中央孔72、シリンダ60のシリンダ室62、台座90の中央孔92、連通路96、分岐孔94を通して吸着穴104に負圧が導入される。
【0039】
また、吸着パッド100は、台座90に対して粘着層108により貼着されているので、吸着層106が摩耗又は変形する前に定期的に交換される。
〔被研磨体吸着治具10の操作方法〕
図5Aはガラス基板を吸着したときの被研磨体吸着治具10の状態を示す縦断面図である。図5Bはガラス基板を分離させたときの被研磨体吸着治具10の状態を示す縦断面図である。
【0040】
ここで、最終研磨工程が終了したガラス基板Wを研磨装置20から取出す際の操作手順について説明する。
(手順1) 図5Aに示されるように、先ず、作業員P(図1参照)が被研磨体吸着治具10の把持部12、13を把持して吸着パッド100の吸着面106aをガラス基板Wの上面(主平面)に密着させる。この状態では、操作部材70がバネ部材80のバネ力により上動位置(負圧停止位置)に保持されているので、吸着パッド100に負圧が導入されず、吸着穴104は大気圧になっている。また、吸着パッド100が吸着層106、支持層107、粘着層108からなる積層構造で一体化されているため、密着操作によりガラス基板Wの主平面にキズや局所的な粗さ欠陥などを与えることがない。さらに、吸着パッド100は、非吸着時には水中保管されているので、吸着パッド100の吸着面に塵埃が付着せず、この点からもガラス基板Wの主平面にキズや局所的な粗さ欠陥などを与えることがない。
(手順2) この密着状態において、作業員Pは、操作部材70の被押圧操作部78を押下する。これにより、被研磨体吸着治具10の操作部材70は、第2の連通孔76が負圧導入孔64に連通されると共に、第1の連通孔74と大気導入孔66との間が遮断される。そのため、真空発生装置50の負圧が真空チューブ52を通して把持部12の負圧導入通路14に導入され、さらに、操作部材70の中央孔72、シリンダ60のシリンダ室62、台座90の中央孔92、連通路96、分岐孔94を通して吸着パッド100の吸着穴104に負圧が導入される。
【0041】
よって、ガラス基板Wは、4つの吸着穴104が大気圧以下に減圧されるため、吸着パッド100の吸着面106aに確実に吸着される。また、本実施の形態では、操作部材70の被押圧操作部78を押下するため、前述した特許文献1に示す従来のように空気穴を手で塞ぐ場合よりも確実にガラス基板Wを吸着できると共に、作業員の負担も軽減できる。
(手順3) 作業員Pは、被研磨体吸着治具10の把持部12、13を持ち上げると共に、最終研磨工程が終了したガラス基板Wを研磨装置20から取出す。尚、作業員Pは、ガラス基板Wをガラス基板収納容器に挿入するまで、操作部材70の被押圧操作部78を押圧操作して吸着状態を維持する。
(手順4) 図5Bに示されるように、ガラス基板Wがガラス基板収納容器120の上方に移動されると、操作部材70の被押圧操作部78の押圧操作を解除する。これにより、操作部材70はバネ部材80のバネ力により上動位置(負圧停止位置)に復帰するため、第1の連通孔74が大気導入孔66に連通されると共に、第2の連通孔76と負圧導入孔64との間が遮断される。そのため、大気導入孔66から導入された大気圧が操作部材70の中央孔72、シリンダ60のシリンダ室62、台座90の中央孔92、連通路96、分岐孔94を通して吸着パッド100の吸着穴104に導入される。よって、ガラス基板Wは、自重により吸着パッド100から分離してガラス基板収納容器120に落下する。
【0042】
また、ガラス基板Wが吸着パッド100の吸着面106aに吸着されたまま分離しないときは、図3Bに示す逃げ部102、103から外側にはみ出した部分を押圧して当該ガラス基板Wを落下させる。
【0043】
尚、図5Bでは、ガラス基板Wが水平状態でガラス基板収納容器120に落下させるように示したが、これに限らず、例えば、ガラス基板収納容器120の各収納部がガラス基板Wを垂直状態にして収納する構成の場合には、被研磨体吸着治具10の向きを90度回動させてガラス基板Wを垂直状態にしたまま被押圧操作部78の押圧操作を解除すればよい。
〔光学式表面検査装置による検査結果〕
ガラス基板の主平面の局所的な粗さ欠陥の有無は、光学式表面検査装置(例えば、KLA−Tencor社製のOSA(Optical Surface Analyzer)6300)を用い、ガラス基板の主平面の粗さやうねり等を測定することにより検査した。
【0044】
図6Aと図6Bは、本発明による被研磨体吸着治具10を用いずにガラス基板Wを取出したとき主平面に残された局所的な粗さ欠陥を光学式表面検査装置により撮像した検査画像の一例を示す図である。従来のように作業員が手でガラス基板Wを取出し場合、指先の押圧力による痕跡N1、N2がガラス基板Wの表面に残ることが確認された。痕跡N1、N2は、磁気記録媒体用ガラス基板の主平面の局所的な粗さ欠陥となる。主平面の局所的な粗さ欠陥は、磁気記録媒体用ガラス基板の上に磁性層などの薄膜を形成して磁気ディスクとし、HDD検査を実施した際に、不具合を生じる。そのため、痕跡N1、N2が確認されたガラス基板Wは、検査の判定結果としては不合格範囲に入る。
【0045】
本発明の被研磨体吸着治具10を用いることによりガラス基板W1を確実に吸着して取出すことができると共に、吸着作業による痕跡(局所的な粗さ欠陥)がガラス基板Wの主平面に発生することも抑制でき、局所的な粗さ欠陥がない磁気記録媒体用ガラス基板を得ることができる。
〔磁気記録媒体用ガラス基板の製造方法について〕
一般に、磁気記録媒体用ガラス基板及び磁気ディスクの製造工程は、以下の工程を含む。(工程1)フロート法、フュージョン法またはプレス成形法で成形されたガラス素基板を、中央部に円孔を有する円盤形状に加工した後、内周側面と外周側面を面取り加工する。
(工程2)ガラス基板の側面部と面取り部を端面研磨する。
(工程3)ガラス基板の主平面を研磨する。研磨工程は、1次研磨のみでもよく、1次研磨と2次研磨を行ってもよく、2次研磨の後に3次研磨を行ってもよい。
(工程4)ガラス基板の精密洗浄を行い、磁気記録媒体用ガラス基板を得る。
(工程5)磁気記録媒体用ガラス基板の上に磁性層などの薄膜を形成し、磁気ディスクを製造する。
【0046】
上記磁気記録媒体用ガラス基板及び磁気ディスクの製造工程において、(工程2)端面研磨工程の前後のうち少なくとも一方で主平面のラップ(例えば、遊離砥粒ラップ、固定砥粒ラップなど)を実施してもよく、各工程間にガラス基板の洗浄(工程間洗浄)やガラス基板表面のエッチング(工程間エッチング)を実施してもよい。なお、主平面のラップ(例えば、遊離砥粒ラップ、固定砥粒ラップなど)は広義の主平面の研磨である。
【0047】
さらに、磁気記録媒体用ガラス基板に高い機械的強度が求められる場合、ガラス基板の表層に強化層を形成する強化工程(例えば、化学強化工程)を研磨工程前、または研磨工程後、あるいは研磨工程間で実施してもよい。
【0048】
本発明において、磁気記録媒体用ガラス基板は、アモルファスガラスでもよく、結晶化ガラスでもよく、ガラス基板の表層に強化層を有する強化ガラス(例えば、化学強化ガラス)でもよい。また、本発明のガラス基板のガラス素基板は、フロート法で造られたものでもよく、フュージョン法で造られたものでもよく、プレス成形法で造られたものでもよい。
【0049】
ここで、磁気記録媒体用ガラス基板の調整及び研磨、検査について詳細に説明する。
〔磁気記録媒体用ガラス基板の調整〕
例えば、外径65mm、内径20mm、板厚0.635mmの寸法を有する磁気記録媒体用ガラス基板用を製造する場合について説明する。まず、フロート法で成形されたSiOを主成分とするガラス基板をドーナツ状円形ガラス基板(中央部に円孔を有する円盤形状ガラス基板)に加工する。
【0050】
このドーナツ状円形ガラス基板の内周側面と外周側面を、面取り幅0.15mm、面取り角度45°の磁気記録媒体用ガラス基板が得られるように面取り加工し、その後アルミナ砥粒を用いて、ガラス基板上下主平面をラッピングし、砥粒を洗浄除去する。
【0051】
次に、内周側面と内周面取り部を研磨ブラシと酸化セリウム砥粒を用いて研磨し、内周側面と内周面取り部のキズを除去し、鏡面となるように内周端面研磨した。内周端面研磨を行ったガラス基板は、砥粒を洗浄除去する。
【0052】
内周端面研磨後のガラス基板の外周側面と外周面取り部を、研磨ブラシと酸化セリウム砥粒を用いて研磨し、外周側面と外周面取り部のキズを除去し、鏡面となるように外周端面研磨した。外周端面研磨後のガラス基板は、砥粒を洗浄除去される。
〔磁気記録媒体用ガラス基板の1次〜3次研磨〕
端面加工後のガラス基板は、研磨具として硬質ウレタン製の研磨パッドと酸化セリウム砥粒を含有する研磨液(平均粒子直径、以下、平均粒径と略す、約1.3μmの酸化セリウムを主成分した研磨液組成物)を用いて、22B型両面研磨装置(スピードファム社製、製品名:DSM22B−6PV−4MH)により上下主平面を1次研磨する。
【0053】
1次研磨後のガラス基板は、研磨具として軟質ウレタン製の研磨パッドと、上記の酸化セリウム砥粒よりも平均粒径が小さい酸化セリウム砥粒を含有する研磨液(平均粒径約0.5μmの酸化セリウムを主成分とする研磨液組成物)を用いて、22B型両面研磨装置(スピードファム社製、製品名:DSM22B−6PV−4MH)より上下主平面を2次研磨する。
【0054】
2次研磨後のガラス基板は、研磨具として軟質ウレタン製の研磨パッドと、コロイダルシリカを含有する研磨液(一次粒子の平均粒径が20〜30nmのコロイダルシリカを主成分とする研磨液組成物)を用いて、両面研磨装置により上下主平面を3次研磨する。
【0055】
本実施例において、本発明の被研磨体吸着治具10は最終の仕上げ研磨工程である3次研磨後のガラス基板を、研磨装置から取り上げる際に使用する。
【0056】
3次研磨を行ったガラス基板は、アルカリ性洗剤によるスクラブ洗浄、アルカリ性洗剤溶液に浸漬した状態での超音波洗浄、純水に浸漬した状態での超音波洗浄、を順次行い、イソプロピルアルコール蒸気にて乾燥する。
【0057】
なお、1次研磨工程、2次研磨工程、3次研磨工程において、両面研磨装置の上定盤と下定盤に装着した研磨パッドは、ガラス基板を研磨する前に、ダイヤモンド砥粒を表面に有するドレス治具を用いてドレス処理が施され、所定の平面度を有する研磨面に形成される。
〔磁気記録媒体用ガラス基板の検査工程〕
上記各工程により得られた磁気記録媒体用ガラス基板の主平面を、光学式表面検査装置(KLA−Tencor社製のOSA(Optical Surface Analyzer)6300)を用いて測定し、局所的な粗さ欠陥の有無を検査する。局所的な粗さ欠陥の測定は、波長405nmのレーザ光をガラス基板の主平面に照射して得た散乱光を用い、磁気記録媒体用ガラス基板の主平面の記録再生領域において測定する。この検査工程において、図6Aと図6Bに示す、痕跡N1、N2(局所的な粗さ欠陥)が確認されたガラス基板Wは、不合格と判定される。また、本実施例において、局所的な粗さ欠陥の有無の検査測定は、同一ロットから30枚のガラス基板を抜き取って測定した。
【0058】
本発明の被研磨体吸着治具10を最終の仕上げ研磨工程(3次研磨)適用したロットのガラス基板には、局所的な粗さ欠陥は観察されず、全て合格品であった。一方、本発明の被研磨体吸着治具10を使用せずに製造したロットのガラス基板には、図6Aと図6Bに示す、痕跡N1、N2(局所的な粗さ欠陥)が確認された。
【0059】
このように、本発明の被研磨体吸着治具10を用いた磁気記録媒体用ガラス基板の製造方法により、局所的な粗さ欠陥がない磁気録媒体用ガラス基板を得ることができる。
【産業上の利用可能性】
【0060】
上記実施の形態では、磁気記録媒体用のガラス基板を研磨する両面研磨装置を例に挙げて説明したが、これに限らず、ガラス基板以外の被研磨体を研磨する場合にも本発明を適用できるのは勿論である。
【0061】
また、本発明が適用できるガラス基板としては、磁気記録媒体用、フォトマスク用、液晶や有機EL等のディスプレイ用、光ピックアップ素子や光学フィルタ、光学レンズ等の光学部品用などのガラス基板が具体的なものとして挙げられる。
【0062】
また、下定盤に載置されるガラス基板の枚数は、特定の枚数に限るものではなく、一回の研磨工程で複数のガラス基板を同時に研磨できるものであれば良い。
【符号の説明】
【0063】
10 被研磨体吸着治具
12、13 把持部
14 負圧導入通路
20 研磨装置
30 上定盤
40 下定盤
42 研磨パッド
50 真空発生装置
52 真空チューブ
60 シリンダ
62 シリンダ室
64 負圧導入孔
66 大気導入孔
68 段部
70 操作部材
72 中央孔
74 第1の連通孔
76 第2の連通孔
80 バネ部材
78 被押圧操作部
90 台座
92 中央孔
94 分岐孔
96 連通路
98,99 逃げ部
100 吸着パッド
102、103 逃げ部
104 吸着穴
106 吸着層
106a 吸着面
107 支持層
108 粘着層
120 ガラス基板収納容器
N1、N2 痕跡

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被研磨体の主平面を吸着する吸着パッドを有する被研磨体吸着治具において、
前記吸着パッドの吸着面に連通する空気吸引孔と、
前記空気吸引孔に連通されたシリンダと、
前記シリンダ内に挿入された操作部材と、
前記操作部材を操作前の負圧停止位置に復帰させるバネ部材と、を有し、
前記操作部材が前記バネ部材のバネ力に抗して押圧操作されると、前記吸着パッドの吸着面に負圧を発生させ、前記操作部材への押圧操作が解除されると、前記バネ部材のバネ力により前記操作部材が負圧停止位置に復帰して前記吸着パッドの吸着面を大気圧にすることを特徴とする被研磨体吸着治具。
【請求項2】
前記吸着パッドは、
前記被研磨体の主平面に接触する吸着面を有する吸着層と、
前記吸着層の裏面に接着された支持層と、
前記支持層の裏面を台座に接着する粘着層と、
を積層した請求項1に記載の被研磨体吸着治具。
【請求項3】
前記支持層は、不織布により形成される請求項2に記載の被研磨体吸着治具。
【請求項4】
前記吸着層及び前記支持層の輪郭形状は、前記被研磨体の外周よりも小さく、且つ非円形形状である請求項2又は3に記載の被研磨体吸着治具。
【請求項5】
前記被研磨体は、磁気記録媒体用ガラス基板である請求項1〜4の何れかに記載の被研磨体吸着治具。
【請求項6】
ガラス基板の主平面を研磨した後、請求項1乃至4の何れかに記載の被研磨体吸着治具を用いて前記ガラス基板を取出すガラス基板の製造方法であって、
前記ガラス基板の主平面の研磨が終了した後、前記ガラス基板の主平面に前記被研磨体吸着治具の吸着パッドの吸着面を接触させる手順1と、
前記被研磨体吸着治具の操作部材を押圧操作して前記吸着面に負圧を発生させる手順2と、
前記被研磨体吸着治具の前記吸着面が前記ガラス基板に密着した状態で前記被研磨体吸着治具と共に前記ガラス基板を取出す手順3と、
前記ガラス基板の外周を被研磨体収納容器の各収納部に挿入した状態で、前記被研磨体吸着治具の前記操作部材の押圧操作を解除して前記吸着パッドの負圧発生を停止させて前記ガラス基板を前記ガラス基板収納容器の収納部に挿入する手順4と、
を有するガラス基板の製造方法。
【請求項7】
前記ガラス基板は、磁気記録媒体用ガラス基板である請求項6に記載のガラス基板の製造方法。
【請求項8】
研磨装置により主平面を研磨した後、請求項1乃至4の何れかに記載の被研磨体吸着治具を用いて前記研磨装置より取出される磁気記録媒体用ガラス基板であって、
前記磁気記録媒体用ガラス基板は、主平面の記録再生領域における波長405nmのレーザ光を照射して得た散乱光を用いて測定される局所的な粗さ欠陥がない磁気記録媒体用ガラス基板。
【請求項9】
中心部に円孔を有する円盤状の磁気記録媒体用ガラス基板であって、
前記磁気記録媒体用ガラス基板は、主平面の記録再生領域における波長405nmのレーザ光を照射して得た散乱光を用いて測定される局所的な粗さ欠陥がないことを特徴とする磁気記録媒体用ガラス基板。

【図1】
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【図2】
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【図3A】
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【図3B】
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【図4】
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【図5A】
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【図5B】
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【図6A】
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【図6B】
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【公開番号】特開2012−111013(P2012−111013A)
【公開日】平成24年6月14日(2012.6.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−263234(P2010−263234)
【出願日】平成22年11月26日(2010.11.26)
【出願人】(000000044)旭硝子株式会社 (2,665)
【Fターム(参考)】