説明

複合電極材及びその製造方法、並びに金属空気電池用負極及び金属空気電池

【課題】十分な電子伝導率を有し、電極特性にすぐれた鉄負極用の複合電極材を提供する。
【解決手段】炭素基材および酸化鉄粒子を含み、前記酸化鉄粒子はFe34を主成分とし、かつ炭素基材に担持されており、前記酸化鉄粒子のD90が50nm以下である、複合電極材。該複合電極材は、活物質であるFe34を主成分とする酸化鉄粒子の粒径が小さいため、電極反応の中間生成物であるFe(OH)2層に被覆された場合でも電子伝導率が著しく低下することがない。そのため、複合電極材を用いると、十分な電子伝導率と充放電サイクル特性を有する鉄負極が提供される。該複合電極材を有する負極は、金属空気電池用負極として好適に使用される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄酸化物を電極活物質として用いた複合電極材及びその製造方法、並びに該複合電極材を含有する金属空気電池用負極及び金属空気電池に関する。
【背景技術】
【0002】
空気中の酸素を活物質として使用する金属空気電池は、高エネルギー密度化が可能であることから電気自動車用等の種々の用途への応用が期待されている。
【0003】
負極活物質には様々な金属が検討されているが、鉄酸化物を負極活物質として用いた鉄−空気電池は、その理論容量が1280mAh/gと、リチウムイオン電池(理論容量:158mAh/g)と比較しても非常に大きく、また、負極活物質である鉄酸化物は、比較的低コストであることから特に期待されている。
【0004】
また、二次電池用の負極として、鉄負極(ここで、鉄負極は、鉄または鉄酸化物を負極活物質として有する負極を表す)は高濃度のアルカリ水溶液を用いることで理論的には電解液の分解反応なしに充電が可能であり、また、従来の亜鉛に比べてデンドライト状の結晶を形成しにくく、充放電サイクルの寿命が比較的長いなどの利点もある。
【0005】
アルカリ水溶液中での鉄負極の反応を式に示す。
Fe + 2OH- = Fe(OH)2 + 2e- E0 = -0.975 V vs. Hg/HgO (1)
Fe(OH)2 + OH- = FeOOH/H2O + e- E0 = -0.658 V vs. Hg/HgO (2)
及び/又は
3Fe(OH)2 + 2OH- = Fe3O4/4H2O + 2e- E0 = -0.658 V vs. Hg/HgO (3)
【0006】
一方で、鉄負極の電極反応の反応中間体として生成するFe(OH)2は、電子導電性が低く、活物質である酸化鉄(Fe23又はFe34)表面を被覆するため、表面から離れた内部に存在するFeは未反応のまま反応に利用されない。その結果、充放電サイクル数の増加に伴って、過電圧が増大し電極反応の可逆性が低くなるという問題がある。
【0007】
この問題への対策として、活物質である酸化鉄微粒子の粒径をできるだけ小さくする方法がある。活物質である酸化鉄の粒径が小さくなると、表面に形成されるFe(OH)2層は比較的薄くなるため、表面に形成されるFe(OH)2層由来の抵抗が減少し、見かけの電子電導率が向上すると共に、内部の酸化鉄も反応に関与できるようになるため、電極反応の可逆性が高くなる。
【0008】
例えば、非特許文献1には、アセチレンブラックなど炭素基材に酸化鉄(Fe23)微粒子を担持した複合電極材を含む金属空気電池用負極が開示されている。この複合電極材を含む負極を用いると、活物質である酸化鉄(Fe23)の微粒子化によって反応表面積が増え、炭素基材と複合化することによって電子伝導パスを増加するため、電極全体の見かけの電子伝導率が向上し、充放電サイクル初期特性が向上する。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】B.T.Hang et al.,Journal of Power Sources, 150(2005)261-271
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
非特許文献1で開示された複合電極材は、鉄前駆体としての硝酸鉄を含む水溶液に炭素基材を含浸した後に、乾燥し、焼成することによって製造される。その乾燥及び焼成する工程において、炭素基材上の酸化鉄が凝集し、比較的大きな粒子(50nm超)が生成しやすい。その結果、未反応の酸化鉄成分が増加し、充放電サイクル数が増加するに伴い、放電容量が低下する傾向にある。
また、活物質である酸化鉄と、導電パスとなるアセチレンブラックなど炭素基材との接合力が弱く、酸化鉄微粒子が炭素基材から脱離する場合がある。
このように金属空気電池用負極に用いられる、炭素材料に鉄酸化物を担持した複合電極材においては、未だ改善に余地がある。
【0011】
かかる状況下、本発明の目的は、電極特性に優れた複合電極材及びその製造方法を提供することである。また、本発明の他の目的は、該複合電極材を含有する負極及び金属空気電池を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、鉄錯体化合物を含有する有機系溶液と炭素基材とを接触させることにより、炭素基材上に酸化鉄微粒子を高分散に担持することができることを見出し、本発明に至った。
【0013】
すなわち、本発明は、以下に係るものである。
<1> 炭素基材および酸化鉄粒子を含み、酸化鉄粒子はFe34を主成分とし、かつ炭素基材に担持されており、酸化鉄粒子のD90が50nm以下である、複合電極材。
<2> 複合電極材におけるFe/C質量比が、1/0.01〜1/100である<1>記載の複合電極材。
<3> 炭素基材が、繊維状炭素である<1>又は<2>記載の複合電極材。
<4> 繊維状炭素が、中空構造を有する繊維状炭素である<3>記載の複合電極材。
<5> <1>から<4>のいずれかに記載の複合電極材を含む金属空気電池用負極。
<6> <5>に記載の金属空気電池用負極、正極及び電解液を有してなる金属空気電池。
<7> 電解液が、水素発生抑制剤を含有する<6>に記載の金属空気電池。
<8> 炭素基材と、鉄錯体化合物を含有する有機系溶液とを、非酸化性雰囲気下、100〜400℃の温度条件で接触させ、Fe34を主成分とする酸化鉄粒子を含む液状物を形成する工程と、
液状物を固相と液相に分離し、固形を乾燥して乾燥固体を得る工程と、
を含む複合電極材の製造方法。
<9> 乾燥固体を、非酸化性雰囲気下、300〜1000℃の温度で熱処理する工程をさらに含む<8>記載の複合電極材の製造方法。
<10> 有機系溶液において、鉄錯体化合物と炭素基材との質量比が、1/
0.01〜1/10である<8>又は<9>記載の複合電極材の製造方法。
<11> 鉄錯体化合物が、トリス(2,4−ペンタジオナト)鉄(III)である<8>から<10>のいずれかに記載の複合電極材の製造方法。
<12> 有機系溶液における鉄錯体化合物の濃度が、0.01〜1mol/Lである<8>から<11>のいずれかに記載の複合電極材の製造方法。
<13> 有機系溶液における鉄錯体化合物の濃度が、0.1〜0.2mol/Lである<8>から<11>のいずれかに記載の複合電極材の製造方法。
<14> 有機系溶液が、界面活性剤を含有する<8>から<13>のいずれかに記載の複合電極材の製造方法。
<15> 界面活性剤が、オレイン酸である<14>記載の複合電極材の製造方法。
<16> 炭素基材が、繊維状炭素である<8>から<15>のいずれかに記載の複合電極材の製造方法。
<17> 繊維状炭素が、中空構造を有する繊維状炭素である<16>記載の複合電極材の製造方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明の複合電極材は、活物質であるFe34を主成分とする酸化鉄粒子の粒径が小さいため、電極反応の中間生成物であるFe(OH)2層に被覆された場合でも電子伝導率が著しく低下しない。そのため、複合電極材を用いると、電極特性に優れた負極が提供される。該複合電極材を有する負極は、金属空気電池用負極として好適に使用される。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】複合電極材1〜3のXRDパターンである。
【図2】複合電極材1のTEM像である。
【図3】複合電極材2のTEM像である。
【図4】複合電極材3のTEM像である。
【図5】複合電極材4〜6のXRDパターンである。
【図6】複合電極材4のTEM像である。
【図7】複合電極材5のTEM像である。
【図8】複合電極材6のTEM像である。
【図9】複合電極材7および8のXRDパターンである。
【図10】複合電極材7のTEM像である。
【図11】複合電極材8のTEM像である。
【図12】複合電極材4を使用した電極を用いた充放電試験(K2S未添加)の結果である。
【図13】複合電極材4を使用した電極を用いた充放電試験(K2S添加)の結果である。
【図14】複合電極材4を使用した電極を用いた充放電試験(K2S添加)のサイクル特性を示す結果である。
【図15】複合電極材5を使用した電極を用いた充放電試験(K2S添加)のサイクル特性を示す結果である。
【図16】複合電極材6を使用した電極を用いた充放電試験(K2S添加)のサイクル特性を示す結果である。
【図17】複合電極材7を使用した電極を用いた充放電試験(K2S添加)のサイクル特性を示す結果である。
【図18】複合電極材8を使用した電極を用いた充放電試験(K2S添加)のサイクル特性を示す結果である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明は、Fe34を主成分とする酸化鉄粒子が炭素基材に担持されており、酸化鉄粒子のD90が50nm以下である複合電極材に関する。複合電極材は、複合材であり、かつ電極材でもある。
【0017】
本実施形態の複合電極材において、Fe34を主成分とする酸化鉄粒子(以下、「Fe34微粒子」と称す場合がある。)は、他の酸化鉄(Fe23等)より反応活性が高いFe34を主成分とする。なお、本実施形態において、「Fe34を主成分とする酸化鉄」とは、酸化鉄中の60mol%以上(好適には90mol%以上)がFe34であることを意味する。なお、酸化鉄の種類の同定は、X線回折法にて行うことができる。
【0018】
Fe34微粒子の粒径は、D90が50nm以下であることが必須である。D90が50nmを超えると、Fe34微粒子がFe(OH)2層で被覆された場合に電子伝導性が不十分となり、電極性能が著しく低下する。また、Fe34微粒子の粒径が小さいほど炭素基材とヘテロ結合を形成し易くなる傾向にあるため、D90は、好ましくは30nm以下であり、より好ましくは10nm以下である。
【0019】
ここで、D90とは、粒子の累積分布における積算量が90%となるときの粒子径を表し、具体的には、透過型電子顕微鏡(TEM)により、100個の粒子を任意に抽出して、測定したそれぞれの粒径(直径)から求めた値である。
【0020】
さらに、上記と同様に、本実施形態におけるFe34微粒子は、D100が50nm以下であることが好ましく、より好ましくは30nm以下であり、さらにより好ましくは10nm以下である。Fe34微粒子のD100が50nm以下であることは、全てのFe34微粒子の粒径(直径)が50nm以下であることを意味する。
【0021】
Fe34微粒子は、その粒径が小さいと電気化学反応が進行する有効表面積が増加するため、電極反応活性が高くなる傾向がある。しかし、その大きさが小さすぎると活物質の密度が低くなり電池としてのエネルギー密度が低下するおそれがあるため、粒径は1nm以上であることが好ましく、2nm以上であることがより好ましい。
【0022】
Fe34微粒子の形状は、特に制限されないが、粒状であるとよい。また、Fe34微粒子の形状が、球形以外の場合は、粒子における最大長を示す方向の長さをその粒径とする。
【0023】
本実施形態の複合電極材において、炭素基材は、炭素原子を主成分として含む基材である。なお、炭素基材には、性能を向上させるために炭素以外の元素や、2質量%以下、または3質量%以下の不純物が含まれていてもよい。炭素基材は、Fe34微粒子をその表面に担持することができ、また、本実施形態の複合電極材を電極として用いた場合に導電パスとしての機能を有する。
【0024】
炭素材料としては、例えばグラファイト等の薄片状炭素、アセチレンブラック(AB)等の微粉末炭素、又はカーボンナノチューブ、カーボンナノファイバー等の繊維状炭素などのいずれの形態も使用できるが、この中でも、高い導電性を有し、かつ相互接触性がよい繊維状炭素を使用するとよい。
【0025】
繊維状炭素の長さや直径に関しては特に制限されるものではなく、適宜決定すればよい。但し、担体としてFe34微粒子を高分散に担持でき、かつ、空気電池用負極を形成した際の電気伝導性とを両立させるために好適な繊維状炭素は、全長0.1μm〜500μm、好ましくは、1μm〜200μmであり、直径が、2nm〜1000nm、好ましくは、10nm〜200nmであり、アスペクト比が、5〜100000、好ましくは10〜20000である繊維状炭素である。
【0026】
繊維状炭素には中空構造を有する繊維状炭素と有さない繊維状炭素があり、いずれも使用できるが、中空構造を有する繊維状炭素を用いるとよい。中空構造を有する繊維状炭素であると、その内壁にもFe34微粒子を担持することができ、単位体積当たりの容量が向上する傾向にある。また、中空構造を有する繊維状炭素であると、充放電サイクルの初期に大きな放電容量が得られる傾向にある。
【0027】
また、繊維状炭素の製造方法は特に限定されず、アーク放電法、気相成長法(CVD)、触媒担持気相成長法等が挙げられる。好適な繊維状炭素の製造方法の一つである触媒担持気相成長法について、具体的に説明する。
【0028】
触媒担持気相成長法では、炭素源となるガスを、450℃以上の温度で炭素の形成に対しての触媒作用を有する触媒金属を担持した担体に接触させることによって繊維状炭素を生成させる。
【0029】
炭素源となるガスとしては、炭素を含むガスであれば特に限定されないが、好適にはメタン、エタン、プロパン、ブタン、エチレン、プロペン、ブテン等の炭化水素あるいはこのような炭化水素と、水素や不活性ガス(窒素、アルゴンなど)との混合ガスが挙げられる。
【0030】
触媒金属としては、Co、Fe、Ni、Mo、W、Mn、Ti、V、Cr、Nb等の遷移金属元素からなる金属やその合金、あるいはその金属化合物(例えば金属酸化物、金属ホウ化物、塩化物、硝酸塩)が挙げられる。
【0031】
担体は触媒担持気相成長法を行う条件で安定なものであればよく、アルミナ、シリカ等の無機酸化物や、カーボンブラックなどの炭素材料が挙げられる。なお、触媒金属を担持した担体は、高分子樹脂系のバインダーによって造粒して用いることもできる。
【0032】
また、繊維状炭素は、黒鉛化処理されていてもよい。なお、繊維状炭素の黒鉛化処理は例えば、Ar等の不活性ガス雰囲気下、2500℃以上の温度で保持することにより行うことができる。
【0033】
本実施形態の複合電極材において、Fe34微粒子の担持量は、複合電極材を構成元素である鉄(Fe)及び炭素(C)の質量比Fe/Cで、通常、Fe/C=1/0.01〜1/100であり、好ましくは1/0.02〜1/50であり、より好ましくは、1/0.05〜1/30である。すなわち、Fe/Cの範囲は、通常、1/100≦Fe/C≦1/0.01であり、好ましくは1/50≦Fe/C≦1/0.02であり、より好ましくは、1/30≦Fe/C≦1/0.05である。
【0034】
Fe34微粒子の担持量が上記範囲であると、単位質量あたりの触媒活性に優れ、担持量に応じた所望の充放電容量を得ることができる。本実施形態の複合電極材における質量比Fe/Cが、1/0.01を超える場合はFe34微粒子の凝集が起こりやすくなるため、活物質の利用率が低下する傾向にあり、1/100未満の場合は、充放電容量が不十分となる傾向にある。なお、Fe34微粒子の担持量は、原子吸光測定によって求めた値である。
【0035】
上記Fe34微粒子の製造方法は特に限定されないが、均質なFe34微粒子が得られるという点で、以下のJournal of American Chemical Society 126(2004)273に記載の方法に準じた鉄錯体化合物を含む有機溶剤を用いる溶液重合方法を採用することが好適である。
【0036】
以下、本実施形態の複合電極材の製造方法について説明する。
本実施形態の複合電極材の製造方法は、炭素基材と鉄錯体化合物を含有する有機系溶液とを、非酸化性雰囲気下、100〜400℃の温度条件で接触させ、Fe34を主成分とする酸化鉄粒子を含む液状物を形成する工程と、液状物を固相と液相に分離し、得られた固相を乾燥して乾燥固体を得る工程と、を含む。
【0037】
本実施形態の製造方法において、乾燥固体を複合電極材として使用してよい。該乾燥固体を非酸化性雰囲気下、300〜1000℃で熱処理してもよい。該温度範囲で熱処理することにより、電極性能が向上する。
【0038】
また、上記工程で、界面活性剤を用いた場合には、該熱処理によって、Fe34微粒子に吸着した界面活性剤を除去することができる。
【0039】
なお、上記「非酸化性雰囲気」とは、実質的に酸素などの酸化性物質を含まない雰囲気をいい、窒素、アルゴン、ヘリウムなどの不活性雰囲気、水素等の還元雰囲気の両方を含むが、通常、不活性雰囲気である。
【0040】
本実施形態の複合電極材の製造方法において、有機系溶液は、有機溶媒に鉄錯体化合物を溶解させた溶液である。有機系溶液は、他の有機化合物などをさらに含むことができる。
【0041】
有機溶媒としては、鉄錯体化合物を溶解することができる溶媒であればよい。有機溶媒の例として、ベンジルエーテル、ベンジルアルコール、エチレングリコール、プロピレングリコール、2−メトキシエタノール、フェノール、クレゾール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、1,4−ジオキサン、フルフラール、シクロヘキサノン、酢酸ブチル、炭酸エチレン、炭酸プロピレン、ホルムアミド、N−メチルホルムアミド、N−メチルアセトアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、N−メチル−2−ピロリドン、プロピオニトリル、スクシノニトリル、ベンゾニトリル、ニトロメタン、ニトロベンゼン、エチレンジアミン、ピリジン、ピペリジン、モルホリン、ジメチルスルホキシド、スルホラン等が挙げられる。なお、これらの有機溶媒はそれぞれ単独で使用してもよく、あるいは2種以上を組み合わせて使用してもよい。
【0042】
鉄錯体化合物としては、Feのキレート錯体を使用することができ、トリス(2,4−ペンタジオナト)鉄(III)(以下、「Fe(acac)3」と記載する。)が好適である。
【0043】
有機系溶液における鉄錯体化合物の濃度は、0.01〜1mol/Lであることが好ましく、この濃度範囲で合成を行うと、D90が50nm以下であるFe34微粒子を比較的容易に得ることができる。特に有機系溶液における鉄錯体化合物の濃度が、0.1〜0.2mol/Lであると、5〜10nmの粒径を有し、炭素基材への接合力の強い高分散なFe34微粒子が形成される傾向にある。鉄錯体化合物の濃度が、0.1mol/L未満であると、形成するFe34微粒子が炭素基材への接合力が低下する傾向にあり、0.2mol/Lを超えるとFe34微粒子の粒成長が起こりやすくなる。
【0044】
有機系溶液において、鉄錯体化合物の炭素基材に対する質量比(ここで鉄錯体化合物を1とする)が、通常、1/0.01〜1/100であり、好ましくは1/0.02〜1/20である。上記範囲であると、単位質量あたりの触媒活性に優れ、分散性の高いFe34微粒子を担持することができる。また、有機系溶媒において、鉄錯体化合物におけるFeの炭素基材におけるCに対する質量比は、通常、1/0.063〜1/633であり、好ましくは1/0.126〜1/126であり、より好ましくは1/0.2〜1/10である。
【0045】
また、生成するFe34微粒子の分散性を高める目的で、有機系溶液に、必要に応じて1,2−ヘキサデカンジオール等の炭素数2〜20の飽和炭化水素ジオールなどの分散剤を添加してもよい。
【0046】
鉄錯体化合物を安定化させ、生成するFe34微粒子の凝集を抑制するという観点から、有機系溶液は、界面活性剤を含むとよい。また、鉄錯体化合物と界面活性剤の混合比を変化させることにより、微粒子の粒径を制御することができる。
【0047】
界面活性剤としては、オレイン酸、オレイルアミン、ジデシルジメチルアンモニウムブロマイド、ジデシルジメチルアンモニウムクロライド、ジドデシルジメチルアンモニウムブロマイド(又はクロライド)、セチルトリメチルアンモニウムブロマイド(又はクロライド)、ドデシルトリメチルアンモニウムブロマイド(又はクロライド)等を挙げることができる。これらの化合物はそれぞれ単独で使用してもよく、あるいは2種以上を組み合わせて使用してもよい。特にオレイン酸は、生成するFe34微粒子を均一径に保ちながら安定に保護する効果が高いため、好適に用いられる。
【0048】
有機系溶液中の界面活性剤の濃度は、0.0001〜0.1mol/L、好ましくは、0.001〜0.01mol/Lである。界面活性剤の濃度が0.0001mol/L未満であると、生成するFe34微粒子が不安定となり壊れ易くなることがあり、0.1mol/L超であると、微粒子が生成されなかったり、金属原料が反応しなかったりすることがある。上述の範囲で界面活性剤を使用すると、目的とする粒径(D90:50nm以下)のFe34微粒子を再現性良く形成することができる。
【0049】
炭素基材としては、上述の本実施形態の複合電極材の説明で記載した炭素基材を使用することができ、その詳細は上記と同様であるため、ここでの詳しい説明は省略する。
【0050】
炭素基材として繊維状炭素を使用するとよく、その内部にも酸化鉄微粒子を保持できるため中空構造を有する繊維状炭素を使用するとよりよい。なお、繊維状炭素は、その壁面が疎水性であり鉄錯体化合物が強く吸着する。そのため、乾燥工程において、鉄錯体化合物の凝集がおこりづらく、粒径の小さいFe34微粒子が高分散に担持されるものと推測される。
【0051】
以下、本実施形態に係る複合電極材の製造方法の具体的手順の一例について説明する。
【0052】
まず、ナスフラスコ等の容器にて、所定量の有機溶媒、所定量の鉄錯体化合物、必要に応じて界面活性剤等を入れ、容器雰囲気をアルゴン、窒素などの非酸化性ガスで置換した後に超音波照射等によって撹拌し、鉄錯体化合物を完全に溶解させる。次いで、該溶液に所定量の炭素基材を添加し、炭素基材が十分に分散するまで撹拌する。
【0053】
次いで、1,2−ヘキサデカンジオール等の分散剤を所定量添加し、非酸化性ガスを容器内を流通しながら、温度コントローラを用いて100〜400℃の温度範囲の所定の温度で保持し、該温度以上で還流を行う。この工程により、鉄錯体化合物の分解反応が進行し、Fe34微粒子が生成し、液状物を得る。液状物は、有機溶媒に加えてFe34微粒子および炭素基材を含む。次いで、該液状物を室温まで放冷したのちに、固液分離して乾燥することによって、Fe34微粒子を担持した炭素基材からなる複合電極材を得ることができる。
【0054】
液状物の固液分離の方法は特に限定はなく、従来公知の固液分離方法が採用できるが、合成量が比較的少ない場合などには遠心分離法が好適である。分離条件は製造される複合電極材の量、炭素基材の種類などを考慮の上、適宜決定すればよい。具体的には、放冷後の溶液にヘキサン等を加え、ガラス管に小分けし、遠心分離(6000rpm,10分間程度)を行うことでFe34微粒子を担持した炭素基材からなる複合電極材を得ることができる。
【0055】
固液分離後の乾燥は、通常、加熱することによって行われるが、送風乾燥、真空乾燥等によってもよい。また、乾燥の雰囲気としては、窒素、アルゴン等の非酸化性雰囲気がよい。乾燥を加熱することによって行う場合には、通常、50〜150℃である。
【0056】
以下、本実施形態の複合電極材を含む負極及び、該負極、正極、及び、電解液を有する金属空気電池について説明する。
【0057】
本実施形態の負極は、上述の本実施形態の複合電極材を必須成分として含み、結合剤及び必要に応じて導電剤等を含む負極合剤が、負極集電体に付着されているもの、すなわち、集電体の上に上述の複合電極材からなる層が形成されているものを挙げることができ、通常、シート状である。負極がシート状である場合、その厚みは、通常、5〜500μm程度である。
【0058】
負極合剤は、必要に応じて、バインダーを含有してもよい。バインダーとしては、熱可塑性樹脂を挙げることができ、具体的には、ポリフッ化ビニリデン(PVdF)、熱可塑性ポリイミド、カルボキシメチルセルロース、ポリエチレン、ポリプロピレンなどを挙げることができる。
【0059】
負極集電体としては、Cu、Ni、ステンレスなどを挙げることができ、薄膜に加工しやすいという点で、Cuを用いればよい。該負極集電体に負極合剤を担持させる方法としては、加圧成型による方法、溶媒などを用いてペースト化し負極集電体上に塗布、乾燥後プレスし圧着する方法等が挙げられる。
【0060】
負極の製造方法は、従来公知の方法を採用すればよく、具体的には、本実施形態の複合電極材等に溶剤を添加してなる負極合剤を、負極集電体に、ドクターブレード法などで塗工又は浸漬し乾燥する方法、本実施形態の複合電極材等に溶剤を添加して混練、成形し、乾燥して得たシートを負極集電体表面に導電性接着剤等を介して接合した後にプレス及び熱処理乾燥する方法、本実施形態の複合電極材、結合剤及び液状潤滑剤等からなる混合物を負極集電体上に成形した後、液状潤滑剤を除去し、次いで、得られたシート状の成形物を一軸又は多軸方向に延伸処理する方法などが挙げられる。
【0061】
本実施形態の金属空気電池は、上述の本実施形態の負極、正極、及び、電解液を有する。
【0062】
正極は、正極集電体、及び、正極集電体上に形成された正極触媒層からなる。また、正極と積層するように後述する酸素拡散膜が設けられている場合もある。
【0063】
正極集電体は導電材料であれば良く、例えば、ニッケル、クロム、鉄、チタンからなる金属又は合金製が挙げられ、この中でも、ニッケル、ステンレス(鉄−ニッケル−クロム合金)を用いるとよい。形状としては、メッシュ、多孔板等である。
【0064】
正極リード線としては導電材料であればよく、例えば、ニッケル、クロム、鉄、チタンからなる群から選ばれる一種以上の金属又は前記群から選ばれる二種以上の金属を含む合金が挙げられ、この中でも、ニッケル、ステンレスが挙げられる。形状としては、板、メッシュ、多孔板、金属スポンジ等を用いるとよい。
【0065】
正極触媒層は、下記正極触媒を有するが、通常、正極触媒に加え、導電剤及びこれらを正極集電体に接着する結着剤を含むとよい。
【0066】
正極触媒としては、酸素を還元可能な材料であればよく、例えば、活性炭等の炭素材料、白金、イリジウム等の非酸化物材料;二酸化マンガンなどのマンガン酸化物、イリジウム酸化物あるいはチタン、タンタル、ニオブ、タングステン及びジルコニウムからなる群から選ばれた1種以上の金属を含むイリジウム酸化物、ABO3で表されるペロブスカイト型複合酸化物等の酸化物材料が挙げられる。
【0067】
この中でも正極触媒層の好ましい一態様としては、二酸化マンガン又は白金を含む正極触媒層である。また、他の好ましい一態様は、ABO3で表されるペロブスカイト型複合酸化物を含み、AサイトにLa、Sr及びCaからなる群から選ばれる少なくとも2種の元素を含有し、BサイトにMn、Fe、Cr及びCoからなる群から選ばれる少なくとも1種の元素を含有する正極触媒層である。
【0068】
特に、白金は、酸素の還元に対する触媒活性が高いため好ましい。また、上記ペロブスカイト型複合酸化物は、酸素の吸蔵放出能を有するため、二次電池用正極触媒層として用いることもできるため好ましい。
【0069】
導電剤としては正極触媒層の導線性を向上させることができる材料であれば特に限定されない。具体的には、アセチレンブラック、ケッチェンブラック等の炭素材料が挙げられる。
【0070】
結着剤としては、使用する電解液に溶解しないものであればよく、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、テトラフルオロエチレン・パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体、テトラフルオロエチレン・ヘキサフルオロプロピレン共重合体、テトラフルオロエチレン・エチレン共重合体、ポリビニリデンフルオライド、ポリクロロトリフルオロエチレン、クロロトリフルオロエチレン・エチレン共重合体等のフッ素樹脂を用いることができる。
【0071】
酸素拡散膜は、酸素(空気)を好適に透過できる膜であればよく、ポリオレフィンやフッ素樹脂等の樹脂からなる不織布や多孔質膜を用いることができる。具体的には、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリテトラフルオロエチレン、ポリフッ化ビニリデン等の樹脂が挙げられる。酸素拡散膜は、正極に積層するように設けられ、酸素拡散膜を介して正極に酸素(空気)が供給される。
【0072】
セパレータとしては、電解質の移動が可能な絶縁材料であれば特に限定されず、例えば、ポリオレフィンやフッ素樹脂等の樹脂からなる不織布や多孔質膜を用いることができる。具体的な樹脂としては、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリテトラフルオロエチレン、ポリフッ化ビニリデン等が挙げられる。また電解質が水溶液である場合は、樹脂として、親水性化処理されたポリエチレン、ポリプロピレン、ポリテトラフルオロエチレン、ポリフッ化ビニリデン等が挙げられる。
【0073】
積層体は、上述の負極、セパレータ、正極及び酸素拡散膜をこの順に積層することにより形成される。
【0074】
電解質は、通常、水系溶媒、非水系溶媒に溶解し、電解液として使用され、負極、セパレータ、及び、正極と接触している。
【0075】
水系溶媒が使用される場合、電解液は、電解質としてNaOH、KOH、NH4Clが溶解した水溶液であるとよい。この場合、水溶液中のNaOH、KOH又はNH4Clの濃度は、1〜99質量%であることが好ましく、3〜60質量%であることがより好ましく、5〜40質量%であることがさらに好ましい。
【0076】
本実施形態の金属空気電池において、電解液に水素発生抑制剤を含むとよい。電解液に水素発生抑制剤を含むことにより、副反応である水素生成反応が抑制され、結果として、電池の充放電容量を増大させることができる。水素発生抑制剤として、金属硫化物が挙げられ、その中でもアルカリ金属硫化物を用いるとよい。アルカリ金属硫化物の中でも、K2Sが好適である。なお、電解液中の水素発生抑制剤の濃度は、電池反応を損なわない範囲で適宜決定すればよい。
【実施例】
【0077】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明するが、本発明は、その要旨を変更しない限り以下の実施例に限定されるものではない。
【0078】
実施例において、使用した試薬、原料は次の通りである。
「試薬」
・トリス(2,4−ペンタジオナト)鉄(III)(略称:Fe(acac)3): Sigma-Aldrich(株)
・オレイルアミン:Sigma-Aldrich(株)
・ジベンジルエーテル:和光純薬工業(株)
・1,2−ヘキサデカンジオール:Sigma-Aldrich(株)
「炭素基材」
炭素基材として、以下の繊維状炭素を使用した。
・TCNF(Tubular Carbon Nano-Fiber):中空状繊維状炭素
・G−TCNF(Graphitized-TCNF):中空状繊維状炭素
・VGCF(Vapor-Grown Carbon Fiber):非中空状繊維状炭素(昭和電工株式会社製(商品名)、直径150nm、繊維長10〜20μm、アスペクト比10〜500)
【0079】
なお、TCNF、G−TCNFは以下の手順で合成した。
【0080】
(1)TCNFの合成
TCNFの合成は、特開2003−342839号公報、特開2003−342840号公報に記載の方法に準じる方法で行った。
まず、5質量%Fe−Ni(Fe:Ni=2:8(質量比))を担持した、カーボンブラック担体(三菱ガス化学社製「MA−3050B(商品名)」、BET比表面積43m2/g、粒径40nm)を、フェノール系樹脂からなるバインダーで結合させて造粒し、CNT製造触媒用流動材を得た。
次いで、該CNT製造触媒用流動材を630℃の流動層反応容器内で、H2/He(20/80(体積比))の混合ガスと7時間接触させ、触媒活性化処理を行った。
次いで、炭素生成用ガスとしてC24/H2(80/20(体積比))の混合ガスを、CNT製造触媒用流動材が十分に流動化する流量になるように流動層反応容器内に供給し、480℃、1時間保持することによって、繊維状炭素(TCNF)を製造した。
次いで、H2/He(20/80(体積比))の雰囲気において、630℃まで昇温することにより、バインダーを熱分解し、触媒を微粒子化して飛散させ、回収手段により回収することにより、TCNFを得た。
【0081】
(2)G−TCNFの合成
TCNFを、Arガス雰囲気下、2800℃にて1時間熱処理することによってG−TCNFを得た。
【0082】
実施例における評価方法は以下の通りである。
(1)X線回折(XRD)測定
実施例の複合電極材の同定のため、XRD測定を以下の条件で行った。
測定装置:RINT2000(株式会社リガク製)
線源:CuKα
管電圧:50kV
管電流:300mA
【0083】
(2)透過型電子顕微鏡(TEM)観察
実施例の複合電極材の形態および粒子径を観察するため、TEMによる観察を行った。観察用のサンプルは、合成した複合電極材をヘキサン中に分散させ、Cuグリッド上に滴下することによって作製した。
測定装置:日本電子株式会社製、JKM−2100F
【0084】
(3)フーリエ変換赤外分光(FT−IR)測定
実施例の複合電極材に残存する有機溶媒及び界面活性剤の有無を調べるためにFT−IR測定を以下の条件で行った。
測定装置:FTIR−4000(日本分光株式会社)
測定範囲:4000〜600cm-1
【0085】
(4)原子吸光測定
合成した試料の原子吸光測定を行い、実施例の複合電極材におけるFe量(質量換算)を求めた。
測定装置:偏光ゼーマン原子吸光光度計Z−5310(日立ハイテクノロジーズ(株)) 検量線用の標準溶液:Fe標準溶液(和光純薬工業(株))
【0086】
(複合電極材1)
まず、3mmolのFe(acac)3をオレイン酸(3mmol)、オレイルアミン(6mmol)、ジベンジルエーテル(10mL)の混合溶液中に加え、超音波振動によって溶解させ、0.2mol/L Fe(acac)3溶液を得た。次いで、該溶液に対して、Fe/C=3/8(質量比)となるようにTCNFを加え、得られた混合物をさらに10分間以上超音波振動による攪拌し、溶液中にTCNFを均一に分散させて液状物を得た。次いで、TCNFを含む該液状物に1,2−ヘキサデカンジオール(5mmol)を加えた後、結果物をAr雰囲気下にて10℃/minの昇温速度で加熱・攪拌し、200℃で2時間保持した後に、300℃で1時間還流させて液状物を得た。液状物を放冷させた後、これにヘキサンを加えて12000rpmで10分間の遠心分離を数回行うことによって固相と液相に分離し、得られた固相を60℃、3時間で乾燥させた後に、炭素基材に担時されなかった酸化鉄粒子を取り除くことにより、乾燥固体である粉末状の複合電極材1を得た。
【0087】
得られた複合電極材の評価として、図1にXRDパターン、図2にTEM像を示す。また、表1に製造条件及び得られた複合電極材のFe/C比をまとめて示す。なお、表1におけるFe/C(液状物中)の質量比3/8は、Fe(acac)3の分子量353.17及びFeの原子量55.85を用いて、Fe(acac)3の炭素基材に対する質量比1/0.42に換算できる。
【0088】
(複合電極材2)
TCNFをG−TCNFに変えた以外は、複合電極材1と同様にして、複合電極材2を得た。得られた複合電極材の評価として、図1にXRDパターン、図3にTEM像を示す。また、表1に製造条件及び得られた複合電極材のFe/C比をまとめて示す。
【0089】
(複合電極材3)
TCNFをVGCFに変えた以外は、複合電極材1と同様にして、複合電極材3を得た。得られた複合電極材の評価として、図1にXRDパターン、図4にTEM像を示す。また、表1に製造条件及び得られた複合電極材のFe/C比をまとめて示す。
【0090】
(複合電極材4)
複合電極材1を、Ar中で500℃、3時間の焼成処理(熱処理)を行うことにより、複合電極材4を得た。得られた複合電極材の評価として、図5にXRDパターン、図6にTEM像を示す。また、表1に製造条件及び得られた複合電極材のFe/C比をまとめて示す。
【0091】
(複合電極材5)
複合電極材2を、Ar中で500℃、3時間の焼成処理(熱処理)を行うことにより、複合電極材5を得た。得られた複合電極材の評価として、図5にXRDパターン、図7にTEM像を示す。また、表1に製造条件及び得られた複合電極材のFe/C比をまとめて示す。
【0092】
(複合電極材6)
複合電極材3を、Ar中で500℃、3時間の焼成処理(熱処理)を行うことにより、複合電極材6を得た。得られた複合電極材の評価として、図5にXRDパターン、図8にTEM像を示す。また、表1に製造条件及び得られた複合電極材のFe/C比をまとめて示す。
【0093】
(複合電極材7)
まず、1.54mmol Fe(acac)3をオレイン酸(3mmol)、オレイルアミン(6mmol)、ジベンジルエーテル(10mL)の混合溶液中に加え、超音波振動によって溶解させ、0.1mol/L Fe(acac)3溶液を得た。
次いで、該溶液に対して、Fe/C=3/16(質量比)となるようにTCNFを加え、さらに10分間以上超音波振動による攪拌を行い、溶液中にTCNFを均一に分散させて液状物を得た。
次いで、TCNFを含む該液状物に1,2−ヘキサデカンジオール(5mmol)を加えた後、結果物をAr雰囲気下にて10℃/minの昇温速度で加熱・攪拌し、200℃で2時間保持した後に、300℃で1時間還流させて液状物を得た。液状物を放冷させた後、これにヘキサンを加えて12000rpmで10分間の遠心分離を数回行うことによって固相と液相に分離し、得られた固相を60℃、3時間で乾燥させた後に、炭素基材に担時されなかった酸化鉄粒子を取り除くことにより、粉末状の乾燥固体を得た。次いで、該試料をAr中で500℃、3時間の焼成処理(熱処理)を行うことにより、複合電極材7を得た。得られた複合電極材の評価として、図9にXRDパターン、図10にTEM像を示す。また、表1に製造条件及び得られた複合電極材のFe/C比をまとめて示す。なお、表1におけるFe/C(液状物中)の質量比3/16は、Fe(acac)3の分子量353.17及びFeの原子量55.85を用いて、Fe(acac)3と炭素基材との質量比1:0.84に換算できる。
【0094】
(複合電極材8)
TCNFをG−TCNFに変えた以外は、複合電極材7と同様にして、複合電極材8を得た。得られた複合電極材の評価として、図9にXRDパターン、図11にTEM像を示す。また、表1に製造条件及び得られた複合電極材のFe/C比をまとめて示す。
【0095】
【表1】

【0096】
「未焼成試料:複合電極材1〜3」
図1に示す複合電極材1〜3のXRDの結果において、それぞれの炭素基材に由来するカーボンのシグナルと共に、Fe34のシグナルが確認された。なお、Fe34以外の酸化鉄のシグナルは確認できなかった。
【0097】
また、図2〜4のTEM像において、それぞれの繊維状炭素の壁面に50nm以下の酸化鉄微粒子が担持されていることが確認された。また、中空状の繊維状炭素を用いた複合電極材1及び2においては、その内部に酸化鉄微粒子が形成されていることが確認された。なお、複合電極材1〜3におけるD90は50nm以下であることがわかった。
【0098】
「Ar雰囲気熱処理試料:複合電極材4〜8」
図5に示す複合電極材4〜6のXRDの結果において、熱処理前の複合電極材1〜3と同様にそれぞれの炭素基材に由来するカーボンのシグナルと共に、Fe34のシグナルが確認された。なお、Fe34以外の酸化鉄のシグナルは確認できなかった。また、FT−IRにおいて、有機溶媒や界面活性剤のオレイン酸に起因するシグナルが確認されなかったことから、Ar熱処理によりこれらの有機物成分はほとんど除去または炭化されていることが確認された。
【0099】
また、図6〜8のTEM像で示されるように、熱処理前の試料(複合電極材1〜3)と比較して若干の粒成長がみられるものの、それぞれの繊維状炭素の壁面に担持された酸化鉄微粒子の90%以上が50nm以下であった。また、複合電極材4,5にはその内部にも酸化鉄微粒子が形成されていることが確認された。複合電極材4〜6におけるD90は50nm以下であることがわかった。
【0100】
図9に示す複合電極材7,8のXRDの結果において、それぞれの炭素基材に由来するカーボンのシグナルの他に、酸化鉄としてFe34のみならず痕跡程度のFeOのシグナルが確認された。また、FT−IRにおいて、有機溶媒や界面活性剤のオレイン酸に起因するシグナルが確認されなかったことから、Ar熱処理によりこれらの有機物成分はほとんど除去または炭化されていることが確認された。
【0101】
また、図10,11から明らかなように0.1mol/L Fe(acac)3の溶液から合成した複合電極材7,8における酸化鉄微粒子の粒径は、0.2mol/L Fe(acac)3の溶液から合成した複合電極材4〜6における酸化鉄微粒子の粒径より全体的に小さかった。特に炭素基材にTCNFを使用した複合電極材7では、酸化鉄粒子の分散性が高く、粒子同士が隣接している様子がほとんど見られなかった。
【0102】
(電池評価)
金属空気電池における負極の評価として、複合電極材4〜8を用いて以下の方法にて電極を作製し、該電極を作用極として三電極式セルを作製し、充放電試験を行った。
【0103】
(i)電気化学セルの構成
電気化学測定は三電極式セルを用いた。作用極(本発明の電池における負極に該当)は以下のように作製した。
【0104】
まず、合成した複合電極材に結着材であるポリテトラフルオロエチレン(PTFE、三井デュポン(株))の懸濁液(PTFE:水=60:40(質量比))を、複合電極材とPTFEの質量比が90:10となるように加え、さらに適量のヘキサンを加えた後、蒸発するまで攪拌子による攪拌を行い、混合物を得た。次いで、この混合物をメノウ乳鉢を用いてシート状に成形し、コルクボーラーを用いてφ10mmに打ち抜き、ペレット電極を得た。このペレット電極を集電体であるφ15mmのSUS304メッシュ(100mesh、ニラコ(株))で挟み、油圧プレス機によるプレスを行った。さらにメッシュの周囲をスポット溶接し、メッシュのみの部分にSUS304線(φ10mm、ニラコ(株))を溶接することで作用極とした。
【0105】
対極には白金メッシュ(100mesh、ニラコ(株))を、参照極にはHg/HgO電極(インターケミ(株))を用いた。
【0106】
電解液は、以下の3種類の電解液を使用した。なお、それぞれの電解液につき、溶存酸素の影響を排除するため、あらかじめ窒素ガスで30分間バブリングを行った後に使用した。
電解液1:8mol/L KOH水溶液 (pH15)
電解液2:K2S含有8mol/L KOH水溶液(K2S濃度:0.01mol/L)
電解液3:K2S含有8mol/L KOH水溶液(K2S濃度:0.015mol/L)
【0107】
(ii)充放電測定
充放電測定はBTS2004H充放電試験装置(ナガノ(株))を用いて行った。
なお、電極への電解液を十分染みこませるため、セルを作製してから24時間開回路で放置した後、以下の条件で測定を行った。
【0108】
電流密度
充電:0.5mA/cm2,−1.15V(vs.Hg/HgO)定電圧充電(クーロン量計算による時間規制)
放電:0.2mA/cm2,−0.1V(vs.Hg/HgO) cut
*ここで、V(vs.Hg/HgO)は、参照極としてHg/HgOを用いた場合の電位を表す。
測定温度:25℃
休止時間:1時間
測定順番:充電(電位が下がる方向:鉄の還元反応)からスタート
測定雰囲気:窒素雰囲気下
【0109】
電極の電気容量は、電極に含まれるすべてのすべてのFe元素が、Fe34であると仮定して、Fe341g当たりの容量として示す。なお、Fe34の量(質量)は、原子吸光測定により求めた複合電極材に含まれるFe量(質量)を、Fe34に換算することにより算出した。
【0110】
(充放電試験1)
充放電試験1として、炭素基材TCNFを用いた複合電極材4を使用した電極を用いて充放電試験を行った図12に結果を示す。なお、電解液は、K2Sを含まない電解液1を使用した。
充放電試験1における初回放電容量は、505mAh/gであり、5サイクルまでは良好なサイクル特性を示した。一方で、以降のサイクルで放電容量が著しく劣化し、30サイクル後の容量維持率は10%であった。
5サイクルまでの放電容量の増加は、酸化鉄微粒子と炭素基材(TCNF)とがヘテロに結合することによって導電パスが確保され、電極の導電性が向上したためと考えられる。5サイクル以降の放電容量の著しい低下に関しては、充電時に起こる水素発生反応によって炭素基材(TCNF)表面から酸化鉄微粒子が剥離したなどの要因が考えられる。
【0111】
(充放電試験2)
充放電試験2として、充放電試験1において、電解液1に変えてK2Sを含む電解液2を使用して同様の評価を行った結果を図13に示す。また、充放電試験2におけるサイクル特性を図14に示す。また、表2にサイクル特性の結果をまとめて示す。
充放電試験2における初回放電容量は、480mAh/gであったが、4サイクルにて645mAh/gの最大放電容量を示し、30サイクル後の容量維持率は61%であった。
このことから、水素発生抑制剤であるK2Sを添加することによって、容量維持率が増加することがわかった。これは、充電時に活物質の還元反応が進行しやすくなり、複合化による電子導電性向上と微粒子化による反応の可逆性向上の効果が顕著に現れたためと考えられる。
【0112】
(充放電試験3)
充放電試験3として、炭素基材G−TCNFを用いた複合電極材5を使用した電極を用いて充放電試験を行った。そのサイクル特性を図15に示す。また、表2にサイクル特性の結果をまとめて示す。なお、電解液は、K2Sを含む電解液2を使用した。
充放電試験3においても、放電時にTCNFを用いた複合電極材4を使用した電極と同様の電位平坦部が認められた。充放電試験3における初回放電容量は、460mAh/gであり、3サイクルにて470mAh/gの最大放電容量を示し、30サイクル後の容量維持率は46%であった。
【0113】
(充放電試験4)
充放電試験4として、炭素基材VGCFを用いた複合電極材6を使用した電極を用いて充放電試験を行った。そのサイクル特性を図16に示す。また、表2にサイクル特性の結果をまとめて示す。なお、電解液は、K2Sを含む電解液3を使用した。
充放電試験4においても、放電時にTCNFを用いた複合電極材4を使用した電極と同様の電位平坦部が認められた。充放電試験4における初回放電容量は、210mAh/gであり、9サイクルにて475mAh/gの最大放電容量を示し、30サイクル後の容量維持率は86%であった。
【0114】
(充放電試験5)
充放電試験5として、炭素基材TCNFを用いた複合電極材7を使用した電極を用いて充放電試験を行った。そのサイクル特性を図17に示す。また、表2にサイクル特性の結果をまとめて示す。なお、電解液は、K2Sを含む電解液2を使用した。
充放電試験5においても、複合電極材4を使用した電極と同様の電位平坦部が認められた。充放電試験5における初回放電容量は、645mAh/gであり、7サイクルにて790mAh/gの最大放電容量を示し、30サイクル後の容量維持率は86%であった。
【0115】
(充放電試験6)
充放電試験6として、炭素基材G−TCNFを用いた複合電極材8を使用した電極を用いて充放電試験を行った。そのサイクル特性を図18に示す。また、表2にサイクル特性の結果をまとめて示す。なお、電解液は、K2Sを含む電解液2を使用した。
充放電試験6においても、複合電極材7を使用した電極と同様の電位平坦部が認められた。充放電試験6における初回放電容量は、580mAh/gであり、これが最大放電容量であった。また、30サイクル後の容量維持率は68%であった。
【0116】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0117】
本発明によれば、高エネルギー密度化が可能な電極材が得られる。該電極材を使用した空気電池は、電気自動車用などに好適に使用することができ、本発明は工業的に極めて有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素基材および酸化鉄粒子を含み、前記酸化鉄粒子はFe34を主成分とし、かつ炭素基材に担持されており、前記酸化鉄粒子のD90が50nm以下である、複合電極材。
【請求項2】
前記複合電極材におけるFe/C質量比が、1/0.01〜1/100である、請求項1記載の複合電極材。
【請求項3】
前記炭素基材が、繊維状炭素である、請求項1又は2記載の複合電極材。
【請求項4】
前記繊維状炭素が、中空構造を有する繊維状炭素である、請求項3記載の複合電極材。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか一項に記載の複合電極材を含む、金属空気電池用負極。
【請求項6】
請求項5に記載の金属空気電池用負極、正極及び電解液を有する、金属空気電池。
【請求項7】
前記電解液が、水素発生抑制剤を含有する、請求項6に記載の金属空気電池。
【請求項8】
炭素基材と、鉄錯体化合物を含有する有機系溶液とを、非酸化性雰囲気下、100〜400℃の温度条件で接触させ、Fe34を主成分とする酸化鉄粒子を含む液状物を形成する工程と、
前記液状物を固相と液相に分離し、該固相を乾燥して乾燥固体を得る工程と、
を含む、複合電極材の製造方法。
【請求項9】
前記乾燥固体を、非酸化性雰囲気下、300〜1000℃の温度で熱処理する工程をさらに含む、請求項8記載の方法。
【請求項10】
前記有機系溶液において、鉄錯体化合物の炭素基材に対する質量比が、1/0.01〜1/10である、請求項8又は9記載の方法。
【請求項11】
前記鉄錯体化合物が、トリス(2,4−ペンタジオナト)鉄(III)である、請求項8〜10のいずれか一項に記載の方法。
【請求項12】
前記有機系溶液における鉄錯体化合物の濃度が、0.01〜1mol/Lである、請求項8〜11のいずれか一項に記載の方法。
【請求項13】
前記有機系溶液における鉄錯体化合物の濃度が、0.1〜0.2mol/Lである、請求項8〜11のいずれか一項に記載の方法。
【請求項14】
前記有機系溶液が、界面活性剤を含有する、請求項8〜13のいずれか一項に記載の方法。
【請求項15】
前記界面活性剤が、オレイン酸である、請求項14記載の方法。
【請求項16】
前記炭素基材が、繊維状炭素である、請求項8〜15のいずれか一項に記載の方法。
【請求項17】
前記繊維状炭素が、中空構造を有する繊維状炭素である、請求項16記載の方法。

【図1】
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【図5】
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【図9】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2012−94509(P2012−94509A)
【公開日】平成24年5月17日(2012.5.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−217574(P2011−217574)
【出願日】平成23年9月30日(2011.9.30)
【出願人】(504145342)国立大学法人九州大学 (960)
【出願人】(000002093)住友化学株式会社 (8,981)
【Fターム(参考)】