説明

複層焼結摺動部材

【課題】許容面圧を超える高面圧が作用する用途においても、疲労耐久性、耐荷重特性及び摩擦摩耗特性に優れた複層焼結摺動部材を提供すること。
【解決手段】
複層焼結摺動部材は、Sn成分3〜10重量%と、Ni成分10〜30重量%と、P成分0.5〜4重量%と、Fe成分30〜50重量%と、高速度工具鋼成分1〜10重量%と、黒鉛成分1〜5重量%と、銅成分20〜55重量%とを含む多孔質焼結層が裏金に一体に拡散接合されてなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、とくに高荷重、低速度条件下で使用されて好適な複層焼結摺動部材に関し、詳しくは、裏金と該裏金に一体に接合された多孔質焼結合金層とからなる複層焼結摺動部材に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、複層からなる焼結摺動部材としては、薄鋼板の表面に多孔質焼結合金層を一体に接合し、該焼結合金層を内側にして円筒状に捲回した、所謂巻きブッシュ軸受、又は鋼製パイプの内面に接着剤を介して多孔質焼結合金層を一体に接合した円筒状摺動部材がある。しかしながら、前者の巻きブッシュ軸受においては、円筒状に曲げ加工する際に焼結合金層に大きな圧縮応力が加わり、薄鋼板と焼結合金層との間の接合強度の低下や不均一をきたす虞があり、また曲げ加工による方法では焼結合金層の肉厚を大きくとることができず、自ずから摺動部材としての使用範囲が限定されるという問題を含んでいる。また、後者の円筒状摺動部材においては、鋼製パイプの内面と多孔質焼結合金層との間に強固な接合強度が得られ難いという問題がある。
【0003】
上記実情に鑑み本出願人は、鋼製パイプからなる裏金の内面に、銅(Cu)を主成分とし、これに一定量の錫(Sn)、ニッケル(Ni)、燐(P)及び黒鉛(C)からなる多孔質焼結合金層を一体に接合した複層焼結摺動部材、及びこれにさらに一定量の鉄(Fe)を加えてなる多孔質焼結合金層を一体に接合した複層焼結摺動部材(特許文献1所載)を、また鋼板からなる裏金の表面に上記と同様の多孔質焼結合金層を一体に接合した複層焼結摺動部材(特許文献2所載)を提案した。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特公昭59−39481号公報
【特許文献2】特公平7−91569号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記特許文献1及び特許文献2に記載された複層焼結摺動部材においては、とくに成分中のNi成分が焼結時に鋼裏金の表面に拡散してその界面を合金化し、多孔質焼結合金層の鋼裏金との接合強度を増大させ、さらに成分中のPと一部合金化してNi−P合金を形成し、銅合金とぬれ性の良いNi−P合金が焼結合金層と鋼裏金との界面に介在して、界面にNiの拡散による合金化と相俟って焼結合金層を鋼裏金に強固に接合させるものである。そして、多孔質焼結合金層と鋼裏金とが強固に接合されていることから、荷重特性が大幅に向上され、焼結合金層の摩擦摩耗特性と相俟って焼結摺動部材の適用範囲を拡大するものであり、従来の焼結摺動部材ではなし得なかった高荷重(高面圧)用途への適用を可能とするものであった。
【0006】
しかしながら、上記複層焼結摺動部材の許容面圧は49MPa(500kgf/cm)前後であり、それ以上の高面圧が作用する用途、例えば、射出成形機のトグルブッシュや油圧ショベルなどの建設機械における関節部軸受では、多孔質焼結合金層の耐疲労性及び耐摩耗性などの観点から更なる向上が求められる。
【0007】
本発明者は、上記複層焼結摺動部材の耐荷重特性及び摩擦摩耗特性の更なる向上を図るべく鋭意検討を重ねた結果、上記多孔質焼結合金層に、さらに所定量の高速度工具鋼成分を含有することにより、多孔質焼結合金層の疲労耐久性を向上させるとともに、耐荷重特性及び摩擦摩耗特性を向上させ、前記高荷重(高面圧)用途への適用が可能であるとの知見を得た。
【0008】
本発明は上記知見に基づき完成されたものであり、その目的とするところは、上記許容面圧を超える高面圧が作用する用途においても、疲労耐久性、耐荷重特性及び摩擦摩耗特性に優れた複層焼結摺動部材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の複層焼結摺動部材は、錫成分3〜10重量%と、ニッケル成分10〜30重量%と、燐成分0.5〜4重量%と、鉄成分30〜50重量%と、高速度工具鋼成分1〜10重量%と、黒鉛成分1〜5重量%と、銅成分20〜55重量%とを含む多孔質焼結合金層が裏金に一体に拡散接合されていることを特徴とする。
【0010】
本発明の複層焼結摺動部材によれば、Ni成分が焼結時に裏金の表面に拡散してその界面を合金化し、さらに成分中のP成分と一部液相を形成してCu−Ni−Sn合金とぬれ性のよいNi−P合金(NiP)を生成し、このNiPが裏金と多孔質焼結合金層との界面に介在して、界面においてNi成分の拡散による合金化と相俟って多孔質焼結合金層を裏金に強固に接合一体化させる。また、焼結時に生成された硬質の金属間化合物であるNiPがCu−Ni−Sn合金相の粒界に介在し、さらにそれ自体微細な金属間化合物、主に炭化物からなる硬質の高速度工具鋼成分がCu−Ni−Sn合金相とαFe相の粒界に分散含有されているので多孔質焼結合金層の疲労耐久性、耐荷重性及び摩擦摩耗特性が大幅に向上される。
【0011】
本発明の複層焼結摺動部材において、裏金に一体に拡散接合された多孔質焼結合金層には、潤滑油が5〜20容量%の割合で含有されているとよい。潤滑油としては、エンジン油、ギア油などの鉱油、エステル油などの合成油が用途に応じて適宜選択される。
【0012】
この潤滑油は、多孔質焼結合金層に分散含有された黒鉛成分自体の潤滑性と相俟って摩擦摩耗特性を向上させることができる。
【0013】
本発明の複層焼結摺動部材において、高速度工具鋼成分は、好ましくはタングステン(W)系高速度工具鋼又はモリブデン(Mo)系高速度工具鋼が使用され、とくにMo系高速度工具鋼が好適に使用される。
【0014】
本発明の複層焼結摺動部材において、裏金は、鉄鋼製パイプ又は平板状の鋼板からなっているとよく、該多孔質焼結合金層は鉄鋼製パイプの円筒状の内面又は板、ブロック等の平板状の鋼板の平坦な表面に一体に拡散接合されているとよい。
【0015】
円筒状の内面に多孔質焼結合金層を一体に拡散接合した複層焼結摺動部材は円筒軸受として、また平坦な表面に多孔質焼結合金層を一体に拡散接合した複層焼結摺動部材は、そのままの形態で、摺動板、すべり板として又は多孔質焼結合金層を内側にして円筒状に捲回した形態で、所謂巻きブッシュとして、さらにはブロックの平坦な表面に多孔質焼結合金層を一体に拡散接合させた複層焼結摺動部材は、治工具を構成する部品として適用される。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、Sn成分3〜10重量%と、Ni成分10〜30重量%と、P成分0.5〜4重量%と、Fe成分30〜50重量%と、高速度工具鋼成分1〜10重量%、黒鉛成分1〜5重量%とCu成分20〜55重量%とを含む多孔質銅系焼結体が裏金に一体に拡散接合されてなる複層焼結摺動部材であって、焼結時に生成された硬質の金属間化合物であるNiPがCu−Ni−Sn合金相の粒界に介在し、さらにそれ自体微細な金属間化合物、主に炭化物からなる硬質の高速度工具鋼成分がCu−Ni−Sn合金相とαFe相の粒界に分散含有されているので多孔質焼結合金層の疲労耐久性、耐荷重性及び摩擦摩耗特性が大幅に向上されており、高面圧が作用する用途への適用を可能とした複層焼結摺動部材を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の複層焼結摺動部材について詳細に説明する。
【0018】
本発明の好ましい例の複層焼結摺動部材では、Sn成分3〜10重量%と、Ni成分10〜30重量%と、P成分0.5〜4重量%と、Fe成分30〜50重量%と、高速度工具鋼成分1〜10重量%と、黒鉛成分1〜5重量%と、Cu成分20〜55重量%とを含む多孔質焼結合金層が裏金に一体に拡散接合されている。
【0019】
斯かる複層焼結摺動部材において、多孔質焼結合金層を形成するCu成分は、多孔質焼結合金層の地の強度、靱性、機械的強度及び耐摩耗性の向上に寄与する。Sn成分は、焼結過程における232℃の温度から液相を生じ、Cu成分及び後述するNi成分と合金化してCu−Ni−Sn合金を形成し、多孔質焼結合金層の地の強度、靭性、機械的強度及び耐摩耗性の向上に寄与する。Sn成分は、その配合量が3重量%未満では上述した効果を充分発揮しなく、また10重量%を超えて配合すると焼結性に悪影響を及ぼす。したがって、Sn成分の配合量は3〜10重量%、就中5〜8重量%が適当である。
【0020】
Ni成分は、焼結時に後述するP成分と一部液相を形成し、かつ前記Cu−Ni−Sn合金とぬれ性の良いNi−P合金(NiP)を生成し、Cu−Ni−Sn合金相の多孔質焼結合金層と裏金との界面に介在して、界面においてNi成分の拡散による合金化と相俟って多孔質焼結合金層を裏金に強固に接合一体化させる作用をなす。また、焼結時に生成されたNiPの金属間化合物は硬質であり、これがCu−Ni−Sn合金相の粒界に介在することにより多孔質焼結合金層に耐摩耗性の向上をもたらす。Ni成分の配合量が10重量%未満では上述した効果が得られず、また30重量%を超えて配合しても上述した効果に顕著な差が現れないため、その配合量の上限は30重量%である。したがって、Ni成分の配合量は10〜30重量%、就中10〜20重量%が適当である。
【0021】
P成分は、Cu成分と、また成分中のNi成分と一部合金化して多孔質焼結合金層の地の強度を高めると共に耐摩耗性の向上に寄与する。P成分は還元力が強いため、裏金の表面をその還元作用により清浄化し、前述したNi成分の裏金表面への拡散による合金化を助長する効果がある。なお、Ni−P合金の効果については前述したとおりである。P成分はその配合量が0.5重量%未満では上述した効果を充分発揮しなく、また4重量%を超えて配合するNi−P合金の発生量が多くなり却って耐摩耗性を低下させる虞がある。したがって、P成分は0.5〜4重量%、就中0.5〜2重量%が適当である。P成分としては、P−Cu合金、例えばCu−15%P合金の形態で配合されるのがよい。
【0022】
Fe成分は、Cu成分と固溶しないが合金組織中に分散して、とくに地の強度を高める効果を発揮するとともに焼結時にCu成分の一部がFe成分に拡散する際、焼結体の多孔性を増大させる効果を発揮する。一般にFe成分はP成分の存在下において、P成分と合金化して硬いFe−P合金を析出する傾向を示すが、本発明においてはFe−Pの合金化の温度よりも低い温度でNi−Pが合金化するので、Ni−P合金化によりFe−Pの合金化を抑制する作用を発揮するため、50重量%までの比較的多量のFe成分の含有が可能となる。Fe成分はその配合量が30重量%未満では上記した効果を充分発揮しなく、また50重量%を超えて配合するとFe−P合金を析出する虞がある。したがって、Fe成分は30〜50重量%、就中35〜45重量%が適当である。
【0023】
高速度工具鋼(SKH)成分は、それ自体に微細な金属間化合物や炭化物が存在するので、これが焼結組織中に分散して硬質相としての役割を果たすとともに焼結時に高速度工具鋼成分からの合金元素が拡散して地の強化をもたらし(所謂分散強化)、銅系焼結体の耐摩耗性を向上させる。高速度工具鋼成分はその配合量が1重量%未満では、上記効果を発揮しなく、また10重量%を超えて配合すると硬質相の分散する量が多くなり、却って耐摩耗性の低下を来たす。したがって、高速度工具鋼の配合量は、1〜10重量%、就中2〜3重量%が適当である。高速度工具鋼成分は、日本工業規格(JIS)のG4403に規定されている高速度工具鋼材の粉末であり、とくにMo系のSKH40、SKH50ないしSKH59の高速度工具鋼材、すなわちSKH40−C:1.23〜1.33%、Si:0.45%以下、Mn:0.40%以下、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cr:3.80〜4.50%、Mo:4.70〜5.30%、W:5.70〜6.70%、V:2.70〜3.20%、Co:8.00〜8.88%及びFe:残部、SKH50−C:0.77〜0.87%、Si:0.70%以下、Mn:0.45%以下、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cr:3.50〜4.50%、Mo:8.00〜9.00%、W:1.40〜2.00%、V:1.00〜1.40%及びFe:残部、SKH51−C:0.80〜0.88%、Si:0.45%以下、Mn:0.40%以下、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cr:3.80〜4.50%、Mo:4.70〜5.20%、W:5.90〜6.70%、V:1.70〜2.10%及びFe:残部、SKH52−C:1.00〜1.10%、Si:0.45%以下、Mn:0.40%以下、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cr:3.80〜4.50%、Mo:5.50〜6.50%、W:5.90〜6.70%、V:2.30〜2.60%及びFe:残部、SKH53−C:1.15〜1.25%、Si:0.45%以下、Mn:0.40%以下、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cr:3.80〜4.50%、Mo:4.70〜5.20%、W:5.90〜6.70%、V:2.70〜3.20%及びFe:残部、SKH54−C:1.25〜1.40%、Si:0.45%以下、Mn:0.40%以下、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cr:3.80〜4.50%、Mo:4.20〜5.00%、W:5.20〜6.00%、V:3.70〜4.20%及びFe:残部、SKH55−C:0.87〜0.95%、Si:0.45%以下、Mn:0.40%以下、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cr:3.80〜4.50%、Mo:4.70〜5.20%、W:5.90〜6.70%、V:1.70〜2.10%、Co:4.50〜5.00%及びFe:残部、SKH56−C:0.85〜0.95%、Si:0.45%以下、Mn:0.40%以下、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cr:3.80〜4.50%、Mo:4.70〜5.20%、W:5.90〜6.70%、V:1.70〜2.10%、Co:7.00〜9.00%及びFe:残部、SKH57−C:1.20〜1.35%、Si:0.45%以下、Mn:0.40%以下、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cr:3.80〜4.50%、Mo:3.20〜3.90%、W:9.00〜10.00%、V:3.00〜3.50%、Co:9.50〜10.50%及びFe:残部、SKH58−C:0.95〜1.05%、Si:0.70%以下、Mn:0.40%以下、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cr:3.50〜4.50%、Mo:8.20〜9.20%、W:1.50〜2.10%、V:1.70〜2.20%及びFe:残部、SKH59−C:1.05〜1.15%、Si:0.70%以下、Mn:0.40%以下、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cr:3.50〜4.50%、Mo:9.00〜10.00%、W:1.20〜1.90%、V:0.90〜1.30%、Co:7.50〜8.50%及びFe:残部の粉末が推奨される。
【0024】
黒鉛成分は、焼結合金組織中に分散含有されて固体潤滑作用をなすものである。配合量が1重量%未満では固体潤滑作用を期待できず、また5重量%を超えて配合すると焼結合金層の強度を低下させる。したがって、黒鉛成分の配合量は、1〜5重量%、就中2〜3重量%が適当である。
【0025】
つぎに、上記成分組成からなる焼結合金層を裏金に一体に接合して複層とした複層焼結摺動部材の製造方法について説明する。
【0026】
この複層焼結摺動部材を形成する裏金としては、一般構造用炭素鋼鋼管(JIS−G−3444)若しくは機械構造用炭素鋼鋼管(JIS−G−3445)からなる鋼製パイプ、又は一般構造用圧延鋼材(JISG3101)若しくは機械構造用炭素鋼鋼材(JIS−G−4051)からなる鋼板が使用される。
【0027】
以下、各裏金を使用した複層焼結摺動部材の製造方法について説明する。
【0028】
<裏金に鋼製パイプを使用した複層焼結摺動部材の製造方法>
Cu粉末20〜55重量%に対し、Sn粉末3〜10重量%と、Ni粉末10〜30重量%と、P−Cu合金(Cu−15%P)粉末のP成分0.5〜4重量%と、Fe粉末30〜50重量%と高速度工具鋼粉末1〜10重量%と、黒鉛粉末1〜5重量%とをV型ミキサーで混合して混合粉末を作製する。
【0029】
この混合粉末を所要の金型内で2〜7トン/cm(196〜686MPa)の範囲の圧力下で加圧し、該混合粉末からなる円筒状の成形圧粉体を作製する。この成形圧粉体を鋼製パイプの内面に圧入嵌合したのち、中性もしくは還元性雰囲気に調整した加熱炉内に置き、900〜1000℃の温度で60〜90分間焼結し、該成形圧粉体の焼結と同時に該成形圧粉体の鋼製パイプの内面への拡散接合を行わせ、鋼製パイプの内面に焼結合金層を一体に拡散接合した複層焼結摺動部材を作製する。
【0030】
この製造方法において、焼結時における成形圧粉体の膨張量(外径側)が鋼製パイプの膨張量より小さい場合は、成形圧粉体の内面にセラミックス粉末を充填して成形圧粉体の内径側への膨張量を拘束し、これを外径側に向かわせ、さらに焼結後の冷却時における成形圧粉体の内径側への収縮量を拘束し、これを外径側に向かわせることにより、鋼製パイプと成形圧粉体との間に強固な接合を得ることができる。
【0031】
このようにして作製された複層焼結摺動部材に機械加工を施して所望の円筒軸受を作製したのち、含油処理を施すことにより、該多孔質焼結合金層に潤滑油が5〜20容量%の割合で含有される。
【0032】
<裏金に鋼板を使用した複層焼結摺動部材の製造方法>
裏金に鋼板を使用する場合は、その製造方法として粉末圧延法を利用することが好ましく、この粉末圧延法を利用した製造方法について説明する。上記した複層焼結摺動部材の製造方法における混合粉末と同様の混合粉末を作製し、該混合粉末に、粉末結合剤を添加し、均一に混合して湿潤性を有する原料粉末を作製する。粉末結合剤としては、ヒドロキシプロピルセルロース(HPC)が好ましく使用される。
【0033】
該原料粉末を双ロールを持つ横型圧延ロールに供給し、成形圧粉体からなる圧延シートを作製する。
【0034】
該圧延シートを前記裏金上に重ね合わせたのち、これを中性又は還元性雰囲気に調整した焼結炉内で900〜1000℃の温度で、かつ0.1〜5.0kgf/cm(0.0098〜0.49MPa)の圧力下で60〜90分間焼結し、圧延シートの焼結と同時に裏金への焼結合金層の拡散接合を行わしめ、該焼結合金層と裏金とが拡散接合により一体化された複層焼結摺動部材を作製する。
【0035】
このようにして作製された複層焼結摺動部材に機械加工を施して所望の摺動板又はすべり板を作製したのち、含油処理を施すことにより、該多孔質焼結合金層に潤滑油が5〜20容量%の割合で含有される。
【0036】
上記した製造方法において、焼結過程における232℃の温度で成分中のSn成分の液相が生成され、更に875℃付近の温度からNi−P合金(NiP)を主体とする液相が生成されて焼結が進行する、所謂液相焼結である。これらの製造方法で作製された複層焼結摺動部材の多孔質焼結合金層のCu−Ni−Sn合金の粒界に硬質のNiPが介在され、かつそれ自体微細な金属間化合物や炭化物を含む硬質の高速度工具鋼成分がCu−Ni−Sn合金相とαFe相の粒界に分散含有されているので、多孔質焼結合金層の疲労耐久性、耐荷重特性及び摩擦摩耗特性が大幅に向上され、結果として高面圧が作用する用途への適用が可能となる。
【実施例】
【0037】
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明はその要旨を超えない限り、以下の実施例に何ら限定されないのである。
【0038】
実施例1〜5及び比較例1〜2は、複層焼結摺動部材を円筒状の形態の摺動部材(円筒軸受)に適用した例である。
【0039】
実施例1〜5
内径33.6mm、外径45mm、長さ20mmの寸法を有する一般構造用炭素鋼鋼管(STK400)からなる鋼製パイプを準備した。
【0040】
250メッシュの篩を通過するアトマイズSn粉末5重量%と、250メッシュの篩を通過する還元Ni粉末15重量%と、120メッシュの篩を通過する搗砕P−Cu合金(P15%)粉末7重量%と、240メッシュの篩を通過する還元Fe粉末30〜45重量%と、200メッシュの篩を通過する水アトマイズ高速度工具鋼粉末2〜3重量%、48メッシュの篩を通過し250メッシュの篩を通過しない天然黒鉛粉末2重量%と、残部が150メッシュの篩を通過する電解Cu粉末とをV型ミキサーに投入し、30分間混合して混合粉末を得た(Sn:5重量%、Ni:15重量%、P:1.05重量%、Fe:30〜45重量%、高速度工具鋼:2〜3重量%、天然黒鉛:2重量%、Cu:残部)。
【0041】
該混合粉末を円筒状の中空部を備えた金型の中空部に装填し、成形圧力5トン/cm(490MPa)で成形して内径27.4mm、外径33.6mm、長さ20mmであって、密度が6.6〜6.8g/cmを有する円筒状の成形圧粉体を作製した。
【0042】
成形圧粉体を該鋼製パイプの内面にその軸方向から圧入嵌合した後、該成形圧粉体の内面にセラミックス粉末(Al:83重量%とSiO:17重量%の混合物)を充填し、これをアンモニア分解ガス雰囲気に調整した焼結炉において、960℃の温度で85分間焼結し、該成形圧粉体の焼結と同時に鋼製パイプの内面との拡散接合を行わしめ、焼結合金体と鋼製パイプとを接合一体化した。
【0043】
ついで、これに機械加工を施して内径30mm、外径45mm、長さ20mmの複層焼結摺動部材を得た。この複層焼結摺動部材の多孔質焼結合金層の密度は6.8〜7.0g/cmであった。この複層焼結摺動部材に含油処理を施したところ、該多孔質焼結合金層への含油率は13〜15容量%であった。
【0044】
比較例1
上記実施例と同様の内径33.6mm、外径45mm、長さ20mmの寸法を有する一般構造用炭素鋼管からなる鋼製パイプを準備した。
【0045】
250メッシュの篩を通過するアトマイズSn粉末8重量%と、250メッシュの篩を通過する還元Ni粉末28重量%と、120メッシュの篩を通過する搗砕P−Cu合金(P15%)粉末7重量%と、150メッシュの篩を通過する天然黒鉛粉末5重量%と、残部が150メッシュの篩を通過する電解Cu粉末とをV型ミキサーに投入し、30分間混合して混合粉末を得た(Sn:8重量%、Ni:28重量%、P:1.05重量%、天然黒鉛:5重量%、Cu:残部)。
【0046】
該混合粉末を円筒状の中空部を備えた金型の中空部に装填し、成形圧力5トン/cm(490MPa)で成形して内径27.4mm、外径33.6mm、長さ20mmであって、密度が5.8g/cmを有する円筒状の成形圧粉体を作製した。
【0047】
成形圧粉体を該鋼製パイプの内面にその軸方向から圧入嵌合した後、該成形圧粉体の内面にセラミックス粉末(実施例と同じ)を充填し、これをアンモニア分解ガス雰囲気に調整した焼結炉において、960℃の温度で60分間焼結し、該成形圧粉体の焼結と同時に鋼製パイプの内面との拡散接合を行わしめ、焼結合金体と鋼製パイプとを接合一体化した。
【0048】
ついで、これに機械加工を施して内径30mm、外径45mm、長さ20mmの複層焼結摺動部材を得た。この複層焼結摺動部材の多孔質焼結合金層の密度は6.0g/cmであった。この複層焼結摺動部材に含油処理を施したところ、該多孔質焼結合金層への含油率は15容量%であった。
【0049】
比較例2
上記実施例と同様の内径33.6mm、外径45mm、長さ20mmの寸法を有する一般構造用炭素鋼鋼管からなる鋼製パイプを準備した。
【0050】
250メッシュの篩を通過するアトマイズSn粉末8重量%と、150メッシュの篩を通過する還元Ni粉末28重量%と、120メッシュの篩を通過する搗砕P−Cu合金(P15%)粉末7重量%と、150メッシュの篩を通過する天然黒鉛粉末5重量%と、残部が150メッシュの篩を通過する電解Cu粉末とをV型ミキサーに投入し、10分間混合して混合粉末を得た(Sn:8重量%、Ni:28重量%、P:1.05重量%、天然黒鉛:5重量%、Cu:残部)。
【0051】
この混合粉末60重量%に対し、100メッシュの篩を通過する還元Fe粉末を40重量%混合し、V型ミキサーで10分間混合して混合粉末を得た(Sn:4.8重量%、Ni:16.8重量%、P:0.63重量%、Fe:40重量%、天然黒鉛:3重量%、Cu:残部)。
【0052】
該混合粉末を円筒状の中空部を備えた金型の中空部に装填し、成形圧力5トン/cm(490MPa)で成形して内径27.4mm、外径33.6mm、長さ20mmであって、密度が6.0g/cmを有する円筒状の成形圧粉体を作製した。
【0053】
以下、比較例1と同様の方法で内径30mm、外径45mm、長さ20mmの複層焼結摺動部材を得た。この複層焼結摺動部材の多孔質焼結合金層の密度は6.4g/cmであった。この複層焼結摺動部材に含油処理を施したところ、該多孔質焼結合金層への含油率は14容量%であった。
【0054】
次に、上記実施例1〜5及び比較例1〜2で得た複層焼結摺動部材について、表1に示す試験条件で摩擦摩耗特性を、また表2に示す試験条件で疲労耐久性を試験した。
【0055】
(表1)
(摩擦摩耗試験条件)
負荷面圧 100MPa(1020kgf/cm
摺動速度 7.83×10-3m/sec(0.47m/min)
揺動角度 90°
耐久時間 100時間
相手軸材 高周波焼入れしたクロムモリブデン鋼(SMC440)
運動形態 相手軸連続ラジアルジャーナル揺動運動
潤滑条件 試験開始前にグリース塗付
【0056】
(表2)
(耐疲労性試験条件)
円筒軸受(複層焼結摺動部材)寸法 内径30mm、外径45mm、長さ
20mm(受圧面積6cm
最大荷重 88MPa(898kgf/cm
最小荷重 0.2MPa(2kgf/cm
荷重サイクル 20Hz
試験方法 円筒軸受(受圧面積6cm)に1秒間に最大荷重と最小荷重を交互に20 回負荷し、摺動面となる焼結合金層に亀裂が生じるまでのサイクル数(最大1000万サイクル)で評価した。
【0057】
実施例及び比較例の複層焼結摺動部材の成分組成、摩擦摩耗特性及び耐疲労性の試験結果を表3及び表4に示す。
【0058】
【表3】

【0059】
【表4】

【0060】
表4中、比較例1及び2の複層焼結摺動部材は、摩擦摩耗試験において試験時間が40時間を超えた時点で摩擦係数が急激に上昇したため、その時点で試験を中止した。摩耗量は試験時間40時間での摩耗量を示した。
【0061】
以上の試験結果から、実施例1〜5の複層焼結摺動部材は、高負荷条件(100MPa)においても摩擦係数が低く安定した摺動を示し、摩耗量も22〜28μmと少なく優れた摩擦摩耗特性を示した。一方、比較例1及び2の複層焼結摺動部材は、高負荷条件においては試験時間100時間を達成できず試験を中止した。また、疲労耐久性の試験においては、実施例1〜5の複層焼結摺動部材は、比較例1及び2の複層焼結摺動部材の100倍の疲労耐久性を示した。
【0062】
以上のように、実施例からなる複層焼結摺動部材は、従来の複層焼結摺動部材の許容面圧である49MPaを遥かに超えた荷重条件においても優れた摩擦摩耗特性を及び耐疲労性を有しており、高面圧が作用する用途、例えば射出成形機のトグルブッシュ、油圧ショベル等の建設機械の関節部軸受への適用を可能とするものである。
【0063】
次に、複層焼結摺動部材を平板状の形態の摺動板に適用した実施例について説明する。
【0064】
実施例6〜7及び比較例3、平板状の複層焼結摺動部材についての例である。
【0065】
実施例6〜7
幅170mm、長さ600mm、厚さ5mmの寸法を有する、一般構造用圧延鋼材(SS400)からなる鋼板を準備した。
【0066】
混合粉末として、前記実施例1及び実施例4と同様の混合粉末を作製した。該混合粉末に対し、それぞれ5重量%HPC水溶液(HPC100g、エチルアルコール120ml及び水1780ml)を0.3重量%添加し、5分間V型ミキサーで均一に混合し、これを原料粉末とした。
【0067】
該原料粉末を双ロールを持つ横型圧延ロールにロール間隔0.3mm、ロール速度0.3m/minの条件下で通し、密度6.8g/cm、厚さ2mmの圧延シート(成形圧粉体)を作製した。これを幅170mm、長さ600mmの寸法に切断し、これを鋼板上に重ね合わせたのち、アンモニア分解ガス雰囲気に調整された焼結炉において、圧力0.7kgf/cm(0.069MPa)をかけながら、960℃の温度で85分間焼結し、圧延シートの焼結と同時に鋼板との拡散接合を行わしめ、焼結合金層と鋼板とが拡散接合された複層摺動部材を作製した。
【0068】
これに機械加工を施し、一辺35mm、厚さ6.5mmの複層焼結摺動部材を得た。この複層焼結摺動部材の多孔質焼結合金層の密度は6.9g/cmであった。この複層焼結摺動部材に含油処理を施したところ、多孔質焼結合金層への含油率は15容量%であった。
【0069】
比較例3
上記実施例6〜7と同様の幅170mm、長さ600mm、厚さ5mmの寸法を有する、一般構造用圧延鋼材からなる鋼板を準備した。
【0070】
250メッシュの篩を通過する噴霧Sn粉末5重量%と、150メッシュの篩を通過する還元Ni粉末20重量%と、120メッシュの篩を通過する搗砕P−Cu合金(P15%)粉末7重量%と、300メッシュの篩を通過する還元Fe粉末32重量%と、48メッシュの篩を通過し250メッシュの篩を通過しない天然黒鉛粉末5重量%と、残部が150メッシュの篩を通過する電解Cu粉末とをV型ミキサーに投入し、30分間混合して混合粉末を得た(Sn:5重量%、Ni:20重量%、P:1.05重量%、Fe:32重量%、天然黒鉛:5重量%、Cu:残部)。
【0071】
この混合粉末に対し、5重量%HPC水溶液(実施例と同じ)を0.3重量%添加し、5分間V型ミキサーで均一に混合し、これを原料粉末とした。
【0072】
該原料粉末を双ロールを持つ横型圧延ロールにロール間隔0.3mm、ロール速度0.3m/minの条件下で通し、密度5.90g/cm、厚さ2mmの圧延シート(成形圧粉体)を作製した。これを幅170mm、長さ600mmの寸法に切断し、これを前記鋼板上に重ね合わせた。
【0073】
ついで、アンモニア分解ガス雰囲気に調整した焼結炉において、圧力0.7kgf/cm(0.069MPa)をかけながら、940℃の温度で40分間焼結し、圧延シートの焼結と同時に鋼板との拡散接合を行わしめ、焼結合金層と鋼板とが接合一体化された複層焼結摺動部材を作製した。
【0074】
これに機械加工を施し、一辺35mm、厚さ6.5mmの複層焼結摺動部材を得た。この複層焼結摺動部材の多孔質焼結合金層の密度は6.0g/cmであった。この複層焼結摺動部材に含油処理を施したところ、多孔質焼結合金層への含油率は26容量%であった。
【0075】
次に、上記実施例6〜7及び比較例3で得た複層焼結摺動部材について、表5に示す試験条件で摩擦摩耗特性を試験した。
【0076】
(表5)
(摩擦摩耗試験条件)
負荷面圧 100MPa(1020kgf/cm
摺動速度 0.12m/sec(7m/min)
ストローク 80mm
往復回数 100,000回
相手材 ねずみ鋳鉄(FC250)板
潤滑条件 試験開始前にグリース塗付
【0077】
実施例6〜7及び比較例3の複層焼結摺動部材の成分組成、摩擦摩耗特性の試験結果を表6に示す。
【0078】
【表6】

【0079】
表6中、比較例3の複層焼結摺動部材は、試験時間が30時間を超えた時点で摩擦係数が急激に上昇したため、その時点で試験を中止した。摩耗量は試験時間30時間での摩耗量を示した。
【0080】
以上の試験結果から、実施例6〜7の複層焼結摺動部材は、高負荷条件(100MPa)においても摩擦係数が低く安定した摺動を示し、摩耗量も35μm以下と少なく優れた摩擦摩耗特性を示した。一方、比較例3の複層焼結摺動部材は、高負荷条件においては試験時間100時間を達成できず試験を中止した。
【0081】
以上のように、本発明の複層焼結摺動部材は、裏金に一体に接合された多孔質焼結合金層を形成するNi成分が焼結時に裏金の表面に拡散してその界面を合金化し、さらに成分中のP成分と一部液相を形成してCu−Ni−Sn合金と親和性のよいNi−P合金(NiP)を生成し、このNiPが裏金と多孔質焼結合金層との界面に介在して、界面においてNi成分の拡散による合金化と相俟って多孔質焼結合金層を裏金に強固に接合一体化させるとともに、焼結時に生成された硬質の金属間化合物であるNiPがCu−Ni−Sn合金相の粒界に介在し、さらにそれ自体微細な金属間化合物、主に炭化物からなる硬質の高速度工具鋼成分がCu−Ni−Sn合金相とαFe相の粒界に分散含有されているので多孔質焼結合金層の疲労耐久性、耐荷重性及び摩擦摩耗特性が大幅に向上され、高面圧が作用する用途への適用が可能となる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
錫成分3〜10重量%と、ニッケル成分10〜30重量%と、燐成分0.5〜4重量%と、鉄成分30〜50重量%と、高速度工具鋼成分1〜10重量%と、黒鉛成分1〜5重量%と、銅成分20〜55重量%とを含む多孔質焼結合金層が裏金に一体に接合されていることを特徴とする複層焼結摺動部材。
【請求項2】
多孔質焼結合金層には、潤滑油が5〜20容量%の割合で含有されている請求項1に記載の複層焼結摺動部材。
【請求項3】
高速度工具鋼成分は、モリブデン系高速度工具鋼及びタングステン系高速度工具鋼のいずれかから選択されたものである請求項1又は2に記載の複層焼結摺動部材。
【請求項4】
裏金は、鋼製パイプからなり、該多孔質焼結合金層は該鋼製パイプの内面に一体に接合されている請求項1から3のいずれか一項に記載の複層焼結摺動部材。
【請求項5】
裏金は、鋼板からなり、該多孔質焼結合金層は該鋼板の表面に一体に接合されている請求項1から3のいずれか一項に記載の複層焼結摺動部材。

【公開番号】特開2010−31373(P2010−31373A)
【公開日】平成22年2月12日(2010.2.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−177126(P2009−177126)
【出願日】平成21年7月29日(2009.7.29)
【出願人】(000190297)キャタピラージャパン株式会社 (1,189)
【出願人】(000103644)オイレス工業株式会社 (384)
【Fターム(参考)】