説明

試料温度測定装置及び試料温度測定方法

【課題】溶液等の液体中の試料である微粒子を微粒子1個ごとに固定した状態で熱分析を可能とする試料温度測定装置及び試料温度測定方法を提供する。
【解決手段】
液体中の微粒子からなる試料Sを試料固定基板6に設けた試料Sが入り込むサイズの試料固定領域9に誘電泳動力30により試料Sを誘導して固定し、試料固定基板6の下部電極部24に固定された試料Sに温度変化手段7により試料固定基板6の第1の電極11と第2の電極12との間に電圧を印加することにより試料に温度変化を与えながら、赤外線顕微鏡を通して拡大した試料Sの赤外線像を赤外線カメラにより撮影し、撮影した赤外線像データをデータ処理手段に取り込んで前記試料の熱的特性を測定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料である微粒子1個ごとの温度変化を、分析可能な形式のデータ(例えば、熱画像データ)として、データ量を低減させる事なく取り込み、または可視化し、前記データ等に関して更に詳細な解析を可能とする試料温度測定装置及び試料温度測定方法に関する。
【0002】
本発明は、試料である微粒子1個ごとの熱的特性を高速現象としてデータ取り込みする際に、特に好適に使用可能である。
【背景技術】
【0003】
高分子、バイオマテリアル、半導体材料、セラミック材料、金属材料、更には近年のナノテクノロジーを始めとする複合物質ないし材料関連、微粒子等の幅広い技術分野において、微粒子1個ごとの物性の測定や、所望の物性を発現することが可能な材料を開発する要請が益々強まっている。このような材料の例としては、例えば、熱電素子、IC用絶縁塗膜、感熱記録紙、伝熱ペースト、薄膜断熱材、細胞等の生体材料、生体凍結保存液、炭素繊維強化複合材料等が挙げられる。
【0004】
従って、前記材料の特性を精密に評価する分析技術が不可欠である。ここで微粒子とは、直径1mm以下、更には0.1mm以下の微粒子を示し、その材質は、高分子、バイオマテリアル、半導体、セラミック、金属、及びその複合材料の微粒子や、植物や動物の細胞、微生物又は大腸菌そのもの、蛋白、糖、遺伝子などの生体材料からなる微粒子を意味し、試料としては前記微粒子そのものの他、前記微粒子の塊や、前記微粒子の粉末、前記微粒子を適切な溶媒に分散させた微粒子懸濁液の形態であっても良い。
【0005】
材料の熱的挙動の分析に基づき、材料特性を評価する方法としては、従来より、DSC(示差走査熱量測定法)、DTA(示差熱分析法)等が広く用いられて来た。これらは、測定すべき試料における熱特性を鋭敏に検出することが可能という優れた特徴を有している。
【0006】
しかしながら、DSCないしDTAによる分析データは、その性質上、DSCまたはDTA試料セルに収納された数ミリグラム程度の試料についての平均値として測定されるものとなる。したがって、これらの方法により、試料のサイズの点では1mmオーダー以下の微小部分あるいは微粒子1個ごとの熱分析を行うことは困難であった。
【0007】
従来から知られている赤外線放射温度計を利用した試料の熱物性を測定する方法においては、非接触で温度測定を行うことにより、膜厚がlμm以下のフィルムの熱拡散率を測定している。この方法によれば膜厚の薄いものの熱拡散率を測定できるが、測定部分の面積の平均値でしか物性を測定できないことでは、上記したDSCないしDTAと変わりはない(例えば、特許文献1参照)。
【0008】
上記したナノテクノロジー等における物性の測定や微細な構造制御が必要な材料の開発においては、試料のμmオーダー以下のレベルあるいは微粒子1個ごとにおける熱的特性の分布が材料特性に大きく影響するが、従来においては、AFMを応用した熱分析法(熱伝導の分布を面内スキャンで求める方法)が存在する。しかし試料である微粒子1個ごとの赤外線カメラを利用した二次元的熱分析を行う方法は存在しなかった。
【0009】
また、測定対象が微粒子、例えば生体材料(特に浮遊細胞等)の場合、大量(例えば、100万個〜1000万個)の微粒子(細胞)を微粒子1個ごとに分けて固定する事が難しく、微粒子1個ごと(細胞1個ごと)を対象にした熱分析が極めて困難であった。
【0010】
また従来の熱分析用の画像解析法は、主にリアルタイムでの画像と取り込んだ録画面の解析であって、例えば特定の色の割合、分布、長さ、繰り返し等を解析していた。加えて、従来は主にサーモグラフィーと称する熱画像収得が目的で、比較的に温度変化が遅い系を対象としていた。このような測定の結果により得られたデータの取り込みも、パーソナルコンピュータのランダムアクセスメモリーの容量が限界であり、実験室的なものとして取り込み量に限界があった。
【0011】
すなわち、従来の熱分析においては、最高速撮影では10秒程度の短時間であり、長時間の観測を行う場合には、秒あたりのコマを減じて(すなわち、データの時間解像度を低下させ、および/又はデータの平均化、圧縮ないしは省略を行って)、測定せざるを得なかった。このため、しばしば、真に測定すべき事象(例えば、試料中の突発的ないしは急激な変化)のデータ取り込みに対応できない場合があった。
【0012】
また、試料の微小部分の熱分析を行う熱分析法および熱分析装置として、赤外線顕微鏡と高分解能の赤外線カメラを用いたものが提案されている(特許文献2)。
【0013】
この熱分析方法および熱分析装置にあっては、試料に温度変化を与えて、その時の試料の微小部分の輻射熱を赤外線顕微鏡を通して赤外線カメラにより赤外線画像として取り込み、試料の微小部分の熱分析を行うようにしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】特開平3−189547号公報
【特許文献2】特開2004−325141号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
上記した引用文献2に記載の熱分析方法および熱分析装置にあっては、赤外線カメラにより測定(撮影)する試料を試料ステージなどの試料台に対して機械的に固定できる場合には容易に温度測定を可能としているが、懸濁液などの液体中に浮遊している試料の微粒子、例えば細胞を試料として、その温度測定(熱分析)を行おうとしても、細胞を固定することができないため、その温度測定は困難であった。
【0016】
本発明の目的は、上述した従来技術の課題を解消し、溶液等の液体中の試料である微粒子を微粒子1個ごとに固定した状態で熱分析を可能とする試料温度測定装置及び試料温度測定方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明の目的を実現する試料温度測定装置の構成は、液体中の微粒子からなる試料が入り込むサイズの試料固定領域を有する試料固定基板と、前記試料を前記試料固定基板に固定する試料固定手段と、前記試料固定基板に固定された試料に温度変化を与える温度変化手段と、前記温度変化手段により温度変化が与えられている試料を赤外線像として拡大する赤外線像拡大手段と、前記赤外線像拡大手段で拡大した赤外線像を測定する赤外線測定手段と、前記赤外線測定手段で測定した赤外線像データを取り込み、赤外線像データに基づいて前記試料の熱的特性を測定するデータ処理手段と、を備えたことを特徴とする。
【0018】
上記した試料温度測定装置の構成において、前記試料固定基板としては、前記試料固定領域をなす多数の微細孔が厚み方向に貫通形成された絶縁体と、上面に第1の電極が形成され、前記第1の電極に前記絶縁体の下面が当接する第1の基板と、前記第1の電極と離隔対向して前記絶縁体を挟んで配置した第2の電極と、を有し、前記第1の基板と前記第1の電極を赤外線に対して透明とすることができる。
【0019】
上記したいずれかの試料温度測定装置の構成において、前記赤外線測定手段としては、赤外線カメラを用いることができる。
【0020】
上記した試料温度測定装置の構成において、前記試料固定手段としては、前記第1の電極と前記第2の電極間に電圧を印加することで、前記試料に誘電泳動力を付与する誘電泳動力発生用の周波電圧印加手段を用いることができる。
【0021】
上記したいずれかの試料温度測定装置の構成において、前記温度変化手段としては、前記第1の電極と前記第2の電極間に電圧を印加することで、前記試料に温度変化を与える温度変化用の電圧印加手段を用いることができる。
【0022】
ここで、前記温度変化手段に用いる電圧は、直流電圧であっても良いし、周波電圧であっても良い。電圧が直流電圧の場合は前記温度変化手段は直流電源であり、電圧が周波電圧の場合は前記温度変化手段は交流電源である。なお、前記温度変化手段が周波電圧の場合は、前記試料固定用手段として誘電泳動力を付与する誘電泳動力発生用の周波電圧印加手段と同一の交流電源を用いてもよい。
【0023】
上記した試料温度測定装置の構成において、前記温度変化用の電圧印加手段は、試料に応じて予め決められた時間だけ電圧を前記試料に印加する。
【0024】
上記したいずれかの試料温度測定装置の構成において、前記試料固定基板の試料固定領域を数μm径の試料が入り込む孔により形成し、前記データ処理手段は、前記赤外線測定手段としての赤外線カメラにより撮影した前記試料の赤外線像を可視化熱分析することができる。
【0025】
本発明の目的を実現する試料温度測定方法は、液体中の微粒子からなる試料に誘電泳動力を与えることにより、試料固定基板に設けた前記試料が入り込むサイズの試料固定領域に前記試料を誘導して固定し、さらに前記試料固定領域に固定された前記試料に対して温度変化を与えながら前記試料の赤外線像を赤外線像拡大手段を通して赤外線測定手段により測定することを特徴とする。
【0026】
上記した試料温度測定方法において、前記試料に対して温度変化を与える手段は、前記試料固定領域を挟んで配置した第1の電極と第2の電極と、前記第1の電極と前記第2の電極に電圧を印加する電圧印加手段を用いることができる。
【0027】
上記したいずれかの試料温度測定方法において、前記赤外線測定手段により測定した赤外線像データに基づいて、前記試料の熱的特性を測定する。
【0028】
上記したいずれかの試料温度測定方法において、前記試料が溶液中に存在する細胞を用いることができる。
【0029】
上記したいずれかの試料温度測定方法において、前記温度変化用の電圧印加手段により前記第1の電極と前記第2の電極に予め決められた時間だけ電圧を印加することができる。
【0030】
上記したいずれかの試料温度測定方法において、前記試料固定基板の試料固定領域を数μm径の試料が入り込む孔により形成し、前記赤外線測定手段としての赤外線カメラにより撮影した前記試料の赤外線像を可視化熱分析することができる。
【0031】
以下、さらに本発明を詳細に説明する。
【0032】
本発明者等は鋭意研究の結果、従来の熱分析におけるように、測定すべき試料の熱的特性を「平均値」として測定するのではなく、直径1mm以下、更には直径0.1mm以下の微粒子の熱的特性を微粒子1個ごとに測定することが、上記目的の達成のために効果的なことを見出した。
【0033】
そして、液体中に浮遊している試料としての微粒子を固定した状態で微粒子の温度を測定できる試料温度測定装置および試料温度測定方法を提供するものである。
【0034】
本発明の試料温度測定装置によれば、液体中の微粒子からなる試料が入り込むサイズの試料固定領域を有する試料固定基板と、前記試料を前記試料固定基板に固定する試料固定手段と、前記試料固定基板に固定された試料に温度変化を与える温度変化手段と、前記温度変化手段により温度変化が与えられている試料を赤外線像として拡大する赤外線像拡大手段と、前記赤外線像拡大手段で拡大した赤外線像を測定する赤外線測定手段と、前記赤外線測定手段で測定した赤外線像データを取り込み、赤外線像データに基づいて前記試料の熱的特性を測定するデータ処理手段と、を備えた熱分析装置を提供することができる。
【0035】
ここで「赤外線像を測定する赤外線測定手段」とは、赤外線測定手段として用いる前記赤外線カメラにより撮影した赤外線画像から得られる画素ごとの温度変化に相当する色(輝度、強度、フォトンカウント)の変化を数値化して測定する赤外線測定手段を意味する。このようにすることで、微粒子1個ごとの熱的特性を測定することができる。なお以下では、「画素」は「ピクセル」と記載することもある。
【0036】
上記構成を有する本発明を適用した熱分析方法においては、従来の熱分析におけるように、測定すべき試料領域の熱的特性を「平均値」ないし「バルク」として測定するのではなく、微粒子1個ごとの熱的特性データ(ないしは熱的特性データないし「エレメント」の複数もしくは二次元的な集合)として測定している。これにより、熱的特性測定の迅速化が可能となり、しかも、μmオーダーの微粒子1個ごとにおける熱的特性データの微細なmsecオーダー程度以下の経時変化を追跡することも、極めて容易となる。
【0037】
更に、本発明においては、測定により得られたデータを、実質的に無変化に書き込み媒体中に高速に取り込むこともできるため、例えば1時間に1回程度の頻度で起こりかつ1msecと高速な現象であっても、的確に捉えることが可能となる。すなわち、本発明によれば、例えば、試料の微粒子1個ごとの熱分析を高速熱画像撮影し、ハードディスクに直接書込むこと、上書きエンドレス録画システムを搭載することで見逃すことが無くなり、高速熱現象の2次元熱解析を突発的かつ急激な変化の現象へ適用可能となる。
【0038】
本発明によれば、更に、強制的に温度波を伝搬させることで、熱伝導率・熱拡散率等の伝熱の情報を同時に得ることも可能となる。更に、例えば、赤外線カメラを利用して試料の微粒子1個ごとの温度変化を二次元的に解析して、物質の内部の不均一性をみる顕微鏡、温度変化の方向と変化量を観測することで、熱拡散現象を解析する熱物性測定装置、融解等の潜熱による温度変化、化学反応、摩擦、放電、生体反応、等の突発的な熱の出入りを伴う反応を連続的にモニターすることも可能となる。
【0039】
本発明における主な好ましい態様を例示すれば、以下の通りである。
【0040】
(1)測定すべき試料を一定速度で昇温させつつ、前記試料の微粒子1個ごとを顕微鏡システムにより拡大し、赤外線放射温度計により前記拡大部分の温度分布を測定する。
【0041】
(2)測定すべき試料および参照試料を一定速度で昇温させつつ、前記試料および参照試料の微粒子1個ごとを顕微鏡により拡大し、その際の温度変化を赤外線放射温度計により測定し、試料および温度と輻射量が較正された参照試料の温度変化の差を比較することにより、試料のDTA分析を行う。
【0042】
(3)測定すべき試料を一定速度で昇温させつつ、前記試料の微粒子1個ごとの温度変化を赤外線放射温度計により測定し、試料の微粒子1個ごとの潜熱を観測する。
【0043】
(4)試料の微粒子1個ごとに前記試料を一定速度で昇温させつつ、試料を顕微鏡で拡大し、そのときの温度変化を赤外線温度計で測定しつつ、別途設置した温度センサーで微粒子1個ごとの交流状の温度変化の位相遅れを求めることにより試料の微粒子1個ごとの熱拡散率を求める。
【0044】
(5)測定すべき試料を一定速度で昇温させつつ、前記試料の微粒子1個ごとの温度変化を赤外線放射温度計・赤外線カメラにより高速取り込みするためのメモリーコントロールシステム有すること。
【0045】
(6)試料の微粒子1個ごとに交流状の温度変化を発生させつつ、前記試料を一定速度で昇温させつつ、試料の微粒子1個ごとを顕微鏡で拡大し、そのときの温度変化を赤外線カメラで面全体を高速に撮影しつつ、試料の微粒子1個ごとの交流状の温度変化の位相遅れを主周波数のみならず高次高調波成分についても算出し全画面で描画する。
【0046】
(7)微粒子1個ごとに交流温度を与え、温度変化を赤外線カメラによって可視画像化し、高速かつ長時間連続的な取り込みを行う。
【0047】
(8)測定すべき試料の微粒子1個ごとに温度変化(温度波)を与えつつ、前記温度変化に基づく試料の微粒子1個ごとを赤外線センサーまたは赤外線カメラを利用して測定する熱分析方法ならびに温度波顕微鏡。
【0048】
(9)前記試料の微粒子1個ごとを赤外線像拡大手段、顕微レンズ、反射鏡等により拡大し微細な部分の温度、温度分布を時間の関数として高速、ここでは1コマ/秒以上(望ましくは1000コマ/秒以上)で行う熱分析方法または温度波顕微鏡。
【0049】
(10)赤外線カメラの出力をハードディスク、ランダムアクセスメモリー、等高速取込み可能な媒体に直接書込める装置であり、メモリが満杯になった場合は、上書き保存しエンドレスに記録する方法。
【0050】
(11)同時に赤外線カメラを各カメラの特性に応じて、毎秒のフレーム数、シャッター速度、撮影間隔、ダイナミックレンジ、感度補正等を設定する方法。
【0051】
(12)交流状の温度変化を試料の微粒子1個ごとに与えその拡散を観測する高速取り込み装置を有する熱画像収得システム。
【0052】
(13)画像を高速記録する手段とは別に、記録されたデータの必要部分を取り出し、熱解析するための別の記録媒体とソフトウェアを有するシステム。この装置により、高速熱現象や突発的現象の解析が可能となる。たとえば、突然の急激な発熱を高い解像度でモニターできる、周期加熱の時間分解能が高周波数でも対応できる。
【0053】
(14)観測全画面の各ピクセルの時系列スタックとして取り込んだ画像について、画像内の指定した位置での温度変化を時間の関数で書き出すことができる方法。膨大なデータから有効な部分を見つけだすブラウザソフトを内蔵し、例えば前後の画像の差分場面を取って特定量以上の変化がある箇所をマーキング出来る。これらの時間データに対し、与えた温度周期を指定して、自己相関係数またはフーリエ変換を施して、別途指定した基準点との差として求めることがすべての点で可能である。例えば、ある点(線または面)で交流的な温度変化を与え、その波の伝搬状況を測定画像内で捉え、画面内の指定したピクセルをレファレンスとして、温度波の減衰量、位相遅れを全画面について描画することが可能である。
【0054】
(15)温度計測には、CCD素子のアンプ込みの感度むら、ドット抜け、窓材・レンズを通した光量低下、レンズの口径食や周辺光量低下、サンプルの反射率や輻射率等を補正して受光量を温度へ換算する方法。ピクセルごとの感度補正をおこない、不良のピクセルをのぞき、周囲の値例えば両隣4つの平均で置き換えることで画像修正を行う。
【0055】
以下、必要に応じて図面を参照しつつ本発明を更に具体的に説明する。以下の記載において量比を表す「部」および「%」は、特に断らない限り質量基準とする。
【0056】
本発明に用いる試料は、その熱的特性の測定が有用な試料である限り、特に制限されない。このような試料の例として、例えば、有機化合物、高分子化合物、有機色素、鉱石、ガラス、セラミックス、金属、水および水溶液、植物細胞、動物細胞等を挙げることができる。これらの試料は単独でもよく、また必要に応じて2種類以上組み合わせたものであってもよく、ICチップ、マイクロマシン、ミクロ冷却器、ミクロヒータアレイ、電子回路、生体組織等の生体材料、複合材料等、不均一な、および/又は複雑な系であってもよい。これらの比較的に不均一/複雑な系を含む試料に本発明を適用する場合にも、これらの試料は単独でもよく、また必要に応じて2種類以上を組み合わせたもの(例えば、生体材料と電子回路の双方を含むバイオセンサ等)であってもよい。
【0057】
更に本発明における試料は微粒子であっても良く、前記微粒子とは、直径1mm以下、更には0.1mm以下の微粒子を示し、その材質は、高分子、バイオマテリアル、半導体、セラミック、金属、及びその複合材料の微粒子や、植物や動物の細胞、微生物、大腸菌そのもの、蛋白、糖、遺伝子などの生体材料からなる微粒子を意味し、試料としては前記微粒子の塊や、前記微粒子の粉末、前記微粒子を適切な溶媒に分散させた微粒子懸濁液の形態であってもよい。
【0058】
本発明における試料は特に、溶液中の高分子やバイオマテリアル、セラミックや細胞、微生物、大腸菌等の誘電体微粒子が好ましい。
【0059】
本発明において好適な試料としては、例えば、フィルム、シートまたは板状の難導電性の物質あるいは液体状または液体状となしうる難導電性の物質が望ましい。また導電性物質の場合でも測定の厚さに対して無視しうる程の薄さの絶縁薄膜を電極にコーティングするか、あるいは塗膜分を補正する方法により測定可能である。測定対象となる物質の例としては、以下のものを例示することができるが、下記に限定されるものではない。
【0060】
(1)フェノール、ユリア、メラミン、ポリエステル、エポキシ、ポリウレタン、セルロース、ポリスチレン、ポリプロピレン、ポリエチレン、塩化ビニルデン、ポリアミド、ポリアセタール、ポリカーボネイト、ポリサルホン、ABS、ポリフェニレンオキサイド、ポリエーテルサルホン、ポリアリレート、アクリル、アクリルニトリル、ポリアクリルニトリル、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルケトン、ポリイミド、ポリオレフィン等の高分子化合物。
【0061】
(2)シアニン、フタロシアニン、ナフタロシアニン、ニッケル錯体、スピロ化合物、フェロセン、フルギド、イミダゾール等の有機色素、ノルマル・アルカン類、エタノール、メタノール、グリセリン等のアルコール類、ベンゼン、トルエン、安息香酸等の環状類、等の有機化合物。
【0062】
(3)血管内皮細胞、植物表皮細胞、藻類、血液中等の浮遊細胞、臓器組織、木材、蛋白、糖、遺伝子等の生体材料関連物質。
(4)金属類。
(5)チーズ、食用油、豆腐、ゼリー、肉類等の食品。
(6)食塩水等各種水溶液、グリース、潤滑油等の液体物質。
【0063】
(7)珪石、ダイアモンド、コランダム、ルビー、サファイア、めのう、雲母、岩塩、カオリン、大理石、石英、カンラン石、石膏、硫黄、重晶石、みょうばん石、蛍石、長石、滑石、石綿、石灰石、ドロマイト、方解石、水晶、こはく、スピネル、エメラルド、トパーズ、猫目石、ひすい、オパール等の鉱石。石英ガラス、フッ化物ガラス、ソーダガラス、ソーダ石灰ガラス、鉛ガラス、アルミノホウケイ酸ガラス、ホウケイ酸ガラス、アルミノケイ酸塩ガラス、等のファインセラミックス等。
(8)炭素繊維強化プラスチック、タルク混入プラスチック等の複合材料。
【0064】
次に本発明における試料のサイズ(微粒子の個数)や測定領域としては、その熱的特性の測定が有用な領域である限り、(例えば赤外線センサーに入力されるべき赤外線像の拡大倍率を調整する等の手段により)そのサイズや領域は特に制限されない。使用する観察装置ないし測定装置のサイズ等にも依存するが、測定すべき領域のサイズは、通常、1000μm×1000μm程度、更には10μm×10μm程度(特に5μm×5μm程度)であることが好ましい。更には試料である微粒子が1個あるいは複数個であっても良い。
【0065】
本発明においては、必要に応じて、測定すべき領域(A)を複数の微小領域(B)あるいは微粒子1個ごと(C)に分けて測定を行ってもよい。このように測定すべき領域を複数の微小領域あるいは微粒子1個ごとに分ける場合、一つの測定すべき領域(A)中の微小領域(B)あるいは微粒子1個(C)の数は、4以上であることが好ましく、更には1000以上(特に10000以上)であることが好ましい。熱的特性の測定が可能である限り、一つの測定すべき領域(A)中の微小領域(B)あるいは微粒子1個(C)の数は特に制限されないが、通常は64×64以上であることが好ましく、更には128×128以上(特に256×256以上)であることが好ましい。
【0066】
本発明においては、必要に応じて、測定すべき領域の経時的変化を追跡してもよい。このように経時的変化を追跡する場合、一回の測定に対応する時間は、0.5秒以下が好ましく、更には0.05秒以下、特に1ミリ秒以下であることが好ましい。
【0067】
また本発明においては、必要に応じて、測定すべき領域の経時的変化範囲を設定でき、測定された熱的特性の経時的変化における差または比を画像化して表示してもよい。
【0068】
また発明においては必要に応じて、微粒子1個ごとの熱的特性の経時的変化における差または比を求めてもよい。
【0069】
このような微粒子1個ごとの熱的性質としては、代表的には、温度の経時変化を、直前のデータとの差として連続的に表現してもよい(例えば、微分画像として)。この場合、例えば、変化成分のみを強調して描画し、高感度化を図ることもできる。
【0070】
また本発明において、測定すべき試料の微粒子1個に与えるべき温度変化は、特に制限されない。また必要に応じて、前記試料を構成する微粒子1個ごとに経時的変化として与えてもよい。例えば、微粒子1個の温度変化は一定速度で昇降温とすることが好ましい。
【0071】
次に、本発明において利用可能な熱的特性としては、例えば、温度、温度変化、温度分布、潜熱、融解または固化の状態(輻射率変化)、および熱拡散率、熱伝導率、体積比熱、並びにこれらの熱的特性の経時変化、交流温度波を用いる場合は周波数依存性、変化の位相遅れ、または複数の微小部分間のこれらの熱的特性の差または比からなる群から選ばれる1以上の特性が挙げられる。必要に応じて、これらのうち2以上の特性を組み合わせて測定してもよい。
【0072】
次に、本発明において好適に利用可能な赤外線は、特に制限がない。この赤外線は、通常、波長3〜5μm、更には0.9〜12μmの範囲の電磁波であることが好ましい。この赤外線は、必要に応じて、半導体デバイス等から放射されるレーザー光であってもよい。
【0073】
次に本発明において利用可能な赤外線測定手段ないし赤外線センサーは、特に制限されない。試料の微小部分における熱的特性の測定を出来る限り妨害しない点からは、非接触型の測定手段(例えば、赤外線放射温度計)を利用することが好ましい。
【0074】
このような赤外線測定手段において使用すべき赤外線検出装置は、目的とする赤外線の検出が可能である限り特に制限されないが、CCD等のデバイスを有する装置が好ましい。このようなデバイスにおける画素数は、64×64以上、更には128×128以上(特に256×256以上)であることが好ましい。
【0075】
次に本発明において、「赤外線像拡大手段」ないし「顕微鏡システム」とは、測定対象たる試料の微粒子1個ごとの観察を可能とする(ないしは赤外線による拡大像を形成可能な)デバイスである限り、特に制限されない。この「赤外線像拡大手段」は、必ずしも光学的要素としてのレンズないし鏡を有することを要しない。
【0076】
顕微鏡による拡大倍率は、1倍以上であることが好ましく、更には4以上、特に8倍以上であることが好ましい。
【0077】
次に本発明において使用可能な温度コントローラおよび/又はデータ処理手段は、特に制限されない。これらは、必要に応じて、パーソナルコンピュータ等のコンピュータにより制御し、および/又は得られたデータを処理することが好ましい。温度制御精度は0.1K以上であることが好ましく、さらには1K以上であることが好ましい。
【0078】
本発明において利用可能なデータ処理方法は、特に制限されない。測定データは、通常のアナログ量、デジタル量として処理する以外に、ベクトル量等としての処理も可能である。更に、赤外線測定データを、他の任意のデータと組み合わせてもよい。これらのデータは、二次元的データを与えるように処理してもよく、または前記二次元的データをNMR(ないしMRI)やX線CT等のように「輪切り」状に積算することにより擬似三次元的データを与えるように処理してもよい。
【0079】
本発明においては、赤外線測定手段により得られたデータを、実質的にデータ量を低減させることなく取込むことが特徴である。ここに、「実質的にデータ量を低減させることなく取込む」とは、所定の時間幅(例えば、1秒間)の範囲内で赤外線測定手段により得られたデータの量をR(バイト)とし、前記所定の時間幅に対応するデータとして媒体に取り込まれたデータの量をM(バイト)とした際に、これらのデータ量の比(M/R)が0.1以上であることを言う。このデータ量の比(M/R)は、更には0.5以上(特に1.0すなわち同じ)であることが好ましい。
【0080】
本発明においては、赤外線測定手段により得られる測定時間1秒間当たりのデータ量Rは、1Mb(メガバイト)以上、更には8Mb以上、特に12Mb以上であることが好ましい。また、媒体に取り込まれた測定時間1秒間当たりのデータ量Mは、1Mb以上、更には8Mb以上、特に12Mb以上であることが好ましい。
【0081】
次に本発明においては、赤外線測定手段により得られたデータを高速で取込むことが好ましい。ここに、「高速で取込む」とは、1コマ/秒以上の速度で赤外線測定手段により得られたデータを取込むことを言う。この取込み速度は、更には、30コマ/秒以上、特に1000コマ/秒以上であることが好ましい。本発明においては、この「高速取込み」は、赤外線測定手段により得られたデータの取り込みに適用されていれば足りる。例えば、赤外線測定手段と、後述する書き込み媒体(例えば、ハードディスク)との間に他のデバイス(例えば、バッファメモリ等のインターフェイス)が配置される場合には、書き込み媒体に対する書き込みの速度は、必ずしも高速である必要はない。
【0082】
次に本発明で使用可能な書き込み媒体は、赤外線測定手段により得られたデータを書き込むことが可能である限り特に制限されない。このような書き込み媒体としては、例えば、ハードディスク、RAM、ICメモリ、DVD等が挙げられる。メモリ容量の点からは、ハードディスクが特に好適に使用可能である。
【0083】
次に本発明においては、赤外線測定手段と、書き込み媒体との間に、適当なインターフェイスを配置してもよい。このようなインターフェイスは、赤外線測定手段と書き込み媒体との間に配置可能である限り特に制限されない。高速性の観点からバッファメモリを持たせ、例えばハードディスクのヘッド移動時間等の待ち時間による記録ミスを避けることができる。
【0084】
以下、本発明において好適に利用可能な測定原理および測定のための装置について詳細に説明する。
【0085】
まず、熱伝導率・熱拡散率の定義を示す。図8に示すような面積A、板厚dの板状の試料において、試料の片面が温度T1、反対面が温度T2(T1>T2)の定常状態にあるとき、板厚方向の試料内部で一次元の熱伝導によってのみ熱量Qが流れる場合、この熱量Qは次の式(1)により表される。
【0086】
【数1】

【0087】
このときの比例定数λが熱伝導率と定義される。
試料内の濃度が非定常のときを考えた場合、試料内の温度分布と温度の時間的変化の間は、試料の密度をp、定圧比熱をCpとすると、以下の式(2)の熱拡散方程式で表される。
【0088】
【数2】

【0089】
このときの比例定数αが熱拡散率として定義される。
熱拡散率αと熱伝導率λとは、次の式(3)に示す関係を有する。
【0090】
【数3】

【0091】
次に本発明において、交流状熱的変化を試料に与える際の測定理論について説明する。すなわち、試料の非定常熱伝導について、厚み方向(x軸方向)のみの一次元で考えると、前述の式(2)の熱拡散方程式は次の式(4)のようになる。
【0092】
【数4】

【0093】
上記の式(4)を、図9に示すように以下の条件で解く。
(i)測定すべき試料片方の面で試料温度が交流状に変化する。
【0094】
X=0、T=T0・cos(ωt)
(ii)温度波は無限に拡散する。
(iii)測定すべき試料の板厚dが、下記式に示すように、熱的に厚い。
すなわち、熱的に厚い条件は
d>√(2α/ω)
となり、このとき式(4)式の解は次の式(5)により表される。

【0095】
【数5】

【0096】
ここで、ωは変調周波数の角速度であり、変調周波数をfとすると、ω=2・π・fで表される。上記式(5)において、expの項が距離xにおける温度増幅で、cosの項がxにおける位相になる。したがって、試料の厚みdにおける温度の時間による変化は、次の式(6)により表される。
【0097】
【数6】

【0098】
ここで温度の位相差にのみ着目すると、位相差Δθはx=0の面とx=dの面での位相の差分なので、
【0099】
【数7】

【0100】
となり、ω=2・πfから、
【0101】
【数8】

【0102】
と表される。図10(a)および(b)に、データの模式図を示す。
【0103】
上記式(8)より、厚みdが既知の試料について、一方の面を変調周波数fを変化させて交流状に加熱し、そのときの裏面における温度変化の位相遅れΔθを測定することによって、熱拡散率αを求めることができる。このように、交流状の温度変化を試料に与える測定においては、試料の加熱面と裏面における温度変化の位相差により熱拡散率を求めるため、温度の絶対値による誤差がほとんど問題とならず、高精度な測定が可能である。
【0104】
ところで、前述した「熱的に厚い」という条件における
√(2α/ω)
は、長さの次元をもつことより、熱拡散長とよばれ、本測定法において重要なパラメーターの一つである。試料の厚みdと熱拡散長μの関係は、図11(a)および(b)に示すように、
d>μ:熱的に厚い
d<μ:熱的に薄い
と定義される。熱拡散長は温度変化の波長であるため、それが試料の厚みより大きい、すなわち熱的に薄い場合、試料全体が同じ周期で温度変動を起こしてしまう。この場合、試料表面と裏面における温度変動の位相差は0に近づき、熱拡散率は式(8)からは求められなくなる。
【0105】
したがって、式(8)が成立するために必要な「熱的に厚い」という条件は、最低1波長分以上の温度波が、試料内に存在する必要があるということを意味する。
【0106】
次に、試料表面の加熱方法として、試料表面に熱源を設ける好ましい一態様について説明する。
【0107】
このような態様においては、試料に金(Au)等の金属をスパッタリングして金属薄膜を作成し、それを交流ヒータとして利用することが好ましい。このような交流ヒータには、例えば、ファンクション・シンセサイザーにより変調した交流電流が通電され、そのときのジュール熱によって試料に交流状の温度波を発生させる。ジュール熱は電流の正負を問わず、そのピーク値において最大となるため、このときの温度変化の周期は、式(9)、式(10)に示すように交流電流の2倍となる。

【0108】
【数9】

【0109】
【数10】

【0110】
ここで、Vは電圧、Iは電流、Pは発熱量である。したがって、実際に加熱する周波数は、通電する変調周波数の2倍となる。この方法によると、交流ヒータの熱容量が試料に比べて無視できるほど小さく、且つ試料に直接スパッタリングすることにより交流ヒータを形成しているため、ヒータと試料の間の熱損失を実質的に無視することができる。
【0111】
次に、試料の裏面(交流ヒーター側と反対の面)に、ヒータと同様に金(Au)等の金属をスパッタリングして金属薄膜を形成し、それを薄膜温度センサーとして利用することが好ましい。図12に、薄膜センサーの回路図を示す。試料の温度センサー側で温度が変化すると、金属薄膜の抵抗値もその温度依存性により温度に比例して変化する。薄膜温度センサーの回路には、直流電源とダミー抵抗が組み込んであり、金属薄膜の抵抗変化の交流成分を電圧の変化として、温度センサーと並列に組み込んだロックイン・アンプにより測定する。スパッタリングの条件等により、温度センサーの抵抗値の温度依存性も変化するが、温度の絶対値ではなく位相差により熱拡散率を求めるため、実質的に問題にならない。この方法によると、温度センサーの熱容量が試料に比べて無視できるほど小さく、試料に直接スパッタリングしているため、センサーと試料の間の熱損失を無視することができる。
【発明の効果】
【0112】
上述したように本発明によれば、以下の効果を得ることができる。
(1)液体中の浮遊細胞等の試料としての微粒子1個を誘電泳動法により確実に固定した状態で観察することができるため、迅速な温度変化の測定が可能になる。また、迅速な赤外線分析、二次元的(ないしは擬似三次元的)な赤外線分析が可能になる。
(2)微粒子1個を観察するため、迅速な赤外線分析が可能になる。
(3)二次元的(ないしは擬似三次元的)な赤外線分析が可能になる。
(4)温度波拡散の観測及び熱拡散率の測定が可能になる。
(5)試料の微粒子1個に対して電圧を印加することにより温度変化を与えることができ、微小温度変化を与えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0113】
【図1】本発明の実施形態を示す試料温度測定装置の概略構成の外観斜視図。
【図2】図1の試料固定容器の概略構成を示す分解斜視図。
【図3】図2のX−X’線に沿った縦断面図。
【図4】図2の試料固定容器を構成する試料固定基板を製作するための一般的なフォトリソグラフィーとエッチング方法を示す概略図。
【図5】実施例1で得られた微細孔に固定したマウスミエローマ細胞への交流電圧印加による微細孔中心位置の温度変化を示す熱分析結果のグラフ。
【図6】図1における試料固定容器の詳細構成の分解斜視図。
【図7】図6のY−Y’線に沿った縦断面図で、誘電泳動の原理を示す。
【図8】本発明における熱伝導率等の定義を説明するための、試料の模式斜視図。
【図9】本発明における非定常の熱伝導を説明するための、試料の模式斜視図。
【図10】(a)(b)は交流状の温度変化を試料に与えた際の温度変化測定例を示す模式的なグラフと模式的な位相差グラフ。
【図11】「熱的に厚い」、および「熱的に薄い」の概念を説明するための模式断面図。
【図12】薄膜温度センサーの回路図。
【図13】本発明の前提技術1の試料温度測定法に用いる試料温度測定装置のシステムの模式図。
【図14】交流電源電圧および測定シグナルの例を示す模式的グラフ。
【図15】(a)(b)は位相遅れおよび振幅の例を示す模式的グラフ。
【図16】本発明の前提技術2の試料温度測定方法に用いる試料温度測定装置の赤外線放射温度計(赤外線カメラ)、顕微鏡、データ処理装置、ステージ、温度コントローラの配置例を示す模式斜視図。
【図17】図16の試料温度測定方法に使用可能な試料の測定領域(a)、および交流熱源の配置の例(b)を示す模式平面図。
【図18】本発明の前提技術2の試料温度測定方法に使用可能な試料の微小部分の例を示す模式平面図。
【図19】本発明の前提技術2の試料温度測定方法に使用可能な試料領域(a)と、拡大部分(b)との関係の例を示す模式平面図。
【図20】本発明の前提技術3の試料温度測定方法に使用可能な画像取り込み装置の構成例を示すブロック図。
【図21】本発明の前提技術3の試料温度測定方法に使用可能な画像取り込み装置の構成例を示す模式図。
【図22】本発明の前提技術3の試料温度測定方法に使用可能な画像取り込み装置の構成例を示すブロック図。
【図23】前提例1で得られた血管内皮細胞(培養液中)の熱画像。
【図24】前提例1で得られた血管内皮細胞(DMSO中)の熱画像。
【図25】前提例1で得られた血管内皮細胞の熱分析結果(培養液中)を示す熱分析結果。
【図26】前提例1で得られた血管内皮細胞の熱分析結果(DMSO中)を示す熱分析結果。
【図27】図26を拡大した血管内皮細胞の熱分析結果(DMSO中)を示すグラフ。
【図28】前提例2で得られたポリビニルアルコールフィルムの電気的絶縁破壊時の昇温を示す熱画像およびグラフ。
【図29】前提例3で得られた三層ポリイミドフィルム断面の温度波伝搬を示す熱画像およびグラフ。
【図30】前提例3で得られた血管内皮細胞の熱分析結果を示すグラフ。
【図31】前提例4で得られたボロシリケイトガラス上の温度波の伝搬示す熱画像。
【図32】図24のデータを相関係数ならびにフーリエ変換して、ヒータをレファレンスとした時の位相遅れを示す熱画像。
【図33】図32で得られた位相変化と入力シグナルを解析して得た熱分析結果を示すグラフ。
【図34】前提例5で得られたガラス板上に塗布したITO薄膜上を流れる温度波を示す熱画像。
【図35】前提例6で得られた8%カーボンファイバー入りシリコンゴムフィルム(膜面に垂直 Orientedと表記、ランダムUnorientedと表記)の裏面に2Hzの交流温度波を与えた時の熱画像を解析した振幅像と位相像。
【図36】本発明の前提技術4の解析ソフトウェアの一例(前半部)を示すフローチャート。
【図37】図36のフローチャートに続くフローチャート。
【発明を実施するための最良の形態】
【0114】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。なお本発明は、この実施の形態に限定されるものではなく、発明の要旨を逸脱しない範囲で、任意に変更が可能であることは言うまでもない。
【0115】
本発明の実施形態を説明する前に、本発明に好適に用いることができる赤外線撮影光学系と画像取込装置の本発明の前提技術および前提技術による測定例を前提例として説明する。
【0116】
(前提技術1)
図12、図13は本発明の前提となる試料温度測定装置のシステム構成を示す前提技術1である。
【0117】
図13に示す試料温度測定装置50は、試料Sを交流で加熱するためのファンクション・シンセサイザー(ジェネレーター)51と、試料Sの裏面の温度変化を電流に変換するためのDCソース(直流電源)57(図12参照)と、試料Sの裏面における温度変化の特定の周波数のみを測定するためのロックイン・アンプ52と、試料Sを加熱/冷却するためのステージ(試料プレート)53と、ステージ53の温度をコントロールする温度コントローラ54と、試料Sをステージ53の所定位置に収納するためのサンプル・セル55と、薄膜温度センサー56(図12参照)に流れるDCソース57等をチェックするためのデジタル・マルチメーター(不図示)、各装置の制御およびデータ処理を行うためのパーソナルコンピュータ58により構成される。なお、ステージ53は冷却容器59内に配置されていて、クーリングシステム60により容器内の温度が制御され、また真空ポンプ61により容器内が真空にされる。
【0118】
また、試料温度測定装置50は、赤外線カメラ62により冷却容器59内の試料Sを撮影でき、赤外線カメラ62の撮影データをパーソナルコンピュータ等からなる専用ハードディスクを含むデータ取り込み装置63に出力する。
【0119】
図12は薄膜温度センサー56の回路図を示す。試料Sの温度センサー側で温度が変化すると、金属薄膜の抵抗値もその温度依存性により温度に比例して変化する。薄膜温度センサー56の回路には、直流電源(DCソース)57とダミー抵抗64が図示のように組み込んであり、金属薄膜の抵抗変化の交流成分を電圧の変化として、温度センサーと並列に組み込んだロックイン・アンプ52により測定する。
【0120】
スパッタリングの条件等により、薄膜温度センサー56の抵抗値の温度依存性も変化するが、温度の絶対値ではなく位相差により熱拡散率を求めるため、実質的に問題にならない。この構成によると、温度センサー56の熱容量が試料Sに比べて無視できるほど小さく、試料Sに直接スパッタリングしているため、センサー56と試料Sの間の熱損失を無視することができる。
【0121】
(前提技術2)
図16は、本発明に好適に使用可能な赤外線像拡大手段(顕微鏡等)65を備えた赤外線カメラ62の配置の一例を模式的に示した前提技術2の斜視図である。温度コントローラ54により温度制御されるホットステージ53に収容された試料Sを赤外線顕微鏡65で観察し、観察像を赤外線放射温度計である赤外線カメラ62により撮影し、撮影データをデータ処理装置63で処理する。
【0122】
この前提技術2では、試料Sとしては、例えば、図17(a)に模式的に示すような矩形(100μm×50μm)状とし、図17(b)に示すように、帯状(幅10μm)の交流熱源66が配置される。図18に模式的に示すような円で囲った測定領域Pで測定することができる。
【0123】
図19(a)および(b)は、試料Sの態様の一例を示す拡大図で、図19(a)に示す試料S(2mm×1mm)の測定領域Pの拡大した状態を図19(b)に示す。図19(b)に示した拡大部分(100μm×100μm)を2500画素で測定する場合には、1点の測定サイズは、2μm×2μmとなる。
【0124】
(前提技術1の測定例)
図13に示す前提技術1の試料温度測定装置50による通電で発生させた温度波の位相遅れの測定例を、図14および図15のグラフに模式的に示す。
【0125】
前提技術1における測定条件の一例を示す。なお、本前提技術1において好適に使用可能な条件の一例は、以下の通りであるが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0126】
(i)試料サイズ:□3.75μm〜20mm
(ii)試料厚み:0.01μm〜10mm
(iii)測定温度範囲:20℃〜350℃
(特別な仕様によれば、−269℃〜600℃)
(iv)昇温/降温速度 =0.1℃/分〜20℃/分(0.01℃/分〜2000℃/分)
(v)測定周波数範囲:0.01Hz〜l0MHz
(vi)交流加熱による試料の温度変化:0.1℃〜10℃。
【0127】
本前提技術2におけるその他の測定条件の一例を以下に示す。
(1)測定すべき試料を一定速度で昇温または降温させつつ、前記試料の少なくとも一部を赤外線顕微鏡より拡大し、赤外線放射温度計により前記拡大部分の温度分布を測定する態様において好適に使用可能な条件の例は、以下の通りである。
【0128】
(i)試料サイズ:□3.75μm〜20mm
(ii)試料厚み:1μm〜3mm
(iii)拡大倍率:1倍〜8倍
(iv)測定範囲:□7.5μm〜□1mm
(v)赤外線放射温度計サンプリング間隔:1フレーム/秒〜5500フレーム/秒 特に遅い方は制限がない
(vi)赤外線放射温度計分解能:10画素〜50000画素/一平方ミリ当たり
(vii)昇温/降温速度 =0.05℃/分〜2000℃/分
(2)測定すべき試料および参照試料を一定速度で昇温または降温させつつ、前記試料および参照試料の少なくとも一部を顕微鏡により拡大し、その際の温度変化を赤外線放射温度計により測定し、測定試料および参照試料の温度変化の差を比較することにより、試料のDTA分析を行う態様において好適に使用可能な条件の例は、以下の通りである。
【0129】
(i)較正試料:サファイア、窒化ボロン、ガラス状炭素
(3)(2)の熱分析を行いながら、測定すべき試料の一部を交流状に加熱して、距離d離れた位置に到達した温度波の位相差の遅れから熱拡散率を測定する態様。
【0130】
(i)接触型交流熱源の形成方法:スパッタリング、蒸着、接着等で金属抵抗または熱電対、サーミスタを取り付ける。
【0131】
(ii)接触型交流熱源の種類:金、銀、Ni、Al、Cr、Ni、C、Ti等
交流熱源に好適に使用可能な導電性物質は、電流を流すことでジュール熱により発熱するものである限り、特に制限されない。このような導電性物質の例としては、例えば、金、銀、白金、銅、鉄、亜鉛、アンチモン、イリジウム、クロメル、コンスタンタン、ニクロム、アルミニウム、クロム、ニッケル、カーボン等が挙げられる。
【0132】
また、これらの交流熱源および抵抗式温度計に用いる導電性薄膜は、試料との界面が無視できる程度に、その厚みは試料に比べて充分薄く、その熱容量は試料に比べて充分小さく、試料に完全に密着していることが好ましい。このような場合、試料の一方の面自体が交流熱源の変調周波数で交流発熱していると推定される(このような交流熱源の配置・利用の詳細に関しては、例えば特許第2591570号公報を参照することができる)。
【0133】
一方、試料の一部に交流温度波を与える方法として、光照射−吸収による非接触型交流加熱による方法も使用可能である。この場合、例えば、レーザー照射、集光した可視または赤外線光をそのままあるいは光チョッパーで変調して当てる方法が使用可能である。
【0134】
(前提技術3)
図20〜22は本発明において好適に使用可能な画像データ取り込み装置の構成を示す前提技術3の回路ブロック図である。
【0135】
図20において、画像データ取り込み装置であるデータ処理装置63は、赤外線測定手段である赤外線放射カメラ62に必要な指示(例えば、画面サイズ、フレームレート等)を与えるための操作パネル部70と、高速書込みのための大容量メモリ部71と、カードPC部72とを有している。
【0136】
大容量メモリ部71においては、ハードディスクをメモリの代用として使用しており、例えば、高速書込みに特化させるために、連続領域へのアクセスしか行わないように設定されている。
【0137】
カードPC部72は、大容量メモリ部71に蓄えられた画像データをバス経由で読み出し、例えば通常のファイルフォーマットに変換して、転送用のHDD73に保存する。このカードPC部72は、例えば、通常のPC(パーソナルコンピュータ)と同様の機能を有しており、解析用の外部PC74との通信を受け持つ。
【0138】
このような構成により、操作パネル70の指示により、赤外線測定手段62からのデータをデジタル信号としてディスクユニット(例えば、図20に示すように、バッファメモリ・HDD制御部71と、仮想メモリ用ハードディスク75と、カードPC72と、転送用ハードディスク73とを含む)に取り込み、赤外線測定手段62および前記ディスクユニットとを操作する。このように前記ディスクユニットに取り込まれたデータは、例えば、前記ディスクユニットと汎用インターフェイス(例えば、ethernet)により接続された解析用パーソナルコンピュータ74により行うことができる。
【0139】
なお、図21に示す画像取り込み装置は、操作パネル70と、ディスクユニット76(例えば、図20に示すように、バッファメモリ・HDD制御部71と、仮想メモリ用ハードディスク75と、カードPC72と、転送用ハードディスク73とを含む)に電源を組み込んだ構成としている。
【0140】
本前提技術3において、画像データ取り込み装置63に使用すべき画像データ取り込みボードは特に制限されないが、以下の点が満たされることが好ましい。
(1)記憶時間を出来る限り長くできる点からは、PC本体のメモリに取り込むよりも、PCとは別個に設けたメモリに取り込むことが好ましい。
(2)取り込み速度を速くし、且つ上書き機能をも具備させる点からは、HDDを補助記憶として使用するタイプよりも、HDDをメインの記憶として使用することが好ましい。
(3)ハードディスクを用いる場合、ヘッド移動や命令発行時間が必要で、その間の記録ミスを防ぐため、バッファメモリおよび複数のハードディスク搭載が好ましい。
(4)取り込み制御をPC上の専用ソフトウェアで行うことを必須でなくする点からは、PC上のスロットに装着するタイプでない方が好ましい。
【0141】
次に、熱分析用赤外線画像を高速でとりこむための装置構成の例及び、高速熱現象解析の例について述べる。
【0142】
一般に、分析用データは圧縮が難しく、例えば、TIFファイル等の非圧縮フォーマットで保存することが極めて好ましい。従来の記録は、PC(パーソナルコンピュータ)が有するRAMに書き込む方式であったため、高速かつ容量の多い画像は短時間しか撮影できなかった。
【0143】
これに対して、本前提技術3においては、例えば、同一時刻のセンサー強度を表示する従来の赤外線カメラに加え、データを取り込んで加工を施し、時刻をずらせることにより、差分画像、最適値のプロット、あるいは時間軸方向へ計算した結果(各ピクセルで時間軸で自己相関やフーリエ変換を行った結果)を表示できるようにすることができる。
【0144】
本前提技術3においては、例えば、256×256フレームの画像で、14ビットデータを毎秒1000コマ取り込むことができる。画像データ取り込み装置は、図22の画像取込装置のブロック図に示すように、赤外線カメラ62の出力を専用CPUでハードディスク(仮想メモリ用HDD75)ヘ直接書き込むもので、ストレージ時間はハードディスクの容量による(すなわち、容易に大容量とできる)。また、一定量のメモリに対して上書きすることで、エンドレス録画ができる。なお、77はバッファメモリ、78はLCDモニタ、79はビデオ切替部、80はスキャン変換部である。
【0145】
赤外線カメラ制御部は、各カメラの特性に応じて、毎秒のフレーム数、シャッター速度、撮影間隔、ダイナミックレンジ、感度補正等を設定できる。
【0146】
全体の精度を決定する赤外線カメラ(CCDカメラ)のスペックとしては、以下のようなものが好適に使用可能である。ただし、いうまでもなく、本発明は下記スペックに限定されるものではない。
【0147】
・レイセオン社ラディアンスHS型
・ピクセル数は256*256
・1つの素子は30μmのInSnセンサーで構成
・レンズは4倍のシリコンゲルマニウムレンズを使用
・空間解像力 7.5μm
・温度解像力0.025℃
・時間解像力 0.2ms 最大
温度計測には、CCD素子のアンプ込みの感度むら、ドット抜け、窓材・レンズを通した光量低下、レンズの口径食や周辺光量低下、サンブルの反射率や輻射率等を補正することが好ましい。このため、擬似黒体板の温度を幾つか設定して面全体が均一温度と仮定する方法で構成することが好ましい。同時に赤外線カメラに内蔵する補正用温度板も使用することができる。100度程度の狭い範囲でシュテファン・ボルツマン則が成り立つと仮定して、受光量を温度へ換算することができる。この装置により、高速熱現象や突発的現象の解析が可能となる。例えば、突然の急激な発熱をモニターでき、および/又は周期加熱の時間分解能を増大させることができる。
【0148】
(前提技術4)
図36および図37は前提技術4を示すフローチャートで、前提技術1〜3において取り込んだ赤外画像の解析ソフトウェアである。
【0149】
取り込んだ画像は、ある瞬問の画像の時系列スタックである。これらの画像を解析するためのソフトウェアは特に制限されない。図36および図37(図36および37は、連続したフローチャートである)は、本発明において好適に使用可能なソフトウェアのフローチャートの一例を示す。
【0150】
本前提技術4に示すソフトウェアにおいては、上記の温度較正を可能な限り厳密に行い、少なくとも温度変化については正確を期することが好ましい。ピクセルごとの感度補正を行い、不良のピクセルをのぞく周囲の値、例えば両隣4つの平均で置き換えることで画像修正を行う。絶対値については幅射温度計測特有の問題点、被測定物の反射率、幅射率の測定誤差を含む。
【0151】
各ピクセルについて温度の時間変化を抽出し、画像内256*256のCCDでは6万数千点の位置での温度変化を、時間の関数で書き出すことができる。次いで、これらの時間データに対し、周期を指定して、自己相関係数またはフーリエ変換を施して、基準点との差として求めることがすべての点で可能である。例えば、ある点(線または面)で交流的な温度変化を与え、その波の伝搬状況を測定画像内で捉え、画面内の指定したピクセルをレファレンスとして、ロックインすることができる。すなわち、レファレンス位置での温度波と各ピクセルで観測される温度波との位相遅れを全画面について描画することが可能である。これは平面状試料の裏面で交流発熱させ、試料中を伝搬してきた時の表面での温度分布ならびに位相遅れと振幅を同時に観測描画できる。
【0152】
次に本前提技術4におけるデータ取込時の動作の一例について述べる。上記した前提技術1〜3の一態様において使用したHDD+バッファメモリ+FPGA(CPLD)構成の動作は以下のとおりである。
(1)赤外線カメラからのデジタル信号を受け取り、同期信号部分を除いた部分(画像データの部分)をバッファメモリに格納する。
(2)バッファメモリの内容をHDDの書き込みタイミングにあわせて送出し、HDDに書き込む。
(3)再生時には、外部に接続したPC等に画像データを送出する(この態様においては、取り込みと再生を同時に行わなかった)。
【0153】
この態様においては、画像データが14bitであるのに対し、HDDに記録できるデータは16bitであり、他のデータを記録する余地があった。そこで、余剰bitに画像1コマおきに反転する信号を記録させた。読み取りの際に、この信号を監視することで画像データの開始位置がわかり、また信号の反転−反転間のデータ数から画像のサイズがわかるため、記録中に信号が途切れたり、画像のサイズを変更したとしても問題なく再生できるという利点がある。
【0154】
本態様において使用した部品等の詳細は、以下のとおりであった。いうまでもなく、本発明は下記部品等に限定されるものではない。
【0155】
・HDD
ATAハードディスクドライブ(通常のPC用の接続端子を持ったHDDの意味)。好適な条件としては80Gバイト以上の容量を持つ回転数7200RPM以上のHDDを2台以上使用し、並列に書き込み動作を行うこと。HDDの例としては、IBM社(HITACH1)製 IC35L090AVV が例示できる。
【0156】
・CPU
200MHz以上で動作する32BitCPU。実際には、画像取り込みボードにもCPUが搭載されていてもよい(後述するFPGA等)。取り込み装置全体においては、通常のPCに使用するCPUが載っているものを使用可能である(具体名 Intel社 Pentium)。
【0157】
ここで、FPGA(CPLD)とは、何度でも内蔵プログラムを書き換える事ができるICである。このFPGAは、CPUが一般に苦手な処理(単機能だが高速処理を必要とする場合)に多用されるものをいう。FPGA=Field Programmable Gate Arrayの略であり、CPLD=Complex Programmable Logic Deviceの略である(いずれもXlilinx社、Altera社の商標である)。通常の用語では、「ゲートアレイ」又は「プログラマブルロジック」となる。これらの動作はプログラム次第である(買ったままのFPGAのチップは何もプログラムされておらず、当然何も実行しない)。HDDそれ自体のみでは、通常は、連続した信号を記録できない(ヘッド移動時間・命令発行時間等が必要なため、通常は「待ち時間」が発生する)。そこで、上記した本発明の態様においては、信号−HDD間にバッファメモリを持たせ、HDDが反応できない期間のデータはメモリに格納し、HDDが反応できる期間に高速で(赤外線カメラから来るデータレートよりも速く)書き込むことで、全体として過不足を補っている。上記態様におけるFPGAの行う主な機能は上述した通りであるが、FPGAは他にも、HDDに書き込み動作を起こさせるための命令を発行する事、読み出し(再生)時にHDDからのデータを読み取り、外部に送出する機能を有する。FPGAの例としては、Xlilinx社製spartan2 XC2S100があげられる。
【0158】
・バッファメモリ
好適な条件としては、アクセス速度12ns以下の高速スタティツクRAM等が好ましい。具体には、Cypress社製CY7C−1041があげられる。
【0159】
上記した前提技術1〜4について、さらに以下の態様が可能である。
【0160】
1.観測用に窓のついた小型真空容器中に測定試料を取り付け、試料台の窓は、サンプルの状況に応じ上部、下部、または横に取り付けてもよい。この小型真空容器中に取り付けた試料を赤外線カメラで観測し、温度変化を測定できる。温度変化をできるだけ精密または高感度に測定するため、試料表面を研磨して平滑にして黒体塗料を塗布すること、試料雰囲気を減圧すること、カメラ方向以外で容器等からの輻射を防ぐ方策を講じる等で、良好な再現性がえられる。このため、試料表面に黒体スプレー、ビスマス等の金属の蒸着(スパッタリング)等輻射率の大きな物質を塗布してもよい。
【0161】
2.次に本発明における有限要素法または差分法によるシミュレーション結果との逐次比較法について述べる。輻射温度計測の本質的な問題は、測定環境を単純な境界条件と見なすことができず、熱拡散方程式の解を用いた熱拡散率へ換算ができないことである。これはたとえば下地の基盤、周囲の空気等、試料の測定条件によってことなる点にある。この影響を知る方法として有限要素法によるシミュレーシションによって結果と逐次比較することで、物性値や計測値へ換算することができるようなる。
【0162】
3.次に本発明における交流温度の伝搬過程のフーリエ解析について述べる。本発明においては、交流温度の伝搬過程をフーリエ解析して、面内任意の方向の熱物性測定することができる。例えば、面状試料の一部を交流的(周波数f)に加熱し温度波を拡散させ、全体の温度変化を赤外線カメラで観測する。このとき面内の各部位に対応する赤外線カメラ側の各ピクセルは、周波数fをもった時間変化として検出される。各点の温度変化へ換箪し、時間に対してフーリエ変換すると、与えられた温度波の周波数成分を必ず含み、その成分の位相は、面内の任意の点をレファレンスにして、レファレンス点からの位相遅れとしてプロットすることができる。この位相遅れから、2つのピクセルが周囲の影響を無視できる近距離ならが熱拡散率が直読される。また与えた交流が三角波等の様に、主周波数の高調波を含んでいると、複数の周波数で同時測定できることになる。このとき周波数の平方根と位相遅れは直線的になりその勾配から熱拡散率が求められる。例えば、測定を2次元的に行っている場合には、面内の任意の箇所で熱拡散率が求められる。従来は平均値として求めていたものが、試料内の異物、密度むら、残留応力分布、空孔等で変化する様子が把握できる。
【0163】
4.次に本発明における支持膜上の薄膜の熱拡散率測定法について述べる。小試料や薄膜の熱拡散率や熱伝導率について、赤外線カメラを用い位置分解能、温度分解能、非接触性等の利点を生かして、ガラス板、シリコンウエハ上の金属薄膜の伝熱挙動を解析できる。このような系で赤外線力メラを用い、表面の温度波の伝搬挙動を観測した場合、測定される表面温度の変化は、下地であるガラス相の影響を受け、単純な熱拡散方程式の解でフィッティングすることができない。薄膜の熱拡散率や熱伝導率についての問題点を有限要素法解析を交えて検討することができる。
【0164】
5.次に本発明における導電性物質薄膜塗布ガラスの解析への適用する方法について述べる。例えば、クロム、アルミニウム、金、白金、ネサガラス等の導電性物質薄膜塗布ガラスの解析へ、本発明を適用することができる。測定装置薄膜が金属等のように導電性を帯びているとき、膜のついていない部分にヒータ用の電極をスパッタリングするか、全面に高分子薄膜、二酸化シリコン等の絶緑体を薄く塗布してから微少な電極を取り付けてジュール発熱させる。通電してジュール発熱させ温度波の周波数を試料の熱拡散長さを勘案して0.01〜1kHzの適当な値とし、伝搬させる距離に応じた振幅(1℃程度)の交流波(例えば正弦波)として与えられ、試料裏面に到達した温度波は、金属薄膜抵抗の変化として観測され、ロックイン・アンプで検出される。測定データからは、温度波の振幅減衰と位相遅れが求められるが、位相遅れから試料の熱拡散率が直接に決定される。また振幅には熱伝導率または体積比熱の情報が含まれており、与えた絶対熱量を通電量等から計算し、振幅データと位相データから求めることができる。この方法は、塩水溶液等導電液体にも応用することができる。
【0165】
6.また本発明を用いる事で試料の厚みむらを計測することも可能である。ほぼ平行とみなせる平板試料について、裏面全体に電極を塗布し、熱拡散長さを勘案した周波数の温度波を与える。上面で温度変化を時間の関数で測定、位相解析することで、厚さの薄いところの位相変化が少なく、厚いところの位相変化が大きいので厚さむらを画像として得ることができる。また同一試料で厚さが違うだけならば、熱拡散率が既知であるとすれば、厚さを決定することができる。
【0166】
7.また本発明の試料温度測定装置は、赤外線画像を取得中に、ジャストフォーカスを含めてピント位置を移動させることができる。これは赤外線カメラ側のレンズを繰り出すか、試料面を前後させることで実現させる。このときのピント面の移動は一定速度が望ましく、また交流的に行うことが好ましい。こうして得た画像は、各ピクセルごとにジャストフォーカスを中心に受光強度が変化する。この極値を自己相関係数処理することで、全面面でもとめ再描画すると、全面にフォーカスが合った像が得られる。また温度を変えながら上記の操作を繰り返し、つねに差分面像をモニターすることで、融解・昇華・反応等で変形等が高速で解析できる。
【0167】
(前提例1)
生体材料の凍結・融解過程の熱解析法として、細胞冷凍保存液中における細胞冷凍の生死判別における高速顕微2次元熱分析の応用例を前提例1として示す。
【0168】
前提例1は、1細胞を対象に温度変化を検知する熱分析及び、温度波の拡散挙動から熱拡散率を測定する赤外線顕微鏡システムである上記した前提技術1の試料温度測定装置を用いた。
【0169】
試料サイズと熱ショック
前提例1に用いた測定試料のサイズは標準で2mm角であるが、1つの細胞サイズとしてはおよそ10×10μm程度を測定対象とした。本前提例1では、熱ショックによる細胞の破壊と物性値の変化に着目し、室温から−20℃程度までの冷却を何サイクルか繰り返した。赤外線カメラ1での計測は、細胞単位での温度計測を冷却固化過程で試みた。
【0170】
試料温度測定装置の具体的構成
輻射、熱伝導の影響を考慮して設計した専用の冷却容器内のステージに試料を静置し、高速冷却および昇温過程の赤外線画像を2.7ms毎に撮影した。試料温度は、ペルチエ素子を用いて温度制御された冷却容器内の観察用ステージ上に静置した。また、走査温度範囲は室温から−25℃付近である。凍結過程の見かけの冷却速度は約0.1〜1000℃/minで制御可能であるが、典型的には50℃/minとした。温度の絶対値の決定は比較的に困難であるが、黒色塗料を塗布した試料台の温度を一定に保ち、そのときの台に取り付けた白金抵抗温度計の読み値で較正した。
【0171】
試料プレートの温度は、−30℃から室温まで可変となっている。顕微鏡赤外線カメラとして、赤外線カメラに赤外線顕微鏡レンズを取り付け、1mm角程度の部分を256×256画素に分割して測定した。全体の画面を録画するとともに、各部分(各ピクセル)の温度変化(色の変化)を数値化し時聞(温度)の関数として測定した。変化のみを抽出するため、現画面から1つ前の画像を差し引いた差分画像を中心に検討できる。
【0172】
以下に赤外線カメラに用いたカメラ(CCDカメラ)の仕様及び測定条件を示した。
【0173】
・CCD素子:InSbレイセオン社
・フレーム数:100〜5000/sec
・ピクセル数:256×256
・空間解像度:7.5μm
・温度解像度: 0.025K
・冷却速度 :50℃/sec
・カメラの感度は測定温度域で補正可能である。
【0174】
この前提例1では、顕微鏡赤外線カメラを用いて、融解・凝固過程の2次元熱分析が行えることを明らかした。面情報は従来の熱分析では得られず、構造が複雑な生体材料などでは、凝固、融解の挙動が細胞単位、さらに内部の細かなレベルで分離して得られることを明らかにした。
【0175】
試料は、培養液中の細胞を繰り返して測定したもの、保存液であるDMSO(ジメチルスルホオシキド)10%水溶液を添加したものを比較して、それらの影響が顕微鏡赤外線カメラでどのように観測されるかを検討した。
【0176】
本前提例1の試料温度測定装置における顕微鏡赤外線カメラの高い空間解像力と高速性を利用して、細胞の凍結過程を画像解析により検討した。細胞内のピクセル1つについて見ると、約4℃の昇温で、かつ立ち上がりからピークまでの時間は約1.5msec以下であることが判明した。赤外線画像解析において、培養液中での細胞の凝固結品化は明瞭に細胞単位でおこる事が確認された。
【0177】
測定試料としウシ血管内皮細胞を用い、培養液中および保存液中で、冷凍、融解過程を繰り返した場合の細胞1個あたりの凝固潜熱の発生の検出から、細胞の生死を判定した。
【0178】
以下に培養液の組成 Hepes、Earles Salt等を示した。
【0179】
・保存液 培養液の組成をベースにしたDMSO10%水溶液
・細胞濃度 1× 10個/ml
・観察に使用する細胞液の量 1μL
・赤外線画像観察条件 シャッタースピード2.7ms、128×128画素
・冷却速度 80℃/min
前提例1の測定データとして、ウシ血管内皮細胞培養液中 1回目冷却凝固過程の赤外線画像を図23(a)に、ウシ血管内皮細胞培養液中 2回目冷却擬固過程の赤外線画像を図23(b)に、ウシ血管内皮細胞DMSO10%水溶液中1回目冷却凝固過程の赤外線画像を図24(a)に、ウシ血管内皮細胞DMSO10%水溶液中2回目冷却凝固過程の赤外線画像を図24(b)に示した。
【0180】
また取得した赤外線画像について、各ピクセルの温度変化を時間の関数として展開し、それぞれの熱画像中に記した場所での熱分析(図中ではDTAと表記)を行った。結果は、培養液中の結果を図25、DMSO溶液添加の場合を図26に示した。
【0181】
培養液中で凝固・融解を繰り返すと、2回目以降は、細胞単位の明瞭な凝固結晶化による温度上昇は認められなくなった。この現象は、保存液を含まない培養液中での、細胞の凍結過程では、相変化に伴う体積変化等の要因により、細胞が破壊し周囲の液体に溶け込んでしまったことに対応する。食塩水中などでも同様な結果であった。
【0182】
また、ウシ血管内皮細胞をDMSO10%水溶液中に漬けた1回目冷却凝固過程の赤外線画像の例を図26、および図27に示した。保存液中の場合も、培養液中の場合と同様に、細胞の凍結がおこる直前に、保存液の冷却結晶化による温度上昇が認められたが、培養液の場合に比べると、保存液の結晶化の時問に対する変化速度は緩やかであった。細胞単位の冷却凝固による温度上昇も一部観測されたが、培養液の場合に比べて、潜熱発生の観測される細胞個数は激滅し、またその温度変化幅も微弱となり、保存液中での細胞の冷却凝固過程が大きく変化していることが、明らかになった。
【0183】
図26(a)は、DMSO溶液中の血管内皮細胞の冷凍過程の熱分析画像(冷凍1回目)である。図26(b)は、DMSO溶液中の血管内皮細胞の冷凍過程の熱分析画像(冷凍2回目)である。図27は、DMSO溶液中の血管内皮細胞の冷凍過程の熱分析画像(冷凍2回目)である(温度上昇は、単一細胞あたり0.4〜0.6℃)。
【0184】
培養液、および保存液中での細胞凍結過程では、冷却の初期で溶液の凍結による昇温が先に観察され、次いで細胞の凍結による発熱が観測された。これは1ピクセル、すなわち7.5μm以下のサイズで、測定限界以下で発熱が起こっている事を示している。また培養液中では、細胞の凍結による温度上昇は第1回目にのみ観察され、2回目以降は全く観測されないのに対し、保存液中では2回目以降も温度上昇が観察された。保存液中での細胞の潜熱発生による温度上昇は微小で、その観測される個数の全体に対する割合も少ない。このように本方法では、微細な部分を高い時問分解能と、温度分解能により、非接触状態において、温度計測が可能であることを明らかにした。
【0185】
また保存液中の場合も、培養液中の場合と同様に、細胞の凍結がおこる直前に、保存液の冷却結晶化による温度上昇が認められたが、培養液の場合に比べると、保存液の結晶化の時間に対する変化速度は緩やかであった。細胞単位の冷却凝固による温度上昇も一部観測されたが、培養液の場合に比べて、潜熱発生の観測される細胞個数は激減し、またその温度変化幅も微弱となり、保存液中での細胞の冷却凝固過程が大きく変化していることが、明らかになった。
【0186】
実際に計測したノイズレベルを考慮して、本実験温度範囲での測定感度はおよそ70mK程度と見積もられた。また、本実験系での、輻射強度 温度の関係から、細胞1つ当たりの冷却凝固過程の潜熱発生による温度上昇を計算したところ、培養液中では、細胞1つあたり、約4℃の上昇を示すのに対し、保存液中では0.4〜0.6℃であることが判明した。
【0187】
以下、本前提例1の顕微鏡赤外線カメラを用いた、血管内皮細胞の細胞単位の凍結過程の熱分析についてまとめた。
1.培養液、および保存液中の血管内皮細胞について、凍結過程の潜熱発生による湿度上昇を、細胞単位で観測すること、すなわち細胞単位の凍結過程熱分析を可能とした。
2.細胞凍結は、溶液の凍結に対して、いずれの場合も時間遅れを示し、溶液が凍結した後に、細胞単位で凍結した。
3.培養液、保存液の種類により、細胞凍結の様式に明らかな相違が認められた。培養液中での細胞凍結は、第1回目の冷却に限り、細胞ごとに明瞭な発熱を発生させるが、2回目以降は、潜熱発生は認められなかった。一方、保存液中では、細胞ごとの凍結に伴う潜熱発生は、その発生数・強度ともに大幅に減少するが、冷却を繰り返しても、潜熱発生は引き続き観測可能であった。保存液中での、細胞単位の潜熱発生に伴う温度上昇は、培養液中の場合の温度上昇に比べて、約1/10であった。
4.細胞は、細胞内液の凍結による体積膨張で膜がダメージを受けることが知られている。このため保存液が用いられるが、DMSO、グリセリン、エチレングリコール、アルコール類、糖、など水と水素結合的な結びつけをして結晶化を妨げるのが有効とされている。本測定装置では細胞一つ一つについて凍結状況が把握でき、またコントロール(たとえば培養液だけの堀合など)の温度上昇と比較することで、結晶化の阻害の程度をスクリーニングすることができた。
【0188】
すなわち、各細胞と保存液の無限の組み合わせを、迅速に比較検討できた。実際に極低温で保存してから蘇生させる現在の方法に比べ遙かに高速であり、また、細胞の対温度特性の分布を知る方法として有効であることが示せた。
5.昇温過程の融解解析を合わせ、昇温時の再結晶化によるダメージを推定できる事が示された。
【0189】
(前提例2)
厚さ1μmの分子量5000のポリビニルアルコール薄膜の一方の面を金電極、もう一方の赤外線カメラ側をネサガラスとしてはさみ、電界強度を100kV/cmから増大させた。なお、前提技術2を用いて撮影した。
【0190】
その際の赤外線像を観測すると、ある電界強度(おおむね700kV/cm)で絶縁破壊が起こり、突然発熱が観測された。このときの立ち上がり速度は、観測速度を超えた高速であった。また、通電を続けると発熱は一定せず変化の様子が観測され(図28中の記号1)、電圧印加を停止すると温度上昇が止まった。さらに、伝熱によって同心円状に温度勾配が観測された。図28中のpoint2、3は発光位置からわずかにずれた位置であるが、温度上昇は数度以内と少なかった。このときの中心部記号1での温度上昇は約120℃、絶縁破壊箇所は1ピクセル(7.5μm以下)であることがわかった。本前提例2によれば、このような突発現象を明確に捉えることができる事が示された。従って本前提例2では、温度変化を捉えることで絶縁破壊現象を解析することができる事が示された。これは、液晶、EL素子、等電圧印加型表示素子の安定性評価モニターにも応用できる。
【0191】
(前提例3)
図29は前提例3の結果を示す。
【0192】
前提例3は、ポリイミドフィルム(デュポンカプトン)を3層重ね、接着剤サンハヤト、アピエゾングリース、KS613等で貼り合わせて圧着した試料について、一方の面に薄膜ヒータを取り付け交流発熱させた。なお、前提技術2を用いて撮影した。
【0193】
断面方向から各層の温度変化を読みとると、図29(a)中に示した位置での温度変化はいずれも与えられた正弦波と同じ周波数で、図29(b)に示すように位相が遅れ、振幅が減衰した。
【0194】
ヒータ位置をレファレンスにして、位相変化量と強度変化量を再プロットした結果を図30に示す。これらの位相を位置に対してプロットすると、図30のように、全体的には一定勾配で変化しているが、それぞれの張り合わせ界面では不連続性が観測された。これは界面熱抵抗によるもので、従来法では観測されにくく、上記した前提技術2による温度波伝搬の位相像からのみはっきり観測できる事が示された。また各層内部での位相遅れから各層の熱拡散率を決定できる。
【0195】
(前提例4)
前提例4は、面状試料の一部を交流的(周波数fの三角波)に加熱し温度波を拡散させ、全体の温度変化を赤外線カメラで観測したものである。なお、前提技術2を用いて撮影した。
【0196】
図31は、温度プロフィール(Real Image)、温度波の振幅(Amp)、時間内で最高温度(High Peak)、最低温度(Low peak)を示した。このとき面内の各部位に対応する赤外線カメラ側の各ピクセルは、周波数fおよびその高調波成分をもった時間変化として検出された。各点の温度変化へ換算し、時間に対して自己相関係数を求めるか、フーリエ変換すると、与えられた温度波の周波数成分を必ず含み、その成分の位相は、面内の任意の点(ここでは画面右側のヒータ上の一点をレファレンスにして、レファレンス点からの位相遅れとしてプロットすることができる(図32))。図32(b)の位相遅れから、2つのピクセルが周囲の影響を無視できる近距離ならば、熱拡散率を直読する事ができる。
【0197】
また与えた交流が三角波等の様に、主周波数の高調波成分を含んでいると、複数の周波数で同時測定できる。図32(c)(d)はそれぞれ、2次、3次の高調波について位相遅れをプロットしたものである。このとき周波数の平方根と位相遅れは直線的になりその勾配から、各点での熱拡散率が求められる。いま測定を2次元的に行っているので、面内の任意の箇所で熱拡散率が求められることになる。従来は平均値として求めていた熱拡散率が、局所的に測定できることで、試料内の異物、密度むら、残留応力分布、空孔等で変化する様子を顕微鏡的に把握できる事が示された。
【0198】
(前提例5)
前提例5は、支持膜上の薄膜の熱拡散率測定を行ったものである。なお、前提技術2を用いて撮影した。
【0199】
小試料や薄膜の熱拡散率や熱伝導率について、赤外線カメラを用い位置分解能、温度分解能、非接触性等の利点を生かして、ガラス板、シリコンウエハ上の金属薄膜や導電性物質の伝熱挙動を解析できる。
【0200】
このような系で赤外線カメラを用い、表面の温度波の伝搬挙動を観測した場合、測定される表面温度の変化は、下地であるガラス相の影響を受け、単純な熱拡散方程式の解でフィッティングすることができない。薄膜の熱拡散率や熱伝導率についての問題点について有限要素法解析を交えて検討する方法を提案するものである。クロム、アルミニウム、金、白金、ネサガラス(ITO)等の導電性物質薄膜塗布ガラスの解析への適用する方法が典型的応用である。
【0201】
薄膜が金属等のように導電性を帯びているとき、膜のついていない部分にヒータ用の電極をスパッタリングするか、全面に高分子薄膜、二酸化シリコン等の絶縁体を薄く塗布してから、微少な電極を取り付けてジュール発熱させる。通電してジュール発熱させ温度波の周波数を試料の熱拡散長さを勘案して0.01〜1kHzの適当な値とし、伝搬させる距離に応じた振幅(1℃程度)の交流波、例えば正弦波として与えられ面状を拡散していく。
【0202】
図34はガラス板上に塗布されたITO膜の温度波の伝搬を赤外線カメラで見た例を示した。図34(a)は振幅像であり、図34(b)は位相像である。
【0203】
図34(a)(b)において、図の右側にヒータがあり、図中右側のヒータからガラス板に熱が伝わり、ITO膜へ熱が伝わっている様子が示された。赤外線カメラにより撮影したこの測定データからは、温度波の振幅減衰と位相遅れが求められるが、位相遅れから試料の熱拡散率が直接決定する事ができる。
【0204】
また振幅には熱伝導率または体積比熱の情報が含まれており、与えた絶対熱量を通電量等から計算し、振幅データと位相データから求める事ができる。この方法は、塩水溶液等導電液体にも応用できる。
【0205】
(前提例6)
前提例6は、ほぼ平行とみなせる平板試料について、平板試料の裏面全体に電極を塗布し、熱拡散長さを勘案した周波数の温度波を与えるものである。なお、前提技術2を用いて撮影した。
【0206】
前提例6では、試料の上面で温度の時間的変化を測定、位相解析することで、厚さの薄いところの位相変化が少なく、厚いところで位相変化が大きいので厚さむらを画像として得ることができる。また、同一試料で厚さが違うだけならば、熱拡散率が既知であるとすれば、厚さを決定することができる。
【0207】
前提例6として、図35は、カーボンファイバーが8%混入されたシリコンゴムを試料とし、この試料の表面に伝わって来た温度波を観測した結果である。これらの温度波は、膜面に垂直方向に測定したものをOrientedと表記し(図35(a)および(b))、ランダムのものをUnorientedと表記して(図35(c)および(d))示した。これらは、試料フィルム等の裏面に2Hzの交流温度波を与えた時の熱画像を解析した振幅像(図35(a)および(c))と位相像(図35(b)および(d))を示している。
【0208】
これらの図においては、試料の温度を計測したのではなく、与えられた周波数の温度波の振幅ampと位相をプロットした。図35(a)〜(d)において、図中の左にヒータがあり、そのため振幅は明るく位相は黒く表示されている。とくに位相ではヒータから遠くなると位相がずれていく様子が分かった。また、振幅像では熱が伝わりやすい箇所(カーボンファイバーが多い)とそうでない部分がわかった。本前提例6は、温度の伝わり方から内部構造を知る温度波顕微鏡としての応用例を示したものである。
【0209】
以上が本発明の前提となる前提技術および前提例であるが、本発明は、これら前提技術及び前提例における赤外線像拡大手段である赤外線顕微鏡と、赤外線像撮影手段である赤外線カメラからなる赤外線撮影光学系を用いて試料を撮影し、画像取込装置に画像を取り込むものである。
【0210】
(発明の実施形態)
以下に、本発明の実施形態を説明する。
【0211】
図1〜図7は本発明による試料温度測定装置の実施形態を示す。本実施形態は、試料が例えば細胞等の微粒子の懸濁液の場合に、微粒子1個ごとの温度変化を分析可能とする試料温度測定装置を示す。
試料温度測定装置の構成
図1は、本実施形態による試料温度測定装置の概念図を示す。この試料温度測定装置100は、大きく分けて、試料固定基板である試料固定容器6と電源7及び試料温度分析装置とにより構成している。前記試料温度分析装置は、赤外線放射温度計(赤外線カメラ)1と、赤外線カメラ2が装着される顕微鏡2と、赤外線カメラ1の撮影データを処理するデータ処理装置3と、試料固定容器6が保持されるステージ4から構成される。
【0212】
試料固定容器6の構成
試料固定容器6は、図2に示すように、第2の電極をなす上部電極12と第1の電極をなす下部電極11の間に、スペーサー(第1の電極と第2の電極間に、試料を含む液体等を収容する領域を形成する)13を配置し、複数の微細孔9をアレイ状に形成した絶縁体10をスペーサー13と下部電極11で挟んだ構造を有する。なお、後述するように、微細孔9は、下部電極11上に配置した絶縁膜に一般的なフォトリソグラフィーとエッチングにより形成することができる。
【0213】
上部電極12と下部電極11の構成
上部電極12は第2の基板であるパイレックス(登録商標)ガラス板5(図2および図6においては図示を省略)に、下部電極11は第1の基板であるサファイアのガラス板20(図2においては図示を省略)に、それぞれITOを成膜したものを用いることができる。
【0214】
スペーサー13の構成
スペーサー13はシリコンシートの中央に試料領域8が開口形成されている。また、図2に示すように、スペーサー13には、試料領域8に試料を導入、排出するために、試料を導入する導入流路16及びそれに連通する導入口14と、試料を排出する排出流路17及びそれに連通する排出口15が設けられている。
【0215】
絶縁体10の具体的構成
複数の微細孔9を有する絶縁体10は、図4に示すフォトリソグラフィーとエッチングによる方法によりガラス板20上の下部電極11に一体形成により作製される。この一体成形は以下の方法により行える。
【0216】
初めに、ITO19を成膜したガラス板20のITO成膜面にレジスト21を10μmの膜厚になるようスピンコーターを用いて塗布し、45分自然乾燥後、ホットプレートを用いてプリベーク(80℃、15分)を行った。レジストにはエポキシ系のネガタイプレジストを用いた。
【0217】
次に、縦30mm×横30mmのエリアに、微細孔と微細孔の縦と横の間隔が30μmで、縦1000個×横1000個のアレイ状に並べた直径φ10μmの微細孔パターンを描いた露光用フォトマスク22を用いて、UV露光機23にてレジスト21を露光し、現像液25で現像した。露光時間と現像時間は、微細孔9の深さがレジスト21の膜厚と等しい10μmになるように調整し、微細孔9の底面にITO19が露出するようにした。現像後、ホットプレートを用いてポストベーク(115℃、30分)を行い、レジスト21を固めた。
【0218】
このようにして作製した下部電極11、スペーサー13、微細孔9付き絶縁体一体型下部電極部(以下、下部電極部とする)24を図3のように積層し圧着した。
【0219】
図3は、図2に示した試料固定容器6のx−x‘線に沿った縦断面図である。図3において、スペーサー13であるシリコンシートの表面は粘着性があり、圧着することで各部品は密着し、試料を含有した試料溶液を漏れなく試料固定容器6の中に入れることができた。スペーサー13の試料領域8の面積が縦20mm×横20mmであることから、この所定サイズの試料領域8内に存在する微細孔9の数は約40万個である。
【0220】
本実施形態では、この下部電極部24に形成した微細孔9に細胞を固定し、下部電極11側から顕微鏡2を通して赤外線カメラ1で試料を測定する。従って、下部電極11の基材であるガラス板20をサファイアガラスとする事で、上部電極12の基材をなすパイレックスガラスに比べて赤外線の吸収を抑えることができ、浮遊細胞の1細胞を対象にした細胞膜の絶縁破壊プロセスにおける熱的解析を実施することが可能となる。
【0221】
試料の固定方法
細胞接着試薬(例えば抗体としての細胞接着試薬、ポリ‐L‐リジン)により微細孔9の中に固定した細胞を微細孔9の底面に接着している。したがって、容器6内の溶媒の温度上昇による熱対流が生じても、あるいは後述するように、細胞を微細孔9から脱離させる方向に作用する負の誘電泳動力が細胞に作用しても、細胞が微細孔9から出る事を抑制できるようにしている。
【0222】
電源7の構成
上部電極12と下部電極11の間に電圧を印加する電源7は、上部電極12と下部電極11の電極間に周波電圧である交流電圧を印加するための交流電源として、信号発生器を用いた。なお周波電圧の波形に特に制限はなく、正弦波、矩形波、台形波等を選択可能であり、1つの微細孔に1つの細胞が誘導されて固定されるように誘電泳動力が作用すればどのような波形でも良い。
【0223】
試料の注入と細胞の固定
本実施形態では、細胞懸濁液をスペーサー13の導入口14より分注器を用いて注入する。その後、例えば約5分間静置し細胞を重力沈降させてから、電源7(交流電源)により、誘電泳動力発生用である第1の周波数で第1の電圧の交流電圧を上部電極12と下部電極11の間に第1の時間(t1)印加する。この誘電泳動力用の交流電圧の印加により、微細孔9への電解集中により正の誘電泳動力が作用し、アレイ状に形成した複数の微細孔9に対し、1つの微細孔9に略1個の細胞を固定することができる。なお、誘電泳動力用の交流電圧の第1の周波数としては、例えば100kHz以上の高い周波数の場合、細胞には正の誘電泳動力が作用し、細胞は電界集中が生じている微細孔に向かって動き固定される。
【0224】
続いて、前記誘電泳動力用の第1の周波数および電圧の交流電圧を印加したまま、試料固定容器6を裏返し、細胞を固定した下部電極部24が上側かつ水平になるようにして、ステージ4に固定し、試料固定容器6の上側(微細孔付き絶縁膜が形成された下部電極11の基材であるサファイアガラス側)から赤外顕微鏡2で拡大した画像を赤外線カメラ1で撮影できるようにしている。
【0225】
ステージ4に固定して印加電圧切り替え時間(t2)経過後、電源7(交流電源)により温度変化用の第2の周波数、第2の電圧の交流電圧を上部電極12と下部電極11間に印加する。この場合、微細孔9に固定された細胞には、微細孔9から出る方向に重力が作用する上、低い周波数の場合(例えば50Hz以下)、微細孔9に固定された細胞には電界集中が生じている微細孔9から出る方向に負の誘電泳動力が作用するが、微細孔9の底面のポリ−L−リジンにより細胞が接着されているため、細胞が微細孔9から脱離する事がない。この温度変化用の第2の周波数、第2の電圧による交流電圧を上部電極12と下部電極11間に印加した状態で赤外線カメラ1による温度測定を行う。
【0226】
次に、本実施形態における試料固定容器6に試料を固定する手段及びその方法について、図6、図7を用いて詳細に説明する。なお、図6、7において、図2、3に示す部材と同じ部材には同じ符号を付してその説明を省略する。
【0227】
図6は本実施形態の試料温度測定装置の概念図、図7は図6のY−Y’線に沿った縦断面図を示し、図7を用いて誘電泳動の原理を説明する。
【0228】
前述したように、本実施形態の試料温度測定装置100は、試料固定容器6の下部電極部24に試料Sを固定する試料固定手段として、試料領域8に対向して配置された、下部電極11と上部電極12との間に周波電圧としての交流電圧を印加する電源7を備えている。なお、温度変化用の電圧は交流等の周波電圧であっても、直流電圧であってもよい。そして、試料固定手段の作動により、下部電極部24の絶縁体10に形成した所定サイズの多数の微細孔9に試料である1個の微粒子としての1個の細胞を固定する。なお、下部電極部24に形成する微細孔9は1つであっても良いし、複数であっても良い。なお、測定対象となる試料としては溶液中の細胞を想定している。
【0229】
図7において、交流電圧すなわち交流電界中に置かれた溶液31の中の試料Sである細胞等の誘電体粒子には分極が生じ、正負の電荷が誘導される。ここで、図7に示すように、上部電極12に対向する下部電極11に形成した絶縁体10の微細孔9に、一様でない不均一な電界、すなわち破線で示す電気力線32が与えられると、試料Sである細胞は、電界の集中する方向(電気力線が密な方向)、すなわち微細孔9の方向へと引き寄せられる。これが誘電泳動力30である。
【0230】
一般に誘電泳動力は、粒子の体積、粒子と溶液の誘電率の差、不均一な電界の大きさの2乗に比例する。例えば、直径5〜10μm程度の細胞に対し、電界として周波数100kHz〜3MHz、1×10〜5×10V/mの交流電界を与えると、誘電泳動力が作用して細胞が電界の集中する方向に引き寄せられる(正の誘電泳動力)。一方、電界として周波数1kHz〜50kHz、1×10〜5×10V/mの交流電界を与えると、逆向きの誘電泳動力が作用して細胞が電界の集中する場所から出て行く(負の誘電泳動力)。これは、周波数によって、粒子と溶液の誘電率の大小関係が変わるため、誘電泳動力の作用する方向が変わるためである。
【0231】
なお、本発明の試料温度測定装置は、下部電極11に配置した絶縁体10の微細孔9に試料を固定して、下部電極11の外側から試料の熱的特性を赤外線を利用して測定することから、絶縁体10が配置された下部電極部24を構成するガラス板20及び下部電極11が赤外線に対し透明であることが要求され、例えばガラス板20としてはサファイアガラス、下部電極11としてはITOが好ましい。
【0232】
本発明の試料温度測定装置及び試料温度測定方法は、この誘電泳動の原理を利用して、上部電極12に対向する下部電極11に形成した絶縁体10の厚み方向に貫通する微細孔9に交流電界を集中させる事で、試料である細胞等の誘電体粒子を引き寄せ、前記1つの微細孔9につき一つの微粒子を固定することで、微粒子1個ごとの熱的特性の測定を初めて可能にするものである。
【0233】
なお、溶液中の細胞等の誘電体微粒子に誘電泳動力を作用させる場合の溶液の電気伝導度は、溶液に過剰に電流が流れないよう10〜100μS/cm程度が好ましい。また試料が細胞の場合は、細胞が収縮したり膨張して破裂しないよう細胞の浸透圧を保つ必要がある事から、200mM〜500mMの糖(マンニトールやシュクロース等)を加えた溶液が一般に用いられる。
【0234】
本発明において、微細孔9の形状や大きさには特に制限はないが、本発明の試料温度測定装置の場合、1つの微細孔9に1つの細胞等の微粒子を固定することにより、微粒子1個ごとの熱的特性の測定をすることが可能となることから、微細孔9の平面形状に内接する最大円の直径が、微細孔9に固定する細胞等の微粒子の直径(細胞等の微粒子により異なるが、1μm〜数十μm程度)の1〜2倍程度の範囲であり、かつ微細孔9の深さが微細孔9に固定する細胞等の微粒子の直径以下であることが好ましい。
【0235】
この理由を以下に説明する。微細孔9の平面形状に内接する最大円の直径が、微細孔9に固定する細胞等の微粒子の直径の2倍より大きい場合は、微細孔9に細胞等の微粒子が複数入ってしまい、微粒子1個ごとの熱的特性の測定を行うことができなくなってしまう。また同様に、微細孔9の深さが微細孔9に固定する細胞等の微粒子の直径よりも大きい場合も微細孔9に複数の細胞等の微粒子が入ってしまい、微粒子1個ごとの熱的特性の測定を行うことができなくなってしまう。
【0236】
また、本実施形態の試料温度測定装置は、1つの微細孔9に1つの細胞等の微粒子を固定することにより微粒子1個ごとの熱的特性を測定することが可能となることから、絶縁体10に形成される複数の微細孔9が、絶縁体10の面において、いずれの微細孔9からも隣合う微細孔9の位置が同じ位置に形成されていること、すなわち、図6に示すように、絶縁体10にマトリックス状に形成される複数の微細孔9が絶縁体10の面(厚み方向と直交する平面)において、アレイ状に形成されていることが好ましい。ここでアレイ状とは、微細孔9の縦と横(行と列)の間隔がほぼ等間隔に配置されていることを意味する。
【0237】
微細孔9をアレイ状に配置することで、下部電極11と上部電極12との間に印加した周波電圧によって生じる電界が全ての微細孔9に略均等に生じるため、微細孔9に細胞等の微粒子が固定される確率も各微細孔9で等しくなり、1つの微細孔9に1つの細胞等の微粒子である試料Sを固定できる確率が高くなる。
【0238】
また、1つの微細孔9に1つの細胞等の微粒子を固定するためには、アレイ状に形成した微細孔9の間隔が狭すぎても広すぎても不適当となることがある。微細孔9の間隔が狭すぎる場合は、1つの微細孔9に複数の細胞等の微粒子が固定される確率が高くなり、結果として細胞等の微粒子の入らない微細孔9が生じる確率が高くなることがある。また、微細孔9の間隔が広すぎる場合には、隣接する微細孔9と微細孔9の間に細胞等の微粒子が残されてしまい、細胞等の微粒子の入らない微細孔9が生じる確率が高くなることがある。
【0239】
従って、より具体的には、微細孔9の隣り合う間隔が、微細孔9に固定する細胞等の微粒子の直径の0.5〜6倍の範囲であることが好ましく、更には微細孔9の間隔が固定する細胞等の微粒子の直径の1〜2倍程度であることがより好ましい。
【0240】
また、本発明における微細孔の形状は、円状に限定されるものではなく、三角状や四角状などの多角状であっても良い。三角状や四角状などの多角状の場合は角の部分で電気力線の集中の度合いが強められるため、誘電泳動力は円状の微細孔9より強くなり、細胞等の微粒子が微細孔9に固定される確率が高くなるというメリットがある。ただし、微細孔9をアレイ状に配置した場合は、前後左右の微細孔9からの誘電泳動力が等しく作用する方が、1つに微細孔9に1つの細胞等の微粒子を固定できる確率が高くなるので、微細孔9の形状は点対称であることが好ましく、更には正方形であることがより好ましい。
【実施例】
【0241】
(実施例1)
生体研究では、単一細胞レベルでの熱分析、例えば生死判定への応用が可能である。試料となる生体材料は、水を含む系で導電性があること、薄い(小さい)試料であることが好ましい。また、細胞間の個体差を熱的に観測する方法への展開も可能である。
【0242】
浮遊細胞の1細胞を対象にした細胞膜の絶縁破壊プロセスにおける熱的解析の例を以下の実施例1に示した。
【0243】
実施例1による試料温度の測定は、上述した実施形態に示す試料温度測定装置100を用いて行った。
【0244】
上部電極12と下部電極11の具体的構成
上部電極12は、縦70mm×横40mm×厚さ1mmのパイレックス(登録商標)ガラス板5に、下部電極11には縦70mm×横40mm×厚さ0.42mmのサファイアガラス板20に、それぞれITOを成膜(膜厚150nm)したものを用いた。
【0245】
スペーサー13の具体的構成
スペーサー13は、縦40mm×横40mm×厚さ1.5mmのシリコンシートの中央を縦20mm×横20mmの開口を形成するようにくりぬいて試料領域8を形成した。
【0246】
複数の微細孔9を有する絶縁体10を備えた下部電極部24の具体的構成は実施形態に示したものを使用した。
【0247】
試料の具体的固定方法
下部電極部24には、以下の処理により、細胞接着試薬であるポリ−L−リジンをコーティングした。すなわち、ポリ−L−リジン水溶液(0.01wt%)に下部電極部24を約5分間浸し、微細孔9の底面の下部電極11および絶縁体10にポリ−L−リジンを物理吸着させた後、純水で洗浄した。このようにする事で、微細孔9の中に固定した細胞が微細孔9の底面に接着し、容器6内の溶媒の温度上昇による熱対流が生じても、あるいは後述するように、細胞を微細孔9から脱離させる方向に作用する負の誘電泳動力が細胞に作用しても、細胞が微細孔9から出る事を抑制できる。
【0248】
電源7の構成
上部電極12と下部電極11の間に電圧を印加する電源7を構成する信号発生器として、エヌエフ回路設計ブロック製、WF1966を用いた。
【0249】
試料温度分析装置の構成
試料温度分析装置は、赤外線カメラ1として、InSb、320×256FPA素子、波長域3−5μmを使用し、赤外線顕微鏡2として10倍光学系を用いた。
【0250】
試料の注入と細胞の固定
下部電極部24を備えた試料固定容器6、電源7及び試料温度分析装置を用いて、後述する実験を行った。まず、マウスミエローマ細胞を、300mMの濃度のマンニトール水溶液に懸濁させ、0.74×10個/mLの密度になるように細胞懸濁液を調整した。
【0251】
次に、上記マウスミエローマ細胞の細胞懸濁液600μLをスペーサー13の導入口14より1mL容量の分注器を用いて注入した。その後、約5分間静置し細胞を重力沈降させてから、交流電源7により、誘電泳動力発生用の第1の電圧20Vpp、第1の周波数周波数3MHzの交流電圧を上部電極12と下部電極11の間に第1の時間t1として2分間印加したところ、微細孔9への電解集中により正の誘電泳動力が作用し、アレイ状に形成した複数の微細孔9に対し、1つの微細孔9に略1個のマウスミエローマ細胞を固定することができた。なお、交流電圧の第1の周波数が、例えば100kHz以上の高い周波数の場合、細胞には正の誘電泳動力が作用し、細胞は電界集中が生じている微細孔9に向かって動き固定される。
【0252】
続いて、誘電泳動力発生用の第1の電圧として電圧20Vpp、第1の周波数として周波数3MHzの交流電圧を印加したまま、試料固定容器6を裏返し、細胞を固定した下部電極部24が上側かつ水平になるようにして、ステージ4に固定し、試料固定容器6の上側(微細孔付き絶縁膜が形成された下部電極11の基材であるサファイアガラス側)から赤外線カメラ1で測定を行った。
【0253】
ステージ4に固定してから印加電圧切り替え時間t2として5秒経過後、交流電源により温度変化用の第2の電圧10Vpp、第2の周波数1Hzの交流電圧を上部電極12と下部電極11間に印加した。この場合、微細孔9に固定された細胞には、微細孔9から出る方向に重力が作用する上、第2の周波数が低い周波数の場合(例えば50Hz以下)、微細孔9に固定された細胞には電界集中が生じている微細孔9から出る方向に負の誘電泳動力が作用するが、微細孔9の底面のポリ−L−リジンにより細胞が接着されているため、細胞が微細孔9から脱離する事はほとんど見られなかった。
【0254】
試料温度測定
第2の周波数として1Hzの交流電圧を印加した場合、微細孔9に固定された細胞は電圧印加直後から電圧印加前後の温度変化を測定したところ、赤外線顕微鏡では、図5に示すように、1Hzの交流電圧印加直後に振動を伴った急激な輻射強度の上昇が観察された。また印加した交流電圧とほぼ同周期で温度(輻射率)振動が観察され、1周期あたりの温度上昇は約1℃であった。さらに、数回の温度振動を繰り返しながら平均温度は上昇し、ある一定値に達すると変動しなくなった。
【0255】
一方、微細孔以外ではこのような変化は全く見られなかったことや、温度上昇率がほぼ一定であった。また、1Hzの交流電圧を印加した場合、光学顕微鏡での観察により、微細孔9に固定された細胞は粉々になり、電圧印加直後に絶縁破壊する事が確認された。以上の事から、上記温度上昇は細胞の絶縁破壊時の微細孔内の温度変化を捉えていると考えられる。
【0256】
図5は、矩形波1Hz印加による微細孔中心位置の輻射強度変化を示し、実施形態で示した下部電極部24の縦1000個×横1000個のアレイ状に形成した縦位置と横位置が異なる5か所の微細孔9(A、B、C、D、E)の中心位置についての温度上昇(t/s)と輻射強度変化(赤外線強度変化)との関係を示す。A点の座標は(241、72)、B点の座標は(241、105)、C点の座標は(248、132)、D点の座標は(146、201)、E点の座標は(248、91)である。これら5点の座標位置は異なるが、いずれも同様の輻射強度変化を示している。
【0257】
すなわち、試料である例えば細胞毎に図5に示す特性線を求めることにより、印加する周波電圧の周波数、電圧および印加時間を調節することにより、試料である細胞の輻射強度変化を制御することができることになる。したがって、試料を破壊することなく所望の温度となるように温度調節することができる。
【0258】
(比較例1)
細胞を添加しない場合について、実施例1と同様に、試料固定容器6における微細孔9内の温度変化を測定した。まず、300mMの濃度のマンニトール水溶液を調整し、600μLをスペーサー13の導入口14より1mL容量の分注器を用いて注入した。その後、約5分間静置した後、交流電源により誘電泳動力発生用の第1の電圧20Vpp、第1の周波数3MHzの交流電圧を上部電極12と下部電極11の間に2分間印加した。
【0259】
続いて、この誘電泳動力発生用の第1の電圧20Vpp、第1の周波数3MHzの交流電圧を印加したまま、試料固定容器6を裏返し、下部電極部24が上側かつ水平になるようにして、ステージ4に固定した。
【0260】
ステージ4に固定した5秒後、交流電源により温度変化用の第2の電圧10Vpp、第2の周波数1Hzの矩形波交流電圧を上部電極12と下部電極11間に印加し、電圧印加前後の温度変化を試料温度分析装置により測定したが、本比較例のように細胞を添加しない場合は、微細孔9における温度変化は見られなかった。
【0261】
(比較例2)
実施例1と同様に、まず、マウスミエローマ細胞を、300mMの濃度のマンニトール水溶液に懸濁させ、0.74×10個/mLの密度になるように細胞懸濁液を調整した。
【0262】
次に、上記マウスミエローマ細胞の細胞懸濁液600μLをスペーサー13の導入口14より1mL容量の分注器を用いて注入した。その後、約5分間静置し細胞を重力沈降させてから、交流電源により誘電泳動力発生用の第1の電圧20Vpp、第1の周波数3MHzの交流電圧を上部電極12と下部電極11間に2分間印加した。
【0263】
続いて、第1の電圧20Vpp、第1の周波数3MHzの交流電圧を印加したまま、試料固定容器6を裏返し、細胞を固定した下部電極部24が上側かつ水平になるようにして、ステージ4に固定した。
【0264】
ステージ4に固定した5秒後、交流電源により温度変化用の第2の電圧10Vpp、第2の周波数として50Hz、1kHzおよび1MHzの交流電圧を上部電極12と下部電極11間に印加し、電圧印加前後の温度変化を試料温度分析装置により測定した。上記いずれの交流電圧条件においても、電圧印加前後の微細孔9における温度変化は見られなかった。また、50Hz、1kHzの交流電圧を印加した場合、光学顕微鏡での観察により、微細孔9に固定された細胞は電圧印加直後に絶縁破壊する様子は観察されなかった。
【産業上の利用可能性】
【0265】
本発明の試料温度測定装置及び測定方法は、赤外線による微小部分の熱的特性分析が有用な用途に、特に制限なく利用可能である。このような用途としては、例えば、以下のものを挙げることができる。
(1)生体材料等の凍結プロセス(従来はシミュレーションによった)、細胞膜の絶縁破壊プロセス等の詳細な実測に基づく熱的解析
(2)冷凍食品の凍結解凍プロセス等の詳細な実測に基づく熱的解析
(3)ペルチエ素子の通電による吸発熱のμmオーダーでの観測
(4)複合材や発泡材等複雑な系での伝熱、融解現象の解明
(5)ミクロな部分での化学反応に基づく温度変化の追尾
(6)化学反応、潜熱等での発熱の周囲への拡散過程
(7)応力下での材料の変形または破壊に伴う吸発熱の観察
(8)物質表面からの水の蒸発過程の観察
(9)微粒子1個ごとの熱的特性の測定及び熱的解析
【符号の説明】
【0266】
1:赤外線放射温度計(赤外線カメラ)
2:顕微鏡(赤外線像拡大手段)
3:データ処理装置(試料温度分析装置)
4:ステージ
5:ガラス板(第2の基板)
6:試料固定容器(試料固定基板)
7:電源
8:試料領域
9:微細孔
10:絶縁体
11:下部電極(第1の電極)
12:上部電極(第2の電極)
13:スペーサー
14:導入口
15:排出口
16:導入流路
17:排出流路
18:導電線
19:ITO
20:ガラス板(第1の基板)
21:レジスト
22:露光用フォトマスク
23:UV露光機
24:微細孔付き絶縁体一体型下部電極部(下部電極部)
25:現像液
30:誘電泳動力
31:溶液
32:電気力線
100:試料温度測定装置


【特許請求の範囲】
【請求項1】
液体中の微粒子からなる試料が入り込むサイズの試料固定領域を有する試料固定基板と、
前記試料を前記試料固定基板に固定する試料固定手段と、
前記試料固定基板に固定された試料に温度変化を与える温度変化手段と、
前記温度変化手段により温度変化が与えられている試料を赤外線像として拡大する赤外線像拡大手段と、
前記赤外線像拡大手段で拡大した赤外線像を測定する赤外線測定手段と、
前記赤外線測定手段で測定した赤外線像データを取り込み、赤外線像データに基づいて前記試料の熱的特性を測定するデータ処理手段と、
を備えたことを特徴とする試料温度測定装置。
【請求項2】
前記試料固定基板は、
前記試料固定領域をなす多数の微細孔が厚み方向に貫通形成された絶縁体と、
上面に第1の電極が形成され、前記第1の電極に前記絶縁体の下面が当接する第1の基板と、
前記第1の電極と離隔対向して前記絶縁体を挟んで配置した第2の電極と、を有し、
前記第1の基板と前記第1の電極を赤外線に対して透明としたことを特徴とする請求項1に記載の試料温度測定装置。
【請求項3】
前記赤外線測定手段は、赤外線カメラであることを特徴とする請求項1または2に記載の試料温度測定装置。
【請求項4】
前記試料固定手段は、前記第1の電極と前記第2の電極間に電圧を印加することで、前記試料に誘電泳動力を付与する誘電泳動力発生用の周波電圧印加手段であることを特徴とする請求項2または3に記載の試料温度測定装置。
【請求項5】
前記温度変化手段は、前記第1の電極と前記第2の電極間に電圧を印加することで、前記試料に温度変化を与える温度変化用の電圧印加手段であることを特徴とする請求項2から3のいずれかに記載の試料温度測定装置。
【請求項6】
前記温度変化用の電圧印加手段は、試料に応じて予め決められた時間だけ電圧を前記試料に印加することを特徴とする請求項5に記載の試料温度測定装置。
【請求項7】
前記試料固定基板の試料固定領域を数μm径の試料が入り込む孔により形成し、前記データ処理手段は、前記赤外線測定手段としての赤外線カメラにより撮影した前記試料の赤外線像を可視化熱分析することを特徴とする請求項1から5のいずれかに記載の試料温度測定装置。
【請求項8】
液体中の微粒子からなる試料に誘電泳動力を与えることにより、試料固定基板に設けた前記試料が入り込むサイズの試料固定領域に前記試料を誘導して固定し、さらに前記試料固定領域に固定された前記試料に対して温度変化を与えながら前記試料の赤外線像を赤外線像拡大手段を通して赤外線測定手段により測定することを特徴とする試料温度測定方法。
【請求項9】
前記試料に対して温度変化を与える手段は、前記試料固定領域を挟んで配置した第1の電極と第2の電極と、前記第1の電極と前記第2の電極に電圧を印加する電圧印加手段であることを特徴とする請求項8に記載の試料温度測定方法。
【請求項10】
前記赤外線測定手段により測定した赤外線像データに基づいて、前記試料の熱的特性を測定することを特徴とする請求項8または9に記載の試料温度測定方法。
【請求項11】
前記試料が溶液中に存在する細胞であることを特徴とする請求項8から10のいずれかに記載の試料温度測定方法。
【請求項12】
前記温度変化用の電圧印加手段により前記第1の電極と前記第2の電極に予め決められた時間だけ電圧を印加することを特徴とする請求項9から11のいずれかに記載の試料温度測定方法。
【請求項13】
前記試料固定基板の試料固定領域を数μm径の試料が入り込む孔により形成し、前記赤外線測定手段としての赤外線カメラにより撮影した前記試料の赤外線像を可視化熱分析することを特徴とする請求項8から12のいずれかに記載の試料温度測定方法。



【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図36】
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【図37】
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【図1】
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【図23】
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【図24】
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【図25】
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【図26】
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【図27】
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【図28】
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【図29】
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【図30】
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【図31】
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【図32】
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【図33】
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【図34】
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【図35】
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【公開番号】特開2011−185684(P2011−185684A)
【公開日】平成23年9月22日(2011.9.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−49942(P2010−49942)
【出願日】平成22年3月5日(2010.3.5)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 発行者 社団法人 応用物理学会 刊行物名 2009年(平成21年)秋季 第70回応用物理学会学術講演会講演予稿集 発行日 2009年9月8日
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.ETHERNET
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【出願人】(000003300)東ソー株式会社 (1,901)
【Fターム(参考)】