説明

認知機能障害治療剤

【課題】 入手しやすい原料から製造することができ、しかも効果的に認知機能障害を治療することができ、アルツハイマー病やアルツハイマー性老人痴呆の治療薬として好適な薬剤を提供する。
【解決手段】 一般式
【化1】


(R1は炭素数15の直鎖状飽和又は不飽和炭化水素基、R2は水素原子又はアシル基)
で表わされるフェノール誘導体の少なくとも1種を有効成分とする認知機能障害治療剤とする。また、R1がペンタデシル基、ペンタデセニル基、ペンタデカジエニル基及びペンタデカトリエニル基の中から選ばれた少なくとも1種や、R2が水素原子又はアシル基であるものが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、認知機能障害を起す各種疾病、例えばアルツハイマー病(Alzheimer’s disease)やアルツハイマー型老年痴呆(senile dementia of the Alzheimer’s type)の治療に有効な認知機能障害治療剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、平均寿命の向上や後天性疾病の抑制により、人口分布状態が高年齢層側へと移行する傾向が高まるとともに、アルツハイマー病、アルツハイマー型老年痴呆に代表される認知機能障害患者の急増が深刻な社会問題となってきており、これらの患者の治療に有効な薬剤が緊急に求められている。
【0003】
また、老化に伴う記憶障害(age−associated memory impairment)は、精神的、肉体的には正常であるにもかかわらず、記憶力の低下を訴える老齢者にみられる症状であるが、アルツハイマー病やアルツハイマー型老年痴呆の治療に有効な薬剤は、この症状の治療にも有効であるとされている。
【0004】
ところで、大脳皮質での記憶の生化学的機構にアセチルコリンが介在していることから、アセチルコリンエステラーゼ阻害剤を投与して、脳内のアセチルコリン濃度を高め、コリン作動性の機能低下を活性化させることにより、痴呆の治療を行う試みがなされ、これまでにアセチルコリンエステラーゼ阻害剤であるタクリンやフィゾスチグミンを有効成分とする痴呆の治療剤が多数提案されている(特許文献1、2、3、4、5、6、7参照)。
また、脳におけるシナプス後部受容体の数を増加させて痴呆を治療するものとして、サポゲニン誘導体やステロイドサポゲニンを用いたものが提案されている(特許文献8、9参照)。
そのほか、芍薬に含まれる配糖体のペオニフロリンを有効成分とした痴呆症治療剤も知られている(特許文献10参照)。
【0005】
一方において、カシュナッツの殻の油に含まれるカルダノールについては、これが活性酸素抑制作用を有することは知られている(特許文献11参照)。また、本発明者らは、先にこれが運動神経細胞減少抑制作用を見出したが、カルダノールが認知機能障害を治療しうることは、まだ知られていなかった。
【0006】
【特許文献1】特開昭61−148154号公報(特許請求の範囲その他)
【特許文献2】特開昭63−141980号公報(特許請求の範囲その他)
【特許文献3】特開昭63−166881号公報(特許請求の範囲その他)
【特許文献4】特開昭64−73号公報(特許請求の範囲その他)
【特許文献5】特開平1−250353号公報(特許請求の範囲その他)
【特許文献6】特開平2−167267号公報(特許請求の範囲その他)
【特許文献7】特開平9−323939号公報(特許請求の範囲その他)
【特許文献8】中国特許第CN1096031A号公報(特許請求の範囲その他)
【特許文献9】特表2003−525869号公報(特許請求の範囲その他)
【特許文献10】特開平5−246857号公報(特許請求の範囲その他)
【特許文献11】特開平6−329536号公報(特許請求の範囲その他)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、入手しやすい原料から製造することができ、しかも効果的に認知機能障害を治療することができ、アルツハイマー病やアルツハイマー性老人痴呆の治療薬として好適な薬剤を提供することを目的としてなされたものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、先にカシュナッツの殻の油から得たカルダノールが運動神経細胞減少抑制作用を有することを見出したが、さらに研究を重ねた結果、このものが認知機能障害治療作用を有することを見出し、この知見に基づいて本発明をなすに至った。
【0009】
すなわち、本発明は、
一般式
【化1】

(式中のR1は炭素数15の直鎖状飽和又は不飽和炭化水素基、R2は水素原子又はアシル基である)
で表わされるフェノール誘導体の少なくとも1種を有効成分とする認知機能障害治療剤を提供するものである。
【0010】
上記一般式(I)で表わされるフェノール誘導体のうち、R2が水素原子でR1がペンタデシル基のもの、R2が水素原子でR1が8‐ペンタデセニル基のもの、R2が水素原子でR1が8,11‐ペンタデカジエニル基のもの、R2が水素原子でR1が8,11,14‐ペンタデカトリエニル基のものは、ガンダノールとして知られ、カシュナッツ(Anacardium occidentale L.)の殻に含まれる油を加熱分解することによって得ることができる。
【0011】
上記のR2が水素原子でR1が8‐ペンタデセニル基のものは、イチョウ(Gingo biloba L.)の葉に含まれるギンゴールとして知られており、これを原料として得ることができる。
カシュナッツの殻の油からカルダノールを得るには、例えばこの油を200℃において1〜10時間加熱分解したのち、クロロホルムのような有機溶媒で抽出し、これをシリカゲルを用いたカラムクロマトグラフィーで処理することにより次式で示される、カルダノール(a)、(b)、(c)及び(d)の混合物として得られる。このようにして得られる混合物は、無色液体である。
【化2】

【0012】
一般式(I)中のR2がアシル基の化合物は、上記のようにして得たR2が水素原子の化合物を、例えばピリジンのような有機塩基の存在下、カルボン酸無水物、カルボン酸ハライドのようなアシル化剤を反応させたのち、例えばクロロホルム−ヘキサンの等容混合物からなる溶媒とシリカゲルを用いたカラムクロマトグラフィ処理で精製することによって無色液体として得ることができる。
【0013】
本発明の認知機能障害治療剤は、前記一般式(I)のフェノール誘導体を単独で含むものでもよいし、2種以上の混合物として含むものでもよい。
【0014】
このようにして得られる、一般式(I)のフェノール誘導体又はそのアシル化物は、赤外吸収スペクトル及び1H又は13C核磁気共鳴スペクトルにより同定することができる。例えば図1にカルダノールの赤外吸収スペクトルを、図2にカルダノールの1H−核磁気共鳴スペクトルを、また図3にカルダノールの13C−核磁気共鳴スペクトルを、図4にカルダノールアセテートの赤外吸収スペクトルを、図5にカルダノールアセテートの1H−核磁気共鳴スペクトルを、図6にカルダノールアセテートの13C−核磁気共鳴スペクトルをそれぞれ示す。
【0015】
これらのカルダノール及びカルダノールアセテートを、マウスに50〜200mg/kg/日の量で約3〜5週間にわたって投与し、放射状迷路課題法[「ニューロサイエンス(Neuroscience)、1999年、第93巻、第1号、第237〜241ページ参照」]により試験したところ、明らかに空間認知機能の増大が認められた。
【0016】
そして、この試験結果は、通常アルツハイマー患者の治療効果に対応することが知られているので、本発明の認知機能障害治療剤は、アルツハイマー患者やアルツハイマー型老年痴呆症患者の治療に有効であることが分る。
本発明の認知機能障害治療剤は、経口的又は非経口的のいずれによっても、患者に投与することができる。
【0017】
経口投与の場合は、例えばシロップ剤、ドライシロップ剤、カプセル剤、錠剤、液剤、散剤などに製剤することができる。また、非経口投与の場合は、例えば静脈内投与、皮下投与、直腸投与などに適した剤形に製剤することができる。投与量としては、通常5〜100mg/日の範囲が選ばれる。
【発明の効果】
【0018】
本発明によると、アルツハイマー患者やアルツハイマー型老年痴呆症患者等の認知機能障害を効果的に治療する薬剤が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
次に実施例により本発明を実施するための最良の形態を説明するが、本発明はこれによってなんら限定されるものではない。
【0020】
参考例1
市販品として入手したカシュナッツ殻油[ボーラ・ラグハベンドラ・カマス・アンド・サンズ(Bola Raghavendra Kamath & Sons)社]の加熱分解物30gをシリカゲル(和光純薬社製、商品名「ワコーゲル」)300gに吸着させ、クロロホルムにより溶出させ、最初の留分を捕集し、溶媒を留出することによりカルダノール約21gを無色液体として得た。このものの赤外吸収スペクトル、1H−核磁気共鳴スペクトル及び13C−核磁気共鳴スペクトルをそれぞれ図1、図2及び図3に示す。
【0021】
参考例2
参考例1で得たカルダノール3gをピリジン9mlに溶かし、これに無水酢酸15mlを加えて、1昼夜放置する。この溶液に氷水を加えて、無水酢酸を分解し、エーテルで抽出、エーテル層を飽和重曹水で洗い、次いで5%塩酸水で洗い、エーテルを除去して得られた液体をシリカゲル・カラムクロマトグラフィーで処理し、クロロホルム/ヘキサン(体積比1:1)で溶出させ、所望のカルダノールアセテート3gを得た。ここで得られた液体の赤外吸収スペクトル、1H−核磁気共鳴スペクトル及び13C−核磁気共鳴スペクトルをそれぞれ図4、図5及び図6に示す。
【実施例1】
【0022】
5週齢のウイスター系雄ラット(日本クレア社、Jcl:Wistar)を15匹(A)と17匹(B)の2群に分け、A群にはカルダノールアセテート100mg/kg/日を、B群にはカルダノールアセテートの溶剤である0.5w/v%アラビアゴム液を経口投与しながら2か月間飼育した。なお、全飼育期間にわたり2群とも同じ飼料(日本クレア社製、MF固形飼料)を摂取させた。
【0023】
10日間実験者とラットとのコミュニケーションをするハンドリング作業及びラットを餌へ誘導するシェーピング作業を行って馴化させたのち、以下に示す放射状迷路課題法により、各群のラットの空間認知機能を試験した。
なお、カルダノールアセテート又は0.5w/v%アラビアゴムの経口投与は、馴化期間と測定期間中も継続して行った。
【0024】
試験は、まず放射状走路8走路のうち4走路に報酬餌を置き、ラットがすべての報酬餌を獲得するまでの行動を観察することにより行った。そして、ラットが一度選択した走路を再度選択した回数(記憶エラー数、以下WMEと表わす)と、ラットが餌の置いていない走路を選択した回数(参照記憶エラー数、以下RMEと表わす)を評価した。
【0025】
このようにして、1日2試行、週6日間で2.5週間、計30試行実施した。評価期間中の走路への餌の配置は、各ラットについては固定するが、各ラットごとではすべて異なった組合せとした。各群ごとに得られたWMEとRMEの評価結果をグラフとして図7及び図8に示す。図中のAはコントロール群、Bはカルダノールアセテート群である。図中の縦軸は6試行ごとの平均エラー数を示し、横軸は試行回数(6試行を1ブロックとする)を示す。
【0026】
また、得られたデータについて、統計ソフト(GB−STATTM6.5.4)を用いた一元配置分散分析(ANOVA)により、群間とブロック間の比較を行い、その結果を表1に示す。表1中のP値が0.05未満の場合は有意差があることを意味し、NSの場合は有意差がないことを意味する。
【0027】
【表1】

【0028】
表1及び図7から分るように、カルダノールアセテート群においては、3〜6ブロック間のWMEは、試行回数の増加に伴い、コントロール群に対し、有意に減少している。
この結果から、約3か月間のカルダノール経口投与により、ラットの空間認知機能が向上していることが分る。
【産業上の利用可能性】
【0029】
本発明の認知機能障害治療剤は、アルツハイマー病、アルツハイマー型老年痴呆の治療に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】参考例1で得たカルダノールの赤外吸収スペクトル図。
【図2】参考例1で得たカルダノールの1H−核磁気共鳴スペクトル図。
【図3】参考例1で得たカルダノールの13C−核磁気共鳴スペクトル図。
【図4】参考例2で得たカルダノールアセテートの赤外吸収スペクトル図。
【図5】参考例2で得たカルダノールアセテートの1H−核磁気共鳴スペクトル図。
【図6】参考例2で得たカルダノールアセテートの13C−核磁気共鳴スペクトル図。
【図7】実施例1で得たカルダノールアセテート群とコントロール群との6試行ブロックのWMEの変化を示すグラフ。
【図8】実施例1で得たカルダノールアセテート群とコントロール群との6試行ブロックのPMEの変化を示すグラフ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式
【化1】

(式中のR1は炭素数15の直鎖状飽和又は不飽和炭化水素基、R2は水素原子又はアシル基である)
で表わされるフェノール誘導体の少なくとも1種を有効成分とする認知機能障害治療剤。
【請求項2】
式中のR1がペンタデシル基、ペンタデセニル基、ペンタデカジエニル基及びペンタデカトリエニル基の中から選ばれた少なくとも1種である請求項1記載の認知機能障害治療剤。
【請求項3】
式中のR2が水素原子である請求項1又は2記載の認知機能障害治療剤。
【請求項4】
式中のR2がアシル基である請求項1又は2記載の認知機能障害治療剤。
【請求項5】
アシル基がアセチル基である請求項4記載の認知機能障害治療剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2006−131590(P2006−131590A)
【公開日】平成18年5月25日(2006.5.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−325222(P2004−325222)
【出願日】平成16年11月9日(2004.11.9)
【出願人】(597057988)
【Fターム(参考)】