説明

誘電体磁器

【課題】比誘電率の焼成温度依存性が抑制され、かつ機械的強度を向上する。
【解決手段】図1に示すZrO、SnO及びTiOの三元組成図において、点A、点B、点C、点D、点E、点Fで囲まれる領域の組成を主成分とし、この主成分に対す副成分として、ZnO:0.5〜5wt%、NiO:0.1〜3wt%、SiO:0.015〜1.0wt%を含有する焼結体からなる誘電体磁器であって、焼結体は、主相として(Zr,Sn)TiOを、また、副相として(Zn,Ni)TiO及びZrSiOを含む。この誘電体磁器は、式(2)で求められる比誘電率εrの焼成温度依存性(γεr)を、8%以下にできる。
γεr=(εmax−εmin)/εmax×100(%)…式(2)
εmax:焼成温度(1300〜1400℃)における比誘電率εrの最大値
εmin:焼成温度(1300〜1400℃)における比誘電率εrの最小値

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、誘電体磁器に関するもので、マイクロ波、ミリ波などの高周波領域で使用される電子部品に好適な誘電体磁器に関するものである。
【背景技術】
【0002】
高周波領域において、高誘電率で高いQ値を有する誘電体磁器として、特許文献1〜特許文献4に開示されているものが知られている。
特許文献1に開示された誘電体磁器は、TiO:22〜43重量%、ZrO:38〜58重量%、SnO:9〜26重量%を主成分とし、これにZnOを7重量%以下、NiOを10重量%以下添加含有してなることを特徴としている。この主成分は、一般式:(Zr,Sn)TiOで表される。特許文献1において、TiOが上記範囲よりも少ないと比誘電率εrが低下し、TiOが上記範囲よりも多いと共振周波数の温度特性がプラス側で大きくなりすぎる。また、ZrOが上記範囲よりも少ないか又は多いと、共振周波数の温度特性がプラス側で大きくなりすぎる。さらに、SnOが上記範囲よりも少ないと共振周波数の温度特性がプラス側で大きくなりすぎるとともにQ値も低下し、SnOが上記範囲よりも多いと共振周波数の温度特性がマイナス側で大きくなりすぎる。さらにまた、ZnO及びNiOが各々上記範囲よりも多くなると、Q値が低下する。
【0003】
特許文献1に開示された誘電体磁器よりもさらに高いQ値を得るために、特許文献2は特許文献1に開示された誘電体磁器にさらにTaを7重量%以下、特許文献3は特許文献1に開示された誘電体磁器にさらにNbを5重量%以下含有することを提案している。
また、特許文献4は、1100℃以下の低い焼成温度で、誘電率が高く、Q値が大きく、共振周波数の温度特性が低い誘電体磁器を提案している。この誘電体磁器は、TiO2:22〜43重量部、ZrO2:38〜58重量部及びSnO2:9〜26重量部からなる主成分100重量部に対して、少なくともB及びSiを含むガラス3〜20重量部を含むことを特徴としている。
【0004】
【特許文献1】特公昭55−34526号公報
【特許文献2】特公平4−59267号公報
【特許文献3】特公平5−6762号公報
【特許文献4】特開2001−220230号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
誘電体磁器は、一般に、組成、所望する誘電特性に応じた温度で焼成される。ところが、工業的な生産規模において、焼成温度を厳密に制御することは極めて困難であるか、または焼成温度を厳密に制御しようとすると、焼成にかかるコストが極めて高くなってしまう。したがって、現実の工業生産において、焼成条件及び炉の規模や性能によって、同じ焼成炉であっても、炉内の位置によって温度が数℃から数十℃異なることがある。また、同じ焼成炉であっても、時間の経過によって温度が数℃から数十℃異なることがある。その結果、同一のロットとして生産された誘電体磁器であっても、焼成温度のバラツキに対応して各個体間の誘電特性にバラツキが生じてしまう。このバラツキを抑えるために、基本的な誘電特性である比誘電率εrの焼成温度依存性が小さいことが要求される。
一方、誘電体磁器は、電子機器内に実装される過程のハンドリングに対する機械的な強度が要求される。この機械的強度は、電子機器に組込まれた後に、当該電子機器に加えられる機械的な応力や衝撃に対しても要求される。
本発明は、このような技術的課題に基づいてなされたもので、比誘電率εrの焼成温度依存性が抑制され、かつ機械的強度を向上することのできる誘電体磁器を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
特許文献1〜特許文献4に開示された誘電体磁器の主成分を前提として、比誘電率εrの焼成温度依存性の抑制、機械的強度の向上を達成できる組成物として、酸化ケイ素(SiO)が有効であることを見出した。そして、所定量のSiOを含有するとき、磁器中にZrSiO相が生成されることが確認された。また、機械的強度の向上に対しては、酸化ニオブ(Nb)の所定量の含有が有効であることを見出した。さらに、比誘電率εrの焼成温度依存性の抑制に対しては、酸化カリウム(KO)の所定量の含有が有効であることを見出した。
【0007】
本発明の誘電体磁器は、以上の知見に基づくものであり、図1に示すZrO,SnO及びTiOの三元組成図において、
点A(ZrO=48mol%,SnO=12mol%,TiO=40mol%)、
点B(ZrO=36mol%,SnO=24mol%,TiO=40mol%)、
点C(ZrO=30mol%,SnO=20mol%,TiO=50mol%)、
点D(ZrO=36mol%,SnO=9mol%,TiO=55mol%)、
点E(ZrO=40.5mol%,SnO=4.5mol%,TiO=55mol%)、
点F(ZrO=49.5mol%,SnO=5.5mol%,TiO=45mol%)で囲まれる領域の組成を主成分とし、この主成分に対する副成分として、ZnO:0.5〜5wt%、NiO:0.1〜3wt%、SiO:0.015〜1.0wt%を含有する焼結体からなり、焼結体は、主相として(Zr,Sn)TiOを、また、副相として(Zn,Ni)TiO及びZrSiOを含むことを特徴とする。
【0008】
本発明の誘電体磁器において、主組成に対してNb:0.2wt%以下(ただし、0を含まず)含有することが、強度向上にとって好ましい。また、本発明の誘電体磁器において、前記主組成に対してKO:0.035wt%以下(ただし、0を含まず)含有することが、比誘電率εrの焼成温度依存性の抑制にとって好ましい。
【発明の効果】
【0009】
以上説明したように、本発明によれば、比誘電率εrの焼成温度依存性を抑制することができる。このことは、工業的生産規模では不可避である焼成温度にバラツキがあっても、品質の安定した誘電体磁器が得られることを意味する。加えて本発明によれば、機械的強度を向上することができるので、製造過程又は製品に組込まれた後の機械的な応力や衝撃に対して耐性を有する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明の誘電体磁器について詳述する。
はじめに、主成分について説明する。
本発明の誘電体磁器は、図1に示すZrO,SnO及びTiOの三元組成図において、
点A(ZrO=48mol%,SnO=12mol%,TiO=40mol%)、
点B(ZrO=36mol%,SnO=24mol%,TiO=40mol%)、
点C(ZrO=30mol%,SnO=20mol%,TiO=50mol%)、
点D(ZrO=36mol%,SnO=9mol%,TiO=55mol%)、
点E(ZrO=40.5mol%,SnO=4.5mol%,TiO=55mol%)、
点F(ZrO=49.5mol%,SnO=5.5mol%,TiO=45mol%)で囲まれる領域の組成を有する。これは、後述する実施例1に示すように、この組成を採用することにより、比誘電率εr及びQ×f値が高く、かつ共振周波数の温度特性τfの低い誘電体磁器を得ることができるからである。この組成を採用することにより、比誘電率εrを30以上、好ましくは35以上、さらに好ましくは40以上とすることができる。また、この組成を採用することにより、Q×f値を40000GHz以上、好ましくは45000GHz以上、さらに好ましくは50000GHz以上とすることができる。さらに、この組成を採用することにより、共振周波数の温度特性τfの絶対値を、50ppm/℃以下、好ましくは30ppm/℃以下、さらに好ましくは10ppm/℃以下とすることができる。好ましい誘電特性を得るためには、図1に示すZrO,SnO及びTiOの三元組成図において、
点G(ZrO=45mol%,SnO=5mol%,TiO=50mol%)、
点H(ZrO=44mol%,SnO=11mol%,TiO=45mol%)、
点I(ZrO=38.5mol%,SnO=16.5mol%,TiO=45mol%)、
点J(ZrO=35mol%,SnO=15mol%,TiO=50mol%)
点D(ZrO=36mol%,SnO=9mol%,TiO=55mol%)、
点E(ZrO=40.5mol%,SnO=4.5mol%,TiO=55mol%)、で囲まれる領域の組成を有することが好ましい。最も好ましい主成分の組成は、図1に示すZrO,SnO及びTiOの三元組成図において、点K(ZrO=40mol%,SnO=10mol%,TiO=50mol%)近傍の組成である。
【0011】
本発明の誘電体磁器は、上記主成分に対する副成分として、ZnO:0.5〜5wt%、NiO:0.1〜3wt%、SiO:0.015〜1.0wt%を含有する。なお、この副成分の量は、主成分を100wt%として特定される。
ZnOを含有することにより、焼成温度を1500〜1700℃から1300〜1400℃に下げることができるため、誘電体磁器を製造し易い。ただし、0.5wt%未満ではその効果を十分に発揮することができない。また、ZnOの量が5wt%を超えると、誘電率およびQ×f値の低下を招く。そこで本発明は、副成分としてZnO:0.5〜5wt%を含有する。ZnOは、好ましくは1〜2wt%、さらに好ましくは1.2〜1.8wt%、より好ましくは1.3〜1.7wt%である。
【0012】
本発明の誘電体磁器は、NiOを含有することにより、Q×f値を向上することができる。ただし、NiOの量が0.1wt%未満ではその効果を十分に発揮することができない。一方、NiOの量が3wt%を超えると、焼結しにくくなるばかりでなく、Q×f値の低下を招く。
また、NiOを含有しない焼結体は白色であるが、例えば上記の範囲でNiOを含有する焼結体は緑色である。そして、密度が不十分な焼結体は色が淡く、十分に緻密化した焼結体の色は濃くなる。このように密度による色の変化が大きく、かつNiOを含有して緑色を呈することによって、本発明は焼結不足を目視により確認できる。また、電子部品として使用するため表面にAgなどの電極を印刷した場合、焼結体が白色であるとAgも白色のために光学顕微鏡などによる観察で電極と焼結体素地を見分けにくい。これに対して、焼結体が緑色だと電極と焼結体素地を見分けやすくなり、電気特性の調整のために行う電極の寸法、形状の調整などの作業性が向上する。そこで本発明では、上記主成分に対して、NiO:0.1〜3wt%含有する。NiOは、好ましくは0.1〜0.9wt%、さらに好ましくは0.2〜0.8wt%、より好ましくは0.3〜0.7wt%である。
【0013】
本発明において、SiOは最も特徴的な成分であり、比誘電率εrの焼成温度依存性抑制効果及び機械的強度の向上効果という2つの効果を奏する。また、SiOは主相にほとんど固溶せず、ZrSiO相として存在するため、Q×f値を大きく低下させることなく上記の効果を発揮することができる。ただし、その量が0.015wt%未満及び1.0wt%を超えると比誘電率εrの焼成温度依存性抑制効果が得られなくなる。そこで本発明の誘電体磁器は、SiOの含有量を0.015〜1.0wt%とする。好ましいSiO量は0.05〜0.5wt%、さらに好ましいSiO量は0.1〜0.2wt%である。
【0014】
本発明は、上記主成分に対して、Nb:0.2wt%以下(ただし、0を含まず)含有することができる。Nbを含有することにより、誘電体磁器の機械的強度をさらに向上することができる。Nbは主相に固溶し、主相結晶粒の成長を抑制して、強度の向上につながる。この効果を十分に享受するために、Nbの下限は0.02wt%とすることが好ましい。より好ましいNbの量は0.03〜0.1wt%である。
【0015】
本発明は、上記主成分に対して、KO:0.035wt%以下(ただし、0を含まず)含有することができる。KOを含有することにより、比誘電率εrの焼成温度依存性抑制効果をさらに向上することができる。この効果を十分に享受するために、KOの下限は0.001wt%とすることが好ましい。より好ましいKOの量は0.002〜0.02wt%である。
【0016】
本発明の誘電体磁器は、(Zr,Sn)TiO相、(Zn,Ni)TiO相及びZrSiO相という少なくとも3つの相から構成される。
この中で、(Zr,Sn)TiO相は誘電体磁器の主相をなす結晶粒として焼結体中に存在する。この主相結晶粒は、平均で3〜7μm程度の粒径を有している。主相結晶粒の粒径は、焼成温度が高くなるにつれて大きくなる傾向にある。また、主相結晶粒の粒径は、Nbを含有せしめることにより、小さくすることができるのは上述の通りである。
(Zn,Ni)TiO相及びZrSiO相は、主相結晶粒の粒界や三重点に結晶粒として存在する。これら相は、上記主相に対して副相と言える。
(Zn,Ni)TiOからなる結晶粒は、平均で1〜5μm程度の粒径を有している。この粒径は、上記主相結晶粒の大きさやZnO、NiOの添加量に伴い大きくなる傾向にある。
ZrSiOからなる結晶粒は、平均で0.5〜2μm程度の粒径を有している。この粒径は、SiO量で変化し、SiO量が多くなればZrSiOからなる結晶粒が大きくなる傾向にある。
【0017】
(Zr,Sn)TiO相、(Zn,Ni)TiO相及びZrSiO相という3つの相の中で、ZrSiO相はSiO量が所定量以上含まれる場合に生成される。後述する実施例2に示されるように、比誘電率εrの焼成温度依存性と焼結後のZrSiO相の存在量には強い関連があり、比誘電率εrの焼成温度依存性は、ZrSiO相が存在しない焼結体では大きく、存在する焼結体では改善され小さくなるが、存在量が多すぎると返って大きくなる。SiO量が少なすぎるとZrSiO相が生成されにくく、他の成分であるZnO等とガラス相を形成する。ガラス相が焼結性を改善する可能性もあるが絶対量が少ないため効果は非常に小さい。SiOを適量添加した場合、ZrSiO相を生成した結果、または生成するまでの反応過程において焼結性を改善し、比誘電率εrの焼成温度依存性を小さくする作用があると解される。一方、SiO量が多く、ZrSiO相の生成量が多くなりすぎた場合、相対的に高い温度域での焼結で密度低下を招く現象があり、比誘電率εrの焼成温度依存性は大きくなってしまう。
なお、本発明において、(Zr,Sn)TiO相、(Zn,Ni)TiO相及びZrSiO相の特定は、後述する実施例2に記載の方法によるものとする。
【0018】
以下、本発明による誘電体磁器の製造方法の1例について説明する。
本発明の誘電体磁器の原料には、前述した本発明に係る誘電体磁器の組成に応じ、主成分を構成する出発原料と、主成分以外の成分(ZnO,NiO,SiO,Nb及びKO、以下、副成分と称すことがある)を構成する出発原料とを用意する。
主成分を構成する出発原料としては、Zr、Sn、Tiの酸化物(ZrO,SnO及びTiO)、または焼成により当該酸化物になる化合物を用いることができる。
副成分を構成する出発原料として、Zn、Ni、Si、Nb、Kの酸化物(ZnO,NiO,SiO,Nb及びKO)、または焼成により当該酸化物になる化合物を用いることができる。さらに、副成分は、主成分を構成する出発原料中に含有される場合もある。
なお、焼成により酸化物になる化合物としては、例えば炭酸塩、硝酸塩、シュウ酸塩、有機金属化合物等が挙げられる。これらの化合物と酸化物とを併用してもよい。誘電体原料中の各化合物の含有量は、焼成後に前述した誘電体磁器の組成となるように決定すればよい。これらの出発原料粉末の平均粒径は0.01〜10μm程度の範囲で適宜選択すればよい。
【0019】
これらの主成分及び副成分の出発原料を、前述した本発明に係る誘電体磁器の組成に応じて秤量し、例えばボールミルにより湿式混合する。湿式混合で得られたスラリーを乾燥後、例えば900〜1350℃の範囲で所定時間保持する仮焼を行う。このときの雰囲気は大気中とすればよい。仮焼の保持時間は0.5〜5.0時間の範囲で適宜選択すればよい。仮焼後、仮焼体を例えば平均粒径0.5〜2.0μm程度まで微粉砕する。微粉砕には例えばボールミル等が使用される。微粉砕に先立って、所定粒度まで粗粉砕することもできる。
【0020】
微粉砕された原料粉末は、後の成形工程を円滑に実行するために顆粒化することが好ましい。この際、粉砕粉末に適当なバインダ、例えばポリビニルアルコール(PVA)を少量添加することが好ましい。顆粒の粒径は80〜200μm程度とすることが好ましい。この造粒粉末を100〜300MPaの圧力で加圧成形し、所望の形状の成形体を得ることができる。
成形に先立って添加したバインダを焼成前に加熱保持することによって除去し、例えば1250〜1500℃の範囲内で所定時間成形体を加熱保持し、焼結体を得る。このときの雰囲気は大気中とすればよい。加熱時間は0.5〜5時間の範囲で適宜設定すればよい。本発明の誘電体磁器の効果を充分に引き出すには、1280〜1420℃の範囲で焼成することが好ましい。
前述したように、工業的生産規模においては、焼成炉の位置によって、または経時的に焼成温度が数℃から数十℃異なる場合がある。本発明は、このような焼成温度のバラツキに対して、比誘電率εrが安定して得られる誘電体磁器を提供する。
【0021】
以上の工程を経ることで、本発明における誘電体磁器を得ることができる。本発明における誘電体磁器は、比誘電率εrを30以上、好ましくは35以上、さらに好ましくは40以上とすることができる。この比誘電率εrは、共振周波数を7GHz付近として測定された値を基準としている。以下の、Q×f値、共振周波数の温度特性τfについても同様である。
【0022】
また、本発明における誘電体磁器は、Q×f値を40000GHz以上、好ましくは45000GHz以上、さらに好ましくは50000GHz以上とすることができる。ここで、誘電損失は、高周波のエネルギの一部が熱となって放散する現象である。誘電損失の大きさは、現実の電流と電圧の位相差と理想の電流と電圧の位相差90度との差である損失角度δの正接tanδの逆数Q(Q=1/tanδ)で表わされる。本発明における誘電体磁器の誘電損失の評価では、このQと共振周波数の積であるQ×fの値を用いている。誘電損失が小さくなればQ×f値は大きくなり、誘電損失が大きくなればQ×f値は小さくなる。誘電損失は高周波デバイスの電力損失を意味するので、誘電体磁器のQ×f値が大きいことが好ましい。
【0023】
さらに、本発明における誘電体磁器は、共振周波数の温度特性τf(ppm/℃)の絶対値を、50ppm/℃以下、好ましくは30ppm/℃以下、さらに好ましくは10ppm/℃以下とすることができる。共振周波数の温度係数τfは下記式(1)で求めることができる。本発明においては、温度T=85℃、T=−40℃、基準温度Tref=20℃とする。
τf=(fTH−fTL)/〔fref(T−T)〕×1000000ppm/℃
)…式(1)
TH:温度Tにおける共振周波数(GHz)
TL:温度Tにおける共振周波数(GHz)
ref:基準温度Trefにおける共振周波数(GHz)
【0024】
また、本発明における誘電体磁器は、比誘電率εrの焼成温度依存性抑制効果を奏するが、この効果は、下記式(2)のγεrによって評価される。本発明においては、温度T1=1300℃、温度T2=1400℃として求められた値を基準とする。本発明の誘電体磁器は、γεrを10%未満にすることができ、好ましくは5%以下、さらに好ましくは3%以下にすることができる。γεrは、厳密に制御された温度で焼成して求められる。
γεr=(εmax−εmin)/εmax×100(%)…式(2)
εmax:焼成温度T1〜T2における比誘電率εrの最大値
εmin:焼成温度T1〜T2における比誘電率εrの最小値
【実施例1】
【0025】
主成分の出発原料としてZrO粉末、SnO粉末及びTiO粉末、副成分の出発原料としてZnO粉末、NiO粉末及びSiO粉末を表1に示す量だけ秤量、混合し、湿式ボールミルで混合分散を行った後に、乾燥した。得られた混合粉末を26MPaの圧力で仮成形し、大気中、1130℃で2時間保持して仮焼成した。仮焼成体を乳鉢及びライカイ機で500μm以下まで粗粉砕した後、湿式ボールミルで微粉砕を行い、乾燥した。微粉砕後の平均粒径は1〜1.5μmである。
得られた微粉砕粉末にバインダとしてポリビニルアルコールを添加し、150MPaの圧力で円柱形状に成形し、大気中、1340℃で2時間保持して焼成した。この焼成温度は厳密に制御されている。
得られた円柱形状の焼成体を、直径:高さが約2:1になるように加工し、寸法と重量を測定して密度を算出した後、両端短絡法により、7GHz付近における比誘電率εr、Q×f値(GHz)及び共振周波数の温度特性τf(ppm/℃)を求めた。なお、τfは、上述した式(1)に基づいて求めた。その結果を表1に示す。
【0026】
【表1】

【0027】
本発明の誘電体磁器は、比誘電率εrが30以上、Q×f値が40000GHz以上、τfの絶対値が50ppm/℃以下の誘電特性(以下、基準特性)を有することを前提としている。表1において、基準特性を備えていない値に「*」を付しており、当該試料のNo.にも「*」を付している。つまり、「*」が付されていない試料は、上記基準特性を備えている。
表1に示された各試料(No.1〜20)の主成分(ZrO,SnO及びTiO)を三元組成図上にプロットしたものを図1に示す。ここで、表1の試料No.に付されているアルファベットが、図1に記載されているアルファベットに対応しており、基準特性を備えているプロットを結んだ多角形ABCDEFで囲まれる領域の組成を採用することにより、上記基準特性を備えることができる。図1上のプロット「K」で示される主成分を採用すると、τfの絶対値が特に低く、比誘電率εr及びQ×f値も優れた誘電体磁器を得ることができる。したがって、本発明においては、主成分の組成を、図1に示す三元組成図上の多角形GHIJDE内の組成を有することが好ましい。なお、「多角形ABCDEFで囲まれる領域の組成」とは、各頂点を結ぶ線分上の組成を含む意味である。
また、得られた焼結体(誘電体磁器)の構成相を特定したところ、全ての誘電体磁器(No.1〜27)が、主に(Zr,Sn)TiO相、(Zr,Ni)TiO相及びZrSiO相の3つの相から構成されていることを確認した。なお、構成相の特定は、実施例2に示す方法で行った。
【実施例2】
【0028】
主成分の出発原料としてZrO粉末、SnO粉末及びTiO粉末、副成分の出発原料としてZnO粉末、NiO粉末を以下の組成となるように用意し、かつ副成分としてSiO粉末を表2に示す量とし、さらに表2に示す温度で焼成した以外は、実施例1と同様にして焼結体を作製した。なお、焼成温度は厳密に制御している。
主成分:ZrO=40mol%、SnO=10mol%、TiO=50mol%
副成分:ZnO=1.5wt%、NiO=0.5wt%、SiO=表2
得られた焼結体について実施例1と同様に誘電特性、焼結体の曲げ強度σを測定するとともに、測定結果から下記式(2)のγεrを求めた。結果を表2に示す。
γεr=(εmax−εmin)/εmax×100(%)…式(2)
εmax:焼成温度(1300〜1400℃)における比誘電率εrの最大値
εmin:焼成温度(1300〜1400℃)における比誘電率εrの最小値
【0029】
また、得られた焼結体について、X線回折、EPMA(X線マイクロアナライザー)及びTEM−EDS(エネルギ分散X線分析装置)による分析を行い生成相の特定を行った。その結果を表2に示した。なお、表2において、(Zr,Sn)TiO相をZST相、(Zr,Ni)TiO相をNZT相、ZrSiO相をZS相と表記した。
SiOを添加していない焼結体のX線回折パターンから(Zr,Sn)TiO〔ZST相〕及び(Ni,Zn)TiO〔NZT相〕の2相が確認された。さらに、EPMAで微細構造中の元素分布を測定し、主相のZST相がZr、Sn、Ti及びOで構成され、NZT相はNi、Zn、Ti及びOで構成されていることを確認した。
SiO量が0.5wt%以上のいずれの焼結体のX線回折パターンから、上記ZST相、NZT相の2相に加え、ZrSiO〔ZS相〕の存在が認められた。ZS相のピークはSiO量の増加に伴い大きくなることから、SiO量の増加に伴い生成量が増加すると考えられる。EPMAによる元素分析結果から、SiはZST相、NZT相とは異なる位置に分布し、Zr、Oとともに偏析していることが分かった。図2に、SiO量が0.5wt%の焼結体(焼成温度:1300℃)断面の微細構造を模式的に示しておく。
【0030】
SiO量が0.5wt%未満の焼結体は、X線回折パターンにZST相及びNZT相の存在は認められるが、ZS相については検出が困難であった。ZS相量が少ないためピークが小さくなったためである。そこで、EPMAによる元素分布およびTEM−EDSによる点分析および電子線回折を行った結果、SiはZST相、NZT相と異なる場所に位置し、SiとZrは、ほぼ1:1のモル比でOを伴い結晶相を形成している。このことから、これら焼結体についても、Si、Zr、OによりZS相が生成していると判断した。
なお、SiOが0.01wt%以下の試料では、TEM−EDSなどによってもZS相の存在は確認できなかった。
【0031】
【表2】

【0032】
表2に示すように、微量のSiOを含有することにより、焼結体の曲げ強度σが向上することがわかる。しかも、微量のSiOを含有することによって、比誘電率εrの焼成温度依存性を示すγεrを小さくすることができる。ただし、SiOの量が1.0wt%を超えるとγεrが大きくなるとともに、誘電特性も低くなる傾向にある。
焼結体の構成相についてみると、(Zr,Sn)TiO〔ZST相〕及び(Ni,Zn)TiO〔NZT相〕は、全ての焼結体に存在している。これに対してSiOに起因するZrSiO〔ZS相〕は、SiOの量が0.015wt%以上で確認された。つまり、ZrSiO相は所定量以上のSiOを含む場合に生成されるとともに、ZrSiO相が生成されるとγεrを8%以下にすることができる。
以上の結果に基づいて、本発明の誘電体磁器は、SiO量を0.015〜1.0wt%とする。好ましいSiO量は0.05〜0.5wt%、さらに好ましいSiO量は0.1〜0.2wt%である。
【実施例3】
【0033】
主成分の出発原料としてZrO粉末、SnO粉末及びTiO粉末を、副成分の出発原料としてZnO粉末、NiO粉末を以下の組成となるように用意し、かつ副成分としSiO粉末及びNb粉末を表3に示す量とし、さらに表3に示す温度で焼成した以外は、実施例1と同様にして焼結体を作製した。なお、焼成温度は厳密に制御している。
主成分:ZrO=40mol%、SnO=10mol%、TiO=50mol%
副成分:ZnO=1.5wt%、NiO=0.5wt%、SiO、Nb=表3
得られた焼結体について実施例1と同様に誘電特性、焼結体の曲げ強度σを測定するとともに、測定結果から下記式(2)のγεrを求めた。また、実施例2と同様に焼結体の生成相を特定した。結果を表3に示す。
γεr=(εmax−εmin)/εmax×100(%)…式(2)
εmax:焼成温度(1300〜1400℃)における比誘電率εrの最大値
εmin:焼成温度(1300〜1400℃)における比誘電率εrの最小値
【0034】
【表3】

【0035】
表3に示すように、Nbを含有させることにより、曲げ強度σが向上することがわかる。しかし、Nb量を必要以上に多くしても曲げ強度向上効果が飽和するとともに、比誘電率εrの焼成温度依存性が大きくなる傾向にあるため、0.2wt%以下とする。曲げ強度向上効果及び比誘電率εrの焼成温度依存性を考慮すると、Nbは0.03〜0.1wt%とするのが好ましい。
【実施例4】
【0036】
主成分の出発原料としてZrO粉末、SnO粉末及びTiO粉末を、副成分の出発原料としてZnO粉末及びNiO粉末を以下の組成となるように用意し、かつ副成分としてSiO粉末、Nb粉末及びKCO粉末を表4に示す量(ただし、KCO粉末は酸化物(KO)換算量)とし、さらに表4に示す温度で焼成した以外は、実施例1と同様にして焼結体を作製した。なお、焼成温度は厳密に制御している。
主成分:ZrO=40mol%、SnO=10mol%、TiO=50mol%
副成分:ZnO=1.5wt%、NiO=0.5wt%、SiO、Nb、KO粉末=表4
得られた焼結体について実施例1と同様に誘電特性、焼結体の曲げ強度σを測定するとともに、測定結果から下記式(2)のγεrを求めた。また、実施例2と同様に焼結体の生成相を特定した。結果を表4に示す。
γεr=(εmax−εmin)/εmax×100(%)…式(2)
εmax:焼成温度(1300〜1400℃)における比誘電率εrの最大値
εmin:焼成温度(1300〜1400℃)における比誘電率εrの最小値
【0037】
【表4】

【0038】
表4に示すように、KOを含むことにより、比誘電率εrの焼成温度依存性を抑制することができる。ただし、過剰に含むと誘電特性、特にQ×f値の低下を招くため、本発明では、KOの量を0.035wt%以下にする。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】本発明の主成分組成を規定する三元組成図である。
【図2】SiO量が0.5wt%の焼結体(焼成温度:1300℃)断面の微細構造を模式的に示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
図1に示すZrO,SnO及びTiOの三元組成図において、
点A(ZrO=48mol%,SnO=12mol%,TiO=40mol%)、
点B(ZrO=36mol%,SnO=24mol%,TiO=40mol%)、
点C(ZrO=30mol%,SnO=20mol%,TiO=50mol%)、
点D(ZrO=36mol%,SnO=9mol%,TiO=55mol%)、
点E(ZrO=40.5mol%,SnO=4.5mol%,TiO=55mol%)、
点F(ZrO=49.5mol%,SnO=5.5mol%,TiO=45mol%)で囲まれる領域の組成を主成分とし、
前記主成分に対する副成分として、
ZnO:0.5〜5wt%、
NiO:0.1〜3wt%、
SiO:0.015〜1.0wt%を含有する焼結体からなり、
前記焼結体は、主相として(Zr,Sn)TiOを、また、副相として(Zn,Ni)TiO及びZrSiOを含むことを特徴とする誘電体磁器。
【請求項2】
前記主成分に対する副成分として、Nb:0.2wt%以下(ただし、0を含まず)含有することを特徴とする請求項1に記載の誘電体磁器。
【請求項3】
前記主成分に対する副成分として、KO:0.035wt%以下(ただし、0を含まず)含有することを特徴とする請求項1又は2に記載の誘電体磁器。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−51694(P2009−51694A)
【公開日】平成21年3月12日(2009.3.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−220266(P2007−220266)
【出願日】平成19年8月27日(2007.8.27)
【出願人】(000003067)TDK株式会社 (7,238)
【Fターム(参考)】