説明

誘電体組成物、及び誘電体膜素子

【課題】電子放出素子における電子放出量の経時劣化を改善できる誘電体組成物を提供すること。
【解決手段】PbxBi(Mgy/3Nb2/3aTib-zZr3[0.95≦x≦1.05、0.02≦p≦0.1、0.8≦y≦1.0であり、かつ(a,b,c)が(0.550,0.425,0.025),(0.550,0.150,0.300),(0.100,0.150,0.750),(0.100,0.525,0.375),(0.375,0.425,0.200)の5点で囲まれる範囲内となるような小数。また、0.02≦z≦0.10で、MはNb,Ta,Mo,Wから選ばれる少なくとも1種である。]で示されるPMN−PZ−PT三成分固溶系組成物を主成分とし、0.05〜2.0重量%のNiOの含有量に相当するNiを含有した誘電体組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、誘電体組成物、及びこの誘電体組成物を適用した誘電体膜素子に関する。更に詳しくは、フィールドエミッションディスプレイ(FED)等のディスプレイや、電子線照射装置、光源、電子部品製造装置、電子回路部品のような、電子線を利用した種々の装置における電子線源としての電子放出素子に対して好適に適用され得る、誘電体組成物及び誘電体膜素子に関する。
【背景技術】
【0002】
上述の電子放出素子は、周知の通り、所定の真空度の真空中で、エミッタ部(電子放出部)に所定の電界が印加されることで、当該エミッタ部から電子が放出されるように構成されている。この電子放出素子がFEDに適用される場合、複数の電子放出素子が二次元的に配列される。また、これら複数の電子放出素子に対応して、複数の蛍光体が、各電子放出素子と所定の間隔をもってそれぞれ配置される。そして、二次元配列された複数の電子放出素子中の、任意の位置のものが選択的に駆動されることによって、任意の位置の電子放出素子から電子が放出される。この放出された電子が蛍光体に衝突することで、任意の位置の蛍光体より蛍光が発せられ、以て所望の表示を行うことができる。
【0003】
この電子放出素子の具体例としては、例えば、下記特許文献1〜5が挙げられる。これらの電子放出素子は、尖った先端部を有する微細な導体電極からなるエミッタ部を有している。そして、これらの電子放出素子は、当該エミッタ部に対向して設けられた対向電極と当該エミッタ部との間に所定の駆動電圧を印加することで、当該エミッタ部における上述の先端部から電子を放出するように構成されている。
【0004】
よって、この先端部を構成する微細な導体電極を形成するためには、エッチングやフォーミング加工等による微細加工が必要であり、製造工程が複雑となっていた。また、上述の導体電極の先端部から所定の真空度の真空中に所定量の電子を放出させるためには、駆動電圧として或る程度の高電圧が必要となる。よって、この電子放出素子を駆動するためのIC等の駆動素子として、高電圧駆動に対応可能な高価なものが必要であった。
【0005】
このように、エミッタ部を導体電極とした上述の電子放出素子では、当該電子放出素子そのものや、この電子放出素子が適用された装置の製造コストが高くなるという問題があった。
【0006】
そこで、エミッタ部が誘電体で構成された電子放出素子が案出され、例えば、下記特許文献6,7に開示されている。また、誘電体をエミッタ部とする場合の電子放出に関する一般的な知見は、下記非特許文献1〜3にて開示されている。
【0007】
この特許文献6,7に開示された電子放出素子(以下、単に「従来の電子放出素子」という。)は、誘電体で構成されたエミッタ部の表面の一部をカソード電極で覆うとともに、このエミッタ部の裏面上、又はエミッタ部の表面上であってカソード電極と所定の間隔を設けた位置にアノード電極を配設することにより構成される。すなわち、エミッタ部の表面側に、カソード電極もアノード電極も形成されていないエミッタ部表面の露出部が、カソード電極の外縁部近傍に存在するように、電子放出素子が構成される。
【0008】
この従来の電子放出素子は、以下のように動作する。先ず第1段階として、カソード電極とアノード電極との間に、カソード電極の方が高電位となるような電圧が印加される。この印加電圧によって形成された電界によって、エミッタ部(特に前記の露出部)が所定の分極状態に設定される。次に、第2段階として、カソード電極とアノード電極との間に、カソード電極の方が低電位となるような電圧が印加される。このとき、カソード電極の外縁部から1次電子が放出されるとともに、エミッタ部の分極が反転する。この分極が反転したエミッタ部の露出部に、前記の1次電子が衝突することで、エミッタ部(特に前記の露出部)から2次電子が放出される。この2次電子が、外部からの所定の電界により所定方向に飛翔することで、この電子放出素子による電子放出が行われる。
【特許文献1】特開平1−311533号公報
【特許文献2】特開平7−147131号公報
【特許文献3】特開2000−285801号公報
【特許文献4】特公昭46−20944号公報
【特許文献5】特公昭44−26125号公報
【特許文献6】特開2004−146365号公報
【特許文献7】特開2004−172087号公報
【非特許文献1】安岡、石井著「強誘電体陰極を用いたパルス電子源」応用物理第68巻第5号、p546〜550(1999)
【非特許文献2】V.F.Puchkarev, G.A.Mesyats, On the mechanism of emission from theferroelectric ceramic cathode, J.Appl.Phys., vol. 78, No. 9, 1 November, 1995,p. 5633-5637
【非特許文献3】H.Riege, Electron emission ferroelectrics - a review, Nucl. Instr.and Meth. A340, p. 80-89(1994)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、エミッタ部に誘電体を用いた前記従来の電子放出素子においても、エミッタ部の繰り返し使用による劣化による電子放出量の低下が大きいという問題があった。
【0010】
本発明は、上述した問題に鑑みてなされたものであり、電子放出素子に適用された場合に電子放出量の繰り返し使用による劣化を改善することができる誘電体組成物、及びこの誘電体組成物を適用した誘電体膜素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段及び発明の効果】
【0011】
上述した目的を達成するため、本発明は、
一般式:PbxBi(Mgy/3Nb2/3aTib-zZr3・・・(1)
[前記一般式(1)中、0.85≦x≦1.03、0.02≦p≦0.1、0.8≦y≦1.0であり、かつa,b,cが、(a,b,c)=(1,0,0),(0,1,0),(0,0,1)の3点を頂点とする三角座標における、(0.550,0.425,0.025),(0.550,0.150,0.300),(0.100,0.150,0.750),(0.100,0.525,0.375),(0.375,0.425,0.200)の5点で囲まれる範囲内となるような小数である。また、0.02≦z≦0.10で、MはNb,Ta,Mo,Wから選ばれる少なくとも1種である。]で示される組成物を主成分とする誘電体組成物を対象とするものであって、当該誘電体組成物中のNiOの含有量に換算した場合に0.05〜2.0重量%に相当する量のNiを含有していることを特徴としている(この誘電体組成物を以下「本発明の第1の誘電体組成物」と称する)。
【0012】
また、本発明の誘電体組成物は、
一般式:PbxBiSr(Mgy/3Nb2/3aTib-zZr3・・・(2)
[前記一般式(2)中、0.65≦x≦1.01、0.02≦p≦0.1、0.02≦q≦0.20、0.8≦y≦1.0であり、かつa,b,cが、(a,b,c)=(1,0,0),(0,1,0),(0,0,1)の3点を頂点とする三角座標における、(0.550,0.425,0.025),(0.550,0.150,0.300),(0.100,0.150,0.750),(0.100,0.525,0.375),(0.375,0.425,0.200)の5点で囲まれる範囲内となるような小数である。また、0.02≦z≦0.10で、MはNb,Ta,Mo,Wから選ばれる少なくとも1種である。]で示される組成物を主成分とする誘電体組成物を対象とするものであって、当該誘電体組成物中のNiOの含有量に換算した場合に0.05〜2.0重量%に相当する量のNiを含有していることを特徴としている(この誘電体組成物を以下「本発明の第2の誘電体組成物」と称する。また、前記第1及び第2の誘電体組成物、並びにこれら第1及び第2の誘電体組成物の下位概念の組成物を含めて「本発明の誘電体組成物」と総称する。)。
【0013】
ここで、本発明の第1の誘電体組成物は、好適には、
一般式:Pbx(Mgy/3Nb2/3aTibZrc3・・・(3)
[前記一般式(3)中、0.95≦x≦1.05、0.8≦y≦1.0であり、かつa,b,cが、(a,b,c)=(1,0,0),(0,1,0),(0,0,1)の3点を頂点とする三角座標における、(0.550,0.425,0.025),(0.550,0.150,0.300),(0.100,0.150,0.750),(0.100,0.525,0.375),(0.375,0.425,0.200)の5点で囲まれる範囲内となるような小数である。]で示される前記組成物を主成分とする誘電体組成物において、Pb原子の2〜10モル%がBiで置換され且つTi原子の2〜10モル%がNb,Ta,Mo,Wから選ばれる少なくとも1種で置換され、更にNiOを当該誘電体組成物全体に対して0.05〜2.0重量%含有するように構成される。
【0014】
かかる誘電体組成物は、例えば、以下のようにして得られる。まず、Pb,Mg,Nb,Ti,Zr,Ni,Bi,Ta等の各元素酸化物又は炭酸塩等を用いて、各元素のモル分率が前記範囲内となるように調製した混合物を得る。次に、当該混合物を密閉容器内に入れ、所定温度にて仮焼し合成する。次いで、仮焼により得られた仮焼物を粉砕し、所望の粒径とすることにより、本発明の誘電体組成物を得ることができる。
【0015】
このようにして得られた誘電体組成物を用いて、一般的な製造プロセス(例えば、スクリーン印刷法、ディッピング法、塗布法、電気泳動法、エアロゾルデポジション法、イオンビーム法、スパッタリング法、真空蒸着法、イオンプレーティング法、化学気相成長法(CVD)、めっきやグリーンシート法等)によって誘電体層を形成することで、後述する本発明の誘電体膜素子を得ることができる。
【0016】
また、本発明の第2の誘電体組成物は、好適には、前記一般式(3)で示される前記組成物を主成分とする誘電体組成物において、Pb原子の2〜10モル%がBiで置換され、Pb原子の2〜20モル%がSrで置換され、且つTi原子の2〜10モル%がNb,Ta,Mo,Wから選ばれる少なくとも1種で置換され、更にNiOを当該誘電体組成物全体に対して0.05〜2.0重量%含有するように構成される。かかる本発明の第2の誘電体組成物の調製も、上述の第1の誘電体組成物と同様に行われ得る。
【0017】
更に、本発明の第1及び第2の誘電体組成物は、より好適には、MnO2の含有率に換算した場合に0.05〜1.0重量%に相当するMnを含有している。
【0018】
そして、上述した本発明の特定範囲のうち、BiによるPbの置換量は2〜5モル%(すなわち前記一般式(1)におけるxが0.90≦x≦1.03、pが0.02≦p≦0.05)がより好適である。また、SrによるPbの置換量は1〜15モル%(すなわち前記一般式(2)におけるxが0.70≦x≦1.01、pが0.02≦p≦0.10(より好ましくはxが0.75≦x≦1.01、pが0.02≦p≦0.05)、qが0.01≦q≦0.15)がより好適であり、1〜12モル%(すなわち前記一般式(2)におけるxが0.73≦x≦1.01、pが0.02≦p≦0.10(より好ましくはxが0.78≦x≦1.01、pが0.02≦p≦0.05)、qが0.01≦q≦0.12)が更に好適である。また、Nb等によるTiの置換量は3〜8モル%(すなわち前記一般式(1)及び(2)におけるzが0.03≦z≦0.08)がより好適である。また、Niの含有量は、NiOの含有率に換算した場合で0.50〜1.0重量%となるような量であることがより好適である。また、Mnの含有量は、MnO2の含有率に換算した場合で0.01〜0.2重量%となるような量であることがより好適である。
【0019】
かかる構成を有する本発明の誘電体組成物によれば、従来の電子放出素子における誘電体エミッタよりも繰り返し使用による劣化が改善された誘電体エミッタを得ることができ、これにより電子放出素子の耐久性が向上する。よって、本発明によれば、電子放出素子に適用された場合に電子放出量の繰り返し使用による劣化を改善することができる誘電体組成物を提供することが可能になる。
【0020】
また、本発明の誘電体組成物を用いた誘電体膜素子は、前記構成の誘電体組成物からなる誘電体層と、この誘電体層の表面側に設けられた第1電極と、前記誘電体層の表面側又は裏面側に設けられた第2電極と、前記誘電体層の裏面側に配置され当該誘電体層を支持する基体と、を備え、前記第1電極と第2電極との間に駆動電圧を印加することで前記誘電体層の前記表面から電子を放出するように構成されたことを特徴としている。
【0021】
ここで、前記構成の誘電体膜素子においては、前記第2電極は、前記基体の表面上に固着して設けられ、前記誘電体層は、前記第2電極上に固着して設けられていることが好適である。すなわち、かかる構成においては、基体の表面上に第2電極が固着して設けられ、この第2電極上に誘電体層が固着して設けられ、この誘電体層の表面側に第1電極が設けられている。
【0022】
かかる構成によれば、第1電極と第2電極とを共に誘電体層の表面側に設ける構成と比べて、単一の電子放出素子を構成するために必要な面積を小さくすることができ、電子放出素子の実装密度が高くなる。よって、特にFEDに応用した場合に高解像度化が容易に達成され得る。また、かかる構成によれば、第1電極と第2電極とが、誘電体層の異なる面側(より好適には表面側と裏面側)にそれぞれ設けられることとなる。すなわち、第1電極と第2電極との間には誘電体層が介在する構成となる。よって、両電極を共に誘電体層の表面側に設ける構成と比べて、両電極間に比較的高電圧を印加した場合にも放電が起こりにくくなる。したがって、耐久性のみならず電子放出量自体も向上された好適な電子放出素子を提供することが可能となる。
【0023】
更に、前記構成の誘電体膜素子においては、前記誘電体層の厚さが、好ましくは1〜300μmに構成されている。
【0024】
前記誘電体層の厚さが1μm未満であると、誘電体層の欠陥が多くなって緻密化が不十分となるので、電子放出素子における電子放出箇所以外の欠陥部分の電界強度が電子放出箇所の電界強度よりも強くなってしまい、好適な電子放出特性が得られにくくなる。更に、第1電極と第2電極とが誘電体層の異なる面側(特に表面側と裏面側)にそれぞれ設けられる構成にあっては、両電極間の距離が小さくなりすぎることで駆動電圧の印加による絶縁破壊のおそれがある。
【0025】
一方、前記誘電体層の厚さが300μmを超えると、駆動電圧の印加によって誘電体層に生じる応力が大きくなり、この大きな応力によっても誘電体層を良好に支持し得るためにはより厚い基体が必要となる。よって、電子放出素子の小型化・薄型化が困難になり、特にFEDに応用する場合に不都合である。更に、第1電極と第2電極とが誘電体層の異なる面側に設けられる構成にあっては、電子放出動作に必要な所定の電界強度を得るための駆動電圧が大きくなりすぎ、高電圧対応の駆動ICが必要になる等、電子放出素子の製造コストが上昇してしまう。
【0026】
そして、組織の緻密化、絶縁破壊の防止、電子放出素子の小型化・薄型化、低電圧駆動化を達成しつつ、製造歩留まりが良く安定した電子放出性能を得るために、誘電体層の厚さが、より好ましくは5〜100μmに構成されている。
【0027】
ここで、本発明の誘電体膜素子を適用した電子放出素子は、特に、以下のような動作を行い得るように構成されることが好適である。まず第1段階として、前記第1電極が前記第2電極よりも低電位となるような駆動電圧が印加されることで、前記第1電極から前記誘電体層の表面に向けて電子の放出(供給)が行われる。すなわち、当該誘電体層の表面上に電子が蓄積(帯電)される。次に、第2段階として、前記第1電極が前記第2電極よりも高電位となるような駆動電圧が印加されることで、この誘電体層の表面上に蓄積された電子が放出される。かかる構成によれば、前記第1段階における前記誘電体層表面の帯電量の制御が比較的容易であるため、安定した電子放出量が高い制御性で得られる。
【0028】
特に、第1電極に開口部を形成し、この開口部に対応する誘電体層表面を外部に露出するように誘電体膜素子を構成することが好適である。かかる構成によれば、単一の電子放出素子における電子放出量が向上されると同時に、前記開口部が、誘電体層表面から放出される電子に対して、ゲート電極又はフォーカス電子レンズのような機能を果たし得る。よって、放出電子の直進性を向上させることができる。これにより、複数の電子放出素子を平面状に配列した場合、隣接する電子放出素子間のクロストークが減少する。特に、FEDに応用された場合に解像度が向上する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0029】
以下、本発明の好適な実施の形態を、表及び必要に応じて図面を参照しながら説明する。
【0030】
<電子放出素子を用いたFEDの概略構成>
図1は、本実施形態に係る誘電体組成物からなる誘電体膜素子である電子放出素子10を使用して構成された、FEDとしてのディスプレイ100の概略構成を示す一部断面図である。
【0031】
ディスプレイ100は、電子放出素子10と、その電子放出素子10の上方に配置された透明板130と、その透明板130の下面(すなわち電子放出素子10と対向する面)に形成されたコレクタ電極132と、そのコレクタ電極132の下面(同上)に形成された蛍光体層134と、コレクタ電極132に抵抗を介して接続されたバイアス電圧源136と、電子放出素子10と接続されるパルス発生源18とを備えている。
【0032】
透明板130は、ガラスやアクリル製の板から構成されている。コレクタ電極132は、ITO(インジウム・錫酸化物)薄膜等の透明電極により構成されている。また、電子放出素子10と蛍光体層134との間の空間は、所定の真空度、例えば102〜10-6Pa、より好ましくは10-3〜10-5Paの真空度の真空雰囲気とされている。また、コレクタ電極132には、所定の抵抗器を介してバイアス電圧源136からコレクタ電圧Vcが印加されるようになっている。そして、このディスプレイ100は、コレクタ電圧Vcの印加によって発生する電界によって、電子放出素子10から放出された電子がコレクタ電極132に向かって飛翔し、この飛翔した電子が蛍光体層134と衝突して蛍光を発することにより、所定の画素の発光が行われるように構成されている。
【0033】
電子放出素子10は、セラミックスからなる基体としての基板11の上に2次元的に多数形成されている。この電子放出素子10は、エミッタ部12と、このエミッタ部12の表面12a上に形成された第1電極14と、前記基板11上に形成されていて前記エミッタ部12の裏面12bと接するように配置された第2電極16とを備えている。また、第1電極14及び第2電極16には、これら両電極間に駆動電圧Vaを印加するためのパルス発生源18が接続されている。なお、図1においては、基板11の上に2次元的に多数形成されている電子放出素子10のうちの1つが図示されているものとする。また、図1における右端には、隣接するもう1つの電子放出素子10の一部である第1電極14が図示されているものとする。
【0034】
エミッタ部12は、本発明の誘電体組成物からなる多結晶体から構成された誘電体層であり、厚さhは、好ましくは1〜300μm、より好ましくは5〜100μmに構成されている。
【0035】
第1電極14は、金属膜、金属粒子、非金属導電性膜(カーボン膜や非金属導電性酸化物膜等)や非金属導電性粒子(カーボン粒子や導電性酸化物粒子等)からなり、前記表面12a上に塗布や蒸着等によって、厚さが0.1〜20μmとなるように形成されている。上述の金属膜や金属粒子の材質としては、白金、金、銀、イリジウム、パラジウム、ロジウム、モリブデン、タングステン及びこれらの合金が好ましい。また、上述の非金属導電性膜や非金属導電性粒子の材質としては、黒鉛、ITO(インジウム・錫酸化物)、LSCO(ランタン・ストロンチウム・銅酸化物)が好ましい。この第1電極14が金属粒子や非金属導電性粒子から形成される場合の粒子形状としては、鱗片状、板状、箔状、針状、棒状、コイル状が好ましい。
【0036】
この第1電極14には、複数の開口部20が形成されている。この開口部20は、エミッタ部12の表面12aを電子放出素子10の外部(すなわち上述の真空雰囲気:以下同様)に露出するように形成されている。また、第1電極14の外周における外縁部21においても、エミッタ部12の表面12aが電子放出素子10の外部に露出されている。なお、第1電極14に形成された複数の開口部20における開口面積の合計が、電子放出に寄与し得るエミッタ部12の全表面積(当該開口部20における開口面積の合計を含む)対する割合として5〜80%となるように、開口部20が形成されていることが好適である。ここで、上述の、電子放出に寄与し得るエミッタ部12の全表面積は、第1電極14の外周に形成された外縁部21の近傍にて露出しているエミッタ部12の表面(第1電極14の外周部の直下のエミッタ部12の表面)と、開口部20における全開口面積とを合算した面積に相当する。
【0037】
第2電極16は、金属膜により構成されていて、厚さが20μm以下、より好適には5μm以下となるように形成されている。この第2電極16も、上述の第1電極と同様に、基板11上に塗布や蒸着等により形成されている。
【0038】
すなわち、本電子放出素子10においては、基板11の上面上に第2電極16が固着して設けられている。また、この第2電極16の上面と固着してエミッタ部12が設けられている。さらに、このエミッタ部12の表面12a上に第1電極14が設けられている。なお、ここでいう「固着」とは、有機系や無機系の接着剤を用いることなく直接かつ緊密に接合されることを意味するものとする。
【0039】
そして、本電子放出素子10は、以下に詳述するように、第1電極14から供給された電子が、開口部20及び外縁部21に対応するエミッタ部12の表面12a上に蓄積された後に、この表面12a上に蓄積された電子が、当該電子放出素子10の外部に向けて(すなわち蛍光体層134に向けて)放出されるように構成されている。
【0040】
<電子放出素子の構成の詳細>
図2は、図1に示した電子放出素子10の要部を拡大した断面図である。上述の通り、エミッタ部12は多結晶体から構成されている。よって、エミッタ部12の表面12aには、図1や図2に示されている通り、結晶粒界等により微視的な凹凸が形成されていて、当該凹凸によって、エミッタ部12の表面12aに凹部24が形成されている。そして、第1電極14の開口部20は、前記凹部24に対応した部分に形成されている。なお、図1や図2の例では、1つの凹部24に対応して1つの開口部20が形成されている場合が示されているが、複数の凹部24に対応して1つの開口部20が形成されている場合もあり得る。
【0041】
また、図2に示すように、開口部20は、当該開口部20の開口縁(後述する内縁26b)で囲まれた空間で構成される貫通孔20aと、その貫通孔20aの周囲の第1電極14の部分である周部26とからなる。そして、第1電極14は、開口部20の周部26におけるエミッタ部12と対向する面26aが、エミッタ部12から離隔するように形成されている。すなわち、第1電極14のうちの、開口部20の周部26におけるエミッタ部12と対向する面26aと、エミッタ部12と、の間に、ギャップ28が形成されている。そして、第1電極14における、開口部20の周部26が、側断面視にて庇状(フランジ状)に形成されている(従って、以下の説明では、「第1電極14の開口部20の周部26」を「第1電極14の庇部26」と記す。また、「第1電極14のうち、開口部20の周部26におけるエミッタ部12と対向する面26a」を「庇部26の下面26a」と記す。)。
【0042】
また、本電子放出素子10においては、エミッタ部12の表面12a(凹凸形状における凸部の頂点付近の面)と、第1電極14の庇部26の下面26aとのなす角の最大角度θが、1°≦θ≦60°となるように構成されている。
【0043】
また、本電子放出素子10においては、エミッタ部12の表面12aと、第1電極14の庇部26の下面26aと、の間の鉛直方向に沿った最大間隔dが、0μm<d≦10μmとされるとともに、当該表面12aの表面粗さが、Ra(中心線平均粗さ:単位μm)で0.005以上0.5以下となるように、エミッタ部12及び第1電極14が形成されている。
【0044】
そして、エミッタ部12の表面12aと、第1電極14と、当該電子放出素子10の外部の媒質(真空)と、の接触箇所において、トリプルジャンクション(第1電極14とエミッタ部12と真空との接触により形成される3重点)26cが形成されている。このトリプルジャンクション26cは、第1電極14と第2電極16との間に駆動電圧Vaを印加した場合に、電気力線の集中(電界集中)が生じる箇所(電界集中部)である。なお、ここにいう「電気力線の集中」とは、仮に第1電極14,エミッタ部12,及び第2電極16を側断面視無限長の平板として電気力線を描く場合に、下側電極16から均等間隔で発した電気力線が集中する箇所をいうものとする。この電界集中部における電気力線の集中(電界集中)の様子は、有限要素法による数値解析によってシミュレーションすることで簡単に確認され得る。
【0045】
さらに、本実施形態においては、開口部20は、当該開口部20の内縁26bが前記電界集中部となるような形状を備えている。具体的には、前記開口部20の庇部26の側断面視における形状は、当該庇部26の先端である前記内縁26bに向かって鋭角に尖っている(厚みが徐々に薄くなっていく)ように形成されている。なお、上述のような、開口部20の内縁26bにおける前記電界集中部、及び前記トリプルジャンクション26cは、第1電極14の外周における外縁部21に対応する位置にも形成されている。
【0046】
ここで、開口部20は、平面視にて、円形、楕円形、多角形、不定形など、様々な形状に形成され得る。また、当該開口部20は、平面視における貫通孔20aの面積と同面積の円形に当該貫通孔20aの形状を近似した場合に、当該円形の直径の平均(以下、「貫通孔20aの平均径」と称する)が、0.1μm以上、20μm以下となるような大きさに形成されている。その理由は、以下の通りである。
【0047】
図2に示されているように、エミッタ部12のうちの、駆動電圧Vaに応じて分極が反転あるいは変化する部分は、第1電極14が形成されている直下の部分(第1の部分)40と、開口部20の内縁26b(内周)から開口部20の内方に向かう領域に対応した部分(第2の部分)42である。特に、第2の部分42の発生範囲は、駆動電圧Vaのレベルや当該部分の電界集中の度合いによって変化する。ここで、本実施形態における貫通孔20aの平均径が上述の範囲(0.1μm以上、20μm以下)であれば、開口部20にて放出される電子の放出量が充分稼げるとともに、効率よく電子を放出することができる。
【0048】
一方、貫通孔20aの平均径が0.1μm未満の場合、前記第2の部分42の面積が小さくなる。この第2の部分42は、第1電極14から供給された電子を蓄積して電子放出に寄与するエミッタ部12の表面12aの領域(電子放出箇所)のうちの、主要な部分を構成する。よって、この第2の部分42の面積が小さくなることで、放出される電子の量が少なくなる。また、貫通孔20aの平均径が20μmを超える場合、エミッタ部12の前記開口部20から露出した部分のうち、第2の部分42の割合(占有率)が小さくなる。よって、電子の放出効率が低下する。
【0049】
<電子放出素子の電子放出原理>
次に、電子放出素子10の電子放出原理について、図3〜図5を用いて説明する。本実施形態においては、第1電極14と第2電極16との間に印加される駆動電圧Vaとしては、図3に示されている通りの、周期が(T1+T2)の矩形波の交流電圧が用いられる。この駆動電圧Vaにおいては、基準電圧(波動の中心に対応する電圧)が0Vである。また、駆動電圧Vaにおいては、第1段階としての時間T1にて、第1電極14の方が第2電極16よりも低電位となる(負電圧)V2となり、続く第2段階としての時間T2にて、第1電極14の方が第2電極16よりも高電位となる(正電圧)V1となる。
【0050】
また、初期状態において、エミッタ部12の分極方向が一方向に揃えられていて、例えば双極子の負極がエミッタ部12の表面12aに向いた状態(図4A参照)となっている場合を想定して説明する。
【0051】
まず、基準電圧が印加されている初期状態では、図4Aに示すように、双極子の負極がエミッタ部12の表面12aに向いた状態となっていることから、エミッタ部12の表面12aには電子がほとんど蓄積されていない状態となっている。
【0052】
その後、負電圧V2が印加されると、分極が反転する(図4B参照)。この分極反転によって、前記した電界集中部である内縁26bやトリプルジャンクション26cにおいて電界集中が発生する。これにより、第1電極14における前記の電界集中部からエミッタ部12の表面12aに向けた電子放出(供給)が起こる。例えば、表面12aのうち、第1電極14の開口部20から露出した部分や第1電極14の庇部26近傍の部分に、電子が蓄積される(図4C参照)。すなわち、表面12aが帯電する。この帯電は、エミッタ部12の表面抵抗値により一定の飽和状態となるまで可能であり、制御電圧の印加時間により帯電量を制御することが可能である。このように、第1電極14(特に前記電界集中部)が、エミッタ部12(表面12a)への電子供給源として機能する。
【0053】
その後、駆動電圧Vaが、負電圧V2から、図5Aの如く一旦基準電圧となった後、さらに、駆動電圧Vaとして正電圧V1が印加されると、分極が再度反転する(図5B参照)。すると、双極子の負極とのクーロン反発力によって、表面12aに蓄積されていた電子が、貫通孔20aを通過して外部に向けて放出される(図5C参照)。
【0054】
なお、第1電極14における、開口部20のない外周部における外縁部21においても、上述と同様に電子放出が行われるようになっている。
【0055】
<電子放出素子の構成の等価回路>
また、本実施形態の構成は、図6に示されているように、電気回路的な特性として、第1電極14と第2電極16との間に、エミッタ部12によるコンデンサC1と、各ギャップ28による複数のコンデンサCaの集合体とが形成された構成に近似され得る。すなわち、各ギャップ28による複数のコンデンサCaは、互いに並列に接続された1つのコンデンサC2として再構成され得る。そして、上述の集合体によるコンデンサC2と、エミッタ部12によるコンデンサC1とが直列接続された形の等価回路が構成され得る。
【0056】
もっとも、集合体によるコンデンサC2と、エミッタ部12によるコンデンサC1とが単純に直列接続された等価回路は実際的ではない。すなわち、第1電極14への開口部20の形成個数や全体の形成面積等に応じて、エミッタ部12によるコンデンサC1のうちの、集合体によるコンデンサC2と直列接続される割合が変化する。
【0057】
ここで、図7に示すように、例えばエミッタ部12によるコンデンサC1のうち、その25%が集合体によるコンデンサC2と直列接続された場合を想定して、容量計算を行ってみる。
【0058】
ギャップ28は、真空であることから、比誘電率は1となる。そして、ギャップ28の最大間隔dを0.1μm、1つのギャップ28の部分の面積Sを1μm×1μmとし、ギャップ28の数を10,000個とする。また、エミッタ部12の比誘電率を2000、エミッタ部12の厚みを20μm、第1電極14と第2電極16の対向面積を200μm×200μmとする。
【0059】
以上の仮定の下では、集合体によるコンデンサC2の容量値は0.885pFとなり、エミッタ部12によるコンデンサC1の容量値は35.4pFとなる。そして、エミッタ部12によるコンデンサC1のうち、集合体によるコンデンサC2と直列接続されている部分を全体の25%としたとき、当該直列接続された部分における容量値(集合体によるコンデンサC2の容量値を含めた容量値)は0.805pFとなり、残りの容量値は26.6pFとなる。
【0060】
上述のエミッタ部12によるコンデンサC1のうち、集合体によるコンデンサC2と直列接続された部分以外の残りの部分は、当該直列接続された部分と並列接続されている。よって、第1電極14と第2電極16との間の全体の合成容量値は、27.5pFとなる。この合成容量値は、エミッタ部12によるコンデンサC1の容量値35.4pFの78%である。つまり、全体の合成容量値は、エミッタ部12によるコンデンサC1の容量値よりも小さくなる。
【0061】
このように、ギャップ28によるコンデンサCaの容量値、及び当該ギャップ28の集合体の合成容量C2は、直列接続されるエミッタ部12によるコンデンサC1よりも非常に小さいものとなる。よって、このコンデンサCa(C2)及びC1の直列回路に印加電圧Vaを印加した場合の分圧の大部分は、容量の小さな方のコンデンサCa(C2)の方に印加される。換言すれば、印加電圧Vaの大部分がギャップ28に印加されることになる。したがって、各ギャップ28において、印加電圧が高い効率で印加され、その結果、より多くの電子放出量が得られる。すなわち、電子放出素子の高出力化が実現される。
【0062】
また、集合体によるコンデンサC2は、エミッタ部12によるコンデンサC1に直列接続された構造となる。よって、全体の合成容量値は、エミッタ部12によるコンデンサC1の容量値よりも小さくなる。したがって、全体の消費電力が小さくなるという好ましい特性を得ることができる。
【0063】
<第1実施形態の誘電体組成物の概要>
本実施形態に用いられるエミッタ部12は、具体的には、下記の一般式(1)に示す組成物を主成分とし、NiOを特定の割合で含有する誘電体組成物からなるものである。
【0064】
PbxBi(Mgy/3Nb2/3aTib-zZr3・・・(1)
[前記一般式(1)中、0.85≦x≦1.03、0.02≦p≦0.1、0.8≦y≦1.0であり、かつa,b,cが、(a,b,c)=(1,0,0),(0,1,0),(0,0,1)の3点を頂点とする三角座標における、(0.550,0.425,0.025),(0.550,0.150,0.300),(0.100,0.150,0.750),(0.100,0.525,0.375),(0.375,0.425,0.200)の5点で囲まれる範囲内となるような小数である。また、0.02≦z≦0.10で、MはNb,Ta,Mo,Wから選ばれる少なくとも1種である。]
【0065】
これにより、エミッタ部12を構成する誘電体層の緻密化を図ることができ、電子放出特性を向上させることができる。すなわち、エミッタ部12を構成する誘電体層が緻密化されることによって、欠陥が少ない誘電体層を得ることができる。よって、駆動電圧Vaが印加された際の上述のギャップ28における電界強度を高めることができ、以て電子放出量を向上させることができる。さらに、当該電子放出素子10を長時間使用しても、エミッタ部12の電子放出性能の繰り返し使用による劣化を小さくすることができる。これにより、電子放出素子10の耐久性が向上する。
【0066】
これに対し、後に実施例と比較例とを用いて説明する通り、前記一般式(1)中のa,b,cや、PbやTiの置換量や、NiOの含有量を上述した特定範囲の外とすると、エミッタ部12の電子放出性能の繰り返し使用による劣化が大きくなる。
【0067】
また、NiOの含有率が小さすぎて0.05%未満であると、誘電体層の緻密化が不充分となり、電子放出能力が低下する。すなわち、エミッタ部12を構成する誘電体層の欠陥(気孔など)が多くなり、この誘電率の低い欠陥部に電界が集中してしまう。よって、ギャップ28に対応する電子放出箇所における電界強度が下がり、電子放出量そのものが低下してしまう。
【0068】
そして、エミッタ部12の繰り返し使用による劣化の抑制の観点からは、上述した本発明の特定範囲のうち、BiによるPbの置換量は2〜5モル%がより好適であり、Nb等によるTiの置換量は3〜8モル%がより好適であり、NiOの含有率は0.50〜1.0重量%がより好適である。
【0069】
<電子放出素子の製造方法>
まず、Y23で安定化されたZrOからなる基板11の上に、所定の寸法・形状で、厚さ3μmのPtからなる第2電極16をスクリーン印刷法により形成する。次に、第2電極16が形成された基板11を1000〜1400℃程度の温度で熱処理することで、第2電極16と基板11とを固着し一体化させる。
【0070】
次に、第2電極16の上に、前記一般式(1)に示される組成物を主成分とし、NiOを所定の質量%含有する誘電体組成物を、スクリーン印刷法により塗布厚さが40μmとなるように厚膜形成する。
【0071】
ここで、上述の誘電体組成物の原料としては、Pb,Mg,Nb,Zr,Ti,Ni等の各元素の酸化物(例えば、PbO、Pb34、MgO、Nb25、TiO2、ZrO2、NiO等)、これら各元素の炭酸塩、これら各元素を複数含有する化合物(例えば、MgNb2O)、又はこれら各元素の単体金属や合金等が用いられ得る。これらの原料は、1種単独で、又は2種以上を組み合わせて用いられ得る。
【0072】
そして、誘電体組成物の調製方法については特に制限はないが、例えば、以下の方法により、誘電体組成物が調製され得る。
【0073】
まず、上述した原料を、各元素の含有率が所望の割合になるように混合する。次に、得られた混合原料を、750〜1300℃で仮焼して誘電体組成物を得る。この仮焼後の誘電体組成物は、X線回折装置による回折強度において、ペロブスカイト相の最強回折線の強度に対するパイロクロア相等の異相の最強回折線の強度の比が、5%以下であることが好ましく、2%以下であることがより好ましい。最後に、得られた仮焼後の誘電体組成物を、ボールミル等を用いて粉砕することで、所定の粒子径(例えばレーザー回折法による平均粒径で0.1〜1μm)の誘電体粉末を得る。
【0074】
このようにして得られた誘電体組成物の粉末を、所定のバインダと溶剤に分散することによってペーストを調製し、このペーストを用いて、上述のスクリーン印刷法により第2電極16上に厚膜形成する。
【0075】
そして、この厚膜形成された誘電体組成物を熱処理し、バインダを蒸散させるとともに誘電体層を緻密化させる。これにより、エミッタ部12が形成される。
【0076】
更に、形成されたエミッタ部12の上に、Ptレジネートからなる前駆体をスクリーン印刷法により形成した後に熱処理することで、Pt電極からなる第1電極14を形成する。以上のようにして、誘電体膜型の電子放出素子10が製造され得る。
【0077】
<実施例>
上述の通りの製造方法により、下記の通りの実施例1〜8及び比較例1〜9の誘電体膜型電子放出素子を作成した。そして、図1に示すようなディスプレイを構成して、このディスプレイの輝度の繰り返し使用による劣化の程度を評価基準として各実施例及び比較例を評価した。具体的には、初期の輝度と10回の電子放出動作後の輝度(耐久後輝度)とを測定し、初期の輝度に対して耐久後輝度がどの程度の輝度を保持しているかを、初期の輝度を100%として求めた。なお、熱処理後のエミッタ部12の厚さは全て24μmであった。
【0078】
<<実施例1>>
Pb0.96Bi0.04(Mg1/3Nb2/30.20Ti0.38Nb0.05Zr0.373を主成分とし、NiOを1.0質量%含有するものを実施例1とし、この実施例1に対して、(1)式におけるa,b,cを本発明の範囲外に変えたもの、すなわち、Bi置換量、Nb置換量、NiO添加量を本発明の範囲内である実施例1と同一とし、(Mg1/3Nb2/3)とTiとZrとの割合を本発明の範囲外に変えたものを比較例1〜3とした。この結果を表1に示す。
【表1】

【0079】
この表1の結果から明らかなように、本発明の範囲内である実施例1においては、耐久後輝度が77%であったのに対し、比較例1〜3はいずれも耐久後輝度が実施例1の半分以下となった。
【0080】
<<実施例2,3>>
実施例1に対して、(Mg1/3Nb2/3)とTiとZrとの割合、Nb置換量、NiO添加量を一定とし、Bi置換量を変えたものを実施例2,3及び比較例4,5とした。この結果を表2に示す。
【表2】

【0081】
この表2の結果から明らかなように、本発明の範囲内である実施例1〜3においては、耐久後輝度が略60%以上であったのに対し、本発明の範囲外である比較例4,5においては、耐久後輝度が40%未満に止まった。特に、BiによるPbの置換量が2〜5モル%の範囲内にあれば耐久後輝度が70%以上になることが見込まれ、同置換量が2〜4%である実施例1及び2は耐久後輝度が非常に良好であった。
【0082】
<<実施例4,5>>
実施例1に対して、(Mg1/3Nb2/3)とTiとZrとの割合、Bi置換量、NiO添加量を一定とし、Nb置換量を変えたものを実施例4,5及び比較例6,7とした。この結果を表3に示す。
【表3】

【0083】
この表3の結果から明らかなように、本発明の範囲内である実施例1,4,5においては、耐久後輝度が60%を超えるものであったのに対し、本発明の範囲外である比較例6,7においては、耐久後輝度が50%未満に止まった。特に、NbによるTiの置換量が3〜8モル%の範囲内にあれば耐久後輝度が70%以上になることが見込まれ、同置換量が5〜8%である実施例1及び5は耐久後輝度が非常に良好であった。
【0084】
<<実施例6〜8>>
実施例1に対して、(Mg1/3Nb2/3)とTiとZrとの割合、Bi置換量、Nb置換量を一定とし、NiO添加量を変えたものを実施例6〜8及び比較例8,9とした。この結果を表4に示す。
【表4】

【0085】
この表4の結果から明らかなように、本発明の範囲内である実施例1,6,7,8においては、耐久後輝度が55%以上であったのに対し、本発明の範囲外である比較例8,9においては、耐久後輝度が40%未満に止まった。特に、NiOの含有率が0.50〜1.0重量%の範囲内にある実施例1及び7は、耐久後輝度が略70%以上となり、非常に良好であった。
【0086】
<<実施例9〜11>>
実施例1に対して、式(1)におけるMに該当する元素をNbからTa,Mo,Wに変えたものを、それぞれ実施例9,10,11とした。これらの各実施例のいずれにおいても、耐久後輝度が良好であった。この結果を表5に示す。
【表5】

【0087】
このように、本発明の範囲内である実施例と本発明の範囲外である比較例とでは耐久後輝度に関して明確な差が生じ、本発明の範囲内である実施例によれば良好な耐久性が得られた。そして、特にPb0.96Bi0.04(Mg1/3Nb2/30.20Ti0.38Nb0.05Zr0.373を主成分としてNiOを1.0質量%とした実施例1を中心として、BiによるPbの置換量が2〜5モル%、Nb等によるTiの置換量が3〜8モル%、NiOの含有率が0.50〜1.0重量%の範囲であれば、耐久後輝度が70%以上となり、極めて好適であった。
【0088】
<第2実施形態の誘電体組成物の概要>
本実施形態に用いられるエミッタ部12は、前記第1実施形態と同様の、前記一般式(1)に示す組成物を主成分とし、NiO及びMnO2を特定の割合で含有する誘電体組成物からなるものである。すなわち、当該第2実施形態に係るエミッタ部12を構成する誘電体組成物は、前記第1実施形態のものに対して、更にMn(MnO2)を特定の割合で含有させたものである。かかるエミッタ部12、及び当該エミッタ部12を備える電子放出素子10も、前記第1実施形態と同様の方法で製造することができる。
【0089】
<<実施例12〜14>>
そして、かかる第2実施形態のエミッタ部12を用いて、上述の第1実施形態と同様に、図1に示すディスプレイを構成し、このディスプレイの輝度の繰り返し使用による劣化の程度を評価基準として、本実施形態のエミッタ部12の評価を行った。すなわち、MnO2の含有量が0である前記実施例1を比較対象として、MnO2を異なる割合で含有させたものを実施例12〜14とした。この結果を表6に示す。
【表6】

【0090】
この表6の結果から明らかなように、MnO2の含有量が0.05重量%である実施例12,同含有量が0.2重量%である実施例13,同含有量が1.0重量%である実施例14のいずれにおいても、耐久後輝度が良好であった。特に、同含有量が0.01〜0.2重量%の範囲内にある実施例12及び13は、耐久後輝度が75%以上となり、非常に良好であった。
【0091】
<第3実施形態の誘電体組成物の概要>
本実施形態に用いられるエミッタ部12は、組成物を主成分とする誘電体組成物であって、具体的には、下記の一般式(2)に示す組成物を主成分とし、NiOを上述の各実施形態と同様の特定の割合で含有する誘電体組成物からなるものである。
【0092】
一般式:PbxBiSr(Mgy/3Nb2/3aTib-zZr3・・・(2)
[前記一般式(2)中、0.70≦x≦1.01、0.02≦p≦0.1、0.02≦q≦0.15、0.8≦y≦1.0であり、かつa,b,cが、(a,b,c)=(1,0,0),(0,1,0),(0,0,1)の3点を頂点とする三角座標における、(0.550,0.425,0.025),(0.550,0.150,0.300),(0.100,0.150,0.750),(0.100,0.525,0.375),(0.375,0.425,0.200)の5点で囲まれる範囲内となるような小数である。また、0.02≦z≦0.10で、MはNb,Ta,Mo,Wから選ばれる少なくとも1種である。]
【0093】
<<実施例15〜17>>
すなわち、当該第3実施形態に係るエミッタ部12を構成する誘電体組成物は、前記第1実施形態のものに対して、Pbの一部を更にSrにより特定の割合で置換したものである。かかるエミッタ部12、及び当該エミッタ部12を備える電子放出素子10も、前記各実施形態と同様の方法で製造することができる。かかる第3実施形態についても、上述の各実施形態と同様の評価を行った。この結果を表7に示す。
【表7】

【0094】
この表7の結果から明らかなように、SrによるPbの置換量が2モル%である実施例15,同置換量が10モル%である実施例16,同置換量が20モル%である実施例14のいずれにおいても、耐久後輝度が良好であった。特に、同置換量が1〜15モル%の範囲内にあれば、耐久後輝度が75%以上であることが見込まれる。1〜12モル%の範囲内にある実施例15及び16は、耐久後輝度が略80%となって非常に良好であった。
【0095】
<変形例の示唆>
なお、本発明は、上述した実施形態や実施例に限定されるものではなく、本発明の本質的部分を変更しない範囲内において適宜変形することが可能である。以下に変形例を例示するが、この変形例とて下記のものに限定されるものではない。
【0096】
Niの添加方法については、Niの添加量がNiOの含有量に換算して上述の範囲内となるような任意の方法を用いることが可能である。例えば、NiOとしてあらかじめ作製した誘電体組成物に添加するという方法を用いることも可能である。また、Ni(NiO)はエミッタ部12中に均一に分散していることが好ましい。もっとも、エミッタ部12の基板11との固着面であるエミッタ部12の裏面12bから表面12aに向かってNi(NiO)が高濃度となるように、Ni(NiO)が厚さ方向に濃度勾配を有するように分散されていてもよい。
【0097】
また、エミッタ部12を構成する誘電体組成物の調製方法としては、上述の実施例に示された方法以外の様々な方法が用いられ得る。例えば、アルコキシド法や共沈法等も用いられ得る。更に、第1電極14や第2電極16が形成された後には熱処理がなされることが好適であるが、この熱処理はなされなくても差し支えない。但し、第2電極16と基板11とを固着し一体化するためには、上述の実施例の通り、基板11上に第2電極16を形成した後に熱処理が行われることが好ましい。
【0098】
更に、本発明に係る誘電体膜素子の構成も、前記実施形態の電子放出素子の構成に限定されない。例えば、前記実施形態においては、第1電極14がエミッタ部12の表面12aに形成され、第2電極16がエミッタ部12の裏面12bに形成されていたが、両電極がともに前記表面12a上に形成されていてもよい。また、第1電極14,エミッタ部12,第2電極16を複数層に積層した多層構造としてもよい。
【0099】
また、基体としての基板11は、セラミックスの他、ガラスや金属を用いることができる。このセラミックスの種類に特に制限はない。もっとも、耐熱性、化学的安定性、及び絶縁性の点から、安定化された酸化ジルコニウム、酸化アルミニウム、酸化マグネシウム、ムライト、窒化アルミニウム、窒化珪素、及びガラスからなる群より選択される少なくとも一種を含むセラミックスからなることが好ましく、中でも、機械的強度が大きく、靭性に優れる点から、安定化された酸化ジルコニウムからなることが更に好ましい。
【0100】
なお、本発明にいう「安定化された酸化ジルコニウム」とは、安定化剤の添加により結晶の相転移を抑制した酸化ジルコニウムをいい、安定化酸化ジルコニウムの他、部分安定化酸化ジルコニウムを包含する。安定化された酸化ジルコニウムとしては、酸化カルシウム、酸化マグネシウム、酸化イットリウム、酸化スカンジウム、酸化イッテルビウム、酸化セリウム又は希土類金属の酸化物等の安定化剤を、1〜30モル%含有するものを挙げることができる。中でも、振動部の機械的強度が特に高くなる点で、酸化イットリウムを安定化剤として含有させたものが好ましく、この際、酸化イットリウムは、1.5〜6モル%含有させることが好ましく、2〜4モル%含有させることが更に好ましい。また、更に酸化アルミニウムを0.1〜5モル%含有させたものが好ましい。
【0101】
安定化された酸化ジルコニウムの結晶相は、立方晶+単斜晶の混合相、正方晶+単斜晶の混合相、立方晶+正方晶+単斜晶の混合相などであってもよい。もっとも、強度、靭性、及び耐久性の観点から、主たる結晶相が、正方晶、又は正方晶+立方晶の混合相であるものが好ましい。
【0102】
また、第1電極14や第2電極16は、金属や、導電性粒子以外の導電性物質を用いて構成することも可能である。金属としては、白金、パラジウム、ロジウム、金、銀、及びこれらの合金からなる群より選択される少なくとも一種の金属を挙げることができる。中でも、圧電/電歪部を熱処理する際の耐熱性が高い点で、白金、又は白金を主成分とする合金が好ましい。あるいは、コストが低いにもかかわらず耐熱性が高い点で、銀−パラジウム合金が好ましい。
【0103】
また、第1電極14における開口部20の形状も、上述の実施形態で示した形状以外にも様々な形状が採用され得る。すなわち、開口部20の内縁26bにて電気力線が集中するような庇部26の断面形状は、図2で示したような、第1電極14の厚さ方向の中央部分に鋭角を有する形状以外にも、例えば、第1電極14の厚さ方向の最下面に鋭角を有する形状等、内縁26bに向かって第1電極14の厚さが徐々に薄くなっていくような形状により容易に実現できる。また、前記開口部形状は、開口部の内壁面において、側断面視にて鋭角な形状を有する突起物や導電性微粒子を付着させたりすることによっても実現可能である。また、前記開口部形状は、開口部20の内壁面が双曲面状(特に開口部20の内縁部分における側断面視上端部と下端部とがともに鋭角となるような双曲面状)に形成されることによっても実現可能である。
【図面の簡単な説明】
【0104】
【図1】本発明の一実施形態に係る電子放出素子を一部省略して示す断面図である。
【図2】前記電子放出素子の要部を拡大して示す断面図である。
【図3】前記電子放出素子に適用される駆動電圧の電圧波形を示す図である。
【図4】前記電子放出素子の動作の様子を示す説明図である。
【図5】前記電子放出素子の動作の様子を示す説明図である。
【図6】第1電極とエミッタ部との間のギャップ形成により第1電極−第2電極間の電界が受ける影響について説明するための等価回路図である。
【図7】第1電極とエミッタ部との間のギャップ形成により第1電極−第2電極間の電界が受ける影響について説明するための等価回路図である。
【符号の説明】
【0105】
10…電子放出素子、 11…基板、 12…エミッタ部、
12a…表面、 12b…裏面、 14…第1電極、
16…第2電極、 20…開口部、 26…庇部、
28…ギャップ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式:PbxBi(Mgy/3Nb2/3aTib-zZr3・・・(1)
[前記一般式(1)中、0.85≦x≦1.03、0.02≦p≦0.1、0.8≦y≦1.0であり、かつa,b,cが、(a,b,c)=(1,0,0),(0,1,0),(0,0,1)の3点を頂点とする三角座標における、(0.550,0.425,0.025),(0.550,0.150,0.300),(0.100,0.150,0.750),(0.100,0.525,0.375),(0.375,0.425,0.200)の5点で囲まれる範囲内となるような小数である。また、0.02≦z≦0.10で、MはNb,Ta,Mo,Wから選ばれる少なくとも1種である。]
で示される組成物を主成分とし、
当該誘電体組成物中のNiOの含有量に換算した場合に0.05〜2.0重量%に相当する量のNiを含有した誘電体組成物。
【請求項2】
一般式:PbxBiSr(Mgy/3Nb2/3aTib-zZr3・・・(2)
[前記一般式(2)中、0.65≦x≦1.01、0.02≦p≦0.1、0.02≦q≦0.20、0.8≦y≦1.0であり、かつa,b,cが、(a,b,c)=(1,0,0),(0,1,0),(0,0,1)の3点を頂点とする三角座標における、(0.550,0.425,0.025),(0.550,0.150,0.300),(0.100,0.150,0.750),(0.100,0.525,0.375),(0.375,0.425,0.200)の5点で囲まれる範囲内となるような小数である。また、0.02≦z≦0.10で、MはNb,Ta,Mo,Wから選ばれる少なくとも1種である。]
で示される組成物を主成分とし、
当該誘電体組成物中のNiOの含有量に換算した場合に0.05〜2.0重量%に相当する量のNiを含有した誘電体組成物。
【請求項3】
前記請求項1又は2に記載の誘電体組成物において、
当該誘電体組成物中のMnO2の含有率に換算した場合に0.05〜1.0重量%に相当する量のMnを含有した誘電体組成物。
【請求項4】
前記請求項1乃至3のいずれかに記載の誘電体組成物からなる誘電体層と、
前記誘電体層の表面側に設けられた第1電極と、
前記誘電体層の表面側又は裏面側に設けられた第2電極と、
前記誘電体層の裏面側に配置され当該誘電体層を支持する基体と、を備え、
前記第1電極と第2電極との間に駆動電圧を印加することで前記誘電体層の前記表面から電子を放出するように構成されたことを特徴とする誘電体膜素子。
【請求項5】
請求項4に記載の誘電体膜素子であって、
前記誘電体層は前記基体の表面上に固着して設けられたことを特徴とする誘電体膜素子。
【請求項6】
請求項4又は5に記載の誘電体膜素子であって、
前記第2電極は、前記基体の表面上に固着して設けられ、
前記誘電体層は、前記第2電極上に固着して設けられていることを特徴とする誘電体膜素子。
【請求項7】
請求項4乃至6のいずれかに記載の誘電体膜素子であって、
前記誘電体層の厚さが1〜300μmに構成されたことを特徴とする誘電体膜素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2006−89366(P2006−89366A)
【公開日】平成18年4月6日(2006.4.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−208366(P2005−208366)
【出願日】平成17年7月19日(2005.7.19)
【出願人】(000004064)日本碍子株式会社 (2,325)
【Fターム(参考)】