説明

質量分析方法

【課題】生体分子の断片粒子は、ペプチド、たんぱく質等の質量だけでなく、アミノ酸配列決定といった構造解析に有効である。しかし、前駆イオン、断片イオンの全てが飛行時間の違いでピーク分離されるため、ピークの同定が困難な場合が多い。また、断片化した粒子の中でイオンしか分析できない。
【解決手段】本願発明においては、検出器が飛行時間と、粒子の運動エネルギーの両方を測定する。飛行時間で前駆イオンを分離し、断片粒子は運動エネルギーで分離する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、粒子の質量を測定することによりその粒子の種類を同定する質量分析装置に関するものである。特に、飛行時間型質量分析法において、イオンあるいは中性粒子(以下において「粒子」と略する。)の飛行時間からイオンの質量を測定するだけでなく、前駆イオンあるいは粒子が解離して生じる断片粒子の質量分析を行うために使用される。疾患マーカー等の検出に有効である。
【背景技術】
【0002】
質量分析装置は、イオン化部、加速部、質量分離部、粒子検出部から構成される。質量分離部に飛行時間法を用いるものは、飛行時間型質量分析装置と呼ばれ、異なる質量の粒子の同時計測、原理的に分析可能質量範囲に制限がないという特徴をもつ。イオン化部においては、被測定粒子は、真空中に取り出されイオン化された後、加速部にて、一定の加速電圧で運動エネルギーが与えられる。加速後は等速運動する。この等速運動するイオンの飛行時間は、イオンの質量をイオンの価数で割った値(m/z)の平方根に比例する。従って、価数が分かれば飛行時間から質量を知ることができる(リニアモード)。
【0003】
真空中に取り出すとき、あるいは加速時、あるいは等速運動中に過剰のエネルギーがイオンに蓄積されるような場合には、飛行中にイオンが壊れて、複数の断片粒子が生じる場合がある。また、過剰のエネルギーが与えられた瞬間に断片化粒子が生じる場合がある。この断片化した粒子の質量パターンは、前駆粒子の構造情報をもっており、例えばペプチドやたんぱく質の同定や、アミノ酸配列決定に使用可能である。ペプチドの場合、N末端イオン、C末端イオンの断片化パターンからシーケンスを解析することができ、アミノ酸配列を知ることができる。この断片粒子に含まれるイオンの質量測定は、イオンを反射するリフレクトロンを用いて前駆イオンと同じく飛行時間軸上で行われる(リフレクターモード、下記「非特許文献1」参照)。
【非特許文献1】B. Spengler,Journal of Mass Spectrometry, vol. 32, 1019 (1997).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
断片イオンは、リフレクターモードで測定すると、横軸を飛行時間とした質量スペクトル上に、前駆イオンとは異なる飛行時間のピークとして現れる。このため、例えば、複数のたんぱく質が混在した試料では、複数の前駆イオンピーク、異なる価数の前駆イオンピーク、前駆イオンから生成した断片イオンのピークが重畳することになり、ピークの帰属が困難になる場合が多い。また、断片化が起こった後に分析可能な粒子は、断片粒子の中に含まれるイオンのみであり、中性粒子は分析できない。中性粒子の検出は、リニアモードでは可能であるが、等速運動中に断片化した粒子は前駆イオンと同じ飛行時間であるので、飛行時間では、前駆イオンと断片粒子の区別ができない。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本願発明においては、リニアモードで、粒子が検出器に到達した時刻と運動エネルギーを測定可能な粒子検出器を用いることにより解決する。前駆イオンの質量は時間軸上で、断片粒子の質量はエネルギー軸上で分離する。
【発明の効果】
【0006】
本願発明により、飛行時間によって前駆イオンを分析でき、運動エネルギーによって断片化したイオン、中性粒子の全ての粒子の分析が可能になる。リニアモードで測定するため、質量が異なる複数のたんぱく質が混在した試料であっても、複数のたんぱく質を同時に分析できる。また、断片粒子のイオン、中性粒子の全てを分析対象とすることができるため、断片化後に電荷が残った断片イオンのみ分析可能であった従来方法に比べて、断片粒子の検出感度を向上させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本願発明においては、様々な断片化方法を用いることができる。ポストソース分解(PSD)においては、イオン源及び加速中に付与された過剰なエネルギーのために不安定になり、前駆イオンは、加速後の自由飛行中に断片化する。衝突誘起解離(CID)においては、加速された前駆イオンを、例えばアルゴンのような原子に衝突させて断片化を起こす。レーザー解離(LD)や赤外多光子吸収解離(IRMPD)では、光エネルギーを前駆イオンに吸収させ、断片化を起こす。
【0008】
これらの断片粒子のエネルギーを測定する方法として、イオンであれば、磁場や電場を使う方法がある。本願発明は、以下に述べるように、磁場や電場を使わず、固体検出器により、イオンのみならず中性粒子のエネルギーも測定するものである。以下に本願発明の最良の形態を示す。
【実施例1】
【0009】
図1は、超伝導トンネル接合を使った量子型粒子検出器による実施例である。イオン源は、紫外レーザーを使ったマトリクス支援レーザー脱離イオン化法(MALDI)で、イオン化あるいはイオン化直後に過剰なエネルギーを前駆イオンが取得し、電界により加速された後に断片化が起こる。断片化しなかった前駆イオンと断片粒子は、等速運動し、同時に検出器に入射する。検出器によって、イオンあるいは中性粒子のエネルギーが測定される。リニアモードにて測定する。質量66.4 kDaの牛血清アルブミン(bovine serum albumin: BSAと略)の測定例を図2から図5に示す。図2から4がレーザーパルス当たり、約8μJ、図5が約12μJの条件における実験結果である。イオンを加速する電圧は、17.5 kVである。
【0010】
図2は、一定の電圧で加速されたイオンがイオン源から検出器まで飛行する時間から算出したm/z値と、検出器により測定された運動エネルギーの座標に、衝突イベント毎に点をプロットした散布図である。横軸は、便宜上、z=1と仮定したときのmの値である。66.4kDaの位置にBSA+、33.2kDaの位置にBSA++のイベントグループが現れている。一定の電圧で加速されたBSA++の運動エネルギーは、BSA+の運動エネルギーより大きく観測されている。
【0011】
図3は、一定の電圧で加速されたイオンがイオン源から検出器まで飛行するのに要する時間から算出したm/z値のヒストグラムであり、いわゆる質量スペクトルである。横軸は、便宜上、z=1と仮定したときのmの値である。66.4 kDaの位置にBSA+、33.2 kDaの位置にBSA++のピークが現れている。
【0012】
図4は、図3にてBSAの1価イオンが検出器に到達する時間の衝突イベントのみ(60 kDaから80 kDaの間のイベント)で構成した、図1の運動エネルギーに対するヒストグラムである。前駆イオンのピークに加えて、僅かながら小さな運動エネルギーをもつイベントがPSD粒子と示した範囲に現れている。これは、イオンが加速部を通り過ぎた後に断片化した粒子のイベントである。この断片化はポストソース分解(PSD)と呼ばれ、加速中に粒子と衝突して過剰なエネルギーを得ると考えられている。ポストソース分解を起こした粒子の飛行速度は前駆イオンとほぼ同じであるが、質量が前駆イオンより小さくなるため、運動エネルギーが小さくなり、前駆イオンのピークより低い運動エネルギーの位置に現れている。
【0013】
図5は、レーザーパワーを上げた場合で(約12μJ)、前駆イオンは、ほとんどピークを形成せず、断片化したPSD粒子のイベントが大半を占めている。これらのPSD粒子の質量は、検出された運動エネルギーから求めることができる。PSD粒子の質量のパターンは、前駆イオンの構造情報を持っている。前駆イオンの同定や、アミノ酸配列の決定に利用することができる。
【実施例2】
【0014】
図6は、加速部の後に、衝突誘起解離(CID)により前駆イオンを断片化する場合の実施例である。イオン源は、紫外レーザーを使ったMALDIであり、電界により加速された前駆イオンは、ガスを導入したCIDセル中で原子と衝突する。この衝突により断片化が起こる。断片化しなかった前駆イオンと断片粒子は、等速運動し、同時に検出器に入射する。検出器によって、イオンあるいは中性粒子のエネルギーが測定される。

【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本願発明に係る実施例1の実験装置配置図。
【図2】本願発明に係る実施例1のデータ1。
【図3】本願発明に係る実施例1のデータ2。
【図4】本願発明に係る実施例1のデータ3。
【図5】本願発明に係る実施例1のデータ4。
【図6】本願発明に係る実施例2の実験装置配置図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被測定分子の質量を飛行時間法により特定し、飛行中の断片化により生じた断片粒子の中から、該特定された被測定分子に由来する断片粒子を抽出し、該抽出された断片粒子の質量を運動エネルギーに基づいて分離することにより、該被測定分子を同定することを特徴とする質量分析方法。
【請求項2】
請求項1記載の質量分析方法において、上記断片粒子の検出に際して、イオン及び中性粒子の双方のエネルギーを測定することにより、該断片粒子の質量分析を可能とすることを特徴とする質量分析方法。
【請求項3】
請求項1記載の質量分析方法において、上記断片化を生じせしめる方法は、ポストソース分解(PSD)、衝突誘起解離(CID)、電子捕獲解離(ECD)、レーザー解離(LD)又は赤外多光子吸収解離(IRMPD)であることを特徴とする質量分析方法。
【請求項4】
請求項1記載の質量分析方法において、飛行時間及び運動エネルギーの測定を行う粒子検出器は、電子的励起によって電気信号を取り出す量子型粒子検出器であることを特徴とする質量分析方法。
【請求項5】
請求項1記載の質量分析方法において、飛行時間及び運動エネルギーの測定を行う粒子検出器は、粒子が衝突する吸収体の温度上昇を測定する熱型粒子検出器であることを特徴とする質量分析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2007−115556(P2007−115556A)
【公開日】平成19年5月10日(2007.5.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−306628(P2005−306628)
【出願日】平成17年10月21日(2005.10.21)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成17年度先端計測分析技術・機器開発事業「質量分析用超高感度粒子検出技術」、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】