説明

質量分析計

【課題】トラップ容量の大きなイオントラップに関し、従来技術に比べ、感度を大幅に向上させる。
【解決手段】質量選択的な排出を行う第1のリニアイオントラップと、そこから排出されたイオンを蓄積後質量選択的に排出を行う第2のリニアイオントラップを有し、第1のリニアイオントラップと第2のリニアイオントラップとのイオンの振動励起方向が直交することを特徴とする質量分析装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析計に関する。
【背景技術】
【0002】
質量分析装置において高感度な特性を有するイオントラップは広く用いられている。このうち、4本のロッド電極よりなるリニアイオントラップは、一度に内部にトラップできるイオン量(トラップ容量)が従来の3次元トラップ(1,000〜10,000個程度)に比べて大きいことから、高感度分析が可能であり、広く用いられている。
【0003】
〔特許文献1〕にリニアイオントラップにイオンを蓄積した後、イオンをロッド電極と垂直方向へ質量選択的に排出する方法が記載されている。この方法では、100,000個程度のイオン容量が得られる。
【0004】
〔特許文献2〕にリニアイオントラップにイオンを蓄積した後、ロッド電極の終端部に発生するフリンジングフィールドを用いることでイオンをロッド電極の軸方向へ質量選択的に排出することが記載されている。この方法では、100,000個程度のイオン容量が得られる。
【0005】
〔特許文献3〕にリニアイオントラップにイオンを蓄積した後、ワイヤ電極を用いて生成した引き出し電界を用いることでイオンをロッド電極の軸方向へ質量選択的に排出することが記載されている。この方法では、100,000個程度のイオン容量が得られる。
【0006】
〔特許文献4〕はリニアイオントラップにイオンを蓄積した後、軸方向に形成した調和ポテンシャルを用いることで軸方向へ質量選択的に排出することが記載されている。この方法では、100,000個程度のイオン容量が得られる。
【0007】
〔特許文献5〕には、〔特許文献1〕〔特許文献2〕〔特許文献4〕で記載した質量選択的なリニアイオントラップをタンデムに結合し、一段目のリニアイオントラップでは質量粗分離を行い、二段目のリニアイオントラップで精度の高い質量分離を行なう。それらを連動して制御することでイオンのトラップ容量を1桁以上改善する方法が記載されている。
【0008】
【特許文献1】米国特許発明第5,420,425号明細書
【特許文献2】米国特許発明第6,177,668号明細書
【特許文献3】米国特許発明公報第2007/0181804号
【特許文献4】米国特許発明第7,262,345号明細書
【特許文献5】米国特許発明第5,783,824号明細書
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
〔特許文献1〕〔特許文献2〕〔特許文献3〕〔特許文献4〕ではリニアイオントラップから排出される質量精度を維持するために、トラップ容量を100,000個程度に抑える必要がある。一方で、高いイオン利用効率(Duty Cycle)を得るには大きなトラップ容量が必要である。通常の質量分析装置のイオントラップ部へのイオン導入量は10,000,000cps程度であることが知られている。仮にイオントラップを2 cycle/secで動作を行なうと、Duty cycleは(100,000×2)/10,000,000 = 2 % となり、非常に低いDuty Cycleしか得られないことが分かる。
【0010】
〔特許文献5〕は、〔特許文献1〕〔特許文献2〕〔特許文献3〕〔特許文献4〕に比べ1桁以上のDuty Cycleの改善を行なうことが可能であるが、二段目の質量分離の精度に課題がある。この原因は、一段目のリニアイオントラップで排出されたイオンの排出エネルギーの広がりが大きく、それらの広がりのために二段目のリニアイオントラップからの質量排出の精度が低下する。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するために、本発明の質量分析装置では、試料をイオン化させるイオン源と、イオン源の後段に配置されイオンのトラップ及び質量選択的な排出が行われる複数のリニアイオントラップ部と、複数のリアイオントラップ部の後段に配置されイオンを検出する検出器と、前記複数のリニアイオントラップ部を構成する電極への電圧を制御する制御部とを有し、制御部は、複数のリニアイオントラップ部のうち隣接するリニアイオントラップ部にトラップされたイオンのリニアイオントラップ部の軸方向と直行する径方向における振動励起方向が異なるように、又は、略直行するように電圧を印加する。
【0012】
また、上記質量分析装置において、複数のリニアイオントラップ部が第一のリニアイオントラップ部と第二のイオントラップ部である場合は、制御部は、第一のリニアイオントラップ部にトラップされたイオンと第二のリニアイオントラップ部にトラップされたイオンとのリニアイオントラップ部の軸方向と直行する径方向における振動励起方向が異なるように電圧を印加する。
【0013】
さらに、本発明の質量分析方法では、イオン源で生成したイオンを導入し、2以上のリニアイオントラップ部を有する質量分析計を用い、2以上のリニアイオントラップ部のうち第一のリニアイオントラップ部にトラップしたイオンを第1の振動励起方向で振動励起させ四重極ロッド電極の中心軸方向へ質量選択的に排出する工程と、第1のリニアイオントラップ部より排出されたイオンを第2のリニアイオントラップ部にトラップし、トラップしたイオンを、第1の振動励起方向とリニアイオントラップ部の軸方向と直行する径方向において異なる第2の振動励起方向で振動励起させ質量選択的に排出する工程と、第2のリニアイオントラップ部より排出されたイオンを検出プロセスへと導入する工程とを有する。
【発明の効果】
【0014】
本発明の効果は、トラップ容量と質量精度を両立するイオントラップを提供することである。
【実施例1】
【0015】
図1は、本方式を適用したリニアイオントラップの構成図である。各種イオン源1で生成したイオンは、第1細孔2を通過して、真空ポンプ20に排気された差動排気部5へ導入される。その後、イオンは第2細孔3を通過して真空ポンプ21により、10-6Torr〜10-4Torrに排気された真空室6へと導入される。その後、イオンは細孔22を通過して、リニアイオントラップ室7へ導入される。リニアイオントラップ室7は端電極11、外筒12、端電極18により囲まれ、ガス供給部(図示せず)により、内部にガスが導入される。供給ガスとしては、ヘリウムやアルゴンなどの希ガスや窒素などが用いられ、10-4Torr〜10-2Torr程度にリニアイオントラップ室7の圧力が維持される。トラップ室7に導入されたイオンは、まず、入口側端電極11、4本のロッド電極10、羽根電極13、ワイヤ電極15に囲まれた空間(第1トラップ部と定義)に導入される。ロッド電極10の軸方向には、端電極11、ワイヤ電極15に直流DC電圧を2〜30V程度印加することでイオンをトラップすることができる。各ワイヤ電極はイオンの衝突によるイオンのロスを防ぐために直径50μm以下のものが好適である。ロッド電極10には交互に位相が反転した高周波電圧(1MHz程度、±5kV)が印加される。これにより、ロッド軸方向と直交した径方向に、調和擬ポテンシャルが形成される。第1トラップ部にトラップされたイオンは対向する羽根電極の間(13aと13c)に補助交流電圧30(300kHz程度、±100V)を印加することで、特定質量のイオンの共鳴振動させることができる。補助交流周波数と共振するイオンの質量の対応については、〔特許文献3〕に記載されている。この関係に従い、補助交流電圧を与えることで、特定質量のイオンが順次共鳴励起し、ワイヤ電極15のポテンシャルを越え、第1トラップ部から質量選択的に排出される。なお、効率的にイオン排出を行なうために、羽根電極13と羽根電極14の間には5〜50V程度の引き出し電圧を印加する。第1トラップ部から排出されたイオンは、ワイヤ電極15、4本のロッド電極10、羽根電極14、ワイヤ電極16に囲まれた空間(第2トラップ部と定義)に導入される。軸方向には、ワイヤ電極15、ワイヤ電極16に直流DC電圧を2〜30V程度印加することでイオンをトラップすることができる。ロッド電極10には交互に位相が反転した高周波電圧(1MHz程度、±5kV)が印加される。これにより、ロッド軸方向と直交した径方向に、調和擬ポテンシャルが形成される。第2トラップ部にトラップされたイオンは対向する羽根電極の間(14bと14d)に補助交流電圧32(300kHz程度、±100V)を印加することで、特定質量のイオンの共鳴振動させることができる。この際、第1トラップ部のイオン励起方向31と第2トラップ部のイオン励起方向33を直交方向に設定することが極めて有効である。以下にその理由を示す。第1トラップ部で励起されたイオンは、31の方向に励起された後、第2トラップ部に導入されイオン冷却が進行する。第2トラップ部で、良好な質量分解能を得るには、十分なイオン冷却を行い、初期のエネルギー分布を小さくする必要があるが、このために冷却時間を長時間設定すると待ち時間が発生し、十分なDuty Cycleが得られない問題が生じる。そこで、冷却時間を短くかつ、十分な冷却を行なうには、第1トラップ部と第2トラップ部の励起方向を直交させる。図2に第1トラップ部から排出されたイオンの共鳴励起方向およびその直交方向でのエネルギー分布を示す。第1トラップから排出されたイオンは、励起方向31に対し5.6eVという大きなエネルギー分布があるが、その直交方向には、0.4eVと1/10程度小さなエネルギー分布に収束している。このため、その後冷却に要する時間は、直交方向が格段に短いことがわかった。すなわち、第2トラップ部においては、第1トラップ部の共鳴励起方向とは直交方向に共鳴励起方向を設定することで、短い冷却時間で高質量精度の排出が可能となるため、高いDuty Cycleを得ることが可能となる。排出されたイオンは、出口側端電極18の細孔18を通り、検出器8により検出される。
【0016】
第1トラップ部と第2のトラップ部は各々連動した制御が行なわれる。その一例を図3に示す。図3は横軸にスキャン開始からの時間、縦軸に質量数を図示する。最初に第1トラップ部からイオンの質量選択的排出が開始し、その後、第2トラップ部からも質量選択的排出が開始する。あるスキャン時間tにおいて考えると、第2トラップ部には第1トラップ部からの排出されるイオン質量M1(t)と第2トラップ部から排出されるイオン質量M2(t)の間の質量範囲のイオンしか存在しないこととなる。一方で従来のイオントラップでは排出質量を超える質量のイオンはすべてイオントラップ内に蓄積していることから、スペースチャージが起こりやすく、トラップ容量の制限となっていた。本発明では、このような第1トラップ部と第2トラップ部の連動制御を行なうことでスペースチャージを大幅に改善することが可能となり、Duty Cycleを向上することが可能である。更に、実施例1のように第1トラップ部と第2トラップ部において直交方向に励起方向を設定することにより、イオン冷却時間が短く設定できるため、第2トラップ部へ蓄積されるイオンの質量範囲を狭く設定することが可能となるため、更にDuty Cycleの向上を行なうことが可能である。本実施例は、単一のロッド電極を用い、羽根電極にオフセット電位を加えることで、各トラップ部のオフセット電位を設定したが、ロッド電極を分割して、各々にオフセット電位を重畳させることも可能である。
【実施例2】
【0017】
図4は、本方式を適用した第2の実施例のリニアイオントラップの構成図である。イオン源から第1トラップ部までに到る方式は実施例1と同様である。実施例2では、トラップが3つに分割されている。ロッド電極40、41、42各々には交互に位相が反転した高周波電圧(1MHz程度、±5kV)が印加される。これにより、ロッド軸方向と直交した径方向に、調和擬ポテンシャルが形成される。更にワイヤ電極43、44、端電極11、18にはロッド電極に対し、2〜30V程度の電圧が印加されて各々のトラップ部に軸方向への蓄積が可能となる。羽根電極を用いることで、ロッド電極の中心方向(31や33)にイオンを共鳴振動させることができるが、補助交流電圧45、48、50をロッド電極に重畳させることで、対向するロッド電極の方向(46、48、50)にイオンを共鳴励起することが可能である。更に、各トラップ部ロッド電極40、41、42には5V〜20V程度のオフセット電位を印加しておく。たとえば、正イオン測定時にはロッド電極40には20V、ロッド電極41には10V、ロッド電極42には0Vのオフセット電位を印加しておく。これにより、共鳴励起したイオンは質量選択的にワイヤ電極43、44および端電極17が形成するポテンシャル障壁を超え、後段トラップ部および検出器8へと排出される。この際、第1トラップ部での共鳴励起方向46と第2トラップ部での共鳴励起方向48、及び第2トラップ部での共鳴励起方向46と第3トラップ部での共鳴励起方向50を直交方向に設定する。これにより、実施例1でも示したように、後段のトラップ部(第2トラップ部および第3トラップ部)での冷却が高速で進行し、排出されるイオンの質量精度が高まる効果がある。本発明の効果は実施例1で説明したように複数のイオントラップを連動制御させることにより、最終のイオントラップへの質量範囲を限定しスペースチャージを緩和して、Duty Cycleを向上することであり、3つのトラップ部を連動制御することにより、2つのトラップ部を連動制御することで更なる効果が期待できることは自明である。本実施例は、ロッド電極を分割して、各々にオフセット電位を重畳させたが、単一のロッド電極を用い、実施例1のように羽根電極にオフセット電位を加えることで、各トラップ部のオフセット電位を設定することも可能である。更に、実施例2では、第3のトラップには、端電極のフリンジングフィールドを用いて排出を行なったが、他のタイプの質量選択的排出方式を用いても、この発明の効果は期待できる。
【実施例3】
【0018】
図5は本方式を適用した第3の実施例のリニアイオントラップの構成図である。実施例1、実施例2では、第1トラップ部に、ワイヤ電極を用いたタイプのイオントラップを用いていたが、本実施例では第1トラップ部にロッド電極と端電極との間に生じるフリンジングフィールドを用いたタイプのリニアイオントラップを用いる。この実施例でも、イオン源から端電極52、54、ロッド電極53から構成される第1トラップ部までイオンが到る経路は同様である。ロッド電極53には交互に位相が反転した高周波電圧(1MHz程度、±5kV)が印加される。これにより、ロッド軸方向と直交した径方向に、調和擬ポテンシャルが形成される。更に端電極52、54にはロッド電極に対し、2〜30V程度の電圧が印加されて各々のトラップ部に軸方向への蓄積が可能となる。本実施例では補助交流電圧を対向するロッド電極に重畳させることで、ロッド電極の方向75にイオンを共鳴励起し、フリンジングフィールドにより排出することが可能である。第1トラップ部から排出されたイオンは、端電極55、57、58、ロッド電極56から構成される第2トラップ部に排出される。排出されたイオンは、補助交流電圧を対向するロッド電極56に重畳させることで、ロッド電極の方向76にイオンを共鳴励起することが可能である。共鳴励起されたイオンは、ロッド電極56の開口部80より排出され検出器59にて検出される。この際、第1トラップ部での共鳴励起方向75と第2トラップ部での共鳴励起方向76を直交方向に設定する。これにより、実施例1に示したように、第2トラップ部での冷却が高速で進行し、排出されるイオンの質量精度が高まる効果がある。
【実施例4】
【0019】
図6は本方式を適用した第4の実施例のリニアイオントラップの構成図である。本実施例では第1トラップ部にロッド電極と端電極との間に生じるフリンジングフィールドを用いたタイプのリニアイオントラップを用いる。この実施例でも、イオン源から端電極52、54、ロッド電極53から構成される第1トラップ部までイオンが到る経路は同様である。ロッド電極53には交互に位相が反転した高周波電圧(1MHz程度、±5kV)が印加される。これにより、ロッド軸方向と直交した径方向に、調和擬ポテンシャルが形成される。更に端電極52、54にはロッド電極に対し、2〜30V程度の電圧が印加されて各々のトラップ部に軸方向への蓄積が可能となる。本実施例では補助交流電圧を対向するロッド電極に重畳させることで、ロッド電極の方向75にイオンを共鳴励起し、フリンジングフィールドにより排出することが可能である。第1トラップ部から排出されたイオンは、端電極55、57、58、ロッド電極56から構成される第2トラップ部に排出される。排出されたイオンは、補助交流電圧を対向するロッド電極56に重畳させることで、ロッド電極の方向76にイオンを共鳴励起することが可能である。共鳴励起されたイオンは、ロッド電極56と端電極57との間に生じるフリンジングフィールドより、軸方向へ排出され、検出器59にて検出される。この際、第1トラップ部での共鳴励起方向75と第2トラップ部での共鳴励起方向76、を直交方向に設定する。これにより、実施例1に示したように、第2トラップ部での冷却が高速で進行し、排出されるイオンの質量精度が高まる効果がある。
【実施例5】
【0020】
図7は本方式を3連四重極型質量分析部の第1質量分析部(Q1)に適用した第5の実施例の構成図である。本実施例では第1トラップ部にロッド電極と端電極との間に生じるフリンジングフィールドを用いたタイプのリニアイオントラップを用いた。この実施例でも、イオン源から端電極52、54、ロッド電極53から構成される第1トラップ部までイオンが到る経路は同様である。ロッド電極53には交互に位相が反転した高周波電圧(1MHz程度、±5kV)が印加される。これにより、ロッド軸方向と直交した径方向に、調和擬ポテンシャルが形成される。更に端電極52、54にはロッド電極に対し、2〜30Vの電圧が印加されて各々のトラップ部に軸方向への蓄積が可能となる。本実施例では補助交流電圧を対向するロッド電極に重畳させることで、ロッド電極の方向75にイオンを共鳴励起し、フリンジングフィールドにより排出することが可能である。第1トラップ部から排出されたイオンは、端電極55、57、ロッド電極56から構成される第2トラップ部に排出される。排出されたイオンは、補助交流電圧を対向するロッド電極56に重畳させることで、ロッド電極の方向76にイオンを共鳴励起することが可能である。共鳴励起されたイオンは、ロッド電極56と端電極57との間に生じるフリンジングフィールドより、軸方向へ排出される。この際、第1トラップ部での共鳴励起方向75と第2トラップ部での共鳴励起方向76、を直交方向に設定する。これにより、実施例1に示したように、第2トラップ部での冷却が高速で進行し、排出されるイオンの質量精度が高まる効果がある。第2トラップ部より排出されたイオンは端電極58、74、ロッド電極67、外筒部73を並べた衝突解離部へ導入される。衝突解離部には、ガス供給部(図示せず)により、内部にガスが導入される。供給ガスとしては、ヘリウムやアルゴンなどの希ガスや窒素などが用いられ、10-3Torr〜10-2Torr程度に圧力が維持される。本実施例では多重極ロッド電極を用いているが、衝突解離部には平行平板を並べて各々位相の異なるRF電圧を印加したトラベリングウェーブと呼ばれる方式などもあり、これらの衝突解離部を用いることも可能である。また、衝突解離とは別に、レーザー光などを照射することによる光解離や、電子を照射する電子捕獲解離などの解離方法を用いることも可能である。第2トラップ部のロッド電極56のオフセット電位と衝突解離部のロッド電極67のオフセット電位の電位差を5Vから50V程度に調整することで、イオンの最適な解離をコントロールすることが可能である。衝突解離部で解離生成したイオンもしくは非解離のイオンは、ロッド電極よりなる四重極質量フィルター部(Q3)で質量選択が行われた後、検出器59で検出される。第2トラップ部(Q1)の排出質量と四重極フィルター部(Q3)の透過質量の差分をある一定値になるように制御することで、ニュートラルロススキャンの高感度化が可能である。四重極フィルター部(Q3)の透過質量をある一定値設定することで、プリカーサーイオンスキャンの高感度化が可能である。本実施例ではQ1部に本発明のリニアイオントラップを用いているが、Q3部にこれを用いることでプロダクトイオンスキャンを高感度化も可能である。また、本実施例では第1トラップ部、第2トラップ部にロッド電極と端電極との間に生じるフリンジングフィールドを用いたタイプのリニアイオントラップを用いるが、これ以外のリニアイオントラップの組み合わせであっても、第1トラップ部と第2トラップ部の共鳴励起方向が直交する場合には本発明は有効である。
【実施例6】
【0021】
図8は本方式を四重極飛行時間型質量分析計の第1質量分析部(Q1)に適用した第6の実施例の構成図である。この実施例でも、イオン源51から端電極52、54、ロッド電極53から構成される第1トラップ部までイオンが到る経路は同様である。ロッド電極53には交互に位相が反転した高周波電圧(1MHz程度、±5kV)が印加される。これにより、ロッド軸方向と直交した径方向に、調和擬ポテンシャルが形成される。更に端電極52、54にはロッド電極に対し、2〜30Vの電圧が印加されて各々のトラップ部に軸方向への蓄積が可能となる。本実施例では補助交流電圧を対向するロッド電極に重畳させることで、ロッド電極の方向75にイオンを共鳴励起し、フリンジングフィールドにより排出することが可能である。第1トラップ部から排出されたイオンは、端電極55、57、ロッド電極56から構成される第2トラップ部に排出される。排出されたイオンは、補助交流電圧を対向するロッド電極56に重畳させることで、ロッド電極の方向76にイオンを共鳴励起することが可能である。共鳴励起されたイオンは、ロッド電極56と端電極57との間に生じるフリンジングフィールドより、軸方向へ排出される。この際、第1トラップ部での共鳴励起方向75と第2トラップ部での共鳴励起方向76、を直交方向に設定する。これにより、実施例1に示したように、後段のトラップ部での冷却が高速で進行し、排出されるイオンの質量精度が高まる効果がある。第2トラップ部より排出されたイオンは端電極58、74、ロッド電極67、外筒部73を並べた衝突解離部へ導入される。衝突解離部には、ガス供給部(図示せず)により、内部にガスが導入される。供給ガスとしては、ヘリウムやアルゴンなどの希ガスや窒素などが用いられ、10-3Torr〜10-2Torr程度に圧力が維持される。本実施例では多重極ロッド電極を用いているが、衝突解離部には平行平板を並べて各々位相の異なるRF電圧を印加したトラベリングウェーブと呼ばれる方式などもあり、これらの衝突解離部を用いることも可能である。また、衝突解離とは別に、レーザー光などを照射することによる光解離や、電子を照射する電子捕獲解離などの解離方法を用いることも可能である。第2トラップ部のロッド電極56のオフセット電位と衝突解離部のロッド電極67のオフセット電位の電位差を5Vから50V程度に調整することで、イオンの最適な解離をコントロールすることが可能である。衝突解離部で解離生成したイオンもしくは非解離のイオンは、加速電極69、リフレクトロン電極70、検出部71よりなる飛行時間型質量分析計で掲出される。また、本実施例では第1トラップ部、第2トラップ部にロッド電極と端電極との間に生じるフリンジングフィールドを用いたタイプのリニアイオントラップを用いるが、これ以外のリニアイオントラップの組み合わせであっても、第1トラップ部と第2トラップ部の共鳴励起方向が直交する場合には本発明は有効である。
【0022】
以上の実施例はすべて連動して制御した第1トラップ部と第2トラップ部の共鳴励起方向が直交させることで、第2トラップ部でのエネルギー分布を最小化しているが、これらが、60°〜120°の範囲であれば、同様にエネルギー分布は約50%以下にまで低減される効果はある。
【0023】
また、今回の実施例のリニアイオントラップは4本のロッド電極より構成させており、これらに好適な交流電圧と直流電圧を印加することで、四重極フィルターとして使用することも可能である。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本方式の実施例1
【図2】本方式の実施例1の効果の説明図
【図3】本方式の実施例1の測定シーケンス
【図4】本方式の実施例2
【図5】本方式の実施例3
【図6】本方式の実施例4
【図7】本方式の実施例5
【図8】本方式の実施例6
【符号の説明】
【0025】
1…イオン源、2…第1細孔、3…第2細孔、5…差動排気部、6…真空室、7…トラップ室、10…ロッド電極、11…入口側端電極、12…外筒部、13…羽根電極、14…羽根電極、15…ワイヤ電極、16…ワイヤ電極、17…ワイヤ電極、18…出口側端電極、20…真空ポンプ、21…真空ポンプ、22…細孔、23…細孔、30…補助交流電圧、31…共鳴励起方向、32…補助交流電圧、33…共鳴励起方向、40…ロッド電極、41…ロッド電極、42…ロッド電極、43…ワイヤ電極、44…ワイヤ電極、45…補助交流電圧、46…共鳴励起方向、47…補助交流電圧、48…共鳴励起方向、49…補助交流電圧、50…共鳴励起方向、51…イオン源、52…端電極、53…ロッド電極、54…端電極、55…端電極、56…ロッド電極、57…端電極、58…端電極、59…検出器、67…ロッド電極、68…ロッド電極、69…加速電極、70…リフレクトロン電極、71…検出部、73…外筒部、74…端電極、75…共鳴励起方向、76…共鳴励起方向、80…開口部、共鳴励起方向102…イオン排出方向。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料をイオン化させるイオン源と、
前記イオン源の後段に配置されイオンのトラップ及び質量選択的な排出が行われる複数のリニアイオントラップ部と、
前記複数のリアイオントラップ部の後段に配置されイオンを検出する検出器と、
前記複数のリニアイオントラップ部を構成する電極への電圧を制御する制御部と、を有する質量分析装置であって、
前記制御部は、前記複数のリニアイオントラップ部のうち隣接するリニアイオントラップ部にトラップされたイオンの前記リニアイオントラップ部の軸方向と直行する径方向における振動励起方向が異なるように電圧を印加することを特徴とする質量分析装置。
【請求項2】
請求項1に記載の質量分析装置において、
前記制御部は、前記複数のリニアイオントラップ部のうち隣接するリニアイオントラップ部にトラップされたイオンの前記リニアイオントラップ部の軸方向と直行する径方向における振動励起方向が略直交するように電圧を印加することを特徴とする質量分析装置。
【請求項3】
試料をイオン化させるイオン源と、
前記イオン源によりイオン化されたイオンをトラップする第一のリニアイオントラップ部と、
前記第一のリニアイオントラップ部より質量選択的に排出されたイオンをトラップする第二のリニアイオントラップ部と、
前記第二のリニアイオントラップ部の後段に配置されイオンを検出する検出器と、
前記第一のリニアイオントラップ部及び前記第二のリニアイオントラップ部を構成する電極への電圧を制御する制御部と、を有する質量分析装置であって、
前記制御部は、前記第一のリニアイオントラップ部にトラップされたイオンと前記第二のリニアイオントラップ部にトラップされたイオンとの前記リニアイオントラップ部の軸方向と直行する径方向における振動励起方向が異なるように電圧を印加することを特徴とする質量分析装置。
【請求項4】
請求項3に記載の質量分析装置において、
前記制御部は、前記第一のリニアイオントラップ部にトラップされたイオンと前記第二のリニアイオントラップ部にトラップされたイオンとの前記リニアイオントラップ部の軸方向と直行する径方向における振動励起方向が略直交する電圧を印加することを特徴とする質量分析装置。
【請求項5】
請求項3に記載の質量分析装置において、
前記第一のリニアイオントラップ部及び前記第二のリニアイオントラップ部のうち少なくとも一つのリニアイオントラップの四重極ロッド電極間に羽根電極を有し、
前記制御部は、羽根電極へ交流電圧を印加することでリニアイオントラップ部にトラップされたイオンを振動励起させることを特徴とする質量分析装置。
【請求項6】
請求項5に記載の質量分析装置において、
前記第一のリニアイオントラップ部及び前記第二のリニアイオントラップ部を構成する前記四重極ロッド電極が同一であることを特徴とする質量分析装置。
【請求項7】

請求項3に記載の質量分析装置において、
前記制御部は、前記第一のリニアイオントラップ部が有する第一の四重極ロッド電極へ交流電圧を印加することにより前記第一のリニアイオントラップ部にトラップされたイオンを振動励起させ、前記第二のリニアイオントラップ部が有する第二の四重極ロッド電極へ交流電圧を印加することにより前記第二のリニアイオントラップ部にトラップされたイオンを振動励起させることを特徴とする質量分析装置。
【請求項8】
請求項3に記載の質量分析装置において、
前記制御部は、振動励起したイオンを引き出し電場を形成することにより前記四重極ロッドの軸方向へ排出する電圧を印加することを特徴とする質量分析装置。
【請求項9】
請求項3に記載の質量分析装置において、
前記制御部は、振動励起したイオンを、フリンジングフィールドを用いることにより前記四重極ロッドの軸方向へ排出する電圧を印加することを特徴とする質量分析装置。
【請求項10】
イオンを質量選択する第1の質量分析部と、
前記質量選択部により質量選択したイオンを解離する解離部と、
前記解離部により解離したイオンを質量選択する第2の質量分析部からなる質量分析装置において、
前記第1の質量分析部、前記第2の質量分析部のいずれかが請求項1又は3に記載の質量分析装置であることを特徴とする質量分析装置。
【請求項11】
請求項10に記載の質量分析装置において、
前記第1の質量分析部は請求項1又は3に記載の質量分析装置であり、
前記第2の質量分析部は飛行時間型質量分析計であることを特徴とする質量分析装置。
【請求項12】
イオン源で生成したイオンを導入し、2以上のリニアイオントラップ部を有する質量分析計を用いた質量分析方法であって、
前記2以上のリニアイオントラップ部のうち第一のリニアイオントラップ部にトラップしたイオンを第1の振動励起方向で振動励起させ四重極ロッド電極の中心軸方向へ質量選択的に排出する工程と、
前記第1のリニアイオントラップ部より排出されたイオンを第2のリニアイオントラップ部にトラップし、トラップしたイオンを、前記第1の振動励起方向とリニアイオントラップ部の軸方向と直行する径方向において異なる第2の振動励起方向で振動励起させ質量選択的に排出する工程と、
前記第2のリニアイオントラップ部より排出されたイオンを検出プロセスへと導入する工程と、を有することを特徴とする質量分析方法。
【請求項13】
請求項12に記載の質量分析方法において、
前記第1の振動励起方向と前記第2の振動励起方向とが前記リニアイオントラップ部の軸方向と直行する径方向において略直交することを特徴とする質量分析方法。
【請求項14】
請求項12に記載の質量分析方法において、
イオンの振動励起が補助交流電界による共鳴振動により行われることを特徴とする質量分析方法。
【請求項15】
請求項13に記載の質量分析方法において、
上記補助交流電界が前記リニアイオントラップ部が有する前記四重極ロッド電極間に挿入された羽根電極への交流電圧の印加により形成されることを特徴とする質量分析方法。
【請求項16】
請求項13に記載の質量分析方法において、
上記補助交流電界が前記四重極ロッド電極への補助交流電圧を印加により形成されることを特徴とする質量分析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2009−289503(P2009−289503A)
【公開日】平成21年12月10日(2009.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−138859(P2008−138859)
【出願日】平成20年5月28日(2008.5.28)
【出願人】(501387839)株式会社日立ハイテクノロジーズ (4,325)
【Fターム(参考)】