説明

質量分析

標的アナライトをアッセイする方法であって、(a)各サンプルが他のサンプルとは異なる1つの質量標識又は質量標識の組み合わせで標識されており、前記質量標識が質量標識のセットに含まれている標識であり、各質量標識が質量スペクトルの異なる質量マーカー基を含む同重質量標識であり、その結果質量分析により前記サンプルを識別可能である、前記標的アナライトを含んでいてもよい複数のサンプルを提供する工程と、(b)前記複数の標識サンプルを混合して分析混合物を作製し、前記分析混合物を質量分析計に導入する工程と、(c)特定の数の前記質量標識で標識されている前記標的アナライトのイオンと等しい第1の質量電荷比を有するイオンを選択する工程と、(d)前記第1の質量電荷比を有するイオンを複数のフラグメントイオンにフラグメント化する工程であって、前記複数のフラグメントイオンの一部が少なくとも1つのインタクトな質量標識を含む工程と、(e)少なくとも1つのインタクトな質量標識を含む前記標的アナライトのフラグメントイオンと等しい第2の質量電荷比を有するイオンを選択する工程と、(f)前記第2の質量電荷比を有するイオンを複数の更なるフラグメントイオンにフラグメント化する工程であって、前記更なるフラグメントイオンの一部が質量マーカー基のイオンである工程と、(g)工程(f)で生成される前記更なるフラグメントイオンの質量スペクトルを作成する工程と、(h)前記質量スペクトルから各サンプル中の前記標的アナライトの量を特定する工程と、を含む方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析による標的アナライト、特に核酸及びタンパク質などの生体分子のアッセイ方法に関する。具体的には、本発明は、同重質量標識を用いる多重タンデム質量分析方法に関する。また本発明は、1以上の標的アナライトをアッセイするための質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
放射性原子、蛍光色素、発光試薬、電子捕獲試薬、及び光吸収色素を含む、対象分子を標識する様々な方法が当該技術分野において知られている。これらの各標識系は、特定の用途には適しているが、その他の用途には適さないという特徴を有する。ごく最近、対象会合分子に開裂可能に結合している標識の検出方法が、質量分析の分野において開発された。
【0003】
核酸分析などの多くの用途では、間接標識によってアナライトの構造を決定することができる。DNAなどの複雑な生体分子は、複雑な質量スペクトルを持つので検出感度が比較的低くなるため、このことは質量分析の使用に対して特に有利である。間接検出とは、会合標識分子を用いて元来のアナライトを同定できることを意味し、その場合には、検出感度が高く及び質量スペクトルが単純になるように該標識を設計する。質量スペクトルが単純であることは、複数の標識を用いて複数のアナライトを同時に分析できることを意味する。
【0004】
特許文献1は、開裂可能な標識に共有結合している核酸プローブのアレイについて記載しており、前記標識は、質量分析法で検出可能であり、共有結合している核酸プローブの配列を同定するものである。この出願の標識プローブは、構造Nu−L−Mを有し、式中NuはLに共有結合している核酸、Lは質量標識Mに共有結合している開裂可能リンカーである。この出願において好ましい開裂可能リンカーは、質量分析計のイオン源内で開裂する。質量標識は、置換ポリアリールエーテルであることが好ましい。この出願は、質量分析により質量標識を分析する具体的な方法として、様々なイオン化法と四重極質量分析計、飛行時間(TOF)分析計、及び磁気セクタ機器による分析とについて開示している。
【0005】
特許文献2は、リガンド、具体的には質量タグ分子に開裂可能に結合している核酸について開示している。好ましい開裂可能リンカーは、光開裂可能である。この出願は、質量分析により質量標識を分析する具体的な方法として、マトリックス支援レーザー脱離イオン化(MALDI)飛行時間(TOF)質量分析について開示している。
【0006】
特許文献3は、放出可能な不揮発性の質量標識分子について開示している。好ましい実施形態では、これら質量標識は、ポリマー、典型的には反応性基又はリガンドに開裂可能に結合しているバイオポリマー、即ちプローブを含む。開裂可能リンカーは、化学的に開裂可能である又は酵素的に開裂可能であることが好ましいと考えられる。この出願は、質量分析により質量標識を分析する具体的な方法として、MALDI TOF質量分析について開示している。
【0007】
特許文献4〜6は、リガンド、具体的には質量タグ分子に開裂可能に結合している核酸について開示している。開裂可能リンカーは化学的に開裂可能である又は光開裂可能であることが好ましいと考えられる。これら出願は、質量分析により質量標識を分析する具体的な方法として、様々なイオン化法と、四重極質量分析計、TOF分析計、及び磁気セクタ機器による分析とについて開示している。
【0008】
これら先行技術の出願はいずれも、タグ付生体分子のタンデム質量分析又はシリアル質量分析の使用については言及していない。
【0009】
非特許文献1は、タンパク質の発現を分析するためにタンパク質からペプチドを捕獲する「同位体コードアフィニティータグ」の使用について開示している。この文献では、チオール反応性のビオチンリンカーを、システインを有する捕獲ペプチドに対して使用することが記載されている。1つの起源に由来するタンパク質のサンプルをビオチンリンカーと反応させ、エンドペプチダーゼにより開裂する。次いで、後に質量分析により分析するために、アビジンビーズでビオチン化システイン含有ペプチドを単離してもよい。第1のサンプルをビオチンリンカーで標識し、第2のサンプルをビオチンリンカーの重水素化形態で標識することにより、これら2つのサンプルを量的に比較することができる。次いで、前記サンプル中の各ペプチドは、質量スペクトルにおいて一対のピークとして表される。各タグに対応する質量スペクトルのピークを積分することにより、タグに結合しているペプチドの相対発現量が得られる。
【0010】
選択反応モニタリング(SRM)及び多重反応モニタリング(MRM)は、タンデム質量分析の選択性の高い方法であって、所望のアナライトを除く全ての分子及び夾雑物を有効に除去する能力を有する方法を提供する。これは、所定の分析範囲内に幾つかの同重種が存在する傾向がある複雑なサンプルを分析する場合に特に有益である。通常、質量分析計の第1段階においてプレカーサーイオン(親イオン)の組み合わせが選択され(本明細書ではQ1:四重極1と呼ぶが、イオントラップなどの非四重極質量分析計における各段階についても同様である)、前記親イオンが多くのフラグメントへフラグメント化され、前記フラグメントのうちの1又は幾つかの特異的フラグメントが次の工程であるMS測定(通常、四重極3、Q3)で選択され、イオン検出器で検出される。この2段階選択により、確実に所望のアナライトが測定され、且つ任意の他のイオン種の強度が減少する。シグナル対ノイズ比は、Q1において1つの質量範囲を選択し、次いでイオン検出器で生じた全フラグメントを測定する従来のMS/MS分析よりも遥かに優れている。原則として、このMSに基づくアプローチは、アナライトの絶対構造特異性を提供することができ、また適切な安定同位体標識内部標準(SIS)と組み合わせて、アナライト濃度の絶対定量を提供することができる。
【0011】
従来のSRM/MRM型実験では、安定同位体標識レファレンスは、レファレンスに対してアナライトを定量するために用いられるアナライト/レファレンス対を生成するために用いられる。タンパク質を分析する場合、かかるレファレンスペプチドと測定対象であるアナライトとは、同位体が取り込まれている点のみが異なり、それによりQ1選択における質量が明確に異なるが、その他の化学的組成及び物理化学的挙動は同一である。典型的な実験では、これら2つの質量間で質量選択チャネルを切り換えることにより、Q1においてアナライト/レファレンス対が選択される。その後これら2つのイオンをフラグメント化すると、異なる(特異的)フラグメント質量が得られる。次いで、1以上の好適なフラグメント質量が選択される。その場合、Q3フィルタは、選択されたフラグメントイオンの所定の位置に留まるため、確実にこのイオンが質量分析計に移動し、且つ他のイオン種は除去される。
【0012】
質量分析計を用いてアナライトを同定するための改善された質量標識の設計における最近の研究では、他の夾雑物を含まない質量スペクトルで容易に同定される質量標識が注目されている。
【0013】
特許文献7は、2以上の質量標識のセットであって、セット中の各標識が質量正規化部分に開裂可能リンカーを介して結合している質量マーカー部分を含み、前記質量マーカー部分がフラグメント化されにくいセットについて開示している。セット中の各標識の総質量は、同一であっても異なっていてもよく、またセットの各標識の質量マーカー部分の質量も、同一であっても異なっていてもよい。共通の質量の質量マーカー部分を有するセット中の標識の任意の群においては、各標識の総質量は、該群における他の全ての標識と異なり、共通の総質量を有するセット中の標識の任意の群においては、各標識の質量マーカー部分の質量は、該群における他の全ての質量マーカー部分のいずれとも異なる。その結果、セット中の質量標識は全て、質量分析により相互に識別可能である。この出願は、質量分析によってアナライトに固有の1つの質量標識又は質量標識の組み合わせを同定することにより、アナライトを検出する工程を含む分析方法についても更に開示している。タンデム質量分析を用いてもよい。具体的には、質量標識の検出に用いられる質量分析計は、特定の質量又は質量範囲のイオンを選択するための第1の分析計と、選択されたイオンを解離させるための第2の質量分析計と、得られたイオンを検出するための第3の質量分析計とを備える三連四重極質量分析計であってもよい。
【0014】
特許文献8は、2以上の質量標識のセットであって、セット中の各標識が、少なくとも1つのアミド結合を介して質量正規化部分に結合している質量マーカー部分を含むセットについて開示している。質量マーカー部分はアミノ酸を含み、質量正規化部分もアミノ酸を含む。特許文献7と同様に、セット中の各標識の総質量は同一であっても異なっていてもよく、セット中の各標識の質量マーカー部分の質量も同一であっても異なっていてもよい。その結果、セット中の質量標識は全て、質量分析により相互に識別可能である。また特許文献7と同様に、この出願もタンデム質量分析を含んでいてもよい分析方法について開示している。この出願は、具体的には、ペプチド分析と、少なくとも1つのアミノ酸を含む質量正規化部分及び質量マーカー部分を有する質量標識とに関する。
【0015】
特許文献9は、質量分析により生体分子を標識及び検出するためのある一般化学式を有する質量標識及び反応性質量標識について開示している。この発明の質量標識及び反応性質量標識は、質量スペクトルが明確に識別され、アナライトと容易に反応する。特許文献7と同様に、この出願もタンデム質量分析を含んでいてもよい分析方法について開示している。
【0016】
1990年代後半における同重質量タグの開発は、バイオマーカーの発見に革命をもたらした。単一のLC−MS/MSワークフローで理論的には無限の数のサンプルを分析する能力により、処理量が増加すると同時に分析におけるばらつきが減少した。したがって、広範なサンプルにおいて質量分析によりアナライトを定量的に検出し、ルーチンで測定する改良方法が依然として必要とされている。
【0017】
特許文献7〜9により提供された質量標識によって、質量分析によるアナライトの分析方法が著しく改善されたが、かかる質量標識を質量分析で同定することによりアナライトを検出する改良方法が依然として必要とされている。具体的には、これら新規質量標識及び分析方法は、質量スペクトルの複雑さを著しく増すことなしに、同時に且つ定量的に複数のサンプルを分析できるが、既知のタンデム質量分析を用いる同重質量標識の分析は、複雑なサンプルの場合依然として不正確な結果をもたらす場合がある。質量分析において質量標識を容易に同定することができ、且つ感度の高い定量が可能である改善された分析方法を提供することが依然として必要とされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0018】
【特許文献1】国際出願第PCT/GB98/00127号
【特許文献2】国際出願第PCT/GB94/01675号
【特許文献3】国際出願第PCT/US97/22639号
【特許文献4】国際出願第PCT/US97/01070号
【特許文献5】国際出願第PCT/US97/01046号
【特許文献6】国際出願第PCT/US97/01304号
【特許文献7】国際公開第01/68664号パンフレット
【特許文献8】国際公開第03/025576号パンフレット
【特許文献9】国際公開第2007/012849号パンフレット
【非特許文献】
【0019】
【非特許文献1】Gygi et al.(Nature Biotechnology 17:994−999,“Quantitative analysis of complex protein mixtures using isotope−coded affinity tags”1999)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0020】
したがって、本発明の目的は、この分野における先行技術の問題を解決し、質量分析による標的アナライトの改善されたアッセイ方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0021】
本発明の第1の態様では、標的アナライトをアッセイする方法であって、
(a)各サンプルが他のサンプルとは異なる1つの質量標識又は質量標識の組み合わせで標識されており、前記質量標識が質量標識のセットに含まれている標識であり、各質量標識が質量スペクトルの異なる質量マーカー基を含む同重質量標識であり、その結果質量分析により前記サンプルを識別可能である、前記標的アナライトを含んでいてもよい複数のサンプルを提供する工程と、
(b)前記複数の標識サンプルを混合して分析混合物を作製し、前記分析混合物を質量分析計に導入する工程と、
(c)特定の数の前記質量標識で標識されている前記標的アナライトのイオンと等しい第1の質量電荷比を有するイオンを選択する工程と、
(d)前記第1の質量電荷比を有するイオンを複数のフラグメントイオンにフラグメント化する工程であって、前記複数のフラグメントイオンの一部が少なくとも1つのインタクトな質量標識を含む工程と、
(e)少なくとも1つのインタクトな質量標識を含む前記標的アナライトのフラグメントイオンと等しい第2の質量電荷比を有するイオンを選択する工程と、
(f)前記第2の質量電荷比を有するイオンを複数の更なるフラグメントイオンにフラグメント化する工程であって、前記更なるフラグメントイオンの一部が質量マーカー基のイオンである工程と、
(g)工程(f)で生成される前記更なるフラグメントイオンの質量スペクトルを作成する工程と、
(h)前記質量スペクトルから各サンプル中の前記標的アナライトの量を特定する工程と、
を含む方法を提供する。
【0022】
所定の質量電荷比を有するイオンを選択し、次いで前記イオンをそれぞれフラグメント化する2工程を含む本発明に係る方法は、同重タグ付サンプルを用いて対象分子を定量することにより当該技術分野の限界を打破する。かかる方法の使用により高い感度が得られるため、最終工程で作製される質量スペクトルでは、従来のタンデム質量分析(MS/MS)実験の結果と比べてより正確な定量結果が得られる。
【0023】
同重質量標識を用いる従来のタンデム質量分析(MS/MS)では、標識されている標的アナライトの質量に等しいイオンが先ず選択される。選択後、標識アナライトのイオンは、フラグメント化され、次いで質量標識の質量マーカー基に相当するピークが同定される。しかし、選択された質量電荷比と同一の質量電荷比を有する夾雑物由来のフラグメントが共溶出されるため、得られたスペクトルからアナライトを正確に定量できない場合が多い。この問題は、タンパク質の複雑な混合物を分析するときに生じる。複雑な混合物では、異なるペプチド又はペプチドフラグメントが、標的アナライトと同一の質量を有する場合がある。これら夾雑ペプチドは、MS/MSでは標的アナライトと識別されない。その理由は、選択工程において標的アナライト及び夾雑ペプチドが、親イオンの質量電荷比を有するものとして共に選択されるためである。したがって、親イオンをフラグメント化して質量標識から質量マーカー基を放出させると、標的アナライトと同一の質量を有する夾雑ペプチドを含む、選択された全ペプチド由来の質量マーカー基のスペクトルが得られる。
【0024】
MS/MSのこの限界は、更なる選択工程(工程(e))及びフラグメント化工程(工程(f))を行うことにより本発明では打破されている。工程(e)では、少なくとも1つのインタクトな質量標識を含む標的アナライトのフラグメントの所望のイオンと等しい質量電荷比を選択することにより、Q1(工程(c))で選択された夾雑分子の全てではないが大部分が質量スペクトルから確実に除去される。工程(d)で複数のフラグメントにフラグメント化される夾雑ペプチドであって、いずれも工程(e)で選択される第2の質量電荷比と等しい質量電荷比を有しない夾雑ペプチドが除去される。したがって、フラグメント化工程(f)において放出される質量マーカー基は、標的アナライトに由来する質量マーカー基のみであるため、得られる質量スペクトルは、標的アナライトに関して著しく改善された正確な定量結果をもたらす。本発明に係る方法は、高い選択性により特異性が改善されるため、複雑なサンプルの分析に特に有利である。
【0025】
本発明に係る方法は、SRM(選択反応モニタリング:1つのアナライト)又は定量のために用いられる最後の分析工程で多重化されるMRM(多重反応モニタリング:複数のアナライト)において高い感度及び選択性の組み合わせを生み出すことができる。
【0026】
工程(h)で特定される量は、各サンプル中の標的アナライトの相対量であっても、各サンプル中の標的アナライトの絶対量であってもよい。
【0027】
本発明の更なる利点は、複数のサンプルを一緒に分析できることである。前記複数のサンプルは、標的アナライトを含んでいてもよい試験サンプルであってもよい。
【0028】
「試験サンプル」という用語は、アナライトが存在し得る任意の被検査物のことを指す。試験サンプルは、1つのアナライトのみを含んでいてもよい。或いは、試験サンプルは、複数の異なるアナライトを含んでいてもよい。
【0029】
本発明の1つの実施形態では、試験サンプルが1つのサンプルであり、較正サンプルが1つのサンプルである。ここで較正サンプルは、標的アナライトの1以上の異なるアリコートを含み、各アリコートは既知の量のアナライトを有し、試験サンプルと較正サンプルの各アリコートとは異なる標識で標識される。
【0030】
1以上の較正サンプルが存在するとき、本発明に係る方法の工程(h)は、前記較正サンプルの1以上のアリコート中のアナライトの既知且つ所定の量に対して、試験サンプル中のアナライトの量を較正することを含むことが好ましい。好ましい実施形態では、前記方法は、質量分析により測定される各アリコート中のアナライトの量対各アリコート中のアナライトの量のグラフをプロットする工程を含む。この工程は、グラフ作成の代わりに、計算と、かかる計算を行うための当業者に十分理解されている数学的プログラム又はアルゴリズムのみを含んでいてもよい。次いで、較正グラフを用いて質量分析により測定されたサンプル中のアナライトの量を測定することにより、サンプル中のアナライトの量を計算する。本発明の状況では、「質量分析により測定される量」とは、典型的には、アナライトの量に関係する質量分析により測定されるイオン存在量、イオン強度、又は他のシグナルを指す。この実施形態では、外部で行われる較正に依存しない、より正確な定量結果が得られるため、遥かにロバストで信頼性の高い分析を行うことができる。
【0031】
異なるアリコートは、異なる既知の量のアナライトをそれぞれ有する。「既知の量」という用語は、較正サンプルの各アリコート中のアナライトの絶対量又は定性的量が既知であることを意味する。
【0032】
絶対量とは、既知である量を意味する。これにより、試験サンプル中のアナライトの絶対量を特定することが可能になる。
【0033】
本発明の状況における定性的量とは、絶対量は知られていないが、特定の状態を有する被験体、例えば健常状態若しくは罹病状態にある被験体において予測される量の範囲、又は調査している試験サンプルの種類に依存して予測される他の何らかの範囲であってもよい量を意味する。各アリコートは、異なる量のアナライトを含有しているので「異なる」。典型的には、これは、標準サンプルから異なる体積を採取することによって達成され、特に定性的量の場合、絶対量を知る必要はなく、異なる体積を採取することで各アリコート中に所望の比で異なる量が確実に存在するようにする。他の方法としては、各アリコートを別個に調製し、同一サンプルからは採取しない。1つの実施形態では、各々異なるアリコートは、同一の体積を有するが、異なる量のアナライトを含む。
【0034】
較正サンプル又は各較正サンプルは、標的アナライトの2以上の異なるアリコートを含むことが好ましい。標的アナライトの2以上の異なるアリコートを使用することにより、MSの複雑さを増すことなしに各アナライトの多点標準曲線を構築することが可能になる。アナライトは、工程(g)で作成される質量スペクトルを用いて定量され、サンプル中のアナライト及び較正サンプル中のアナライトは、同時に定量且つ同定され得る。或いは、アナライトの量のみが特定される。この方法は、1回の実験で最高10、最高20、最高50、又はそれ以上のアナライトを測定する手段を提供する。
【0035】
本発明に係る方法は、1以上の較正サンプルに加えて、複数の試験サンプルを分析することを含んでいてもよい。この実施形態では、前記複数の試験サンプルの各々は、同一アナライトについてアッセイされることが好ましい。アッセイされる各試験サンプルに対して同一較正サンプルを用いることが好ましい。典型的には、アナライトの1以上のアリコートを含む既知の同体積の較正サンプルを各々異なる試験サンプルに添加する。この方法は、複数の患者の複数のサンプルを扱う臨床研究で特に有用である。大量の較正サンプルを調製して、それを分ける場合、複数の研究室が同一の較正サンプルを用いることができるため、交差研究及び研究室間比較が促進される。各試験サンプルは、1以上の同重質量標識を用いてそれぞれ異なる標識で標識され、工程(b)で1以上の較正サンプルと組み合わせられてもよく、各サンプル中のアナライトの量は、工程(h)で同時に特定される。或いは、各試験サンプルを同じ質量標識で標識してもよく、各々異なる試験サンプルについて工程(b)〜工程(h)を繰り返す。
【0036】
1つの実施形態では、本発明に係る方法を用いて複数の異なる標的アナライトをアッセイすることができる。この実施形態では、前記方法は、各標的アナライトについて工程(c)〜工程(h)を繰り返す工程を含む。この実施形態では、サンプルの1つが試験サンプルであり、較正サンプルは、各々異なるアナライトについて提供されてもよい。各較正サンプルは、標的アナライトの1以上の異なるアリコートを含み、前記試験サンプル及び前記各較正サンプルの各アリコートは異なる標識で標識される。1つの実施形態では、複数のサンプルは、タンパク質又はポリペプチドのペプチドフラグメントであり、前記ペプチドフラグメントは、工程(a)の前にタンパク質又はポリペプチドを化学処理又は酵素処理することにより生成される。特定の実施形態では、前記複数のアナライトは、同一のタンパク質又はポリペプチド由来のペプチドである。
【0037】
次に、以下の図面を参照して本発明を更に詳細に説明する。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1a】図1aは、2種の質量標識のセットであって、各標識がペプチドの所定の相対量を表すセット(126の質量を有する質量マーカー基:127の質量を有する質量マーカー基の比が2:1である)中の異なる同重質量標識で標識されているペプチドVATVSLPRのMS/MSスペクトルを示す。
【図1b】図1bは、図1aのスペクトルの質量マーカー基のピークを示すセクションの拡大図である。
【図2a】図2aは、図1で分析された標識ペプチドVATVSLPRのb1イオンのMS/MS/MSスペクトルを示す。
【図2b】図2bは、図2aのスペクトルの質量マーカー基のピークを示すセクションの拡大図である。
【図3】図3は、6種の質量標識のセットであって、各標識がペプチドの所定の相対量を表すセット(126の質量を有する質量マーカー基:127の質量を有する質量マーカー基:128の質量を有する質量マーカー基:129の質量を有する質量マーカー基:130の質量を有する質量マーカー基:131の質量を有する質量マーカー基の比が1:3:5:5:3:1である)中の異なる同重質量標識で標識されているペプチドVAFSLRのMSスペクトルを示す。
【図4】図4は、図3で分析された標識ペプチドVAFSLRのMS/MSスペクトルを示す。
【図5a】図5aは、図3で分析された標識ペプチドVAFSLRの各質量マーカー基のMS/MSスペクトルを示す。
【図5b】図5bは、図3で分析された標識ペプチドVAFSLRの各質量マーカー基のMS/MS/MSスペクトルを示す。
【図6】図6は、6種の質量標識のセットであって、各標識がペプチドの所定の相対量を表すセット(126の質量を有する質量マーカー基:127の質量を有する質量マーカー基:128の質量を有する質量マーカー基:129の質量を有する質量マーカー基:130の質量を有する質量マーカー基:131の質量を有する質量マーカー基の比が1:1:1:4:4:4である)中の異なる同重質量標識で標識されているペプチドAVFSLRのMSスペクトルを示す。
【図7】図7は、図6で分析された標識ペプチドAVFSLRのMS/MSスペクトルを示す。
【図8a】図8aは、図6で分析された標識ペプチドAVFSLRの各質量マーカー基のMS/MSスペクトルを示す。
【図8b】図8bは、図6で分析された標識ペプチドAVFSLRの各質量マーカー基のMS/MS/MSスペクトルを示す。
【図9】図9は、6種の質量標識のセットであって、各標識がペプチドの所定の相対量を表すセット(126の質量を有する質量マーカー基:127の質量を有する質量マーカー基:128の質量を有する質量マーカー基:129の質量を有する質量マーカー基:130の質量を有する質量マーカー基:131の質量を有する質量マーカー基の比が4:4:4:1:1:1である)中の異なる同重質量標識で標識されているペプチドFAVSLRのMSスペクトルを示す。
【図10】図10は、図9で分析された標識ペプチドFAVSLRのMS/MSスペクトルを示す。
【図11a】図11aは、図9で分析された標識ペプチドFAVSLRの各質量マーカー基のMS/MSスペクトルを示す。
【図11b】図11bは、図9で分析された標識ペプチドFAVSLRの各質量マーカー基のMS/MS/MSスペクトルを示す。
【図12】図12は、6種の質量標識のセットであって、各標識がペプチドの所定の相対量を表すセット(126の質量を有する質量マーカー基:127の質量を有する質量マーカー基:128の質量を有する質量マーカー基:129の質量を有する質量マーカー基:130の質量を有する質量マーカー基:131の質量を有する質量マーカー基の比が5:3:1:1:3:5である)中の異なる同重質量標識で標識されているペプチドLAFSVRのMSスペクトルを示す。
【図13】図13は、図12で分析された標識ペプチドLAFSVRのMS/MSスペクトルを示す。
【図14a】図14aは、図12で分析された標識ペプチドLAFSVRの各質量マーカー基のMS/MSスペクトルを示す。
【図14b】図14bは、図12で分析された標識ペプチドLAFSVRの各質量マーカー基のMS/MS/MSスペクトルを示す。
【図15】図15は、6種の質量標識のセットであって、各標識がペプチドの所定の相対量を表すセット(ペプチドVAFSLR 126の質量を有する質量マーカー基:127の質量を有する質量マーカー基:128の質量を有する質量マーカー基:129の質量を有する質量マーカー基:130の質量を有する質量マーカー基:131の質量を有する質量マーカー基の比が1:3:5:5:3:1である;ペプチドLAFSVR 126の質量を有する質量マーカー基:127の質量を有する質量マーカー基:128の質量を有する質量マーカー基:129の質量を有する質量マーカー基:130の質量を有する質量マーカー基:131の質量を有する質量マーカー基の比が5:3:1:1:3:5である)中の異なる同重質量標識でそれぞれ標識されているペプチドVAFSLR及びLAFSVRの混合物のMSスペクトルを示す。
【図16】図16は、図15で分析された標識ペプチドVAFSLR及びLAFSVRの混合物のMS/MSスペクトルを示す。
【図17】図17は、図15で分析された標識ペプチドVAFSLR及びLAFSVRの混合物の異なる質量マーカー基のMS/MSスペクトルを示す。
【図18a】図18aは、図15で分析された標識ペプチドVAFSLRのb1イオンの各質量マーカー基のMS/MS/MSスペクトルを示す。
【図18b】図18bは、図15で分析された標識ペプチドLAFSVRのb1イオンの各質量マーカー基のMS/MS/MSスペクトルを示す。
【図19】図19は、6種の質量標識のセットであって、各標識がペプチドの所定の相対量を表すセット(ペプチドAVFSLR 126の質量を有する質量マーカー基:127の質量を有する質量マーカー基:128の質量を有する質量マーカー基:129の質量を有する質量マーカー基:130の質量を有する質量マーカー基:131の質量を有する質量マーカー基の比が1:1:1:4:4:4である;ペプチドFAVSLR 126の質量を有する質量マーカー基:127の質量を有する質量マーカー基:128の質量を有する質量マーカー基:129の質量を有する質量マーカー基:130の質量を有する質量マーカー基:131の質量を有する質量マーカー基の比が4:4:4:1:1:1である)中の異なる同重質量標識でそれぞれ標識されているペプチドAVFSLR及びFAVSLRの混合物のMSスペクトルを示す。
【図20】図20は、図19で分析された標識ペプチドAVFSLR及びFAVSLRの混合物のMS/MSスペクトルを示す。
【図21】図21は、図19で分析された標識ペプチドAVFSLR及びFAVSLRの混合物の各質量マーカー基のMS/MSスペクトルを示す。
【図22a】図22aは、図19で分析された標識ペプチドAVFSLRのb1イオンの各質量マーカー基のMS/MS/MSスペクトルを示す。
【図22b】図22bは、図19で分析された標識ペプチドFAVSLRのb1イオンの各質量マーカー基のMS/MS/MSスペクトルを示す。
【図23】図23は、標識ペプチドAEFAEVSKのMS/MSスペクトル、及びペプチドを標識するために用いられる質量標識(TMT zero)の構造を示す。前記ペプチドは、N末端及びリジンが標識されている。質量標識のフラグメント化から生じるイオンを示す。
【図24】図24は、2種の同重質量標識のセット(TMT duplexは、TMT−126及びTMT−127を含む)で標識されているペプチドVLEPTLKのMS/MSスペクトル、及びペプチドを標識するために用いられる質量標識の構造を示す。前記ペプチドは、N末端及びリジンが標識されている。質量標識のフラグメント化から生じるイオンを示す。
【図25】図25のAは、質量標識TMT−zeroで標識されている血清アルブミンLVNEVTEFAK由来のペプチドのMS/MSスペクトルを示す。図25のBは、質量標識TMT sixplexで標識されている血清アルブミンLVNEVTEFAK由来のペプチドのMS/MSスペクトルを示す。図25のA及び図25のBのペプチドは、N末端及びリジンが標識されている。図25のAの標識ペプチドと図25のBの標識ペプチドとの間の質量差が10Daであることが示されている。
【図26】図26のAは、図25のAのMS/MSスペクトルのy3イオンフラグメントを示すセクションの拡大図を示す。図26のBは、図25のBのMS/MSスペクトルのy3イオンフラグメントを示すセクションの拡大図を示す。y3イオンフラグメントは、リジン残基に1つのインタクトな質量標識を保持しており、これは図26のA及び図26のBにおける2つの標識されているフラグメントイオン間で5トムソン(Th、質量電荷比の単位)のm/z差を生じさせる。
【図27】図27のAは、図25のAのMS/MSスペクトルのy5イオンフラグメントを示すセクションの拡大図を示す。図27のBは、図25のBのMS/MSスペクトルのy3イオンフラグメントを示すセクションの拡大図を示す。y5イオンフラグメントは、リジン残基に1つのインタクトな質量標識を保持しており、これが図27のA及び図27のBにおける2つの標識フラグメントイオン間に5トムソン(Th、質量電荷比の単位)のm/z差を生じさせる。
【図28】図28のAは、図25のAのMS/MSスペクトルのb7イオンフラグメントを示すセクションの拡大図を示す。図28のBは、図25のBのMS/MSスペクトルのb7イオンフラグメントを示すセクションの拡大図を示す。b7イオンフラグメントは、N末端に1つのインタクトな質量標識を保持しており、これが図28のA及び図28のBにおける2つの標識フラグメントイオン間に5トムソン(Th、質量電荷比の単位)のm/z差を生じさせる。
【図29a】図29aは、TMT zero及びTMT sixplexで標識されているペプチドLVTDLTKのMSスペクトルを示す。前記ペプチドは、N末端及びリジンが標識されており、これがTMT zeroで標識されているペプチドとTMT sixplexで標識されているペプチドとの間で10Daの質量差を生じさせる。二価プレカーサーイオン間の質量差は5Thである。
【図29b】図29bは、TMT zero及びTMT sixplexで標識されているペプチドHPDYSVVLLLRのMSスペクトルを示す。ペプチドは、N末端が標識されており、これがTMT zeroで標識されているペプチドとTMT sixplexで標識されているペプチドとの間に5Daの質量差を生じさせる。三価プレカーサーイオン間の質量差は1.67Thである。
【図30】図30は、質量標識TMT zero及び質量標識TMT sixplex(TMT−127)で標識されている10個の血漿ペプチドのMRMイオンクロマトグラフを示す。
【図31】図31のA〜Dは、TMT zero及びTMT sixplex(TMT−127)で標識されている血漿ペプチドKのMRMイオンクロマトグラフを示す。TMT標識血漿サンプルは、異なる比で混合されていた。
【図32】図32は、(図31のA〜Dに示す)ペプチドKのTMT zero:TMT sixplexの予測比対実測比のグラフを示す。分析は、三連で実施した。
【図33】図33は、QitTofTM機器の概略図を示す。
【図34】図34は、MS/MS/MSを行うことができる質量分析計の代替配置を示す。
【発明を実施するための形態】
【0039】
「アナライト」という用語は、特に限定されず、質量分析によって分析でき、質量分析上異なる質量マーカー基を有する同重質量標識により標識可能である限り、本発明に係る方法を使用して、如何なる種類の分子をアッセイすることもできる。アナライトとしては、アミノ酸、ペプチド、ポリペプチド、タンパク質、糖タンパク質、リポタンパク質、核酸、ポリヌクレオチド、オリゴヌクレオチド、DNA、RNA、ペプチド核酸、糖、デンプン、複合糖質、脂肪、複合脂質、ポリマー、薬剤及び薬剤様分子などの有機小分子、又はこれらのフラグメントが挙げられる。アナライトは、ペプチド、タンパク質、ヌクレオチド、又は核酸であることが好ましい。
【0040】
本発明に関して、「アナライト」という用語は、「生体分子」という用語と同義であるものとする。
【0041】
本発明に関して、「タンパク質」という用語は、ジペプチド、トリペプチド、ペプチド、ポリペプチド、及びタンパク質などの2以上のアミノ酸を含む任意の分子を包含するものとする。
【0042】
本発明に関して、「核酸」という用語は、ジヌクレオチド、トリヌクレオチド、オリゴヌクレオチド、デオキシリボ核酸、リボ核酸、及びペプチド核酸などの2以上のヌクレオチド塩基を含む任意の分子を包含するものとする。
【0043】
「6種タンデム質量タグ(TMT)のセット」という用語は、6種の同重質量標識のセットであって、各標識が質量分析上異なる質量マーカー基を含むセットを指す。6種タンデム質量タグのセットの例は、TMT−128、TMT−129、TMT−130、TMT−131であり、ここで「」は、セット中の標識の数を表し、「TMT」の後の128〜131という数は、質量マーカー基の質量を表す。同様に、2種タンデム質量タグのセットは、2種の同重質量標識のセットを指す。2種タンデム質量タグの例は、TMT−126及びTMT−127であり、ここで「」は、セット中の標識の数を表し、「TMT」の後の126及び127という数は、質量マーカー基の質量を表す。5種タンデム質量タグのセットは、5種の同重質量標識のセットを指す。
【0044】
本発明の状況では、「MS」という用語は、サンプルからイオンを生成し、前記イオンの質量スペクトルを作成することを含む質量分析法を指す。
【0045】
本発明の状況では、「MS/MS」という用語は、特定の質量電荷比のイオンを選択し、選択したイオンを例えば衝突誘起解離(CID)によりフラグメント化し、フラグメントイオンの質量スペクトルを作成することを含む本発明に係る方法を指す。
【0046】
本発明の状況では、「MS/MS/MS」という用語は、工程(a)〜工程(h)を含む本発明に係る方法を指す。
【0047】
本発明に関連して、「質量分析」という用語は、フラグメント化分析を行うことができるいずれの種類の質量分析をも含むものとする。本発明で用いるのに好適な質量分析計としては、MS/MS/MSを行うことができるいずれの形態の分析器も含む機器が挙げられる。
【0048】
1つの実施形態では、本発明に係る方法の工程(c)〜工程(g)は、質量分析計の別個の四重極で行われる。この実施形態では、第1の質量電荷比を有するイオンを選択する工程(c)は、シリアル型機器の第1の質量分析器(Q1)で行われる。次いで、選択されたイオンは、別個の衝突室(Q2)に向かい、そこで気体又は固体表面と衝突して、工程(d)において複数のフラグメントイオンを生成する。次いで、工程(d)で生じた衝突産物は、第3の質量分析器(Q3)に向かい、そこで工程(e)において第2の質量電荷比を有するイオン(MS/MSイオン)が選択される。次いで、工程(e)で選択されたイオンは、別個の衝突室(Q4)に向かい、そこで気体又は固体表面と衝突して、工程(f)において複数の更なるフラグメントイオンを生成する。工程(f)で生じた更なるフラグメントイオンは、工程(g)においてシリアル型機器の更なる質量分析器(Q5)に向かい、衝突産物が検出される。典型的なシリアル型機器としては、5−四重極質量分析計、タンデム型セクタ機器、及び四重極飛行時間(TOF)質量分析計が挙げられる。
【0049】
或いは、本発明に係る方法の工程(c)〜工程(g)は、質量分析計の同じゾーンで連続して実施される。これは、例えばイオントラップ質量分析器及びフーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴(FT−ICR)質量分析において影響を受ける場合がある。
【0050】
本発明に係るMS/MS/MS実験は、TOF分析器と組み合わせられた四重極イオントラップ、及びフットプリントの大きな4セクタ機器などの従来の3Dイオントラップハイブリッド配置機器を用いて行うことができる。
【0051】
Wu Z.,Bordas−Nagy J.and Fenselau C.(1991)“Triple mass spectrometry(MS/MS/MS) with a floated collision cell in a four−sector tandem mass spectrometer”Organic Mass Spectrometry 26,10,908−911には、タンデム型二重収束型質量分析計の第3の無フィールド領域内の電気的に浮動の(electrically floated)衝突室を用いてMS/MS/MS実験を実施する方法について記載されている。該実験は、JEOL JMS−HX110/HX110 4セクタ質量分析計を用いて実施され、前記方法は、全ての加速電圧における磁石較正の較正を伴うが、一般に衝突室の電圧のいずれの値においても適用可能である。
【0052】
四重極イオントラップ(QIT)は、イオンを蓄積し、貯蔵するために有効な手段である。QITとTOF質量分析計との組み合わせは、QIT又はTOF質量分析計単独では利用できない強力な機能をもたらす。Syagen(登録商標)は、既にこれらデバイスを組み合わせてQitTofTMと呼ばれる単一機器にしており、QitTofTMは、QIT MSのMSの利点と、TOF MSの高速データ収集速度とを提供する最初に市販された機器である。QitTofTM機器の構造を図33に示す。ShimadzuもLCMS−QIT−TOFシステムを開発している。図34は、QitTofTM機器の構造を概略的に示す。
【0053】
他の機器と比べてQitTofTMの構造は特別な効果を有する。QitTofTMの構造は、高いイオン透過効率を有する可能性があり、直交抽出TOF MSに比べて効率的なMS操作が可能である。QITは、イオンがQITからスキャンされるのではなくパルス出力されることにより繰り返し速度が速いため、ダイナミックレンジが広く且つイオントラップ能が高い質量選択放出が得られるという利点を有する。TOFは、多チャンネル質量検出により全イオンの効率的な回収を導くという利点をもたらす。TOF分析器を用いてより正確な質量精度も達成される。
【0054】
本発明におけるMS実験については他の幾つかの機器の構造を検討することもでき、今後選択される可能性のあるものを図34に示す。各設計の性能をこの段階で評価することは困難であり、更なる研究が必要である。図34のAは、3つのスキャニング四重極及び2つの衝突室を備える5−四重極配置を示す。イオン増倍管検出器は、典型的には、四重極質量分析器と併用される。図34のBは、最終段階の分析器として直交リフレクトロンTOFを備えるダブルスキャニング四重極を示す。図34のCは、ユーザの指定した質量範囲のイオンを最初の2つのリニアTOF分析器に入れる時限式イオンゲートを備えるトリプルTOF機器を示す。
【0055】
本発明では、マトリックス支援レーザー脱離/イオン化(MALDI)技術を使用することができる。MALDIでは、大幅にモル過剰の光励起可能な「マトリックス」中に生体分子溶液を埋め込む必要がある。適切な周波数のレーザー光の照射によって前記マトリックスが励起され、それがマトリックスに閉じ込められた生体分子と共に前記マトリックスの急速な蒸発を導く。酸性マトリックスから生体分子へのプロトン移動により、陽イオン質量分析、特に飛行時間(TOF)質量分析によって検出することができるプロトン化型の生体分子が生じる。MALDI TOFによる陰イオン質量分析も可能である。この技術では、多量の並進エネルギーがイオンに与えられるが、それにも拘わらず過剰のフラグメント化を誘起しない傾向にある。レーザーエネルギーとイオン源からイオンを加速させるために使用される電位差の印加のタイミングの調節とを用いて、この技術でフラグメント化を制御することができる。この技術は、広い質量範囲を有し、質量スペクトルにおいて1価イオンが多く存在し(prevalence)、且つ複数のペプチドを同時に分析できるため非常に好ましい。本発明ではTOF/TOF技術を使用してもよい。
【0056】
前記光励起可能マトリックスは、「色素」、即ち特定の周波数の光を強く吸収する化合物を含み、該色素は、蛍光又はりん光によってエネルギーを放射するのではなく、エネルギーを熱として、即ち振動モードを通して消散させることが好ましい。レーザー励起によって引き起こされるマトリックスの振動によって該色素が急速な昇華し、これにより埋め込まれているアナライトが同時に気相中に運ばれる。
【0057】
本発明の状況ではMALDI技術が有用であるが、本発明はこの種の技術に限定されず、当業者は、当技術分野において一般的な他の技術を必要に応じて本発明で使用してもよい。例えば、エレクトロスプレー質量分析又はナノエレクトロスプレー質量分析を使用することができる。
【0058】
本発明に係る方法は、工程(a)の前に、各サンプル及び1以上の較正サンプルが存在するとき、較正サンプルの各アリコートを、1以上の同重質量標識の異なる標識でそれぞれ標識する更なる工程を含んでいてもよい。1以上の較正サンプルが存在する実施形態では、前記方法は、工程(a)の前に、異なる標識で標識されたアリコートを組み合わせて較正サンプルを作製する更なる工程を含むことが好ましい。
【0059】
標的アナライトは、1つの質量標識、2つの質量標識、又は2超の質量標識に結合していてもよい。標的アナライト又はそのフラグメントが、2つの同重質量標識に結合していることが好ましい。少なくとも1つの質量標識が、標的アナライトの各末端部に結合していることも好ましい。これは、標的アナライトがタンパク質又は核酸であるとき特に好ましい。
【0060】
どれ位の数の標識が標的アナライトに結合するかを制御するのに好適な条件下でサンプルを標識してもよい。例えば、過剰量の標識をサンプルに添加して、各アナライトに対して最大数の標識を確実に結合させることができる。これは、核酸アナライト又はタンパク質アナライトの各末端に質量標識を結合させることが有益であるときに好ましい場合がある。或いは、質量標識の反応性基及び/又は標識条件を制御して、タンパク質のC末端又はN末端などのアナライトの好ましい末端に質量標識を結合させることもできる。
【0061】
標的アナライトがタンパク質又はペプチドである場合、各標的アナライトのN末端及びC末端を質量標識で標識することが好ましい。各アナライトのアミノ末端アミン基及びC末端イプシロンアミン基のリジンが、それぞれ質量標識を含むことが好ましい。図25のA及び図26のBに示すペプチド(LVNEVTEFAK)は、2つの標識に結合しており、そのうち1つの標識はN末端のロイシンに結合しており、もう1つはC末端のリジンに結合している。
【0062】
本発明に係る方法の工程(c)では、特定の数の質量標識で標識されている標的アナライトのイオンの質量電荷比と等しい第1の質量電荷比を有するイオンが選択される。各サンプル中の標識されている標的アナライトは、同一質量を有するため、工程c)で選択される。
【0063】
1つの実施形態では、第1の質量電荷比は、特定の数の質量標識で標識されている標的アナライトの非フラグメント化親イオンの質量電荷比と等しい。或いは、第1の質量電荷比は、特定の数の質量標識で標識されている標的アナライトのフラグメントイオンの質量電荷比と等しい。
【0064】
工程(c)で選択される特定の質量電荷比は、標的アナライト、及び標的アナライトに結合している標識の数に依存している。当業者は、工程(c)で好適な第1の質量電荷比を容易に選択することができる。工程(c)で選択されるイオンは、2価以上の荷電状態を有することが好ましい。
【0065】
本発明に係る方法が、例えば、タンパク質などの成分の混合物を含むサンプルに対して実施されるとき、多数のタンパク質又はタンパク質フラグメントが同一質量を有している場合があるため、同一質量を有する多数の異なるイオンが工程c)で選択される恐れがある。
【0066】
工程(c)の後、第1の質量電荷比を有する選択されたイオンは、工程(d)で複数のフラグメントイオンにフラグメント化され、該複数のフラグメントイオンの一部は、少なくとも1つのインタクトな質量標識を含む。
【0067】
少なくとも1つのインタクトな質量標識を含む複数のフラグメントイオンの一部とは、前記フラグメントイオンの0%超が少なくとも1つのインタクトな質量標識を含むことを意味する。工程(d)で提供されるこれらフラグメントの割合は、工程(g)で作成される質量スペクトルにおいて質量レポーター基を検出できるようにするのに十分である。
【0068】
本発明者らは、同重質量標識で標識されているアナライトが、工程(d)でフラグメント化されて、少なくとも1つのインタクトな質量標識を含むフラグメントイオンが生成されることを見出した。これは本発明において重要な知見である。その理由は、更なる選択工程で、質量レポーター基が開裂する前に、標識されている標的アナライトから夾雑物を除去することができるためである。これにより正確な定量結果が得られる。本発明者らは、標的アナライトを2以上の質量標識に結合させて、工程(d)後も少なくとも1つの質量標識がインタクトであることを保証することが有利であることを見出した。
【0069】
標的アナライトがペプチドであるとき、ペプチドは、yイオンシリーズ及びbイオンシリーズに優先的にフラグメント化されるが、aシリーズ、cシリーズ、xシリーズ、及びzシリーズを含む他の形態も見られる。生成されるフラグメントイオンの種類を制御するために、工程(d)でフラグメント化条件を選択してもよい。フラグメント化条件は、bイオン及びyイオンが確実に最も多いフラグメントイオンであるよう選択されることが好ましい。衝突エネルギーは、継続的なフラグメント化を防ぐためにかなり低く選択されるべきである。例えば、イオントラップを用いて、継続的なフラグメント化が生じないことを保証することができる。
【0070】
典型的には、フラグメント化は、衝突誘起解離(CID)、表面誘起解離(SID)、電子捕獲解離(ECD)、電子移動解離(ETD)、又は高速原子衝撃によって生じる。
【0071】
電子捕獲解離(ECD)は、タンデム質量分析(構造解明)のために、多価(プロトン化)ペプチドイオン又はタンパク質イオンをフラグメント化する方法である。この方法では、多価プロトン化ペプチド又はタンパク質を、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴(FTICR)質量分析計のぺニングトラップ中に閉じ込め、これを近熱エネルギーを有する電子に曝露する。プロトン化ペプチドによる熱電子の捕獲は、発熱的であり(≒6eV;1eV=1.602×10−19J)、非エルゴード的プロセス(即ち、分子内振動エネルギーの再配分を伴わないプロセス)によるペプチド骨格のフラグメント化を引き起こす。
【数1】

【0072】
加えて、1以上のタンパク質陽イオンを低エネルギー電子で中和し、結合の特異的開裂を引き起こし、c、z生成物を形成させることができる。これは、例えば衝突活性化解離(CAD;衝突誘起解離(CID)としても知られている)などの他の技術によって形成されるb、y生成物とは対照的である。RF 3D四重極型イオントラップ(QIT)機器、四重極型飛行時間(TOF)機器、又はRFリニア2D四重極型イオントラップ(QLT)機器のRFフィールドに導入される熱電子は、その熱エネルギーを1マイクロ秒の数分の1の間しか維持できず、これらの装置にトラップされないため、依然としてECDは、最も高価な種類のMS機器であるFTICRでしか用いられていない技術である。
【0073】
電子移動解離(ETD)は、タンデム質量分析(構造解明)のために、多価プロトン化ペプチドイオン又はタンパク質イオンをフラグメント化する方法である。電子捕獲解離(ECD)と同様に、ETDでは、電子を移動させることによって、陽イオン(例えば多価ペプチド又はタンパク質)のフラグメント化を誘発する。ECDと対照的に、ETDは、この目的のために自由電子を使用せず、ラジカル陰イオン(例えば、十分に低い電子親和力を有し電子供与体として作用するアントラセン又はアゾベンゼン陰イオン)を使用する。
【数2】

【0074】
電子の移動後、ETDでは、ECDと同様のフラグメント化パターンが生じる、即ち、所謂cイオン及びzイオンが形成される。電子移動方法が異なることに基づいて、ETDを、ECDには適さない四重極型イオントラップ(QIT)機器又はRFリニア2D四重極型イオントラップ(QLT)機器などの様々な「低価格」質量分析計に用いることができる。適切な参考文献としては、John E.P.Syka,Joshua J.Coon,Melanie J.Schroeder,Jeffrey Shabanowitz,and Donald F.Hunt,PNAS,Vol.101,no.26,pp.9528−9533を参照のこと。
【0075】
フラグメント化方法は特に限定されないが、最も好ましい実施形態は、衝突誘起解離によりフラグメント化が生じる実施形態である。
【0076】
1つの実施形態では、本発明に係る方法は、工程(d)の後に、工程(d)から複数のフラグメントイオンの質量スペクトルを作成する更なる工程を含む。質量スペクトルにおいて標的アナライトに特徴的な1以上のフラグメントイオンを同定することにより、工程(d)後に作成される質量スペクトルを用いて、標的アナライトを同定することができる。スペクトル中に生じるフラグメントイオンは、特にペプチドアナライトの場合、アナライトの同一性を決定するためのデータベース検索に用いることができる。
【0077】
工程(d)におけるフラグメント化は、質量標識から質量マーカー基の一部を開裂することができ、質量マーカー基を表すピークは、生じる場合質量スペクトル中に見られる。しかし、この質量スペクトルを用いてサンプル中の標的アナライトの量を測定する場合、工程(d)における標識夾雑物の存在が不正確な結果をもたらす。
【0078】
工程(d)におけるフラグメント化の後、少なくとも1つのインタクトな質量標識を含む標的アナライトのフラグメントイオンと等しい第2の質量電荷比を有するイオンが、工程(e)で選択される。
【0079】
上記の通り、サンプルが複雑な混合物であるとき、工程(c)では、標的アナライトと、標的アナライトと同一の質量を有する他の夾雑イオンとを含む多くのイオンが選択される恐れがある。したがって、工程(c)で選択される全てのイオンに結合している質量標識の質量マーカー基を分析すると、標的アナライトの量を正確には表していない定量結果が得られる。この限界を打破するために、工程(e)は、更なる分析のために標的アナライトが通過する更なる選択工程を提供する。少なくとも1つのインタクトな質量標識を含む標的アナライトのフラグメントイオンと等しい質量電荷比を選択することにより、工程(c)で選択された夾雑分子が質量スペクトルから確実に除去される。
【0080】
工程(e)では、第2の質量電荷比は、少なくとも1つのインタクトな質量標識を含む標的アナライトのフラグメントイオンであって、前記標的アナライト固有のフラグメントイオンと等しいことが好ましい。
【0081】
工程(e)において選択される第2の質量電荷比は、フラグメントイオンが少なくとも1つのインタクトな質量標識を含む限り、工程d)で生成される好適なフラグメントイオンのいずれであってもよい。
【0082】
第2の質量電荷比は、aシリーズイオン、bシリーズイオン、cシリーズイオン、xシリーズイオン、yシリーズイオン、又はzシリーズイオンと等しくてもよい。工程(e)で選択されるイオンの種類は、生成される各イオンの量に依存して選択され得る。例えば、ペプチドは、bシリーズイオンに優先的にフラグメント化され得、b1イオンが最も多いイオンであり得る。最も多いイオンは、工程(h)の質量スペクトルで質量レポーター基の良好なシグナルが確実に生成される。
【0083】
工程(e)で選択されるイオンの種類は、必要とされる選択性の程度に依存して選択されてもよい。工程(e)で選択されるフラグメントイオンが大きい程、標的アナライトに対する選択性が高くなる。例えば、b1イオンの選択により、N末端に異なるアミノ酸を有するペプチドが区別される。しかし、同一のb1イオンを有するペプチドを区別するために、より高い選択性が必要とされる場合、b2イオン又はb3イオンなどのより大きなイオンが選択される場合もある。また、工程(d)におけるフラグメント化により同一の質量を有する異なるシリーズのイオンが生成される場合、より大きなイオンを選択することが好ましい場合もある。
【0084】
工程(e)で選択される最良の種類のイオンは、例えばMSデータ結果又はインシリコ方法を用いて、本発明の方法に対して別個に決定することができる。
【0085】
本発明に係る1つの実施形態では、第2の質量電荷比が工程(e)で選択され、工程(f)〜工程(h)は、b1イオン又はy1イオンなどの選択されたフラグメントイオンについて実施される。次いで、工程(e)〜工程(h)が繰り返され、工程(e)で選択される第2の質量電荷比を用いて、b2イオン又はy2イオンなどのより大きなイオンが確実に選択される。次いで、より大きなイオンから得られた結果を、基準としてより小さなイオンから得られた結果と比較し、結果がサンプル中の標的アナライトの量を正確に反映していることを確認する。
【0086】
第2の質量電荷比は、インタクトな質量標識を含むyシリーズイオンの質量電荷比と等しいことが好ましい。例えば、yシリーズイオンは、少なくとも1つのインタクトな質量標識を含む限り、y1イオン、y2イオン、y3イオンなどであってもよい。
【0087】
他の好ましい実施形態では、第2の質量電荷比は、インタクトな質量標識を含むbシリーズイオンの質量電荷比と等しい。例えば、bシリーズイオンは、少なくとも1つのインタクトな質量標識を含む限り、b1イオン、b2イオン、b3イオンなどであってもよい。
【0088】
yシリーズイオン又はbシリーズイオンなどのイオンは、工程(c)で選択される第1の質量電荷比と比べて高い質量電荷比を有することが好ましい。また、工程(e)で選択されるイオンは、工程(c)で選択されるイオンの荷電状態と比べて1低い荷電状態を有するが、工程(c)で選択されるイオンの荷電状態と比べて高い質量電荷比を有することが好ましい。これは、選択されたイオンが、夾雑イオンを全く含まない質量スペクトルの非常にクリーンな部分に現れることを確実にし、優れたシグナルノイズ比をもたらす。
【0089】
標的アナライトに結合している質量標識の数及び配置は、工程(e)でどのフラグメントイオンを選択することが好ましいかに依存して制御され得る。例えば、アナライトがペプチドであるとき、bシリーズイオンを選択することが好ましい場合、ペプチドがN末端において質量標識に確実に付着するように標識を制御できる。yシリーズイオンを選択することが好ましい場合、ペプチドがC末端において質量標識に確実に結合するように標識を制御できる。
【0090】
工程(e)でbシリーズイオンを選択し、工程(e)でyシリーズイオンを選択する方法を繰り返すことが好ましい場合もある。この実施形態では、C末端及びN末端においてペプチドを質量標識に確実に結合させるように標識を制御することができる。例えば、標的アナライトがペプチドである場合、アミノ末端のアミン官能基及びC末端のイプシロンアミン官能基のリジンが質量標識に結合し、リジンに1つのインタクトな質量標識を有するyイオンが生成される、又は1つの完全なN末端質量標識を有するbイオンが生成される。
【0091】
フラグメント化工程d)により、1つの質量マーカー基に加えて、例えば荷電状態−1の近傍カルボニル基が失われている完全長ペプチドを表す偽yイオンが生成される場合もある。これらイオンは、工程(e)における選択にとって有用ではない。その理由は、前記偽yイオンが、質量レポーター基を1つだけ失っている標的アナライトと同じm/z及び荷電状態を有する夾雑物を含有し、前記アナライトが1つの質量標識にのみ結合している場合、このイオンは、インタクトな質量標識を含むフラグメントを生成しないためである。
【0092】
工程(e)において第2の質量電荷比を有するイオンを選択した後、これらイオンは、工程(f)において複数の更なるフラグメントイオンにフラグメント化され、前記更なるフラグメントイオンの一部は、質量マーカー基のイオンである。
【0093】
更なる分析のために標的アナライトのイオンを工程(e)に通過させ選択することにより、フラグメント化工程(f)で放出される質量マーカー基は、標的アナライトに由来するもののみであり、得られる質量スペクトルは、標的アナライトの正確な定量結果をもたらす。
【0094】
更なるフラグメントイオンの一部が質量マーカー基のイオンであるとは、フラグメントイオンの0%超が質量マーカー基のイオンであることを意味する。工程(g)では、更なるフラグメントイオンの質量スペクトルが作成されるため、質量マーカー基のイオンの割合は、質量スペクトルから各サンプル中の標的アナライトの量を決定するのに十分である。
【0095】
工程(f)におけるフラグメント化は、工程(d)に関して上述した方法のいずれによっても実施できる。質量マーカー基を質量標識の残りから確実に開裂するため、フラグメント化工程(f)で用いられるエネルギーは、工程(d)で用いられるエネルギーに比べて高いことが好ましい。工程(f)ではイオントラップではなく衝突室を用いることが好ましい。その理由は、この工程では、継続的なフラグメント化を促進することが好ましいためである。
【0096】
1つの実施形態では、本発明に係る方法は、工程(f)の後、質量レポーター基の質量電荷比の範囲と等しい質量電荷比の範囲を有するイオンを選択する更なる工程を含む。この第3の選択工程により、確実に質量レポーター基のイオンのみが工程(g)で作成される質量スペクトルに入り、夾雑物はいずれも除去される。
【0097】
フラグメント化工程(f)の後、更なるフラグメントイオンの質量スペクトルが工程(g)において作成される。
【0098】
工程(h)では、各サンプル中の標的アナライトの量は、工程(g)において作成される質量スペクトルから特定される。この工程は、質量スペクトル中の質量標識の質量マーカー基に相当するフラグメントイオンを同定し、質量スペクトル中の質量マーカー基の量に基づいて各サンプル中のアナライトの量を特定することを含むことが好ましい。1以上の較正サンプルが分析される実施形態では、工程(h)は、同一の質量スペクトル中の較正サンプルのアリコートに由来する質量マーカー基の量に対する関連する質量スペクトル中の質量マーカー基の量に基づいて、試験サンプル中のアナライトの量を特定することを含む。上述のように、特定されたアナライトの量は、アナライトの絶対量であってもよく、定性的量であってもよい。
【0099】
試験サンプルは、天然起源由来であっても合成してもよい。合成されたサンプルの例は、組み換えタンパク質の混合物である。1つの実施形態では、試験サンプルは、複雑な混合物、例えば植物又は動物由来のサンプルである。好ましい実施形態では、サンプルは、ヒト由来である。
【0100】
本発明においてアッセイされる試験サンプルの例としては、哺乳類組織、血液、血漿、血清、脳脊髄液、滑液、眼液、尿、涙及び涙管滲出液などの体液、気管支肺胞洗浄液を含む肺吸引物、唾液、痰、母乳、乳頭吸引液、精液、洗浄液、細胞抽出物、細胞株、細胞内オルガネラ、固体器官組織などの組織、哺乳類、魚類、鳥類、昆虫類、環形動物類、原生動物類、及び細菌類に由来する細胞培養上清又は調製物、組織培養抽出物、植物組織、植物液、植物細胞培養抽出物、細菌、ウイルス、真菌、発酵ブロス、食料品、医薬品、並びに任意の中間産物が挙げられる。
【0101】
好ましい実施形態では、試験サンプルは血漿である。特に好ましい実施形態では、試験サンプルは枯渇血漿である。枯渇血漿とは、サンプル中のタンパク質負荷を減少させて、サンプル中のアナライトの数及び総タンパク質含量を減少させるために、アルブミンなどの最も豊富に存在する血漿タンパク質を精製して除去した血漿である。
【0102】
較正サンプルは、アッセイされるサンプルと同様に、体液又は組織抽出物などの天然サンプルであってもよく、合成されてもよい。較正サンプルは、組み換え技術を使用して発現させたタンパク質、合成により作製したペプチド、又は合成により作製したオリゴヌクレオチドを含んでいてもよい。更に、組み換えタンパク質発現によって多数の異なるペプチドを連結された配列で作製することが可能である。欧州特許出願第1736480号明細書は、AQUA法に類似の方法で、多重反応モニタリング実験において使用するために、連結された組み換えタンパク質として複数のレファレンスペプチドを作製する方法について開示している。かかる作製方法を同重質量標識と組み合わせて、本発明の種々の態様のいずれかに係る較正サンプルを提供することもできる。
【0103】
較正サンプルは、アッセイされるサンプルを標準化した形態であってもよい。較正サンプルは、アッセイされるサンプルの成分全てを含有していてもよいが、特定の量で含有する。例えば、較正サンプルは、哺乳類の組織、血液、血漿、血清、脳脊髄液、滑液、眼液、尿、涙及び涙管滲出液などの体液、気管支肺胞洗浄液を含む肺吸引物、唾液、痰、母乳、乳頭吸引液、精液、洗浄液、細胞抽出物、細胞株、細胞内オルガネラ、固体器官組織などの組織、哺乳類、魚類、鳥類、昆虫類、環形動物類、原生動物類、及び細菌類に由来する細胞培養上清又は調製物、組織培養抽出物、植物組織、植物液、植物細胞培養抽出物、細菌、ウイルス、真菌、発酵ブロス、食料品、医薬品、及び任意の中間産物の標準化調製物を含んでいてもよい。対象アナライトがタンパク質である場合、較正サンプル中の全てのタンパク質が標識されるため、かかるサンプルのプロテオーム全体を研究サンプルの全てのタンパク質のレファレンスとして使用することができる。
【0104】
或いは、較正サンプルは、サンプル中のアッセイされるアナライトのみを含有し、前記サンプルの他の如何なる成分も含有しなくてもよい。1以上のアナライトを含む較正サンプルを作製し、外的に同重標識し、アナライトを含有している複雑な混合物に添加してもよい。例えば、サンプルが血漿サンプルであるが、血漿サンプル中の特定のタンパク質のみをアッセイする場合、組み換え型タンパク質の異なるアリコートを含む較正サンプルを調製してもよい。
【0105】
他の方法では、較正サンプル中の各アリコート中のアナライトの絶対量は、未知である。この実施形態では、較正サンプルの各アリコート中のアナライトの量は、既知の定性的量である。較正工程は、較正サンプルのアリコート中のアナライトの定性的量及び実測量に対して試験サンプル中のアナライトの量を較正することを含む。特定の実施形態では、定性的量は、健常状態又は罹患状態などの特定の状態の被験体におけるアナライトの量の予期される範囲である。相対的定量のためにかかる較正サンプルを提供するアッセイは、バイオマーカーの発見、工業微生物学、医薬品の製造、食品の製造、並びにヒト及び家畜の疾患の診断及び管理を含む広範囲の用途を有する。
【0106】
相対的定量実験は、血漿などの複雑な生体サンプルを分析するときに有用である場合が多い。特定の実施形態では、大量のヒト血漿全体を数個(即ち4個)のアリコートに分け、異なる同重質量標識で個々に標識する。例えば、TMT sixplexを使用して、血漿の標識アリコートを4つ作製することができる。TMT−128、TMT−129、TMT−130、及びTMT−131を標識に使用する。この同重質量タグのもう1つの更に異なる種類、即ちTMT−126で血漿試験の個々のサンプル全てを標識する。例えば、4つのアリコートを0.5μL:1μL:2μL:5μLの比で混合して、較正サンプルを作製し、次いで1μLの研究サンプルを添加することにより、血漿アリコートを使用して検量線を作成することができる。4種の異なる標識で標識されているアリコートを含む較正サンプルを試験サンプルと組み合わせることにより、この材料を用いて実施される殆ど全ての実験において、5種のマーカーイオン(較正サンプルから4種、及び試験サンプルから1種)の群が得られる。したがって、全プロテオームを4点検量線で用いることができる。研究用の試験サンプル全てに同一量の較正サンプルがスパイク(spiked)される場合、全ての試験サンプルに亘って相対的定量が可能になる。複数の研究室がこの較正サンプルを使用できるため、交差研究及び研究室間比較が可能になる。
【0107】
アナライトの絶対量は、未知である場合もあるが、量の変化率(%)は、検量線から計算することができる。用途によって、検量線の比及び幅を調節することができる。
【0108】
好ましい実施形態では、較正サンプルの各々異なるアリコート中のアナライトの量は、試験サンプルにおけるアナライトの量の既知の変動又は推測される変動を反映するように選択される。更に好ましい実施形態では、健常被験体又は罹患被験体の試験サンプル中に見出されるアナライトの既知の量又は推測される量の範囲内の上限及び下限、並びに任意的に中間点に相当する量のアナライトを含むアリコートが提供される。
【0109】
各アナライトは、サンプル中の他の全てのアナライトと独立に定量されるため、それぞれが他の全ての較正サンプルの濃度とは著しく異なる濃度の較正サンプルの複数のセットを調製し、実験のダイナミックレンジを広げることが考えられる。各アナライトに対する多数のレファレンス生体分子であって、各生体分子が重複する量の範囲で提供されることにより、所定のアナライトの標準曲線の総範囲を拡大するレファレンス生体分子を調製することも可能である。例としては、タンデム型質量分析計における性能に基づいて、レファレンス標準として使用するために、標的タンパク質から多数の異なるトリプシンペプチドを選択してもよい。前記レファレンスペプチドは、質量スペクトル中の前記ペプチドに相当するイオンのイオン強度に基づいて選択されてもよく、前記ペプチドに相当するイオンが出現するスペクトルの領域におけるシグナルノイズ比に基づいて選択してもよい。或いは、前記レファレンスペプチドは、同重種を有するペプチドを回避するようにして選択してもよい。プロテオティピックな(proteotypic)ペプチド、即ち特定のタンパク質中にのみ存在するペプチドを選択することが特に好ましい。
【0110】
同重質量タグの6種セットのうち5以下の異なるタグを用いて各標準ペプチドを独立に標識する場合、これらを異なる比率で混合して、5点標準曲線を作成してもよい。同一の同重質量標識を用いて、第2の標準ペプチド群、第3の標準ペプチド群、第4の標準ペプチド群、又は更なる標準ペプチド群を標識してもよく、前記標準ペプチド群はそれぞれ、同一のアナライト用の他のレファレンスペプチド群によってカバーされる範囲とは異なる濃度範囲をカバーする異なる比率で混合してもよい。
【0111】
標的タンパク質に由来する各ペプチドに対して異なる検量線が作成され、各検量線は、異なる濃度範囲をカバーする。次いで、各ペプチドの濃度をそれぞれの検量線から決定し、これを標的タンパク質の濃度に関連させることができる。検量線の一部については、試験サンプル中のペプチド量を検量線の中央に位置させてもよく、これによりサンプル中の実際の量が正確に特定される。異なる濃度範囲をカバーする他の検量線では、試験サンプル中のペプチド量が検量線の範囲の外に位置する場合もある。各ペプチドが対象の単一アナライトに由来する複数のペプチドを用いることにより、同一アナライトに関連し得る複数の検量線を作成し、次いで最も正確な検量線を選択して、1以上のペプチドの濃度から試験サンプル中のアナライトの濃度を特定することができる。このように、分析感度を低下させることなしに、広いダイナミックレンジをカバーすることができる。
【0112】
較正サンプルは、正常な量のアナライトを含んでいてもよい。較正サンプル中のアナライトの量は、植物、動物又は好ましくはヒトが健常であることを示す場合がある。或いは、較正サンプルは、特定の疾患の存在及び/又は段階を示す量のアナライトを含んでいる場合もある。更なる実施形態では、較正サンプルは、治療法の有効性及び/又は毒性を示す量のアナライトを含む。疾患の存在、疾患の段階、治療に対する反応、及び/又は毒性などの特定の性質についての既知のマーカーの標準的パネルが調製される。腫瘍、神経変性疾患、心臓血管疾患、腎臓疾患、肝臓疾患、呼吸器疾患、代謝性疾患、炎症性疾患、及び伝染性疾患が挙げられるがこれらに限定されない、十分に特徴づけられている疾患の患者から、同重質量タグで標識されている体液又は組織抽出物を含む較正サンプルを調製することができる。共通の較正サンプルのイオン強度に基づいて、一連の分析から得られる質量スペクトルのイオン強度を正規化し得ることにより、別個の分析による結果をより正確に比較し、研究の分析間変動を減少させることができるように、既知量の較正サンプルを複数の試験サンプルに添加する。
【0113】
冠状動脈治療の場合、ミオグロビン、トロポニン−I、CK−MB、BNP、pro−BNP、及びNT−pro−BNPなどの既知の心臓疾患マーカーのトリプシン分解物に由来する一連のペプチドを合成し、3つのアリコートに分ける。例えば、同重質量タグのセットであって、前記セット中の全てのタグが、質量分析によって特定したとき実質的に同一の総質量を有し、前記セット中の各タグが、質量分析計における衝突誘起解離に際して他のいずれもタグとも異なる質量の質量マーカーイオンを放出するセットの3つの同重質量タグのうちの1つで各レファレンスペプチドの各アリコートを標識する。次いで、同一レファレンスペプチドの異なる標識で標識されている3つのアリコートの濃度が異なり、前記濃度差が心臓疾患患者における親タンパク質の正常な生体濃度に及ぶように、各固有のレファレンスペプチド−質量タグ分子を、既知の濃度の質量分析適合性バッファなどの担体溶液に添加する。レファレンスペプチドを標識するために使用した同重質量タグのセットと同一のセット中の第4の同重質量タグで標識されている試験サンプルに、得られたレファレンスペプチドパネルを規定の体積比で添加する。次いで、スパイクされたサンプルをタンデム質量分析に供するが、ここでサーベイスキャンは、同重標識レファレンスペプチドのそれぞれに相関する特徴的な保持時間及び質量のプレカーサーイオンのみが同定されるように指定された方法で実施される。各選択されたイオンについて、質量スペクトルは、高濃度、中濃度、及び低濃度のレファレンスペプチドと試験サンプルとに由来するマーカーイオンを含む。
【0114】
単純標準曲線は、レファレンスペプチドマーカーイオン強度から容易に作成することができ、試験サンプル中の同一ペプチドの第4のマーカーイオンの濃度を検量線に対して読み取ることができる。この方法によって、複数の生物学的に関連するタンパク質の絶対濃度を、1回の実験で特定することができる。当業者は、レファレンスペプチドが調製される異なるタンパク質の数を特に限定する必要はなく、該タンパク質の数は、1〜100、最も好ましくは1〜50であることを承知している。同様に、例示的なペプチドの数は、1〜20であってもよく、1〜10が好ましく、1〜5がより好ましく、1〜3が最も好ましい場合がある。上述の例が一般的な例であり、本明細書に記載される原理は、いずれの疾患の既知のマーカーに適用することもでき、且つ疾患の診断、疾患の進行のモニタリング、又は治療に対する患者の反応のモニタリングに適用できることが当業者には理解される。
【0115】
更なる用途は、経時的実験におけるこれら較正サンプル使用における用途である。異なるアリコート(4つ)が、実験(マウス及びヒトへの薬剤負荷、大腸菌及び酵母における発酵の誘導)開始後0時間、1時間、8時間、及び24時間などの4つの異なる時点である場合、また慢性疾患の進行又は治療に対する反応については数週間及び数ヶ月間というより長期のタイムスケールにおけるものである場合、時間経過に対するサンプルの「状態」を確立することができる。
【0116】
当業者は、同重質量標識の性質が、特に限定されないことを理解する。例えば、国際公開第01/68664号パンフレット(本明細書中に参考として援用する)及び国際公開第03/025576号パンフレット(本明細書中に参考として援用する)に開示されているタンデム質量タグ(Thompson et al.,2003,Anal.Chem.75(8):1895−1904(本明細書中に参照として援用する))、米国特許第6824981号明細書(本明細書中に参照として援用する)に開示されているiPROTタグ、並びにiTRAQタグ(Pappin et al.,2004,Methods in Clinical Proteomics Manuscript M400129−MCP200(本明細書中に参照として援用する))などの様々な好適な同重質量標識が、当技術分野において知られている。これら同重質量標識はいずれも、サンプル及び較正サンプルの調製並びに本発明の方法の実施に好適である。
【0117】
同重であり、且つ質量スペクトルにより区別することができる質量マーカー基(部分)を有する限り、本発明において使用される質量標識の構造は特に限定されないが、好ましい実施形態では、前記質量標識は、以下の構造を含む:
X−L−M
式中、Xは質量マーカー部分であり、Lは開裂可能リンカーであり、Mは質量正規化部分である。Lは、一重結合であってもよく、Xの一部であってもよく、又はMの一部であってもよい。これら質量標識は、試験サンプル又は較正サンプル中のアナライトのいずれの位置に結合していてもよく、例えばM、L、又はXを介して結合している。質量標識は、Mを介して結合していることが好ましく、例えば、質量標識は、以下の構造を有する。
(X−L−M)−
これは、典型的には、質量標識中に反応性官能基を含んで、前記反応性官能基をアナライトに結合させることにより行われる。例えば、
X−L−M−反応性官能基
である。
【0118】
質量標識が反応性官能基を含むとき、前記質量標識は、反応性質量標識と呼ばれる。
【0119】
質量標識がアナライトに結合するための反応性官能基は、特に限定されず、任意の適切な反応性基を含んでいてもよい。
【0120】
本発明の状況で用いられる質量標識という用語は、特定のためにアナライトを標識するのに好適な部分を指すことを意図する。標識という用語は、タグという用語と同義である。
【0121】
本発明における状況で用いられる質量マーカー部分という用語は、質量分析により検出される部分を指すことを意図する。質量マーカー部分という用語は、質量マーカー基又はレポーター基という用語と同義である。本発明の質量マーカー部分の要素は、衝突誘起解離(CID)、表面誘起解離、電子捕獲解離(ECD)、電子移動解離(ETD)、又は高速原子衝撃により容易に破壊される結合を導入することにより、マーカーのフラグメント化部位を制御できるように、フラグメント化しにくいことが好ましい。最も好ましい実施形態では、前記結合は、CIDにより容易に破壊される。
【0122】
本発明の状況で用いられる質量正規化部分という用語は、質量分析により必ずしも検出される訳ではないが、質量標識が所望の総質量を有することを確実にするために存在する部分を指すことを意図する。質量正規化部分は、構造的には特に限定されないが、単に質量標識の全質量を変化させる機能を有する。
【0123】
好ましい実施形態では、質量標識の総分子量は、600ダルトン以下であり、500ダルトン以下がより好ましく、400ダルトン以下が更により好ましく、300ダルトン〜400ダルトンが最も好ましい。質量標識の特に好ましい分子量は、324ダルトン、338ダルトン、339ダルトン、及び380ダルトンである。質量標識のサイズが小さいことは、質量標識で標識されたときの検出されるペプチドのサイズ増加が最小限であることを意味するため、これら好ましい実施形態が特に有利である。
【0124】
好ましい実施形態では、質量マーカー部分の分子量は、300ダルトン以下であり、250ダルトン以下が好ましく、100ダルトン〜250ダルトンがより好ましく、100ダルトン〜200ダルトンが最も好ましい。質量マーカー部分のサイズが小さいことは、質量スペクトルのサイレント領域にピークが生じることを意味し、これにより質量スペクトルから質量マーカーを容易に同定することができ、また感度の高い定量が可能になるため、これら好ましい実施形態が特に有利である。
【0125】
質量マーカー部分の特に好ましい分子量は、125ダルトン、126ダルトン、153ダルトン、及び154ダルトン、又は12C原子のうちの1以上若しくは全てを13Cに置換した重量(例えば、重量125の非置換質量マーカー部分の場合、1つ、2つ、3つ、4つ、5つ、及び6つの13C原子で置換された対応物の質量は、それぞれ126ダルトン、127ダルトン、128ダルトン、129ダルトン、130ダルトン、及び131ダルトンとなる)及び/又は14N原子のうちの1以上若しくは全てを15N原子に置換した重量である。
【0126】
本発明の状況で用いられる質量スペクトルのサイレント領域という用語は、標識ペプチドのフラグメント化により生じるフラグメントの存在に関連するピークにより引き起こされるバックグラウンド「ノイズ」が少ない質量スペクトルの領域を指すことを意図する。したがって、サイレント領域という用語は、検出されるペプチドに関連するピークにより引き起こされる「ノイズ」が少ない質量スペクトルの領域を指すことを意図する。ペプチド又はタンパク質の場合、質量スペクトルのサイレント領域は、200ダルトン未満である。
【0127】
また本発明者らは、上記で定義された反応性質量標識が、タンパク質と容易に且つ迅速に反応して、標識タンパク質を形成することを見出した。
【0128】
本発明では、2以上の質量標識のセットが使用される。前記セット中の標識は、各質量標識が異なる質量の質量マーカーを有する同重質量標識である。したがって、前記セット中の各標識は、上記に定義された通りであり、ここで質量標識は、各質量正規化部分により所望の総質量を確実に有し、前記セットは、質量マーカー部分を有する質量標識を含み、各質量マーカー部分は、前記セット中の全ての他の質量マーカー基のいずれとも異なる質量を有し、前記セット中の各標識は、共通の総質量を有し、前記セット中の全ての質量標識は、質量分析により互いに区別可能である。
【0129】
「同重」という用語は、質量標識が、質量分析により特定される総質量と実質的に同一の総質量を有することを意味する。典型的には、同重質量標識の平均分子質量は、互いに±0.5Daの範囲に存在する。「標識」という用語は、「タグ」という用語と同義であるものとする。本発明の状況では、「質量マーカー部分」及び「レポーター基」という用語が互換的に用いられ得ることを当業者は理解する。
【0130】
セット中の標識の数は、前記セットが複数の標識を含む限り、特に限定されない。しかし、前記セットが2以上、3以上、4以上、又は5以上の標識を含むことが好ましく、6以上の標識を含むことがより好ましく、8以上の標識を含むことが最も好ましい。
【0131】
本発明の状況では「総質量」という用語は、質量標識の合計質量を意味する。即ち、質量標識の質量マーカー部分、開裂可能リンカー、質量正規化部分、及び任意の他の要素の質量の合計を意味する。
【0132】
質量正規化部分の質量は、前記セット中の各質量標識によって異なる。各質量標識中の質量正規化部分の質量は、共通の総質量から、その質量標識中の特定の質量マーカー部分の質量と、開裂可能リンカーの質量とを減じたものに等しい。
【0133】
セット中の全ての質量標識は、質量分析により高いに区別可能である。したがって、質量分析計は、質量標識を識別することができる。即ち、個々の質量標識に由来するピークは、別の質量標識のピークと明確に分離され得る。質量マーカー基間の質量の差とは、質量分析計が、異なる質量標識又は質量マーカー基に由来するイオンを識別できることを意味する。
【0134】
また本発明は、上記で定義された質量標識の2以上のセットを含む質量標識のアレイを使用してもよい。ここで任意の1つのセット中の各質量標識の総質量は、前記アレイの他の全てのセット中の各質量標識の総質量のいずれとも異なる。
【0135】
本発明の好ましい実施形態では、質量標識のアレイは、全て化学的に同一である(実質的に化学的に同一である)ことが好ましい。「実質的に化学的に同一である」という用語は、質量標識が、同一の化学構造であって、該化学構造中に特定の同重置換基を導入してもよく、該化学構造に特定の置換基を結合させてもよい化学構造を有することを意味する。
【0136】
本発明の更に好ましい実施形態では、質量標識は、感度増強基を含んでいてもよい。質量標識は、以下の形態であることが好ましい:
感度増強基−X−L−M−反応性官能基
【0137】
この例では、質量分析計による質量マーカー部分の検出感度を高めたいので、感度増強基は、通常質量マーカー部分に結合している。反応性官能基は、存在し、且つ感度増強基と異なる部分に結合しているものとして示されている。しかし、質量標識は、この構造に限定される必要はなく、場合によっては、感度増強基が反応性官能基と同一の部分に結合していてもよい。
【0138】
本発明のアナライトにタグ付するために使用される質量標識の好ましい構造について以下に詳細に説明する。
【0139】
好ましい実施形態では、Xは、以下の基を含む質量マーカー部分である:
【化1】

式中、環状ユニットは、芳香族又は脂肪族であり、且つ独立して任意の2つの隣接する原子間に0個〜3個の二重結合を有し;各Zは、独立してN、N(R)、C(R)、CO、CO(R)(即ち、−O−C(R)−又は−C(R)−O−)、C(R、O、又はSであり;Xは、N、C、又はC(R)であり;各Rは、独立してH、置換直鎖C〜Cアルキル基、非置換直鎖C〜Cアルキル基、置換分岐C〜Cアルキル基、非置換分岐C〜Cアルキル基、置換環状脂肪族基、非置換環状脂肪族基、置換芳香族基、非置換芳香族基、置換複素環基、又は非置換複素環基であり;yは、0〜10の整数である。
【0140】
上記一般式では、ZがC(Rであるとき、炭素原子における各Rは、同じであっても異なっていてもよい(即ち、各Rは独立である)。したがって、C(R基としては、RがHであり、他のRがRの上記定義から選択される別の基であるCH(R)基などの基が挙げられる。
【0141】
上記一般式では、Xと環を構成していないZとの間の結合は、この位置において選択されるX基及びZ基によって、一重結合であってもよく、二重結合であってもよい。例えば、XがN又はC(R)であるとき、Xと環を構成していないZとの結合は、一重結合でなければならない。XがCであるとき、Xと環を構成していないZとの結合は、選択された環を構成していないZ基及び環を構成しているZ基によって、一重結合であってもよく、二重結合であってもよい。環を構成していないZ基がN又はC(R)であるとき、環を構成していないZ基とXとの結合は一重結合である、又はyが0である場合、選択されるX基及び環を構成していないZ基に結合している基によって二重結合であってもよい。環を構成していないZ基がN(R)、CO(R)、CO、C(R、O、又はSであるとき、Xとの結合は一重結合でなければならない。当業者は、上記式に従って正確な価数(一重結合又は二重結合)を有する好適なX基、Z基、及び(CR基を容易に選択することができる。
【0142】
質量マーカー部分の置換基は、特に限定されるものではなく、任意の有機基及び/又は周期律表のIIIA族、IVA族、VA族、VIA族、若しくはVIIA族のいずれかのうちの1以上の原子を含んでいてもよく、例えば、B原子、Si原子、N原子、P原子、O原子、S原子、又はハロゲン原子(例えば、F、Cl、Br、又はI)である。
【0143】
置換基が有機基を含んでいるとき、前記有機基は、炭化水素基を含むことが好ましい。炭化水素基は、直鎖、分岐鎖、又は環状基を含んでいてもよい。これとは独立して、炭化水素基は、脂肪族基又は芳香族基を含んでいてもよい。また独立して、炭化水素基は、飽和基又は不飽和基を含んでいてもよい。
【0144】
炭化水素基が不飽和基を含んでいるとき、炭化水素基は、1以上のアルケン官能基及び/又は1以上のアルキン官能基を含んでいてもよい。炭化水素基が直鎖基又は分岐鎖基を含んでいるとき、炭化水素基は、1以上の一級アルキル基、二級アルキル基、及び/又は三級アルキル基を含んでいてもよい。炭化水素基が環状基を含んでいるとき、炭化水素基は、芳香環基、脂肪環基、複素環基、及び/又はこれらの基の縮合環誘導体を含んでいてもよい。したがって、環状基は、ベンゼン基、ナフタレン基、アントラセン基、インデン基、フルオレン基、ピリジン基、キノリン基、チオフェン基、ベンゾチオフェン基、フラン基、ベンゾフラン基、ピロール基、インドール基、イミダゾール基、チアゾール基及び/又はオキサゾール基、並びに上記基の位置異性体を含んでいてもよい。
【0145】
炭化水素基における炭素原子の数は、特に限定されないが、炭化水素基が1個〜40個のC原子を含んでいることが好ましい。したがって、炭化水素基は、低級炭化水素(C原子数1個〜6個)であってもよく、高級炭化水素(C原子数7個以上、例えばC原子数7個〜40個)であってもよい。環状基の環中の原子数は、特に限定されないが、環状基の環が3個〜10個の原子、例えば3個、4個、5個、6個、又は7個の原子を含んでいることが好ましい。
【0146】
上記ヘテロ原子を含んでいる基、及び上記で定義された他の基のいずれも、周期律表のIIIA族、IVA族、VA族、VIA族、又はVIIA族のいずれかのうちの1以上のヘテロ原子、例えば、B原子、Si原子、N原子、P原子、O原子、S原子、又はハロゲン原子(例えば、F、Cl、Br、又はI)を含んでいてもよい。したがって、置換基は、ヒドロキシ基、カルボン酸基、エステル基、エーテル基、アルデヒド基、ケトン基、アミン基、アミド基、イミン基、チオール基、チオエーテル基、硫酸基、スルホン酸基、及びリン酸基などの、有機化学において一般的な官能基のいずれかのうちの1以上を含んでいてもよい。また置換基は、カルボン酸、アルデヒド、及びカルボン酸ハロゲン化物などのこれら基の誘導体を含んでいてもよい。
【0147】
更に、任意の置換基は、上記で定義された置換基及び/又は官能基のうちの2以上の組み合わせを含んでいてもよい。
【0148】
本発明で使用される質量標識の開裂可能リンカーは、特に限定されない。開裂可能リンカーが、衝突誘起解離、表面誘起解離、電子捕獲解離(ECD)、電子移動解離(ETD)、又は高速原子衝撃により開裂可能であるリンカーであることが好ましい。最も好ましい実施形態では、前記結合は、CIDにより開裂可能である。前記リンカーは、アミド結合を含んでいてもよい。
【0149】
上記考察及び下記参考文献には、対象分子を本発明で用いられる質量標識化合物に結合させるために使用できるリンカー基について言及されている。本発明の質量標識と該質量標識に共有結合している生体分子との間に導入することができる様々なリンカーが、当該技術分野において知られている。これらのリンカーの一部は、開裂可能であってもよい。オリゴエチレングリコール、ポリエチレングリコール、又はこれらの誘導体をリンカーとして用いることができ、例えばMaskos,U.&Southern,E.M.Nucleic Acids Research 20:1679−1684,1992に開示されているものを用いることができる。コハク酸系リンカーも広く用いられているが、オリゴヌクレオチドの標識を伴う用途ではそれ程好まれていない。その理由は、該リンカーが一般に塩基に対して不安定であるので、多数のオリゴヌクレオチド合成機で使用されている塩基介在脱保護工程に不適合であるためである。
【0150】
プロパルギルアルコールは、オリゴヌクレオチド合成条件下で安定な結合をもたらす二官能性リンカーであり、オリゴヌクレオチド用途に関して本発明で使用するのに好ましいリンカーである。同様に、6−アミノヘキサノールは、適切に官能化されている分子を結合させるのに有用な二官能性試薬であり、これも好ましいリンカーである。
【0151】
各種既知の開裂可能リンカー基を、光開裂可能リンカーなどの本発明で使用される化合物と併用してもよい。オルトニトロベンジル基、特に2−ニトロベンジルエステル及び2−ニトロベンジルアミンは、光開裂可能なリンカーとして知られており、ベンジルアミン結合で切断される。開裂可能リンカーの総説としては、Lloyd−Williams et al.,Tetrahedron 49,11065−11133,1993を参照のこと。該文献は、様々な光開裂可能リンカー及び化学的開裂可能リンカーについて言及している。
【0152】
国際公開第00/02895号パンフレットは、開裂可能リンカーとしてビニルスルホン化合物について開示している。ビニルスルホン化合物は、本発明における使用、特にポリペプチド、ペプチド及びアミノ酸の標識を伴う用途にも適用可能である。この出願の内容を参照により本明細書に援用する。
【0153】
国際公開第00/02895号パンフレットは、気相中で塩基により開裂可能リンカーとしてシリコン化合物を使用することを開示している。これらリンカーも本発明における使用、特にオリゴヌクレオチドの標識を伴う用途に適用可能である。この出願の内容を参照として本明細書に援用する。
【0154】
本発明で用いられる質量標識の質量正規化部分の構造は、質量標識が所望の総質量を有するのを確実にするのに好適である限り、特に限定されない。しかし、質量正規化部分は、直鎖C〜C20置換脂肪族基、分岐C〜C20置換脂肪族基、直鎖C〜C20非置換脂肪族基、分岐C〜C20非置換脂肪族基、及び/又は1以上の置換アミノ酸若しくは1以上の非置換アミノ酸を含むことが好ましい。
【0155】
質量正規化部分は、C〜C置換脂肪族基又はC〜C非置換脂肪族基を含むことが好ましく、C、C、C、C、Cの置換又は非置換脂肪族基を含むことがより好ましく、C、C、若しくはCの置換脂肪族基、C、C、若しくはCの非置換脂肪族基又はCメチル置換基を含むことが更により好ましい。
【0156】
1以上の置換又は非置換アミノ酸は、必須天然アミノ酸、必須合成アミノ酸、非必須天然アミノ酸、又は非必須合成アミノ酸のいずれであってもよい。好ましいアミノ酸は、アラニン、β−アラニン及びグリシンである。
【0157】
質量正規化部分の置換基は、特に限定されず、任意の有機基及び/又は周期律表のIIIA族、IVA族、VA族、VIA族、若しくはVIIA族のいずれかのうちの1以上の原子、例えば、B原子、Si原子、N原子、P原子、O原子、S原子、又はハロゲン原子(例えば、F、Cl、Br、又はI)を含んでもよい。
【0158】
置換基が有機基を含んでいるとき、前記有機基は、炭化水素基を含むことが好ましい。炭化水素基は、直鎖、分岐鎖、又は環状基を含んでいてもよい。これとは独立して、炭化水素基は、脂肪族基又は芳香族基を含んでいてもよい。また独立して、炭化水素基は、飽和基又は不飽和基を含んでいてもよい。
【0159】
炭化水素基が不飽和基を含んでいるとき、炭化水素基は、1以上のアルケン官能基及び/又は1以上のアルキン官能基を含んでいてもよい。炭化水素基が直鎖基又は分岐鎖基を含んでいるとき、炭化水素基は、1以上の一級アルキル基、二級アルキル基、及び/又は三級アルキル基を含んでいてもよい。炭化水素基が環状基を含んでいるとき、炭化水素基は、芳香環基、脂肪環基、複素環基、及び/又はこれらの基の縮合環誘導体を含んでいてもよい。したがって、環状基は、ベンゼン基、ナフタレン基、アントラセン基、インデン基、フルオレン基、ピリジン基、キノリン基、チオフェン基、ベンゾチオフェン基、フラン基、ベンゾフラン基、ピロール基、インドール基、イミダゾール基、チアゾール基及び/又はオキサゾール基、並びに上記基の位置異性体を含んでいてもよい。
【0160】
炭化水素基における炭素原子の数は、特に限定されないが、炭化水素基が1個〜40個のC原子を含んでいることが好ましい。したがって、炭化水素基は、低級炭化水素(C原子数1個〜6個)であってもよく、高級炭化水素(C原子数7個以上、例えばC原子数7個〜40個)であってもよい。環状基の環中の原子数は、特に限定されないが、環状基の環が3個〜10個の原子、例えば3個、4個、5個、6個、又は7個の原子を含んでいることが好ましい。
【0161】
上記ヘテロ原子を含んでいる基、及び上記で定義された他の基のいずれも、周期律表のIIIA族、IVA族、VA族、VIA族、又はVIIA族のいずれかのうちの1以上のヘテロ原子、例えば、B原子、Si原子、N原子、P原子、O原子、S原子、又はハロゲン原子(例えば、F、Cl、Br、又はI)を含んでいてもよい。したがって、置換基は、ヒドロキシ基、カルボン酸基、エステル基、エーテル基、アルデヒド基、ケトン基、アミン基、アミド基、イミン基、チオール基、チオエーテル基、硫酸基、スルホン酸基、及びリン酸基などの、有機化学において一般的な官能基のいずれかのうちの1以上を含んでいてもよい。また置換基は、カルボン酸、アルデヒド、及びカルボン酸ハロゲン化物などのこれら基の誘導体を含んでいてもよい。
【0162】
更に、任意の置換基は、上記で定義された置換基及び/又は官能基のうちの2以上の組み合わせを含んでいてもよい。
【0163】
方法がサンプルの標識工程を含む本発明の1つの実施形態では、前記標識工程は、質量標識及び反応性官能基を含む反応性質量標識とアナライトとを反応させる工程を含む。
【0164】
質量分析により生体分子を標識及び検出するために本発明で典型的に用いられる反応性質量標識は、質量標識と生体分子との結合を促進するため、又は質量標識と生体分子とを結合させるための反応性官能基、及び上記で定義された質量標識を含む。本発明の好ましい実施形態では、反応性官能基により、アナライト、好ましくはアミノ酸、ペプチド、又はポリペプチドと質量標識とを共有結合的に反応させることができる。反応性官能基は、開裂可能であってもよく、開裂可能でなくてもよいリンカーを介して質量標識に結合することができる。反応性官能基は、質量標識の質量マーカー部分に結合していてもよく、又は質量標識の質量正規化部分に結合していてもよい。
【0165】
本発明で用いられる質量標識には、様々な反応性官能基を導入することができる。標識される生体分子の1以上の反応性部位と反応することができる限り、反応性官能基の構造は特に限定されない。反応性官能基は、求核剤又は求電子剤であることが好ましい。
【0166】
最も簡単な実施形態では、反応性官能基は、N−ヒドロキシスクシンイミドエステルであってもよい。N−ヒドロキシスクシンイミド活性化質量標識は、ヒドラジンと反応して、ヒドラジド反応性官能基を生成することもできる。該ヒドラジド反応性官能基を用いて、例えば、過ヨウ素酸酸化糖部分を標識することができる。一部の用途では、アミノ基又はチオールを反応性官能基として用いることもできる。カルボジイミドをカップリング試薬として用いて質量標識を遊離カルボキシル官能基に結合させるために、リジンを用いてもよい。本発明の質量標識に他の反応性官能基を導入するために出発点としてリジンを用いてもよい。リジンイプシロンアミノ基を無水マレイン酸と反応させることにより、チオール反応性マレイミド官能基を導入してもよい。様々なアルケニルスルホン化合物を合成するために出発点としてシステインチオール基を用いてもよい。該システインチオール基は、チオールとアミンとを反応させるのに有用なタンパク質標識試薬である。アミノヘキサン酸などの化合物を用いて、質量変更質量マーカー部分又は質量正規化部分と反応性官能基との間に、スペーサーを設けてもよい。
【0167】
以下の表1に、生体分子中にみられる求核性官能基と反応して、質量標識と生体分子とを共有結合させ得る幾つかの反応性官能基を列挙する。以下に列挙された官能基はいずれも本発明の化合物に導入して、質量マーカーを対象生体分子に結合させることができる。必要に応じて、反応性官能基を用いて更なる反応性官能基を有する更なるリンカー基を導入することもできる。表1は網羅的であることを意図するものではなく、本発明は列挙された官能基のみの使用に限定されるものではない。
【表1】

【0168】
本発明の好ましい実施形態では、反応性官能基は、以下の基を含む:
【化2】

式中、各Rは、独立してH、置換直鎖C〜Cアルキル基、非置換直鎖C〜Cアルキル基、置換分岐C〜Cアルキル基、非置換分岐C〜Cアルキル基、置換環状脂肪族基、非置換環状脂肪族基、置換芳香族基、非置換芳香族基、置換複素環基、又は非置換複素環基である。
【0169】
反応性官能基の置換基は、特に限定されず、任意の有機基及び/又は周期律表のIIIA族、IVA族、VA族、VIA族、若しくはVIIA族のいずれかのうちの1以上の原子、例えば、B原子、Si原子、N原子、P原子、O原子、S原子、又はハロゲン原子(例えば、F、Cl、Br、又はI)を含んでもよい。
【0170】
置換基が有機基を含んでいるとき、前記有機基は、炭化水素基を含むことが好ましい。炭化水素基は、直鎖、分岐鎖、又は環状基を含んでいてもよい。これとは独立して、炭化水素基は、脂肪族基又は芳香族基を含んでいてもよい。また独立して、炭化水素基は、飽和基又は不飽和基を含んでいてもよい。
【0171】
炭化水素基が不飽和基を含んでいるとき、炭化水素基は、1以上のアルケン官能基及び/又は1以上のアルキン官能基を含んでいてもよい。炭化水素基が直鎖基又は分岐鎖基を含んでいるとき、炭化水素基は、1以上の一級アルキル基、二級アルキル基、及び/又は三級アルキル基を含んでいてもよい。炭化水素基が環状基を含んでいるとき、炭化水素基は、芳香環基、脂肪環基、複素環基、及び/又はこれらの基の縮合環誘導体を含んでいてもよい。したがって、環状基は、ベンゼン基、ナフタレン基、アントラセン基、インデン基、フルオレン基、ピリジン基、キノリン基、チオフェン基、ベンゾチオフェン基、フラン基、ベンゾフラン基、ピロール基、インドール基、イミダゾール基、チアゾール基及び/又はオキサゾール基、並びに上記基の位置異性体を含んでいてもよい。
【0172】
炭化水素基における炭素原子の数は、特に限定されないが、炭化水素基が1個〜40個のC原子を含んでいることが好ましい。したがって、炭化水素基は、低級炭化水素(C原子数1個〜6個)であってもよく、高級炭化水素(C原子数7個以上、例えばC原子数7個〜40個)であってもよい。環状基の環中の原子数は、特に限定されないが、環状基の環が3個〜10個の原子、例えば3個、4個、5個、6個、又は7個の原子を含んでいることが好ましい。
【0173】
上記ヘテロ原子を含んでいる基、及び上記で定義された他の基のいずれも、周期律表のIIIA族、IVA族、VA族、VIA族、又はVIIA族のいずれかのうちの1以上のヘテロ原子、例えば、B原子、Si原子、N原子、P原子、O原子、S原子、又はハロゲン原子(例えば、F、Cl、Br、又はI)を含んでいてもよい。したがって、置換基は、ヒドロキシ基、カルボン酸基、エステル基、エーテル基、アルデヒド基、ケトン基、アミン基、アミド基、イミン基、チオール基、チオエーテル基、硫酸基、スルホン酸基、及びリン酸基などの、有機化学において一般的な官能基のいずれかのうちの1以上を含んでいてもよい。また置換基は、カルボン酸、アルデヒド、及びカルボン酸ハロゲン化物などのこれら基の誘導体を含んでいてもよい。
【0174】
更に、任意の置換基は、上記で定義された置換基及び/又は官能基のうちの2以上の組み合わせを含んでいてもよい。
【0175】
より好ましい実施形態では、反応性官能基は、以下の基を含む:
【化3】

【0176】
本発明の好ましい実施形態では、反応性質量標識は、以下の構造のうちの1つを有する:
【化4】

【化5】

【化6】

【化7】

【化8】

【0177】
本発明に係る方法では、セット中の各標識は、共通の総質量を有し、前記セット中の各標識は、他の標識のいずれとも異なる質量の質量マーカー部分を有する。
【0178】
セット中の各質量マーカー部分が共通の基本構造を有し、セット中の各質量正規化部分が共通の基本構造を有し、セット中の各質量標識が1以上の質量調整部分を含み、且つ前記質量調整部分が質量マーカー部分の基本構造及び/若しくは質量正規化部分の基本構造に結合しているか、又は質量マーカー部分の基本構造及び/若しくは質量正規化部分内に位置することが好ましい。この実施形態では、セット中の全ての質量マーカー部分が異なる数の質量調整部分を含み、セット中の全ての質量標識が同数の質量調整部分を有する。
【0179】
本明細書全体を通して、共通の基本構造とは、2以上の部分が、実質的に同一の構造骨格、主鎖、又はコアを有する構造を共有していることを意味する。骨格は、上記式の質量マーカー部分又は上記で定義された質量正規化部分を含む。骨格は、アミド結合により結合している多数のアミノ酸を更に含んでいてもよい。アリールエーテル単位などの他の単位が存在していてもよい。骨格又は主鎖は、共通の基本構造を変化させることなしに、ペンダント置換基を含んでいるか、又は原子若しくは同位体で置換されていてもよい。
【0180】
好ましい実施形態では、本発明に係る質量標識又は反応性質量標識のセットは、以下の構造を有する質量標識を含む:
M(A)−L−X(A)
式中、Mは質量正規化部分であり、Xは質量マーカー部分であり、Aは質量調整部分であり、Lは開裂可能リンカーであり、y及びzは0以上の整数であり、y+zは1以上の整数である。Mはフラグメント化耐性基であり、Lは別の分子又は原子との衝突時にフラグメント化しやすいリンカーであり、Xは予めイオン化されているフラグメント化耐性基であることが好ましい。
【0181】
M及びXの質量の合計は、セットの全ての要素について同一である。M及びXは、同一の基本構造又はコア構造を有することが好ましく、該基本構造又はコア構造は質量調整部分により修飾されている。質量調整部分により、M及びXの質量の合計がセットの全ての質量標識について確実に同一になるが、各Xが他のいずれとも異なる質量(固有の質量)を有することも確実になる。
【0182】
質量調整部分(A)は、
(a)質量マーカー部分及び/又は質量正規化部分内に位置する同位体置換基、並びに
(b)質量マーカー部分に結合している置換原子若しくは置換基、及び/又は質量正規化部分に結合している置換原子若しくは置換基
から選択されることが好ましい。
【0183】
質量調整部分は、ハロゲン原子置換基、メチル基置換基、及びH、15N、18O、又は13Cの同位体置換基から選択されることが好ましい。
【0184】
本発明の1つの好ましい実施形態では、上記で定義された質量標識のセット中の各質量標識は、以下の構造を有する:
(*)n−L−M(*)m
式中、Xは質量マーカー部分であり、Lは開裂可能リンカーであり、Mは質量正規化部分であり、は同位体質量調整部分であり、n及びmは、セット中の各標識が他のいずれとも異なる質量を有する質量マーカー部分を含み、且つセット中の各標識が共通の総質量を有するような0以上の整数である。
【0185】
Xは、以下の基を含むことが好ましい:
【化9】

式中、R、Z、X、及びyは、上記で定義された通りであり、セット中の各標識は、セット中の各標識が他のいずれとも異なる質量を有する質量マーカー部分を含み、且つセット中の各標識が共通の総質量を有するように0、1、又はそれ以上のを含む。
【0186】
更に好ましい実施形態では、本発明の反応性質量標識は、以下の反応性官能基を含む:
【化10】

式中、Rは、上記で定義された通りであり、セットは、セット中の各標識が他のいずれとも異なる質量を有する質量マーカー部分を含み、且つセット中の各標識が共通の総質量を有するように0、1、又はそれ以上のを含む。
【0187】
上記好ましい式の全てにおいて、同位体種は、標識とアナライトとの結合を促進するために存在する任意の反応性部分ではなく、質量マーカー部分、リンカー、及び/又は質量調整部分内に位置することが特に好ましい。同位体置換基の数は、特に限定されず、セット中の標識の数によって決定することができる。種の数は、0〜20が典型的であり、0〜15がより好ましく、1〜10が最も好ましく、例えば1、2、3、4、5、6、7、又は8である。2つの標識のセットでは、種の数が1であることが好ましく、5つの標識のセットでは、種の数が4であることが好ましく、6つの標識のセットでは、種の数が5であることが好ましい。しかし、種の数は、標識の化学構造によって変化してもよい。
【0188】
必要に応じて、標識が1以上の硫黄原子を含んでいる場合、Sの同位体変異体を質量調整部分として使用してもよい。
【0189】
質量調整部分が15N又は13Cである特に好ましい実施形態では、反応性質量標識のセットは、以下の構造を有する2つの質量標識を含む:
【化11】

【化12】

【0190】
上記質量標識は、2種タンデム質量タグのセットの例を形成する。
【0191】
質量調整部分が15N又は13Cである他の好ましい実施形態では、反応性質量標識のセットは、以下の構造を有する5つの質量標識を含む:
【化13】

【化14】

【化15】

【化16】

【化17】


【0192】
上記質量標識は、5種タンデム質量タグのセットの例を形成する。
【0193】
質量調整部分が15N又は13Cである他の特に好ましい実施形態では、反応性質量標識のセットは、以下の構造を有する6つの質量標識I〜VI、又はこれら構造の立体異性体を含む:
【化18】

【0194】
上記質量標識は、6種タンデム質量タグのセットの例を形成する。
【0195】
本発明に係る方法は、サンプル中の他の成分から標的アナライト又はそのフラグメントを分離する更なる工程を含んでいてもよい。この分離工程は、工程(a)前、工程(a)後であるが工程(b)前、又は工程(b)中に実施してもよい。
【0196】
また前記方法は、少なくとも1つの酵素で各サンプルを分解して、サンプルの成分を分解する工程を含んでいてもよい。この分解工程は、工程(a)前、工程(a)後であるが工程(b)前、又は工程(b)中に実施してもよい。1つの実施形態では、サンプルは、分解前に同重質量標識で標識される。別の実施形態では、サンプルは、分解後に標識される。
【0197】
更なる実施形態では、前記方法で用いられる質量標識は、親和性捕捉リガンドを更に含んでいてもよい。質量標識の親和性捕捉リガンドは、工程(a)前、工程(a)後であるが工程(b)前、又は工程(b)中に非標識アナライトから同重標識アナライトを分離するためにカウンターリガンドに結合する。親和性捕捉リガンドは、対象アナライトを富化させることにより、分析感度を高める手段を提供する。
【0198】
親和性捕捉リガンドは、特異性の高い結合パートナーを有するリガンドである。これら結合パートナーにより、リガンドでタグ付されている分子を前記結合パートナーが選択的に捕捉することができる。親和性リガンドでタグ付されている分子が、固相支持体上に選択的に捕捉され得るように固体支持体を結合パートナーで誘導体化することが好ましい。好ましい親和性捕捉リガンドはビオチンであり、ビオチンは、当該技術分野において知られている標準的な方法により本発明の質量標識に導入され得る。具体的には、質量マーカー部分又は質量正規化部分の後にリジン残基を組み込むことができ、それを介してアミン反応性ビオチンを質量標識に結合させ得る(例えば、Geahlen R.L.et al.,Anal Biochem 202(1):68−67,“A general method for preparation of peptides biotinylated at the carboxy terminus.”1992;Sawutz D.G.et al.,Peptides12(5):1019−1012,“Synthesis and molecular characterization of a biotinylated analogue of[Lys]bradykinin.”1991;Natarajan S.et al.,Int J Pept Protein Res40(6):567−567,“Site−specific biotinylation.A novel approach and its application to endothelin−1 analogues and PTH−analogue.”,1992を参照)。イミノビオチンも適用可能である。単量体アビジン、四量体アビジン、単量体ストレプトアビジン、及び四量体ストレプトアビジンを含む様々なアビジンカウンターリガンドをビオチンに対して利用することができ、これらは全て多数の固体支持体に対して利用可能である。
【0199】
他の親和性捕捉リガンドとしては、ジゴキシゲニン、フルオレセイン、ニトロフェニル部分、及びc−mycエピトープなどの多数のペプチドエピトープが挙げられ、これら親和性捕捉リガンドに対して選択的モノクローナル抗体がカウンターリガンドとして存在する。或いは、質量標識構造に対して特異性を有する抗体又は他の結合剤を、当業者に知られている方法により作製することもできる。次いで、ビーズ、ウェル、又は側方流動デバイスの平坦な表面などの固体支持体上に前記結合剤を結合させることにより、親和性マトリクスを構築してもよい。次いで、標識アナライトをある条件下で親和性マトリクスに接触させ、質量標識アナライトを結合剤に結合させて、保持しながら、例えば洗浄などによって非標識物質を全て除去することにより標識アナライトを精製する。最後に、低pH又は高塩などの、捕捉された質量標識アナライトの放出に適した条件に調節することにより、捕捉されたアナライトを回収することができる。低pH条件を用いて、MSに干渉する恐れのある塩イオンを後で除去する必要性をなくすことが好ましい。Ni2+イオンに容易に結合するヘキサヒスチジンなどの金属イオン結合リガンドも適用可能である。例えば、イミノ二酢酸キレート化Ni2+イオンを与えるクロマトグラフィー樹脂が市販されている。これら固定化ニッケルカラムを用いて質量標識を捕捉することができる。更なる代替方法として、親和性捕捉官能基を、適切に誘導体化された固相支持体と選択的に反応させてもよい。例えば、ボロン酸は、近接するシス−ジオール及びサリチルヒドロキサム酸などの化学的に類似したリガンドに選択的に反応することが知られている。
【0200】
本発明に係る方法は、工程(a)前、工程(a)後であるが工程(b)前、又は工程(b)中に、電気泳動又はクロマトグラフィーによって同重標識アナライトを分離する工程を更に含んでもよい。好ましい実施形態では、強陽イオン交換クロマトグラフィーが使用される。
【0201】
本発明の更なる態様では、サンプルの1つは、トリガーアリコートを含み、該トリガーアリコートは、トリガーアナライトを含む。トリガーアナライトは、非同重質量標識で標識されることが好ましく、前記方法は、工程(b)後且つ工程(c)前に、トリガーアナライトの質量電荷比と等しい質量電荷比を有するイオンを検出する工程であって、トリガーアナライトの質量電荷比と等しい質量電荷比を有するイオンが検出されるとき、工程(c)が第1の質量電荷比のm/zで開始される検出工程を更に含む。トリガーアリコート中のトリガーアナライトの量は、検出工程中トリガーとして機能するのに十分な量である。較正サンプルのアリコートのうちの1以上がトリガーアリコートであることが好ましい。
【0202】
トリガーアナライトの質量電荷比と等しい質量電荷比を有するイオンを検出する工程は、プレカーサーイオンのスキャニングを含んでいてもよい。典型的には、前記スキャニングは、第1の質量分析器から衝突室に全てのイオンを通過させることを含み、前記衝突室では、従来のMS/MSのように特定の選択されたイオンではなく、サンプル中の全てのアナライトに対してCIDが生じる。最後の質量分析器は、トリガー由来のレポーターイオンのみを検出するよう設定され、これは任意の特定の時点において対象アナライトが質量分析計に入った指標として用いられ得る。トリガー由来のレポーターイオンが検出されると、次いで質量分析計は、対象標識アナライト(1又は複数)に対して存在する質量マーカー基の全m/z範囲に亘る獲得を含む本発明の方法を実施するよう設定される。
【0203】
好ましい実施形態では、トリガー由来のレポーターイオンの存在は、対象アナライトがLCカラムから溶出していることを示す。これは、本発明に係る所定のMS/MS/MS実験の実施を「誘発」する。
【0204】
トリガーアリコートは、同重質量標識で標識されていてもよい。或いは、トリガーは、同重質量標識で標識されているアナライトでなくてもよい。トリガーは、LC中対象標識アナライトと同時に溶出する、又は実質的に溶出する任意の他の標識アナライトであってもよい。トリガーアナライトの標識は、較正サンプルの同重質量標識の質量とは異なる質量を有していてもよい。例えば、1つの実施形態では、較正サンプルは、異なる同重質量標識で標識されているアナライトのアリコートを含み、化学的に同一であるが、同位体的に異なる質量標識で標識されているアナライトのアリコートを更に含む。同重質量標識の質量との質量差は5Daであることが好ましい。同位体的に異なる質量標識は、「トリガー」として機能し得る。アナライトのMS相中、同位体的に異なる標識及び同重標識を有する較正サンプル中に存在する各アナライトは、同重標識と同位体的に異なる標識との質量差の分だけ隔てられている1対のピークとして現れ、同位体的に異なる標識を有するアナライトは、容易に検出可能な量存在する。質量分析計は、前記対の同重標識アナライトに対して、専用MS/MS/MS実験を実施し、対象アナライトの定量分析を誘発するようプログラムされる。
【0205】
好ましい実施形態においては、同位体的に異なる質量標識トリガーは、同位体置換基を含まず、同重質量標識は、同位体置換基、好ましくはH、15N、18O、又は13Cの同位体置換基を複数有する。これにより、同重質量標識で標識されている較正サンプルのアナライトとトリガー標識で標識されているアナライトとの間に質量差が生じる。前記トリガー標識は、同位体置換基を含まないため、費用のかかる同位体標識を行う必要なしに、必要に応じてこの標識を多量に使用できる。
【0206】
トリガーアリコート中のアナライトの量は、試験サンプル及び較正サンプルを含む他のサンプル中に存在するアナライトの量よりも多いことが好ましい。他のサンプル中のアナライトに比べてトリガーアナライトの量が多いと、トリガーアナライトが先ず検出されることにより、本発明の方法の工程(c)において第1の質量電荷比を有するイオンを選択するためのスキャンが確実に誘発される。他のサンプル中のアナライトの量に対するトリガーアリコート中のアナライトの量の比は、2:1以上が好ましく、3:1以上がより好ましく、9:1以上がより好ましく、27:1以上が最も好ましい。他のサンプル中のアナライトに比べてトリガーアリコート中のアナライトの量が多いことは、トリガーアナライトの検出が促進されるため有利である。例えば、図31のA〜Dに示されているように、TMT標識血漿に対するトリガーアリコート(TMT)の比が高くなるほど、トリガーの検出と、クロマトグラフに示されている各ピークの前縁との間の時間間隔が長くなる。
【0207】
また本発明は、1以上の標識アナライトをアッセイするための質量分析装置であって、
(i)1以上の標識アナライトを含んでいてもよい2以上のサンプルを導入する手段であって、各サンプルが他のサンプルとは異なる質量標識又は質量標識の組み合わせで標識されており、各質量標識が質量分析的に異なる質量マーカー基を含む同重質量標識である導入手段と、
(ii)特定の数の質量標識で標識されている標識アナライトと等しい第1の質量電荷比を有するイオンを選択する手段と、
(iii)第1の質量電荷比を有するイオンを複数のフラグメントイオンにフラグメント化する手段であって、前記複数のフラグメントイオンの一部が少なくとも1つのインタクトな質量標識を含むフラグメント化手段と、
(iv)少なくとも1つのインタクトな質量標識を含む前記標識アナライトのフラグメントと等しい第2の質量電荷比を有するイオンを選択する手段と、
(v)前記第2の質量電荷比を有するイオンを複数の更なるフラグメントイオンにフラグメント化する手段であって、前記更なるフラグメントイオンの一部が質量標識の質量マーカー基のイオンであるフラグメント化手段と、
(vi)前記質量マーカー基の質量電荷比の範囲と等しい質量電荷比の範囲を有するイオンを選択するのに好適であり、且つ前記質量マーカー基の質量スペクトルを作成するのに好適である手段と、
を含む質量分析装置を提供する。
【0208】
イオンを選択する手段(ii)、(iv)、及び(vi)が、特定の質量電荷比又は狭い範囲の質量電荷比を選択するためだけに必要とされているため、本発明に係る装置は有利である。この利点により、前記装置を、単純で、製造が容易であり、且つ比較的小さくすることができる。前記装置は、特定の標識アナライトを分析するために製造され得るため、手段(ii)及び(iv)におけるイオン選択手段が必要とするのは、特定の標識アナライトについて第1の質量電荷比及び第2の質量電荷比を選択できることのみである。したがって、前記装置は、例えば介護の観点から診断目的まで広い用途に好適であり得、サンプルを研究室に送る必要をなくし、診断にかかる時間を低減する。
【0209】
本発明に係る装置は、質量マーカー基の範囲と等しいイオンを選択する第3の工程を含む本発明に係る方法を実行するのに好適である。したがって、サンプル、アナライト、質量標識、選択工程、フラグメント化工程、質量スペクトル作成、及び標識アナライトの定量を含む本発明の方法に関する上記議論は、本発明に係る装置にも適用される。
【0210】
質量マーカー基のイオンを選択するのに好適な手段は、ある範囲の質量電荷比を選択し、該範囲は、1以上の標識アナライトを標識するために用いられる質量標識中の質量マーカー基の質量範囲に依存している。したがって、この範囲は、特に限定されない。質量マーカー基のイオンを選択するのに好適な手段は、例えば15Thの質量電荷比範囲、8Thの質量電荷比範囲、5Thの質量電荷比範囲、又は2Thの質量電荷比範囲を選択することができる。
【0211】
質量マーカー基のイオンを選択するのに好適な手段が8Thの範囲を選択する好ましい実施形態では、前記範囲は124Th〜131Thである。
【0212】
質量マーカー基のイオンを選択するのに好適な手段が6Thの範囲を選択する好ましい実施形態では、前記範囲は126Th〜131Thであり、これは上述のTMT sixplex質量標識セットの質量マーカー基の質量に一致する。
【0213】
質量マーカー基のイオンを選択するのに好適な手段が5Thの範囲を選択する好ましい実施形態では、前記範囲は126Th〜130Thであり、これは上述の5種質量標識セットの質量マーカー基の質量に一致する。
【0214】
質量マーカー基のイオンを選択するのに好適な手段が2Thの範囲を選択する好ましい実施形態では、前記範囲は126Th〜127Thであり、これは上述のTMT duplex質量標識セットの質量マーカー基の質量に一致する。
【0215】
本発明に係る方法に関して上述したように、第1の質量電荷比を有するイオンを選択する手段は、特定の数の質量標識で標識されている標識アナライトと等しいイオンを選択するよう設定される。第1の質量電荷比は、標識アナライトの質量と、結合している質量標識又は質量標識の組み合わせの質量とに依存している。本発明に係る方法に関して上述したように、第1の質量電荷比は、特定の数の質量標識で標識されている標識アナライトの非フラグメント化親イオンの質量電荷比と等しくてもよい。或いは、1つの実施形態では、第1の質量電荷比は、特定の数の質量標識で標識されている標的アナライトのフラグメントイオンの質量電荷比と等しい。
【0216】
第1の質量電荷比を有するイオンを選択する手段は、1500m/z以下のイオンを選択できることが好ましい。生じるイオンビームの幅は、選択した質量範囲、例えば50ダルトンの範囲、20ダルトンの範囲、又は5ダルトンの範囲に、選択したイオンビームが及び得るような程度に調節可能(調整可能)であることが好ましい。選択したイオンビームは、単位分解能を有し、且つ1ダルトンの範囲にしか及ばないことがより好ましい。選択したイオンの幅が0.1ダルトン未満に調整されることが最も好ましい。
【0217】
第2の質量電荷比を有するイオンを選択する手段は、少なくとも1つのインタクトな質量標識を含む標的アナライトのフラグメントと等しいイオンを選択するよう設定される。第2の質量電荷比は、標的アナライトの質量と、少なくとも1つのインタクトな質量標識を含む選択したフラグメントイオンの質量とに依存している。第2の質量電荷比は、標的アナライトに固有の少なくとも1つのインタクトな質量標識を含む標的アナライトのフラグメントと等しいことが好ましい。本発明に係る方法に関して上述したように、第2の質量電荷比は、aシリーズイオン、bシリーズイオン、cシリーズイオン、xシリーズイオン、yシリーズイオン、又はzシリーズイオンと等しくてもよい。第2の質量電荷比は、第1の質量電荷比と比べて高い質量電荷比を有するyイオン又はbイオンであることが好ましい。
【0218】
第2の質量電荷比を有するイオンを選択する手段は、1500ダルトン以下のイオンの選択だけをできることが好ましい。第2の質量電荷比を有するイオンを選択する手段は、好ましくは50ダルトンの範囲のイオン、より好ましくは20ダルトンの範囲のイオン、最も好ましくは1つの質量を有するイオンを選択するためだけに好適である。
【0219】
1つの実施形態では、本発明に係る装置は、第1の質量電荷比を有するイオンから複数のフラグメントイオンの質量スペクトルを作成する更なる手段を備える。本発明に係る方法に関して上述したように、
【0220】
本発明の1つの実施形態では、手段(ii)、(iii)、(iv)、(v)及び(vi)は、質量分析計中の別個の四重極である。他の実施形態では、手段(ii)、(iii)、(iv)、(v)、及び(vi)は、質量分析計中の1つの領域、又は複数の領域に存在する。
【0221】
本発明に係る装置は、ABI 4000 QTRAP、Orbitraps、Krato製QIT−Tof(四重極−イオントラップ−Tof)などのリニアイオントラップを含む、イオントラップを備えていてもよい。本発明の方法を実施するために用いられ得る上述の装置の種類は、本発明に係る装置でも使用することができる。
【実施例】
【0222】
以下の非限定的な実施例により本発明を説明する。
【0223】
(実施例1−標識ペプチドVATVSLPRのMS/MS分析及びMS/MS/MS分析)
MS/MS分析及びMS/MS/MS分析中に質量標識からの質量レポーター基を生成することを含む本発明の原理を示すために、ペプチドVATVSLPRの2つのサンプルを調製した。1つのサンプルをTMT−126で標識し、もう1つをTMT−127で標識した。
【化19】

【化20】

【0224】
次いで、2つのサンプル、TMT−126とTMT−127とを2:1の比で混合した。
【0225】
LCQ deca(Thermo)を用いてMS/MS分析を行うことによりサンプル混合物を分析した。図1aは、MS/MSプロファイルを示し、ここでb1イオン(325)は、インタクトな質量標識に結合しているペプチド(V)のb1イオンを表し、b2イオン(396)は、インタクトな質量標識に結合しているペプチド(VA)のb2イオンを表す。図1bは、質量標識の残りから開裂された質量マーカー基(126及び127)の拡大図を示す。図1bにおける質量マーカー基のピークは、各サンプルの量について2:1の正確な比を示す。
【0226】
次いでb1イオンを選択し、LCQ deca(Thermo)を用いてフラグメント化した(MS/MS/MS)。図2aは、フラグメント化b1イオンのMS/MS/MSスペクトルを示し、図中226におけるピークは、インタクトな質量標識のピークであり、297におけるピークは、a1イオンである。図2bは、MS/MS/MSスペクトルの質量マーカー基(126及び127)の拡大図を示し、この図は、2:1の正確な比が保存されていることを示す。この図は、インタクトな質量標識を含むMS/MSで生成されたフラグメントイオンの一部を示し、これは次いで更なるフラグメント化のためにMS/MS/MSで選択され、質量マーカー基を放出することができる。
【0227】
(実施例2−標識同重ペプチドの混合物のMS/MS分析及びMS/MS/MS分析)
MS/MS分析及びMS/MS/MS分析中に質量標識からの質量レポーター基を生成すること、及び複雑な混合物中のアナライトを正確に定量できる同重質量標識を用いたMS/MS/MS分析方法を含む本発明の原理を示すために、以下のペプチド溶液を調製した。
【表2】

【0228】
各ペプチド1、2、3、及び6のサンプルを別個に調製し、それぞれを6つのアリコートに分けた。各アリコートは、所定の量のペプチドを含んでいた。各アリコート中のペプチドの相対比を上表に示す。例えば、ペプチド1は、1:3:5:5:3:1のペプチド相対比を有する6つのアリコートに分けられた。各ペプチドの6つのアリコートをそれぞれ、異なるTMT sixplex質量標識で標識した。ペプチドのアリコートを標識するために用いられる質量標識の構造を以下に示す:TMT−126(I)、TMT−127(II)、TMT−128(III)、TMT−129(IV)、TMT−130(V)、及びTMT−131(VI)。
【0229】
各ペプチドは、N末端及び各リジン残基で質量標識に結合している。
【化21】

【0230】
次いで、ペプチド1の6つのアリコートを混合し(以後ペプチド1混合物と呼ぶ)、先ずMSにより分析し、次いでMS/MSにより分析し、次いでMS/MS/MS用にb1イオンを選択した。各ペプチド混合物について上記工程を繰り返した。各ペプチド混合物のMS、MS/MS、及びMS/MS/MSスペクトルについて以下で論じる。
【0231】
<ペプチド1>
図3は、ペプチド1混合物のMSスペクトルを示し、図中m/z461におけるプレカーサー2イオン及びm/z921におけるプレカーサー1イオンは、質量標識に結合しているペプチド1である。m/z461及びm/z921におけるピークは、2つの異なる荷電状態のペプチドを示す。
【0232】
図4は、ペプチド1混合物のMS/MSスペクトルを示し、図中m/z329におけるb1イオンは、インタクトな質量標識に結合しているTMT−130(V)である。
【0233】
図5aは、図4のMS/MSスペクトルの拡大図であり、6つの異なる質量マーカー基のピークを示す。ピークの高さにより1:3:5:5:3:1の正確な比が示されている。
【0234】
図5bは、インタクトな質量標識に結合しているb1イオンの選択及び更なるフラグメント化後のMS/MS/MSスペクトルの拡大図を示す。MS/MS/MSにおける質量マーカー基についても、ピークの高さにより1:3:5:5:3:1の正確な比が示されている。
【0235】
<ペプチド2>
図6は、ペプチド2混合物のMSスペクトルを示し、図中m/z461におけるプレカーサー2イオン及びm/z921におけるプレカーサー1イオンは、質量標識に結合しているペプチド2である。
【0236】
図7は、ペプチド2混合物のMS/MSスペクトルを示し、図中m/z301におけるb1イオンは、インタクトな質量標識に結合しているAである。
【0237】
図8aは、図7のMS/MSスペクトルの拡大図であり、6つの異なる質量マーカー基のピークを示す。ピークの高さにより1:1:1:4:4:4の正確な比が示されている。
【0238】
図8bは、インタクトな質量標識に結合しているb1イオンの選択及び更なるフラグメント化後のMS/MS/MSスペクトルの拡大図を示す。MS/MS/MSにおける質量マーカー基についても、ピークの高さにより1:1:1:4:4:4の正確な比が示されている。
【0239】
<ペプチド3>
図9は、ペプチド3混合物のMSスペクトルを示し、図中m/z461におけるプレカーサー2イオン及びm/z921におけるプレカーサー1イオンは、質量標識に結合しているペプチド3である。
【0240】
図10は、ペプチド3混合物のMS/MSスペクトルを示し、図中m/z377におけるb1イオンは、インタクトな質量標識に結合しているFである。
【0241】
図11aは、図10のMS/MSスペクトルの拡大図であり、6つの異なる質量マーカー基のピークを示す。ピークの高さにより4:4:4:1:1:1の正確な比が示されている。
【0242】
図11bは、インタクトな質量標識に結合しているb1イオンの選択及び更なるフラグメント化後のMS/MS/MSスペクトルの拡大図を示す。MS/MS/MSにおける質量マーカー基についても、ピークの高さにより4:4:4:1:1:1の正確な比が示されている。
【0243】
<ペプチド6>
図12は、ペプチド6混合物のMSスペクトルを示し、図中m/z461におけるプレカーサー2イオン及びm/z921におけるプレカーサー1イオンは、質量標識に結合しているペプチド3である。
【0244】
図13は、ペプチド6混合物のMS/MSスペクトルを示し、図中m/z343におけるb1イオンは、インタクトな質量標識に結合しているLである。
【0245】
図14aは、図13のMS/MSスペクトルの拡大図であり、6つの異なる質量マーカー基のピークを示す。ピークの高さにより5:3:1:1:3:5の正確な比が示されている。
【0246】
図14bは、インタクトな質量標識に結合しているb1イオンの選択及び更なるフラグメント化後のMS/MS/MSスペクトルの拡大図を示す。MS/MS/MSにおける質量マーカー基についても、ピークの高さにより5:3:1:1:3:5の正確な比が示されている。
【0247】
ペプチド混合物1、2、3、及び6のMS、MS/MS、及びMS/MS/MSによる上記分析は、MSにおいて共通のプレカーサーイオンが示されていることを示す。その理由は、ペプチド自体及び質量標識の双方が全て同重であるためである。MS/MSでは、1回のフラグメント化工程後に異なるb1イオンフラグメントが生成され、該b1イオンはインタクトな質量標識に結合している。各ペプチドが、異なるb1イオンを生成する。MS/MS/MSでは、インタクトな質量標識に結合しているb1イオンの質量電荷比の選択に続いてフラグメント化を行うことにより、質量マーカー基に相当するピークが生じ、ここで6つの異なる質量マーカー基のピークは、上記表2に示された標識ペプチド混合物の正確な比に一致している。
【0248】
次いで、以下のペプチド混合物に対してMS、MS/MS、及びMS/MS/MSを実施した。
【0249】
<ペプチド1及びペプチド6>
ペプチド1の6つのアリコート混合物を、ペプチド6の6つのアリコート混合物と混合し、上記のように分析した。
【0250】
図15は、ペプチド1とペプチド6との混合物のMSスペクトルを示し、図中両方のペプチドが同一のm/z461におけるプレカーサー2イオン及び同一のm/z921におけるプレカーサー1イオンを有していることは、各ペプチドが質量標識に結合していることを表す。
【0251】
図16は、ペプチド1とペプチド6との混合物のMS/MSスペクトルを示し、図中m/z329におけるb1イオンは、ペプチド1由来であり、m/z343におけるb1イオンは、ペプチド6由来である。
【0252】
図17は、図16のMS/MSスペクトルの拡大図であり、ペプチド1及びペプチド6の双方に由来する6つの異なる質量マーカー基のピークを示す。各質量マーカー基の6つのピークの高さは、ペプチド1又はペプチド6のいずれの正確な比にも一致していない。これは、MS/MSにおいて、両方の同重ペプチドが選択されたので、質量レポーター基が両方の標識ペプチドに由来しているためである。
【0253】
図18aは、ペプチド1のb1イオンの選択及び更なるフラグメント化後のMS/MS/MSスペクトルの拡大図を示す。質量マーカー基のピークの高さにより1:3:5:5:3:1の正確な比が示されている。その理由は、ペプチド1のみが質量329のb1イオンを有するので、質量マーカー基がペプチド1に由来しているもののみであるためである。
【0254】
図18bは、ペプチド6のb1イオンの選択及び更なるフラグメント化後のMS/MS/MSスペクトルの拡大図を示す。質量マーカー基のピークの高さにより5:3:1:1:3:5の正確な比が示されている。その理由は、ペプチド6のみが質量343のb1イオンを有するので、質量マーカー基がペプチド6に由来しているもののみであるためである。
【0255】
<ペプチド2及びペプチド3>
ペプチド2の6つのアリコート混合物を、ペプチド3の6つのアリコート混合物と混合し、上記のように分析した。
【0256】
図19は、ペプチド2とペプチド3との混合物のMSスペクトルを示し、図中両方のペプチドが同一のm/z461におけるプレカーサー2イオン及び同一のm/z921におけるプレカーサー1イオンを有していることは、各ペプチドが質量標識に結合していることを表す。
【0257】
図20は、ペプチド2とペプチド3との混合物のMS/MSスペクトルを示し、図中、m/z301におけるb1イオンは、ペプチド2由来であり、m/z377におけるb1イオンは、ペプチド3由来である。
【0258】
図21は、図20のMS/MSスペクトルの拡大図であり、ペプチド2及びペプチド3の双方に由来する6つの異なる質量マーカー基のピークを示す。各質量マーカー基の6つのピークの高さは、ペプチド2又はペプチド3のいずれの正確な比にも一致していない。これは、MS/MSにおいて、両方の同重ペプチドが選択されたので、質量レポーター基が両方の標識ペプチドに由来しているためである。
【0259】
図22aは、ペプチド2のb1イオンの選択及び更なるフラグメント化後のMS/MS/MSスペクトルの拡大図を示す。質量マーカー基のピークの高さにより1:1:1:4:4:4の正確な比が示されている。その理由は、ペプチド2のみが質量301のb1イオンを有するので、質量マーカー基がペプチド2のみに由来するためである。
【0260】
図22bは、ペプチド3のb1イオンの選択及び更なるフラグメント化後のMS/MS/MSスペクトルの拡大図を示す。質量マーカー基のピークの高さにより4:4:4:1:1:1の正確な比が示されている。その理由は、ペプチド3のみが質量377のb1イオンを有するので、質量マーカー基がペプチド3のみに由来するためである。
【0261】
ペプチド1と6との混合物及びペプチド2と3との混合物のMS、MS/MS、及びMS/MS/MSによる上記分析は、同重ペプチドを含むペプチドの複雑な混合物を分析するとき、MS/MSによる定量が不正確であることを示す。しかし、この問題は、1つのペプチドについてインタクトな質量標識を含むb1イオンを選択し、該b1イオンをフラグメント化して、質量マーカー基を放出させることにより解決される。MS/MS/MS後の質量マーカー基のピークの高さは、ペプチドの各アリコートを表す各標識の正確な比を示す。b1イオンの選択及びフラグメント化工程を、混合物中の各ペプチドについて繰り返してもよい。
【0262】
(実施例3−標識ペプチドAEFAEVSKのMS/MS分析)
ペプチドAEFAEVSKを質量標識TMT zero(この標識の構造は、図23に示す)で標識し、MS/MSにより分析した。ペプチドを2つの標識で標識した。1つは、N末端を標識し、もう1つは、C末端のリジンを標識した。図23は、標識ペプチドの全MS/MSスペクトルを示す。Aのピーク(126)は、質量マーカー基のm/zを表す。Bのピーク(225)は、質量標識全体のm/zを表す。Cのピーク(1175.7及び荷電状態1)は、ペプチド及び質量標識の一部のm/zを表す偽yイオンであり、1つの質量マーカー基及び近傍のカルボニル基が失われたことにより荷電損失1、及び153Daの質量損失が生じている。一般に、この損失は、アミノ末端タグに加えてリジンタグでも生じた可能性がある。ペプチドはN末端に1つ、C末端のリジンに1つの質量標識を有しているため、1つのインタクトな質量標識が、MS/MS後もペプチド上に依然として存在している。
【0263】
(実施例4−標識ペプチドVLEPTLKのMS/MS分析)
ペプチドVLEPTLKを質量標識TMT duplex(TMT−126及びTMT−127、この標識の構造は図24に示す)で標識し、MS/MSにより分析した。ペプチドを2つの標識で標識した。1つは、N末端を標識し、もう1つは、C末端のリジンを標識した。図24は、標識ペプチドの全MS/MSスペクトルを示す。Aのピーク(126及び127)は、質量マーカー基のm/zを表す。Bのピーク(226)は、質量標識全体のm/zを表す。Cのピーク(1096.7)及びDのピーク(1095.7)は、図24に示されているように、153Da(TMT−126)及び154Da(TMT−127)の質量が損失している異なる標識ペプチドの偽yイオンを表す。一般に、この損失は、アミノ末端タグに加えてリジンタグでも生じた可能性がある。ペプチドはN末端に1つ、C末端のリジンに1つの質量標識を有しているため、1つのインタクトな質量標識が、MS/MS後もペプチド上に依然として存在している。
【0264】
(実施例5−標識ペプチドLVNEVTEFAKのMS/MS分析)
ペプチドLVNEVTEFAKを2つの質量標識で標識した。1つのアリコートをTMT zero(126Daの質量レポーター基、構造を図23に示す)で標識し、1つのアリコートをTMT sixplex(TMT−131)で標識した。各アリコートにおいて、ペプチドを2つの標識で標識する。1つはN末端を標識し、もう1つは、C末端のリジンを標識した。
【0265】
図25は、TMT zeroで標識されているペプチドのMS/MSスペクトルを示し、図25のBは、TMT sixplex(TMT−131)で標識されているペプチドのMS/MSスペクトルを示す。各ペプチドに2つの質量標識が結合することによる質量差は10Thである。
【0266】
図26は、図25のAのy3イオンの拡大図を示し、図26のBは、図25のBのy3イオンの拡大図を示す。各y3イオンは、図26のAのy3イオンと図26のBのy3イオンとの質量差が5Thであることにより示されるように、1つのインタクトな質量標識を含んでいる。
【0267】
図27は、図25のAのy5イオンの拡大図を示し、図27のBは、図25のBのy5イオンの拡大図を示す。各y5イオンは、図27のAのy5イオンと図27のBのy5イオンとの質量差が5Thであることにより示されるように、1つのインタクトな質量標識を含んでいる。
【0268】
図28は、図25のAのb7イオンの拡大図を示し、図28のBは、図25のBのb7イオンの拡大図を示す。各b7イオンは、図28のAのb7イオンと図28のBのb7イオンとの質量差が5Thであることにより示されるように、1つのインタクトな質量標識を含んでいる。
【0269】
図26〜図28は、MS/MS後ペプチドの多数の異なるフラグメントイオンが1つの質量標識を依然として含んでいるため、これらイオンのいずれをMS/MS/MSで選択することもでき、前記イオンは、フラグメント化してペプチドの正確な定量に好適な質量レポーター基を提供する。
【0270】
(実施例6−標識ペプチドLVTDLTKのMS/MS分析)
ペプチドLVTDLTKを2つの標識で標識した。ペプチドの1つのアリコートを質量標識TMT zero(合計質量224Da)で標識し、1つのアリコートをTMT sixplex(TMT−128、合計質量229Da)で標識した。TMT zero及びTMT−128で標識されたペプチドには2つの質量標識が結合しており、1つはN末端、1つはリジンに結合している。2つの標識ペプチド間の質量差は10Daである。
【化22】

【0271】
次いで、異なる標識で標識されたアリコートを混合し、MSにより分析した。図29aは、m/z619.4(TMT zeroで標識されているペプチド)及びm/z624.4(TMT−128で標識されているペプチド)における二価プレカーサーイオンの質量スペクトルを示す。2つのタグ付ペプチド間の質量差が10Daであることから、二価プレカーサー間で5Thのm/z差が生じる。
【0272】
(実施例7−標識ペプチドHPDYSVVLLLRのMS/MS分析)
実施例6に記載したように、ペプチドHPDYSVVLLLRを2つの質量標識TMT zero及びTMT−128で標識した。TMT zero及びTMT−128で標識されているペプチドは、N末端に結合しているタグを1つ有しているため、2つのタグ付ペプチド間に5Daの質量差が生じる。
【0273】
図29bは、m/z512.62(TMT zeroで標識されているペプチド)及びm/z514.30(TMT−128で標識されているペプチド)における三価プレカーサーイオンのMSスペクトルを示す。2つのタグ付ペプチド間の質量差が5Daであることから、三価プレカーサー間で1.66Thのm/z差が生じる。
【0274】
(実施例8−クロマトグラフィー及びMRMによる標識血漿ペプチドの分析)
以下の表3に示すような血漿ペプチドA〜Mを質量標識TMT zero及びTMT−127で標識した。標識ペプチドサンプルを1:1の比で混合し、最初の例では、4000 QTRAPで独立データ取得(ida)により分析して、MS/MSフラグメントイオン情報を得た。これは、工程(f)〜(h)で後に分析する(MS/MS/MS)ために選択されるペプチドのTMT zero及びTMT−127で標識されているバージョンの最適なQ1(本発明に係る方法の工程(c)で選択されるプレカーサーイオン)及びQ3(工程(e)で選択されるMS/MSフラグメントイオン)の遷移を決定するための情報であった。Q3遷移の最適な検出のために、ペプチドをフラグメント化する衝突エネルギーも決定した。
【0275】
質量分析計による分析の前に、質量分析計にインターフェースで接続されている逆相クロマトグラフィーにより標識ペプチドサンプルを分離する。クロマトグラフィーの性質(保持時間)は、ida分析により規定された。
【0276】
表3は、TMT zero及びTMT−127のセットで標識されているペプチドの異なるQ1及びQ3遷移を列挙し、標識されているプレカーサーイオンの荷電状態、及び各ペプチドの保持時間も示す。Q1及びQ3遷移は、ペプチドのTMT zero標識バージョンとTMT−127標識バージョンとの間で変化する;これは、プレカーサーイオンに結合しているタグの数とその荷電状態(Q1遷移)、及びフラグメントイオンに結合しているタグの数(Q3遷移)に依存している。全ての場合において、Q3遷移は1電荷であった。表3に列挙した情報は、本発明に係る方法による選択されたペプチドの検出に必要であった。
【0277】
図30は、表3のTMT zero及びTMT−127で標識されているペプチドのMRMイオンクロマトグラムを示す。標識されているペプチドは、1μgのタンパク質負荷o/c(標識ペプチドの各アリコート500ng)のグラジエント条件で、30分間に亘って分析を行った。図30から、1:1の比で混合された標識ペプチドが同時に溶出することが分かる。
【表3】

【0278】
(実施例9)
MRMと組み合わせて、TMT zero及びTMT sixplex(TMT−127)で標識されているペプチドを用いて定量の正確性及び再現性を証明するために、TMT zero及びTMT−127で標識されている血漿ペプチドを異なる比で混合し、標識ペプチドの遷移A〜M(表3)のMRM遷移を評価した。TMT zero標識サンプル:TMT−127標識サンプルを、1:1、3:1、9:1、及び27:1の比で組み合わせ、各比について三連で分析した。図31のA〜Dは、測定された様々な比における選択されたペプチドKのMRMイオンクロマトグラムを示す。
【0279】
BioAnalyst(登録商標)自動ピーク積分ツールを用いて各TMT zero及びTMT−127のMRM遷移のピーク面積を抽出することにより全てのペプチド遷移A〜M(表3)の比を比較した。表4は、全ての選択されたペプチドの実測平均比(3回の測定の平均)、及び各ペプチドの変動係数を示す。逆相カラムの保持時間の順にペプチドを列挙する(括弧内の1〜13の数字)。実測平均比は予測比と非常に相関していることが分かる。更に、実測比の82%は、5%未満の変動係数を有する(3連で測定)。予測比から最も大きく逸脱しており、且つこれら測定値として説明され得る高い変動係数を有する実測比は、疎水性の高いペプチド(保持時間が最も長い)に由来していた。これらペプチドでは、これらペプチドの逆相樹脂に対する結合が強いこと、及び溶出に必要なアセトニトリル(溶出溶媒)の濃度が高いためエレクトロスプレーが不安定になることに起因して、ピーク形状の悪化が見られる。したがって、保持時間の短いペプチドがこのアプローチに最適である。
【0280】
図32に示されているように、例としてペプチドKを用いると、実測比は実測比と非常に相関していた。2×10e〜8×10eの範囲のピーク面積に亘って直線関係が示された(R=0.9998)。分析を繰り返しても変動係数は低かった(表4)。
【表4】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
標的アナライトをアッセイする方法であって、
(a)各サンプルが他のサンプルとは異なる1つの質量標識又は質量標識の組み合わせで標識されており、前記質量標識が質量標識のセットに含まれている標識であり、各質量標識が質量スペクトルの異なる質量マーカー基を含む同重質量標識であり、その結果質量分析により前記サンプルを識別可能である、前記標的アナライトを含んでいてもよい複数のサンプルを提供する工程と、
(b)前記複数の標識サンプルを混合して分析混合物を作製し、前記分析混合物を質量分析計に導入する工程と、
(c)特定の数の前記質量標識で標識されている前記標的アナライトのイオンと等しい第1の質量電荷比を有するイオンを選択する工程と、
(d)前記第1の質量電荷比を有するイオンを複数のフラグメントイオンにフラグメント化する工程であって、前記複数のフラグメントイオンの一部が少なくとも1つのインタクトな質量標識を含む工程と、
(e)少なくとも1つのインタクトな質量標識を含む前記標的アナライトのフラグメントイオンと等しい第2の質量電荷比を有するイオンを選択する工程と、
(f)前記第2の質量電荷比を有するイオンを複数の更なるフラグメントイオンにフラグメント化する工程であって、前記更なるフラグメントイオンの一部が質量マーカー基のイオンである工程と、
(g)工程(f)で生成される前記更なるフラグメントイオンの質量スペクトルを作成する工程と、
(h)前記質量スペクトルから各サンプル中の前記標的アナライトの量を特定する工程と、
を含むことを特徴とする方法。
【請求項2】
試験サンプルが1つのサンプルであり、較正サンプルが1つのサンプルであり、前記較正サンプルが標的アナライトの1以上の異なるアリコートを含み、各アリコートが既知の量のアナライトを有し、前記試験サンプルと前記較正サンプルの各アリコートとが異なる標識で標識されている請求項1に記載の方法。
【請求項3】
複数のサンプルが複数の異なる標的アナライトを含んでいてもよく、各標的アナライトについて工程(c)〜工程(h)を繰り返す工程を含む請求項1に記載の方法。
【請求項4】
試験サンプルが1つのサンプルであり、較正サンプルが各々異なる標的アナライトについて提供され、各較正サンプルが標的アナライトの1以上の異なるアリコートを含み、前記試験サンプルと各較正サンプルの各アリコートとが異なる標識で標識されている請求項3に記載の方法。
【請求項5】
較正サンプル又は各較正サンプルが標的アナライトの2以上の異なるアリコートを含む請求項2又は4に記載の方法。
【請求項6】
複数の試験サンプルが1種のアナライトについてアッセイされる請求項2から5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
複数の試験サンプルそれぞれが同種のアナライトについてアッセイされる請求項6に記載の方法。
【請求項8】
各試験サンプルが他の試験サンプルと異なる1以上の同重質量標識で標識されている請求項7に記載の方法。
【請求項9】
工程(a)の前に1以上の同重質量標識を用いて各試験サンプル及び較正サンプルの各アリコートを他と異なる標識で標識する更なる工程を含む請求項2から8のいずれかに記載の方法。
【請求項10】
工程(a)の前に異なる標識で標識されているアリコートを組み合わせて較正サンプルを作製する更なる工程を含む請求項9に記載の方法。
【請求項11】
試験サンプルが複数のサンプルである請求項1に記載の方法。
【請求項12】
工程(h)で特定された量が各サンプル中の標的アナライトの相対量である請求項1から11のいずれかに記載の方法。
【請求項13】
工程(h)で特定された量が各サンプル中の標的アナライトの絶対量である請求項1から11のいずれかに記載の方法。
【請求項14】
工程(d)の後に工程(d)から得られる複数のフラグメントイオンの質量スペクトルを作成する更なる工程を含む請求項1から13のいずれかに記載の方法。
【請求項15】
質量スペクトルにおける標的アナライトに特徴的な1以上のフラグメントイオンを同定することにより標的アナライトの同一性が決定される請求項14に記載の方法。
【請求項16】
工程(f)の後に質量マーカー基の質量電荷比の範囲と等しい質量電荷比の範囲のイオンを選択する更なる工程を含む請求項1から15のいずれかに記載の方法。
【請求項17】
工程(c)において第1の質量電荷比が特定の数の質量標識で標識されている標的アナライトの非フラグメント化親イオンの質量電荷比と等しい請求項1から16のいずれかに記載の方法。
【請求項18】
工程(c)において第1の質量電荷比が特定の数の質量標識で標識されている標的アナライトのフラグメントイオンの質量電荷比と等しい請求項1から16のいずれかに記載の方法。
【請求項19】
工程(e)において第2の質量電荷比が少なくとも1つのインタクトな質量標識を含む標的アナライトのフラグメントイオンであって、標的アナライトに固有のフラグメントイオンの質量電荷比と等しい請求項1から18のいずれかに記載の方法。
【請求項20】
工程(e)において第2の質量電荷比がインタクトな質量標識を含む1つのyシリーズイオンの質量電荷比である請求項1から19のいずれかに記載の方法。
【請求項21】
工程(e)において第2の質量電荷比がインタクトな質量標識を含む1つのbシリーズイオンの質量電荷比である請求項1から19のいずれかに記載の方法。
【請求項22】
yシリーズイオン又はbシリーズイオンが工程(c)において選択される第1の質量電荷比に比べて高い質量電荷比を有する請求項20又は21に記載の方法。
【請求項23】
標的アナライトがタンパク質、ポリペプチド、ペプチド、アミノ酸、核酸、又はこれらのフラグメントから選択される請求項1から22のいずれかに記載の方法。
【請求項24】
工程(c)〜工程(g)が質量分析計の別個の四重極で実施される請求項1から23のいずれかに記載の方法。
【請求項25】
工程(c)〜工程(g)が質量分析計の同一ゾーンで連続的に実施される請求項1から23のいずれかに記載の方法。
【請求項26】
サンプルのうちの1つがトリガーアリコートを含み、前記トリガーアリコートがトリガーアナライトを含み、工程(b)後且つ工程(c)前に前記トリガーアナライトの質量電荷比と等しい質量電荷比を有するイオンを検出する更なる工程を含み、前記トリガーアナライトの質量電荷比と等しい質量電荷比を有するイオンが検出されたとき、工程(c)が開始される請求項1から25のいずれかに記載の方法。
【請求項27】
トリガーアリコート中のトリガーアナライトが同重質量標識で標識されている請求項26に記載の方法。
【請求項28】
トリガーアリコート中のトリガーアナライトがサンプル中の他のアナライトの同重質量標識と化学的に同一であるが同位体的に異なり、且つ質量が異なる質量標識で標識されている請求項26に記載の方法。
【請求項29】
質量標識が以下の構造を含む請求項1から28のいずれかに記載の方法:
X−L−M
式中、Xは以下の基を含む質量マーカー部分であり、
【化1】

式中、環状ユニットは、芳香族又は脂肪族であり、且つ独立して任意の2つの隣接する原子間に0個〜3個の二重結合を有し;各Zは、独立してN、N(R)、C(R)、CO、CO(R)、C(R、O、又はSであり;Xは、N、C、又はC(R)であり;各Rは、独立してH、置換直鎖C〜Cアルキル基、非置換直鎖C〜Cアルキル基、置換分岐C〜Cアルキル基、非置換分岐C〜Cアルキル基、置換環状脂肪族基、非置換環状脂肪族基、置換芳香族基、非置換芳香族基、置換複素環基、又は非置換複素環基であり;yは、0〜10の整数であり、Lは開裂可能リンカーであり、Mは質量正規化部分である。
【請求項30】
質量マーカー部分を質量正規化部分に結合させる開裂可能リンカーが衝突により開裂可能リンカーである請求項29に記載の方法。
【請求項31】
リンカーが質量分析を用いてCID、ETD、ECD、又はSIDにより開裂可能である請求項30に記載の方法。
【請求項32】
標識工程がアナライトを反応性質量標識と反応させる工程を含み、前記反応性質量標識が質量標識及び反応性官能基を含む請求項9に記載の方法。
【請求項33】
反応性官能基がポリペプチドの任意のアミノ基と反応することができ、且つ求核剤又は求電子剤を含む請求項32に記載の方法。
【請求項34】
質量標識が質量分析によりポリペプチドを標識及び検出するための反応性質量標識であり、前記質量標識が前記質量標識を前記ポリペプチドに結合させるための反応性官能基を含み、前記反応性官能基が以下の基を含む請求項32又は33に記載の方法:
【化2】

式中、各Rは、独立してH、置換直鎖C〜Cアルキル基、非置換直鎖C〜Cアルキル基、置換分岐C〜Cアルキル基、非置換分岐C〜Cアルキル基、置換環状脂肪族基、非置換環状脂肪族基、置換芳香族基、非置換芳香族基、置換複素環基、又は非置換複素環基である。
【請求項35】
質量標識が2以上の質量標識のセット中の質量標識であり、各質量正規化部分により質量標識が確実に所望の総質量を有し、前記セットが質量マーカー部分を有する質量標識を含み、各質量マーカー部分が前記セット中の他の質量マーカー基のいずれとも異なる質量を有し、前記セット中の各標識が共通の総質量を有し、前記セット中の全ての質量標識が質量分析により互いに区別可能である請求項29から34のいずれかに記載の方法。
【請求項36】
セット中の各質量標識が質量調整部分を有し、前記質量調整部分が、
(a)質量マーカー部分内及び質量正規化部分内の少なくともいずれかに位置する同位体置換基、並びに
(b)質量マーカー部分に結合している置換原子若しくは置換基、及び質量正規化部分に結合している置換原子若しくは置換基の少なくともいずれか
から選択される請求項35に記載の方法。
【請求項37】
質量調整部分が、ハロゲン原子置換基、メチル基置換基、及びH、15N、13C、又は18Oの同位体置換基から選択される請求項36に記載の方法。
【請求項38】
質量調整部分が15N又は13Cであり、セットが以下の構造を有する2つの質量標識を含む請求項37に記載の方法:
【化3】

【化4】


【請求項39】
質量調整部分が15N及び13Cであり、セットが以下の構造を有する5つの質量標識を含む請求項37に記載の方法:
【化5】

【化6】

【化7】

【化8】

【化9】


【請求項40】
質量調整部分が15N及び13Cであり、セットが以下の構造を有する6つの質量標識を含む請求項37に記載の方法:
【化10】


【請求項41】
1以上の標識アナライトをアッセイするための質量分析装置であって、
(i)各サンプルが他のサンプルとは異なる質量標識又は質量標識の組み合わせで標識されており、各質量標識が質量分析的に異なる質量マーカー基を含む同重質量標識である、前記1以上の標識アナライトを含んでいてもよい2以上のサンプルを導入する手段と、
(ii)特定の数の質量標識で標識されている標識アナライトと等しい第1の質量電荷比を有するイオンを選択する手段と、
(iii)第1の質量電荷比を有するイオンを複数のフラグメントイオンにフラグメント化する手段であって、前記複数のフラグメントイオンの一部が少なくとも1つのインタクトな質量標識を含む手段と、
(iv)少なくとも1つのインタクトな質量標識を含む前記標識アナライトのフラグメントと等しい第2の質量電荷比を有するイオンを選択する手段と、
(v)前記第2の質量電荷比を有するイオンを複数の更なるフラグメントイオンにフラグメント化する手段であって、前記更なるフラグメントイオンの一部が質量標識の質量マーカー基のイオンである手段と、
(vi)前記質量マーカー基の質量電荷比の範囲と等しい質量電荷比の範囲を有するイオンを選択するのに好適であり、且つ前記質量マーカー基の質量スペクトルを作成するのに好適である手段と、
を含むことを特徴とする質量分析装置。
【請求項42】
質量マーカー基のイオンを選択するのに好適な手段が、15Thの質量電荷比範囲を選択する請求項41に記載の質量分析装置。
【請求項43】
質量マーカー基のイオンを選択するのに好適な手段が、8Thの質量電荷比範囲を選択する請求項42に記載の質量分析装置。
【請求項44】
8Thの質量電荷比範囲が124ダルトン〜131ダルトンである請求項43に記載の質量分析装置。
【請求項45】
第1の質量電荷比を有するイオンを選択する手段が50ダルトンの範囲に及ぶイオンを選択するためだけに好適である請求項41から44のいずれかに記載の質量分析装置。
【請求項46】
第2の質量電荷比を有するイオンを選択する手段が50ダルトンの範囲に及ぶイオンを選択するためだけに好適である請求項41から45のいずれかに記載の質量分析装置。
【請求項47】
第1の質量電荷比のイオンから複数のフラグメントイオンの質量スペクトルを作成する更なる手段を備える請求項41から46のいずれかに記載の質量分析装置。
【請求項48】
第1の質量電荷比が特定の数の質量標識で標識されている標的アナライトの非フラグメント化親イオンの質量電荷比と等しい請求項41から47のいずれかに記載の質量分析装置。
【請求項49】
第1の質量電荷比が特定の数の質量標識で標識されている標的アナライトのフラグメントイオンの質量電荷比と等しい請求項41から47のいずれかに記載の質量分析装置。
【請求項50】
手段(ii)、(iii)、(iv)、(v)、及び(vi)が質量分析計の別個の四重極に存在する請求項41から49のいずれかに記載の質量分析装置。
【請求項51】
手段(ii)、(iii)、(iv)、(v)、及び(vi)が質量分析計の1つのゾーン又は複数のゾーンに存在する請求項41から49のいずれかに記載の質量分析装置。

【図1a】
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【図1b】
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【図2a】
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【図2b】
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【図3】
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【図4】
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【図5a】
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【図5b】
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【図6】
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【図7】
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【図8a】
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【図8b】
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【図9】
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【図10】
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【図11a】
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【図11b】
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【図12】
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【図13】
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【図14a】
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【図14b】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18a】
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【図18b】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22a】
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【図22b】
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【図23】
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【図24】
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【図25】
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【図26】
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【図27】
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【図28】
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【図29a】
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【図29b】
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【図30】
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【図31】
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【図32】
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【図33】
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【図34】
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【公表番号】特表2011−521244(P2011−521244A)
【公表日】平成23年7月21日(2011.7.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−509946(P2011−509946)
【出願日】平成21年5月18日(2009.5.18)
【国際出願番号】PCT/EP2009/056010
【国際公開番号】WO2009/141310
【国際公開日】平成21年11月26日(2009.11.26)
【出願人】(505423678)エレクトロフォレティクス リミテッド (7)
【Fターム(参考)】