説明

赤外線センサ信号の補正方法及び温度測定方法並びに温度測定装置

【課題】赤外線センサ信号の環境温度に対する変化を補正して、高精度に測定温度を定量することが可能な赤外線センサ信号の補正方法及び温度測定方法並びに温度測定装置を提供すること。
【解決手段】赤外線センサ装置から得られる赤外線センサ信号に、環境温度TAMBに基づいたオフセット補正量を加算又は減算する第1補正工程を有し、オフセット補正量がTAMBの3次及び/又は2次の項を含む関数で表される。また、第1補正工程の後に、環境温度TAMBに基づいた補正係数Bを乗算する第2補正工程を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、赤外線センサ信号の補正方法及び温度測定方法並びに温度測定装置に関し、より詳細には、主としてフォトダイオードやサーモパイルなどの赤外線センサから得られる赤外線センサ信号の補正方法及び温度測定方法並びに温度測定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、省エネルギー化や環境センサの観点から、赤外線センサが注目されている。人体が発する赤外線を検知する人感センサは、照明やエアコンなどに搭載され、省エネルギー化に貢献している。また、赤外線センサは、測定対象物から入射する赤外線のエネルギー量を定量し、温度を検出する、非接触式温度計としても期待されている。
【0003】
赤外線センサは、その動作原理から熱型センサと量子型センサに分けられる。熱型センサは、赤外線エネルギーを吸収面で熱エネルギーに変換して、その温度上昇を電気信号として検出する。したがって、対象物温度をTOBJ[K]、センサの置かれた環境温度をTAMB[K]とすると、ステファン−ボルツマンの4乗則に基づいて、出力信号は(TOBJ4−TAMB4)に比例することが知られている。
【0004】
また、赤外線センサ装置を用いて赤外線エネルギー量から測定温度を定量する場合、赤外線センサ装置から得られる信号を測定時の赤外線センサ装置周囲の環境温度に応じて補正する種々の温度補正を含む温度算出方法が知られている。
【0005】
例えば、特許文献1には、赤外線センサとして熱型センサの一つであるサーモパイルを用いた温度測定装置(特許文献1においては「非接触型温度検出器」と称される)の温度算出方法が開示されている。この温度算出方法では、まず、サーモパイルの冷接点部材に設けたサーミスタ出力電圧VNTC[V]から環境温度TAMB[K]を算出する。次いで、環境温度TAMBに基づいて補正係数αを算出する。そして、環境温度TAMBと補正係数αとサーモパイル出力電圧VOUT[V]とから、下記式(1)に基づき、対象物温度TOBJ[K]を算出する。
【0006】
【数1】

【0007】
ここで、VREFは、赤外線温度検出器回路の基準電圧である。また、補正係数αは下記式(2)のように表される。
【0008】
【数2】

【0009】
また、特許文献2には、サーモパイルの出力が環境温度変化に対して一定になるように、出力ゲインの設定と、環境温度変化による出力オフセットに対して逆特性を出力する補正出力手段とを有する温度測定装置(特許文献2においては「非接触温度検知装置」と称される)が開示されている。この温度検知装置は、アナログ回路で構成されており、サーモパイル出力に対して式(1)のTAMB4を相殺させるアナログ信号を加えて、環境温度変化にかかわらず対象物の温度に対して一定の出力が得られるような工夫がなされている。
【0010】
以上のように、赤外線センサとして赤外線エネルギーを熱エネルギーに変換して検出する熱型センサを利用した温度測定装置においては、環境温度変化による出力オフセットが環境温度TAMBの4乗に比例することを利用した温度補正を行うことで、対象物温度が求められる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2002−228523号公報
【特許文献2】特開2003−042849号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかしながら、フォトダイオードなどの量子型センサを温度検出に用いる場合、その感度が波長毎に異なり、出力信号が(TOBJ4−TAMB4)に比例しないため、熱型センサと同様のTAMBの4乗に比例した出力オフセット補正を適用すると、正確な温度補正ができず、赤外線エネルギー量から測定温度を高精度で定量することが困難であるという問題があった。
【0013】
また、上述した特許文献1,2に記載されている熱型センサの補正方法であっても、測定対象物の温度と環境温度との差が大きい場合は、測定対象物の温度と出力温度との差が無視できない程度に大きなものになるという問題もあった。
【0014】
本発明は、このような問題に鑑みてなされたもので、その目的とするところは、赤外線センサ装置からの赤外線センサ信号の環境温度に対する変化を補正して、この赤外線センサ信号から高精度に測定温度を定量することが可能な赤外線センサ信号の補正方法及び温度測定方法並びに温度測定装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明は、このような目的を達成するためになされたもので、請求項1に記載の発明は、赤外線センサ装置からの赤外線センサ信号の環境温度に対する変化を補正して測定温度を定量するようにした赤外線センサ信号の補正方法において、前記赤外線センサ装置から得られる赤外線センサ信号に、該赤外線センサ装置の環境温度に基づいたオフセット補正量を加算又は減算する第1補正工程を有し、前記オフセット補正量が、前記環境温度の3次及び/又は2次の項を含む関数で表されることを特徴とする。
【0016】
また、請求項2に記載の発明は、請求項1に記載の発明において、前記第1補正工程の前又は後に、前記環境温度に基づいた補正係数を乗算する第2補正工程を更に有することを特徴とする。
【0017】
また、請求項3に記載の発明は、赤外線センサ装置からの赤外線センサ信号の環境温度に対する変化を補正して測定温度を定量するようにした温度測定方法において、前記赤外線センサ装置から赤外線センサ信号を得る工程と、請求項1又は2に記載の赤外線センサ信号の補正方法による温度補正工程と、該温度補正工程を経た後の信号から測定温度を導出する温度換算工程とを有することを特徴とする。
【0018】
また、請求項4に記載の発明は、赤外線センサ装置からの赤外線センサ信号の環境温度に対する変化を補正して測定温度を定量するようにした温度測定装置において、前記赤外線センサ装置の温度と、該赤外線センサ装置の環境温度を測定する温度測定手段と、前記環境温度に基づくオフセット補正量を算出し、前記赤外線センサ装置から得られる赤外線センサ信号に加算又は減算するオフセット補正手段とを備え、前記オフセット補正量が、前記環境温度の3次及び/又は2次の項を含む関数で表されることを特徴とする。
【0019】
また、請求項5に記載の発明は、請求項4に記載の発明において、前記環境温度に基づく補正係数を算出し、該補正係数を前記赤外線センサ装置から得られる赤外線センサ信号に乗算するゲイン補正手段を更に備えていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、環境温度に基づいたオフセット補正量を加算又は減算する補正工程を有するので、赤外線センサ装置の出力の環境温度による変化を補正し、赤外線センサ信号から高精度に測定温度を定量することが可能な赤外線センサ信号の補正方法及び温度測定方法並びに温度測定装置を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明の実施形態1に係る赤外線センサ信号の補正方法及び温度測定方法を説明するための工程図である。
【図2】本発明の実施形態2に係る赤外線センサ信号の補正方法及び温度測定方法を説明するための工程図である。
【図3】本発明の実施形態3に係る赤外線センサ信号の補正方法及び温度測定方法を説明するための工程図である。
【図4】本発明の実施形態4に係る赤外線センサ信号の補正方法及び温度測定方法を説明するための工程図である。
【図5】本発明の実施形態5に係る温度測定装置を説明するための構成図である。
【図6】実施例1における赤外線センサ信号を示す図である。
【図7】実施例1における第1補正信号を示す図である。
【図8】実施例2における第2補正信号を示す図である。
【図9】比較例1における測定対象物温度TOBJ4を示す図である。
【図10】実施例1における赤外線センサ信号を示す図である。
【図11】実施例1における第2補正信号を示す図である。
【図12】比較例2におけるTOBJ4を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、図面を参照して本発明の各実施形態について説明する。
【0023】
図1は、本発明の実施形態1に係る赤外線センサ信号の補正方法及び温度測定方法を説明するための工程図である。図中符号1は赤外線センサ装置、2は赤外線センサ部、3は温度センサ、4は視野角制限体、5はプリント基板、10は測定対象物を示している。
【0024】
図1に示すように、赤外線センサ装置1は、プリント基板5上に実装された赤外線センサ部2と温度センサ3と視野角制限体4とを備えている。本実施形態1において、赤外線センサ部2は、多層の半導体膜を有するフォトダイオードであり、測定対象物10から放射される赤外線を吸収し、赤外線センサ信号SIRを出力する。
【0025】
赤外線センサ部2は、赤外線を吸収して電気信号に変換するセンサであれば特に制限されず、例えば、フォトダイオードやフォトコンダクタなど、光電変換によって信号を出力する「量子型センサ」や、サーモパイルや焦電型センサなど、赤外線吸収による温度変化を電気信号に変換する「熱型センサ」を用いることができる。
【0026】
また、温度センサ3は、赤外線センサ部2の環境温度TAMBを測定することが可能なものであれば特に制限されず、例えば、温度に応じて抵抗値が変化する白金抵抗体,サーミスタ,バンドギャップ回路を有する温度センサなどを用いることができる。また、視野角制限体4は、赤外線センサ装置1の視野角を制限し、視野角θを決める部材である。
【0027】
つまり、本発明の赤外線センサ信号の補正方法は、赤外線センサ装置から出力される赤外線センサ信号SIRから測定温度を高精度に定量するようにした赤外線センサ信号の補正方法である。赤外線センサ装置1から得られる赤外線センサ信号に、環境温度TAMBに基づいたオフセット補正量Aを加算又は減算する第1補正工程を有している。このオフセット補正量Aは、TAMBの3次及び/又は2次の項を含む関数で表される。また、第1補正工程の後に、環境温度TAMBに基づいた補正係数Bを乗算する第2補正工程を有している。
【0028】
以下、上述した各工程について更に詳細に説明する。
【0029】
赤外線センサ装置1は、温度TOBJの測定対象物10から放射される赤外線が、赤外線センサ部2に到達すると、その赤外線エネルギー量に対応した赤外線センサ信号SIRを電流値として出力するものである。
【0030】
まず、第1補正工程において、この赤外線センサ信号SIRに対して環境温度TAMBより求まるオフセット補正量Aを加算又は減算する第1補正工程を適用すると、第1補正信号S1が得られる。
【0031】
このオフセット補正量Aとは、赤外線センサ装置の赤外線センサ部の種類と環境温度TAMBの関数により定まる補正量であり、赤外線センサ信号SIRに対して加算又は減算される。
【0032】
オフセット補正量Aは、環境温度TAMBの3次及び/又は2次の項を含む関数である。例えば、下記式(3)に示すような、環境温度TAMBのn次の関数で表され、3次の項の係数が0で無い(a3≠0)及び/又は2次の項の係数が0で無い(a2≠0)ことを特徴とする。
【0033】
【数3】

【0034】
この補正方法をプログラミングしてマイコンなどで計算処理する場合、高次の関数を用いると計算処理には時間がかかってしまい、効率的に動作させることが難しいという観点から、なるべく低次の関数であることが好ましい。例えば、243K≦TAMB≦333Kであれば、3次関数を用いることが、温度補正の精度を高める観点からより好ましい。
【0035】
オフセット補正量Aは、例えば、一定温度の測定対象物を複数の異なる環境温度で測定したときの赤外線センサ信号を得て、横軸に環境温度TAMB、縦軸に赤外線センサ信号をプロッティングし、環境温度TAMBの関数でフィッティングすることで得られる関数によって、各環境温度におけるオフセット補正量Aを定めることが可能である。一定温度の測定対象物としては、特に制限されないが、正確な温度制御が可能な黒体炉が好適に用いられる。
【0036】
次に、第1補正信号S1に対して、環境温度TAMBより求まる補正係数Bを乗算する第2補正工程を適用すると、環境温度TAMBに対して略一定の第2補正信号S2が得られる。また、補正係数Bは、単位を持たない係数であり、第1補正信号S1に対してオフセット補正量Aが加算又は減算された後の信号に対して乗算される。
【0037】
また、補正係数Bは、測定対象物温度と第2補正信号S2の関係における環境温度に対する誤差が小さくなるようなものを赤外線センサ装置の様態に応じて適宜定めればよく、例えば、第1の一定温度TOBJ1の測定対象物を複数の異なる環境温度で測定したときの赤外線センサ信号SIRC1と、第2の一定温度TOBJ2の測定対象物を複数の異なる環境温度で測定したときの赤外線センサ信号SIRC2と、を求めた後に、下記式(4)によって求まる、赤外線センサ信号と測定対象物温度との傾きβを各環境温度に対して算出して、この傾きβを所定の値にするための係数を、補正係数Bとして採用することが出来るが、本実施形態はこれに制限されない。
【0038】
【数4】

【0039】
以上が、本発明の赤外線センサ信号の補正方法についての説明である。なお、赤外線センサ装置における赤外線センサとしては、量子型センサ又は熱型センサを用いるのが好ましい。赤外線センサが量子型センサの場合には、記第1補正工程を有し、赤外線センサが熱型センサの場合には、記第1補正工程と第2補正工程を有することが高精度に測定温度を定量する観点から好ましい。
【0040】
次に、本発明の温度測定方法について説明する。この温度測定方法は、上述した第1補正工程及び第2補正工程を経た後に温度換算工程を有するものである。この温度換算工程では、第2補正信号S2に対して出力温度TOUTが得られる。
【0041】
このように、本発明者らは、上述した従来の課題を解決するために鋭意検討した結果、赤外線センサ装置から得られる赤外線センサ信号SIRに、環境温度TAMBに基づいたオフセット補正量Aを加算又は減算する第1補正工程を含み、オフセット補正量Aが環境温度TAMBの3次及び/又は2次の項を含む関数で表される、赤外線センサ信号の補正方法及び温度測定方法を確立した。
【0042】
図2は、本発明の実施形態2に係る赤外線センサ信号の補正方法及び温度測定方法を説明するための工程図である。図中符号6は窓材を示している。なお、図1と同じ機能を有する構成要素には同一の符号を付してある。
【0043】
図2に示すように、赤外線センサ装置は、視野角制限体4の開口部を覆う窓材6を備えた構造であっても良い。この窓材6は、少なくとも赤外線センサ部2が受光したときに赤外線センサ信号を出力する波長の赤外線を透過するものであれば特に制限されず、例えば、Si板,Ge板,サファイア板,ポリエチレン板,カルコゲナイドガラス板などの板材,又はSi,Ge,サファイアなどの基板上に薄膜を積層した光学フィルタなどが挙げられる。また、赤外線を集光する光学レンズも用いることが可能である。なお、第1補正工程、第2補正工程及び温度換算工程については、図1に示した実施形態1と同様である。
【0044】
図3は、本発明の実施形態3に係る赤外線センサ信号の補正方法及び温度測定方法を説明するための工程図である。図中符号11は赤外線センサ部を示している。なお、図1と同じ機能を有する構成要素には同一の符号を付してある。また、第1補正工程、第2補正工程及び温度換算工程については、図1に示した実施形態1と同様である。
【0045】
図3に示す赤外線センサ装置は、赤外線センサ部11が環境温度TAMBを測定する温度センサとしても機能するもので、赤外線センサ部11から赤外線センサ信号SIRと環境温度TAMBが得られる構成になっている。
【0046】
つまり、実施形態3の赤外線センサ装置は、赤外線センサ信号SIRと環境温度TAMBとが得られる構成であれば制限されず、視野角制限体及び/又は窓材を更に有する構成であってもよい。なお、第1補正工程、第2補正工程及び温度換算工程については、図1に示した実施形態1と同様である。
【0047】
図4は、本発明の実施形態4に係る赤外線センサ信号の補正方法及び温度測定方法を説明するための工程図である。図4に示すように、第2補正工程を行った後で、第1補正工程を行うことも可能であり、第1補正工程と第2補正工程を行う順序は、特に制限されない。
【0048】
図5は、本発明の実施形態5に係る温度測定装置を説明するための構成図である。図中符号12は温度測定装置、13はオフセット補正部、14はゲイン補正部、15は温度換算部を示している。なお、図1と同じ機能を有する構成要素には同一の符号を付してある。
【0049】
図5に示すように、赤外線センサ装置1は、プリント基板5上に実装された赤外線センサ部2と、環境温度TAMBを測定する温度センサ3と、視野角制限体4と、窓材6とからなっている。また、温度測定装置12は、赤外線センサ装置1と、オフセット補正部13と、ゲイン補正部14と、温度換算部15とを備えている。
【0050】
オフセット補正部13は、環境温度を測定する温度センサ3による環境温度TAMBに基づいて求まるオフセット補正量Aを算出し、加算又は減算するものである。また、ゲイン補正部14は、環境温度を測定する温度センサ3による環境温度TAMBに基づいて求まる補正係数Bを算出し、乗算するものである。また、温度換算部16は、補正後の信号を出力温度TOUTに換算するものである。
【0051】
つまり、本発明の温度測定装置12は、赤外線センサ装置から出力される赤外線センサ信号SIRから測定温度を高精度に定量するようにした温度測定装置であり、環境温度TAMBを測定する温度センサ3と、環境温度TAMBに基づくオフセット補正量Aを算出し、赤外線センサ装置から得られる信号に加算又は減算するオフセット補正部13を備えている。このように、オフセット補正部13を有する温度測定装置によれば、測定時の環境温度の影響が低減された第1補正信号を得ることが可能になる。
【0052】
また、環境温度TAMBに基づく補正係数Bを算出し、赤外線センサ装置から得られる信号に乗算するゲイン補正部14を備えている。このように、ゲイン補正部14を更に有する温度測定装置によれば、測定時の環境温度の影響がより低減された第2補正信号を得ることが可能になる。
【0053】
以下、具体的な各実施例と比較例を挙げて本発明について具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0054】
本実施例1は、上述した第1補正工程のみを適用した場合を示している。図1に示した赤外線センサ装置1より赤外線センサ信号SIRを得て、この赤外線センサ信号SIRに第1補正工程としてオフセット補正量Aを減算して得られる第1補正信号S1を得た。この第1補正信号S1に基づいて、温度換算工程をすることによって測定対象物の温度を定量した(すなわち、図1における第2補正工程は省略した)。ここで、赤外線センサ部2には量子型センサであるフォトダイオードを用いた。
【0055】
<測定条件>
赤外線センサ装置1として、赤外線センサ部に、砒化ガリウム(GaAs)基板上に、n型インジウムアンチモン(InSb)層と、p型InSb層と、前記n型InSb層と前記p型InSb層との間に光吸収層であるi型InSb層と、前記p型InSb層と前記i型InSb層との間に生成したキャリアのリークを防ぐためのバリア層であるp型アルミニウムインジウムアンチモン(AlInSb)層と、を積層したPIN構造を有する、フォトダイオードを用いて、視野角θが120°となるような視野角制限体を有する、赤外線センサ装置を用意した。
【0056】
<赤外線センサ信号SIR
図6は、実施例1における赤外線センサ信号を示す図である。赤外線センサ装置1を用いて、273〜373Kに設定された黒体炉(放射率:0.97)を対象物として(TOBJ=273〜373K)、この黒体炉と赤外線センサ装置との距離を2.5cmとして、黒体炉から放射される赤外線を、環境温度253,293,333Kにおいて検知した際の赤外線センサ信号SIRとして、光電流を示している。なお、黒体炉表面は10cm角の正方形であり、黒体炉表面が赤外線センサ装置1の視野全体に広がった状態で測定を実施した。
【0057】
図6に示すように、赤外線センサ信号SIRは、環境温度TAMBに対して一定ではなく、環境温度TAMBが高いほど同じ測定対象物温度であっても赤外線センサ信号SIRが小さくなっている。
【0058】
<第1補正工程>
図7は、実施例1における第1補正信号を示す図で、赤外線センサ信号SIRに、第1補正工程を適用した場合の第1補正信号S1を示している。ここで、第1補正工程として、オフセット補正量Aの減算を行った。なお、オフセット補正量Aとしては、赤外線センサ装置1を用いて、303Kに設定された黒体炉(放射率:0.97)を対象物として(TOBJ=303K)、黒体炉から放射される赤外線を、243〜333Kの環境温度TAMBで測定したときに得られる赤外線センサ信号SIRAを用いて、赤外線センサ信号SIRAの環境温度TAMB依存性のプロットに対して3次関数でのフィッティングを行うことで、下記式(5)で表される関数を導出し、オフセット補正量Aとして用いた。
【0059】
【数5】

【0060】
<温度換算工程>
表1は、図7に示した赤外線センサ装置より得られた第1補正信号S1に基づいて温度換算工程を行うことにより得られた出力温度TOUTを示している。
【0061】
温度換算工程においてTOUTを算出するのには、S1≦5(nA)においては下記式(6)で、S1>5(nA)においては下記式(7)で表される関係式を用いた。
【0062】
【数6】

【0063】
【表1】

【0064】
表1に示すように、本発明の第1補正工程を適用することによって、赤外線センサ装置が受光した赤外線エネルギー量から定量される出力温度TOUTと実際の測定対象物の温度との差が小さくなり、測定対象物温度293〜353Kにおいて、最大7K未満の差異に収めることが可能となっている。
【実施例2】
【0065】
本実施例2は、第1及び第2補正工程を適用した例を示している。上述した実施例1においては、第1補正信号S1に第2補正工程を適用して第2補正信号S2を得た後に、第2補正信号S2に基づいて温度換算工程を行うことにより出力温度TOUTを得た以外は実施例1と同様の条件とした。
【0066】
<第2補正工程>
図8は、実施例2における第2補正信号を示す図で、第1補正信号S1に第2補正工程を適用した場合の第2補正信号S2を示している。ここで、第2補正工程として補正係数Bの乗算を行った。図8に示すように、第1補正工程と第2補正工程を適用することで、環境温度に対して略一定の信号S2が得られたことが理解される。
【0067】
なお、補正係数Bとしては、赤外線センサ装置1を用いて、303Kに設定された黒体炉(放射率:0.97)を対象物として(TOBJ=303K)、黒体炉から放射される赤外線を、243〜333Kの環境温度TAMBで測定したときに得られる赤外線センサ信号SIRB1と、323Kに設定された黒体炉を対象物として(TOBJ=323K)、黒体炉から放射される赤外線を、243〜333Kの環境温度TAMBで測定したときに得られる赤外線センサ信号SIRB2と、を用いて、赤外線センサ信号SIRB1と赤外線センサ信号SIRB2との差を黒体炉温度の差で割った、赤外線センサ信号と測定対象物温度との傾きβ=(SIRB2−SIRB1)/(323−303)を、0.2351にするための係数γを用いて、この係数γの環境温度TAMB依存性のプロットに対して二次関数でフィッティングを行うことで、下記式(8)で表される関数を導出し、補正係数Bとして用いた。
【0068】
【数7】

【0069】
<温度換算工程>
表2は、図8に示した赤外線センサ装置より得られた第2補正信号S2に基づいて温度換算工程を行うことにより得られた出力温度TOUTを示している。
【0070】
温度換算工程において出力温度TOUTを算出するのには、S2≦5(nA)においては、下記式(9)で、S2>5(nA)においては下記式(10)で表される関係式を用いた。
【0071】
【数8】

【0072】
【表2】

【0073】
表2に示すように、本発明の第1補正工程及び第2補正工程を適用することによって、赤外線センサ装置が受光した赤外線エネルギー量から定量される出力温度TOUTと実際の測定対象物の温度との差が小さくなり、測定対象物温度293〜353Kにおいて、最大1K未満の差異に収めることが可能となっている。
【0074】
[比較例1]
比較例1は、従来の補正方法を適用した例を示している。上述した実施例1の赤外線センサ信号SIRに対して、式(1)、VOUT=α・(TOBJ4−TAMB4)+VREF、に基づいて下記手順に沿って対象物温度を求めた。
【0075】
<温度補正工程>
式(1)を変形すると下記式(11)が得られる。
【0076】
【数9】

【0077】
図9は、比較例1における測定対象物温度TOBJ4を示す図で、式(11)に基づいて得た、測定対象物温度TOBJ4を示している。
【0078】
図9に示すように、測定対象物温度TOBJ4は環境温度TAMBに対して変化していることが理解される。ここで、VREF=0として、赤外線センサ信号SIR(光電流)をVOUTに代入した。また、補正係数αは、各環境温度283,293,303Kにおける、対象物温度283,293,303,313,323KでのVOUT(赤外線センサ信号SIR)から、それぞれαの値を求め、その平均値αAVEを採用し、αAVEの環境温度に対するプロットを2次関数でフィッティングすることにより得られる、下記式(12)を用いて算出した。
【0079】
【数10】

【0080】
<温度換算工程>
表3は、図9に示したTOBJ4に基づいて温度換算工程を行うことにより得られた出力温度TOUT’を示している。温度換算工程において出力温度TOUT’は、測定対象物温度TOBJ4の4乗根を取ることで求めた。
【0081】
【表3】

【0082】
表3に示すように、背景技術の式(1)に基づく温度補正工程と温度換算工程を用いた場合、赤外線センサ装置が受光した赤外線エネルギー量から定量される出力温度TOUT’と実際の測定対象物の温度との差が表1に示した実施例1,2と比較して大きくなってしまい、測定対象物温度293〜353Kにおいて、最大23.7Kの差異が生じてしまっていることが理解される。
【実施例3】
【0083】
本実施例3は、熱型センサに本発明の補正方法を適用した例を示している。図1において赤外線センサ部2に熱型センサのサーモパイルを用いた、赤外線センサ装置1より赤外線センサ信号SIRを得て、この赤外線センサ信号SIRに第1補正工程としてオフセット補正量Aを減算して得られる第1補正信号S1を得た。さらに、第1補正信号S1に対して第2補正工程として補正係数Bを乗算して得て、この第2補正信号S2に基づいて、温度換算工程をすることによって測定対象物の温度を定量した。
【0084】
<測定条件>
赤外線センサ装置1として、赤外線センサ部に、5μmよりも短波長の赤外線をカットするフィルタと、視野角制限体と同等の効果を有し、視野角θが100°で感度が50%になるように設けられたカンパッケージと、を備えたサーモパイルを用いて、赤外線センサ装置を用意した。
【0085】
<赤外線センサ信号SIR
図10は、実施例1における赤外線センサ信号を示す図である。赤外線センサ装置1を用いて、273〜373Kに設定された黒体炉(放射率:0.97)を対象物として(TOBJ=273〜373K)、この黒体炉と赤外線センサ装置との距離を2.5cmとして、黒体炉から放射される赤外線を、環境温度243〜333Kにおいて検知した際の赤外線センサ信号SIRとして、出力電圧を示している。なお、黒体炉表面は10cm角の正方形であり、黒体炉表面が前記赤外線センサ装置1の視野全体に広がった状態で測定を実施した。
【0086】
<温度補正工程>
図11は、実施例1における第2補正信号を示す図で、赤外線センサ信号SIRに、第1補正工程を適用した後に、さらに、第2補正工程を適用した場合の第2補正信号S2を示している。図11に示すように、第1補正工程と第2補正工程を適用することで、環境温度に対して略一定の信号S2が得られたことが理解される。
【0087】
ここで、第1補正工程として、オフセット補正量Aの減算を行った。なお、オフセット補正量Aとしては、赤外線センサ装置1を用いて、303Kに設定された黒体炉(放射率:0.97)を対象物として(TOBJ=303K)、黒体炉から放射される赤外線を、243〜333Kの環境温度TAMBで測定したときに得られる赤外線センサ信号SIRAを用いて、赤外線センサ信号SIRAの環境温度TAMB依存性のプロットに対して3次関数でのフィッティングを行うことで、下記式(13)で表される関数を導出し、オフセット補正量Aとして用いた。
【0088】
【数11】

【0089】
また、補正係数Bとしては、赤外線センサ装置1を用いて、303Kに設定された黒体炉(放射率:0.97)を対象物として(TOBJ=303K)、黒体炉から放射される赤外線を、243〜333Kの環境温度TAMBで測定したときに得られる赤外線センサ信号SIRB1と、323Kに設定された黒体炉を対象物として(TOBJ=323K)、黒体炉から放射される赤外線を、243〜333Kの環境温度TAMBで測定したときに得られる赤外線センサ信号SIRB2と、を用いて、赤外線センサ信号SIRB1と赤外線センサ信号SIRB2との差を黒体炉温度の差で割った、赤外線センサ信号と測定対象物温度との傾きβ=(SIRB2−SIRB1)/(323−303)を、0.00008656にするための係数γを用いて、この係数γの環境温度TAMB依存性のプロットに対して三次関数でフィッティングを行うことで、下記式(14)で表される関数を導出し、補正係数Bとして用いた。
【0090】
【数12】

【0091】
<温度換算工程>
表4は、図11に示した赤外線センサ装置より得られた第2補正信号S2に基づいて温度換算工程を行うことにより得られた出力温度TOUTを示している。
【0092】
温度換算工程において出力温度TOUTを算出するのには、下記式(15)で表される関係式を用いた。
【0093】
【数13】

【0094】
【表4】

【0095】
表4に示すように、本発明の第1補正工程および第2補正工程を適用することによって、サーモパイルを用いた赤外線センサ装置においても、出力温度TOUTと実際の測定対象物の温度との差が小さく、測定対象物温度293〜353Kにおいて、最大1K未満の差異に収めることが可能となっている。
【0096】
[比較例2]
比較例2は、熱型センサに従来の補正方法を適用した例を示している。上述した実施例2の赤外線センサ信号SIRに対して、式(1)、VOUT=α・(TOBJ4−TAMB4)+VREF、に基づいて下記手順に沿って対象物温度を求めた。
【0097】
<温度補正工程>
式(1)を変形すると下記式(16)が得られる。
【0098】
【数14】

【0099】
図12は、比較例2におけるTOBJ4を示す図で、式(16)に基づいて得た測定対象物温度TOBJ4を示している。
【0100】
図12に示すように、測定対象物温度TOBJ4は、環境温度TAMBに対して変化していることが理解される。ここで、VREF=0として、センサ出力をVOUTに代入した。また、補正係数αは、各環境温度283,293,303Kにおける、対象物温度283,293,303,313,323KでのVOUTから、それぞれαの値を求め、その平均値αAVEを採用し、αAVEの環境温度に対するプロットを2次関数でフィッティングすることにより得られる、下記式(17)を用いて算出した。
【0101】
【数15】

【0102】
<温度換算工程>
表5は、図12に示した測定対象物温度TOBJ4に基づいて温度換算工程を行うことにより得られた出力温度TOUT’を示している。温度換算工程において、TOUT’は、TOBJ4の4乗根を取ることで求めた。
【0103】
【表5】

【0104】
表5に示すように、式(1)に基づく温度補正工程と温度換算工程を用いた場合、赤外線センサ装置が受光した赤外線エネルギー量から定量される出力温度TOUT’と実際の測定対象物の温度との差が表1に示した実施例1と比較して大きくなってしまい、測定対象物温度293〜353Kにおいて、最大3.1Kの差異が生じてしまっていることが理解される。
【0105】
上述した実施例1,2と比較例1に示すように、赤外線センサとして量子型センサであるフォトダイオードを用いた場合、従来の補正方法では測定対象物温度293〜353Kにおいて測定誤差が最大で23.7Kと極めて大きくなるのに対し、本発明の補正方法を適用した場合は、測定対象物温度293〜353Kにおいて測定誤差が極めて少なく、赤外線センサ信号から高精度に測定温度を定量することが可能であることが理解される。
【0106】
また、第1補正工程のみを適用した実施例1よりも、第1補正工程の後に第2補正工程を適用した実施例2の方がより高精度に測定温度を定量することが可能であることが理解される。
【0107】
また、実施例3と比較例2に示すように、赤外線センサとして熱型センサを用いた場合、従来の補正方法を適用した場合よりも、本発明の補正方法を適用した場合の方が、より高精度に測定温度を定領することが可能であることが理解される。従来より、熱型センサにおいては、ステファン−ボルツマンの4乗則に基づいて前記式(1)(2)に基づいた補正を行うことが最適であると考えられていたが、本発明の補正方法の方がより高精度に測定温度を得ることが可能であったことは驚くべきことであった。
【産業上の利用可能性】
【0108】
本発明は、主としてフォトダイオードやサーモパイルなどの赤外線センサから得られる赤外線センサ信号の補正方法及び温度測定方法並びに温度測定装置に関し、赤外線センサ装置からの赤外線センサ信号の環境温度に対する変化を補正して、この赤外線センサ信号から高精度に測定温度を定量することが可能な赤外線センサ信号の補正方法及び温度測定方法並びに温度測定装置を提供することができる。
【符号の説明】
【0109】
1 赤外線センサ装置
2 赤外線センサ部
3 温度センサ
4 視野角制限体
5 プリント基板
6 窓材
10 測定対象物
11 環境温度の測定機構を有する赤外線センサ部
12 温度測定装置
13 オフセット補正部
14 ゲイン補正部
15 温度換算部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
赤外線センサ装置からの赤外線センサ信号の環境温度に対する変化を補正して測定温度を定量するようにした赤外線センサ信号の補正方法において、
前記赤外線センサ装置から得られる赤外線センサ信号に、該赤外線センサ装置の環境温度に基づいたオフセット補正量を加算又は減算する第1補正工程を有し、
前記オフセット補正量が、前記環境温度の3次及び/又は2次の項を含む関数で表されることを特徴とする赤外線センサ信号の補正方法。
【請求項2】
前記第1補正工程の前又は後に、前記環境温度に基づいた補正係数を乗算する第2補正工程を更に有することを特徴とする請求項1に記載の赤外線センサ信号の補正方法。
【請求項3】
赤外線センサ装置からの赤外線センサ信号の環境温度に対する変化を補正して測定温度を定量するようにした温度測定方法において、
前記赤外線センサ装置から赤外線センサ信号を得る工程と、
請求項1又は2に記載の赤外線センサ信号の補正方法による温度補正工程と、
該温度補正工程を経た後の信号から測定温度を導出する温度換算工程と
を有することを特徴とする温度測定方法。
【請求項4】
赤外線センサ装置からの赤外線センサ信号の環境温度に対する変化を補正して測定温度を定量するようにした温度測定装置において、
前記赤外線センサ装置の温度と、該赤外線センサ装置の環境温度を測定する温度測定手段と、
前記環境温度に基づくオフセット補正量を算出し、前記赤外線センサ装置から得られる赤外線センサ信号に加算又は減算するオフセット補正手段とを備え、
前記オフセット補正量が、前記環境温度の3次及び/又は2次の項を含む関数で表されることを特徴とする温度測定装置。
【請求項5】
前記環境温度に基づく補正係数を算出し、該補正係数を前記赤外線センサ装置から得られる赤外線センサ信号に乗算するゲイン補正手段を更に備えていることを特徴とする請求項4に記載の温度測定装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2012−78160(P2012−78160A)
【公開日】平成24年4月19日(2012.4.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−222256(P2010−222256)
【出願日】平成22年9月30日(2010.9.30)
【出願人】(303046277)旭化成エレクトロニクス株式会社 (840)
【Fターム(参考)】