説明

走行駆動制御システム

【課題】無段変速装置の変速比を決定する変速操作体を変速操作具の操作量に応じて決定される変速位置への遅れやオーバーシュートを抑えて安定的に変位させる技術。
【解決手段】人為的に操作される変速操作具80の操作量に応じて無段変速装置の変速比を決定する変速操作体と、変速操作体を変位させる変速操作体駆動部22と、予め設定された基準対応関係を用いて変速操作具による操作量から決定された目標変速位置に変速操作体を変位させるための変速制御量を算定する変速制御量算定部52と、変速操作体の実変速位置と目標変速位置との偏差の経時的変動を監視する偏差変動監視部55と、偏差の経時的変動が変曲点を生じた後に、偏差の大きさに応じて変速制御量を過剰制御側に調整する調整処理を実行する変速制御量調整部56とが備えられた走行駆動制御システム。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エンジンからの回転出力を駆動輪に無段変速装置を介して伝達する走行駆動系を備えた作業車のための走行駆動制御システムに関する。
【背景技術】
【0002】
上記のような走行駆動制御システムはトラクタやオフロードトラックなどの作業車に適用されており、無段変速装置としては、静油圧式無段変速装置(以下、HSTと略称する)、HMT(Hydraulic Mechanical Transmission)、ベルト式やチェイン式無段変速装置、などが使用されている。例えば、人為操作されるペダルの操作位置を検出するペダルセンサと、HSTのポンプ斜板を無段階に変速操作するポンプ用シリンダと、このポンプ用シリンダの操作量からポンプ斜板の斜板角を検出する斜板センサと、ペダルセンサや斜板センサからの検出信号に基づいてポンプ用シリンダの動作を制御する制御装置とを備えた変速操作システムが知られている(例えば、特許文献1参照)。このシステムの変速装置は、変速ペダルの操作位置とポンプ斜板の変速位置との相関関係を示すマップデータを用いてペダルセンサが検出した変速ペダルの操作位置に対応するポンプ斜板の目標位置を設定し、斜板センサからの検出信号でフィードバック制御することで目標位置にポンプ斜板が変位するように斜板センサからの検出信号でフィードバック制御信号を出力する。しかしながら、このような制御では、ポンプ斜板の変位方向の反転時に大きな摩擦力が生じ、これがポンプ斜板変位の遅れ要因となる。この応答遅れを補うために大きな制御量を与えるとオーバーシュートが生じやすくなり、変速位置が安定せず、結果的に走行感覚が悪くなる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2008‐39166号公報 (段落番号〔0045−0060〕、図6、図7)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記実情に鑑み、無段変速装置の変速比を決定する変速操作体を変速操作具の操作量に応じて決定される変速位置への遅れ(アンダーシュート)やオーバーシュートを抑えて安定的に変位させる走行駆動制御システムが望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0005】
エンジンからの回転出力を駆動輪に無段変速装置を介して伝達する走行駆動系を備えた作業車のための走行駆動制御システムにおいて、本発明の特徴は、人為的に操作される変速操作具と、前記変速操作具の操作量に応じて前記無段変速装置の変速比を決定する変速操作体と、前記変速操作体の実変速位置を検知する変速位置検知部と、前記変速操作体を変位させる変速操作体駆動部と、予め設定された基準対応関係を用いて前記変速操作具による操作量から決定された目標変速位置に前記変速操作体を変位させるための変速制御量を算定する変速制御量算定部と、前記変速位置検知部によって検知された実変速位置と前記目標変速位置との偏差の経時的変動を監視する偏差変動監視部と、前記偏差の経時的変動が変曲点を生じた後に、前記偏差の大きさに応じて前記変速制御量を過剰制御側に調整する調整処理を実行する変速制御量調整部と、前記変速制御量を前記変速操作体駆動部に付与する制御量出力部とが備えられていることである。
【0006】
この構成によると、予め設定された基準対応関係を用いて変速操作具による操作量から決定された目標変速位置に変速操作体を変位させるために算定された変速制御量が、変速位置検知部によって検知された実際の変速位置と目標変速位置との偏差の経時的変動に変曲点を生じた時には、さらに過剰制御側に調整される。実際の変速位置と目標変速位置との偏差の経時的変動に変曲点が生じることは、制御量の変化率の傾向が変わることであり、フィードバック制御を妨げる何らかの要因が生じていること、例えば、変速操作体の変位方向の反転が生じてその変位摩擦が増大することなどに結びついていることを考慮すると、上記構成は良い結果をもたらす。
【0007】
なお、偏差の経時的変動に変曲点が生じたとしてもその偏差が制御的に小さい値であれば、良好な制御が行われているとみなすことができるので、そのようなときには上述した変速制御量の過剰制御側への調整処理は不必要となる。従って、本発明において、前記変速制御量の調整処理は、前記偏差が調整処理しきい値を超えた場合に行われると好都合である。これにより、アンダーシュート等の変速位置への遅れやオーバーシュートが生じる可能性が高いときだけ、調整処理が行われ、変速操作体の変速位置へのさらにスムーズな到達が実現する。
【0008】
また、調整処理が開始されたとしても、前記調整処理が開始されてから所定時間の経過後に偏差が調整処理しきい値以下になった場合にも、良好な制御過程に入っているとみなすことができるので、そのときには、調整処理が終了することが好都合である。
【0009】
本発明の好適な実施形態の1つでは、前記偏差変動監視部は前記偏差を正負符号付き演算で算出し、演算結果において符号逆転が生じた際に前記偏差の経時的変動が変曲点を生じたと判定するように構成されている。この構成では、正負符号付き演算という簡単な演算と、その正負符号のチェックという簡単な判定だけで経時的変動の変曲点、つまり変速操作体の変位摩擦が増大する時点を判断することができる。
【0010】
上述した調整処理における変速制御量に対する過剰制御側の調整量は、この処理をより簡単に行うためには前記偏差から独立した一定量とすることが好ましく、この処理をより精密に行うためには前記偏差が大きいほど大きく設定される前記変速制御量に依存する量とすることが望ましい。なお、変速制御量は偏差に依存して算定されるので、ここでの特徴は、調整量は変速制御量に依存する量とする、あるいは調整量は変速制御量から独立した一定量とすると置き換えてもよい。
【0011】
前記変速操作体が斜板式可変速回転油圧機器の斜板である走行駆動制御システムがトラクタなどに適用されているが、このような適用例において、地面の状況や装備する作業機器の状況によって頻繁に起こる種々な走行状態の変化にも柔軟に適応でき、運転者に良好な走行感覚を与えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明による走行駆動制御システムを搭載したトラクタの斜視図である。
【図2】トラクタのフロアに備えられた変速操作具としての変速ペダルを含む運転操作領域を示す俯瞰図である。
【図3】本発明による走行駆動制御システムの概略機能ブロック図である。
【図4】HST斜板制御手段の機能を示す機能ブロック図である。
【図5】変速操作体としての斜板の目標位置と実位置の関係を経時的に示す制御ダイヤグラム図である。
【図6】目標位置と実位置との偏差による制御量の算定における不感帯を模式的に示す説明図である。
【図7】偏差変動監視部の機能動作を示す模式図である。
【図8】HST斜板制御手段による変速制御量の送出手順一例を示すフローチャート図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。
図1は、本発明による走行駆動制御システムの一例を採用した作業車としてのトラクタの斜視図である。図2は、運転操作のためにトラクタの運転操作領域に備えられた操作具や操作パネルなどを示す俯瞰図である。図3は、トラクタに搭載された走行駆動制御システムの概略機能ブロック図である。この実施形態では、ディーゼルタイプのエンジン1の出力軸30からの動力は無段変速装置の一例である静油圧式無段変速装置(以下、HSTと略称する)2とHST変速動力をさらに複数段(ここでは高低2段)に変速する副変速装置32とを介して変速出力軸31に伝達され、最終的に駆動輪(前輪または後輪あるいはその両方)3を回転させる。さらに、このエンジン1の出力軸30からの動力はPTO伝動系40を経てトラクタに装備された耕耘作業機などの外部作業機4にも伝達される。PTO伝動系40には、PTO伝動系40おける動力伝達の接続/遮断を行うPTOクラッチ41が介装されている。
【0014】
このHST2は、よく知られているように斜板式可変速回転油圧機器、例えばアキシャルプランジャ式に構成された可変容量型の油圧ポンプと油圧モータとからなり、エンジン1の出力軸30によって回転駆動される油圧ポンプにおける斜板21の斜板角度がHST2の変速制御入力部としての斜板制御機構20によって変更されることで、吐出される圧油の吐出方向および吐出量が変更され、その圧油を受ける油圧モータの出力軸の回転が正転方向(前進)あるいは逆転方向(後進)に無段階で変速される。斜板制御機構20は、シリンダや電磁制御弁などを備えた油圧機構で形成されており、後で詳しく説明される車両制御コントローラ5内に構築されている変速制御量付与手段としてのHST斜板制御手段5Aによって生成された制御量に基づく油圧制御手段6からの油圧制御信号によって動作する。この実施の形態では、斜板制御機構20は、HST2の変速制御入力部として機能する。また、実変速位置(以下単に実位置と略称する)として扱うことができる斜板21の実際の斜板角度は、斜板センサ99によって検知され、そのセンサ信号は車両制御コントローラ5に送られる。つまり、ここでは、斜板センサ99が変速操作体である斜板21の実位置(実揺動位置)を検知する変速位置検知部として機能している。
【0015】
HST2の斜板21を人為的に操作される変速操作具として機能する変速ペダル80は、運転操作領域の右側のフロアに配置されている。さらに、運転者がこの変速ペダル80を踏み込むことによって生じる操作量(ここでは揺動角度)を検出して車両制御コントローラ5に送るペダルセンサ90も設けられている。ペダルセンサ90は、例えばポテンショメータなどにより構成される。車両制御コントローラ5は、変速ペダル80の操作量であるペダルセンサ90からのセンサ信号を入力して、HST2の斜板21の変位を変更させるための制御量、結果的には変速出力軸31の回転速度を変更させるための制御量を油圧制御手段6に出力する。HST2は、その斜板21のニュートラル位置から一方側の揺動で前進方向の回転速度が、ニュートラル位置から他方側の揺動で後進方向の回転速度が変更される。この実施形態では、変速ペダル80の操作量に応じて斜板21のニュートラル位置からの変位が変化するように構成され、トラクタの前進と後進の切換は、前後進切換レバー81によって行われる。このため、前後進切換レバー81の切換位置を検出する切換レバーセンサ91が設けられており、そのセンサ信号は車両制御コントローラ5に入力される。なお、変速ペダル80をシーソー式の構造とし、ニュートラル位置から前方側の踏み込み量で前進方向の回転速度が変化し、ニュートラル位置から後方側の踏み込み量で後進方向の回転速度が変化するようにしてもよい。この場合には前後進切換レバー81は不必要となる。また、ペダルセンサ80の操作量はエンジン1における燃料噴射量を調節することによりエンジン回転数の調節にも利用されているが、このことは本発明と直接関係がないので、その詳しい説明は省略する。また、運転操作領域に備えられた操作具としては、変速ペダル80や前後進切換レバー81以外に、前輪や後輪の車軸を制動することにより車両を停止させるブレーキ装置のためのブレーキペダル82、PTO伝動系における動力伝達の接続/遮断を操作するPTO−SW83、さらにはHST2をニュートラルにすることにより車両を停止させる停止ペダル84などが挙げられる。
【0016】
車両制御コントローラ5は、コンピュータユニットによって構築されており、他のECUとの間でデータ通信が可能であり、主にコンピュータプログラムによって種々の機能を作り出すことができる。本発明に特に関係する機能モジュールとしてのHST斜板制御手段5Aの構成が図4に示されている。HST斜板制御手段5Aには、変速操作量算定部51、変速制御量算定部52、基準テーブル53、制御量出力部54、偏差変動監視部55、変速制御量調整部56が含まれている。
【0017】
変速操作量算定部51は、ペダルセンサ90からセンサ信号に基づいて変速ペダル80による変速操作量を算定する。変速制御量算定部52は、変速操作量算定部51によって算定された変速操作量から、基準テーブル53に設定されている基準対応関係を用いて斜板21の目標変速位置(以下単に目標位置と略称する)を決定し、当該目標位置に斜板21を変位させるための基準変速制御量を算定する。偏差変動監視部55は、斜板21の変位位置を検知する斜板センサ99からのセンサ信号を評価して、斜板21の実位置と目標位置との偏差の経時的変動、特にはその経時的変動曲線に変曲点が生じるかどうかを監視する。後で詳しく説明するが、偏差変動監視部55は、変曲点が生じると調整指令を出力する。変速制御量調整部56は、経時的変動に変曲点を生じた際に偏差変動監視部55から出力される調整指令等の情報に基づいて、変速制御量算定部52で算定された基準変速制御量をその偏差の大きさに応じて過剰制御側に調整する調整処理を実行し、基準変速制御量に対する調整制御量を出力する。制御量出力部54は、変速制御量算定部52から送られてきた基準制御量を油圧制御手段6のための変速制御量に変換して油圧制御手段6に出力する。なお、その際、制御量出力部54は、変速制御量調整部56から調整制御量を受け取った場合にはその調整制御量に基づいて基準制御量を修正した後、油圧制御手段6のための変速制御量に変換して油圧制御手段6に出力する。
【0018】
上記偏差変動監視部55で行われている、斜板21の実位置と目標位置との偏差の経時的変動の変曲点監視について斜板21の目標位置(図5で添え序数付きsで示されている)と実位置(図5で添え序数付きrで示されている)の関係を経時的に示す図5の制御ダイヤグラムを用いて説明する。ここでは、変速制御量算定部52で算定される目標位置を経時曲線化したものが実線で示されており、斜板センサ99からのセンサ信号で示される斜板21の実位置を経時曲線化したものが点線で示されている。目標位置と実位置との差である偏差が小さくなるように変速制御量算定部52が基準制御量:Cを算定する。このいわゆるフィードバック制御により、実位置は目標位置に近づくが、変速ペダル80の操作挙動等により、その偏差がプラス偏差からマイナス偏差に移行する事象(または図示されていないがマイナス偏差からプラス偏差に移行する事象)が生じる(図5では、時間t3とt4との間に生じている)。ここでは、この事象を変曲点の発生と呼んでいる。事象偏差変動監視部55は、この変曲点の発生を監視しており、その変曲点の発生以後の所定時間領域をヒスとり制御対象領域として、偏差に対して油圧制御手段6に出力される変速制御量を増加させる調整処理を行う。
【0019】
上記調整処理において、この実施形態では2つの制限条件を設定している。そのひとつの制限条件は、図6で模式的に示されているように、偏差による調整処理の実行に不感帯を設けていることである。つまり、偏差の絶対値が調整しきい値:dより小さい場合には、良好な追従制御が実行されているとみなして、調整処理は行わず、偏差の絶対値が調整しきい値:dより大きい場合には、斜板21の揺動方向の反転に伴う摩擦力の増大などを要因として制御遅れが発生しているとみなして、基準制御量に調整量を上乗せする調整処理が行われる。つまり、変曲点の発生後、偏差の絶対値が調整しきい値:dを超えた時点でヒスとり制御としての調整処理がスタートする。また、この調整処理の終了は、偏差の絶対値が調整しきい値:dより小さくなるときであるが、この調整処理の終了のための調整しきい値と調整処理の終了のための調整しきい値の値を相違させてもよい。なお、図6の例では、偏差の増大に応じて調整量:Kが大きくなるように調整量曲線が単調増加曲線で示されているが、調整量曲線を階段状にしてもよいし、調整量:Kがが偏差の値から独立した一定値となるようにしてもよい。
【0020】
上述したような、斜板21の実位置と目標位置との偏差の経時的変動の変曲点監視アルゴリズムを実行するための偏差変動監視部55の機能部構成例を、図7の模式図を用いて説明する。この偏差変動監視部55は、符号付偏差演算部71、偏差履歴メモリ72、変曲点判定部73、不感帯判定部74、タイマー75を備えている。偏差変動監視部55には変速制御量算定部52から目標位置データが入力し、変速位置検知部(斜板センサ)99から実位置データが入力する。符号付偏差演算部71は目標位置:sに対する実位置:rの差をその正負符号とともに偏差:δとして求める。サンプリング毎に演算された偏差:δと正負符号は偏差履歴メモリ72にサンプリング順でかつ先入れ後出し式に格納される。変曲点判定部73は、偏差履歴メモリにアクセスして、格納されている正負符号をチェックするとともに、符号付偏差演算部71から送られる最新の偏差の正負符号から変曲点が発生したかどうかを判定する。例えば、図7の例では、目標位置:s4に対する実位置:r4の偏差:δ4が演算された時点で変曲点の発生が検知される。変曲点の発生が検知されると、その偏差が不感帯判定部74に与えられ、その偏差が不感帯に入っているかどうかがチェックされる。その偏差が不感帯外であれば、調整処理を実行すべく、偏差とその符号を含む調整指令が変速制御量調整部56に送られる。その偏差が不感帯内であれば、調整不必要として無調整指令が変速制御量調整部56に送られる。なお、変曲点の発生後、所定時間の間に不感帯外の偏差が演算されなかった場合には、この変曲点の発生にともなう調整処理の実行は見送られる。また、変曲点の発生後、所定時間の間に偏差が不感帯内に入らなかった場合にも、例外処理としてこの変曲点の発生にともなう調整処理の実行が中断される。
【0021】
上述したように構成されたHST斜板制御手段5Aにおける、変速制御量の油圧制御手段6への送出手順の一例を、図8によるフローチャート図を用いて説明する。
まず、初期設定として、変数やフラグの初期化が行われ(#1)、各種センサ信号のサンプリングが実行される(#2)。サンプリングを通じて取得されたセンサ信号から算定された実位置:sと目標位置:rとの間の偏差:δ=s−rが正負符号付きで演算される(#3)。演算結果としての偏差とその正負符合が一時的に格納される(#4)。この偏差に基づいて、実位置を目標位置に近づけるための基本制御量(ここでは仮制御量としている):Cが設定される(#5)。
【0022】
次に、この仮制御量のままで斜板21の変位制御をおこなうか、あるいは上述した仮制御量を調整する調整処理を付加的に行うかを判定するルーチンに入る。まず、調整処理中であるかどうかをチェックするため、H−フラグの状態がチェックされる(#6)。H−フラグが「0」なら、つまり調整処理が行われていない状態なら、変曲点が発生しているかどうかがチェックされる(#7)。変曲点が発生していないなら(#7No分岐)、調整処理が行われないので、仮制御量がそのまま変速制御量として算定され(#14)、制御量出力部54を通じて油圧制御手段6に転送され(#15)、通常の斜板フィードバック制御が行われる。
【0023】
ステップ#7のチェックで、変曲点の発生が検知された場合(#7Yes分岐)、調整処理がスタートする。まず、H−フラグに「1」が設定され(#8)、タイマー75がスタートする(#9)。調整処理の最初に、偏差:δが不感帯に入っていないかチェックされる(#10)。不感帯に入っていなければ、(#10Yes分岐)、偏差ないしは仮制御量に応じた調整量:Kが算定される(#12)。算定された調整量:Kが仮制御量に付加されることで仮制御量が変速制御量となり(#14)、制御量出力部54を通じて油圧制御手段6に転送される(#15)。調整量:Kをリセットして(#16)、ステップ#2に戻る。ステップ#10のチェックで偏差:δが不感帯に入っていた場合(#10No分岐)、変曲点の発生後、所定時間の間に不感帯を越える偏差が生じなかったときにこの調整処理を中止するための中止条件である第2タイマーしきい値:T2がチェックされる(#13)。まだこの中止条件が成立しない限りは、ステップ#14に移行し、調整量がゼロの調整処理、言い換えれば通常の斜板フィードバック制御が行われる。中止条件が成立した場合(#13No分岐)、この調整処理を実質的に実行しないまま中止するため、H−フラグに「0」を設定し、タイマー5をリセットして(#18)、ステップ#14に移行する。
【0024】
また、ステップ#6でのチェックで、H−フラグに「1」が設定されていると、調整処理が実行中とみなし、まずは、変曲点の発生後、所定時間の間に偏差が不感帯に入る適切な調整処理が行われていない場合にこの調整処理を中断するための中断条件である第1タイマーしきい値:T1がチェックされる(#11)。この中断条件が成立しない限りは(#11Yes分岐)、ステップ#10に移行して調整処理を続行する。この中断条件が成立すると(#11No分岐)、この調整処理を中断するため、ステップ#17に移行してH−フラグに「0」を設定し、タイマー5をリセットして(#18)、ステップ#14に移行する。
【0025】
〔別実施の形態〕
(1)上述した実施形態における調整処理では、変曲点を実変速位置と前記目標変速位置との偏差の経時的変動をその偏差の正負符号が逆転する点としていたが、さらにこの変曲点の概念を拡大して、その偏差の変化率の正負符号が逆転する点としてもよい。
(2)上述した実施形態における調整処理では、変速制御量調整部56が偏差に応じて調整制御量を演算して、この調整制御量を基本制御量に加えて修正された変速制御量としていたが、これは基本制御量を修正する一例であり、この調整制御量を係数とすれば、調整制御量を基本制御量に乗算して修正変速制御量を算定することや、その他テーブル化して基本制御量と偏差とを入力して修正変速制御量を出力するような構成を採用することも本発明において可能である。
(3)上述した実施形態におけるHST斜板制御手段5Aや偏差変動監視部55の説明に用いられた機能部はわかりやすい説明を目的として区分けされており、ここで示された区分けに本発明は限定されているわけではなく、それぞれの機能部を自由に組み合わせたり、1つの機能部をさらに区分けしたりすることが可能である。
(4)上述した実施形態では無段変速装置としてHST2を採用していたが、エンジン回転調節と変速比の調整が統合的に行われるような走行駆動系が構築されるなら、これに代えて、HMT(Hydraulic Mechanical Transmission)、ベルト式やチェイン式無段変速装置、さらには電気モータ式無段変速装置に対しても本発明による走行駆動制御システムを適用することができる。
(5)本発明が適用できる車両としては、トラクタ以外、田植機、コンバイン、芝刈り機、土木・建築作業機、バギーなどのオフロードカーなどが挙げられる。
【産業上の利用可能性】
【0026】
本発明は、エンジンからの回転出力を駆動輪に無段変速装置を介して伝達する走行駆動系を備え、人為的に操作される変速操作具の操作量に応じて前記無段変速装置の変速比を決定する車両に利用することができる。
【符号の説明】
【0027】
1:エンジン
2:HST(無段変速装置)
3:駆動輪
5:車両制御コントローラ
5A:HST斜板制御手段(変速制御量付与手段)
6:油圧制御手段
80:変速ペダル(変速操作具)
90:ペダルセンサ
99:斜板センサ(変速検知部)
20:斜板制御機構
21:斜板(変速操作体)
22:斜板駆動部(変速操作体駆動部)
32:副変速装置
51:変速操作量算定部
52:変速制御量算定部
53:基準テーブル
54:制御量出力部
55:偏差変動監視部
56:変速制御量調整部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンジンからの回転出力を駆動輪に無段変速装置を介して伝達する走行駆動系を備えた作業車のための走行駆動制御システムであって、
人為的に操作される変速操作具と、
前記変速操作具の操作量に応じて前記無段変速装置の変速比を決定する変速操作体と、
前記変速操作体の実変速位置を検知する変速位置検知部と、
前記変速操作体を変位させる変速操作体駆動部と、
予め設定された基準対応関係を用いて前記変速操作具による操作量から決定された目標変速位置に前記変速操作体を変位させるための変速制御量を算定する変速制御量算定部と、
前記変速位置検知部によって検知された実変速位置と前記目標変速位置との偏差の経時的変動を監視する偏差変動監視部と、
前記偏差の経時的変動が変曲点を生じた後に、前記偏差の大きさに応じて前記変速制御量を過剰制御側に調整する調整処理を実行する変速制御量調整部と、
前記変速制御量を前記変速操作体駆動部に付与する制御量出力部と、
が備えられた走行駆動制御システム。
【請求項2】
前記変速制御量の調整処理は、前記偏差が調整処理しきい値を超えた場合に行われる請求項1に記載の走行駆動制御システム。
【請求項3】
前記調整処理が開始されてから所定時間の経過後に前記偏差が前記調整処理しきい値以下になった場合に前記調整処理が終了する請求項2に記載の走行駆動制御システム。
【請求項4】
前記偏差変動監視部は前記偏差を正負符号付き演算で算出し、演算結果において符号逆転が生じた際に前記偏差の経時的変動が変曲点を生じたと判定する請求項1から3のいずれか一項に記載の走行駆動制御システム。
【請求項5】
前記調整処理において前記変速制御量に対する過剰制御側への調整量は前記偏差が大きいほど大きく設定される前記偏差に依存する量である請求項1から4のいずれか一項に記載の走行駆動制御システム。
【請求項6】
前記調整処理において前記変速制御量に対する過剰制御側への調整量は前記偏差から独立した一定量である請求項1から4のいずれか一項に記載の走行駆動制御システム。
【請求項7】
前記無段変速装置が静油圧式無段変速装置であり、前記変速操作体が斜板式可変速回転油圧機器の斜板である請求項1から6のいずれか一項に記載の走行駆動制御システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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