説明

超音波探触子

【課題】アレイ振動子を有する超音波探触子において、バッキング層における溝構造部分と非溝構造部分との界面で音響インピーダンスの相違から超音波の反射が生じるという問題があった。
【解決手段】バッキング部16は第1バッキング層18と第2バッキング層20とで構成される。第1バッキング部18は切込部分22Aを有する溝構造体として構成されており、第2バッキング層20は一様性を有する非溝構造体として構成されている。更に、第1バッキング層18における実際の音響インピーダンスと第2バッキング層20における実際の音響インピーダンスが実質的に同一となるようにそれぞれの材料の密度等が選択される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体に対する超音波診断で用いられる超音波探触子の構造に関する。
【背景技術】
【0002】
超音波探触子には超音波を送受波する超音波振動子が設けられる。超音波振動子としては、複数の振動素子からなるアレイ振動子が周知である。かかるアレイ振動子において、各振動素子間には音響的クロストークを防止するために垂直溝としての分離溝が形成されている。各分離溝は、バッキング部の上面からその表層部にまで達している。バッキング部は、アレイ振動子から背面側へ放射された超音波を散乱、吸収、減衰させるものである。各分離溝がバッキング部の内部まで入り込んでいるのは、バッキング部の表層を媒介とした音響的な回り込みを防止するためである。各分離溝内には通常、目詰め材が充填される。このバッキング部は溝構造区間と非溝構造区間とに大別されるが、従来において、それら全体が単一部材として構成され、つまり同じ材料によって構成されている。
【0003】
【特許文献1】特開平1−291840号公報
【特許文献2】特開昭63−73942号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
バッキング部全体として一様の材料で構成されていれば、本来、バッキング部内の各部位において同じ音響インピーダンスとなるはずであるが、実際には、溝構造区間と非溝構造区間との間の水平の境界面上で音響インピーダンスに違いが生じる。つまり、それぞれの区間の構造上の違いから実際の音響インピーダンスが異なり、そこで超音波の反射が生じ、それが多重反射の要因となり、バッキングの機能が低下する。また、超音波探触子の周波数特性を悪化させてしまう。
【0005】
特許文献1には溝の深さを調整して上記問題に対処する技術が開示されているが、そのような手法では、溝の深さが定まってしまい、それを所望の深さにできないという問題を指摘でき、また、特定の周波数に対しては良好な性能が得られても、超音波探触子の帯域全体として良好な性能を得られず、具体的には周波数特性が劣化してしまうおそれがある。特許文献2には、バッキング部を2層で構成することが記載されているが、切込部分固有の問題を解決する手段は開示されていない。
【0006】
本発明の目的は、バッキング内での超音波の反射を防止又は軽減することにある。
【0007】
本発明の他の目的は、良好な周波数特性を得つつバッキング内での超音波の反射を防止又は軽減することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、複数の振動素子からなるアレイ振動子と、前記アレイ振動子の下面側に設けられた層であって前記複数の振動素子間に存在する複数の分離溝における下端の複数の切込部分を有する溝構造体としての第1バッキング層と、前記第1バッキング層の下面側に設けられた非溝構造体としての第2バッキング層と、で構成されたバッキング部と、を含み、前記第1バッキング層の実際の音響インピーダンスと前記第2バッキング層の実際の音響インピーダンスとが実質的に同一である、ことを特徴とする超音波探触子に関する。
【0009】
部材中の音響インピーダンスzは、一般に、z=ρ・cによって表現される。ここで、ρは密度であり、cは音速である。よって、cが一定の仮定の下では、zはρに依存し、そのρが一定であれば、zも一定となる。しかし、バッキング部内における構造により、実際の音響インピーダンスzは変動する。バッキング部においては、複数の切込部分が生じている区間と、そうでない区間とでは構造の相違に起因して音速が異なると考えられる。2つの区間の境界面で音響インピーダンスが異なると、必然に、超音波の反射が生じ、それはバッキング部の機能低下をもたらす。上記構成では、かかる観点に着目し、バッキング部を積層化、具体的には2層化するものである。つまり、バッキング部を、上層且つ溝構造体である第1バッキング層と、下層且つ非溝構造体である第2バッキング層と、で構成し、それらの実質的な音響インピーダンスを実質的に整合させることによって、バッキング内での不要な超音波の反射を防止又は軽減するものである。これによれば切込部分の深さに格別な制約が伴わず、良好な周波数特性を得られる。各バッキング層の材料は実験的に選定でき、あるいは、シミュレーション結果から選定することができる。本発明に係る手法は、1Dアレイ振動子のみならず2Dアレイ振動子に対しても適用できる。
【0010】
望ましくは、前記第1バッキング層を構成する材料の密度の方が前記第2バッキング層を構成する材料の密度よりも大きい。望ましくは、前記第1バッキング層中の音速の方が前記第2バッキング層中の音速よりも高い。望ましくは、前記第1バッキング層においては前記各切込部分が垂直貫通溝として存在し、前記各切込部分の底面が前記第2バッキング層の上面に相当する。
【発明の効果】
【0011】
以上説明したように、本発明によれば、バッキング内での超音波の反射を防止又は軽減することができる。あるいは、本発明によれば、良好な周波数特性を得つつバッキング内での超音波の反射を防止又は軽減できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明の好適な実施形態を図面に基づいて説明する。
【0013】
図1には、本発明に係る超音波探触子の要部構成が示されている。この超音波探触子は、ケーブルを介して超音波診断装置本体に接続されるものであり、生体に当接された状態で超音波の送受波によってエコーデータを取り込む送受波器である。
【0014】
図1において、アレイ振動子10は、本実施形態において1Dアレイ振動子であって、この例では直線的に並んだ複数の振動素子10Aによって構成される。その上側(紙面上方)には整合層12が設けられている。整合層12は音響インピーダンスの整合を図る層であって、それは複数の整合素子(整合部分)12Aによって構成されている。更に、その上側には、音響レンズ14が設けられている。この音響レンズ14の上面が生体表面に当接される。ちなみに、複数の整合層が設けられる場合もあり、また、2Dアレイ振動子においては音響レンズ14が設けられないのが通常である。
【0015】
アレイ振動子10の下側にはバッキング部16が設けられている。このバッキング部16はアレイ振動子10から後方へ放射された超音波を散乱、吸収等する部材である。バッキング部16は、本実施形態において2層化されており、具体的には、第1バッキング層18と第2バッキング層20とで構成されている。それらは図示されていない接着材によって接合されている。
【0016】
第1バッキング層18は、図示されるように複数の振動素子10Aの配列と同じ配列をもった複数のバッキング要素18Aによって構成されるものである。ここで、符号22は複数の振動素子間に設けられる分離溝を表しており、その下端部である切込部分22Aが貫通溝として第1バッキング層18に存在している。切込部分22Aの底面は以下の第2バッキング層20の上面の一部に相当する。
【0017】
第2バッキング層20は、第1バッキング層18の下面側に接合された層であり、第2バッキング層は垂直方向及び水平方向の両方向とも一様性を有している。すなわち、第1バッキング層は溝構造体として構成され、第2バッキング層は非溝構造体として構成されている。それら2つが合わさってバッキング部16が構成されている。
【0018】
符号100はアレイ振動子10とバッキング部16との間の界面を表しており、符号102は第1バッキング層18と第2バッキング層20との間の界面を表している。それらの界面100,102は図示の例において水平面である。
【0019】
本実施形態においては、第1バッキング層18における実際の音響インピーダンスと第2バッキング層20における実際の音響インピーダンスが実質的に同一とされている。このため、それぞれの材料の調整が図られている。例えば、密度を操作することにより両バッキング層18,20の音響インピーダンスを揃えるようにしてもよいし、音速に影響を及ぼす弾性定数の異なる材料を用いてすなわち弾性定数の操作により2つのバッキング層の音響インピーダンスを揃えるようにしてもよい。従来においては、後に図2の比較例を用いて説明するように、バッキング部が単に一様性をもった部材として構成されていたが、本実施形態においては、構造上の差異に起因する実際の音響インピーダンスの差異を解消するため、バッキング部16を積極的に多層化し、すなわち構造上の差異に基づく音響特性の変化を構成材料の調整によって解消するようにしたものである。その結果、特に界面102において問題となる超音波の反射は効果的に防止又は軽減され、バッキング部16の本来の機能を良好に達成させることができる。また溝としての切込部分22Aの深さに制約が伴わないため、指向特性及び周波性特性などの観点から所望の深さを決定できるという利点がある。
【0020】
例えば、バッキング材料の密度の調整によって音響インピーダンスを実質的に揃える場合、後に説明する図2の比較例では溝構造部分の音速が非溝構造部分の音速よりも低くなるため、それを補填するように、溝構成部分に対してより密度の高い材料を選択すればよい。また、先に述べたように弾性定数の高い材料を使って溝構造体についての音響インピーダンスを上げるようにしてもよい。ちなみに、切込部分は振動素子間における音響的なクロストークを防止するために不可欠なものであり、本実施形態においてはそのような不可欠な構造部分を前提としつつも、音響インピーダンスの観点からバッキング部の性能を維持向上させるものである。各素子分離溝には必要に応じて目詰め材が充填される。バッキング材料は例えばゴム系の材料に対して添加材を混入させたものであり、添加材の量又は組成を変えることにより、密度等を操作できる。バッキング部に信号伝送用リードアレイ等が設けられる場合もある。
【0021】
図2には、比較例が示されている。なお、図1に示した構成と同一の構成には同一符号を付し、その説明を省略する。この比較例においては、バッキング部24が一様性をもって構成されており、各分離溝の下端部に相当する切込部分22Aはバッキング部24の上層内に進入している。その結果、界面102の上側の溝構造部分と下側の非溝構造部分とが生じているが、それらは同じ材料で構成され、物理的には一体化されたものである。このような構成の場合、必然的に溝構造部分の音響インピーダンスが下がって、バッキング部24本来の特性を生じさせることはできなくなる。そこで、図1に示したような本発明に係る手法を用いればそのような問題を解消しつつ、しかも周波数特性や指向特性を良好にすることが可能となる。本実施形態に係る手法では、溝の深さを最適化することができるので各種の振動子アセンブリに対してその手法を適用することが可能である。上述した実施形態においては1Dアレイ振動子が示されていたが、本実施形態に係る手法を2Dアレイ振動子等の他のアレイ振動子に適用することも可能である。ちなみに、目詰め材が充填される場合、目詰め材によって更に音響インピーダンスに若干の違いが生じるのであれば、そのような違いまでを補償して実質的に界面において音響インピーダンスが揃うように各材料の調整を行えばよい。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本実施形態に係る超音波探触子の要部構成を示す断面図である。
【図2】比較例としての超音波探触子の要部構成を示す断面図である。
【符号の説明】
【0023】
10 アレイ振動子、12 整合層、14 音響レンズ、16 バッキング部、18 第1バッキング層、20 第2バッキング層、22 分離溝、22A 切込部分。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の振動素子からなるアレイ振動子と、
前記アレイ振動子の下面側に設けられた層であって前記複数の振動素子間に存在する複数の分離溝における下端の複数の切込部分を有する溝構造体としての第1バッキング層と、前記第1バッキング層の下面側に設けられた非溝構造体としての第2バッキング層と、で構成されたバッキング部と、
を含み、
前記第1バッキング層の実際の音響インピーダンスと前記第2バッキング層の実際の音響インピーダンスとが実質的に同一である、ことを特徴とする超音波探触子。
【請求項2】
請求項1記載の超音波探触子において、
前記第1バッキング層を構成する材料の密度の方が前記第2バッキング層を構成する材料の密度よりも大きい、ことを特徴とする超音波探触子。
【請求項3】
請求項1記載の超音波探触子において、
前記第1バッキング層中の音速の方が前記第2バッキング層中の音速よりも高い、ことを特徴とする超音波探触子。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれか1項に記載の超音波探触子において、
前記第1バッキング層においては前記各切込部分が垂直貫通溝として存在し、前記各切込部分の底面が前記第2バッキング層の上面に相当する、ことを特徴とする超音波探触子。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−82567(P2009−82567A)
【公開日】平成21年4月23日(2009.4.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−257783(P2007−257783)
【出願日】平成19年10月1日(2007.10.1)
【出願人】(390029791)アロカ株式会社 (899)
【Fターム(参考)】