説明

超音波照射装置および方法

【課題】対象物の位置変化ではなく、対象物の局所ひずみを発生させること
【解決手段】 超音波により発生する音響放射圧を用いた対象物変位の発生において、異なる方向もしくは焦点位置を持った連続波超音波ビームを同時に複数用意し、それら各々によって各々の超音波ビームに沿った方向に生じる音響放射圧の間に適当な位相差を与えることによって、周囲組織の弾性率が対象物の弾性率に比べ非常に小さい(軟らかい)場合においても、対象物の位置変化ではなく、対象物内部に局所的な変形(ひずみ)を発生させることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体組織等の機械的特性の評価を行うための超音波照射装置及びその方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生体組織や臓器は、種々の疾病によりその機械的特性(硬さ・軟らかさ)が変化することが知られている。従来、生体組織の機械的特性の評価を目的として、体表から超音波を照射することによって音響放射圧を発生させ、体内の対象物に変位を発生させる方法が開発されている。単一周波数の連続波超音波を用いた場合には、時間的に一定な音響放射圧が働くだけであるが、周波数の異なる2つの連続波超音波を重ね合わせることにより、それらの差の周波数で変動する1つの音響放射圧を印加することができる。非特許文献1においては、1つの超音波探触子を、異なる2つの周波数の連続正弦波を加算した信号で駆動して1つの連続波超音波ビームを照射することにより、それらの差の周波数で変動する1つの音響放射圧を発生させることに成功している。
【0003】
連続波超音波により発生する音響放射圧を用いて対象物変位を発生させる技術は、特許文献1および非特許文献2に開示されている。この特許文献1および非特許文献2の方法では、第1図に示すように、1つの音響放射圧51により1方向に力を印加している。第1図の場合、周囲組織52の弾性率E
2が対象物53の弾性率E 1に比べ非常に小さい場合、この音響放射圧によって、対象物に上下方向の位置変化が生じるだけであり、対象物の変形(ひずみ)はほとんど発生しない。対象物の位置変化から、対象物の機械的特性を評価することはできない。
【非特許文献1】K. Michishita, H. Hasegawa, and H. Kanai, “UltrasonicMeasurement of Minute Displacement of Object Continuously Actuated by AcousticRadiation Force,” Japanese Journal of Applied Physics, Vol. 42, No. 7A, pp.4608-4612, 2003.
【特許文献1】M. Fatemi and J.F. Greenleaf, “Acoustic ForceGeneration by Amplitude Modulating a Sonic Beam,” Official Gazette of theUnited States Patent & TrademarkOffice Patents, 1224(2), 1999.
【非特許文献2】M. Fatemi and J. F. Greenleaf, “Vibro-Acoustic Mammography,” IEEE Transactions on MedicalImaging, Vol. 21, pp. 1-8, 2002.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記のように従来の技術では、連続波超音波により発生する1つの音響放射圧を1方向に対象物に印加するため、例えば、周囲組織の弾性率が対象物の弾性率に比べ非常に小さい場合、対象物の変形ではなく位置変化しか発生せず、機械的特性を評価できないという問題があった。
【0005】
本発明は、複数の連続波超音波ビームを複数の方向から印加して、様々な位相関係の複数の音響放射圧を発生させることにより、仮に周囲組織の弾性率が対象物の弾性率に比べ非常に小さい場合でも、対象物に位置変化ではなく、変形(ひずみ)を発生させる装置を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本願発明に係る超音波照射装置は、1つの超音波ビームを発生する超音波発生機構を複数個有する。
【0007】
本願発明に係る超音波照射装置は、1つの超音波ビームを発生する超音波発生機構を複数個有する装置であって、前記超音波発生機構は、超音波振動子と、周波数の異なる2つの連続正弦波を任意の初期位相で発生する信号発生手段と、前記周波数の異なる2つの連続正弦波を加算して前記超音波探触子に印加することにより1つの連続波超音波ビームを発生させる信号加算手段を有する。
【0008】
本願発明に係る超音波照射方法は、対象物内部に変形(ひずみ)を発生させる方法であって、第1の連続波超音波ビームと第2の連続波超音波ビームは対象物に対して異なる方向もしくは位置から照射するというものである。
【0009】
本願発明は、対象物に変形(ひずみ)を発生させる方法であって、第1の連続波超音波ビームと第2の連続波超音波ビームは対象物に対して異なる方向もしくは位置から照射する、超音波照射方法に係る。第1の連続波超音波ビームと第2の連続波超音波ビームを発生させるために必要な2組の周波数の異なる2つの連続正弦波は、それぞれ異なる初期位相を有する。
【0010】
対象物のひずみとしては、単純ひずみ(圧縮・伸展)が一般的に挙げられるが、複数の連続波超音波ビームの照射方向及び初期位相を制御することにより、ずりひずみなど他のひずみを発生させることができる。例えば、第2図(a)と第2図(b)に示す実施形態においては、それぞれ単純ひずみ(圧縮・伸展)およびずりひずみが主に発生する。本明細書においては、これらを総称してひずみという。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、異なる方向もしくは焦点位置を持った連続波超音波ビームを同時に複数用意し、それら各々によって各々の超音波ビームに沿った方向に生じる音響放射圧の間に適当な位相差を与えることによって、周囲組織の弾性率が対象物の弾性率に比べ非常に小さい場合でも、対象物の位置変化ではなく変形(ひずみ)を発生させることができる。これによって、周囲組織の弾性率が対象物の弾性率に比べ非常に小さい場合でも、生体組織などの機械的特性を評価することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】



【0013】
本願発明に係る超音波照射装置は、超音波探触子を複数個(N 個)設置し、各超音波振動子には、それぞれ対応する信号発生器からそれぞれの初期位相θn、θn’ (n
=1, 2, …,
N )を有する周波数の異なる2つの連続正弦波cos(2πfnt+
θn)、cos{2π (fn+Δf )t+ θn’}を発生させ、それら2つの連続正弦波を加算器により加算して超音波探触子に印加する。超音波探触子から照射された連続波超音波ビームにより発生する、深さd
における音響放射圧Pn(t, d )は、超音波の音圧p(t, d )=po(d ){cos(2πfnt+θn)+cos(2π(fn+Δf )t+θn’)}の2乗に依存する。
【0014】



【0015】
(1)
音響放射圧Pn(t, d )は加速度の次元であり、それによって発生する対象物の変位は加速度の2階積分の次元である。fnがMHzオーダ、Δf
がkHz以下である場合、2階積分の次元である変位は、(1)式の各項の成分のうち、直流および差の周波数Δfの成分に比べ、それ以外の成分は十分小さくなる。したがって、変動する成分は差の周波数成分のみと仮定でき、深さd
における音響放射圧Pn(t, d )は(2)式で定義できる。
【0016】



【0017】
(2)
音響放射圧Pn(t, d )の振幅An(d )は、深さdにおける超音波の音圧の振幅p 0(d )、媒質中の音速cと密度ρを用いて(3)式で表される。
【0018】



【0019】
(3)
ここで、Rは超音波を照射した点が境界面である場合の音圧反射係数である。音響放射圧Pn(t, d )の振幅An(d
)は、(3)式から分かるように超音波の音圧po(d )に依存するため、超音波探触子の焦点位置において最大となる。
【0020】
そして、各超音波探触子の方向と位置および各信号発生器から発生する連続正弦波の初期位相θn、θn’を制御することにより、方向が異なる複数の音響放射圧を対象物に印加することができる。
【0021】
第3図に本実施形態における超音波発生機構の概念図を示す。本実施形態は、超音波探触子5、信号発生器6、加算器7を1つの照射グループ8として、複数(例えば2つ)の照射グループ8を有し、各照射グループ8の超音波探触子5から、それぞれの方向に連続波超音波ビーム11が照射される。
【0022】
信号発生器6は、所定の初期位相9で加算器7に対して周波数の異なる2つの連続正弦波を出力する。初期位相9は、初期位相設定器10によって設定される。出力された周波数の異なる2つの連続正弦波は、加算器7により加算された後、超音波探触子5に印加され、連続波超音波ビーム11を照射する。照射された連続波超音波ビーム11は、差の周波数で変動する音響放射圧14を発生し、音響放射圧14の振幅は、連続波超音波ビーム11の焦点16において最も大きくなる。
【0023】
初期位相設定器10は、各連続正弦波の初期位相9をテーブルとして有しており、テーブルには、複数(例えば2つ)の異なる照射グループ8から各々発生する音響放射圧14の間の位相差15により演算された初期位相9があらかじめ登録されている。複数の異なる位相差15についての初期位相9を算出してテーブルに登録しておけば、それら各位相差を選択することにより、様々な位相関係の音響放射圧を印加することができる。
【実施例1】
【0024】
水槽中に設置した対象物(材質: シリコーンゴム、厚さ: 20 mm)に対して、第3図に
示した実施形態に従って超音波照射を行った。(5M+10) Hzと5 MHzの連続正弦波を加算した信号を超音波探触子に印加して発生した連続波超音波ビームを対象物の上面に、(3M+10)
Hzと3 MHzの連続正弦波を加算した信号を超音波探触子に印加して発生した連続超音波ビームを対象物の上面から約5 mmの深さに、それぞれ照射した。それぞれの連続波超音波の初期位相は、差の周波数10
Hzで変動する2つの音響放射圧の位相差が180度となるように調整した。
【0025】
超音波照射時の対象物の変位を、特許文献2および非特許文献1に記載の超音波測定法で測定した。第4図(a)と第4図(b)はそれぞれ、対象物の上面(A点)と、上面から深さ3.6
mmの点(B点)の変位を測定した結果である。図4(a)と図4(b)の変位の位相差がほぼ180度となっていることから、A点とB点は併進しているのではなく(対象物全体が位置変化しているのではなく)、A点とB点の間で圧縮・伸展の変形(ひずみ)が発生していることが確認できる。
【特許文献2】国際公開第03/015635号パンフレット
【非特許文献1】K. Michishita, H. Hasegawa, and H. Kanai, “UltrasonicMeasurement of Minute Displacement of Object Continuously Actuated by AcousticRadiation Force,” Japanese Journal of Applied Physics, Vol. 42, No. 7A, pp.4608-4612, 2003.
【実施例2】
【0026】
前記実施例1において、差の周波数Δfを掃引することにより、各周波数におけるひずみを計測することができる。例えば、対象物の上面と下面にそれぞれ、P 1(t,
Δf )とP 2(t, Δf )の音響放射圧を印加した場合、対象物にはたらく応力τ(t, Δf )は(4)式で表される。
【0027】
τ(t, Δf )=P 1(t, Δf )-P 2(t, Δf ) (4)
また、前記実施例1のように計測した上面と下面の変位d1(t, Δf )、d 2(t, Δf )から、対象物のひずみε(t, Δf )は(5)式で表される。
【0028】



【0029】
(5)
ここで、d 0は変形前の対象物の厚さである。したがって、対象物の弾性率Eは(6)式で示される。
【0030】



【0031】
(6)
ここでτ(t, Δf )、ε(t, Δf )を各々


【0032】



【0033】
とあらわす。ここで、Θ1=θ 1’-θ1、φ(Δf )は応力τ(t, Δf )とひずみε(t, Δf )の間の位相差である。このことにより、(6)式は複素弾性率


【0034】
として(7)式で示される。
【0035】



【0036】
(7)
媒質中の超音波の伝搬速度が十分大きく、対象物までの距離も数cmと小さいことから、超音波探触子に印加した信号の差の周波数Δf成分は、対象物にはたらく音響放射圧Pn(t,
Δf )の波形とみなすことができる。したがって、超音波探触子に印加した信号の差の周波数Δf成分と、計測したひずみ波形との位相差を算出することで、応力(音響放射圧)とひずみの間の位相差、つまり、複素弾性率の位相φ(Δf
)の周波数特性を計測できる。
【0037】
対象物の粘弾性モデルとして、例えば第5図のようなVoigt模型を仮定すると、Voigt模型の複素弾性率


【0038】
は(8)式で示される。
【0039】



【0040】
(8)



【0041】
(9)
計測した複素弾性率の位相の周波数特性φ(Δf )に、(9)式をフィッティングすることにより、静的弾性率Esと粘性率ηの比η/Esを算出することができる。
【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明に係る超音波照射装置は、生体組織をはじめとする様々な対象物に変形(ひずみ)を非接触に発生させることができる。

【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】従来の音響放射圧の印加方法を示す図である。
【図2】単純ひずみ(圧縮・伸展)およびずりひずみを示す図である。
【図3】本実施形態における超音波照射系を示す図である。
【図4】本実施例によって計測された、対象物(材質: シリコーンゴム)の変位波形である。
【図5】Voigt模型の模式図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
方向および焦点位置の少なくとも一方が異なる複数の連続波超音波ビームを同時に対象物の内部に照射し、前記超音波ビームの各々に沿った方向に生じる音響放射圧の間に適当な位相差を与えることによって、前記対象物の内部において前記超音波ビームの各々の焦点間の領域に局所ひずみを生じさせることを特徴とする超音波照射装置。
【請求項2】
前記位相差は、前記領域に局所的な圧縮力を生ずるように制御されることを特徴とする請求項1に記載の超音波照射装置。
【請求項3】
前記位相差は、前記領域に局所的な引張力を生ずるように制御されることを特徴とする請求項1に記載の超音波照射装置。
【請求項4】
前記位相差は、前記領域に局所的なずれを生ずるように制御されることを特徴とする請求項1に記載の超音波照射装置。
【請求項5】
前記対象物は平面状または非平面状の第1の面とこの第1の面とは異なる第2の面とを少なくとも有し、前記複数の超音波ビームは前記第1の面から前記対象物内にそれぞれ照射されることを特徴とする請求項1乃至4の一に記載の超音波照射装置。
【請求項6】
前記対象物は生体であり、前記超音波ビームの周波数は3MHz乃至10MHzであることを特徴とする請求項1乃至5の一に記載の超音波照射装置。
【請求項7】
前記対象物の前記領域の機械的特性を測定することのできる手段を備えたことを特徴とする請求項1乃至6の一に記載の超音波照射装置。
【請求項8】
前記手段は前記対象物の前記領域に照射される別の超音波ビームを含むことを特徴とする請求項1乃至7の一に記載の超音波照射装置。
【請求項9】
前記複数の超音波ビームは、照射の方向が同じで焦点位置が異なることを特徴とする請求項1乃至8の一に記載の超音波照射装置。
【請求項10】
前記複数の超音波ビームは、照射の方向が互いに異なりかつ焦点位置も互いに異なることを特徴とする請求項1乃至8の一に記載の超音波照射装置。
【請求項11】
方向および焦点位置の少なくとも一方が異なる複数の連続波超音波ビームを同時に対象物の内部に放出し、前記超音波ビームの各々に沿った方向に生じる音響放射圧の間に適当な位相差を与えることによって、前記対象物の内部において前記超音波ビームの各々の焦点間の領域に局所ひずみを生じさせることを特徴とする超音波照射方法。
【請求項12】
前記位相差は、前記領域に局所的な圧縮力、引張力およびずれのうちの少なくとも一つを生ずるように制御されることを特徴とする請求項11に記載の超音波照射方法。
【請求項13】
前記複数の超音波ビームは前記対象物内に同じ向きでそれぞれ照射されることを特徴とする請求項11または12に記載の超音波照射方法。
【請求項14】
前記対象物は生体であり、前記超音波ビームの周波数は3MHz乃至10MHzであることを特徴とする請求項11乃至13の一に記載の超音波照射方法。
【請求項15】
前記対象物の前記領域に局所ひずみを生じさせつつ前記領域の機械的特性を測定することを特徴とする請求項11乃至14の一に記載の超音波照射方法
【請求項16】
前記複数の超音波ビームは、照射の方向が同じで焦点位置が異なることを特徴とする請求項11乃至15の一に記載の超音波照射方法。
【請求項17】
前記複数の超音波ビームは、照射の方向が互いに異なりかつ焦点位置も互いに異なることを特徴とする請求項11乃至15の一に記載の超音波照射方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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