説明

車両の制動制御装置

【課題】センターデファレンシャルを搭載している車両を含めた直結4輪駆動状態となる駆動状態モードを有する車両について、車両が直結4輪駆動状態となったときでも、車両の挙動を安定させる制動制御を行うことができる制動制御装置を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明は、車両の挙動を安定させる制動制御を行う制動制御装置80であって、
前記車両の駆動状態を切り替える駆動状態切替手段60と、
前記車両のスリップ状態を検出するスリップ状態検出手段10と、
前記制動制御の作動許可を判定する制動制御許可判定手段30とを備え、
前記制動制御許可判定手段は、前記駆動状態切替手段により前記車両が直結4輪駆動状態とされたときには、前記スリップ状態検出手段により検出されたスリップ状態が所定のスリップ状態を越えたときに、前記制動制御の作動許可を行うことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両の挙動を安定させる制動制御を行う制動制御装置に関し、特に、車両が直結4輪駆動状態になったときの挙動を安定させる制動制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、車両の旋回時の挙動を制御する車両の挙動制御装置において、前輪駆動軸と後輪駆動軸の回転差を許容しつつエンジンの駆動力を伝達させるセンターデファレンシャルを搭載した車両では、センターデファレンシャルの差動機構がロックされると、アンチスピンモーメントの大きさやタイヤ横力の前後輪バランスが変化してしまうため、センターデファレンシャルがロック状態のときには、制動力制御等を禁止した挙動制御装置が知られている(例えば、特許文献1参照)。
【特許文献1】特開2000−344077号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、上述の特許文献1では、ロック状態において適切に挙動制御装置を実施する方法については十分検討されていない。
【0004】
そこで、本発明では、センターデファレンシャルを搭載している車両を含めた直結4輪駆動状態となる駆動状態モードを有する車両について、車両が直結4輪駆動状態となったときでも、車両の挙動を安定させる制動制御を行うことができる制動制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記目的を達成するため、第1の発明に係る車両の制動制御装置は、車両の挙動を安定させる制動制御を行う制動制御装置であって、
前記車両の駆動状態を切り替える駆動状態切替手段と、
前記車両のスリップ状態を検出するスリップ状態検出手段と、
前記制動制御の作動許可を判定する制動制御許可判定手段とを備え、
前記制動制御許可判定手段は、前記駆動状態切替手段により前記車両が直結4輪駆動状態とされたときには、前記スリップ状態検出手段により検出されたスリップ状態が所定のスリップ状態を越えたときに、前記制動制御の作動許可を行うことを特徴とする。これにより、車両が直結4輪駆動状態であっても、制動制御により車両の挙動を安定させることができる。
【0006】
第2の発明は、第1の発明に係る車両の制動制御装置において、
前記スリップ状態検出手段は、車速と操舵角の少なくとも一方に基づいて前記車両のスリップ状態を検出することを特徴とする。これにより、車速と操舵角の少なくとも一方に基づいて車両のスリップ状態を検出することができ、目標ヨーレートとは異なった基準によりスリップ状態を検出し、車両の挙動を安定させる制動制御を行うことができる。
【0007】
第3の発明は、第1又は第2の発明に係る車両の制動制御装置において、
前記所定のスリップ状態は、所定のスリップ率と所定のスリップ角とに基づいて設定されたことを特徴とする。これにより、スリップ率及びスリップ角に基づいて基準となる所定のスリップ状態を設定することができ、検出したスリップ状態に基づいて適切な制動制御の許可判定を行うことができる。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、車両がセンターデフロック状態を含む直結4輪駆動状態にあるときでも、車両の挙動を安定させる制動制御を実行することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、図面を参照して、本発明を実施するための最良の形態の説明を行う。
【0010】
図1は、本実施例に係る車両の制動制御装置80の概略構成図である。本実施例に係る制動制御装置80の主要構成要素は、車両100の駆動状態を切り替える駆動状態切替手段60と、車両100のスリップ状態を検出するスリップ状態検出手段10と、制動制御の許可判定を行う制動制御許可判定手段30とを備える。そして更に、制動制御を実行するために、制動制御量設定手段20と制動制御を行う制動制御手段50とを備えてよい。
【0011】
本実施例に係る制動制御装置80が好適に適用される車両100の構成は、プロペラシャフト62が、フロントデフ63及びリアデフ64に取り付けられ、フロントデフ63に取り付けられたフロントアクスル65を介して前輪FR、FLが取り付けられ、リアデフ64に取り付けられたリアアクスル66を介して後輪RR、RLが取り付けられている。本実施例に係る車両100は、4輪駆動車であり、フルタイム4輪駆動車及びパートタイム4輪駆動車の双方を含んでよい。駆動状態切替手段60が、プロペラシャフト62の中央に設けられている。駆動状態切替手段60は、例えば、フルタイム4輪駆動車の場合はセンターデファレンシャルであり、パートタイム4輪駆動車の場合は、プロペラシャフト62のロック機構である。
【0012】
なお、駆動状態切替手段60は、例えば、駆動状態切替スイッチ61により駆動状態を切り替え可能に構成してよい。また、駆動状態切替スイッチ61は、必要に応じてリアーデフロック状態等の駆動状態も切り替え可能に構成してよい。
【0013】
図2は、フルタイム4輪駆動車の概略構成図である。図2において、エンジン73の駆動力は、センターデファレンシャル60aを介して前輪側と後輪側のプロペラシャフト62F、62Rに配分される。プロペラシャフト62F、62Rに配分された駆動力は、前輪側はフロントデフ63を介してフロントアクスル65に伝達され、後輪側はリアデフ64を介してリアアクスル66に伝達される。センターデファレンシャル60aは、前後の車輪の差動を許容するギアであるが、ユーザの切り替えにより、センターデフロック状態とし、前後の車輪の差動を制限するように設定することが可能である。例えば、駆動状態切替スイッチ61aにより、センターデファレンシャル60aがデフロック状態とされると、前輪のプロペラシャフト62Fと後輪のプロペラシャフト62Rの回転数が等しくなり、前輪の左右輪の回転数平均と後輪の左右輪の回転数平均が等しくなるように差動制限を受ける。このようなセンターデフロック状態において、本実施例に係る制動制御装置80は適用される。
【0014】
図3は、パートタイム4輪駆動車の概略構成を示した図である。図3において、図3のセンターデファレンシャル60aがロック機構60bに変更された点が図2のフルタイム4輪駆動車と異なっている。パートタイム4輪駆動車は、通常は2輪駆動状態で走行し、必要なときのみ前後のプロペラシャフト62F、62Rが直結される。例えば、トランスファーレバー61bにより前後のプロペラシャフトが直結されると、直結4輪駆動状態となり、フルタイム4輪駆動車のセンターデフロック状態と同じ状態となる。このような場合にも、本実施例に係る制動制御装置80は適用される。
【0015】
なお、図2及び図3で説明したように、フルタイム4輪駆動車のセンターデフロック状態と、パートタイム4輪駆動車の直結4輪駆動状態は、前輪側のプロペラシャフト62Fと後輪側のプロペラシャフト62Rの回転数が等しく、同じ駆動状態を意味しているので、本明細書又は図面において、単に直結4輪駆動状態と呼ぶときは、フルタイム4輪駆動車のセンターデフロック状態も含むこととする。
【0016】
図1に戻り、本実施例に係る制動制御装置80の他の構成要素の説明を行う。
【0017】
スリップ状態検出手段10は、車両100のスリップ状態を検出するための検出手段である。スリップ状態検出手段10は、走行中の車両100のスリップ状態を検出するため、操舵角検出手段11及び車速検出手段12を備える。操舵角検出手段11は、例えばステアリング15の操舵量及び操舵方向を磁気抵抗等により検出するステアリングセンサであってよい。また、車速検出手段12は、例えば、各車輪FR、FL、RR、RLに備えられた車輪速センサ12a、12b、12c、12dであってよい。このように、本実施例に係る制動制御装置80のスリップ状態検出手段10は、操舵角及び車速により車両100のスリップ状態を検出する。スリップ状態検出手段10により検出されたスリップ状態は、制動制御許可判定手段30に送られる。
【0018】
制動制御許可判定手段30は、スリップ状態検出手段10で検出した車両100のスリップ状態に基づき、車両100に対して制動制御装置80による制動制御の作動を許可するか否かの判定を行う。制動制御許可判定手段30は、制動制御許可するか否かの基準となる所定のスリップ状態を予め記憶しておき、スリップ状態検出手段10で検出されたスリップ状態が、予め記憶していた所定のスリップ状態を越えているか否かを判断する。後に詳説するが、具体的には、予め記憶した車速に応じた操舵角の関係で示された所定のスリップ状態の閾値曲線と、スリップ状態検出手段10の操舵角検出手段11及び車速検出手段12により検出された値を比較し、検出されたスリップ状態が所定のスリップ状態を越えている場合に、制動制御を作動させてよいという作動許可を行う。制動制御の作動許可指令は、制動制御量設定手段20に送られる。
【0019】
制動制御量設定手段20は、制動制御許可判定手段30による制動制御許可指令に従い、車両の旋回状態に基づいて必要な安定化モーメントを算出し、制動力による車両安定性制御を実行する。車両100の旋回状態は、旋回状態検出手段21により検出してよい。旋回状態検出手段21は、加速度センサ22及びヨーレートセンサ23を備え、これらのセンサにより、車両100の前後方法及び/又は横方向の加速度とヨーレートを検出し、これらに基づいて車両100の旋回状態を検出する。また、旋回状態検出手段21は、操舵角検出手段11及び車速検出手段12をスリップ状態検出手段10と共用してよく、これらに基づいて車両の旋回状態を検出してよい。なお、旋回状態検出手段21は、スリップ状態検出手段10で検出する操舵角及び車速も利用することから、スリップ状態検出手段と一体的に、又はスリップ状態検出手段10を含むように構成してもよい。
【0020】
制動制御量設定手段20は、旋回状態検出手段21により検出された車両の旋回状態に基づいて、必要な安定化モーメントを算出し、その安定化モーメントを実現するような各車輪FR、FL、RR、RLの目標スリップ率を演算する。例えば、(1)式により目標ヨーレートYRgを算出し、これを実現するために、各車輪FR、FL、RR、RLの目標スリップ率を演算してよい。なお、(1)式において、Vは車速、θは操舵角、Nはステアリングギヤ比、Lはホイールベース、Khは車速Vの関数であるスタビリティファクタ、Gyは横加速度である。
【0021】
【数1】


また、制動制御量設定手段20は、その他種々の方法により制動制御量を設定してよく、制動制御量の設定手法は問わない。制動制御量設定手段20により設定された制動制御量は、制動制御手段50に送られる。
【0022】
なお、上述の制動制御許可判定手段30は、制動制御量設定手段20に含まれて構成されてもよい。制動制御量設定手段20で制動制御量の設定を行い、かつ、設定された制動制御量を出力するか否かの判定を同時に行うように構成してもよい。
【0023】
また、今まで説明した制動制御許可判定手段30及び制動制御量設定手段20と、スリップ状態検出手段10及び旋回状態検出手段21のデータ処理部分は、各々別個に構成してもよいが、車両安定性制御ECU40内に一定的に構成してもよい。制動制御を行う演算機能を一体的に構成することにより、より統合した制動制御を行うことができる。
【0024】
車両安定性制御ECU40は、VSC(Vehicle Stability Control)システムと呼ばれる車両安定性制御システムを制御するためのECU(Electric Control Unit、電子制御ユニット)である。車両安定性制御ECU40は、車両の旋回状態で、車両の安定性を確保するためにブレーキによる制動力を自動的に演算して制御を行う。車両安定制御ECU40は、例えばプログラムにより演算を行なう計算機として構成されてよい。なお、車両安定性制御システムのオン・オフは、例えば、運転席の近くにある入力スイッチ41により切り替えられてよい。
【0025】
制動制御手段50は、各車輪FR、FL、RR、RLに加えられるブレーキによる制動力が、制動制御量設定手段20で設定された制動制御量になるように制御する手段であり、ブレーキアクチュエータが適用されてよい。制動制御手段50は、制動制御量設定手段20から送られてきた各車輪FR、FL、RR、RLの制動量の指示に従い、マスターシリンダ51から送られてくる油圧を圧力センサ52で検出しながら、各車輪FR、FL、RR、RLのブレーキキャリパのホイールシリンダ53a、53b、53c、53dに加える制動圧を制御する。制動制御手段50は、例えば、油圧ポンプやソレノイドバルブを含んでよく、これらにより制御対象輪のホイールシリンダ53a、53b、53c、53dを制御してよい。
【0026】
なお、本実施例に係る制動制御装置80においては、制動制御を対象とし、エンジン出力の制御には言及していないが、通常の車両安定性制御システムにおいては、エンジン出力も制御してよく、そのための制御手段として、エンジンECU70とスロットルアクチュエータ71とスロットル開度センサ72を備えてもよい。
【0027】
次に、図4を用いて、本実施例に係る制動制御装置80が、好適に適用され得る状況について説明する。図4は、従来から行われている車両安定性制御における制動制御の内容と、直結4輪駆動状態における問題点を説明するための図である。
【0028】
図4において、左側の走行ラインが目標ヨーレートYRgによるライン、右側の走行ラインが実際のヨーレートYRaによる走行ラインを示している。従来から行われている車両安定性制御における制動制御の許可判定は、目標ヨーレートYRgと実測ヨーレートYRaとの差の絶対値が、所定の閾値を越えたか否かに基づいて行われている。すなわち、(1)式により目標ヨーレートYRgが算出され、(2)式により目標ヨーレートYRgと実測ヨーレートYRaとの差の絶対値|YRg−YRa|が所定の閾値△YRthより大きい場合に、タイヤがグリップ状態になく、車両が横滑り状態であると判定され、車両安定性制御が実行されることになっている。
【0029】
【数1】

【0030】
【数2】

通常、速度が等しく、タイヤがグリップしている場合には、操舵角とヨーレートの方向は一致しているので、2輪駆動の場合や前後のプロペラシャフト62F、62Rの回転数の差動を許容している場合には、この判定基準で足りることが多い。ところが、直結4輪駆動状態においては、前後のプロペラシャフト62F、62Rが直結状態となり、前輪の左右輪の合計回転数又は平均回転数が、後輪の左右輪の合計回転数又は平均回転数と等しくなるという制約を受けてしまう。従って、車両100は、直進性が上述の2輪駆動や前後シャフトの回転数差動許容状態より高くなり、ステアリング操作によりタイヤの切れ角が発生しても、上述の(1)式の通りには実際のヨーレートYRaが発生せず、アンダーステアが高い状態となってしまう。
【0031】
図4の場合は、車両安定性制御システムの制動制御の開始閾値を高く設定した場合の、直結4輪駆動状態の車両100の挙動を示している。
【0032】
図4において、車両100の挙動は、目標ヨーレートYRgから外れたアンダーステア状態の挙動を示している。車両100が、アンダーステア状態に入ったA地点において車両安定性制御を開始することが好ましいが、制御開始閾値を高く設定しているために、制動制御を開始しない。次に、車両100がB地点に到達した所で開始閾値に達し、アンダーステア制御を開始するが、車両100は、実際には、アンダーステアからオーバーステアへの移行、いわゆるリバースステアが始まった状態となっている。その結果、C地点ではオーバーステア挙動の抑制が遅れ、車両100のオーバーステア挙動を抑制する制動制御が間に合わないことになる。
【0033】
このように、車両100が直結4輪駆動状態のときに、車両安定性制御開始の閾値を高く設定すると、本来的に車両安定性制御が必要な車両の挙動が起きた場合にも、その始動開始が遅れてしまうという問題が生じる。例えば、図4の場合では、A地点において車両安定性制御の制動制御を開始することが好ましい。
【0034】
そこで、車両100が直結4輪駆動状態のときには、直進性が高くなって常にアンダーステア傾向にあり、ステアリング15の操作によりタイヤに切れ角が生じても、ヨーレートYRaがタイヤの切れ角通りに発生しない性質があることから、本実施例に係る制動制御装置80では、これを逆に利用することとした。つまり、本実施例に係る制動制御装置80では、ステアリンング15の操舵角θに基づいて車両安定性制御の制動制御を開始する制御開始基準を新たに設け、これにより制御開始が遅れる問題を解決している。
【0035】
図5は、本実施例に係る制動制御装置80の、制動制御許可判定手段30において実行される演算内容を説明するための図である。
【0036】
図5において、横軸は車速V〔km/h〕、縦軸はステアリング15の操舵角θ〔deg〕を示している。そして、車両100の所定のスリップ状態を示す車速Vと操舵角θの関係に基づくグラフが描かれている。上述のように、車両100が、駆動状態切替手段60の切替により直結4輪駆動状態となっているときには、前輪側のプロペラシャフト62Fと後輪側のプロペラシャフト62Rの回転数が同じとなり、旋回中の車輪の速度が拘束される。よって、ステアリング15の操作による前輪FR、FLの切れ角に対抗するモーメントが生じ、タイヤ切れ角が小さい状態と同じことになる。つまり、直結4輪駆動状態では、操舵角θに対する実ヨーレートYRaの発生が小さく抑えられることになる。従って、逆に言えば、直結4輪駆動状態では、操舵角θが大きければ、いずれかのタイヤで横滑りが生じている可能性が高いので、操舵角θにより車両100のスリップ状態を表現し、これに基づいて制動制御作動許可の判定を行うこととし、このような車両100の所定のスリップ状態を示す車速Vに応じた操舵角θの閾値マップを用意している。
【0037】
図5において、グラフは、時速30km付近から始まる右肩上がりの曲線となっており、車速Vが増加するにつれて、操舵角θも増加するようになっているが、操舵角θが110〔deg〕を越えた一定の所で、増加が止まって大体一定値を示すようなグラフ特性を示している。グラフより上方がタイヤ滑りの大きい領域を示し、グラフより下方がタイヤ滑りの小さい領域を示している。従って、グラフは、車速Vに応じた操舵角θの閾値曲線となる所定のスリップ状態を示している。このように、本実施例に係る制動制御装置80の制動制御許可判定手段30では、車速Vに応じた操舵角θの閾値を記憶しておいて、ある車速Vで操舵角θがある閾値以上に切れていたら、制動制御開始の許可判定を行う。例えば、車速Vが70〔km/h〕で操舵角θが110〔deg〕であれば、タイヤのスリップ量が大きく、車両100は所定のスリップ状態を越えるスリップ状態にあり、制動制御の作動許可を行うことを示している。一方、車速Vが時速100kmで操舵角θが60〔deg〕であれば、車両100は所定のスリップ状態を越えないスリップ状態であり、制動制御の作動許可を行わないことを示している。
【0038】
今まで説明したように、車両100のスリップ状態は、基本的にはスリップ状態検出手段10の操舵角検出手段11により検出された操舵角θと、車速検出手段12により検出された車速Vの双方により検出され、所定のスリップ状態との比較により許可判定がなされる。しかしながら、例えば図5において、操舵角θが110〔deg〕よりも大きい120〔deg〕の場合には、車速Vに関わらず所定のスリップ状態を常に越えるスリップ状態である。このような場合には、操舵角θが極めて大きく、車速Vに関わらずスリップ、横滑りが発生していると考えてよいので、車速Vに関わらず制動制御許可の判定を行ってよい。同様に、図5において、車速Vが30〔km/h〕より小さいときには、操舵角θの値に関わらず、車両100のスリップ状態が所定のスリップ状態より大きい領域にあるので、操舵角θの値に関わらず、制動制御作動許可の判定を行ってよい。このように、スリップ状態検出手段10で検出する車両100のスリップ状態は、基本的には操舵角θ及び車速Vの双方で特定するが、いずれか一方で所定のスリップ状態を越えているか否かの判断が可能な場合もある。このような場合には、操舵角θと車速Vの少なくとも一方により車両100のスリップ状態を検出し、所定のスリップ状態を越えているか否かの判定を行ってもよい。
【0039】
なお、制動制御許可判定手段30で行う演算処理は、実際には、図5で説明したような2次元のマップやグラフを使用せず、数式化した演算式により演算を行なってよい。例えば、図5における許可判定領域は、例えば操舵角θと車速Vの関係式として不等式で表現できるので、このような数式に基づいて演算処理を行ってよい。図5におけるマップ化又はグラフ化した表現は、考え方の説明のためであり、実際の演算では、必ずしも2次元化したマップやグラフとして表示することを要しない。数式に基づいて演算処理することにより、制動制御許可判定手段30を容易にECU(電子制御ユニット)として構成することができる。
【0040】
また、スリップ状態には、主としてスリップ角〔deg〕で示される横滑りと、スリップ率〔%〕で示される前後方向のスリップの双方が有り得るが、図5に示す特性曲線は、双方を含んでいてよい。但し、図5において、より大きな関連を示すのは横滑りであり、近似的に、横滑りを示していると考えてもよい。また、横滑りとの関係のみに基づく閾値マップを作成し、横滑りの閾値となるスリップ角〔deg〕を定め、そのようなスリップ角が生じる車速Vと操舵角θとの関係マップを作成し、それに基づいて制動制御許可判定を行うようにしてもよい。
【0041】
なお、車速Vに応じた操舵角θの閾値特性曲線は、種々の設定条件により変更可能である。例えば、図5に示された特性曲線は、車輪速度に対するタイヤのスリップ率を5%としたときに、横加速度Gy=1〔G〕となる境界線として設定されている。例えば、車速Vが時速100kmのときに、横加速度Gy=1〔G〕は、スリップ率に換算すれば、15〔deg〕程度である。このように、所定のスリップ状態を示す特性曲線は、車両100のスリップ率とスリップ角に基づいて設定することができる。
【0042】
図6は、スリップ率とスリップ角の設定を変化させた場合の車速Vと操舵角θの関係を示した図である。図6において、例えば、スリップ率とスリップ角の設定を、大きめに設定すれば所定のスリップ状態に達するのに必要なスリップ量は多く設定され、所定のスリップ状態は上方に移動することになる。一方、スリップ率とスリップ角の設定を小さく設定すれば、小さなスリップ量で所定のスリップ状態に達することになり、所定のスリップ率を表す特性曲線は、下方に移動する。このように、スリップ率とスリップ角の設定により、所定のスリップ率は、図6に示したように等高線のように移動する。また、スリップ角の設定を多くすれば横滑りの設定が高くなるし、スリップ率の設定を高くすれば、前後方向のスリップの設定が高くなる。なお、スリップ率とスリップ角は、換算可能な他の代用特性値を用いて、これに基づいて設定されてもよい。例えば、スリップ角については、スリップ角と換算可能な横加速度Gy等で代用し、これに基づいて設定してもよい。
【0043】
所定のスリップ状態の設定は、実験による実測に基づいて設定されることが好ましい。例えば、車両100を所定速度で、所定操舵角で旋回させ、徐々に操舵角θを大きくしてゆき、エンジン出力が大きくなった所をスリップ状態と推定して、所定の車速Vにおける操舵角θとの関係を記録し、これらの実測値から、車速Vと操舵角θに基づく所定のスリップ状態を設定してもよい。例えば、このような実測により、車両100の種類に応じて適切な所定のスリップ状態又は横滑り状態を設定することができる。また、上述のような実験において、例えば、所定のスリップ状態を示す、ある車速における操舵角θの算出は、タイヤの前後の速度差、又は内外輪差の速度差により、実際のヨーレートを推定し、これに基づいて操舵角θを換算して求めてもよい。
【0044】
図7は、後輪RR、RLが右側に旋回するときの、内外輪差を示した図である。図7において、後輪RR、RLが右側に旋回すると、内外輪差が発生し、右輪RRがx進むのに対し、左輪RLは(x+△VW)進むことになり、内外輪差は△VWとなる。これをトレッドTDで除することにより、内外輪差△VWから推定ヨーレートYReを算出することができ、YRe=△VW/TDとなる。
【0045】
この推定ヨーレートYReを、(1)式の2次項は小さい値なので無視してYRgに代入すると、操舵角θの換算値は、θ=V・YRe・N・Lとなる。よって、車両100が直結4輪駆動状態にあるときに、所定の車速Vで実際に生じる内外輪差に基づいてヨーレートYReを推定し、その時の操舵角θを推定することにより、所定のスリップ状態における、車速Vと操舵角θの関係を得ることができる。また、図7においては、内外輪差により説明したが、前後輪の速度差に基づいてヨーレートYReを推定し、これに基づいて操舵角θを換算し、所定のスリップ状態を示す関係式を得ることもできる。例えば、このようにして所定のスリップ状態を設定してもよい。
【0046】
次に、図8を用いて、本実施例に係る制動制御装置80の動作について説明する。図8は、本実施例に係る制動制御装置80の動作を示す処理フロー図である。なお、今まで説明したのと同様の構成要素については同一の参照符号を付し、その説明を省略する。
【0047】
ステップ100では、スイッチ入力の処理が行われる。例えば、スイッチ入力には、フルタイム4輪駆動車の場合はセンターデフロック状態とするか否か、パートタイム4輪駆動車の場合には、直結4輪駆動状態とするか否かの切り替えがあってよく、これらの切り替えは、図1の駆動状態切替スイッチ61により実行されてよい。また、リアーデフロック状態をするか否かのスイッチがあってもよい。更に、車両安定性制御(VSC)システムの動作モード切替スイッチとして、例えば、車両安定性制御を通常の動作モードに設定したり、TRC(Traction Control)をオフに設定したり、車両安定性制御をオフに設定したりするモードを選択設定できる入力スイッチ41があってよい。
【0048】
本実施例に係る制動制御装置80では、センターデフロック状態又は直結4輪駆動状態で、かつVSCが通常の動作モードに設定されたときに制動制御を行う。なお、リアーデフロック状態では、本実施例に係る制動制御装置80は、動作しないこととしてもよい。また、TRCは、駆動輪のブレーキ油圧制御によるエンジン出力制御により、駆動輪のスリップを抑える機能であるが、本実施例に係る制動制御装置80とは、動作が異なるため、TRCをオフにするか否かのスイッチを設けてもよい。
【0049】
なお、本実施例に係る制動制御装置80では、スイッチ入力により車両が直結4輪駆動状態(以下、センターデフロック状態も含む。)にあるか否かを判定しているが、センターデファレンシャル60a等にセンサを設け、駆動状態を判別するようにしてもよい。
【0050】
ステップ110では、車両安定性制御システムが動作すべき状態か否かの判定を行う。具体的には、スリップ状態検出手段10により、車両100の横滑りを含めたスリップ状態を検出し、制動制御許可判定手段30により、車両安定性制御システムの作動許可の判定を行う。なお、スリップ状態の検出は、具体的には図1において説明したように、ステアリングセンサ等の操舵角検出手段11、車輪速センサ12a、12b、12c、12d等の車速検出手段12により行ってよい。また、制動制御許可判定は、制動制御許可判定手段30において、図5において説明した演算処理により行ってよく、スリップ状態検出手段10により検出したスリップ状態が、記憶した所定のスリップ状態を越えるときには、制動制御許可の指令を制動制御量設定手段20に送ってよい。
【0051】
ステップ120では、制動制御量設定手段20において、旋回状態検出手段21により検出した車両状態をもとに、必要な安定化モーメントを算出する。これにより、車両の横滑りを抑制する安定化モーメントが算出される。なお、旋回状態検出手段21は、加速度センサ22及びヨーレートセンサ23の他、操舵角検出手段11及び車速検出手段12により旋回状態を検出するので、スリップ状態検出手段10と一体的に構成されてもよい。
【0052】
ステップ130では、制動制御量設定手段20において、制御対象となっている各車輪の目標スリップ率が演算される。制動制御量設定手段20により設定された制動制御量は、制動制御手段50に制御指令として出力される。
【0053】
ステップ140では、制動制御量設定手段30により設定されて出力された制動制御量に基づき、制動制御手段50において、ソレノイド駆動指示がなされる。ステップ130で演算設定された目標スリップ率になるように、制動制御手段50たるブレーキアクチュエータがソレノイドバルブを駆動し、ブレーキ液圧を制御し、フィードバック制御により、各制御対象輪が目標スリップ率になるように油圧をかけて制御する。
【0054】
ステップ150では、制動制御手段60であるブレーキアクチュエータが、制御対象である各車輪のホイールシリンダ53a、53b、53c、53dの油圧を制御して、目標スリップ率が実現されるようなブレーキ制動力をかけるようにする。そして、目標スリップ率に達したら、その処理を終了する。
【0055】
このように、本実施例に係る制動制御装置80により、車両100が直結4輪駆動状態であっても制動制御の作動許可を行うことにより、運転者の直結4輪駆動状態における車両の運転を支援することができる。
【0056】
次に、図9を用いて、本実施例に係る制動制御装置80が、従来から利用されている車両安定性制御システムに組み込まれた場合の動作フローについて説明する。図9は、従来から、2輪駆動状態又は前後のプロペラシャフトの作動を許可する状態(センターデフフリー状態)に行われている制動制御の許可判定に、直結4輪駆動状態の場合には本実施例に係る制動制御装置80による制動制御の許可判定を加えた車両安定性制御システムの処理フローを示す図である。なお、破線で囲まれているフローが、本実施例に係る制動制御装置80の行う処理である。また、今までの説明と同様の構成要素については同一の参照符号を付してその説明を省略する。
【0057】
ステップ200では、車両が直結4輪駆動状態であるか否かが判定される。駆動状態切替スイッチ41に基づいて判定してもよいし、駆動状態切替手段60に駆動状態を検出するセンサ等を設けて判断してもよい。直結4輪駆動状態でないときは、ステップ220に進み、直結4輪駆動状態であるときには、ステップ210に進む。
【0058】
ステップ210では、制動制御許可判定手段30により、スリップ状態検出手段10により検出された車両100のスリップ状態が、所定のスリップ状態を越えているか否かの判定を行う。車速Vと操舵角θにより表現された車両100のスリップ状態が、制動制御許可判定手段30に予め記憶された所定のスリップ状態を越えていれば、許可判定を行ってステップ230に進む。これにより、直結4輪駆動状態であっても、車速Vに応じた操舵角θが所定の値を越えていれば、スリップ状態にあると判断して、横滑りを含むスリップを抑制する制御を行うことができる。一方、検出されたスリップ状態が所定のスリップ状態を越えていなければ、制動制御非許可の判定がなされ、その処理を終了する。
【0059】
ステップ230では、ステップ220でなされた制動制御許可判定の指令を受け、制動制御による車両安定性制御を実行し、その処理を終了する。制動制御は、旋回状態検出手段21、制動制御量設定手段20、及び制動制御手段50等により実行されてよい。これにより、直結4輪駆動のアンダーステア傾向によるスリップ状態に、制動制御を適用して横滑り等のスリップを抑制することができる。
【0060】
一方、ステップ200に戻り、直結4輪駆動状態でないと判断されたときには、ステップ220に進む。
【0061】
ステップ220では、制動制御許可判定手段30により、車両100がグリップ状態にあるか否かが判断される。具体的には、旋回状態検出手段21により検出した車両100の旋回状態に基づいて、制動制御許可判定手段30において、(1)式により目標ヨーレートYRgを算出する。そして、(2)式により目標ヨーレートYRgと実測ヨーレート値YRaとの差の絶対値が設定閾値△YRthより大きいときには、タイヤが路面をグリップしておらず、横滑りのある状態と判断し、制動制御の作動許可を行い、ステップ240に進む。このように、制動制御許可判定手段30は、本実施例に係る制動制御の作動許可判定の他、従来の作動許可判定も行ってよい。双方の条件のうち、いずれかの作動許可条件を満たしたら、制動制御の作動許可を行うことにより、車両安定性制御システムの作動領域を拡大することができ、よりユーザの運転を支援する役割を果たす車両安定性制御システムとすることができる。一方、タイヤがグリップ状態にあり、横滑りの殆ど無い状態と判定されたときには、制動制御を行う必要は無いので、その処理を終了する。
【0062】
ステップ240では、車両安定性制御を実行し、その処理を終了する。この制動制御も、本実施例に係る制動制御装置80と同様に、旋回状態検出手段21、制動制御量設定手段20、及び制動制御手段50等により実行されてよい。
【0063】
このように、直結4輪駆動状態のときには制動制御がなされなかった従来の車両安定性制御システムに、車両100が直結4輪駆動状態のときには、本実施例に係る制動制御装置80の機能を追加することにより、より適用範囲が広くユーザの運転を支援できる車両安定性制御システムを提供することができる。
【0064】
以上、本発明の好ましい実施例について詳説したが、本発明は、上述した実施例に制限されることはなく、本発明の範囲を逸脱することなく、上述した実施例に種々の変形及び置換を加えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0065】
【図1】本実施例に係る車両の制動制御装置80の概略構成図である。
【図2】フルタイム4輪駆動車の概略構成図である。
【図3】パートタイム4輪駆動車の概略構成を示した図である。
【図4】従来の車両安定性制御の、直結4輪駆動状態における制動制御の説明図である。
【図5】制動制御許可判定手段30において実行される演算内容の説明図である。
【図6】スリップ率とスリップ角の設定を変化させた場合の車速Vと操舵角θの関係図である。
【図7】後輪RR、RLが右側に旋回するときの、内外輪差を示した図である。
【図8】本実施例に係る制動制御装置80の動作を示す処理フロー図である。
【図9】従来からの制動制御の許可判定に、直結4輪駆動状態の場合には本実施例に係る制動制御の許可判定を加えた車両安定性制御システムの処理フローを示す図である。
【符号の説明】
【0066】
10 スリップ状態検出手段
11 操舵角検出手段
12、12a、12b、12c、12d 車速検出手段
20 制動制御量設定手段
21 旋回状態検出手段
22 加速度センサ
23 ヨーレートセンサ
30 制動制御許可判定手段
40 車両安定性制御ECU
41 入力スイッチ
50 制動制御手段
51 マスターシリンダ
52 圧力センサ
53a、53b、53c、53d ホイールシリンダ
60 駆動状態切替手段
61、61a 駆動状態切替スイッチ
61b トランスファーレバー
62、62F、62R プロペラシャフト
63 フロントデフ
64 リアデフ
65 フロントアクスル
66 リアアクスル
70 エンジンECU
71 スロットルアクチュエータ
72 スロットル開度センサ
73 エンジン
80 制動制御装置
100 車両

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の挙動を安定させる制動制御を行う制動制御装置であって、
前記車両の駆動状態を切り替える駆動状態切替手段と、
前記車両のスリップ状態を検出するスリップ状態検出手段と、
前記制動制御の作動許可を判定する制動制御許可判定手段とを備え、
前記制動制御許可判定手段は、前記駆動状態切替手段により前記車両が直結4輪駆動状態とされたときには、前記スリップ状態検出手段により検出されたスリップ状態が所定のスリップ状態を越えたときに、前記制動制御の作動許可を行うことを特徴とする車両の制動制御装置。
【請求項2】
前記スリップ状態検出手段は、車速と操舵角の少なくとも一方に基づいて前記車両のスリップ状態を検出することを特徴とする請求項1に記載の車両の制動制御装置。
【請求項3】
前記所定のスリップ状態は、所定のスリップ率と所定のスリップ角とに基づいて設定されたことを特徴とする請求項1又は2に記載の車両の制動制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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