説明

車両用ディスクブレーキ装置

【課題】ブレーキ操作開始初期のレスポンスを良好にするとともに、ブレーキパッドの引き摺りを抑制することが可能な車両用ディスクブレーキ装置を提供する。
【解決手段】ディスクブレーキ装置のピストンが、ハウジング54の内部を個別に移動可能な第1ピストン部58と第2ピストン部60とを有し、作動液の液圧が第1設定閾値以上となった場合(a)に、第1ピストン部がブレーキパッド16を押し付け、液圧が第1設定閾値より高く設定された第2設定閾値以上となった場合(b)に、第2ピストン部がブレーキパッドを押し付けるように構成する。このような装置によれば、レスポンスよく第1ピストン部をブレーキパッドに押し付けるとともに、ブレーキ解除時に大きな復元力で第2ピストン部をブレーキパッドから離すことが可能となり、レスポンスの向上とブレーキパッドの引き摺り防止とを両立することが可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ディスクロータとブレーキパッドとの摩擦により制動力を発生させる車両用ディスクブレーキ装置に関する。
【背景技術】
【0002】
ディスクブレーキ装置は、一般的に、(A)車輪とともに回転するディスクロータと、(B)摩擦材を有するブレーキパッドと、(C)そのブレーキパッドを、摩擦材がディスクロータの摺接面に対向するように、かつ、ディスクロータの摺接面に対して接近離間可能に保持するブレーキパッド保持体と、(D)ブレーキパッドをディスクロータの摺接面に押し付けるシリンダ装置を有するキャリパとを備え、ディスクロータとブレーキパッドとの摩擦により制動力を発生させる構造とされる。下記特許文献に記載されているブレーキ装置は、そのような構造のディスクブレーキ装置の一例である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平8−338455号公報
【特許文献2】特開2007−296982号公報
【特許文献3】特開2007−64296号公報
【特許文献4】特開平7−259900号公報
【特許文献5】特開2000−320589号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
作動液の液圧を上昇させることでシリンダ装置の有するピストンがブレーキパッドをディスクロータに押し付ける構造のディスクブレーキ装置の多くには、作動液の液漏れを防止するべくピストンの外周面にオイルシールが設けられている。このオイルシールは、通常、弾性変形させられた状態で設けられており、オイルシールが発生させる弾性力はピストンの外周面に対して作用している。このため、オイルシールが発生させる弾性力は、ピストンがブレーキパッドをディスクロータの摺接面に押し付ける際のピストンの移動を妨げる摩擦力として作用し、その摩擦力が大きいとブレーキ操作の開始初期のレスポンスが低下する虞がある。また、オイルシールは、ピストンの移動に伴って軸線方向に弾性変形し、ピストンを元の位置に戻そうとする復元力が生じる。その復元力は、ブレーキ操作が解除された場合にピストンをブレーキパッドから離す力として作用するが、その復元力が小さいとブレーキパッドの引き摺りが生じる虞がある。本発明は、そのような事情に鑑みてなされたものであり、ブレーキ操作開始初期のレスポンスを良好にするとともに、ブレーキパッドの引き摺りを抑制することが可能な車両用ディスクブレーキ装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題を解決するために、本発明の車両用ディスクブレーキ装置は、
車輪とともに回転するディスクロータと、
摩擦材を有するブレーキパッドと、
そのブレーキパッドを、前記摩擦材が前記ディスクロータの摺接面に対向した状態で、かつ前記ディスクロータの摺接面に対して接近離間可能に保持するブレーキパッド保持体と、
シリンダハウジングと、そのシリンダハウジングの内部にそれの軸線方向に移動可能に配設されたピストンとを有し、内部に作動液を収容する液室が前記シリンダハウジングと前記ピストンとによって区画されて、その液室内部の作動液の液圧の上昇に伴って前記ピストンが前記ブレーキパッドを前記ディスクロータに押し付ける構造とされたシリンダ装置を有するキャリパと
を備え、
前記ピストンが、
前記シリンダハウジングの内部の前記軸線方向に垂直な断面の一部を占めるように配設される第1ピストン部と、その断面の前記第1ピストン部が配設されていない部分の少なくとも一部を占めるように配設される第2ピストン部とを有し、
前記第1ピストン部と前記第2ピストン部とが、前記シリンダハウジングの内部をそれの軸線方向に個別に移動可能に構成され、
前記第1ピストン部が、前記液室内部の作動液の液圧が第1設定閾値以上となった場合に前記ブレーキパッドを前記ディスクロータに押し付けるとともに、前記第2ピストン部が、前記液室内部の作動液の液圧が前記第1設定閾値より高い値に設定された第2設定閾値以上となった場合に前記ブレーキパッドを前記ディスクロータに押し付けるように構成される。
【発明の効果】
【0006】
本発明のディスクブレーキ装置においては、第1ピストン部がシリンダハウジングの内部において移動し易くされており、第2ピストン部がシリンダハウジングの内部において移動し難くされている。このため、ブレーキ操作開始初期には、まず、第1ピストン部がブレーキパッドをディスクロータに押し付け、液圧が第2設定閾値となった場合に、第2ピストン部が、第1ピストン部と共にブレーキパッドをディスクロータに押し付ける。そして、ブレーキ操作が解除された場合には、後に詳しく説明するように、移動し難い第2ピストン部の移動に伴って生じた大きな復元力が、第2ピストン部を元の位置に戻そうとする力として作用する。したがって、本発明のディスクブレーキ装置によれば、ブレーキ操作開始初期のレスポンスを良好にするとともに、ブレーキパッドの引き摺りを抑制することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【図1】本発明の実施例である車両用ディスクブレーキ装置の正面図である。
【図2】実施例の車両用ディスクブレーキ装置の断面図(図1におけるA−A断面図)である。
【図3】実施例の車両用ディスクブレーキ装置におけるピストンの動きを示す概略図(図1におけるA−A断面図の一部)である。
【図4】液室内部の作動液の液圧と制動力との関係とを示すグラフである。
【図5】各ピストンとブレーキパッドとの間の距離と液室内部の作動液の液圧との関係とを示すグラフである。
【図6】本発明の変形例の車両用ディスクブレーキ装置の断面図である。
【図7】図6におけるB−B断面図である。
【図8】本発明のもう1つの変形例の車両用ディスクブレーキ装置の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、本発明を実施するための最良の形態として、本発明の実施例およびいくつかの変形例を、図を参照しつつ詳しく説明する。なお、本発明は、下記実施例,変形例に限定されるものではなく、当業者の知識に基づいて種々の変更、改良を施した種々の態様で実施することができる。
【実施例】
【0009】
<実施例>
本発明の実施例である車両用ディスクブレーキ装置10を図1,図2に示す。図1は、ディスクブレーキ装置10の正面図であり、図2は、断面図(図1におけるA−A断面)である。本ディスクブレーキ装置10は、車輪と一体的に回転するディスクロータ12と、車輪とともに回転しない車両の一部、具体的には、ステアリングナックル14(図2参照)に配設された1対のブレーキパッド16との摩擦により制動力を発生させるものである。ディスクブレーキ装置10は、それらディスクロータ12および1対のブレーキパッド16と、ステアリングナックル14に固定されて1対のブレーキパッド16を保持するブレーキパッド保持体としてのマウンティング18と、そのマウンティング18に支持されたキャリパ20とを含んで構成される。なお、図1,2においては、ディスクブレーキ装置10の構造を分かりやすくするために、ディスクロータ12は、二点鎖線で位置と形状を示している。
【0010】
マウンティング18は、ディスクロータ12の周縁部を跨いだ状態で、2本のボルト30によりステアリングナックル14に設けられた取付部に固定されている。そのマウンティング18に保持される1対のブレーキパッド16は、裏金32に摩擦材34が固着されたものであり、その裏金32には、ディスクロータ12の周方向における両側の端部の各々に凸部36が形成されている。一方、マウンティング18には、それのディスクロータ12の内側(車幅方向における車体中央側)に位置する部分と外側(車輪側)に位置する部分とに、それぞれ、1対の凹部38が形成されている。そして、そのマウンティング18は、1対の凹部38の各々に裏金32の1対の凸部36の各々が嵌め入れられた状態で、ブレーキパッド16を保持している。そのような構成により、1対のブレーキパッド16は、その各々の摩擦材34がディスクロータ12の両側面の各々の外周に近い部分(以下、「摺接面」という場合がある)に対向するように、かつ、その摺接面に対して接近離間可能に、マウンティング18に保持されている。
【0011】
マウンティング18には、キャリパ20が、図2に示すように、ディスクロータ12および1対のブレーキパッド16を跨ぐ状態で支持されている。キャリパ20は、キャリパ本体50とピストン52とを含んで構成され、そのキャリパ本体50は、ピストン52が嵌合されたシリンダハウジングとしてのハウジング部54と、そのハウジング部54から延び出すアーム部56とを有している。つまり、キャリパ20は、ピストン52とハウジング部54とで構成されるシリンダ装置を有するものとなっている。ピストン52は、ハウジング部54内をそれの軸線方向(以下、単に「ハウジング軸線方向」という場合がある)にそれぞれ個別に移動可能な第1ピストン部(以下、単に「第1ピストン」という場合がある)58と第2ピストン部(以下、単に「第2ピストン」という場合がある)60とを含んで構成されている。
【0012】
第2ピストン60は、ハウジング部54にそれの内部において摺動可能に嵌合された概して円筒形状の部材であって、上記ハウジング軸線方向に貫通する貫通穴62がその第2ピストン60の端面の中央に形成されている。その第2ピストン60の一方の端面とハウジング部54とによって内部に作動液が収容される液室64が区画されており、第2ピストン60の他方の端面は、ディスクロータ12の内側に保持されたブレーキパッド16に向かい合っている。一方、第1ピストン58は、液室64を区画する第2ピストン60の一方の端面に向かい合うように配設される薄い円筒形状の円筒体66と、その円筒体66の端面の中央部に固定的に立設されて、第2ピストン60に形成された貫通穴62に挿入される貫通穴挿入体68とから構成されている。円筒体66は、ハウジング部54にそれの内部において摺動可能に嵌合されており、液室64を2つの部屋に区画している。円筒体66には、それら2つの部屋の間の作動液の流通を許容する流通路70が周方向の8等配の位置に8本形成されている(図2には2本図示されている)。貫通穴挿入体68は、第2ピストン60の一方の端面から貫通穴62にそれの内部において摺動可能に挿入されており、第2ピストン60の他方の端面から延び出している。
【0013】
また、液室64内を液密に保つべく、第2ピストン60の外周面とハウジング部54の内周面との間には、断面形状が概して四角形の第2ピストン部オイルシール(以下、略して「第2ピストンシール」という場合がある)72が設けられており、貫通穴挿入体68の外周面と貫通穴62との間には、断面形状が概して円形の貫通穴挿入体オイルシール(以下、略して「挿入体シール」という場合がある)74が設けられている。そして、液密に保たれた液室64には、キャリパ本体50に設けられた接続孔76から作動液が流入・流出させられるようになっている。なお、円筒体66の外周面とハウジング部54の内周面との間にも、断面形状が概して円形の円筒体オイルシール(以下、略して「円筒体シール」という場合がある)78が設けられている。
【0014】
また、キャリパ本体50には、1対のスライドピン80がディスクロータ12の回転軸線方向に延びる状態で固定されている。キャリパ20は、その1対のスライドピン80がマウンティング18に形成された1対の摺動孔82に挿入されることで、キャリパ本体50がディスクロータ12の回転軸線方向に移動可能な状態で支持されている。キャリパ20は、マウンティング18に支持された状態において、ピストン52、つまり、第1ピストン58および第2ピストン60が、ディスクロータ12の内側に保持されたブレーキパッド16に近接させられるとともに、アーム部56の先端が、ディスクロータ12の外側に保持されたブレーキパッド16に近接させられた状態となっている。
【0015】
上述のような構造から、液室64に作動液が流入させられて液室64内部の作動液の液圧が上昇すると、ピストン52が、車輪側(図2における右側)に向かって移動させられるとともに、その反動によって、キャリパ本体50が、車幅方向における車体中央側(図2における左側)に向かって移動させられることになる。そのことにより、ピストン52およびキャリパ本体50の各々が、1対のブレーキパッド16の各々を、ディスクロータ12の摺接面に押し付けることになる。そして、本ディスクブレーキ装置10は、それらブレーキパッド16とディスクロータ12との摩擦により制動力が発生させられるようになっている。なお、ブレーキパッド16には、補強材として機能するアンチスクイールシム86が取り付けられており、ブレーキパッド16は、そのアンチスクイールシム86を介してピストン52およびキャリパ本体50に押圧され、摩擦材34の摺接面全体が、ディスクロータ12の摺接面に対して均等に押し付けられるようになっている。
【0016】
ただし、本ディスクブレーキ装置10においては、ピストン52が第1ピストン58と第2ピストン60とから構成されており、第2ピストン60は、第1ピストン58と比較してハウジング軸線方向に移動し難くされている。このため、液室64内部の作動液の液圧の上昇に伴って、まず、第1ピストン58が移動させられ、さらに作動液の液圧が上昇すると、第2ピストン60が移動させられるようになっている。詳しく説明すると、第1ピストン58と第2ピストン60との各々の外周面に設けられたオイルシール72,74,78は、弾性変形させられた状態で各々の外周面に対して弾性力を発生させており、各々のオイルシール72,74,78が発生させる弾性力が、第1ピストン58と第2ピストン60との各々に対して摩擦力として作用する。第2ピストン60の外周面に設けられる第2ピストンシール72の弾性係数は、第1ピストン58の外周面に設けられる挿入体シール74および円筒体シール78の弾性係数より比較的高くされており、第2ピストンシール72の発生させる弾性力は、挿入体シール74の発生させる弾性力と円筒体シール78の発生させる弾性力とを合計したものより大きくなっている。また、第2ピストンシール72の断面形状は四角形であり、挿入体シール74および円筒体シール78の断面形状は円形とされているため、第2ピストンシール72の第2ピストン60の外周面への接触面積は、挿入体シール74の貫通穴挿入体68の外周面への接触面積と円筒体シール78の円筒体66の外周面への接触面積とを合計したものより大きくなっている。このため、第2ピストン60に作用する摩擦力は、第1ピストン58に作用する摩擦力より大きなものとなり、第2ピストン60は、第1ピストン58と比較してハウジング軸線方向に移動し難くなっているのである。
【0017】
したがって、運転者によってブレーキペダルが踏み込まれて、液室64内部の作動液の液圧が上昇すると、まず、図3(a)に示すように、第1ピストン58が、挿入体シール74および円筒体シール78の発生させる摩擦力に抗ってブレーキパッド16に向かって移動し、第1ピストン58の貫通穴挿入体68の先端部が、ブレーキパッド16をディスクロータ12の摺接面に押し付ける。そして、液室64内部の作動液の液圧がさらに上昇すると、図3(b)に示すように、第2ピストン60が、第2ピストンシール72の発生させる摩擦力に抗ってブレーキパッド16に向かって移動し、第1ピストン58と第2ピストン60との各々が、ブレーキパッド16をディスクロータ12の摺接面に押し付ける。このように、本ディスクブレーキ装置10においては、液室64内部の作動液の液圧が低い場合には、1対のブレーキパッド16の各々が、第1ピストン58とキャリパ本体50との各々によってディスクロータ12の摺接面に押し付けられて、制動力が発生し、液圧がある程度高くなった場合に、1対のブレーキパッド16の各々が、第1ピストン58と第2ピストン60とキャリパ本体50との各々によってディスクロータ12の摺接面に押し付けられて、制動力が発生するようになっている。
【0018】
図4に、液室64内部の作動液の液圧Pと制動力Fとの関係を示す。図から解るように、液圧が第1設定閾値P1となった場合に、第1ピストン58とキャリパ本体50との各々が1対のブレーキパッド16の各々を押し付け始め、液圧の上昇に伴って制動力が増加する。そして、液圧が第2設定閾値P2となった場合に、第1ピストン58に加えて第2ピストン60がブレーキパッド16を押し付け始める。つまり、第1ピストン58の外周面に設けられた第1ピストン部オイルシールとして機能する挿入体シール74および円筒体シール78は、液圧が第1設定閾値P1以上となった場合に、第1ピストン58がブレーキパッド16を押し付けるように第1ピストン58の移動を許容し、第2ピストン60の外周面に設けられた第2ピストンシール72は、液圧が第2設定閾値P2以上となった場合に、第2ピストン60がブレーキパッド16を押し付けるように第2ピストン60の移動を許容するのである。
【0019】
また、第1ピストン58と第2ピストン60との各々がブレーキパッド16に向かって移動すると、挿入体シール74,円筒体シール78と第2ピストンシール72との各々は軸線方向に弾性変形し、運転者によるブレーキペダルの踏み込みが解除された場合に、各々の復元力によって、第1ピストン58と第2ピストン60との各々が、ブレーキ操作が開始される前の各々の位置に向かって移動させられる。つまり、各ピストン58,60がブレーキパッド16の接近に伴って各シール72,74,78が軸線方向に弾性変形し、各シール72,74,78の復元力によって各ピストン58,60がブレーキパッド16から離間させられるのである。各ピストン58,60とブレーキパッド16との間の距離xと液室64内部の作動液の液圧Pとの関係を示した図5を用いて、以下に詳しく説明する。
【0020】
液圧の上昇に伴って第1ピストン58がブレーキパッド16に向かって移動する際、つまり、第1ピストン58とブレーキパッド16との間の距離xが減少する際には、液圧が第1設定液圧P1に達するまでは挿入体シール74および円筒体シール78の弾性変形を伴って、第1ピストン58が移動する(実線)。図でのx0はブレーキ操作開始前の各ピストン58,60とブレーキパッド16との間の距離を示している。そして、液圧が第1設定液圧P1に達すると、シール74,78と第1ピストン58との間で相対滑りが生じ、第1ピストン58とブレーキパッド16との間の距離が0、つまり、第1ピストン58がブレーキパッド16をディスクロータ12に押し付ける。一方、液圧の上昇に伴って第2ピストン60がブレーキパッド16に向かって移動する際、つまり、第2ピストン60とブレーキパッド16との間の距離xが減少する際には、液圧が第2設定液圧P2に達するまでは第2ピストンシール72の弾性変形を伴って、第2ピストン60が移動し(点線)、液圧が第2設定液圧P2に達すると、シール72と第2ピストン60との間で相対滑りが生じ、第2ピストン60がブレーキパッド16をディスクロータ12に押し付ける。
【0021】
そして、液圧が第2設定液圧P2以上となった後にブレーキ操作が解除されると、第2ピストン60が第2ピストンシール72の復元力によってブレーキパッド16から離間させられるとともに(点線)、第1ピストン58が挿入体シール74および円筒体シール78の復元力によってブレーキパッド16から離間させられる(実線)。図から解るように、ブレーキ操作が解除された後の第1ピストン58とブレーキパッド16との間の距離x1は、ブレーキ操作が解除された後の第2ピストン60とブレーキパッド16との間の距離x2より短くなっている。つまり、ブレーキ操作が解除された後に、第1ピストン58はブレーキパッド16に近い位置に戻されるとともに、第2ピストン60はブレーキパッド16から離れた位置に戻される。したがって、本ディスクブレーキ装置10においては、第1ピストン58の嵌入穴挿入体68の先端をブレーキパッド16に近い位置に維持することが可能となり、運転者によってブレーキペダルが再度踏み込まれた際に、素早く制動力を発生させることが可能となる。また、第2ピストン60の端面をブレーキパッド16から離れた位置に戻すことが可能となり、第2ピストン60によるブレーキパッド16の引き摺りを抑制することが可能となる。なお、挿入体シール74による摩擦力は円筒体シール78による摩擦力より小さくされており、運転者によるブレーキペダルの踏み込みが解除されて第2ピストン60が上述のようにブレーキパッド16から離間する際には、第2ピストン60は第1ピストン58を引きずることなく離間するようにされている。
【0022】
従来のディスクブレーキ装置においては、通常、シリンダ装置を構成するピストンは1つであり、その1つのピストンの外周面に本装置10で採用されている第2ピストンシール72と同様のオイルシールを設けた場合には、図4の一点鎖線に示すように、液圧が第2設定閾値P2以上とならなければ制動力は発生しない。つまり、制動開始初期のレスポンスはあまり良くない。一方で、制動開始初期のレスポンスをよくするために、ピストンの外周面に本装置10で採用されている円筒体シール78と同様のオイルシールを設けた場合には、制動開始初期のレスポンスは良好になる。しかし、液圧の低い状態でピストンの移動を許容するオイルシールを採用すると、図5の実線に示すように、ブレーキ操作解除後にピストンはブレーキパッドの近くに維持されることとなり、ブレーキパッドの引き摺りが生じる虞がある。本ディスクブレーキ装置10においては、液圧が低い状態で移動する第1ピストン58と、液圧がある程度高くなった状態で移動する第2ピストン60とによってシリンダ装置のピストンが構成されていることから、上述したように、制動開始初期のレスポンスを良好にするとともに、ブレーキパッドの引き摺りを抑制することが可能となっている。
【0023】
<変形例1>
上記ディスクブレーキ装置10においては、第1ピストン58が、円筒体66と、その円筒体66の中央に立設された1本の貫通穴挿入体68とから構成されているが、第1ピストンを、円筒体と、その円筒体に立設された複数の貫通穴挿入体とから構成してもよい。具体的にいえば、図6および、図6におけるB−B断面図である図7に示すように、第1ピストン部90を、液室64を2つの部屋に区画する円筒体92と、その円筒体92の端面に間隔をおいて固定的に立設される3本の貫通穴挿入体94とから構成し(図6には2本図示されている)、円筒体92には、2つの部屋の間の作動液の流通を許容する流通路96を間隔をおいて6本形成する(図6には2本図示されている)。一方、第2ピストン部98には、3本の貫通穴挿入体94に対向する位置に3本の貫通穴100を形成し(図6には1本図示されている)、3本の貫通穴挿入体94の各々を各貫通穴100に摺動可能に挿入する。また、円筒体92の外周面には円筒体シール78を、3本の貫通穴挿入体94の各々には挿入体シール74を、第2ピストン部98の外周面には第2ピストンシール72を、それぞれ設ける。このような構造のディスクブレーキ装置によっても、制動開始初期のレスポンスを良好にするとともに、ブレーキパッドの引き摺りを抑制することが可能となる。さらに、この変形例の装置においては、第1ピストン部90は3箇所でブレーキパッド16を押し付けており、第1ピストン部90はブレーキパッド16を均等に押し付けることが可能となり、ブレーキ鳴きを抑制することが可能となっている。
【0024】
<変形例2>
さらに、もう1つの変形例として、第1ピストンを貫通穴挿入体のみで構成してもよい。具体的にいえば、図8に示すように、第1ピストン部110を、円柱形状の貫通穴挿入体112のみから構成し、第2ピストン部114には、その貫通穴挿入体112に対向する位置に貫通穴116を形成し、貫通穴挿入体112をその貫通穴116に摺動可能に挿入する。また、第2ピストン部114の外周面には第2ピストンシール72を設け、貫通穴挿入体112の外周面には、上記円筒体シール78と同様の摩擦力および復元力を発生可能な挿入体シール118を設ける。このような構造のディスクブレーキ装置によっても、制動開始初期のレスポンスを良好にするとともに、ブレーキパッドの引き摺りを抑制することが可能となる。また、この変形例の装置においては、シリンダ装置を構成するピストンの構造を比較的簡便なものとすることが可能となっている。
【符号の説明】
【0025】
10:車両用ディスクブレーキ装置 12:ディスクロータ 16:ブレーキパッド 18:マウンティング(ブレーキパッド保持体) 20:キャリパ 34:摩擦材 52:ピストン(シリンダ装置) 54:ハウジング部(シリンダハウジング)(シリンダ装置) 58:第1ピストン部 60:第2ピストン部 64:液室 90:第1ピストン部 98:第2ピストン部 110:第1ピストン部 114:第2ピストン部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車輪とともに回転するディスクロータと、
摩擦材を有するブレーキパッドと、
そのブレーキパッドを、前記摩擦材が前記ディスクロータの摺接面に対向した状態で、かつ前記ディスクロータの摺接面に対して接近離間可能に保持するブレーキパッド保持体と、
シリンダハウジングと、そのシリンダハウジングの内部にそれの軸線方向に移動可能に配設されたピストンとを有し、内部に作動液を収容する液室が前記シリンダハウジングと前記ピストンとによって区画されて、その液室内部の作動液の液圧の上昇に伴って前記ピストンが前記ブレーキパッドを前記ディスクロータに押し付ける構造とされたシリンダ装置を有するキャリパと
を備えた車両用ディスクブレーキ装置であって、
前記ピストンが、
前記シリンダハウジングの内部の前記軸線方向に垂直な断面の一部を占めるように配設される第1ピストン部と、その断面の前記第1ピストン部が配設されていない部分の少なくとも一部を占めるように配設される第2ピストン部とを有し、
前記第1ピストン部と前記第2ピストン部とが、前記シリンダハウジングの内部をそれの軸線方向に個別に移動可能な構造とされ、
前記第1ピストン部が、前記液室内部の作動液の液圧が第1設定閾値以上となった場合に前記ブレーキパッドを前記ディスクロータに押し付けるとともに、前記第2ピストン部が、前記液室内部の作動液の液圧が前記第1設定閾値より高い値に設定された第2設定閾値以上となった場合に前記ブレーキパッドを前記ディスクロータに押し付ける構造とされた車両用ディスクブレーキ装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−249293(P2010−249293A)
【公開日】平成22年11月4日(2010.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−102115(P2009−102115)
【出願日】平成21年4月20日(2009.4.20)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】