説明

車両用ドラムブレーキ

【課題】ブレーキの鳴きを抑制し、且つ、バッキングプレートを軽量化するドラムブレーキを提供する。
【解決手段】バッキングプレート16の外周縁部には、その内周部16aの板厚よりも厚く増肉された環状の増肉部16cがスピニング加工によって一体に成形されるため、その増肉部16cによってバッキングプレート16は、その外周縁部との板厚差による剛性差により板厚が均一のバッキングプレート80に比較して、ドラムブレーキ10の制動時において一対のブレーキシュー18,20の摺動面に生ずる摩擦等による振動に起因するバッキングプレートの共振モードがずれて共振点が高周波数側にずれるのでブレーキの鳴きが好適に抑制される。また、バッキングプレート16は、その一部である外周縁部が増肉されるものであるため、ブレーキの鳴きを抑制するためにバッキングプレート全体を増肉させるものに比較して軽量となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両用ドラムブレーキに関し、特に車両用ドラムブレーキを軽量化する技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
車両用ドラムブレーキは、たとえば特許文献1に示すように、バッキングプレートと、そのバッキングプレート上に拡開可能に配設された円弧状の一対のブレーキシューとを含むものであり、車両用ドラムブレーキは車両の燃費向上のために軽量化されることが常に望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2007−10121号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記車両用ドラムブレーキの軽量化において、上記バッキングプレートの板厚を下げてそのバッキングプレートを軽量にすることが考えられているが、バッキングプレートの板厚を下げると、ドラムブレーキの制動時において、上記一対のブレーキシューの摺動面に生ずる摩擦等による振動によってドラムブレーキの各構成部材等特にバッキングプレートが共振することによりブレーキの鳴きと称される不快な音が発生し易くなる。
【0005】
本発明は、以上の事情を背景として為されたものであって、その目的とするところは、ブレーキの鳴きを抑制し、且つ、バッキングプレートを軽量化する車両用ドラムブレーキを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
かかる目的を達成するための請求項1に係る発明の要旨とするところは、(a) バッキングプレートと、そのバッキングプレート上に拡開可能に配設された円弧状の一対のブレーキシューとを含む車両用ドラムブレーキであって、(b) 前記バッキングプレートは、車両の非回転部材に固定される内周部と前記一対のブレーキシューが配設される外周部とによって構成されており、(c) 前記バッキングプレートの外周縁部には、その内周部の板厚よりも厚く増肉された環状の増肉部がスピニング加工によって一体に成形されるものである。
【0007】
また、請求項2に係る発明の要旨とするところは、請求項1に係る発明において、(a) 前記バッキングプレートは、その内周部または外周部に取り付けられた円板保持治具によってそのバッキングプレートの軸心回りに回転され、軸心回りに回転する円柱状の増肉部成形ローラによってスピニング加工されるものであって、(b) 前記増肉部成形ローラは、その周方向に連なる環状の凹溝を外周面に有し、(c) 前記バッキングプレートの増肉部は、そのバッキングプレートの外周縁部が前記増肉部成形ローラの凹溝内に当接されて前記バッキングプレートの厚み方向に塑性変形されたものである。
【発明の効果】
【0008】
請求項1に係る発明の車両用ドラムブレーキによれば、(b) 前記バッキングプレートは、車両の非回転部材に固定される内周部と前記一対のブレーキシューが配設される外周部とによって構成されており、(c) 前記バッキングプレートの外周縁部には、その内周部の板厚よりも厚く増肉された環状の増肉部がスピニング加工によって一体に成形されるため、前記増肉部によって前記バッキングプレートは、その外周縁部との板厚差による剛性差により板厚が均一のバッキングプレートに比較して、前記ドラムブレーキの制動時において前記一対のブレーキシューの摺動面に生ずる摩擦等による振動に起因するバッキングプレートの共振モードがずれて共振点が高周波数側にずれるのでブレーキの鳴きが好適に抑制される。また、前記バッキングプレートは、その一部である外周縁部が増肉されるものであるため、ブレーキの鳴きを抑制するためにバッキングプレート全体を増肉させるものに比較して軽量となる。
【0009】
請求項2に係る発明の車両用ドラムブレーキによれば、(a) 前記バッキングプレートは、その内周部または外周部に取り付けられた円板保持治具によってそのバッキングプレートの軸心回りに回転され、軸心回りに回転する円柱状の増肉部成形ローラによってスピニング加工されるものであって、(b) 前記増肉部成形ローラは、その周方向に連なる環状の凹溝を外周面に有し、(c) 前記バッキングプレートの増肉部は、そのバッキングプレートの外周縁部が前記増肉部成形ローラの凹溝内に当接されて前記バッキングプレートの厚み方向に塑性変形されたものであるため、前記スピニング加工によって前記バッキングプレートの増肉部の板厚を変化させることにより前記バッキングプレートの共振点の周波数を変化させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明が適用されたリーディング・トレーリング型ドラムブレーキを示す正面図である。
【図2】図1の実施例のドラムブレーキのストラットをホイールシリンダ側から示す断面図である。
【図3】本発明のドラムブレーキにおける、バッキングプレートだけを示す斜視図である。
【図4】綱板から図3に示すバッキングプレートが製造されるまでの製造工程を示す図である。
【図5】図4に示されている第1プレス工程を説明する図である。
【図6】図4に示されている第2プレス工程を説明する斜視図である。
【図7】図6に示されている円板部材が取り付けられると共にその円板部材の外周縁部が増肉される増肉部成形装置を説明する図である。
【図8】図4に示されている増肉部成形第1工程を説明する図である。
【図9】図4に示されている増肉部成形第2工程を説明する図である。
【図10】本発明のバッキングプレートを使用した際のブレーキの鳴きの抑制効果を検証する為に板厚の異なる2つのバッキングプレートを使用して本発明者が行った対照実験で測定したドラムブレーキの振動特性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の一実施例を図面を参照して詳細に説明する。なお、以下の実施例において図は適宜簡略化或いは変形されており、各部の寸法比および形状等は必ずしも正確に描かれていない。
【実施例】
【0012】
図1は、本発明の一実施例のパーキングロック機能を備えたシュー間隙自動調節機構付ドラムブレーキであるリーディング・トレーリング型の車両用ドラムブレーキ(以下、ドラムブレーキという)10であって、ブレーキドラム12を取り外して示す正面図である。また、ブレーキドラム12は、図1の1点鎖線で示す2つの同心円で表されており、その2つの円のうちの中心側の円はブレーキドラム12の内周面14を示している。
【0013】
ドラムブレーキ10は、略円板形状を成し、たとえば図示しない車軸管、アクスルハウジング、サスペンション装置等の非回転部材が内周部16aにおいて一体的に固定されるバッキングプレート16と、そのバッキングプレート16の左右の外周部16bに円弧形状の凸側が外側になる姿勢で互いに接近離間可能に略対称的に配設される一対のブレーキシュー18,20と、その一対のブレーキシュー18,20の図1における下端部間に位置固定に設けられたアンカ22と、一対のブレーキシュー18,20の下端部間に張設されてそれら下端部をアンカ22に常時当接させるスプリング24と、一対のブレーキシュー18,20の上端部間に配設されたホイールシリンダ26とを備えている。
【0014】
一対のブレーキシュー18,20は、何れもバッキングプレート16の板面と略平行な平板状を成し且つ図1に示す正面図において全体が円弧形状に湾曲したシューウェブ28,30と、それらの円弧形状を成す外周側端縁に沿って図2に示す断面が略T字状を成すように一体的に固設された帯板状のシューリム32,34と、それらシューリム32,34の外周面に接着剤などで一体的に固着された摩擦材から成るライニング36,38とを備えてそれぞれ構成されている。また、一対のブレーキシュー18,20は、シューウェブ28,30にそれぞれ配設されたシューホールドダウン装置40,42によってバッキングプレート16に対して面方向の相対移動可能に保持されている。
【0015】
また、一対のブレーキシュー18,20の上端部すなわちホイールシリンダ26側の端部にはリターンスプリング44が張設されると共に、一対のブレーキシュー18,20の間に架け渡された長手板状のストラット46が配設されている。ブレーキシュー18および20には、上記ストラット46を支持するために相手に向かって支持突起18aおよび20aがそれぞれ形成されている。
【0016】
図2に示すように、ストラット46は、両端に切欠48,50を備えたものであって、図2におけるその左方の切欠48においてブレーキシュー18のシューウェブ28に係合させられ、右方の切欠50においてブレーキシュー20のシューウェブ30に係合させられている。また、ストラット46の長手方向における中間部にはバッキングプレート16から離れる方向に突設された引掛突起46aが設けられており、ストラット46は、その引掛突起46aとブレーキシュー18との間に張設されたストラットリターンスプリング52によって、ブレーキシュー18側に常時付勢されている。
【0017】
図1において左側に位置するブレーキシュー18の上端部には、平板状のパーキングブレーキレバー54の基端部がピン56により回動可能に連結されている。このパーキングブレーキレバー54の中間部であってピン56に近い部分は、ストラット46の左方の切欠48内にシューウェブ28と共に係合させられている。
【0018】
パーキングブレーキレバー54の先端部は、よく知られた図示しないパーキングブレーキケーブルに連結されており、図示しないパーキングレバーの操作によりパーキングブレーキケーブルを介してパーキングブレーキレバー54の先端部がバッキングプレート16の中心側へ回動させられると、ブレーキシュー20がストラット46に押されて外周側へ移動させられるとともにブレーキシュー18がピン56に押されて外周側へ移動させられるので、一対のブレーキシュー18および20が拡開されて制動力が発生させられるようになっている。
【0019】
図1において右側に位置するブレーキシュー20の上端部には、平板状のアジャストレバー58が、シューウェブ30の板面に略垂直を成すピン60の軸心回りの回動可能に配設されている。このアジャストレバー58は、ピン60とは反対側に位置する円弧状の外周端縁に係合歯58aを備えたものであり、その外周側縁部には、ストラット46の切欠50の開口部に内向きに突設された係合突起46bが係合させられている。これにより、アジャストレバー58は、ストラット46がブレーキシュー20から離れる方向に移動するにともなって回動させられるようになっている。
【0020】
ブレーキシュー20の長手方向の中間部には、上記係合歯58aと噛み合う掛止歯62aを外周縁の所定位置に備えたアジャストラッチ62がピン64によって回動可能に設けられるとともに、係合歯58aと掛止歯62aとが常時噛み合うようにアジャストラッチ62を付勢するひげばね状のラッチスプリング66が設けられている。これにより、アジャストレバー58は、ストラット46から離れる方向すなわちバッキングプレート16の外周側への回動方向が阻止されるとともに、係合歯58a或いは掛止歯62aの1歯以上のストロークでストラット46に接近する方向へすなわちバッキングプレート16の内周側へ回動させられると、係合歯58aが掛止歯62aの1歯を乗り越えてその1歯分の回動が許容されるようになっている。すなわち、係合歯58aおよび掛止歯62aは例えばそれぞれ鋸歯状を成している。
【0021】
図示しないブレーキペダル操作に伴ってホイールシリンダ26のピストンが突き出されることによりブレーキシュー18および20の上端部が互いに離隔する方向に拡開されると、ストラット46はブレーキシュー18と共に左方向へ移動するので、それに伴って、その係合突起46bと係合するアジャストレバー58は右回りに回転させられる。このブレーキの作動毎において、アジャストレバー58の係合歯58aの回動量が1歯分以内であればアジャストレバー58の回動位置へ変化しないが、1歯分以上となるとアジャストラッチ62の掛止歯62aを乗り越えてアジャストレバー58が1歯分だけ右回りさせられる。これにより、ブレーキシュー18および20の摩耗によってその拡開量が所定以上となると、アジャストレバー58が1歯分だけ右回りさせられて、その拡開量すなわちブレーキシュー18および20とブレーキドラム12の内周面14との間隙が自動的に調節される。
【0022】
図3は、ドラムブレーキ10のバッキングプレート16を示す斜視図であり、以下において、そのバッキングプレート16の製造方法を説明する。
【0023】
図4は、例えば綱板から図3に示すバッキングプレート16が製造されるまでの製造工程を示す図である。その図4において、第1プレス工程P1では、板厚が例えば2.6mmである均一厚みの綱板がプレス加工による打ち抜きによって図5に示すように円板形状に成形された円板部材68が作製される。続く第2プレス工程P2では、上記円板部材68の内周部68aおよび外周部68bがプレス加工によって図6に示すような形状に成形される。
【0024】
図7は、上記プレス工程P1,P2によって成形された円板部材68が増肉部成形装置70に取り付けられた状態を示す図である。増肉部成形装置70は、上記円板部材68の外周縁部をスピニング加工によって円板部材68の内周部68aの板厚よりも厚く増肉させて曲げるものであって、円板部材68を挟んで保持すると共にその円板部材68をその軸心C回りに回転させる一対の円板保持治具72,74と、軸心C回りに回転する円板部材68の外周縁部に当接してその外周縁部を増肉させる増肉部成形第1ローラ(増肉部成形ローラ)76および増肉部成形第2ローラ(増肉部成形ローラ)78とを備えている。
【0025】
一対の円板保持治具72,74には、図7に示すように、円板部材68の外周部68bを挟んで保持する略円板形状の挟持部72a,74aと、増肉部成形装置70に備えられた図示されていない例えば電動モータ等の回転駆動装置によって軸心C回りに回転する略円柱形状の軸部72b,74bとが一体的にそれぞれ備えられており、上記回転駆動装置が駆動することによって増肉部成形装置70に取り付けられた円板部材68が軸心C回りに回転する。
【0026】
増肉部成形第1ローラ76は、図8に示すように略円柱形状を成しており、その増肉部成形第1ローラ76の外周面には、その周方向に連なる環状の凹溝76aが備えられている。また、増肉部成形第1ローラ76の凹溝76aは、断面が略V字形状でありその軸心D回りにおいて同一断面になるように環状に設けられるものであって、図8から明らかなように開口側へ向かうに従って幅寸法が大きくなるように拡開する第1側壁面76bおよび第2側壁面76cと、それ等第1側壁面76bおよび第2側壁面76cを滑らかに連結する連結壁76dとから構成されている。
【0027】
増肉部成形第2ローラ78は、図9に示すように略円柱形状を成しており、その増肉部成形第2ローラ78の外周面には、その周方向に連なる環状の凹溝78aが備えられている。また、増肉部成形第2ローラ78の凹溝78aは、断面が略矩形でありその軸心E回りにおいて同一断面になるように環状に設けられるものであって、図9から明らかなように底面から開口の幅寸法が略同じすなわち互いに略平行な第1側壁面78bおよび第2側壁面78cと、それ等第1側壁面78bおよび第2側壁面78cを滑らかに連結する連結壁78dとから構成されている。また、増肉部成形第2ロータ78の凹溝78aの深さF寸法は、円板部材68の内周部68aの板厚寸法例えば2.6mmより長いものである。
【0028】
増肉部成形第1および第2ローラ76,78は、増肉部成形装置70に備えられた図示されていない例えば電動モータ等の回転駆動装置によってそれぞれの軸心D,E回りに回転し、且つ、増肉部成形装置70に備えられた図示されていないローラ移動装置によって図8および図9に示すように円板部材68の外周縁部に接近離間移動可能に配設されている。また、円板部材68の軸心C、増肉部成形第1ローラ76の軸心D、増肉部成形第2ローラ78の軸心Eは平行であり、上記回転駆動装置が駆動することによって、増肉部成形装置70に取り付けられた円板部材68が回転する方向と増肉部成形第1および第2ローラ76,78が回転する方向とは反対回りである。
【0029】
図4に戻り、増肉部成形第1工程P3では、前記回転駆動装置によって図8の左図に示すように円板部材68が軸心C回りに回転すると共に増肉部成形第1ローラ76が軸心D回りに回転する。そして、前記ローラ移動装置によって増肉部成形第1ローラ76が円板部材68の外周縁部に接近する方向すなわち矢印G方向に移動すると、円板部材68の外周縁部が増肉部成形第1ローラ76の凹溝76aの第1側壁面76bに当接しその第1側壁面76bに沿って曲がると共に連結壁76dに当接する。そしてさらに、増肉部成形第1ローラ76が円板部材68の軸心Cに向かって矢印G方向に移動すると円板部材68の外周縁部の先端部が第2側壁面76cに沿って開口側に移動するように塑性変形し、図8の右図に示すように円板部材68の外周縁部の先端部の板厚が厚くなるように増肉される。
【0030】
続く増肉部成形第2工程P4では、前記回転駆動装置によって増肉部成形第2ローラ78が軸心E回りに回転すると共に前記ローラ移動装置によって増肉部成形第2ローラ78が円板部材68の軸心Cに向かって矢印H方向に移動すると、増肉部成形第1工程P3によって円板部材68の外周縁部の先端部の板厚が増肉された増肉部68cがその増肉部成形第2ローラ78の凹溝78a内に当接されて、図9の右図に示すように円板部材68の外周縁部にその円板部材68の内周部68aの板厚よりも厚く均一に増肉された環状の増肉部68cが一体に成形される。
【0031】
また、増肉部成形第2工程P4において、円板部材68の外周縁部に一体に備えられた増肉部68cの板厚は、円板部材68の素材径を変え、且つ、増肉部成形第2ローラ78の凹溝の深さF寸法を変えることによって自由自在に変えることができ、前記バッキングプレート16の共振点の周波数を変化させることができる。つまり、バッキングプレート16すなわちドラムブレーキ10の鳴き周波数を必要な周波数へチューニングが可能となる。また、バッキングプレート16は、環状の増肉部68cが増肉部成形装置70によるスピニング加工によって一体に成形されるため、ブレーキの鳴きを抑制するためにバッキングプレートの外周部に環状のマスダンパーを取り付ける従来のバッキングプレートに比較して例えばスポット溶接或いはアーク溶接等の工程を減らすことができ、バッキングプレート16の製造コストを好適に安価にすることができる。
【0032】
また、上記第1プレス工程P1、第2プレス工程P2、増肉部成形第1工程P3、増肉部成形第2工程P4によって製造された円板部材68が図3に示すバッキングプレート16であり、円板部材68の外周縁部に一体に成形された環状の増肉部68cがバッキングプレート16の増肉部16cである。
【0033】
以下、上記バッキングプレート16を使用した際のブレーキの鳴きの抑制効果を検証する為に板厚の異なる2つの従来のバッキングプレートを使用して本発明者が行った対照実験について説明する。
【0034】
〈実験例〉
本実施例で使用された板厚2.6(mm)の鋼板を円板形状に打ち抜きその打ち抜かれた鋼板をプレス加工によって成形し、さらにスピニング加工によってその外周縁部に環状の増肉部16cを一体に備えたバッキングプレート16と、板厚2.6(mm)の鋼板を円板形状に打ち抜きその打ち抜かれた鋼板をプレス加工によって成形したバッキングプレート80と、板厚3.2(mm)の鋼板を円板形状に打ち抜きその打ち抜かれた鋼板をプレス加工によって成形したバッキングプレート82とを作製して、それらバッキングプレート16,80,82をそれぞれドラムブレーキに組み付けたドラムブレーキA、B、Cを用意した。また、この実験で使用される3つのドラムブレーキは、バッキングプレート以外のものはすべて同じものであり、ドラムブレーキAにはバッキングプレート16、ドラムブレーキBにはバッキングプレート80、ドラムブレーキCにはバッキングプレート82が使用される。
【0035】
次に、ドラムブレーキA乃至Cを用いてブレーキドラム12とブレーキシューの18,20との摺動面に生ずる摩擦等による振動の振動数を変化させてバッキングプレート付近に配置されたマイクロフォーンから測定された可聴周波数に基づいてドラムブレーキA乃至Cの振動特性を調べた。
【0036】
図10は、ドラムブレーキA乃至Cの振動特性を示す図であり、その図10によれば、バッキングプレート16を使用したドラムブレーキAはドラムブレーキ制動時のブレーキシューの摺接面から発生する振動に起因するバッキングプレート16の振動周波数が1150(Hz)付近になるとイナータンスが90dB程度に急激に上昇し、バッキングプレート80を使用したドラムブレーキBはドラムブレーキ制動時のブレーキシューの摺動面から発生する振動に起因するバッキングプレート70の振動周波数が1030(Hz)付近になるとイナータンスが90dB程度に急激に上昇し、バッキングプレート82を使用したドラムブレーキCはドラムブレーキ制動時のブレーキシューの摺動面から発生する振動に起因するバッキングプレート82の振動周波数が1230(Hz)付近になるとイナータンスが90dB程度に急激に上昇したことから、ドラムブレーキAの鳴き周波数すなわちバッキングプレート16の共振周波数は略1150(Hz)、ドラムブレーキBの鳴き周波数すなわちバッキングプレート80の共振周波数は略1030(Hz)、ドラムブレーキCの鳴き周波数すなわちバッキングプレート82の共振周波数は略1230(Hz)であった。
【0037】
この結果から、増肉部16cによってバッキングプレート16は、その外周縁部との板厚差による剛性差により板厚が均一のバッキングプレート80に比較して、ドラムブレーキ10の制動時において一対のブレーキシュー18,20の摺動面に生ずる摩擦等による振動に起因するバッキングプレート16の共振モードがずれて共振点が高周波数側にずれるのでブレーキの鳴きが好適に抑制されると考えられる。
【0038】
また、図10に示すように、バッキングプレート80はバッキングプレート82より軽量でありドラムブレーキBの鳴き周波数とドラムブレーキCの鳴き周波数とに大きな差があるが、バッキングプレート16は、バッキングプレート80の全体の面積の一部である外周縁部をスピニング加工によって増肉させることによって、バッキングプレート全体を増肉させたバッキングプレート82を備えるドラムブレーキCの鳴き周波数に比較的大きく近づくので、バッキングプレート16の外周縁部にバッキングプレート16の内周部16aの板厚よりも厚く増肉された増肉部16cを一体に成形させることによってブレーキの鳴きを抑制し、且つ、バッキングプレート16を軽量化することができると考えられる。
【0039】
本実施例のドラムブレーキ10によれば、(b) バッキングプレート16は、車両の非回転部材に固定される内周部16aと一対のブレーキシュー18,20が配設される外周部16bとによって構成されており、(c) バッキングプレート16の外周縁部には、その内周部16aの板厚よりも厚く増肉された環状の増肉部16cがスピニング加工によって一体に成形されるため、その増肉部16cによってバッキングプレート16は、その外周縁部との板厚差による剛性差により板厚が均一のバッキングプレート80に比較して、ドラムブレーキ10の制動時において一対のブレーキシュー18,20の摺動面に生ずる摩擦等による振動に起因するバッキングプレートの共振モードがずれて共振点が高周波数側にずれるのでブレーキの鳴きが好適に抑制される。また、バッキングプレート16は、その一部である外周縁部が増肉されるものであるため、ブレーキの鳴きを抑制するためにバッキングプレート全体を増肉させるものに比較して軽量となる。
【0040】
また、本実施例のドラムブレーキ10によれば、(a) バッキングプレート16は、その外周部16bに取り付けられた円板保持治具72,74によってそのバッキングプレート16の軸心C回りに回転され、軸心D,E回りに回転する略円柱状の第1および第2増肉部成形ローラ76,78によってスピニング加工されるものであって、(b) 増肉部成形第1および第2ローラ76,78は、その周方向に連なる環状の凹溝76a,78aを外周面に有し、(c) バッキングプレート16の増肉部16cは、そのバッキングプレート16の外周縁部が増肉部成形第1および第2ローラ76,78の凹溝76a,78a内に当接されてバッキングプレート18の厚み方向に塑性変形されたものであるため、スピニング加工によってバッキングプレート16の増肉部16cの板厚を変化させることによりバッキングプレート16の共振点の周波数を変化させることができる。
【0041】
以上、本発明の一実施例を図面に基づいて説明したが、本発明はその他の態様においても適用される。
【0042】
たとえば、本実施例のドラムブレーキ10において、バッキングプレート16は、第1プレス工程P1、第2プレス工程P2、増肉部成形第1工程P3、増肉部成形第2工程P4の順で製造されたがバッキングプレート16は必ずしもこの順で製造される必要はなく、例えば第1プレス工程P1、増肉部成形第1工程P3、増肉部成形第2工程P4、第2プレス工程P2の順に製造されても良い。
【0043】
また、本実施例のドラムブレーキ10において、バッキングプレート16の増肉部16cは、増肉部成形第1工程P3と増肉部成形第2工程P4との2工程で成形されたが必ずしも2工程で成形される必要はなく増肉部成形ローラの種類を増やして何工程で成形しても良い。さらに1工程で成形しても良い。
【0044】
また、本実施例のドラムブレーキ10において、円板部材68すなわちバッキングプレート16は、その外周部16bに取り付けられた一対の円板保持治具72,74によって軸心C回りに回転されたが、一対の円板保持治具72、74は必ずしも外周部16bの取り付けられる必要はなく例えば内周部16aに取り付けられても良い。
【0045】
以上、本発明の実施例を図面に基づいて詳細に説明したが、これはあくまでも一実施形態であり、本発明は当業者の知識に基づいて種々の変更,改良を加えた態様で実施することができる。
【符号の説明】
【0046】
10:ドラムブレーキ
16:バッキングプレート
16a:内周部
16b:外周部
16c:増肉部
C:軸心
18,20:一対のブレーキシュー
72,74:一対の円板保持治具(円板保持治具)
76:増肉部成形第1ローラ(増肉部成形ローラ)
76a:凹溝
D:軸心
78:増肉部成形第2ローラ(増肉部成形ローラ)
78a:凹溝
E:軸心

【特許請求の範囲】
【請求項1】
バッキングプレートと、該バッキングプレート上に拡開可能に配設された円弧状の一対のブレーキシューとを含む車両用ドラムブレーキであって、
前記バッキングプレートは、車両の非回転部材に固定される内周部と前記一対のブレーキシューが配設される外周部とによって構成されており、
前記バッキングプレートの外周縁部には、その内周部の板厚よりも厚く増肉された環状の増肉部がスピニング加工によって一体に成形されることを特徴とする車両用ドラムブレーキ。
【請求項2】
前記バッキングプレートは、その内周部または外周部に取り付けられた円板保持治具によって該バッキングプレートの軸心回りに回転され、軸心回りに回転する円柱状の増肉部成形ローラによってスピニング加工されるものであって、
前記増肉部成形ローラは、その周方向に連なる環状の凹溝を外周面に有し、
前記バッキングプレートの増肉部は、そのバッキングプレートの外周縁部が前記増肉部成形ローラの凹溝内に当接されて前記バッキングプレートの厚み方向に塑性変形されたものである請求項1の車両用ドラムブレーキ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2010−164111(P2010−164111A)
【公開日】平成22年7月29日(2010.7.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−6154(P2009−6154)
【出願日】平成21年1月14日(2009.1.14)
【出願人】(390005670)豊生ブレーキ工業株式会社 (104)
【Fターム(参考)】