説明

近赤外線分光法を用いた野菜等の成分の非破壊計測法および非破壊計測装置

【課題】近赤外線分光法において、推定精度の高い検量線を得て、また、検量線の推定精度を低下させる不要な情報を削減して、目的成分濃度を高精度かつ迅速に非破壊計測する方法ならびに装置を提供する。
【解決手段】波長400nm〜2500nmの範囲またはその一部範囲の波長光を測定対象の野菜、果物、肉類などの食物に照射し、その透過光及び/又は反射光を検出して吸光度スペクトルを取得し、測定全波長あるいは特定波長の吸光度から検量線を用いて測定対象の目的成分濃度を計測する非破壊計測法において、測定対象に対する波長光の照射範囲を所定領域に限定する。例えば、野菜内硝酸イオン濃度等の計測において、測定対象が株、葉、葉片と小さくなるにつれて計測精度が向上する。また、測定対象に照射すべき必要最小限の波長光を選択することができる。これにより、測定時間の短縮だけでなく、推定精度の高い検量線を得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、近赤外線分光法による野菜等の成分の非破壊計測法および非破壊計測装置に関するもので、特に、野菜中の硝酸イオン濃度の非破壊計測などに利用できる。
【背景技術】
【0002】
既に、ホウレンソウおよびレタスといった野菜について、これらの生葉を直接測定対象として、近赤外線分光法を使用することにより、野菜中の硝酸イオン濃度を非破壊で計測する技術が知られている(特許文献1)。かかる近赤外線分光法においては、測定条件を理想的な状態にして、波長分解能が高く波長範囲の広い高価な近赤外線分光計を使用することにより、推定精度の高い検量線を得ることができ、硝酸イオン濃度を高精度で非破壊計測することが可能である。
しかしながら、安価で波長分解能が低い分光計を使用し、かつ、現場レベルの外乱の多い条件で測定する場合は、推定精度の高い検量線を得ることが困難であり、硝酸イオン濃度を高精度で非破壊計測することができなかった。
【0003】
また、従来の近赤外線分光法においては、株や葉面内の部位別の硝酸濃度分布を考慮した測定は行われていなかった。近年、ハイパースペクトルカメラが開発され、2次元画像内の画素単位で可視・近赤外線スペクトルを計測することが可能になり、このカメラ計測により測定対象面内の濃度分布の測定が可能となった。
しかしながら、ハイパースペクトルカメラが取得する情報は非常に大きく処理時間がかかるため、推定精度を確保しつつ情報量の削減が要望されていた。
【0004】
さらに、従来の近赤外線分光法においては、分光器を使用した後分光法を採用しており、分光器の必要性から装置のコスト低減を見込むことができない。より簡便で安価な計測装置を提供するためには前分光法が有効と言われている。前分光法の場合は特定の波長のみを使用することになる。現在半値幅の小さな単波長に近い光を照射可能なLEDが安価に入手できるようになり、前分光法が現実的になってきた。
しかしながら、現状では、高い推定精度を保証する検量線に使用する特定の波長を抽出する手法が見当たらない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】再表2005/111583号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記問題に鑑みて、本発明の第1の目的は、近赤外線分光法において、推定精度の高い検量線を得て、目的成分濃度を高精度で非破壊計測する方法ならびに装置を提供することである。また、本発明の第2の目的は、検量線の推定精度を低下させる不要な情報を削減して、目的成分濃度を高精度かつ迅速に非破壊計測する方法ならびに装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、様々な検討を重ねた結果、本発明に係る非破壊計測法および非破壊計測装置を完成した。
すなわち、上記問題を解決すべく、本発明に係る第1の観点からは、
波長400nm〜2500nmの範囲またはその一部範囲の波長光を測定対象の野菜、果物、肉類などの食物に照射し、その透過光及び/又は反射光を検出して吸光度スペクトルを取得し、測定全波長あるいは特定波長の吸光度から検量線を用いて測定対象の目的成分濃度を計測する非破壊計測法において、
測定対象に対する波長光の照射範囲を所定領域に限定することにより、線量線の推定精度を向上させることを特徴とする非破壊計測法が提供される。
【0008】
測定対象部位の空間分解能を向上させ、測定範囲を可能な限り小さくすることにより、検量線の推定精度を向上できる。空間分解能とは測定対象の投影面積である。
近赤外線分光法を使用した野菜内硝酸イオン濃度等の計測において、測定対象が株、葉、葉片と小さくなるにつれて計測精度が向上することを、計測を繰り返す作業の中で、経験的に見出したものである。株、葉、葉片と小さくなるにつれて計測精度が向上する理由としては、株内または葉内の硝酸イオン濃度変動が大きいことが要因と推察している。
【0009】
ここで、2次元画像内の画素単位で吸光度スペクトルを計測するカメラ計測法により、測定対象の投影面積である空間分解能を画素単位とすることが好ましい。
かかるカメラ計測法は、具体的には、ハイパースペクトルカメラ(HSC)を用いて計測する。ハイパースペクトルカメラとは、ハイパースペクトル情報をもった画像を撮影するカメラである。ハイパースペクトル情報とは、光を波長としてとらえ、各波長における光の強度を測定したものである。
【0010】
また、上記の非破壊計測法における検量線は、下記の1)と2)の2つのステップによって得ることができる。
1)選択された所定の波長光による吸光度スペクトルを格納するデータ行列を特異値分解によりスコアとローディングとに分解し、目的成分の濃度の変動を要約する主要な成分を主成分分析によって抽出するステップ
2)説明変量をスコア、目的変量を目的成分の濃度とする重回帰分析を適用し、重回帰式を作成するステップ
【0011】
選択された所定の波長光による吸光度スペクトルに基づいて、検量線を作成することにより、検量線の推定精度を低下させる不要な情報を削減して、目的成分濃度を高精度かつ迅速に非破壊計測することが可能となる。
【0012】
ここで、上記の所定の波長光の選択は、以下の(1)〜(6)の手順に従う方法で行う。
(1)測定全波長を測定波長とし、
(2)測定波長について波長別の吸光度分散を算出し、
(3)測定波長から最小分散を示す波長を削除し、
(4)残りの波長の吸光度を用いて検量線を作成し、
(5)評価データの相関係数を算出し、
(6)上記(2)〜(5)までを最小波長数(=1)になるまで繰り返し、評価データの相関係数値が最も高いものを選択する。
【0013】
かかる方法によれば、非破壊計測法において、測定対象に照射すべき必要最小限の波長光を選択することができる。これにより、測定時間の短縮だけでなく、推定精度の高い検量線を得ることが可能となる。波長の中には推定精度の向上に障害になる波長が存在するため、高い推定精度を保証する検量線に使用する特定の波長を抽出するのである。
【0014】
上記の非破壊計測法において、特に好ましくは、波長600nm〜1000nmの範囲またはその一部範囲の波長光を測定対象の野菜に照射する。
かかる波長光を測定対象の野菜に照射することにより、野菜中の硝酸イオン濃度の効率よく測定できる。この野菜は、具体的には、ホウレンソウ、サラダホウレンソウ、レタス、サニーレタス、サラダ菜、春菊、ターツァイ、チンゲンサイ、キャベツ、ハクサイ、コマツナ、及びミズナからなる群から選ばれる1種又は数種の野菜である。
【0015】
次に、本発明に係る第2の観点からは、
a)波長400nm〜2500nmの範囲またはその一部範囲の波長光を測定対象の野菜、果物または肉類などの食物に照射する投光手段と、
b)2次元画像内の画素単位で吸光度スペクトルを計測するカメラ手段と、
c)測定対象に対する波長光の照射範囲を所定領域に限定して、前記カメラ手段を用いて測定対象の投影面積である空間分解能を画素単位とし、画素毎に得られた測定全波長あるいは特定波長の吸光度から検量線を作成する検量線作成手段と、
d)空間分解能を画素単位とし、画素毎に得られた測定全波長あるいは特定波長の吸光度から、検量線を用いて測定対象の目的成分濃度を計測する成分解析手段と、
を少なくとも備えた非破壊計測装置が提供される。
【0016】
ここで、投光手段は、発光ダイオード(LED)で構成されていることが好ましい。現在半値幅の小さな単波長に近い光を照射可能なLEDが安価に入手できることから、装置全体を安価に構成できるからである。また、カメラ手段は、ハイパースペクトルカメラ(HSC)であることが好ましい。
【0017】
また、上記の非破壊計測装置における検量線作成手段は、プログラムであり、コンピュータに対して、
A)所定の波長光を選択する手段と、
B)選択された所定の波長光による吸光度スペクトルを格納するデータ行列を特異値分解によりスコアとローディングとに分解し、目的成分の濃度の変動を要約する主要な成分を主成分分析によって抽出する抽出手段と、
C)説明変量をスコア、目的変量を目的成分の濃度とする重回帰分析を適用し、重回帰式を作成する作成手段として、
機能させるためのプログラムである。
【0018】
ここで、上記の所定の波長光を選択する手段は、プログラムであり、コンピュータに対して、
(1)測定全波長を測定波長とする手順、
(2)測定波長について波長別の吸光度分散を算出する手順、
(3)測定波長から最小分散を示す波長を削除する手順、
(4)残りの波長の吸光度を用いて検量線を作成する手順、
(5)評価データの相関係数を算出する手順、
(6)上記(2)〜(5)までを最小波長数(=1)になるまで繰り返し、評価データの相関係数値が最も高いものを選択する手順、
を実行させるためのプログラムである。
【0019】
また、本発明に係る第3の観点からは、
波長400nm〜2500nmの範囲またはその一部範囲の波長光を測定対象の野菜、果物、肉類などの食物に照射し、その透過光及び/又は反射光を検出して吸光度スペクトルを取得し、測定全波長あるいは特定波長の吸光度から検量線を用いて測定対象の目的成分濃度を計測する非破壊計測法における検量線を作成するためのプログラムであって、
コンピュータに
(1)測定全波長を測定波長とする手順、
(2)測定波長について波長別の吸光度分散を算出する手順、
(3)測定波長から最小分散を示す波長を削除する手順、
(4)残りの波長の吸光度を用いて検量線を作成する手順、
(5)評価データの相関係数を算出する手順、
(6)上記(2)〜(5)までを最小波長数(=1)になるまで繰り返し、評価データの相関係数値が最も高いものを選択する手順、
を実行させるためのプログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体が提供される。
【発明の効果】
【0020】
上述したように、本発明によれば、近赤外線分光法において、推定精度の高い検量線を得て、目的成分濃度を高精度で非破壊計測できるといった効果を有する。
また、検量線の推定精度を低下させる不要な情報を削減して、目的成分濃度を高精度かつ迅速に非破壊計測できるといった効果を有する。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】実施例1の装置の概略構成図
【図2】検量線の作成例(ホウレンソウ)
【図3】検量線の作成例(コマツナ)
【図4】硝酸イオン濃度葉面分布例(ホウレンソウ)
【図5】硝酸イオン濃度葉面分布例(コマツナ)
【図6】実施例2の波長選択と検量線作成フロー図
【図7】吸光スペクトルと分散グラフ
【図8】実施例2の波長選択方法の効果を示す図(PCRの場合)
【図9】実施例2の波長選択方法の効果を示す図(PLSの場合)
【図10】PCRにおける推定精度の変化を示す図
【図11】PLSにおける推定精度の変化を示す図
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下、本発明の実施の形態について、野菜中の硝酸イオン濃度を非破壊で計測する装置を例に挙げ、図面を参照しながら詳細に説明していく。なお、本発明の範囲は、以下の実施例や図示例に限定されるものではなく、幾多の変更及び変形が可能である。
【実施例1】
【0023】
実施例1では、ハイパースペクトルカメラを使用して硝酸イオン濃度分布計測を行うための検量線を作成した場合に、高い推定精度が得られる点について詳細に説明する。
実施例1の非破壊計測装置は、図1に示すように、波長600nm〜1000nmの範囲の波長光を測定対象に照射するレフランプ1と、2次元画像内の画素単位で吸光度スペクトルを計測するハイパースペクトルカメラ2と、コンピュータ3から構成される。
コンピュータ3には、検量線作成プログラムと成分解析プログラムが搭載されている。検量線作成プログラムは、測定対象に対する波長光の照射範囲を所定領域に限定して、ハイパースペクトルカメラ2を用いて測定対象の投影面積である空間分解能を画素単位とし、画素毎に得られた特定波長の吸光度から検量線を作成する機能を有する。また、成分解析プログラムは、画素毎に得られた特定波長の吸光度から検量線を用いて測定対象の目的成分濃度を計測する機能を有する。
図1は、レフランプ1から近赤外線波長の波長光を供試植物の葉4(ホウレンソウ、コマツナ)に照射し、その照射光6に伴う反射光7をハイパースペクトルカメラ2で捕らえて波長毎の画像を撮影する。ハイパースペクトルカメラ2はLAN等の通信ケーブルでコンピュータ3と接続されている。
なお、ハイパースペクトルカメラ2とコンピュータ3の間のデータは、有線または無線の通信ネットワーク、あるいは、メモリ媒体などでデータを授受してもよい。またコンピュータ3は、携帯電話やPDA(Personal Digital Assistant)などの携帯情報端末でもよい。
【0024】
この検量線作成プログラムが検量線を作成する手順について、硝酸イオン濃度を算出する場合を例に挙げて説明する。
(1)吸光スペクトルデータの入力
ハイパースペクトルカメラによる吸光スペクトルデータを入力する。
【0025】
(2)吸光スペクトルデータの前処理
吸光スペクトルデータから多変量データを算出する。607〜967nmまでの波長範囲を使用する。分解能が9nmであるからm個(m =41)の波長における吸光度が1サンプル分格納された1行×m列のベクトルデータxが得られることになる。この多変量データに前処理を施す。例えば各波長別に(各列毎に)標準化変換したり、ベースライン(ゼロ点)移動の影響を回避するため中心化処理をしたり、あるいは1次微分や2次微分等の処理をする。これらの前処理は測定対象の性質や測定の目的に応じて適宜選択される。本実施例では、サンプル平均をサンプル値から差し引いた値を標準偏差で除す標準化変換を行う。
【0026】
(3)主成分回帰分析(PCR)処理
次に、多変量解析を行う。多変量解析では一般に主成分分析と重回帰分析を共用した主成分回帰分析(PCR)法やPLS(Partial
Least Squares)法を使用する。本実施例ではPCR法を用いる。なお、PCR法については、特許文献1の段落0069に詳細に説明されているので、ここでは説明を省略する。
【0027】
(4)主成分数の決定処理
スペクトルデータの主要な変動を捕らえているのは第何主成分までかという問題は検量線の精度には重要である。主成分の数を過剰に多く取ると推定誤差が大きくなるからである。本実施例では主成分の数を最大で30に限定する。なお、主成分数については、特許文献1の段落0070に詳細に説明されているので、ここでは説明を省略する。
【0028】
(5)重回帰式の作成処理
主成分数を決定したらスコア行列で該当する列のみ切りだして重回帰分析を行う。最終的に偏回帰係数、標準偏回帰係数、回帰式の分散分析、寄与率(決定係数)、回帰係数の検定結果並びに回帰推定値と実測値のデータが出力される。
【0029】
(6)回帰ベクトルの作成処理
最終的に、各波長の吸光度ベクトルとの内積により濃度推定値を与える回帰ベクトルを計算する。硝酸イオン濃度(y)は、y = xBの式から求められる。このB(m行×1列)の要素は各波長に対応する吸光度にかける偏回帰係数であり、回帰ベクトルから決定されるものである。
【0030】
かかる検量線作成プログラムは、計測時に実行することができる。計測時に実行する場合は、吸光スペクトルを濃度分布が等しくなるように校正用データと評価用データとに2分割し、吸光スペクトルデータとして校正用データを用いる。なお、予め計測前に検量線作成プログラムを実行して、検量線を作成してもかまわない。
【0031】
本実施例1の装置を用いて、検量線を作成したものを例示する。図2はホウレンソウの検量線の作成例であり、図3はコマツナの検量線の作成例である。
また、本実施例1の装置を用いて作成した硝酸イオン濃度葉面分布例を示す。図4はホウレンソウの一葉の面内の硝酸イオン濃度葉面分布例であり、図5はコマツナの一葉の面内の硝酸イオン濃度葉面分布例である。
図4から、ホウレンソウの場合は、硝酸イオン濃度が葉の葉脈部分と葉柄の部分で高くなっていることが確認できる。また図5から、コマツナの場合は、硝酸イオン濃度が葉全体に高くなっていることが確認できる。
図4や図5に示されるように、狭い葉面内でも予想以上に大きな濃度変動を持つことが確認できる。
なお、実際に、イオンクロマト法による破壊計測を使用して、葉を小片に分割して部位別に濃度計測をすると、同様に大きな濃度変動が確認できている。
【0032】
従来の分光計は受光部が1つしかなく、株や葉の広い範囲に光を照射して反射光や透過光を受光しているため、一株や一葉で一つのスペクトルしか得られない。大きなサンプルになると部位により光の当たり方に差異が生じ、サンプルの一部のみの情報を含む光を受光することになる。このためスペクトルは大きな濃度変動を持つ株や葉の一部分の平均的な性質を表すことになる。
しかしながら、従来の破壊法によって得られる濃度実測値は、株や葉全体を抽出して得られるため、検量線作成に必要なスペクトルと実測値の両者間で面内の測定部位が異なることなる。このことが原因で検量線の精度が向上しなかったのである。
【0033】
一方、本実施例のように、ハイパースペクトルカメラを使用した場合、スペクトル測定部位は画像中の画素単位で確定可能でありスペクトルと実測値の両者は面内の測定部位に差が生じにくくなる。このように測定部位を詳細に把握する、即ち空間分解能を詳細化してスペクトルと実測値を準備することにより、検量線の推定精度を向上させるのである。
【0034】
すなわち、波長分解能よりも、空間分解能を精細化することが検量線精度の向上により有効なのである。測定部位の空間分解能は画素単位レベルまで詳細化することが好ましく、スペクトルと実測値を準備する。画素単位レベルまで詳細化することで、検量線の推定精度が更に向上する。
以上、説明したように、近赤外線分光法による野菜内硝酸イオン濃度等の非破壊計測法において、測定部位の空間分解能を向上し、測定範囲を可能な限り小さくすることで、検量線の推定精度が向上できることが理解できよう。
【0035】
以下に、本実施例の方法を用いて、ホウレンソウとコマツナの硝酸イオン濃度を測定した結果について説明する。
実際にホウレンソウ168サンプル、コマツナ160サンプルを使用して検量線を作成したところ、推定値と実測値の相関係数はホウレンソウで0.933476、コマツナで0.883287となった。
【0036】
推定精度の比較のために、ハイパースペクトルカメラを使用しないで、一般に使用されている近赤外線分光計(FANTEC社製FRUIT QUALITY
ANALYZER 600〜1100nm、分解能2nm)を使用して、レタスの株全体およびコマツナ葉中の硝酸イオン濃度を測定する検量線を作成したものを準備した。
一般に使用されている近赤外線分光計を使用したものでは、測定対象が株全体の場合では、推定値と実測値との相関係数は0.775549、一葉の場合では0.737068に留まり、実用化としては困難な推定精度であった。
【0037】
これに対して、ハイパースペクトルカメラを使用した本実施例の方法においては、図2および図3に示すように、測定対象が一葉の場合で推定値と実測値との相関係数(PLS法)は、ホウレンソウで0.933476、コマツナで0.883287となった。特に、ホウレンソウの場合は、相関係数が0.9を超えており、実用化できる精度であることが理解できる。
また、この値から、本実施例の方法により得られた推定精度は実用可能な精度であることが確認できる。
【0038】
さらに、注目すべきは、ハイパースペクトルカメラの波長分解能は9nmに対して、これまで使用してきた分光計では2nmであり、ハイパースペクトルカメラの方が、波長分解能が粗いにもかかわらず推定精度が向上していることである。
このことからも波長分解能よりは空間分解能を精細化することが検量線精度の向上に有効であることがわかる。なお、従来の分光計を使用しても照射範囲を小さく限定することにより同様な推定精度の向上が見込まれる。
以上説明した如く、近赤外線分光法を使用した非破壊計測装置には、その計測部に検量線が必要であるものの、これまで検量線の推定精度が余り高くなかった。本実施例の方法を使用して検量線を作成すれば、精度の高い検量線が得られることになる。
【実施例2】
【0039】
実施例2では、検量線の推定精度を低下させる不要な波長光を削減して、目的成分濃度を高精度かつ迅速に非破壊計測するための、波長光の選択方法について詳細に説明する。
波長光の選択方法は、図6に示すフローに従って行う。
先ず、始めに、吸光スペクトルデータを入力する。そして、設定された波長分解能を入力し、測定波長範囲と波長分解能から波長数を算出する。ハイパースペクトルカメラの分解能1nmの場合は、可視光〜近赤外光(600〜1000nm)の合計401個の波長を用いてハイパースペクトルカメラにより画像撮影する。測定波長範囲の全波長の吸光度を用いて検量線を作成し、評価データの相関係数を算出する。ここまでは、従来の検量線の作成と同じである。
(ステップS1)測定全波長を測定波長とする。
ここでは、初期値として測定波長範囲の測定可能な波長を用いる。ハイパースペクトルカメラの分解能1nmの場合は、測定波長は、可視光〜近赤外光(600〜1000nm)の合計401個の波長となる。
(ステップS2)測定波長について波長別の吸光度分散を算出する。
図7の吸光スペクトルと分散グラフに示すように、測定対象サンプルが異なれば、吸光スペクトルも異なる。この吸光スペクトルの分散度合いを表す波長別の吸光度分散を算出する。
(ステップS3)測定波長から最小分散を示す波長を削除する。
波長数から1減算される。
(ステップS4)残りの波長の吸光度を用いて検量線を作成する。
(ステップS5)評価データの相関係数を算出する。
(ステップS6)上記のステップS2〜S5までを最小波長数(=1)になるまで繰り返し、評価データの相関係数値が最も高いものを選択する。
【0040】
従来の近赤外線分光法を使用した非破壊計測では、可視光〜近赤外光(600〜1000nm)の非常に多くの波長を使用する。ハイパースペクトルカメラの分解能1nmの場合は、合計401個の波長を用いて画像撮影することとなる。
本実施例2では、上記実施例1の非破壊計測装置を使用し、あらかじめ小数の波長光を限定してハイパースペクトルカメラで画像撮影し、吸光スペクトルを得ることで、測定時間の短縮だけでなく、推定精度の高い検量線を得ることができる点について以下に説明する。
【0041】
先ず、あらかじめ小数の波長光を限定すべく、波長を選択する方法について説明する。
近赤外線分光法における波長選択の方法は、具体的には、始めに校正用データについて等間隔に波長を間引く(削除する)。そして、残った波長から波長別吸光度分散が小さい波長を一つずつ間引いて(削除して)、その都度、残りの波長を使用して検量線を作成する。これを、残りの波長が2波長になるまでこの操作を繰り返す。また、この等間隔間引きが本来の分解能の20分の1になるまで繰り返す。
ここで、波長別吸光度分散が小さい波長を一つずつ削除する処理は、具体的には、目的成分の濃度変動に敏感な順に波長をソートしていき、鈍感な波長を1波長ずつ削除する。
そして、得られた検量線の精度は、評価用データを代入して得られる実測値の相関係数により評価する。一番高い評価が得られた検量線で使用した波長が目的成分の濃度推定に必要最小限の波長となる。
【0042】
本実施例では、検量線の作成に、主成分回帰分析(PCR)法およびPLS(Partial Least Squares)法の2通り行った。以下データを示しながら、本実施例2の方法により、PCRおよびPLS共に計測精度が向上することを、図を示しながら説明する。
測定対象は、神戸大学農学部内にある圃場と温室で栽培したレタスである。サンプルは株を1単位とし、全161サンプルを使用した。FANTEC社製のFRUIT QUALITY ANALYZERを使用して、600〜1100nmまでの波領域で株全体の近赤外線吸光スペクトルを測定し、吸光度を算出した。精算時間は10、20、30、40、50msである。
【0043】
従来法による硝酸イオン濃度測定にはイオンクロマト法を用いた。従来法の計測には、東亜DKK(株)製イオン分析計IA−300を使用した。これら吸光度スペクトルと硝酸イオン濃度実測値のデータセットは、検正用データ108、評価用データ53に分割した。
【0044】
図8にPCR法を使用して作成した検量線の推定精度の結果を、図9にPLS法を使用して作成した検量線の推定精度の結果を示す。
また、図10にPCR法における推定精度の変化を、図11にPLS法における推定精度の変化を示す。図10のPCR法の場合は、測定全波長(401波長)を使用するものと、本実施例の波長選択方法を用いて選択された281波長を使用するものを比較している。また、図11のPLS法の場合は、測定全波長(401波長)を使用するものと、本実施例の波長選択方法を用いて選択された111波長を使用するものを比較している。
図8では、分解能1nmのときに、最も推定精度が高くなったのは波長数が281のときで、評価データ相関係数は0.788907であったことが示されている。また、分解能6nmのときに、最も推定精度が高くなったのは波長数が49のときで、評価データ相関係数は0.787021であったことが示されている。全波長を使用した場合の評価データ相関係数は0.778945であり、PCR法において、小数の波長のみを使用した方が、推定精度が高くなった。
一方、図9では、分解能1nmのときに、最も推定精度が高くなったのは波長数が111のときで、評価データ相関係数は0.729719であったことが示されている。また、分解能3nmのときに、最も推定精度が高くなったのは波長数が37のときで、評価データ相関係数は0.724824であったことが示されている。全波長を使用した場合の評価データ相関係数は0.604671であり、PLS法において、小数の波長のみを使用した方が、推定精度が高くなった。
以上のことから、波長の中には推定精度の向上に障害になる波長が存在することが明らかになった。全波長を使用しなくても高い推定精度が得られることが理解できよう。
【0045】
以上説明した実施形態の装置や方法は、硝酸イオン濃度のみならず果物の糖度計測やビタミン量の計測器にも応用できる。携帯式の装置であれば、野菜の生産、流通、販売の現場で計測使用できる。
また、食品の硝酸イオン濃度が高いと人体に有害である。農産物の生産現場では窒素肥料の施肥管理が精密に行うことができ、低硝酸野菜が可能になり商品価値を上げることができると同時に余剰肥料の低減により、生産コストの低減と余剰窒素の地下水への流出による水質汚濁防止に役立つ。本発明に係る方法や装置を用いることで、流通、販売の現場において、専門家でなくても簡便に硝酸イオン濃度を測定できるようになり、低硝酸野菜を選別が可能になり商品価値の差別化に寄与できる。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明は、ホウレンソウおよびレタスといった野菜等の食品の生産、流通、販売、消費の各過程における食品品質管理方法や装置として有用である。
【符号の説明】
【0047】
1 レフランプ
2 ハイパースペクトルカメラ
3 コンピュータ
4 供試植物の葉
5 通信ケーブル
6 照射光
7 反射光


【特許請求の範囲】
【請求項1】
波長400nm〜2500nmの範囲またはその一部範囲の波長光を測定対象の野菜、果物、肉類などの食物に照射し、その透過光及び/又は反射光を検出して吸光度スペクトルを取得し、測定全波長あるいは特定波長の吸光度から検量線を用いて測定対象の目的成分濃度を計測する非破壊計測法において、
測定対象に対する波長光の照射範囲を所定領域に限定することにより、線量線の推定精度を向上させることを特徴とする非破壊計測法。
【請求項2】
2次元画像内の画素単位で吸光度スペクトルを計測するカメラ計測法により、測定対象の投影面積である空間分解能を画素単位とすることを特徴とする請求項1に記載の非破壊計測法。
【請求項3】
前記カメラ計測法は、ハイパースペクトルカメラ(HSC)を用いて計測するものであることを特徴とする請求項2に記載の非破壊計測法。
【請求項4】
前記検量線は、
(1)選択された所定の波長光による吸光度スペクトルを格納するデータ行列を特異値分解によりスコアとローディングとに分解し、目的成分の濃度の変動を要約する主要な成分を主成分分析によって抽出するステップと、
(2)説明変量をスコア、目的変量を目的成分の濃度とする重回帰分析を適用し、重回帰式を作成するステップと、
によって得られることを特徴とする請求項1に記載の非破壊計測法。
【請求項5】
前記の所定の波長光の選択は、
(1)測定全波長を測定波長とし、
(2)測定波長について波長別の吸光度分散を算出し、
(3)測定波長から最小分散を示す波長を削除し、
(4)残りの波長の吸光度を用いて検量線を作成し、
(5)評価データの相関係数を算出し、
(6)上記(2)〜(5)までを最小波長数になるまで繰り返し、評価データの相関係数値が最も高いものを選択することを特徴とする請求項4に記載の非破壊計測法。
【請求項6】
波長600nm〜1000nmの範囲またはその一部範囲の波長光を測定対象の野菜に照射することを特徴とする請求項1,4,5記載の非破壊計測法。
【請求項7】
ホウレンソウ、サラダホウレンソウ、レタス、サニーレタス、サラダ菜、春菊、ターツァイ、チンゲンサイ、キャベツ、ハクサイ、コマツナ、及びミズナからなる群から選ばれる1種又は数種の野菜中の硝酸イオン濃度を計測することを特徴とする請求項6記載の非破壊計測法。
【請求項8】
波長400nm〜2500nmの範囲またはその一部範囲の波長光を測定対象の野菜、果物または肉類などの食物に照射する投光手段と、
2次元画像内の画素単位で吸光度スペクトルを計測するカメラ手段と、
測定対象に対する波長光の照射範囲を所定領域に限定して、前記カメラ手段を用いて測定対象の投影面積である空間分解能を画素単位とし、画素毎に得られた測定全波長あるいは特定波長の吸光度から検量線を作成する検量線作成手段と、
空間分解能を画素単位とし、画素毎に得られた測定全波長あるいは特定波長の吸光度から、検量線を用いて測定対象の目的成分濃度を計測する成分解析手段と、
を少なくとも備えたことを特徴とする非破壊計測装置。
【請求項9】
前記投光手段は、発光ダイオード(LED)で構成されていることを特徴とする請求項8に記載の非破壊計測装置。
【請求項10】
前記カメラ手段は、ハイパースペクトルカメラ(HSC)であることを特徴とする請求項8に記載の非破壊計測装置。
【請求項11】
前記検量線作成手段は、プログラムであり、
コンピュータに
所定の波長光を選択する手段と、
選択された所定の波長光による吸光度スペクトルを格納するデータ行列を特異値分解によりスコアとローディングとに分解し、目的成分の濃度の変動を要約する主要な成分を主成分分析によって抽出する抽出手段と、
説明変量をスコア、目的変量を目的成分の濃度とする重回帰分析を適用し、重回帰式を作成する作成手段として、
機能させるためのプログラムである、
ことを特徴とする請求項8に記載の非破壊計測装置。
【請求項12】
所定の波長光を選択する手段は、プログラムであり、
コンピュータに
(1)測定全波長を測定波長とする手順、
(2)測定波長について波長別の吸光度分散を算出する手順、
(3)測定波長から最小分散を示す波長を削除する手順、
(4)残りの波長の吸光度を用いて検量線を作成する手順、
(5)評価データの相関係数を算出する手順、
(6)上記(2)〜(5)までを最小波長数(=1)になるまで繰り返し、評価データの相関係数値が最も高いものを選択する手順、
を実行させるためのプログラムである、
ことを特徴とする請求項11に記載の非破壊計測装置。
【請求項13】
波長400nm〜2500nmの範囲またはその一部範囲の波長光を測定対象の野菜、果物、肉類などの食物に照射し、その透過光及び/又は反射光を検出して吸光度スペクトルを取得し、測定全波長あるいは特定波長の吸光度から検量線を用いて測定対象の目的成分濃度を計測する非破壊計測法において、
前記検量線を作成するためのプログラムであって、
コンピュータに
(1)測定全波長を測定波長とする手順、
(2)測定波長について波長別の吸光度分散を算出する手順、
(3)測定波長から最小分散を示す波長を削除する手順、
(4)残りの波長の吸光度を用いて検量線を作成する手順、
(5)評価データの相関係数を算出する手順、
(6)上記(2)〜(5)までを最小波長数になるまで繰り返し、評価データの相関係数値が最も高いものを選択する手順、
を実行させるためのプログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2010−210355(P2010−210355A)
【公開日】平成22年9月24日(2010.9.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−55779(P2009−55779)
【出願日】平成21年3月9日(2009.3.9)
【出願人】(504150450)国立大学法人神戸大学 (421)
【Fターム(参考)】