説明

透過型電子顕微鏡観察用試料の作製方法

【課題】超高圧透過型電子顕微鏡の試料室内で試料に対して外的負荷を与え、試料の変形挙動をその場で動的に観察するのに適した透過型電子顕微鏡観察用試料の作製方法を提供する。
【解決手段】透過型電子顕微鏡を用いて観察する試料の作製方法であって、試料材料を電解研磨または化学研磨し、孔と、孔の周囲に形成された薄膜領域とを有する研磨試料を調製する研磨工程と、研磨試料の薄膜領域の一部を除去して孔を円形孔に形成し、円形孔の周囲に観察対象領域を有する試料を調製する孔形状調整工程とを含むことを特徴とする、透過型電子顕微鏡観察用試料の作製方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、透過型電子顕微鏡観察用試料の作製方法に関し、特に、鉄鋼材料等の動的変形挙動を透過型電子顕微鏡で観察する際に用いる透過型電子顕微鏡観察用試料の作製方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、変形性能を積極的に制御した材料を開発する観点等から、外的負荷を与えた際の材料の変形挙動を動的に観察することが求められている。具体的には、鉄鋼材料分野では、例えばTRIP鋼中の残留オーステナイトの応力誘起マルテンサイト変態を動的に観察することが求められている。
【0003】
そこで、鉄鋼材料等の各種試料に対して外的負荷を与えた際の試料の変形挙動をその場で動的に観察する手法として、加速電圧が500kV以上、好ましくは1000kV以上の超高圧透過型電子顕微鏡(超高圧TEM)を用いた観察手法が提案されている。より具体的には、試料に引張荷重を加えた際の試料の変形挙動をその場で動的に観察する手法(「その場引張り観察法」と称されることもある。)として、試料保持治具に固着した状態で超高圧TEMの試料室内に配置した試料に対し、引張力を加えて試料が引き延ばされる過程を観察する手法が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0004】
そして、この超高圧TEMを用いた観察手法によれば、超高圧TEMの試料室周囲の高い自由度を有効利用し、試料に対して引張荷重を加えながら試料の構造の変化を観察することができる。また、加速電圧が200〜300kVの通常の透過電子顕微鏡では、電子線を透過させるために試料厚みを数100nm以下(特に、試料が鉄鋼材料の場合には望ましくは100nm以下)にしなければならず、試料の薄膜化に起因する転位構造の緩和を避けることが困難であるが、超高圧TEMを用いた観察手法では、厚さが数100nm〜数μmの試料であっても電子線を透過させることができるので、試料変形時の転位構造などを正確に評価することができる。
【0005】
ここで、上記その場引張り観察法では、引張り方向に長い短冊形状の試験片の中央部付近を電解研磨、化学研磨またはFIB(集束イオンビーム)加工により薄膜化したものを透過型電子顕微鏡観察用の試料として用いている(例えば、特許文献1および非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2010−40365号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】山田進、緒方隆志、「TEM内高温引張りその場観察法の開発」、財団法人電力中央研究所報告、平成22年6月
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、FIB加工により薄膜化可能な領域は数ミクロン角程度と狭い。そのため、FIB加工を用いて調製した透過型電子顕微鏡観察用試料では、材料の局所的な部分の変形挙動をミクロに把握することはできるものの、材料のバルク部分の変形挙動をマクロに把握することは困難である。
【0009】
一方、電解研磨や化学研磨を用いて透過型電子顕微鏡観察用試料を調製した場合、材料のバルク部分の変形挙動をマクロに把握するのに適した、比較的広い領域を薄膜化した試料を得ることはできる。しかしながら、電解研磨や化学研磨を用いて調製した試料には、引張荷重を加えると、観察対象領域全体に適切な引張荷重が加わる前に破断してしまうという問題があった。
【0010】
そこで、本発明は、超高圧TEMの試料室内で試料に対して外的負荷を与え、試料の変形挙動をその場で動的に観察するのに適した透過型電子顕微鏡観察用試料の作製方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記目的を達成するために鋭意検討を行った。そして、本発明者らは、試料の比較的広い領域を容易に薄膜化し得る電解研磨または化学研磨では、要部を誇張して図1(a)に示すように、通常、薄膜化された領域3の中央部に孔2が開くまで試料1を薄膜化し、孔の周辺の極薄部を観察対象領域としているため、孔の周縁形状や周辺部の厚みが不均一であると、試料に対して適切な引張荷重を加える前に該不均一部分が破壊起点となって試料が破断してしまうことを見出した。また、特に、高強度鋼などの組織単位が微細かつ複雑な材料を試料とする場合には、異相の存在や結晶方位の違いに起因して孔のふち形状(周縁形状)や周辺部厚みの不均一が促進されて(例えば、孔のふち形状がギザギザ状となって)、引張荷重負荷時に試料の破断が起き易いことも見出した。
【0012】
そこで、本発明者らは更に検討を重ね、試料に対する引張荷重負荷時に初期亀裂のように働くギザギザ部分などの不均一部分(破壊起点)を電解研磨または化学研磨後の試料から除去することに着想した。そして、電解研磨や化学研磨で調製した試料では、孔の周囲に厚さ数100nmの領域が広く形成されるため、超高圧TEMを用いれば、孔の周囲の不均一部分を除去した試料であっても十分な広さの観察対象領域を確保できることを確認し、本発明を完成させた。
【0013】
なお、本発明者らは、電解研磨条件や化学研磨条件を調整することにより、孔の周辺部が均一な断面楔形形状をした試料を調製することや、中央部に孔を開けることなく広い領域を薄膜化した試料を調製することも試みた。しかし、孔の周辺部の断面を楔形形状とした試料では、孔近傍で厚みが急峻に変化してしまい、材料のバルク部分の変形挙動をマクロに把握するために十分な広さの観察対象領域を確保することができなかった。また、中央部に孔を開けることなく広い領域を薄膜化した試料は、試料の調製効率が非常に低く、更に、観察時に孔の端部を用いた焦点調製を行うことができないため、試料の調製方法としては適していなかった。
【0014】
即ち、この発明は、上記課題を有利に解決することを目的とするものであり、本発明の透過型電子顕微鏡観察用試料の作製方法は、透過型電子顕微鏡を用いて観察する試料の作製方法であって、試料材料を電解研磨または化学研磨し、孔と、孔の周囲に形成された薄膜領域とを有する研磨試料を調製する研磨工程と、前記研磨試料の前記薄膜領域の一部を除去して前記孔を円形孔に形成し、円形孔の周囲に観察対象領域を有する試料を調製する孔形状調整工程とを含むことを特徴とする。
なお、本発明において「円形孔」とは、平面視形状が真円の孔であるという限定的な意味ではなく、引張荷重を加えた際に破壊起点となる不均一部分を有していない、平面視略円形の孔であることを指す。従って、「円形孔」には、平面視楕円形の孔も含まれる。
【0015】
ここで、本発明の透過型電子顕微鏡観察用試料の作製方法は、前記観察対象領域の厚さが、0.1μm以上であることが好ましい。
【0016】
また、本発明の透過型電子顕微鏡観察用試料の作製方法は、前記孔形状調整工程において、集束イオンビーム加工を用いて前記薄膜領域の一部を除去することが好ましい。
【0017】
更に、本発明の透過型電子顕微鏡観察用試料の作製方法は、前記孔形状調整工程の後に、前記集束イオンビーム加工時に前記観察対象領域の少なくとも一部に導入されるイオン照射損傷層をアルゴンイオンスパッタリングにより除去する損傷層除去工程を含むことが好ましい。
【0018】
また、本発明の透過型電子顕微鏡観察用試料の作製方法は、前記研磨工程と前記孔形状調整工程との間に、前記研磨試料の少なくとも一方の表面に炭素蒸着膜を形成する保護膜形成工程を含み、前記孔形状調整工程において、前記炭素蒸着膜を形成した表面に集束イオンビームを照射して集束イオンビーム加工を行い、前記孔形状調整工程の後に、前記炭素蒸着膜を除去する保護膜除去工程を更に含むことが好ましい。
【0019】
そして、本発明の透過型電子顕微鏡観察用試料の作製方法は、前記試料材料が鉄鋼材料であることが好ましい。
【発明の効果】
【0020】
本発明の透過型電子顕微鏡観察用試料の作製方法によれば、超高圧透過型電子顕微鏡の試料室内で試料に対して外的負荷を与え、試料の変形挙動をその場で動的に観察するのに適した透過型電子顕微鏡観察用試料を作製することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】(a)は、試料材料を電解研磨または化学研磨して得た研磨試料の形状を模式的に示す説明図であり、(b)は、本発明の透過型電子顕微鏡観察用試料の作製方法の一例に従い作製した試料の形状を模式的に示す説明図である。
【図2】(a)は、鉄鋼材料を電解研磨して得た研磨試料の薄膜領域のSEM写真であり、(b)は、図2(a)に示す研磨試料の薄膜領域の一部をFIB加工により除去して得た透過型電子顕微鏡観察用試料のSEM写真である。
【図3】(a)〜(c)は、本発明の透過型電子顕微鏡観察用試料の作製方法の一例に従い作製した鉄鋼試料に対して引張荷重を加えた際の試料の動的変形挙動を示すTEM写真である。
【図4】(a)〜(c)は、本発明の透過型電子顕微鏡観察用試料の作製方法の一例に従い作製した他の鉄鋼試料に対して引張荷重を加えた際の試料の動的変形挙動を示すTEM写真である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態を説明する。本発明の透過型電子顕微鏡観察用試料の作製方法は、超高圧TEMの試料室内で試料に対して引張荷重などの外的負荷を与え、試料の変形挙動をその場で動的に観察する(その場引張り観察する)際に用いる試料の作製方法として適している。そして、本発明の透過型電子顕微鏡観察用試料の作製方法を用いて例えば微細複合組織鋼などの鉄鋼材料からなる試料を作製し、作製した試料の変形挙動をその場引張り観察すれば、引張荷重の負荷により鉄鋼材料が塑性変形した際の結晶粒の変形や転位の発生を観察することができる。なお、「超高圧TEM」とは、加速電圧が500kV以上、好ましくは1000kV以上の透過型電子顕微鏡(TEM)を指す。
【0023】
ここで、本発明の透過型電子顕微鏡観察用試料の作製方法の一例は、超高圧TEMを用いて鉄鋼材料の鉄鋼組織の動的変形挙動を観察する際に用いられる試料を作製する方法である。より具体的には、この一例の作製方法は、特に限定されることなく、鉄鋼材料に引張荷重を加えて鉄鋼材料を完全に塑性変形させた際に、鉄鋼材料中のオーステナイト相がマルテンサイト相に変態する過程(応力誘起マルテンサイト変態)を動的に観察するための試料の作製に用いることができる。
【0024】
そして、この一例の透過型電子顕微鏡観察用試料の作製方法では、まず、試料材料としての鉄鋼材料を電解研磨して研磨試料を調製し(研磨工程)、次に、電解研磨時に研磨試料に形成された孔の形状を、集束イオンビーム(FIB)加工を用いて調整し(孔形状調整工程)、そして最後に、FIB加工時に試料に導入されたイオン照射損傷層をアルゴンイオンスパッタリングにより除去する(損傷層除去工程)。
【0025】
ここで、研磨工程における電解研磨は、電解研磨される鉄鋼材料を陽極とし、陽極(鉄鋼材料)と陰極との間に電圧を印加しつつ陽極(鉄鋼材料)に電解液を接触させることにより行うことができる。なお、鉄鋼材料の電解研磨は、特に限定されることなく、市販のツインジェットタイプの電解研磨装置や、電解液を満たしたビーカー内に電極を配置して行う窓枠法を用いて実施することができる。また、電解研磨条件(電解液の種類、陰極材質、印加電圧、電解液温度など)は既知の条件とすることができる。
【0026】
そして、この研磨工程では、例えば短冊形状の鉄鋼材料の中央部に孔(電解孔)が開くまで鉄鋼材料を電解研磨して薄膜化し、図1(a)に示すような、孔2と、孔2の周囲に形成された薄膜領域3(図1(a)中、破線で囲まれた領域)とを有する研磨試料1を調製する。具体的には、電解研磨条件を調整し、径Dが例えば50〜200μmの孔2と、孔2の周囲に形成された、厚さが例えば3.0μm以下で直径が例えば1〜3mmの薄膜領域3とを有する研磨試料1を調製する。なお、この研磨工程では、孔2が形成されるまで電解研磨を行っているので、電解研磨条件を細かく調整することなく、広い薄膜領域3を比較的容易に得ることができる。因みに、図1(a)は、研磨試料の形状を模式的に示しており、図1(a)では、理解を容易にするために孔2の大きさなどを誇張して示している。
【0027】
ここで、鉄鋼材料などの多結晶体を電解研磨した場合、鉄鋼材料中の異相の存在や結晶方位の違いに起因して、研磨試料に形成される孔は円形にはならない。即ち、図1(a)に示すように、研磨試料1の孔2は、ギザギザ状の不均一なふち形状を有している。また、図1(a)のI−I線に沿う断面からも明らかなように、薄膜領域3のうち孔2の周辺に位置する部分は、孔2に向かって厚さが漸減する楔形断面部と、楔形断面部の先端(孔2側)に位置する極薄部とからなり、極薄部の孔2側(端部側)には、反りや、厚さが不均一な部分や、亀裂が存在している。
【0028】
従って、この研磨試料1に対して引張荷重を加えてその場引張り観察を実施すると、孔2の周囲の不均一部分が破壊起点となり、研磨試料1を塑性変形させる前に研磨試料1が脆性的に破断してしまう。具体的には、例えば研磨試料1を図1(a)の左右方向に引っ張った場合、孔2のギザギザ状の周縁から図1(a)の上下方向に向かって亀裂が走り、研磨試料1が破断する。即ち、研磨試料1をそのままその場引張り観察の試料として用いると、所望の動的変形挙動を観察することができない。
【0029】
そこで、この一例の透過型電子顕微鏡観察用試料の作製方法では、孔2の形状を調整する孔形状調整工程を研磨工程の後に実施する。
【0030】
この一例の作製方法の孔形状調整工程では、集束イオンビーム(FIB)加工を用いて研磨試料1の薄膜領域3の一部(図1(a)の一点鎖線で囲まれた部分4’)を除去し、孔2を図1(b)に示すような円形孔4に形成する。そして、円形孔4を形成した試料1では、円形孔4の周囲に位置する斜線部分が、その場引張り観察の観察対象領域5となる。
【0031】
ここで、孔形状調整工程におけるFIB加工は、加速電圧が30〜40kVのガリウム(Ga)イオンビームを用いる市販のFIB加工装置を用いて行うことができる。FIB加工装置は、通常、半導体分野における配線修復や、電子顕微鏡観察用の試料作製(断面加工)に多用されるが、この孔形状調整工程では、主として後者の試料作製において一般的に用いられる、比較的大きな電流値での粗加工用のビーム条件でFIB加工を実施することができる。FIB加工装置を用いれば、加工位置をプログラミングすることで、平滑な加工端部を有する試料を20分程度の短時間で得ることができる。
【0032】
そして、この孔形状調整工程では、図1(a)の一点鎖線で囲まれた部分4’をFIB加工により除去し、図1(b)に示すような、円形孔4と、円形孔4の周囲に位置する観察対象領域5とを有する試料1を調整する。具体的には、直径dが例えば70〜220μmの円形孔4と、円形孔4の周囲に形成された、厚さtが例えば3.0μm以下で、外径が例えば150〜250μm且つ内径が例えば70〜220μmのドーナツ型の観察対象領域5とを有する試料1を調製する。
【0033】
ここで、円形孔4を形成した試料1では、研磨工程後の研磨試料の孔および薄膜領域のSEM写真を図2(a)に示し、孔形状調整工程後の試料の円形孔および薄膜領域のSEM写真を図2(b)に示すように、試料1に引張荷重を加えた際に破壊起点となる不均一部分が除去されている。従って、この試料1に対して引張荷重を加えてその場引張り観察を実施すれば、試料1を完全に塑性変形させる前に試料1が破断するのを抑制することができる。即ち、試料1をその場引張り観察の試料として用いれば、例えば応力誘起マルテンサイト変態などの所望の変形挙動を動的に観察することができる。
【0034】
なお、この試料1を用いたその場引張り観察では、円形孔4の周囲に位置する観察対象領域5の動的変形挙動を超高圧TEMで観察する。従って、観察対象領域5の厚さtは、超高圧TEMで観察可能な厚さ、即ち電子線が透過可能な厚さである必要がある。また、FIB加工で除去する範囲は、破壊起点となる不均一部分を十分に除去し得る範囲とする必要がある。更に、観察対象領域5の広さは、鉄鋼材料のバルク部分の変形挙動をマクロに観察するのに適した広さである必要がある。具体的には、観察対象領域5の広さは、例えば試料中に存在する少なくとも1個の結晶粒(例えば、粒径20〜30μm)の動的変形挙動を十分に観察できる広さである必要があり、例えば20〜30μm以上の広さである。
【0035】
そのため、観察対象領域5の厚さtは、超高圧TEMの加速電圧に応じた厚さ、例えば3.0μm以下とすることが好ましい。観察対象領域5の厚さtを3.0μm以下とすれば、超高圧TEMを用いて観察を行う際に電子線を十分に透過させることができるからである。
【0036】
また、FIB加工で除去する範囲は、薄膜領域3のうち、厚さが0.1μm未満の部分とすることが好ましい。厚さが0.1μm未満の極薄部には反りや、厚さが不均一な部分や、亀裂が発生し易いので、厚さが0.1μm未満の部分を除去し、観察対象領域5の厚さtを0.1μm以上とすれば、試料1の破断を抑制して所望の動的変形挙動を観察することができるからである。更に、FIB加工で除去する範囲は、孔2の外周縁から径方向外方に10μm以上の範囲、即ち、円形孔4の直径dと孔2の径Dとの差の1/2(=(d−D)/2)が10μm以上となる範囲とすることが好ましい。円形孔4の直径dと孔2の径Dとの差の1/2を10μm以上とすれば、孔2の周囲のギザギザ状の不均一部分を十分に除去し、試料1の破断を抑制して所望の動的変形挙動を観察することができるからである。なお、FIB加工により形成する円形孔4の平面視形状は、真円に限定されることはなく、引張荷重を加えた際に破壊起点となる不均一部分を有していない形状であれば、楕円形であってもよい。因みに、円形孔4の平面視形状を楕円形とする場合、引張荷重を加えた際に結晶粒の変形や転位が集中して発生する領域(即ち、観察に適した領域)の予測可能性を高めると共に試料の不測の破断を抑制する観点からは、長径と短径との比(長径/短径)が1.5以下の楕円形とすることが好ましい。
【0037】
更に、観察対象領域5は、観察対象領域5の外径と、内径(即ち、円形孔4の直径)との差の1/2が20μm以上となる広さであることが好ましい。観察対象領域5の外径と内径との差の1/2を20μm以上とすれば、鉄鋼材料のバルク部分のマクロな変形挙動を十分に観察することができるからである。
【0038】
なお、上記からも明らかなように、観察対象領域5は、電解研磨により形成した薄膜領域3の一部に位置する。従って、この一例の作製方法の研磨工程で形成する薄膜領域3の広さは、上述した観察対象領域5の広さを十分に確保し得る広さであれば、任意の広さとすることができる。
【0039】
ここで、上記孔形状調整工程では、FIB加工を用いて研磨試料1の薄膜領域3の一部を除去している。従って、円形孔4を形成した試料1の円形孔4の周囲の表層部には、FIB加工時に使用するガリウムイオンビーム由来のガリウムイオンが導入され得る。即ち、孔形状調整工程では、観察対象領域5の少なくとも一部(円形孔4側)に、イオン照射損傷層が形成されることがある。
【0040】
そこで、この一例の透過型電子顕微鏡観察用試料の作製方法では、任意に、イオン照射損傷層を除去する損傷層除去工程を孔形状調整工程の後に実施する。具体的には、この一例の作製方法では、イオン照射損傷層をアルゴンイオンスパッタリングにより除去する。
【0041】
ここで、損傷層除去工程におけるアルゴンイオンスパッタリングは、電子顕微鏡試料作製分野で一般的に用いられている市販品を用いることで実施できる。即ち、アルゴンイオンスパッタリングは、FIB加工を用いて薄膜領域の一部を除去した試料のFIB加工面に対して、例えば加速電圧が5kVのアルゴンイオンビームを角度10度で5分間照射することにより実施できる。ここで、この分野で通常用いられているアルゴンイオンビームは、ビーム径がミリメートルオーダーのブロードビームであり、FIB加工による損傷層を除去可能である。なお、一般的にアルゴンイオンスパッタリング装置は、イオンビーム照射時に試料を回転させる試料回転機構を備えており、これを併用することで、より均質な試料表層を得ることが出来る。以上のように、FIBによる電解研磨試料の孔形状矯正と、アルゴンイオンスパッタリングによるイオン照射損傷層除去とを組み合わせることで、その場引張り観察の実施時に所望の動的変形挙動をより正確に観察し得る試料を準備することができる。
【0042】
そして、上記一例の透過型電子顕微鏡観察用試料の作製方法を用いて作製した試料1を既知の保持治具に固定して超高圧TEMの試料室内に設置し、試料1に対して図1の左右方向に向かって引張荷重を加えた際の観察対象領域5の動的変形挙動を観察すれば、図3や図4に示すTEM写真が得られる。即ち、鉄鋼材料からなる試料1の引張荷重付与による転位の発生状況や、試料1の塑性変形に伴う、試料1中のオーステナイト相がマルテンサイト相に変態する過程を動的に観察することができる。なお、試料1を保持治具などに固定する方法は、特に限定されることなく、試料1に対する固定用ネジ孔の形成など、任意の手法を採用することができる。
【0043】
ここで、上記一例の透過型電子顕微鏡観察用試料の作製方法では、FIB加工時に試料1に導入されたイオン照射損傷層をアルゴンイオンスパッタリングにより除去した。しかし、本発明の透過型電子顕微鏡観察用試料の作製方法では、研磨試料の表面に保護膜を形成した後にFIB加工を実施することにより、試料へのイオン照射損傷層の導入を防止しても良い。
【0044】
即ち、本発明の透過型電子顕微鏡観察用試料の作製方法の変形例では、損傷層除去工程を実施することなく、研磨工程と孔形状調整工程との間に、試料の少なくとも一方の表面に炭素蒸着膜を形成する保護膜形成工程を実施し、孔形状調整工程の後に、炭素蒸着膜を除去する保護膜除去工程を実施しても良い。
【0045】
ここで、この変形例の作製方法では、研磨工程は、上記一例の作製方法と同様にして行うことができる。また、孔形状調整工程は、以下に詳細に説明する保護膜形成工程において炭素蒸着膜を形成した面に対して集束イオンビーム(ガリウムイオンビーム)を照射してFIB加工を実施する以外は、上記一例の作製方法と同様にして行うことができる。
【0046】
また、保護膜形成工程における炭素蒸着膜の形成は、一般的な炭素蒸着装置を用いて行うことができる。具体的には、保護膜形成工程は、研磨工程で調製した研磨試料の少なくとも一方の表面(少なくともFIB加工時にガリウムイオンビームが照射される面)に対し、炭素蒸着装置を用いて炭素蒸着膜を形成することにより行うことができる。なお、FIB加工時にイオン照射損傷層が試料に導入されるのを確実に抑制する観点からは、炭素蒸着膜の厚さは0.05μm以上とすることが好ましい。また、FIB加工後、即ち孔形状調整工程の後に行う保護膜除去工程に要する時間を削減する観点からは、炭素蒸着膜の厚さは0.1μm以下とすることが好ましい。
【0047】
更に、保護膜除去工程における炭素蒸着膜の除去は、アルゴンイオンスパッタリング装置を用いて行うことができる。具体的には、保護膜除去工程では、孔形状調整工程においてFIB加工により円形孔4を形成した試料に対し、アルゴンイオンスパッタリング装置を用い、例えば加速電圧5kV以下、入射角度10°未満、スパッタリング時間3分以内の条件下でスパッタリングを行うことが好ましい。上記の条件下でアルゴンイオンスパッタリングを行えば、試料表面に残存する炭素蒸着膜を確実に除去することができるからである。
【0048】
以上、本発明の透過型電子顕微鏡観察用試料の作製方法について実施形態を用いて説明したが、本発明の透過型電子顕微鏡観察用試料の作製方法は、上記一例および変形例に限定されることはなく、本発明の透過型電子顕微鏡観察用試料の作製方法には、適宜変更を加えることができる。具体的には、本発明の透過型電子顕微鏡観察用試料の作製方法では、研磨工程において電解研磨ではなく化学研磨を用いて研磨試料を調製しても良い。なお、化学研磨を用いる場合、適当なエッチング液を試料中央部に滴下し、蒸留水等で洗浄する工程を繰り返すことで、試料中央部を薄くすることができる。但し、初期に形成される孔形状の均質性の観点からは電解研磨を用いて研磨試料を調製するのが好ましい。
また、上記一例および変形例の透過型電子顕微鏡観察用試料の作製方法では孔形状調整工程においてFIB加工を用いたが、本発明の透過型電子顕微鏡観察用試料の作製方法では、アルゴンイオンスパッタリングを用いて研磨試料の薄膜領域の一部を除去し、孔を円形孔に形成しても良い。
【実施例】
【0049】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明するが、本発明は下記の実施例に何ら限定されるものではない。
【0050】
(電解研磨試料の調製)
C:0.17質量%、Si:1.5質量%、Mn:1.7質量%を含有する、引張強度750MPa級の2相鋼を供試材とし、直径1.6mmの固定用ネジ孔を両端に有する、幅2.5mm、長さ11.5mmの短冊形状の試料材料を6枚準備した。そして、まず、これらの短冊試料材料を機械研磨によって約80μmの厚みに調整し、次に、厚みを調整した試料材料を電解研磨装置の試料ホルダーにセットして各試料材料の中央部を電解研磨により薄膜化し、孔と、孔の周囲に形成された薄膜領域とを有する電解研磨試料を合計6枚調製した。調製した電解研磨試料の中央孔部分のSEM写真を図2(a)に示す。
ここで、図2(a)からも明らかなように、調製した電解研磨試料(孔の直径:約100μm、薄膜領域の直径:120〜140μm、薄膜領域の最大厚み:5μm、薄膜領域の最小厚み:0.1μm程度)には、電解研磨時に形成した孔の周辺に、試料厚みの極薄化に起因した反りや割れが存在している。
なお、電解研磨は、ツインジェット電解研磨装置(Struers社製 Tenupol5)を用いて、−30℃に冷却した条件下、電圧20Vで実施した。因みに、電解研磨液には、過塩素酸と、エタノールと、ブチルセロソルブとの混合液(A3電解液、過塩素酸:ブチルセロソルブ:メタノール(体積比)=1:6:10)を用いた。
【0051】
(透過型電子顕微鏡観察用試料1〜3の作製)
調製した6枚の電解研磨試料のうち3枚をそのまま透過型電子顕微鏡観察用試料1〜3とした。
(透過型電子顕微鏡観察用試料4〜6の作製)
調製した6枚の電解研磨試料のうち3枚をそれぞれFIB加工装置(日立製作所製 FB2000A)で加工し、透過型電子顕微鏡観察用試料4〜6を作製した。具体的には、加速電圧が30kVのガリウム(Ga)イオンビームを用いて電解研磨試料の孔を表1に示す直径の円形孔に形成し、円形孔を有する透過型電子顕微鏡観察用試料4〜6を作製した。調製した透過型電子顕微鏡観察用試料のSEM写真の一例を図2(b)に示す。
【0052】
<その場引張り観察>
作製した透過型電子顕微鏡観察用試料をGatan社製一軸引張試料ホルダーに固定した状態で超高圧TEM(加速電圧1250kV)の試料室内に設置した。そして、試料に対して徐々に引張荷重を負荷しつつ、TEMによる変形挙動の観察を行った。透過型電子顕微鏡観察用試料4についての変形挙動のTEM写真を図3(a)〜(c)に示す。なお、図3(a)は無負荷状態を示し、図3(b)は18Nの引張荷重を負荷した時点の状態を示し、図3(c)は25Nの引張荷重を負荷した時点の状態を示す。また、透過型電子顕微鏡観察用試料5についての変形挙動のTEM写真を図4(a)〜(c)に示す。なお、図4(a)は無負荷状態を示し、図4(b),(c)は引張荷重の負荷により内部構造が変化した状態を拡大して示す。
因みに、この観察実験では、試料にかかる荷重を測定するとともに、透過型電子顕微鏡観察用試料が破断した際の引張荷重の大きさを測定した。
観察結果および試料破断時の引張荷重を表1に示す。なお、表1の観察結果において、「○」は、試料を十分に塑性変形させて動的変形挙動を十分に観察できたことを示し、「△」は、試料を十分に塑性変形させる前に試料が破断してしまい、動的変形挙動を十分に観察できなかったことを示し、「×」は、試料が塑性変形を開始する前に試料が破断してしまったことを示す。
【0053】
【表1】

【0054】
表1より、電解研磨試料をそのままその場引張り観察に用いた場合、供試材の降伏応力(約400MPa)に相当する引張荷重(約20N)がかかる前に試料が破断してしまうことが分かる。一方、電解研磨後に、FIB加工によって孔の端部形状を矯正した試料4〜6では、25N以上の引張荷重を加えて試料の動的変形挙動を観察し得ることが分かる。特に、図3(a)〜(c)より、透過型電子顕微鏡観察用試料4では、図3(a)に示す無負荷状態から引張荷重を徐々に高めるに従い、視野の右下方から中央部にかけて転位が増殖している様子を観測し得ることが分かる。また、図4(a)〜(c)より、破断時引張荷重が30N以上の透過型電子顕微鏡観察用試料5では、無負荷状態での残留オーステナイト相(図4中、「γ」として示す。)がマルテンサイト相に変態(図4中、「M変態部」として示す。)して内部構造が大きく変化する様子を明瞭に観測し得ることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0055】
本発明によれば、超高圧透過型電子顕微鏡の試料室内で試料に対して外的負荷を与え、試料の変形挙動をその場で動的に観察するのに適した透過型電子顕微鏡観察用試料の作製方法を提供することができる。
【符号の説明】
【0056】
1 試料(研磨試料)
2 孔
3 薄膜領域
4 円形孔
4’除去部分
5 観察対象領域

【特許請求の範囲】
【請求項1】
透過型電子顕微鏡を用いて観察する試料の作製方法であって、
試料材料を電解研磨または化学研磨し、孔と、孔の周囲に形成された薄膜領域とを有する研磨試料を調製する研磨工程と、
前記研磨試料の前記薄膜領域の一部を除去して前記孔を円形孔に形成し、円形孔の周囲に観察対象領域を有する試料を調製する孔形状調整工程と、
を含むことを特徴とする、透過型電子顕微鏡観察用試料の作製方法。
【請求項2】
前記観察対象領域の厚さが、0.1μm以上であることを特徴とする、請求項1に記載の透過型電子顕微鏡観察用試料の作製方法。
【請求項3】
前記孔形状調整工程において、集束イオンビーム加工を用いて前記薄膜領域の一部を除去することを特徴とする、請求項1または2に記載の透過型電子顕微鏡観察用試料の作製方法。
【請求項4】
前記孔形状調整工程の後に、前記集束イオンビーム加工時に前記観察対象領域の少なくとも一部に導入されるイオン照射損傷層をアルゴンイオンスパッタリングにより除去する損傷層除去工程を含むことを特徴とする、請求項3に記載の透過型電子顕微鏡観察用試料の作製方法。
【請求項5】
前記研磨工程と前記孔形状調整工程との間に、前記研磨試料の少なくとも一方の表面に炭素蒸着膜を形成する保護膜形成工程を含み、
前記孔形状調整工程において、前記炭素蒸着膜を形成した表面に集束イオンビームを照射して集束イオンビーム加工を行い、
前記孔形状調整工程の後に、前記炭素蒸着膜を除去する保護膜除去工程を更に含むことを特徴とする、請求項3に記載の透過型電子顕微鏡観察用試料の作製方法。
【請求項6】
前記試料材料が鉄鋼材料であることを特徴とする、請求項1〜5の何れかに記載の透過型電子顕微鏡観察用試料の作製方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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