説明

通信方法およびそれを利用した無線装置

【課題】無線パスのそれぞれを特定することによってウエイトベクトルの推定精度を向上したい。
【解決手段】時間追跡部48は、受信信号ベクトルの時間共分散行列の固有ベクトルをもとに、複数のクラスタのそれぞれとの間の遅延時間を導出する。方向追跡部50は、遅延時間をもとに、受信信号ベクトルをクラスタ単位の成分に分離し、積分型MUSIC法を適用することによって、分離した成分の到来方向と角度広がりとをクラスタ単位に導出する。予想部52は、将来的な到来方向、角度広がり、遅延時間をクラスタ単位に予想する。推定部56は、将来的な到来方向と角度広がりとをもとに導出したチャネル行列を、将来的な遅延時間を反映しながら積算することによって、将来的な受信信号ベクトルを導出する。送信ウエイトベクトル計算部58は、将来的な受信信号ベクトルをもとに、ウエイトベクトルを導出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、通信技術に関し、特に複数のアンテナを使用する通信方法およびそれを利用した無線装置に関する。
【背景技術】
【0002】
アダプティブアレイ信号処理では、複数のアンテナにおいて受信した信号(以下、複数のアンテナにおいて受信した信号の組合せを「受信信号ベクトル」という)に重み係数の組合せ(以下、「受信ウエイトベクトル」という)が乗算された後に、合成がなされる。また、以上のような受信処理だけではなく、送信処理にもアダプティブアレイ信号処理が使用される。その場合、例えば、受信ウエイトベクトルや受信ウエイトベクトルをもとに、送信に使用される重み係数の組合せ(以下、「送信ウエイトベクトル」という)が推定される。具体的には、受信信号ウエイトベクトルの第1の推定値と第2の推定値から、外挿補間によって送信ウエイトベクトルが推定される(例えば、特許文献1参照)。
【特許文献1】国際公開2000/079702号パンフレット
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明者はこうした状況下、以下の課題を認識するに至った。通信の特性を向上させるためには、送信ウエイトベクトルの推定精度の向上が要求される。一般的に、送信側から受信側へ至る無線パスは複数存在しているので、受信ウエイトベクトルには、複数の無線パスの成分が含まれている。このような無線パスは、遅延時間、到来方向等のさまざまなパラメータによって特徴づけられる。さまざまなパラメータ値を特定することによって、無線パスのそれぞれが正確に特定される。さらに、複数の無線パスを正確に特定することによって、送信ウエイトベクトルの推定精度が向上される。
【0004】
本発明はこうした状況に鑑みてなされたものであり、その目的は、無線パスのそれぞれを特定することによってウエイトベクトルの推定精度を向上する通信技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題を解決するために、本発明のある態様の無線装置は、複数のアンテナから受信信号ベクトルを受けつける入力部と、入力部において受けつけた受信信号ベクトルから時間共分散行列を導出する手段と、時間共分散行列を固有値分解することによって、固有ベクトルを導出する手段と、受信信号ベクトルの発信源となる複数のクラスタを想定した場合に、固有ベクトルをもとに、複数のクラスタのそれぞれとの間の遅延時間を導出する手段とを含む時間追跡部と、時間追跡部において導出した遅延時間をもとに、入力部において受けつけた受信信号ベクトルをクラスタ単位の成分に分離する手段と、分離した成分のそれぞれに対して積分型MUSIC法を適用することによって、分離した成分の到来方向と角度広がりとをクラスタ単位に導出する手段とを含む方向追跡部と、方向追跡部において導出した到来方向と角度広がりと、時間追跡部において導出した遅延時間とをもとに、将来的な到来方向、将来的な角度広がり、将来的な遅延時間をクラスタ単位に予想する予想部と、予想部において予想した将来的な到来方向と将来的な角度広がりとをもとにチャネル行列をクラスタ単位に導出する手段と、クラスタ単位に導出したチャネル行列を、当該クラスタに対応した将来的な遅延時間を反映しながら積算することによって、将来的な受信信号ベクトルを導出する手段とを含む推定部と、推定部において導出した将来的な受信信号ベクトルをもとに、複数のアンテナに対するウエイトベクトルを導出するウエイト計算部と、を備える。
【0006】
本発明の別の態様は、通信方法である。この方法は、複数のアンテナから受けつけた受信信号ベクトルをもとに、時間共分散行列を導出し、時間共分散行列を固有値分解することによって、固有ベクトルを導出するステップと、受信信号ベクトルの発信源となる複数のクラスタを想定した場合に、固有ベクトルをもとに、複数のクラスタのそれぞれとの間の遅延時間を導出するステップと、導出した遅延時間をもとに、受信信号ベクトルをクラスタ単位の成分に分離し、分離した成分のそれぞれに対して積分型MUSIC法を適用することによって、分離した成分の到来方向と角度広がりとをクラスタ単位に導出するステップと、導出した到来方向、角度広がり、遅延時間とをもとに、将来的な到来方向、将来的な角度広がり、将来的な遅延時間をクラスタ単位に予想するステップと、予想した将来的な到来方向と将来的な角度広がりとをもとにチャネル行列をクラスタ単位に導出し、クラスタ単位に導出したチャネル行列を、当該クラスタに対応した遅延時間を反映しながら積算することによって、将来的な受信信号ベクトルを導出するステップと、導出した将来的な受信信号ベクトルをもとに、複数のアンテナに対するウエイトベクトルを導出するステップと、を備える。
【0007】
なお、以上の構成要素の任意の組合せ、本発明の表現を方法、装置、システム、記録媒体、コンピュータプログラムなどの間で変換したものもまた、本発明の態様として有効である。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、無線パスのそれぞれを特定することによってウエイトベクトルの推定精度を向上できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明を具体的に説明する前に、まず概要を述べる。本発明の実施例は、複数のアンテナを備えた無線装置に関する。無線装置は、通信対象となる他の無線装置からの信号を受信し、受信ウエイトベクトルを導出することによってアダプティブアレイ信号処理を実行する。また、無線装置は、送信ウエイトベクトルも導出することによって、アダプティブアレイ信号処理を実行しながら、他の無線装置へ信号を送信する。一般的に、送信ウエイトベクトルは、受信信号ベクトルをもとに導出される。なお、他の無線装置から無線装置へ複数の無線パスが存在するので、受信信号ベクトルには、複数の無線パスに対応した成分が含まれている。そのため、複数の無線パスを考慮しながら、送信ウエイトベクトルを導出することによって、送信ウエイトベクトルの推定精度が向上する。これに対応するために本実施例に係る無線装置は、次の処理を実行する。
【0010】
以下では、無線パスの発信源を「クラスタ」と呼ぶが、クラスタは、無線信号の反射体や錯乱体に相当する。無線装置は、受信信号ベクトルの時間共分散行列を固有値分解することによって、固有ベクトルを導出し、複数のクラスタのそれぞれに対応した遅延時間を特定する。また、無線装置は、遅延時間を利用することによって、複数のクラスタのそれぞれに対応した成分へ受信信号ベクトルを分離する。また、無線装置は、分離した成分のそれぞれに対して、積分型MUSIC(MUltiple SIgnal Classification)法を適用することによって、複数のクラスタのそれぞれに対応した到来方向、角度広がりを導出する。無線装置は、各クラスタに対して、遅延時間、到来方向、角度広がりをもとに、将来的な遅延時間、到来方向、角度広がりを予想する。さらに、無線装置は、将来的な遅延時間、到来方向、角度広がりをもとに、チャネル行列をクラスタ単位に導出し、それらを合成することによって、将来的な受信信号ベクトルを推定する。無線装置は、将来的な受信信号ベクトルから送信ウエイトベクトルを導出する。
【0011】
図1は、本発明の実施例に係る通信システム100の構成を示す。通信システム100は、無線装置10と総称される第1無線装置10a、第2無線装置10bを含む。また、第2無線装置10bは、アンテナ12と総称される第1アンテナ12a、第2アンテナ12b、第3アンテナ12c、第4アンテナ12dを含む。また、クラスタ14と総称される第1クラスタ14a、第2クラスタ14b、第3クラスタ14c、第4クラスタ14dが含まれる。
【0012】
通信システム100は、例えば、IEEE802.11a、b、g、n等の規格に準拠した無線LAN(Local Area Network)システムを採用する。これらの無線LANシステムは、公知であるので、ここでは説明を省略する。第1無線装置10aは、前述の他の無線装置に相当し、第2無線装置10bの通信対象である。ここでは、説明を明瞭にするために、第1無線装置10aに備えられたアンテナの数を「1」とする。第2無線装置10bは、4つのアンテナ12を備えており、第1無線装置10aからのパケット信号を受信すると、受信ウエイトベクトルを導出しながら、アダプティブアレイ信号処理を実行する。また、第2無線装置10bは、送信ウエイトベクトルも導出し、アダプティブアレイ信号処理を実行することによって、第1無線装置10aへパケット信号を送信する。つまり、第2無線装置10bは、ビームフォーミングを実行する。なお、第2無線装置10bにおいてなされるアダプティブアレイ信号処理については後述する。
【0013】
第1無線装置10aと第2無線装置10bとの間には、第1クラスタ14aから第4クラスタ14dが存在する。例えば、ひとつ目の無線パスは、第1無線装置10a、第1クラスタ14a、第2無線装置10bの経路によって構成される。また、他の無線パスも同様に構成される。ここでは、説明を明瞭にするために、第1無線装置10aと第2無線装置10bとの間において、4つの無線パスが存在する場合を想定する。つまり、クラスタ14は、第1無線装置10aから送信されたパケット信号を第2無線装置10bへ反射したり、第2無線装置10bから送信されたパケット信号を第1無線装置10aへ反射したりする反射体や錯乱体である。なお、図1には、相対的な角度として、「0°」と「90°」とが示されているが、これらは、後述の説明において使用される。
【0014】
図2は、第2無線装置10bの構成を示す。第2無線装置10bは、RF部20と総称される第1RF部20a、第2RF部20b、第3RF部20c、第4RF部20d、処理部22、変復調部24、IF部26、制御部28を含む。
【0015】
RF部20は、受信動作として、アンテナ12によって受信した無線周波数のパケット信号を周波数変換し、ベースバンドのパケット信号を導出する。RF部20は、ベースバンドのパケット信号を処理部22に出力する。一般的に、ベースバンドのパケット信号は、同相成分と直交成分によって形成されるので、ふたつの信号線によって伝送されるべきであるが、ここでは、図を明瞭にするためにひとつの信号線だけを示すものとする。また、RF部20には、AGCやA/D変換部も含まれる。
【0016】
RF部20は、送信動作として、処理部22からのベースバンドのパケット信号を周波数変換し、無線周波数のパケット信号を導出する。RF部20は、無線周波数のパケット信号をアンテナ12に出力する。また、RF部20には、PA(Power Amplifier)、D/A変換部も含まれる。なお、以下では、ベースバンドのパケット信号の全部あるいは一部を区別せずに「ベースバンド信号」と呼ぶ。ここでは、4つのRF部20から処理部22へ出力されるベースバンド信号の組合せを受信信号ベクトルと呼ぶ。
【0017】
処理部22は、受信動作として、受信ウエイトベクトルを導出しながら、受信信号ベクトルに対してアダプティブアレイ信号処理を実行する。なお、通信システム100が、IEEE802.11a等のOFDM変調方式を採用する場合、処理部22は、各ベースバンド信号を周波数領域に変換し、周波数領域の信号に対してアダプティブアレイ信号処理を実行する。その際、アダプティブアレイ信号処理は、サブキャリア単位になされる。処理部22は、アダプティブアレイ信号処理の結果(以下、「合成信号」という)を変復調部24へ出力する。また、処理部22は、送信動作として、送信ウエイトベクトルを導出しながら、変復調部24から受けつけたベースバンド信号に対してアダプティブアレイ信号処理を実行する。つまり、処理部22は、ビームフォーミングを実行する。また、処理部22は、アダプティブアレイ信号処理の結果を複数のアンテナ12のそれぞれに対応づけてRF部20へ出力する。なお、通信システム100がIEEE802.11n規格に準拠した無線LANシステムである場合、処理部22は、複数の系列のそれぞれに対してアダプティブアレイ信号処理を実行する。
【0018】
変復調部24は、受信処理として、処理部22からの合成信号に対して、復調とデインタリーブを実行する。なお、通信システム100が、OFDM変調方式を採用する場合、復調は、サブキャリア単位でなされる。変復調部24は、復調した信号をIF部26へ出力する。また、変復調部24は、送信処理として、インタリーブと変調を実行する。変復調部24は、変調した信号を処理部22へ出力する。送信処理の際に、変調方式は、制御部28によって指定されるものとする。なお、通信システム100がIEEE802.11n規格に準拠した無線LANシステムである場合、変復調部24は、複数の系列のそれぞれに対して、変復調を実行する。
【0019】
IF部26は、受信処理として、変復調部24からの復調結果を受けつけ、復調結果を復号する。IF部26は、復号結果を出力する。また、IF部26は、送信処理として、データを入力し、符号化した後に、変復調部24へ出力する。送信処理の際に、符号化率は、制御部28によって指定されるものとする。ここで、符号化の一例は、畳み込み符号化であり、復号の一例は、ビタビ復号であるとする。なお、通信システム100がIEEE802.11n規格に準拠した無線LANシステムである場合、IF部26は、受信処理として、変復調部24からの複数の復調結果を合成し、ひとつのデータストリームを形成する。さらに、ひとつのデータストリームを復号する。IF部26は、復号したデータストリームを出力する。また、IF部26は、送信処理として、ひとつのデータストリームを入力し、符号化した後に、これを分離する。さらに、IF部26は、分離したデータを変復調部24へ出力する。制御部28は、第2無線装置10bのタイミング等を制御する。なお、制御部28は、処理部22において送信ウエイトベクトルを導出する際に、アンテナ12の偏波を垂直偏波から円偏波に変更させる。
【0020】
この構成は、ハードウエア的には、任意のコンピュータのCPU、メモリ、その他のLSIで実現でき、ソフトウエア的にはメモリにロードされた通信機能のあるプログラムなどによって実現されるが、ここではそれらの連携によって実現される機能ブロックを描いている。したがって、これらの機能ブロックがハードウエアのみ、ソフトウエアのみ、またはそれらの組合せによっていろいろな形で実現できることは、当業者には理解されるところである。
【0021】
図3は、処理部22の構成を示す。処理部22は、受信処理部40、ウエイト導出部42、送信処理部44を含む。また、ウエイト導出部42は、受信ウエイトベクトル計算部46、時間追跡部48、方向追跡部50、予想部52、割合導出部54、推定部56、送信ウエイトベクトル計算部58を含む。
【0022】
受信ウエイトベクトル計算部46は、受信信号ベクトルのうち、パケット信号に含まれたトレーニング信号の部分において、受信ウエイトベクトルを導出する。なお、受信ウエイトベクトルは、アンテナ12の数に応じた成分を有する。また、受信ウエイトベクトルの導出には、適応アルゴリズムが使用されてもよく、あるいは伝送路特性が使用されてもよいが、これらの処理には、公知の技術が使用されればよいので、ここでは、説明を省略する。受信ウエイトベクトル計算部46は、導出した受信ウエイトベクトルを受信処理部40へ出力する。
【0023】
受信処理部40は、処理部22における動作のうち、受信動作に対応する部分を実行する。具体的に説明すると、受信処理部40は、受信信号ベクトルを受けつけるとともに、受信ウエイトベクトル計算部46から受信ウエイトベクトルも受けつける。また、受信処理部40は、アンテナ12ごとに、受信信号ベクトルと受信ウエイトベクトルとを対応づけた後に、受信ウエイトベクトルによって受信信号ベクトルを重みづける。さらに、受信処理部40は、重みづけた受信信号ベクトルを積算することによって、合成信号を生成する。最終的に、受信処理部40は、合成信号を出力する。
【0024】
時間追跡部48も、受信ウエイトベクトル計算部46と同様に、受信信号ベクトルを受けつける。受信ウエイトベクトルX(M×NP)は、次のように示される。なお、以下では、表記を簡潔にするために、受信ウエイトベクトルX(M×NP)を「X」と示す場合もある。
【数1】

ここで、Mはアンテナ12の数、Nはシンボル数、Pはシンボルあたりのサンプリング数を示す。また、Noiseはガウス雑音を示す。Aはアレイ応答行列であり、次のように示される。
【数2】

【0025】
ここで、aはステアリングベクトルを示し、Qは無線パス数を示す。また、Bは振幅行列であり、次のように示される。
【数3】

ここで、βは無線パスでの振幅を示す。また、G’は、送信信号ベクトルUと時間遅延パルス波形関数Gとの畳み込み演算結果であり、次のように示される。
【数4】

ここで、g’は、各無線パスに対応した畳み込み演算結果の成分であり、τは、各無線パスに対応した遅延時間を示す。なお、前述のごとく、無線パスは、クラスタ14とみなしてもよい。
【0026】
時間追跡部48は、受けつけた受信信号ベクトルXから時間共分散行列Rを導出する。また、時間追跡部48は、時間共分散行列Rを固有値分解することによって、固有ベクトルを導出する。このような処理は、次のように示される。
【数5】

ここで、Pは、無線パスごとの信号電力を要素とする対角行列を示し、σは雑音電力を示し、Iは単位行列を示す。また、Vsは、信号部分空間を張る固有ベクトルを示し、Vnは、雑音部分空間を張る固有ベクトルを示す。処理の対象となる固有ベクトルは、Vsである。
【0027】
時間追跡部48は、受信信号ベクトルの発信源となる複数のクラスタ14を想定した場合に、固有ベクトルVsをもとに、複数のクラスタ14のそれぞれとの間の遅延時間τを導出する。このような処理は、次の式にもとづいてなされる。
【数6】

時間追跡部48は、τの値を変化させながら、Pmusicを順次導出する。また、時間追跡部48は、Q個のクラスタ14を想定する場合に、PmusicのQ個の極小値を特定する。特定した極小値に対応した遅延時間が、複数のクラスタ14のそれぞれとの間の遅延時間τに相当する。なお、時間追跡部48は、極小値をしきい値と比較し、しきい値よりも小さい極小値をクラスタ14に対応づけてもよい。
【0028】
図4(a)−(c)は、ウエイト導出部42の処理を示す。これらのうち、図4(a)が時間追跡部48での処理結果に相当する。図示のごとく、縦軸が相対遅延時間を示す。第1クラスタ14aから第4クラスタ14dのそれぞれに対応した遅延時間が、「τ1」から「τ4」のように特定される。図3に戻る。
【0029】
方向追跡部50は、時間追跡部48において導出した遅延時間をもとに、受信信号ベクトルXをクラスタ14単位の成分Xkに分離する。なお、kは、変数であり、1からQまでの値を有する。このような分離処理は、受信信号ベクトルに対する時間フィルタリングに相当する。時間フィルタリングは、次のようになされる。
【数7】

【数8】

その結果、X1からXQまでのQ個の成分が導出される。
【0030】
方向追跡部50は、分離した成分X1からXQのそれぞれに対して、積分型MUSIC法を適用する。積分型MUSIC法については、例えば、堀田、菊間、榊原、平山、“微分型及び積分型モードベクトルを用いたMUSIC法による到来方向と角度広がりの推定に関する比較検討”、電子情報通信学会論文誌、Vol. J87-B No.9に開示されているように公知の技術であるので、説明を省略するが、以下の式にもとづいてなされる。
【数9】

ここで、φは、クラスタ14に対応した無線パスの到来方向を示し、PAS(φ)は、当該無線パスの角度広がりを示す。Eは、分離した成分の相関行列の固有値分解によって導出される雑音部分空間に対応した固有ベクトル行列を示す。
【0031】
以上の処理によって、方向追跡部50は、クラスタ14単位に、到来方向φと角度広がりPAS(φ)とを導出する。図4(b)は、方向追跡部50の処理結果に相当する。図4(b)は、横軸に相当到来角度を示す。図示のごとく、図4(a)での遅延時間方向に加えて、到来角度方向にもクラスタ14が分離される。なお、到来角度方向でのクラスタ14の広がりが、角度広がりに相当する。図3に戻る。
【0032】
割合導出部54は、方向追跡部50において導出した到来方向をもとに、クラスタ14単位に分離した成分のそれぞれにおいて、直接波が含まれる割合を導出する。さらに具体的に説明すると、割合導出部54は、クラスタ14に対応した無線パスが直接波であるか否かを特定するとともに、Kファクターを導出する。Kファクターとは、ライス分布でのKファクターである。ここでは、第1クラスタ14aに対する処理を例示する。割合導出部54は、公知の技術を使用しながら、X1をもとに受信ウエイトベクトルを導出し、受信ウエイトベクトルを受信処理部40に設定する。その結果、受信処理部40は、第1クラスタ14aに対応した無線パスを主として受信する。また、割合導出部54は、受信処理部40からの合成信号を受けつける。
【0033】
なお、図示しない第1無線装置10aは、垂直偏波を実施しているものとし、当該第2無線装置10bも垂直偏波を実施しているものとする。割合導出部54は、図示しない制御部28を介してRF部20に対して、垂直偏波を円偏波に切りかえるように指示する。その際、RF部20は、時間経過とともに、偏波面が回転するように制御する。割合導出部54は、合成信号の電力の時間変化を監視し、時間変化に伴う電力の傾きを導出する。また、割合導出部54は、傾きがしきい値よりも大きければ、無線パスが直接波であると決定し、そうでなければ、無線パスが反射波であると決定する。さらに、割合導出部54は、傾きをもとにKファクターも導出する。なお、以上の処理は、各クラスタ14に対してなされ、処理の終了後、RF部20は、垂直偏波に戻される。
【0034】
予想部52は、クラスタ単位に、方向追跡部50から到来方向φと角度広がりPAS(φ)を受けつけ、時間追跡部48から遅延時間を受けつける。以下では、これらのクラスタ14単位の組合せを「クラスタ情報」という。予想部52は、過去に導出されたクラスタ情報と、新たに導出されたクラスタ情報とをもとに、過去の複数のクラスタ14と新たな複数のクラスタとを対応づける。その結果、予想部52は、各クラスタ14の変動状況を把握する。その際、予想部52は、少なくとも一部分が重なったクラスタ14同士を同一のクラスタ14として対応づける。
【0035】
図4(c)は、予想部52における処理の概要を示す。図4(c)は、図4(b)の第3クラスタ14cを示す。これが、新たに導出されたクラスタ14である。また、図4(c)は、第3’クラスタも示す。これが過去に導出されたクラスタである。図示のごとく、ふたつのクラスタでは、一部の領域が重複している。その結果、予想部52は、これらのクラスタを同一のクラスタであると結論づける。図3に戻る。
【0036】
なお、重複した領域がないクラスタは、新たに発生したクラスタあるいは消滅したクラスタであるとされる。また、3つ以上のクラスタが重複する場合、予想部52は、重複した領域の面積をもとに、対応づけを決定する。ここでは、ふたつの時刻におけるクラスタを対応づけたが、予想部52は、複数の時刻におけるクラスタを対応づけてもよい。その際、領域の重複は、例えば、隣接時刻間において考慮される。予想部52は、遅延時間の変化から将来的な遅延時間を予想する。予想には、例えば、外挿補間が使用される。また、将来的な到来方向、将来的な角度広がりも、同様に予想される。なお、これらの推定は、クラスタ14単位になされる。
【0037】
推定部56は、予想部52において予想した将来的な到来方向と将来的な角度広がりとをもとにチャネル行列をクラスタ14単位に導出する。また、その際に、推定部56は、割合導出部54からの直接波であるか否かに関する情報、Kファクターも使用する。第iクラスタ14iに対するチャネル行列は、次のように示される。
【数10】

【0038】
ここで、Pは、受信信号強度である。また、右辺の1項目が直接波に関する項、右辺の2項目が反射波に関する項である。なお、割合導出部54において、該当する無線パスが遅延波である場合、1項目は無視される。反射波に関する項は、次のように示される。
【数11】

[Hiid]は、各要素が独立で各行各列が無相関な行列を示す。また、RrxとRtxは、次のように示される。
【0039】
【数12】

ここで、Dは、アンテナ12の間隔を示す。一方、反射波に関する項におけるSは、次のように示される。
【数13】

ここで、AoAは、直接波の到来角であり、AoDは、直接波の出射角であり、前述のφをもとに決定される。また、NTX、NRXは、図示しない第1無線装置10aのアンテナ素子数、アンテナ12の素子数をそれぞれ示し、dはアンテナ12の間隔を示す。また、λは波長である。
【0040】
推定部56は、クラスタ14単位に導出したチャネル行列を、当該クラスタ14に対応した将来的な遅延時間を反映しながら積算することによって、将来的な受信信号ベクトルy(t)を導出する。ここで、将来的な受信信号ベクトルy(t)は、次のように示される。
【数14】

推定部56は、将来的な受信信号ベクトルy(t)を送信ウエイトベクトル計算部58へ出力する。
【0041】
送信ウエイトベクトル計算部58は、推定部56において導出した将来的な受信信号ベクトルをもとに、複数のアンテナ12に対する送信ウエイトベクトルを導出する。例えば、送信ウエイトベクトル計算部58は、将来的な受信信号ベクトルy(t)の共分散行列RTXを以下のように導出する。
【数15】

その後、送信ウエイトベクトル計算部58は、共分散行列を固有値分解することによって、送信ウエイトベクトルを導出する。さらに、送信ウエイトベクトル計算部58は、送信ウエイトベクトルを送信処理部44へ出力する。
【0042】
送信処理部44は、処理部22における動作のうち、送信動作に対応する部分を実行する。具体的に説明すると、送信処理部44は、図示しない変復調部24からベースバンド信号を受けつけるとともに、送信ウエイトベクトル計算部58から送信ウエイトベクトルも受けつける。また、受信処理部40は、アンテナ12ごとに、送信ウエイトベクトルによってベースバンド信号を重みづける。さらに、送信処理部44は、重みづけたベースバンド信号を各RF部20へ出力する。
【0043】
以上の構成による通信システム100の動作を説明する。図5は、ウエイト導出部42における送信ウエイトベクトルの導出手順を示すフローチャートである。時間追跡部48は、受信信号ベクトルの時間共分散行列を導出する(S10)。時間追跡部48は、クラスタ14を特定するとともに、クラスタ14単位の遅延時間を導出する(S12)。方向追跡部50は、時間フィルタリングによって、受信信号ベクトルをクラスタ14単位の成分に分離する(S14)。方向追跡部50は、成分単位に積分型MUSIC法を適用することによって、クラスタ14単位に到来方向と角度広がりとを導出する(S16)。
【0044】
割合導出部54は、クラスタ14単位に、直接波であるかを特定するとともに、Kファクターを導出する(S18)。予想部52は、クラスタ14単位に、将来的な遅延時間、到来方向、角度広がりを推定する(S20)。推定部56は、クラスタ14単位にチャネル行列を導出する(S22)。また、推定部56は、チャネル行列を合成することによって、将来的な受信信号ベクトルを導出する(S24)。送信ウエイトベクトル計算部58は、送信ウエイトベクトルを計算する(S26)。
【0045】
本発明の実施例によれば、受信信号ベクトルをクラスタ単位の成分に分離した後に、複数のパラメータを考慮してクラスタの移動を推定するので、推定精度を向上できる。また、推定されたクラスタの移動先をもとに、送信ウエイトベクトルを導出するので、送信ウエイトベクトルの推定精度を向上できる。また、送信ウエイトベクトルの推定精度が向上されるので、通信品質を向上できる。また、一部分が重なったクラスタ同士を同一のクラスタとして対応づけるので、対応づけを容易に実行できる。
【0046】
以上、本発明を実施例をもとに説明した。この実施例は例示であり、それらの各構成要素や各処理プロセスの組合せにいろいろな変形例が可能なこと、またそうした変形例も本発明の範囲にあることは当業者に理解されるところである。
【0047】
本発明の実施例において、推定部56は、直接波に関する項と反射波に関する項とを含む形でチャネル行列を規定し、割合導出部54からの入力をもとに、直接波に関する項を除外するか否かを決定する。しかしながらこれに限らず例えば、推定部56は、反射波に関する項によってチャネル行列を規定してもよい。その際、割合導出部54は、Kファクターのみを決定し、推定部56に出力する。本変形例によれば、割合導出部54、推定部56における処理を簡略化できる。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【図1】本発明の実施例に係る通信システムの構成を示す図である。
【図2】図1の第2無線装置の構成を示す図である。
【図3】図2の処理部の構成を示す図である。
【図4】図4(a)−(c)は、図3のウエイト導出部の処理を説明する図である。
【図5】図3のウエイト導出部における送信ウエイトベクトルの導出手順を示すフローチャートである。
【符号の説明】
【0049】
10 無線装置、 12 アンテナ、 14 クラスタ、 20 RF部、 22 処理部、 24 変復調部、 26 IF部、 28 制御部、 40 受信処理部、 42 ウエイト導出部、 44 送信処理部、 46 受信ウエイトベクトル計算部、 48 時間追跡部、 50 方向追跡部、 52 予想部、 54 割合導出部、 56 推定部、 58 送信ウエイトベクトル計算部、 100 通信システム。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数のアンテナから受信信号ベクトルを受けつける入力部と、
前記入力部において受けつけた受信信号ベクトルから時間共分散行列を導出する手段と、時間共分散行列を固有値分解することによって、固有ベクトルを導出する手段と、受信信号ベクトルの発信源となる複数のクラスタを想定した場合に、固有ベクトルをもとに、複数のクラスタのそれぞれとの間の遅延時間を導出する手段とを含む時間追跡部と、
前記時間追跡部において導出した遅延時間をもとに、前記入力部において受けつけた受信信号ベクトルをクラスタ単位の成分に分離する手段と、分離した成分のそれぞれに対して積分型MUSIC法を適用することによって、分離した成分の到来方向と角度広がりとをクラスタ単位に導出する手段とを含む方向追跡部と、
前記方向追跡部において導出した到来方向と角度広がりと、前記時間追跡部において導出した遅延時間とをもとに、将来的な到来方向、将来的な角度広がり、将来的な遅延時間をクラスタ単位に予想する予想部と、
前記予想部において予想した将来的な到来方向と将来的な角度広がりとをもとにチャネル行列をクラスタ単位に導出する手段と、クラスタ単位に導出したチャネル行列を、当該クラスタに対応した将来的な遅延時間を反映しながら積算することによって、将来的な受信信号ベクトルを導出する手段とを含む推定部と、
前記推定部において導出した将来的な受信信号ベクトルをもとに、複数のアンテナに対するウエイトベクトルを導出するウエイト計算部と、
を備えることを特徴とする無線装置。
【請求項2】
前記予想部は、過去に導出された到来方向、角度広がり、遅延時間に対する複数のクラスタと、新たに導出された到来方向、角度広がり、遅延時間に対する複数のクラスタとの間において、少なくとも一部分が重なったクラスタ同士を同一のクラスタとして対応づける手段と、対応づけたクラスタでの過去に導出された到来方向、角度広がり、遅延時間と、新たに導出された到来方向、角度広がり、遅延時間とをもとに、将来的な到来方向、将来的な角度広がり、将来的な遅延時間をクラスタ単位に予想することを特徴とする請求項1に記載の無線装置。
【請求項3】
前記方向追跡部において導出した到来方向をもとに、クラスタ単位に分離した成分のそれぞれにおいて、直接波が含まれる割合を導出する割合導出部をさらに備え、
前記推定部は、前記割合導出部において導出した割合を反映しながら、チャネル行列をクラスタ単位に導出することを特徴とする請求項1または2に記載の無線装置。
【請求項4】
複数のアンテナから受けつけた受信信号ベクトルをもとに、時間共分散行列を導出し、時間共分散行列を固有値分解することによって、固有ベクトルを導出するステップと、
受信信号ベクトルの発信源となる複数のクラスタを想定した場合に、固有ベクトルをもとに、複数のクラスタのそれぞれとの間の遅延時間を導出するステップと、
導出した遅延時間をもとに、受信信号ベクトルをクラスタ単位の成分に分離し、分離した成分のそれぞれに対して積分型MUSIC法を適用することによって、分離した成分の到来方向と角度広がりとをクラスタ単位に導出するステップと、
導出した到来方向、角度広がり、遅延時間とをもとに、将来的な到来方向、将来的な角度広がり、将来的な遅延時間をクラスタ単位に予想するステップと、
予想した将来的な到来方向と将来的な角度広がりとをもとにチャネル行列をクラスタ単位に導出し、クラスタ単位に導出したチャネル行列を、当該クラスタに対応した遅延時間を反映しながら積算することによって、将来的な受信信号ベクトルを導出するステップと、
導出した将来的な受信信号ベクトルをもとに、複数のアンテナに対するウエイトベクトルを導出するステップと、
を備えることを特徴とする通信方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−171159(P2009−171159A)
【公開日】平成21年7月30日(2009.7.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−6256(P2008−6256)
【出願日】平成20年1月15日(2008.1.15)
【出願人】(000001889)三洋電機株式会社 (18,308)
【Fターム(参考)】