説明

通電ロールの交換要否の判定方法

【課題】めっき液中の浮遊物が鋼板と通電ロールの間に挟み込まれ、浮遊物を起点として電流の放電が起こり、アークスポットが発生するのを防止できる電気めっきラインにおける通電ロールの交換要否の判定方法を提供する。
【解決手段】電気めっきラインにおいて、めっき液中に存在する浮遊物の粒径を測定して、浮遊物の平均粒径D(μm)及び浮遊物の粒径分布における標準偏差σ(μm)を求めておき、通電ロールの表面粗度を調査して最大高さRy(μm)及び十点平均粗さRz(μm)を求め、求めた最大高さRy(μm)及び十点平均粗さRz(μm)が、下記式(1)及び式(2)を満足するときは通電ロールの交換が不要であると判定し、下記式(1)及び式(2)の少なくとも一方を満足しないときは通電ロールの交換が必要であると判定する。Ry≧3×(D+3σ)…(1)、Rz/Ry>0.6…(2)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は鋼板の電気めっきラインにおける通電ロールの交換要否の判定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
電気めっきラインでは、縦型の電気めっき設備や、横型の電気めっき設備を用いて鋼板にSnめっき、Crめっき、Znめっき、Niめっき等の種々のめっきをする。例えば、縦型の電気めっき設備では、図1に示すように、鋼板6をめっき液を収納しためっきタンク1内に導入し、シンクロール4で走行方向を反転し、めっきタンク1外に引き出し、その間に、通電ロール2と電極5で鋼板6に通電し、鋼板に所望のめっきを施す。めっき浴から引き上げられた鋼板に付着してきためっき液を絞り取るため、通電ロール2の鋼板巻き付け開始部にゴム製のリンガーロール3が配置されている。
【0003】
このような電気めっきラインでは、めっき液中にスラジ等の浮遊物が浮遊する。この浮遊物が通電ロール表面に接触あるいは付着し、鋼板と通電ロールの間に浮遊物が挟み込まれると浮遊物を起点として電流の放電が起こる。この放電によりめっき鋼板表面に微小な焼き付き欠陥(アークスポット)が発生し、鋼板品質を低下させる。
【0004】
アークスポットの発生を防止するため、通電ロールの表面粗度の山部分をなだらかにする方法(特許文献1)、通電ロールの表面に溝を設けて溝に浮遊物を堆積させる方法(特許文献2)、研削材で通電ロール表面を手入れすることにより通電ロール表面を清浄化する方法(特許文献3)、金属製押さえロールにより通電ロールに浮遊物が付着しないようにする方法(特許文献4)が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008−156695号公報
【特許文献2】特開平8−100289号公報
【特許文献3】実開平2−69967号公報
【特許文献4】特開平8−100289号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1の方法は、めっき液中の浮遊物が通電ロールに付着して発生するアークスポットを防止することが考慮されていないため、通板による磨耗で通電ロール表面の粗度Raが低下すると通電ロールに付着した浮遊物によってアークスポットが発生する。
【0007】
特許文献2の方法は、めっき液の液切れが悪くめっき液原単位の著しい悪化を招く。
【0008】
特許文献3の方法は、清浄化直後はロール表面に付着した浮遊物がなくなるため一時的にアークスポットの発生が抑制されるが、研削により通電ロール表面の粗度が急激に低下し、通電ロール凹部に浮遊物が埋まりにくい状態になるため、再び通電ロールに浮遊物が付着した際に浮遊物が通電ロールと鋼板の両者に挟みこまれた状態になりアークスポットが発生しやすくなる。また、手入れ時に発生する研削粉がめっき液中の浮遊物となり、アークスポットの発生原因となる。さらに、粗度の低下によって鋼板と通電ロール間に働くグリップ力が低下して鋼板が蛇行しやすくなるという問題もある。
【0009】
特許文献4の方法は、金属製の抑えロールと金属製ロールである通電ロールで挟み込んで鋼板を拘束するため鋼板表面に疵を発生させる懸念がある。
【0010】
本発明は、前記した課題を解決し、めっき液中の浮遊物が鋼板と通電ロールの間に挟み込まれ、浮遊物を起点として電流の放電が起こり、アークスポットが発生するのを防止できる電気めっきラインにおける通電ロールの交換要否の判定方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
めっき液中の浮遊物が通電ロール表面に接触あるいは付着し、この浮遊物が鋼板と通電ロールの間に挟み込まれた状態になると、浮遊物を起点として電流の放電が起こり、鋼板表面にアークスポットが発生する。本発明者らは、前記の浮遊物に起因するアークスポットの発生を防止するため、通電ロールの表面形状について種々検討した。その結果、めっき作業の継続によって磨耗して表面粗度が低下した通電ロールであっても、通電ロール表面が、最大高さRy(μm)が浮遊物の粒径に対して十分大きく、かつ最大高さRy(μm)に対する十点平均粗さRz(μm)の比がある値以上であると、めっき液中の浮遊物が通電ロールの凹部に完全に入り込んだ状態になって鋼板との接触を防止でき、アークスポットの発生を防止できることを見出した。本発明は、この知見に基く。
【0012】
上記課題を解決する本発明の手段は、電気めっきラインにおいて、めっき液中に存在する浮遊物の粒径を測定して、浮遊物の平均粒径D(μm)及び浮遊物の粒径分布における標準偏差σ(μm)を求めておき、通電ロールの表面粗度を調査して最大高さRy(μm)及び十点平均粗さRz(μm)を求め、求めた最大高さRy(μm)及び十点平均粗さRz(μm)が、下記式(1)及び式(2)を満足するときは通電ロールの交換が不要であると判定し、下記式(1)及び式(2)の少なくとも一方を満足しないときは通電ロールの交換が必要であると判定することを特徴とする通電ロールの交換要否の判定方法である。
Ry≧3×(D+3σ) ・・・(1)
Rz/Ry>0.6 ・・・(2)
ここに、最大高さRy(μm)及び十点平均粗さRz(μm)は、JIS B0601−1994に規定される最大高さRy(μm)及び十点平均粗さRz(μm)である。
【発明の効果】
【0013】
本発明法によれば、通電ロールの交換要否を的確に判定できる。本発明の判定結果に従って、通電ロールを継続使用又は交換することで、アークスポットの発生を防止しながら、通電ロールの使用期間を延ばすことが可能になる。また、従来技術の以下の問題点も解決できる。すなわち、研削による通電ロールの清浄化を行う必要がないので、急激な粗度低下がなく、鋼板と通電ロール間に働くグリップ力が低下して鋼板が蛇行する問題が軽減される。また、めっき液原単位が悪化する問題、押付けロールに金属製ロールを使用しなくてもよいので、鋼板表面に疵を発生させる問題もない。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】縦型の電気めっき設備のめっきタンクの要部構成を示す図である。
【図2】本発明の通電ロールの表面形状と作用を説明する模式図で、(a)は、表面粗度が式(1)のみを満足する場合、(b)は式(1)及び式(2)を満足する場合である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明では、電気めっきラインにおいて、めっき液中に存在する浮遊物の粒径を測定して、浮遊物の平均粒径D(μm)及び浮遊物の粒径分布における標準偏差σ(μm)を求めておき、通電ロールの表面粗度を調査して最大高さRy(μm)及び十点平均粗さRz(μm)を求め、求めた最大高さRy(μm)及び十点平均粗さRz(μm)が、下記式(1)及び式(2)を満足するときは通電ロールの交換が不要であると判定し、下記式(1)及び式(2)の少なくとも一方を満足しないときは通電ロールの交換が必要であると判定する。
Ry≧3×(D+3σ) ・・・(1)
Rz/Ry>0.6 ・・・(2)
ここで、浮遊物の粒径を測定するめっき液は、定常状態にあるめっき液を用いる。めっき液は、新しい状態(建浴直後の状態)では、浮遊物は少ない。めっき処理を行うに従い、スラジ等の浮遊物が増加するが、めっき液は通常フィルタリング処理を施されて、浮遊物はある程度以上は除去される。このため、めっき液の使用開始から1、2ヶ月経つと、めっき液中の浮遊物の量、サイズともに定常状態となる。この状態にあるめっき液(定常状態にあるめっき液)について、浮遊物の平均粒径および粒径分布を測定する。
【0016】
以下に式(1)および式(2)の限定理由を説明する。
【0017】
最大高さRyは、粗さ曲線の抜き出し部分における最も高い山頂に対する最も低い谷底の深さである。十点平均粗さRzは、粗さ曲線の抜き出し部分の平均線からの、最も高い山頂から5番目までの山頂の高さの絶対値の平均値と、最も低い谷底から5番目までの谷底の標高の絶対値の平均値の和である。
【0018】
最大高さRyは浮遊物粒径に対して十分に大きくすると浮遊物は通電ロール表面の凹部に入り込みやすくなる。そのためには、最大高さRyは式(1)を満足する必要がある。最大高さRyが式(1)を満足しないと、浮遊物が通電ロールの凹部に完全に入り込めず鋼板と浮遊物が接触し、アークスポットが発生しやすくなる。
【0019】
しかし、最大高さRyが浮遊物粒径に対して十分に大きくても、すなわち式(1)を満足しても、最も高い山頂以外の比較的高い山頂が最も高い山頂に対して低すぎると、図2(a)に示すように、比較的高い山頂同士の間の凹部では浮遊物が完全に埋め込まれない状態になる。このような状態では、鋼板が変形して浮遊物と鋼板が接触し、アークスポットが発生する場合がある。この問題は、最も高い山頂以外の比較的高い山頂が最も高い山頂に対して低すぎないようにすることで解決できること、そして、最も高い山頂以外の比較的高い山頂の最も高い山頂に対する好ましい高さは、十点平均粗さRz(μm)で評価できることがわかった。すなわち、さらに最も高い山頂以外の比較的高い山頂が最も高い山頂に対して十分に大きくすると、具体的には、最大高さRy(μm)と十点平均粗さRz(μm)が式(2)を満足するようにすると、図2(b)に示すように、浮遊物が比較的高い山頂同士の間の凹部に完全に埋め込まれた状態になり、このような状態では、鋼板が変形しても浮遊物と接触せず、アークスポットが発生しない。
【0020】
本発明では、表面粗度が式(1)及び式(2)を満足する通電ロールは、めっき液中の浮遊物が鋼板と通電ロールの間に挟み込まれてアークスポットが発生する問題を防止できることから、通電ロールの交換が不要であると判定する。通電ロールの交換が不要であると判定した通電ロールは、引き続きめっきラインで使用することで通電ロールの使用期間を延ばすことができる。また、表面粗度が式(1)及び式(2)の少なくとも一方を満足しない通電ロールは、めっき液中の浮遊物が鋼板と通電ロールの間に挟み込まれてアークスポットが発生する問題が発生しやすくなるので、通電ロールの交換が必要であると判定する。通電ロールの交換が必要であると判定した通電ロールは、めっきラインから取り出し、別の通電ロールに交換する。別の通電ロールに交換することで、式(1)及び式(2)を満足しない通電ロールを引き続き使用した場合に起こるアークスポット発生の問題を防止できることになる。
【0021】
なお、上記式(1)および式(2)は、本発明者らが、粒径分布などめっき液中の浮遊物に関するデータおよびロール粗度に関するデータとアークスポットの発生状況との関係を詳細に解析して得たものである。
【0022】
通電ロールの表面粗度の調査頻度は特に限定されない。例えば1回/週程度の頻度でもよいが、調査で得られた表面粗度の数値、ロールの表面粗度の変化傾向(磨耗傾向)に応じて、適宜の時期または頻度で調査してもよい。組み換え直後は調査ピッチを長くしてもよい。
【0023】
本発明法によって通電ロールの交換要否を判定し、判定結果に従って当該通電ロールを継続使用又は交換することで、アークスポットの発生を防止しながら、通電ロールの使用期間を延ばすことが可能になる。また、研削による通電ロールの清浄化を行う必要がないので、急激な粗度低下がなく、鋼板と通電ロール間に働くグリップ力が低下して鋼板が蛇行する問題も軽減される。また、めっき液原単位が悪化する問題、押付けロールに金属製ロールを使用しなくてもよいので、鋼板表面に疵を発生させる問題もない。
【0024】
本発明の方法は、Snめっき、Crめっき、Znめっき、Niめっき等のめっきを行う鋼板の電気めっきラインで使用される通電ロールの交換要否を判定する方法として広く適用できる。
【0025】
電気めっきラインに組み込む通電ロールへの表面粗度の付与方法は、常法でよい。すなわち、通電ロールは粉体(グリット)をロール表面に衝突させて粗く粗度を付けたのち、明らかなピークの部分を砥石等を用いて研削する。
【実施例】
【0026】
縦型めっき設備でNiめっきを行う電気めっきラインにて使用されているNiめっき液を採取し、めっき液中に含まれる浮遊物の粒径をレーザー吸光光度法で調査した。浮遊物はホネサイト(Honessite、NiFe3+(SO)(OH)16.4HO)である。調査結果、浮遊物平均粒径D=3.6μm、標準偏差σ=0.3であった。通電ロール径は600mmφである。
【0027】
以下に通電ロールの表面粗度とアークスポットの発生状況との関係を例示する。
使用中にアークスポットが発生した通電ロールを使用後に調査するとRa=3.62μm、Ry=19.02μm、Rz=11.36μm、すなわちRz/Ry=0.59で、式(2)を満足していなかった。一方で、使用後の粗度がRa=3.29μm、Ry=18.62μm、Rz=13.02μmで、使用中にアークスポットが発生しなかった通電ロールもあった。この通電ロールは、Rz/Ry=0.70で、式(1)及び式(2)を満足していた。このことからも、Rzのパラメータにより磨耗の進行度が管理できることが確認でき従って、本発明法を、アークスポット防止のためのロール交換要否の判定に使用できることがわかる。
【0028】
従来は、ロール磨耗によるアークスポット発生を防止するという観点から、通電ロールの表面粗度をRaで管理し、初期の粗度をRa5.0μm以上とする通電ロールについて、ロール粗度をRa4.0μm以上として管理していたため、実施例の設備では通電ロールを周期3ヶ月程度で交換していた。初期の粗度を従来と同様とする通電ロールについて、本発明の方法により、1回/2週間〜1回/月程度の頻度でロール粗度を測定して上記式(1)、式(2)に基づき判定し、通電ロールの交換要否を管理するようにした結果、通電ロールの交換周期が5ヶ月程度になった。
【産業上の利用可能性】
【0029】
本発明は、電気めっきラインで使用されている通電ロールの交換要否を判定する方法として利用できる。
【符号の説明】
【0030】
1 めっきタンク
2 通電ロール
3 リンガーロール
4 シンクロール
5 アノード
6 鋼板

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電気めっきラインにおいて、めっき液中に存在する浮遊物の粒径を測定して、浮遊物の平均粒径D(μm)及び浮遊物の粒径分布における標準偏差σ(μm)を求めておき、通電ロールの表面粗度を調査して最大高さRy(μm)及び十点平均粗さRz(μm)を求め、求めた最大高さRy(μm)及び十点平均粗さRz(μm)が、下記式(1)及び式(2)を満足するときは通電ロールの交換が不要であると判定し、下記式(1)及び式(2)の少なくとも一方を満足しないときは通電ロールの交換が必要であると判定することを特徴とする通電ロールの交換要否の判定方法。
Ry≧3×(D+3σ) ・・・(1)
Rz/Ry>0.6 ・・・(2)
ここに、最大高さRy(μm)及び十点平均粗さRz(μm)は、JIS B0601−1994に規定される最大高さRy(μm)及び十点平均粗さRz(μm)である。

【図1】
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【図2】
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