説明

酒類製造用酵母変異株及び当該酵母変異株を用いた酒類の製造方法

【課題】 酒類(特にワイン)の製造において、アミノ酸の含有量を改善する方法を提供すること及びγ−アミノ酪酸の含有量を改善する方法を提供すること。
【解決手段】 gap1apf1(shr3)及びcan1の機能を低下させる変異を有する酵母菌株と、gap1put4及びuga4の機能を低下させる変異を有する酵母菌株とを交雑して得られ、L−アゼチジン−2−カルボキシレート及びL−カナバニンに耐性を示し、かつ、プロリン、アルギニン、グルタミン酸、シトルリン、γ−アミノ酪酸を単一窒素源として添加した最少培地において生育することができない、gap1apf1(shr3)can1put4及びuga4の機能を低下させる変異を有する酒類製造用酵母変異株。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酒類の醸造に用いる酵母に関し、また、酵母を用いた酒類の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、アミノ酸はワインをはじめとする酒類の呈味成分の一つであり、品質を左右する重要な要素であることが知られている。そのため、製造される酒類中のアミノ酸含有量をコントロールすることが酒類の製造において重要である。
【0003】
しかしながら、例えば、ワインの製造においては、製造されるワイン中のアミノ酸の大部分はブドウ果汁からの移行によるが、ブドウ果汁中のアミノ酸の多くは酵母の栄養源として発酵中に消費されるために、ワイン中のアミノ酸含有量をコントロールすることは極めて困難である。
【0004】
我が国で生産されるブドウの代表的品種である甲州種ブドウから製造されるワインは比較的平板な味であり、アミノ酸をはじめとする窒素化合物の含有量が少ないことがその原因の一つと考えられている。従って、甲州ワインは、平板な味を補うために糖分を残した甘口のワインが主流で、辛口のワインを製造する場合にはシュール・リー法、すなわち、ワインと澱を接触することにより酵母の自己消化からアミノ酸等の成分を溶出させてワインにボディー感を与える方法が採用されている(K. Ariizumi et al.: Am. J. Enol. Vitic., vol.45, pp.312, 1994)。しかし、シュール・リー法は、ワインと澱の接触期間が長期にわたり、さらには酵母の自己消化によるワイン中のアミノ酸の増加量は必ずしも多いとは言えないという問題がある。また、昨今、酒質の多様化が求められており、それに応じるためにも、製造される酒類中のアミノ酸含有量をコントロールできる新たな酒類の製造方法の開発が望まれる。
【0005】
ところで、酵母が細胞外に存在するアミノ酸を栄養源として利用するためには、アミノ酸を菌体内へ取り込むことが必須である。かかるアミノ酸の取り込みを行う酵素として、基質特異性の異なる多くのアミノ酸透過酵素、例えば、GAP1遺伝子にコードされるgeneralamino acid permeaseやCAN1遺伝子にコードされるarginine permeaseをはじめとする多くのアミノ酸透過酵素が存在することが明らかにされている(B. Andre:Yeast, vol.11, pp.1575, 1995, B. Nelissen et al.: FEBS Letters, vol.377,pp.232, 1995, M. Grenson: In De Pont, J. J. H. H. M.(ed.), Molecular Aspects ofTransport Proteins, Chapter 7, "Amino acid transporters in yeast;structure, function and regulation", Elsevier, Amsterdam, pp.219, 1992,他)。
【0006】
これまでに、酵母のアミノ酸透過酵素に関与する遺伝子に変異を付与した変異株の取得方法や前記変異のアミノ酸の取り込みに及ぼす影響についても数多くの報告がある。例えば、gap1変異株はD−アミノ酸に耐性を示す菌株の中から取得でき、シトルリンをはじめとする多くのアミノ酸の取り込みが抑制されていることが知られている(J. Rytka: J. Bacteriol., vol.121, pp.562, 1975)。また、can1変異株はアルギニンのアナログであるL−カナバニンに耐性を示す菌株の中から取得でき、アルギニンの取り込みが抑制されていることが知られている(M. Grenson et al.: Biochem. Biophys. Acta, vol.127, pp.325, 1966,M. Grenson, Molecular Aspects of Transport Proteins, Chapter 7, "Aminoacid transporters in yeast: structure, function and regulation, ElsevierScience Publishers, 1992他)。また、apf1変異株はプロリンのアナログであるL−アゼチジン−2−カルボキシレートあるいは3,4−ジヒドロ−DL−プロリンに耐性を示す菌株の中から取得でき、プロリンの取り込みが抑制されること及び種々のアミノ酸透過酵素の活性が抑制されることが知られており、さらに、gap1apf1の二重変異を有する酵母においては、グルタミン酸をはじめとする多くのアミノ酸を単一窒素源として生育できないことが知られている(M. Grenson and C. Hennaut: J. Bacteriol., vol.105, pp.477, 1971, P.F. Lasko and M. C. Brandriss: J. Bacteriol., vol.148, pp.241, 1981)。
【0007】
なお、SHR3遺伝子は小胞体からのアミノ酸透過酵素のプロセシングと輸送に不可欠なタンパク質をコードし、shr3apf1変異は互いに相補しない対立遺伝子であることが報告されている(P. O. Ljungdahlet al.: Cell, vol.71, pp.463, 1992, J. Horak and A. Kotyk: Biochemistry andMolecular Biology International, vol. 29, pp. 907, 1993)。
【0008】
一方、γ-アミノ酪酸は、広く生物界に存在する非蛋白質構成アミノ酸の一つであり、神経の主要な抑制性伝達物質として脳代謝促進作用を有することや、血圧降下作用を有すること等が明らかにされており、炭酸ガスや窒素ガスを利用した嫌気処理によりγ-アミノ酪酸を蓄積させた茶葉(ギャバロン茶)をはじめ、様々な食品や食品素材の開発が進められている(津志田ら,農化,61,817(1987)、大森ら,農化,61,1449(1987)、特開平10−215812、特開平9―238650、特開平7―213252、他)。
【0009】
ところで、γ−アミノ酪酸はブドウ果汁中にも含まれているが、発酵中に他のアミノ酸と同様に酵母の栄養源として消費されるため、ワイン中の含有量はわずかであり、ワイン中に多く残存させることは困難であった。なお、酵母によるγ-アミノ酪酸の取込みはGAP1遺伝子にコードされるgeneral amino acid permease、PUT4遺伝子にコードされるproline permease及びUGA4遺伝子にコードされるγ-aminobutyric acid permeaseの3種類のアミノ酸透過酵素により行われることが明らかにされている(M.Glenson etal.: Biochem.(Life Sci. Adv.), vol.6, pp.35, 1987)。
【0010】
【特許文献1】特開平10−215812
【特許文献2】特開平9―238650
【特許文献3】特開平7―213252
【非特許文献1】B. Andre: Yeast, vol.11, pp.1575, 1995
【非特許文献2】B. Nelissen et al.: FEBS Letters, vol.377, pp.232, 1995
【非特許文献3】M. Grenson: In De Pont, J. J. H. H. M.(ed.), Molecular Aspects ofTransport Proteins, Chapter 7, "Amino acid transporters in yeast;structure, function and regulation", Elsevier, Amsterdam, pp.219, 1992
【非特許文献4】M. Grenson et al.: Biochem. Biophys. Acta, vol.127, pp.325, 1966
【非特許文献5】M. Grenson and C. Hennaut: J. Bacteriol., vol.105, pp.477, 1971
【非特許文献6】P. F. Lasko and M. C. Brandriss: J. Bacteriol., vol.148, pp.241,1981
【非特許文献7】P. O. Ljungdahl et al.: Cell, vol.71, pp.463, 1992
【非特許文献8】J. Horak and A. Kotyk: Biochemistry and Molecular BiologyInternational, vol. 29, pp. 907, 1993
【非特許文献9】津志田ら,農化,61,817(1987)
【非特許文献10】大森ら,農化,61,1449(1987)
【非特許文献11】M.Glenson et al.: Biochem.(Life Sci. Adv.), vol.6, pp.35, 1987
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、上記従来技術の有する課題に鑑みてなされたものであり、酒類(特にワイン)の製造において、アミノ酸の含有量を改善する方法を提供すること及びγ−アミノ酪酸の含有量を改善する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、アミノ酸取り込みに関与する遺伝子、すなわちgap1apf1(shr3)及びcan1の変異、gap1put4及びuga4の変異、gap1apf1(shr3)can1put4及びuga4の変異を有する酒類製造用酵母変異株を用いて醸造された酒類においてアミノ酸含有量が改善されることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0013】
すなわち、本発明の酒類製造用酵母変異株は、サッカロミセス属に属し、アミノ酸の取込みに関与する遺伝子の変異としてgap1apf1(shr3)及びcan1の変異を有する酒類製造用酵母変異株であり、例えば、サッカロミセス・セレビシエMA3911(FERM P−17839号)が好ましい。
【0014】
また、本発明の酒類製造用酵母変異株は、サッカロミセス属に属し、アミノ酸の取込みに関与する遺伝子の変異としてgap1put4及びuga4の変異を有する酒類製造用酵母変異株であり、例えば、サッカロミセス・セレビシエMA3719(FERM P−17838号)が好ましい。
【0015】
さらに、本発明の酒類製造用酵母変異株は、サッカロミセス属に属し、アミノ酸の取込みに関与する遺伝子の変異としてgap1apf1(shr3)can1put4及びuga4の変異を有する酒類製造用酵母変異株であり、例えば、サッカロミセス・セレビシエYMK-7(FERM P−17837号)が好ましい。
【0016】
また、本発明の酒類の製造方法は、酵母を用いて酒類を製造する方法において、上記本発明の酵母変異株を用いることを特徴とする酒類の製造方法である。
【0017】
ここで、本発明の酒類の製造方法においては、上記酒類がワインまたは麦芽アルコール飲料であることが好ましい。
【0018】
本発明の酒類の製造方法はまた、発酵を助成促進するためにリン酸アンモニウムあるいは硫酸アンモニウムを添加し、上記gap1apf1(shr3)及びcan1あるいはgap1apf1(shr3)can1put4及びuga4の変異を有する菌株を接種して発酵することを特徴とする酒類の製造方法であり、特には、製造される酒類のアミノ酸含有量が改善された酒類の製造方法である。
【0019】
また、本発明のワインの製造方法は、嫌気処理したブドウを原料として、gap1put4及びuga4変異あるいはgap1apf1(shr3)can1put4及びuga4の変異を有する菌株を接種して発酵することを特徴とするワイン製造方法であり、特には製造されるワイン中のγ−アミノ酪酸含有量が改善されたワインの製造方法である。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、酵母によるアミノ酸の取込みを抑制して、安定的にアミノ酸の含有量が改善された酒類(特にはワイン)を製造することが可能となり、また、γ−アミノ酪酸の含有量が改善された酒類(特にはワイン)を製造することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
本発明は、サッカロミセス属に属し、アミノ酸取り込みに関与する遺伝子に複数の変異を付与した酵母変異株、特にはgap1apf1(shr3)及びcan1の変異を付与した酒類製造用酵母変異株、gap1put4及びuga4の変異を付与した酒類製造用酵母変異株、gap1apf1(shr3)can1put4及びuga4の変異を付与した酒類製造用酵母変異株に関する。
【0022】
本発明はまた、上記変異を付与した酵母変異株を酒母として接種し、発酵を行うことを特徴とするアミノ酸含有量が改善された酒類、特にはワインの製造方法に関する。
【0023】
本発明に用いられる酵母は、サッカロミセス属に属する酵母であり、例えば、The Yeasts A Taxonomic Study, 4th ed.(C. P. Kurtzman and J. W. Fell(ed.), Elsewier(1998))に従って分類されるサッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)、サッカロミセス・バイアナス(Saccharomyces bayanus)、サッカロミセス・パストリアヌス(Saccharomyces pastorianus)等に属するワイン酵母及び/またはビール酵母が挙げられる。サッカロミセス・セレビシエに属する酵母としては、例えば、サッカロミセス・セレビシエOC-2株、W3株、Prise de Mousse株等のワイン酵母を挙げることができる。
【0024】
酵母の変異方法としては、紫外線照射等の物理的方法あるいは変異剤、例えば、エチルメタンサルフォネート等の溶液に懸濁させる化学的方法があり、既知の方法が適宜使用できる。
【0025】
酵母間の交雑は、接合型や倍数性を考慮して適宜、胞子−胞子間、胞子−細胞間または細胞−細胞間での接合により容易に行なうことができ、交雑株はMcClaryらの培地(酢酸ナトリウム0.82%,グルコース0.1%,酵母エキス0.25%,塩化カリウム0.18%,寒天2%)(%=w/v%)で子嚢胞子形成を誘導した後に胞子を分離、コロニーを形成させることで単胞子株を分離できる。また、変異処理と変異株間の交雑の方法を適宜組み合わせることにより、効率的に目的とする酵母変異株を取得することができる。
【0026】
次に、酵母変異株の取得方法について説明する。gap1変異株は酵母に変異を誘発した後、D−アミノ酸、例えば、D−ヒスチジンに耐性を示す菌株の中から取得できる。すなわち、D−ヒスチジン耐性を示す変異株から、シトルリンを単一窒素源として添加した最少培地(グルコース0.5%、ディフコ社製バクト・イーストナイトロジェンベース(アミノ酸と硫酸アンモニウムを含まない)0.17%、寒天2%)(%=w/v%)で生育できず、かつ既知のgap1変異の菌株を用いた相補試験において、相補能がない株を選抜することにより取得できる。can1変異株はアルギニンのアナログであるL−カナバニン耐性を示す菌株の中から取得でき、既知のcan1変異の菌株を用いた相補試験において、相補能がない株を選抜することにより取得できる。apf1変異株は、プロリンのアナログであるL−アゼチジン−2−カルボキシレートあるいは3,4−ジヒドロ−DL−プロリンに耐性を示す菌株の中から取得でき、β−2−チェニル−DL−アラニンに耐性を示し、プロリンを単一窒素源として添加した培地で生育できず、かつ既知のapf1変異の菌株を用いた相補試験において、相補能がない株を選抜することにより取得できる。
【0027】
また、このようにして取得した変異株から、二重変異の菌株を取得するためには、上記で取得した変異株を再度変異処理する方法または変異株間の交雑株を取得して、交雑株由来の単胞子株の中から選抜する方法を用いることができる。再度の変異処理から目的の変異株を選抜する際には、前記の方法が使用できる。例えば、gap1及びapf1の変異を有する変異株は、すでにgap1変異を有する株を用いて再度変異処理を行い、上記のapf1変異株を得るための方法を行えばよい。
【0028】
三重以上の変異を有する菌株についても二重変異を有する菌株と同様の方法で取得でき、gap1apf1(shr3)及びcan1の変異を有する菌株は、例えば、gap1及びapf1(shr3)の変異を有する菌株とgap1及びcan1の変異を有する菌株間で交雑を行い、上記に記載の方法により交雑株から分離した単胞子株の中から、L−アゼチジン−2−カルボキシレート及びL−カナバニンに対して耐性を示し、かつ、プロリンあるいはアルギニンを単一窒素源として添加した最少培地(グルコース0.5%、ディフコ社製バクト・イーストナイトロジェンベース(アミノ酸と硫酸アンモニウムを含まない)0.17%、寒天2%)(%=w/v%)で生育できず、かつ、既知のgap1apf1(shr3)あるいはcan1それぞれの変異を有する菌株との相補試験において、相補能がない株を選抜することにより取得できる。また、gap1put4及びuga4の変異を有する菌株は、例えば、gap1変異を有する菌株に変異を誘発した後に、L−アゼチジン−2−カルボキシレートに耐性を示す菌株の中からgap1及びput4の変異を有する菌株を選抜し、さらには、再度の変異処理を施した後に、γ-アミノ酪酸を単一窒素源として添加した最少培地で生育できず、かつ、既知のgap1put4及びuga4の変異を有する菌株との相補試験において、相補能がない株を選抜することにより取得できる。また、gap1apf1(shr3)can1put4及びuga4の変異を有する菌株は、例えば、前述の方法により取得したgap1apf1(shr3)及びcan1の変異を有する菌株とgap1put4及びuga4の変異を有する菌株間の交雑により取得できる。
【0029】
ここで、変異株の取得において用いられる菌株としては、例えば、前記のサッカロミセス・セレビシエOC-2株から取得したgap1変異を有するMA1007株、gap1及びapf1(shr3)の変異を有するMA2504(FERMP−17407)株、gap1及びcan1の変異を有するMA2601(FERMP−17408)株が挙げられる。
【0030】
本発明の酵母変異株は、酒類、例えば、ワイン、麦芽アルコール飲料(例えばビール、発砲酒)等の製造に好適に使用でき、特に、ワインの製造に好ましく使用できる。
【0031】
本発明においてワインを製造するには、取得した酵母変異株を酒母として用い、必要に応じてブドウ果汁にリン酸アンモニウムあるいは硫酸アンモニウムを200〜2000mg/l、好ましくは500〜1000mg/l添加して、通常行われているワインの製造法と同様の方法、例えば、葡萄酒醸造法(山梨県工業技術センター編)記載の方法でワインを醸造できる。また、嫌気処理したブドウを原料としてワインを製造する場合には、ブドウ果を炭酸ガス下あるいは窒素ガス下で6時間〜240時間(10日間)、好ましくは24時間〜72時間室温で保存すればよい。赤ワインを製造する場合においては、密閉タンク内に除梗・破砕しないブドウを房ごと入れ、タンク内を炭酸ガスで置換して発酵を行うマセラシオン・カルボニック法も嫌気処理と同様の効果を有する方法として適用できる。
【0032】
本発明においてワイン以外の酒類を製造するには、取得した酵母変異株を用い、通常行われている酒類の製造方法と同様の方法、例えば、“Technology Brewing and Malting”, Kunze著, VLB, 1996年; “Die Bierbrauerei, BandI,II”,(第7版), Narziss著, Enke, 1992年;「麦酒醸造学」松山茂助著、東洋経済新報社、1969年に記載の方法でビールを製造できる。
【0033】
本発明の酵母変異株を使用する酒類の製造では、アミノ酸の取込みが抑制されていることから安定的にアミノ酸含有量が改善されたワインの製造が可能となる。
【実施例】
【0034】
以下、実施例に基づいて本発明を具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0035】
実施例1〜3及び比較例1〜5
(酵母変異株の取得)
ワイン酵母サッカロミセス・セレビシエOC−2株(比較例1)から取得したgap1及びapf1(shr3)の変異を有するMA−2504(FERM P−17407)株(比較例2)とgap1及びcan1の変異を有するMA−2601(FERM P−17408)株(比較例3)それぞれをMcClaryらの培地を用いて子嚢胞子の形成を誘導し、ザイモリエース(商品名:ザイモリエース20T、生化学工業製)250ppmを含むリン酸緩衝液(pH7.5)中で子嚢壁を溶解させた後に、ミクロマニピュレータを用いて胞子−胞子間で有性交雑を行った。得られた交雑株は再度McClaryらの培地で子嚢胞子を形成させ、ザイモリエース250ppmを含むリン酸緩衝液(pH7.5)中で子嚢壁を溶解させた後、ミクロマニピュレータを用いて子嚢胞子を分離して単胞子株を得た。得られた単胞子株の中から、L−アゼチジン−2−カルボキシレート及びL−カナバニンに対して耐性を示し、かつ、プロリン、アルギニン、グルタミン酸、シトルリンの各アミノ酸を単一窒素源として添加した最少培地において生育することができないMA3911株(実施例1)をgap1apf1(shr3)及びcan1の変異を有する菌株として選抜した。
【0036】
さらに、既知のgap1変異を有する菌株、例えば、2512c-2A(agap1)との交雑においてシトルリンを単一窒素源とする最少培地で生育が認められないこと、 既知のapf1変異を有する菌株、例えば、30967c(a apf1 ura3)との交雑においてL−アゼチジン−2−カルボキシレートに耐性を示すこと、既知のcan1変異を有する菌株、例えば、AH-22(a leu2-3,112 his4can1)株との交雑においてL−カナバニンに耐性を示すこと、すなわち相補能がないことにより目的とする変異を有することを確認した。なお、本菌株は平成12年4月27日付けで工業技術院生命工学工業技術研究所に寄託されており、その受託番号はFERM P−17839である。
【0037】
また、ワイン酵母サッカロミセス・セレビシエOC−2株から取得したgap1変異を有するMA1007株(比較例4)をMcClaryらの培地に接種して子嚢胞子の形成を誘導させ、これをザイモリエース処理することにより子嚢壁を溶解した後に滅菌水で洗浄し、リン酸緩衝液(pH8.0)を加えて胞子懸濁液4.6mlを得た。これに、40%グルコース溶液0.25ml及びエチルメタンサルフォネート0.15mlを添加して30℃で80分間変異処理を行ない、さらに等量の10%チオ硫酸ナトリウム溶液を加えて変異処理を停止した後に滅菌水で洗浄し、滅菌水に懸濁して変異処理胞子懸濁液とした。変異処理胞子懸濁液をL−アゼチジン−2−カルボキシレート0.5mM及び尿素0.1%を含む最少培地に塗布して3〜7日間培養した。その後、生育したコロニーの中から、プロリンを単一窒素源とする最少培地で生育が認められないMA2155株(比較例5)をgap1及びput4の変異を有する菌株として選抜した。
【0038】
さらに本選抜株を再度同様に変異処理して得られた胞子懸濁液を適宜滅菌水にて希釈して、YPD(グルコース2%、酵母エキス2%、ポリペプトン1%)培地に塗布して2〜3日培養後、γ−アミノ酪酸を単一窒素源とする最少培地にレプリカして、生育が認められないMA3719株(実施例2)をgap1put4及びuga4の変異を有する菌株として分離した。この菌株を既知のgap1put4及びuga4の変異を有する菌株、例えば、22574d(a gap1 put4 uga4 ura3)と交雑し、γ−アミノ酪酸を単一窒素源とする最少培地において生育が認められない、すなわち、相補能がないことにより目的の変異を有することを確認した。なお、本菌株は平成12年4月27日付けで工業技術院生命工学工業技術研究所に寄託されており、その受託番号はFERM P−17838である。
【0039】
さらに、前述により取得したgap1apf1(shr3)及びcan1の変異を有するMA3911株とgap1put4及びuga4の変異を有するMA3719株とから、前記の方法で交雑株由来の単胞子株を得、単胞子株の中から、L−アゼチジン−2−カルボキシレート及びL−カナバニンに対して耐性を示し、かつ、プロリン、アルギニン、グルタミン酸、シトルリン、γ−アミノ酪酸を単一窒素源として添加した最少培地において生育することができないYMK−7株(実施例3)をgap1apf1(shr3)can1put4及びuga4変異を有する菌株として選抜し、前記と同様の相補試験により目的とする変異を有することを確認した。なお、本菌株は平成12年4月27日付けで工業技術院生命工学工業技術研究所に寄託されており、その受託番号はFERM P−17837である。
【0040】
ここで、上記に示した手順を図1にフローチャートとして示す。また、上記の変異株を、各種アミノ酸を単一窒素源として添加した最少培地で培養した場合の生育の有無について、結果を表1に示す。
【0041】
【表1】

【0042】
gap1及びapf1(shr3)の変異を有するMA2504株とgap1及びcan1の変異を有するMA2601株との交雑株に由来するgap1apf1(shr3)及びcan1の変異を有するMA3911株はプロリン、グルタミン酸、アラニン、アルギニン、シトルリンを単一窒素源とする最少培地において生育が認められなかった。一方、gap1変異を有するMA1007株の変異処理から取得したgap1及びput4の変異を有するMA2155株は、プロリン、シトルリンを単一窒素源とする最少培地において生育が認められず、さらに、本菌株の再度の変異処理から取得したgap1put4及びuga4の変異を有するMA3719株ではプロリン、シトルリン及びγ-アミノ酪酸を単一窒素源とする最少培地において生育が認められなかった。また、gap1apf1(shr3)及びcan1の変異を有するMA3911株とgap1put4及びuga4の変異を有するMA3719株との交雑株に由来するgap1apf1(shr3)can1put4及びuga4の変異を有するYMK−7株ではプロリン、グルタミン酸、アラニン、シトルリン、アルギニン、γ−アミノ酪酸の全てにおいて、これらを単一窒素源とする培地において生育が認められなかった。
【0043】
実施例4〜5及び比較例6〜7
上記で取得したgap1apf1(shr3)及びcan1の変異を有するMA3911株(実施例4)、gap1apf1(shr3)can1put4及びuga4の変異を有するYMK−7株(実施例5)及びサッカロミセス・セレビシエOC−2株(比較例6)を使用し、グラニュー糖にて糖度を22度に調整した甲州種ブドウ果汁を原料として常法によりワイン製造を行った。なお、前記の変異株は種々のアミノ酸の取込みが抑制されており、そのままの果汁では窒素不足により発酵が緩慢になるために、予め果汁にリン酸アンモニウムを1000mg/lの濃度で添加して発酵を行った。製造されたワインの一般成分分析結果を表2に示す。
【0044】
【表2】

【0045】
MA3911株及びYMK−7株の発酵日数は対照区(OC−2株のリン酸アンモニウム無添加区(比較例7))とほぼ同じで、順調な発酵が得られた。また、各試験区からのワインのアルコール濃度、エキス分、pH、総酸、有機酸組成の分析値にも大きな差は認められなかった。アミノ酸の分析結果を表3に示す。
【0046】
【表3】

【0047】
OC−2株により醸造したワインはアミノ酸の大部分がプロリンであったが、MA3911株により醸造したワインはアスパラギン酸、トレオニン、セリン、アスパラギン、グルタミン酸、グルタミン、アラニン、アルギニンのアミノ酸も多く含まれ、YMK−7株により醸造したワインはこれらのアミノ酸に加えてγ−アミノ酪酸が多く含まれていた。MA3911株及びYMK−7株により醸造したワインに含まれる総アミノ酸量はOC−2株により醸造したワインの約2倍であった。
【0048】
実施例6及び比較例8
マスカット・ベリーAブドウを炭酸ガス下または空気下でそれぞれ室温で保存した時のブドウ果実中のγ−アミノ酪酸及びグルタミン酸の含有量について検討した。その結果を図2 (a)及び(b)に示す。空気下ではγ−アミノ酪酸及びグルタミン酸の含有量に大きな変化は見られなかった。しかし、炭酸ガス下ではグルタミン酸が著しく減少するのに対し、γ−アミノ酪酸は増加し、48時間保存した時のγ−アミノ酪酸含有量は空気下で保存した場合と比較して約2倍であった。ブドウ果実においても、茶葉と同様に嫌気処理によりγ−アミノ酪酸が蓄積されることが確認された。
【0049】
次に、炭酸ガス下で48時間嫌気処理してγ−アミノ酪酸を蓄積させたマスカット・ベリーAブドウから果汁を採取し、グラニュー糖を用いて糖度を21度に調整して、これにgap1put4及びuga4の変異を有するMA3719株(実施例6)及びサッカロミセス・セレビシエOC−2株(比較例8)を酒母として接種してワインの製造を行った。製成ワインの一般成分分析結果を表4に示す。
【0050】
【表4】

【0051】
MA3719株による発酵は順調で、発酵日数はOC−2株とほぼ同じであった。また、ワインのアルコール濃度、エキス分、pH、総酸、有機酸組成の分析値に大きな差は認められなかった。アミノ酸の分析結果を表5に示す。
【0052】
【表5】

【0053】
OC−2株を用いて製造したワインにおいて、含まれるアミノ酸の大部分がプロリンであり、γ−アミノ酪酸の含有量はわずかであったが、MA3719株を用いて製造したワインはプロリンに加えてγ−アミノ酪酸も多く含まれ、総アミノ酸含有量はOC−2株を用いて製造されたワインの2.3倍であった。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】本発明にかかる酵母変異株を得る工程の好適な実施形態を示すフローチャートである。
【図2】(a)は、マスカット・ベリーAブドウを炭酸ガス下または空気下に保存した際の処理時間とγ−アミノ酪酸含有量の関係について示したグラフである。(b)は、マスカット・ベリーAブドウを炭酸ガス下または空気下に保存した際の処理時間とグルタミン酸含有量の関係について示したグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
gap1apf1(shr3)及びcan1の機能を低下させる変異を有する酵母菌株と、gap1put4及びuga4の機能を低下させる変異を有する酵母菌株とを交雑して得られ、L−アゼチジン−2−カルボキシレート及びL−カナバニンに耐性を示し、かつ、プロリン、アルギニン、グルタミン酸、シトルリン、γ−アミノ酪酸を単一窒素源として添加した最少培地において生育することができない、gap1apf1(shr3)can1put4及びuga4の機能を低下させる変異を有するサッカロミセス属に属する酒類製造用酵母変異株。
【請求項2】
前記酵母変異株が、サッカロミセス・セレビシエYMK-7(FERM P−17837号)である請求項1に記載の酒類製造用酵母変異株。
【請求項3】
酵母を用いて酒類を製造する方法において、請求項1又は2に記載の酵母変異株を用いることを特徴とする酒類の製造方法。
【請求項4】
前記酒類が、ワインまたは麦芽アルコール飲料である請求項3に記載の酒類の製造方法。
【請求項5】
前記酒類の製造方法において、リン酸アンモニウムまたは硫酸アンモニウムを添加して発酵することを特徴とする、請求項3又は4に記載の酒類の製造方法。
【請求項6】
嫌気処理したブドウを原料とし、請求項1又は2に記載の酵母変異株を酒母として接種し発酵を行うことを特徴とする、ワインの製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2006−122(P2006−122A)
【公開日】平成18年1月5日(2006.1.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−256788(P2005−256788)
【出願日】平成17年9月5日(2005.9.5)
【分割の表示】特願2000−137139(P2000−137139)の分割
【原出願日】平成12年5月10日(2000.5.10)
【出願人】(303040183)サッポロビール株式会社 (150)
【出願人】(594175744)サッポロワイン株式会社 (3)
【Fターム(参考)】