説明

酵素反応によりアセトアルデヒドを製造する方法

【課題】酵素反応を利用して、ピルビン酸からアセトアルデヒドを効率的に製造する技術を提供する。
【解決手段】ピルビン酸デカルボキシラーゼを用いて、ピルビン酸を脱炭酸させてアセトアルデヒドを生成させる酵素反応において、生成したアセトアルデヒドを留去しながら、該酵素反応を行うことにより、ピルビン酸デカルボキシラーゼの活性を損なうことなく、効率的にアセトアルデヒドを製造する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酵素反応を利用して、ピルビン酸からアセトアルデヒドを効率的に製造する方法に関する。更に本発明は、2段階の酵素反応を利用して、ピルビン酸からエタノールを効率的に製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、二酸化炭素の排出による地球温暖化が懸念されており、国際的にも京都議定書等に代表される地球温暖化防止の取り組みが注目されている。地球温暖化防止対策の一環として、トウモロコシや木材等のバイオマスから製造されたバイオエタノールを燃料として積極的に利用することが提案されている。バイオエタノールは、本来、大気中の二酸化炭素を固定化したものから製造されるため、バイオエタノールが燃焼する際に発生する二酸化炭素は、京都議定書上の排出量にカウントされないことになっており、バイオエタノールはカーボンニュートラルな物質として認められている。
【0003】
従来、バイオマスからエタノールを製造するには、バイオマスを糖化させる工程と、エタノールを生成する微生物を用いて糖化されたバイオマスをエタノール発酵させる工程が必要とされている(例えば、特許文献1参照)。しかしながら、バイオマスからエタノールを製造する従来の方法では、工業的実施の観点からは障害が多い。例えば、エタノール発酵においてエタノールが蓄積する、エタノールを生成する微生物の活性が損なわれるため、高濃度のエタノールを製造できないという欠点がある。更に、エタノール発酵の際に、原料として供給される糖化されたバイオマスは、エタノールの原料として使用されるだけでなく、その一部がTCAサイクルにも供給されてエタノールを生成する微生物の生育のためにも利用されるため、最終的なエタノールの収率が低いという問題点もある。
【0004】
エタノールを生成する微生物は、11個の一連の酵素反応を経てグルコースからエタノールへの変換を行っている。そこで、これらの一連の酵素反応を行うシステムを構築できれば、上記のような微生物を利用するバイオマスエタノールの製造方法の欠点が解消できると期待される。グルコースからエタノールへの変換を行う一連の酵素反応の内、ピルビン酸デカルボキシラーゼによってピルビン酸を脱炭酸させてアセトアルデヒドを生成させる反応がある。しかしながら、この酵素反応を工業的に実施するには、大きな問題点がある。即ち、アセトアルデヒドには、酵素の失活させる性質があるため、生成したアセトアルデヒドが蓄積すると、酵素反応が進行しなくなるという欠点があり、酵素反応によるピルビン酸からアセトアルデヒドの生成を効率的に実施できないのが現状である。そこで、グルコースからエタノールを酵素により製造するためには、ピルビン酸からアセトアルデヒドを効率的に生成できる系の確立が不可欠である。
【0005】
更に、現在、サトウキビやトウモロコシは、エタノール製造の原料となる糖質を高濃度に得ることができるため、バイオマスエタノールの製造原料として主流になっている。これに対して、木材等のセルロース系バイオマスでは、セルラーゼの反応性の低さから高濃度の糖質を得ることができないため、バイオマスエタノールの製造原料として使用するには、得られた糖液(水溶液)の濃縮が必須である。しかしながら、このような糖液の濃縮には、多大なエネルギーを要するため、効率的なエタノール生産が困難になるという問題点がある。そこで、低濃度のピルビン酸から、濃縮された状態のアセトアルデヒドを製造できる方法が開発できれば、セルロース系バイオマスを利用したバイオマスエタノールの製造における従来技術の欠点を克服することもできる。
【特許文献1】特開2008−92910号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、酵素反応を利用して、ピルビン酸からアセトアルデヒドを効率的に製造する技術を提供することを目的とする。更に、本発明は、2段階の酵素反応を利用して、ピルビン酸からエタノールを効率的に製造する技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者等は、上記課題を解決すべく鋭意検討を重ねたところ、ピルビン酸デカルボキシラーゼを用いて、ピルビン酸を脱炭酸させてアセトアルデヒドを生成させる酵素反応において、生成したアセトアルデヒドを留去しながら、該酵素反応を行うことにより、ピルビン酸デカルボキシラーゼの活性を損なうことなく、効率的にアセトアルデヒドを製造できることを見出した。更に、本発明者等は、驚くべきことに、常圧下での酵素反応において、アセトアルデヒドの沸点よりも遙かに高い温度に設定することによって、ピルビン酸デカルボキシラーゼを安定に保持させることができ、効率的なアセトアルデヒドの製造が可能になることも見出した。本発明は、これらの知見に基づいて更に改良を重ねることにより完成したものである。
【0008】
即ち、本発明は、下記に掲げるアセトアルデヒドの製造方法を提供する:
項1. ピルビン酸にピルビン酸デカルボキシラーゼを作用させる酵素反応によってアセトアルデヒドを製造する方法であって、生成したアセトアルデヒドを留去しながら該酵素反応を行うことを特徴とする、アセトアルデヒドの製造方法。
項2. 前記酵素反応を常圧下50℃以上の条件で行うことにより、酵素反応中に生成するアセトアルデヒドを留去する、項1に記載の製造方法。
項3. 前記酵素反応を、反応温度及び圧力雰囲気が下記の式(A)を満たす環境下で行うことにより、酵素反応中に生成するアセトアルデヒドを留去する、項1に記載の製造方法。
【0009】
【数1】

【0010】
項4. 前記ピルビン酸デカルボキシラーゼが、Zymobacter属に属する耐熱菌由来の耐熱性酵素である、項1乃至3のいずれかに記載の製造方法。
【0011】
更に、本発明は、下記に掲げるエタノールの製造方法を提供する:
項5. ピルビン酸から酵素反応によりエタノールを製造する方法であって、
(1) ピルビン酸にピルビン酸デカルボキシラーゼを作用させる酵素反応において、生成したアセトアルデヒドを留去しながら該酵素反応を行うことにより、アセトアルデヒドを得る工程、及び
(2)前記工程で得られたアセトアルデヒドにエタノールデヒドロゲナーゼを作用させて、エタノールを得る工程。
【発明の効果】
【0012】
アセトアルデヒドは、人体にとって有毒であるため、従来、酵素を用いたアセトアルデヒドの製造は、密閉された雰囲気で行われている。このような従来法では、酵素の失活によって、高収率なアセトアルデヒドの製造を行うことはできなかった。これに対して、本発明の製造方法によれば、生成したアセトアルデヒドを留去により回収しながら、ピルビン酸からアセトアルデヒドの変換が行われるので、使用する酵素を失活させることなく安定に維持することができ、高収率でアセトアルデヒドを製造することが可能になる。
【0013】
また、アセトアルデヒドは、エタノール製造の原料として使用することもできるので、本発明の製造方法を、グルコースから一連の酵素反応によりエタノールを製造するための製造システムに導入することで、従来のバイオマスエタノールの製造方法の代替手段を提供することも可能になる。
【0014】
更に、本発明によれば、酵素反応が行われている溶液からアセトアルデヒドが留去されることによって分離されるため、高濃度のアセトアルデヒドが回収される。それ故、本願発明は、セルロース系バイオマスを糖化した低濃度のグルコースを出発原料として製造されたピルビン酸であっても、アセトアルデヒドを高濃度で回収することができるので、効率的にアセトアルデヒド及びエタノールの製造が可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明について詳細に説明する。
1.アセトアルデヒドの製造方法
本発明の製造方法では、生成したアセトアルデヒドを留去しながら、ピルビン酸にピルビン酸デカルボキシラーゼを作用させる酵素反応を行うことを特徴とする。
【0016】
本発明の製造方法で原料基質として使用されるピルビン酸については、その由来については特に制限されず、酵素反応によって製造されたもの、或いは化学合成によって製造されたもののいずれであってもよい。好ましくは、バイオマス由来のグルコースから一連の酵素反応を経て合成されたピルビン酸である。このようなピルビン酸を原料基質として使用することによって、カーボンニュートラルな(非枯渇資源としての)アセトアルデヒドの提供ができ、ひいてはバイオマスエタノールの合成原料としての利用も可能になる。
【0017】
また、本発明の製造方法で使用される酵素は、ピルビン酸を脱炭酸させてアセトアルデヒドに変換するピルビン酸デカルボキシラーゼである。本発明に使用されるピルビン酸デカルボキシラーゼの由来、温度特性、pH特性等については、特に制限されないが、酵素反応中にアセトアルデヒドを留去させるという本発明の特徴を鑑みれば、50℃以上、好ましくは50〜60℃、更に好ましくは55〜60℃で活性を示す耐熱性のピルビン酸デカルボキシラーゼが好ましい。ピルビン酸デカルボキシラーゼの好適な例としては、Zymobacter属に属する耐熱性細菌由来のもの、Zymobacter palmae由来のものが挙げられる。Zymobacter palmae由来のピルビン酸デカルボキシラーゼについては、具体的には、Krishnan Chandra Raji et al, Cloning and Characterization of the Zymobacter palmae Pyruvate Decarboxylase Gene (pdc) and Comparison to Bacterial Homologues, Applied and Environmental Microbiology, June 2002, Vol. 68, No. 6, pp. 2869-2876等に記載されており、より具体的には配列番号1に示すアミノ酸配列からなるものが例示される。
【0018】
これらのピルビン酸デカルボキシラーゼとして、市販品として入手することができ、また遺伝子組み換え手段を利用して製造することもできる。
【0019】
本発明の製造方法では、ピルビン酸デカルボキシラーゼは、必要に応じて適当な担体に固定化した状態で使用してもよい。このようピルビン酸デカルボキシラーゼを担体に固定化して使用すると、製造終了後の酵素の回収が容易になり、また酵素の再利用が可能になるという利点がある。
【0020】
本発明の製造方法において、ピルビン酸デカルボキシラーゼを利用してピルビン酸をアセトアルデヒドに変換するには、チアミンピロフォスフェートとマグネシウムイオンが必要とされる。ここで、マグネシウムイオンとしては、水溶液中でマグネシウムイオンを生じさせるようなマグネシウム塩を使用することができ、具体的には、塩化マグネシウム、硫酸マグネシウム等が挙げられる。
【0021】
本発明の製造方法では、ピルビン酸デカルボキシラーゼによる酵素反応を、生成するアセトアルデヒドを留去しながら実施する。このように生成したアセトアルデヒドを留去しつつ酵素反応を行うことによって、ピルビン酸デカルボキシラーゼを失活させることなく安定に維持して、低濃度のピルビン酸を原料とする場合でも、低い蒸留コストで高濃度のアセトアルデヒドの高効率な製造が実現可能になる。酵素反応中に生成したアセトアルデヒドを留去させる方法については、特に制限されないが、好ましい一例として、ピルビン酸が酵素反応溶液から揮散可能な状態で、常圧下で50℃以上、好ましくは55℃以上或いは50〜60℃、更に好ましくは55〜60℃の温度条件で酵素反応を行う方法が例示される。
【0022】
また、後述する実施例に示すように、ピルビン酸が酵素反応溶液から揮散可能な状態で、常圧下で50℃以上、特に好ましくは55℃以上の温度条件であれば、効率的なアセトアルデヒドの製造が可能になる。一方、アセトアルデヒドの蒸気圧と沸点は、アントワン式で示されるlog10CH3CHO=7.0565−1070.6/(tCH3CHO+236)[PCH3CHO:蒸気圧(mmHg)、tCH3CHO:沸点(℃)]の関係にあることを鑑みれば、圧力雰囲気が常圧でない場合であっても、反応温度を適切に制御することによって、実施例と同様に効率的なアセトアルデヒドの製造が可能になる。即ち、本発明の製造方法において、酵素反応中に生成したアセトアルデヒドを留去して効率的にアセトアルデヒドを製造するには、当該酵素反応の反応温度及び圧力雰囲気が下記式(A)を満たす環境下で実施すればよい。
【0023】
【数2】

【0024】
なお、上記式(A)は、アセトアルデヒドのアントワン式における沸点(tCH3CHO)に、[t(反応温度)−29.8]を代入することにより導かれる式である。なお、ここで、[t(反応温度)−29.8]は、常圧下でのアセトアルデヒドの製造に好適な温度条件の下限値(50℃)と常圧下でのアセトアルデヒド沸点(20.2℃)との差から算出される値である。
【0025】
また、本発明の製造方法において、酵素反応の反応温度及び圧力雰囲気が下記式(B)を満たすことが特に好ましい。
【0026】
【数3】

【0027】
なお、上記式(B)は、アセトアルデヒドのアントワン式における沸点(tCH3CHO)に、[t(反応温度)−34.8]を代入することにより導かれる式である。なお、ここで、[t(反応温度)−34.8]]は、常圧下でのアセトアルデヒドの製造に特に好適な温度条件の下限値(55℃)と常圧下でのアセトアルデヒド沸点(20.2℃)との差から算出される値である。
【0028】
上記式(A)及び(B)において、反応温度(t)は、使用するピルビン酸デカルボキシラーゼの活性が示される範囲であればよいが、通常4〜80℃の温度範囲内で設定される。
【0029】
本発明の製造方法では、生成するアセトアルデヒドを留去しながら酵素反応を行う限り、該酵素反応の開始時のピルビン酸、ピルビン酸デカルボキシラーゼ、チアミンピロフォスフェート、及びマグネシウムイオンの比率については適宜設定すればよいが、アセトアルデヒドの製造効率を高めるという観点から、以下の比率が例示される:ピルビン酸1モル当たり、ピルビン酸デカルボキシラーゼを1000〜1000000U、好ましくはピルビン酸1モル当たり、ピルビン酸デカルボキシラーゼを10000〜700000U、更に好ましくはピルビン酸1モル当たり、ピルビン酸デカルボキシラーゼを100000〜500000U。また、MgCl2は反応溶液中に0.5〜50 mM、好ましくは1〜20 mM、更に好ましくは3〜10 mM加えればよい。チアミンピロフォスフェートは、反応溶液中に0.01 〜5 mM、好ましくは0.05〜3 mM、さらに好ましくは0.1〜1 mMを加えればよい。
【0030】
ここで、ピルビン酸デカルボキシラーゼの活性単位は、下記の条件で1分間に1μmolのNADHを酸化する活性を1Uとする。なお、NADHの分子吸光係数は6.22 mM-1cm-1とする。
基質溶液:10 mM ピルビン酸カリウム、0.1 mM チアミンピロフォスフェート、5 mM 塩化マグネシウム、0.15 mM NADH、10 Uアルコールデヒドロゲナーゼ(酵母由来, 和光純薬製cat. No.300-50021)を含む酢酸緩衝液(測定対象のピルビン酸デカルボキシラーゼの至適pHに調整)を調製する。
測定プロトコール:
(1)光路長10mmのキュベットに上記基質溶液1mlをとり、50℃で3分間プレインキュベートする。
(2)酵素溶液を1〜5ml混合し、340 nmにおける吸光度の減少(NADHの減少量)を測定することで、ピルビン酸デカルボキシラーゼによってピルビン酸より生成したアセトアルデヒドの生成速度を測定する。
【0031】
また、本発明の製造方法において、ピルビン酸をアセトアルデヒドに変換する酵素反応は、水溶液中で実施される。酵素反応開始時のピルビン酸濃度については、特に制限されるものではないが、0.01〜10重量%、好ましくは0.05〜5重量%、更に好ましくは0.07〜0.2重量%となるように設定すればよい。また、酵素反応が行われる水溶液のpH条件についても特に制限されるものではなく、使用するピルビン酸をピルビン酸デカルボキシラーゼの作用可能なpH範囲、好ましくは至適pHに設定すればよい。
【0032】
本発明の製造方法における酵素反応の形式についても特に制限されず、原料を仕込んだ後にバッチ形式で酵素反応を実施してもよく、またピルビン酸デカルボキシラーゼを含む水溶液中に、ピルビン酸、チアミンピロフォスフェート、及びマグネシウム塩を流加させながら酵素反応を実施してもよい。
【0033】
本発明の製造方法では、留去されたアセトアルデヒドを回収することにより、目的物であるアセトアルデヒドが得られる。留去されたアセトアルデヒドは、公知の方法によって回収することができる。例えば、留去されたアセトアルデヒドを含む気体を冷却して、液化したアセトアルデヒドを回収することによって、アセトアルデヒドを得ることができる。
2.エタノールの製造方法
本発明は、上記アセトアルデヒドの製造方法を利用して、更に、ピルビン酸から酵素反応によりエタノールを製造する方法についても提供する。具体的には、本発明では、下記工程(1)及び(2)を経ることによって、エタノールの製造が実現される。
(1)ピルビン酸にピルビン酸デカルボキシラーゼを作用させる酵素反応において、生成するアセトアルデヒドを留去しながら該酵素反応を行うことにより、アセトアルデヒドを得る工程、及び
(2)前記工程(1)で得られたアセトアルデヒドにエタノールデヒドロゲナーゼを作用させて、エタノールを得る工程。
【0034】
上記工程(1)は、前述するアセトアルデヒドの製造方法と同じ条件で実施される。
【0035】
また、上記工程(2)は、エタノールデヒドロゲナーゼを利用して、上記工程(1)で得られたアセトアルデヒドをエタノールに変換することにより実施される。エタノールデヒドロゲナーゼを利用してアセトアルデヒドをエタノールに変換するには、補酵素としてNADHが必要である。ここで、エタノールデヒドロゲナーゼ自体は公知であり、またエタノールデヒドロゲナーゼを利用してアセトアルデヒドをエタノールに変換する方法についても公知であるので、上記工程(2)は、公知の反応条件に従って実施することができる。
【実施例】
【0036】
以下に、実施例に基づいて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらによって限定されるものではない。
実施例
0.1 M酢酸緩衝液(pH6.0)に、ピルビン酸デカルボキシラーゼ(配列番号1のアミノ酸配列からなる酵素、Zymobacter palmae由来、至適温度60℃、至適pH6.0、配列番号2に示す塩基配列の遺伝子をpET21dにクローニングし大腸菌にて発現させた)を2.7U/ml、チアミンピロフォスフェートを0.1 mM、MgCl2を5 mM、ピルビン酸を10mMとなるように添加し、常圧下で、30、40、50又は55℃の温度条件で5分間緩やかに振とう(50rpm)して、酵素反応を行った。なお、反応液から生成するアセトアルデヒドが揮散により留去されるように、酵素反応を行う容器を設定しておき、酵素反応中に留去されたアルデヒドを冷却することにより、アセトアルデヒドを液化させて回収した。
【0037】
反応終了後、残存しているピルビン酸デカルボキシラーゼの活性を測定した。ここで、ピルビン酸デカルボキシラーゼの残存活性は、上記反応を行った反応液5μlと0.1M酢酸緩衝液pH6.0、0.15 mM NADH、チアミンピロフォスフェートを0.1 mM、MgCl2を5 mM、アルコールデヒドロゲナーゼ(酵母由来)を混合し、40℃でプレインキュベーションして、溶液中のピルビン酸、アセトアルデヒドを完全に消費させた後、ピルビン酸(終濃度10 mM)を加え、340 nmにおける吸光度の減少を測定することにより求めた。更に、残存しているピルビン酸濃度についても測定した。なお、ピルビン酸濃度の測定は、乳酸デヒドロゲナーゼ及びNADHを用いる吸光度分析法により行った。
【0038】
ピルビン酸濃度及びピルビン酸デカルボキシラーゼの活性の測定結果を図1及び2にそれぞれ示す。図2から明らかなように、いずれの温度条件でも、ピルビン酸濃度が減少しており、アセトアルデヒドが製造できていることが確認された。但し、図1に示されるように、反応温度が40℃以下では、反応開始後5分に既にピルビン酸デカルボキシラーゼの活性が5%以上損なわれており、長時間の酵素反応には不向きであることが確認された。これは、生成したアセトアルデヒドが反応液中から速やかに留去されなかったことに起因していると推測される。これに対して、反応温度が50℃以上では、ピルビン酸デカルボキシラーゼの活性が殆ど損なわれておらず、長時間の酵素反応も可能であり、工業的な実施にも適用可能であることが明らかとなった。特に、反応温度が50℃以上の場合において、ピルビン酸の残存濃度が低く、アセトアルデヒドが多く生成しているにも拘わらず、ピルビン酸デカルボキシラーゼの活性が殆ど失われていないことは特筆すべき意外な効果であり、これは、生成したアセトアルデヒドが速やかに留去されていることに起因していると考えられる。
【0039】
比較例
0.1M酢酸緩衝液(pH6.0)に、ピルビン酸デカルボキシラーゼ(配列番号1のアミノ酸配列からなる酵素、Zymobacter palmae由来、至適温度60℃、至適pH6.0、配列番号2に示す塩基配列の遺伝子をpET21dにクローニングし大腸菌にて発現させた)を2.7U/ml、チアミンピロフォスフェートを0.1 mM、MgCl2を5 mM、及びピルビン酸を10mMとなるように添加し、常圧下で、30、40、50又は55℃の温度条件で5分間静置して、酵素反応を行った。なお、本酵素反応中は、酵素反応を行う容器を密閉状態にして、反応液から生成するアセトアルデヒドが揮散されないように設定した。
【0040】
反応終了後、上記実施例と同様に、残存しているピルビン酸デカルボキシラーゼの活性について測定した。
【0041】
ピルビン酸デカルボキシラーゼの活性の測定結果を図3に示す。この結果、いずれの温度条件においても、ピルビン酸デカルボキシラーゼの活性が損なわれていた。特に、50℃以上の温度条件では、ピルビン酸デカルボキシラーゼの活性が著しく消失していた。即ち、本結果から、アセトアルデヒドを留去することなくピルビン酸デカルボキシラーゼを利用してアセトアルデヒドの製造(従来法)を行っても、反応開始5分という短時間でピルビン酸デカルボキシラーゼの活性が損なわれることが確認され、工業的には実用化できないことが明らかとなった。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】実施例において、酵素反応後のピルビン酸の残存濃度を測定した結果である。なお、ピルビン酸の反応初期濃度は10 mMである。
【図2】実施例において、酵素反応後のピルビン酸デカルボキシラーゼの残存活性を測定した結果である。なお、本図において縦軸は、反応開始時のピルビン酸デカルボキシラーゼの活性を100(%)とした場合の相対活性(%)を示す。
【図3】比較例において、酵素反応後のピルビン酸デカルボキシラーゼの残存活性を測定した結果である。なお、本図において縦軸は、反応開始時のピルビン酸デカルボキシラーゼの活性を100(%)とした場合の相対活性(%)を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ピルビン酸にピルビン酸デカルボキシラーゼを作用させる酵素反応によってアセトアルデヒドを製造する方法であって、生成したアセトアルデヒドを留去しながら該酵素反応を行うことを特徴とする、アセトアルデヒドの製造方法。
【請求項2】
前記酵素反応を常圧下50℃以上の条件で行うことにより、酵素反応中に生成するアセトアルデヒドを留去する、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記酵素反応を、反応温度及び圧力雰囲気が下記の式(A)を満たす環境下で行うことにより、酵素反応中に生成するアセトアルデヒドを留去する、請求項1に記載の製造方法。
【数1】

【請求項4】
前記ピルビン酸デカルボキシラーゼが、Zymobacter属に属する耐熱菌由来の耐熱性酵素である、請求項1乃至3のいずれかに記載の製造方法。
【請求項5】
ピルビン酸から酵素反応によりエタノールを製造する方法であって、
(1) ピルビン酸にピルビン酸デカルボキシラーゼを作用させる酵素反応において、生成したアセトアルデヒドを留去しながら該酵素反応を行うことにより、アセトアルデヒドを得る工程、及び
(2)前記工程で得られたアセトアルデヒドにエタノールデヒドロゲナーゼを作用させて、エタノールを得る工程。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−17094(P2010−17094A)
【公開日】平成22年1月28日(2010.1.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−178391(P2008−178391)
【出願日】平成20年7月8日(2008.7.8)
【出願人】(505057738)株式会社耐熱性酵素研究所 (10)
【Fターム(参考)】