説明

酸化チタン被膜材料及びその製造方法

【課題】 高骨伝導性を有する酸化チタン被膜材料を提供すること。
【解決手段】 酸化チタン被膜材料は、チタンを含むチタン部と、チタン部を被覆する被覆部を備えている。被覆部は、低結晶性のアナターゼ型の酸化チタンを含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化チタンで被覆された酸化チタン被膜材料に関する。本発明は特に、高骨伝導性を有する酸化チタン被膜材料に関する。
【背景技術】
【0002】
チタンは、強度等の機械的特性、耐食性、及び耐熱性に優れており、様々な分野で利用されている。これらの分野では、用途に応じた特性を向上又は付与するために、チタンの表面を酸化チタンで被覆する技術が開発されている。
【0003】
例えば、チタンは生体親和性に優れていることが知られており、生体材料、特に骨代替材料として利用されている。特許文献1は、この生体親和性をさらに向上させるために、陽極酸化法を利用して、チタンの表面を酸化チタンで被覆する技術を開示している。
【0004】
特許文献1の陽極酸化法では、1M以下の硫酸、リン酸、又は水酸化ナトリウムの電解溶液が用いられている。この濃度範囲の電解溶液で作製される酸化チタンの被膜は、結晶性に優れた高結晶性のアナターゼ型である。また、特許文献1に開示されるように、火花放電又は加熱処理を実施すると、高結晶性のアナターゼ型の酸化チタンは、ルチル型の酸化チタンに変質することができる。特許文献1には、高結晶性のアナターゼ型の酸化チタンの被膜、及び高結晶性のアナターゼ型の酸化チタンとルチル型の酸化チタンが混在した被膜が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2003−190272号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1で開示される酸化チタンの被膜はいずれも、結晶性に優れた高結晶性のアナターゼ型又はルチル型で構成されている。特許文献1では、酸化チタンの結晶性に関しては何ら言及しておらず、結晶性の低い酸化チタンの被膜は開示もされていない。
【0007】
本明細書で開示される技術は、新規な酸化チタンの被膜を有する酸化チタン被膜材料及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本明細書で開示される酸化チタンは、結晶性の低い低結晶性のアナターゼ型であることを特徴としている。従来の酸化チタンはいずれも、高結晶性のアナターゼ型又はルチル型である。これは、特許文献1に開示されるように、1M以下の電解溶液を用いる陽極酸化法では、高結晶性の酸化チタンの被膜が形成されるからである。通常、陽極酸化法で用いられる電解溶液は、陽極酸化反応が進行するのに必要な濃度であれば十分であると考えられており、必要以上に濃い電解溶液は用いられない。ところが、本発明者らは、技術常識の範疇を越えた高濃度な電解溶液を用いて陽極酸化法を実施することにより、新規な低結晶性のアナターゼ型の酸化チタンの被膜を作製することに成功した。
【0009】
本明細書で開示される酸化チタン被膜材料は、チタンを含むチタン部と、そのチタン部を被覆する被覆部を備えている。被覆部は、低結晶性のアナターゼ型の酸化チタンを有している。低結晶性のアナターゼ型の酸化チタンで被覆された酸化チタン被膜材料は、様々な用途で用いられることが可能であり、また様々な用途で有用な効果を提供し得る。なかでも、低結晶性のアナターゼ型の酸化チタンを有する酸化チタン被膜材料は、生体材料として有用である。
【0010】
本明細書で開示される酸化チタン被膜材料の酸化チタンは、X線回折(XRD)において半値幅が7.0度以上のアナターゼ型ピークを有することが好ましい。このような物性を有する低結晶性のアナターゼ型の酸化チタンは、本明細書で開示される陽極酸化法によって初めて具現化されるものである。なお、X線回折は薄膜X線回折によることが好ましい。
【0011】
本明細書で開示される酸化チタン被膜材料は、生体内の骨に埋植して用いられるのが好ましい。本明細書で開示される酸化チタン被膜材料は、優れた骨伝導性を有することが実証されている。
【0012】
本明細書で開示される酸化チタン被膜材料を製造する方法は、少なくとも表層にチタンを含むチタン部を備える材料を陽極酸化する陽極酸化工程を備えている。陽極酸化工程は、4M以上のリン酸濃度の電解溶液が用いられるとともに、火花放電が生じない条件で実施される。この陽極酸化法によると、少なくとも表層にチタンを含むチタン部を備える材料の表面に低結晶性のアナターゼ型の酸化チタンが被覆される。
【0013】
上記の陽極酸化工程では、印加電圧を経時的に上昇させることが好ましい。印加電圧を経時的に上昇させることによって、火花放電が生じない条件で陽極酸化を実施し易い。
【発明の効果】
【0014】
本明細書で開示される技術によると、低結晶性のアナターゼ型の酸化チタンを有する新規な酸化チタン被膜材料が提供される。さらに、この酸化チタン被膜材料は、骨伝導性が高いという特性を有しており、特に生体内の骨に埋植して用いられる用途において有用である。また、本明細書で開示される技術によると、チタン部の表面に低結晶性のアナターゼ型の酸化チタンを被覆する新規な陽極酸化法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】陽極酸化法に用いられる電解装置の構成の概要を示す。
【図2】図1の電解装置の電解槽の上面図を示す。
【図3】異なるリン酸濃度の電解溶液を用いた陽極酸化法で作製された酸化チタンのX線回折結果を示す。
【図4】電解溶液のリン酸濃度と酸化チタンのX線回折における半値幅の関係を示す。
【図5】異なる到達電圧を用いた陽極酸化法で作製された酸化チタンのX線回折結果を示す。
【図6】異なるリン酸濃度の電解溶液を用いた陽極酸化法で作製された酸化チタン被膜材の骨伝導性評価(皮質骨)の結果を示す。
【図7】異なるリン酸濃度の電解溶液を用いた陽極酸化法で作製された酸化チタン被膜材の骨伝導性評価(海綿骨)の結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本明細書で開示される技術は、低結晶性のアナターゼ型の酸化チタンを有する酸化チタン被膜材料及びその製造方法を提供する。本明細書で開示される酸化チタン被膜材料は、酸化チタンが利用される様々な用途で用いられることができ、例えば、生体材料、光触媒活性材料、光電変換素子材料に用いられる。特に、本明細書で開示される酸化チタン被膜材料は、骨伝導性が高いことから、その特性を利用した用途で用いられるのが望ましい。本明細書で開示される酸化チタン被膜材料は、例えば、骨内に埋植される用途で用いられるのが望ましく、具体的には、骨ねじ、骨根、股関節用ステムとして用いられるのが望ましい。従来、これらの骨内埋植用の材料は、骨セメントを併用して用いなければ、骨に対して強固に接着することができなかった。骨セメントの使用はショック症状を誘発させる危険があり、また、骨セメントを使用する手術は執行者の技量に依存する部分が大きいという問題があった。本明細書で開示される酸化チタン被膜材料は、極めて高い骨伝導性を有しており、骨セメントを使用しなくても骨に強固に接着することができる。したがって、本明細書で開示される酸化チタン被膜材料は、骨内埋植用の材料として極めて有用である。この他、骨伝導性が高いことから、ある種の細胞との接着性が高いことが示唆されており、その種の細胞を接着させるための足場として利用する用途で用いることもできる。具体的には、ある種の細胞を2次元的又は3次元的に培養するための培養装置に用いられるのが望ましい。このように、本明細書で開示される酸化チタン被膜材料は、様々な用途で有用な効果を提供する新規な材料である。
【0017】
以下、本明細書で開示される酸化チタン被膜材料及びその製造方法の好ましい実施形態を説明する。
【0018】
(酸化チタン被膜材料)
本明細書で開示される酸化チタン被膜材料は、チタンを含むチタン部と、そのチタン部を被覆する被覆部を備えている。チタン部は、構成原子に少なくともチタンを含む材料であればよく、典型的には、チタン又はチタン合金を材料とするのが望ましい。また、チタン部は、基部の少なくとも表層に存在していればよい。基部の全体がチタン部であるのが望ましい。被覆部は、その基部の表面全体を被覆しているのが望ましい。
【0019】
さらに、被覆部は、低結晶性のアナターゼ型の酸化チタンを含んでいることが好ましい。本明細書において、「低結晶性アナターゼ」とは、X線回折分析(XRD)において特定される特有の結晶性を示すアナターゼをいう。「低結晶性アナターゼ」は、X線回折分析において、特定のピークを持たないアモルファスとは異なり、また、アナターゼの回折面(101面)に相当する急峻な(シャローな)ピークを持つ結晶性のアナターゼとも異なり、アモルファスライクなピークを示す。ここでアモルファスライクなピークとは、アナターゼの特定の回折面のピークの半値幅が1.0度以上であることをいう。アモルファスライクなピークの半値幅は、好ましくは4.0度以上であり、より好ましくは、5.0度以上であり、さらに好ましくは6.0度以上であり、一層好ましくは7.0度以上である。被覆部に含まれるアナターゼ型酸化チタンが低結晶性かどうかを判定するためには、アナターゼの101面を示すピーク(典型的には、2θ=25.28°に現われる。)における半値幅を指標とすることができる。
【0020】
酸化チタン被膜の膜厚は、用途に応じて適宜調整される。例えば、100nm〜200nm程度とすることができる。
【0021】
被覆部は、低結晶性のアナターゼ型の酸化チタン以外の材料を含んでいてもよい。例えば、被覆部は、酸化チタンとは異なる原子を含む種類の材料、結晶構造が異なる酸化チタン、及び/又は結晶性が異なる酸化チタンを含んでいてもよい。具体的には、被覆部は、高結晶のアナターゼ型の酸化チタンを含んでいてもよい。すなわち、被覆部には、低結晶性のアナターゼ型の酸化チタンと高結晶性のアナターゼ型の酸化チタンが混在していてもよい。この場合、X線回折分析(XRD)において、低結晶のアナターゼ型の酸化チタンのピークと高結晶のアナターゼ型の酸化チタンのピークが観測される。例えば、X線回折分析(XRD)において、半値幅が5.0度以上のアナターゼ型の酸化チタンのピークと半値幅が5.0度未満(好ましくは、1.0度未満)のアナターゼ型の酸化チタンのピークが観測されるのが望ましい。また、被覆部は、高結晶のルチル型又はブルッカイト型の酸化チタン、低結晶のルチル型又はブルッカイト型の酸化チタンを含んでいてもよい。
【0022】
なお、好ましくは、被覆部は、その全体が低結晶のアナターゼ型の酸化チタン被膜の単相で構成されているのが望ましい。ここで、「単相」とは、1種類の結晶相のみで構成されている状態をいう。この場合、X線回折分析(XRD)において、低結晶のアナターゼ型の酸化チタンのピークのみが観測される。例えば、X線回折(XRD)において、アナターゼの101面を示すピークの半値幅が既に説明した一定値以上(4.0度以上、好ましくは5.0度以上、より好ましくは5.0度以上、さらに好ましくは6.0度以上、一層好ましくは7.0度以上)のアナターゼ型酸化チタンの101面のピークが観測されるのが望ましい。酸化チタン被膜は、陽極酸化法で作製された陽極酸化被膜であるのが望ましい。
【0023】
(陽極酸化法)
本明細書で開示される酸化チタン被膜材料を製造する方法は、少なくとも表層にチタンを含むチタン部を備える材料を陽極酸化する陽極酸化工程を備えている。陽極酸化工程では、リン酸を含む電解溶液を用いるのが望ましい。リン酸は、骨の主要な構成成分であり、生体材料、特に骨内埋植用の材料を作製するのに適している。
【0024】
陽極酸化工程は、リン酸濃度や電圧の印加条件を調整することで、チタン部の表面に低結晶性のアナターゼ型の酸化チタンを含む被膜を形成することができる。本発明者らの研究結果によれば、リン酸濃度が濃いほど低結晶性のアナターゼ型の酸化チタンの被膜が形成され易く、また、高結晶性のアナターゼ型の酸化チタンの生成を抑制して単相の低結晶性のアナターゼ型の酸化チタンの被膜が形成され易い。さらに、印加する電圧の到達電圧が高いほど低結晶性のアナターゼ型の酸化チタンの被膜が形成され易い。したがって、例えば、リン酸濃度が一定の場合、到達電圧が高いほど、生成されるアナターゼ型の酸化チタンの被膜は低結晶性となる。また、到達電圧が一定の場合、リン酸濃度が濃いほど、生成されるアナターゼ型の酸化チタンの被膜は低結晶性となる。なお、従来の陽極酸化法では、リン酸濃度が低濃度の範囲を利用しており、このような低濃度のリン酸溶液では、高結晶性のアナターゼ型の酸化チタンの被膜しか得られない。リン酸濃度が高い条件で陽極酸化法を実施することによって低結晶性のアナターゼ型の酸化チタンの被膜が得られることは、全く知られていなかった。
【0025】
陽極酸化工程において適切なリン酸濃度を付与するには、水等に溶解してリン酸イオンを生じる適当なリン酸源を用いればよい。リン酸源としては、リン酸並びにリン酸ナトリウム、リン酸カリウム、リン酸カルシウム、リン酸水素二ナトリウム、リン酸水素二カリウム、リン酸水素カルシウム、リン酸二水素ナトリウム、リン酸二水素カリウム等から選択されるリン酸塩が挙げられる。リン酸としては、これらのうち1種のみを用いてもよいし、2種類以上を組み合わせて用いてもよい。リン酸源は、好ましくはリン酸である。リン酸水溶液は、それ自体、本方法の陽極酸化工程に適切なpH条件を充足することができる。すなわち、pH調整を回避又は抑制して陽極酸化工程に用いることができる。逆に、他のリン酸塩を使用したときには酸又はアルカリによるpH調整の必要性が生じる場合があるからである。また、リン酸を用いることで、電解水溶液中におけるアルカリ金属イオン、アルカリ土類金属イオン等の金属イオンの存在を回避又は抑制できるため、これらの金属イオンが骨伝導性に悪影響を及ぼす場合には、その悪影響を回避又は抑制できる。
【0026】
例えば、リン酸濃度は2M以上であることが好ましく、より好ましくは、3M以上であり、さらに好ましくは4M以上である。リン酸濃度が高いほど、印加電圧の条件を緩和でき、リン酸濃度が4M以上では、得られるアナターゼ型酸化チタンの低結晶性が一定化する傾向がある。例えば、リン酸濃度が2M以上、且つ4M未満のときには、到達電圧を170V以上、より好ましくは180V以上、なお一層好ましくは200V以上にすると、低結晶性のアナターゼ型の酸化チタンの被膜が生成させやすい。また、リン酸濃度が4M以上のときには、到達電圧を170V以上、より好ましくは180V以上、なお一層好ましくは190V以上にすると、低結晶性のアナターゼ型の酸化チタンの被膜が生成されやすい。なお、陽極酸化工程は、ルチル型酸化チタンの生成を抑制するために、火花放電が生じない条件で実施されるのが望ましい。
【0027】
また、本明細書で開示される陽極酸化工程では、印加する電圧の到達電圧、印加する電圧の昇圧速度を調整することができる。そのような印加条件の調整は、火花放電を抑制して、低結晶性のアナターゼ型の酸化チタンの被膜を得るのに有用である。例えば、昇圧速度は、遅いほど好ましいが、0.1V/sec以下にすると、火花放電を効果的に抑制できる。
【0028】
また、電圧の印加条件が一定の場合、リン酸濃度が低濃度の範囲では高結晶性のアナターゼ型の酸化チタンの被膜が形成され、リン酸濃度が高濃度の範囲では低結晶性のアナターゼ型の酸化チタンの被膜が形成されるほか、リン酸濃度が中濃度の範囲では高結晶性と低結晶性のアナターゼ型の酸化チタンが混在した被膜が形成されることがわかっている。したがって、本明細書で開示される陽極酸化工程では、リン酸濃度及び電圧印加条件を適宜設定することで、高結晶性と低結晶性のアナターゼ型の酸化チタンが混在させ、これらを含有する被膜を形成することもできる。このような混晶性の酸化チタンの被膜を得るための中濃度のリン酸濃度は、少なくとも従来用いられていた1Mよりも高い濃度で初めて実現される。典型的には、リン酸濃度が2.0M以上、且つ4.0M以下の範囲で、このような混晶型の酸化チタンの被膜を容易に形成することができる。電圧印加条件は、得られた酸化チタンの被膜のX線回折分析による結晶性を評価することで適宜設定することができる。例えば、昇圧速度を0.1V/secとし、到達電圧を200Vとすることができる。
【実施例】
【0029】
(酸化チタン被膜材料及びその製造方法)
以下、図面を参照して本明細書で開示される技術を具現化した1つの実施例を説明する。図1に、陽極酸化法用の電解装置10の構成の概要を示す。図1に示されるように、電解装置10は、直流電源装置12と電解槽14と恒温槽16を備えている。
【0030】
直流電源装置12は、陽極端子12aと陰極端子12bを有しており、陽極端子12aと陰極端子12bの間に直流電圧を生成する。直流電源装置12は、図示しない制御部を有している。制御部は、生成する直流電圧の大きさ、昇圧速度を制御可能に構成されている。
【0031】
図2に、図1の電解装置10の電解槽14の上面図を示す。図2に示されるように、電解槽14は円筒状で構成されている。電解槽14の内壁には、白金を材料とする4つの陰極電極板24a,24b,24c,24dが設けられている。陰極電極板24aと24cは電解槽14の中心に対して対称配置されており、陰極電極板24bと24dは電解槽14の中心に対して対称配置されている。隣接する陰極電極板24の中心角はいずれも等角であり、この例では90°である。図1に示されるように、4つの陰極電極板24a,24b,24c,24dはそれぞれ、直流電源装置12の陰極端子12bに電気的に接続されている。電解槽14には、リン酸(H3PO4)の電解水溶液が満たされている。なお、陰極電極板24は、電解槽14の内壁に沿って一巡して設けられているのがより望ましい。
【0032】
図1に示されるように、恒温槽16には水が満たされており、その水の温度が一定となるように調整可能である。本実施例では、恒温槽16の水の温度は20℃に調整されている。
【0033】
次に、上記の電解装置10を用いて実施された陽極酸化法の手順を説明する。
まず、直径が5mmの円柱状のチタンからなる試料22(以下、チタン試料という)を準備した。次に、図1及び図2に示されるように、チタン試料22を直流電源装置12の陽極端子12aに電気的に接続するとともに、そのチタン試料22を電解槽14の中心に配置した。
【0034】
次に、直流電源装置12を利用して、チタン試料22と陰極電極板24の間に直流電圧を印加した。印加される直流電圧は、所定の昇圧速度で0Vから昇圧され、所望の到達電圧にまで昇圧した。印加電圧が0Vから到達電圧まで昇圧する間、火花放電が生じないように、印加電圧の昇圧速度を0.1V/secに調整した。実際に、全てのチタン試料22で火花放電は生じなかった。所望の到達電圧まで昇圧されると、直流電圧の印加を停止した。チタン試料22を電解槽14から取り出した後に水洗・風乾した。このような手順で作製されたチタン試料22は、表面が単相の酸化チタン被膜で被覆されており、その厚みが約100−200nmであった。
【0035】
本実施例では、電解溶液のリン酸濃度及び到達電圧を変えたいくつかのチタン試料22を作製した。表1に、作製されたチタン試料22を整理して示す。
【0036】
【表1】

【0037】
次に、上記のチタン試料22の酸化チタン被膜の結晶構造及び表面粗さ(Ra)を評価した。結晶構造に関しては、CuKα線を用いたX線回折で評価した。表面粗さ(Ra)に関しては、レーザ顕微鏡を用いた非接触型表面粗さ計によって、150μm×112μmの範囲の面分析によって評価した。
【0038】
表2に、X線回折分析で得られた上記のチタン試料22の酸化チタン被膜の半値幅、及び酸化チタン被膜の表面粗さ(Ra)を整理して示す。
【0039】
【表2】

【0040】
図3に、上記のチタン試料22のうちの(a)〜(f),(h),(i),(k),(l)のX線回折分析結果を示す。アナターゼ型の酸化チタンの101面の回折角度(2θ)は25.28°であり、ルチル型の110面の酸化チタンの回折角度(2θ)は27.45°である。図3に示されるように、全てのチタン試料22の酸化チタン被膜がアナターゼ型の酸化チタンであり、ルチル型の酸化チタンは観察されなかった。さらに、チタン試料22のうちの(a)〜(c)では、半値幅が小さい1つの101面の回折ピークが観察されており、酸化チタン被膜が高結晶性のアナターゼ型の酸化チタンであった。チタン試料22のうちの(d)及び(e)では、半値幅が小さい101面回折ピークと半値幅が大きい101面回折ピークの双方が観察されており、酸化チタン被膜が高結晶性のアナターゼ型の酸化チタンと低結晶性のアナターゼ型の酸化チタンの混在であった。チタン試料22のうちの(f),(h),(i),(k),(l)では、半値幅が大きい101面回折ピークが観察されており、酸化チタン被膜が低結晶性のアナターゼ型の酸化チタンであった。
【0041】
図4に、図3のX線回折分析で得られた半値幅を図示する。図4に示されるように、チタン試料22の酸化チタン被膜の結晶性は、電解溶液のリン酸濃度に依存している。リン酸濃度が低濃度の範囲(2M未満)では、チタン試料22の酸化チタン被膜は高結晶性のアナターゼ型の酸化チタンである。リン酸濃度が中濃度の範囲(2M以上、且つ4M未満)では、チタン試料22の酸化チタン被膜は高結晶性のアナターゼ型の酸化チタンと低結晶性のアナターゼ型の酸化チタンの混在である。リン酸濃度が高濃度の範囲(4M以上)では、チタン試料22の酸化チタン被膜は低結晶性のアナターゼ型の酸化チタンである。このように、チタン試料22の酸化チタン被膜の結晶性は、リン酸濃度に依存して3つの状態に遷移することが分かった。なお、図4に示されるように、リン酸濃度が4M以上であると、半値幅が7.0〜8.0の間に収束する。低結晶性のアナターゼ型の酸化チタン被膜を得るためには、4M以上のリン酸濃度が好ましいことがわかった。
【0042】
また、上記の表2に示されるように、リン酸濃度が濃くなるほど、表面粗さ(Ra)が大きくなることが分かった。低結晶性のアナターゼ型の酸化チタン被膜が被覆されるチタン試料22ではいずれも、表面粗さ(Ra)が0.3μmを超えている。
【0043】
次に、到達電圧の影響を検討した。電解溶液が一定の場合に、到達電圧が陽極酸化被膜の結晶性に与える影響を検討した。図5に、チタン試料22のうちの(m),(n),(i)のX線回折分析結果を示す。参考のために、チタン試料22の(a)のX線回折分析で得られた101面ピーク近傍(2θ=25.28°)のチャートも示す。図5に示されるように、到達電圧が100Vの場合、結晶性を示すピークは観察されなかった。到達電圧が160Vの場合、図3の(d)及び(e)の101面のピークに類似していた。到達電圧が200Vの場合、チタン試料22の酸化チタン被膜は低結晶性のアナターゼ型の酸化チタンであった。この結果から、チタン試料22の酸化チタン被膜の結晶性は到達電圧に依存しており、到達電圧が高いほど、低結晶性の酸化チタンが作製されることが確認された。
【0044】
(酸化チタン被膜材料の骨伝導性評価)
次に、上記実施例で作製されたチタン試料22の骨伝導性を評価した。骨伝導性評価は、ラットの脛骨にチタン試料22を埋植し、埋植から14日後に経過観察を行った。骨伝導性は、チタン試料22の表面にどの程度の骨組織が接着したかによって評価した。具体的には、埋植から14日後にラットの脛骨を摘出し、チタン試料22が埋植されているラットの脛骨の断面を作製し、その断面において、チタン試料22とラットの脛骨の接触する全長さのうち、接着した骨組織の長さの割合を算出した。図6及び図7に、チタン試料22のうちの(a),(b),(c),(g),(j)、及び金属チタンの表面を研磨しただけの研磨チタンの骨伝導性を示す。図6は、ラットの脛骨のうちの皮質骨における骨伝導性を示す。図7は、ラットの脛骨のうちの海綿骨における骨伝導性を示す。また、表3に骨格伝導性の結果と表面粗さとを併せて示す。
【0045】
【表3】

【0046】
上記したように、チタン試料22のうちの(g),(j)の酸化チタン被膜は、低結晶性のアナターゼ型の酸化チタンである。表3並びに図6及び図7に示されるように、チタン試料22のうちの(g),(j)は、他の試料よりも明らかに骨伝導性が向上していることが分かる。この結果から、低結晶性のアナターゼ型の酸化チタンが骨伝導性に大きく寄与することが確認された。また、図6に示されるように、チタン試料22のうちの(g),(j)は、皮質骨における骨伝導性が30%を超えており、皮質骨に強固に結合していることが分かる。皮質骨との接着性は、埋植用材料が生体内で安定的に固定されるために重要な指標である。チタン試料22のうちの(g),(j)が30%を超える骨伝導性を有するという結果から、低結晶性のアナターゼ型の酸化チタン被膜で被覆された酸化チタン被膜材料が、骨内埋植用の材料として有用であることが示唆された。
【0047】
以上、本発明の具体例を詳細に説明したが、これらは例示に過ぎず、特許請求の範囲を限定するものではない。特許請求の範囲に記載の技術には、以上に例示した具体例を様々に変形、変更したものが含まれる。
また、本明細書または図面に説明した技術要素は、単独であるいは各種の組合せによって技術的有用性を発揮するものであり、出願時請求項記載の組合せに限定されるものではない。また、本明細書または図面に例示した技術は複数目的を同時に達成し得るものであり、そのうちの一つの目的を達成すること自体で技術的有用性を持つものである。
【符号の説明】
【0048】
10:電解装置
12:直流電源装置
12a:陽極端子
12b:陰極端子
14:電解槽
16:恒温槽
22:チタン試料
24:陰極電極板

【特許請求の範囲】
【請求項1】
チタンを含むチタン部と、
前記チタン部を被覆する被覆部と、を備えており、
前記被覆部は、低結晶性のアナターゼ型の酸化チタンを含む、酸化チタン被膜材料。
【請求項2】
前記酸化チタンは、X線回折(XRD)において半値幅が7.0度以上のアナターゼ型のピークを有する、請求項1に記載の酸化チタン被膜材料。
【請求項3】
生体内の骨に埋植して用いられる、請求項1又は2に記載の酸化チタン被膜材料。
【請求項4】
酸化チタン被膜材料を製造する方法であって、
少なくとも表層にチタンを含むチタン部を備える材料を陽極酸化する陽極酸化工程を備えており、
前記陽極酸化工程は、4M以上のリン酸濃度の電解溶液が用いられるとともに、火花放電が生じない条件で実施される、製造方法。
【請求項5】
前記陽極酸化工程では、印加電圧を経時的に上昇させることを特徴とする請求項4に記載の製造方法。
【請求項6】
前記酸化チタン被膜材料が、生体内の骨に埋植して用いられることを特徴とする請求項4又は5に記載の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate


【公開番号】特開2011−19786(P2011−19786A)
【公開日】平成23年2月3日(2011.2.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−168468(P2009−168468)
【出願日】平成21年7月17日(2009.7.17)
【出願人】(504139662)国立大学法人名古屋大学 (996)
【Fターム(参考)】