説明

酸化物焼結体およびスパッタリングターゲット

【課題】表示装置用酸化物半導体膜の製造に好適に用いられる酸化物焼結体およびスパッタリングターゲットであって、高い導電性と相対密度を兼ね備えた酸化物焼結体およびスパッタリングターゲットを提供する。
【解決手段】本発明の酸化物焼結体は、酸化インジウムと;酸化ガリウムと;酸化亜鉛と;Si、Ni、およびHfよりなる群から選択される少なくとも一種の金属(M金属)の酸化物の各粉末と、を混合および焼結して得られる酸化物焼結体であって、酸化物焼結体をX線回折したとき、(1)InGaZnO4を主相とし、M金属の少なくとも一部は前記InGaZnO4に固溶しており、且つ、(2)ZnMxy相およびMxy相(x、yは任意の整数である)は検出されないものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液晶ディスプレイや有機ELディスプレイなどの表示装置に用いられる薄膜トランジスタ(TFT)の酸化物半導体薄膜をスパッタリング法で成膜するときに用いられる酸化物焼結体およびスパッタリングターゲットに関するものである。
【背景技術】
【0002】
TFTに用いられるアモルファス(非晶質)酸化物半導体は、汎用のアモルファスシリコン(a−Si)に比べて高いキャリア移動度を有し、光学バンドギャップが大きく、低温で成膜できるため、大型・高解像度・高速駆動が要求される次世代ディスプレイや、耐熱性の低い樹脂基板などへの適用が期待されている。上記酸化物半導体(膜)の形成に当たっては、当該膜と同じ材料のスパッタリングターゲットをスパッタリングするスパッタリング法が好適に用いられている。スパッタリング法で形成された薄膜は、イオンプレーティング法や真空蒸着法、電子ビーム蒸着法で形成された薄膜に比べ、膜面方向(膜面内)における成分組成や膜厚などの面内均一性に優れており、スパッタリングターゲットと同じ成分組成の薄膜を形成できるという長所を有しているからである。スパッタリングターゲットは、通常、酸化物粉末を混合、焼結し、機械加工を経て形成されている。
【0003】
表示装置に用いられる酸化物半導体の組成として最も開発が進められているのは、In含有のIn−Ga−Zn−O(IGZO)非晶質酸化物半導体であり、次世代の表示装置置用に高品質で安定した薄膜を形成し、TFT特性の信頼性を向上させるため、高品質なIGZO系酸化物半導体が提案されている(例えば特許文献1〜3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008−214697号公報
【特許文献2】特開2008−163441号公報
【特許文献3】特開2008−163442号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
表示装置用酸化物半導体膜の製造に用いられるスパッタリングターゲットおよびその素材である酸化物焼結体は、導電性に優れ、且つ高い相対密度を有していることが望まれる。また、大型基板上での大量生産や製造コストなどを考慮すると、高周波(RF)スパッタリング法でなく、高速成膜が容易な直流(DC)スパッタリング法で安定した製造可能なスパッタリングターゲットの提供が望まれている。
【0006】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、表示装置用酸化物半導体膜の製造に好適に用いられる酸化物焼結体およびスパッタリングターゲットであって、高い導電性と相対密度を兼ね備えた酸化物焼結体およびスパッタリングターゲットを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決し得た本発明の酸化物焼結体は、酸化インジウムと;酸化ガリウムと;酸化亜鉛と;Si、Ni、およびHfよりなる群から選択される少なくとも一種の金属(M金属)の酸化物の各粉末と、を混合および焼結して得られる酸化物焼結体であって、前記酸化物焼結体をX線回折したとき、(1)InGaZnO4を主相とし、M金属の少なくとも一部は前記InGaZnO4に固溶しており、且つ、(2)ZnMxy相およびMxy相(x、yは任意の整数である)は検出されないものであるところに要旨を有するものである。
【0008】
本発明の好ましい実施形態において、前記酸化物焼結体に含まれる金属元素の含有量(原子%)をそれぞれ、[In]、[Ga]、[Zn]、[M金属]([M金属]は、酸化物焼結体に含まれる金属元素の合計量である)としたとき、[In]+[Ga]+[Zn]+[M金属]に対する[M金属]の比は、0.01以上0.05未満である。
【0009】
本発明の好ましい実施形態において、前記酸化物焼結体に含まれる金属元素の含有量(原子%)をそれぞれ、[In]、[Ga]、[Zn]とし、[In]+[Ga]+[Zn]に対する[In]、[Ga]、[Zn]の各比を[In]比、[Ga]比、[Zn]比としたとき、[In]比:[Ga]比:[Zn]比=0.32〜0.34:0.32〜0.34:0.32〜0.34の範囲に制御されている。
【0010】
本発明の好ましい実施形態において、上記酸化物焼結体の相対密度は90%以上、比抵抗は0.1Ωcm以下である。
【0011】
また、上記課題を解決し得た本発明のスパッタリングターゲットは、上記酸化物焼結体を用いて得られるスパッタリングターゲットであって、相対密度90%以上、比抵抗0.1Ωcm以下であるところに要旨を有するものである。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、導電性に優れ、且つ高い相対密度を有する酸化物焼結体およびスパッタリングターゲットが得られる。また、本発明によれば、直流放電安定性に優れ、成膜時の異常放電が少なく、面内の均質性および膜質安定性に優れたスパッタリングターゲットが得られる。本発明のスパッタリングターゲットを用いれば、高速成膜が容易な直流スパッタリング法により酸化物半導体膜を安価に且つ安定して成膜できるため、生産性が向上する。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】図1は、本発明の酸化物焼結体およびスパッタリングターゲットを製造するための基本的な工程を示す図である。
【図2】図2は、実験例1における本発明例の酸化物焼結体(Si比=0.01)のX線回折結果を示すグラフである。
【図3】図3は、実験例4における本発明例の酸化物焼結体(Si比=0.031)のX線回折結果を示すグラフである。
【図4】図4は、実験例7における比較例の酸化物焼結体(Si比=0.05)のX線回折結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明者らは、Inと、Gaと、Znと、を含む酸化物(IGZO)半導体について、高い導電性と高い相対密度を有しており、直流スパッタリング法を適用可能なスパッタリングターゲット用酸化物焼結体を提供するため、検討を重ねてきた。
【0015】
その結果、(ア)IGZOを構成する金属元素(In、Ga、Zn)の酸化物に、Si、Ni、およびHfよりなる群から選択される少なくとも一種の金属(M金属)の酸化物の各粉末と、を混合および焼結して得られるM金属含有IGZO焼結体を用いれば、物理蒸着時の直流プラズマ放電安定性に特に優れており、成膜時の異常放電が少なく、密度が高い高品質なスパッタリングターゲット用酸化物焼結体が得られること、(イ)詳細には、上記酸化物焼結体をX線回折したとき、(1)InGaZnO4を主相とし、M金属の少なくとも一部は前記InGaZnO4に固溶しており、且つ、(2)スピネル型化合物である、ZnMxy相およびMxy相(x、yは任意の整数である)は検出されないような構成としたときに所期の目的が達成されること、(ウ)そして、このような相構成を有する本発明のM金属含有IGZO焼結体を得るためには、全金属元素に占めるM金属の合計量の比を所定範囲に制御された混合粉末に対し、所定の焼結条件(好ましくは非還元性雰囲気下にて、1250〜1600℃の温度で5時間以上焼成する)を行なえば良いことを見出し、本発明を完成した。
【0016】
まず、本発明のM金属含有IGZO焼結体について詳しく説明する。上述したように本発明は、上記酸化物焼結体をX線回折したとき、
(1)InGaZnO4を主相とし、M金属の少なくとも一部は前記InGaZnO4に固溶しており、且つ、
(2)スピネル型化合物である、ZnMxy相およびMxy相(x、yは任意の整数である)は検出されないような構成の酸化物焼結体としたところに特徴がある。
【0017】
本発明におけるX線回折条件は、以下のとおりである。
分析装置:理学電機製「X線回折装置RINT−1500」
分析条件
ターゲット:Cu
単色化:モノクロメートを使用(Kα)
ターゲット出力:40kV−200mA
(連続焼測定)θ/2θ走査
スリット:発散1/2°、散乱1/2°、受光0.15mm
モノクロメータ受光スリット:0.6mm
走査速度:2°/min
サンプリング幅:0.02°
測定角度(2θ):5〜90°
【0018】
次に上記X線回折によって検出される(1)の化合物、または検出されない(2)の化合物について詳しく説明する。
【0019】
(1)InGaZnO4について
InGaZnO4化合物(相)は、本発明の酸化物焼結体を構成するInとGaとZnが結合して形成される酸化物である。この化合物は、所謂スピネル型化合物であり、電子材料として物性に富み、結晶構造の変化に伴って物性が変化するという特徴をもつ。本発明のようなIGZO系酸化物において、上記化合物は、酸化物焼結体の相対密度の向上に大きく寄与するものである。
【0020】
本発明では、上記InGaZnO4化合物を主相として含んでいる。ここで「主相」とは、上記X線回折によって検出される全化合物中、最も比率の多い化合物を意味している。
【0021】
本発明において添加されるM金属の少なくとも一部は、上記InGaZnO4化合物に固溶している。好ましい態様は、M金属の全部が上記InGaZnO4化合物に固溶しているものであり、上記InGaZnO4化合物のみが単相で存在している酸化物焼結体は、相対密度がより高く、抵抗も一層低いため、非常に有用である。
【0022】
なお、本発明では、本発明の作用効果(高い相対密度と低い抵抗)を阻害しない限り、M金属の一部は(InAGaBZnCD)O2(A、B、C、Dは任意の整数である)として存在していても良い。後述するように、上記M金属の酸化物(M酸化物)は非導電相であるため、できるだけ少ない方が良いが、本発明の作用効果を阻害しない限度で(InAGaBZnCD)O2を微量程度含むものであれば、本発明の範囲内に包含される。
【0023】
(2)ZnMxy相およびMxy相(x、yは任意の整数である)について
ZnMxy相およびMxy相(x、yは任意の整数である)は、本発明の酸化物焼結体を構成するM金属が酸素(O)と結合して形成し得るスピネル型化合物であるが、本発明では、上記のX線回折を行なったとき、これらの化合物が検出されないところに特徴がある。M金属の酸化によって形成される上記酸化物(例えばZnMxy相や、例えばSiO2などのMxy相)は絶縁性が高く高抵抗であるため、M金属の酸化物が酸化物焼結体やスパッタリングターゲットに含まれていると抵抗が高くなったり、局所的に高抵抗となってプラズマ放電時のアーキング発生を誘発する原因となる。また、クラスター状に飛び出した上記酸化物が膜に混入して、薄膜の半導体特性が劣化し、キャリア移動度が低下する。このため、本発明では、後記する焼結条件の制御などによって酸化物焼結体中にM金属元素の酸化物相が形成するのを防止しており、大部分のM元素をInAGaBZnC相などに固溶させることによって薄膜の膜特性を安定させ、キャリア移動度の低下を防ぐことができる。
【0024】
本発明において、M金属とは後記するように、Si、Ni、およびHfよりなる群から選択される少なくとも一種の金属であり、例えばM金属がSiの場合、ZnSiO2やSiO2などの化合物が検出されないことを意味する。なお、「検出されない」とは、上記のX線回折条件を行なったときに検出限界以下であることを意味する。添加されたM金属の全部またはその大部分は、InAGaBZnC化合物中に固溶していることを確認している。なお、InAGaBZnC化合物中に固溶していない残りのM金属は、酸化物焼結体の組成によって生成し得るZnOなどに固溶もしくは粒界に偏析していると推察される。
【0025】
次に、本発明の酸化物焼結体を構成する元素について詳しく説明する。本発明の酸化物焼結体は、酸化インジウムと;酸化ガリウムと;酸化亜鉛と;Si、Ni、およびHfよりなる群から選択される少なくとも一種の金属(M金属)の酸化物の各粉末と、を混合および焼結して得られるものである。
【0026】
ここで、In、Ga、Znの酸化物は、キャリア濃度を制御することによって半導体を形成する化合物であり、酸化物中の酸素含有量に応じて絶縁性から半導体、そして導電性へと性質を変化させることができる。これは、酸化物のなかに酸素欠損を故意に生じさせることによって余った電子がキャリアとなり、キャリアが比較的少数の場合は半導体に、キャリアが多量になれば縮退して導体化することが知られている。
【0027】
本発明に用いられるM金属は、スパッタリングによって形成した膜特性の向上に有用な元素であり、IGZO系酸化物に適用した。上記M金属は、Si、Ni、およびHfよりなる群から選択され、単独で用いても良いし、2種以上を併用しても良い。
【0028】
本発明において、上記酸化物焼結体に含まれる金属元素の含有量(原子%)をそれぞれ、[In]、[Ga]、[Zn]、[M金属]([M金属]は、酸化物焼結体に含まれる金属元素の合計量である)としたとき、[In]+[Ga]+[Zn]+[M金属]に対する[M金属]の比(以下、M金属比と略記する場合がある。)は、0.01以上0.05未満であることが好ましい。上記M金属比が0.01未満の場合、M金属の添加による効果が得られず、薄膜を形成したときのTFTの信頼性が低下する。一方、上記M金属比が0.05以上の場合は、焼結体の密度を90%以上にすることはできず、比抵抗も高くなるため、直流プラズマ放電が安定せず、異常放電が発生し易くなる。より好ましいM金属比は、0.035以下である。後記する実施例では、M金属の種類に応じて、例えばM金属=Siの場合は、Si比と略記する場合がある。
【0029】
また本発明において、酸化物焼結体に含まれる金属元素の含有量(原子%)をそれぞれ、[In]、[Ga]、[Zn]とし、[In]比、[Ga]比、[Zn]比としたとき、[In]比:[Ga]比:[Zn]比=0.32〜0.34:0.32〜0.34:0.32〜0.34の範囲に制御されていることが好ましい。すなわち、これらの比は、±0.01の許容範囲内で、実質的に1:1:1の比で等しく添加されていることが好ましい。これにより、薄膜を形成したときのキャリア移動度が高くなり、例えば8cm2/Vs以上の高移動度が得られるようになる。
【0030】
本発明の酸化物焼結体、更には当該酸化物焼結体を用いて得られるスパッタリングターゲットは、相対密度90%以上、比抵抗0.1Ωcm以下であるところに特徴がある。
【0031】
(相対密度90%以上)
本発明の酸化物焼結体は、相対密度が非常に高く、好ましくは90%以上であり、より好ましくは95%以上である。高い相対密度は、スパッタリング中での割れやノジュールの発生を防止し得るだけでなく、安定した放電をターゲットライフまで連続して維持するなどの利点をもたらす。
【0032】
なお、一般にIGZO系酸化物の場合、上述したようにInGaZnO4単相のみで構成されている方が焼結体の高密度化の観点からは好ましく、M金属酸化物粉末の添加によってZnMxy相やMxy相などが形成されてInGaZnO4以外の複数の相を形成すると相対密度の低下が生じ易くなることが知られている。これに対し本発明では、これらのZnMxy相やMxy相は含まれないため、相対密度の低下は見られず、所望レベルの90%以上を確保することができる。また本発明の酸化物焼結体は、M金属の大部分がInGaZnO4化合物に固溶しており、多少ではあるが、(InAGaBZnCD)O2などの酸化物も含み得るものであるが、このような相構成は、酸化物焼結体の緻密化を阻害するものではなく、薄膜の特性にも悪影響を及ぼすものでもない。
【0033】
(比抵抗0.1Ωcm以下)
本発明の酸化物焼結体は、比抵抗が非常に小さく、0.1Ωcm以下であることが好ましく、より好ましくは0.05Ωcm以下である。これにより、直流電源を用いたプラズマ放電などによる直流スパッタリング法による成膜が可能となり、スパッタリングターゲットを用いた物理蒸着(スパッタリング法)を表示装置の生産ラインで効率よく行うことができる。
【0034】
次に、本発明の酸化物焼結体を製造する方法について説明する。
【0035】
本発明の酸化物焼結体は、酸化インジウムと;酸化ガリウムと;酸化亜鉛と;Si、Ni、およびHfよりなる群から選択される少なくとも一種の金属(M金属)の酸化物の各粉末と、を混合および焼結して得られる酸化物焼結体であり、原料粉末からスパッタリングターゲットまでの基本工程を図1に示す。図1には、酸化物の粉末を混合・粉砕→乾燥・造粒→成形→常圧焼結して得られた酸化物焼結体を、加工→ボンディグしてスパッタリングターゲットを得るまでの基本工程を示している。上記工程のうち本発明では、以下に詳述するように焼結条件を適切に制御したところに特徴があり、それ以外の工程は特に限定されず、通常用いられる工程を適宜選択することができる。以下、各工程を説明するが、本発明はこれに限定する趣旨ではない。
【0036】
まず、酸化インジウム粉末、酸化ガリウム粉末、酸化亜鉛粉末、およびM金属の酸化物粉末を所定の割合に配合し、混合・粉砕する。用いられる各原料粉末の純度はそれぞれ、約99.99%以上が好ましい。微量の不純物元素が存在すると、酸化物半導体膜の半導体特性を損なう恐れがあるためである。各原料粉末の配合割合は、ZnおよびM金属の比率が前述した範囲内となるように制御することが好ましい。
【0037】
混合および粉砕はポットミルを使い、原料粉末を水と共に投入して行うことが好ましい。これらの工程に用いられるボールやビーズは、例えばナイロン、アルミナ、ジルコニアなどの材質のものが好ましく用いられる。
【0038】
次に、上記工程で得られた混合粉末を乾燥し造粒した後、成形する。成形に当たっては、乾燥・造粒後の粉末を所定寸法の金型に充填し、金型プレスで予備成形した後、CIP(冷間静水圧プレス)などによって成形することが好ましい。焼結体の相対密度を上昇させるためには、予備成形の成形圧力を約0.2tonf/cm2以上に制御することが好ましく、成形時の圧力は約1.2tonf/cm2以上に制御することが好ましい。
【0039】
次に、このようにして得られた成形体に対し、常圧にて焼成を行う。本発明では、所望の化合物相構成(InGaZnO4主体の相)とし、相対密度を高めるためには、焼成温度:約1250℃〜1600℃、保持時間:約5時間以上で焼結を行なうことが好ましい。焼成温度が高いほど焼結体の相対密度が向上し易く、かつ短時間で処理できるため好ましいが、温度が高くなり過ぎると焼結体が分解し易くなるため、焼成条件は上記の範囲とするのが好ましい。より好ましくは、焼成温度:約1300℃〜1550℃、保持時間:約8時間以上である。なお、焼成雰囲気は非還元性雰囲気が好ましく、例えば炉内に酸素ガスを導入することによって雰囲気を調整することが好ましい。
【0040】
上記のようにして所望の酸化物焼結体を得た後、常法により、加工→ボンディングを行なうと本発明のスパッタリングターゲットが得られる。このようにして得られるスパッタリングターゲットの相対密度および比抵抗も、酸化物焼結体と同様、非常に良好なものであり、好ましい相対密度はおおむね90%以上であり、好ましい比抵抗はおおむね0.1Ωcm以下である。
【実施例】
【0041】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明は、下記実施例に限定されず、本発明の趣旨に適合し得る範囲で適切に変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれる。
【0042】
(実験例1)
本実験例1、並びに後記する実験例2および3では、M金属としてSiを含み、Si比=0.01のSi−IGZO焼結体を以下の方法により製造した。
【0043】
純度99.99%の酸化インジウム粉末、純度99.99%の酸化ガリウム粉末、酸化亜鉛粉末(JIS1種、純度99.99%)、および純度99.99%のシリカ粉末を[In]:[Ga]:[Zn]:[Si]=33.0:33.0:33.0:1.0の原子比率で配合し、ナイロンボールミルで20時間混合した。次に、上記工程で得られた混合粉末を乾燥して造粒し、金型プレスにて成形圧力0.5tonf/cm2で予備成形した後、CIPにて成形圧力3tonf/cm2で本成形を行った。
【0044】
このようにして得られた成形体を、常圧にて1450℃で5時間保持して焼結を行なった。
【0045】
このようにして得られた酸化物焼結体(Si−IGZO焼結体)を、前述した条件でX線回折による解析を行った結果を図2に示す。図2に示すように、上記酸化物焼結体はInGaZnO4を主相として含み、微量の(In0.5Ga0.2Zn0.2Si0.1)O2相を含んでいるが、ZnSixyおよびSiO2は検出されなかった。また、このようにして得られた酸化物焼結体の相対密度をアルキメデス法で測定したところ、91.6%であった。また、上記酸化物焼結体の比抵抗を四端子法によって測定したところ、2.7×10-2Ωcmであり、相対密度および比抵抗ともに良好な特性を有していた。
【0046】
表1に、M金属としてSiを含む上記酸化物焼結体における相対密度および比抵抗の結果をまとめて示す。また表2に、上記酸化物焼結体のX線回折結果をまとめて示す。
【0047】
【表1】

【0048】
【表2】

【0049】
更に、上記の焼結体を4インチφ、5mmtの形状に加工し、バッキングプレートにボンディングしてスパッタリングターゲットを得た。このようにして得られたスパッタリングターゲットをスパッタリング装置に取り付け、DC(直流)マグネトロンスパッタリングを行なった。スパッタリング条件は、DCスパッタリングパワー150W、Ar/0.1体積%O2雰囲気、圧力0.8mTorrとした。その結果、異常放電(アーキング)の発生は見られず、安定して放電することが確認された。
【0050】
また、このようにして得られたスパッタリングターゲットの相対密度および比抵抗は、上記酸化物焼結体の値と同じであり、本発明で規定する条件(相対密度90%以上、比抵抗0.1Ωcm以下)を満足していた。
【0051】
(実験例2)
前述した実験例1において、1400℃で8時間の焼結を行なったこと以外は、上記実験例1と同様にして実験を行なって酸化物焼結体を得た後、前述した条件でX線回折による解析を行ったところ、InGaZnO4を主相として含み、微量の(In0.5Ga0.2Zn0.2Si0.1)O2相を含んでいるが、ZnSixyおよびSiO2は検出されなかった(表2を参照)。
【0052】
また、このようにして得られた酸化物焼結体の相対密度および比抵抗を実験例1と同様にして測定したところ、相対密度=93.7%、比抵抗=4.0×10-2Ωcmであり、相対密度および比抵抗ともに良好な特性を有していた(表1を参照)。
【0053】
更に、上記の焼結体を用い、実験例1と同様にしてスパッタリングを行なったところ、安定して放電することが確認された。また、このようにして得られたスパッタリングターゲットの相対密度および比抵抗は、上記酸化物焼結体の値と同じであり、本発明で規定する条件(相対密度90%以上、比抵抗0.1Ωcm以下)を満足していた。
【0054】
(実験例3)
前述した実験例1において、1500℃で5時間の焼結を行なったこと以外は、上記実験例1と同様にして実験を行なって酸化物焼結体を得た後、前述した条件でX線回折による解析を行ったところ、InGaZnO4を主相として含み、微量の(In0.5Ga0.2Zn0.2Si0.1)O2相を含んでいるが、ZnSixyおよびSiO2は検出されなかった(表2を参照)。
【0055】
また、このようにして得られた酸化物焼結体の相対密度および比抵抗を実験例1と同様にして測定したところ、相対密度=92.3%、比抵抗=3.3×10-2Ωcmであり、相対密度および比抵抗ともに良好な特性を有していた(表1を参照)。
【0056】
更に、上記の焼結体を用い、実験例1と同様にしてスパッタリングを行なったところ、安定して放電することが確認された。また、このようにして得られたスパッタリングターゲットの相対密度および比抵抗は、上記酸化物焼結体の値と同じであり、本発明で規定する条件(相対密度90%以上、比抵抗0.1Ωcm以下)を満足していた。
【0057】
(実験例4)
本実験例4、並びに後記する実験例5および6では、M金属としてSiを含み、Si比=0.031のSi−IGZO焼結体を以下の方法により製造した。
【0058】
詳細には、前述した実験例1において、[In]:[Ga]:[Zn]:[Si]=32.3:32.3:32.3:3.1の原子比率で配合し、且つ、1350℃で8時間の焼結を行なったこと以外は、上記実験例1と同様にして実験を行なって酸化物焼結体を得た後、前述した条件でX線回折による解析を行った。その結果を図3に示す。図3に示すように、上記酸化物焼結体はInGaZnO4を主相として含み、微量の(In0.5Ga0.2Zn0.2Si0.1)O2相を含んでいるが、ZnSixyおよびSiO2は検出されなかった(表2を参照)。
【0059】
また、このようにして得られた酸化物焼結体の相対密度および比抵抗を実験例1と同様にして測定したところ、相対密度=91.1%、比抵抗=5.6×10-2Ωcmであり、相対密度および比抵抗ともに良好な特性を有していた(表1を参照)。
【0060】
更に、上記の焼結体を用い、実験例1と同様にしてスパッタリングを行なったところ、安定して放電することが確認された。また、このようにして得られたスパッタリングターゲットの相対密度および比抵抗は、上記酸化物焼結体の値と同じであり、本発明で規定する条件(相対密度90%以上、比抵抗0.1Ωcm以下)を満足していた。
【0061】
(実験例5)
前述した実験例4において、1450℃で5時間の焼結を行なったこと以外は、上記実験例4と同様にして実験を行なって酸化物焼結体を得た後、前述した条件でX線回折による解析を行ったところ、InGaZnO4を主相として含み、微量の(In0.5Ga0.2Zn0.2Si0.1)O2相が含まれているが、ZnSixyおよびSiO2は検出されなかった(表2を参照)。
【0062】
また、このようにして得られた酸化物焼結体の相対密度および比抵抗を実験例1と同様にして測定したところ、相対密度=90.8%、比抵抗=6.1×10-2Ωcmであり、相対密度および比抵抗ともに良好な特性を有していた(表1を参照)。
【0063】
更に、上記の焼結体を用い、実験例1と同様にしてスパッタリングを行なったところ、安定して放電することが確認された。また、このようにして得られたスパッタリングターゲットの相対密度および比抵抗は、上記酸化物焼結体の値と同じであり、本発明で規定する条件(相対密度90%以上、比抵抗0.1Ωcm以下)を満足していた。
【0064】
(実験例6)
前述した実験例4において、1550℃で5時間の焼結を行なったこと以外は、上記実験例1と同様にして実験を行なって酸化物焼結体を得た後、前述した条件でX線回折による解析を行ったところ、InGaZnO4を主相として含み、微量の(In0.5Ga0.2Zn0.2Si0.1)O2相が含まれているが、ZnSixyおよびSiO2は検出されなかった(表2を参照)。
【0065】
また、このようにして得られた酸化物焼結体の相対密度および比抵抗を実験例1と同様にして測定したところ、相対密度=90.2%、比抵抗=4.1×10-2Ωcmであり、相対密度および比抵抗ともに良好な特性を有していた(表1を参照)。
【0066】
更に、上記の焼結体を用い、実験例1と同様にしてスパッタリングを行なったところ、安定して放電することが確認された。また、このようにして得られたスパッタリングターゲットの相対密度および比抵抗は、上記酸化物焼結体の値と同じであり、本発明で規定する条件(相対密度90%以上、比抵抗0.1Ωcm以下)を満足していた。
【0067】
(実験例7)
本実験例7、並びに後記する実験例8および9では、M金属としてSiを含み、Si比=0.05のSi−IGZO焼結体を以下の方法により製造した。
【0068】
詳細には、前述した実験例1において、[In]:[Ga]:[Zn]:[Si]=31.7:31.7:31.6:4.9の原子比率で配合し、且つ、1200℃で5時間の焼結を行なったこと以外は、上記実験例1と同様にして実験を行なって酸化物焼結体を得た後、前述した条件でX線回折による解析を行った。その結果を図4に示す。図4に示すように、上記酸化物焼結体はInGaZnO4を主相として含むほか、少量の(In0.5Ga0.2Zn0.2Si0.1)O2相と、微量のZnSixyも含んでいた(表2を参照)。
【0069】
また、このようにして得られた酸化物焼結体の相対密度および比抵抗を実験例1と同様にして測定したところ、相対密度=77.4%と低く、比抵抗=1.9×10-1Ωcmと高くなった(表1を参照)。
【0070】
更に、上記の焼結体を用い、実験例1と同様にしてスパッタリングを行なったところ、スパッタリング中にアーキングによる以上放電が発生した。また、このようにして得られたスパッタリングターゲットの相対密度および比抵抗は、上記酸化物焼結体の値と同じであり、本発明で規定する条件(相対密度90%以上、比抵抗0.1Ωcm以下)を外れていた。
【0071】
(実験例8)
前述した実験例7において、1350℃で8時間の焼結を行なったこと以外は、上記実験例7と同様にして実験を行なって酸化物焼結体を得た後、前述した条件でX線回折による解析を行ったところ、実験例7と同様、上記酸化物焼結体はInGaZnO4を主相として含むほか、少量の(In0.5Ga0.2Zn0.2Si0.1)O2相と、微量のZnSixyも含んでいた(表2を参照)。
【0072】
また、このようにして得られた酸化物焼結体の相対密度および比抵抗を実験例1と同様にして測定したところ、比抵抗は6.5×10-2Ωcmと良好であったが、相対密度は85.7%と低くなった(表1を参照)。
【0073】
更に、上記の焼結体を用い、実験例1と同様にしてスパッタリングを行なったところ、スパッタリング中にアーキングによる異常放電が発生した。また、このようにして得られたスパッタリングターゲットの相対密度および比抵抗は、上記酸化物焼結体の値と同じであり、相対密度が本発明で規定する範囲を外れていた。
【0074】
(実験例9)
前述した実験例7において、1450℃で5時間の焼結を行なったこと以外は、上記実験例7と同様にして実験を行なって酸化物焼結体を得た後、前述した条件でX線回折による解析を行ったところ、上記酸化物焼結体はInGaZnO4を主相として含むほか、微量のZnSixyも含んでいた(表2を参照)。
【0075】
また、このようにして得られた酸化物焼結体の相対密度および比抵抗を実験例1と同様にして測定したところ、比抵抗は8.9×10-2Ωcmと良好であったが、相対密度は79.8%と低くなった(表1を参照)。
【0076】
更に、上記の焼結体を用い、実験例1と同様にしてスパッタリングを行なったところ、スパッタリング中にアーキングによる異常放電が発生した。また、このようにして得られたスパッタリングターゲットの相対密度および比抵抗は、上記酸化物焼結体の値と同じであり、相対密度が本発明で規定する範囲を外れていた。
【0077】
(実験例10)
本実験例10では、M金属としてNi含むNi−IGZO焼結体(Ni比=0.031)を以下の方法により製造した。
【0078】
詳細には、前述した実験例4において、M金属として純度99.99%の酸化Ni粉末を用いたこと、および1500℃で8時間の焼結を行なったこと以外は、上記実験例4と同様にして実験を行なって酸化物焼結体を得た後、前述した条件でX線回折による解析を行ったところ、InGaZnO4を主相として含み、微量の(In0.5Ga0.2Zn0.2Ni0.1)O2相が含まれているが、ZnNixyおよびNiO2は検出されなかった。
【0079】
また、このようにして得られた酸化物焼結体の相対密度および比抵抗を実験例1と同様にして測定したところ、相対密度=91.0%、比抵抗=5.2×10-2Ωcmであり、相対密度および比抵抗ともに良好な特性を有していた。
【0080】
更に、上記の焼結体を用い、実験例1と同様にしてスパッタリングを行なったところ、安定して放電することが確認された。また、このようにして得られたスパッタリングターゲットの相対密度および比抵抗は、上記酸化物焼結体の値と同じであり、本発明で規定する条件(相対密度90%以上、比抵抗0.1Ωcm以下)を満足していた。
【0081】
(実験例11)
本実験例11では、M金属としてHf含むHf−IGZO焼結体(Hf比=0.031)を以下の方法により製造した。
【0082】
詳細には、前述した実験例6において、M金属として純度99.99%の酸化Hf粉末を用いたこと以外は、上記実験例6と同様にして実験を行なって酸化物焼結体を得た後、前述した条件でX線回折による解析を行ったところ、InGaZnO4を主相として含み、微量の(In0.5Ga0.2Zn0.2Hf0.1)O2相が含まれているが、ZnHfxyおよびHfOは検出されなかった。
【0083】
また、このようにして得られた酸化物焼結体の相対密度および比抵抗を実験例1と同様にして測定したところ、相対密度=90.6%、比抵抗=6.9×10-2Ωcmであり、相対密度および比抵抗ともに良好な特性を有していた。
【0084】
更に、上記の焼結体を用い、実験例1と同様にしてスパッタリングを行なったところ、安定して放電することが確認された。また、このようにして得られたスパッタリングターゲットの相対密度および比抵抗は、上記酸化物焼結体の値と同じであり、本発明で規定する条件(相対密度90%以上、比抵抗0.1Ωcm以下)を満足していた。
【0085】
以上の実験結果より、本発明に用いられるM金属を含むIGZO系酸化物焼結体は、X線回折の結果、M金属の酸化物であるZnMxy相およびMxy相を分離形成せず、InGaZnO4を主相として含むことが確認された。その結果、本発明の酸化物焼結体および当該焼結体を用いて得られるスパッタリングターゲットは、高い相対密度および低い比抵抗を有しており、極めて良好な特性を有することが分かった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化インジウムと;酸化ガリウムと;酸化亜鉛と;Si、Ni、およびHfよりなる群から選択される少なくとも一種の金属(M金属)の酸化物の各粉末と、を混合および焼結して得られる酸化物焼結体であって、
前記酸化物焼結体をX線回折したとき、
(1)InGaZnO4を主相とし、M金属の少なくとも一部は前記InGaZnO4に固溶しており、且つ、
(2)ZnMxy相およびMxy相(x、yは任意の整数である)は検出されないものであることを特徴とする酸化物焼結体。
【請求項2】
前記酸化物焼結体に含まれる金属元素の含有量(原子%)をそれぞれ、[In]、[Ga]、[Zn]、[M金属]([M金属]は、酸化物焼結体に含まれる金属元素の合計量である)としたとき、[In]+[Ga]+[Zn]+[M金属]に対する[M金属]の比は、0.01以上0.05未満である請求項1に記載の酸化物焼結体。
【請求項3】
前記酸化物焼結体に含まれる金属元素の含有量(原子%)をそれぞれ、[In]、[Ga]、[Zn]とし、[In]+[Ga]+[Zn]に対する[In]、[Ga]、[Zn]の各比を[In]比、[Ga]比、[Zn]比としたとき、[In]比:[Ga]比:[Zn]比=0.32〜0.34:0.32〜0.34:0.32〜0.34の範囲に制御されている請求項1または2に記載の酸化物焼結体。
【請求項4】
相対密度90%以上、比抵抗0.1Ωcm以下である請求項1〜3のいずれかに記載の酸化物焼結体。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の酸化物焼結体を用いて得られるスパッタリングターゲットであって、相対密度90%以上、比抵抗0.1Ωcm以下であることを特徴とするスパッタリングターゲット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−144410(P2012−144410A)
【公開日】平成24年8月2日(2012.8.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−5978(P2011−5978)
【出願日】平成23年1月14日(2011.1.14)
【出願人】(000130259)株式会社コベルコ科研 (174)
【Fターム(参考)】