説明

酸化物超電導線材及びその製造方法

【課題】高磁界領域での異なる特性を有するReBCO超電導体の磁界特性を改良する。
【解決手段】2軸配向金属基板11上に、MOD法によるCeZrからなる第1の中間層12a及びPLD法によるCeOからなる第2の中間層12bを積層し、この上にTFA―MOD法による超電導層13を積層する。
超電導層13は、YBa1.5Cuからなる第1の超電導層13a、SmBa1.5Cuからなる第2の超電導層13b及びYBa2.0Cuからなる第3の超電導層13cを順次積層した膜厚1.1μmの3層構造を有し、この超電導線材10のJcは、自己磁界(77K)中で[3.46×10A/cm0T、3Tの外部磁界(B//c軸、77K)中で[0.83×10A/cm3Tの値を示す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超電導マグネット、超電導ケーブル、超電導エネルギー貯蔵装置、電動機や変圧器等の超電導電力機器等に有用な酸化物超電導線材に係り、特にMOD法に適した超電導線材及びその製造方法の改良に関する。
【背景技術】
【0002】
酸化物超電導体は、従来のNbSnやNbAl等の金属系超電導体と比較して臨界温度(Tc)が高く、送電ケーブル、変圧器、モーター、電力貯蔵システム等の超電導応用機器を液体窒素温度で運用できることから、その線材化の研究が精力的に行われている。
【0003】
酸化物超電導体を上記の分野に適用するためには、臨界電流密度(Jc)が高く、かつ高い臨界電流(Ic)値を有する長尺の線材を製造する必要があり、一方、長尺線材を得るためには、強度及び可撓性の観点から金属基体上に酸化物超電導体を形成する必要がある。また、従来の金属系超電導体と同等に実用レベルで使用可能とするためには、500A/cm(77K、自己磁界中)程度のIc値が必要である。
【0004】
酸化物超電導体のうち、ReBaCu(ここで、y=6.2〜7であり、Reは、Y、Yb、Tm、Er、Ho、Dy、Gd、Eu、Sm、Nd又はLaから選択された少なくとも1種以上の元素を示す。以下、ReBCOと称する。)酸化物超電導体は、磁場特性に優れていることから、次世代の超電導材料としてその線材化が期待されている。
【0005】
このReBCO酸化物超電導体の結晶系は斜方晶であり、x軸、y軸及びz軸の3辺の長さが異なり、単位胞の3つの角度も微妙に異なるために双晶を形成し易くBi系超電導体に比べてその線材化が困難であるという問題がある。また、ReBCO酸化物超電導体は、その結晶方位により超電導特性が変化することから、Jcを向上させるためには、その面内配向性を向上させることが必要であり、この面内配向性は下地となる中間層や配向金属基板の配向性及び表面平滑性に著しく影響を受ける。ReBCO酸化物超電導体の面内配向性を向上させるためには、酸化物超電導体をテープ状の基板上に形成する必要があり、このため、面内配向性の高い基板上に酸化物超電導体をエピタキシャル成長させる成膜プロセスが採用されている。
【0006】
この場合、Jcを向上させるためには、酸化物超電導体のc軸を基板の板面に垂直に配向させ、かつそのa軸(又はb軸)を基板面に平行に面内配向させて、超電導状態の量子的結合性を良好に保持する必要があり、このため、面内配向性の高い金属基板上に面内配向度と方位を向上させた中間層を1層又は複数層形成し、この中間層の結晶格子をテンプレートとして用いることによって、超電導層の結晶の面内配向度と方位を向上させることが行われており、更に超電導層の表面保護と電気的接触の向上及び過通電時の保護回路としての役割を担う銀等の安定化層を超電導層上に積層した構造が採用されている。
【0007】
現在、テープ状のReBCO酸化物超電導線材は種々の方法プロセスで製造されており、PLD(Pulsed Laser Deposition:パルスレーザー堆積)法、MOCVD(Metal Organic Chemical Vapor Deposition:有機金属化学気相蒸着)法やMOD(Metal Organic Deposition :金属有機酸塩堆積)法が知られている。
【0008】
この内、MOD法は、金属有機酸塩(又は有機金属化合物)を熱分解させるもので、超電導体を構成する金属成分を含む有機化合物が均一に溶解した溶液を基板上に塗布した後、熱分解及び結晶化熱処理を施すことにより基板上に薄膜を形成する方法であり、非真空プロセスであることから低コストで高速成膜が可能である上、高いJcが得られることから、長尺のテープ状酸化物超電導線材の製造に適する利点を有する。
【0009】
MOD法においては、出発原料である金属有機酸塩を熱分解させると通常アルカリ土類金属(Ba等)の炭酸塩が生成されるが、この炭酸塩を経由する固相反応による酸化物超電導体の形成には800℃以上の高温熱処理を必要とする。更に、厚膜化を行う際、結晶成長のための核生成が基板界面以外の部分からも生じるため結晶成長速度を制御することが難しく、結果として、面内配向性に優れた、即ち、高いJcを有する超電導膜を得ることが難しいという問題がある。
【0010】
MOD法における上記の問題を解決するために、炭酸塩を経由せずにReBCO超電導体を形成する方法として、フッ素を含む有機酸塩(例えば、TFA塩:トリフルオロ酢酸塩)を出発原料とし、水蒸気雰囲気中の水蒸気分圧の制御下で熱処理を行い、フッ化物の分解を経由して超電導体を得る方法が近年精力的に行われている(例えば、特許文献1及び2参照。)。
【0011】
このTFA塩を出発原料とするTFA―MOD法では、塗布膜の仮焼後に得られるフッ素を含むアモルファス前駆体と水蒸気との反応により、HFガスを発生しつつ超電導膜が成長する界面にHFに起因する液相を形成することにより基板界面から超電導体がエピタキシャル成長する。この場合、熱処理中の水蒸気分圧によりフッ化物の分解速度を制御できることから超電導体の結晶成長速度が制御でき、その結果、優れた面内配向性を有する超電導膜が製造できる。また、同法では比較的低温で基板上面から中間層を介してReBCO超電導体をエピタキシャル成長させることができる。
【0012】
以上のMOD法で製造されるYBaCu(以下、YBCOと称する。)超電導線材は、比較的に焼成温度が低く、焼成時に配向中間層としてよく知られたCeOとの反応によるBaCeOの発生が抑えられるため、TFA―MOD法によるYBCO超電導線材の検討が種々行われており、また、仮焼熱処理と超電導体生成の熱処理との間に超電導体生成の熱処理温度より低い温度で中間熱処理を施すことにより結晶化温度に至る前に仮焼での残存有機分あるいは剰余フッ化物を排出してクラック発生の防止に有効であることも知られている(例えば、特許文献3参照。)。
【0013】
従来、上記のTFA―MOD法では、Re:Ba:Cu=1:2:3のモル比からなる原料溶液、例えば、YBCO酸化物超電導体においては、厚膜化と高速仮焼プロセスを可能とするために、出発原料としてY及びBaのTFA塩を、またCuのナフテン酸塩をY:Ba:Cu=1:2:3のモル比で有機溶媒中に混合した溶液を用いることで仮焼プロセスにおけるHFガスの大量発生を抑制しているが、酸化物超電導体を生成するためには焼成温度が750℃以上で熱処理を施さなければならず、生成した酸化物超電導層と中間層とが反応して、界面にBaCeOを生成し、F元素を膜外に排出までに多くの時間を要する結果、この排出が不十分となりIc値が低下するという問題があった。さらに、超電導層の厚膜化に伴ってJcが低下し、予想される値よりも低いIc値しか得られないという問題もあった。
【0014】
特に、酸化物超電導体を生成するための焼成にバッチ式の熱処理炉を用いる方法を採用した場合には、仮焼膜を形成した長尺の線材をドラム上に巻回し、電気炉中で所定の熱処理パターンに従って熱処理が施されるが、同時に反応ガスが発生するために発生した有害ガス(例えば、YBCO超電導体製造時のHFガス)を効率よく炉外に排出する必要がある。即ち、ReBCO酸化物超電導体の熱処理は水蒸気雰囲気下で施され、仮焼膜中のBaFのFとHOとが反応してHFガスが発生し膜外に排出されるため、排出ガスが炉外に速やかに排出されないと仮焼膜の界面でHFガスの濃度勾配がなくなり反応が抑制される結果、結晶成長速度がHFガスの濃度に影響されることになる。
【0015】
上記のHFガスの発生による酸化物超電導層と中間層の反応を抑制し、高いIc値を有する酸化物超電導体を得るためにフッ素化合物を少なくすることが有効であり、また、超電導層の厚膜化に伴う超電導特性の低下を防止するためにもBa濃度を低減した原料溶液を用いることが有効である。
【0016】
即ち、超電導層の厚膜化に伴うJcの低下や予想される値よりも低いIc値が、酸化物超電導層と中間層の反応や厚膜化に伴うクラックの発生及び結晶粒界の電気的結合性の低下に起因することの知見に基づき、本出願人は、このようなHFガスの発生及び酸化物超電導層と中間層の反応を抑制するとともに、クラックの発生及び結晶粒界の電気的結合性の低下の原因を除去又は抑制することにより、高いJc及びIc値を有する厚膜のテープ状Re系超電導体を製造する方法を先に出願している(例えば、特許文献4参照。)。
【0017】
このときの知見に依れば、Baのモル比をその標準モル比より小さくすることにより、HFガスの発生及びBaの偏析が抑制され、結晶粒界でのBaべ一スの不純物の析出が抑制される結果、クラックの発生が抑制されるとともに、結晶粒間の電気的結合性が向上して通電電流によって定義されるJcが向上する。Baのモル比を低減することにより、磁束ピンニング点であるYCu、CuOやYが形成され、磁界特性が改善され、超電導層をTFA―MOD法により形成することにより、高速で均一な厚膜を有する超電導特性に優れたテープ状Re系超電導体を容易に製造可能とすることができる。
【0018】
例えば、Re:Ba:Cu=1:1.5:3のモル比で有機溶媒中に混合した溶液を用いることで結晶化熱処理温度が700℃以上で可能となり、膜厚1.5μmのYBa1.5Cu超電導体で結晶化熱処理温度が750℃において340A/cmのIc値が得られている。
【0019】
しかしながら、TFA―MOD法により製造したYBCO超電導線材は、溶液の組成を制御することにより、超電導体の粒界特性及び結晶性が改善され、自己磁界Jc、即ち、77K、0T(テスラ)におけるJcが向上することが確認されているが、外部磁界の増加とともにJcは低下する。一方、Yに代えてGd又はSmを用いたGdBCO及びSmBCO超電導線材は、YBCOより磁界中でのJcが比較的に大きいが、YBCO超電導体に比べて超電導層形成時の反応温度が高く、CeOとの反応が非常に大きくなり、ReBCOとCeOとの反応によりBaCeO層を非常に厚く形成してしまうという難点がある。
【0020】
例えば、TFA―MOD法による超電導膜のJcは、YBCO超電導体の場合、外部磁界B(B//c軸、77K)が0Tで7MA/cm程度の高い値を有するが、約8Tでは1000A/cm程度の値まで低下する。一方、GdBCO超電導体の場合、外部磁界B(B//c軸、77K)が0Tで2.9MA/cmとYBCOに比べて低いが、約8Tでは10000A/cm程度の値を有する。さらにReBCO超電導体のJcの外部磁界依存性は、Re元素の種類により変動し、例えば、バルク体において、YBCO超電導体の場合には外部磁界の増加とともにJc値は低下するが、GdBCO、SmBCO及びNdBCO超電導体の場合には外部磁界の増加とともにJcが増大するピーク値が存在し、例えば、外部磁界が1〜5T程度の範囲ではYBCO超電導体よりも高いJc値を有することが知られている。
【0021】
【特許文献1】再表2004−100182号
【特許文献2】特開2004−171841号
【特許文献3】特開2007−165153号
【特許文献4】特開2008−050190号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0022】
以上のように、ReBCO超電導体が大きな磁界依存性を有するため、自己磁界での高いJcを有するReBCO超電導体の特性が、高磁界領域で十分に発揮されないという問題があり、また、特定範囲の磁界領域以外では高いJcを期待できないという問題があった。このため、高磁界領域で一定以上のIc値を得るためには、厚膜化によるIc値の向上や超電導膜中にピンニング点を導入する必要があった。
【0023】
本発明は、以上の問題を解決するためになされたもので、高磁界領域での異なる特性を有するReBCO超電導体の磁界特性を改良した超電導特性に優れた酸化物超電導線材及びその製造方法を提供することをその目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0024】
上記の問題を解決するために、本発明による酸化物超電導線材は、基板上に1層又は2層以上の中間層を介して酸化物超電導層を形成した酸化物超電導線材において、酸化物超電導層は、ReBaCu(Reは、Y、Yb、Tm、Er、Ho、Dy、Gd、Eu、Sm、Nd又はLaから選択された少なくとも1種以上の元素を示し、x≦2及びy=6.2〜7である。以下同じ。)超電導体からなる超電導層の複数を積層した積層体により形成され、隣接する各超電導層を構成するRe元素の種類及び/又は組成を異なるようにしたものである。
【0025】
上記の酸化物超電導層は、中間層上に形成されたYBaCu超電導体からなる超電導層を有するか、あるいは中間層上に形成されたReBaCu超電導体のRe元素中に少なくともYを含む超電導層を有することが好ましい。この場合にはYBaCu超電導体の特性を維持するとともに、その高磁界特性を改善することができる。
【0026】
また、ReBaCuO超電導体中のBa元素のモル比は、1.3≦x≦2.0の範囲内、特に、1.3≦x≦1.8の範囲内であることが好ましい。Baのモル比が2.0を超えるに従って超電導特性が低下し、同様にBaのモル比が1.3未満より少なくなるに従って超電導特性が低下するためである。この場合、Ba元素のモル比を1.3≦x≦1.8の範囲内で変化させることにより、上述したHFガスの発生及びBaの偏析が抑制されて結晶粒界でのBaべ一スの不純物の析出が抑制される結果、クラックの発生が抑制されるとともに、結晶粒間の電気的結合性が改善されてJcを向上させることができ、同時にBaのモル比を低減することにより、磁束ピンニング点であるYCu、CuOやYが形成される結果、磁界特性が改善される。以上のBaのモル比の低減効果は、本出願人による上記の特許文献4により明らかにされている。
【0027】
さらに、以上の発明において、酸化物超電導層の厚膜化と高速仮焼プロセスを可能とするために、酸化物超電導層は、MOD法により、特に、TFA塩を出発原料とするTFA―MOD法により形成されていることが好ましい。
【0028】
以上述べた本発明による酸化物超電導線材は、基板上に1層又は2層以上の中間層を介してReBaCu超電導体の原料溶液をMOD法により塗布後、熱処理を施す工程を繰り返して複数の仮焼膜を形成した後、結晶化熱処理を施すことにより酸化物超電導線材を製造する方法において、各仮焼膜を構成するRe元素の種類及び/又は組成を少なくとも一部の仮焼膜において異なるようにすることにより製造することができ、特に、仮焼膜をTFA―MOD法により形成することが好ましい。このRe元素の種類及び/又は組成が異なる一部の仮焼膜及び他の仮焼膜の膜数については特に限定されない。最終的な結晶化熱処理後に、隣接する各超電導層を構成するRe元素の種類及び/又は組成が異なるように構成されればよい。
【0029】
この場合、中間層上の仮焼膜は、YBaCu超電導体の前駆体又は、Re元素中に少なくともYを含むReBaCu超電導体の前駆体により形成することが好ましい。
【0030】
以上の酸化物超電導線材の製造において、結晶化熱処理は、Ptotal=1〜760Torrの圧力、PH2O=1〜7.5%の水蒸気分圧及びTmax=700〜800°Cの最大温度の範囲内で施される。
【0031】
本発明における基板としては、ハステロイ(登録商標)、ステンレス等の耐熱性の高い無配向金属、Ni又はこれに1種以上の元素(W、Mo、Cr、Fe、Cu、V、Sn又はZn)を9at%以下で添加したNi基合金あるいはCu又はこれに1種以上の元素を添加したCu基合金を冷間圧延加工後、所定の温度で配向熱処理を施して製造した2軸配向金属基板を用いることができ、また、配向金属の領域は中間層に接する側のみでよいため、配向金属基板とステンレス等の無配向金属基板を張り合わせた2層又は多層構造の金属基板を用いることもできる。いずれにしても金属基板上に2軸配向した中間層が形成されていればよい。
【0032】
また、多結晶基板上に中間層を形成した複合基板として、IBAD(Ion Beam Assisted Deposition)法により製造した複合基板を用いることもできる。
【0033】
このIBAD複合基板は、ハステロイ(登録商標)C276等からなる非磁性で高強度のテープ状Ni系多結晶基板上に、YSZやGdZrをレーザ蒸着法(PLD法)により堆積し、この中間層の上にCeO中間層をPLD法で形成したものである。IBAD法においては、基板面の法線に対して一定の角度方向からイオンビームを照射しつつ蒸着することにより、多結晶基板上に結晶粒径が微細で緻密に配向した中間層を形成することが可能となり、この高配向性の中間層の形成により、超電導層を構成する元素との反応を抑制することができる利点を有する(例えば、特開平4−329867号及び特開平4−331795号参照)。
【発明の効果】
【0034】
本発明によれば、基板上の中間層を介して積層したReBaCu超電導体の隣接する各超電導層を構成するRe元素の種類及び/又は組成を異なるようにしたことにより、高磁界領域での異なる特性を有するReBCO超電導体の磁界特性を改良することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0035】
図3は、本発明の酸化物超電導線材の軸方向に垂直な断面を示したもので、酸化物超電導線材30は、Ni―W合金等からなる基板31上に、中間層32及び超電導層33を順次積層した構造を有する。中間層32は、例えば、Ce―Zr―O酸化物からなる第1中間層及びCeO酸化物からなる第2中間層を順次積層した2層構造を有し、基板31上に中間層32を形成した複合基板は、例えば、上述のMOD法やPLD法により形成される。一例を挙げれば、Ni―W合金基板上に、第1中間層としてCeZrをMOD法により堆積し、この上に第2中間層としてCeOをPLD法で蒸着することにより形成される。この基板に代えて、ハステロイ(登録商標)C276等の非磁性で高強度のテープ状Ni系多結晶基板を用いることもできる。
【0036】
一方、超電導層33は、(Re-1)Bax1Cuからなる第1の超電導層33a、(Re-2)Bax2Cuからなる第2の超電導層33b及び(Re-3)Bax3Cuからなる第3の超電導層33cからなる3層構造を有しており、ここで(Re-1)、(Re-2)及び(Re-3)は、Y、Yb、Tm、Er、Ho、Dy、Gd、Eu、Sm、Nd又はLaから選択された少なくとも1種以上の元素を示し、それぞれRe元素の種類及び/又は組成を異ならせたものである。即ち、(Re-1)、(Re-2)及び(Re-3)は、例えば、それぞれY、Sm及びNdにより構成するか、Y、(Y+Sm)及び(Y+Nd)により構成し、あるいは(Re-1)、(Re-2)及び(Re-3)元素を1以上の同一のRe元素により構成しその組成を異ならせたものである。上記の第1、第2及び第3の超電導層33a、33b及び33cにおいて、Baのモル比x1、x2及びx3は、上述のように、1.3≦x≦2.0の範囲内、特に、1.3≦x≦1.8の範囲内において選択され、同一モル比であっても異なるモル比であってもよい。さらに、上記の第1、第2及び第3の超電導層33a、33b及び33cは、それぞれ最終的に超電導層を形成する単一又は複数の仮焼膜を形成した後に結晶化熱処理を施すことにより形成される。
【0037】
図4は、他の本発明の酸化物超電導線材の軸方向に垂直な断面を示したもので、同図において図3と同一部分は同符号で示してあり、(Re-1)及び(Re-2)並びにx1及びx2は図3と同様の意味において使用されている。
【0038】
図4(a)において、酸化物超電導線材40は、基板31上に、中間層32及び超電導層43を順次積層した構造を有し、超電導層43は、(Re-1)Bax1Cuからなる第1の超電導層43a及び(Re-2)Bax2Cuからなる第2の超電導層43bからなる2層構造を有する。
【0039】
また、図4(b)において、酸化物超電導線材50は、基板31上に、中間層32及び超電導層53を順次積層した構造を有し、超電導層53は、(Re-1)Bax1Cuからなる第1の超電導層53a及び(Re-2)Bax2Cuからなる第2の超電導層53bからなる2層構造の上に第1の超電導層と同一組成の第3の超電導層53cを積層した3層構造を有する。この場合、第1及び第2の超電導層のBaモル比を異ならせることもできる。
【0040】
さらに、図4(c)において、酸化物超電導線材60は、基板31上に、中間層32及び超電導層63を順次積層した構造を有し、超電導層63は、(Re-1)Bax1Cuからなる第1の超電導層63a及び(Re-2)Bax2Cuからなる第2の超電導層63bを2層構造に積層した超電導層の上に、さらに同一の2層構造の超電導層、即ち、(Re-1)Bax1Cuからなる第3の超電導層63c及び(Re-2)Bax2Cuからなる第4の超電導層63dを積層した4層構造を有する。この場合、第1及び第3の超電導層及び/又は第2及び第4の超電導層のBaモル比を異ならせることもできる。
【0041】
以下、本発明の実施例について説明する。
【実施例】
【0042】
実施例1
図1に示すように、2軸配向金属基板11上に、中間層12を堆積した複合基板を用い、この複合基板の上に超電導層13を積層して酸化物超電導線材10を製造した。
【0043】
中間層12は、MOD法によりCeZrからなる第1の中間層12aを堆積し、この中間層の上にPLD法によりCeOからなる第2の中間層12bを蒸着したもので、面内配向度はΔφ=9deg.であった。
【0044】
超電導層13は、TFA―MOD法を用いて複合基板上に積層したもので、YBa1.5Cuからなる第1の超電導層13a、SmBa1.5Cuからなる第2の超電導層13b及びYBa2.0Cuからなる第3の超電導層13cを順次積層した3層構造を有する。
【0045】
上記の超電導層13は、以下の方法により形成した。まず、Y―TFA塩、Ba―TFA塩及びCuのナフテン酸塩をY:Ba:Cuのモル比が1:1.5:3となるように2―オクタノン中に混合した混合溶液をディップコーティング法を用いて複合基板上に塗布し、水蒸気モル分率2.0%、760Torrの酸素ガス雰囲気中で最高加熱温度380℃に加熱した後、常温まで炉冷して仮焼膜を形成し、この工程を繰り返して第1の超電導層の仮焼膜を複数層形成した。この仮焼膜上にSm―TFA塩、Ba―TFA塩及びCuのナフテン酸塩をSm:Ba:Cuのモル比が1:1.5:3となるように2―オクタノン中に混合した混合溶液を用いて上記と同様の方法により第2の超電導層の仮焼膜を複数層形成した後、Y―TFA塩、Ba―TFA塩及びCuのナフテン酸塩をY:Ba:Cuのモル比が1:2:3となるように2―オクタノン中に混合した混合溶液を用いて上記と同様の方法により第3の超電導層の仮焼膜を複数層形成した。
【0046】
以上のようにして第1、第2及び第3の超電導層の仮焼膜を形成した後、水蒸気分圧7.5%未満、炉内圧力760Torr未満の酸素−アルゴンガス雰囲気中で最高加熱温度700~780℃の焼成条件で結晶化熱処理、即ち、超電導体生成の熱処理を施して3層構造の超電導層13を形成した。
【0047】
以上のようにして製造した超電導層の膜厚は1.1μmであった。この超電導線材10のJcを測定した結果、自己磁界(77K)中で[3.46×100TA/cm、3Tの外部磁界(B//c軸、77K)中で[0.83×103TA/cmの値を示した。
【0048】
実施例2
Sm―TFA塩に代えてNd―TFA塩を用いた他は、実施例1と同様にして、複合基板上にYBa1.5Cuからなる第1の超電導層、NdBa1.5Cuからなる第2の超電導層及びYBa2.0Cuからなる第3の超電導層を積層した超電導線材を製造した。
【0049】
以上のようにして製造した超電導層の膜厚は1.1μmであった。この超電導線材のJcを測定した結果、自己磁界(77K)中で[3.31×100TA/cm、3Tの外部磁界(B//c軸、77K)中で[1.33×103TA/cmの値を示した。
【0050】
実施例3
図1と同一部分は同符号で示した図2において、Y―TFA塩、Ba―TFA塩及びCuのナフテン酸塩をY:Ba:Cuのモル比が1:1.5:3となるように混合した混合溶液を用いて複合基板上に第1の超電導層の仮焼膜、Nd―TFA塩、Ba―TFA塩及びCuのナフテン酸塩をNd:Ba:Cuのモル比が1:1.5:3となるように混合した混合溶液を用いて第1の超電導層の仮焼膜上に形成した第2の超電導層の仮焼膜、Y―TFA塩、Ba―TFA塩及びCuのナフテン酸塩をY:Ba:Cuのモル比が1:2:3となるように混合した混合溶液を用いて第2の超電導層の仮焼膜上に形成した第3の超電導層の仮焼膜及びNd―TFA塩、Ba―TFA塩及びCuのナフテン酸塩をNd:Ba:Cuのモル比が1:2:3となるように混合した混合溶液を用いて第3の超電導層の仮焼膜上に形成した第4の超電導層の仮焼膜を順次形成した他は実施例1と同様にして、複合基板上にYBa1.5Cuからなる第1の超電導層23a、NdBa1.5Cuからなる第2の超電導層23b、YBa2.0Cuからなる第3の超電導層23c及びNdBa2.0Cuからなる第4の超電導層23dを積層した酸化物超電導線材20を製造した。
【0051】
以上のようにして製造した超電導層の膜厚は1.1μmであった。この超電導線材20のJcを測定した結果、自己磁界(77K)中で[2.90×100TA/cm、3Tの外部磁界(B//c軸、77K)中で[1.75×103TA/cmの値を示した。
【0052】
比較例1
Y―TFA塩、Ba―TFA塩及びCuのナフテン酸塩をY:Ba:Cuのモル比が1:2:3となるように2―オクタノン中に混合した混合溶液のみを用い、他は実施例1と同様にして複合基板上にYBa2.0Cuからなる超電導層を形成して超電導線材を製造した。
【0053】
以上のようにして製造した超電導層の膜厚は1.1μmであった。この超電導線材のJcを測定した結果、自己磁界(77K)中で[114×100TA/cm、3Tの外部磁界(B//c軸、77K)中で[0.50×103TA/cmの値を示した。
【0054】
比較例2
Sm―TFA塩、Ba―TFA塩及びCuのナフテン酸塩をSm:Ba:Cuのモル比が1:2:3となるように2―オクタノン中に混合した混合溶液のみを用い、他は実施例1と同様にして複合基板上にSmBa2.0Cuからなる超電導層を形成して超電導線材を製造した。
【0055】
以上のようにして製造した超電導層の膜厚は1.1μmであった。この超電導線材のJcを測定した結果、自己磁界(77K)中で[2.10×100TA/cm、3Tの外部磁界(B//c軸、77K)中で[1.50×103TA/cmの値を示した。
【0056】
比較例3
Nd―TFA塩、Ba―TFA塩及びCuのナフテン酸塩をNd:Ba:Cuのモル比が1:2:3となるように2―オクタノン中に混合した混合溶液のみを用い、他は実施例1と同様にして複合基板上にNdBa2.0Cuからなる超電導層を形成して超電導線材を製造した。
【0057】
以上のようにして製造した超電導層の膜厚は1.1μmであった。この超電導線材のJcを測定した結果、自己磁界(77K)中で[1.65×100TA/cm、3Tの外部磁界(B//c軸、77K)中で[4.00×103TA/cmの値を示した。
【0058】
以上の実施例及び比較例の結果から明らかなように、自己磁界中でのYBCO超電導体の高いJcが外部磁界の増加とともに急激に低下する大きな磁界依存性(比較例1)が、高外部磁界中で高いJcを有するSm系又はNd系のRe系超電導体と積層することにより(実施例1乃至3)著しく改善される。
【0059】
また、自己磁界中でYBCO超電導体より低いJcを有するSmBCOやNdBCO(比較例2及び3)のJcが、自己磁界中で高いJcを有するYBCO超電導体と積層することにより(実施例1乃至3)著しく改善される。
【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明によれば、非真空で低コストプロセスであるTFA―MOD法に適した酸化物超電導線材の磁界依存性を向上させることができるため、超電導マグネット、超電導変圧器、超電導電力貯蔵装置等の超電導機器への応用が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】本発明のReBaCu酸化物超電導層を有する酸化物超電導線材の一具体例を示す軸方向に垂直な断面図である。
【図2】本発明のReBaCu酸化物超電導層を有する酸化物超電導線材の他の具体例を示す軸方向に垂直な断面図である。
【図3】本発明のReBaCu酸化物超電導層を有する酸化物超電導線材の一実施例を示す軸方向に垂直な断面図である。
【図4】本発明のReBaCu酸化物超電導層を有する酸化物超電導線材の他の実施例を示す軸方向に垂直な断面図である。
【符号の説明】
【0062】
10、20 酸化物超電導線材
11 配向金属基板
12 中間層
12a 第1の中間層
12b 第2の中間層
13 超電導層
13a、23a 第1の超電導層
13b、23b 第2の超電導層
13c、23c 第3の超電導層13c
23d 第4の超電導層
30、40、50、60 酸化物超電導線材
31 基板
32 中間層
33、43、53、63 超電導層
33a、43a、53a、63a 第1の超電導層
33b、43b、53b、63b 第2の超電導層
33c 第3の超電導層
53c、63c 第3の超電導層
63d 第4の超電導層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上に1層又は2層以上の中間層を介して酸化物超電導層を形成した酸化物超電導線材において、前記酸化物超電導層は、ReBaCu(Reは、Y、Yb、Tm、Er、Ho、Dy、Gd、Eu、Sm、Nd又はLaから選択された少なくとも1種以上の元素を示し、x≦2及びy=6.2〜7である。以下同じ。)超電導体からなる超電導層の複数を積層した積層体により形成され、隣接する前記各超電導層を構成するRe元素の種類及び/又は組成を異なるようにしたことを特徴とする酸化物超電導線材。
【請求項2】
酸化物超電導層は、中間層上に形成されたReBaCu超電導体のRe元素中に少なくともYを含む超電導層を有することを特徴とする請求項1記載の酸化物超電導線材。
【請求項3】
酸化物超電導層は、中間層上に形成されたYBaCu超電導体からなる超電導層を有することを特徴とする請求項1記載の酸化物超電導線材。
【請求項4】
Ba元素のモル比は、1.3≦x≦2.0の範囲内であることを特徴とする請求項1乃至3いずれか1項記載の酸化物超電導線材。
【請求項5】
Ba元素のモル比は、1.3≦x≦1.8の範囲内であることを特徴とする請求項4記載の酸化物超電導線材。
【請求項6】
酸化物超電導層は、金属有機酸塩堆積法(MOD法)により形成されていることを特徴とする請求項1乃至5いずれか1項記載の酸化物超電導線材。
【請求項7】
酸化物超電導層は、TFA塩(トリフルオロ酢酸塩)を出発原料とするTFA―MOD法により形成されていることを特徴とする請求項6記載の酸化物超電導線材。
【請求項8】
基板上に1層又は2層以上の中間層を介してReBaCu超電導体の原料溶液をMOD法により塗布後、熱処理を施す工程を繰り返して複数の仮焼膜を形成した後、結晶化熱処理を施すことにより酸化物超電導線材を製造する方法において、前記各仮焼膜を構成するRe元素の種類及び/又は組成を少なくとも一部の仮焼膜において異なるようにしたことを特徴とする酸化物超電導線材の製造方法。
【請求項9】
中間層上の仮焼膜は、Re元素中に少なくともYを含むReBaCu超電導体の前駆体よりなることを特徴とする請求項8記載の酸化物超電導線材の製造方法。
【請求項10】
中間層上の仮焼膜は、YBaCu超電導体の前駆体よりなることを特徴とする請求項8記載の酸化物超電導線材の製造方法。
【請求項11】
Ba元素のモル比は、1.3≦x≦2.0の範囲内であることを特徴とする請求項8乃至10いずれか1項記載の酸化物超電導線材の製造方法。
【請求項12】
Ba元素のモル比は、1.3≦x≦1.8の範囲内であることを特徴とする請求項11記載の酸化物超電導線材の製造方法。
【請求項13】
複数の仮焼膜は、TFA塩を出発原料とするTFA―MOD法により形成されることを特徴とする請求項8乃至12いずれか1項記載の酸化物超電導線材の製造方法。
【請求項14】
結晶化熱処理は、Ptotal=1〜760Torrの圧力、PH2O=1〜7.5%の水蒸気分圧及びTmax=700〜800°Cの最大温度の範囲内で施されることを特徴とする請求項8乃至13いずれか1項記載の酸化物超電導線材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−86666(P2010−86666A)
【公開日】平成22年4月15日(2010.4.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−251135(P2008−251135)
【出願日】平成20年9月29日(2008.9.29)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成19年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「超電導応用基盤技術研究開発」に関する委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受けるもの)
【出願人】(391004481)財団法人国際超電導産業技術研究センター (144)
【出願人】(306013120)昭和電線ケーブルシステム株式会社 (218)
【Fターム(参考)】