説明

酸化物超電導薄膜の製造方法

【課題】MOD溶液の塗膜を仮焼する際に、表面に発生する荒れが抑制された仮焼膜を形成して、その後の本焼により充分に高いJcやIcを有する酸化物超電導薄膜を作製することができる酸化物超電導薄膜の製造方法を提供する。
【解決手段】超電導線材の製造に用いる酸化物超電導薄膜を、金属有機化合物を原料とし、塗布熱分解法により製造する酸化物超電導薄膜の製造方法であって、基板上に金属有機化合物の溶液を塗布して塗膜を作製する塗膜作製工程と、塗膜の金属有機化合物に含有される有機成分を熱分解、除去して、仮焼膜を作製する仮焼熱処理工程と、仮焼膜を結晶化させて、酸化物超電導薄膜を作製する本焼熱処理工程とを備えており、仮焼熱処理工程において、仮焼熱処理温度に至るまでの昇温を大気圧より低い圧力雰囲気下で行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化物超電導薄膜の製造方法に関し、詳しくは、超電導線材の製造に用いられる臨界電流値の高い酸化物超電導薄膜の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
酸化物超電導薄膜を用いた超電導線材の一層の普及のため、臨界電流密度Jcや臨界電流値Icをより高めた酸化物超電導薄膜の製造の研究が行われている。
【0003】
このような酸化物超電導薄膜の製造方法の1つに、塗布熱分解法(Metal Organic Deposition、略称:MOD法)と言われる方法がある(特許文献1)。
【0004】
この方法は、RE(希土類元素)、Ba(バリウム)、Cu(銅)の各金属有機化合物を溶媒に溶解して製造された原料溶液(以下、「MOD溶液」とも言う)を基板に塗布した後、金属有機化合物を例えば500℃付近で熱処理(仮焼)し、含有する有機成分を熱分解させて除去して、酸化物超電導薄膜の前駆体である仮焼膜を形成し、得られた仮焼膜をさらに高温(例えば、750〜800℃)で熱処理(本焼)することにより結晶化を行って酸化物超電導薄膜を製造するものであり、主に真空中で製造される気相法(スパッタ法、パルスレーザ蒸着法等)に比較して製造設備が簡単で済み、また大面積や複雑な形状への対応が容易である等の特徴を有しているため、広く用いられている。
【0005】
また、MOD法を用いて、厚膜でIcが高い酸化物超電導薄膜を製造する方法としては、MOD溶液の塗布と仮焼を繰り返し行って仮焼膜を積層、即ち多層化して厚膜の仮焼膜とした後、本焼する方法が一般的に採られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2007−165153号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、従来のMOD法による酸化物超電導薄膜の製造においては、仮焼膜の表面に大きな荒れが発生する場合があった。表面に大きな荒れが発生した仮焼膜に対して本焼を行っても、結晶化が阻害されて、充分に高いJcやIcを有する酸化物超電導薄膜を作製することができない。
【0008】
また、表面に大きな荒れが発生した仮焼膜を多層化した場合、多層化するにつれて表面の荒れがさらに大きくなる。このため、高いIcを有する酸化物超電導薄膜を作製することができない。
【0009】
そこで本発明は、MOD溶液の塗膜を仮焼する際に、表面に発生する荒れが抑制された仮焼膜を形成して、その後の本焼により充分に高いJcやIcを有する酸化物超電導薄膜を作製することができる酸化物超電導薄膜の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、鋭意研究の結果、以下の各請求項に示す発明により、上記課題が解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
請求項1に記載の発明は、
超電導線材の製造に用いる酸化物超電導薄膜を、金属有機化合物を原料とし、塗布熱分解法により製造する酸化物超電導薄膜の製造方法であって、
基板上に前記金属有機化合物の溶液を塗布して塗膜を作製する塗膜作製工程と、
前記塗膜の前記金属有機化合物に含有される有機成分を熱分解、除去して、仮焼膜を作製する仮焼熱処理工程と、
前記仮焼膜を結晶化させて、酸化物超電導薄膜を作製する本焼熱処理工程とを備えており、
前記仮焼熱処理工程において、仮焼熱処理温度に至るまでの昇温を、大気圧より低い圧力雰囲気下で行う
ことを特徴とする酸化物超電導薄膜の製造方法である。
【0012】
本発明者は、従来のMOD法において、仮焼膜の表面に大きな荒れが発生する場合の原因を調べるために種々の実験と検討を行った。その結果、仮焼熱処理工程において仮焼熱処理温度まで昇温する際、塗膜の内部に、有機成分の熱分解生成物であるCOガスや溶剤の蒸気等の気体が発生して発泡し、この発泡により生じた空洞(気泡)が発泡痕として仮焼膜中に残ることが原因であることが分かった。
【0013】
即ち、従来のMOD法では、仮焼熱処理に際して、仮焼熱処理温度までの昇温を大気圧雰囲気下で行っているため、塗膜の内部に発生したこれらの気体が塗膜から抜け出る速さが遅い。
【0014】
そして、昇温時には塗膜は表面側から固まっていくため、表面側が固まるまでに抜け出ることができなかった気体は、塗膜に空洞を生じさせる。この空洞が発泡痕として残って、仮焼膜の表面に荒れを発生させる。そして、この発泡痕は、本焼熱処理工程において酸化物超電導薄膜の結晶成長を阻害するため、充分に高いJcやIcが得ることができない。
【0015】
本請求項の発明においては、仮焼熱処理温度に至るまでの昇温を、大気圧より低い圧力雰囲気(以下、「減圧雰囲気」と言う)下で行っているため、昇温時に塗膜内部に発生した気体は、塗膜から素早く抜け出ることができる。このため、塗膜に空洞が生じて発泡痕として残ることが抑制され、仮焼膜の表面における荒れの発生が抑制される。
【0016】
この結果、本焼熱処理工程において結晶成長が阻害されることが抑制され、結晶が充分に成長するため、充分に高いJcやIcを有する酸化物超電導薄膜を製造することができる。また、仮焼膜の表面の荒れが抑制されているため、多層化しても表面に大きな荒れが発生することが抑制され、本焼熱処理工程において高いIcを有する酸化物超電導薄膜を製造することができる。
【0017】
なお、本請求項の発明における減圧雰囲気としては低いほど好ましく、具体的には0.5気圧以下が好ましい。0.1気圧以下であるとさらに好ましい。ただし、減圧しすぎると酸素が不足するため、その場合は酸素濃度を上げることが好ましい。また、昇温のスピードは1℃/分以下にすることが好ましい。
【0018】
請求項2に記載の発明は、
前記仮焼熱処理工程が、
前記塗膜を大気圧より低い圧力雰囲気下で仮焼熱処理温度まで昇温した後、
1気圧以上の雰囲気下で、前記仮焼熱処理温度に所定時間保持し、
その後降温する
工程であることを特徴とする請求項1に記載の酸化物超電導薄膜の製造方法である。
【0019】
前記したように、減圧雰囲気下で仮焼熱処理温度まで昇温することにより、昇温時に塗膜内部に発生した気体が空洞を生じさせ、発泡痕として残ることが抑制されるが、少量の空洞は残っている。本請求項の発明においては、仮焼熱処理温度まで昇温された時点で、雰囲気を大気圧より低い圧力雰囲気から1気圧以上の雰囲気に切り替え、昇温時に比べ加圧雰囲気下で仮焼熱処理温度に保持しているため、雰囲気の切り替え時に塗膜から抜け出さずに残っていた少量の空洞は、圧縮されて微小な空洞となる。この結果、実質的に発泡痕がない状態に近い仮焼膜となり、表面の荒れを一層抑制することができる。
【0020】
なお、本請求項の発明において、仮焼熱処理温度に保持する雰囲気圧力としては、10気圧以上であることが好ましい。また、その後の降温過程における雰囲気圧力としては、仮焼熱処理温度に保持する雰囲気圧力を維持することが好ましい。
【0021】
請求項3に記載の発明は、
前記の塗膜作製工程と仮焼熱処理工程のプロセスを繰り返し行うことを特徴とする請求項1または請求項2に記載の酸化物超電導薄膜の製造方法である。
【0022】
本請求項の発明においては、塗膜作製工程と仮焼熱処理工程のプロセスにおいて、表面の荒れが抑制された仮焼膜を作製しているため、このプロセスを繰り返して仮焼膜を多層化しても、表面の荒れが抑制された厚膜の仮焼膜を作製することができる。このため、本焼熱処理工程において、結晶成長の阻害が抑制され、高いIcを有する酸化物超電導薄膜を作製することができる。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、MOD溶液の塗膜を仮焼する際に、表面に発生する荒れが抑制された仮焼膜を形成して、その後の本焼により充分に高いJcやIcを有する酸化物超電導薄膜を作製することができる。そして、表面に発生する荒れが抑制された仮焼膜は、多層化しても表面に荒れが発生しないため、高いIcを有する酸化物超電導薄膜を作製することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明の一実施例の酸化物超電導薄膜の製造方法における仮焼熱処理の温度と雰囲気圧力を示す図である。
【図2】比較例の酸化物超電導薄膜の製造方法における仮焼熱処理の温度と雰囲気圧力を示す図である。
【図3】比較例の仮焼熱処理工程における昇温時の仮焼サンプルの断面を模式的に示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明を実施の形態に基づいて説明する。
【0026】
[1]実施例
本実施例は、MOD法によりYBCO(YBaCu7−δ)からなる超電導薄膜を作製した例である。
【0027】
1.仮焼膜の作製
(1)MOD溶液の作製
Y、Ba、Cuの各々のアセチルアセトナート塩から出発してY:Ba:Cu=1:2:3の比率で合成し、アルコールを溶媒としたMOD溶液を準備した。なお、MOD溶液のY3+、Ba2+、Cu2+を合わせた総カチオン濃度を1mol/Lとした。
【0028】
(2)塗布
次に、2cm角のYSZ単結晶の上にCeOをエピタキシャルに成長させた基板を準備し、前記MOD溶液をスピンコート法で基板上に塗布して厚さ10μmの塗膜を形成した。
【0029】
(3)仮焼熱処理
次に、雰囲気炉を用いて、図1に示す手順により、形成した塗膜の仮焼熱処理を行い、実施例1〜3の仮焼膜を作製した。図1は本実施例の酸化物超電導薄膜の製造方法における仮焼熱処理の温度および雰囲気圧力と時間との関係を示す図である。なお、図1において、(A)は温度と時間の関係を示し、および(1)〜(3)は、雰囲気圧力と時間の関係を示している。
【0030】
イ.昇温
まず、作製した塗膜を0.1気圧の空気雰囲気下、500℃まで約8℃/分で60分間かけて昇温した。
【0031】
ロ.保持−降温
次に、雰囲気圧力を、図1に示す(1)0.1気圧、(2)1気圧、(3)2気圧に切り替え、そのまま500℃で120分間保持した。その後、60分間かけて200℃まで降温し、実施例1〜3の仮焼膜を作製した。
【0032】
2.仮焼膜の観察
光学顕微鏡を装備したカメラを用いて、仮焼熱処理工程における塗膜の発泡の状況をリアルタイムで観察した。また、作製した仮焼膜の発泡痕の数を測定し、500μm□当りの発泡痕の数を求めた。結果を表1に示す。
【0033】
3.YBCO超電導薄膜の作製
(1)本焼熱処理
実施例1〜3の仮焼膜を、酸素濃度100ppmのアルゴン/酸素混合ガス雰囲気下で770℃まで10℃/分で昇温後、そのまま60分間保持して本焼熱処理を実施した。本焼熱処理終了後、520℃まで約3時間で降温した時点でガス雰囲気を酸素濃度100%ガスに切り替えて、さらに約5時間かけて室温まで炉冷し、YBCO薄膜超電導材を作製した。
【0034】
(2)YBCO薄膜の超電導特性の測定
作製したYBCO超電導線材の超電導特性(Jc、Ic)を、77K、自己磁場下において測定した。測定結果を表1に示す。
【0035】
[2]比較例
1.仮焼膜の作製
図2は、比較例の酸化物超電導薄膜の製造方法における仮焼熱処理の温度と雰囲気圧力を示す図である。昇温時の雰囲気圧力を1気圧としたこと以外は、実施例2と同じ方法、即ち図2の(4)に示すように昇温時、保持−降温時の雰囲気圧力を全て1気圧で、比較例1の仮焼膜を作製した。
【0036】
また、昇温時の雰囲気圧力を1気圧としたこと以外は、実施例1と同じ方法、即ち図2の(5)に示すように昇温時の雰囲気圧力を1気圧とし、保持−降温時の雰囲気圧力を0.1気圧として、比較例2の仮焼膜を作製した。
【0037】
2.仮焼膜の観察
実施例と同じ方法で仮焼熱処理工程における塗膜の発泡の状況をリアルタイムで観察した。また、作製した仮焼膜の発泡痕の数を測定し、500μm□当りの発泡痕の数を求めた。結果を表1に示す。
【0038】
図3に、比較例の仮焼熱処理工程における昇温時の仮焼サンプルの断面を模式的に示す。なお、図3において、1は仮焼サンプルであり、2は基板であり、3は塗膜であり、4は塗膜3の内部に発生した直径が約5μmの気泡である。比較例の場合、昇温時に塗膜3の内部に発生した気泡4は、塗膜3から抜け出ることができず取り残されて空洞を生じさせ、表面に大きな荒れが発生した仮焼膜が形成される。
【0039】
3.YBCO超電導薄膜の作製および超電導特性の測定
実施例と同じ方法でYBCO薄膜を作製し、同様に超電導特性を測定した。測定結果を表1に示す。
【0040】
【表1】

【0041】
表1より、実施例1〜3の発泡痕数は、比較例1、2に比べて少なく、実施例の場合、仮焼熱処理工程の昇温時に発生した発泡が空洞として残ることが抑制されていることが分かる。そして、昇温後に雰囲気圧力を1気圧以上に切り替えた場合(実施例2、3)、発泡が圧縮されて空洞の発生が一層抑制されることにより、発泡痕数が特に少なくなっていることが分かる。
【0042】
また、表1より、実施例1〜3は、比較例1、2に比べてJc、Icが高く、超電導特性が優れていることが分かる。このように優れた超電導特性が得られたのは、実施例の場合発泡痕数が少なく、本焼熱処理工程でYBCOの結晶の成長が阻害され難く、結晶が充分に成長したためであると考えられる。
【0043】
さらに、比較例においては、前記したように仮焼膜の表面の荒れが大きいため、多層化が困難であるのに対して、実施例では仮焼膜の表面の荒れが抑制されているため、多層化することが可能であり、多層化しても表面の荒れが抑制される。
【0044】
なお、本発明は、上記の実施の形態に限定されるものではない。本発明と同一および均等の範囲内において、上記の実施の形態に対して種々の変更を加えることが可能である。
【符号の説明】
【0045】
1 仮焼サンプル
2 基板
3 塗膜
4 気泡

【特許請求の範囲】
【請求項1】
超電導線材の製造に用いる酸化物超電導薄膜を、金属有機化合物を原料とし、塗布熱分解法により製造する酸化物超電導薄膜の製造方法であって、
基板上に前記金属有機化合物の溶液を塗布して塗膜を作製する塗膜作製工程と、
前記塗膜の前記金属有機化合物に含有される有機成分を熱分解、除去して、仮焼膜を作製する仮焼熱処理工程と、
前記仮焼膜を結晶化させて、酸化物超電導薄膜を作製する本焼熱処理工程とを備えており、
前記仮焼熱処理工程において、仮焼熱処理温度に至るまでの昇温を、大気圧より低い圧力雰囲気下で行う
ことを特徴とする酸化物超電導薄膜の製造方法。
【請求項2】
前記仮焼熱処理工程が、
前記塗膜を大気圧より低い圧力雰囲気下で仮焼熱処理温度まで昇温した後、
1気圧以上の雰囲気下で、前記仮焼熱処理温度に所定時間保持し、
その後降温する
工程であることを特徴とする請求項1に記載の酸化物超電導薄膜の製造方法。
【請求項3】
前記の塗膜作製工程と仮焼熱処理工程のプロセスを繰り返し行うことを特徴とする請求項1または請求項2に記載の酸化物超電導薄膜の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−230946(P2011−230946A)
【公開日】平成23年11月17日(2011.11.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−101261(P2010−101261)
【出願日】平成22年4月26日(2010.4.26)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【Fターム(参考)】