説明

野生動物忌避剤

【課題】設置が容易で、防除効果の維持に多大な労力や費用を必要とせず、さらに、衛生面や安定供給の面で優れた野生動物忌避剤を提供する。
【解決手段】ジメチルジスルフィド、ペンタン酸及びアリルイソチオシアネートのいずれか1つ又は2以上を有効成分として含む野生動物忌避剤。好ましくは、ジメチルジスルフィド、ペンタン酸及びアリルイソチオシアネートを有効成分として含む野生動物忌避剤。さらに好ましくは、ジメチルジスルフィドを有効成分として含む野生動物忌避剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、野生動物による農林業被害を抑制するために用いられる、野生動物忌避剤に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、全国的に野生動物による農林業被害が深刻化していることから、その対策として、個体数調整、物理的防除、及び、化学的防除など様々な取り組みがなされている。
【0003】
個体数調整は、野生動物の生育数を調査し、狩猟と保護により適正な生育数となるよう調整する方法である。一例として、2000年に策定された北海道のエゾシカ保護管理計画に基づくエゾシカの個体数調整がある。しかし、狩猟者の減少及び高齢化や、市街地等狩猟禁止区域における生息数増加などにより、この個体数調整の継続は厳しくなりつつある。
【0004】
物理的防除は、侵入防止柵の設置等により、野生動物の侵入を防ぐ方法である。この物理的防除は、野生動物の農林業被害対策の中で最も効果のある対策といわれている(例えば、非特許文献1参照)。しかし、広大な農林業面積に対して、1箇所でも破られると甚大な被害につながることから、毎年の維持管理費が高額に及ぶ場合が多い。
【0005】
化学的防除は、農薬、肉食動物あるいは植物由来の野生動物忌避成分を利用する方法である。市販品には、チラウム剤等の農薬(例えば、非特許文献1参照)、オオカミの尿あるいはトウガラシに含まれるカプサイシンなどの野生動物忌避成分を含有するものがある。また、ライオン等の肉食獣の糞由来の忌避成分についても、現在、開発が進められている(例えば、特許文献1参照)。これら、農薬や野生動物忌避成分を利用する化学的防除は、物理的防除と比較して安価な対策として期待されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2007−254385号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】「農林業における野生獣類の被害対策基礎知識」、森林総合研究所、2003年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、化学的防除は、主に以下の3つの理由により、広く普及するところまで至っていない。
(1)チラウム剤等の農薬を植物に塗布すると、塗布直後は忌避効果を発揮するものの、塗布後新しく成長した部分は、チラウム剤等が塗布されていないため、食害を受ける。
(2)肉食動物由来の忌避成分は、化学組成が多岐にわたるため、忌避成分による効果が明確でない。
(3)肉食動物由来の忌避成分は、肉食動物の糞尿が原料であるため、衛生面や安定供給の面で課題がある。
【0009】
この発明は、上述の問題点に鑑みてなされたものであり、この発明の目的は、設置が容易で、防除効果の維持に多大な労力や費用を必要とせず、さらに、衛生面や安定供給の面で優れた野生動物忌避剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上述した目的を達成するために、この発明の野生動物忌避剤は、ジメチルジスルフィド、ペンタン酸及びアリルイソチオシアネートのいずれか1つ又は2以上を有効成分として含んでいる。
【発明の効果】
【0011】
この発明の野生動物忌避剤は、有効成分が明確であるので、状況に応じて配合を調整することができる。また、この発明の野生動物忌避剤は、化学試薬を原料にできるので、衛生的かつ安定的に製造され、また、設置が容易で、多大な労力や費用を必要としない。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】忌避効果確認試験1の結果を示す図である。図1(A)及び(B)は、ジメチルジスルフィドを含む忌避剤の試験区の写真である。また、図1(C)及び(D)は、粒状基材のみの試験区の写真である。
【図2】忌避効果確認試験2を説明するための図であり、試験を行った甜菜畑の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、この発明の実施形態について説明するが、各構成要素の材質及び数値的条件などは、単なる好適例にすぎない。従って、この発明は以下の実施の形態に限定されるものではなく、この発明の構成の範囲を逸脱せずにこの発明の効果を達成できる多くの変更又は変形を行うことができる。
【0014】
この発明の、野生動物忌避剤は、ジメチルジスルフィド、ペンタン酸及びアリルイソチオシアネートのいずれか1つ又は2以上を有効成分として含んでいる。ジメチルジスルフィドとして、例えば、和光純薬工業株式会社の純度99%以上の試薬(カタログ番号:040−25622)を用いることができる。また、ペンタン酸として、例えば、和光純薬工業株式会社の純度95%以上の試薬(カタログ番号:225−01295)を用いることができる。また、アリルイソチオシアネートとして、和光純薬工業株式会社の純度99%以上の試薬(カタログ番号:010−01466)を用いることができる。
【0015】
野生動物忌避剤が、ジメチルジスルフィド、ペンタン酸及びアリルイソチオシアネートのいずれか1つを有効成分として含んでいれば、忌避効果が発揮される。なお、2以上の有効成分を組み合わせることにより、様々なケースに応じた野生動物忌避剤を提供することができる。
【0016】
例えば、年ごとに配合する成分又は成分比を変化させることができる。また、成分ごとに保持担体を変えるなど、時間が経過するにしたがって、成分比を変化させてもよい。
【0017】
以下、野生動物忌避剤の例を説明する。以下の例では、野生動物忌避剤が、ジメチルジスルフィド、ペンタン酸及びアリルイソチオシアネートを全て含んでいるが、これに限られるものではない。野生動物忌避剤として、ジメチルジスルフィド、ペンタン酸及びアリルイソチオシアネートの少なくとも1つを含んでいればよい。
【0018】
(液状忌避剤)
野生動物忌避剤の1つの例として、液状忌避剤について説明する。液状忌避剤は、水などの媒体にジメチルジスルフィド、ペンタン酸及びアリルイソチオシアネートを添加して得られる。例えば、水999.7gに、ジメチルジスルフィド、ペンタン酸及びアリルイソチオシアネートをそれぞれ0.1gずつ混合することにより、液状忌避剤が得られる。このときの、ジメチルジスルフィド、ペンタン酸及びアリルイソチオシアネートの濃度は、それぞれ0.01重量%となる。
【0019】
なお、ジメチルジスルフィド、ペンタン酸及びアリルイソチオシアネートの密度は、それぞれ1.06g/cm、0.94g/cm及び1.013g/cmである。そこで、大量製造する場合には、例えば、1リットル用メスシリンダーに、ジメチルジスルフィド94μL(マイクロリットル)、ペンタン酸106μL及びアリルイソチオシアネート99μLを入れた後、水を添加して、全量を1Lとするなどしてもよい。
【0020】
(ゲル状忌避剤)
野生動物忌避剤の他の例として、ゲル状忌避剤について説明する。ゲル状忌避剤は、例えば、以下のように製造される。先ず、沸騰水に寒天を溶解させて、1%寒天溶液を作成する。次に、寒天溶液を50℃付近まで冷却した後、ジメチルジスルフィド、ペンタン酸及びアリルイソチオシアネートを添加する。この時の添加量は、例えば、上述の液状忌避剤と同様に、それぞれ0.01重量%となるように設定することができる。次に、ジメチルジスルフィド、ペンタン酸及びアリルイソチオシアネートを添加した寒天溶液を撹拌すると、ゲル状忌避剤が得られる。
【0021】
(粒状忌避剤)
野生動物忌避剤の他の例として、粒状忌避剤について説明する。先ず、水に、ジメチルジスルフィド、ペンタン酸及びアリルイソチオシアネートを添加して、それぞれの濃度が0.01重量%である液状忌避剤を、忌避剤原液として用意する。次に、忌避剤原液を粒状基材に吸収させる。粒状基材として、例えば、使用済脱硫剤やゼオライト等を用いることができる。このとき、粒状基材:忌避剤原液=2:5の重量比とするなど、粒状基材に対して忌避剤原液を過剰にすることで、粒状基材に忌避成分を可能な限り多く吸着させるのが良い。
【0022】
このように粒状基材に、忌避成分を吸着させることで粒状忌避剤が得られる。なお、この粒状忌避剤の表面を、セラックニスなどの生分解性被覆剤で被覆してもよい。生分解性被覆材で粒状忌避剤の表面を覆うことにより、効果の持続性を向上させることができる。
【0023】
(シート状忌避剤)
野生動物忌避剤の他の例として、シート状忌避剤について説明する。先ず、ポリカプロラクトン(Polycaprolactone)等の生分解性樹脂をアセトン等の有機溶媒に溶解させる。次に、この溶液に、ジメチルジスルフィド、ペンタン酸及びアリルイソチオシアネートを添加して、生分解性樹脂に対するそれぞれの重量を0.01%とする。次に、溶液をシート状に成型した後、室温で静置する。その結果、有機溶媒が揮発してシート状忌避剤が得られる。
【0024】
(忌避効果確認試験1)
ジメチルジスルフィド、ペンタン酸及びアリルイソチオシアネートを、それぞれ有効成分として単独で含む、野生動物忌避剤の忌避効果を確認した。
【0025】
ここでは、エゾシカ出没箇所に、4つの試験区を設けて、各試験区に、餌として、それぞれ200gのカボチャのスライスを置いた。なお、これら試験区は、10m間隔とした。
【0026】
餌の周囲に上述した粒状忌避剤を300g設置した。なお、3つの試験区には、それぞれジメチルジスルフィド、ペンタン酸及びアリルイソチオシアネートを有効成分として単独で含む粒状忌避剤が用いられた。また、残りの1つの試験区では、ジメチルジスルフィド、ペンタン酸及びアリルイソチオシアネートを含まない、粒状基材のみを設置した。設置後、1日に1度、目視観察にて餌の摂食状況を確認した。また、餌周辺の足跡により、エゾシカによる摂食であるか否かを判断した。
【0027】
その結果を表1及び図1に示す。
【0028】
【表1】

【0029】
表1では、摂食なしを丸印(○)で示し、半分程度摂食を三角印(△)で示し、全て摂食をバツ印(×)で示している。
【0030】
図1(A)〜(D)は、試験区の写真を示している。図1(A)及び(B)は、ジメチルジスルフィドを含む忌避剤の試験区の写真である。また、図1(C)及び(D)は、粒状基材のみの試験区の写真である。図1(A)及び(C)は、忌避剤等を設置した直後の写真である。図1(B)及び(D)は、設置から2日後の写真である。
【0031】
粒状基材のみの試験区では1日ですべて摂食された。これに対し、ジメチルジスルフィド、ペンタン酸及びアリルイソチオシアネートのいずれかを含む場合、7日間以上の間、多くても設置時の半分程度の摂食である。特に、ジメチルジスルフィドを含む忌避剤が設置された試験区については、ほとんど摂食されなかった。
【0032】
(忌避効果確認試験2)
図2を参照して、忌避効果確認試験2について説明する。図2は、忌避効果確認試験2を説明するための図であり、試験を行った甜菜畑の模式図である。
【0033】
上述した粒状忌避剤を、エゾシカによる食害が発生している場所に設置し、その忌避効果を確認した。この試験は、エゾシカが、設置された侵入防止ネット20を破って侵入し、その食害被害が深刻な甜菜畑10で行われた。
【0034】
この試験では、通気性及び防水性に優れたビニール袋(シンワ株式会社製:71−403PF)におよそ500gの粒状忌避剤を充填した袋を、侵入防止ネット20の10箇所のエゾシカ侵入箇所に対して、それぞれ3袋ずつ吊り下げるように設置した。ここで、粒状忌避剤として、表面にセラックニスが塗布されたものを用いた。
【0035】
試験の結果、粒状忌避剤の設置から、甜菜の収穫までの1ヶ月間、粒状忌避剤の設置場所以外ではエゾシカの足跡や糞が見られたものの、この甜菜畑10では、食害が起こらなかった。ここで、トラクター等の出入り口25については、侵入防止ネットを設置していないが、食害は起こらなかった。
【0036】
一方、粒状忌避剤を設置した甜菜畑10以外の、甜菜、ジャガイモ、豆類を栽培している周囲の畑30では、エゾシカによる食害が増加した。
【0037】
このように、この野生動物忌避剤が、野生動物の忌避に有効であることが確認された。
【0038】
(忌避効果確認試験3)
上述の忌避効果確認試験1では、餌の周囲に粒状忌避剤を設置したが、忌避効果確認試験3では、餌に対して直接忌避剤を散布する試験を行った。
【0039】
なお、ジメチルジスルフィドはニンニクに含まれており、また、アリルイソチオシアネートはわさびに含まれている。そこで、ジメチルジスルフィドが含まれているニンニクと、アリルイソチオシアネートが含まれているわさびパウダーを利用して、野生動物忌避剤のサンプルを3種類作成した。
【0040】
サンプル1は、むきニンニク100gに200mLの水を加えて、ジューサーでペースト状にしたものである。サンプル2は、わさびパウダー15gを200mLの水に加えて撹拌したものである。また、サンプル3は、わさびパウダー15gをサンプル1に加えて撹拌したものである。ここで用いたむきニンニク及びわさびパウダーはいずれも市販品である。
【0041】
餌の設置は、上記忌避効果確認試験1と同様に行った。すなわち、エゾシカ出没箇所に、10m間隔で4つの試験区を設けて、各試験区に、餌として、それぞれ200gのカボチャのスライスを置いた。
【0042】
3つの試験区の餌には、それぞれサンプル1、サンプル2及びサンプル3が直接散布された。また、残りの1つの試験区では、忌避剤の散布を行わなかった。設置後、1日に1度、目視観察にて、餌の摂食状況を確認した。また、餌周辺の足跡により、エゾシカによる摂食であるか否かを判断した。
【0043】
その結果を表2に示す。
【0044】
【表2】

【0045】
表2では、摂食なしを丸印(○)で示し、全て摂食をバツ印(×)で示している。
【0046】
散布なしの試験区では1日ですべて摂食された。一方、ジメチルジスルフィドを含むサンプル1及び3を散布した試験区では、7日間、全く摂食されなかった。一方、アリルイソチオアネートを含み、ジメチルジスルフィドを含まないサンプル2を散布した試験区では、散布なしの試験区に比べて1日程度の効果が見られた。
【符号の説明】
【0047】
10 甜菜畑
20 侵入防止ネット
25 出入り口
30 畑

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ジメチルジスルフィド、ペンタン酸及びアリルイソチオシアネートのいずれか1つ又は2以上を有効成分として含む野生動物忌避剤。
【請求項2】
ジメチルジスルフィド、ペンタン酸及びアリルイソチオシアネートを有効成分として含む野生動物忌避剤。
【請求項3】
ジメチルジスルフィドを有効成分として含む野生動物忌避剤。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか一項に記載の野生動物忌避剤を水に添加した野生動物忌避剤。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれか一項に記載の野生動物忌避剤をゲル状にした野生動物忌避剤。
【請求項6】
請求項1〜3のいずれか一項に記載の野生動物忌避剤を粒状基材に担持させた野生動物忌避剤。
【請求項7】
前記粒状基材の表面が生分解性被覆剤で被覆された請求項6に記載の野生動物忌避剤。
【請求項8】
請求項1〜3のいずれか一項に記載の野生動物忌避剤を、生分解性樹脂に混合し、シート状に成型した野生動物忌避剤。
【請求項9】
ニンニクに水を加え、ペースト状にした野生動物忌避剤。
【請求項10】
さらに、わさびを含む、請求項9に記載の野生動物忌避剤。
【請求項11】
わさびが水に添加されて撹拌された野生動物忌避剤。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2012−153672(P2012−153672A)
【公開日】平成24年8月16日(2012.8.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−15909(P2011−15909)
【出願日】平成23年1月28日(2011.1.28)
【出願人】(000241957)北海道電力株式会社 (78)
【Fターム(参考)】