説明

量子暗号装置

【課題】高い鍵生成率を得ることができる量子鍵配送システムを提供する。
【解決手段】本発明の一実施形態に係る量子暗号装置は、時間間隔Tで1パルス当り1光子以下の光パルス列を生成する単一光子光源110と、この光源からの光パルスを分岐する光カップラ112と、この光カップラからの分岐光パルスを受信するように構成された2つの受信機AおよびBとから構成される。各受信機では、単一光子光源から受信した光パルスに対して0またはπ/2で無作為に位相変調を施し、時間間隔Tで干渉させて、干渉状態に応じて2つの光子検出器A1およびA2、B1およびB2のいずれかで光子を検出する。各受信機は、位相変調情報および光子検出時刻情報を交換することによって、互いに共通する秘密鍵を生成することができる。これにより、高い鍵生成率を有する量子鍵配送システムを提供することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、量子暗号装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、光子1個レベルの光を用いることにより、物理的に安全性が保証された量子暗号通信の研究が進められている。量子暗号は、離れた地点にいる2者に対して、暗号通信を行うための秘密鍵を供給するシステムであり、量子鍵配送とも呼ばれている。量子鍵配送にも各種の方式があるが、ここでは従来技術として、自然放出パラメトリック光子を用いた量子鍵配送方式について説明する(特許文献1)。
【0003】
図1は、自然放出パラメトリック光子を用いた量子鍵配送システムの構成例を示している。このシステムには、秘密鍵を共有したい2者(受信機AおよびB)の中間点に量子もつれ光源10が備えられている。量子もつれ光源10は、光パルス列を出力するポンプ光源12と、ポンプ光が入射される光非線形媒質14と、光非線形媒質から発生したシグナル光子とアイドラー光子を2つの経路に分離する光フィルタ16とにより構成されている。この構成において、量子もつれ光源10からは量子相関のあるシグナル/アイドラー光子パルス列が出力される。このようにして出力された光子パルス列の特性については、後ほど述べる。
【0004】
量子もつれ光源10から出力されたシグナル光子パルス列およびアイドラー光子パルス列は、伝送路を介して受信機A(20)およびB(30)にそれぞれ送られる。各受信機は、送られてきた各光パルスを、位相変調器22,23により0またはπ/2で無作為に位相変調した後、光カップラC1,C3により2分岐する。そして、分岐した経路間に時間遅延を与えた後、第2の光カップラC2,C4により再び合波する。ここで、分岐経路間に与える遅延時間は、送られてきた光パルス列のパルス間隔に等しいものとする。合波カップラの2つの出力端にはそれぞれ光子検出器A1およびA2,B1およびB2が備えられている。
【0005】
上記構成により、受信機の合波カップラでは、k番目のパルスとk+1番目のパルスが重なり合う。すると、2つのパルスが干渉し、両者の位相差に応じて2つの検出器のどちらかで光子が検出される。より具体的には、遅延経路での遅延位相が2πの整数倍である場合、光カップラC1,C3入力時の位相差が0であれば検出器A2,B2が、位相差がπであれば検出器A1,B1が、それぞれ光子を検出する。別の言い方をすると、検出器A2,B2が光子を検出すれば該当するパルス間の位相差は0、検出器A1,B1が光子を検出すれば該当するパルス間位相差は、πということになる。
【0006】
ここで、量子もつれ光源から出力される光パルス列について説明する。量子もつれ光源内の光非線形媒質14では、光パラメトリック相互作用という非線形現象により、ポンプ光子がシグナル光子とアイドラー光子に変換される。すなわち、ポンプ光からシグナル光子とアイドラー光子が発生する。相互作用の性質により、シグナル光子/アイドラー光子は必ずペアで同時に発生し、またその位相間には、φs+φi=φp+φ0という関係がある。ここで、φsは、シグナル光位相、φiは、アイドラー光位相、φpは、ポンプ光位相、φ0は、定数である。
【0007】
シグナル光子/アイドラー光子の発生ペア数は、ポワソン分布に従って確率的であり、その平均値はポンプ光パワーに依存する。ここで、ポンプ光パワーの設定により、シグナル光子/アイドラー光子が2ペア以上発生する確率は無視できるほど小さいものとする。
【0008】
量子もつれ光源10から受信機20,30に送られる光パルス列には以上のような性質があるため、2つの受信機が同時に光子を検出した場合、その検出結果には相関が現れる。これについて、以下で式を用いて説明する。
【0009】
まず、k番目パルスのシグナル光位相をφs(k)、アイドラー光位相をφi(k)、ポンプ光位相をφp(k)とする。前述のように、これら三者の間には、次式の関係が成り立つ。
(1) φs(k)+φi(k)=φp(k)+φ0
【0010】
受信機20,30では、送られてきたパルス列に対して位相変調器22,32で位相変調を加える。k番目パルスに対して受信機Aが加える変調位相をθa(k)、受信機Bが加える変調位相をθb(k)とする。すると、光カップラC1入力時のパルス位相はφs(k)+θa(k)、光カップラC2入力時のパルス位相はφi(k)+θb(k)となり、したがって、k番目のパルスとk+1番目パルスの位相差は、受信機Aにおいては、式(2a)のようになり、受信機Bにおいては、式(2b)のようになる。
(2a) Δφa(k)=φs(k+1)+θa(k+1)−(φs(k)+θa(k)
=φs(k+1)−φs(k)+Δθa(k)
(2b) Δφb(k)=φi(k+1)+θb(k+1)−(φi(k)+θb(k)
=φi(k+1)−φi(k)+Δθb(k)
但し、Δθa(k)=θa(k+1)−θa(k)、Δθb(k)=θb(k+1)−θb(k)とおいた。各変調位相は0またはπ/2のいずれかであるので、位相差Δθa(k)、Δθb(k)は、−π/2、0またはπ/2のいずれかである。
【0011】
ここで、Δφa(k)+Δφb(k)について考える。式(2a)および(2b)をそのまま代入すると、次式が得られる。
(3) Δφa(k)+Δφb(k)
={φs(k+1)−φs(k)+Δθa(k)}+{φi(k+1)−φi(k)+Δθb(k)
={φs(k+1)+φi(k+1)}−{φs(k)+φi(k)}+{Δθa(k)+Δθb(k)
ところで、k番目のパルスの位相関係は、式(1)に示すように、φs(k)+φi(k)=φp(k)+φ0となっている。これを式(3)に代入すると、次式が得られる。
(4) Δφa(k)+Δφb(k)=φp(k+1)−φp(k)+{Δθa(k)+Δθb(k)
ここで、ポンプ光源12のコヒーレンス時間は、パルス列の時間間隔より十分長いとする。すると、φp(k+1)−φp(k)=0であり、式(4)は、次式のようになる。
(5) Δφa(k)+Δφb(k)=Δθa(k)+Δθb(k)
前述のように、位相差Δθa(k)、Δθb(k)は、−π/2、0またはπ/2のいずれかであるので、式(5)において、(Δθa(k)+Δθb(k))は、−π/2、0、π/2またはπのいずれかである。
【0012】
さて、受信機では、k番目のパルスとk+1番目のパルスの位相差に応じて、光子が検出される。検出器A1、B1で検出されれば位相差はπ、検出器A2,B2で検出されれば位相差は0である。
【0013】
例えば、受信機Aにおいて、検出器A1が光子を検出したとする。この時には、Δφa(k)=πということになる。ところで、上述のように、(Δθa(k)+Δθb(k))は、−π/2、0、π/2またはπのいずれかである。例えば、(Δθa(k)+Δθb(k))=0とする。式(5)にこれを代入したうえでΔφa(k)=πとすると、次式のようになる。
Δφb(k)=−Δφa(k)+Δθa(k)+Δθb(k)=−π
【0014】
上式は、受信機Bでは検出器B1が光子検出することを示している。同様に、(Δθa(k)+Δθb(k))=πであると、Δφb(k)=0となり、この場合には、検出器B1が光子検出することになる。また、(Δθa(k)+Δθb(k))=±π/2であると、Δφb(k)=±π/2となる(なお、−3π/2=π/2)。この場合には、位相差が0とπの中間ということであり、どちらの検出器が光子検出するかは定まらず、ある時はB1が、またある時はB2が、光子を検出することになる。
【0015】
上記では、受信機Aにおいて、検出器A1が光子検出した場合について述べた。検出器A2が光子検出した場合についても、同様に考察することができる。これらをまとめると、各場合についての光子検出の関係は、表1のようになる。
【0016】
【表1】

【0017】
表1において、「B1」は検出器B1が確定的に光子を検出する事象、「B2」は検出器B2が確定的に光子を検出する事象、「B1/B2」はどちらの検出器が光子を検出するか確率的である事象をそれぞれ表わしている。
【0018】
以上の構成および光子検出特性を利用して、以下の手順により秘密鍵を生成する。
(1)量子もつれ光源10は、シグナル光子パルス列を受信機Aに、アイドラー光子パルス列を受信機Bにそれぞれ送信する。
(2)受信機AおよびBはそれぞれ光子を検出する。その際、光子検出時刻、どの検出器で光子を検出したか、およびその時の変調位相を記録しておく。
(3)光子の送受信後、受信機AおよびBは、光子検出時刻および変調位相を互いに知らせ合う。
(4)受信機AおよびBは、同時刻に光子を検出した検出結果から、次のようにしてビットを生成する。
(Δθa(k)+Δθb(k))=0の場合:次のようにビットを生成、
{A1が光子検出、B1が光子検出}=「0」
{A2が光子検出、B2が光子検出}=「1」
(Δθa(k)+Δθb(k))=πの場合:次のようにビットを生成、
{A1が光子検出、B2が光子検出}=「0」
{A2が光子検出、B1が光子検出}=「1」
(Δθa(k)+Δθb(k))=±π/2の場合:何もせず。
【0019】
受信機A、Bの光子検出結果には表1に示す相関があるため、上記の手順により生成したビット値は両者で同じものとなる。上記の手順において、受信機A、Bはどの検出器が光子検出したかは情報交換していないので、生成したビット値は外部には知られていない。そこで、これを秘密鍵ビットとする。
【0020】
【特許文献1】特開2006−179982号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0021】
上記の従来例において、正しく鍵ビットが生成されるためには、量子もつれ光源10から発せられるシグナル/アイドラー光子が1パルス当り1ペア以下であることが必要である。
【0022】
例えば2ペア出力されたとすると、受信機Aは第1のペアのシグナル光子を検出し、受信機Bは第2のペアのアイドラー光子を検出することが起こり得る。この場合、ペアが異なるシグナル/アイドラー光子間には、式(1)で示した位相関係が成り立つとは限らないので、上記の動作原理が働かず、受信機A、Bが同じ鍵ビットを作ることができない。この誤動作を防ぐためには、1パルス当りの光子ペア数は1以下でなければならない。
【0023】
ところで、量子もつれ光源10から出力される光子ペア数はポワソン分布に従う。この場合、出力ペア数が2以上である確率は、平均ペア数をμとすると、近似的にはμ2/2となる。この確率が無視できるほどに十分に小さくするためには、平均ペア数μを1に比べて十分に小さい値(例えば0.1以下)にする必要がある。そうすると、必然的に受信機で検出される光子数が少なくなり、鍵ビットの生成効率が低くなる。つまり、従来例においては、誤動作確率と鍵生成率はトレードオフの関係にある。
【0024】
また、量子もつれ光源を用いなくても、量子鍵配送システムが構築できれば望ましい。
【0025】
本発明は、このような問題に鑑みてなされたもので、その目的とするところは、量子もつれ光源を用いる誤動作確率を抑えつつ、高い鍵生成率を得ることができる量子鍵配送システムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0026】
本発明は、このような目的を達成するために、請求項1に記載の発明は、2つの受信機間で秘密鍵を共有するための量子暗号装置であって、時間間隔Tの光パルス列であって、1パルス当りの光子数が1以下である光パルス列を出力する光源と、前記光源からの光パルスを分岐する光カップラと、前記光カップラからの分岐光パルスを受信するように構成された2つの受信機とを備え、前記各受信機は、受信した光パルスに対して位相変調を施す位相変調手段と、前記位相変調を施した光パルスを時間間隔Tで干渉させて、干渉状態に応じて光子を検出する光子干渉検出手段と、前記位相変調手段における位相変調情報および前記光子干渉検出手段における光子検出時刻情報を交換することによって、互いに共通する秘密鍵を生成する秘密鍵生成手段とを備えたことを特徴とする。
【0027】
また、請求項2に記載の発明は、請求項1に記載の量子暗号装置であって、前記位相変調手段は、0またはπ/2の位相変調を施すことを特徴とする。
【0028】
また、請求項3に記載の発明は、請求項1または2に記載の量子暗号装置であって、前記光子干渉検出手段は、前記位相変調手段からの光パルスを分岐する光分岐手段と、前記分岐した経路間に時間間隔Tの遅延を与える光遅延手段と、前記光遅延手段からの光パルスを合波する光合波手段と、前記合波手段からの光子を干渉状態に応じて検出する光子検出器とを備えたことを特徴とする。
【0029】
また、請求項4に記載の発明は、請求項1から3のいずれかに記載の量子暗号装置であって、前記各受信機は、前記位相変調手段における位相変調情報および前記光子干渉検出手段における光子検出時刻情報を交換することによって、互いに共通するテストビットを生成して照合することによって、盗聴の有無を検知する盗聴検知手段をさらに備えたことを特徴とする。
【0030】
また、請求項5に記載の発明は、2つの受信機間で秘密鍵を共有するための量子暗号装置であって、時間間隔Tの光パルス列であって、1パルス当りの光子数が1以下である光パルス列を出力する光源と、前記光源からの光パルスを分岐する光カップラと、前記光カップラからの分岐光パルスを受信するように構成された2つの受信機とを備え、前記各受信機は、受信した光パルスの一部を分岐して光子を検出する光子検出手段と、受信した光パルスの残りを時間間隔Tで干渉させて、干渉状態に応じて光子を検出する光子干渉検出手段と、前記光子検出手段における光子検出時刻情報を交換することによって、盗聴の有無を検知する盗聴検知手段と、前記光子干渉検出手段における光子検出時刻情報を交換することによって、互いに共通する秘密鍵を生成する秘密鍵生成手段とを備えたことを特徴とする。
【0031】
また、請求項6に記載の発明は、請求項5に記載の量子暗号装置であって、前記光子干渉検出手段は、前記受信した光パルスの残りを分岐する光分岐手段と、前記分岐した経路間に時間間隔Tの遅延を与える光遅延手段と、前記光遅延手段からの光パルスを合波する光合波手段と、前記合波手段からの光子を干渉状態に応じて検出する光子検出器とを備えたことを特徴とする。
【発明を実施するための最良の形態】
【0032】
以下、図面を参照しながら本発明の実施形態について詳細に説明する。なお、図面を通して、同様の構成要素には同様の符号を付して説明する。
【0033】
(第1の実施形態)
図2に、本発明の第1の実施形態に係る量子鍵配送システムの構成例を示す。このシステムでは、2つの受信機AおよびBの中間地点に、単一光子光源110と光カップラ112が置かれている。単一光子光源110は、1パルスに光子をひとつだけ発する光源であり、例えば、特定の準位間の自然放出光子を光フィルタなどにより取り出すことによって実現される。この単一光子光源からは、一定間隔Tの光子パルス列が出力される。この光子パルス列は、光カップラ112により2経路に分岐され、一方は伝送路Aを経て受信機Aに、もう一方は伝送路Bを経て受信機Bにそれぞれ送信される。
【0034】
各受信機は、送信されてきた光子パルス列を、位相変調器122,132により0またはπ/2で無作為に位相変調した後、光カップラC1,C3により2分岐する。そして、分岐した経路間に時間遅延を与えた後、第2の光カップラC2,C4により再び合波する。ここで、分岐経路間に与える遅延時間は、送られてきた光パルス列のパルス間隔Tに等しいものとする。合波カップラの2つの出力端にはそれぞれ光子検出器A1およびA2,B1およびB2が備えられている。
【0035】
以上の構成において、単一光子光源110から光子検出器まで光子が至る経路には、次の8通りが考えられる。
(1)伝送路A→受信機Aの短経路→検出器A1
(2)伝送路A→受信機Aの短経路→検出器A2
(3)伝送路A→受信機Aの長経路→検出器A1
(4)伝送路A→受信機Aの長経路→検出器A2
(5)伝送路B→受信機Bの短経路→検出器B1
(6)伝送路B→受信機Bの短経路→検出器B2
(7)伝送路B→受信機Bの長経路→検出器B1
(8)伝送路B→受信機Bの長経路→検出器B2
【0036】
ここで、各経路を経た光子の検出器への到達時刻について考える。説明の便宜上、2つの伝送路A、Bが同じ長さであるとすると、上記のうち、経路(1)、(2)、(5)および(6)では、光子の到達時刻は等しく、経路(3)、(4)、(7)、(8)では、光子の到達時刻はそれより1パルス分(=受信機内の遅延時間T)だけ遅れた時刻となる。見方を変えると、時刻t0に単一光子光源を発して、経路(3)、(4)、(7)または(8)を経た光子と時刻t0+Tに単一光子光源を発して、経路(1)、(2)、(5)または(6)を経た光子は、同じ時刻に検出器に到達する。
【0037】
例えば、受信機Aが検出器A1で、受信機Bが検出器B1で、同時刻に光子を検出したとする。この検出事象を起こすパターンは、2通り考えられる。ひとつは、時刻t0に単一光子光源を発して経路(3)を経た光子と時刻t0+Tに単一光子光源を発して経路(5)を経た光子が検出される場合、もうひとつは、時刻t0+Tに単一光子光源を発して経路(1)を経た光子と時刻t0に単一光子光源を発して経路(7)を経た光子が検出される場合である。受信機では、この2パターンのどちらの結果として光子が同時検出されたのかは区別がつかない。
【0038】
量子力学の原理によれば、このような状況では、2つのパターンの確率振幅が干渉し合う。例えば、ヤングのダブルスリットの干渉実験を1光子レベルで行なうと、光子が第1のスリットを通る場合と第2のスリットを通る場合の確率振幅が干渉し合う。確率振幅としては、通常光(古典的な光)の光電場の複素表示を規格化したものが適用され、光子検出確率は、2つの確率振幅の足し合わせの絶対値二乗に従う。その結果、2つの確率振幅の位相差に応じて、光子検出のヒストグラム上に干渉縞が現れる。
【0039】
これと類似のことが、ここでも起こる。すなわち、2つのパターンの確率振幅が干渉し合う。各パターンの確率振幅には、通常光の光電場が伝播した表式(表現方法)が適用される。以下で、確率振幅の干渉がどのように起こるかについて、式を用いて説明する。ただし、簡単のため、伝送路や光回路の損失は考えないものとする。
【0040】
まず、それぞれのパターンについての確率振幅を考える。第1のパターン、すなわち時刻t0に単一光子光源を発して経路(3)を経た光子と時刻t0+Tに単一光子光源を発して経路(5)を経た光子が検出される場合の確率振幅については、経路(3)を経た光子の確率振幅と経路(5)を経た確率振幅を考え、その2つを掛け合わせればよい。
【0041】
経路(3)の確率振幅a3は、次式で表される。
【0042】
【数1】

【0043】

【0044】
同様にして、経路(5)の確率振幅a5は、次式で表される。
【0045】
【数2】

【0046】
ここで、LBは、伝送路Bの長さ、θb1は、時刻t0+Tに発せられた光子に対して受信機Bで印加された変調位相、Lb2は、受信機Bの短経路の長さである。
【0047】
式(6)および(7)より、第1のパターンの確率振幅a35は、経路(3)の確率振幅a3と経路(5)の確率振幅a5の掛け算として、次式で与えられる。
【0048】
【数3】

【0049】
次に、第2のパターン、すなわち時刻t0+Tに単一光子光源を発して経路(1)を経た光子と時刻t0に単一光子光源を発して経路(7)を経た光子が検出される場合の確率振幅について考える。まず、経路(1)の確率振幅a1は、次式で表される。
【0050】
【数4】

【0051】
ここで、θa1は、時刻t0+Tに発せられた光子に対して受信機Aで印加された変調位相、La2は、受信機Aの短経路の長さである。一方、経路(7)の確率振幅a7は、次式で表される。
【0052】
【数5】

【0053】
ここで、θb0は、時刻t0に発せられた光子に対して受信機Bで印加された変調位相、Lb1は、受信機Bの長経路の長さである。これらより、第2のパターンの確率振幅a17は、次式で与えられる。
【0054】
【数6】

【0055】
1光子レベルのヤングの干渉の例で述べたように、2つのパターンは干渉し合い、その結果として同時光子検出事象が現れる。その出現確率は、2パターンの確率振幅の和の絶対値二乗で表され、次式のように与えられる。
【0056】
【数7】

【0057】
ここで、受信機内の経路状態の設定により、k(La1−La2+Lb2−Lb1)=0とする。すると、上式は、次式のようになる。
【0058】
【数8】

【0059】
なお上式では、Δθa=θa0−θa1、Δθb=θb0−θb1とおいた。
【0060】
以上では、検出器A1と検出器B1が同時に光子を検出する事象について考察した。同様にして、A1とB2の同時検出確率、A2とB1の同時検出確率、A2とB2の同時検出確率も得ることができる。結果だけ書くと、次式のようになる。
【0061】
【数9】

【0062】
ところで、受信機において、各パルスは0またはπ/2で位相変調されている。したがって、Δθaは、−π/2、0またはπ/2、Δθbは、−π/2、0またはπ/2であり、Δθa−Δθbは、−π/2、0、π/2またはπである(なお、−π=π)。式(12)−(15)にこれを代入すると、それぞれの場合の同時検出確率は次のようになる。
Δθa−Δθb=0の場合:
(A1−B1同時検出)=(A2−B2同時検出)=1/16
(A1−B2同時検出)=(A2−B1同時検出)=0
Δθa−Δθb=πの場合:
(A1−B1同時検出)=(A2−B2同時検出)=0
(A1−B2同時検出)=(A2−B1同時検出)=1/16
Δθa−Δθb=±π/2の場合:
(A1−B1同時検出)=(A2−B2同時検出)=(A1−B2同時検出)=(A2−B1同時検出)=1/32
【0063】
上記の結果は、受信機A、Bが同時に光子を検出したときに、Δθa−Δθb=0であれば、検出器A1とB1が光子を検出するか、または検出器A2とB2が光子を検出するかのいずれかであり、Δθa−Δθb=πであれば、検出器A1とB2が光子を検出するか、または検出器A2とB1が光子を検出するかのいずれかであり、Δθa−Δθb=±π/2であれば、全ての組み合わせで光子が検出され得ることを示している。
【0064】
以上の構成および光子検出特性を利用して、以下の手順により秘密鍵を生成することができる。
(1)単一光子光源110は、光子パルス列を受信機A、Bに送信する。
(2)受信機A、Bはそれぞれ光子を検出する。その際、光子検出時刻、どの検出器で光子を検出したか、およびその時の変調位相を記録しておく。
(3)光子の送受信後、受信機AおよびBは、光子検出時刻および変調位相を互いに知らせ合う。
(4)受信機AおよびBは、同時刻に光子を検出した検出結果および該当するパルスの変調位相から、次のようにしてビットを生成する。
Δθa−Δθb=0の場合:次のようにビットを生成、
{A1が光子検出、B1が光子検出}=「0」、
{A2が光子検出、B2が光子検出}=「1」、
Δθa−Δθb=πの場合:次のようにビットを生成、
{A1が光子検出、B2が光子検出}=「0」、
{A2が光子検出、B1が光子検出}=「1」、
Δθa−Δθb=±π/2の場合:何もせず。
【0065】
受信機A、Bの光子検出結果には前述のような相関があるため、上記の手順により生成したビット値は両者で同じとなる。上記の手順において、受信機A、Bはどの検出器が光子検出したかは情報交換していないので、生成したビット値は外部には知られていない。そこで、これを秘密鍵ビットとすることができる。
【0066】
次に、盗聴に対するこの秘密鍵の安全性について述べる。もっとも単純な盗聴法は、盗聴者が伝送路の光子を抜き出して情報を盗むことである。しかしながら、この盗聴法は、単一光子により鍵生成が行なわれているため成功しない。本発明では、一方の受信機が時刻t0に発せられた単一光子を検出し、他方の受信機が時刻t0+Tに発せられた単一光子を検出することにより、秘密鍵を生成している。盗聴者がどちらかの光子を抜き出したとすると、2つの受信機がともに光子を検出することはなく、したがって鍵ビットは生成されない。よって秘密鍵を盗聴したことにならない。
【0067】
さらに高度な盗聴法としては、盗聴者が伝送路上の光子を全て検出し、検出結果に基づいて偽装信号を再送する方法が考えられる。偽装信号が、受信機に対して正常時と同じ検出結果を与えれば、この盗聴は成功する。しかしながら、光子の検出結果は、各パルスへの変調位相に依存する。盗聴者は、受信機の変調位相を前もっては知らないので、必ず正解となる偽装信号を送ることはできない。正常時とは異なる偽装信号から鍵ビットを生成すると、2つの受信機間でビットの不一致が生じる。そこで、いくつかのテストビットを照合することにより、受信機A、Bは、盗聴の有無を確認することができる。言い方を変えると、テストビットに異常がなければ、盗聴されていない鍵であることが保証される。
【0068】
本実施形態の特徴のひとつは、光パルス列発生に単一光子光源を用いていることにある。この光源は、理想的には、1パルスに1光子のみを出力する。したがって、従来技術とは異なり、複数光子発生による誤動作がなく、したがって複数光子発生を避けるため平均出力光子数を小さくする必要がない。このため、従来技術よりも高い鍵生成率を得ることが可能である。
【0069】
(第2の実施形態)
図3に、本発明の第2の実施形態に係る量子鍵配送システムの構成例を示す。このシステムは、基本的には第1の実施形態と同じであるが、受信機が位相変調を行なわず、それに代わり光カップラ222,232で受信光の一部を分岐して、光子検出器A3,B3で直接光パルス列を光子検出している点が異なっている。この光子検出器A3,B3は、秘密鍵生成用ではなく、盗聴検知のための信号光モニターとして用いる。図3では、光カップラ222,232により信号光を常時モニターするように描かれているが、これに限るものではなく、光カップラ222,232に代えて光スイッチにより間欠的に受信経路とモニター経路を切り替えてもよい。このモニター用検出器A3,B3の役割については後述する。
【0070】
第2の実施形態に係る構成は、信号検出系については、各パルスの位相が変調されないこと以外は、基本的に第1の実施形態に係る構成と同じなので、検出器A1,A2およびB1,B2の光子検出特性は、式(12)−(15)においてΔθa−Δθb=0とした場合と同じである。すなわち、同時検出確率は次のようになる。
(A1−B1同時検出)=(A2−B2同時検出)=α/16
(A1−B2同時検出)=(A2−B1同時検出)=0
【0071】
ただし、αはモニター用として分岐された分の減少率を表わす定数である。モニター光分岐により同時検出の確率は変わるものの、同時検出を起こす検出器の相関関係は、第1の実施形態におけるΔθa−Δθb=0の場合と同じである。
【0072】
この構成および光子検出特性を利用して、以下の手順により秘密鍵を生成することができる。
(1)単一光子光源110は、光子パルス列を受信機A、Bに送信する。
(2)受信機A、Bはそれぞれ光子を検出する。その際、光子を検出した時刻およびどの検出器で光子を検出したかを記録しておく。
(3)光子の送受信後、受信機AおよびBは、光子検出時刻を互いに知らせ合う。
(4)受信機AおよびBは、同時刻に光子を検出した場合について、次のようにビットを生成する。
{A1が光子検出、B1が光子検出}=「0」
{A2が光子検出、B2が光子検出}=「1」
同時検出時の相関特性より、上記により生成したビットは2つの受信機で同じとなる。したがって、これを秘密鍵とすることができる。
【0073】
次に、この秘密鍵の盗聴に対する安全性について述べる。盗聴者が伝送路の光子を抜き出す盗聴法は、第1の実施形態の場合と同様の理由により成功しない。一方、盗聴者が伝送路上の光子を全て検出し、検出結果に基づいて偽装信号を再送する盗聴法に対しては、本実施形態では位相変調を行っていないため、第1の実施形態と同じ手法でこれを検知することはできない。この盗聴法に対処するため、本実施形態ではモニター用光子検出器A3,B3を用いている。
【0074】
モニター用検出器A3,B3には、単一光子光源からの出力が2分岐されたパルス列が、直接的に入力される。この場合、ひとつの光子が2つに分裂することはないので、検出器A3が光子を検出すれば、該当するパルスで検出器B3が光子を検出することはない。また、検出器B3が光子を検出すれば、該当するパルスで検出器A3が光子を検出することはない。すなわち、同時検出確率はゼロである。
【0075】
ところが、上述の盗聴が行なわれると、状況が異なってくる。本発明では、時刻t0に光源を発した光子状態と時刻t0+Tに光源を発した光子状態の干渉現象を利用して、鍵ビットを生成しているので、盗聴者が偽装信号を再送して正常時と同じ干渉結果を起こすためには、どちらにも光子が存在し得る連続パルスを送らなければならない。しかし、この場合、それぞれの受信機に到達するのは、別の光源から発せられたパルス列となる。
【0076】
そうすると、2つの受信機のモニター検出器A3,B3では、同時に光子を検出することが起こり得る。これは、ひとつの単一光子光源からのパルス列を光子検出する正常時には起こり得ない。したがって、モニター検出器が同時検出すれば、盗聴ありと判断することができる。これにより、盗聴を検知することができる。言い方を変えると、モニター光子検出に異常がなければ、盗聴されていない鍵であることが保証される。
【0077】
本発明によれば、光源からの出力光子数を小さくしなくても、高い秘密鍵生成率が実現可能となる。
【0078】
以上、本発明について、具体的にいくつかの実施形態について説明したが、本発明の原理を適用できる多くの実施可能な形態に鑑みて、ここに記載した実施形態は、単に例示に過ぎず、本発明の範囲を限定するものではない。ここに例示した実施形態は、本発明の趣旨から逸脱することなくその構成と詳細を変更することができる。さらに、説明のための構成要素および手順は、本発明の趣旨から逸脱することなく変更、補足、またはその順序を変えてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0079】
【図1】従来の量子鍵配送システムの構成例を示す図である。
【図2】本発明の第1の実施形態に係る量子鍵配送システムの構成例を示す図である。
【図3】本発明の第2の実施形態に係る量子鍵配送システムの構成例を示す図である。
【符号の説明】
【0080】
10 量子もつれ光源
12 ポンプ光源
14 光非線形媒質
16 光フィルタ
20,30 受信機
22,32 位相変調器
110 単一光子光源
112 光カップラ
120,130,220,230 受信機
122,132 位相変調器
222,232 光カップラ
A1,A2,A3,B1,B2,B3 光子検出器
C1,C2,C3,C4 光カップラ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
2つの受信機間で秘密鍵を共有するための量子暗号装置であって、
時間間隔Tの光パルス列であって、1パルス当りの光子数が1以下である光パルス列を出力する光源と、
前記光源からの光パルスを分岐する光カップラと、
前記光カップラからの分岐光パルスを受信するように構成された2つの受信機と
を備え、前記各受信機は、
受信した光パルスに対して位相変調を施す位相変調手段と、
前記位相変調を施した光パルスを時間間隔Tで干渉させて、干渉状態に応じて光子を検出する光子干渉検出手段と、
前記位相変調手段における位相変調情報および前記光子干渉検出手段における光子検出時刻情報を交換することによって、互いに共通する秘密鍵を生成する秘密鍵生成手段と
を備えたことを特徴とする量子暗号装置。
【請求項2】
請求項1に記載の量子暗号装置であって、
前記位相変調手段は、0またはπ/2の位相変調を施すことを特徴とする量子暗号装置。
【請求項3】
請求項1または2に記載の量子暗号装置であって、
前記光子干渉検出手段は、
前記位相変調手段からの光パルスを分岐する光分岐手段と、
前記分岐した経路間に時間間隔Tの遅延を与える光遅延手段と、
前記光遅延手段からの光パルスを合波する光合波手段と、
前記合波手段からの光子を干渉状態に応じて検出する光子検出器と
を備えたことを特徴とする量子暗号装置。
【請求項4】
請求項1から3のいずれかに記載の量子暗号装置であって、
前記各受信機は、前記位相変調手段における位相変調情報および前記光子干渉検出手段における光子検出時刻情報を交換することによって、互いに共通するテストビットを生成して照合することによって、盗聴の有無を検知する盗聴検知手段をさらに備えたことを特徴とする量子暗号装置。
【請求項5】
2つの受信機間で秘密鍵を共有するための量子暗号装置であって、
時間間隔Tの光パルス列であって、1パルス当りの光子数が1以下である光パルス列を出力する光源と、
前記光源からの光パルスを分岐する光カップラと、
前記光カップラからの分岐光パルスを受信するように構成された2つの受信機と
を備え、前記各受信機は、
受信した光パルスの一部を分岐して光子を検出する光子検出手段と、
受信した光パルスの残りを時間間隔Tで干渉させて、干渉状態に応じて光子を検出する光子干渉検出手段と、
前記光子検出手段における光子検出時刻情報を交換することによって、盗聴の有無を検知する盗聴検知手段と、
前記光子干渉検出手段における光子検出時刻情報を交換することによって、互いに共通する秘密鍵を生成する秘密鍵生成手段と
を備えたことを特徴とする量子暗号装置。
【請求項6】
請求項5に記載の量子暗号装置であって、
前記光子干渉検出手段は、
前記受信した光パルスの残りを分岐する光分岐手段と、
前記分岐した経路間に時間間隔Tの遅延を与える光遅延手段と、
前記光遅延手段からの光パルスを合波する光合波手段と、
前記合波手段からの光子を干渉状態に応じて検出する光子検出器と
を備えたことを特徴とする量子暗号装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate