説明

金属塑性加工用潤滑剤

【課題】炭素鋼、合金鋼などの皮膜形成型冷間鍛造加工において、加工性に優れ、浸リン等の変質を起こさず、廃液量が少なく環境に対する負荷が低く、そして設備投資や操業費用の低減に繋がる、金属塑性加工用潤滑剤を提供すること。
【解決手段】下記の成分を含有する金属塑性加工用潤滑剤:
成分(A):水溶性脂肪族ヒドロキシモノまたはポリカルボン酸及び水溶性脂肪族ポリカルボン酸からなる群から選ばれる少なくとも1種;成分(B):固体潤滑剤、及び成分(C):バインダー。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭素鋼、合金鋼等の金属材料を冷間鍛造、押出、引き抜き等の塑性加工をする際に使用される、高面圧成形性に優れた金属塑性加工用潤滑剤に関する。さらに詳しくは、従来の化成処理皮膜形成型冷間鍛造等の塑性加工方法と比較して、作業工程の大幅な短縮が可能であり、設備投資の費用及び操業経費を縮小することができ、また廃液量が減少するため、環境負荷低減にも寄与する、高面圧成形性に優れた金属塑性加工用潤滑剤及びこれを用いた金属塑性加工方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、冷間鍛造加工では化成処理皮膜形成型冷間鍛造加工方法が一般的であるが、化成処理による皮膜形成は、水洗や酸洗など多数の処理工程を必要とし、水洗処理や化成処理などから各種の廃液が大量に発生し、環境に対する負荷が高い。また、化学反応の制御のため加温が必要であり、設備投資や操業に多額の費用がかかる。
【0003】
このため、一工程の一液で皮膜を形成する金属塑性加工用潤滑剤の開発が行われており、硫黄、リン等の極圧添加剤を用いた検討がなされている。例えば、硫黄を配位原子とするキレート配位子が提案されている(例えば、特許文献1参照)。また、リン系極圧剤としてアルキルホスホン酸誘導体が提案されている(例えば、特許文献2参照)。そして、硫化オキシモリブデンジヒドロカルビルジチオカーバメートが提案されている(例えば、特許文献3参照)。さらに、アルキルホスホン酸誘導体とリン酸金属塩が提案されている(例えば、特許文献4参照)。
【0004】
しかし、従来の一液で皮膜を形成する処理方法では、高面圧で成型される加工度の大きい冷間鍛造の場合、化成処理皮膜と比較して加工性が劣り、また後工程に機械加工が無い線材などでは、浸リンの恐れがあるためリン系添加剤を含む潤滑剤は使用できないなどの欠点があり、未だユーザーの満足するものは得られていないのが現状であった。
【0005】
【特許文献1】特許第3217072号
【特許文献2】特許第3314201号
【特許文献3】特許第3414628号
【特許文献4】特許第3567311号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、炭素鋼、合金鋼などの金属材料の塑性加工、特に皮膜形成型冷間鍛造加工において、加工性に優れ、浸リン等の変質を起こさず、廃液量が少なく環境に対する負荷が低く、そして設備投資や操業費用の低減に繋がる、金属塑性加工用潤滑剤を提供することである。
本発明の他の目的は、上記金属塑性加工用潤滑剤により形成される潤滑皮膜を表面に有する金属材料、この金属材料を用いて形成される金属加工品を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は以下に示す、金属塑性加工用潤滑剤、この金属塑性加工用潤滑剤により形成される潤滑皮膜を表面に有する金属材料、この金属材料を用いて形成される金属加工品を提供するものである。
【0008】
1.下記の成分を含有する金属塑性加工用潤滑剤:
成分(A):水溶性脂肪族ヒドロキシモノまたはポリカルボン酸及び水溶性脂肪族ポリカルボン酸からなる群から選ばれる少なくとも1種;
成分(B):固体潤滑剤、及び
成分(C):バインダー。
2.成分(B)が、脂肪酸金属石鹸及びワックスからなる群から選ばれる少なくとも1種を含む、上記1記載の金属塑性加工用潤滑剤。
3.成分(C)が、水溶性樹脂を含む、上記1または2記載の金属塑性加工用潤滑剤。
4.成分(A)の水への溶解度が、1g/100g(20℃)以上である、上記1〜3のいずれか1項記載の金属塑性加工用潤滑剤。
5.成分(A)が、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、グリコール酸、酒石酸、リンゴ酸、及びマレイン酸からなる群から選ばれる少なくとも1種である、上記1〜4のいずれか1項記載の金属塑性加工用潤滑剤。
6.成分(C)が、ガラス転移温度60℃以上の水溶性樹脂である、上記1〜5のいずれか1項記載の金属塑性加工用潤滑剤。
7.成分(A)を1〜50質量%含有する、上記1〜6いずれか1項記載の金属塑性加工用潤滑剤。
8.成分(B)を1〜50質量%、成分(C)を1〜30質量%含有する、上記1〜7のいずれか1項記載の金属塑性加工用潤滑剤。
9.上記1〜8のいずれか1項記載の金属塑性加工用潤滑剤により形成される潤滑皮膜を表面に有する金属材料。
10.上記9記載の金属材料を用いて形成される金属加工品。
【発明の効果】
【0009】
本発明の金属塑性加工用潤滑剤は、炭素鋼、合金鋼などの金属材料の塑性加工、特に皮膜形成型冷間鍛造加工において、加工性に優れ、浸リン等の変質を起こさず、また廃液量が少なく環境に対する負荷が低く、設備投資費用や操業費用を低減することができる。
本発明の金属塑性加工用潤滑剤が上記優れた効果を奏する理由としては、水溶性脂肪族ヒドロキシモノまたはポリカルボン酸または水溶性脂肪族ポリカルボン酸が、金属との反応性に富み皮膜形成時に強力に密着し、脂肪酸金属石鹸やワックスなどの固体潤滑剤を金属表面に強力に密着させ、加工時の被加工物の変形に伴う皮膜の破断を低減し、化成処理皮膜と同等以上の性能を示すためと考えている。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下本発明について詳細に説明する。
本発明の成分(A)として使用される水溶性脂肪族ヒドロキシモノまたはポリカルボン酸は、好ましくは炭素数2〜20、さらに好ましくは炭素数2〜6の水溶性脂肪族ヒドロキシモノまたはポリカルボン酸である。好ましくは、グリコール酸、酒石酸、リンゴ酸、乳酸、タルトロン酸、グリセリン酸、シトラマル酸、クエン酸、イソクエン酸等であり、さらに好ましくはグリコール酸、酒石酸、リンゴ酸である。
【0011】
本発明の成分(A)として使用される水溶性脂肪族ポリカルボン酸は、好ましくは炭素数2〜20、さらに好ましくは炭素数2〜6の水溶性脂肪族ポリカルボン酸であり、ジカルボン酸、トリカルボン酸、テトラカルボン酸、ペンタカルボン酸等が挙げられる。好ましくは、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、マレイン酸、グルタル酸、アジピン酸等であり、さらに好ましくはシュウ酸、マロン酸、コハク酸、マレイン酸である。
本発明の成分(A)として使用される水溶性脂肪族ヒドロキシモノまたはポリカルボン酸及び水溶性脂肪族ポリカルボン酸の水への溶解度は好ましくは1g/100g(20℃)以上であり、さらに好ましくは2g/100g以上である。溶解度が1g/100gより低いと反応性が低下し、密着性も低下する傾向がある。
【0012】
本発明の成分(A)として使用する水溶性脂肪族ヒドロキシモノまたはポリカルボン酸、水溶性脂肪族ポリカルボン酸は分子量が小さいため(約200以下)、脂肪酸金属石鹸、ワックス、水溶性樹脂、極圧添加剤と比較して潤滑性に劣る。しかし、金属との反応性に富むため、皮膜形成時に金属表面と強力に密着し、かつ脂肪酸金属石鹸やワックスなどの潤滑剤を、金属表面に密着させる補助的な働きをしていると考えられる。この効果により、加工時における被加工物の変形に伴う皮膜の破断が無く、良好な潤滑を示すものと考えられる。
本発明の成分(A)として使用する水溶性脂肪族ヒドロキシモノまたはポリカルボン酸、水溶性脂肪族ポリカルボン酸をアルカリにより中和すると、皮膜形成時の金属表面への密着が弱くなり、結果として潤滑性が劣るようになる。
【0013】
本発明の成分(B)の固体潤滑剤としては、脂肪酸金属石鹸及びワックスが好ましい。
脂肪酸金属石鹸としては、炭素数8〜22の飽和脂肪酸と、リチウム、ナトリウム、カリウム、マグネシウム、カルシウム、亜鉛、及びアルミニウムからなる群から選ばれる少なくとも1種の金属水酸化物または金属酸化物を反応させて得られる脂肪酸金属石鹸が挙げられる。特に好ましくは、ステアリン酸リチウム、ステアリン酸亜鉛である。
【0014】
また、ワックスとしては、滴点が好ましくは60℃以上、さらに好ましくは80℃以上であることが望ましい。潤滑剤が使用される環境温度は、浴槽内で夏季に30℃以上となる可能性があり、潤滑剤中のワックス成分が軟化すると凝集沈殿する恐れがあるためである。
【0015】
本発明の成分(C)のバインダーとしては水溶性または水分散性樹脂が好ましい。好ましい水溶性樹脂または水分散性樹脂の例としては、ポリウレタン、ポリアクリル酸、ポリメタクリル酸、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、ポリ酢酸ビニル、フェノール樹脂等が挙げられる。バインダーは、潤滑性の効果及び潤滑皮膜の強化を付与するためのものであり、ワックスと同様の理由で、ガラス転移温度が好ましくは60℃以上、さらに好ましくは70℃以上の水溶性樹脂が最適である。
【0016】
本発明の潤滑剤はその他の汎用の添加剤を含有しても良い。このような添加剤としては、極圧剤、上記成分(B)として例示した固体潤滑剤以外の固体潤滑剤(例えば、トリステアリルホスファイト、チオジプロピオン酸ジステアリル、黒鉛、二硫化モリブデン、ポリフェニレンサルファイド、二硫化タングステン、雲母、フッ化黒鉛等)、界面活性剤、防錆剤、防腐剤、増粘剤などが挙げられる。
溶媒が必要な場合、水が最適であり、工業用水、水道水、純水、蒸留水などが挙げられる。
【0017】
本発明の金属塑性加工用潤滑剤は、好ましくは、成分(A)の水溶性脂肪族ヒドロキシモノまたはポリカルボン酸及び水溶性脂肪族ポリカルボン酸からなる群から選ばれる少なくとも1種を1〜50質量%、成分(B)の固体潤滑剤、好ましくは脂肪酸金属石鹸及びワックスからなる群から選ばれる少なくとも1種を1〜50質量%、成分(C)のバインダー、好ましくは水溶性樹脂を1〜30質量%、残部として水を0〜97質量%含有する。さらに好ましくは、成分(A)を1〜30質量%、成分(B)を1〜20質量%、成分(C)を3〜20質量%、残部として水を30〜95質量%含有する。
本発明の潤滑剤は上記成分を混合することにより容易に調製することができる。
本発明の潤滑剤の被加工材への塗布量は好ましくは1〜80g/m2、さらに好ましくは5〜40g/m2である。
【実施例】
【0018】
表1〜表3に示す成分を混合し、実施例1〜16及び比較例1〜4の潤滑剤を調製した。
この潤滑剤に試験片を10秒間浸漬して引き上げ、150℃の恒温槽で10分間乾燥し、室温まで自然放冷することにより試験片上に乾燥皮膜を形成した。この時、乾燥皮膜として約10g/m2塗布した。乾燥皮膜を塗布した試験片を、常温でφ24mmからφ20.1mmまで前方押出加工を行い、その際の成型荷重(ton)とノックアウト荷重(ton)を測定し、以下の基準で評価した。
比較例5は潤滑剤塗布に代えて化成皮膜(ボンデ皮膜)処理したものである。
試験条件
鍛造機:600tonクランクプレス
試験片:SCM435H恒温焼きなまし処理,φ24mm×30mm(HRB=87)
前方押出し試験の概略を図1に示す。
評価基準
成型荷重(ton)
○:33.0 ton未満 ×:33.0 ton以上
ノックアウト荷重(ton)
○:2.00 ton未満 ×:2.00 ton以上
【0019】
【表1】



【0020】
【表2】



















【0021】
【表3】

【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】前方押出し試験の概略を示す図面である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の成分を含有する金属塑性加工用潤滑剤:
成分(A):水溶性脂肪族ヒドロキシモノまたはポリカルボン酸及び水溶性脂肪族ポリカルボン酸からなる群から選ばれる少なくとも1種;
成分(B):固体潤滑剤、及び
成分(C):バインダー。
【請求項2】
成分(B)が、脂肪酸金属石鹸及びワックスからなる群から選ばれる少なくとも1種を含む、請求項1記載の金属塑性加工用潤滑剤。
【請求項3】
成分(C)が、水溶性樹脂を含む、請求項1または2記載の金属塑性加工用潤滑剤。
【請求項4】
成分(A)の水への溶解度が、1g/100g(20℃)以上である、請求項1〜3のいずれか1項記載の金属塑性加工用潤滑剤。
【請求項5】
成分(A)が、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、グリコール酸、酒石酸、リンゴ酸、及びマレイン酸からなる群から選ばれる少なくとも1種である、請求項1〜4のいずれか1項記載の金属塑性加工用潤滑剤。
【請求項6】
成分(C)が、ガラス転移温度60℃以上の水溶性樹脂である、請求項1〜5のいずれか1項記載の金属塑性加工用潤滑剤。
【請求項7】
成分(A)を1〜50質量%含有する、請求項1〜6いずれか1項記載の金属塑性加工用潤滑剤。
【請求項8】
成分(B)を1〜50質量%、成分(C)を1〜30質量%含有する、請求項1〜7のいずれか1項記載の金属塑性加工用潤滑剤。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれか1項記載の金属塑性加工用潤滑剤により形成される潤滑皮膜を表面に有する金属材料。
【請求項10】
請求項9記載の金属材料を用いて形成される金属加工品。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2009−46607(P2009−46607A)
【公開日】平成21年3月5日(2009.3.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−214981(P2007−214981)
【出願日】平成19年8月21日(2007.8.21)
【出願人】(000162423)協同油脂株式会社 (165)
【出願人】(000003713)大同特殊鋼株式会社 (916)
【Fターム(参考)】