説明

金属溶出による電圧低下の少ないリチウムイオン電池の金属外装ケース用素材および金属外装ケースならびにリチウムイオン電池

【課題】リチウムイオン電池製造時のエージング工程で金属溶出が少なく、この結果、エージング後のリチウムイオン電池の電圧低下が少ない金属外装ケース用素材、金属外装ケースおよび該金属外装ケースを用いたリチウムイオン電池を提供する。
【解決手段】冷延鋼板を下地とし、ケース内面に相当する面に下層側からCu−Ni拡散層、Ni層を有するか、又は冷延鋼板を下地とし、ケース内面に相当する面に、下層側からCu層、Cu−Ni拡散層、Ni層を有する。さらに、冷延鋼板とCu−Ni拡散層との中間にFe−Ni層もしくはFe−Cu−Ni層、冷延鋼板とCu層との中間にFe−Ni層もしくはFe−Cu−Ni層を有すると好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、冷延鋼板を下地とし、Cu−Ni拡散層を有するNi、Cu系めっきにより少なくとも片面を被覆されためっき鋼板であって、被覆面を内面としてリチウムイオン電池の金属外装ケースを作成するための素材に関する。本発明にかかるリチウムイオン電池の金属外装ケース用素材は、電池製造直後のエージング工程で金属溶出が少なく、この結果、エージング後の電池の電圧低下が少ない点に特徴を有する。本発明はまた、該金属外装ケース用素材をプレス成形して作成したリチウムイオン電池の金属外装ケース、ならびに該金属外装ケースに正極、負極、セパレータを挿入し、電解液を注入して作成したリチウムイオン電池に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、民生用モバイル機器の小型化、高機能化に伴い、その電源として小型・軽量かつ高エネルギー密度で、長期間充放電が可能な二次電池が求められてきた。この結果、従来のニッケル−カドミウム電池やニッケル−水素電池に代わって、より高いエネルギー密度、出力密度を有するリチウムイオン電池などの非水電解質二次電池が広く普及するようになった。また、最近ではリチウムイオン電池は車載用二次電池としてもすでに実用段階に入り、ハイブリッド自動車や電気自動車のモーター用電源として、普及しようとしている。
【0003】
非水電解質二次電池を安価に製造するためには、低コストで高信頼性の外装ケース素材が必要であり、プレス成形性や溶接性、耐食性、強度などの観点から、通常、鋼板表面にNiめっきを施した材料が使用される。この材料は円筒缶や角缶などにプレス成形され、正極板、負極板、セパレータを捲回または積層した電極群がその内部に収容されたのち、開口部に電池蓋がカシメ固定されることで密閉される。このカシメ固定のために、電池缶の上方に段付け加工を施し、電解液を注入後、段付け部より上側に電池蓋がカシメ固定される。また、場合によっては、缶底部にスコア加工を施し、内圧が高すぎた場合の安全弁とすることもある。
【0004】
鋼板にあらかじめNiめっきをした素材(Niめっき鋼板)を用いると、プレス成形やスコア加工の際にNiめっきが損傷し、鋼板が露出するか、露出しないまでもNiめっきの厚みが薄すぎてFeイオンが溶出しやすい状態となる場合がある。一方、鋼板をプレス成形したあとでNiめっきを施す場合(後Niめっき)には、めっきの付き回りが均一ではないために缶底近くにNiめっきが極端に薄い部分が生じたり、めっき密着性がNiめっき鋼板よりも劣るために、段付け加工の際にNiめっきが剥離し、鋼板が露出することがあり、いずれもFeイオンの溶出につながる。
【0005】
リチウムイオン電池の作動状態において、金属外装ケースは負極接続されるのが通例であり、この場合には仮にNiめっきに損傷があっても、負極の電位から考えてFeイオンが溶出する可能性は少ない。しかしながら、電池製造工程において、ケースに電極群を収納し電解液を注液してから充電するまでの間(エージング工程)では、ケースは、リチウムイオンが未充電のカーボン負極電位(3.2〜3.4V vs Li/Li+)となっているため、Niめっきの損傷部からFeイオンが溶出する。電解液を正極、負極、セパレータ全体にゆきわたらせ、初期の充放電特性を安定化するためには、エージング工程は数日間程度あることが好ましい。この間に溶出したFeイオンは、電池を充放電した際に負極表面に金属として析出し成長するため、セパレータを貫通して正負極間に微小短絡を発生させる。微小短絡があると電池電圧の低下を招くため、出荷試験で不合格となり、電池の歩留まり低下につながる。
【0006】
このような課題に対して、特許文献1には、Niめっき鋼板でケースを成形後、缶内外面をアスファルトでコーティングする技術が開示されている。エージング時のFeイオン溶出が抑制されるうえ、缶外面の絶縁皮膜としての機能も有するとされている。特許文献2には、鋼板でケースを成形後、缶内面にNiめっきを1〜10μm施すことによりめっき欠陥であるマイクロポアを抑制する技術が開示されている。また、特許文献3には、過放電時のFeイオン溶出を抑制する対策として、Ni金属とフッ素樹脂微粒子からなる複合めっきを鋼板表面に施す技術が開示されている。
【0007】
一方、アルカリマンガン電池などの一次電池においては、古くから、電池特性を向上させるために金属外装ケース用素材の内面側について改善検討がなされてきた。特許文献4には、正極缶内面となる面にNi−Co合金めっきを施し、プレス成形の際にめっきに細かい割れを生じさせることにより正極物質との接触面積を増やし、接触抵抗を低減する技術が開示されている。特許文献5には、アルカリマンガン電池正極用のめっき鋼板として缶内面側にFe−Ni拡散めっき層を有し、最表層のFe露出率が10%以上であるNiめっき鋼板が開示されている。めっき表層と正極物質との密着性改善により内部抵抗が低減されている。特許文献6には、電池缶内面にNi−Fe合金層を有し、その表面に厚さ10〜50nmの鉄を含む酸化物層を有する電池缶が開示されている。酸化物層があるために内面の状態が変化しにくく、電極と安定かつ良好な接触状態が確保されるため、急速充放電特性に優れるとされる。
【0008】
本発明のNi、Cu系めっきに関わる従来技術としては、特許文献7〜9がある。特許文献7は、ボタン電池負極板用の表裏異種めっき(Cu/Ni)鋼板において、めっき密着性を向上させるためにめっき後焼鈍を行い、地鉄/めっき界面に拡散層を生成させたものである。特許文献8は、一次電池用Niめっき鋼板の深絞り加工性を向上させるために、電池缶外面に相当する面に、Niめっき後、Cuめっきを行い、焼鈍により拡散させたものである。特許文献9は、屋根や雨樋用のCuめっき鋼板の耐食性を向上させるため、鋼板とCuめっきの間に薄いNiめっきを行い、焼鈍により拡散させたものである。
【0009】
また、装飾Niめっきの下地としてCuめっきを行うことは汎用的である。例えば、非特許文献1には、装飾めっきの考え方として美観だけでなく耐食性にも重点を置くようになり、Niめっき単独ではその目的が危ぶまれ、必ずNiめっきの下地としてCuめっきを行うとの記述がある。また非特許文献2には、わが国はNi資源が乏しいため、Niめっきを厚くつけるかわりにCuめっきで補うことが述べられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2007−66530号公報
【特許文献2】特開2007−87704号公報
【特許文献3】特開2002−231195号公報
【特許文献4】特開平10−172521号公報
【特許文献5】特開2002−208382号公報
【特許文献6】特開2007−5092号公報
【特許文献7】特開平4−52294号公報
【特許文献8】特開平9−263994号公報
【特許文献9】特開昭57−108286号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】めっき技術便覧 日刊工業新聞社 昭和52年10月30日発行 第3版 p203
【非特許文献2】現場技術者のための実用めっき(I) 槇書店 昭和53年9月25日発行 p77
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
民生用、車載用を問わず、リチウムイオン電池において、エネルギー密度、出力密度、サイクル寿命、コスト、安全性などの複数の課題を同時に解決するためには、負極活物質、正極活物質、電解質、集電体の開発・改善だけではもはや限界に来ている。一方、金属外装ケースに関しては、従来、主として耐食性、漏液性、プレス成形性、溶接性、コストなどの観点から材料選択が進められてきたが、今後は電池特性向上をもたらすような金属外装ケース素材の開発がすすめられるべき時期に来ている。
【0013】
特許文献1〜3の技術は、エージング工程でのFeイオン溶出を抑制する効果を有するものの課題がある。特許文献1の技術は電池製造工程にアスファルトへのディップ工程が追加されるうえ、アスファルトの材料コストが高い。特許文献2の技術は、Niめっき厚みが従来の1〜2μmから最大10μmまで大幅にアップするためコストアップが著しく、また、段付き加工部のめっき剥離に対しては必ずしもめっきが厚いことは有利に働かない。特許文献3の技術はめっきの導電性が劣るため、めっき前に缶底部にNiリード板を溶接したのち表面にめっきが被覆されないよう保護膜を貼り、それからめっきを行う必要がある。さらに防錆のためその部分だけ別途、純Niめっきをする必要があり、工程が煩雑となる。
【0014】
金属外装ケースが正極物質と直接接触するアルカリマンガン電池などの一次電池においては、特許文献4〜6に示したような方法により、金属ケース内面の状態を制御することで、電池特性を向上させる試みがなされてきた。しかし、金属外装ケースが集電体として電池反応に直接関与する一次電池と、セパレータにより正極板、負極板と隔離されているリチウムイオン電池とでは、当然、ケース内面に求められる機能が異なり、特許文献4〜6の方法をそのままリチウムイオン電池用の金属外装ケースに用いても、むしろエージング工程でのFeイオン溶出を促進する結果となる。
【0015】
特許文献7〜9の技術は、鋼板にNiめっきとCuめっきを行って熱処理する点においては本発明と共通するが、Niめっきが下層である点で本発明とは構成が異なる。また用途が一次電池や屋根などの建材であるため、リチウムイオン電池用の金属外装ケースに関する本発明の課題が意識されておらず、そのまま適用しても効果は無い。非特許文献1および2の技術は装飾めっき用であって、あらかじめ加工された金属製品に後めっきを行うものである。従って、リチウムイオン電池用の金属外装ケースにおけるように、めっき後の厳しい多段プレス加工に耐えてFeイオン溶出部を生成しないこと、それを低コストで実現するために極力めっき厚みを薄くすべきであること等は意識されておらず、そのままで本発明の課題に適用可能との技術的示唆は無い。
【0016】
すなわち従来技術には、リチウムイオン電池エージング工程でのFeイオン溶出を抑制することで電池の歩留まりを向上させ、素材のコストアップが小さく、かつ電池製造工程に変更が必要ないようなケース素材に関する開示が無い。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明者らは上記の課題認識のもと、Niめっき鋼板を用いてプレス成形やスコア加工、段付け加工を行ったあとのNiめっきの損傷状態に着目して、鋭意、検討を重ねた。その結果、プレス成形では、絞りにより発生したしわの凸部において、その後の曲げ・曲げ戻しやしごきによりめっきが薄くなることでFeイオンが溶出する起点となっていることを見出した。また、スコア加工や段付け加工においては、地鉄とFe−Ni拡散層との界面を起点としてめっき剥離が起こっていることを見出した。これらを勘案してさらに検討を重ねた結果、展延性と摺動性、密着性に優れたCuめっきを耐磨耗性に優れたNiめっきの下層として付与し、両者の厚みと合金化条件を適切に制御して、金属層と合金層の構成および厚みを制御することにより課題が解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0018】
本発明は以下の(1)〜(20)よりなる。
(1)リチウムイオンを吸蔵・放出可能な負極とリチウムイオンを吸蔵・放出可能な正極とをセパレータを介して対向させた電極群および溶質としてリチウム塩を添加した有機溶媒を収納するリチウムイオン電池の金属外装ケース用の素材であって、冷延鋼板を下地とし、ケース内面に相当する面に、下層側からCu−Ni拡散層、Ni層を有することを特徴とする金属溶出による電圧低下の少ないリチウムイオン電池の金属外装ケース用素材。
(2)リチウムイオンを吸蔵・放出可能な負極とリチウムイオンを吸蔵・放出可能な正極とをセパレータを介して対向させた電極群および溶質としてリチウム塩を添加した有機溶媒を収納するリチウムイオン電池の金属外装ケース用の素材であって、冷延鋼板を下地とし、ケース内面に相当する面に、下層側からCu層、Cu−Ni拡散層、Ni層を有することを特徴とする金属溶出による電圧低下の少ないリチウムイオン電池の金属外装ケース用素材。
(3)ケース内面に相当する面において、Cu−Ni拡散層中にCuが63mass%以上である領域を有することを特徴とする上記(1)記載の金属溶出による電圧低下の少ないリチウムイオン電池の金属外装ケース用素材。
(4)ケース内面に相当する面において、Cu−Ni拡散層中にCuが80mass%以上である領域を有することを特徴とする上記(1)記載の金属溶出による電圧低下の少ないリチウムイオン電池の金属外装ケース用素材。
(5)ケース内面に相当する面において、冷延鋼板とCu−Ni拡散層との中間にFe−Ni層もしくはFe−Cu−Ni層を有することを特徴とする上記(1)、(3)、(4)のいずれかに記載の金属溶出による電圧低下の少ないリチウムイオン電池の金属外装ケース用素材。
(6)ケース内面に相当する面において、冷延鋼板とCu層との中間にFe−Ni層もしくはFe−Cu−Ni層を有することを特徴とする上記(2)記載の金属溶出による電圧低下の少ないリチウムイオン電池の金属外装ケース用素材。
(7)ケース内面に相当する面におけるCu−Ni拡散層の厚みが0.35〜3.0μmであることを特徴とする上記(1)〜(6)のいずれかに記載の金属溶出による電圧低下の少ないリチウムイオン電池の金属外装ケース用素材。
(8)ケース内面に相当する面におけるNi層の厚みが0.20〜4.0μmであることを特徴とする上記(1)〜(7)のいずれかに記載の金属溶出による電圧低下の少ないリチウムイオン電池の金属外装ケース用素材。
(9)ケース内面に相当する面におけるCuが80mass%以上である領域の合計厚みが0.25〜4.0μmであることを特徴とする上記(2)、(4)〜(8)のいずれかに記載の金属溶出による電圧低下の少ないリチウムイオン電池の金属外装ケース用素材。
(10)ケース外面に相当する面に、下層側からCu−Ni拡散層、Ni層を有することを特徴とする上記(1)〜(9)のいずれかに記載の金属溶出による電圧低下の少ないリチウムイオン電池の金属外装ケース用素材。
(11)ケース外面に相当する面に、下層側からCu層、Cu−Ni拡散層、Ni層を有することを特徴とする上記(1)〜(9)のいずれかに記載の金属溶出による電圧低下の少ないリチウムイオン電池の金属外装ケース用素材。
(12)ケース外面に相当する面において、Cu−Ni拡散層中にCuが63mass%以上である領域を有することを特徴とする上記(10)記載の金属溶出による電圧低下の少ないリチウムイオン電池の金属外装ケース用素材。
(13)ケース外面に相当する面において、Cu−Ni拡散層中にCuが80mass%以上である領域を有することを特徴とする上記(10)記載の金属溶出による電圧低下の少ないリチウムイオン電池の金属外装ケース用素材。
(14)ケース外面に相当する面において、冷延鋼板とCu−Ni拡散層との中間にFe−Ni層もしくはFe−Cu−Ni層を有することを特徴とする上記(10)、(12)、(13)のいずれかに記載の金属溶出による電圧低下の少ないリチウムイオン電池の金属外装ケース用素材。
(15)ケース外面に相当する面において、冷延鋼板とCu層との中間にFe−Ni層もしくはFe−Cu−Ni層を有することを特徴とする上記(11)記載の金属溶出による電圧低下の少ないリチウムイオン電池の金属外装ケース用素材。
(16)ケース外面に相当する面におけるCu−Ni拡散層の厚みが0.35〜3.0μmであることを特徴とする上記(10)〜(15)のいずれかに記載の金属溶出による電圧低下の少ないリチウムイオン電池の金属外装ケース用素材。
(17)ケース外面に相当する面におけるNi層の厚みが0.20〜4.0μmであることを特徴とする上記(10)〜(16)のいずれかに記載の金属溶出による電圧低下の少ないリチウムイオン電池の金属外装ケース用素材。
(18)ケース外面に相当する面におけるCuが80mass%以上である領域の合計厚みが0.25〜4.0μmであることを特徴とする上記(11)、(13)〜(17)のいずれかに記載の金属溶出による電圧低下の少ないリチウムイオン電池の金属外装ケース用素材。
(19)上記(1)〜(18)のいずれかに記載の金属外装ケース用素材を用いて作成された金属溶出による電圧低下の少ないリチウムイオン電池の金属外装ケース。
(20)上記(19)に記載の金属外装ケースに、リチウムイオンを吸蔵・放出可能な負極とリチウムイオンを吸蔵・放出可能な正極とをセパレータを介して対向させた電極群および溶質としてリチウム塩を添加した有機溶媒を収納して作成された金属溶出による電圧低下の少ないリチウムイオン二次電池。
【発明の効果】
【0019】
本発明により、非水系二次電池のリチウムイオン電池において、エージング工程でのFeイオン溶出が抑制される。この結果、充放電時の負極表面へのFe析出による電池電圧低下の問題が回避され、電池の歩留まりが向上する。また、電池の製造工程を変更する必要が無く、品質の安定したリチウムイオン電池を安価に供給することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1−1】本発明における各層厚みの測定方法の説明図で、本発明品例と比較品例のめっき断面SEM像の上にEDX線分析結果を重ね書きしたEDX線分析図であり、(a)(b)は加熱拡散の無い比較品例である。
【図1−2】図1−1と同様の図であり、(c)(d)は本発明品例である。
【図1−3】図1−1と同様の図であり、(e)(f)は本発明品例である。
【図1−4】図1−1と同様の図であり、(g)(h)は本発明品例である。
【図1−5】図1−1と同様の図であり、(i)(j)加熱拡散はあるがめっき層構成が本発明とは異なる比較品例のEDX線分析図である。
【図2】絞り加工用金型の構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下に本発明の金属外装ケース用素材、金属外装ケースが適用される非水系二次電池のリチウムイオン電池の構成について説明する。本発明に使用可能な非水系二次電池はいわゆるリチウムイオン電池と総称されるものである。すなわち、正極活物質、負極活物質にリチウムを吸蔵・放出可能な化合物が用いられ、これらを芯材であるAl箔、Cu箔に塗布したのち、セパレータを挟んで捲回もしくは積層された電極群と、セパレータに保持され溶質としてリチウム塩が添加された非水電解質と、電極群に接合された集電板とを備えている。これを金属外装ケースに収納したものである。金属外装ケースの形状は円筒形、角型、角のとれた角型(楕円もしくは陸上競技場のトラック型)、コイン型、ボタン型、シート型など、現在、実用化されている形状のいずれを選んでも良い。本発明の効果がより発現されやすい形状は、これらの形状で缶成形時に損傷しうる面積が広いものである。
【0022】
本発明における正極活物質は特に限定されず、コバルト酸無水物(LiCoO2)、ニッケル酸リチウム(LiNiO2)などの層状化合物、マンガン酸リチウム(LiMn24)などのスピネル化合物、オリビン構造を有するりん酸鉄リチウム(LiFePO4)、あるいはこれらの金属元素の一部を他の遷移金属元素で置き換えたものや典型金属元素を添加したもの、例えば、LiNiO2,LiNi0.8Co0.22,LiMn0.5Ni0.52,LiNiCoAlO2およびこれらの元素構成で量比の異なるものなどがあげられる。
【0023】
本発明における負極活物質も特に限定されないが、充放電に伴うリチウムイオンの挿入−脱離が可逆的に行われる点では炭素系材料が好ましい。例えば、難黒鉛化炭素や易黒鉛化炭素等の非晶質材料、黒鉛などの結晶性炭素材料が用いられる。また、錫酸化物、ケイ素酸化物、りん、ホウ素、フッ素等を用いて、炭素材料を改質したものも適用できる。また、あらかじめ電気化学的に還元することによりリチウムが挿入された材料を用いることもできる。
【0024】
本発明における電解質には非水溶媒系として通常に用いられる環状カーボネート、例えばエチレンカーボネート、プロピレンカーボネート、ブチレンカーボネート、ビニレンカーボネートなど、あるいは鎖状カーボネート、例えばジメチルカーボネート、メチルエチルカーボネート、ジエチルカーボネートなどを用いることができる。特に、両者を混合して用いることが好適である。
【0025】
溶質となるリチウム塩には、LiPF6,LiBF4,LiClO4などが好適に用いられる。これらを混合しても良い。
【0026】
本発明におけるセパレータとしては、織布、不織布、合成樹脂微多孔膜などを用いることができる。特に、ポリエチレン、ポリプロピレン製微多孔膜が好適である。
【0027】
本発明には電池の外装に金属ケースを用いる。これは安全性に優れるためである。ラミネート方式の外装は簡易に包装できる利点は有するものの、組電池にしたのち、内容物保護の観点から周囲を金属で覆う必要がある。また、外装に樹脂を用いる場合、成形自由度や軽量である利点はあるものの、コストや安全性、冷却効率の点で金属ケースに劣る。
【0028】
金属外装ケースは負極接続することが好ましい。これは、組電池の構成を簡素化するためである。負極接続とすれば、正極端子のみを設ければよいが、中立接続にすると、正極端子、負極端子を設ける必要があり、電池を直列接続するために組電池が嵩高くなる。ただし、ケースの絶縁におけるコスト、安全性をより重視する場合には、中立接続であっても良い。
【0029】
本発明では、外装ケース用金属として、NiもしくはNi合金により少なくとも片面を被覆された鋼板を用いる。これは、他の金属材料、例えばステンレスやアルミニウムに比べてコストパフォーマンスが優れるためである。すなわち、Feは安価であり、これに少量のNiをめっきして被覆することにより、有機溶媒中での耐食性が担保される。課題はケース成形時のNiめっき損傷によるFeイオンの溶出を抑制することであり、本発明はこれを解決するものである。
【0030】
次に、本発明のケース用めっき鋼板の構成について述べる。前項(1)〜(9)は、ケース内面に相当する面のめっき層構成である。ケース内面には、展延性と摺動性、密着性に優れたCuめっきを下層として、耐磨耗性に優れたNiめっきを上層として付与し、両者の厚みと合金化条件を適切に制御して、金属層と合金層の構成および比率を制御する。本発明(1)ではケース内面に、下層側からCu−Ni拡散層、Ni層を有することが必須である。これは成形によりNiが損傷した部位にも Cu−Ni拡散層が追随して鉄面を被覆することでFeの露出部を無くし、エージング時のFeイオン溶出を抑制するためである。Cu−Ni拡散層が存在しないと、加工時にめっきが剥離しやすい。Ni層が存在しないと加工時の磨耗によるめっき層の損傷が大きい。
【0031】
前項(2)はCu−Ni拡散層の下層としてCu層を有するめっき層構成である。前項(1)に比べると、Cu層の存在により展延性が優位となるため、より厳しい加工にもめっき層が追随する。
【0032】
前項(3)は、Cu−Ni拡散層中にCuが63mass%以上である領域を有するめっき構成である。前項(1)に比べると、Cuが63mass%以上である領域の存在により展延性が優位となるため、より厳しい加工にもめっき層が追随する。
【0033】
前項(4)は、Cu−Ni拡散層中にCuが80mass%以上である領域を有するめっき構成である。前項(1)(3)に比べると、Cuが80mass%以上である領域の存在により展延性がさらに優位となるため、よりいっそう厳しい加工にもめっき層が追随する。
【0034】
前項(5)は前項(1)、(3)または(4)のCu−Ni拡散層の下層として、Fe−Ni層もしくはFe−Cu−Ni層を有するものである。前項(1)、(3)または(4)に比べると、地鉄とめっきの密着性が優位であるため、さらに厳しい加工にもめっきが追随する。Fe−Ni層もしくはFe−Cu−Ni層の厚みは特に限定しないが、Niの鋼中への拡散深さとして0.2〜1μmが好適である。0.2μm未満では効果が限定的であり、1μm超では効果が飽和する。
【0035】
前項(6)は、前項(2)のCu層の下層としてFe−Ni層もしくはFe−Cu−Ni層を有するものである。前項(2)に比べると、地鉄とめっきの密着性が優位であるため、さらに厳しい加工にもめっきが追随する。Fe−Ni層もしくはFe−Cu−Ni層の厚みは特に限定しないが、Niの鋼中への拡散深さとして0.2〜1μmが好適である。0.2μm未満では効果が限定的であり、1μm超では効果が飽和する。
【0036】
前項(7)は、ケース内面に相当する面におけるCu−Ni拡散層の厚みの好適範囲を定めたものである。Cu−Ni拡散層の厚みが0.35μm未満では、めっき層が加工に追随する効果が限定的である。3.0μm超では効果が飽和する。
【0037】
前項(8)は、ケース内面に相当する面におけるNi層の厚みの好適範囲を定めたものである。Ni層の厚みが0.20μm未満では、加工によりめっき層が損傷しやすい。4.0μm超では効果が飽和する。
【0038】
前項(9)は、ケース内面に相当する面においてCuが80mass%以上である領域の合計厚みの好適範囲を定めたものである。Cuが80mass%以上である領域の合計とは、前項(4)の構成においては、Cu−Ni拡散層中においてCuが80mass%以上である領域のことであり、また、前項(2)の構成においては、Cu層と、Cu−Ni拡散層中においてCuが80mass%以上である領域との合計のことである。合計厚みが0.25μm未満ではめっき層が加工に追随する効果が限定的である。4.0μm超では効果が飽和する。
【0039】
前項(10)〜(18)は、ケース外面に相当する面のめっき層構成である。本発明においては、ケース内面におけるエージング時のFeイオン溶出を抑制することがその第一の目的であるが、リチウムイオン電池缶として使用されるためには、缶外面の耐食性に優れていることもまた重要な技術課題である。このためには、缶外面においても、加工後の缶壁部でのFe露出率を低減させることが有効である。これはケース内面におけるエージング時のFeイオン溶出を抑制するのと同じ方法により達成しうる。前項(10)〜(18)は、前項(1)〜(9)に対応するめっき層構成を缶外面に設けたものである。好適範囲は缶内面側に準じて定めたものである。
【0040】
次に、本発明におけるCu−Ni拡散層、Ni層、Cuが63mass%以上である領域、Cuが80mass%以上である領域、Fe−Ni層もしくはFe−Cu−Ni層の同定方法や厚みの測定方法について説明する。
【0041】
測定は、垂直研磨して得られためっき層断面のEDX線分析により行う。線分析は、あらかじめ化学分析などの方法によりめっき層の平均厚みを求めたのちに、SEM像(写真)で平均的な厚みとなっている箇所を1サンプルにつき最低3箇所選んで行い、これを異なる3サンプル以上のめっき層断面について測定する、すなわち合計9ヶ所以上測定することが好ましい。SEM/EDX分析の条件としては、たとえば下記が好適である。
(1)電界放射型走査電子顕微鏡(FE−SEM):日本電子JSM−7000F、加速電圧15KV、ビーム径10nm
(2)エネルギー分散型蛍光X線分析装置(EDX):EDAX GENESIS 4000
【0042】
以下、図1(a)〜(j)を用いて、本発明品例と比較品例を説明する。図1(a)〜(j)はいずれも断面SEM写真の上にEDX線分析結果を重ね書きしたものの例である。縦軸は各元素のmass%を表すが、鋼板中のFeのmass%を100%として、バックグラウンドノイズを補正してある。まず、図1(a)(b)にCu−Ni拡散層を有しない比較品例について示す。特徴は、EDX分析でCu、Niのいずれも100%となる領域を有すること、これらの領域の中間ではCu、Niのmass%が急峻に変化していることである。電子ビームによりX線が発生する領域の径が約1μmであることから、mass%が急峻に変化している部分の横軸方向長さも、約1μmとなる。横軸の下に各層の境界を記載した。各層の境界は、mass%が急峻に変化している部分の中間点、すなわち100%領域の端から0.5μmの位置となる。これより各層の厚みを求めることができる。
【0043】
次に、図1(c)〜(h)に本発明品例を示す。なお加熱処理の程度は、(c)(d)<(e)(f)<(g)<(h)の順番である。
【0044】
図1(c)は、下層側からCu層、Cu−Ni拡散層、Ni層を有する請求項2の本発明品例である。Cu、Niのいずれも100%となる領域を有することから、Cu層、Ni層の存在が分かる。一方、図1(a)(b)と異なり、上記100%領域の中間のCu、Niのmass%が急激に変化している部分は、横軸方向長さが1μm以上ある。これはCu−Ni拡散層が存在することを意味する。横軸の下に各層の境界を記載した。Cu層とCu−Ni拡散層の境界は、Cuが100%である領域の左端からさらに0.5μm左の位置にある。また、Ni層とCu−Ni拡散層の境界は同様に、Niが100%である領域の右端からさらに0.5μm右の位置にある。したがって、Cu−Ni拡散層の厚みは、Cuが100%である領域左端とNiが100%である領域右端の間の横軸方向長さから1.0μmを引いた値となる。
【0045】
図1(d)は、下層側からFe−Ni層もしくはFe−Cu−Ni層(3元と表示)、Cu層、Cu−Ni拡散層、Ni層を有する請求項6の本発明品例である。Feを含む合金層が存在することは、地鉄/めっき界面においてFeのmass%が100%から0%に変化するまでの横軸方向長さが1μmよりも長いこと、SEM像において地鉄/めっき界面に凹凸が見られることから分かる。Fe−Ni層もしくはFe−Cu−Ni層の厚みは、SEM像の界面凹凸部の厚みとほぼ等しい。
【0046】
次に、図1(e)〜(h)の本発明品例について説明する。これらはいずれも、下層側からFe−Ni層もしくはFe−Cu−Ni層(3元と表示)、Cu−Ni拡散層、Ni層を有する請求項5の本発明品例に属する。Niが100%となる領域は有するがCuが100%である領域がないことから、Ni層は存在しCu層は存在せず、Cuが検出される領域はCu−Ni拡散層であることが分かる。Cu−Ni拡散層のうち、Cuが80mass%以上である領域の厚みは、EDX分析結果でCuが80mass%以上となっている部分の横軸方向長さ(L83)として算出する。図1(h)では、Cuが80mass%以上である領域が存在しないが、Cuが63mass%以上であるCu−Ni拡散層は存在する。Cuが63mass%以上である領域の厚みは、EDX分析結果でCuが63mass%以上となっている部分の横軸方向長さ(L63)として算出する。Cuが63mass%以上、80mass%未満である領域の厚みは、L63−L83で算出される。
【0047】
最後に、図1(i)(j)の比較品例について説明する。これらは下層側からFe−Ni層もしくはFe−Cu−Ni層(3元と表示)、Cu−Ni拡散層を有するが、Ni層を有していない。3元層が厚く、めっき後の加熱が過多であった場合に見られるめっき層構成である。展延性、磨耗性のいずれにも乏しく、本発明の用途には適さない。
【0048】
次に、本発明のケース用素材の製造方法について述べる。鋼板の成分としては、低炭アルミキルド鋼、極低炭素鋼(sulc)などが好適に用いられる。板厚は通常0.1〜1mmである。鋼板はめっき前にあらかじめ焼鈍しておく。
【0049】
この鋼板の表面にめっきするが、前項(1)〜(4)や(10)〜(13)のめっき構成を得る第一の方法として、まず鋼板表面を脱脂、酸洗により清浄にしたのちに、Cuめっきを行う。Cuめっきはシアン化銅、ピロリン酸銅など公知のアルカリ性浴を用いて、電気めっきを行うことで得られる。また公知の光沢添加剤を添加しても良い。めっき厚みは最終的に必要とするCu−Ni拡散層やCu層の厚みを勘案して決定する。次にNiめっきを行う。Cuめっき後、ただちにNiめっきを行っても良いが、本発明の金属層と合金層の構成および好適な厚みを得るためには、Cuめっき後にほう酸水溶液への浸漬処理を行ってから、Niめっきを行うことが好ましい。ほう酸水溶液としては、濃度10〜100g/l、温度30〜60℃のものを用い、これに1〜10秒程度浸漬する。ほう酸浸漬処理を行うことにより、Niめっき後に加熱拡散させた場合に、好適な合金層厚みを得られる加熱条件範囲が広くなる。
【0050】
Niめっきは、ワット浴、ホウフッ化浴、スルファミン酸浴など公知の浴を用いて電気めっきを行うことで得られる。めっき厚みは最終的に必要とするCu−Ni拡散層やNi層の厚みを勘案して決定する。Niめっき浴中に光沢添加剤として、微粒化剤(第1種光沢剤)、平滑化剤(レベラー、第2種光沢剤)を添加しても良い。ここでは微粒化剤、平滑化剤の両方を添加したものを光沢Niめっき、どちらか片方のみを添加したものを半光沢Niめっきと呼ぶ。Niめっき浴中にP,B,Cr,Co,Mo等の合金成分を添加しても良い。合金比率は10%以下とすることで、Niの優れた耐磨耗性や均一被覆性を維持しつつ、合金元素の特性を発現できるため好適である。
【0051】
最後に加熱拡散処理を行う。本発明における加熱拡散条件の好適範囲は、加熱温度400〜550℃、加熱時間0.5〜3分である。これよりも緩い加熱条件ではCu−Ni拡散層の生成が起こらず、これよりも厳しい加熱条件ではCuが80mass%以上である領域が存在しにくくなる。Cuが63mass%以上である領域を存在させる場合には、加熱温度は650℃まで上げても良い。この時の加熱時間は0.2〜1分が好ましい。本発明の加熱拡散条件は、従来技術よりもはるかに緩やかである。例えば、特許文献7では、箱型焼鈍の場合で加熱温度500〜800℃、均熱時間5〜8時間が好適、連続焼鈍の場合で加熱温度700〜900℃、均熱時間30秒〜2分が好適とある。また、特許文献8では、本文中で500〜900℃の間、実施例では600℃、3分が最も緩い加熱条件であり、特許文献9では、本文中では銅の融点未満あるいは銅の融点以上でニッケルの融点未満、実施例では700℃、8時間となっている。これらに共通しているのは、めっき後に鋼材を焼鈍することと、地鉄界面にFe−Ni拡散層を生成させることである。すなわち、従来技術では、めっきを拡散・合金化すると同時に、鋼板を焼鈍する必要から、必然的に加熱温度が高く設定されている。これに対して本発明では、あらかじめ焼鈍した鋼材にめっきを行うため、加熱拡散条件はCu、Niの拡散を好適にする目的だけから設定することができる。また、本発明においては、地鉄界面にFe−Ni拡散層を生成させることは必須ではない。
【0052】
前項(1)〜(4)や(10)〜(13)のめっき構成を得る第二の方法として、まず鋼板表面を脱脂、酸洗により清浄にしたのちに、Cuストライクめっきを行う。Cuストライクめっきはシアン化銅、ピロリン酸銅など公知のアルカリ性浴を用いて、電気めっきを行うことで得られる。めっき厚みは、次の工程で硫酸銅によるCuめっきを行う際に置換析出が起こらない必要最小限でよい。具体的には0.2μm前後である。次に硫酸銅浴を用いて電気めっきによりCuめっきを行う。浴中に公知の光沢添加剤を添加しても良い。めっき厚みは最終的に必要とするCu−Ni拡散層やCu層の厚みを勘案して決定する。硫酸銅浴を用いるメリットは、アルカリ性浴よりも電流密度が高くできるため高速めっきができること、廃液処理や浴管理が容易であることである。
【0053】
次にNiめっきを行う。Cuめっき後、ただちにNiめっきを行っても良いが、本発明の金属層と合金層の構成および好適な厚みを得るためには、Cuめっき後にほう酸水溶液への浸漬処理を行ってから、Niめっきを行うことが好ましい。ほう酸水溶液としては、濃度10〜100g/l、温度30〜60℃のものを用い、これに1〜10秒程度浸漬する。ほう酸浸漬処理を行うことにより、Niめっき後に加熱拡散させた場合に、好適な合金層厚みを得られる加熱条件範囲が広くなる。Niめっきは、ワット浴、ホウフッ化浴、スルファミン酸浴など公知の浴を用いて電気めっきを行うことで得られる。めっき厚みは最終的に必要とするCu−Ni拡散層やNi層の厚みを勘案して決定する。Niめっき浴中に光沢添加剤として、微粒化剤(第1種光沢剤)、平滑化剤(レベラー、第2種光沢剤)を添加しても良い。ここでは微粒化剤、平滑化剤の両方を添加したものを光沢Niめっき、どちらか片方のみを添加したものを半光沢Niめっきと呼ぶ。Niめっき浴中にP,B,Cr,Co,Mo等の合金成分を添加しても良い。合金比率は10%以下とすることで、Niの優れた耐磨耗性や均一被覆性を維持しつつ、合金元素の特性を発現できるため好適である。最後に加熱拡散処理を行う。本発明における加熱拡散条件の好適範囲は、加熱温度400〜550℃、加熱時間0.5〜3分である。これよりも緩い加熱条件ではCu−Ni拡散層の生成が起こらず、これよりも厳しい加熱条件ではCuが80mass%以上である領域が存在しにくくなる。Cuが63mass%以上である領域を存在させる場合には、加熱温度は650℃まで上げても良い。この時の加熱時間は0.2〜1分が好ましい。
【0054】
前項(5)(6)や(14)(15)のめっき構成を得る方法について説明する。まず鋼板表面を脱脂、酸洗により清浄にしたのちに、Niストライクめっきを行う。Niストライクめっきはワット浴、全塩化物浴など公知の浴を用いて、電気めっきを行うことで得られる。めっき厚みは、次の工程で硫酸銅によるCuめっきを行う際に置換析出が起こらない必要最小限でよい。具体的には0.2μm前後である。Niストライクめっきを行う前に、清浄にした鋼板をほう酸水溶液に浸漬してもよい。この方法により、最後の加熱拡散処理で生成するFe−Ni層もしくはFe−Cu−Ni層の厚みを抑制することができる。
【0055】
次に硫酸銅浴を用いて電気めっきによりCuめっきを行う。浴中に公知の光沢添加剤を添加しても良い。めっき厚みは最終的に必要とするCu−Ni拡散層やCu層の厚みを勘案して決定する。硫酸銅浴を用いるメリットは、アルカリ性浴よりも電流密度が高くできるため高速めっきができること、廃液処理や浴管理が容易であることである。
【0056】
次にNiめっきを行う。Cuめっき後、ただちにNiめっきを行っても良いが、本発明の金属層と合金層の構成および好適な厚みを得るためには、Cuめっき後にほう酸水溶液への浸漬処理を行ってから、Niめっきを行うことが好ましい。ほう酸水溶液としては、濃度10〜100g/l、温度30〜60℃のものを用い、これに1〜10秒程度浸漬する。ほう酸浸漬処理を行うことにより、Niめっき後に加熱拡散させた場合に、好適な合金層厚みを得られる加熱条件範囲が広くなる。Niめっきは、ワット浴、ホウフッ化浴、スルファミン酸浴など公知の浴を用いて電気めっきを行うことで得られる。めっき厚みは最終的に必要とするCu−Ni拡散層やNi層の厚みを勘案して決定する。Niめっき浴中に光沢添加剤として、微粒化剤(第1種光沢剤)、平滑化剤(レベラー、第2種光沢剤)を添加しても良い。ここでは微粒化剤、平滑化剤の両方を添加したものを光沢Niめっき、どちらか片方のみを添加したものを半光沢Niめっきと呼ぶ。Niめっき浴中にP,B,Cr,Co,Mo等の合金成分を添加しても良い。合金比率は10%以下とすることで、Niの優れた耐磨耗性や均一被覆性を維持しつつ、合金元素の特性を発現できるため好適である。
【0057】
最後に加熱拡散処理を行う。本発明における加熱拡散条件の好適範囲は、加熱温度400〜550℃、加熱時間0.5〜3分である。これよりも緩い加熱条件ではCu−Ni拡散層の生成が起こらず、これよりも厳しい加熱条件ではCuが80mass%以上である領域が存在にくくなる。Cuが63mass%以上である領域を存在させる場合には、加熱温度は650℃まで上げても良い。この時の加熱時間は0.2〜1分が好ましい。Niストライクめっきを行うと、加熱により地鉄界面近傍にFe−Ni層もしくはFe−Cu−Ni層が生成する。これはNiが地鉄中およびCuめっき中に拡散するためである。この結果、めっき密着性が向上する。
【0058】
本発明の金属外装ケース用素材を用いてリチウムイオン電池缶を作成するには、通常の多段プレスを行えば良い。本発明の素材はプレス条件によらず通常のNiめっき鋼板よりもめっき損傷を起こしにくいが、この特性を最大限に発揮させるためには、プレス条件の最適化が有効である。多段プレス工程におけるめっき損傷を軽減する方法を図2に具体的に例示する。図は絞り金型のうち、ポンチおよび右側半分のダイスとしわ押さえを示す。この工程で発生するめっき損傷には3つある。1つ目は、しわが発生したまま絞りが行われることによるめっき損傷で、これはしわ押さえ圧を上げることで軽減できる。2つ目はダイの肩で摺動されることによるめっき損傷で、これはRdを大きくすること、しわ押さえ圧を下げることで軽減できる。3つ目は絞りによるめっきの薄膜化に起因する損傷で、これは絞り比R1/R2を小さくすることで軽減できる。なお、本発明の金属外装ケース用素材は摺動性、展延性に優れためっき層を有することから、多段プレス以外の成形方法、たとえばDI加工を行う場合においても、潤滑剤や冷却水の使用を減らすことができるため、プレスの生産性向上とコスト低減の観点から優位である。
【0059】
本発明の金属外装ケース用素材をプレス成形して作成した電池缶を用いて、リチウムイオン電池を製造する方法は、定法に従えばよい。エージング工程についても、電解液を正極、負極、セパレータ全体にゆきわたらせ、初期の充放電特性を安定化するために、数日間程度行うことが好ましい。この際、温度を40℃程度まで上げることで、電解液の浸透が早まる。この間のFeイオンの溶出は極めて少ないため、このあと電池を充放電しても微小短絡が発生せず、電池電圧の低下が小さいため、電池の歩留まりが高い。
【実施例】
【0060】
次に、実施例を用いて本発明を非限定的に説明する。まず、ケース素材は以下のようにして製造した。
【0061】
(1)供試鋼板
表1に成分を示す低炭アルミキルド鋼とNb−Ti−sulc鋼の焼鈍済み冷延板を用いた。板厚はいずれも0.3mmである。焼鈍は2%H2−N2雰囲気中で、最高到達板温が、低炭アルミキルド鋼は740℃、Nb−Ti−sulc鋼は780℃となるようにした。炉内滞在時間80secとした。表3の実施例、比較例のうち、1〜19は低炭アルミキルド鋼、20〜38はNb−Ti−sulc鋼を用いた。
【0062】
【表1】

【0063】
(2)めっき条件および加熱条件
表2に各種めっきの浴組成と電気めっき条件を示す。これらを用いて、表3に示す38水準のめっきを行った。めっきは鋼板の両面に同じ仕様で行った。加熱条件として、到達板温と在炉時間を表3に示す。この結果、表3に示す構成と厚みのめっきを得た。各層の厚みは前述の方法に従って断面EDX線分析により合計9ヶ所測定したものの平均値である。
【0064】
表3中、下記の記号の意味は以下の通りである。
FeNi、FeCuNi:Fe−Ni層もしくはFe−Cu−Ni層(図1で3元と表示)の厚み、Cu:Cu層の厚み、CuNi:Cu−Ni拡散層の厚み、Ni:Ni層の厚み、Cu80Ni20〜Cu100:Cuが80mass%以上である領域(Cu−Ni拡散層、Cu層)の厚み、Cu20Ni80〜Ni100:Niが80mass%以上である領域(Cu−Ni拡散層、Ni層)の厚み、Cu63Ni37〜Cu80Ni20:Cuが63mass%以上、80mass%未満である領域(Cu−Ni拡散層)の厚み
【0065】
【表2】

【0066】
(3)めっき密着性の評価
供試材をブランク径φ90に打ち抜き、ポンチ径φ45で円筒成形した。缶壁から幅10mm、高さ22mmの小片を切り出し、これを中央部で0T曲げした。曲げ部をSEM観察し、めっき剥離の程度を以下の基準で評価した。試験はn=4で行い、評点の平均値を求めた。
4:めっき剥離 無し
3:めっき剥離長さ 10%以内
2:めっき剥離長さ 10%以上、20%未満
1:めっき剥離長さ 20%超
【0067】
前記のケース素材を多段成形により18650型用の円筒形電池缶に成形した。低炭アルミキルド鋼は全7工程、Nb−Ti−sulc鋼は全5工程で成形した。ブランクから最終工程までの通算の絞り比は、低炭アルミキルド鋼では4.56、Nb−Ti−sulc鋼では4.24とした。いずれも、絞りにより発生したしわの凸部において、引き続き行われる曲げ・曲げ戻しやしごきによりめっきが薄くなる工程を含んでいる。
【0068】
(4)電池の作製
前記の電池缶を外装ケースとする18650型のリチウムイオン電池を以下の方法で作成し、評価した。
【0069】
(a)正極板
正極活物質としてコバルト酸リチウムを用いた。これにアセチレンブラックとポリフッ化ビニリデン(PVDF)を質量比で10:10:1となるよう混合したのち水性ディスパージョンとしてAl箔に塗布し、乾燥した。これを所定の厚みとなるよう圧延し、所定の大きさに切り出したものを正極板とした。
【0070】
(b)負極板
負極活物質には非晶質カーボンを用いた。これを導電材であるアセチレンブラックと乾式混合し、さらにポリフッ化ビニリデンを溶解させたN−メチルー2−ピロリドン(NMP)を混合物に均一に分散させて、カーボン:アセチレンブラック:PVDF=88:5:8となるペーストを作成した。これをCu箔に塗布し、乾燥したのち、所定厚みとなるよう圧延してから、所定の大きさに切り出したものを負極板とした。
【0071】
(c)セパレータおよび電解質
セパレータにはポリエチレン微多孔膜を用いた。電解質には、エチレンカーボネート:ジメチルカーボネート:エチルメチルカーボネートを体積比で25:35:40の割合で混合したものに、LiPF6を1mol/L添加した溶液を用いた。
【0072】
(d)電池
正極板と負極板がセパレータを挟んで捲回された電極群と、非水電解質と、電極群に接合された集電板を、前記の金属外装ケースに収納し、負極リード板によりケースを負極接続して、18650型円筒型電池を作成した。電池は各水準につき15個づつ作成した。
【0073】
(5)エージングと初期充放電
各水準につき5個は、常温で3日間、40℃で4日間、電位をかけずにエージングしたのち、電池蓋に穴を開けて電解液を取り出した。これをICP(Inductively coupled plasma)発光分析によりFeイオン濃度を測定した。表3にそれぞれの平均値を示す。残りの10個は、先の5個と同じ条件でエージングしたのち、0.3Cの電流で4.1Vまで充電、1Cの電流で2.7Vまで放電、1Cの電流で3.7Vまで充電を行った。初期放電容量の平均値は2.8Ahであった。その後、25℃で保持して、1週間目の電圧と3週間目の電圧の比較を行い、電圧の低下代を求めた。表3にそれぞれの平均値を示す。
【0074】
(6)外面耐食性試験
電圧測定が終了した電池を用いて、下記のサイクル条件で缶外面の腐食試験を行った。
【0075】
−20℃、2h→60℃、95%rh、4h→25℃、2h (1日3サイクル)
90サイクル終了後の缶外面に発生した点状赤錆の個数を測定した。表3に平均値を示す。
【0076】
性能評価結果を表3に示す。
【0077】
【表3−1】

【表3−2】

【0078】
本発明品は、従来のNi単層めっき鋼板(37,38)や加熱処理の無いCu,Ni複層めっき(31,32)、あるいは本発明の加熱条件をはずれて加熱されたCu,Ni複層めっき(33,34)に比べて、いずれもエージング時のFe溶出量や充放電試験後の電圧低下が著しく小さい。また外面の耐食性も大幅に優れている。これは、本発明のめっき層が電池缶成形に際して損傷しにくく、缶の内外面ともFe露出部が少ないためである。また、CuめっきとNiめっきの中間処理としてほう酸浸漬処理を行わなかった水準(35,36)よりも、行った水準の方がいずれの性能も優れている。
【産業上の利用可能性】
【0079】
本発明により、品質の安定したリチウムイオン電池を安価に供給することができ、民生用、車載用へのリチウムイオン電池の適用がますます促進される。これは高効率なモバイル機器やハイブリッド自動車、プラグインハイブリッド車の普及につながり、地球環境の改善にも寄与する。したがって産業上の利用価値は極めて大きい。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リチウムイオンを吸蔵・放出可能な負極とリチウムイオンを吸蔵・放出可能な正極とをセパレータを介して対向させた電極群および溶質としてリチウム塩を添加した有機溶媒を収納するリチウムイオン電池の金属外装ケース用の素材であって、冷延鋼板を下地とし、ケース内面に相当する面に、下層側からCu−Ni拡散層、Ni層を有することを特徴とする金属溶出による電圧低下の少ないリチウムイオン電池の金属外装ケース用素材。
【請求項2】
リチウムイオンを吸蔵・放出可能な負極とリチウムイオンを吸蔵・放出可能な正極とをセパレータを介して対向させた電極群および溶質としてリチウム塩を添加した有機溶媒を収納するリチウムイオン電池の金属外装ケース用の素材であって、冷延鋼板を下地とし、ケース内面に相当する面に、下層側からCu層、Cu−Ni拡散層、Ni層を有することを特徴とする金属溶出による電圧低下の少ないリチウムイオン電池の金属外装ケース用素材。
【請求項3】
ケース内面に相当する面において、Cu−Ni拡散層中にCuが63mass%以上である領域を有することを特徴とする請求項1記載の金属溶出による電圧低下の少ないリチウムイオン電池の金属外装ケース用素材。
【請求項4】
ケース内面に相当する面において、Cu−Ni拡散層中にCuが80mass%以上である領域を有することを特徴とする請求項1記載の金属溶出による電圧低下の少ないリチウムイオン電池の金属外装ケース用素材。
【請求項5】
ケース内面に相当する面において、冷延鋼板とCu−Ni拡散層との中間にFe−Ni層もしくはFe−Cu−Ni層を有することを特徴とする請求項1、3、4のいずれかに記載の金属溶出による電圧低下の少ないリチウムイオン電池の金属外装ケース用素材。
【請求項6】
ケース内面に相当する面において、冷延鋼板とCu層との中間にFe−Ni層もしくはFe−Cu−Ni層を有することを特徴とする請求項2記載の金属溶出による電圧低下の少ないリチウムイオン電池の金属外装ケース用素材。
【請求項7】
ケース内面に相当する面におけるCu−Ni拡散層の厚みが0.35〜3.0μmであることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の金属溶出による電圧低下の少ないリチウムイオン電池の金属外装ケース用素材。
【請求項8】
ケース内面に相当する面におけるNi層の厚みが0.20〜4.0μmであることを特徴とする請求項1〜7のいずれかに記載の金属溶出による電圧低下の少ないリチウムイオン電池の金属外装ケース用素材。
【請求項9】
ケース内面に相当する面におけるCuが80mass%以上である領域の合計厚みが0.25〜4.0μmであることを特徴とする請求項2、4〜8のいずれかに記載の金属溶出による電圧低下の少ないリチウムイオン電池の金属外装ケース用素材。
【請求項10】
ケース外面に相当する面に、下層側からCu−Ni拡散層、Ni層を有することを特徴とする請求項1〜9のいずれかに記載の金属溶出による電圧低下の少ないリチウムイオン電池の金属外装ケース用素材。
【請求項11】
ケース外面に相当する面に、下層側からCu層、Cu−Ni拡散層、Ni層を有することを特徴とする請求項1〜9のいずれかに記載の金属溶出による電圧低下の少ないリチウムイオン電池の金属外装ケース用素材。
【請求項12】
ケース外面に相当する面において、Cu−Ni拡散層中にCuが63mass%以上である領域を有することを特徴とする請求項10記載の金属溶出による電圧低下の少ないリチウムイオン電池の金属外装ケース用素材。
【請求項13】
ケース外面に相当する面において、Cu−Ni拡散層中にCuが80mass%以上である領域を有することを特徴とする請求項10記載の金属溶出による電圧低下の少ないリチウムイオン電池の金属外装ケース用素材。
【請求項14】
ケース外面に相当する面において、冷延鋼板とCu−Ni拡散層との中間にFe−Ni層もしくはFe−Cu−Ni層を有することを特徴とする請求項10,12,13のいずれかに記載の金属溶出による電圧低下の少ないリチウムイオン電池の金属外装ケース用素材。
【請求項15】
ケース外面に相当する面において、冷延鋼板とCu層との中間にFe−Ni層もしくはFe−Cu−Ni層を有することを特徴とする請求項11記載の金属溶出による電圧低下の少ないリチウムイオン電池の金属外装ケース用素材。
【請求項16】
ケース外面に相当する面におけるCu−Ni拡散層の厚みが0.35〜3.0μmであることを特徴とする請求項10〜15のいずれかに記載の金属溶出による電圧低下の少ないリチウムイオン電池の金属外装ケース用素材。
【請求項17】
ケース外面に相当する面におけるNi層の厚みが0.20〜4.0μmであることを特徴とする請求項10〜16のいずれかに記載の金属溶出による電圧低下の少ないリチウムイオン電池の金属外装ケース用素材。
【請求項18】
ケース外面に相当する面におけるCuが80mass%以上である領域の合計厚みが0.25〜4.0μmであることを特徴とする請求項11、13〜17のいずれかに記載の金属溶出による電圧低下の少ないリチウムイオン電池の金属外装ケース用素材。
【請求項19】
請求項1〜18のいずれかに記載の金属外装ケース用素材を用いて作成された金属溶出による電圧低下の少ないリチウムイオン電池の金属外装ケース。
【請求項20】
請求項19に記載の金属外装ケースに、リチウムイオンを吸蔵・放出可能な負極とリチウムイオンを吸蔵・放出可能な正極とをセパレータを介して対向させた電極群および溶質としてリチウム塩を添加した有機溶媒を収納して作成された金属溶出による電圧低下の少ないリチウムイオン二次電池。

【図2】
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【図1−1】
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【図1−2】
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【図1−3】
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【図1−4】
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【図1−5】
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【公開番号】特開2010−257927(P2010−257927A)
【公開日】平成22年11月11日(2010.11.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−150099(P2009−150099)
【出願日】平成21年6月24日(2009.6.24)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】