説明

金属表面改質方法

【課題】窪部位を有する金型の成形面あるいは大きい部品の全面を均一に表面改質することが難しい。
【解決手段】チャンバ1の中を真空に近い状態にする。アノード電極5Bの中にアルゴンガスを供給する。電子の速度を窪部位のエッジの形状を喪失させない速度まで低下させるために必要十分な圧力のアルゴンガスをアノード電極5Bと被照射体6との間に介在させる。電子の加速空間Sとプラズマ空間Pと電子の減速空間Gが存在し得る範囲内でカソード電極5Aと被照射体6との間の距離を可能な限り短くする。アノード電極5Bに電圧を供給してプラズマ空間Pにプラズマを発生させる。カソード電極5Aと被照射体6との間に電圧を供給して電子ビームを発生させて被照射体6の選択された被照射面に電子ビームを照射する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属製の被照射体に電子ビームを照射して被照射体の表面を改質する金属表面改質方法に関する。
【背景技術】
【0002】
金属製の被照射体の表面に電子ビームを照射して被照射体の表面を改質する表面改質方法が知られている。電子ビームによる金属表面改質方法には、大きく分けて特許文献1に代表的に示される方式と特許文献2に代表的に示される方式がある。本発明では、説明の便宜上、特許文献1に開示されるような電子ビームの特徴から“大面積照射方式”という。また、例えば、特許文献2に開示されるような表面改質方法を操作上の特徴から“走査線方式”という。
【0003】
大面積照射方式は、粒子線束の断面積が大きく比較的低エネルギ密度で大きな電流の電子ビームを照射する。大面積照射方式では、電子ビームが低エネルギ密度であるので、被照射体を表面から数μmを超えて侵食させない。そのため、被照射体の表面全面に均一に改質できる利点がある。改質層の特性は、被照射体の材質によって異なるが、基本的には金属製品の耐久性を向上させる。被照射体の表面には、研磨による凹凸が実質的に存在しない。
【0004】
走査線方式は、粒子線束を集束して断面積が小さく高エネルギ密度の電子ビームを走査しながら照射する。走査線方式には、電子ビームの照射方向を操作できる利点がある。ただし、表面から20μm〜30μmの深さまで侵食するので、表面に走査線の痕跡が残り、広範囲に均質な改質面を得ることが難しい。また、広い領域を改質させるためには、長時間を要する。そのため、金型または大きい部品の表面の改質に不向きである。
【0005】
特許文献3は、比較的平坦な表面を有する金属製の被照射体の表面の改質に適する大面積照射方式の表面改質方法を開示する。適正な電子ビームの照射は、次のプロセスでなる。清浄なチャンバの中を真空引きして希ガスを供給する。ソレノイドで磁場を形成しアノード電極に所定の電圧パルスを印加してプラズマを発生させる。カソード電極とコレクタ(被照射体)との間に電圧パルスを印加して電子ビームを発生させる。数回の電子ビームの照射の後でチャンバの中に残留する滓を除去する。
【0006】
大面積照射方式において被照射体の表面を均一に改質させるために必要な電子ビームのエネルギ密度は、1J/cm以上である。被照射体の表面を改質させるために、電子を高速で被照射体に衝突させる必要がある。したがって、磁場を通して電子を加速させるためにカソード電極から被照射体との間までにある程度の距離が必要である。また、電子が散乱しないように、電子を収束させるプラズマを発生する環状のアノード電極が設けられる。
【0007】
電子ビームは、見掛け上、真直ぐに照射されている。したがって、電子ビームは、被照射体の平坦面に照射される。被照射面に溝、段差、または窪み(以下、窪部位と総称する)が存在する場合、窪部位の側面と底縁部位に電子ビームが当たりにくいので、窪部位の側面あるいは底縁部位は、表面が改質されないまま残されてしまう。大面積照射方式では、電子ビームの粒子線束の断面積が大きいので、電子ビームが側面に当たるように照射方向を偏向することが難しい。
【0008】
特許文献4は、カソード電極とアノード電極とを兼用させることによってカソード電極と被照射体との間の距離を短くし、大面積照射方式において被照射体に形成されている窪部位の側面に電子ビームを照射する方法を提案している。特許文献4の発明は、被照射体における平坦面と底面との差が数mm以上ある窪部位の側面に電子ビームを照射できるようにする。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2004−1086号公報
【特許文献2】特開2008−91230号公報
【特許文献3】特開2006−344387号公報
【特許文献4】特開2010−100904号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
電子の速度が遅いと電子が十分な力で被照射面まで届きにくく、電子ビームが表面に当たっても改質層を得ることができない。放出される電子に必要な速度を与えるためには、カソード電極と被照射体との間に加速空間が必要である。カソード電極と被照射体との間の距離が十分にないと、電子の多くが被照射面に必要な力を持って到達することができず、均質に良好な改質面を得ることが難しい。
【0011】
照射時間が短い電子ビームを一度照射しただけでは改質面を均一に得ることができないので、電子ビームを何度も繰返し照射し続ける必要がある。電子は、凹凸の突部位に向かう傾向にあるので、被照射面に窪部位がある場合は、窪部位の突部位(エッジ)に集中的に当たる。そのため、電子ビームの照射回数を多くすると、高速で電子がエッジに衝突し続けることによって、エッジが形状を失って被照射体が致命的損傷を受ける。
【0012】
窪部位を有する部品として、例えば図2に示される射出成形機の可塑化スクリュがある。可塑化スクリュの溝100には、エッジ200と底縁部位300が存在する。電子の速度が速いと電子は曲がりにくく窪部位の底面400に当りやすくなるが、エッジ200に与える衝撃が大きい。電子の速度が低いと電子が底面400に到達しにくく、むしろエッジ200に集中しやすくなる。何れにしても、結果的に、電子ビームの照射回数を重ねると、エッジ200の形状が壊れて製品価値を失う。
【0013】
本発明は、上記課題に鑑みて、被照射体に損傷を与えずに窪部位が存在する被照射面を広く均一に改質することができる改良された電子ビームによる金属表面改質方法を提供することを目的とする。その他の本発明による利点は、具体的な実施の形態の説明においてその都度説明する。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明の表面改質方法は、上記課題を解決するために、密閉されたチャンバの中を真空に近い状態にして、アノード電極の中にプラズマを生成するために必要な希ガスを供給するとともに、電子の速度を窪部位のエッジの形状を喪失させない速度まで低下させるために必要十分な圧力の希ガスをアノード電極と被照射体との間に介在させ、電子の加速空間とプラズマ空間と希ガスによる電子の減速空間とが存在し得る範囲内でカソード電極と被照射体との間の距離を可能限り短くし、被照射体の選択された被照射面が均一に改質されるまで所定のエネルギの電子ビームを所定回数繰返し被照射面に照射するようにする。
【0015】
特に、本発明の表面改質方法は、選択された被照射面が改質された後に改質された被照射面と改質されていない被照射面とが電子ビームの照射領域で2分の1以上重複するように被照射体を回転させて次の被照射面を選択するようにする。
【発明の効果】
【0016】
電子の速度を窪部位のエッジの形状を喪失させない速度まで低下させる比較的圧力(密度)が高いアルゴンガスによる減速空間Gを電子が通過する。電子の速度が低下するが、被照射体を可能な限りカソード電極に近付けるので電子は必要な力を持って被照射体に到達する。このとき、電子ビームのエネルギが変わらない。
【0017】
電子ビームを照射すると、電子が凹凸の突部位に当りやすい。照射時間が短い電子ビームを繰返し照射すると、表面の材料が溶融して面粗さが消失して平滑化する。面粗さがなくなると、面粗さが残されている面粗さの突側に電子が当たるようになり、すでに平滑化されている表面には殆んど当たらなくなる。低エネルギ密度の電子ビームであるため、電子ビームの照射回数に関わらず、すでに改質されている被照射体の表面では、数μm以上侵食しない。
【0018】
したがって、照射工程の初期段階において先に平坦面と窪部位のエッジに改質層が形成され、改質層の広がりとともに窪部位の側面と底縁部位にも電子ビームが当たるようになる。電子の速度を低下させて照射時間の短い大面積の電子ビームを繰返し照射し続けることによって、窪部位のエッジの形状を喪失することなく、広い被照射面の全面に均等に改質層が形成される。本発明の表面改質方法によると、電子ビームを必要回数繰返して照射することができ、窪部位を有する金型または大きい部品であってもより容易に均質に改質することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の表面改質方法を実施することができる電子ビーム照射装置の右側面図である。
【図2】被照射体として射出成形機の混練スクリュを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
図1は、金属表面改質を実施するための電子ビーム照射装置の全体構成を模式的に示す。本発明では、断面積10mm以上を大面積という。また、10kV〜30kVを低エネルギとし、10kA〜30kAを高電流という。金属表面改質を実施するための電子ビーム照射装置は、主に、チャンバ1と、移動装置2と、真空装置3と、希ガス供給装置4と、電子ビーム発生装置5と、で構成される。
【0021】
チャンバ1は、被照射体6を収容する手段である。チャンバ1は、電子ビーム照射装置の前面で被照射体6を出し入れするために開口している。チャンバ1には、開口部位を閉鎖してチャンバ1の中を密閉する密封扉1Aが設けられている。チャンバ1は、耐真空構造である。チャンバ1は、基台1Bの上に設置されている。
【0022】
移動装置2は、水平1軸方向と、水平1軸方向(X軸)に直交する他の水平1軸方向(Y軸)と、鉛直方向(Z軸)と、に被照射体6を移動させる手段である。移動装置2は、X軸方向に移動する移動体10と、Y軸方向に移動する移動体20と、Z軸方向に上下動する昇降装置30と、を備える。実施の形態の移動装置2では、移動体20の上に移動体10が搭載され、移動体10の上に昇降装置30が設置される。昇降装置30の上に被照射体6を載置するテーブル40が設けられる。
【0023】
移動体10は、図示しないモータによってX軸方向に移動する。移動体10の上に昇降装置30を介して設けられるテーブル40に直接または冶具によって被照射体6を取り付けて固定することができる。移動体20は、モータによってY軸方向に移動する。移動体10と移動体20は、図示しない移動制御装置で制御される。昇降装置30は、移動体10と移動体20を制御する移動制御装置で制御するようにすることができる。
【0024】
真空装置3は、密閉されたチャンバ1の中を真空に近い状態にする手段である。真空装置3は、真空ポンプによってチャンバ1の中の空気を抜く、いわゆる真空引きをしてチャンバ1の中を減圧する。実施の形態の真空ポンプは、スクロールポンプ3Aとターボ分子ポンプ3Bでなる。チャンバ1の中の空気を抜いた後は、流量調整弁3C,3Dを絞ってチャンバ1の中の真空に近い状態を保持する。真空ポンプは、電子ビームを照射している間稼動しており、チャンバ1の排気をして、チャンバ1の中の真空に近い状態を維持している。
【0025】
希ガス供給装置4は、チャンバ1の中に希ガスを供給する手段である。希ガス(不活性ガス)は、長周期表第18族元素であるヘリウム,ネオン,アルゴン,クリプトン,キセノン,ラドンを示す。電子ビームによる表面改質方法で実績のある希ガスは、アルゴンガスである。希ガス供給装置4は、液化アルゴンを封入したボンベ4Aと、チャンバ1に接続する配管4Bと、バルブ4Cと、を含んでなる。電子ビーム照射装置は、チャンバ1の中のガス圧を0.03Pa〜0.1Paにすることができるように設計されている。
【0026】
実施の形態の電子ビーム照射装置には、チャンバ1の外に密閉空間4Dが設けられている。密閉空間4Dには、図示しない管路を通して窒素ガスが供給される。密閉空間4Dの中にカソードのギャップスイッチ(点火スイッチ)が存在する。密閉空間4Dの中の窒素ガスは、ギャップスイッチの表面に炭化物が付着することを防止する。
【0027】
電子ビーム発生装置5は、電子銃であるカソード電極5Aと、環状のアノード電極5Bと、被照射体6に通電するコレクタ5Cと、磁場を形成するソレノイド5Dと、を含んでなる。コレクタ5Cは、テーブル40である。テーブル40は、チャンバ1にグランドライン5Eでアースする。
【0028】
カソード電極5Aとテーブル40に通電する被照射体6との両極間に電子ビームを発生させるための電圧パルスを印加する高圧電源を含む電子ビーム発生用電源装置5Fが設けられる。また、カソード電極5Aとアノード電極5Bとの間にプラズマ発生用電源装置5Gが設けられる。スイッチ5Hは、カソード電極5Aの電源の接続を切り換える。
【0029】
カソード電極5Aは、断面円形の基盤にチタンでなる多数の針状の突起が設けられている。アノード電極5Bは、カソード電極5Aの断面積より大きい内径を有するリング形状をしている。実施の形態の電子ビーム照射装置は、例えば、カソード電極5Aの直径が90mmφで、アノード電極5Bの内径が140mmφである。アノード電極5Bは、円環内に比較的存在期間の短いプラズマを生成する。プラズマの電離層は、カソード電極5Aから放出される電子を収束する。
【0030】
以下に、本発明の金属表面改質方法の好適な実施例を図1に示される電子ビーム照射装置を用いて説明する。本発明の表面改質方法は、具体的に複数の作業工程に置き換えて説明することができる。電子ビームを照射して改質される被照射体6の表面に生じる現象と形成される改質層の特性は、被照射体6の材質によって異なる。被照射体6の金属は、鉄、チタンのような非鉄金属、合金である。実施例では、被照射体6を図2に示す材質がSKD61(熱間工具鋼,合金工具鋼)の可塑化スクリュとして説明する。
【0031】
第1の工程では、チャンバ1の中のテーブル40の上に被照射体6をセットして密封扉1Aを閉鎖する。チャンバ1の中は、予め浄化されている。全体的に丸棒形状の可塑化スクリュの被照射体6は、横に寝かせるようにしてテーブル40の上に載置される。図1に示される電子ビーム照射装置の場合では、被照射体6は、被照射体6の長手方向が電子ビーム照射装置の左右方向(X軸方向)に位置するように配置される。
【0032】
第2の工程では、被照射体6をカソード電極5Aから放出される電子ビームが被照射体6の選択された被照射面に当たる位置に配置する。具体的には、移動体10と移動体20を作動させてテーブル40をX軸方向とY軸方向に移動させることによって被照射体6をアノード電極5Bの直下に位置させる。
【0033】
第3の工程では、図1に示される電子の加速空間Sとプラズマ空間Pと希ガスによる電子の減速空間Gとが存在し得る範囲内でカソード電極5Aと被照射体6との間の距離を可能限り短くする。具体的には、昇降装置30を作動させて移動体10ないし被照射体6がチャンバ1の内壁と衝突しない限界の位置までテーブル40を上昇させる。このとき、アノード電極5Bと被照射体6との間に所定の圧力のアルゴンガスが介在する減速空間Gを設ける。
【0034】
カソード電極5Aと被照射体6との間の距離が十分にないと、必要な加速空間Sとプラズマ空間Pが存在し得ない。そうすると、電子が収束して必要な力を持って被照射体6に到達することができず、被照射面を高温にして衝撃を与えることによって被照射面に材料の溶出による改質変化を作用させる現象が発生せず、表面を良好に改質することができない。本発明では、カソード電極5Aと被照射体6とは、加速空間Sとプラズマ空間Pが存在し得る範囲で可能な限り短くする。その結果、被照射体6の原形を喪失することなく被照射面を良好に均質に改質できる。
【0035】
第4の工程では、密閉されたチャンバ1の中を真空に近い状態にする。具体的に、真空装置3の真空ポンプを作動させてチャンバ1の空気を抜き、チャンバ1の中を0.03Pa程度の真空に近い状態にする。
【0036】
第5の工程では、ソレノイド5Dを励起してチャンバ1の中のカソード電極5Aと被照射体6との間の加速空間Sに磁場を形成する。カソード電極5Aと被照射体6との間に形成される磁場によって、カソード電極5Aから放出される電子が加速空間Sで要求される速度まで加速される。
【0037】
第6の工程では、アノード電極5Bの円環の中にプラズマを生成するために必要な希ガスを供給する。カソード電極5Aから放出される電子は、プラズマ空間Pで収束されて被照射体6の被照射面に到達する。大面積照射方式の表面改質方法では、粒子線束の断面積が大きくエネルギ密度が比較的低いので、プラズマが存在しないと、電子が散乱して被照射体6の被照射面を改質することができない。
【0038】
第7の工程では、電子の速度を窪部位のエッジの形状を喪失させない速度まで低下させるために必要十分な圧力の希ガスをアノード電極5Bと被照射体6との間に介在させる。電子ビームのエネルギを変えずに電子の速度を低下させる希ガスは、プラズマを生成する希ガスと同一である必要はない。ただし、実用上は、プラズマを生成する希ガスと同一である。具体的には、アルゴンガスである。
【0039】
電子ビーム照射装置としては、従前からアルゴンガスの圧力を0.03Pa〜0.1Paの範囲でプラズマ空間Pに供給できるように構成されている。しかしながら、従前、アルゴンガスの圧力が0.06Paを超えた場合に、結果として被照射面の全面に改質層が形成されなかった。均一な改質層を得るために有効なアルゴンガスの圧力は、0.06Pa以下でなければならず、特に、0.05Paが適することが知られていた。
【0040】
ところが、本発明は、現在までの常識的な考えと全く異なる発想をして、アノード電極5Bのプラズマ空間Pと被照射体6との間に0.06Pa以上のアルゴンガスを介在させることによって、これまで表面改質ができないと考えられてきた速度まで電子の速度を低下させる。具体的に、図1に示される構成の電子ビーム照射装置において、アルゴンガスの圧力を0.085Paまで高くする。
【0041】
実施の形態の表面改質方法では、被照射体6を可能な限りカソード電極5Aに近付ける。同時に、環状のアノード電極5B、詳しくは、アノード電極5Bの円環の中に生成されるプラズマ空間Pと被照射体6の間の減速空間Gに上記所要の圧力のアルゴンガスを介在させる。その結果、アルゴンガスの作用によって電子の速度が低下するが、カソード電極5Aから放出される電子ビームのエネルギは減衰しないし、電子は必要な力を持って被照射面に到達する。
【0042】
第8の工程では、被照射体の選択された被照射面の全面が均一に改質されるまで、所定のエネルギの照射時間が短い電子ビームを所定回数繰返し被照射面に照射する。所定のエネルギで電子ビームを発生させるためのカソード電極5Aと被照射体6との間に印加される電圧パルスの条件等の照射条件は、従来から知られている照射条件と同じ範囲であって、具体的には、複数の先行技術が参照される。
【0043】
被照射体6が棒状であって被照射体6の全面を改質する必要がある場合、選択されている被照射面全体に均一に改質層が形成された後に、すでに改質層が形成された被照射面と改質層が形成されていない被照射面との電子ビームの照射領域が十分に重なるように被照射体6を中心軸廻りに所定角度回転させて同じように選択された被照射面の全面が均一に改質されるまで電子ビームを照射する。
【0044】
電子が衝突したときに被照射体6の表面から溶融剥離した一部分の微細な材料の滓がチャンバ1の中を浮遊する。滓は、時間と共に自重によって自由落下する。このとき、原因が明確ではないが、滓が被照射体6の下方向に回り込んで被照射体6の側面下側と下面に付着する。滓は、粉塵に近い粉状である。被照射体6の表面に滓が付着した状態で放置すると容易に取り除くことができなくなる。また、滓が蓄積されて層が厚くなると、被照射面6の表面を覆って改質処理の障害になる。
【0045】
実施の形態の表面改質方法では、選択されている被照射面全体に均一に改質層が形成された後に、すでに改質層が形成された被照射面と改質層が形成されていない被照射面とが少なくとも2分の1以上電子ビームの照射領域が重なるように棒状の被照射体6を所定角度回転させる。被照射体6が丸棒形状の場合は、90度回転させる。
【0046】
その結果、次の選択された被照射面を改質処理する過程で滓が取り除けなくなる前に滓が付着している表面が改質される。このとき、すでに改質されている表面では、平滑な改質層によって滓が付着しにくく、付着した滓は容易に拭き取ることができる。滓は、被照射体6の側面下側と下面に付着するので、一度に全面を照射できない可塑化スクリュのような形状の被照射体の表面を改質する場合に、滓が改質処理の障害にならない点で有効である。
【0047】
特に、選択された被照射面が改質された後に改質された被照射面と改質されていない被照射面とが電子ビームの照射領域で3分の2以上重複するように被照射体を回転させて次の被照射面を選択すると、滓による障害を一層確実に防ぐことができる。例えば、図2に示される窪部位の形状が複雑である可塑化スクリュの場合は、中心軸O廻りに45度回転させて電子ビームを照射する。
【0048】
大面積照射方式の金属表面改質方法では、エネルギ密度が比較的低く、同じ面に繰返し電子ビームを照射しても数μm以上は改質が進行しないため、電子ビームの照射回数を増大させることによって境界線が全くわからない状態で全面に均質に数μmの改質層を形成させることができる。
【0049】
図2に示されるような長尺の被照射体6の全面を改質する場合は、カソード電極5Aとアノード電極5Bで規定される照射面積に相応する領域で全周にわたって改質した後に被照射体6を長手方向に送り出して次の新しい被照射面をアノード電極5Bの直下に位置させる。図1に示される被照射体6の配置の場合は、移動体10を所定ピッチ移動して被照射体6をX軸方向に送り出す。このとき、すでに改質されている表面と次の被照射面が部分的に重なるようにして、改質されない面ができないようにする。実施の形態の表面改質方法では、20mmピッチで送り出すようにしている。
【0050】
図2に示される被照射体6の場合、選択された被照射面一面当たり電子ビームを75回照射し、被照射体6を45度ずつ回転して被照射面を変えながら回転方向に選択された被照射面8面で合計600回電子ビームを照射した。その結果、形状の変形はなく、窪部位の側面と底縁部位を含めて全面が均等に改質された。被照射体6に形成された改質層の厚さはほぼ均一で約2μmである。改質層は、主に熱間工具鋼に含まれるクロムが溶出して形成されている。表面に研磨では避けることができない僅かな凹凸も存在せず、耐熱性と耐磨耗性に優れる。改質層は、鍍金層と異なり、表面全体を均等に覆って剥離することがない。
【0051】
大面積照射方式で電子ビームによる表面改質をされた射出成形機の可塑化スクリュには、高温による表面の損傷が生じにくい。また、炭化した溶融樹脂が可塑化スクリュの表面を覆うように残留し全体が黒くなる現象が発生しない。このような可塑化スクリュは、樹脂成形品に不純物を混入させることがない。また、射出成形において、清掃作業ないしは交換作業のような維持管理に要する作業の負担を低減し、費用と時間を削減して加工効率を向上させる。
【0052】
被照射体6に与える有利な点は、被照射体6の材料によって異なる。例えば、被照射体6が超硬合金でなる金型の場合は、改質層が主に超硬合金に含まれる焼結バインダのコバルトが溶出して形成されているようである。そのため、表面に僅かな凹凸も存在せず、耐食性と耐磨耗性に優れる。その結果、このような金型は、離型性に優れる。また、金型の寿命がより長くなる。
【0053】
本発明の表面改質方法は、電子の速度を低くするので、スパッタリングのときのように高温で溶融する材料な粒子がより飛散しにくい。そのため、飛散した粒子の再凝固による表面荒れが生じない。カソード電極5Aから放出される電子ビームのエネルギは従来の照射条件と本質的に変わらないから、電子の速度を低下させることで被照射面が不良に変質したり、反対に被照射面に何も変化が生じないということがなく、被照射面に適正に均質な改質層が形成される。電子の衝突による衝撃を限界まで低減することで数百回に及ぶ電子ビームの照射を行なっても、被照射体における窪部位のエッジの形状が損傷しない。
【0054】
以上に説明される実施の形態の表面改質方法は、本発明の技術思想を逸脱しない範囲で変形して実施することができる。例えば、プラズマを生成させるための希ガスの供給と電子の速度を低下させるために必要な圧力の高い希ガスの供給を同時に行なうことができる。
【産業上の利用可能性】
【0055】
本発明の電子ビームによる金属表面改質方法は、金属加工の技術分野において広く適用される。金属加工で適用される殆んどの金属材料の表面改質に有効である。特に、比較的深い窪部位を有する金型の成形面あるいは大きい部品の全面を表面改質することができる。本発明は、金属加工の発展に貢献する。
【符号の説明】
【0056】
1 チャンバ
1A 密封扉
1B 基台
2 移動装置
3 真空装置
3A スクロールポンプ
3B ターボ分子ポンプ
4 希ガス供給装置
4A ボンベ
4B 配管
4C 供給口
4D 密閉空間
5 電子ビーム発生装置
5A カソード電極
5B アノード電極
5C コレクタ
5D ソレノイド
5E グランドライン
5F 電子ビーム発生用電源装置
5G プラズマ発生用電源装置
5H スイッチ
6 被照射体
10 移動体
20 移動体
30 昇降装置
40 テーブル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
密閉されたチャンバの中を真空に近い状態にして、アノード電極の中にプラズマを生成するために必要な希ガスを供給するとともに、電子の速度を窪部位のエッジの形状を喪失させない速度まで低下させるために必要十分な圧力の希ガスを前記アノード電極と被照射体との間に介在させ、電子の加速空間とプラズマ空間と前記希ガスによる電子の減速空間とが存在し得る範囲内でカソード電極と前記被照射体との間の距離を可能限り短くし、前記被照射体の選択された被照射面が均一に改質されるまで所定のエネルギの電子ビームを所定回数繰返し前記被照射面に照射する金属表面改質方法。
【請求項2】
前記選択された被照射面が改質された後に改質された被照射面と改質されていない被照射面とが電子ビームの照射領域で2分の1以上重複するように前記被照射体を回転させて次の被照射面を選択するようにすることを特徴とする請求項1に記載の金属表面改質方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2013−49880(P2013−49880A)
【公開日】平成25年3月14日(2013.3.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−187574(P2011−187574)
【出願日】平成23年8月30日(2011.8.30)
【出願人】(000132725)株式会社ソディック (197)
【Fターム(参考)】