説明

金属試料中の着目元素の固溶含有率を求める方法

【課題】金属試料中の着目元素の固溶含有率を正確に求める方法を提供する。
【解決手段】まず、金属試料を電解する。次いで、電解中および/または電解後に電解液を採取し、採取された電解液を分析する。例えば、採取した電解液を全量乾燥させて、乾燥残留成分を塩酸、硝酸、硫酸などの鉱酸あるいはそれらの混合物で溶解し、水溶液化した上で、誘導結合プラズマ発光分光分析法、誘導結合プラズマ質量分析法あるいは原子吸光分析法などの元素分析法で分析する。本発明は、含有析出物等が十分大きい金属試料に加え、ナノ・サブナノサイズの析出物等を含むような金属試料の場合にも適用可能で正確に分析することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は金属試料中の元素分析方法に関し、特に、金属試料中に固溶状態で存在する元素の含有率を正確に直接求める方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
金属試料中に存在する析出物は、その形態、大きさ、ならびに分布によっては材料の諸特性、例えば、疲労的性質、熱間および冷間加工性、深絞り性、被削性、あるいは電磁気的性質などに著しい影響を及ぼす。
【0003】
鉄鋼を例に説明すると、特に近年は、微細な析出物を利用して鉄鋼製品の特性を向上させる技術が著しく発展し、それに伴って製造工程における析出物制御が厳格化してきた。添加元素の金属試料中に固溶状態で存在する元素の含有率(以下、固溶含有率と称す)と析出状態で存在する含有率(以下、析出含有率と称す)は、鉄鋼製品の各製造工程を通じて、漸次変化する。例えば、溶鋼が凝固する際に添加元素は窒素や炭素と結合して一部が析出し、さらにこの析出物はスラブ加熱段階で固溶部分と析出部分に分かれる。固溶部分はその後の圧延段階で歪誘起析出により一部が析出し、残りの固溶部分は続く変態過程で析出する。このとき、冷却速度に応じて一部は固溶状態のまま製品にもたらされることもある。
【0004】
以上から、優れた最終製品を製造するためには、添加元素の析出量と固溶量の変化を制御することが必要である。そして、そのためには、鋼中の添加元素の固溶含有率あるいは析出含有率を正確に分析することが必要不可欠となる。
【0005】
鉄鋼材料中の析出物および/または介在物(以下、これらをまとめて析出物等と称す)としては、ほう化物、りん化物、硫化物、窒化物、炭化物、酸化物などがある。これら析出物等を定量する公知技術として、非特許文献1、非特許文献2には、酸分解法、ハロゲン法、電解法などが開示されている。非特許文献1、非特許文献2に記載されている方法の共通点は、抽出液中でマトリクスを化学的に溶解してから、ろ過によってそれぞれの抽出液から目的の析出物等を回収して分析する点であり、これらの方法は目的とする析出物等の種類に応じて使い分けられている。例えば、酸溶解法やハロゲン法は炭化物や硫化物を溶解するので酸化物系介在物だけを選択的に抽出する場合に使われることが多い。ほとんどすべての析出物等を鉄鋼材料から損失なく抽出する場合には、特に非水溶媒系電解液を用いた電解法が利用される。
【0006】
一方、添加元素の固溶含有率を直接的に分析する公知技術は無い。類似技術として非特許文献3が挙げられる。非特許文献3は、前記酸分解法におけるろ液部分を分析する方法、すなわち、酸で溶解した鋼中のアルミニウムを分析する方法であり、分析結果は固溶したアルミニウムの含有率と酸可溶性の析出したアルミニウムの含有率の合算値となる。そのため、正確なアルミニウムの固溶含有率を得ることはできない。
【0007】
さらに、非特許文献4では銅合金中の微細析出物等をろ過回収した場合において、着目元素の析出部分と固溶部分とは分離できないと述べられている。
【非特許文献1】日本鉄鋼協会 「鉄鋼便覧第四版(CD-ROM)」第四巻 2編 3.5
【非特許文献2】アグネ 「最新の鉄鋼状態分析」40頁 1979
【非特許文献3】JIS G 1257「鉄及び鋼−原子吸光分析方法」8.3.1.3 70頁 1997
【非特許文献4】日本金属学会 「まてりあ」第45巻 第1号 52頁 2006
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、かかる事情に鑑みなされたもので、金属試料中の着目元素の固溶含有率を正確に直接求める方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
非特許文献3の方法によれば、固溶成分のみを直接分析するためには、非水溶媒系電解液を用いた電解法でマトリクスを溶解した後、この非水溶媒系電解液を分析することが着想できる。
【0010】
しかし、微細な析出物等を含有する試料においては、非水溶媒系電解液をろ過して未溶解残渣を除いた後のろ液を用いたとしても、ろ液中には析出物等が混入して固溶含有率の分析値に正の誤差を与える、という問題がある。
【0011】
例えば、近年の鉄鋼材料製造技術は著しく進展し鋼材中の析出物等は数ナノメートルの大きさにまで微細化した。これらの微細な析出物等を、鋼中から抽出してろ過回収操作を行うと、析出物等の捕集漏れが不可避的に発生する。つまり、電解液をろ過して、微細析出物等を除いたとしても、得られたろ液から求められる固溶含有率の分析値は、混入した微細析出物等の含有率が加算されて、正しい固溶含有率より高い値を示すことになる。そこで、微細な析出物等を含む試料の場合には、必然的に試料中に含まれる析出物等よりも小さな孔径のフィルタを用いてろ過することになるが、数ナノメートルサイズの析出物等を液体から完全に分離することのできるフィルタは存在しない。仮にサブナノメートルの孔径のフィルタが開発されたとしても、ろ過速度の著しい低下が作業性を多大に阻害することは明白である。
【0012】
そこで、上記問題点を踏まえて、発明者等は、改めて、非水溶媒系電解液を用いた電解法における、微細な析出物等を含む試料について検討した。そうしたところ、電解後や電解中の試料の表面に基本的には析出物等が全て付着していること、すなわち、電解液中には着目元素の析出物等が含まれていないことを見出した。そして、上記知見をもとにすれば、電解液だけを分析することで、析出物等の混入のない着目元素の固溶含有率が得られることになる。つまり、本発明では、電解中または電解後の金属試料に析出物等が付着している状態で電解液を採取し分析することで、捕集漏れの懸念がある析出物等の分析値(つまり析出含有率)を用いることなく、金属試料中の固溶含有率を正確に分析可能となる。
【0013】
本発明は、以上の知見に基づきなされたもので、その要旨は以下のとおりである。
[1]金属試料を電解液中で電解し、電解中および/または電解後に前記電解液を採取し、
前記採取された電解液を分析することを特徴とする金属試料中の着目元素の固溶含有率を求める方法。
[2]前記[1]において、分析する電解液は、析出物および/または介在物が除かれた電解液であることを特徴とする金属試料中の着目元素の固溶含有率を求める方法。
なお、本発明において、析出物及び/又は介在物を、単に析出物もしくはまとめて析出物等と称する場合がある。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、金属試料中の着目元素の固溶含有率を正確に直接定量することができる。そして、本発明の方法は、例えば、ナノ・サブナノサイズといった微小な析出物等を含む金属試料に対しても適用でき、析出物等の大きさや量に影響をうけず、あらゆる金属試料に対して適用可能な方法である。
【0015】
さらに、金属試料の固溶含有率は、金属製品開発を促進させる重要な評価因子であり、あるいは製品品質を保証する重要な要素となりうるものであることから、金属試料中の着目元素の固溶含有率を直接的、且つ正確に得ることができる本発明は産業上有益な発明といえる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明の金属試料中の着目元素の固溶含有率を求める方法は、電解中および/または電解後に前記電解液を採取し、採取された電解液を分析することを特徴とする。これは、析出物等は電解液中ではなく金属試料の表面に付着していること、そして電解液を採取し分析することで析出物等が分離された固溶物の分析が可能となることを基本的な技術思想とする。例えば、電解中および/または電解後に金属試料を電解液から取り出すことで、析出物等は電解液中から除かれ、固溶物と析出物等が分離される。
【0017】
例えば、鉄鋼試料に含まれる添加成分は、マトリクス中に固溶する部分と、窒素や炭素と化合物を形成して析出する部分とに分けられる。鉄鋼試料を非水溶媒系電解液(キレート剤+支持電解質+有機溶媒)を用いて電解すると、固溶部分は電解液中に溶解し、析出部分は未溶解残渣として試料表面に露出する。露出した析出物等は電気的引力によって陽極である鉄鋼試料表面に付着していると考えられるため、析出物等を試料とともに電解液から取り出す操作によって、固溶部分と析出部分の分離が容易に可能となる。そして、前記操作によって析出物等を分離した電解液だけを分析して、得られた着目元素量を電解前後の試料重量減量で除すことで、目的とする着目元素の固溶含含有率が得られる。
【0018】
本発明を以下に詳細に説明する。
【0019】
1)金属試料を電解液中で電解する。
金属試料を電解するにあたって、非水溶媒系電解液に用いるキレート剤としては、アセチルアセトン、無水マレイン酸、トリエタノールアミン、サリチル酸メチル及びサリチル酸が挙げられる。支持電解質としては、テトラメチルアンモニウムクロライドや塩化リチウムなどが好適である。なお、電解を行う際の諸条件については、特に限定されず、キレート剤の着目成分に対する錯形成能や着目成分を含む析出物等の安定性等によって、適宜設計される。
【0020】
2)電解中および/または電解後に前記電解液を採取する。
電解液を採取するに際しては、金属試料に析出物等が付着している状態で電解液を採取すればよく、その採取するタイミングについては、材料や条件等により定義設定される。しかしながら、電気的に析出物等が試料へ付着する引力の強さの点から通電中に電解液を採取するのが好ましい。
【0021】
また、通電停止後に電解液を採取する際には、金属試料の残部は電解液中に浸漬してある状態でもよいが、攪拌時の析出物等の分散等を考慮すると、金属試料の残部を電解液から取り除いた後、攪拌してから電解液を採取することが好ましい。
さらに、電解液中に析出物等が分散したことが懸念される場合には、採取した電解液を適当なフィルタでろ過、あるいは遠心分離処理して析出物等を除去してから分析処理をすることもできる。または、電解液を適当なフィルタでろ過、あるいは遠心分離処理して析出物等を除去した後、ろ過後の電解液を採取し分析することもできる。
【0022】
3)採取された電解液を分析する。
採取後の電解液の分析方法は、限定しない。例えば、電解液を全量乾燥させて、乾燥残留成分を塩酸、硝酸、硫酸などの鉱酸あるいはそれらの混合物で溶解し、水溶液化した上で、誘導結合プラズマ発光分光分析法、誘導結合プラズマ質量分析法あるいは原子吸光分析法などの元素分析法で分析する方法が好ましい。
【0023】
また、着目元素の含有率から本発明法による固溶含有率を差し引くことで、微細析出物等を含有する材料中の着目元素の析出含有率を正確に求めることも可能である。
【実施例1】
【0024】
以下、実施例1として、鉄鋼試料中のバナジウム(V)の固溶含有率とニオブ(Nb)の固溶含有率を分析した例を具体的に説明する。
【0025】
表1に示す鉄鋼認証標準物質を適切な大きさに切断して、表面を十分研削した後、以下に示す発明法と比較法により分析を行った。
【0026】
【表1】

【0027】
[本発明法]
まず、約300mlの10%AA系電解液(10vol%アセチルアセトン-1mass%塩化テトラメチルアンモニウム-メタノール)を用いて、あらかじめ天秤で重量を測定した前記鉄鋼試料を陽極として約0.5gを定電位電解する。
【0028】
次いで、通電完了後、試料を電解液中から静かに引き上げて取り出し、約100mlのメタノールを入れた別の容器に移し変え、超音波振動を与えて試料表面に付着した析出物等を除去する。試料表面が金属光沢を呈したら超音波振動を停止し、試料を容器から取り出してメタノールで洗浄してから乾燥する。乾燥後、天秤で試料重量を測定して、電解前の試料重量から差し引いて電解重量を計算する。
【0029】
一方で、白金陰極をメタノールで洗浄しながら電解液から取り出し、残った300mlの電解液をロータリーエバポレータに移し変えてフラスコ中で乾燥させる。乾燥後の残留物を硝酸と塩酸で加熱溶解し、冷却後、純水で100mlに定容して分析溶液とする。この分析溶液をICP発光分光分析装置で測定し、分析溶液中のバナジウム並びにニオブの濃度を分析する。得られた溶液中のバナジウム濃度とニオブ濃度に、それぞれ分析溶液の体積を乗じて電解液中のバナジウム絶対量とニオブ絶対量を算出し、その算出値を先に求めた電解重量で除して、試料中のバナジウムの固溶含有率とニオブの固溶含有率を得る。
【0030】
[比較法]
従来技術として、鉄鋼試料中の添加元素の固溶含有率を直接分析する方法がないので、ここでは、比較法として、(社)日本鉄鋼協会の推奨する析出物分析法を用いることとする。
この析出物分析法では、本発明法で用いた鉄鋼認証標準物質試料を用いて、まず、析出物等を分析し着目元素の析出含有率を算出する。次いで、それぞれの着目元素ごとに認証値(鋼組成値)から前記析出含有率を減算して固溶含有率を求める。
【0031】
具体的には以下の通りである。先ず、約300mlの10%AA系電解液(10vol%アセチルアセトン-1mass%塩化テトラメチルアンモニウム-メタノール)を用いて、あらかじめ天秤で重量を測定した前記鉄鋼試料を約0.5g定電位電解する。
【0032】
次いで、通電完了後、試料を電解液中から静かに引き上げて取り出し、約100mlのメタノールを入れた別の容器に移し変え、超音波振動を与えて試料表面に付着した析出物等を除去する。試料表面が金属光沢を呈したら超音波振動を停止し、試料を容器から取り出してメタノールで洗浄してから乾燥する。乾燥後、天秤で試料重量を測定して、電解前の試料重量から差し引いて電解重量を計算する。
【0033】
そして、前記電解液及びメタノールを孔径0.2μmのフィルタで吸引ろ過して、残渣をフィルタ上に捕集する。さらに、残渣をフィルタとともに混酸で加熱溶解して溶液化したのち、ICP発光分光分析装置で分析して、残渣中のバナジウム絶対量とニオブ絶対量を測定する。得られた残渣中のバナジウム絶対量とニオブ絶対量を、先に求めた電解重量でそれぞれ除して、バナジウムの析出含有率とニオブの析出含有率を得る。
【0034】
上記により得られたバナジウムの析出含有率とニオブの析出含有率を、表1に示すそれぞれの認証値から差し引いて、バナジウムの固溶含有率とニオブの固溶含有率を算出する。
【0035】
以上、本発明法および比較法により得られた結果を表2に示す。
【0036】
【表2】

【0037】
表2より、本発明法の固溶含有率は比較法と良く一致しており、比較法とともに本発明法による固溶含有率が正しい結果であることを示している。
【0038】
なお、実施例1では、本発明法の検証のために含有析出物等が十分大きいと思われる鉄鋼認証標準試料を用いたので、比較法でも正確な固溶金属濃度が分析できた。しかし、ナノ・サブナノサイズの析出物等を含むような試料の場合には、比較法では正しい固溶金属濃度を分析することはできない。ナノ・サブナノサイズの析出物等を含むような試料の場合には、現状、本発明法のみが正確な固溶金属含有率定量法となる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属試料を電解液中で電解し、電解中および/または電解後に前記電解液を採取し、前記採取された電解液を分析することを特徴とする金属試料中の着目元素の固溶含有率を求める方法。
【請求項2】
分析する電解液は、析出物および/または介在物が除かれた電解液であることを特徴とする請求項1に記載の金属試料中の着目元素の固溶含有率を求める方法。

【公開番号】特開2009−8586(P2009−8586A)
【公開日】平成21年1月15日(2009.1.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−171714(P2007−171714)
【出願日】平成19年6月29日(2007.6.29)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】