説明

鉛蓄電池

【課題】負極における充電受入性改善の目的でSb等のPbよりも水素過電圧が低い物質を負極に添加した場合、電池を過放電した際に、Sbが負極より溶出し、負極耳に再析出することにより、負極耳を腐食させ、寿命低下に至っていた。
【解決手段】正極および負極の格子と接続部材にSbを含まない、PbもしくはPb合金を用い、負極活物質中にSbを含み、負極格子はエキスパンド格子であり、負極格子骨はエキスパンド網目部とこれに連接する枠骨を備え、負極格子耳は前記枠骨に一体に設けられ、負極耳の高さ寸法をLt、枠骨の高さ寸法をLfとしたとき、比率(Lt/Lf)を2.2〜15.0とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は鉛蓄電池に関するものである。
【背景技術】
【0002】
鉛蓄電池は、車両のエンジン始動用やバックアップ電源用などに用いられている。その中でも始動用鉛蓄電池は、エンジン始動用セルモータへの電力供給とともに、車両に搭載された各種電気・電子機器へ電力を供給している。エンジン始動後、鉛蓄電池はオルタネータによって充電される。ここで、鉛蓄電池の充電と放電とがバランスし、鉛蓄電池のSOC(充電状態)が90〜100%に維持されるよう、オルタネータの出力電圧および出力電流が設定されている。
【0003】
近年、環境保全の観点から車両の燃費向上が検討されている。例えば、車両の一時的な停車中にエンジンを停止するアイドルストップ車や、車両の減速時に車両の運動エネルギーを電気エネルギーに変換し、この電気エネルギーを蓄電することによって行う回生ブレーキシステムが実用化されている。
【0004】
例えば、アイドルストップシステムを搭載した車両では、アイドルストップ時に鉛蓄電池は充電されない。一方で、搭載機器へ電力供給するため、従来の車両の始動用鉛蓄電池に比較して、必然的にSOCが低い状態となる。また、回生ブレーキシステムを搭載した車両では、回生時の電気エネルギーを蓄電するために、鉛蓄電池のSOCをより低く、50〜90%程度に制御する必要がある。また、いずれのシステムにおいても、従来よりも頻繁に充電放電が繰り返されることになる。また、低SOCで充放電が行われるだけではなく、車両部品の電動化に伴う暗電流の増加により、長期間停車中に鉛蓄電池の放電が進行し、過放電をしてしまうケースが多くなってきている。
【0005】
従って、これらのシステムを搭載した車両に適応するため、これに用いる鉛蓄電池はSOCがより低い領域で頻繁に充放電が繰り返された時の寿命特性が要求される。このような使用モードでの鉛蓄電池の劣化要因は、鉛蓄電池の充電受入性の低下によるよる充電不足が主要因であった。
【0006】
車両の充電システムは、定電圧制御を基本としているため、負極の充電受入性低下により、充電早期に、負極電位が卑に移行し充電制御定電圧値まで電圧が上昇することで、電流が垂下する。そのため、鉛蓄電池は、充電電気量を十分確保することが出来なくなり、充電不足となり短寿命となる。
【0007】
そこで、この劣化を抑制するため、例えば特許文献1には鉛−カルシウム−スズ合金の正極格子表面にスズおよびアンチモンを含有する鉛合金層を形成することが示されている。正極格子表面に存在するスズおよびアンチモンは活物質の劣化および活物質−格子界面での高抵抗層の形成を抑制する効果がある。
【0008】
また、特に正極格子表面に配置したアンチモンは、その一部が正極活物質に捕捉されるものの、他の一部はその微量が電解液に溶出し、負極板上に析出する。負極活物質上に析出したアンチモンは負極の充電電位を貴に移行させることによって、充電電圧を低下させ、鉛蓄電池の充電受入性を向上させる作用を有している。その結果として、充放電サイクル中における充電不足と、これによる鉛蓄電池の短寿命が抑制されていた。
【0009】
そして、このような特許文献1のような構成は、SOCが90%を超えるような比較的高いSOCで用いられる始動用鉛蓄電池において非常に有効であり、寿命特性を飛躍的に改善するものであった。
【0010】
しかしながら、前記したようなアイドルストップ車や、回生ブレーキシステムを搭載したような車両、すなわちSOCがより深く、充放電頻度がより多い使用環境下では、特許文献1のような構成のみの鉛蓄電池では、充電受入性は確保できるものの、負極格子耳で腐食が進行するという問題が発生してきた。その結果、負極格子耳厚みが減少し負極における集電効率を低下させ、寿命低下するものであった。
【0011】
従来、負極格子耳の腐食に関しては、負極棚と負極格子耳が電解液から露出し、大気中の酸素に曝露されることによって、負極棚と負極格子耳との溶接部が腐食し、断線することが知られていた。しかしながら、負極棚および負極格子耳が電解液に浸漬した状態であっても、正極格子上に配置したSbや正極棚、正極柱および正極接続体といった鉛合金の接続部材中に含まれるSbが電解液に溶出し、負極格子耳表面に微量析出することにより、負極格子耳を腐食することがわかってきた。
【0012】
特許文献2には、負極格子骨を除く正極格子、正極接続部材や負極格子耳や負極接続部材をSbを含まないPbもしくはPb合金で構成し、負極格子骨もしくは負極活物質のいずれか一方に減液量に影響しない程度の微量のSbを含んだ鉛蓄電池が提案されている。このような構成により、正極からのSbの溶出と負極耳へのSbの析出を抑制し、負極活物質中にSbを含むことによって、電池の充電受入性と深放電寿命をある程度まで改善することが示されている。
【特許文献1】特開平3−37962号公報
【特許文献2】特開2003−346888号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
上記のような特許文献2の構成を有した鉛蓄電池は、負極耳でのSb析出と、これによる負極耳腐食を抑制することができる。しかしながら、過放電やSOCが低い状態で頻繁に充放電が行われると、負極活物質中のSbが電解液中に再溶出し、負極格子耳に析出し、負極格子耳を腐食させるということが判ってきた。
【0014】
本発明は、前記したようなSOCが比較的低く、充放電頻度が多い使用環境化における鉛蓄電池の充電受入性を改善することによって、寿命特性を飛躍的に改善するとともに、過放電後も負極格子耳へのアンチモンの移動を防ぐことにより、負極格子耳における腐食を抑制することによって、高信頼性を有した長寿命の鉛蓄電池を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
前記した課題を解決するための、本発明の請求項1に係る発明は、負極格子耳と負極格子骨とからなる負極格子と負極格子骨に充填された負極活物質を備えた負極板と、正極格子耳と正極格子骨とからなる正極格子と正極格子骨に充填された正極活物質を備えた正極板を有し、正極格子耳を集合溶接する正極棚とこの正極棚より導出された正極柱もしくは正極接続体とからなる正極接続部材と、負極格子耳を集合溶接する負極棚とこの負極棚より導出された負極柱もしくは負極接続体とからなる負極接続部材を備えた鉛蓄電池において、前記正極格子および前記正極接続部材はSbを含有しない鉛もしくは鉛合金からなり、前記負極格子および前記負極接続部材はSbを含有しない鉛もしくは鉛合金からなり、負極活物質中にSbを含み、前記負極格子はエキスパンド格子体であり、前記負極格子骨はエキスパンド網目とこれに連接する枠骨および下枠骨を備え、前記負極耳は前記枠骨に一体に設けられ、前記負極耳の高さ寸法をLt、前記枠骨の高さ寸法をLfとしたとき、比率(Lt/Lf)を2.2〜15.0とするものである。
【0016】
さらに、本発明の請求項2に係る発明は、請求項1の鉛蓄電池において、前記比率を2.2〜12.0としたことを特徴とするものである。
【0017】
このような本発明の構成により、負極活物質よりSbが溶出した場合においても、溶出したSbが枠骨もしくは負極活物質に優先的に析出し、負極格子耳への析出が抑制されるため、負極格子耳へのSb析出による負極格子耳腐食を抑制することができる。
【0018】
さらに、本発明の請求項3に係る発明は、請求項1もしくは請求項2の鉛蓄電池において、負極活物質中のSb濃度を0.0004〜0.006質量%としたことを特徴とするものである。これにより、さらに優れた負極格子耳腐食抑制効果と寿命改善効果を得ることができる。
【発明の効果】
【0019】
本発明の鉛蓄電池によれば、アイドルストップシステムや回生ブレーキシステムを搭載した車両のように、SOCが比較的低い領域で、より頻繁に充放電が繰り返される使用環境化において、充電受入性を改善することによって、寿命特性を飛躍的に改善するとともに、負極格子耳における腐食を抑制することによって、高信頼性を有した長寿命の鉛蓄電池を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明を実施するための最良の形態について、図面を参照しながら説明する。
【0021】
正極板2は図2に示したように、正極格子耳22と正極格子骨23とで構成される正極格子21に正極活物質24が充填された構成を有している。一方、負極板3は図3に示したように、負極格子耳32と負極格子骨33とで構成される負極格子31に負極活物質34が充填された構成を有している。
【0022】
また、負極格子骨31はエキスパンド格子であり、負極格子骨33はエキスパンド網目35とこれに連接する枠骨36を有し、この枠骨36に負極格子耳32が一体に設けられている。
【0023】
本発明の鉛蓄電池1ではセパレータ4と正極板2および負極板3の所定枚数を組合せ、正極格子耳22および負極格子耳32の同極性の耳部同士を集合溶接してそれぞれ正極棚5および負極棚6が形成される。正極棚5には正極柱7もしくは正極接続体(図示せず)が、負極棚6には負極接続体8もしくは負極柱(図示せず)がそれぞれ形成される。図1に示した例では正極棚5に正極柱7、負極棚6に負極接続体8を設けた例を示しているが、必要に応じ、正極接続体7および負極柱8に換えて、正極接続体および負極柱をそれぞれ正極棚5および負極棚6に接合することとなる。
【0024】
本発明において正極棚5、正極柱7および/もしくは正極接続体で構成される正極接続部材9と正極格子21はSb含まないPbもしくはPb合金で構成する。Sbを含まないPb合金としては、耐食性や機械的強度を考慮して、0.05〜3.0質量%程度のSnを含むPb−Sn合金や、0.01〜0.10質量%程度のCaを含むPb−Ca合金、あるいはこれらの三元合金(Pb−Ca−Sn合金)を用いることができる。
【0025】
一方、負極に関して、負極棚6、負極接続体8および/もしくは負極柱で構成される負極接続部材10と、負極格子31を正極と同様、実質上Sbを含まないPbもしくはPb合金で構成する。Sbを含まないPb合金としては、耐食性や機械的強度を考慮して、0.05〜3.0質量%程度のSnを含むPb−Sn合金や、0.01〜0.10質量%程度のCaを含むPb−Ca合金、あるいはこれらの三元合金(Pb−Ca−Sn合金)を用いることができる。また、負極においては、正極よりも耐酸化性が要求されないため、純Pbを用いることもできる。
【0026】
なお、0.01〜0.08質量%程度のBaや0.001〜0.05質量%Agといった元素の添加も正極格子の耐久性を向上する上で好ましい。なお、上記の組成の格子体や接続部材を製造する上で、鉛合金からのCaの酸化消失を抑制するために0.001〜0.05質量%程度のAlの添加や、不可避的な不純物としての0.0005〜0.005質量%程度のBiの存在は、本発明の効果を損なうものでなく、許容しうるものである。
【0027】
そして、本発明では、負極活物質34中にSbを含む。負極活物質へのSbの添加は負極活物質ペーストにSb粉、Sb酸化物やSbの硫酸塩、アンチモン酸塩等のSbもしくはその化合物を添加すればよい。また、負極活物質中にSbやSb化合物を直接添加する方法にかえて、負極板をSbイオンを含む電解質、たとえば硫酸アンチモンやアンチモン酸塩を含む希硫酸電解液に浸漬し、電解めっきにより、負極活物質上にSbを電析させることもできる。
【0028】
Sbを負極活物質中に添加することにより、負極活物質の充電受入性が顕著に改善され、寿命特性が向上する。特に、Sbの含有濃度が0.0004質量%以上の領域で寿命特性は極めて顕著に改善される。一方、Sbの含有濃度が0.006質量%を超える領域では負極耳の腐食量が増加しはじめるため、含有濃度を0.006質量%以下とすることが好ましい。また、本発明の鉛蓄電池の負極活物質中に防縮剤としての硫酸バリウム、リグニン、ビスフェノールスルホン酸系縮合物等の合成リグニンや、電子伝導性向上目的としたカーボンや他の電子伝導剤を添加することは全く差し支えない。
【0029】
そして、本発明の鉛蓄電池では、エキスパンド格子からなる負極格子31において、負極格子31はエキスパンド網目35と枠骨36で構成され、枠骨36に一体に設けた負極格子耳32の高さ寸法をLt、枠骨36の高さ寸法をLfとしたときに、比率(Lt/Lf)を2.2〜15.0、好ましくは、2.2〜12.0とする。なお、本発明の負極格子耳32の高さ寸法Ltは図3に示したように、負極格子耳32が負極棚6で集合溶接された状態における、負極格子耳32の枠骨36との基部から、負極棚6の下面までの寸法で表される。
【0030】
上記の極板群を用い、以降は定法に従って鉛蓄電池を組み立てることにより、本発明の鉛蓄電池を得ることができる。なお、本発明では負極活物質中にSbといったPbよりも低い水素過電圧を有する物質を含むため、制御弁式鉛蓄電池に適用するものではない。制御弁式鉛蓄電池に適用した場合、微量のガス発生により、制御弁が開弁した状態となり、大気が電池内に流入し、負極が酸化するためである。したがって、本発明は極板群の全てが実質上電解液に浸された液式の鉛蓄電池に適用するものである。
【0031】
上記の本発明の構成を有した鉛蓄電池は、また、負極活物質のみSbを含むので、正極からSbが負極に移行することなく、負極耳の腐食を抑制することができる。また、負極に含まれるSbは負極の過電圧を低下させ、充電受入性を改善し、鉛蓄電池の寿命特性を改善する。
【0032】
一方、鉛蓄電池を低SOC状態で繰り返して充放電を行ったり、過放電することによって、負極活物質からSbが溶出した場合でも、Sbは優先的に枠骨36や負極活物質34に再析出するため、負極格子耳32へのSbの再析出が抑制され、これによる負極格子耳32の腐食が抑制される。
【0033】
前記した比率(Lt/Lf)が15.0を超える場合、電解液中に溶出したSbの負極格子耳32への再析出量が増大し、負極格子耳32の腐食量が増大する。一方、比率(Lt/Lf)を15.0以下とした場合、枠骨36への再析出量が増大し、負極格子耳32への再析出量が減少するため、負極格子耳32の腐食を抑制することができる。
【0034】
そして、比率(Lt/Lf)を小さくするに従い、負極格子耳32の腐食は抑制される。しかしながら、実際の鉛蓄電池を製造するにあたって、比率(Lt/Lf)を小さくする目的でLfをより長く設定する場合、エキスパンド網目35の高さ寸法をより短く設定する必要が生じ、負極活物質量の減量となるため、電池容量が減少せざるを得ない。
【0035】
また、比率(Lt/Lf)を小さくする目的でLtをより短く設定する場合、正極板2および負極板3の上端と、正極棚5および負極棚6の下端間の距離がより短くなるため、内部短絡の危険性が増大する。また、極板間の短絡を防止する目的において、正極板2と負極板3間に介挿するセパレータ4の上端は正極板2および負極板3の上端より上方に位置させるため、極板上端とセパレータ上端間の寸法未満にLtを短く設定することはできない。したがって、極板間短絡を防止するために必要なセパレータ寸法と、極板と異極性の棚との短絡を防止するために必要な寸法を勘案してLtの下限値が決定される。したがって、電池の内部短絡を防止するとともに、必要とする蓄電池容量から、比率(Lt/Lf)の下限値が決定され、この比率の実用的な下限値は2.2である。
【0036】
負極格子耳腐食を抑制するために、本発明では比率(Lt/Lf)を2.2〜15.0に設定する。また、その中でも比率(Lt/Lf)を2.2〜12.0とすることにより、さらにすぐれた負極格子耳の腐食抑制効果と寿命改善効果を得ることができる。
【0037】
さらに、本発明において、正極格子骨の正極活物質と接する表面の少なくとも一部に正極格子骨よりも高濃度のSnを含む層を形成することにより、深い放電や過放電での正極の充電受入性を改善し、寿命特性を向上することができる。このSnを含む層はSnによる正極活物質−格子界面での高抵抗層の生成を抑制するものであるから、その効果を得る上で、少なくとも、正極格子母材よりも高濃度のSnを含むことが必要である。例えば、正極格子が1.6質量%のSnを含む場合、少なくとも1.6質量%を超える濃度のSn量とし、3.0〜6.0質量%とする。正極格子母材よりも低濃度とした場合、格子表面のSn濃度はかえって低下するため、好ましくないことは明らかである。
【実施例】
【0038】
以下に示す正極板等の鉛蓄電池部材を作成し、これら部材を組み合わせることにより、本発明例および比較例による電池を作成し、寿命試験を行うことによって負極耳の腐食と電池寿命特性の評価を行った。
【0039】
1)正極板
1種類の正極格子を作成し、これに正極活物質を充填することにより、正極板を作成した。正極格子はPb−Ca−Sn合金を用い、合金組成はPb−0.07質量%Ca−1.3質量%Snである。この合金を段階的に圧延することによって、合金シートとした後に、エキスパンド加工を行って正極格子を形成した。なお、この正極格子中のSb定量分析を行ったところ、Sb濃度は検出限界(0.0001質量%)未満であった。
【0040】
正極用鉛粉(金属鉛、一酸化鉛および鉛丹の混合粉体)を水と希硫酸で混練して正極活物質ペーストを作成し、前記した正極格子に所定量充填した後、熟成乾燥することによって正極板を作製した。
【0041】
2)負極板
Pb−0.07質量%Ca−0.25質量%Sn合金を、正極と同様に圧延した後、エキスパンド加工を施して負極格子体を作成した。なお、この負極格子合金中に含まれるSb定量分析を行ったところ、Sb濃度は検出限界(0.0001質量%)未満であった。
【0042】
負極格子は図3に示したエキスパンド格子からなる負極格子31を用いた。本実施例においては、負極棚で負極格子耳32を集合溶接した状態での負極格子耳32の高さ寸法をLt、枠骨36の高さ寸法をLtとしたときに、比率(Lt/Lf)を2.2、7.5、12.0、15.0、20.0および30.0に変化させた。なお、本実施例においては、電池の高さ寸法の制限から、Lt+Lfを30.0mmとした。また、枠骨36の幅寸法(図3におけるWf)は130.0mmとし、負極格子耳32の幅寸法(図3におけるWt)は15.0mm(Wt/Wf=0.115)および10.0mm(Wt/Wf=0.0789)の2種類として、これら2種類の負極格子耳幅寸法のものそれぞれについて、上記の比率(Lt/Lf)を変化させた。
【0043】
負極用鉛粉(金属鉛と一酸化鉛の混合粉体)にエキスパンダ(硫酸バリウムおよびリグニン)およびカーボンを添加し、水と希硫酸で混練することにより、負極活物質ペーストを作成した。この負極活物質ペーストを負極格子体に充填し、その後、熟成乾燥することによって負極板を得た。なお、本実施例においては、負極活物質ペースト中にSbの硫酸塩を添加し、化成終了状態の負極活物質中のSb濃度をそれぞれ0(検出限界である0.0001質量%未満)、0.0002質量%、0.0004質量%、0.006質量%および0.007質量%とした負極板を作成した。
【0044】
3)セパレータ
セパレータは、厚さ0.3mmの微孔性ポリエチレン製シートをU字折りし、両側部を熱シールすることにより、上部のみが開口した袋状セパレータを作製した。微孔性ポリエチレン製シートは最大孔径10μmの微孔を有したものを用いた。なお、この袋状セパレータに負極板を収納した。
【0045】
4)正極接続部材用鉛合金および負極接続部材用合金
正極接続部材および負極接続部材用合金として、Pb−2.5質量%Sn合金(合金A)とPb−2.5質量%Sb合金(合金B)を準備した。なお、合金A中のSb定量分析を行ったところ、Sb濃度は検出限界(0.0001質量%)未満であった。
【0046】
上記の正極板、負極板、袋状セパレータおよび正・負極の接続部材用合金を表1および表2に示した組み合わせで用い、1セル当たり正極板5枚と負極板6枚から成る極板群を備え、電解液面を正極棚5および負極棚6の上面より上に設定することによって、極板群が電解液に浸漬された、液式の55D23形の始動用鉛蓄電池(12V48Ah)を作製した。
【0047】
【表1】

【0048】
【表2】

【0049】
表1および表2に示した各電池について、過放電後のサイクル寿命試験を行った。試験条件は以下の手順で行った。まず、25℃雰囲気下で、試験電池を10A定電流で、電池電圧が10.5Vとなるまで放電する。その後、電池端子間に12W電球を接続し、48時間放置することにより試験電池を過放電した。その後、試験電池を14.5V定電圧(最大電流25A)で8時間充電し、サイクル寿命試験を行った。
【0050】
サイクル寿命試験は次に示す試験条件で行った。25℃雰囲気下において、25A放電20秒と14V定電圧充電(最大充電電流25A)40秒とを7200サイクル繰り返した後に、試験電池の質量減(WL)を計測する。その後、300Aで30秒間放電し、30秒目放電電圧(V30)を計測する。その後、質量減(WL)分の水を試験電池に補水する。30秒目放電電圧V30が7.0Vに低下するまでの充放電サイクル数を寿命サイクル数とした。なお、通常、始動用鉛蓄電池においてJIS D5301で規定される軽負荷寿命試験は、25A放電4分と、最大電流25Aとした定電圧充電10分のサイクルで構成されるが、本試験では、軽負荷寿命試験よりもSOCが低い状態で充放電が頻繁に行われる試験条件とした。
【0051】
なお、寿命サイクル数の算出方法は以下の通りである。n回目に計測したV30電圧(充放電サイクル数は7200×n)で、初めてV30が7.0V以下となったとき、そのV30をVnとする。そして、前回(n−1回目)のV30電圧をVn−1としたときに、縦軸をV30、横軸を充放電サイクル数のグラフにおいて、座標(7200(n−1)、Vn−1)と座標(7200n、Vn)間を直線Lで結び、この直線LとV30=7.0との交点における横軸の値を寿命サイクル数とした。
【0052】
また、寿命試験が終了した各電池について、電池の分解調査を行い、負極の耳腐食率を求めた。なお、試験前の初期状態の負極耳断面積をS、寿命試験後の負極耳断面積をSEとし、{100×(S−SE)/S}として求めた耳断面積の減少率を耳腐食率とした。
【0053】
これらの過放電後のサイクル寿命試験における、負極耳腐食率および寿命サイクル数の結果を表3および表4に示す。
【0054】
【表3】

【0055】
【表4】

【0056】
表3および表4に示した結果から、正極および負極の接続部材にSbを含む鉛合金Bを用いた電池は、負極活物質中のSbの有無あるいは負極格子耳と枠骨の高さ寸法の比率比率(Lt/Lf)の変化によっても、負極耳腐食の進行が著しい。また、この腐食に伴う負極格子耳断面積の大幅な減少により、放電電圧の低下が著しく、30000〜60000サイクルで寿命終了となった。これは、正極や負極の接続部材に含まれるSbが過放電および充放電サイクル中に負極格子耳表面に析出したことによると推測できる。
【0057】
正極および負極の接続部材にSbを含まず、かつ負極活物質中にSbを含まない比較例の試験電池は負極格子耳の腐食は殆ど進行していない。これは電池内に負極格子耳の腐食要因となるSbが実質上存在しないことによる。しかしながらこれらのSbを含まない比較例の電池は寿命サイクル数が著しく低下していた。これらの比較例の電池を分解したところ、負極、正極ともに活物質中に硫酸鉛が蓄積(サルフェーション化)していた。これは過放電に加え、充放電中に充電不足が進行したことによると推測される。
【0058】
一方、正極および負極の接続部材にSbを含まず、負極活物質中にSbを含む電池は、負極活物質中にSbを含まない電池に比較して優れた寿命特性を有している。これは負極活物質中のSbが負極の充電電位を低下させることにより、前記したような充放電サイクル中での充電不足が解消されたことによる。
【0059】
しかしながら、負極のエキスパンド格子において、負極格子耳の高さ寸法(Lt)に対する枠骨の高さ寸法(Lf)の比率(Lt/Lf)が20.0および30.0とした比較例の電池では、負極格子耳の腐食が進行している。一方、本発明例では比率(Lt/Lf)を15.0とすることにより、負極格子耳の腐食が抑制され、この比率(Lt/Lf)が12.0以下で特に優れた腐食抑制効果を得られることが確認できた。なお、この傾向は負極格子耳32の幅寸法(Wt)が10.0mm、15.0mmのいずれも場合も変化がなかった。
【0060】
これら各試験電池の寿命試験終了後の試験電池を分解し、負極格子耳と枠骨のSbの分析を行ったところ、本発明例の電池および電池内にSbを含まない比較例の電池では、負極格子耳のSbは検出限界(0.0001質量%)未満であった。一方、正極および負極の接続部材中にSbを含まず、負極活物質のみにSbを含む電池であり、かつ比率(Lt/Lf)を20.0および30.0とした比較例の電池は負極格子耳に0.0005質量%程度のSbの存在が確認された。
【0061】
一方、本発明例の電池では、負極格子耳から検出限界値(0.0001質量%)を超えるSbは検出されなかったものの、負極の枠骨から0.0002質量%のSbが検出された。負極格子耳や枠骨はSbを含まないPb合金で作成したことから、この寿命試験終了後に検出されたSbは過放電および充放電サイクル中に負極活物質から溶出し、負極格子耳表面に再析出したものと考えられる。
【0062】
本発明では、負極活物質中にSbを添加した場合においても、比率(Lt/Lf)を15.0以下、好ましくは12.0とすることにより、負極格子耳へのSbの析出が抑制され、負極格子耳の腐食が抑制できる。本発明例の電池では枠骨へのSbの析出が認められるものの、比較例における負極格子耳へのSbの析出よりも軽微であり、枠骨を殆ど腐食させることがなかったと考えられる。
【0063】
また、負極活物質中のSb含有濃度は0.0002質量%でも寿命を改善する効果が顕著に得られ、その効果は0.0004質量%で極めて顕著となる。一方、Sb含有濃度が0.007質量%の場合は0.006質量%の場合に比較して、負極格子耳の腐食率が増加する傾向が認められるため、Sb含有量は0.006質量%以下とすることが好ましい。したがって、本発明では寿命特性と負極格子耳腐食抑制の両面から、負極活物質中のSb含有濃度は0.0004質量%〜0.006質量%の範囲とすることが最も好ましい。
【0064】
以上、説明してきたように、本発明の構成による鉛蓄電池は、過放電後のサイクル寿命試験においても極めて良好な寿命特性を有し、かつ負極耳の腐食を顕著に抑制できることが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0065】
以上、本発明の鉛蓄電池によれば、充放電中の充電不足を抑制するとともに、負極格子耳での腐食を抑制することにより、優れた寿命特性を有することから、充電不足となりやすい、アイドルストップ車や回生ブレーキシステム搭載車用の鉛蓄電池として極めて好適である。
【図面の簡単な説明】
【0066】
【図1】電池の要部を示す図
【図2】正極板を示す図
【図3】負極板を示す図
【符号の説明】
【0067】
1 鉛蓄電池
2 正極板
3 負極板
4 セパレータ
5 正極棚
6 負極棚
7 正極柱
8 負極接続体
9 正極接続部材
10 負極接続部材
21 正極格子
22 正極格子耳
23 正極格子骨
24 正極活物質
31 負極格子
32 負極格子耳
33 負極格子骨
34 負極活物質
35 エキスパンド網目
36 枠骨

【特許請求の範囲】
【請求項1】
負極格子耳と負極格子骨とからなる負極格子と負極格子骨に充填された負極活物質を備えた負極板と、正極格子耳と正極格子骨とからなる正極格子と正極格子骨に充填された正極活物質を備えた正極板を有し、正極格子耳を集合溶接する正極棚とこの正極棚より導出された正極柱もしくは正極接続体とからなる正極接続部材と、負極格子耳を集合溶接する負極棚とこの負極棚より導出された負極柱もしくは負極接続体とからなる負極接続部材を備えた鉛蓄電池において、前記正極格子および前記正極接続部材はSbを含有しない鉛もしくは鉛合金からなり、前記負極格子および前記負極接続部材はSbを含有しない鉛もしくは鉛合金からなり、負極活物質中にSbを含み、
前記負極格子はエキスパンド格子であり、前記負極格子骨はエキスパンド網目とこれに連接する枠骨を備え、前記負極格子耳は前記枠骨に一体に設けられ、前記負極格子耳の高さ寸法をLt、前記枠骨の高さ寸法をLfとしたとき、比率(Lt/Lf)を2.2〜15.0としたことを特徴とする鉛蓄電池。
【請求項2】
前記比率を2.2〜12.0としたことを特徴とする請求項1に記載の鉛蓄電池。
【請求項3】
負極活物質中のSb濃度を0.0004〜0.006質量%としたことを特徴とする請求項1もしくは2に記載の鉛蓄電池。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2006−140033(P2006−140033A)
【公開日】平成18年6月1日(2006.6.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−328749(P2004−328749)
【出願日】平成16年11月12日(2004.11.12)
【出願人】(000005821)松下電器産業株式会社 (73,050)
【Fターム(参考)】