説明

鉛蓄電池

【課題】 従来の鉛蓄電池は、高温環境下での深放電を必要とするサイクル的な使用での寿命特性は十分ではなく、これを向上する方法としては電解液量を増加させる方法が常法であるが、電解液の増加に伴い充電時に正極板から発生する酸素ガスを負極板が吸収しにくくなる。そのため、負極板の電位が低くなり定電圧充電では、充電受入性が低下し、著しく寿命特性が低下してしまう。
【解決手段】 Sbを含まない負極格子からなる負極板と、Sbを含まない正極格子で構成され正極活物質と接する表面の少なくとも一部に正極活物質量の0.01〜0.20wt%のSbを含む層を有する正極板とを備え、前記正極・負極板の極板面全面が電解液に浸漬されており、負極活物質中にBiを負極活物質量に対して0.02〜0.10wt%含む鉛蓄電池とすることで、正極の劣化と負極における充電受入性を飛躍的に向上させることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は鉛蓄電池に関するものである。
【背景技術】
【0002】
車両のエンジン始動用やバックアップ電源用といった様々な用途に鉛蓄電池が用いられている。その中でも始動用の鉛蓄電池は、エンジン始動用セルモータへの電力供給とともに、車両に搭載された各種電気・電子機器へ電力を供給する。エンジン始動後、鉛蓄電池はオルタネータによって充電される。ここで、鉛蓄電池の充電と放電とがバランスし、鉛蓄電池のSOC(充電状態)が90〜100%に維持されるよう、オルタネータの出力電圧および出力電流が設定されている。
【0003】
近年、環境保全の観点から、車両の燃費向上が検討されている。例えば、車両の一時的な停車中にエンジンを停止するアイドルストップ車や、車両の減速による運動エネルギーを電気エネルギーに変換し、この電気エネルギーを蓄電することによって行う回生ブレーキシステムが実用化されている。
【0004】
前記したような、アイドルストップ車ではエンジン停止中、鉛蓄電池は充電されない一方で、搭載機器へは、電力供給をしつづける必要があるため、必然的に放電深度は深くなる。また、回生ブレーキシステムを搭載した車両では、回生時の電気エネルギーを蓄電するために、鉛蓄電池のSOCを従来よりも低い50〜90%程度に制御する必要がある。
【0005】
従って、これらのシステムを搭載した車両において、鉛蓄電池はより深い放電深度、低いSOCで使用されることになり、このような車両に適用するために、鉛蓄電池は深い放電が行われた時の寿命特性が要求される。このような深放電寿命における鉛蓄電池の劣化要因は深放電による正極における活物質の劣化と活物質−格子界面の高抵抗層の形成によるインピーダンスの増加および負極活物質の充電受入性の低下が主であった。
【0006】
また、負極活物質における充電受入性が低下すると、負極の充電電位が卑に移行し、充電電圧の上昇を招く。鉛蓄電池内でのガス発生を抑制するために、1セル当たりの最高充電電圧を2.3〜2.5V程度に制御する、いわゆる定電圧充電制御が行われている。従って、前記したような負極の充電電位の移行によって、充電早期に充電電圧値が充電制御電圧値まで上昇し、充電電流が垂下する。
【0007】
このような充電電流の垂下により、鉛蓄電池への充電電気量が確保できず、鉛蓄電池は充電不足状態となる。特に、正極において、充電不足状態が繰返して行われた場合、正極活物質同士の結合が損なわれ、早期に容量劣化が進行し、鉛蓄電池は短寿命となる。
【0008】
鉛蓄電池の深放電による正極の劣化を抑制するために、例えば特許文献1には鉛−カルシウム−スズ合金の正極格子表面にスズおよびアンチモンを含有する鉛合金層を形成することが示されている。正極格子表面に存在するスズおよびアンチモンは活物質の劣化および活物質−格子界面での高抵抗層の形成を抑制する効果がある。
【0009】
また、特に正極格子表面に配置したアンチモンは、その一部が正極活物質に捕捉されるものの、他の一部はその微量が電解液に溶出し、負極板上に析出する。負極活物質上に析出したアンチモンは負極の充電電位を貴に移行させることによって、充電電圧を低下させる作用を有している。前記したような、定電圧充電制御における充電電圧の低下は充電電流を増大させる。その結果として、正極における充電電気量は確保され、充電不足を要因
とする正極の劣化とこれによる蓄電池の短寿命は抑制されていた。
【0010】
このような特許文献1のような構成は、SOCが90%を超えるような充電状態で用いられる従来の始動用鉛蓄電池において非常に有効であり、寿命特性を飛躍的に改善するものであった。
【特許文献1】特開平3−37962号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、前記したようなアイドルストップ車や回生ブレーキシステムを搭載したような車両、すなわち放電深度がより深く、SOCがより低い状態で用いられる頻度が高い場合、特許文献1のような構成のみの鉛蓄電池では、正極における寿命は確保できるものの、寿命末期において電解液中の水分減少速度が急激に増加するという課題があった。
【0012】
このような電解液中の水分減少速度の急激な増加は、鉛蓄電池の使用者が予期しえない短期間で極板群、特に負極棚部の電解液からの露出を招く。その結果、負極棚部や負極耳部で腐食が進行し、断線に到る可能性があった。
【0013】
また、負極棚部および負極耳部が電解液に浸漬した状態であっても、負極耳部に微量析出したアンチモンが要因となり、負極耳部を腐食させて、負極耳厚みが減少し負極における集電効率を低下させてしまうといった課題があった。
【0014】
本発明は、前記したような深放電における正極の劣化と負極における充電受入性を改善することによって、深放電寿命特性を飛躍的に改善するとともに、寿命末期においても電解液中の水分減少速度の増加を抑制することでメンテナンスフリー性に優れるとともに、負極耳部における腐食を抑制することによって、高信頼性を有したアイドルストップ車や回生ブレーキシステム搭載車等に好適な鉛蓄電池を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記目的を達成するために本発明の鉛蓄電池は、Sbを含まない負極格子からなる負極板と、Sbを含まない正極格子で構成され正極活物質と接する表面の少なくとも一部に正極活物質量の0.01〜0.20wt%のSbを含む層を有する正極板と、前記正極・負極板間に介挿されたセパレータとを備え、前記正極・負極板の極板面全面が電解液に浸漬されており、負極活物質中にBiを負極活物質量に対して0.02〜0.10wt%含むことを特徴とするものである。
【0016】
これにより、深放電における正極の劣化と負極における充電受入性を改善することができ、深放電寿命特性を飛躍的に改善することができる。また、寿命末期においても電解液中の水分減少速度の増加を抑制することでメンテナンスフリー性に優れるとともに、負極耳部における腐食を抑制することによって、高信頼性を有したアイドルストップ車や回生ブレーキシステム搭載車等に好適な鉛蓄電池を提供することができる。
【0017】
また、Sbを含む層中におけるSb量を正極活物質量の0.01〜0.15wt%とすることで、更に好適な鉛蓄電池を提供することができる。
【発明の効果】
【0018】
本発明の鉛蓄電池によれば、深放電における正極の劣化と負極における充電受入性を改善することができ、深放電寿命特性を飛躍的に改善することができる。また、寿命末期においても電解液中の水分減少速度の増加を抑制することでメンテナンスフリー性に優れるとともに、負極耳部における腐食を抑制することによって、高信頼性を有したアイドルス
トップ車や回生ブレーキシステム搭載車等に好適な鉛蓄電池を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、本発明を実施するための最良の形態について説明する。本発明の鉛蓄電池に用いる正極格子の母材は実質上Sbを含まない鉛合金により作成される。Sbを含まない鉛合金としては、強度および耐腐食性の面でPb−Ca−Sn合金を用いる。正極格子中のCaの量としては格子強度の観点から、0.03〜0.10質量%、Snの量としては格子強度および耐腐食性の観点より、0.60〜1.80質量%、好ましくは1.20〜1.80質量%が適切である。なお、本発明において、正極格子中に実質上Sbを含まないとは、0.002質量%以下を意味する。この程度の含有量のSbが正極格子に含まれたとしても、負極には移行せず、結果として負極における自己放電量や、電解液の減液といった鉛蓄電池のメンテナンスフリー性能に影響を与えることはない。
【0020】
また、本発明においてはこのSbを含まない正極格子の正極活物質と接する表面の少なくとも一部にPb−Sb合金等のSbを含む層を形成し、この層中に含まれるSb量を正極活物質量に対して0.01〜0.20wt%、好ましくは、0.01〜0.15wt%の範囲とする。
【0021】
格子の作成方法としては、従来から知られている鋳造格子、連続鋳造格子あるいは上記鉛合金の圧延体にパンチング加工やエキスパンド加工を施した格子体を用いることができる。
【0022】
また、正極の過放電に対する耐久性を考慮し、正極格子表面のSbを含む層中に2.0〜7.0質量%程度のSnを含むことも好ましい。
【0023】
上記の正極格子体に正極活物質ペーストを充填後、熟成乾燥することにより、未化成状態の正極板を得る。なお、正極活物質ペーストとしては、従来から知られているように、鉛酸化物および金属鉛を成分とする鉛粉を水と希硫酸で練合して得ることができる。
【0024】
次に、負極格子も正極格子と同様、実質上Sbを含まない鉛合金により作成される。正極格子と同様、Pb−Ca−Sn合金を用いることができるが、負極格子では正極に比較して腐食の影響を受けないので、Snの添加は必ずしも必要ではない。但し、Snは前述のように、格子強度を向上したり、鋳造格子作成時の溶融鉛の湯流れ性を向上するので、0.2質量%〜0.6質量%程度添加してもよい。なお、負極格子中のCa量は正極と同様、格子強度を確保することを主目的として0.03〜0.10質量%添加する。なお、負極格子におけるSbの存在は直接負極の自己放電と電解液の減液に影響を及ぼすので、0.001質量%以下とする。また、負極格子の製造方法は、正極格子と同様の方法により得ることができる。
【0025】
上述により得た負極格子に負極活物質ペーストを充填し、熟成乾燥して未化成状態の負極板を作成する。本発明においては、化成後の負極活物質中に負極活物質量に対して0.02〜0.10wt%のBiを含有させる。
【0026】
負極活物質中のBiの添加方法として、負極活物質ペーストの練合時に酸化ビスマス、硫酸ビスマス等のビスマス化合物として添加することができる。また、他の方法としては、化成充電工程の以前に希硫酸電解液中に上述のビスマス化合物を添加し、化成充電を行うことにより、負極活物質にBiを電析させることも極めて有効な方法である。
【0027】
この負極板および上述の正極板とをガラス繊維やポリプロピレン樹脂繊維等の耐酸性繊維で構成したマットセパレータもしくはポリエチレンセパレータとを組み合わせて極板群
を構成する。この極板群を用いて鉛蓄電池を構成することにより、本発明の鉛蓄電池を得ることができる。
【0028】
本発明の鉛蓄電池を、通常の公称電圧12Vの自動車用鉛蓄電池とする場合、上述の極板群の6個を電槽に収納し、極板群間を直列に接続した後、電槽開口部を蓋で覆うとともに、直列接続において両端に位置する極板群から導出した極柱を蓋にインサート成形された端子ブッシングに挿通し、端子ブッシングと極柱先端を溶接すれば良い。その後、蓋に設けた注液口より希硫酸電解液を注液して、化成充電を行えば良い。
【0029】
なお、化成充電後において、本発明の鉛蓄電池は極板群を構成する正極板および負極板の少なくとも充放電反応に寄与する極板表面がすべて電解液に浸漬した構成を有する。
【0030】
上述した構成を有した本発明の鉛蓄電池は、Sbを正極活物質に捕捉させ、電解液に流出して負極に析出しない程度に抑制して耳細りを防止できるとともに、Sbが負極に析出しないことによる負極の充電受入性低下はBi添加により補償することで、長寿命かつ高信頼性を得ることができる。
【0031】
また、正極格子母材中に含まれるSnの量が0.80〜1.80wt%である場合、正極格子腐食は抑制されるため、極めて長寿命であり、結果として長期間使用される。本発明の課題は使用期間が長くなるにつれて発生する新規なものであり、このような長寿命の鉛蓄電池において、本発明の構成を適用することが最も好ましい。
【実施例】
【0032】
図1にSbを含む層である正極表面層と、正極活物質質量に対する正極表面層中のSb量(wt%)と、負極活物質質量に対する負極活物質中のBi量(wt%)とをパラメータとして鉛蓄電池を作成した時のサイクル寿命特性、耳腐食量、減液量を示す。
【0033】
試験電池形式はJIS D5301「始動用鉛蓄電池」に規定する55D23形鉛蓄電池とした。
【0034】
サイクル寿命特性はJIS D5301「軽負荷寿命」の4分放電を5分放電に変更して75度気相中で実施した。すなわち、25A放電5分と14.8V定電圧(最大電流25A)10分とを480サイクル繰り返す毎に356A30秒間の判定放電を行い、放電末期電圧が7.2V以下となると寿命と判定することにより行った。
【0035】
耳腐食量(%)は、25A放電60秒と15V定電圧充電60秒とを150サイクル繰り返した後に、14.5Vの定電圧充電を1時間行い、6週間保存した後に、試験前後の耳部断面積の減少割合を比較している。
【0036】
減液量(%)は、48A放電60秒と14.5V充電(最大電流48A)90秒とを500サイクル繰り返した後に、試験前後の電解液重量減量(%)を比較している。
【0037】
同図の電池A1〜A5は、正極表面層にSbを含む層を有していない。この場合は耳腐食量及び減液量については、正極表面層にSbを含む層と同レベルであるが、サイクル寿命特性の面でかなり劣っていることがわかる。
【0038】
同図の電池B1〜B5は、正極表面層にSbを正極活物質量の0.005wt%含んでいる。この場合においては、耳腐食量及び減液量については電池Aと同レベルである。またサイクル寿命特性については、電池Aよりは若干改善効果が見られるが、充分な効果とは言い難い。
【0039】
同図の電池C、D、E、Fは正極表面層にSbをそれぞれ正極活物質量の0.01、0.1、0.15、0.2wt%含んでいる。この場合においては、負極活物質中にBiを負極活物質量に対して0.02〜0.10wt%含んでいる電池C2〜C4、D2〜D4、E2〜E4、F2〜F4については、サイクル寿命特性、耳腐食量、減液量の全てのパラメータにおいて良好な結果が得られている。特に、Sb量が正極活物質量の0.01〜0.20wt%かつBi量が負極活物質量の0.02〜0.10wt%含む電池C2〜C4、D2〜D4、E2〜E4は、Sb量が0.2wt%の電池Fに比べて耳腐食量及び減液量の面で優れていることがわかる。しかしながら、負極活物質中のBiが少ないC1、D1、E1、F1については、サイクル寿命特性が充分に延びていない。一方、負極活物質中のBiが多いC5、D5、E5、F5については、サイクル寿命特性は向上しているが、減液量が多くなるので実用的ではない。
【0040】
また正極表面層のSb量を正極活物質量の0.25wt%まで増加すると(電池G)、耳腐食量及び減液量の面で極めて悪い結果となることがわかる。
【0041】
さらに正極表面層に適度のSnを含む電池Hを見ると、Snを含まない場合(電池D)に比べて、サイクル寿命特性の面でより良好な結果が得られていることがわかり、このような電池に本発明を用いるとより有効であることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明によれば、深放電における正極の劣化と負極における充電受入性を改善することで深放電寿命特性を飛躍的に改善することができ、また、寿命末期においても電解液中の水分減少速度の増加を抑制することでメンテナンスフリー性に優れるとともに、負極耳部における腐食を抑制することによって、長寿命で信頼性の高い鉛蓄電池を提供することができることから、アイドルストップ車や回生ブレーキシステム搭載車等に用いられるような低SOC領域で用いられる頻度が高い自動車用鉛蓄電池において有用である。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】本発明と比較例とを示す特性図

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Sbを含まない負極格子からなる負極板と、Sbを含まない正極格子で構成され正極活物質と接する表面の少なくとも一部に正極活物質量の0.01〜0.20wt%のSbを含む層を有する正極板と、前記正極・負極板間に介挿されたセパレータとを備え、前記正極・負極板の極板面全面が電解液に浸漬されており、負極活物質中にBiを負極活物質量に対して0.02〜0.10wt%含むことを特徴とする鉛蓄電池
【請求項2】
Sbを含む層中におけるSb量を正極活物質量の0.01〜0.15wt%とすることを特徴とする請求項1記載の鉛蓄電池。



【図1】
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【公開番号】特開2006−79973(P2006−79973A)
【公開日】平成18年3月23日(2006.3.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−263624(P2004−263624)
【出願日】平成16年9月10日(2004.9.10)
【出願人】(000005821)松下電器産業株式会社 (73,050)
【Fターム(参考)】