説明

銀めっき方法

【課題】難めっき素材と銀めっき皮膜の間にニッケル層という余計な層を介すことなく、ハロゲン化物を含有しないめっき浴を用いて難めっき素材上に直接、密着が十分である銀めっき皮膜を良好な作業環境のもとで得ることのできる銀めっき方法を提供する。
【解決手段】酸化皮膜を形成し易く、その酸化物皮膜がめっき皮膜の密着性を阻害するような素地に対して銀めっき皮膜を施す方法であって、少なくとも(A)脱脂処理を行う工程、(B)強酸性の溶液で酸化皮膜を除去する工程に引き続き、ニッケル又はニッケル合金のストライクめっきを施す工程を経ることなく、(B)に引き続いて、(C)実質的にハロゲン化物イオンもシアンイオンも含まず、ホスフィン類を含む酸性の銀めっき浴を用いて銀めっきを行う工程、を含むことを特徴とする銀めっき方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非シアンの電気銀めっき方法に関し、さらに詳しくは、酸性のめっき浴を用いて、いわゆる難めっき金属素材に密着性の良好な銀めっきを施す方法に関する。
【背景技術】
【0002】
銀は電気伝導性、はんだ付け性等の特性に優れ、電気・電子部品等の用途に広く利用されるばかりでなく、美観にも優れているため、装飾的用途にも多用されている。さらに、その柔軟性を利用してネジ類の焼き付き防止、摺動部の潤滑性や耐摩耗性の付与等にも利用されている。
【0003】
ネジ類の焼き付き防止、摺動部の潤滑性や耐摩耗性の付与等の目的に利用される場合、いわゆる難めっき金属素材に銀めっきを施すことが求められるケースも多い。「難めっき金属素材」とされる理由は、置換析出が生じやすいケース、表面に酸化皮膜が形成され易いケース、その両方が要因となるケースがある。これらの要因のために密着性の良好な皮膜を得ることが難しいために難めっき素材と称されるのである。それらの中には、アルミニウム(合金)、マグネシウム(合金)、亜鉛ダイカスト、すず(合金)、ステンレス鋼、チタニウム(合金)などが含まれる。
難めっき金属素材に密着性の良好なめっき皮膜を得るための手段として、ニッケルストライクめっきを施す方法が用いられる。これは塩化物を多量に含むニッケルめっき液を用いて、酸で酸化皮膜を除去して直ちに極めて薄いニッケル皮膜を施しておいて、その上に目的とするめっき皮膜を施す方法である。
【0004】
ニッケルストライクを用いる手法は古くから知られており、現在においても多少のモディファイを含みながらも基本的には変化なく標準的な手段として用いられている。
例えば、特開2005−133169号公報にはステンレス鋼基材の表面の少なくとも一部にニッケル下地層が形成され、その上層に銀層を形成した可動接点用銀被覆ステンレス条が、特開2002−237312号公報にはステンンレス鋼にニッケルめっきを下地として銀又は銀合金めっきが施された固体電解質型燃料電池の金属セパレータが開示されている。
【0005】
しかしながら、ニッケルストライク工程を省くことができれば製造コストの削減につながるし、さらに、銀めっきの特性を最大限発揮させるにはニッケルストライク膜がないほうが望ましいという場合もある。そのため、特開2002−121693号公報には、ニッケルストライクなしでステンレスに銀めっきを施すための銀めっき浴及び銀めっき方法が開示されている。これには、ハロゲン化物イオンを含むpHが−1.0〜2.0の浴が利用されている。
【0006】
【特許文献1】特開2005−133169号公報
【特許文献2】特開2002−237312号公報
【特許文献3】特開2002−121693号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ハロゲン化物イオンを多量に含む銀めっき浴を用いればニッケルストライクめっきを施さなくてもある程度の密着性が得られることは以前から知られているが、そのような浴を工業的に用いるには、次のような問題があった。以下、ハロゲン化物浴としてはヨウ化物浴が一般に用いられるので、ヨウ化物浴を例にとって説明する。
すなわち、▲1▼ハロゲン化銀は、濃度の高いハロゲンの存在下では錯体を形成して溶解するが、ハロゲン濃度が低い場合には、微量の残留ハロゲンの検出に用いられるほど難溶性の化合物である。ヨウ化物浴は、薄い濃度の浴ではヨウ化銀の沈殿が生成するため、高い濃度のヨウ化物イオンを含まなければならないことから、めっき設備の腐蝕、排水処理上の問題があった。▲2▼また、水洗の際にめっき表面のヨウ化物イオン濃度が低下するため、ヨウ化銀の沈殿がめっき表面に生成しその除去が困難であった。さらに、▲3▼ヨウ化物浴から得られる銀めっき被膜は柔軟性が低く、クラックが入りやすいという欠点があった。また、▲4▼ヨウ化物浴では、陽極においてヨウ化物イオンが酸化してヨウ素が生成し、微量であってもめっき皮膜の性能を低下させ、皮膜の粗化、密着不良を引き起こすばかりでなく、ヨウ素が多量に生成した場合には、有毒ガスとして遊離する場合もあった。特に不溶性陽極を用いるとこの悪影響は顕著になるため、不溶性陽極を用いることができないという問題もあった。
【0008】
このように、銀めっき皮膜の特性を発揮させるために、難めっき素材と銀めっき皮膜の間にニッケル層という余計な層を介さないで銀めっき皮膜を得たいという技術的要求があったけれども、工業的使用の観点から未だ改善の余地が存在する。
【0009】
そこで、本発明は、難めっき素材と銀めっき皮膜の間にニッケル層という余計な層を介すことなく、ハロゲン化物を含有しないめっき浴を用いて難めっき素材上に直接、密着が十分である銀めっき皮膜を良好な作業環境のもとで得ることのできる銀めっき方法を提供することを課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、脱脂工程に引き続いて、強い酸性の溶液で難めっき素材上に生成している酸化皮膜を除去し、引き続いて実質的にハロゲンを含まず、ホスフィンを錯化剤として含む酸性の銀めっき浴から銀めっきを施す方法を採用することによって、酸化皮膜の生成を防ぎ、難めっき素材上にも密着性のよい緻密なめっきが得られることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
即ち、本発明は一側面において、
酸化皮膜を形成し易く、その酸化物皮膜がめっき皮膜の密着性を阻害するような素地に対して銀めっき皮膜を施す方法であって、少なくとも
(A)脱脂処理を行う工程、
(B)強酸性の溶液で酸化皮膜を除去する工程、
に引き続き、ニッケル又はニッケル合金のストライクめっきを施す工程を経ることなく、
(B)に引き続いて、
(C)実質的にハロゲン化物イオンもシアンイオンも含まず、ホスフィン類を含む酸性の銀めっき浴を用いて銀めっきを行う工程、
を含むことを特徴とする銀めっき方法である。
【0012】
本発明に係る銀めっき方法の一実施形態では、前記(C)のホスフィン類を含む酸性の銀めっき浴を用いて銀めっきを行う工程に続いて、(D)スルホン酸を含む酸性の銀めっき浴を用いて銀めっきを施す工程を更に含む。
【0013】
本発明に係る銀めっき方法の別の一実施形態では、前記(C)のホスフィン類を含む酸性の銀めっき浴が、さらにスルホン酸イオンを含む。
【0014】
本発明に係る銀めっき方法の更に別の一実施形態では、前記(C)及び(D)の工程に用いる銀めっき浴が、共にpH3以下の酸性浴である。
【0015】
本発明に係る銀めっき方法の更に別の一実施形態では、前記(C)の工程に用いる銀めっき浴が、一般式(1)で表されるホスフィン類の一種又は二種以上を含有する。
一般式(1):
【化1】

[ここで、X、X、Xは同一又は異なっていてよく、水素、置換若しくは非置換のC〜C10のアルキル基、又は置換若しくは非置換のベンゼン環を表し、該置換アルキル基又は該置換ベンゼン環の置換基はヒドロキシル基、カルボキシル基、スルホン酸基又はアミノ基から選ばれた1種又は2種以上である。ただし、X、X、Xの全てが同時に水素であることはない。]
【0016】
本発明に係る銀めっき方法の更に別の一実施形態では、前記(C)の工程に用いる銀めっき浴が、一般式(2)で表される低級アルキルホスフィンの一種又は二種以上を含有する。
一般式(2):
【化2】

[ここで、Y、Y、Yは同一又は異なっていてよく、非置換のC〜Cアルキル基、又はヒドロキシル基、カルボキシル基、スルホン酸基若しくはアミノ基から選ばれた1種若しくは2種以上で置換されたC〜Cアルキル基を表す。]
【0017】
本発明に係る銀めっき方法の更に別の一実施形態では、前記(B)の酸化皮膜を除去する工程において、強酸性の溶液が10質量%以上の酸を含む。
【0018】
本発明に係る銀めっき方法の更に別の一実施形態では、前記(B)の酸化皮膜を除去する工程において、強酸性の溶液はpH2以下である。
【0019】
本発明に係る銀めっき方法の更に別の一実施形態では、前記(B)の酸化皮膜を除去する工程において、強酸性の溶液は実質的にハロゲン化物イオンを含まない。
【0020】
本発明に係る銀めっき方法の更に別の一実施形態では、前記(B)の酸化皮膜を除去する工程において、強酸性の溶液はスルホン酸を含む。
【0021】
本発明に係る銀めっき方法の更に別の一実施形態では、前記素地が、マグネシウム、アルミニウム、チタン、クロム、ニッケル、コバルト、亜鉛、すず又は少なくともこれらの中から選ばれる金属の1種以上を含む合金である。
【0022】
本発明に係る銀めっき方法の更に別の一実施形態では、前記素地が、クロムを含む合金である。
【0023】
本発明に係る銀めっき方法の更に別の一実施形態では、前記素地が、ステンレス鋼である。
【0024】
本発明に係る銀めっき方法の更に別の一実施形態では、前記素地が、オーステナイト系ステンレス鋼である。
【0025】
本発明に係る銀めっき方法の更に別の一実施形態では、前記素地が、チタンである。
【0026】
本発明に係る銀めっき方法の更に別の一実施形態では、前記素地が、すず又はすず合金である。
【0027】
本発明に係る銀めっき方法の更に別の一実施形態では、前記素地が、銅、亜鉛、銀、インジウム、金、鉛、ビスマスから選ばれる少なくとも一種を含む金属とすずとの合金である。
【0028】
本発明に係る銀めっき方法の更に別の一実施形態では、前記(C)又は/及び(D)の工程における銀めっきにおいて、不溶性陽極を用いる。
【0029】
本発明に係る銀めっき方法の更に別の一実施形態では、前記不溶性陽極が、カーボン陽極、白金陽極、白金被覆チタン陽極、酸化ルテニウム被覆電極、酸化イリジウム被覆電極である。
【0030】
本発明に係る銀めっき方法の更に別の一実施形態では、前記不溶性陽極が、スピネル、ガーネット、ガラス、及びペロブスカイトから選ばれる1種以上からなる層を最上層に設けた不溶性陽極である。
【発明の効果】
【0031】
本発明による非シアンの銀めっき方法によれば、酸化皮膜が形成されやすい難めっき素材に対して、酸にて酸化皮膜を除去したのち、ただちに還元性化合物であるホスフィンを含む酸性の銀めっき浴を用いて銀めっきを施すことにより、酸化皮膜が形成されずに直接銀めっきを施すことができ、もって密着性の優れた難めっき素材上の銀めっき皮膜を提供することができる。
【0032】
さらに、ハロゲン化銀浴における様々な諸問題即ち、▲1▼めっき設備の腐蝕、排水処理上の問題▲2▼水洗時の銀化合物のめっき表面での生成、▲3▼クラックが入りやすいめっき皮膜▲4▼ヨウ素の生成によるめっき浴の劣化、▲5▼不溶性陽極が使用できないなどの問題を解決することができる。
【0033】
さらに、難めっき素材上の酸化物皮膜の除去に用いる強酸性溶液について、スルホン酸を含む溶液を用いることにより、この工程においても塩化物イオンを実質的に含まない溶液で処理することを可能とし、全プロセスから塩化物イオンを実質的に排除することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0034】
以下、本発明の銀めっき方法について詳しく説明する。
本発明は、酸化皮膜を形成し易く、その酸化物皮膜がめっき皮膜の密着性を阻害するような素地に対して密着性の良好な銀めっき皮膜を施す方法であって、少なくとも下記の工程を含む銀めっき方法である。
即ち本発明の銀めっき方法において少なくとも含まれる工程は、
(A)脱脂処理を行う工程、
(B)強酸性の溶液で酸化皮膜を除去する工程、
(C)実質的にハロゲン化物イオンもシアンイオンも含まず、ホスフィン類を含む酸性の銀めっき浴を用いて銀めっきを行う工程、
であって、通常の難めっき素材に対するめっきでは(B)の次に行うニッケル又はニッケル合金のストライクめっきを施す工程は含まれないことが特徴の一つであり、(B)に引き続いて銀めっきが施される。強酸性の溶液も銀めっき浴も水溶液の形態で提供されるのが通常である。
(B)の工程で酸化皮膜が除去され、(C)のホスフィン類を含む酸性の銀めっき浴でめっきすれば、ホスフィンが強い還元性を有した化合物であるために、再び酸化皮膜が生成することが抑制され、酸化皮膜を形成し易い素地に対しても密着の良好なめっき皮膜を施すことができるのである。(B)の工程の後は、素地表面に酸化被膜が再形成しないようにできるだけすみやかに(C)の工程を実施するのが望ましい。例えば、(B)の工程における強酸性の溶液から素地を取り出してから(C)の工程における銀めっき浴に浸漬するまでの時間は、水洗時間を加味しても5〜120秒、好ましくは5〜15秒とする。また、(A)の工程の脱脂処理は当業者に知られた任意の方法で行えばよく、例えば酸性脱脂、アルカリ脱脂、溶剤脱脂、エマルジョン脱脂、電解脱脂、機械脱脂などの方法が挙げられる。但し、それらの中でも素地表面のpH変化をなくし、めっき密着性を図る観点から酸性脱脂が好ましい。
【0035】
本発明においては、銀めっき工程では上記ホスフィン類を含む酸性の銀めっき浴だけを用いてめっきを行ってもよいが、ホスフィン浴でフラッシュ銀めっきを施した後、ホスフィン浴よりも析出効率の高い(D)スルホン酸を含む酸性の銀めっき浴に切り替えて銀めっきを施す方法も好適に用いることができる。
【0036】
前記(C)及び(D)の工程に用いる銀めっき浴として酸性の浴を用いることが、本願発明の要件であり、共にpH3以下の酸性浴が好適に用いられ、pH2以下の酸性浴が一層好適に用いられる。銀めっき浴のpH調整のための酸としては、ハロゲン化物を含有しない酸が好適に使用され、例えば有機スルホン酸、硫酸、硝酸、リン酸、ホウフッ酸などが挙げられる。この中でも銀イオンの溶解度、めっき液の安定性の観点からは有機スルホン酸、その中でもメタンスルホン酸、アルカノールスルホン酸、フェノールスルホン酸が特に好適に使用される。
【0037】
本発明において、(C)の工程において用いられる銀めっき浴には、浴成分として少なくとも下記一般式(1)で示した脂肪族又は芳香族のホスフィン類の一種又は二種以上を含有する。
一般式(1):
【化1】

[ここで、X、X、Xは同一又は異なっていてよく、水素、置換若しくは非置換のC〜C10のアルキル基、又は置換若しくは非置換のベンゼン環を表し、該置換アルキル基又は該置換ベンゼン環の置換基はヒドロキシル基、カルボキシル基、スルホン酸基又はアミノ基から選ばれた1種又は2種以上である。ただし、X、X、Xの全てが同時に水素であることはない。]
【0038】
さらに、ホスフィン類の中でも下記一般式(2)で示した低級アルキルホスフィンが一層好適に用いられる。
一般式(2):
【化2】

[ここで、Y、Y、Yは同一又は異なっていてよく、非置換のC〜Cアルキル基、又はヒドロキシル基、カルボキシル基、スルホン酸基若しくはアミノ基から選ばれた1種若しくは2種以上で置換されたC〜Cアルキル基を表す。]
【0039】
好適に用いられるホスフィン類を具体的に例示すれば、例えば、アルキル基がメチル基、エチル基又はプロピル基である非置換アルキルホスフィン並びにそれらアルキル基の水素がヒドロキシル基、カルボキシル基、スルホン酸基又はアミノ基で置換された、ヒドロキシメチル基、ヒドロキシエチル基、ヒドロキシプロピル基、カルボキシメチル基、カルボキシエチル基、カルボキシプロピル基、スルホメチル基、スルホエチル基又はスルホプロピル基、アミノメチル基、アミノエチル基又はアミノプロピル基を有するヒドロキシ低級アルキルホスフィン、カルボキシ低級アルキルホスフィン、スルホ低級アルキルホスフィン又はアミノ低級アルキルホスフィン等が挙げられる。
【0040】
さらに、その中でもアルキル基の一つの水素がヒドロキシル基で置換されたヒドロキシメチル基、ヒドロキシエチル基又はヒドロキシプロピル基のみで構成されるトリスヒドロキシ低級アルキルホスフィンが、価格、安定性の面から一層好適に用いられ、更にトリス(3−ヒドロキシプロピル)ホスフィンが最も好適に用いられる。
【0041】
(C)の工程のホスフィン類を含む酸性の銀めっき浴もさらにスルホン酸イオンを含んでよく、また、(D)の工程の浴としてもめっき浴の安定性、電着皮膜の外観、電着皮膜の表面抵抗等電気的特性等の観点からスルホン酸浴が好適に用いられる。
スルホン酸としては脂肪族スルホン酸、芳香族スルホン酸のいずれもが好適に用いられるが、脂肪族スルホン酸が一層好適に用いられる。
【0042】
脂肪族スルホン酸としては、アルカンスルホン酸及びアルカノールスルホン酸等の脂肪族スルホン酸が好適に用いられる。上記アルカンスルホン酸としては、具体的には、メタンスルホン酸、エタンスルホン酸、1−プロパンスルホン酸、2−プロパンスルホン酸、1−ブタンスルホン酸、2−ブタンスルホン酸、ペンタンスルホン酸などが挙げられる。上記アルカノールスルホン酸としては、具体的には、2−ヒドロキシエタン−1−スルホン酸(イセチオン酸)、2−ヒドロキシプロパン−1−スルホン酸(2−プロパノールスルホン酸)、2−ヒドロキシブタン−1−スルホン酸、2−ヒドロキシペンタン−1−スルホン酸などの外、1−ヒドロキシプロパン−2−スルホン酸、3−ヒドロキシプロパン−1−スルホン酸、4−ヒドロキシブタン−1−スルホン酸、2−ヒドロキシヘキサン−1−スルホン酸などが挙げられる。
【0043】
本発明において、(B)の酸化皮膜を除去する工程においては、10質量%以上の酸を含む溶液が好適に用いられる。但し、酸の濃度があまり高いと、設備の腐食や作業環境面での不都合が生じる事から50質量%以下とするのが望ましい。酸の濃度は典型的には10〜50質量%であり、より典型的には10〜20質量%である。また、該溶液のpHは酸化皮膜の除去性の観点から2以下であるのが好ましく、1以下であるのがより好ましい。用いる酸の種類は、めっきされる素材の種類、酸化皮膜の程度などによって公知の酸を単味又は混合して用いればよく、既述した各種スルホン酸の他、硫酸、硝酸、リン酸、塩酸、フッ化水素酸等が好適に用いられるが、設備の腐蝕、次の(C)の銀めっきを行う工程に用いる銀めっき液への持ち込み等を防止する意味から塩酸やフッ化水素酸等のハロゲンを含む酸を用いないことが望ましく、スルホン酸を主成分とする酸溶液が酸化皮膜の除去用の溶液として好適に用いられる。
【0044】
本発明の銀めっき方法が好適に適用できる酸化皮膜を形成し易く、その酸化物皮膜がめっき皮膜の密着性を阻害するような素地としてマグネシウム、アルミニウム、チタン、クロム、ニッケル、コバルト、亜鉛、すず、珪素又は少なくともそれらの中から選ばれる金属の1種以上を含む合金が挙げられる。ここで素地と表現したものの中には、バルクの金属(あるいは合金)だけでなくめっき皮膜等も含まれる。
具体的には、アルミ又は亜鉛を含むマグネシウム合金鋳物、アルミニウム青銅鋳物、シルジン青銅鋳物、軸受用アルミニウム合金鋳物、ステンレス鋼、ニッケル−リンめっき皮膜、アルミや銅を含む亜鉛ダイカスト、亜鉛−鉄、亜鉛−ニッケル等の亜鉛合金めっき皮膜、すず単味のめっき皮膜や銅、亜鉛、銀、インジウム、金、鉛、ビスマス等を含むすず合金のめっき皮膜等が挙げられる。
中でも、ステンレス鋼への直接銀めっきに対して極めて良好な結果を示し、さらにその中でもオーステナイト系ステンレス鋼に最も好適に適用できる。
【0045】
本発明においては、(C)の実質的にハロゲン化物イオンもシアンイオンも含まず、ホスフィンを含む酸性の銀めっき浴及び(D)のスルホン酸を含む酸性の銀めっき浴のいずれか又は両者において、陰極と陽極をイオン交換膜によって隔離して銀めっきを行うことができる。イオン交換膜法は、(C)の実質的にハロゲン化物イオンもシアンイオンも含まず、ホスフィンを含む酸性の銀めっき浴及び(D)のスルホン酸を含む酸性の銀めっき浴のいずれに対しても好適に適用できるが、(C)の実質的にハロゲン化物イオンもシアンイオンも含まず、ホスフィンを含む酸性の銀めっき浴に対して一層好適に適用できる。
【0046】
イオン交換膜は陽イオン交換膜、陰イオン交換のいずれをも用いることができるが、陰イオン交換膜が一層好適に用いられる。すなわち、陰イオン交換膜を用いて陰極と陽極を隔離することによって、めっき浴に添加され得る錯化剤、平滑化剤、光沢剤等の添加剤の陽極における分解を防止することができ、それら添加剤の消耗や分解によって生じる化合物のめっき皮膜への悪影響を防止することができる。また、銀陽極を用いた際に生じる浴中の銀濃度の増加を防止し、浴中金属濃度の制御を容易にすることができる。
【0047】
さらに、本発明の銀めっき法においては、陽極として不溶性陽極を使用することができる。不溶性陽極としては、カーボン陽極、白金陽極、白金被覆チタン陽極、酸化ルテニウム被覆電極、酸化イリジウム被覆電極など公知の材質の極が利用できる。スピネル、ガーネット、ガラス、及びペロブスカイトから選ばれる1種以上からなる層を最上層に設けた不溶性陽極が一層好適に利用できる。
従って、陽極としては銀陽極、上記の如き不溶性陽極あるいは両者を併用して用いることができる。
【0048】
本発明の酸性の浴を用いる銀めっき方法においては、下記に限定されるものではないが、一般的な工程として、(A)脱脂処理を行う工程、(B)強酸性の溶液で酸化皮膜を除去する工程、に引き続いて(C)実質的にハロゲン化物イオンもシアンイオンも含まず、ホスフィンを含む酸性の銀めっき浴を用いて銀めっきを行う工程を行う。(C)の銀めっきを行う工程に続いて、(D)スルホン酸を含む酸性の銀めっき浴を用いて銀めっきを施す工程を用いてもよい。通常各工程の間には水洗工程が含まれる。
(C)実質的にハロゲン化物イオンもシアンイオンも含まず、ホスフィンを含む酸性の銀めっき浴を用いて銀めっきを行う工程の条件は、一般的には、浴温10〜50℃が好適に用いられ、さらに好適には20〜35℃が用いられる。電流密度は、0.5〜5A/dmが好適に用いられ、2〜3A/dmがさらに好適に用いられる。めっき時間は10〜300秒が好適に用いられ、20〜100秒がさらに好適に用いられる。
(D)スルホン酸を含む酸性の銀めっき浴を用いて銀めっきを施す工程の条件は、一般的には、浴温10〜50℃が好適に用いられ、さらに好適には15〜40℃が用いられる。電流密度は、0.1〜10A/dmが好適に用いられ、0.5〜5A/dmがさらに好適に用いられる。めっき時間は所望のめっき厚さに応じて任意に変化させて用いられる。
【実施例】
【0049】
以下、実施例に基づき本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではなく、本発明の技術的思想の範囲内で任意の変形をなし得るものである。
【0050】
めっき工程の良否は、めっき皮膜の密着性から評価した。めっき皮膜の密着性は、折り曲げ試験によって評価した。JIS−H8504に準じて90度×3回の折り曲げ試験を行い、皮膜の剥離の有無を観察した。
脱脂剤は大和化成株式会社汎用酸性クリーナーAC−100を用いた。
【0054】
<例1>
ステンレス鋼(SUS304)を素材として、(A)酸性脱脂→(B)強酸性溶液中での酸化皮膜除去→(C)酸性銀めっき→乾燥の順に処理を行った。各工程の間には水洗工程が含まれる。各工程で用いた処理液の組成は下記の通りである。強酸性溶液から素材を取り出した後、銀めっき浴に浸漬するまでの時間は5秒間の水洗液への浸漬を含めて15秒であった。
強酸性溶液
メタンスルホン酸 150g/L(15質量%)
温度 25℃
銀めっき浴
トリス(3−ヒドロキシプロピル)ホスフィン 20g/L
硫酸 40g/L
硫酸銀(銀として) 3g/L
pH −0.4
陽極種類 カーボン
イオン交換膜種類 アニオン交換膜
温度 25℃
電流密度 3A/dm
めっき時間 90秒
こうして得られた銀めっき材に対して行った折り曲げ試験において、皮膜のクラックや剥離は認められず、極めて良好な柔軟性と密着性を示した。
【0055】
<例2〜20>
表1に記載の各種の条件とした他は実施例1の処理条件として銀めっきを行った。得られた銀めっき材に対する折り曲げ試験の結果も表1に合わせて掲載する。折り曲げ試験において、3回の折り曲げでも皮膜のクラックや剥離は認められず、良好な柔軟性と密着性を示した場合を◎、3回の折り曲げで、軽微なクラックや剥離が認められた場合は○、2回の折り曲げで、軽微なクラックや剥離が認められた場合は△、2回の折り曲げまでに、明らかなクラックや剥離が認められた場合は×とした。
【0055】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化皮膜を形成し易く、その酸化物皮膜がめっき皮膜の密着性を阻害するような素地に対して銀めっき皮膜を施す方法であって、少なくとも
(A)脱脂処理を行う工程、
(B)強酸性の溶液で酸化皮膜を除去する工程、
に引き続き、ニッケル又はニッケル合金のストライクめっきを施す工程を経ることなく、
(B)に引き続いて、
(C)実質的にハロゲン化物イオンもシアンイオンも含まず、ホスフィン類を含む酸性の銀めっき浴を用いて銀めっきを行う工程、
を含むことを特徴とする銀めっき方法。
【請求項2】
前記(C)のホスフィン類を含む酸性の銀めっき浴を用いて銀めっきを行う工程に続いて、(D)スルホン酸を含む酸性の銀めっき浴を用いて銀めっきを施す工程を含む請求項1に記載の銀めっき方法。
【請求項3】
前記(C)のホスフィン類を含む酸性の銀めっき浴が、さらにスルホン酸イオンを含む請求項1又は2に記載の銀めっき方法。
【請求項4】
前記(C)及び(D)の工程に用いる銀めっき浴が、共にpH3以下である請求項1〜3のいずれかに記載の銀めっき方法。
【請求項5】
前記(C)の工程に用いる銀めっき浴が、一般式(1)で表されるホスフィン類の一種又は二種以上を含有する請求項1〜4のいずれかに記載の銀めっき方法。
一般式(1):
【化1】

[ここで、X、X、Xは同一又は異なっていてよく、水素、置換若しくは非置換のC〜C10のアルキル基、又は置換若しくは非置換のベンゼン環を表し、該置換アルキル基又は該置換ベンゼン環の置換基はヒドロキシル基、カルボキシル基、スルホン酸基又はアミノ基から選ばれた1種又は2種以上である。ただし、X、X、Xの全てが同時に水素であることはない。]
【請求項6】
前記ホスフィン類が一般式(2)で表される低級アルキルホスフィンである請求項5に記載の銀めっき方法。
一般式(2):
【化2】

[ここで、Y、Y、Yは同一又は異なっていてよく、非置換のC〜Cアルキル基、又はヒドロキシル基、カルボキシル基、スルホン酸基若しくはアミノ基から選ばれた1種若しくは2種以上で置換されたC〜Cアルキル基を表す。]
【請求項7】
前記(B)の酸化皮膜を除去する工程において、強酸性の溶液が10質量%以上の酸を含む請求項1〜6のいずれかに記載の銀めっき方法。
【請求項8】
前記(B)の酸化皮膜を除去する工程において、強酸性の溶液は、pH2以下である請求項1〜7のいずれかに記載の銀めっき方法。
【請求項9】
前記(B)の酸化皮膜を除去する工程において、強酸性の溶液は、実質的にハロゲン化物イオンを含まない請求項1〜8のいずれかに記載の銀めっき方法。
【請求項10】
前記(B)の酸化皮膜を除去する工程において、強酸性の溶液は、スルホン酸を含む請求項1〜9のいずれかに記載の銀めっき方法。
【請求項11】
前記素地が、マグネシウム、アルミニウム、チタン、クロム、ニッケル、コバルト、亜鉛、すず又は少なくともこれらの中から選ばれる金属の1種以上を含む合金である請求項1〜10のいずれかに記載の銀めっき方法。
【請求項12】
前記素地が、クロムを含む合金である請求項11に記載の銀めっき方法。
【請求項13】
前記素地が、ステンレス鋼である請求項12に記載の銀めっき方法。
【請求項14】
前記素地が、オーステナイト系ステンレス鋼である請求項13に記載の銀めっき方法。
【請求項15】
前記素地が、チタンである請求項11に記載の銀めっき方法。
【請求項16】
前記素地が、すず又はすず合金である請求項11に記載の銀めっき方法。
【請求項17】
前記素地が、銅、亜鉛、銀、インジウム、金、鉛、ビスマスから選ばれる少なくとも一種を含む金属とすずとの合金である請求項11に記載の銀めっき方法。
【請求項18】
前記(C)又は/及び(D)の工程における銀めっきにおいて、不溶性陽極を用いることを特徴とする請求項1〜17のいずれかに記載の銀めっき方法。
【請求項19】
前記不溶性陽極が、カーボン陽極、白金陽極、白金被覆チタン陽極、酸化ルテニウム被覆電極、酸化イリジウム被覆電極である請求項18に記載の銀めっき方法。
【請求項20】
前記不溶性陽極が、スピネル、ガーネット、ガラス、及びペロブスカイトから選ばれる1種以上からなる層を最上層に設けた不溶性陽極である請求項18又は19に記載の銀めっき方法。

【公開番号】特開2009−149965(P2009−149965A)
【公開日】平成21年7月9日(2009.7.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−341848(P2007−341848)
【出願日】平成19年12月19日(2007.12.19)
【出願人】(593002540)株式会社大和化成研究所 (29)
【Fターム(参考)】