説明

銅合金材及びそれを用いた銅合金導体の製造方法並びにその方法により得られた銅合金導体及びそれを用いたケーブル

【課題】高強度かつ高導電率の銅合金材、及びそれを用いた銅合金導体の製造方法、並びにその方法により得られた銅合金導体、及びそれを用いたケーブルを提供するものである。
【解決手段】酸素を0.001〜0.1重量%含む銅母材11に、Sn12を0.1〜0.4重量%、Snよりも酸素との親和力が大きなCa、Mg、Li、Al、Ti、Si、V、Mn、Zn、In、又はAgの中から少なくとも1種の添加元素13を0.01〜0.7重量%、かつ、Sn12及び添加元素13を合計0.3〜0.8重量%の割合で添加して溶解(F1)を行い、連続鋳造(F2)後、鋳造材15の温度を銅合金溶湯14の融点より少なくとも15℃以上低い温度まで急速冷却して900℃以下に調整した状態で、最終圧延温度が500〜600℃となるように調整した複数段の熱間圧延加工(F3)を行い、圧延材16を形成するものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、パンタグラフ等を介して電車に給電を行う電車線用銅合金導体(トロリー線)を構成する高導電性、高強度の銅合金材及びそれを用いた銅合金導体の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
電車線用銅合金導体(トロリー線)には、導電率が高い硬銅線又は耐摩耗性、耐熱性を有する銅合金材(銅合金線)が使用されている。銅合金材としては、銅母材にSnを0.25〜0.35重量%含有させたものが知られており(特許文献1参照)、新幹線、在来線のトロリー線として架線されている。
【0003】
近年、電車の高速化が進められており、それに対応すべく、トロリー線の架線張力を高めることが求められており、電車線の架線張力は、1.5tから2.0t以上に変更される傾向にある。そこで、これらの高張力に耐えうる高強度のトロリー線が求められてきている。
【0004】
高強度の銅合金導体としては、主に、固溶強化型合金及び析出強化型合金の2つが挙げられる。固溶強化型合金としては、Cu-Ag合金(高濃度銀)、Cu-Sn合金、Cu-Sn-In合金、Cu-Mg合金、Cu-Sn-Mg合金などが挙げられる。また、析出強化型合金としては、Cu-Zr合金、Cu-Cr合金、Cu-Cr-Zr合金などが挙げられる。
【0005】
【特許文献1】特公昭59−43332号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
固溶強化型合金は、いずれも酸素含有量が10重量ppm(0.001重量%)以下であり、強度と共に伸び特性に優れていることから、トロリー線の母材となる銅合金荒引線を、連続鋳造圧延により、銅合金溶湯から直接製造することができる。固溶強化型合金を使用した従来のトロリー線の製造方法としては、例えば、Snを0.4〜0.7重量%含有した銅合金の鋳造材を、700℃以上の温度で熱間圧延して圧延材とする。この圧延材を再度500℃以下の温度で加熱し、仕上げ圧延して荒引線とし、この荒引線を伸線加工してトロリー線を製造する方法がある(特開平6−240426号公報参照)。また、他の連続鋳造圧延可能な銅合金として、Cu-O-Sn合金がある。この合金は、その内部にSnが2〜3μm以上の晶出物(SnO2)として存在しており、強度と伸び特性は、酸素含有量が10重量ppm以下のCu-Sn合金と同等であることが知られている。この合金も、析出強化作用や分散強化作用よりも、固溶強化作用の方が強い合金である。
【0007】
ところで、固溶強化型合金は、固溶強化元素の含有量を多くすればするほど強度向上を図ることができるが、それに伴って極端に導電率が低下してしまうので電流容量を大きくすることができず、電車線として適さなくなってしまう。例えば、特開平6−240426号公報記載の製造方法は、Snの含有量が0.4〜0.7重量%と多いので、導電率が低くなってしまう。よって、現状のCu−Sn系合金では、高張力架線として必要な強度を有し、かつ、良好な導電率を有する銅合金導体を製造することは困難である。ここで、高強度かつ高導電率の電車線を得るためには、Snと共にさらに別の元素を添加することが考えられる。この場合、仕上げ圧延(最終圧延)を500℃以下の温度で行うと、圧延時に圧延材の割れが多くなるので、荒引線の外観品質が極端に低下してしまい、延いては電車線の強度が極端に低下するという問題があった。
【0008】
また、析出強化型合金は、硬度及び引張強度は非常に高いものの、硬度が高い分、連続鋳造圧延における圧延ロールに過大な負荷がかかってしまい、連続鋳造圧延による製造ができない。このため、押出しなどの方法によるバッチ式でしか製造できない。加えて、析出強化型合金は、中間工程において析出強化物を析出させるための熱処理が必要である。よって、析出強化型合金は、連続鋳造圧延で製造可能な固溶強化型合金と比較して、生産性が低く、製造コストが高くなるという問題があった。
【0009】
つまり、高強度かつ高導電率の銅合金導体を、生産性に優れた連続鋳造圧延法を用いて製造するには、制約と限界があった。
【0010】
以上の事情を考慮して創案された本発明の目的は、高強度、かつ、高導電率の銅合金材、及びそれを用いた銅合金導体の製造方法、並びにその方法により得られた銅合金導体、及びそれを用いたケーブルを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成すべく本発明に係る銅合金材は、酸素を0.001〜0.1重量%(10〜1000重量ppm)含む銅母材が、Snを0.1〜0.4重量%、Snよりも酸素との親和力が大きなCa、Mg、Li、Al、Ti、Si、V、Mn、Zn、In、又はAgの中から選択される少なくとも1種の添加元素を0.01〜0.7重量%、かつ、Sn及び添加元素を合計0.3〜0.8重量%の割合で含むものである。
【0012】
また、Sn及び添加元素の他に、P又はBを0.01重量%(100重量ppm)以下の割合で含ませてもよい。
【0013】
Sn及び添加元素の他に、P及びBを合計0.02重量%(200重量ppm)以下の割合で含ませてもよい。
【0014】
一方、本発明に係る銅合金導体の製造方法は、銅合金溶湯を用いて連続鋳造圧延を行って圧延材を形成し、その圧延材を用いて銅合金導体を製造する方法において、
酸素を0.001〜0.1重量%(10〜1000重量ppm)含む銅母材に、Snを0.1〜0.4重量%、Snよりも酸素との親和力が大きなCa、Mg、Li、Al、Ti、Si、V、Mn、Zn、In、又はAgの中から選択される少なくとも1種の添加元素を0.01〜0.7重量%、かつ、Sn及び添加元素を合計0.3〜0.8重量%の割合で添加して溶解を行い、銅合金溶湯を形成し、
その銅合金溶湯を用いて連続鋳造を行うと共に、鋳造材の温度を銅合金溶湯の融点より少なくとも15℃以上低い温度まで急速冷却し、
その鋳造材の温度を900℃以下に調整した状態で、鋳造材に、最終圧延温度が500〜600℃となるように調整した複数段の熱間圧延加工を行い、圧延材を形成するものである。
【0015】
ここで、圧延材に、−193〜100℃の温度で、加工度50%以上の冷間加工を行い、銅合金導体を形成することが好ましい。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、高強度、かつ、高導電率の銅合金導体を、良好な生産性で得ることができるという優れた効果を発揮する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明の好適一実施の形態を添付図面に基づいて説明する。
【0018】
本発明の好適一実施の形態に係る銅合金導体の製造工程を示すフローチャートを図1に示す。
【0019】
図1に示すように、本実施の形態に係る銅合金導体18の製造方法は、
銅母材11にSn12及び添加元素13を添加して溶解し、銅合金溶湯14を形成する溶解工程(F1)と、
その銅合金溶湯14を鋳造して鋳造材15を形成する鋳造工程(F2)と、
その鋳造材15に複数段(多段)の熱間圧延加工を施して圧延材16を形成する熱間圧延工程(F3)と、
その圧延材16を洗浄し、巻取って荒引線17とする洗浄・巻取り工程(F4)と、
その巻取った荒引線17を送り出し、その荒引線17に冷間加工を施して銅合金導体18を形成する冷間(伸線)加工工程(F5)とを、含むものである。
【0020】
銅合金導体18は、その後用途に応じた所望形状の線材、条材(板材)などに加工される。溶解工程(F1)から洗浄・巻取り工程(F4)までは、既存又は慣用の連続鋳造圧延設備(SCR連続鋳造機)を適用することができる。また、冷間加工工程(F5)は、既存又は慣用の冷間加工装置を適用することができる。
【0021】
銅合金導体18の製造方法をより詳細に説明すると、先ず、溶解工程(F1)において、酸素を0.001〜0.1重量%(10〜1000重量ppm)含む銅母材11に、Sn12を0.1〜0.4重量%、好ましくは0.25〜0.35重量%、Snよりも酸素との親和力が大きな少なくとも1種の添加元素13を0.01〜0.7重量%、好ましくは0.01〜0.6重量%、かつ、Sn12及び添加元素13を合計0.3〜0.8重量%の割合で添加して溶解を行うことで、銅合金溶湯14が形成される。添加元素13は、Sn12よりも酸素との親和力が大きな元素であるため、Snよりも優先的に酸化され、最終的に得られる銅合金導体18の結晶組織に生成、分散している酸化物は、その大半(80%以上)が添加元素の酸化物となり、Sn酸化物は殆ど生成、分散しない。よって、添加したSn12の大部分は、銅と合金化され、銅合金導体18のマトリックスを形成する。
【0022】
ここで、Snよりも酸素との親和力が大きな少なくとも1種の添加元素13は、生成自由エネルギーの観点から、Ca、Mg、Li、Al、Ti、Si、V、Mn、Zn、In、又はAgの中から選択される少なくとも1種の元素又はその化合物が挙げられ、好ましくはCa、Mg、Al、In、又はAgの中から選択される少なくとも1種の元素又はその化合物が挙げられる。
【0023】
Sn12及び添加元素13の総含有量が0.3重量%未満では、本実施の形態に係る製造方法を適用しても、銅合金導体18の強度向上効果は認められない。また、総含有量が0.8重量%を超えると、鋳造材15の硬度が高くなり、圧延加工時の変形抵抗が高くなるので、圧延ロールに対する負荷が極端に大きくなってしまい、製品化が困難となってしまう。
【0024】
したがって、本実施の形態では、Sn12及び添加元素13の総含有量を0.3〜0.8重量%の範囲で適切に調整することにより、[実施例1]において後述するように、銅合金導体18の引張強度を420MPa以上に向上させると共に導電率を60〜90%IACSの範囲で自在に調整することが可能である。
【0025】
Sn12及び添加元素13の総含有量が多くなると、熱間圧延工程(F3)における熱間圧延加工時に、圧延材16の表面傷が多くなる傾向にある。よって、Sn12及び添加元素13の総含有量が多い場合(例えば0.5重量%以上の場合)には、圧延材16の表面傷を減少させるべく、銅母材11に、Sn12及び添加元素13と共に、さらにPを添加してもよい。Pは0.01重量%(100重量ppm)以下の割合で含有させる。Pの含有量が2ppm未満だと、銅線表面傷を低減させる効果はあまり認められず、Pの含有量が100重量ppmを超えると、銅合金導体18の導電率が低下してしまう。
【0026】
また、Sn12及び添加元素13の総含有量が多くなると、鋳造工程(F2)後における鋳造材15の結晶粒がやや大きくなる傾向(延いては銅合金導体18の強度がやや低下する傾向)にある。よって、Sn12及び添加元素13の総含有量が多い場合(例えば0.5重量%以上の場合)には、鋳造材15の結晶粒を微細にするべく、銅母材11に、Sn12及び添加元素13と共に、さらにBを添加してもよい。Bは0.01重量%(100重量ppm)以下の割合で含有させる。Bの含有量が2ppm未満だと、結晶粒を微細にする効果(延いては銅合金導体18の強度向上効果)はあまり認められず、Bの含有量が100重量ppmを超えると、銅合金導体18の導電率が低下してしまう。
【0027】
さらに、P及びBの両方を、合計0.02重量%(200重量ppm)以下の割合で含ませてもよい。
【0028】
次に、鋳造工程(F2)において、前工程で得られた銅合金溶湯14は、SCR方式の連続鋳造圧延に供される。具体的には、SCR連続鋳造の通常の鋳造温度(1120〜1200℃)よりも低い温度(1100〜1150℃)で鋳造を行うと共に、鋳型(銅鋳型)を強制水冷し、銅合金溶湯14の凝固温度より少なくとも15℃以上低い温度まで、鋳造材15が急速冷却される。
【0029】
これらの鋳造処理及び急冷処理によって、鋳造材15中に晶出(又は析出)する酸化物のサイズ、及び鋳造材15の結晶粒サイズが、通常の鋳造温度で鋳造を行う場合又は鋳造材15を[銅合金溶湯14の凝固温度−15℃]を超える温度までしか冷却しない場合と比較して、それぞれ小さくなる。
【0030】
次に、熱間圧延工程(F3)において、連続鋳造圧延における通常の熱間圧延温度よりも50〜100℃低い温度、すなわち鋳造材15の温度を900℃以下、好ましくは750℃〜900℃に調整した状態で、鋳造材15に、熱間圧延が多段に施される。最終圧延時において、500〜600℃の圧延温度で熱間圧延加工を施し、圧延材16が形成される。最終圧延温度が、500℃未満だと、圧延加工時に表面傷が多く発生してしまい、表面品質の低下を招き、また、600℃を超えると、結晶組織が従来と同レベルの粗大組織となってしまう。
【0031】
この熱間圧延により、前工程で晶出(又は析出)した比較的小サイズの酸化物が分断され、酸化物のサイズが更に小さくなる。また、本実施の形態に係る製造方法における熱間圧延は、通常の熱間圧延よりも低温で行うものであるため、圧延時に導入された転位が再配列し、結晶粒内に微小な亜粒界(亜境界;図3(b)参照)が形成される。亜粒界は、結晶粒内に存在する方位が少し異なる複数の結晶間の境界である。
【0032】
次に、洗浄・巻取り工程(F4)において、圧延材16を洗浄し、巻取りを行い、荒引線17とされる。巻取った荒引線17の線径は、例えば、8〜40mm、好ましくは30mm以下とされる。例えば、トロリー線における荒引線17の線径は、22〜30mmとされる。
【0033】
最後に、冷間加工工程(F5)において、巻取った荒引線17を送り出し、その荒引線17に、−193℃(液体窒素温度)〜100℃、好ましくは−193〜25℃以下の温度で冷間加工(伸線加工)を行う。これによって、銅合金導体18が形成される。ここで、連続伸線時の加工熱が、銅合金導体18に及ぼす影響(強度低下など)を少なくするため、引抜きダイスなどの冷間加工装置の冷却を行い、線材温度が100℃以下、好ましくは25℃以下となるように調整を行う。また、銅合金導体18の強度を向上させるためには、熱間圧延加工における加工度を高めて圧延材16、つまり荒引線17の強度を十分に向上させておくことが必要である他に、冷間加工における加工度を50%以上とすることが必要である。ここで、加工度が50%未満だと420MPaを超える引張強度が得られ
ない。
【0034】
得られた銅合金導体18は、その後用途に応じた所望形状、例えば、図2に示すような電車線(トロリー線)20に形成される。電車線20は、電車線本体21の両側部にハンガイヤー取付用のイヤ溝22a,22bが形成される。電車線本体21の下側の外周面は、電車のパンタグラフが摺動する部位である大弧面23に、電車線本体21の上側の外周面は、小弧面24に形成される。電車線20の断面積は、例えば、110〜170mm2とされる。
【0035】
次に、本実施の形態の作用を説明する。
【0036】
図4に示すように、従来の銅合金導体40は、結晶組織が粗大、つまり結晶粒41が粗大であった。また、Snなどの酸化物は、平均粒径(又は長さ)が1μmを超える粗大酸化物42であり、各結晶粒41の結晶粒界43ではなく、結晶組織内にランダムに分散していた。これらの結果、従来の銅合金導体40は、引張強度があまり十分ではなかった。
【0037】
これに対して、本実施の形態に係る銅合金導体18の製造方法においては、銅母材11に、Sn12を0.1〜0.4重量%、Snよりも酸素との親和力が大きな少なくとも1種の添加元素13を0.01〜0.7重量%、かつ、Sn12及び添加元素13を合計0.3〜0.8重量%の割合で添加して銅合金溶湯14を形成し、その銅合金溶湯14を用い、低温で連続鋳造(鋳造温度が1100〜1150℃)、低温圧延加工(最終圧延温度が500〜600℃)、及び加工熱が作用しないように100℃以下に温度調節した冷間加工を行い、銅合金導体18を製造している。
【0038】
これらによって、図3(a)に示すように、本実施の形態に係る銅合金導体18は、従来の銅合金導体40と比較して結晶組織が微細、つまり銅合金導体18の結晶粒32の平均粒径が、銅合金導体40の結晶粒41の平均粒径と比較して小さくなり、100μm以下となる。また、銅合金導体18のマトリックスには、添加元素13の内、最も酸素との親和力が大きな元素の酸化物の80%以上が、平均粒径が1μm以下の微小酸化物31として、各結晶粒32の結晶粒界33に分散している。さらに、図3(a)における領域3Bの要部拡大図を図3(b)に示すように、結晶粒32内には、微小な亜粒界(亜境界)34が形成されている。
【0039】
この亜粒界34と、結晶粒界33に分散した微小酸化物31とによって、鋳造材15が有する熱(顕熱)により、結晶粒32内に存在する方位が少し異なる結晶35a〜35cや結晶粒界33が移動するのが抑制される。その結果、熱間圧延時における各結晶35a〜35c及び各結晶粒32の成長が抑制されるため、圧延材16の結晶組織が微細となる。
【0040】
以上より、本実施の形態に係る銅合金導体18の強化は、結晶粒32の微細化による銅合金導体マトリックスの強度向上と、マトリックスに微小酸化物31を分散させたことによる分散強化とによるものであり、特開平6-240426号公報などに記載されたSnの固溶強化だけによる強化と比較して、導電率低下の割合も低く抑えることができる。よって、本実施の形態に係る製造方法によれば、導電率の大幅な低下を招くことなく、高い引張強度を有する銅合金導体18を得ることができる。つまり、後述の実施例で述べるように、60%IACS以上の高い導電率を有し、かつ、高張力架線で必要とされる420MPa以上の高い強度(引張強度)を有する銅合金導体18を得ることができる。
【0041】
また、本実施の形態に係る製造方法は、既存あるいは慣用の連続鋳造圧延設備や冷間加工装置を使用することができるので、新規の設備投資を必要とせず、高導電率、高強度の銅合金導体18を低コストで製造することができる。
【0042】
また、本実施の形態に係る製造方法により得られた銅合金導体18を用いて、単線材又は撚線材を形成し、その単線材又は撚線材の周りに、絶縁層を設けることで、高導電率、高強度のケーブル(配線材、給電材)を得ることができる。
【0043】
以上、本発明は、上述した実施の形態に限定されるものではなく、他にも種々のものが想定されることは言うまでもない。
【0044】
次に、本発明について、実施例に基づいて説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0045】
銅母材に添加する添加元素の種類及び量、熱間圧延加工の最終圧延温度などを変え、直径φが23mmの銅合金導体(電車線用銅合金荒引線)を39種類作製した。銅合金導体は、本発明に係る銅合金導体の製造方法を用いて製造した。
【0046】
(実施例1〜3)
酸素を10,350,1000重量ppm含む各銅母材に、Snを0.3重量%ずつ、かつ、Inを0.05,0.1,0.1重量%の割合で含有させた銅合金材を用い、銅合金導体を作製した。最終圧延温度はいずれも560℃とした。
【0047】
(実施例4〜24)
酸素を350重量ppm含む各銅母材に、Snを0.3重量%ずつ、かつ、Ca、Mg、Li、Al、Ti、Si、V、Mn、Zn、In、又はAgから選択される少なくとも1種の添加元素を0.05〜0.45重量%の割合で含有させた銅合金材を用い、銅合金導体を作製した。最終圧延温度はいずれも560℃とした。また、実施例5,6については、Pを0.0002,0.0090重量%の割合で更に含み、実施例7,8については、Bを0.0015,0.0090重量%の割合で更に含んでいる。
【0048】
(実施例25,26)
酸素を400,410重量ppm含む各銅母材に、Snを0.3重量%ずつ、かつ、Inを0.5重量%ずつの割合で含有させた銅合金材を用い、銅合金導体を作製した。最終圧延温度は570,560℃とした。また、実施例25については、Pを0.0038重量%の割合で更に含んでいる。
【0049】
(比較例1〜5)
酸素を350重量ppm含む各銅母材に、Snを0.3重量%ずつの割合で含有させた銅合金材を用い、銅合金導体を作製した。最終圧延温度は、それぞれ620℃,600℃,580℃,500℃,480℃とした。
【0050】
(比較例6〜12)
酸素を5,10,30,400,800,1000,1200重量ppm含む各銅母材に、Snを0.3重量%ずつの割合で含有させた銅合金材を用い、銅合金導体を作製した。最終圧延温度はいずれも560℃とした。尚、無酸素銅は酸素を含有していないため、無酸素銅を銅母材として用いた銅合金導体は作製しなかった。
【0051】
(比較例13)
測定できない程の極微量の酸素を含む銅母材(無酸素銅で構成される銅母材)に、Snを0.3重量%、Inを0.6重量%の割合で含有させた銅合金材を用い、銅合金導体を作製した。最終圧延温度は580℃とした。
【0052】
実施例1〜26及び比較例1〜13の銅合金導体の製造条件(酸素含有量、添加元素の種類及び含有量、最終圧延温度)を表1に示す。
【0053】
【表1】

【0054】
次に、実施例1〜26及び比較例1〜13の銅合金導体を用い、図2に示した断面積が170mm2のトロリー線をそれぞれ作製した。各トロリー線の引張強度(MPa)、導電性、酸化物の割合、亜粒界の有無、結晶粒サイズ、表面品質、熱間圧延性、及び総合評価を表2に示す。
【0055】
ここで、導電性については、導電率が60〜90%IACSのものを○、60%IACS未満のものを×とした。
【0056】
酸化物の割合については、平均粒径が1μm以下の酸化物の割合が80%以上のものを○、80%未満のものを×とした。
【0057】
亜粒界の有無については、結晶粒内に亜粒界が観察されるものを○、観察されないものを×とした。
【0058】
結晶粒サイズについては、比較例1の銅合金導体を用いたトロリー線における結晶粒の平均粒径を1とした時、結晶粒のサイズが0.5未満のものを○、0.5〜1のものを×とした。
【0059】
表面品質については、熱間圧延後の表面傷が、少ないものを○、多いものを×とした。
【0060】
熱間圧延性については、熱間圧延性が良好なものを○、悪いものを×とした。
【0061】
総合評価については、良好なものを○、不良を×とした。
【0062】
【表2】

【0063】
表2に示すように、実施例1〜26の各銅合金導体を用いて作製した各トロリー線は、いずれも420MPa以上の引張強度及び60%IACS以上の導電率を有していた。また、各トロリー線は、いずれも平均粒径が1μm以下の酸化物の割合は80%以上であり、結晶粒内には亜粒界が観察され、結晶粒のサイズは0.5未満であった。さらに、各トロリー線は、いずれも表面傷が少なく表面品質は良好であり、熱間圧延性も良好であった。特に、添加元素であるInを0.5重量%と多く含有する実施例25,26の場合、500MPaを超える高引張強度が得られた。以上より、総合評価も良好であった。
【0064】
これに対して、比較例1〜5の各銅合金導体を用いて作製した各トロリー線は、銅母材が添加元素を含有していないため、微小酸化物の割合が少なく、かつ、大きな結晶粒しか得られなかった。また、導電性は良好であるものの、引張強度は比較例4,5以外は420MPa未満であった。特に、比較例1の場合、最終圧延温度が高すぎるため、圧延時に導入された転位が再配列せず、亜粒界が形成されなかった。よって、引張強度が比較例1〜5の中で最も小さかった。また、比較例5の場合、最終圧延温度が低すぎるため、トロリー線表面に多くの傷が発生してしまい、表面品質が悪かった。以上より、比較例1〜5の場合、総合評価はいずれも不良であった。
【0065】
また、比較例6〜12の各銅合金導体を用いて作製した各トロリー線は、酸素含有量及びSn含有量は本発明の範囲内であるものの、銅母材が添加元素を含有していないため、微小酸化物の割合が少なく、かつ、大きな結晶粒しか得られなかった。また、導電性は良好であるものの、引張強度は比較例11以外は420MPa未満であった。特に、比較例12の場合、酸素含有量が多すぎるため、熱間圧延性が悪かった。以上より、比較例6〜12の場合、総合評価はいずれも不良であった。
【0066】
さらに、比較例13の銅合金導体を用いて作製したトロリー線は、Sn含有量及び最終圧延温度は本発明の範囲内であるものの、銅母材に含有させる添加元素の割合が多すぎるため高硬度であり、熱間圧延ロールに対する負荷が著しく大きくなってしまい、圧延材の製造ができなかった。
【実施例2】
【0067】
[実施例1]における実施例2及び比較例1の各銅合金導体について、それぞれ組織観察を行った。組織観察は、光学顕微鏡、SEM(走査型電子顕微鏡)、TEM(透過型電子顕微鏡)を用いて行った。
【0068】
図5(a)に示す実施例2の銅合金導体における結晶組織51の結晶粒サイズは、図5(b)に示す比較例1の銅合金導体における結晶組織52の結晶粒サイズと比較して微細であり、結晶組織52の結晶粒の平均粒径を1とした時、結晶組織51の結晶粒サイズは約0.5未満となっていた。また、図6(b)に示す比較例1の銅合金導体における酸化物(SnO2)は、平均粒径(又は長さ)が1μm以上の粗大酸化物62が多く、中には10μmを超える粗大酸化物63が生成していた。これに対して、図6(a)に示す実施例2の銅合金導体における酸化物(In23)は、平均粒径が1μm以下の微小酸化物61がその殆どを占めていた。
【0069】
ここで、実施例2の銅合金導体を更に詳しく観察すると、図7(a),図7(b)に示すように、エッチングにより結晶粒界71の表面が露出している箇所が認められ、そこに、微小酸化物(In23)72が優先的に晶出している様子が観察された。また、図7(c),図7(d)に示すように、結晶組織内の結晶粒界73,74にも微小酸化物76,77が観察された。図7(c)において認められる平均粒径が1μmを超える酸化物75は、Sn酸化物(SnO2)であるが、その分散量は、微小酸化物72,76,77の分散量と比較して著しく少ない。つまり、結晶組織内に分散する酸化物の大部分は、Snよりも酸素との親和力が大きなInの酸化物(微小酸化物72,76,77)であり、結晶粒界71,73,74に分散していた。
【0070】
また、図8(b)に示す比較例1の銅合金導体における結晶組織においては、結晶粒界87のみが観察され、各結晶粒84〜86の粒内には亜粒界は観察されなかった。これに対して、図8(a)に示す実施例2の銅合金導体における結晶組織においては、各結晶粒81,82の粒内に、亜粒界83が観察された。この亜粒界83が存在することにより、実施例2と比較例1とでは硬さに約2倍の差が生じており、実施例2の方が高硬度であった。つまり、亜粒界83による結晶粒の高硬度化が、銅合金導体の引張強度向上に寄与していると考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0071】
【図1】本発明の好適一実施の形態に係る銅合金導体の製造工程を示すフローチャートである。
【図2】本発明の好適一実施の形態に係る銅合金導体を用いたトロリー線の横断面図である。
【図3】本発明の好適一実施の形態に係る銅合金導体における結晶組織の模式図である。
【図4】従来の銅合金導体における結晶組織の模式図である。
【図5】実施例2及び比較例1の銅合金導体における結晶組織の光学顕微鏡観察図である。図5(a)は実施例2の銅合金導体、図5(b)は比較例1の銅合金導体である。
【図6】実施例2及び比較例1の銅合金導体における結晶組織のSEM観察図である。図6(a)は実施例2の銅合金導体、図6(b)は比較例1の銅合金導体である。
【図7】実施例2の銅合金導体における結晶組織のSEM観察図である。図7(b)は、図7(a)の領域7Bの拡大図、図7(d)は、図7(c)の領域7Dの拡大図である。
【図8】実施例2及び比較例1の銅合金導体における結晶組織のTEM観察図である。図8(a)は実施例2の銅合金導体、図8(b)は比較例1の銅合金導体である。
【符号の説明】
【0072】
11 銅母材
12 Sn
13 添加元素
14 銅合金溶湯
15 鋳造材
16 圧延材
18 銅合金導体
F1 溶解工程
F2 鋳造工程
F3 熱間圧延工程

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸素を0.001〜0.1重量%(10〜1000重量ppm)含む銅母材が、Snを0.1〜0.4重量%、Snよりも酸素との親和力が大きなCa、Mg、Li、Al、Ti、Si、V、Mn、Zn、In、又はAgの中から選択される少なくとも1種の添加元素を0.01〜0.7重量%、かつ、Sn及び添加元素を合計0.3〜0.8重量%の割合で含むことを特徴とする銅合金材。
【請求項2】
上記Sn及び上記添加元素の他に、P又はBを0.01重量%(100重量ppm)以下の割合で含む請求項1又は2記載の銅合金材。
【請求項3】
上記Sn及び上記添加元素の他に、P及びBを合計0.02重量%(200重量ppm)以下の割合で含む請求項1又は2記載の銅合金材。
【請求項4】
銅合金溶湯を用いて連続鋳造圧延を行って圧延材を形成し、その圧延材を用いて銅合金導体を製造する方法において、
酸素を0.001〜0.1重量%(10〜1000重量ppm)含む銅母材に、Snを0.1〜0.4重量%、Snよりも酸素との親和力が大きなCa、Mg、Li、Al、Ti、Si、V、Mn、Zn、In、又はAgの中から選択される少なくとも1種の添加元素を0.01〜0.7重量%、かつ、Sn及び添加元素を合計0.3〜0.8重量%の割合で添加して溶解を行い、銅合金溶湯を形成し、
その銅合金溶湯を用いて連続鋳造を行うと共に、鋳造材の温度を銅合金溶湯の融点より少なくとも15℃以上低い温度まで急速冷却し、
その鋳造材の温度を900℃以下に調整した状態で、鋳造材に、最終圧延温度が500〜600℃となるように調整した複数段の熱間圧延加工を行い、圧延材を形成することを特徴とする銅合金導体の製造方法。
【請求項5】
上記圧延材に、−193〜100℃の温度で、加工度50%以上の冷間加工を行い、銅合金導体を形成する請求項4記載の銅合金導体の製造方法。
【請求項6】
酸素を0.001〜0.1重量%(10〜1000重量ppm)含む銅母材に、Snを0.1〜0.4重量%、Snよりも酸素との親和力が大きなCa、Mg、Li、Al、Ti、Si、V、Mn、Zn、In、又はAgの中から選択される少なくとも1種の添加元素を0.01〜0.7重量%、かつ、Sn及び添加元素を合計0.3〜0.8重量%の割合で含む銅合金材で構成され、結晶組織を構成する結晶粒の平均粒径が100μm以下、かつ、結晶組織のマトリックスに、上記添加元素の内、最も酸素との親和力が大きな元素の酸化物の80%以上が、平均粒径が1μm以下の微小酸化物として分散していることを特徴とする銅合金導体。
【請求項7】
引張強度が420MPa以上、かつ、導電率が60%IACS以上である請求項6記載の銅合金導体。
【請求項8】
請求項6又は7記載の銅合金導体で構成される単線材又は撚線材の周りに、絶縁層を設けたことを特徴とするケーブル。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2007−217792(P2007−217792A)
【公開日】平成19年8月30日(2007.8.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−23674(P2007−23674)
【出願日】平成19年2月2日(2007.2.2)
【分割の表示】特願2003−365234(P2003−365234)の分割
【原出願日】平成15年10月24日(2003.10.24)
【出願人】(000005120)日立電線株式会社 (3,358)
【Fターム(参考)】