説明

銅系摺動部材

【課題】 硫黄系添加剤を含む潤滑油で潤滑されても耐硫化腐食性に優れた銅系摺動部材を提供する。
【解決手段】 摺動層となる銅又は銅合金2の表面に不動態化された硫化銅層としてCuS層3を形成したことにより、このCuS層3が硫化に対して不活性となり、これ以上の硫化が起き難い。また、予め、摺動前の銅系摺動部材1の表面にCuS層3を形成することにより、摺動時に銅系摺動部材1の表面に新たな硫化物が形成されるのを防止することができる。このため、銅系摺動部材1表面と相手材4表面との間に潤滑油を供給するための適正な隙間Cを保つことができるので、CuS層3と相手材4表面とが直接、接触して破壊されるようなことが起き難い。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内燃機関やトランスミッション等の軸受として、硫黄系添加剤を含む潤滑油で潤滑される銅系摺動部材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、内燃機関やトランスミッション等の軸受としては、エンジンオイル、トランスミッションオイル、ギヤオイル等の潤滑下で、銅系摺動部材が使用されている。しかしながら、これらの潤滑油には硫黄系添加剤が添加されていることが多く、銅系摺動部材が硫黄系添加剤により硫化腐食し易い環境にあった。
【0003】
これに対し、特開平9−249924号公報(特許文献1)では、硫化し易い性質を有する特定の添加元素(Ag,Sn,Sb,In,Mn,Fe,Bi,Zn,Ni及びCrからなる群より選択される少なくとも1種の元素)をCuマトリックス中に固溶し、これらの元素からなるあるいはこれらの元素を含む二次相が実質的に形成されていない銅合金からなる銅系摺動部材が提案されている。この特許文献1の段落[0017]によれば、「Cuマトリックスに固溶している特定の添加元素は摩擦熱の発生やライニング表面組織の変化と並行してライニング表面に移動して部分的に添加元素の濃縮層を形成し、これがさらに潤滑油中の硫黄系添加剤と反応して硫黄系化合物となり、また潤滑油中の酸素と添加元素が反応して酸素系化合物となる。これらの濃縮層、硫黄系化合物及び酸素系化合物は固体潤滑性に優れており、高面圧下でも摺動特性が優れており、かつ耐食性も良好である。」と記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平9−249924号公報(段落[0017])
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、内燃機関やトランスミッション等の摺動部では、図5に示すように、銅系摺動部材1の表面と相手材4の表面との間に潤滑油を供給するための狭い隙間C(オイルクリアランス)が設けられている。上記によれば、特許文献1に開示された銅合金2は、相手材4との接触時の摩擦熱で、銅合金2表面に局部的に特定の添加元素の濃縮層を形成し、さらに濃縮層が潤滑油中の硫黄系添加剤と反応して硫化するが、この硫化反応では体積膨張が伴われる。そのため、銅系摺動部材1表面と相手材4表面との間の狭い隙間Cはさらに狭められるので、硫化物と相手材4とが直接、接触し易くなる。そして、硫化物は、相手材4との接触により容易に破壊されるので、銅合金2の新生面が露出し、再び、硫化物の生成を繰り返すようになる。これらの理由により、特許文献1に開示された銅合金2は、耐食性が十分なものとはなり得ない。
【0006】
また、近年、内燃機関の高性能化に伴って、内燃機関やトランスミッション等の摺動部は高温化する傾向にある。そのため、銅系摺動部材は、益々、硫化腐食し易い環境になっており、特許文献1に開示された銅合金では、耐食性が不十分となってきた。本発明は、上記した事情に鑑みなされたものであり、その目的とするところは、硫黄系添加剤を含む潤滑油で潤滑されても耐硫化腐食性に優れた銅系摺動部材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記した目的を達成するために、請求項1に係る発明においては、銅系摺動部材において、摺動層となる銅又は銅合金の表面に不動態化された硫化銅層を形成したことを特徴とする。
【0008】
請求項2に係る発明においては、請求項1記載の銅系摺動部材において、不動態化された硫化銅層がCuS層であることを特徴とする。
【0009】
請求項3に係る発明においては、請求項1記載又は請求項2記載の銅系摺動部材において、銅又は銅合金の表面と不動態化された硫化銅層との間にCu2S層を形成したことを特徴とする。
【0010】
請求項4に係る発明においては、請求項1乃至請求項3のいずれかに記載の銅系摺動部材において、不動態化された硫化銅層の厚さが0.1〜3μmであることを特徴とする。
【0011】
請求項5に係る発明においては、請求項1乃至請求項4のいずれかに記載の銅系摺動部材において、銅合金は、Sn、Ni、Ag、Si、Pからなる群より選択される少なくとも1種以上と銅および不可避不純物とからなることを特徴とする。
【0012】
請求項6に係る発明においては、請求項5記載の銅系摺動部材において、銅合金には、さらにPb、Biのいずれかが含有されることを特徴とする。
【0013】
請求項7に係る発明においては、請求項5又は請求項6記載の銅系摺動部材において、銅合金には、さらに硬質粒子が含有されることを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
請求項1に係る発明においては、摺動層となる銅又は銅合金の表面に不動態化された硫化銅層を形成したことにより、この不動態化された硫化銅層が硫化に対して不活性となり、これ以上の硫化が起き難い。このため、硫黄系添加剤を含む潤滑油で潤滑されても耐硫化腐食性に優れた銅系摺動部材となる。
【0015】
また、予め、摺動前の銅系摺動部材の表面に不動態化された硫化銅層を形成したことにより、摺動時に銅系摺動部材の表面に新たな硫化物が形成されるのを防止することができる。このため、摺動部材表面と相手材表面との間に潤滑油を供給するための適正な隙間(オイルクリアランス)を保つことができるので、不動態化された硫化銅層と相手材表面とが直接、接触して破壊されるようなことが起き難い。
【0016】
また、請求項2に係る発明のように、不動態化された硫化銅層がCuS層であることが好ましい。硫化銅には、原子組成比の異なったCuSとCu2Sとが存在するが、CuSは、Cu原子1個に対しS原子1個からなる化合物であり、Cu原子が2個以上のS原子と結合することがないので、硫化に対しては不活性状態となる。これに対し、Cu2Sは、Cu原子2個に対しS原子1個からなる化合物であり、外部よりS原子が供給されるとCuSに変化する余地を残すため、硫化に対して完全には不活性状態となり得ない。したがって、Cu2Sからなる硫化銅層やCuSとCu2Sとが混在した硫化銅層であると、硫化腐食が起こる場合もあるが、CuSからなる硫化銅層であると、既に硫化銅層が不動態化されており、硫化腐食が起こらない。
【0017】
また、請求項3に係る発明のように、銅又は銅合金の表面と不動態化された硫化銅層との間にCu2S層が形成したことが好ましい。不動態化された硫化銅層を構成するCuSは、銅又は銅合金に比べて極めて延性が低いため、大きな外力が負荷される用途の摺動部に用いられると、銅又は銅合金と不動態化された硫化銅層との界面において、それぞれの弾性変形量差により剪断剥離が起こる場合がある。これに対し、銅又は銅合金と不動態化された硫化銅層との間にCu2S層を形成すると、Cu2Sの延性がCuSに比して高いので、銅又は銅合金とCuS層との弾性変形量の差を緩和し、これらの接合強度を高めることができる。
【0018】
また、請求項4に係る発明のように、不動態化された硫化銅層の厚さが0.1〜3μmであることが好ましい。不動態化された硫化銅層の厚さが0.1μm未満では、摺動により硫化銅層が摩滅し易く、3μmを超えると、硫化銅層内の応力が高くなりすぎるために、硫化銅層の耐久性が低くなる。
【0019】
また、請求項5に係る発明のように、銅系摺動部材の強度を高めるため、銅合金はSn、Ni、Ag、Si、Pからなる群より選択される少なくとも1種以上と銅および不可避不純物とからなることが好ましい。これらの添加元素は、銅合金のマトリックス中に固溶形態、又は一部が化合物の形態で含有される。また、これらの添加元素は、銅に比べると硫化し難いので、銅合金の表面への硫化銅層の形成時に優先的にCu原子とS原子とが結合し、銅合金の表面には添加元素を含有しない不動態化された硫化銅層を形成することが可能である。なお、添加元素の添加量は、Sn、Ni、Ag、Siの1種以上を0.1〜15質量%、Pを0.01〜0.2質量%の範囲内で含有させることが好ましい。
【0020】
また、請求項6に係る発明のように、請求項5記載の銅合金には、銅系摺動部材の潤滑性を高めるため、さらにPb、Biのいずれかを含有させてもよい。なお、これらの添加元素の添加量は、Pb、Biのいずれかを0.1〜30質量%の範囲内で含有させることが好ましい。また、請求項7に係る発明のように、請求項5又は請求項6記載の銅合金には、銅系摺動部材の耐摩耗性を高めるため、さらに硬質粒子を含有させてもよい。硬質粒子としては、炭化物、窒素化物、酸化物、珪化物等の各種セラミックスや金属間化合物の粒子等を用いることができる。このとき、潤滑成分であるPb、Biや硬質粒子であるセラミックス粒子等は、銅合金に固溶形態で含有されず、いずれも二次相として含有されるため、銅合金表面における銅合金マトリックス上の不動態化された硫化銅層の形成には影響しない。なお、銅系摺動部材の表面におけるPb、Biや硬質粒子の二次相上には、硫化銅膜が形成されないことは許容される。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】銅又は銅合金の表面に不動態化された硫化銅層としてCuS層を形成した銅系摺動部材の断面の模式図である。
【図2】銅又は銅合金の表面とCuS層との間にCu2S層を形成した銅系摺動部材の断面の模式図である。
【図3】不動態化された硫化銅層の形成の確認に用いられるアノード分極曲線を示す図である。
【図4】銅系摺動部材と相手材との関係を示す断面図である。
【図5】従来例を示す図4相当図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の実施形態について図1乃至図4を参照して説明する。図1は、銅又は銅合金2の表面にCuS層3を形成した銅系摺動部材1の断面の模式図であり、図2は、銅又は銅合金2の表面とCuS層3との間にCu2S層5を形成した摺動部材の断面の模式図であり、図3は、不動態化された硫化銅層の形成の確認に用いられるアノード分極曲線を示す図であり、図4は、銅系摺動部材1と相手材4との関係を示す断面図である。なお、上記した図は、実施形態に係る銅系摺動部材1や相手材4の概略図であり、構成,構造等を理解し易くするために各箇所が誇張あるいは省略して描かれている。
【0023】
図1に示すように、本実施形態に係る銅系摺動部材1は、銅又は銅合金2の表面に不動態化された硫化銅層としてCuS層3を設けた構成である。また、図4に示すように、この銅系摺動部材1は、円筒形状に形成されており、隙間Cを介して相手材4を回転自在に支承するものである。そして、銅系摺動部材1表面と相手材4表面は、隙間Cに潤滑油が供給されることにより潤滑される。
【0024】
銅又は銅合金2の表面にCuS層3を形成する方法としては、硫黄系電解質水溶液中にて銅又は銅合金2を陽極電解することにより、銅又は銅合金2と電解質水溶液中の硫黄イオンとを反応させ、CuS層3を形成させる陽極電解処理法にて行なうことができる。本実施形態では、Na2Sの濃度が0.01mol/Lの硫黄系電解質水溶液中に浸漬し、その平衡電位よりおよそ+0.2V〜+0.4Vの過電圧をかけることにより、銅又は銅合金2の表面にCuS層3を形成した。
【0025】
また、図3に示すアノード分極曲線を用いることにより、硫化銅層の不動態化を確認することができる。表面に硫化銅層を形成した銅又は銅合金2をNa2Sの濃度が0.01mol/Lの硫黄系電解質水溶液中にて、浸漬時に発生する平衡電位よりアノード側に徐々に過電圧を変化させて陽極電解すると、硫化銅層が完全に不動態化していない場合には、図3のA領域に示すように、電圧に比例して電流が増加する。これは、銅又は銅合金2の表面で形成された硫化銅層がCu2Sを含み、完全には不動態化しておらず、硫黄イオンと反応して硫化銅生成に起因する電流が流れるためである。
【0026】
一方、銅又は銅合金2の表面に形成した硫化銅層が不動態化している場合には、図3のB領域に示すように、電圧を増加させても電流が増加しない状態となる。具体的には、陽極電解の電圧を変化させた場合の単位電圧あたりの電流変化(電流/電圧)が−5.0〜1.0(A/V)となる状態である。これは、銅又は銅合金2の表面で形成された硫化銅層がCuSとなり、硫化反応が起き難くなるためである。本願の不動態化された硫化銅層とは、このように硫化反応が起き難い状態のCuS層3である。
【0027】
なお、CuS層3を厚くするために電圧を過度に高めて陽極電解すると、図3のC領域に示すように、再び、硫化反応が起こるようになる。これは、CuS層3が厚くなりすぎると、層内の応力が高くなり過ぎて、CuS層3に割れを生じて銅又は銅合金2の新生面の露出が起こり、新たな硫化反応が起こるためである。CuS層3の厚さは、3μmを越えるとCuS層3に割れが生じ易くなるため、3μm以下とすることが好ましい。
【0028】
上記した実施形態に係る銅系摺動部材1においては、銅又は銅合金2の表面に不動態化された硫化銅層としてCuS層3のみを設けた構成としたが、図2に示すように、銅又は銅合金2の表面とCuS層3との間にCu2S層5を設けた構成としてもよい。銅又は銅合金2とCuS層3との間にCu2S層5を形成すると、Cu2Sの延性がCuSに比して高いので、銅又は銅合金2とCuS層3との弾性変形量の差を緩和し、これらの接合強度を高めることができる。本実施形態の陽極電解処理法においては、陽極電解するときの電圧を高めて銅又は銅合金2の表面の硫化銅層の形成速度を早くすると、硫化銅層の表面側では、硫黄イオンが十分に存在するためにCuS層3となるが、銅又は銅合金2の表面側では、硫黄イオンが不足するようになるためにCu2S層5を形成することができる。なお、Cu2S層5の厚さは、0.1〜0.5μmとすることが好ましい。
【0029】
なお、本願の不動態化された硫化銅層は、CuSのみから構成された場合が最も耐食性が優れるが、完全な無酸素状態で銅又は銅合金2の表面にCuS層3を形成することは、極めて困難である。このため、不動態化された硫化銅層中には、一部、銅酸化物を含有する場合が許容される。なお、硫化銅層中の銅酸化物の含有率は、10体積%未満とすることが好ましい。
【0030】
また、本実施形態の陽極電解処理法においては、Na2Sの濃度が0.01mol/Lの硫黄系電解質水溶液を用いたが、これに限定されず、他の組成及び濃度の硫黄系電解質水溶液を用いることができる。また、陽極電解電圧も、本実施形態に示した電圧に限定されない。また、硫化銅層の形成方法は、陽極電解処理法に限定されず、銅又は銅合金を硫黄系電解質水溶液中に浸漬し加熱する方法、硫黄成分を含む雰囲気中にて加熱する方法、硫黄固体又は硫黄を含有する固体を銅又は銅合金と直接、接触し加熱する拡散方法等を用いてもよい。さらに、銅又は銅合金2は、焼結、鋳造のいずれの製法で製造されたものでよく、鋼裏金層の上に銅又は銅合金層を形成した複層材料の形態であってもよい。
【0031】
次に、本実施形態に係る不動態化された硫化銅層を設けた実施例品と不動態化された硫化銅層を設けない比較例品とについて、腐食試験を実施した。腐食試験した実施例品は、表1の実施例1〜5に示す組成の銅又は銅合金2を用い、陽極電解処理を行って不動態化された硫化銅層を、その厚さが2μmとなるように表面に形成した。陽極電解処理では、25mm×20mm×2mmの平板形状の試料を用い、Na2Sの濃度が0.01mol/Lの硫黄系電解質水溶液中、20℃の温度条件で陽極電解を行った。硫化銅層の不動態化は、図3に示すアノード分極曲線にて、電圧を増加させても電流が増加しない状態(図3のB領域)となっていることの確認により行なった。
【0032】
【表1】

【0033】
また、腐食試験した比較例品は、表1の比較例1〜5に示す組成の銅又は銅合金2を用い、比較例1、3〜6は表面に硫化銅層を形成せず、比較例2は実施例と同じ条件で陽極電解処理を行って完全には不動態化していない硫化銅層を、その厚さが0.1μmとなるように表面に形成した。比較例2の硫化銅層が完全に不動態化していないことは、図3に示すアノード分極曲線にて、電圧を増加させたときに電流も比例的に増加する状態(図3のA領域)となっていることの確認により行なった。
【0034】
腐食試験は、油温150℃の潤滑油(10W−30相当)中に試料を浸漬して100時間保持することにより行い、質量減少量により耐食性を評価した。その試験結果を表1に示す。質量減少量は、試験前の試料の質量に対し、試験後の試料の表面をブラッシングして洗浄することにより、硫化銅層のみを除去した質量の差を試料の表面積で除した値である。ただし、実施例1〜5及び比較例2は、試験前の試料の質量から予め、試験前に銅又は銅合金2の表面に形成した硫化銅層の質量分を差し引くことで、腐食試験中に形成された硫化銅に相当する質量のみを質量減少量として算出している。
【0035】
表1に示すように、実施例1〜5は、比較例1〜6の質量減少量が2.0〜5.4mg/cm2に対し、質量減少量が0.1〜0.5mg/cm2と少なく、耐食性に優れる結果が得られた。これは、実施例1〜5がいずれも銅又は銅合金2の表面に不動態化させた硫化銅層としてCuS層3が形成されており、硫化腐食が起き難い状態となっているためである。また、実施例2〜5は、銅合金2の強度を高めるため、実施例2〜5の銅合金2にそれぞれ添加元素としてSn、Ni、Ag、Siを5.0〜10.0質量%、さらに実施例2の銅合金2にPを0.03質量%含有させているが、これらの銅合金2の表面にも不動態化させた硫化銅層としてCuS層3が形成されており、耐食性に優れている。
【0036】
また、比較例1、3〜6は、銅又は銅合金2の表面に不動態化された硫化銅層としてCuS層3が形成されておらず、硫化腐食が起こることにより、添加元素を含有させたか否かに関わらず、質量減少量が2.0〜5.4mg/cm2と多い結果になった。また、比較例2は、銅2の表面に硫化銅層を形成したが、この硫化銅層がCu2Sを含み、完全には不動態化しておらず、硫化腐食が起こることにより、質量減少量が2.5mg/cm2と多い結果になった。
【0037】
なお、実施例1〜5及び比較例1〜6の対比には、腐食試験による銅又は銅合金2の質量減少量を示したが、質量減少した分の銅又は銅合金2は潤滑油中の硫黄と結びつき、硫化腐食して体積が膨張する。図4及び図5に示すように、実施例1〜5及び比較例1〜6のような銅又は銅合金2を使用した銅系摺動部材1を相手材4と組み合わせた状態では、硫化腐食による体積膨張は銅系摺動部材1表面と相手材4表面との間の狭い隙間C(オイルクリアランス)側に起こる。このため、図5に示すように、比較例1〜6のような質量減少量の多い銅又は銅合金2を銅系摺動部材1として使用すると、体積膨張した硫化腐食生成物が相手材4表面との接触により破壊され、銅又は銅合金2の新生面が露出し、さらなる硫化腐食が起きてしまう。これに対し、図4に示すように、実施例1〜5のような質量減少量の少ない銅又は銅合金2を銅系摺動部材1として使用すると、硫化腐食生成物の量が少なく、相手材4表面との接触が起き難くなる。
【0038】
また、実施例には記載しないが、本実施形態に係る銅合金2において、さらに銅系摺動部材1の潤滑性を高めるためにPb又はBiの添加元素や、銅系摺動部材1の耐摩耗性を高めるために各種セラミックスや金属間化合物の粒子等からなる硬質粒子を含有させたとしても、これらの物質が銅合金2に固溶されることなく二次相として含有されるので、銅合金2のマトリックス表面に不動態化された硫化銅層が形成されることを発明者は確認している。
【符号の説明】
【0039】
1 銅系摺動部材
2 銅又は銅合金
3 CuS層
4 相手材
5 Cu2S層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
摺動層となる銅又は銅合金の表面に不動態化された硫化銅層を形成したことを特徴とする銅系摺動部材。
【請求項2】
前記不動態化された硫化銅層がCuS層であることを特徴とする請求項1記載の銅系摺動部材。
【請求項3】
前記銅又は銅合金の表面と前記不動態化された硫化銅層との間にCu2S層を形成したことを特徴とする請求項1又は請求項2記載の銅系摺動部材。
【請求項4】
前記不動態化された硫化銅層の厚さが0.1〜3μmであることを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれかに記載の銅系摺動部材。
【請求項5】
前記銅合金は、Sn、Ni、Ag、Si、Pからなる群より選択される少なくとも1種以上と銅および不可避不純物とからなることを特徴とする請求項1乃至請求項4のいずれかに記載の銅系摺動部材。
【請求項6】
前記銅合金には、さらにPb、Biのいずれかが含有されることを特徴とする請求項5記載の銅系摺動部材。
【請求項7】
前記銅合金には、さらに硬質粒子が含有されることを特徴とする請求項5又は請求項6記載の銅系摺動部材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−265908(P2010−265908A)
【公開日】平成22年11月25日(2010.11.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−115078(P2009−115078)
【出願日】平成21年5月12日(2009.5.12)
【出願人】(591001282)大同メタル工業株式会社 (179)
【Fターム(参考)】