説明

銅系材料の腐食抑制/変色防止剤

【課題】 銅または銅合金製品、特に熱交換器用銅管の蟻の巣状腐食や変色を長期間抑制する。
【解決手段】 N、O、Sから選ばれた元素を含有し、さらにカルボキシル基を吸着できるアミノ基またはエポキシ基か、または疎水性基を分子末端に有するシランカップリング剤からなる腐食抑制/変色防止剤を含有する有機溶媒溶液で処理するか、この腐食抑制/変色防止剤を添加した揮発性潤滑油を用いて塑性加工を行う。この腐食抑制/変色防止剤を含有する梱包材料も有効である。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、銅系材料(銅および銅合金)の腐食抑制/変色防止剤とこれを含有する銅系材料および銅系材料製品の腐食抑制/変色防止用処理液および加工用潤滑油に関する。本発明はまた、上記腐食抑制/変色防止剤で処理された銅製品や、これを含有する銅系材料の梱包材料にも関する。
【0002】本発明に係る腐食抑制/変色防止剤は、冷凍機や空調供給等の熱交換器用銅管に見られる蟻の巣状腐食を抑制することができ、また銅表面で発生する変色を長期間にわたって防止することができる。
【0003】
【従来の技術】銅は熱伝導性が高く、加工が容易で、耐食性も比較的高いことから、銅管および銅合金管は特に熱交換を行う各種の配管に使用されている。銅および銅合金の表面は酸化皮膜で覆われ、これが保護皮膜となる上、銅自体が貴な金属であるために高い耐食性を示すのである。
【0004】例えば、火力および原子力発電所、化学プラント、船舶などの熱交換器 (例、復水器) には、特殊黄銅、キュプロニッケルなどの銅合金の配管が使用されている。このような熱交換器の冷却水には、腐食性の高い海水、河海水などが使用されることが多いため、各種の防食対策がとられてきた。例えば、冷却水に微量の鉄イオンを注入すると、孔食や潰食といった腐食抑制に有効であるが、配管内に鉄が付着して伝熱効率が低下するため、内面を塗装して有機被覆を施す方法が一般的になっている。この内面被覆については、例えば、特公昭59−50269 号、特開昭62−77600 号、同63−118598号、同63−233299号、同63−233300号、特公平3−35548 号、同4−81116 号、特開平6−42892 号、同6−193792号の各公報に記載されている。特開昭63−145788号公報には、かかる銅系配管に対する防食剤としてカルボン酸イオンを共存させた硫酸第一鉄水溶液が記載されている。
【0005】水道水や地下水を流す銅系配管でも、水道水の残留塩素や他の要因がからんで孔食が発生することがあり、その対策が考えられてきた。最も一般的な方法は、有機インヒビターを水に添加することである。銅系材料に対する有機インヒビターとしては、特にベンゾトリアゾール類が効果が高いことが知られている。別の防食用添加剤が特開平6−88262 号および同6−287776号各公報に記載されている。
【0006】特開昭59−74283 号公報には、銅と安定なキレートを形成する化合物 (例、クエン酸、酒石酸、フィチン酸、それらの塩) の水溶液を銅管内に循環させて、管内面に防食皮膜を付着させることが提案されている。
【0007】前述のように、銅および銅合金の表面は、亜酸化銅からなる酸化皮膜で覆われているが、この酸化皮膜の厚みで色が違って見える。例えば、純銅の場合で、酸化皮膜の厚みが増すと、暗褐色、赤褐色、紫、青、緑、黄、橙、赤の順で色が変化し、変色となって現れる。清浄な純銅を乾燥大気中に置いた場合には、酸化皮膜は30〜40Åまで急速に成長した後は、成長が止まり、変色はほとんど起こらない。しかし、湿度が高くなったり、大気中に硫酸や硫化水素などの酸性ガスが含まれると、酸化がさらに促進され、酸化皮膜が厚くなって上記のような変色が起こる。
【0008】この変色の防止に、有機インヒビター、中でもベンゾトリアゾール類による処理が有効であることが知られている。例えば、重量%で、ベンゾトリアゾール4〜6%、ヘキシレングリコール25〜30%、アミン系化合物5〜6%、ノニオン系界面活性剤1〜3%、残部が水という組成の変色防止剤が市販されており、板、条などの伸銅品では、ユーザーが使用するまで間の変色を防止するために、このような変色防止剤で処理されてから出荷されている。
【0009】銅管は、冷凍機、空調機器(例、家庭用ルームエアコン)などの熱交換器の配管にも使用されている。近年、この用途に用いる銅管で原因不明の貫通による漏洩が発生し、問題となっている。この銅管の貫通は、通常の孔食や潰食とは全く異なった様相の腐食により起こる。即ち、この腐食は、腐食孔の表面開口が、例えば10μm以下と肉眼では検出できないほど小さいのに対し、内部は入り組んだ方向不定の腐食孔がトンネル状につながり、ところどころ洞穴が形成され、内部に主に亜酸化銅からなる腐食生成物が詰まっているという特徴を持ち、腐食形態があたかも蟻の巣のように見えることから「蟻の巣状」腐食と一般に呼ばれている。腐食孔の表面開口の近傍は小豆色または赤褐色に変色した程度であり、通常の孔食で緑青色の変色が認められるのとは異なる。
【0010】この蟻の巣状腐食は、空調機器等の組立時の検査では見つからず、製品保管後の出荷時の製品検査やユーザーの使用初期に見つかることが多い。即ち、蟻の巣状腐食は製品の組立後の短期間のうちに進行し、貫通に至る。例えば、肉厚0.35mmの銅管が3ヶ月以内に貫通事故を起こす例も見られた。蟻の巣状腐食は、発生数は少ないものの、早期の貫通事故につながり、製品の信頼性を著しく損なうことから、その対策が急務となっていた。
【0011】本発明者らは、蟻の巣状腐食について検討を重ね、銅管加工に用いられている潤滑油中の成分に原因があることを突き止めた。蟻の巣状腐食の腐食媒 (腐食原因物質) として、当初は加工後の脱脂洗浄に用いられる塩素系有機溶剤の分解生成物の可能性が指摘されており、一方で蟻酸により蟻の巣状腐食が再現されることも確認されていた。しかし、塩素系有機溶剤が水と反応しても蟻酸は生成せず、またこの溶剤で脱脂洗浄していない銅管でも蟻の巣状腐食が発生したことから、塩素系有機溶剤以外の腐食媒を追求した結果、潤滑油に含まれる酸素含有有機化合物 (例、エステル、高級アルコール、エーテル) の加水分解で生ずる低分子量の分解生成物、特にC1〜C2のアルコール、アルデヒド、カルボン酸が蟻の巣状腐食の原因物質であり、中でもアルデヒドが特に強い腐食性を示すことを見出した。
【0012】この知見に基づいて本発明者らはこの腐食の防止に有効な物質を探索した結果、特開平6−10164 号、同6−10165 号、同6−10166 号、同6−10167 号の各公報に開示するように、尿素系、チオ尿素系、イミダゾール系、ベンゾチアゾール系、フェノチアジン系、およびチオカルバミン酸系の有機化合物が銅系材料の蟻の巣状腐食の腐食抑制剤として有効であることを見出し、またこの腐食抑制剤を銅管加工に用いる潤滑油中に添加しておくことによっても、上述した潤滑油に起因する蟻の巣状腐食を防止できることを知った。
【0013】
【発明が解決しようとする課題】本発明者らが提案した上記の腐食抑制剤は銅系材料の表面に付着しているだけである。また、これらの腐食抑制剤は、水分と有機溶剤のいずれにもある程度可溶であるので、使用中に銅系材料の表面に凝縮する水分や銅管製造時の洗浄工程で除去されてしまい、長期間にわたって安定した腐食抑制硬化を持続させることは困難であった。
【0014】本発明は、銅系材料の表面に強固な皮膜を形成する腐食抑制/変色防止剤を提供することを目的とする。それにより、銅系材料の表面に腐食抑制/変色防止剤が安定して存在し、銅系材料の蟻の巣状腐食を長期間にわたって効果的に抑制することができる。
【0015】
【課題を解決するための手段】本発明者らは、上記目的を達成するために検討を重ねた結果、一部のシランカップリング剤が銅系材料の蟻の巣状腐食の長期的な抑制に有効であることを見出し、本発明に到達した。また、このシランカップリング剤は、蟻の巣状腐食に加えて、銅系材料の変色も長期的に防止することができることも判明した。
【0016】ここに、本発明は、N、OおよびSから選ばれた1または2以上の元素を含有し、さらに分子末端にカルボキシル基を吸着できる官能基または疎水性の基を有するシランカップリング剤からなることを特徴とする、銅系材料の腐食抑制/変色防止剤である。
【0017】前記カルボキシル基を吸着できる官能基は第一および第二アミノ基ならびにエポキシ基から選ぶことができ、前記疎水性の基は−NR1R2(R1およびR2はアルキル基またはアリール基) 、−NHR3 (R3は炭素数2以上のアルキル基またはアリール基) 、−NHCOR1 (R1は前記に同じ) 、炭素数4以上のアルキル基およびフッ素含有アルキル基、ならびにアリール基から選ぶことができる。
【0018】本発明によればまた、有機溶媒中に上記腐食抑制/変色防止剤を含有する溶液からなる銅系材料および銅系材料製品用の処理液;揮発性潤滑油中に上記腐食抑制/変色防止剤を含有する銅系材料加工用潤滑油;上記の腐食抑制/変色防止剤の加水分解生成物が表面に結合していることを特徴とする銅系材料製品、特に熱交換器用銅管;ならびに上記腐食抑制/変色防止剤を内部または表面に含有する、銅系材料製品の梱包材料、もまた提供される。
【0019】
【発明の実施の形態】まず、本発明者らが究明した銅系材料の蟻の巣状腐食のメカニズムについて説明する。なお、以下では主に銅の腐食について説明するが、銅合金の場合も同様である。
【0020】冷凍機、空調機器等の熱交換器用の銅管は、銅管製造メーカーでの抽伸による製管、光輝焼鈍あるいは洗浄工程を経て熱交換器加工メーカーに出荷される。この段階では、加工時に使用された潤滑油は、揮発したり溶剤で洗浄されることにより、銅管表面にほとんど残留していない。熱交換器加工メーカーは、銅管の切断、曲げ加工、口付け部の拡管加工、フィンの固定といった銅管の二次加工を行うが、その際に潤滑油を使用する。
【0021】熱交換器の組立加工後は、出荷前に塩素系有機溶剤などで洗浄される。しかし、最近は環境汚染の観点から塩素系有機溶剤の使用を避ける傾向にあり、従来の不揮発性潤滑油の代わりに揮発性潤滑油を使用して、製品を洗浄しない方式へと移行してきている。
【0022】本発明者らは、多数の潤滑油(7社、20種) について銅管の腐食性を調査した。その結果、17種の潤滑油が蟻の巣状腐食を生ずることを見出した。腐食性は、不揮発性潤滑油より揮発性潤滑油の方が大きくなる傾向があった。また、蟻の巣状腐食を生じた潤滑油は、水と反応させると、蟻酸および/または酢酸を生成することが、イオンクロマトグラフィーから確かめられた。さらに、これらの潤滑油にはいずれも共通成分として、エステル、エーテル、高級アルコールといった含酸素有機化合物が含まれていた。これらの化合物は、水と反応して加水分解を生ずると、低分子量のアルコール、アルデヒド、またはカルボン酸を生ずるので、これらが銅系材料の蟻の巣状腐食の腐食媒であることが疑われた。
【0023】そこで、このような低分子量の加水分解生成物として、メタノール、ホルムアルデヒド、蟻酸のC1化合物、およびエタノール、アセトアルデヒド、酢酸のC2化合物に注目し、銅系材料に対するこれらの腐食性を調べたところ、いずれも蟻の巣状腐食を引き起こした。但し、酢酸の場合の腐食形態は、孔食に近かった。腐食性の強さは、ホルムアルデヒド>蟻酸>メタノール≒アセトアルデヒド>エタノール>酢酸の順であった。
【0024】以上から、銅系材料に特有の蟻の巣状腐食の主な腐食媒は、アルデヒド、カルボン酸、アルコールといった低分子量 (C1、C2) の含酸素有機化合物であり、C2よりC1化合物の方が腐食性が強く、化合物の種類ではアルデヒドが最も強い腐食性を示すことが判明した。また、潤滑油で銅系材料の蟻の巣状腐食が起こるのは、潤滑油中のエステル、エーテル、高級アルコールといった成分の加水分解により、腐食媒となる上記の低分子量化合物が生成するためと考えられる。
【0025】アルコールが銅を触媒としてアルデヒドに容易に酸化されることは知られている。アルデヒドが酸化されるとカルボン酸になるが、本発明者らの実験によると、銅の存在下ではアルデヒド (ホルムアルデヒド) からカルボン酸 (蟻酸) への酸化が起こり易くなる。この銅が関与するアルデヒドからカルボン酸への酸化反応は下記の(1) 〜(4) 式を経て(5) 式となる反応であると推論できる。
【0026】RCHO+Cu20 → RCOOH +2Cu+ (1)Cu → Cu+ +e- (2)1/2 O2+H2O +2e- → 2OH- (3)2Cu+2OH- → Cu20 + H2O (4)RCHO+ 1/2 O2 → RCOOH (5)以上から、銅系材料の蟻の巣状腐食の原因物質は、アルコールやアルデヒドから生成したカルボン酸、特に蟻酸であると推測される。なお、蟻の巣状腐食の腐食メカニズムとしては、既に (社) 日本銅センター等による研究で、次の反応式が示されており、やはりカルボン酸、特に蟻酸が腐食媒とされている。この反応式には現れてこないが、CuからCu20への酸化は水の存在と水中の溶存酸素が関与して進行する。
【0027】
3Cu+2RCOOH +O2→Cu2O+Cu(RCOO)2 +H2O (6)この反応式を、本発明者らの知見を加味してより正確に示すと、次の通りである。
【0028】
【化1】


蟻の巣状腐食はこの反応式に従って進むものと考えられるが、この反応式では蟻酸よりホルムアルデヒドの方が腐食性が高くなることが説明できない。銅の存在下でホルムアルデヒドから蟻酸への酸化が起こり易くなるという、本発明者らが見出した知見を考慮すると、アルデヒドが銅の表面に吸着され、こうして吸着されたアルデヒドが銅表面でカルボン酸に酸化され、この銅表面で生成したカルボン酸が直ちに蟻の巣状腐食を誘発するのではないかと推察される。銅表面で起こるアルデヒドからカルボン酸への酸化は、上記 (1)〜(4) 式からわかるように銅の溶解を伴うので、銅表面近傍での銅の酸化物生成を促進すると思われる。
【0029】また、腐食孔先端部は、銅の溶解反応とカルボン酸生成反応に起因するpHの低下や局部電池の形成により、活性点が常に維持される状態となっていることから、深さ方向へのみ侵食が進行して蟻の巣状腐食になるのではないかと推測される。アルデヒドがカルボン酸より腐食性が強いのは、銅の溶出量が多く、腐食先端部で腐食の進行し易いpHを維持するためではないかと考えられる。
【0030】本発明によれば、孤立電子対を有するN、OおよびSから選ばれた1または2以上の元素を含有し、さらにカルボキシル基を吸着できる官能基か、または疎水性の基を有するシランカップリング剤を、銅系材料の腐食抑制/変色防止剤として使用する。
【0031】一般に、シランカップリング剤は、X3-Si-(CH2)n-Yなる一般式で表される。3個のXは、その2つ以上、好ましくは3つ全部が加水分解性の基 (アルコキシ基が普通であるが、ハロゲンでもよい) であり、残りは低級アルキル基 (例、メチル、エチル) である。nは一般に0〜4の範囲であり、好ましくは2〜3である。Yは官能基部分であり、官能基としては、ハロゲン、ビニル、アクリロキシもしくはメタクリロキシ、アミノ、メルカプト、ウレイド、エポキシ含有基 (例、エポキシシクロヘキシル基、グリシドキシ基) などが一般に挙げられる。
【0032】シランカップリング剤は、ガラス繊維、無機充填材 (例、炭酸カルシウム) などの無機材料をポリマーに配合する場合に、無機材料とポリマーとの密着性を改善するために開発されたものであり、一般に無機−有機間の密着性を改善することができる。これは、シランカップリング剤の加水分解性の基 (X) が加水分解して無機材料に結合し、一方その-(CH2)n-Y部分が有機材料に高い親和性 (場合により反応性) を示すためである。
【0033】シランカップリング剤は、無機材料の基体の表面を疎水性あるいは有機材料と密着性にするための表面処理にも使用できる。その場合の基体へのシランカップリング剤の結合プロセスを図1に示す。なお、この結合プロセスは、上記のように基体がガラス繊維や充填材であっても基本的には同じである。
【0034】図1に示すように、無機材料の基体 (図では素材) が表面に水酸基 (OH基) を有し、シランカップリング剤の加水分解で生じたOH基と基体表面のOH基とのOH基同士の縮合反応により、シランカップリング剤は基体表面に強固に結合する。さらに、加水分解で生じたOH基のうち、基体との反応に使用されなかった残りのOH基は、シランカップリング剤同士で縮合反応してシロキサン結合 (−Si−O−)を経て重合し、ポリシロキサンの架橋構造を生ずる。こうして、基体表面がポリシロキサン皮膜で覆われる。この皮膜はその架橋構造のために耐久性に優れている。
【0035】なお、図示していないが、シランカップリング剤の-(CH2)n-Y部分は加水分解性がなく、上記の反応後も残留するので、生成したポリシロキサン皮膜の表面にはこの有機基部分が存在し、それにより有機材料との密着性や疎水性が基体表面に付与される。
【0036】無機材料の基体が、例えば、アルミニウム、鉄、亜鉛のように、その水酸化物が安定して存在し得るような金属である場合には、金属表面に無数のOH基が存在するので、図1に示すプロセスでシランカップリング剤が化学結合により基体表面に強固に結合することができる。しかし、銅は水酸化物が安定して存在できる金属ではないため、表面にOH基が存在しない。従って、図1に示したようなOH基同士の縮合反応による基体への結合は不可能である。
【0037】そのため、本発明では、シランカップリング剤に孤立電子対を有する元素、即ち、N、O、Sの1種もしくは2種以上を含有させる。Nは、例えばアミノ基、イミノ基などの形でシランカップリング剤に導入できる。アミノ基は第一、第二、第三アミノ基のいずれでもよい。Oは、オキシ (エーテル) 、ケトンなどの形でよい。Sは、メルカプト、チオ (チオエーテル) の形でよい。
【0038】このように孤立電子対を有する元素を含有させることにより、図2にNの場合について示すように、このシランカップリング剤中の孤立原子対が銅に配位結合することで、シランカップリング剤を銅表面に結合させることができる。この場合も、図2に示すように、シランカップリング剤の加水分解性の基 (図ではメトキシ基) は、まず加水分解してOH基になり、隣接するシランカップリング剤分子間でOH基同士が縮合反応して、ポリシロキサンの架橋構造が形成され、基体表面はポリシロキサン皮膜で覆われる。
【0039】このように銅表面が緻密な架橋構造を持つポリシロキサン皮膜で覆われると、アルデヒドが銅表面に付着しても、その酸化に必要な銅と接触しにくいため、アルデヒド (例、ホルムアルデヒド) がカルボン酸 (例、蟻酸) に酸化されにくくなる。アルコールについても同様に、アルデヒドへの酸化に銅が触媒となることから、アルデヒドへの酸化が起こりにくくなる。従って、腐食媒としては蟻酸のようなカルボン酸が主に作用するようになる。
【0040】カルボン酸による腐食を抑制するため、本発明で用いるシランカップリング剤には、上記の孤立電子対を有する元素に加えて、分子末端 (X3-Si-(CH2)n-Yなる一般式のY部分の末端)に、カルボキシル基を吸着できる官能基か、または疎水性の基を含有させる。従って、このような官能基または疎水性基がポリシロキサン皮膜中に存在するようになる。
【0041】ポリシロキサン皮膜がカルボキシル基を吸着できる官能基 (以下、吸着基という) を有する場合には、図3(a) に示すように、腐食媒であるカルボン酸 (例、蟻酸) がこの吸着基により吸着されるため、腐食媒として作用できなくなる。従って、これは特に蟻酸等のカルボン酸による腐食の抑制に有効である。
【0042】一方、ポリシロキサン皮膜に、撥水性を示す疎水性基が存在すると、図3(b)に示すように、水と全ての腐食媒 (アルコール、アルデヒド、カルボン酸) が銅の表面に近づきにくくなる。水は前述したように、特にアルデヒドによる腐食メカニズムに関与する。従って、この場合は、カルボン酸による腐食の抑制にも有効であるが、特にホルムアルデヒドといったアルデヒドによる腐食の抑制に有効である。
【0043】このように、腐食の抑制メカニズムに多少の違いがあるので、上記の2種類のシランカップリング剤、即ち、カルボキシル基を吸着する基を有するものと、疎水性基を有するもの、を併用してもよい。
【0044】カルボキシル基の吸着基としては、カルボキシル基が酸性であることから、塩基性のアミノ基、特に第一アミノ基および第二アミノ基と、カルボキシル基と反応性のあるエポキシ基とが挙げられる。アミノ基は、上記の孤立電子対の付与と同時に、カルボキシル基の吸着基としても作用する。シランカップリング剤は、例えば第一アミノ基と第二アミノ基というように、2つ以上のアミノ基を分子内に含有していてもよい。
【0045】疎水性基としては、下記を例示することができる:■−NR1R2 (R1およびR2はアルキル基またはアリール基;例えば、メチル、エチル、プロピル、ブチル、ヘキシル、オクチル、フェニル) で示されるジ(アルキルもしくはアリール)アミノ基、■−NHR3 (R3は炭素数2以上のアルキル基またはアリール基;例えば、エチル、プロピル、ブチル、ヘキシル、オクチル、デシル、フェニル) で示されるモノアルキルもしくはアリール)アミノ基、■−NHCOR1 (R1は前記に同じ) で示されるカルボンアミド基 (例、−NHCOCH3 、−NHCOC4H9) 、■炭素数4以上のアルキル基およびフッ素含有アルキル基 (例、ブチル、ヘキシル、オクチル、デシル、パーフルオロヘキシル、パーフルオロオクチル) 、■アリール基 (例、フェニル、ビフェニル、ナフチル) 。
【0046】本発明で使用できるシランカップリング剤の具体例を次に示す:吸着基を有するシランカップリング剤
【0047】
【化2】


【0048】疎水性基を有するシランカップリング剤
【0049】
【化3】


【0050】上記のシランカップリング剤は、上記のように銅系材料の蟻の巣状腐食の抑制に有効であるが、それに加えて、銅系材料の変色防止にも効果があることが判明した。銅系材料の変色は、上述したように、表面の銅が酸化されて生ずる銅表面の亜酸化銅層の厚みの増大が原因である。この酸化は、空気中の酸素との反応により起こるが、銅が一旦溶解して亜酸化銅として析出するため、水の介在が必要である。本発明で用いるシランカップリング剤は、上記のように、銅表面にポリシロキサン皮膜を形成して銅を保護するため、水が銅表面に近づきにくくなる。そのため、銅表面の酸化が抑制され、この酸化に起因する変色が防止されるものと考えられる。このように変色には水が介在することから、特に疎水性基を持つシランカップリング剤が、変色防止効果が大きい。
【0051】次に、本発明に係るシランカップリング剤系の腐食抑制/変色防止剤の使用方法について説明する。
【0052】この腐食抑制/変色防止剤は、これを適当な有機溶媒に溶解させた溶液を調製し、この溶液で銅系材料の製品 (例、銅管) を表面処理してもよい。有機溶媒は特に制限されず、アルコール、ケトン、エステルといった極性溶媒、ならびにヘキサン、ベンゼンといった炭化水素系溶媒のいずれも使用できるが、溶媒が腐食媒となることを避ける意味では、炭化水素系溶媒が好ましい。溶液濃度は特に制限されないが、通常は0.01〜0.3 wt%の範囲が好ましい。
【0053】処理する銅系材料製品は、事前に常法に従って脱脂等により清浄化しておくことが好ましい。銅製品の場合の銅の種類は何でもよい。特に蟻の巣状腐食を起こし易いのはりん脱酸銅であり、この材料に有効であるが、他のものにも適用できる。処理方法は、浸漬、噴霧、塗布等、製品の形状に応じて適当に選択すればよい。処理後は、放置するだけでも、空気中の水分によりシランカップリング剤の加水分解が進行し、ポリシロキサン皮膜が形成されるが、所望により加熱して加水分解を促進させてもよい。こうして形成されたポリシロキサン皮膜は化学的に安定であり、その後で、例えば有機溶剤による清浄化処理や、アルカリ性水溶液による脱脂を受けても残存するので、腐食抑制/変色防止効果が持続する。
【0054】しかし、上記のように腐食抑制/変色防止剤の溶液による表面処理を行うと、処理工程が増えてしまうので、製造コストが増大する。その対策として、本発明では、塑性加工時に使用する揮発性潤滑油に腐食抑制/変色防止剤を添加することによっても、目的とする効果を得ることができる。潤滑油は、銅系材料製品の塑性加工中 (例、銅管の場合には抽伸工程中、銅板の場合には圧延工程中) に使用するものでも、製品の二次加工 (例、銅管の場合には拡管加工やヘアピン加工、銅板の場合は打ち抜き加工や曲げ加工) 中に使用するものでもよい。
【0055】本発明の腐食抑制/変色防止剤はポリシロキサン皮膜を形成すると強固となるが、皮膜形成前では洗浄工程等により除去されてしまい、所望の効果を得ることが難しくなる。従って、本発明の腐食抑制/変色防止剤を添加する潤滑油は揮発性潤滑油とする。それにより、潤滑油が揮発すると、腐食抑制/変色防止剤は銅系材料の表面に残留してポリシロキサン皮膜が形成される。前述したように、不揮発性潤滑油に比べて揮発性潤滑油を使用した場合の方が蟻の巣状腐食が起こり易い。本発明により、揮発性潤滑油で起こり易い蟻の巣状腐食を抑制することができるので、手間のかからない揮発性潤滑油を、蟻の巣状腐食を抑制して使用することが可能となる。
【0056】使用できる揮発性潤滑油の例としては、エーテル系、エステル系、炭化水素系、パラフィン系等のものが挙げられる。潤滑油は各種の添加剤を含有していてもよい。潤滑油中の上記腐食抑制/変色防止剤の添加量は、潤滑油の潤滑特性を損なわない範囲とすればよく、好ましくは1〜20 g/Lの範囲である。
【0057】一般に、塑性加工時には各工程で潤滑油を使用し、工具と材料との焼付き防止や温度上昇の抑制効果を得ている。本発明の腐食抑制/変色防止剤を含有する揮発性潤滑油を用いて塑性加工を行うと、潤滑油の揮発後に、残留する腐食抑制/変色防止剤が配位結合により銅系材料の表面に結合し、カルボキシル基の吸着基および/または疎水性基を有するポリシロキサン皮膜で該表面が被覆される。この皮膜は、配位結合で基材の銅系材料の表面に結合し、かつ架橋構造を持つため、化学的に安定で、塑性加工後に脱脂や洗浄を行っても除去されずに残存する。従って、この腐食抑制/変色防止剤を塑性加工時の潤滑油に添加するだけで、その後の加工中から使用中まで長期間にわたって、銅系材料の表面を蟻の巣状腐食や変色から保護することができる。
【0058】さらに、本発明の腐食抑制/変色防止剤を、銅系材料製品の梱包材料 (例、紙、布、不織布、木、プラスチックフィルム等の梱包材料) の内部または表面に、含浸、混入、塗布等により含有させておくことでも、蟻の巣状腐食の腐食媒となるカルボン酸を吸着して、銅系材料製品の表面への腐食媒の付着を防ぐことができ、腐食抑制/変色防止が可能である。
【0059】
【実施例】腐食液として、それぞれ0.1vol%濃度の蟻酸水溶液とホルムアルデヒド水溶液を、いずれも試薬特級を用いて調製した。
【0060】腐食抑制/変色防止剤としては、下記のシランカップリング剤および比較用処理剤を用意した。これらはいずれも市販品である。シランカップリング剤のうち、A、B、Dはカルボキシル基の吸着基を有するもの、C、E、Hは吸着基と疎水性基の両方を有するもの、F、Gは疎水性基を有するものである。
【0061】シランカップリング剤A:(CH3O)3Si(CH2)3NH(CH2)2NH2B:(CH3O)3Si(CH2)3NH2C:(CH3O)3Si(CH2)3NH-Ph (Ph=フェニル)D:(CH3O)3Si(CH2)3NH(CH2)2NH(CH2)2NH2E:(CH3O)3Si(CH2)3NHC6H13F:(C2H5O)3Si(CH2)3N(C2H5)2G:(C2H5O)3Si(CH2)3NHCOCH3H:(CH3O)3Si(CH2)3NHCH2CH2C6F13比較用処理剤X:ベンゾトリアゾールY:Ph-CO-NH-CO-Ph (ジフェニル尿素)Z:(CH3O)3Si(CH2)3SH処理液の調製上記シランカップリング剤および比較用処理剤を、0.1 wt%の濃度となるようにヘキサンに溶解し、この溶液を処理に使用した。
【0062】処理方法銅管 (外径9.52 mm 、肉厚0.35 mm)を300 mmの長さに切断した後、切り粉を吹き飛ばしておく。続いて、銅管を処理の直前にアセトンにて脱脂洗浄し、よく乾燥させて、残留アセトンを完全に除去する。この銅管を、1L のメスシリンダーに入れた処理液に10秒間浸漬した後、ヘキサンを用いて、処理液と同様の方法で浸漬し、余分な腐食抑制/変色防止剤を除去した。
【0063】腐食試験各腐食抑制/変色防止剤で上記のように処理した銅管を、1条件につき5本ずつ用意し、その銅管の片端をシリコン栓で蓋をして、銅管内に 0.1 vol%濃度の蟻酸またはホルムアルデヒドを水溶液を1mL注入する。続いて、銅管の他端もシリコン栓で密栓した後、25℃で12時間−40℃で12時間の温度サイクルに設定した恒温槽に、試験管を利用して銅管を立てて並べ、所定の期間 (1カ月または3ヶ月) 恒温槽に保持する。比較のために、無処理の銅管と比較処理材溶液で処理した銅管も、同様に処置する。
【0064】腐食試験期間の終了後、各試験条件ごとに15ずつの試験片を切り出し、エポキシ樹脂で埋め込んで研磨した。蟻の巣状腐食は試験片表面の赤褐色斑点状変色部の下に発生していることが多いことから、試験片の切り出しはこの部分を狙って行った。変色が認められない場合は、腐食を発生し易い銅管上部を中心に15個の試験片を切り出した。
【0065】腐食の評価は、銅管断面を光学顕微鏡で観察して、侵食深さを測定することにより行った。測定された侵食深さの最大値と、15個中で蟻の巣状腐食の発生した試験片の数 (発生頻度) を表1に示す。
【0066】
【表1】


【0067】表1からわかるように、無処理では蟻酸とホルムアルデヒドのいずれの腐食液でも15個の全試験片で蟻の巣状腐食が発生し、0.1vol%という低濃度でも、これらが腐食媒となることがわかる。最大侵食深さからみると、蟻酸よりホルムアルデヒドの腐食性の方が高かった。
【0068】本発明に従って特定のシランカップリング剤で処理すると、顕著な腐食抑制効果が発揮され、発生頻度が著しく低減して、最大侵食深さが著しく小さくなるか、場合によっては発生頻度が0となった。
【0069】一方、シランカップリング剤を用いても、カルボキシル基に対して吸着性の基と疎水性基のいずれも持たないZでは、腐食抑制効果は小さかった。また、ベンゾトリアゾールやジフェニル尿素といった従来型の腐食抑制剤では、試験中に銅管表面に付着する水分で腐食抑制剤が除去されてしまうため、腐食抑制効果は全くなかった。
【0070】変色試験一方、変色防止効果を確認するために、上記の腐食試験と同様に処理した鋼管を室内の大気中に放置し、その外面の変色の度合いを外観観察により確認した。試験 (放置) 期間は1カ月および3ヶ月である。外観観察結果は、無処理品を基準 (無処理品の変色を5、変色無しの場合を1) とした相対的な5段階評価により行った。試験結果を表2に示す。
【0071】
【表2】


【0072】本発明のシランカップリング剤の場合、変色の評価値が1または2であり、変色防止効果があることが確認できた。これは、疎水性基によって銅との直接的な接触が阻止されたり、シランカップリング剤の緻密な皮膜形成による効果であると推測される。
【0073】
【発明の効果】本発明の腐食抑制/変色防止剤は、化学的に安定で、かつ耐久性に優れた皮膜形成によって、腐食抑制/変色防止効果を長期間にわたって持続することができる。また、腐食抑制/変色防止剤を塑性加工時に揮発性潤滑油に少量添加することで、銅管の表面に強固な保護皮膜形成を行うことができ、特別な処理を必要とせずに、その後の銅系材料の蟻の巣状腐食や変色の発生を抑制することができる。それらの結果、銅系材料製品の品質および信頼性が向上する。
【図面の簡単な説明】
【図1】表面に水酸基を持つ素材へのシランカップリング剤の結合様式を示す説明図である。
【図2】表面に水酸基を持たない銅素材へのシランカップリング剤の結合様式を示す説明図である。
【図3】図3(a) は吸着基を持つシランカップリング剤、図3(b) は疎水性基を持つシランカップリング剤、のそれぞれ腐食抑制メカニズムを示す説明図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 N、OおよびSから選ばれた1または2以上の元素を含有し、さらに分子末端にカルボキシル基を吸着できる官能基か、または疎水性の基を有するシランカップリング剤からなることを特徴とする、銅系材料の腐食抑制/変色防止剤。
【請求項2】 前記カルボキシル基を吸着できる官能基が第一および第二アミノ基ならびにエポキシ基から選ばれ、前記疎水性の基が−NR1R2(R1およびR2はアルキル基またはアリール基) 、−NHR3 (R3は炭素数2以上のアルキル基またはアリール基) 、−NHCOR1 (R1は前記に同じ) 、炭素数4以上のアルキル基およびフッ素含有アルキル基、ならびにアリール基から選ばれる、請求項1記載の銅系材料の腐食抑制/変色防止剤。
【請求項3】 有機溶剤中に請求項1または2記載の腐食抑制/変色防止剤を含有する溶液からなる、銅系材料および銅系材料製品用の処理液。
【請求項4】 揮発性潤滑油中に請求項1または2記載の腐食抑制/変色防止剤を含有することを特徴とする、銅系材料加工用潤滑油。
【請求項5】 請求項1または2記載の腐食抑制/変色防止剤の加水分解生成物が表面に結合していることを特徴とする銅系材料製品。
【請求項6】 請求項1または2記載の腐食抑制/変色防止剤の加水分解生成物が表面に結合していることを特徴とする熱交換器用銅管。
【請求項7】 請求項1または2記載の腐食抑制/変色防止剤を内部または表面に含有する、銅系材料製品の梱包材料。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2000−273662(P2000−273662A)
【公開日】平成12年10月3日(2000.10.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願平11−76205
【出願日】平成11年3月19日(1999.3.19)
【出願人】(000006264)三菱マテリアル株式会社 (4,417)
【Fターム(参考)】