説明

鋳造物の組織改質方法

【課題】鋳造物の表面と鋳造欠陥とが連通することをより確実に防ぐ組織改質方法を提供する。
【解決手段】基部31と、基部31の半径方向に突出して回転軸線L1まわりに周方向一方R1に進むにつれて基部31の軸線方向先端部31aから軸線方向後端部31bに近接する方向に傾斜して延びる凸部32とを有する回転工具20を用いて、回転工具20を前記周方向一方R1に回転させて、摩擦撹拌を行う。これによって下穴部36には、軟化した部分が塑性流動する流動体38が形成される。流動体38が回転方向R1とともに軸線方向Z1にも移動することで、流動体38が撹拌されやすくなり、塑性流動する流動体38の量を増やすことができる。これによって流動体38が固化した改質層39を増やすことができ、鋳造欠陥の消失量を増大することができ、鋳造物19の下穴内周面と鋳造欠陥とが連通することをより確実に防ぐことができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋳造物の内部に形成される金属組織を部分的に改質する組織改質方法に関する。
【背景技術】
【0002】
図27は、下穴部2を有する鋳造物1を示す断面図である。下穴部2は、一方に開放する円柱状の下穴6を形成する。たとえば下穴部2は、鋳造成形後にタップ加工が行われることで、内ねじが形成される。また図27に示す鋳造物1は、内部に循環路形成部5を有する。循環路形成部5には、冷却水または潤滑油などの流体が循環する循環路4を形成する。
【0003】
鋳造物1は、溶融した鋳造金属が鋳型に流し込まれることで、鋳型に対応した形状に成形される。鋳造物1の内部には、鋳巣、ガスポロシティおよび割れなどの空孔3が鋳造欠陥として生じる場合がある。特に、循環路形成部5と下穴部2とが近接する部分には、鋳造欠陥が発生しやすい。循環路4と下穴6とが空孔3によって連通してしまうと、循環路4を流れる流体7が空孔3を介して下穴6に洩れ出してしまい、鋳造物1の気密性および液密性が損なわれてしまう。
【0004】
鋳造物1の気密性を高めるために、たとえば3つの従来技術がある。第1の従来技術は、下穴部2を形成するための鋳抜き穴の形状を試行錯誤的に決定して、鋳造欠陥を抑える方法である。また第2の従来技術は、樹脂等によって下穴部2の内周面8を被膜する含浸処理方法である。
【0005】
第3の従来技術は、回転工具を用いて、下穴部2の内周部分を塑性流動させる方法である。図28は、第3の従来技術を説明するための断面図である。この方法は、図28(1)〜図28(4)の順で動作が進む。
【0006】
まず、図28(1)に示すように、下穴6を形成した状態で、円柱状の回転工具9を準備する。回転工具9は、軸線に垂直な断面形状が軸線方向に一様に形成され、その軸線に垂直な断面が円形に形成される。回転工具9を、下穴部2の軸線と同軸に配置して、その軸線まわりに回転させながら、軸線方向に下穴部2に圧入する。次に、図28(2)に示すように、回転工具9の外周部分11を、下穴部2の内周部分に対して摺動回転させる。下穴部2と回転工具9との間で発生する摩擦熱によって、下穴部2の内周部分が軟化する。軟化状態で、回転工具9が下穴部2に摺動回転することで、軟化した下穴部2の内周部分が塑性流動する。鋳造物1が流動化した流動体12は、回転工具9の回転軸線まわりに回転する。
【0007】
次に、図28(3)に示すように、回転工具9を鋳造物1から引抜く。流動体12は、冷えて固化する。下穴部2の内周部分には、流動体12が固化した改質層13が形成される。この改質層13は、残余の部分に比べて金属結晶が微細な組織微細層となる。次に、図28(4)に示すように、下穴部2にタップ加工を施す。
【0008】
改質層13が、下穴部2の内周部分を形成することで、改質層13によって下穴部2の内周部分に形成されていた鋳造欠陥を消失することができる。これによって鋳造欠陥による下穴6と循環路4との連通を分断することができ、鋳造物1の気密性および液密性を高めることができる。このような従来技術が、特許文献1に開示される。
【0009】
【特許文献1】特開2004−202578号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
第1の従来技術のように、下穴部2の近傍で鋳造欠陥の発生を抑えるように鋳造方法自体を工夫したとしても、鋳造欠陥を完全になくすことは困難である。したがって不良品の発生による鋳造物1の歩留まりが不可避的に発生し、鋳造物1の歩留まりを向上するには限界がある。
【0011】
また第2の従来技術のように鋳造物1に含浸処理を施した場合には、含浸処理に長時間を要してしまう。この場合、大量生産品を効率的に処理することが困難であり、製造コストが増大する要因となってしまう。
【0012】
また第3の従来技術では、塑性流動する流動体12に与えられる力は、回転工具9の回転軸線まわりに回転させる力がほとんどである。この場合、流動体12を撹拌する撹拌力が小さく、改質層13の半径方向厚みを大きくすることができない。たとえば改質層13を形成した後の下穴部2に、谷径が大きい内ねじを形成すると、第3の従来技術では改質層13の半径方向厚みが小さいので、ねじ加工時に改質層13が除去されてしまうおそれがある。この場合、下穴部2の近傍に形成される鋳造欠陥となる空孔3が露出してしまい、露出した空孔3によって循環路形成部5と下穴2とが連通して、鋳造物1の気密性および液密性が損なわれてしまうという問題がある。このように第3の従来技術では、改質層13の半径方向厚みが小さいので、鋳造物の表面と、鋳造欠陥とが連通してしまうおそれがあり、鋳造物の品質が低いという問題がある。
【0013】
したがって本発明の目的は、鋳造物の表面と鋳造欠陥とが連通することをより確実に防ぐ組織改質方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明は、回転軸線まわりに回転駆動される軸体と、軸体に連なって回転軸線と同軸の略円柱状に形成される基部と、基部の外周部分に形成されて基部の半径外方に突出して、回転軸線まわりに周方向一方に向かうにつれて、基部の軸線方向先端部から軸線方向後端部に近接する方向に傾斜して延びる凸部とを有する回転工具を準備するとともに、鋳造物を準備する準備工程と、
回転工具を回転軸線まわりに前記周方向一方に回転させながら、回転工具を基部の軸線方向先端部から鋳造物に圧入して、回転工具の外周部分を鋳造物に対して摺接回転させて、摩擦熱を発生させ、前記凸部によって鋳造物の少なくとも一部を塑性流動させる流動化工程と、
鋳造物から回転工具を引抜く引抜き工程とを含むことを特徴とする鋳造物の組織改質方法である。
【0015】
本発明に従えば、準備工程で、回転工具および鋳造物を準備する。次に流動化工程で、回転工具を回転軸線まわりに周方向一方に回転させながら、回転工具を基部の軸線方向先端部から鋳造物に圧入する。流動化工程で、回転工具の外周部分を鋳造物に対して摺動回転させることで、摩擦熱が発生する。鋳造物のうちで回転工具に臨む部分は、軟化して塑性流動する流動体が生じる。次に、引抜き工程で回転工具を鋳造物から引抜くことで、流動体が冷えて固化した改質層を鋳造物に形成することができる。改質層を形成することで、改質層が形成される部分に存在していた鋳造欠陥を消失することができる。これによって改質層によって鋳造欠陥を分断することができ、改質層を挟んで、改質層の一方の空間と、改質層の他方の空間とが連通することを防ぐことができる。
【0016】
本発明では、流動化工程では、流動体は、回転工具とともに回転軸線まわりに周方向一方に回転する。また回転工具が回転軸線まわりに周方向一方に回転すると、流動体は回転工具に対して回転軸線まわりに周方向他方に相対回転することになる。凸部は、上述したように回転軸線まわりに周方向一方に向かうにつれて軸線方向先端部から軸線方向後端部に近接する方向に延びるので、凸部に接触した流動体は、回転工具に対して回転軸線まわりに周方向他方に進み、凸部に案内されて基部の軸線方向先端部に向かう力が与えられる。
【0017】
このように流動体は、回転軸線まわりに移動する力とともに、基部の軸線方向先端部に向かって軸線方向に移動する力が与えられる。流動体が回転方向とともに軸線方向にも移動することで、流動体が撹拌されやすくなり、塑性流動する流動体を増加させることができる。これによって流動体が固化した改質層を増やすことができる。また改質層によって鋳造欠陥を消失させて、鋳造欠陥を低減することができる。また回転工具は、流動体と接触することによって、流動体からの反力として、基部を下穴部から押し出す軸線方向の力を受ける。これによって回転工具が過剰な速度で下穴部に没入することを防ぐことができる。
【0018】
本発明は、準備工程では、略円柱状の下穴を形成する下穴部を有する鋳造物を準備し、
流動化工程では、回転工具を回転軸線まわりに前記周方向一方に回転させながら、回転軸線を下穴の軸線と略同一に保った状態で、回転工具を基部の軸線方向先端部から鋳造物の下穴部に圧入して、回転工具の外周部分を下穴部の内周部分に対して摺接回転させて、摩擦熱を発生させ、前記凸部によって下穴部の内周部分を塑性流動させることを特徴とする。
【0019】
本発明に従えば、流動化工程で、回転工具を回転軸線まわりに周方向一方に回転させながら、回転軸線を下穴の軸線と略同一に保った状態で、回転工具を基部の軸線方向先端部から鋳造物の下穴部に圧入する。下穴部のうちで回転工具に臨む内周部分は、軟化して塑性流動する流動体が生じる。これによって下穴部の内周部分に存在していた鋳造欠陥を消失することができる。
【0020】
予め形成される下穴部に回転工具を圧入することで、下穴が形成されない部分に没入する場合に比べて、回転工具に与えられる抵抗力を減らすことができる。これによって回転工具を短時間で没入させることができるとともに、回転工具の破損を防ぐことができる。
【0021】
本発明は、流動化工程で、基部を鋳造物の下穴部に圧入する設定圧入量B2は、回転工具圧入前における下穴の深さ寸法Hh未満に設定され(B2<Hh)、かつ鋳造物に没入する部分の回転工具の体積Vpが回転工具圧入前における下穴の容積Hh以上(Vp≧Vh)となる値に設定されることを特徴とする。
【0022】
本発明に従えば、鋳造物に没入する部分の回転工具の体積Vpが下穴の容積Vh以上(Vp≧Vh)となる。回転工具圧入時に、回転工具によって押しのけられるとともに軸線方向に向かう力を受けた流動体は、基部の軸線方向先端部に移動して、基部の軸線方向先端部と、下穴部の底面との間の隙間を塞ぐ。隙間がふさがれることで、基部軸線方向先端部に向けて移動した流動体は、基部軸線方向先端部近傍で逃げ場を失って、回転工具から基部半径方向に少し離れた位置で、基部軸線方向後端部に向けて移動する流れが生じる。このようにして流動体が軸線方向一方と軸線方向他方とで交互に循環する流れを作り出すことで、塑性流動する流動体の量をさらに増やすことができる。また基部が、下穴部の底面に接することを防ぐことで、基部が下穴部の底面を押圧することを防いで、基部が過剰な力を受けることを防ぐことができる。これによって基部が比較的細長に形成される場合であっても、基部の破損を防ぐことができる。
【0023】
本発明は、軸体は、基部の軸線方向後端部に連なって形成されて、回転軸線まわりの凸部の回転半径を超える半径を有する円柱状のショルダ部が形成され、基部の軸線方向寸法は、回転工具圧入前における下穴の深さ寸法未満に選ばれることを特徴とする。
【0024】
本発明に従えば、流動化工程で、回転工具を回転させながら軸線方向に移動させて、基部全体を下穴部に圧入すると、ショルダ部が下穴部の上面に当接する。ショルダ部が下穴部の上面に当接することで、回転工具が下穴部に没入することに対する抵抗力が増大し、回転工具が下穴部の底面に接触することを防ぐことができる。これによって基部の破損を防ぐことができる。また基部の軸線方向寸法は、前記設定圧入量B2とほぼ等しく設定されることが好ましい。
【0025】
本発明は、基部の直径が、回転工具圧入前における下穴の内径以上に選択されることを特徴とする。
【0026】
本発明に従えば、基部の直径が下穴の内径よりも大きく選択されることで、凸部とともに、基部が下穴部の内周部分に対して摺動回転することになり、回転工具と下穴部とが接触する接触面積を大きくすることができる。これによって基部が下穴部の内周部分に摺動しない場合に比べて、回転工具から下穴部に与える摩擦熱を大きくすることができ、塑性流動する流動体の量を増やすことができる。
【0027】
本発明は、回転軸線まわりの凸部の回転半径が回転工具圧入前における下穴の半径を超え、基部の直径が下穴の内径未満に選択されることを特徴とする。
【0028】
本発明に従えば、基部の直径が下穴の内径よりも小さく形成されることで、基部が下穴部の内周部分に対して摺動することを防ぐことができ、基部が下穴部に対して摺動回転する場合に比べて、回転工具と下穴部とが接触する接触面積を小さくすることができる。このように接触面積は、凸部によって決定され、下穴の直径に関連しないので、回転工具と下穴部との接触面積が不所望に増加することを防ぐことができる。
【0029】
本発明は、回転工具は、凸部に対して周方向に隣接して、軸線方向に延びる凹部をさらに有し、
凹部は、凸部の基部半径方向最外周端が回転軸線まわりに一周する回転軌跡よりも、基部半径方向内方に窪む退避面を有することを特徴とする。
【0030】
本発明に従えば、退避面を形成する凹部が形成されることで、凸部が回転軸線まわりの全周にわたって形成される場合に比べて、回転工具が下穴部を押しのける体積を少なくすることができる。これによって回転抵抗を減らすことができ、回転工具と下穴部との接触面積が不所望に増加することを防ぐことができる。また凹部によって形成される凹所に流動体が流れ込んだ状態で、回転工具が回転することで、流動体が回転軸線まわりに回転しやすく、流動体をより撹拌させることができる。
【0031】
本発明は、流動化工程では、回転軸線まわりに前記周方向一方に回転させながら、回転軸線に垂直な方向に、鋳造物に予め定められる移動経路に沿って、回転工具を移動させることを特徴とする。
【0032】
本発明に従えば、回転工具を回転させながら、移動経路に沿って移動させることで、塑性流動する流動体の量を増やすことができる。また流動体が固化した改質層を移動経路に沿って形成することができる。
【0033】
本発明は、流動化工程では、回転軸線まわりに前記周方向一方に回転させながら、回転軸線とは異なる予め定める公転軸線まわりに、回転軸線まわりの凸部の回転半径以下の回転半径で、回転工具を角変位移動させることを特徴とする。
【0034】
本発明に従えば、回転工具が回転軸線まわりに自転回転するとともに公転軸線まわりに公転角変位移動する。これによって、塑性流動する流動体の量をさらに増やすことができる。また公転軸線まわりに基部の半径以下の回転半径で、回転工具を角変位移動させることで、鋳造物が既に軟化した軟化部分の一部を、基部が通過することなる。これによって回転軸線を移動させるのに必要な回転工具に与える力を低減することができる。本発明では、角変位移動とは、回転中心まわりに360度以下角変位する場合はもちろん、360度以上角変位する場合も含む。
【0035】
本発明は、前記鋳造物の組織改質方法が施された鋳造物であって、一方に開放する凹所を形成する凹部と、内部に流体を貯留または流通させるための流体空間を形成する流体空間形成部とを有し、塑性流動した流動体が固化した改質層が、凹所と流体空間とを結ぶ領域の少なくとも一部に介在することを特徴とする鋳造物である。
【0036】
本発明に従えば、流体空間と凹所とを結ぶ領域の少なくとも一部に改質層が形成されることで、改質層によって、鋳造欠陥による流体空間と凹所との連通を分断することができ、流体空間から凹所に流体が漏洩することを防ぐことができる。また上述した方法によって鋳造物の組織改質処理が施されることで、改質層を厚くすることができ、組織改質後に鋳造物の一部を削ったとしても、改質層が残りやすく、鋳造物の気密性および液密性の信頼性を向上することができる。
【発明の効果】
【0037】
請求項1記載の本発明によれば、流動体に、基部の軸線方向に移動させる力を与えることができ、流動体が固化した改質層を増やすことができる。これによって改質層によって消失可能な鋳造欠陥を増大することができ、鋳造物の気密性および液密性を向上することができる。また改質層を増やすことができるので、仮に改質層の一部を含む部分が切除される場合であっても、改質層が残留しやく、鋳造物の気密性および液密性の低下を防いで、鋳造物の信頼性を向上することができる。
【0038】
このように鋳造物の気密性および液密性を向上することで、鋳造欠陥に起因する鋳造物の歩留まりを向上することができ、製造コストを低減することができる。また含浸処理して下穴部の気密性および液密性を達成する場合に比べて、鋳造欠陥を短時間で修復することができ、作業効率を向上することができる。また鋳造欠陥を低減するために、試行錯誤的に鋳型形状を工夫する場合に比べて、鋳造物の鋳造欠陥を簡単に修復することができる。
【0039】
請求項2記載の本発明によれば、予め形成される下穴部に回転工具を圧入することで、下穴が形成されない部分に回転工具を圧入する場合に比べて、回転工具に与えられる抵抗力を減らすことができる。これによって回転工具を短時間で没入させることができるとともに、回転工具の破損を防ぐことができ、改質方法における作業性を効率化することができる。
【0040】
また下穴部の内周部分に存在していた鋳造欠陥を消失することができるので、改質層によって、下穴と鋳造物の鋳造欠陥との連通を分断することができ、鋳造欠陥を介して下穴に流体が漏れ出すことを防ぐことができる。さらに流動体を軸線方向に撹拌することで、改質層の下穴半径方向厚さを増やすことができる。これによって下穴の内周部を切削加工して丸穴等を形成する場合にも、改質層が下穴部の内周部分に残りやすく、鋳造物の気密
性および液密性に関する信頼性を向上することができる。
【0041】
請求項3記載の本発明によれば、流動体によって、基部の軸線方向先端部と、下穴部の底面との間の隙間を塞ぐことで、流動体の流れについて、基部軸線方向後端部近傍から軸線方向一方に移動する流れと、基部軸線方向先端部近傍から軸線方向他方に移動する流れとについて交互に繰返すような循環する流れを作り出すことができ、塑性流動する流動体の量をさらに増やすことができる。これによって改質層によって消失可能な鋳造欠陥の量を増大することができる。さらに基部が、下穴部の底面に接することを防ぐことで、基部に過剰な力が与えられることを防ぐことができる。これによって基部が比較的細長に形成される場合であっても、基部の破損を防ぐことができる。
【0042】
請求項4記載の本発明によれば、ショルダ部が下穴部の上面に当接することで、回転工具が軸線方向に下穴部に没入することを阻止する抵抗力が増大し、基部が下穴部の底面に接することを確実に防ぐことができる。これによって基部の破損を防ぐことができる。また鋳造物の板厚が異なっても、組織改質後に形成される基部痕の深さにバラツキが生じることを抑えることができる。
【0043】
請求項5記載の本発明によれば、基部が下穴部に対して摺動しない場合に比べて、回転工具から下穴部に与える摩擦熱を大きくすることができ、下穴部のうちで流動体の量を増やすことができ、改質層の厚み寸法をさらに増加させることができる。これによって改質層によって消失される鋳造欠陥を増大することができる。
【0044】
請求項6記載の本発明によれば、基部の直径が下穴の内径よりも小さく選択されることで、回転工具基部と下穴部とが接触する接触面積を小さくすることができる。これによって下穴部の直径が小さい場合であっても、下穴部から回転工具に与えられる回転抵抗を減らすことができ、回転工具の損傷を防ぐことができる。
【0045】
請求項7記載の本発明によれば、退避面を形成する凹部が形成されることで、凸部が回転軸線まわりの全周にわたって形成される場合に比べて、回転工具が下穴部を押しのける体積を少なくすることができる。これによって回転抵抗を減らすことができ、回転工具と下穴部との接触面積が不所望に増加することを防ぐことができる。また凹部によって形成される凹所に流動体が流れ込んだ状態で、回転工具が回転することで、流動体が回転軸線まわりに回転しやすく、流動体をより撹拌させることができ、改質層を増加させることができる。
【0046】
請求項8記載の本発明によれば、回転させながら回転工具を移動経路に沿って移動させることで、改質層を、移動経路に沿って形成することができる。これによって移動経路に沿って分布していた鋳造欠陥を消失することができる。また移動経路を任意に選ぶことで、回転工具の形状に拘わらず、改質層を任意の寸法および形状にすることができる。
【0047】
請求項9記載の本発明によれば、回転工具を、公転軸線まわりに基部の半径以下の回転半径で角変位移動させることで、鋳造物が既に軟化した軟化部分の一部を、基部が通過することなる。これによって回転工具を移動させるのに必要な力を低減することができ、回転工具を容易に移動させることができるとともに回転工具の破損を抑えることができる。
【0048】
請求項10記載の本発明によれば、改質層によって、鋳造欠陥が流体空間と凹所とを連通することを防ぐことができ、流体空間から凹所に流体が漏洩することを防ぐことができる。また上述した方法によって鋳造物の組織改質処理が施されることで、改質層を厚くすることができるので、鋳造物のうちで凹部の一部を削ったとしても、改質層が残りやすい。これによって鋳造物を用いて製作される鋳造製品について、鋳造欠陥に起因する不良品
を低減することができ、鋳造製品の品質を向上することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0049】
図1は、本発明の第1実施形態である組織改質方法に用いられる回転工具20を示す斜視図である。本発明の第1実施形態である組織改質方法は、回転工具20を用いて鋳造物の一部を摩擦撹拌することによって、鋳造物が部分的に塑性流動した改質層を鋳造物に形成する。改質層は、流動化した流動体が固化した層である。
【0050】
改質層は、金属組織が緻密化されるとともに空孔がほとんど存在しない層となる。したがって鋳造物に改質層を形成することで、改質層が形成される以前に、存在していた鋳造欠陥を、改質層によって消失させることができる。鋳造欠陥とは、鋳造によって生じる引け巣、ガスボロシティおよび割れなどの内部に形成される空孔を意味する。また鋳造物は、鋳造によって成形される部材であり、本実施の形態では、軽量合金、具体的には鋳造用アルミ合金からなる。
【0051】
図1に示すように回転工具20は、略円柱状に形成される。回転工具20は、略円柱状の軸体30と、軸体30に連なって軸体30と同軸に形成される略円柱状のプローブ33とを含んで構成される。軸体30は、その中心軸線が回転軸線L1となり、回転軸線L1まわりに回転駆動される。軸体30は、プローブ33に連なる部分にショルダ部30aが形成される。ショルダ部30aは、回転軸線L1と同軸の略円柱状に形成されて、プローブ33の直径よりも大きい直径を有する。回転工具20は、たとえば表面硬化処理が施された合金工具鋼が用いられる。
【0052】
プローブ33は、基部31と凸部32とを含む。基部31は、軸線方向後端部31bがショルダ部30aに連なり、ショルダ部30aと同軸に形成される略円柱状に形成される。ここで軸線方向とは、回転軸線L1と平行な方向である。凸部32は、基部31の外周部分に形成される。本実施の形態では、プローブ33は、外ねじが形成される。この場合、基部31は、プローブ33の本体部となる。また凸部32は、プローブ33のうちで外ねじを形成する突出部分、いわゆるねじ山部分となる。凸部32は、基部31の外周面から半径方向外方に突出して、回転軸線L1まわりに周方向一方R1に向かうにつれて、基部31の軸線方向先端部31aから基部31の軸線方向後端部31bに近接する方向Z2に傾斜して延びる。以下、基部31の軸線方向先端部31aを基部先端部31aと称し、基部31の軸線方向後端部31bを基部後端部31bと称する場合がある。
【0053】
本実施の形態では、プローブ33は、一条の左ねじが形成される。凸部32は、基部31の軸線方向後端部31bから軸線方向先端部31aにわたって連続して、回転軸線L1まわりに周方向に螺旋状に延びる。ここで基部31の軸線方向先端部31aは、基部31の軸線方向両端部31a,31bのうちで、ショルダ部30aとは反対側となる軸線方向の端部である。また基部31の軸線方向後端部31bは、基部31のうちでショルダ部30a側となる軸線方向の端部である。
【0054】
図2は、鋳造物19の一例となるアルミ鋳物製エンジンのフレームを示す斜視図である。図2には、エンジン本体の一部を構成するシリンダブロックを示す。鋳造物19は、ねじ穴を形成するための下穴34が形成される。下穴34は、一方に開放する略円柱状に形成される。また鋳造物19は、下穴34の近傍に、鋳造物19の内部について、冷却水を通過させるための循環路35が形成される。下穴34は、鋳造物19が有する下穴部36によって形成される。また循環路35は、鋳造物19が有する循環路形成部37によって形成される。本実施の形態では、下穴34および循環路35は、鋳造成形によって形成される。したがって鋳造成形後に別途下穴34を形成する機械加工を必要としない。また本実施の形態では、鋳造物19は、アルミダイカスト法で鋳造成形される。
【0055】
組織改質方法は、改質装置を用いて行われる。たとえば改質装置は、NC(Numerical
Control)フライス盤を用いて実現される。改質装置の工具チャック部分に回転工具20が装着され、ワーク保持テーブルに鋳造物19が固定された状態で、鋳造物の組織改質作業が行われる。工具チャック部分の回転軸線と、回転工具20の回転軸線L1とが一致した状態で、回転工具20の軸体30が工具チャック部分に装着される。また少なくともプローブ33が工具チャック部分から露出し、本実施の形態では、ショルダ部30aおよびプローブ33が工具チャック部分から露出する。また回転工具20の軸線と、鋳造物19の下穴34とが同軸配置可能に、回転工具20と鋳造物19とが改質装置に装着される。
【0056】
工具チャック部分に回転工具20が装着され、ワーク保持テーブルに鋳造物19が装着された状態で、回転工具20は、改質装置によって、回転軸線L1まわりに回転駆動される。また回転工具20は、改質装置によって、鋳造物20に対して、回転軸線L1の延びる軸線方向であるZ方向に相対変位駆動される。また本実施の形態では、回転工具20は、ワーク保持テーブルに対して、Z方向に垂直な方向である送り方向に相対移動可能に構成される。この送り方向は、X方向とY方向とを含む。ここで、X方向は、Z方向に垂直な第1方向であり、Y方向は、Z方向とX方向とに垂直な第2方向である。したがって改質装置は、ワーク保持テーブルに対して回転工具20を、X方向、Y方向およびZ方向に相対移動可能に構成される。
【0057】
図3は、回転工具20と鋳造物19とを示す断面図である。プローブ33の回転軸線L1まわりの回転半径は、下穴34の半径よりも大きく形成される。また基部31の直径Dpは、下穴34の内径Dh以上となり(Dp≧Dh)、凸部32の直径Dbもまた、下穴34の内径Dh以上となる(Db≧Dh)。ここで、凸部32の直径Dbは、凸部32の基部半径方向最外周端が回転軸線まわりに一周する回転軌跡の直径となる。
【0058】
本実施の形態では、プローブ33に形成される外ねじの谷の径が基部31の直径Dpとなる。またプローブ33の呼び径が凸部32の直径Dbとなる。プローブ33は、日本工業規格のJIS B0205に規定される一般用メートルねじに従った基準山形が形成され、本実施の形態ではピッチは、2.5mmに選択される。この場合、下穴34の内径Dhに対して、凸部32の直径Dbは、0.89倍以上、1.20倍以下に選択される(0.89・Dh≦Db≦1.20・Dh)。凸部32の直径Dbが、下穴34の内径Dhの1.2倍を超えると、回転抵抗が過剰となり回転工具20が損傷するおそれがある。また凸部32の直径Dbが、下穴34の内径Dhの0.89倍未満であると、下穴部36の内周部分を充分に流動化させることができないおそれがある。本実施の形態では、プローブ33の呼び径Dbは、20mmに形成される。また下穴34の内径Dhは、14.6mm以上19.6mm以下に選択される。これによって回転工具20の破損を防ぐとともに、下穴部36の内周部分を充分に流動化させることができる。
【0059】
またショルダ部30aの直径Dsは、下穴34の内径Dh以上であって、基部31および凸部32の直径Dp,Db以上となる。本実施の形態では、ショルダ部30aの直径Dsは、凸部32の直径Dbの1.5倍以上、4倍以下に選択される(1.5・Db≦Ds≦4・Db)。ショルダ部30aの直径Dsが、凸部32の直径Dbの4倍を超えると、ショルダ部30aと下穴部36との間で生じる摩擦熱が過剰となり、鋳造物19に熱ひずみが生じるおそれがある。また回転工具20が大形化してしまい狭いスペースに回転工具を配置することができなくなる。またショルダ部30aの直径Dsが、凸部32の直径Dbの1.5倍未満であると、ショルダ部30aが下穴部36の上面70に当接しても回転工具20の没入を充分に抑えることができない。
【0060】
また基部31の軸線方向寸法Hpは、下穴34の深さ寸法Hh未満となる(Hp<Hh
)。これによって基部31が下穴部36の底面139に接触するまえに、ショルダ部30aが下穴部36の上面70に接触する。したがって基部31の軸線方向先端部31aが、下穴部36の底面139に接触して、底面139に没入することが防がれる。ここで基部31の軸線方向寸法Hpは、基部31の軸線方向先端部31aから軸線方向後端部31bまでの軸線方向寸法である。本実施の形態では、基部31の深さ寸法Hpは、40mmに形成される。また下穴34の深さ寸法Hhは、41mmに選択される。このように下穴34の深さ寸法Hhから、基部31の深さ寸法Hpを減算した値(Hh−Hp)は、予め定められる隙間設定値に設定される。たとえば隙間設定値は、1〜2mmに設定され、本実施の形態では、1mmに設定される。
【0061】
図4は、回転状態の回転工具20が鋳造物19に圧入される状態を示す断面図である。凸部32が基部31の軸線方向先端部31aから軸線方向後端部31bに近接する方向に向かうにつれて、回転軸線L1まわりに周方向に回転する周方向一方R1を、回転方向として回転工具20は回転される。言い換えると、プローブ33に左ねじが形成される場合、鋳造物19に対して軸線方向反対側から回転工具20をみて、時計まわり(右まわり)に回転工具20を回転させる。このように回転工具20を回転させながら、鋳造物19に形成される下穴34と、回転工具20とを同軸に保ちつつ、回転工具20を基部31の軸線方向先端部31aから下穴部36に圧入させる。
【0062】
プローブ33の外周部分が、下穴部36の内周部分に対して摺動回転することで、摩擦熱が発生して、下穴部36のうちでプローブ33に臨む内周部分が軟化する。下穴部36の内周部分が充分に軟化した状態で、さらにプローブ33が下穴部36に対して摺動回転すると、下穴部36の内周部分には、軟化した部分が塑性流動する流動体38が生じる。
【0063】
流動体38は、プローブ33が摺動回転することで、プローブ33とともに回転軸線L1まわりに周方向一方R1に回転する。プローブ33が回転軸線L1まわりに周方向一方R1に回転すると、流動体38は、プローブ33に対して回転軸線L1まわりに周方向他方R2に相対回転する。プローブ33の凸部32に接触した流動体38は、プローブ33に対して回転軸線L1まわりに周方向他方R2に進み、凸部32に案内されて基部31の軸線方向先端部31aに向かう軸線方向一方Z1の力が与えられる。
【0064】
このように流動体38は、回転軸線L1まわりに周方向一方R1に移動する力とともに、軸線方向一方Z1に移動する力が与えられる。流動体38が周方向一方R1とともに軸線方向一方Z1にも移動することで、流動体38が撹拌されやすくなり、塑性流動する流動体38の量を増やすことができる。またプローブ33は、流動体38と接触することによって、流動体38からの反力として、軸線方向他方Z2に向かう力を受ける。これによって回転工具20が過剰な速度で下穴部36に没入することを防ぐことができる。
【0065】
図5は、本実施形態の鋳造物19の組織改質手順を示すフローチャートである。図6は、組織改質手順を説明するための断面図である。図7は、組織改質作業における回転工具20の状態の時間変化を示すタイミングチャートである。図6は、図6(1)〜図6(3)の順で手順が進む。また図7(1)に回転工具20の位置変化を示す。図7(2)に回転工具20の移動状態を示す。図7(3)に回転工具20の回転状態を示す。
【0066】
まずステップs0で鋳造成形によって鋳造物19を成形すると、ステップs1に進み、組織改質作業を開始する。ステップs1では、準備工程を行う。準備工程では、回転工具20と鋳造物19とを準備する。鋳造物19に下穴34が形成されていない場合には、ボール盤などを用いて機械加工によって下穴34を形成する。また下穴34に対応する形状の回転工具20を用意する。このように回転工具20および鋳造物19を準備して、NCフライス盤にそれぞれを固定するとステップs2に進む。
【0067】
ステップs2では、流動化工程を行う。まず図6(1)に示すように、回転工具20の回転軸線L1と、下穴34の軸線とが同軸となるように、工具チャック部分およびワーク保持テーブルの少なくともいずれかを相対移動させる。回転工具20の回転軸線L1と下穴34の軸線とが同軸となると、第1時刻T1で、回転工具20を回転軸線L1まわりに前記周方向一方R1に回転させる。次に、第2時刻T2で、回転工具20を回転させながら、回転工具20を軸線方向一方Z1に移動させる。軸線方向一方Z1に移動する回転工具20は、第3時刻T3で、基部先端部31aが下穴部36の軸線方向他方Z2端面70に接触し、基部先端部31aによって下穴部36を押圧する。回転工具20を下穴部36に押圧しつづけることで、回転工具20は基部先端部31aから下穴部36に圧入される。
【0068】
圧入時には、回転工具20の回転速度および軸線方向移動速度を略一定に維持する。本実施の形態では、圧入時の回転工具20の回転速度C1は、1000〜5000rpm(回転/分)に選択される。また回転工具20の軸線方向移動速度V1は、0.5〜5mm/sに選択される。第3時刻T3の経過後に第4時刻T4に達すると、ショルダ部30aが下穴部36の上面70に当接する。このようにショルダ部30aが下穴部36の上面70に接触する第4時刻T4に達すると、図6(2)に示すように、回転工具20の軸線方向移動を停止する。
【0069】
軸線方向移動停止後には、回転工具20の外周部分を、下穴部36の内周部分に対して摺接回転させた状態を維持して、摩擦熱によって下穴部36を軟化させる。このように回転工具20が下穴部36に対して摺接回転する状態を継続させることで、下穴部36を部分的に塑性流動させ、下穴部36が部分的に塑性流動した流動体38を増加させる。流動化工程では、軸線方向Zの移動を停止してから充分な流動体38が発生するまでの時間となる第1設定時間W1が経過して、第5時刻T5に達すると、ステップs3に進む。たとえば予め定める時間W1は、2〜30秒に設定される。また、流動化工程では、軸線方向移動停止後の回転工具20の回転速度C2は、回転工具20を下穴部36に圧入するときの回転速度C1よりも低下させる(C2≦C1)。本実施の形態では、軸線方向移動停止後の回転工具20の回転速度C2は、200〜3000rpm(回転/分)に選択される。
【0070】
ステップs3では、図6(3)に示すように引抜き工程を行う。引抜き工程では、回転工具20を軸線方向他方Z2に移動させて鋳造物19から回転工具20を引抜く。引抜き工程では、回転工具20の回転速度および軸線方向移動速度を略一定に維持する。引抜き時の回転工具20の回転速度C3は、回転工具20を下穴部36に圧入するときの回転速度C1よりも低下させる(C3≦C1)。本実施の形態では、引抜き時の回転工具20の回転速度C3は、200〜3000rpm(回転/分)に選択される。また引抜き時における回転工具20の軸線方向移動速度V2の絶対値を、回転工具20を下穴部36に圧入するときの軸線方向移動速度V1の絶対値よりも増大させる(V2>V1)。本実施の形態では、回転工具20の軸線方向移動速度V2は、10〜100mm/sに選択される。第6時刻T6で回転工具20を鋳造物19から引抜くと、ステップs5に進む。ステップs5では、回転工具020の回転を停止して、組織改質動作を終了する。
【0071】
ステップs3の引抜き工程を行うことで、流動体38に与えられる摩擦熱の供給を停止する。したがって流動体38が冷えて固化した改質層39を形成することができる。この改質層39は、下穴部36の内周部分を形成する。改質層39によって、下穴部36の内周部分に生じていた鋳造欠陥を消失することができる。
【0072】
このように本実施の形態では、圧入時の回転工具20の回転速度C1が、圧入後の回転
工具20の回転速度C2,C3よりも高く設定される。また圧入時における回転工具20の軸線方向移動速度V1の絶対値が、引抜き時における回転工具20の軸線方向移動速度V2の絶対値よりも低く設定される。ツール圧入時は、下穴部36の温度が低く硬いので、多くの摩擦熱が必要なために、高速回転でかつ、低速軸線方向移動とすることが好ましい。圧入時の回転速度C1を高くすることで、多くの摩擦熱を与えることができ、比較的短時間で下穴部36を軟化させることができる。また圧入時の軸線方向移動速度V1を低くすることで、下穴部36が硬い状態で基部31が下穴部36を押圧することが防がれ、基部31が損傷することを防ぐことができる。
【0073】
また圧入後には、下穴部36が充分に軟化している。圧入後には、下穴部36を部分的に塑性流動させるために、流動体38を、下穴部36を除く鋳造物本体に対して、回転工具20の凸部32に追従させて回転させる必要がある。圧入後の回転工具20の回転速度が過剰となると、流動体と、凸部32との馴染みが悪く、回転工具だけがまわっている状態(空回り状態)となる。これに対して、本実施の形態では、圧入後の回転工具20の回転速度C2,C3を、圧入時の回転速度C1に比べて低くすることで、流動化した部分を回転工具20に追従させて移動させることができ、流動体38の撹拌量を増大させることができる。
【0074】
また引抜き時は、摩擦熱を与える必要がないので、引抜き時の回転工具20の軸線方向移動速度V2を高めても改質層に影響を与えることが少ない。このように引抜き時の回転速度を高めることで、改質層に悪影響を与えることなく、作業時間を短くすることができる。
【0075】
改質装置が回転工具20の移動位置を出力可能である場合、基部先端部31aが下穴部36の上面70に接触する第3時刻T3は、回転工具20の移動量に基づいて決定してもよい。また改質装置が、回転工具20を回転または移動させるときの負荷トルクを検出可能である場合、基部先端部31aが下穴部36の軸線方向他方Z2端面70に当接する負荷トルクを検出した時刻を、第3時刻T3として設定してもよい。同様に、ショルダ部30aが下穴部36に当接する第4時刻T4は、回転工具20の移動量に基づいて決定しても、ショルダ部が下穴部36に当接する負荷トルクを検出した時刻を、第4時刻T4として設定してもよい。また第3時刻T3から第4時刻に達するまでの没入時間W2を予め求めておくことで、第3時刻T3から没入時間W2が経過した時刻を第4時刻T4として決定してもよい。このように第3時刻T3および第4時刻T4を求めることで、回転工具20を引抜く時刻を設定することができ、塑性流動状態がばらつくことを防ぐことができる。
【0076】
図4に示すように、流動体38は、回転軸線L1まわりに移動する力とともに、軸線方向一方Z1に移動する力が与えられる。流動体38が回転方向とともに軸線方向にも移動することで、流動体38が撹拌されやすくなり、塑性流動する流動体の量を増やすことができる。これによって改質処理後に形成される改質層39を増やすことができる。また回転工具20は、流動体38からの反力として、基部31を押し出す方向となる軸線方向他方Z2の力を受け、過剰な速度で下穴部36に没入することが防がれる。
【0077】
図8は、流動体38の成長変化を示すための断面図である。流動体38の成長は、図8(1)〜図8(3)の順で進む。図8(1)に示すように、プローブ33が下穴部36に没入する没入量B1が、下穴34の深さHhよりも小さい場合、基部先端部31aと、下穴部36の底面139との間に隙間71が生じており、凸部32によって軸線方向一方Z1に移動した流動体38bは、基部先端部31aと、下穴部36の底面139との間の隙間71に溜まる。この状態では、流動体38は、軸線方向一方Z1に移動するだけでプローブ33の半径方向厚み方向に成長しずらい。
【0078】
プローブ33の没入量Bの増加に比例して、軸線方向一方Z1に移動する流動体38aが増加する。基部先端部31aと、下穴部36の底面139との間の隙間71に溜まる流動体38aの量が増える。図8(2)に示すように、予め定められる設定没入量B2に達すると、流動体38bによって基部先端面31aと下穴部36の底面139との間の隙間71が塞がれる。これによって軸線方向一方Z1に向けて移動した流動体38bは、基部先端部31aの近傍で逃げ場を失って、プローブ33から基部半径外方方向に押し出される。押し出された流動体38aは、軸線方向他方Z2に移動する。そして基部先端部31aから軸線方向他方Z2に充分離れた位置で、基部半径方向内方に移動して軸線方向一方Z1に移動する。これによって流動体38が、軸線方向一方Z1と軸線方向他方Z2とを交互に移動するような循環する流れを作り出すことができる。
【0079】
図8(3)に示すように、流動体38によって隙間71を埋めた状態で、予め定める第1設定時間W1が経過するまで、回転を維持するとともに軸線方向の移動を停止することで、流動体38が軸線方向Zに循環する流れがさらに大きくなる。このように流動体38が、軸線方向一方Z1と軸線方向他方Z2とに交互に移動するように、軸線方向Zに循環させることで、塑性流動する流動体38の基部半径方向の厚み寸法を増やすことができる。
【0080】
設定没入量B2と、基部31の軸線方向寸法Hpとがほぼ同じ長さに設定される(B2≒Hp)。これによって図8(2)および図8(3)に示すように、本実施の形態では、基部先端部31aが設定没入量B2没入した状態で、ショルダ部30aが下穴部36の上面70に当接する。
【0081】
ショルダ部30aが下穴部36の軸線方向他方Z2端面となる上面70に当接することで、流動体38が下穴部36から盛り上がることがショルダ部30aによって妨げられる。これによって塑性流動する流動体38を基部先端部31aと基部後端部31bとの間で軸線方向Zに循環させることができる。したがってショルダ部30aの半径は、流動化する流動体38よりも基部半径方向外方に大きく形成されることが好ましい。
【0082】
またショルダ部30aが下穴部36の軸線方向他方Z2端面となる上面70に当接することで、回転工具20が軸線方向に下穴部36に没入することを阻止する抵抗力が増大し、基部軸線方向先端部31aが下穴部36の底面に接触することを防ぐことができる。これによって基部31に与えられる力が過剰となることを防ぐことができ、基部31が損傷することを防ぐことができる。また下穴34の深さにバラツキが生じることを抑えることができる。
【0083】
また基部31を鋳造物19の下穴部36に圧入する設定圧入量B2は、回転工具圧入前における鋳造物19の下穴34の深さ寸法Hhよりも小さく設定され(B2<Hh)、かつ鋳造物19に没入する部分の回転工具の体積Vpが、回転工具圧入前の下穴34の容積Vh以上(Vp>Vh)となる値に設定される。ここで設定圧入量B2は、基部31が下穴部36に圧入した状態における、下穴部36の上面70から基部31の軸線方向一端部31aまでの軸線方向寸法である。また鋳造物19に没入する部分の回転工具20の没入体積Vpは、基部31が没入した状態における、下穴部36の上面70よりも軸線方向一方Z1側のプローブ33の体積である。
【0084】
たとえばプローブ33が軸線方向に一様な断面形状を有する場合、設定圧入量B2は、回転工具圧入前の下穴34の容積Vhをプローブ33の断面積A1で割算した値(Vh/A1)以上に設定される(B2≧(Vh/A1))。
【0085】
下穴34が軸線方向に一様な断面形状に形成される場合には、下穴34の容積Vhは、下穴34の断面積Ahと、下穴34の深さHhとの積(Ah・Hh)で表わされる。したがって下穴34が略円柱状に形成される場合には、下穴34の半径をFhとし、下穴34の深さをHhとすると、下穴34の容積Vhは、π・Fh・Hhで表わされる。
【0086】
また下穴34は、略円柱状に形成されなくてもよい。また言い換えると、圧入時に、プローブ33が下穴部36を押しのける体積は、プローブ33と下穴部36との隙間よりも大きくなればよい。プローブ33が下穴部36を押しのける体積は、プローブ33の形状や、下穴34の形状に応じてその都度異なることになる。たとえば基部31は、下穴34に圧入しやすいように、先端部が先細に形成されてもよい。
【0087】
図9は、組織改質処理後に下穴部36にナット部材41を螺着して連結部材42を固定する手順を説明するための断面図である。図9(1)〜図9(4)の順で手順が進む。図9(1)に示すように、鋳造工程を行って、下穴34が形成される鋳造物19を成形する。次に図9(2)に示すように、上述した流動化工程を行って、下穴部36の内周部分に改質層39を形成する。次に図9(3)に示すように、タップ加工工程を行って、下穴部36を削り、ねじ穴72が形成されるねじ穴部73を形成する。次に図9(4)に示すように、組立工程を行って、ナット部材41を用意し、ナット部材41のねじ部分を、連結部材42に形成される貫通孔43を通過させて、ねじ穴部73に螺合させる。ナット部材41を螺進することによって、鋳造物41とナット部材41とによって、連結部材42を挟持することができ、鋳造物41と連結部材42とを固定することができる。この場合、ねじ穴部73は、鋳造物19が有する凹部であって、一方に開放するねじ穴である凹所を形成する凹部となる。
【0088】
上述したように、本実施の形態では改質層39を基部半径方向の厚み寸法を大きくすることができるので、下穴部36をタップ加工してねじ穴部73を形成しても、ねじ穴部73の内周部分に改質層39が残留しやすい。残留した改質層39は、鋳造欠陥40による循環路35とねじ穴72との連通を阻止する。したがって循環路35を流れる流体が、ねじ穴72から漏洩することを防止することができ、その漏洩効果を高めることができる。またねじ穴72を形成する場合、回転工具20のプローブ33の直径と、ねじ穴部73の谷径とをほぼ同じにすることで、鋳造欠陥の組織改質後に続けてタップ加工を行うことができ、別途内径加工を行う手間を省くことができる。
【0089】
図10は、組織改質処理後に下穴部36に嵌合部材44を嵌合して、嵌合部材44をナット部材45によって固定する手順を説明するための断面図である。図10(1)〜図10(4)の順で手順が進む。図10(1)に示すように、鋳造工程を行って、下穴34が形成される鋳造物19を成形する。次に図10(2)に示すように、上述した流動化工程を行って、下穴部36の内周部分に改質層39を形成する。次に図10(3)に示すように、タップ加工工程を行って、下穴部36とは異なる部分に内ねじ部46を形成する。また切削加工によって、嵌合部材44が嵌合可能となるように、下穴部36を丸穴加工した嵌合凹部73を形成する。嵌合凹所73は、一方に開放して嵌合部材44が嵌合する嵌合凹所72が形成される。次に図10(4)に示すように、組立加工を行う。また嵌合部材44を用意して、嵌合凹部73に嵌合部材44を挿入させる。次にナット部材45を用意し、ナット部材45のねじ部分を、嵌合部材44に形成される貫通孔を通過させて、内ねじ部46に螺合させる。ナット部材45を螺進することによって、鋳造物41とナット部材45とによって、嵌合部材44を挟持することができ、鋳造物41と嵌合部材44とを固定することができる。この場合、嵌合凹部73は、鋳造物19が有する凹部であって、一方に開放する嵌合凹所を形成する凹部となる。
【0090】
図9に示す場合と同様に、本実施の形態では、改質層39を基部半径方向の厚み寸法を
大きくすることができるので、下穴部36を丸穴加工して嵌合凹部73を形成しても、嵌合凹部73の内周部分に改質層39が残留しやすい。残留した改質層39は、鋳造欠陥40による循環路35と嵌合凹所72との連通を阻止する。したがって循環路35を流れる流体が、嵌合凹所72から漏洩することを防止することができ、その漏洩効果を高めることができる。
【0091】
以上のように本実施の形態によれば、改質層39の基部半径方向の厚み寸法を増やすことができ、下穴部36に内在していた鋳造欠陥をより多く消失させることができる。たとえば発明者らの実験によって、凸部32が形成されない場合には、改質層39の基部半径方向厚み寸法が、約0.5mmとなった。これに対して、本実施の形態のように凸部32を形成した場合には、改質層39の基部半径方向厚み寸法を、約1mmとすることができた。したがって組織改質後に下穴部36が機械加工によって部分的に削られて、鋳造物19が有する凹部73として形成されたとしても、鋳造欠陥が凹部73の内周面に露出することを防ぐことができ、鋳造欠陥に起因する不具合を低減することができる。
【0092】
特に、鋳造物19の内部に流体が貯留または流通される流体空間が形成される場合、下穴部36の内周部分に厚み寸法の大きい改質層39を形成することで、鋳造物19の流体空間に貯留または流通される流体が、下穴34または凹所72に漏洩することを防ぐことができる。同様に下穴34または凹所72に存在する他の流体が、鋳造物19の内部に形成される流体空間に漏洩することを防ぐことができる。また流体空間35が形成されない場合でも、下穴部36または下穴部36が加工された凹部73の内周部分を通過して、流体が鋳造物内部から漏洩したり、流体が鋳造物内部に浸透したりすることを防ぐことができる。したがって本実施の形態では、鋳造物19の気密性および液密性を向上して、鋳造物19の信頼性を向上することができる。
【0093】
このようにして本実施の形態では、改質層39によって鋳造欠陥を多く消失することで、鋳造欠陥に起因する鋳造物19の歩留まりを向上することができ、製造コストを低減することができる。また鋳造物19を用いて製作される鋳造製品について、鋳造欠陥に起因する不良品を低減することができ、鋳造製品の品質を向上することができる。また含浸処理して下穴部36の気密性を達成する場合に比べて、短時間で下穴34の被覆処理を行うことができ、作業効率を向上することができる。また鋳造欠陥を低減するために、試行錯誤的に鋳型形状を工夫する場合に比べて、鋳造物19の鋳造欠陥を簡単に修復することができる。
【0094】
また改質層39は、下穴部36の残余の部分に比べて金属結晶が微細な組織微細層となるので、組織微細層を増加させることができ、下穴部36または凹部73の強度を向上することができ、改質処理後に下穴部36または凹部73の損傷を防ぐことができ、鋳造物19の品質を向上することができる。たとえば凹部73がねじ穴部である場合、ねじ穴部のねじ山部分の強度を向上することで、ナット部材41がねじ穴部から抜出ることを防ぐことができる。
【0095】
また本実施の形態では、プローブ33が大きくなることを防いだうえで、改質層39を基部半径方向に増加させることができ、改質処理後に鋳造物19に形成されるプローブ没入跡を小さくすることができる。これによって下穴34を利用して内径の小さい丸穴となる凹所72を形成することができ、内径の小さい丸穴に対して、比較的厚み方向寸法の大きい改質層39を形成することができる。また下穴34を鋳造成形によって予め形成することで、別途機械加工によって下穴34を形成する必要がなく、作業効率を向上することができる。また下穴34を鋳造物19に最終的に形成される凹所として利用することで、凹所を形成する手間を省略することができる。
【0096】
また予め形成される下穴部36に回転工具20を圧入することで、下穴34が形成されない部分に回転工具20を没入する場合に比べて、回転工具20に与えられる抵抗力を減らすことができる。これによって回転工具20を短時間で鋳造物19に没入させることができるとともに、回転工具20の破損を防ぐことができる。これによって改質方法における作業性を効率化することができる。また回転工具20を下穴部36に圧入した場合の回転抵抗を小さくすることで、下穴34の直径が大きい場合であっても、組織改質を容易に行うことができる。また本実施の形態では、剛性および出力トルクが比較的低い改質装置であっても、プローブ33を没入可能であり、汎用の工作装置によって改質装置を実現可能である。
【0097】
また本実施の形態によれば、凸部32が螺旋状に延びることで、凸部32に接触する流動体38を増やすことができ、流動体38を軸線方向Zに移動させる力を大きくすることができる。また基部先端部31aから基部後端部31bまで、凸部32を緩やかに傾斜させることができ、凸部32に接触する流動体38の変動を小さくして、流動体38から与えられる回転抵抗力の変動を少なくすることができる。
【0098】
また本実施の形態によれば、基部31が下穴部36に対して摺動しない場合に比べて、回転工具20から下穴部36に与える摩擦熱を大きくすることができ、下穴部36のうちで流動体38の量を増やすことができる。これによって下穴部36に生じていた鋳造欠陥の消失量を増大することができる。このように回転工具20と下穴部36との接触領域を大きくすることで、より多くの摩擦熱を下穴部36に与えることができる。これによって下穴部36に生じていた鋳造欠陥の消失量を増大することができる。
【0099】
また本実施の形態では、下穴34は、略円柱状に形成されるとしたが、これに限定しない。下穴34の形状については、略円柱以外の断面形状を有してもよく、また深さ方向に形状が異なってもよい。たとえば鋳造によって下穴34を形成する場合、軸線方向一方Z1に進むにつれて縮径する円錐台形状に下穴34が形成されるほうが、下穴34が略円柱状に形成する場合に比べて容易に形成することができる。たとえば鋳造によって下穴34を形成する場合、下穴34を、その軸線を含む平面で切断した断面形状において、軸線と斜辺との成す角度が約2〜5°に設定される。
【0100】
下穴34が円錐台状に形成される場合であっても、基部31を鋳造物19の下穴部36に圧入する設定圧入量B2は、回転工具圧入前における下穴34の深さ寸法Hh未満に設定され(B2<Hh)、かつ鋳造物に没入する部分の回転工具の体積Vpが、回転工具圧入前の下穴34の容積Vh以上(Vp>Vh)となる値に設定される。
【0101】
下穴34が軸線方向一方Z1に進むにつれて縮径する円錐台形状に形成される場合、下穴部36の上面付近での下穴34の半径となる下穴上面半径をFh1とし、下穴部36の底面139付近での下穴34の半径となる下穴底面半径をFh2とすると、下穴34の容積Vhは、(1/3)・π・Hh・(Fh1+Fh1・Fh2+Fh2)で表わされる。
【0102】
この場合、プローブ33の直径Dbは、下穴部36の上面付近での下穴34の直径となる下穴上面直径(2・Fh1)よりも小さく、下穴部36の底面139付近での下穴34の直径となる下穴底面直径(2・Fh2)よりも小さく形成されることが好ましい(2・Fh2≦Db≦2・Fh1)。これによってプローブ33を下穴34に容易に進入させるとともに、下穴の開口部分の隙間を埋めて、改質処理後の下穴の直径を厚み方向にわたってほぼ均一とすることができる。
【0103】
図11は、第1実施形態の組織改質方法の変形例を説明するための断面図である。鋳造
物19のうちで、下穴部36の底面139と、底面139と反対側の反対面140との間の軸線方向寸法である厚み方向寸法Hcが小さい場合など、裏当て部材141を反対面140に当接させた状態で、組織改質処理を行うことが好ましい。本実施の形態では、底面139と、底面139よりも軸線方向一方Z1側となる反対面140との厚み寸法Hcが4mm以下であると、裏当て部材141を用いる。具体的には、準備工程において、裏当て部材141を準備して、下穴部36の開口部と反対側の反対面140に、裏当て部材141を押圧して、裏当て部材141で下穴部36を支持する。この状態で、流動化工程を行う。
【0104】
反対面140を裏当て部材141によって支持した状態で、回転工具20を下穴部36に圧入することで、底面139と反対側の反対面140との厚み寸法Hcが少なくても、反対面140が軸線方向一方Z1に凸に盛り上がることを防ぐことができ、軸線方向の塑性流動の低下を防ぐことができる。また下穴部36の底面139と反対面140との寸法が4mmを超えてる場合でも、裏当て部材141を用いてもよい。
【0105】
図12は、下穴34が貫通する場合を示す断面図である。図12(1)は、回転工具圧入前の状態を示し、図12(2)は、回転工具圧入後の状態を示す。下穴34が貫通する場合、すなわち厚み寸法Hcが0である場合であっても、流動体38が、基部先端部31aと、裏当て部材141の表面との間に留まることで、1〜2mmの流動層を、基部31と裏当て部材141との間に形成することができる。流動化工程のあとで、裏当て部材141を鋳造物19から離反させることで、有底の下穴部36を形成することができる。また下穴34が貫通する場合には、前記設定没入量B2は、下穴部36の厚み方向寸法よりも小さくされることが好ましい。これによって基部先端部31aが裏当て部材141の表面に接触することが防がれ、基部31が損傷することを防ぐことができる。
【0106】
図13は、本発明の第2実施形態である組織改質方法を説明するための図である。第2実施形態の組織改質方法は、第1実施形態と類似しており、流動化工程の一部が異なる以外については同様である。また第1実施形態と対応する構成については、同一の参照符号を付する。
【0107】
第2実施形態の組織改質方法は、流動化工程で、軸線方向Zの移動を停止してから充分な流動体38が発生するまでの時間となる第1設定時間W1が経過して、第5時刻T5に達すると、回転軸線L1に垂直な方向に、鋳造物19に予め定められる移動経路に沿って回転する回転工具20を移動させる。すなわち鋳造物19が充分に軟化してから、回転工具20の移動を開始する。そして回転工具20を移動経路の終端まで移動させると、引抜き工程を行う。
【0108】
これによって移動経路に沿って改質層39を形成することができ、移動経路に沿って分布している鋳造欠陥を消失させることができる。本実施の形態では、改質装置によって、X方向およびY方向に工具チャック部分を移動させることによって、回転工具20を予め定められる移動経路に沿って移動させることができる。
【0109】
第2実施形態では、流動化工程で、摩擦熱を発生させて下穴部36の内周部分を軟化させた状態で、回転軸線L1まわりに回転工具20を自転回転させた状態を維持しつつ、回転軸線L1とは異なる公転軸線L2まわりに回転軸線L1を公転回転させる。これによってプローブ33の直径に拘わらずに公転軸線L2まわりに改質層39を形成することができる。たとえば下穴部36に内ねじを形成する場合に、下穴部36に形成すべき内ねじの内径にかかわらずに、任意の直径の回転工具20を用いることができる。回転工具20が、公転軸線L2まわりに回転する回転半径Eおよび回転工具20が移動する速度C4は、回転工具20が破損することが防がれる値に選択される。たとえば回転半径Eは、0.5
mm以上3.0mm以下に選択される。また回転工具20が、回転軸線L1に垂直な方向に移動する移動速度C4は、0.5〜3.0mm/s以下に選択される。これによって回転工具20および改質装置に与える負荷を減らすことができる。
【0110】
また第2実施形態であっても、第1実施形態と同様に、圧入時の回転工具20の回転速度C1が、圧入後の回転工具20の回転速度C2,C3よりも高く設定される。したがって回転工具20が回転軸線L1に垂直な方向に移動するときの、回転工具20の回転軸線L1まわりの回転速度C4は、圧入時における回転工具20の回転軸線L1まわりの回転速度C1よりも小さく設定される(C4≦C1)。本実施の形態では、本実施の形態では、圧入時の回転工具20の回転速度C1は、1000〜5000rpmに選択される。また回転工具20が回転軸線L1に垂直な方向に移動するときの回転速度C4は、200〜3000rpm(回転/分)に選択される。第2実施形態において、回転工具20の圧入時、引抜き時の動作については、第1実施形態と同様である。
【0111】
また回転工具20を回転軸線L1に垂直な方向に移動させる場合において、設定圧入量B2は、第1実施形態と同様に設定することができる。また裏当て部材141によって下穴部36の反対面140を支持した状態で、回転工具20を移動させてもよい。
【0112】
図14は、公転軸線L2まわりに回転工具20を回転させるまでの回転工具20の移動経路を示す図である。図14に示すように、まず公転軸線L2と同軸の下穴34を形成し、下穴34に回転軸線L1まわりに回転する回転工具32を圧入する。下穴部36の内周部分に流動体38を生じさせると、公転軸線L2を中心として、回転工具20を渦巻き状に回転させる。具体的には、回転工具20を、公転軸線L2を中心に角変位移動させるにともなって、公転軸線L2に対する回転半径を大きくする。そして所定の回転半径Bに達すると、その回転半径Bを維持して回転工具20を公転軸線L2まわりに回転させる。移動経路に沿って回転工具20を移動させる間は、回転工具20は、回転軸線L1まわりに回転する状態が維持される。
【0113】
また充分に流動体38を生じさせると、回転工具20を、公転軸線L2を中心に角変位させるにともなって、公転軸線L2に対する回転半径を小さくする。そして公転軸線L2と回転軸線L1とが一致または略一致すると、回転工具20を鋳造物19から引抜く。このように渦巻き状に延びる移動経路に沿って回転工具20を移動させることで、回転工具20および改質装置に与えられる負荷を小さくして、比較的大きい領域に改質層39を形成することができる。また回転工具20を公転軸線L2から引抜くことで、引抜き後に公転軸線L2を中心とする穴、たとえば、ねじ穴を容易に形成することができる。
【0114】
図15は、回転工具20の回転軸線L1まわりの回転方向R1と、回転工具20の公転軸線L2まわりの回転方向r1とを示す図である。図15には、プローブ33の直径を2点鎖線で示す。また本実施の形態では、回転軸線L1まわりに回転させながら、回転工具20を、公転軸線L2まわりに凸部31の半径(Db/2)以下の回転半径Eで、角変位移動させる。ここで、角変位移動とは、回転中心まわりに360度以下の角度を角変位移動する場合はもちろん、360度以上の角度を角変位移動する場合も含む。これによって鋳造物19が既に軟化した軟化部分の一部を、基部31が通過することなり、回転工具20を、公転軸線L2まわりに角変位移動させるのに必要な力を低減することができ、回転工具20および改質装置の破損を防ぐことができる。
【0115】
また回転工具20の回転軸線L1まわりの回転方向R1と、回転工具20の公転軸線L2まわりの回転方向r1とは、同一方向に設定される。したがって回転工具20の回転軸線L1まわりの回転方向R1が時計まわりの場合には、回転工具20の公転軸線L2まわりの回転方向r1もまた時計まわりとなる。
【0116】
これによって公転軸線L2外周側の部分を回転工具20が摺動する回転速度を向上することができ、公転軸線L2の外側部分の改質層39を大きくすることができる。また公転軸線L2の内側部分は、回転工具20の回転速度が低下しているが、回転工具20が公転軸線L2まわりを一周することによって、回転速度の低下を補って改質層39を大きくすることができる。
【0117】
図16は、第2実施形態の変形例となる回転工具20の移動経路を示す図である。公転軸線L2が予め定める移動経路、たとえば直線に沿って移動し、その移動する交線軸線L2まわりを回転工具20が回転してもよい。これによって交範囲にわたる改質層39を、公転軸線L2の移動経路に沿って形成することができる。
【0118】
図17および図18は、回転工具20を移動経路に沿って移動させて、鋳造物19に改質層39を形成する手順を説明するための図である。図17は、鋳造物19を示す平面図である。図18は、鋳造物19を示す断面図であり、図17の切断面線S18−S18で切断した断面図である。図17(1)および図18(1)は、流動化工程前の鋳造物19を示す平面図である。図17(2)および図18(2)は、流動化工程後の鋳造物19を示す平面図である。図17(3)および図18(3)は、流動化工程後に切削加工が行われた鋳造物19を示す平面図である。
【0119】
図17(1)および図18(1)に示すように、本実施の形態の鋳造物19は、鋳造成形によって凹所50が形成される。凹所50は、任意の形状に形成され、本実施の形態では、一方に開放する略四角板状に形成される。また鋳造物19は、鋳造物19の内部を通過して、前記凹所50を一周する循環路35が形成される。循環路35と凹所50との間には、鋳造欠陥40が形成されやすい。また循環路35には、鋳造物19を冷却するための冷却水を循環可能に形成される。
【0120】
図17(2)および図18(2)に示すように、循環路35から凹所50に流体が漏洩することを防ぐために、本実施の形態では、流動化工程で、回転軸線L1まわりに回転する回転工具20を、凹所50と循環路35との間について、凹所50のまわりを一周させる。図17(2)および図18(2)には、改質層39を網点で示す。回転工具20は、図16に示すように、公転軸線L2が凹所50のまわりを一周し、その公転軸線L2まわりに自転するように回転および移動させることが好ましい。これによって回転工具20および改質装置に与えられる負荷を低減することができる。
【0121】
図17(3)および図18(3)に示すように、流動化工程の後に、本実施の形態では、改質層39を部分的に残したうえで、凹所50を広げるように、凹所50を形成する凹所形成部51の一部を切除する。これによって改質層39が凹所50を規定する内周部となる。凹所50と循環路35との間に、改質層39が配置され、かつ改質層39が凹所50を囲むことによって、循環路35と凹所50との連通を改質層39によって阻止することができ、循環路35を流れる流体が、凹所50に漏洩することを防ぐことができる。また回転軸線L1の移動経路は、上述した移動経路以外であってもよい。
【0122】
このように改質層39は、凹所50の内周部分のうち少なくとも一部を形成する。また改質層39は、流体空間35と凹所50とを結ぶ領域を分断する位置に配置される。たとえば凹所50に対して一方側を流体空間35が通過する場合には、改質層39は、凹所50の一方側について、流体空間35と凹所50との間にわたって形成されればよい。また薄肉部などの鋳造欠陥が分布しやすい部分について、改質層39が形成されてもよい。
【0123】
また回転工具20が引抜かれる引抜部分が鋳造物39に別途形成されることが好ましく
、引抜き部分は、最終的に鋳造物39から切除される部分に形成されることが好ましい。また本実施の形態では、図17(3)に示すように、改質層39が凹所50に露出するように鋳造物19を部分的に切削したが、図17(2)に示す状態で作業を終了してもよい。
【0124】
図19は、回転工具20の移動経路の他の形態を説明するための図である。図19(1)は、回転工具20が公転軸線L2まわりに回転することで楕円軌跡を描く。図19(2)は、回転工具20が公転軸線L2まわりに回転することで、多角形軌跡、たとえば8角形軌跡を描く。図19(3)は、回転工具20が、公転軸線L2を基準として、往復直線移動する軌跡を描く。このように、回転工具20は、公転軸線L2に対して、回転または往復移動してもよい。また回転工具20は、この他の移動経路に従って移動してもよく、たとえば回転工具20は、直線状に延びる移動経路に沿って移動してもよい。これによって改質処理後に、公転軸線L2を中心とする楕円凹所、多角形凹所または長孔を形成した場合であっても、鋳造物19の凹部の内周面を流体が漏洩することを防ぐことができる。
【0125】
図20は、図19(1)に示すような楕円軌跡を描く移動経路に沿って回転工具20を移動させて、下穴部36に改質層を形成する一例を示す断面図である。図20は、図20(1)〜図20(3)の順で手順が進む。
【0126】
図20(1)に示すように、鋳造工程を行って、下穴34が形成される鋳造物19を成形する。次に図12(2)に示すように、上述した流動化工程を行って、回転軸線L1を下穴34の軸線と同軸に配置する。次に回転軸線L1まわりに、回転工具20を周方向一方R1に自転回転させながらプローブ33を下穴部36に没入させて、改質層39を形成する。次に自転回転を継続した状態で、下穴34の軸線とは異なる位置に設定される公転軸線L2まわりに、回転工具20を周方向一方r1に楕円軌跡に沿って公転回転させる。回転工具20を公転軸線L2まわりに一周させて、没入開始位置に回転工具20を戻すと、回転工具20を下穴部36から引抜く。
【0127】
これによって図20(3)に示すように、下穴部36のうちで、没入開始位置から公転軸線L2寄りに形成される改質層39dの半径方向寸法P1を、残余の部分の改質層の半径方向寸法P2よりも大きくすることができる。したがって没入開始位置に対して、循環路35が近接して配置される場合、没入開始位置から循環路35寄りに公転軸線L2を設定することが好ましい。これによって下穴34と循環路35との間に形成される改質層39dを増やすことができる。
【0128】
また循環路35以外であっても、没入開始位置に対して予め鋳造欠陥が生じやすい位置が決まっている場合には、没入開始位置に対して、鋳造欠陥が生じやすい位置寄りに公転軸線L2が設定されることが好ましい。図20では、回転工具20が、公転軸線L2まわりに楕円状に回転するとしたが、楕円に限定されない。たとえば、図19(2)および図19(3)に示すように、没入開始位置に対して、鋳造欠陥が形成されるであろう位置寄りに向けて回転工具20を移動させてもよい。
【0129】
図21は、第2回転工具320を示す正面図であり、図22は、第2回転工具320の先端面を示す図である。上述した第1実施形態および第2実施形態の組織改質方法について、図1に示す第1回転工具20に代えて第2回転工具320を用いることができる。第2回転工具320は、第1回転工具20に比べてプローブ33の形状が異なり、残余の部分については同一である。第2回転工具320は、第1回転工具20のプローブ33の外周部が部分的に切除された形状に形成される。第2回転工具320は、第1回転工具20のプローブ33の外周部が半径方向内方に面取りされて、面取り面が軸線方向に延びる形状に形成される。
【0130】
具体的には、第2回転工具320は、略円柱状に形成される。第2回転工具320は、略円柱状のショルダ部330と、ショルダ部330の軸線方向先端部に連なって、ショルダ部330と同軸に形成される略円柱状のプローブ333とを含んで構成される。プローブ333は、基部331と、凸部332と、凹部334とを含んで構成される。基部331は、ショルダ部130に同軸の略円柱状に形成される。
【0131】
本実施の形態では、プローブ333は、外ねじが形成される。基部231は、プローブ233の本体部となる。また凸部332は、プローブ333のうちで外ねじを形成する突出部分、いわゆるねじ山部分となる。凸部332は、基部331の外周面から半径方向外方に突出して、回転軸線L1まわりに周方向一方R1に向かうにつれて、基部331の軸線方向先端部331aから基部331の軸線方向後端部331bに近接する方向Z2に傾斜して延びる。
【0132】
また凹部334は、凸部332に対して周方向に隣接する。本実施の形態では、周方向に2つの凸部332が形成されるとともに、2つの凹部334が形成され、凸部332と凹部334とが周方向に交互に配置される。凹部334は、軸線方向に延びて、凸部332の基部半径方向最外周端が回転軸線まわりに一周する回転軌跡よりも、基部半径方向内方に窪む退避面335が形成される。退避面335は、各凹部334ごとに形成され、軸線に垂直な断面形状が直線状に形成されて、軸線方向に延びる。
【0133】
このように第2回転工具320は、退避面335を形成する凹部334が、凸部332に周方向に隣接して形成されることで、凸部332が回転軸線まわりの全周にわたって形成される場合に比べて、回転工具320が下穴部36を押しのける体積を少なくすることができる。これによって回転抵抗を減らすことができ、回転工具320と下穴部36との接触面積が不所望に増加することを防ぐことができる。また凹部334によって形成される凹所に流動体38が流れ込んだ状態で、回転工具20が回転することで、流動体38が回転軸線L1まわりに回転しやすく、流動体38をより撹拌させることができる。また第2回転工具320を用いても、上述する各実施形態の鋳造物の組織改質方法を実現することができ、第1回転工具20と同様の上述する効果を得ることができる。
【0134】
図23は、第3回転工具420を示す正面図であり、図24は、第3回転工具420の先端面を示す図である。上述した第1実施形態および第2実施形態の組織改質方法について、図1に示す第1回転工具20に代えて第3回転工具420を用いることができる。第3回転工具420は、第2回転工具320の凹部334を除く形状については、同様であるので説明を省略し、同様の参照符号を付する。第3回転工具420は、第1回転工具20のプローブ33の外周部が部分的に切除された形状に形成される。具体的には、第3回転工具420は、第1回転工具20のプローブ33の外周部が半径方向内方に切り欠かれて、切り欠かれた溝が軸線方向に延びる形状に形成される。
【0135】
具体的には、第3回転工具420は、上述した基部331と、凸部332と、凹部434とを含んで構成される。凹部334は、凸部332に対して周方向に隣接する。本実施の形態では、周方向に4つの凸部332が形成されるとともに、4つの凹部434が形成され、凸部332と凹部434とが周方向に交互に配置される。
【0136】
凹部434は、軸線方向に延びて、凸部332の基部半径方向最外周端が回転軸線まわりに一周する回転軌跡よりも、基部半径方向内方に窪む溝が形成される。凹部434は、溝に臨む内周面である退避面435を有する。退避面435は、各凹部434ごとに形成され、軸線に垂直な断面形状がU字状に形成されて、軸線方向に延びる。
【0137】
このように第3回転工具420は、退避面435を形成する凹部434が、凸部332に周方向に隣接して形成されることで、凸部332が回転軸線まわりの全周にわたって形成される場合に比べて、回転工具420が下穴部36を押しのける体積を少なくすることができる。これによって回転抵抗を減らすことができ、回転工具420と下穴部36との接触面積が不所望に増加することを防ぐことができる。また凹部334によって形成される凹所に流動体38が流れ込んだ状態で、回転工具20が回転することで、流動体38が回転軸線L1まわりに回転しやすく、流動体38をより撹拌させることができる。また第3回転工具420を用いても、上述する各実施形態の鋳造物の組織改質方法を実現することができ、第1回転工具20と同様の上述する効果を得ることができる。
【0138】
また凹部434は、軸線方向に沿って直線状に延びるほか、螺旋状に延びてもよい。具体的には、凹部434は、凸部334または基部131の半径方向に没入して、回転軸線L1まわりに周方向一方R1に進むにつれて、基部131の軸線方向先端部131aから軸線方向後端部131bに進むように傾斜して延びてもよい。これによって圧入時に、凹部434に移動した流動体38を、回転軸線まわりに移動させるとともに、基部軸線方向先端部131に向けて移動させることができ、流動体38の撹拌をさらに増加させることができる。
【0139】
図25は、第4回転工具120を示す正面図であり、図26は、第4回転工具120の先端面を模式化して示す図である。上述した第1実施形態および第2実施形態の組織改質方法について、図1に示す回転工具20に代えて第4回転工具120を用いることができる。第4回転工具120は、図1に示す回転工具20に比べてプローブ33の形状が異なり、残余の部分については同一である。
【0140】
第4回転工具120は、略円柱状に形成される。第4回転工具120は、略円柱状のショルダ部130と、ショルダ部130の軸線方向先端部に連なって、ショルダ部130と同軸に形成される略円柱状のプローブ133とを含んで構成される。プローブ133は、基部131と、凸部132とを含んで構成される。基部131は、ショルダ部130に同軸の略円柱状に形成される。
【0141】
凸部132は、多条、本実施の形態では4条の突起60a,60b,60c,60dからなる。各突起60a〜60dは、基部131の外周部に形成される突出部であって、螺旋状に延びる。各突起60a〜60dは、基部131の半径方向に突出して、回転軸線L1まわりに周方向一方R1に進むにつれて、基部131の軸線方向後端部、言い換えるとショルダ部130に進むように傾斜して延びる。図25に示すように、各突起60a〜60dは、回転軸線L1で切断した場合には、それぞれ等間隔に配置される。また周方向に隣接する2つの突起60は、充分な間隔をあけて配置される。したがってプローブ133は、螺旋状に進む溝が形成されてドリル状に形成される。
【0142】
プローブ133の回転軸線L1まわりの回転半径は、下穴34の回転半径よりも大きく形成される。また基部131の直径Dpが下穴34の内径Dh未満となる(Dp<Dh)。また回転軸線L1まわりの凸部132の回転半径が下穴34の半径を超える。言い換えると、回転軸線L1から各突起60a〜60dの基部半径方向外周面までの基部半径方向寸法rbを2倍した寸法(2・rb)は、下穴34の内径Dhを超える(2・rb>Dh)。本実施の形態では、各突起60a〜60dのピッチは、約80mmに選択される。
【0143】
また第4回転工具120の凸部132は、基部半径方向外周部に形成されて基部半径方向に没入して、回転軸線L1まわりに周方向一方に進むにつれて基部131の軸線方向先端部から軸線方向後端部に近接する方向に傾斜して延びる傾斜溝61が形成される。各突起60a〜60dは、基部半径方向外周面が、回転軸線L1を中心とする円周面に形成さ
れる。このように第2回転工具120のプローブ133は、スパイラルタップ状に形成される。
【0144】
以上のような第4回転工具を用いても、上述する各実施形態の鋳造物の組織改質方法を実現することができ、第1回転工具20と同様の上述する効果を得ることができる。また基部131の直径Dpが下穴の内径Dhよりも小さく形成されることで、基部131が下穴部36に対して摺動回転することを防ぐことができる。本実施形態では、基部131が下穴部36に対して摺動回転する場合に比べて、回転工具120と下穴部36とが接触する接触面積を小さくすることができる。これによって下穴34の直径Dhが大きい場合であっても、下穴部36から受ける回転抵抗力を低減することができ、回転工具120の損傷を防ぐことができる。また本実施の形態では、剛性および出力トルクが比較的低い改質装置であっても、プローブ33を下穴34に没入して回転可能である。
【0145】
また各突起60には、傾斜溝61が形成される。これによって各突起60の基部半径方向外周部に回転摺接する流動体は、各突起60に形成される傾斜溝61によって、軸線方向に沿って基部先端部31aに向かう力が与えられる。これによって各突起60の基部半径方向外周部に接する流動体を、軸線方向に撹拌することができ、塑性流動する流動体の量を増やすことができる。
【0146】
以上のような各実施の形態は、本発明の例示に過ぎず発明の範囲内で構成を変更可能である。本実施の形態では、鋳造物がアルミ合金からなるとしたが、これに限定せず、摩擦撹拌可能な金属であれば、他の金属であってもよい。たとえば鋳造物は、マグネシウムおよび亜鉛などの軽量合金からなってもよい。また鋳造物は、軽量合金以外、たとえば鋳鉄からなってもよい。またエンジン本体のシリンダブロック以外の鋳造物19についても、組織改質方法を施すことができる。流体が貯留または流通する液体空間が鋳造成形によって形成される鋳造物19の改質方法に好適に適用可能である。
【0147】
たとえば鋳造物19は、シリンダブロックのほかのエンジン部品、内部に油圧回路を有する油圧機器部品の鋳造物、ガス機器部品の鋳造物などに用いられてもよい。またダイカストのほか、金型鋳物、砂型鋳物も含まれる。また液体空間が形成されない鋳造物に組織改質を施してもよい。
【0148】
たとえば第1回転工具20では、プローブ33に1条のねじが形成されるとしたが、これに限定しない。たとえばプローブ33に多条のねじが形成されてもよい。プローブ33に多状のねじが形成される場合には、各条のねじをそれぞれ構成するねじ山部分が、凸部32となる。また第4回転工具120では、プローブ133に螺旋状の突起60a〜60dが4つ形成されるとしたが、これに限定しない。たとえばプローブ133に螺旋状の突起が1つに形成されてもよく、また4つ以外の多数形成されてもよい。この場合、1または複数の突起60が、それぞれ凸部となる。また第4回転工具120では、突起60に傾斜溝が形成されるとしたが、傾斜溝61が突起に形成されない場合も、本発明に含まれる。また第2〜第4回転工具について、凸部の半径方向外周面が円弧状に形成されることで、強度を向上して、凸部が欠損したり破損したり摩耗することを抑えることができる。
【0149】
またプローブ33,133は、三角ねじのほか、台形ねじ、のこ刃ねじまたは丸ねじが形成されてもよい。また螺旋状に延びる凸部32が形成されていれば、第2〜第4回転工具以外の工具を用いてもよい。また本実施の形態では、左ねじが形成される回転工具を右回りに回転させたが、右ねじが形成される回転工具を左回りに回転させても同様の効果を得ることができる。また凸部が形成されるとしたが、凸部に換えて回転軸線まわりに周方向一方に向かうにつれて、基部の軸線方向先端部から軸線方向後端部に近接する方向に傾斜して延びる凹部が形成される場合も同様の効果を得ることができる。
【0150】
また鋳造物19のうちで、鋳造欠陥は、成形時に最後に固まる部分であったり、流路が細くなっていたりする部分に分布しやすい。したがって鋳造欠陥が多く分布する位置を推測可能である場合がある。予め鋳造欠陥が多く分布する深さが推測可能である場合には、その深さ位置で改質層39の基部半径方向の厚み寸法が大きくなるように回転工具の形状を変更してもよい。たとえば凸部32を基部後端部31bから軸線方向一方Z1に予め定める設定位置Cまで形成し、設定位置Cよりも軸線方向一方Z1には回転軸線に垂直な断面形状を円形に形成して、凸部32を形成しないようにしてもよい。これによって設定位置C付近に流動体38が溜まることになり、設定位置C近傍の改質層39の厚み方向寸法を厚くすることができる。
【0151】
また凸部32を基部後端部31bから軸線方向一方Z1に予め定める設定位置Cまで形成し、設定位置Cから軸線方向一方Z1には回転軸線まわりに周方向一方に進むにつれて基部31の軸線方向後端部から軸線方向先端部に向かって近接する方向に傾斜する逆凸部を形成してもよい。これによって、設定位置C付近に流動体38がさらに溜まることになり、設定位置C近傍の改質層39の厚み方向寸法をさらに厚くすることができる。
【0152】
またたとえば本実施の形態では、フライス盤を改質装置として用いたが、回転工具20と鋳造物19とを相対回転、軸線方向に直進相対移動可能であれば、他の装置を用いてもよい。たとえば第1実施形態に示すように、回転工具20をX方向およびY方向に移動させることがない場合には、旋盤およびボール盤を用いても改質装置を構成可能である。
【0153】
また本実施の形態では、回転抵抗を削減可能な回転工具を用いて改質を行うことによって、出力可能な回転トルクが大きい装置を用いる必要がなく、汎用装置を改質装置として適用可能である。したがって設備費を抑えることができ、容易に改質処理を行うことができる。
【0154】
したがって改質装置は、回転工具を保持する工具保持部、ワークを保持するワーク保持部、ワーク保持部に対して工具保持部を回転駆動する回転駆動手段およびワーク保持部に対して工具保持部をZ方向に直進駆動する軸線方向駆動手段を有していればよい。また回転軸線L1を移動経路に沿って移動させる場合には、改質装置は、ワーク保持部に対して工具保持部をX方向およびY方向の少なくともいずれか一方に変位駆動する送り方向駆動手段をさらに有していればよい。
【0155】
また本実施の形態では、下穴34を鋳造成形によって形成したが、鋳造成形後に、ドリルなどの工具を用いて別途機械加工を用いて下穴34を形成してもよい。これによって下穴34の直径を精度よく形成することができる。また下穴34は、円柱状に形成されなくてもよい。また本実施の形態では、下穴部36を形成して、下穴部36に回転工具20を没入させたが、回転工具20および改質工具の剛性が充分な場合には、下穴部36を形成せずに、鋳造物19に回転工具29を直接没入してもよい。また流動化工程について、基部の軸線方向先端部を下穴部の底面に没入させてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0156】
【図1】本発明の第1実施形態である組織改質方法に用いられる回転工具20を示す斜視図である。
【図2】鋳造物19の一例となるアルミ鋳物製エンジンのフレームを示す斜視図である。
【図3】回転工具20と鋳造物19とを示す断面図である。
【図4】回転状態の回転工具20が鋳造物19に圧入される状態を示す断面図である。
【図5】本実施形態の鋳造物19の組織改質手順を示すフローチャートである。
【図6】組織改質手順を説明するための断面図である。
【図7】組織改質作業における回転工具20の状態の時間変化を示すタイミングチャートである。
【図8】流動体38の成長変化を示すための断面図である。
【図9】組織改質処理後に下穴部36にナット部材41を螺着して連結部材42を固定する手順を説明するための断面図である。
【図10】組織改質処理後に下穴部36に嵌合部材44を嵌合して、嵌合部材44をナット部材45によって固定する手順を説明するための断面図である。
【図11】本発明の第1実施形態の組織改質方法の変形例を説明するための断面図である。
【図12】下穴34が貫通する場合を示す断面図である。
【図13】本発明の第2実施形態である組織改質方法を説明するための図である。
【図14】公転軸線L2まわりに回転工具20を回転させるまでの回転工具20の移動経路を示す図である。
【図15】回転工具20の回転軸線L1まわりの回転方向R1と、回転工具20の公転軸線L2まわりの回転方向r2とを示す図である。
【図16】第2実施形態の変形例となる回転工具20の移動経路を示す図である。
【図17】回転工具20を移動経路に沿って移動させて、鋳造物19に改質層39を形成する手順を説明するための平面図である。
【図18】回転工具20を移動経路に沿って移動させて、鋳造物19に改質層39を形成する手順を説明するための断面図である。
【図19】回転軸線L1の移動経路の他の形態を説明するための図である。
【図20】図19(1)に示すような楕円軌跡を描く移動経路に沿って回転工具20を移動させて、下穴部に改質層を形成する一例を示す断面図である。
【0157】
【図21】第2回転工具320を示す正面図である。
【図22】第2回転工具320の先端面を示す図である。
【図23】第3回転工具420を示す正面図である。
【図24】第3回転工具420の先端面を示す図である。
【図25】第4回転工具120を示す正面図である。
【図26】第4回転工具120の先端面を模式化して示す端面図である。
【図27】下穴部2を有する鋳造物1を示す断面図である。
【図28】第3の従来技術を説明するための断面図である。
【符号の説明】
【0158】
19 鋳造物
20 回転工具
30 ショルダ部
31 基部
32 凸部
33 プローブ
34 下穴
35 循環路
36 下穴部
38 流動体
39 改質層
61 傾斜溝

【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転軸線まわりに回転駆動される軸体と、軸体に連なって回転軸線と同軸の略円柱状に形成される基部と、基部の外周部分に形成されて基部の半径外方に突出して、回転軸線まわりに周方向一方に向かうにつれて、基部の軸線方向先端部から軸線方向後端部に近接する方向に傾斜して延びる凸部とを有する回転工具を準備するとともに、鋳造物を準備する準備工程と、
回転工具を回転軸線まわりに前記周方向一方に回転させながら、回転工具を基部の軸線方向先端部から鋳造物に圧入して、回転工具の外周部分を鋳造物に対して摺接回転させて、摩擦熱を発生させ、前記凸部によって鋳造物の少なくとも一部を塑性流動させる流動化工程と、
鋳造物から回転工具を引抜く引抜き工程とを含むことを特徴とする鋳造物の組織改質方法。
【請求項2】
準備工程では、略円柱状の下穴を形成する下穴部を有する鋳造物を準備し、
流動化工程では、回転工具を回転軸線まわりに前記周方向一方に回転させながら、回転軸線を下穴の軸線と略同一に保った状態で、回転工具を基部の軸線方向先端部から鋳造物の下穴部に圧入して、回転工具の外周部分を下穴部の内周部分に対して摺接回転させて、摩擦熱を発生させ、前記凸部によって下穴部の内周部分を塑性流動させることを特徴とする請求項1記載の鋳造物の組織改質方法。
【請求項3】
流動化工程で、基部を鋳造物の下穴部に圧入する設定圧入量B2は、回転工具圧入前における下穴の深さ寸法Hh未満に設定され(B2<Hh)、かつ鋳造物に没入する部分の回転工具の体積Vpが回転工具圧入前における下穴の容積Vh以上(Vp>Vh)となる値に設定されることを特徴とする請求項2記載の鋳造物の組織改質方法。
【請求項4】
軸体は、基部の軸線方向後端部に連なって形成されて、回転軸線まわりの凸部の回転半径を超える半径を有する円柱状のショルダ部が形成され、基部の軸線方向寸法は、回転工具圧入前における下穴の深さ寸法未満に選ばれることを特徴とする請求項2または3記載の鋳造物の組織改質方法。
【請求項5】
基部の直径が、回転工具圧入前における下穴の内径以上に選択されることを特徴とする請求項2〜4のいずれか1つに記載の鋳造物の組織改質方法。
【請求項6】
回転軸線まわりの凸部の回転半径が回転工具圧入前における下穴の半径を超え、基部の直径が下穴の内径未満に選択されることを特徴とする請求項2〜4のいずれか1つに記載の鋳造物の組織改質方法。
【請求項7】
回転工具は、凸部に対して周方向に隣接して、軸線方向に延びる凹部をさらに有し、
凹部は、凸部の基部半径方向最外周端が回転軸線まわりに一周する回転軌跡よりも、基部半径方向内方に窪む退避面を有することを特徴とする請求項1〜6のいずれか1つに記載の鋳造物の組織改質方法。
【請求項8】
流動化工程では、回転軸線まわりに前記周方向一方に回転させながら、回転軸線に垂直な方向に、鋳造物に予め定められる移動経路に沿って、回転工具を移動させることを特徴とする請求項1〜7のいずれか1つに記載の鋳造物の組織改質方法。
【請求項9】
流動化工程では、回転軸線まわりに前記周方向一方に回転させながら、回転軸線とは異なる予め定める公転軸線まわりに、回転軸線まわりの凸部の回転半径以下の回転半径で、回転工具を角変位移動させることを特徴とする請求項1〜8のいずれか1つに記載の鋳造
物の組織改質方法。
【請求項10】
請求項1〜9記載の鋳造物の組織改質方法が施された鋳造物であって、一方に開放する凹所を形成する凹部と、内部に流体を貯留または流通させるための流体空間を形成する流体空間形成部とを有し、塑性流動した流動体が固化した改質層が、凹所と流体空間とを結ぶ領域の少なくとも一部に介在することを特徴とする鋳造物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【図25】
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【図26】
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【図27】
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【図28】
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【公開番号】特開2007−275980(P2007−275980A)
【公開日】平成19年10月25日(2007.10.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−109070(P2006−109070)
【出願日】平成18年4月11日(2006.4.11)
【出願人】(000000974)川崎重工業株式会社 (1,710)
【Fターム(参考)】