説明

鋼材の溶接継手

【課題】地震地帯や不連続凍土地帯など大きな外力が想定される場所で用いられる高強度鋼管に適用して好適な、延性破壊が想定される鋼構造物の溶接継手を提供する。
【解決手段】溶接継手の母材として、応力−歪曲線における、3〜6%の塑性ひずみ領域での加工硬化率が0.12以上の鋼材を用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、地震地帯や不連続凍土地帯などで用いられる鋼構造物における溶接継手に関し、大きな変形による、応力集中部や欠陥からの延性き裂の進展を抑制することが可能なものに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、鋼構造建築物や天然ガスパイプラインの建設は従来開発されていなかった地震地帯や凍土地帯にまで拡大している。このような地域に建設される鋼構造物には、地盤変状により大きな外力が作用して塑性変形が生じる。図3は不連続凍土地帯を横断するパイプラインの変形状況を示し、(a)は凍上領域、(b)は融解領域の場合を示す。すなわち、同図(a)に示すように、凍上部では、土壌中の水分が凍結して膨張することにより地表が局部的に持ち上がり、そのためラインパイプに上向きの力が作用し、ラインパイプは上凸状に変形する。一方、図3(b)に示すように、凍土の一部が融解すると、地表が降下してラインパイプには下向きの力が作用し、ラインパイプは下凸状に変形する。 その結果、ラインパイプの溶接部(接続部)が土壌の凍結・融解による上向き・下向きの力を繰り返し受けると、溶接止端部のような応力集中部あるいは溶接部に潜在する欠陥から延性き裂が発生・進展し、内容物がリークしたり、脆性破壊に至ることが問題となっている。
【0003】
このような問題を解決するため、非特許文献1には延性き裂発生に対する構造物の使用限界評価方法として、高強度ラインパイプ円周溶接部の延性破壊クライテリオンが開示されている。
【0004】
X80及びX100グレード高強度ラインパイプの母材および円周溶接継手の延性破壊挙動を切欠丸棒試験片と表面切欠き付広幅試験片によって調査し、母材および円周溶接継手に共通して、切欠丸棒試験片で得られたき裂発生限界歪(限界相当塑性歪)に、表面切欠き付広幅試験片のノッチ先端歪が達したときに延性き裂が発生することから、限界相当塑性歪が試験片サイズに依存しない破壊クライテリオンとして有効なことが述べられている。
【0005】
また、特許文献1には溶接部からの延性き裂発生に対する抵抗性に優れる高張力鋼を用いた溶接継手およびその評価方法が開示され、鋼材をアーク溶接して得られる溶接継手の溶接止端部直下のミクロ組織において軟質相のフェライトと硬質相のベイナイトの割合を規定し、表面部からの延性き裂発生の限界歪を大きくすること、およびそのためにアーク溶接される鋼組成を、鋼組成の一部を構成する合金元素からなるパラメータ式を満足する特定成分組成とすることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2009−41073号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】石川信行、遠藤茂、伊木聡 「高強度ラインンパイプ円周溶接部の延性破壊クライテリオンと歪ベース設計」、溶接学会論文集 第23巻 第2号 p.311−318、2005年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
パイプライン等内圧がかかる鋼構造物の場合、欠陥部などの応力集中部から延性き裂が発生しても、進展して板厚を貫通するまで内容物のリークは発生しない。従って、延性破壊の初期段階である微小延性き裂が発生したことに基づいて使用限界を予測する非特許文献1記載の破壊クライテリオンを適用して設計した場合、微小延性き裂が板厚表面まで進展する過程を考慮せずに設計するので、過度に安全な鋼構造物が得られ、経済性の観点からは疑問が残る。
【0009】
また、特許文献1は、延性破壊の初期段階である微小延性き裂の発生に対する抵抗性を向上させるもので、ノッチのような比較的穏やかな応力集中からの延性き裂発生の抵抗性を向上させる場合は有効と考えられる。しかし、実際の鋼構造物では鋭利な形状の溶接欠陥や先端半径の小さい疲労き裂のような欠陥が問題とされており、このような欠陥ではすでに初期の延性き裂が発生しているものと仮定できるような欠陥であることが多く、このような場合は、特許文献1記載の技術は適用できない。
【0010】
そこで、本発明は、経済性と安全性の調和がとれた鋼構造物の製造が可能な、大きな変形を受けた際に生じる応力集中部や欠陥からの延性き裂進展を抑制する、鋼構造物の一部をなす溶接継手を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者等は上記課題を解決するため種々の材料特性、特に強度特性を変化させた鋼板を用いて溶接継手を作成し、溶接止端部に初期欠陥を設け、大変形を受けた際の延性き裂発生・進展挙動を詳細に観察し、以下の知見を得た。
【0012】
溶接止端部の初期欠陥から発生する延性き裂は欠陥の最深部より発生し、板厚方向に進展して最終的に鋼板を貫通することで継手を破断させるが、延性き裂が進展する過程においてき裂の進展方向の板厚を減少させるように「くびれ」の発生することが観察された。すなわち、図4の模式図に示すように、深さaの初期欠陥の最深部で発生した延性き裂が進展する(進展長さΔa)過程で、初期欠陥と反対側の鋼板表面に量Raの「くびれ」が局所的に発生するのが観察された。延性き裂進展長さΔaと局所くびれ量Raが有効開口変位量δeffに与える影響を調査した結果を図1に示す。図1に示すように有効開口変位量(δeff)に及ぼすき裂進展長さ(Δa)、局所くびれ量(Ra)の影響として、き裂進展長さ(Δa)の増大とともに局所くびれ量(Ra)が増大して有効開口変位量(δeff)が大きくなることが認められた。
【0013】
さらに、「くびれ」の発生状況と鋼板の強度特性の関係について検討したところ、鋼板の加工硬化特性のうち、特定の塑性ひずみ領域での加工硬化率が「くびれ」の発生状況に影響を与えることを見出した。
【0014】
本発明は上記知見に更に検討を加えてなされたもので、すなわち本発明は,
1.鋼材の溶接継手であって、応力歪曲線における、3〜6%の塑性ひずみ領域での加工硬化率が0.12以上の鋼材をアーク溶接により突合せ溶接して継手とすることを特徴とする鋼材の溶接継手。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、鋼構造物が大きな外力(変形量)を受けた場合にも、応力集中部や欠陥からの延性き裂の進展を抑制し、鋼構造物の機能維持が図られるとともに、許容欠陥寸法が大きくなることで補修等メンテナンスの間隔が長くなり鋼構造物の長寿命化、維持コストの低減が可能で産業上極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】有効開口変位量(δeff)に及ぼすき裂進展長さ(Δa)、局所くびれ量(Ra)の影響を示す図。
【図2】局所くびれ率(Ra/t)に及ぼす3〜6%の塑性ひずみ領域での加工硬化率(n)の影響を示す図。
【図3】不連続凍土地帯を横断するパイプラインの変形状況を示し、(a)は融解領域、(b)は凍結領域の場合を示す図。
【図4】引張途中除荷試験で除荷したSingle edge notched tension試験片の中央断面を示し、有効開口変位(δeff)、延性き裂長さ(Δa)および局所くびれ量(Ra)を説明する図。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明は、鋼材をアーク溶接して突合せ溶接継手を作成する際、使用する鋼材を特定の値以上の加工硬化率を有するものとして、溶接止端部から発生して板厚方向へ伝播する延性き裂の進展速度を低減させることを特徴とする。以下、本発明を詳細に説明する。説明において初期欠陥深さ(a)、き裂進展長さ(Δa)、局所くびれ量(Ra)、初期リガメント長さ(t)、有効開口変位(δeff)は図4に示すものとする。
【0018】
応力−歪曲線は(1)式で近似されるが、本発明で規定する鋼材は3〜6%の塑性ひず
み領域での加工硬化率(n)が0.12以上の応力−歪曲線を有するものとする。延性き裂進展に伴いき裂前面となる領域は大きく塑性変形するので、加工硬化率(n)は3〜6%の塑性ひずみ領域において規定する。
【0019】
【数1】

【0020】
図2に、局所くびれ率(Ra/t)に及ぼす3〜6%の塑性ひずみ領域での加工硬化率(n)の影響を示す。加工硬化率(n)が0.12未満の場合、局所くびれ率(Ra/t)は加工硬化率(n)が大きくなるに従い減少するが、加工硬化率(n)が0.12以上では、減少する度合いは低下し、ほぼ安定する。
【0021】
すなわち、加工硬化率(n)が0.12未満の鋼板の場合、0.12以上の場合と比較して「くびれ」が大きくなり、母材においてき裂の進展方向となる領域の厚みの減少が生じるので、き裂がより容易に板厚を貫通するようになる。
【0022】
そこで、本発明では応力−歪曲線において3〜6%の塑性ひずみ領域での加工硬化率(n)を0.12以上とする。
【0023】
尚、図2は種々の加工硬化特性を有する鋼板(板厚10.3mm)をCO溶接により突合せ溶接して作成した溶接継手に表面欠陥の予き裂を導入し、大変形を与えたときの「くびれ」の発生、成長を観察して求めた、表1に示す結果を図示したもので、表面欠陥は切欠き位置を溶接止端部とし、長さ:30mm、深さ:4mmとした。
【0024】
【表1】

【0025】
本発明によれば、き裂の進展に伴って、き裂前面の領域の厚みが減少する度合いが抑制されるので、溶接継手における許容欠陥寸法が大きくなり、補修等メンテナンスの間隔を長くすることが可能となる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼材の溶接継手であって、応力−歪曲線における、3〜6%の塑性ひずみ領域での加工硬化率が0.12以上の鋼材をアーク溶接により突合せ溶接して継手とすることを特徴とする鋼材の溶接継手。

【図1】
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【図2】
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【図4】
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【図3】
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【公開番号】特開2013−39605(P2013−39605A)
【公開日】平成25年2月28日(2013.2.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−178685(P2011−178685)
【出願日】平成23年8月18日(2011.8.18)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】