説明

鋼板熱処理装置

【課題】鋼板20の両端を全幅に亘る挟持具21で引張りながら移動方式で誘導加熱するに際し、鋼板が薄くても端部まで誘導加熱幅C及び高温維持幅Dを安定確保する。
【解決手段】鋼板20に急熱とこれに続く急冷とを適用する熱処理を繰返し施して行う結晶粒微細化処理のために鋼板20を長手方向に移動させながら誘導加熱とこれに続く放水冷却とを順次適用するため、鋼板20の長手方向の両端を挟持具21で持って引張力付与部材32で引っ張る可動枠31と、幅方向は水平で長手方向は傾斜した姿勢を鋼板20にとらせる態様で可動枠31を搭載していて可動枠31を直線移動させることにより鋼板20をその長手方向に移動させる傾斜台34と、移動加熱用の誘導子22及び放水部23を備える。また、挟持具21の近くでは放水部23の放水量を少なく抑える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、鋼板に急熱とこれに続く急冷とを適用する熱処理を繰返し施して行う結晶粒微細化処理のために鋼板と誘導子とを該鋼板の長手方向に相対移動させながら該鋼板に誘導加熱とこれに続く急冷とを順次適用する鋼板熱処理装置に関する。
【背景技術】
【0002】
鋼の熱処理に関してAc3直上に急熱しこれに続いて急冷する熱処理を繰返し施す処理法により超微細粒鋼材が得られることや、結晶粒を微細化すれば強度・靱性が共に上昇すること、鋼製品の表面にオーステナイト化温度域とマルテンサイト変態温度域とを往復させる急熱と急冷を複数回繰返して微細な細粒層を形成することにより硬さと靱性を両立させるとともにシャルピー衝撃値ばかりか破壊靱性も向上させられることが知られており、急熱は高周波誘導加熱で急冷は水冷で具現化できることも知られている。
【0003】
また、有限長の鋼板については(例えば特許文献1参照)、高硬度を維持しつつ破壊靱性を高める結晶粒微細化処理を実施するのに好適な鋼板熱処理装置が開発されており、この装置は、鋼板の長手方向の両端に係合して鋼板をその長手方向を鉛直方向に配向させた状態で且つ曲り許容状態で保持する支承部材と、これを介して鋼板を長手方向に移動させる昇降機構と、鋼板の移動加熱用の誘導子と鋼板の急冷用の放水部とを組みにした熱処理ユニットと、この熱処理ユニットを水平面内で移動させて位置と面内方位の調節を行う水平面内調節機構とを備えている。そして、この鋼板熱処理装置は、有限長の鋼板を両端から曲り許容状態で保持して熱処理を繰返しても自重による曲り変形が生じ難いうえ例え熱処理によって曲がっても熱処理を続行することができるものとなっている。
【0004】
【特許文献1】特開2006−348339号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、このような縦持ち縦移動の鋼板熱処理装置では、装置や設備のコストダウンが難しいうえ、処理対象鋼板のセッティング作業等を慎重に行わなければならず作業負担の軽減も難しい。このため、実績の多い横置き横移動で、すなわち被処理を横置きしそれに沿って誘導子と放水部を横に相対移動させる移動加熱方式で、鋼板に対する結晶粒微細化の熱処理を実用化することが望ましい。そして、その実現には、有限長鋼板の両端を引張拘束して鋼板に長手方向の引張力を作用させながら急熱と急冷を施すことが考えられるが、残留応力を許容範囲内に抑えながら反りや捻れ更にはうねりといった熱処理起因の不所望な変形を十分に抑制することが求められる。そのため、有限長鋼板の横置きの具体的な遣り方、特に引張拘束手段をどのように具体化するかが、基本的な課題となる。
【0006】
図4は、本発明の課題を更に説明するためのものであり、(a)が厚板の鋼板10を横置きして移動加熱しているところの平面図、(b)がその正面図、(c)が薄板の鋼板20を横置きして移動加熱しているところの平面図、(d)がその正面図、(e)が厚板の鋼板10に係るAA矢視の縦断面拡大図、(f)が薄板の鋼板20に係るBB矢視の縦断面拡大図である。
【0007】
鋼板10,20の材質は、急熱と急冷の繰返しで結晶粒が微細化するものであり、例えばJIS G3128(SHY)や,JIS G4103(SNCM)が挙げられる(特許文献1参照)。
厚板とされる鋼板10のサイズは、厚さ16mm×幅1200mm×長さ6000mm前後が典型的であるが、他のサイズでも良く、目安としては、板厚が10〜25mm、幅が900〜1200mm、長さが2000〜6000mmである。
薄板とされる鋼板20のサイズは、厚さ5mm×幅700mm×長さ1200mm前後が典型的であるが、他のサイズでも良く、目安としては、板厚が3〜12mm、幅が300〜800mm、長さが500〜2000mmである。
【0008】
有限長被処理物が厚板の鋼板10である場合(図4(a),(b)参照)、鋼板10の両端部の中央寄りに例えば小穴を貫通形成して、そこにワイヤー状の引張拘束具11を繋ぎ、引張拘束具11を介して鋼板10に長手方向の引張力を作用させる(短波線矢印を参照)。また、鋼板10を横にして即ち長手方向も幅方向も水平にし厚み方向は鉛直にして、例えば500〜100mmの適宜ピッチで配置された幾つかのローラ付き支承具12で鋼板10の下面を支える。そして、先行の誘導子13と後続の放水部14とを具えた熱処理ユニットを鋼板10の一端から他端まで移動させることにより、鋼板10に必要な熱処理を施す。この場合、熱処理ユニットの移動時に支承具12が順に昇降することにより、熱処理ユニットと支承具12との不所望な干渉を避けつつ鋼板10を多点で分散支持できるので、自重や変態に起因して生じる鋼板10の変形が抑制されて許容範囲に収まる。
【0009】
一方、有限長被処理物が薄板の鋼板20である場合(図4(c),(d)参照)、上述した厚板のような保持手法は適さない。鋼板20の横置きでは、板厚が薄いことから、下面の支承は省けるが、両端の引張拘束を局部で済ませることができないので、鋼板20の全域に対して均等に引張力を作用させることが求められるからである。そのため、全幅に及ぶ挟持具21にて鋼板20の両端を拘束し、挟持具21を介して引っ張ることで、長手方向の引張力を作用させることとなる(短波線矢印を参照)。そして、鋼板20の断面形状に適合させた先行の誘導子22と後続の放水部23とを具えた熱処理ユニットを鋼板20の一端から他端まで何回か相対移動させることで、鋼板20の結晶粒微細化に必要な熱処理を施すのである。
【0010】
ところで、横置き横移動の有限長鋼板熱処理では、鋼板の表裏で焼入れ性能が同じになるよう、冷却水の滞留しがちな鋼板上面と冷却水の剥離落下しやすい鋼板下面とに生じる冷却効果の差違を低減・解消するために、上面への水量より下面への水量を多くしている。このように上面の冷却水は比較的少量で足りるので、厚板の鋼板10の場合(図4(e)参照)、放水部14から冷却水15を鋼板10へ吹き付ける際に噴射方向ηが後方(図では左)に傾くようになっていれば良い。冷却水15は鋼板10の上面のうち放水部14の通過したところに広がって鋼板10の縁から流れ落ち、放水部14や誘導子13の直下には冷却水15が不所望なほど多くは流れ込まないので、鋼板10に対する移動加熱の瞬時幅として、鋼板10のうち誘導子13と対向している部分の誘導加熱幅Cと、そこから放水部14の放水位置に至る高温維持幅Dとが、安定して確保される。
【0011】
しかしながら、薄板の鋼板20では(図4(f)参照)、放水部23直下の高温維持幅Dの確保が難しく、誘導子22直下の誘導加熱幅Cすら安定しないこともある。鋼板20が薄くなると熱容量が小さくなって高温維持幅D部分の熱量が少なくなるため、冷却水24のうち後方噴射に反して前方へ不所望に分流したり飛び散ったものが、後方へ流れる量より少ないとは言え、蒸発しきらず、放水部23直下に入り込んで予定より早く鋼板20を冷却してしまうため、高温維持幅Dがしばしば変化したり消滅したりするのである。また、鋼板20の端部まで熱処理しようとすると、挟持具21が鋼板20の端部の全幅に亘っているため(図では二点鎖線の部分を参照)、例え挟持具21の一部を切り欠いて水はけを良くしたとしても、その近くでは、挟持具21から跳ね返った冷却水24や,逃げ場が無くて盛り上がった冷却水24が、放水部23や誘導子22の方へ溢れてきやすいので、移動加熱の瞬時幅(C+D)の変動が更に大きくなる。
【0012】
そこで、鋼板20の両端を引っ張りながら移動方式で誘導加熱するに際し、鋼板が薄くても誘導加熱幅C及び高温維持幅Dが安定して確保されるよう、鋼板熱処理装置を改良することが技術的な課題となる。
また、その際の両端保持を全幅に亘る挟持具21で行っても、端部まで誘導加熱幅C及び高温維持幅Dが安定して確保されるよう、鋼板熱処理装置を改良することが更なる技術課題となる。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の鋼板熱処理装置は(解決手段1)、このような課題を解決するために創案されたものであり、鋼板に急熱とこれに続く急冷とを適用する熱処理を繰返し施して行う結晶粒微細化処理のために該鋼板を長手方向に移動させながら該鋼板に誘導加熱とこれに続く放水冷却とを順次適用する鋼板熱処理装置において、前記鋼板の長手方向の両端を全幅に亘って挟持して前記鋼板をその長手方向に引っ張る保持機構と、幅方向には水平で長手方向には傾斜した姿勢を前記鋼板にとらせる態様で前記保持機構を搭載していて前記保持機構を直線移動させることにより前記鋼板をその長手方向に移動させる傾斜台と、この傾斜台に装着されていて前記保持機構に保持された前記鋼板に対し幅方向には全域に亘り長手方向には一部区間に対峙するように配置された急熱用の誘導子と、この誘導子の隣で又は近くで前記傾斜台に装着されていて前記鋼板に対し幅方向には全域に亘り長手方向には一部区間に対峙するように配置された急冷用の放水部とを備えたことを特徴とする。
【0014】
また、本発明の鋼板熱処理装置は(解決手段2)、上記解決手段1の鋼板熱処理装置であって、前記放水部に冷却水を供給する給水回路が給水量を可変することにより、前記放水部が前記挟持具の近くで放水を開始するときは前記放水部の放水量が少なく抑えられ、前記放水部が前記挟持具から離れるに連れて前記放水部の放水量が増え、前記放水部が前記挟持具から離れてからは前記放水部の放水量が一定に維持されるようになっていることを特徴とする。
【0015】
さらに、本発明の鋼板熱処理装置は(解決手段3)、上記解決手段1,2の鋼板熱処理装置であって、前記放水部が前記誘導子の両側に設けられ、前記傾斜台が揺動して両端の高低を交互に替えられるようになっていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
このような本発明の鋼板熱処理装置にあっては(解決手段1)、有限長鋼板の熱処理が縦持ち縦移動でなく横置き横移動でもなく言わば傾置斜動にて遂行されるようにしたことにより、鋼板上面に対する放水の角度に鋼板上面の傾斜が加わって水平に対する放水の角度が広がるとともに、鋼板上面において着水位置よりも放水部の直下位置や誘導子の直下位置の方が高くなるので、冷却水のうち放水部や誘導子の方へ不所望に入り込む量が減少する。そのため、薄い鋼板の両端を引っ張りながら移動方式で誘導加熱しても誘導加熱幅ばかりか高温維持幅も安定して確保される。なお、適切な傾斜角度の下限は、品質の観点から、放水部下方に入り込む冷却水量が十分僅少になるところとなり、上限は、作業性の観点から、鋼板の長手方向の両端を引張可能に挟持させる傾斜セッティング作業が横置きセッティング作業と大差なく行えるところとなり、目安の範囲は7゜〜15゜である。
【0017】
また、本発明の鋼板熱処理装置にあっては(解決手段2)、挟持具の影響を受ける熱処理開始時やその直後には挟持具が近いほど放水量が少なく抑えられるようにしたことにより、鋼板の両端保持を全幅に亘る挟持具で行っても、挟持具で跳ね返って放水部の方まで戻ってくる水量が少ないうえ、挟持具近傍での冷却水の盛り上がりや溢れ出しが生じないので、鋼板の端部まで誘導加熱幅も高温維持幅も安定して確保されることとなる。
【0018】
さらに、本発明の鋼板熱処理装置にあっては(解決手段3)、一回の移動加熱が終わる度に、傾斜台の傾斜状態が交互に切り替えられるとともに、急冷に使用される放水部の選択状態も交互に切り替えられて、誘導子の両側の放水部のうち加熱後の冷却を行える片方からだけ放水がなされる。これにより、結晶粒微細化に要する移動加熱を繰返すために有限長鋼板を往復させるに際して、往復の何れでも傾置斜動の熱処理を行うことができる。そのため、傾置斜動の熱処理の繰り返しによる結晶粒微細化の時間が短縮されることとなる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
このような本発明の鋼板熱処理装置について、これを実施するための具体的な形態を、以下の実施例1〜2により説明する。
図1〜2に示した実施例1は、上述した解決手段1〜2(出願当初の請求項1〜2)を具現化したものであり、図3に示した実施例2は、上述した解決手段3(出願当初の請求項3)を具現化したものである。
なお、それらの図示に際しては、簡明化等のため、ボルト等の締結具や,ヒンジ等の連結具,電動モータ等の駆動源,タイミングベルト等の伝動部材,モータドライバ等の電気回路,コントローラ等の電子回路などは図示を割愛し、発明の説明に必要なものや関連するものを中心に簡略図示した。また、それらの図示に際し、既述の図4に記載したのと同様の構成要素には同一の符号を付して示した。
【実施例1】
【0020】
本発明の鋼板熱処理装置の実施例1について、その具体的な構成を、図面を引用して説明する。図1は、(a)が鋼板保持機構31+21+32の平面図、(b)が水受器37を外した鋼板熱処理装置30の正面図、(c)〜(e)が何れも鋼板熱処理装置30の正面図である。また、図2(a)は、冷却水量可変の給水回路の記号図である。
【0021】
この鋼板熱処理装置30は(図1参照)、既述した薄板の鋼板20に結晶粒微細化処理として急熱とこれに続く急冷とを適用する熱処理を繰返し施して行う際に、鋼板20をその長手方向に移動させながら、鋼板20に対して誘導加熱によって急熱を適用するとともに、これに続く放水冷却によって鋼板20に急冷を適用するものであるが、その順次適用を傾置斜動にて遂行するために、既述した誘導子22と放水部23と、図示した鋼板保持機構31+21+32と傾斜台34と脚部35,36と水受器37と、図示しない高周波電源装置と水冷装置と制御装置とを具えている。
【0022】
鋼板保持機構31+21+32は、鋼板20の長手方向の両端を全幅に亘って挟持して鋼板20をその長手方向に引っ張るために、傾斜台34に直線移動可能に装着される可動枠31と、この可動枠31に固定された挟持具21と、これに対向配置され可動枠31には固定されていないもう一つの挟持具21と、この非固定の挟持具21に作用して一対の挟持具21,21を引き離そうとすることにより一対の挟持具21,21の間の鋼板20に引張力をかける引張力付与部材32とを具えている。挟持具21は、鋼板20の全幅に及んでいれば足りるが、下側固定で上側が揺動して断面形状が挟持時にはコの字状になり解放時にはL字状になるものが使い易い。引張力付与部材32は、油圧シリンダ等で具体化されており、常に一定の引張力を発生させるために油圧供給部に比例電磁式リリーフ弁等を用いるとともに圧力制御用に圧力センサーとアンプを採用して圧力フィードバックをかけながら自動制御を行い、高精度に制御された引張力を鋼板20の全長に亘り安定して作用させるものとなっている。
【0023】
傾斜台34は、鋼板20より長い可動枠31の概ね二倍の長さを持った直線状・平行線状の枠体等を主体とし、それに可動枠31を搭載させて長手方向に定速や高速で直線移動・往復移動させるのに必要な付加機構として、例えば、LMガイドといった直線案内部材や、ボールネジといった伝動部材、サーボモータといった駆動源などを、具えている。傾斜台34の一端(図では左端)は背の低い脚部35で支持され、傾斜台34の他端(図では右端)は背の高い脚部36で支持されて、傾斜台34は長手方向が水平から角度θほど傾斜している。傾斜角度θは例えば10゜に固定しても良いが、この鋼板熱処理装置30では傾斜角度θを例えば5゜〜20゜の範囲で可変設定できるよう、脚部36が、例えばシリンダ機構やロック機構で具体化されて、伸縮可能なものとなっている。
【0024】
この傾斜台34に可動枠31を装着するときには両者の長手方向を一致させるとともに幅方向を水平に保って行うよう装着部やガイド等が設けられているので、可動枠31を装着された傾斜台34は、幅方向には水平で長手方向には傾斜した姿勢を鋼板20にとらせる態様で鋼板保持機構31+21+32を搭載していて鋼板保持機構31+21+32を直線移動させることにより鋼板20をその長手方向に移動させるものとなっている。
水受器37は、冷却水の垂れ流しや散逸を防止するために傾斜台34の下から脇までを囲む状態で傾斜台34に外装されており、冷却水を回収するために水受器37の端部には排水口が形成され、そこには排水ホースが接続されている。
【0025】
誘導子22は、水冷可能な銅管等の電気良導体からなり、コイル状に捲回されており、傾斜台34のほぼ中央位置に装着されている。その位置は、鋼板保持機構31+21+32に保持された鋼板20の直線移動路を囲むところなので、誘導子22は、図示しない高周波電源装置からやはり不図示のケーブルやトランスを介して高周波電流が通電されると、鋼板20の対峙部分を誘導加熱する。また、誘導子22は、移動加熱用なので、鋼板20との対峙状態に関して、鋼板20の幅方向には全域に亘って鋼板20と対峙し、鋼板20の長手方向には一部区間で鋼板20と対峙するようになっている。
【0026】
放水部23は、移動中の鋼板20に対して急熱後の急冷を行うため、傾斜台34に装着されて誘導子22の直ぐ側に位置していて、やはり鋼板保持機構31+21+32に保持された鋼板20と幅方向には全域に亘り長手方向には一部区間で対峙するようになっている。鋼板20を傾斜台34の傾斜に沿って斜めに下るよう移動させながら熱処理が行われるので、放水部23は、誘導子22の斜め下方(図では左下)に位置して、鋼板20の移動経路を囲むように、傾斜台34に装着されている。放水部23には多数の噴射口が鋼板20の幅方向に列なって穿孔されており、放水時には、水冷装置から給水回路を介して適量に調整された冷却水が各噴射口から鋼板20に向けて噴射されるようになっている。
【0027】
放水部23の上側部分と下側部分とを連通させるとともに上側の噴射口より下側の噴射口を広く形成しておくことで上下で水量の異なる放水を簡便に具体化することもできるが、この放水部23は、上下の給水量を独立に調整・設定できるよう、上側通水部分と下側通水部分とが仕切られて、各々に給水ラインが接続されている。
給水回路は(図2(a)参照)、冷却装置の一部として設けられ又は冷却装置と放水部23とを繋ぐ給水ラインに介挿して設けられて、放水部23に冷却水を供給するものであるが、放水部23への給水量を上下別個に可変できるようになっている。
【0028】
具体的には、可変絞り弁51と電磁切換弁41とを直列接続したものと、可変絞り弁52と電磁切換弁42とを直列接続したものと、可変絞り弁53と電磁切換弁43とを直列接続したものとを並列接続して、それを給水源から放水部23の下側部分への給水ラインに介挿することで、放水部23の下側の給水量の調整と高速多段切換とを可能にしている。また、可変絞り弁54と電磁切換弁44とを直列接続したものと、可変絞り弁55と電磁切換弁45とを直列接続したものと、可変絞り弁56と電磁切換弁46とを直列接続したものとを並列接続して、それを給水源から放水部23の上側部分への給水ラインに介挿することで、放水部23の上側の給水量の調整と高速多段切換とを可能にしている。
【0029】
制御装置は(図示せず)、プログラマブルなシーケンサやコンピュータにて具体化されて、誘導子22の通電や,放水部23の放水,可動枠31の移動に係る制御を行うものであるが、放水制御を詳述すると、電磁切換弁41〜46を制御することにより、放水部23に挟持具21の近くで放水を開始させるときは例えば電磁切換弁41,44だけをオン(開,通水)させることで放水部23の放水量を少なく抑え、放水部23が挟持具21から少し離れたときに例えば電磁切換弁41,44に加えて電磁切換弁42,45もオン(開,通水)させることで放水部23の放水量を増やし、放水部23が挟持具21から十分に離れたら例えば電磁切換弁41〜46を総てオン(開,通水)させることで放水部23の放水量を更に増やしたうえでその後はそのまま一定に維持するようになっている。
【0030】
この実施例1の鋼板熱処理装置30について、その使用態様及び動作を、図面を引用して説明する。図1(c)〜(e)は何れも鋼板熱処理装置30の正面図であり、図2(b)〜(c)は何れも熱処理部分の縦断面拡大図である。
【0031】
準備段階では、鋼板20のサイズに適合する誘導子22及び放水部23を傾斜台34に装着して位置や姿勢を調整するとともに、可変絞り弁51〜56の絞り具合を調整して放水部23の放水量を多段切換の各段毎に設定する。また、誘導子22の通電電流や,その周波数,放水部23の放水量の変更タイミング等については、鋼板20に適合する値を選定して、それを制御装置にパラメータ設定しておく。
【0032】
典型的な数値例を一つ挙げると、鋼板20は、材質がSHYであり、サイズが厚さ5mm×幅700mm×長さ1200mmである。鋼板20の送り速度は、熱処理時が2.5mm/sで、戻りが100mm/sである。電気条件は、電流が250Aで、電圧が390Vで、周波数が30kHzである。放水部23の放水量は、最初の5秒間が上側は10L/minで,下側は20L/minであり、次の5秒間が上側は15L/minで,下側は30L/minであり、その後は上側が30L/minで,下側が60L/minで,一定である。
【0033】
鋼板熱処理装置10の初期設定や調節が済んだら、傾斜台34上の可動枠31の両端部に装備されている一対の挟持具21,21を開かせておき、利用可能なクレーンや鋼板吸着機等を備えたハンドリング装置で処理対象の鋼板20を保持して、鋼板20を誘導子22及び放水部23に挿入し、鋼板20の両端を挟持具21,21に挟持させる。このとき、鋼板保持機構31+21+32が傾斜台34と同じく斜めになっているが、その傾斜角度θはさほど大きくないので、誘導子22への遊挿を含めて鋼板20のセッティング作業は、この傾置斜動でも、横置き横移動のときとほとんど同じく、容易に行える。
それから、鋼板20を保持した鋼板保持機構31+21+32を傾斜台34の高位置側に移動させて(図1(c)参照)、熱処理の準備が整う。
【0034】
そして、制御装置によって熱処理工程の自動制御が開始されると、高周波電源装置から誘導子22への高周波通電が行われて鋼板20の対峙部分が急速に誘導加熱されるとともに、可動枠31が傾斜台34に沿って斜め下方へ定速移動して鋼板20の急熱部位が一端から他端に向けて移動し、さらに水冷装置から放水部23への給水が行われて放水部23から鋼板20に冷却水が吹き付けられ、その放水冷却によって鋼板20の急熱部が急冷される。その際(図2(b)参照)、放水部23から鋼板20の上面に対する放水の角度ηに鋼板20の上面の傾斜θが加わって水平に対する放水の角度(η+θ)が横置時の角度ηより広がっているうえ、鋼板20の上面において着水位置よりも放水部の直下位置(D)や誘導子の直下位置(C)の方が高くなっているので、冷却水24のうち放水部や誘導子の方へ不所望に入り込む量は、極めて少ない。
【0035】
また、この放水部23による放水は、挟持具21の近くで開始するので、電磁切換弁41〜46の制御によって高速かつ多段に切り換えられて、最初は放水量が少なく抑えられ、速やかに増量される。そのため、挟持具21が放水先の近くに有っても、そこに貯留する水量は最初はごく僅かであり、その貯水量が増えるときには可動枠31ひいては鋼板20の移動によって挟持具21が遠ざかるので、傾斜台34の傾斜に基づく鋼板20の傾斜と移動量とに応じて挟持具21が放水部23より相対的に低いところに位置することの効果もあって、挟持具21による貯水が放水部の直下位置や誘導子の直下位置の方へ溢れて来ることが全くと言って良いほど無いので、鋼板20の熱処理部に係る誘導加熱幅C及び高温維持幅Dが安定して確保される。
【0036】
可動枠31の移動が進むと(図1(d)参照)、鋼板20の一端が放水部23から離れるため、傾斜台34の傾斜ひいては鋼板20の傾斜の効果もあって、挟持具21による貯水の影響は速やかに無くなるので、放水部23の放水量は一定に維持される。そして、このときも(図2(c)参照)、放水部23から鋼板20の上面に対する放水の角度ηに鋼板20の上面の傾斜θが加わって水平に対する放水の角度(η+θ)が広がっていることや、鋼板20の上面において着水位置よりも放水部の直下位置や誘導子の直下位置の方が高くなっていることにより、冷却水24のうち放水部や誘導子の方へ不所望に入り込む量が少ないという利点は維持されているので、鋼板20が薄板であっても誘導加熱幅C及び高温維持幅Dが安定して確保される。
【0037】
可動枠31の移動が更に進んで(図1(e)参照)、鋼板20の他端が誘導子22に最接近すると、誘導子22への通電が止められ、次いで放水部23の放水が止められて、一回目の熱処理が終わる。
そして、可動枠31の移動も止まり、さらには可動枠31が反転移動して、可動枠31と共に鋼板20が初期位置に戻る。この戻りでは熱処理は行われないので、戻り時間を短縮するため戻り移動は高速で行われる。
【0038】
繰返しとなる詳細な説明は割愛するが、上述した処理がパラメータ設定に応じて繰り返されるので、鋼板20を長手方向に移動させながら誘導加熱による急熱と放水による急冷が結晶粒微細化に必要なだけ繰り返されて、鋼板20の結晶粒が微細化される。
こうして、所望の熱処理を終え、鋼板20の温度が下がったら、処理済みの鋼板20を鋼板熱処理装置30から外すが、その作業も、傾斜角度θがさほど大きくないので、傾置斜動であっても、横置き横移動のときとほとんど同じく、容易に行える。
【実施例2】
【0039】
本発明の鋼板熱処理装置の実施例2について、その具体的な構成を、図面を引用して説明する。図3は、(a)〜(c)何れも鋼板熱処理装置60の正面図である。
【0040】
この鋼板熱処理装置60が上述した実施例1の鋼板熱処理装置30と相違するのは、傾斜台34が揺動して両端の高低を交互に替えられるようになっている点と、放水部23が一個増えて誘導子22の両側に分配設置されている点である。
二個になった放水部23からの放水は、誘導子22の斜め上方になったものからは行われず、誘導子22の斜め下方になったものだけから行われるよう、制御装置のプログラムの一部が変更されている。
【0041】
傾斜台34の揺動のため、上述した固定の脚部35に代えて、それよりは長いがやはり固定長の脚部61が採用され、この脚部61の頭頂部の軸受等が傾斜台34をその長手方向ほぼ中央で双方向回転可能に支承している。また、上述した伸縮可能な脚部36に代えて、伸縮範囲の拡張された可変長の脚部62が採用され、この脚部62が傾斜台34の端部を支持して伸縮することにより、傾斜台34が揺動してその両端の高低が交互に入れ替わるようになっている。さらに、脚部62に付設された図示しないロック機構等によって、傾斜台34の傾斜角度θが例えば−20゜〜+20゜の範囲のうち任意の二位置を採るよう設定できるものとなっている。
【0042】
この鋼板熱処理装置60でも鋼板20のセッティング等は上述の鋼板熱処理装置30と同様にして容易に行われ、一回目の熱処理は、脚部62が例えば伸びた状態で(図3(a)参照)、可動枠31の移動と誘導子22の通電とその斜め下方(左方)の放水部23の放水とによって、やはり上述の鋼板熱処理装置30と同様にして、安定に行われる。
ただし(図3(b)参照)、一回目の熱処理の後は可動枠31が戻るのでなく、脚部62が例えば縮んで、傾斜台34が揺動し、これによって傾斜台34の両端の高低が入れ替わるとともに、随伴して誘導子22の斜め下方の放水部23が左方から右方に替わる。
【0043】
それから(図3(c)参照)、左右反転を除けば一回目の熱処理と同じく、二回目の熱処理も、可動枠31の移動と誘導子22の通電とその斜め下方(ただし右方)の放水部23の放水とによって、やはり安定に行われる。
こうして、二回分の熱処理が完了するが、その間における熱処理の一時中止時間が可動枠31の戻り時間から傾斜台34の揺動時間に短縮されているので、その分だけ熱処理に要する全時間が短縮されることとなる。
同様にして必要回数だけ熱処理が繰り返されて、鋼板20の結晶粒微細化が完了するが、段取り作業は一回しか行われないのに対し、上述した時間短縮は、熱処理の繰り返し毎になされるので、熱処理の繰り返し数が多いほど、短縮効果も顕著になる。
【0044】
[その他]
上記実施例では、脚部35+36,61+62にて支持された傾斜台34に水受器37が付設されていたが、水受器37の強度や剛性が足りれば、水受器37を脚部35+36,61+62で支持し、その水受器37に傾斜台34を搭載させるのも良い。
上記実施例では、放水部23の放水に係る多段切換が三段であったが、放水部23の放水は、何段の切換でも良く、連続的に可変されるようにしても良い。
上記実施例2では、伸縮可能な脚部62が傾斜台34の一端にしか設けられていなかったが、傾斜台34の両端に伸縮可能な脚部62を設けて交互に伸縮させるようにしても良く、この場合、固定長の脚部61は省いても良い。
【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明の鋼板熱処理装置は、薄板の有限長鋼板に適用が限定される訳でなく、両端の挟持にて保持されるとともに適度な引張力が付与されるのであれば、厚板に近い又は厚板に属する有限長鋼板にも適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】本発明の実施例1について、鋼板熱処理装置の構造を示し、(a)が鋼板保持機構の平面図、(b)が水受器を外した装置の正面図、(c)〜(e)が何れも装置の正面図である。
【図2】(a)が冷却水量可変の給水回路の構造を示す記号図、(b)〜(c)が何れも熱処理部分の縦断面拡大図である。
【図3】本発明の実施例2について、鋼板熱処理装置の構造を示し、(a)〜(c)何れも正面図である。
【図4】本発明の課題を例示し、(a)が厚板を横置きして移動加熱しているところの平面図、(b)がその正面図、(c)が薄板を横置きして移動加熱しているところの平面図、(d)がその正面図、(e)が厚板に係るAA矢視の縦断面拡大図、(f)が薄板に係るBB矢視の縦断面拡大図である。
【符号の説明】
【0047】
10…鋼板(厚板)、11…引張拘束具、12…支承具、
13…誘導子、14…放水部、15…冷却水、
20…鋼板(薄板)、21…挟持具、
22…誘導子、23…放水部、24…冷却水、
30…鋼板熱処理装置、31…可動枠、32…引張力付与部材、
34…傾斜台、35,36…脚部、37…水受器、
41〜46…電磁切換弁、51〜56…可変絞り弁、
60…鋼板熱処理装置、61,62…脚部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼板に急熱とこれに続く急冷とを適用する熱処理を繰返し施して行う結晶粒微細化処理のために該鋼板を長手方向に移動させながら該鋼板に誘導加熱とこれに続く放水冷却とを順次適用する鋼板熱処理装置において、前記鋼板の長手方向の両端を全幅に亘って挟持して前記鋼板をその長手方向に引っ張る保持機構と、幅方向には水平で長手方向には傾斜した姿勢を前記鋼板にとらせる態様で前記保持機構を搭載していて前記保持機構を直線移動させることにより前記鋼板をその長手方向に移動させる傾斜台と、この傾斜台に装着されていて前記保持機構に保持された前記鋼板に対し幅方向には全域に亘り長手方向には一部区間に対峙するように配置された急熱用の誘導子と、この誘導子の隣で又は近くで前記傾斜台に装着されていて前記鋼板に対し幅方向には全域に亘り長手方向には一部区間に対峙するように配置された急冷用の放水部とを備えたことを特徴とする鋼板熱処理装置。
【請求項2】
前記放水部に冷却水を供給する給水回路が給水量を可変することにより、前記放水部が前記挟持具の近くで放水を開始するときは前記放水部の放水量が少なく抑えられ、前記放水部が前記挟持具から離れるに連れて前記放水部の放水量が増え、前記放水部が前記挟持具から離れてからは前記放水部の放水量が一定に維持されるようになっていることを特徴とする請求項1記載の鋼板熱処理装置。
【請求項3】
前記放水部が前記誘導子の両側に設けられ、前記傾斜台が揺動して両端の高低を交互に替えられるようになっていることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載された鋼板熱処理装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2009−167440(P2009−167440A)
【公開日】平成21年7月30日(2009.7.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−3921(P2008−3921)
【出願日】平成20年1月11日(2008.1.11)
【出願人】(591037373)三菱長崎機工株式会社 (12)
【出願人】(000208695)第一高周波工業株式会社 (90)
【Fターム(参考)】