鋼構造体の予防保全方法
【課題】 鋼構造体の構造的不連続部に対して、繰り返し応力によるき裂の発生を予防保全する新方式を提供する。
【解決手段】 本発明の鋼構造体の予防保全方法は、鋼構造体の溶接継手に起因する構造的不連続部にプライマーを塗布するによって、繰り返し応力によるき裂の発生を予防保全することを特徴とする。前記鋼構造体が橋梁の構造部分であることが好ましい。
【解決手段】 本発明の鋼構造体の予防保全方法は、鋼構造体の溶接継手に起因する構造的不連続部にプライマーを塗布するによって、繰り返し応力によるき裂の発生を予防保全することを特徴とする。前記鋼構造体が橋梁の構造部分であることが好ましい。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、振動を含む荷重等の繰り返し応力が作用する鋼構造体における疲労破壊を予防保全する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
鋼鉄製の構造物には、溶接継手、目的の形状に基づく切り欠き部や不連続部等、構造的な不連続部の存在は避けることができない。鋼鉄製の構造物に外力が作用すると、その様な構造的な不連続部で応力集中が生じ、破壊の基点となり易い。振動を含む荷重等の繰り返し荷重が作用するところでは、金属疲労によりき裂が発生し、破壊にまで至ることがある。ディテールを改善したり、じん性を高めたり、板厚を大きくすること等によって、それらの破壊や疲労破壊の多くは相当程度回避することができるが、費用的にも重量の面からも、自ずから限度がある。
【0003】
近年の交通量の増大に伴い、道路橋、鉄道橋等に作用する繰り返し荷重は、その頻度と荷重の大きさの面で、益々増加している。
本発明者らは、先に、紫外線を透過する強化繊維に紫外線硬化型樹脂を含浸させたプリプレグを鋼構造体の構造的不連続部に貼付し、紫外線照射もしくは太陽光により硬化させることによって、繰り返し応力によるき裂の発生を予防保全することを提案した(特許文献1参照)。
特許文献1では、ガラス繊維に紫外線硬化剤(商品名:パラタール:DSM社製)等を添加したビニルエステル樹脂を含浸させたプリプレグを3層貼付した例が示されている。
その後、本発明者らは、特許文献1で示される、未硬化のプリプレグを貼付するのに、プライマーを用いて、確証実験を続けた。その中で、必ずしもプリプレグ等の繊維強化樹脂体を用いないでも、鋼構造体の予防保全効果が得られることを知見した。
【0004】
【特許文献1】特開2004−137797号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、前記知見を基にして、簡易な措置によって、鋼構造体の構造的不連続部に対して、繰り返し応力によるき裂の発生を予防保全する新方式を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の鋼構造体の予防保全方法は、鋼構造体の溶接継手に起因する構造的不連続部にプライマーを塗布することによって、繰り返し応力によるき裂の発生を予防保全することを特徴とする。前記鋼構造体が橋梁の構造部分であることが好ましい。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、溶接継手にプライマーを塗布するという簡便な手法によって、繰り返し応力によるき裂の発生を予防保全することができるので、狭く、複雑に入り組んでいることの多い橋梁をはじめとする鋼構造体の接合部に現場施工するのに特に適している。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
ウェブあるいはフランジと垂直補強材の溶接継手に相当する、荷重非伝達型十字溶接継手(非仕上げのすみ肉溶接継手)に、ガラス繊維強化プラスチック(以下、GFRPという)を貼付することによる疲労強度改善の程度を調査し、疲労損傷の予防保全に対するGFRPの適用の可能性確認の実験を行い、解析的に検討した。
無補強試験片を図1に示し、図2に示すようにGFRPを貼付したものを補強試験片とした。リブの長さを長くしたのは、リブ端部からの亀裂の発生ならびにGFRPの剥離を防止するためである。
【0009】
鋼材には、SS400を用い、板厚6mm、すみ肉溶接サイズは4mmとした。溶接後、鋼板にブラスト処理を施し、常温硬化型2液性プライマー(主剤=変性エポキシアクリレート樹脂:サンコーテクノ(株)製の商品名:スターパテSPP−S001)を塗布し、GFRPを貼付した。接着作業は、試験片に荷重が作用しない状態で、下向きで行った。無補強試験片をN0、ガラス繊維が一方向に配置されたGFRP(一方向材)を2層貼付した試験片をR2、3層貼付した試験片をR3、ガラス短繊維がランダムに配置された等方性のGRFP(チョップ材)を2層貼付した試験片をCH2と呼ぶ。
鋼板、GFRPおよびプライマーの機械的性質を表1に示す。
【0010】
【表1】
【0011】
N0、R2、R3およびCH2の疲労試験のS−N線図を図3に示す。図中に、「鋼道路橋の疲労試験設計指針」の疲労強度等級も示した。
図3の縦軸は鋼板の平行部の応力範囲であり、横軸は繰り返し回数である。なお、図中の下に出ている矢印は非破壊、上に出ている矢印はチャック部からの破壊を示している。
「鋼道路橋の疲労試験設計指針」によれば、荷重非伝達型十字溶接継手(非仕上げのすみ肉溶接継手)の疲労等級はE等級であるが、図3より、N0はC等級を満たしており、一方向材を2層貼付したR2はB等級、3層貼付したR3はA等級、およびチョップ材を2層貼付したCH2はB等級を満たしていることがわかる。
【0012】
従って、GFRPを溶接部に貼付することにより疲労強度が改善され、その効果はGFRPの全厚が厚い方が高く、また、GFRPの荷重軸方向の弾性係数が大きい方が高いことが再確認できた。なお、試験片の破断箇所は、R3の応力範囲Δσ=264MPaで疲労試験を行った試験片以外は、溶接ビード止端部であった。
各シリーズの疲労試験結果とその回帰線を図4に示す。回帰線を式で表すと、以下の通りである。
N0:Δσ=1690(N)-0.16 (N<299万回)
Δσ=156 (N≧299万回)
R2:Δσ=927(N)-0.09 (N<141万回)
Δσ=257 (N≧141万回)
CH2:Δσ=454(N)-0.05
【0013】
500万回疲労強度に着目すると、N0は156MPaであり、R2は257MPa、R3は218MPaであることがわかる。CH2の500万回疲労強度は、この実験の範囲では得られなかった。従って、500万回を疲労源の一つの目安とすると、応力範囲Δσが各々
N0:Δσ≦156MPa
R2:Δσ≦257MPa
R3:Δσ≦218MPa
であれば、疲労き裂の発生を防ぐことが可能であるといえる。
【0014】
疲労試験において、GFRPをリブ十字溶接継手の溶接部に貼付することにより疲労寿命が改善されたことを解析的に検討した。
解析には、2次元有限要素法を使用し、弾性解析とした。解析対象は、前述の疲労試験に用いた、荷重非伝達型溶接継手(非仕上げのすみ肉溶接継手)である。図5に解析モデルを示す。
図5に示すように、4本の溶接ビードの母材側止端を左上から時計回りにLU、RU、RL、LLと呼ぶこととする。
【0015】
解析に先立って行ったマクロ試験の結果、上下のリブが1mmずれていること、母材とリブの間に長さ4mmの未溶着部が存在することを確認したので、解析モデルにおいても下リブを1mm左側へずらし、母材とリブ間には4×0.005mmの未溶着部を設けた。疲労試験においては、疲労き裂は溶接止端から発生したので、本解析では溶接止端近傍の要素を細かくし、最小要素寸法は、0.0375mmとした。溶接止端近傍の形状については、疲労試験に使用した試験片の溶接ビード形状をレーザ変位計により計測し、その結果を解析モデルに反映させた。
【0016】
疲労試験に使用した試験片の母材の長さは500mmであったが、解析モデルの長さが解析結果に及ぼす影響は少ないと考え、図5に示すように母材の長さを102mmとした。また、これに伴って、GFRPの長さをリブの端部から36mmと疲労試験で用いたGFRPの長さより短くした。GFRPの長さを短くしたことが溶接止端の応力に及ぼす影響について調査したが、GFRPの長さの影響は認められなかった。
有限要素分割の一例を図6に示す。
【0017】
解析にあたっては、図5に示す、母材の左端の全節点を6自由度拘束とし、母材の右端に公称応力σnが1MPaとなるように引張荷重を載荷した。
解析に用いた材料の機械的性質を表2に示す。表中のGFRPの弾性係数は繊維方向の弾性係数であり、一方向材の繊維と直交する方向の弾性係数は、表に示した値の1/10とした。
無補強モデル(ケース1)と、疲労試験におけるR2の補強をモデル化した、厚さ0.6mmのGFRPをプライマー(厚さ0.3mm)を用いて2層貼付した補強モデル(ケース2)について解析を行った。
【0018】
【表2】
【0019】
ケース1とケース2のLUにおける荷重軸方向の応力σxの分布を図7に示す。
ケース1とケース2とを比較すると、ケース2では、GFRPを貼付したことにより、高応力域の拡がりが小さくなり、高応力域がケース1より緩和されていることがわかる。
ケース1、ケース2の各溶接止端の応力集中係数の減少率を表3に示す。ここでいう応力集中係数とは、溶接止端のσxの最大値を公称応力σnで除した値である。
ケース2では、応力集中係数がすべての溶接止端でケース1より減少しており、GFRPの効果が確認される。表3より、GFRPを貼付することによる応力集中係数の減少率は最大15%であることがわかる。
【0020】
【表3】
【0021】
ここで、GFRPを貼付することによる応力の低減効果について考察する。
図8に、応力集中の影響のない平行部(図中のX−X断面)の板厚方向の応力分布を示す。
図8から、GFRPを貼付することにより、鋼板部分の応力が低減されていることがわかる。鋼板部分の応力は、ケース1では1.00MPa、ケース2で約0.97MPaとなっており、GFRPを貼付することにより応力が約3.0%低減されていることが確認できる。
しかしながら、前述のように、溶接止端での応力集中係数の減少率は15.0%であり、図8の結果からでは、GFRPを貼付することによる応力の低減を必ずしも説明できない。
【0022】
そこで、ケース1に0.3mmのプライマーを塗布しただけのモデル(ケース3)についての解析を行った。表4に、ケース1、ケース3の各溶接止端における応力集中係数およびプライマーを塗布することによる応力集中係数の減少率を示す。
表4より、プライマーを塗布するだけでも、応力の低減効果があることがわかる(最大で11.1%、最小でも8.5%)。しかし、図8より、プライマーに発生している応力はほぼ0であり、荷重を負担していないといえる。それにも拘わらず応力が低減しているのは、プライマーを溶接部に塗布したことにより、プライマーが溶接部の凹凸を埋め、溶接ビード形状を滑らかにし、溶接部を仕上げることによる効果と類似した効果が発揮されたからではないかと推察される。
【0023】
【表4】
【0024】
従って、GFRPをプライマーで貼付することによる応力の低減は、GFRPが荷重を負担して応力を低減させる効果と、プライマーが溶接部を仕上げることに類似した効果との、相乗効果によるものと考えられる。この考えに基づいて、ケース2のLUの応力集中係数をケース1のLUから求めると次のようになる。
α2=α1×(1−G/100)×(1−A/100)
ここで、α2:ケース2のLUの応力集中係数
α1:ケース1のLUの応力集中係数
G:GFRPを貼付することによる応力の減少率%
A:プライマーを塗布することによる応力の減少率%
ここに各数値を代入して計算すると、
2.16=2.46×(1−3.0/100)×(1−8.5/100)
≒2.18
となり、計算から得られた応力集中係数は、疲労試験で用いた試験片(R2)をモデル化したケース2の解析結果と良い一致を示していることが確認できた。
【0025】
プライマーの厚さの影響について、さらに解析的に検討した。
ケース2でのプライマーの厚さは0.3mmであるが、このプライマーの厚さを0.1mm、0.5mm、0.7mm、0.9mmおよび1.0mmと変えて解析した。なお、GFRP、プライマーの弾性係数およびGFRPの厚さはケース2と同じとした。
図9に、LUの応力集中係数比とプライマーの厚さとの関係を示す。なお、プライマーの厚さ(mm)が「0」は、ケース1の場合を示す。
【0026】
図9より、無補強のモデル(ケース1)が最も応力集中が大きくなっており、GFRPを貼付したモデルにおいては、プライマーの厚さによる応力集中の違いはほとんど見られず、応力集中係数比は、ほぼ0.88で一定となっていることがわかる。実施工においては、溶接部位の形状・環境等の制約が厳しいことが想定され、プライマーの厚さを解析で使用した0.3mm程度にすることは困難であると考えられるが、図9によれば、プライマーの厚さの影響は大きくないので、実用上は、厚さ1.0mm以下程度を目安にすればよいものと考えられる。
【0027】
本発明として適用して好適なプライマーを例示すると、例えば、主成分がエポキシアクリレート樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、エポキシ樹脂、ウレタン樹脂、アクリル樹脂などが挙げられる。硬化形態としては、2液性常温硬化型、1液性紫外線硬化型、1液性湿気硬化型等が挙げられる。なお、約1mm程度までの塗布厚さとすることが可能なものであることが好ましい。
【0028】
次に、母材にガセットをすみ肉溶接により取り付けた面外ガセット溶接継手にプライマーを塗布した場合の予防保全の効果を確認する実験を行った。
試験片形状を図10に示す。母材に対してガセットは上下対象に溶接されている。試験片の材質はSM400Aである。この試験片の回し溶接部に、図10のようにエポキシアクリレート系の常温硬化型2液性プライマーを塗布して、その効果を確認した。以下、無補強試験片をGn、補強試験片をGpと記す。繰り返し引っ張り・圧縮荷重は試験片の長手方向に負荷した。
鋼板およびプライマーの機械的性質を表5に示す。
【0029】
【表5】
【0030】
図11に疲労試験結果を示す。図の右向きの矢印は、非破壊を表している。図11には,各シリーズの疲労試験結果の回帰線も示した。
GnとGpの回帰線を比較すると、Gpの回帰線がGnの回帰線より上方にシフトしていることが判る。また、500万回を疲労限の一つの目安とすると、GnはΔσ≦70MPa、GpはΔσ≦100MPaであれば、疲労き裂の発生を防止することができることが判る。
図12に応力拡大係数範囲とき裂進展速度の関係を示す。図12には、GnおよびGpの回帰線を示した。図12より、Gpはき裂がプライマーを塗布した範囲を越えて進展した初期段階だけき裂進展速度を遅延しており、き裂の進展が進むとGnとの違いは見られなくなる。
【0031】
以上で得られたデータを元にして、8節点ソリッド要素を用いた弾性FEM解析を行った。解析モデルは、図10に示したすみ肉溶接による面外ガセット溶接継手を解析対象とし、対称性を考慮して1/8モデルとした。また、解析モデルにおいては、母材とガセットの間には4.5×0.1×60mmの未溶着部を設けた。溶接止端近傍については、疲労試験に使用した試験片の溶接ビード形状をレーザ変位計により計測し、その結果を解析モデルに反映させた。
解析は無補強モデル(Gn)と、溶接部にプライマー(厚さ0.3mm)だけを塗布したモデル(Gp)の2ケースについて行った。解析で用いた材料の機械的性質は表5と同じである。
【0032】
解析の結果得られたGnおよびGpの応力集中係数およびGnとの比較を表6に示す。ここで言う応力集中係数とは、溶接止端の荷重軸方向応力の最大値を公称応力σnで除した値である。表6から、応力集中係数は、プライマーを塗布することにより2.3%低減されており、プライマーを塗布することによる効果が確認された。
【0033】
【表6】
【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明は、鋼製橋梁等の、繰り返し応力の作用する鋼構造体の予防保全に適用するのに極めて適している。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】本発明の確証実験に用いた無補強試験片を示す図である。
【図2】本発明の確証実験に用いた補強試験片を示す図である。
【図3】本発明の確証実験の疲労試験のS−N線図である。
【図4】本発明の確証実験の疲労試験の結果とその回帰線を示すグラフである。
【図5】本発明の解析対象とした荷重非伝達型溶接継手(非仕上げのすみ肉溶接継手)の解析モデルを示す図である。
【図6】本発明の解析対象とした継手の有限要素分割の一例を示す図であり、(a)は全体図、(b)はLU部拡大図を示す。
【図7】ケース1とケース2のLUにおける荷重軸方向の応力σxの分布をに示す図であり、(a)は表3におけるケース1の場合、(b)は同ケース2の場合である。
【図8】応力集中の影響のない平行部(図中のX−X断面)の板厚方向の応力分布を示す図である。
【図9】LUの応力集中係数比とプライマーの厚さとの関係を示す図である。
【図10】母材にガセットをすみ肉溶接により取り付けた面外ガセット溶接継手の試験片形状を示す図である。
【図11】面外ガセット溶接継手における疲労試験結果を示すグラフである。
【図12】面外ガセット溶接継手の疲労試験における応力拡大係数範囲とき裂進展速度の関係を示すグラフである。
【技術分野】
【0001】
本発明は、振動を含む荷重等の繰り返し応力が作用する鋼構造体における疲労破壊を予防保全する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
鋼鉄製の構造物には、溶接継手、目的の形状に基づく切り欠き部や不連続部等、構造的な不連続部の存在は避けることができない。鋼鉄製の構造物に外力が作用すると、その様な構造的な不連続部で応力集中が生じ、破壊の基点となり易い。振動を含む荷重等の繰り返し荷重が作用するところでは、金属疲労によりき裂が発生し、破壊にまで至ることがある。ディテールを改善したり、じん性を高めたり、板厚を大きくすること等によって、それらの破壊や疲労破壊の多くは相当程度回避することができるが、費用的にも重量の面からも、自ずから限度がある。
【0003】
近年の交通量の増大に伴い、道路橋、鉄道橋等に作用する繰り返し荷重は、その頻度と荷重の大きさの面で、益々増加している。
本発明者らは、先に、紫外線を透過する強化繊維に紫外線硬化型樹脂を含浸させたプリプレグを鋼構造体の構造的不連続部に貼付し、紫外線照射もしくは太陽光により硬化させることによって、繰り返し応力によるき裂の発生を予防保全することを提案した(特許文献1参照)。
特許文献1では、ガラス繊維に紫外線硬化剤(商品名:パラタール:DSM社製)等を添加したビニルエステル樹脂を含浸させたプリプレグを3層貼付した例が示されている。
その後、本発明者らは、特許文献1で示される、未硬化のプリプレグを貼付するのに、プライマーを用いて、確証実験を続けた。その中で、必ずしもプリプレグ等の繊維強化樹脂体を用いないでも、鋼構造体の予防保全効果が得られることを知見した。
【0004】
【特許文献1】特開2004−137797号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、前記知見を基にして、簡易な措置によって、鋼構造体の構造的不連続部に対して、繰り返し応力によるき裂の発生を予防保全する新方式を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の鋼構造体の予防保全方法は、鋼構造体の溶接継手に起因する構造的不連続部にプライマーを塗布することによって、繰り返し応力によるき裂の発生を予防保全することを特徴とする。前記鋼構造体が橋梁の構造部分であることが好ましい。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、溶接継手にプライマーを塗布するという簡便な手法によって、繰り返し応力によるき裂の発生を予防保全することができるので、狭く、複雑に入り組んでいることの多い橋梁をはじめとする鋼構造体の接合部に現場施工するのに特に適している。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
ウェブあるいはフランジと垂直補強材の溶接継手に相当する、荷重非伝達型十字溶接継手(非仕上げのすみ肉溶接継手)に、ガラス繊維強化プラスチック(以下、GFRPという)を貼付することによる疲労強度改善の程度を調査し、疲労損傷の予防保全に対するGFRPの適用の可能性確認の実験を行い、解析的に検討した。
無補強試験片を図1に示し、図2に示すようにGFRPを貼付したものを補強試験片とした。リブの長さを長くしたのは、リブ端部からの亀裂の発生ならびにGFRPの剥離を防止するためである。
【0009】
鋼材には、SS400を用い、板厚6mm、すみ肉溶接サイズは4mmとした。溶接後、鋼板にブラスト処理を施し、常温硬化型2液性プライマー(主剤=変性エポキシアクリレート樹脂:サンコーテクノ(株)製の商品名:スターパテSPP−S001)を塗布し、GFRPを貼付した。接着作業は、試験片に荷重が作用しない状態で、下向きで行った。無補強試験片をN0、ガラス繊維が一方向に配置されたGFRP(一方向材)を2層貼付した試験片をR2、3層貼付した試験片をR3、ガラス短繊維がランダムに配置された等方性のGRFP(チョップ材)を2層貼付した試験片をCH2と呼ぶ。
鋼板、GFRPおよびプライマーの機械的性質を表1に示す。
【0010】
【表1】
【0011】
N0、R2、R3およびCH2の疲労試験のS−N線図を図3に示す。図中に、「鋼道路橋の疲労試験設計指針」の疲労強度等級も示した。
図3の縦軸は鋼板の平行部の応力範囲であり、横軸は繰り返し回数である。なお、図中の下に出ている矢印は非破壊、上に出ている矢印はチャック部からの破壊を示している。
「鋼道路橋の疲労試験設計指針」によれば、荷重非伝達型十字溶接継手(非仕上げのすみ肉溶接継手)の疲労等級はE等級であるが、図3より、N0はC等級を満たしており、一方向材を2層貼付したR2はB等級、3層貼付したR3はA等級、およびチョップ材を2層貼付したCH2はB等級を満たしていることがわかる。
【0012】
従って、GFRPを溶接部に貼付することにより疲労強度が改善され、その効果はGFRPの全厚が厚い方が高く、また、GFRPの荷重軸方向の弾性係数が大きい方が高いことが再確認できた。なお、試験片の破断箇所は、R3の応力範囲Δσ=264MPaで疲労試験を行った試験片以外は、溶接ビード止端部であった。
各シリーズの疲労試験結果とその回帰線を図4に示す。回帰線を式で表すと、以下の通りである。
N0:Δσ=1690(N)-0.16 (N<299万回)
Δσ=156 (N≧299万回)
R2:Δσ=927(N)-0.09 (N<141万回)
Δσ=257 (N≧141万回)
CH2:Δσ=454(N)-0.05
【0013】
500万回疲労強度に着目すると、N0は156MPaであり、R2は257MPa、R3は218MPaであることがわかる。CH2の500万回疲労強度は、この実験の範囲では得られなかった。従って、500万回を疲労源の一つの目安とすると、応力範囲Δσが各々
N0:Δσ≦156MPa
R2:Δσ≦257MPa
R3:Δσ≦218MPa
であれば、疲労き裂の発生を防ぐことが可能であるといえる。
【0014】
疲労試験において、GFRPをリブ十字溶接継手の溶接部に貼付することにより疲労寿命が改善されたことを解析的に検討した。
解析には、2次元有限要素法を使用し、弾性解析とした。解析対象は、前述の疲労試験に用いた、荷重非伝達型溶接継手(非仕上げのすみ肉溶接継手)である。図5に解析モデルを示す。
図5に示すように、4本の溶接ビードの母材側止端を左上から時計回りにLU、RU、RL、LLと呼ぶこととする。
【0015】
解析に先立って行ったマクロ試験の結果、上下のリブが1mmずれていること、母材とリブの間に長さ4mmの未溶着部が存在することを確認したので、解析モデルにおいても下リブを1mm左側へずらし、母材とリブ間には4×0.005mmの未溶着部を設けた。疲労試験においては、疲労き裂は溶接止端から発生したので、本解析では溶接止端近傍の要素を細かくし、最小要素寸法は、0.0375mmとした。溶接止端近傍の形状については、疲労試験に使用した試験片の溶接ビード形状をレーザ変位計により計測し、その結果を解析モデルに反映させた。
【0016】
疲労試験に使用した試験片の母材の長さは500mmであったが、解析モデルの長さが解析結果に及ぼす影響は少ないと考え、図5に示すように母材の長さを102mmとした。また、これに伴って、GFRPの長さをリブの端部から36mmと疲労試験で用いたGFRPの長さより短くした。GFRPの長さを短くしたことが溶接止端の応力に及ぼす影響について調査したが、GFRPの長さの影響は認められなかった。
有限要素分割の一例を図6に示す。
【0017】
解析にあたっては、図5に示す、母材の左端の全節点を6自由度拘束とし、母材の右端に公称応力σnが1MPaとなるように引張荷重を載荷した。
解析に用いた材料の機械的性質を表2に示す。表中のGFRPの弾性係数は繊維方向の弾性係数であり、一方向材の繊維と直交する方向の弾性係数は、表に示した値の1/10とした。
無補強モデル(ケース1)と、疲労試験におけるR2の補強をモデル化した、厚さ0.6mmのGFRPをプライマー(厚さ0.3mm)を用いて2層貼付した補強モデル(ケース2)について解析を行った。
【0018】
【表2】
【0019】
ケース1とケース2のLUにおける荷重軸方向の応力σxの分布を図7に示す。
ケース1とケース2とを比較すると、ケース2では、GFRPを貼付したことにより、高応力域の拡がりが小さくなり、高応力域がケース1より緩和されていることがわかる。
ケース1、ケース2の各溶接止端の応力集中係数の減少率を表3に示す。ここでいう応力集中係数とは、溶接止端のσxの最大値を公称応力σnで除した値である。
ケース2では、応力集中係数がすべての溶接止端でケース1より減少しており、GFRPの効果が確認される。表3より、GFRPを貼付することによる応力集中係数の減少率は最大15%であることがわかる。
【0020】
【表3】
【0021】
ここで、GFRPを貼付することによる応力の低減効果について考察する。
図8に、応力集中の影響のない平行部(図中のX−X断面)の板厚方向の応力分布を示す。
図8から、GFRPを貼付することにより、鋼板部分の応力が低減されていることがわかる。鋼板部分の応力は、ケース1では1.00MPa、ケース2で約0.97MPaとなっており、GFRPを貼付することにより応力が約3.0%低減されていることが確認できる。
しかしながら、前述のように、溶接止端での応力集中係数の減少率は15.0%であり、図8の結果からでは、GFRPを貼付することによる応力の低減を必ずしも説明できない。
【0022】
そこで、ケース1に0.3mmのプライマーを塗布しただけのモデル(ケース3)についての解析を行った。表4に、ケース1、ケース3の各溶接止端における応力集中係数およびプライマーを塗布することによる応力集中係数の減少率を示す。
表4より、プライマーを塗布するだけでも、応力の低減効果があることがわかる(最大で11.1%、最小でも8.5%)。しかし、図8より、プライマーに発生している応力はほぼ0であり、荷重を負担していないといえる。それにも拘わらず応力が低減しているのは、プライマーを溶接部に塗布したことにより、プライマーが溶接部の凹凸を埋め、溶接ビード形状を滑らかにし、溶接部を仕上げることによる効果と類似した効果が発揮されたからではないかと推察される。
【0023】
【表4】
【0024】
従って、GFRPをプライマーで貼付することによる応力の低減は、GFRPが荷重を負担して応力を低減させる効果と、プライマーが溶接部を仕上げることに類似した効果との、相乗効果によるものと考えられる。この考えに基づいて、ケース2のLUの応力集中係数をケース1のLUから求めると次のようになる。
α2=α1×(1−G/100)×(1−A/100)
ここで、α2:ケース2のLUの応力集中係数
α1:ケース1のLUの応力集中係数
G:GFRPを貼付することによる応力の減少率%
A:プライマーを塗布することによる応力の減少率%
ここに各数値を代入して計算すると、
2.16=2.46×(1−3.0/100)×(1−8.5/100)
≒2.18
となり、計算から得られた応力集中係数は、疲労試験で用いた試験片(R2)をモデル化したケース2の解析結果と良い一致を示していることが確認できた。
【0025】
プライマーの厚さの影響について、さらに解析的に検討した。
ケース2でのプライマーの厚さは0.3mmであるが、このプライマーの厚さを0.1mm、0.5mm、0.7mm、0.9mmおよび1.0mmと変えて解析した。なお、GFRP、プライマーの弾性係数およびGFRPの厚さはケース2と同じとした。
図9に、LUの応力集中係数比とプライマーの厚さとの関係を示す。なお、プライマーの厚さ(mm)が「0」は、ケース1の場合を示す。
【0026】
図9より、無補強のモデル(ケース1)が最も応力集中が大きくなっており、GFRPを貼付したモデルにおいては、プライマーの厚さによる応力集中の違いはほとんど見られず、応力集中係数比は、ほぼ0.88で一定となっていることがわかる。実施工においては、溶接部位の形状・環境等の制約が厳しいことが想定され、プライマーの厚さを解析で使用した0.3mm程度にすることは困難であると考えられるが、図9によれば、プライマーの厚さの影響は大きくないので、実用上は、厚さ1.0mm以下程度を目安にすればよいものと考えられる。
【0027】
本発明として適用して好適なプライマーを例示すると、例えば、主成分がエポキシアクリレート樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、エポキシ樹脂、ウレタン樹脂、アクリル樹脂などが挙げられる。硬化形態としては、2液性常温硬化型、1液性紫外線硬化型、1液性湿気硬化型等が挙げられる。なお、約1mm程度までの塗布厚さとすることが可能なものであることが好ましい。
【0028】
次に、母材にガセットをすみ肉溶接により取り付けた面外ガセット溶接継手にプライマーを塗布した場合の予防保全の効果を確認する実験を行った。
試験片形状を図10に示す。母材に対してガセットは上下対象に溶接されている。試験片の材質はSM400Aである。この試験片の回し溶接部に、図10のようにエポキシアクリレート系の常温硬化型2液性プライマーを塗布して、その効果を確認した。以下、無補強試験片をGn、補強試験片をGpと記す。繰り返し引っ張り・圧縮荷重は試験片の長手方向に負荷した。
鋼板およびプライマーの機械的性質を表5に示す。
【0029】
【表5】
【0030】
図11に疲労試験結果を示す。図の右向きの矢印は、非破壊を表している。図11には,各シリーズの疲労試験結果の回帰線も示した。
GnとGpの回帰線を比較すると、Gpの回帰線がGnの回帰線より上方にシフトしていることが判る。また、500万回を疲労限の一つの目安とすると、GnはΔσ≦70MPa、GpはΔσ≦100MPaであれば、疲労き裂の発生を防止することができることが判る。
図12に応力拡大係数範囲とき裂進展速度の関係を示す。図12には、GnおよびGpの回帰線を示した。図12より、Gpはき裂がプライマーを塗布した範囲を越えて進展した初期段階だけき裂進展速度を遅延しており、き裂の進展が進むとGnとの違いは見られなくなる。
【0031】
以上で得られたデータを元にして、8節点ソリッド要素を用いた弾性FEM解析を行った。解析モデルは、図10に示したすみ肉溶接による面外ガセット溶接継手を解析対象とし、対称性を考慮して1/8モデルとした。また、解析モデルにおいては、母材とガセットの間には4.5×0.1×60mmの未溶着部を設けた。溶接止端近傍については、疲労試験に使用した試験片の溶接ビード形状をレーザ変位計により計測し、その結果を解析モデルに反映させた。
解析は無補強モデル(Gn)と、溶接部にプライマー(厚さ0.3mm)だけを塗布したモデル(Gp)の2ケースについて行った。解析で用いた材料の機械的性質は表5と同じである。
【0032】
解析の結果得られたGnおよびGpの応力集中係数およびGnとの比較を表6に示す。ここで言う応力集中係数とは、溶接止端の荷重軸方向応力の最大値を公称応力σnで除した値である。表6から、応力集中係数は、プライマーを塗布することにより2.3%低減されており、プライマーを塗布することによる効果が確認された。
【0033】
【表6】
【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明は、鋼製橋梁等の、繰り返し応力の作用する鋼構造体の予防保全に適用するのに極めて適している。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】本発明の確証実験に用いた無補強試験片を示す図である。
【図2】本発明の確証実験に用いた補強試験片を示す図である。
【図3】本発明の確証実験の疲労試験のS−N線図である。
【図4】本発明の確証実験の疲労試験の結果とその回帰線を示すグラフである。
【図5】本発明の解析対象とした荷重非伝達型溶接継手(非仕上げのすみ肉溶接継手)の解析モデルを示す図である。
【図6】本発明の解析対象とした継手の有限要素分割の一例を示す図であり、(a)は全体図、(b)はLU部拡大図を示す。
【図7】ケース1とケース2のLUにおける荷重軸方向の応力σxの分布をに示す図であり、(a)は表3におけるケース1の場合、(b)は同ケース2の場合である。
【図8】応力集中の影響のない平行部(図中のX−X断面)の板厚方向の応力分布を示す図である。
【図9】LUの応力集中係数比とプライマーの厚さとの関係を示す図である。
【図10】母材にガセットをすみ肉溶接により取り付けた面外ガセット溶接継手の試験片形状を示す図である。
【図11】面外ガセット溶接継手における疲労試験結果を示すグラフである。
【図12】面外ガセット溶接継手の疲労試験における応力拡大係数範囲とき裂進展速度の関係を示すグラフである。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼構造体の溶接継手に起因する構造的不連続部にプライマーを塗布することによって、繰り返し応力によるき裂の発生を予防保全することを特徴とする鋼構造体の予防保全方法。
【請求項2】
前記鋼構造体が橋梁の構造部分である請求項1に記載の鋼構造体の予防保全方法。
【請求項1】
鋼構造体の溶接継手に起因する構造的不連続部にプライマーを塗布することによって、繰り返し応力によるき裂の発生を予防保全することを特徴とする鋼構造体の予防保全方法。
【請求項2】
前記鋼構造体が橋梁の構造部分である請求項1に記載の鋼構造体の予防保全方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2006−102738(P2006−102738A)
【公開日】平成18年4月20日(2006.4.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−71776(P2005−71776)
【出願日】平成17年3月14日(2005.3.14)
【出願人】(502379848)
【出願人】(591135082)日本道路公団 (8)
【出願人】(390022389)サンコーテクノ株式会社 (52)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成18年4月20日(2006.4.20)
【国際特許分類】
【出願日】平成17年3月14日(2005.3.14)
【出願人】(502379848)
【出願人】(591135082)日本道路公団 (8)
【出願人】(390022389)サンコーテクノ株式会社 (52)
【Fターム(参考)】
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