説明

錫めっき銅合金材

【課題】 高価な貴金属や有害な鉛を使用せず、ウィスカの発生を防止できると同時に、従来の錫めっきに比べて摩擦係数が低く、多ピン化したコネクタ用端子として使用したとき小さな挿入力で挿着することが可能な錫めっき銅合金材を提供する。
【解決手段】 銅合金母材上に銅−錫合金被覆層3を備え、その上に最表面として錫被覆層4を有する錫めっき銅合金材であって、銅−錫合金被覆層3と錫被覆層4の界面に複数の山と谷とが形成されている。その界面の断面において、山の頂点の高さとその両側の谷の平均高さとの差の平均値が0.2μm以上0.7μm以下であり、谷の周期の平均値が1.5μm以上5.0μm以下であって、且つ錫被覆層の厚みの平均値が0.2μm以上0.7μm以下である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車や民生機器等の電気配線の接続に使用されるコネクタ用端子、特に多ピンコネクタ用の端子として有用な錫めっき銅合金材に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、自動車や民生機器等の電気配線の接続に使用されるコネクタ用端子には、銅合金母材の表面に錫めっきを施した錫めっき銅合金材が多用されている。錫めっきが多用されるのは、環境保護のために有害性の高い鉛の使用が規制されていること、金めっき等の高価な貴金属による表面処理に比べて低コストであることなどの理由による。
【0003】
しかし、最近では、錫めっきの技術的な課題としてウィスカの発生が問題となっている。そのため、コネクタ用端子においても、ウィスカの発生が少ないリフロー処理による錫めっきが主流となってきている(例えば、特開平10−060666号公報、特開2003−147579号公報、特開2002−226982号公報、特開2006−183068号公報参照)。
【0004】
一般的なリフロー処理による錫めっき銅合金材の製造方法では、黄銅やリン青銅等の銅合金母材の表面上に、銅またはニッケルの下地層を形成し、この下地層の上に電気めっき法により錫をめっきした後、リフロー処理を施すことにより、めっき部を加熱溶融した後凝固させる。このリフロー処理による溶融の際に、表面の錫めっき層と下地の銅めっき層またはニッケルめっき層とが溶融拡散して、中間層として銅−錫合金層あるいはニッケル−錫合金層が形成される。
【0005】
【特許文献1】特開平10−060666号公報
【特許文献2】特開2003−147579号公報
【特許文献3】特開2002−226982号公報
【特許文献4】特開2006−183068号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
近年、例えば自動車においては急速に電装化が進行し、これに伴い電気機器の回路数が増加するため、使用するコネクタの多ピン化が顕著になっている。コネクタが多ピン化すると、単ピンあたりの挿入力は小さくても、工場での組立工程などでコネクタを挿着する際にコネクタ全体では大きな力が必要となるため、腱鞘炎等の労働災害の発生が懸念されている。
【0007】
本発明は、このような従来の事情に鑑み、高価な貴金属や有害な鉛を使用しておらず、ウィスカの発生も防止できると同時に、従来の錫めっきに比べて摩擦係数が低く、多ピン化したコネクタ用端子として使用したとき小さな挿入力で挿着することが可能な錫めっき銅合金材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するため、本発明が提供する錫めっき銅合金材は、銅合金母材上に銅−錫合金被覆層を備え、その上に最表面として錫被覆層を有する錫めっき銅合金材であって、錫めっき銅合金材の断面において、銅−錫合金被覆層と錫被覆層の界面に複数の山と谷とが形成されており、山の頂点の高さとその両側の谷の平均高さとの差の平均値が0.2μm以上0.7μm以下であり、谷の周期の平均値が1.5μm以上5.0μm以下であって、且つ錫被覆層の厚みの平均値が0.2μm以上0.7μm以下であることを特徴とする。
【0009】
尚、上記錫めっき銅合金材の断面における銅−錫合金被覆層と錫被覆層の界面の観察は、集束イオンビーム法で作製した試料断面に対し走査イオン顕微鏡を用いて行うことができる。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、貴金属を使用していないため安価で且つ有害な鉛を使用していないため安全性が高く、ウィスカの発生が少ない材料からなるうえ、従来に比べて摩擦係数が格段に低い錫めっき銅合金材を提供することができる。従って、本発明の錫めっき銅合金材は、特に多ピンコネクタ用として用いる場合にも小さな挿入力での挿着が可能であるため、自動車や民生機器等の組立作業が容易となり、生産効率の向上を図ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明の錫めっき銅合金材は、例えば図1に模式的に示すように、銅合金母材1の表面上に銅被覆層2、その上に銅−錫合金被覆層3を備え、銅−錫合金被覆層3の上に最表面として錫被覆層4を有している。尚、銅被覆層は銅合金母材中の添加元素が被覆層側に拡散するのを防止する目的で設けるものであるから、場合によっては省略して、銅合金母材の表面に接して銅−錫合金被覆層を設けることもできる。
【0012】
本発明の錫めっき銅合金材の製造は、リフロー処理による錫めっきによる。即ち、まず銅合金母材の上に、必要に応じて銅めっき層を形成し、その上に錫めっき層を形成する。その後、上記錫めっき層を形成した銅合金母材にリフロー処理を施すことにより、銅めっき層あるいは銅合金母材の一部が錫めっき層との間で熱拡散して、最表層としての錫被覆層の下に銅−錫合金被覆層が形成される。
【0013】
尚、上記銅合金母材としては、一般的に、黄銅、リン青銅のほか、純銅あるいは純銅に数%の添加物を添加した銅合金などが使用できる。上記錫めっき層の厚さは、リフロー処理により形成される錫被覆層及び銅−錫合金被覆層の厚さに影響するものであり、リフロー条件にもよるが、一般的に1μm程度が好ましい。また、上記銅めっき層の厚さは、通常0.5〜1μm程度が好ましい。
【0014】
上記リフロー錫めっきにより得られる本発明の錫めっき銅合金材は、その断面を観察したとき、銅−錫合金被覆層と錫被覆層との界面において、銅−錫合金被覆層が錫被覆層側(表面側)に凸状に湾曲した複数の山と、その両側の谷とからなる曲面を備えている。具体的には、例えば図1に模式的に示すように、銅−錫合金被覆層3と錫被覆層4の界面の形状は、下層である銅−錫合金被覆層3が最表層である錫被覆層4の側に凸状に湾曲して突き出た複数の山を形成し、隣接する山と山の間には谷が存在している。
【0015】
本発明によれば、錫めっき銅合金材の断面における銅−錫合金被覆層と錫被覆層の界面において、銅−錫合金被覆層が錫被覆層側(表面側)に凸状に湾曲した山の凸状形状を従来よりも大きくし、また山の数を従来よりも少なくすることによって、摩擦係数を大幅に低減することが可能となった。尚、断面における銅−錫合金被覆層と錫被覆層の界面状態は、集束イオンビーム法により錫めっき銅合金材の試料断面を作製し、得られた試料断面を走査イオン顕微鏡で撮影する方法によって、観察が可能であることが分った。
【0016】
即ち、本発明の錫めっき銅合金材では、図2に模式的に示した断面において、銅−錫合金被覆層3と錫被覆層4の界面に形成された山の高さと、その山の両側にある谷の平均高さ(即ち、右の谷の高さと左の谷の高さを平均した高さ)との差hは、その差hの平均値を0.2μm以上0.7μm以下の範囲とする。また、谷の周期(谷と谷の間の距離)は、その平均値を1.5μm以上5.0μm以下の範囲とする。更に、錫被覆層4の厚みについても、その平均値を0.2μm以上0.7μm以下の範囲とする。銅−錫合金被覆層と錫被覆層の界面の状態を上記のごとく制御することによって、錫めっき銅合金材の摩擦係数を大幅に低下させ、コネクタとしての使用時の挿入力を低減することができる。
【0017】
上記した界面における山の頂点の高さとその両側の谷の平均高さとの差hは小さいほど、谷の周期は長いほど、及び錫被覆層4の厚みは薄いほど、摩擦係数を低下させる。そのため上記したように、山の頂点の高さとその両側の谷の平均高さとの差hの平均値は0.7μm以下、谷の周期の平均値は1.5μm以上、錫被覆層4の厚みの平均値は0.7μm以下とする。ただし、山の頂点の高さとその両側の谷の平均高さとの差hの平均値が0.2μm未満にまで小さくなるか、谷の周期の平均値が5.0μmを越えるまで成長するような条件でリフローさせるか、あるいは錫被覆層4の厚みの平均値を0.2μm未満にまで薄くすると、銅−錫合金被覆層が表面に露出する状態となりやすいため好ましくない。
【0018】
上記断面形態を有する本発明の錫めっき銅合金材において、摩擦係数あるいはコネクタの挿入力が低減される理由は不明であるが、以下のように考えることができる。最表面にある錫被覆層は非常に軟らかい層であり、その下の銅−錫合金被覆層は比較的硬い層である。そのため、例えばコネクタとして摺動した場合に最表面の錫被覆層が削られるが、このとき錫被覆層が厚いと、削られた錫被覆層が摺動の邪魔をするため摩擦係数が高くなるともの考えられる。また、銅−錫合金被覆層と錫被覆層の界面に形成された山と谷は、その凹凸が小さく且つ周期が大きいほど、摺動の邪魔とならず摩擦係数が下がるものと考えられる。
【0019】
上記した本発明の錫めっき銅合金材における銅−錫合金被覆層と錫被覆層の界面状態は、リフロー処理の条件により制御することが可能である。具体的には、リフロー処理前の錫めっき層の厚さを1.0μm以下に薄くすると共に、リフロー時の処理温度を400℃以上に高くするか若しくはリフロー処理の保持時間を長くすることによって、上記した錫めっき銅合金材の断面における界面の状態を得ることができる。
【実施例】
【0020】
銅合金母材として、組成がCu−30質量%Znであり、厚さ0.32mm、幅50mmの材料を用いた。この銅合金母材を連続メッキラインに供給し、電解脱脂を行った後、所定の厚みの銅めっき層を設け、その上に錫めっき層を下記表1に示す厚みに形成した。その後、上記めっき処理を施した銅合金母材をリフロー炉に導入し、下記表1に示す各処理温度と保持時間でリフロー処理することにより、それぞれ試料1〜10の錫めっき銅合金材を作製した。
【0021】
【表1】

【0022】
得られた試料1〜10の錫めっき銅合金材について、錫被覆層の平均厚み、及び銅−錫合金被覆層と錫被覆層の界面の状態を測定した。即ち、錫めっき銅合金材の各試料について、集束イオンビーム法(FIB;Focused Ion Beam)により断面を削って形成し、その断面を走査イオン顕微鏡(SIM;Scanning Ion Microscope)により撮影した。得られた組織写真の一例を図3に示す。
【0023】
具体的には、銅−錫合金被覆層と錫被覆層の界面には複数の山と谷が存在するため、PCによる画像解析により各層の面積率を算出し、この数値から錫被覆層の平均厚みを算出した。また、谷の平均周期については、SIM写真の観察断面長さ100μmの間に存在する山と谷の数を数え、隣接する谷と谷の距離の平均値として算出した。山の頂点の高さとその両側の谷の平均高さとの差hの平均値については、図2に示すように、SIM写真の観察断面長さ100μmの間において、存在する山の高さとその両側の谷の平均高さを求め、それぞれの山と谷について両者の差hを算出した後、それらの平均値を求めた。
【0024】
また、得られた試料1〜10の錫めっき銅合金材について、摩擦係数を測定した。尚、摩擦係数の測定は、日本伸銅協会技術標準「銅及び銅合金板条の動摩擦係数測定方法 JCBA T311:2001(仮)」に規定されている方法に従って行った。得られた測定結果について、試料ごとに断面における界面の状態と摩擦係数とをまとめて下記表2に示した。
【0025】
また、得られた試料1〜10の錫めっき銅合金材について、実端子での挿入力を測定した。即ち、得られた試料をプレス加工し、厚み0.64mmのオス端子とした。メス端子には錫メッキを施した市販の端子を用い、オス端子をメス端子に挿入した時の最大の力をプッシュプルゲージにより測定した。測定は各試料について10回行い、その平均値を挿入力とした。得られた結果を下記表2に併せて示した。
【表2】

【0026】
上記した表1〜2の結果から、本発明による試料1〜6の各錫めっき銅合金材は、銅−錫合金被覆層と錫被覆層の界面において、山の頂点と両側の谷の平均高さとの差hの平均値が0.7μm以下、谷の平均周期が1.5μm以上、及び錫被覆層の平均厚みが0.7μm以下と本発明の範囲内に制御されているため、摩擦係数が従来好ましいとされている0.25よりも十分に低い値となっている。また、挿入力も充分に低い3.0N以下となった。
【0027】
一方、比較例については、試料7は平均被覆層厚みが0.7μmを超えているため、また試料8では錫被覆層の平均厚みが0.7μmを超え且つ山の頂点と両側の谷の平均高さとの差hの平均値も0.7μmを超えているため、いずれも摩擦係数が0.25よりも高くなっている。試料9と10では、錫被覆層の平均厚みが0.7μmを超え且つ谷の平均周期が1.5μmより小さいため、いずれも摩擦係数が0.25よりも高くなっていることが分る。また、挿入力はいずれも3.0Nを超えていた。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】本発明による錫めっき銅合金材の層構造を模式的に示す断面図である。
【図2】銅−錫合金被覆層と錫被覆層の界面における山の頂点と両側の谷の平均高さとの差の平均値の測定方法を説明するための錫めっき銅合金材の概略の断面を示す説明図である。
【図3】本発明による錫めっき銅合金材の断面の走査イオン顕微鏡写真である。
【符号の説明】
【0029】
1 銅合金母材
2 銅被覆層
3 銅−錫合金被覆層
4 錫被覆層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
銅合金母材上に銅−錫合金被覆層を備え、その上に最表面として錫被覆層を有する錫めっき銅合金材であって、錫めっき銅合金材の断面において、銅−錫合金被覆層と錫被覆層の界面に複数の山と谷とが形成されており、山の頂点の高さとその両側の谷の平均高さとの差の平均値が0.2μm以上0.7μm以下であり、谷の周期の平均値が1.5μm以上5.0μm以下であって、且つ錫被覆層の厚みの平均値が0.2μm以上0.7μm以下であることを特徴とする錫めっき銅合金材。
【請求項2】
前記銅合金母材と銅−錫被覆層の間に銅被覆層が形成されていることを特徴とする、請求項1に記載の錫めっき銅合金材

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−249716(P2009−249716A)
【公開日】平成21年10月29日(2009.10.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−102055(P2008−102055)
【出願日】平成20年4月10日(2008.4.10)
【出願人】(599098080)住友金属鉱山伸銅株式会社 (7)
【Fターム(参考)】