説明

長鎖高度不飽和脂肪酸を構成要素として含むリン脂質の製造方法、およびその利用

本発明は、LCPUFA−PLを効率的かつ安定的に製造する方法を提供する。より詳細には、本発明は、長鎖高度不飽和脂肪酸(LCPUFA)を構成要素として含む脂質を生産する脂質生産菌を出発原料として、LCPUFAを構成要素として含むリン脂質(LCPUFA−PL)を製造するリン脂質の製造方法であって、上記脂質生産菌菌体からトリグリセリド(TG)を含む油脂を抽出した後の脱脂菌体からリン脂質(PL)を抽出するPL抽出工程を包含するリン脂質の製造方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、長鎖高度不飽和脂肪酸を構成要素として含むリン脂質の製造方法、およびその利用に関するものであり、特に、上記リン脂質を効率的かつ安定して製造する方法と、この製造方法により得られるリン脂質並びにその代表的な利用とに関するものである。
【背景技術】
【0002】
リン脂質(PL)には、脳機能改善効果や抗ストレス効果、コレステロール低下作用など様々な生理機能が知られている。PLにはいくつか種類が知られており、主なものとしては、ホスファチジルコリン(PC)、ホスファチジルセリン(PS)、ホスファチジルエタノールアミン(PE)、ホスファチジルイノシトール(PI)等が挙げられる。これらPLはそれぞれ異なった機能および物性を有している。
【0003】
PLの中でも、炭素数20以上の長鎖高度不飽和脂肪酸(LCPUFAと略す)を構成要素とするリン脂質(説明の便宜上、LCPUFA−PLと略称する)は、脳機能改善効果が高く、LCPUFAを構成成分としないリン脂質(説明の便宜上、non−LCPUFA−PLと略称する)よりも高い効果を有している(例えば、非特許文献1参照)。なお、LCPUFAの具体的な例としては、例えば、ドコサヘキサエン酸(DHA)やアラキドン酸(AA)等を挙げることができる。
【0004】
また、リン脂質型でないLCPUFA誘導体にも脳機能改善効果があることが知られている(例えば、特許文献1参照)。ただし、リン脂質型でないLCPUFA誘導体の脳機能改善効果は、上記LCPUFA−PLやnon−LCPUFA−PL等のリン脂質とは異なり、大脳の海馬に対する作用に基づくと考えられている。
【0005】
LCPUFA−PLの脳機能改善効果が優れている理由としては、(1)脳内で実際に存在している構造であり、(2)脳血管関門を通過することができ、(3)肝臓を経由せずに吸収されるため肝臓で捕捉または修飾されずに脳等の組織に到達する等の各理由が挙げられる。
【0006】
各理由について具体的に説明する。まず、(1)の理由については、脳内のLCPUFAはほとんどリン脂質の形で存在することが知られている。より具体的には、LCPUFAは、主として上記PC、PS、PE、PI等の化合物として存在しており、脳内で様々な機能を発揮している。次に、(2)の理由については、標識したリン脂質を経口摂取すると、脳組織で標識したリン脂質が検出されることから、リン脂質が脳組織へ到達することがわかっている(非特許文献2参照)。さらに、(3)の理由については、リン脂質が吸収される際には、消化器官内で、構成する2つの脂肪酸のうち、1つが加水分解されてリゾリン脂質が生じる。このリゾリン脂質が小腸から吸収され、小腸細胞内でリン脂質に再構成された後、リンパ管から吸収される(非特許文献3参照)。それゆえ、LCPUFA−PLは肝臓を経由せずに生体の全身に運ばれることになる。
【0007】
上記LCPUFA−PLは、従来から、これを多く含む動物の臓器や卵等から調製または精製することで生産されている。具体的には、牛脳からの調製や、豚肝臓あるいは魚卵からのリン脂質画分の精製等を挙げることができる(特許文献2および3参照)。また、ある種の海洋細菌がLCPUFA−PLを生産することも知られている(非特許文献4参照)。さらには、アラキドン酸を生産する糸状菌が、アラキドン酸を含有する著量のトリグリセリドとともに、アラキドン酸を含有する微量のリン脂質を生成することも知られている(非特許文献5参照)。
【0008】
ところで、リン脂質の工業的な生産は、一般的に、原料からトリグリセリドを主成分とする油脂を抽出する際に、当該油脂とともに抽出される。抽出時の溶媒としてはヘキサン等が用いられる。抽出された油脂にはガム質が含まれているが、このガム質は油脂の着色、泡立ちの原因となる。そこで、ガム質を脱ガム工程で除去することになるが、この工程でほとんどのリン脂質がガム質に移行するので、当該ガム質を精製することによりリン脂質を製造する。
【0009】
例えば、リン脂質のうち大豆レシチンを製造する場合には、まず原料となる大豆からヘキサンを溶媒として原油を抽出する。残渣の脱脂大豆は食品または飼料等として用いる。一方、原油にはガム質が含まれるので、脱ガム工程によりガム質を分離し、当該ガム質を精製する。これにより大豆レシチンが製造される。上記一連の大豆レシチン製造過程における大豆レシチンすなわちリン脂質の所在を確認すると、原油中には1.5〜2.5%のリン脂質が含まれているのに対して、精製油中には0.05%以下のリン脂質しか含まれていない。したがって、主に脱ガム工程でリン脂質が除去されていることが明らかとなっている(非特許文献6参照)。
【特許文献1】 特開2003−48831号公報(2003年(平成15)2月21日公開)
【特許文献2】 特開平11−35587号公報(1999年(平成11)2月9日公開)
【特許文献3】 特開平8−59678号公報(1996年(平成8)3月5日公開)
【非特許文献1】 G.Toffano et al.,Nature Vol.260 p331−333(1976)
【非特許文献2】 G.Toffano et al.Clinical Trial Journal Vol.24 p18−24(1987)
【非特許文献3】 今泉勝巳、臨床栄養、第67巻、p119(1985)
【非特許文献4】 矢澤一良ら、油科学、第44巻、p787−793(1995)
【非特許文献5】 S.jareonkitmongkol et al.,Apple Environ Microbiol Vol.59 p4300−4304(1993)
【非特許文献6】 油脂・油糧ハンドブック p178−184 幸書房(1988)
【0010】
しかしながら、上記従来の技術では、LCPUFA−PLを効率的かつ安定的に製造することが困難であるという問題を有している。
【0011】
具体的には、現在入手できるLCPUFA−PLは、一般的には、上述した動物の臓器や卵黄等を由来とするため、限られた供給源から少量しか得られないことになる。それゆえ、その供給量が不安定となる上に、品質は必ずしも安定していない。さらには、牛脳をはじめとする動物臓器については、狂牛病の流行以降、利用が非常に困難な状況となっている。
【0012】
また、微生物を用いた技術の場合、海洋細菌由来のLCPUFA−PLは、ヒトや動物にはほとんど見られず細菌特有の脂肪酸である分岐型脂肪酸を主要な成分として含んでおり、栄養組成物としては適さない。さらに、アラキドン酸を生産する糸状菌は、アラキドン酸を含有するリン脂質を生産するものの、著量のトリグリセリドに混入した微量成分として検出されているに過ぎない。それゆえ、産業的に利用することは困難である。
【0013】
本発明は、上記の課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、LCPUFA−PLを効率的かつ安定的に製造することができ、安価で供給量や品質が安定したLCPUFA−PLを供給することが可能な技術と、その代表的な利用技術とを提供することにある
【発明の開示】
【0014】
本発明者は、上記課題に鑑み鋭意検討した結果、LCPUFA脂質を生産する脂質生産菌を出発原料としてLCPUFA−PLを製造する場合に、(1)先に、菌体からトリグリセリドを抽出すると、トリグリセリドとともにリン脂質も抽出されると予想されるにもかかわらず、実際には、トリグリセリドを主成分とする抽出物画分にはリン脂質がほとんど検出されず、トリグリセリドを抽出した後に残る微生物菌体残渣(脱脂菌体)の中に、著量のLCPUFA−PLが残存していること、(2)さらに、当該脱脂菌体からは、有機溶媒等の抽出媒を用いた簡便な操作によりLCPUFA−PLを容易に抽出することが可能であることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0015】
すなわち、本発明にかかるリン脂質の製造方法は、長鎖高度不飽和脂肪酸(LCPUFA)を構成要素として含む脂質を生産する脂質生産菌を出発原料として、LCPUFAを構成要素として含むリン脂質(LCPUFA−PL)を製造するリン脂質の製造方法であって、上記脂質生産菌菌体からトリグリセリド(TG)を含む油脂を抽出した後の脱脂菌体から、リン脂質(PL)を抽出するPL抽出工程を含むことを特徴としている。
【0016】
上記製造方法においては、さらに、上記PL抽出工程の前段で実施され、上記脂質生産菌菌体からTGを含む油脂を抽出するとともに脱脂菌体を得る油脂抽出工程を含むことが好ましい。
【0017】
本発明で用いられる上記脂質生産菌としては、特に限定されるものではないが、モルティエレラ(Mortierella)属、コニディオボラス(Conidiobolus)属、フィチウム(Pythium)属、フィトフトラ(Phytophthora)属、ペニシリューム(Penicillium)属、クラドスポリューム(Cladosporium)属、ムコール(Mucor)属、フザリューム(Fusarium)属、アスペルギルス(Aspergillus)属、ロードトルラ(Rhodotorula)属、エントモフトラ(Entomophthora)属、エキノスポランジウム(Echinosporangium)属、およびサプロレグニア(Saprolegnia)属から選択される少なくとも1種が用いられることが好ましい。このうち、上記脂質生産菌としてモルティエレラ属が用いられる場合、当該モルティエレラ属の菌がモルティエレラ亜属であることが好ましく、このモルティエレラ亜属の菌がモルティエレラ・アルピナ(Mortierella alpina)であることがより好ましい。
【0018】
上記製造方法においては、上記PL抽出工程では、上記脱脂菌体からPLを抽出するための抽出媒として、脂肪族系有機溶媒および水の少なくとも何れかの抽出液、または、超臨界炭酸ガスを用いることが好ましい。このとき、上記脂肪族系有機溶媒として、飽和炭化水素、アルコール、飽和炭化水素とアルコールとの混合溶媒、または、ハロゲン化炭化水素とアルコールとの混合溶媒が用いられることが好ましい。上記抽出液としては、具体的には、ヘキサン、エタノール、メタノール、含水エタノール、イソプロピルアルコール、アセトンの少なくとも何れかが用いられることが好ましく、抽出液としては、ヘキサンおよびエタノールの混合溶媒が用いられることが好ましい。このヘキサンおよびエタノールの混合溶媒においては、ヘキサン:エタノールの混合比が、体積比で、4:1〜0:6の範囲内にあることが好ましい。
【0019】
また、上記製造方法においては、上記油脂抽出工程では、加圧による圧搾抽出、レンダリングによる抽出、および抽出媒による抽出の少なくとも何れかにより、上記脂質生産菌菌体から油脂を抽出することが好ましい。このとき、上記抽出媒として、脂肪族系有機溶媒および水の少なくとも何れかの抽出液、または、超臨界炭酸ガスを用いることが好ましい。このうち、上記脂肪族系有機溶媒としては、ヘキサンが用いられることが好ましい。また、上記油脂抽出工程で用いられる脂質生産菌菌体は乾燥菌体であることが好ましい。
【0020】
本発明にかかるリン脂質は、上記リン脂質の製造方法により製造されるものであり、構成要素としてLCPUFAを含むものである。構成要素として含まれるLCPUFAは、特に限定されるものではないが、エイコサジエン酸、エイコサトリエン酸、エイコサテトラエン酸、エイコサペンタエン酸、ドコサジエン酸、ドコサトリエン酸、ドコサテトラエン酸、ドコサペンタエン酸、ドコサヘキサエン酸、テトラコサジエン酸、テトラコサトリエン酸、テトラコサテトラエン酸、テトラコサペンタエン酸、およびテトラコサヘキサエン酸から選択される少なくとも1種であることが好ましい。
【0021】
また、上記LCPUFAの分子中に含まれる炭素−炭素二重結合のうち、少なくとも1つが共役二重結合となっていてもよく、また、上記LCPUFAには、アラキドン酸および/またはドコサヘキサエン酸が含まれることがより好ましい。また、全てのLCPUFA−PLの構成要素として含まれる総脂肪酸中におけるアラキドン酸の含有率が5重量%以上であることが好ましい。
【0022】
具体的には、上記LCPUFA−PLとして、ホスファチジルコリン、ホスファチジルセリン、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルイノシトール、ホスファチジン酸、およびカルジオリピンから選択される少なくとも1種のグリセロリン脂質を含むことが好ましい。このとき、上記リン脂質においては、LCPUFA−PLとして少なくともホスファチジルコリンが含まれているのであれば、全てのホスファチジルコリンの構成要素として含まれる総脂肪酸中におけるアラキドン酸の含有率は15重量%以上であることが好ましい。また、LCPUFA−PLとして少なくともホスファチジルセリンが含まれているのであれば、全てのホスファチジルセリンの構成要素として含まれる総脂肪酸中におけるアラキドン酸の含有率は20重量%以上であることが好ましい。
【0023】
また、本発明にかかるリン脂質には、LCPUFA−PLとして少なくともホスファチジルコリンおよびホスファチジルセリンが含まれており、かつ、LCPUFAとして少なくともアラキドン酸が含まれているとともに、全てのホスファチジルコリンの構成要素として含まれる総脂肪酸中におけるアラキドン酸の含有率が40重量%以上であり、かつ、全てのホスファチジルセリンの構成要素として含まれる総脂肪酸中におけるアラキドン酸の含有率が20重量%以上であるものも含まれる。
【0024】
上記リン脂質においては、上記LCPUFA−PLとして、少なくともジホモ−γ−リノレン酸がLCPUFAとして含まれているホスファチジルコリンが含まれているとともに、全てのホスファチジルコリンの構成要素として含まれる総脂肪酸中におけるジホモ−γ−リノレン酸の含有率が3重量%以上であってもよく、上記LCPUFA−PLとして、少なくともジホモ−γ−リノレン酸がLCPUFAとして含まれているホスファチジルセリンが含まれているとともに、全てのホスファチジルセリンの構成要素として含まれる総脂肪酸中におけるジホモ−γ−リノレン酸の含有率が1重量%以上であってもよい。
【0025】
本発明にかかる脂質組成物の製造方法は、上記リン脂質の製造方法におけるPL抽出工程を少なくとも含むとともに、当該PL抽出工程で得られたLCPUFA−PLを含むPLを、LCPUFAを構成要素として含む液状脂質に溶解させてリン脂質溶液を調製する溶液調製工程を含むことを特徴としている。
【0026】
上記脂質組成物の製造方法においては、さらに、上記油脂抽出工程を含むとともに、当該油脂抽出工程で得られた油脂を上記液状脂質として用いることが好ましく、油脂抽出工程における油脂の抽出量を抑制することにより、PL抽出工程にて、LCPUFA−PLを上記液状脂質に溶解させた脂質組成物として抽出することがより好ましい。
【0027】
また、本発明にかかる脂質組成物は、上記脂質組成物の製造方法により製造され、少なくともLCPUFA−PLおよびLCPUFAを構成要素として含む液状脂質とを含むものである。この脂質組成物においては、上記液状脂質における総脂肪酸中に占めるLCPUFAの割合が11重量%以上であることが好ましい。
【0028】
あるいは、本発明にかかる脂質組成物は、上記のリン脂質を含むものであればよく、必ずしも、上記脂質組成物の製造方法により得られるものでなくてもよい。
【0029】
本発明にかかる脂質組成物は、栄養組成物として用いることができ、例えば、カプセル状または錠剤状に加工することができる。
【0030】
本発明では、上記脂質組成物を食品に利用することができる。すなわち、本発明には、上記脂質組成物を含有する食品が含まれる。また、本発明の食品においては、リン脂質によりリポソーム化された水中油滴型の分散液を含む構成であってもよい。より具体的な食品の種類の一つとしては、栄養補助食品を挙げることができる。
【0031】
本発明のさらに他の目的、特徴、および優れた点は、以下に示す記載によって十分わかるであろう。また、本発明の利益は、添付図面を参照した次の説明で明白になるであろう。
【発明を実施するための最良の形態】
【0032】
本発明の一実施形態について説明すると以下の通りであるが、本発明はこれに限定されるものではない。本実施の形態では、本発明にかかるリン脂質およびその製造方法、本発明にかかる脂質組成物およびその製造方法、並びに、本発明の利用の順で、本発明を詳細に説明する。
【0033】
(I)本発明にかかるリン脂質およびその製造方法
本発明にかかるリン脂質は、LCPUFAを構成要素として含む脂質を生産する脂質生産菌を出発原料として、LCPUFAを構成要素として含むリン脂質(LCPUFA−PL)であり、本発明にかかるリン脂質の製造方法(以下、単に製造方法と略す場合がある)は、当該LCPUFA−PLを製造する方法であるが、特に、本発明では、脂質生産菌菌体からトリグリセリド(TG)を含む油脂を抽出した後の脱脂菌体から、リン脂質(PL)を抽出するPL抽出工程を少なくとも含んでいる。
【0034】
すなわち本発明では、トリグリセリド等の油脂を除去した後に残る脱脂菌体(微生物菌体残渣)をLCPUFA−PLの供給源としている。したがって、本発明には、上記PL抽出工程の前段で実施され、上記脂質生産菌菌体からTGを含む油脂を抽出するとともに脱脂菌体を得る油脂抽出工程を含んでいてもよい。
【0035】
<脂質生産菌>
本発明において出発原料となる脂質生産菌は、LCPUFA−PLを生産し得る微生物であれば特に限定されるものではない。具体的には、例えば、モルティエレラ(Mortierella)属、コニディオボラス(Conidiobolus)属、フィチウム(Pythium)属、フィトフトラ(Phytophthora)属、ペニシリューム(Penicillium)属、クラドスポリューム(Cladosporium)属、ムコール(Mucor)属、フザリューム(Fusarium)属、アスペルギルス(Aspergillus)属、ロードトルラ(Rhodotorula)属、エントモフトラ(Entomophthora)属、エキノスポランジウム(Echinosporangium)属、サプロレグニア(Saprolegnia)属等を挙げることができる。
【0036】
出発原料として脂質生産菌を選択する場合、生産されるLCPUFAの種類に応じた菌株を1種のみを選択してもよいし、2種以上を組み合わせて選択してもよい。
【0037】
上記の脂質生産菌の中でも、モルティエレラ属は、LCPUFAとしてアラキドン酸(AA)を構成要素として含むLCPUFA−PL(AA−PLと略す)の生産能を有する種や株が多く知られている。このモルティエレラ属を選択する場合には、当該モルティエレラ属の菌がモルティエレラ亜属であることが好ましい。モルティエレラ亜属の菌としては、モルティエレラ・アルピナ(Mortierella alpina)、モルティエレラ・ポリセファラ(Mortierella polycephala)、モルティエレラ・エキシグア(Mortierella exigua)、モルティエレラ・フィグロフィラ(Mortierella hygrophila)、モルティエレラ・エロンガタ(Mortierella elongata)等を挙げることができる。
【0038】
AA−PLの生産能を有するモルティエレラ亜属の菌のより具体的な菌株としては、例えば、M.ポリセファラ(M.polycephala)IFO6335、M.エロンガタ(M.elongata)IFO8570、M.エキシグア(M.exigua)IFO8571、M.フィグロフィラ(M.hygrophila)IFO5941、M.アルピナ(M.alpina)IFO8568、ATCC16266、ATCC32221、ATCC42430、CBS219.35、CBS224.37、CBS250.53、CBS343.66、CBS527.72、CBS529.72、CBS608.70、CBS754.68等を挙げることができる。
【0039】
また、モルティエレラ亜属以外にAA−PLの生産能を有する菌株としては、エキノスポランジウム・トランスバーサリス(Echinosporangium transversalis)ATCC16960、コニディオボラス・ヘテロスポラス(Conidiobolus heterosporus)CBS138.57、サプロレグニア・ラポニカ(Saprolegnia lapponica)CBS284.38等を挙げることができる。
【0040】
これらの菌株は、何れも大阪市の財団法人発酵研究所(IFO)米国のアメリカン・タイプ・カルチャー・コレクション(American Type Culture Collection,ATCC)および、Centrralbureau voor Schimmelcultures(CBS)等から何ら制限なく入手することができる。
【0041】
また、AA−PLの生産能を有するモルティエレラ亜属の他の菌株としては、本発明者らを含む研究グループが土壌から分離した菌株M.エロンガタ(M.elongata)SAM0219(ブダペスト条約に基づく国際寄託番号FERMBP−1239)を挙げることもできる。
【0042】
さらに、LCPUFAとしてジホモ−γ−リノレン酸(DGLA)を構成要素として含むLCPUFA−PL(DGLA−PLと略す)の生産能を有する微生物のより具体的な菌株としては、本発明者らを含む研究グループが土壌から分離した菌株M.エロンガタ(M.elongata)SAM1860(ブダペスト条約に基づく国際寄託番号FERMBP−3589)を挙げることができる。
【0043】
また、LCPUFAとしてミード酸を構成要素として含むLCPUFA−PL(ミード酸−PLと略す)の生産能を有する微生物のより具体的な菌株としては、本発明者らを含む研究グループが土壌から分離した菌株M.アルピナ(M.alpina)SAM2086(ブダペスト条約に基づく国際寄託番号FERMBP−6032)を挙げることができる。
【0044】
<脂質生産菌の培養>
本発明では、上述したLCPUFA−PLを生産し得る微生物(脂質生産菌)を培養し、十分な量の菌体を取得すればよい。したがって、本発明にかかる製造方法には、脂質生産菌を培養する脂質生産菌培養工程が含まれていてもよい。
【0045】
脂質生産菌を培養する具体的な方法は特に限定されるものではなく、脂質生産菌の種類に応じて公知の培養方法で培養すればよい。一般的には、培養しようとする脂質生産菌の菌株の胞子、菌糸、または予め培養して得られた前培養液を、液体培地または固体培地に接種し培養する。大量に菌体を取得したい場合には、液体培養が好ましいことが多い。培養設備については特に限定されるものではなく、少量の培養であれば、各種試験管やフラスコに液体培地を仕込んで振盪培養したり、寒天プレートに接種して静置培養したりすればよい。大量の培養の場合は、各種発酵槽やジャーファーメンターを用いればよい。
【0046】
培養に用いられる培地の種類も特に限定されるものではなく、脂質生産菌の種類に応じて公知の成分を適宜選択して調製すればよい。あるいは、公知の組成の培地や市販の培地をそのまま用いてもよい。
【0047】
培地が液体培地である場合には、炭素源は特に限定されるものではなく、一般的な糖類を好適に用いることができる。具体的には、例えば、グルコース、フラクトース、キシロース、サッカロース、マルトース、可溶性デンプン、糖蜜、グリセロール、マンニトール等を挙げることができる。これら炭素原は、単独で用いてもよいし、2種類以上を適宜組み合わせて用いてもよい。
【0048】
窒素源も特に限定されるものではなく、公知のものを好適に用いることができる。具体的には、例えば、ペプトン、酵母エキス、麦芽エキス、肉エキス、カザミノ酸、コーンスティープリカー、大豆タンパク、脱脂ダイズ、綿実カス等の天然窒素源;尿素等の有機窒素源;硝酸ナトリウム、硝酸アンモニウム、硫酸アンモニウム等の無機窒素源;等が挙げられる。本発明では、培養しようとする菌株の種類にもよるが、上記の中でも、特に、大豆から得られる天然窒素源、具体的には大豆、脱脂大豆、大豆フレーク、食用大豆タンパク、おから、豆乳、きな粉等を好ましく用いることができる。これらの中でも、脱脂大豆に熱変性を施したもの、より好ましくは脱脂大豆を約70〜90℃で熱処理し、さらにエタノール可溶成分を除去したものを用いることができる。これら窒素原は、単独で用いてもよいし、2種類以上を適宜組み合わせて用いてもよい。
【0049】
上記炭素源・窒素源以外の成分も特に限定されるものではなく、必要に応じて、公知の微量栄養源等を適宜選択して添加することができる。微量栄養源としては、例えば、リン酸イオン等の無機酸イオン;カルシウムイオン、ナトリウムイオン、マグネシウムイオン、カルシウムイオン等のアルカリ金属またはアルカリ土類金属のイオン;鉄、ニッケル、コバルト、マンガン等のVIIB〜VIII族の金属イオン;銅、亜鉛等のIB〜IIB族の金属イオン;各種ビタミン類;等を挙げることができる。
【0050】
液体培地における上述した各成分の含有率(添加率)は特に限定されるものではなく、脂質生産菌の生育を阻害しない濃度であれば、公知の範囲内とすればよい。実用上、一般的には、炭素源の総添加量は0.1〜40重量%の範囲内であることが好ましく、1〜25重量%の範囲内がより好ましい。また、窒素源の総添加量は0.01〜10重量%の範囲内が好ましく、0.1〜10重量%の範囲内がより好ましい。さらに、培地流加する場合には、初発の炭素源の添加量を1〜5重量%の範囲内とするとともに、初発の窒素源の添加量を0.1〜6重量%の範囲内とすることが好ましい。培養途中に流加する培地の成分は、炭素源および窒素源の双方であればよいが、より好ましくは炭素源のみを流加すればよい。
【0051】
なお、本発明にかかる製造方法においては、LCPUFAを含む不飽和脂肪酸の収率を増加させる目的で、不飽和脂肪酸の前駆体を培地中に加えてもよい。不飽和脂肪酸の前駆体としては、具体的には、例えば、ヘキサデカン、オクタデカン等の炭化水素;オレイン酸、リノール酸等の脂肪酸またはその塩;エチルエステル、グリセリン脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル等の脂肪酸エステル;オリーブ油、大豆油、なたね油、綿実油、ヤシ油等の油脂類;等を挙げることができるが、特に限定されるものではない。これら前駆体は、単独で用いてもよいし、2種類以上を適宜組み合わせて用いてもよい。
【0052】
上記不飽和脂肪酸の前駆体の添加量は特に限定されるものではないが、一般的には、培地全重量に対して0.001〜10%の範囲内であればよく、0.5〜10%の範囲内であることが好ましい。また、これらの前駆体を唯一の炭素源として脂質生産菌を培養してもよい。
【0053】
培養条件も特に限定されるものではなく、培養しようとする菌株の種類に応じて適宜設定すればよい。例えば、培養温度は、一般的には、5〜40℃の範囲内であればよく、20〜30℃の範囲内が好ましい。また、先に20〜30℃の範囲内で培養して菌体を増殖させた後、5〜20℃の範囲内にて培養を続けてもよい。このような温度管理を行う、すなわち最初に比較的高温で培養し、その後、最初の培養温度よりも低温となる温度範囲で培養すれば、生産される不飽和脂肪酸中の高度不飽和脂肪酸(PUFA)の割合を高めることができる。
【0054】
培地のpHも特に限定されるものではないが、一般的には、pH4〜10の範囲内であればよく、pH5〜9の範囲内であることがより好ましい。培養期間も特に限定されるものではないが、通常は、2〜30日間の範囲内であればよく、5〜20日間の範囲内が好ましく、5〜15日間の範囲内がより好ましい。培養中に培地に施す外的な処理も特に限定されるものではなく、通気攪拌培養、振盪培養、静置培養等の公知の培養方法を適宜選択すればよい。
【0055】
<油脂抽出工程>
本発明では、上記脂質生産菌培養工程により集菌された菌体に対して、先に油脂抽出工程を行ってからPL抽出工程を行う。この油脂抽出工程は、集菌された菌体から脱脂菌体(微生物菌体残渣)を製造するための工程であって、当該菌体からトリグリセリド等の油脂を抽出して除去する。この工程では、LCPUFA−PLのほとんどを残存させたまま、PL以外の脂質の全部または一部を除去することになる。換言すれば、油脂抽出工程は、PL抽出工程の前処理となる。ただし、このとき抽出されるトリグリセリド等の油脂には、構成要素としてLCPUFAが含有されているので、当該油脂は、LCPUFAを含有する油脂として高い商品価値を有する。
【0056】
油脂抽出工程では、集菌した後そのままの菌体、すなわち生菌のまま用いることができるし、滅菌処理してから用いることもできる。また、集菌せずに培養液のまま処理しても良い。集菌した菌体は、塊状のまま用いてもよいし、板状、ひも状、粒状、粉末状など任意の形状に加工してから用いてもよい。菌体の集菌方法も特に限定されるものではなく、培養した菌体が少量の場合には、一般的な遠心分離機を用いて遠心分離すればよい。大量の場合には、連続遠心分離により分離することが好ましいが、これに膜等による濾過を組み合わせてもよい。
【0057】
また、集菌した菌体は湿菌体のままでもよいし、湿菌体を乾燥させた乾燥菌体として用いてもよい。特に本発明では、乾燥菌体を用いることが好ましい。これにより、効率的に油脂を抽出することができる(実施例参照)。湿菌体の乾燥方法は特に限定されるものではなく、送風、熱処理、減圧処理、凍結乾燥等の公知の乾燥処理を挙げることができる。
【0058】
したがって、本発明にかかる製造方法においては、脂質生産菌培養工程の後に、菌体を集菌する集菌工程、集菌した菌体を加工する菌体加工工程が含まれていてもよい。菌体加工工程で行われる加工には、集菌した菌体を任意の形状としたり、湿菌体を乾燥して乾燥菌体としたりする加工が含まれる。
【0059】
上記油脂抽出工程では、菌体から油脂を抽出する方法は特に限定されるものではなく、公知の抽出方法を用いることができる。具体的には、加圧による圧搾抽出、熱水やスチームを用いたレンダリングによる抽出、各種抽出媒による抽出の少なくとも何れかを挙げることができる。
【0060】
上記加圧による圧搾抽出としては、原料に圧力を加えて菌体中の油分を搾り取る方法であれば特に限定されるものではないが、具体的には、例えば、バッチ式の油圧プレス、連続式のエキスペラー等の装置を用いる方法を挙げることができる。
【0061】
上記レンダリングによる抽出としては、乾式または湿式の何れであってもよく特に限定されるものではないが、具体的には、直火による乾式法、オートクレーブによるスチームレンダリング(湿式法)等が挙げられる。
【0062】
乾式法について具体的に説明すると、例えば、菌体を直火やジャケット蒸気加熱等により油脂を溶出させる。また、スチームレンダリングについて具体的に説明すると、菌体に加熱水蒸気を吹き込んで加熱および攪拌すると、油分が水分、タンパク質等とともにエマルジョンのかたちで得られる。これを遠心分離機により廃水を分離し、必要なら濾過して原油を得る。スチームレンダリングの条件としては、特に限定されるものではないが、例えば、3〜4kg/cmの加熱蒸気で4〜6時間溶出させる条件が挙げられる。
【0063】
上記抽出媒による抽出としては、用いられる抽出媒は特に限定されるものではないが、一般的には、脂肪族系有機溶媒および水の少なくとも何れかの抽出液、または、超臨界炭酸ガスを挙げることができる。上記抽出液のうち、脂肪族有機溶媒としては、具体的には、例えば、ヘキサン、石油エーテル(ペンタンおよびヘキサンを主成分とする有機溶媒)等の飽和炭化水素;アセトン等のケトン類;メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール等のアルコール類;酢酸エチル等のエステル類;クロロホルム、ジクロロメタン等のハロゲン化炭化水素;アセトニトリル等のシアン化炭化水素;ジエチルエーテル等のエーテル類;等を挙げることができる。上記抽出液のうち、水は公知の溶質を溶解させた水溶液として用いてもよい。これら抽出液は1種類のみを用いてもよいし、2種類以上を適宜選択して用いてもよい。上記抽出液の中でも、トリグリセリド等の油脂を効率的に除去するためには、ヘキサンや石油エーテル等の飽和炭化水素を用いることが好ましく、ヘキサンがより好ましい。
【0064】
上記抽出媒による抽出処理は、バッチ式で行ってもよいし連続式で行ってもよい。また、抽出媒による抽出の条件も特に限定されるものではなく、抽出しようとするトリグリセリド等の油脂の種類や、菌体の量(体積や重量)に応じて適切な温度、適切な抽出媒の量、適切な時間で抽出すればよい。抽出時には、菌体を抽出媒に分散させた上で緩やかに攪拌することが好ましい。これにより効率的な抽出が可能となる。
【0065】
なお、上記油脂抽出工程を行った後、得られた脱脂菌体をそのまま連続してPL抽出工程に用いてもよいし、いったん、処理済の脱脂菌体を取り出して保管してもよい。前述したように、油脂抽出工程は脱脂菌体の製造工程であるとともに、それ自体商品価値を有する油脂の製造工程でもある。したがって、油脂を中心として見た場合、脱脂菌体は廃棄物として見なすことも可能である。それゆえ、油脂を製造するラインで副生物として得られる脱脂菌体を保管しておき、この脱脂菌体を本発明の製造ラインにおける原料として用いることができる。したがって、本発明にかかる製造方法では油脂抽出工程は必須の工程ではない。
【0066】
<PL抽出工程>
本発明にかかる製造方法では、脱脂菌体からPLを抽出するPL抽出工程を必須の工程として有する。このPL抽出工程において、脱脂菌体からPLを抽出する方法は特に限定されるものではないが、上記油脂抽出工程と同様に抽出媒による抽出を用いることが好ましい。
【0067】
ここで、上記脱脂菌体からPLを抽出するための抽出媒としては特に限定されるものではなく、上記油脂抽出工程と同様に、脂肪族系有機溶媒および水の少なくとも何れかの抽出液、または、超臨界炭酸ガスを好適に用いることができる。これら抽出液のうち、脂肪族有機溶媒としては、具体的には、例えば、ヘキサン、石油エーテル(ペンタンおよびヘキサンを主成分とする有機溶媒)等の飽和炭化水素;アセトン等のケトン類;メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール等のアルコール類;酢酸エチル等のエステル類;クロロホルム、ジクロロメタン等のハロゲン化炭化水素類;アセトニトリル等のシアン化炭化水素;ジエチルエーテル等のエーテル類;等を挙げることができる。上記抽出液のうち、水は公知の溶質を溶解させた水溶液として用いてもよい。これら抽出液は1種類のみを用いてもよいし、2種類以上を適宜選択して用いてもよい。
【0068】
上記抽出液の中でも、脂肪族系有機溶媒としては、飽和炭化水素、アルコール、飽和炭化水素とアルコールとの混合溶媒、または、ハロゲン化炭化水素とアルコールとの混合溶媒が用いられることが好ましい。飽和炭化水素としてはヘキサンが用いられることが好ましく、アルコールとしてはエタノールが用いられることが好ましく、飽和炭化水素とアルコールとの混合溶媒としては、ヘキサン/エタノール混合溶媒が用いられることが好ましく、ハロゲン化炭化水素とアルコールとの混合溶媒としては、クロロホルム/メタノール混合溶媒が用いられることが好ましい。
【0069】
上記各有機溶媒の中でも、特に、食品に用いる場合には、ヘキサンおよび/またはエタノールを用いることが好ましい。ヘキサンおよびエタノールの混合溶媒を用いる場合には、ヘキサン:エタノールの体積比が4:1〜0:6の範囲内で混合すればよく、4:1〜1:4の範囲内で混合することがより好ましく、4:1〜2:4の範囲内で混合することがさらに好ましい。ただし、ヘキサン:エタノール=0:6の場合はエタノール100%の有機溶媒を用いることになる。なお、ヘキサンおよびエタノールの混合溶媒やエタノールを用いる場合には、これに少量の水を加えてもよい。
【0070】
上記抽出媒による抽出処理は、バッチ式で行ってもよいし連続式で行ってもよい。また、抽出媒による抽出の条件も特に限定されるものではなく、抽出しようとするPLの種類や、菌体の量(体積や重量)に応じて適切な温度、適切な抽出媒の量、適切な時間で抽出すればよい。抽出時には、菌体を抽出媒に分散させた上で緩やかに攪拌することが好ましい。これにより効率的な抽出が可能となる。
【0071】
<その他の工程>
本発明にかかる製造方法では、上述したように、少なくともPL抽出工程を含んでいればよく、好ましくは油脂抽出工程を含んでいるが、これら以外の工程を含んでいてもよい。その他の工程としては、具体的には、例えば、前述したような集菌工程や菌体加工工程等を挙げることができる。他にも、後述する実施例にも示すように、PL抽出工程で得られたPLを精製するPL精製工程等を挙げることができる。
【0072】
PL精製工程の具体的な方法、すなわちPL抽出工程で得られた粗PLを精製する方法は特に限定されるものではなく、公知の精製方法を好適に用いることができる。後述する実施例では薄層クロマトグラフィー(TLC)によってPLを精製しているが、これに限定されるものではなく、カラムクロマトグラフィー法、アセトン分画等の溶媒分画法等を用いることができる。クロマトグラフィーに用いられる担体は特に限定されるものではなく、公知のものを好適に用いることができる。溶媒分画法に用いられる溶媒も特に限定されるものではなく、公知の溶媒を好適に用いることができる。
【0073】
<本発明にかかるリン脂質>
本発明にかかるリン脂質(PL)は、上述した製造方法により製造されるリン脂質である。換言すれば、本発明にかかるリン脂質は、脂質生産菌菌体からTGを含む油脂を抽出した後の脱脂菌体から抽出されてなるリン脂質であり、LCPUFAを構成要素として含むものである。
【0074】
本発明にかかるリン脂質は、構成要素としてLCPUFAが含まれているもの(LCPUFA−PL)であれば特に限定されるものではなく、公知の全てのリン脂質を挙げることができる。グリセロリン脂質としては、具体的には、例えば、ホスファチジルコリン(PC)、ホスファチジルセリン(PS)、ホスファチジルエタノールアミン(PE)、ホスファチジルイノシトール(PI)、ホスファチジルグリセロール(PG)、カルジオリピン(CL)等のグリセロリン脂質;スフィンゴミエリン(SP)等のスフィンゴリン脂質;リゾホスファチジルコリン(LPC)、リゾホスファチジルセリン(LPS)、リゾホスファチジルエタノールアミン(LPE)、リゾホスファチジルイノシトール(LPI)、リゾホスファチジルグリセロール(LPG)、ホスファチジン酸等のリゾリン脂質;等が挙げられる。これらリン脂質の中でも、PC、PS、PE、PI、ホスファチジン酸がより好ましい。
【0075】
本発明にかかるリン脂質は、上述したリン脂質が少なくとも1種含まれていればよく、2種類以上のリン脂質が含まれていてもよい。また、精製工程を経ない粗リン脂質である場合には、各種微量成分を含んでいてもよい。このような微量成分としては、脂質生産菌由来のリン脂質以外の脂質成分(油脂等)を挙げることができる。
【0076】
本発明にかかるリン脂質に構成要素として含まれるLCPUFAとしては、炭素数20以上で二重結合を有する不飽和構造の脂肪酸であればよく、特に限定されるものではない。具体的には、例えば、エイコサジエン酸;ジホモ−γ−リノレン酸、ミード酸等のエイコサトリエン酸;アラキドン酸(AA)等のエイコサテトラエン酸;エイコサペンタエン酸;ドコサジエン酸;ドコサトリエン酸;ドコサテトラエン酸;ドコサペンタエン酸;ドコサヘキサエン酸(DHA);テトラコサジエン酸;テトラコサトリエン酸;テトラコサテトラエン酸;テトラコサペンタエン酸;テトラコサヘキサエン酸;等を挙げることができる。上記LCPUFAの中でも、アラキドン酸(AA)および/またはドコサヘキサエン酸(DHA)がより好ましく用いられる。これらのLCPUFAは、LCPUFA−PLの構成要素として1種類のみ含まれてもよいし、2種類以上含まれてもよい。
【0077】
上記LCPUFAにおいては、構造中に含まれる炭素−炭素二重結合構造(−C=C−)のうち、少なくとも1つが共役二重結合となっていてもよい。この共役二重結合は、カルボニル基(C=O)と共役しているものであってもよいし、互いに隣接する炭素−炭素二重結合同士で共役しているものであってもよい。
【0078】
上記LCPUFA−PLに含まれる総脂肪酸中に占めるLCPUFAの割合は、特に限定されるものではないが、22重量%以上であることが好ましく、31重量%以上であればより好ましく、37重量%以上であればさらに好ましい。LCPUFAとしてアラキドン酸(AA)が含まれている場合は、LCPUFA−PLに含まれる総脂肪酸中に占めるAAの割合は、特に限定されるものではないが、0.3重量%以上であることが好ましく、5重量%以上であることがより好ましく、20重量%以上であればさらに好ましく、34重量%以上であれば特に好ましい。
【0079】
中でもLCPUFA−PLがPCであれば、全てのPCの構成要素として含まれる総脂肪酸中におけるAAの含有率が15重量%以上であることが好ましく、40重量%以上であることがより好ましい。また、LCPUFA−PLがPSであれば、全てのPSの構成要素として含まれる総脂肪酸中におけるAAの含有率は5重量%以上であることが好ましく、20重量%以上であることがより好ましい。これにより、本発明にかかるリン脂質を栄養組成物等として用いた場合、より優れたものとすることができる。
【0080】
なお、本発明にかかるリン脂質には、その製造方法に関わらず、LCPUFA−PLとして少なくともPCおよびPSが含まれており、かつ、LCPUFAとして少なくともAAが含まれているものも含まれる。ただし、このような、PC・PSを含み、かつ、LCPUFAとしてAAを含むリン脂質においては、全てのPCの構成要素として含まれる総脂肪酸中におけるアラキドン酸の含有率は40重量%以上となっており、かつ、全てのPSの構成要素として含まれる総脂肪酸中におけるAAの含有率は20重量%以上となっている。
【0081】
上記リン脂質においては、さらに、LCPUFAとしてDGLAを含むPCが少なくとも含まれていてもよく、加えて、LCPUFAとしてDGLAを含むPSも含まれていてもよい。ただし、このように、上記リン脂質に、LCPUFAとしてDGLAを含むPCが含まれている場合には、全てのPCの構成要素として含まれる総脂肪酸中におけるDGLAの含有率は3重量%以上となっている。また、当該PCに加えてLCPUFAとしてDGLAを含むPSがさらに含まれている場合には、全てのPSの構成要素として含まれる総脂肪酸中におけるDGLAの含有率は1重量%以上となっている。
【0082】
上記PCおよびPSの生体内の挙動および生理作用は明らかに異なっている上に、LCPUFAとしてAAを含んでいると、これらの生体内での相乗効果により、本発明にかかるリン脂質を栄養組成物としてより優れたものとすることができる。しかも、含まれているLCPUFAがAAまたはDGLAであるので、次に示すようなAAまたはDGLAの特性や機能等から、本発明にかかるリン脂質を栄養組成物としてさらに一層優れたものとすることができる。
【0083】
すなわち、AAは高度不飽和脂肪酸の1種であり、血液や肝臓等の重要な器官を構成する脂肪酸の約10%程度を占めている。具体的には、例えば、ヒト血液中のリン脂質中の脂肪酸組成比では、AAは11%、エイコサペンタエン酸(EPA)は1%、DHAは3%となっている。AAは、細胞膜の主要構成成分として、当該細胞膜の流動性の調節に関与しており、体内の代謝で様々な機能を示す一方、プロスタグランジン類の直接の前駆体として重要な役割を果たすことが知られている。
【0084】
特に最近は、乳幼児栄養としてのAAの役割や、AAが神経活性作用を示す内因性カンナビノイド(2−アラキドノイルモノグリセロール、アナンダミド)の構成脂肪酸である点等が注目されている。通常は、リノール酸に富む食品を摂取すれば体内でAAに変換されるが、成人病患者やその予備軍、乳児、老人では、AAの生合成に関与する酵素の働きが低下し、それゆえAAは不足しがちとなる。そのため、AAは直接に摂取することが望まれる。
【0085】
一方、DGLAも高度不飽和脂肪酸の1種であり、血液や肝臓等の重要な器官を構成する脂肪酸として含まれている。ヒト等では、DGLAの組成比は全ての脂肪酸の数%程度となっている。DGLAもAAと同様に、細胞膜の流動性の調節に関与しており、体内の代謝で様々な機能を示す一方、プロスタグランジン類の直接の前駆体として重要な役割を果たすことが知られている。特に、DGLAからはプロスタグランジン類1シリーズが産生されることが知られている。
【0086】
特に、DGLAから産生されるプロスタグランジン類1シリーズが、血小板凝集抑制作用、血管拡張作用、気管支拡張作用、抗炎症作用等を有することが注目されている。通常は、DGLAはリノール酸から変換されるが、生合成に関与する酵素の働きが低下した場合には、上記AAと同様に不足しがちとなる。そのため、DGLAも直接に摂取することが望まれる。
【0087】
このように、本発明にかかるリン脂質は、LCPUFA−PLとして少なくともPC・PSを含んでおり、さらにPC・PSの構成要素としてAAを一定量以上含んでいるので、栄養組成物として非常に優れたものとなっている。
【0088】
(II)本発明にかかる脂質組成物およびその製造方法
本発明にかかる脂質組成物は、本発明にかかるリン脂質を含むものであればよく、その組成や状態等は特に限定されるものではないが、一つの好ましい組成として、溶媒である液状脂質に対して、溶質として少なくともLCPUFA−PLを溶解しており、上記液状脂質として、LCPUFAを構成要素として含む脂質(LCPUFA脂質)が用いられる組成を挙げることができる。すなわち、本発明にかかる脂質組成物の一例としては、LCPUFA−PLを液状のLCPUFA脂質に溶解させた「リン脂質溶液」となっている構成を挙げることができる。
【0089】
<リン脂質溶液とした場合のLCPUFA−PLの吸収>
リン脂質は、高度に精製すると粉末状であり、一般的に、きわめて吸湿性が高く、また分解しやすい(生化学実験講座3 脂質の科学 p22−23 東京化学同人(1974)参照)。そのため、取扱性を向上させるために、少量の液状脂質を溶媒として、これにリン脂質を溶解させて用いる(リン脂質溶液として用いる)ことが多い。このとき溶媒として用いられる液状脂質としては、トリグリセリド(TG)等が好ましく用いられる。
【0090】
ここで、LCPUFA−PLを上記リン脂質溶液とした場合、LCPUFA−PLの品質低下を有効に回避して取扱性を高めることができるのに対して、食品として摂取する場合には、LCPUFA−PLの効率的な吸収を妨げる傾向にある。具体的には、前記背景技術の項でも説明したように、消化管内では、リン脂質はリゾリン脂質となって吸収された後、小腸細胞内でリン脂質に再構成される。このとき、リン脂質がリン脂質溶液として摂取される場合には、吸収されたリゾリン脂質がリン脂質に再構成される段階で、アシル基として、LCPUFA−PL由来のLCPUFAと、液状脂質由来の脂肪酸とが混在することになる。
【0091】
上記液状脂質として一般的に用いられるTGは、構成要素としてLCPUFAを含んでいる場合はあるものの、その含有濃度は一般的に低い。そのため、アシル基として存在する脂肪酸には、LCPUFAではない脂肪酸(便宜上、非LCPUFA脂肪酸と称する)が含まれることになる。
【0092】
したがって、溶媒である液状脂質がLCPUFAをあまり含まないと、リゾリン脂質からリン脂質への再構成時に非LCPUFA脂肪酸が多く用いられることになる。その結果、高品質のLCPUFA−PLをリン脂質として摂取しても、LCPUFA−PLの実質的な吸収量を大きく低下させることになる。
【0093】
これに対して、液状脂質として、構成要素としてのLCPUFAを高い含有率で含有するTG等のLCPUFA脂質を用いると、LCPUFA−PLを効率的に吸収させることが可能となり非常に好ましい。それゆえ、本発明にかかる脂質組成物としては、LCPUFA−PLを液状のLCPUFA脂質に溶解させた構成を挙げることができる。
【0094】
<脂質組成物の成分>
上記リン脂質溶液の溶媒として用いる液状のLCPUFA脂質としては、特に限定されるものではないが、トリグリセリド、ジグリセリド、モノグリセリド、脂肪酸、脂肪酸アルコールエステル等を挙げることができる。また、LCPUFA脂質の構成要素として含まれるLCPUFAとしては、前記<本発明にかかるリン脂質>の項で説明した各LCPUFAを挙げることができる。なお、上記のように、LCPUFA脂質としては、脂肪酸そのものを用いることができるので、液状のLCPUFAそのものをLCPUFA脂質として用いることができる。
【0095】
また、後述するように、LCPUFA脂質としては、本発明にかかる製造方法の油脂抽出工程で得られるTGを含む油脂を用いることができる。本発明の油脂抽出工程で抽出されるトリグリセリド等の油脂には、構成要素としてLCPUFAが含有されている。そのため、LCPUFA油脂として好適に用いることができる。
【0096】
ここで、上記LCPUFA脂質における総脂肪酸中に占めるLCPUFAの割合は、特に限定されるものではないが、11重量%以上であることが好ましく、25重量%以上であればより好ましく、27重量%以上であればさらに好ましい。LCPUFAとしてアラキドン酸(AA)が含まれている場合は、LCPUFA脂質に含まれる総脂肪酸中に占めるアラキドン酸の割合は、特に限定されるものではないが、9重量%以上であることが好ましく、20重量%以上であればより好ましい。なお、上限については特に限定されるものではなく、割合が高ければ高いほどよい。
【0097】
総脂肪酸中に占めるLCPUFAの割合が上記数値以上であれば、脂質組成物全体として見た場合に、総脂肪酸中のLCPUFAの比率が低下することを抑制または回避することができる。換言すれば、LCPUFA−PLと共存する液状脂質に含まれるLCPUFAの含有率を高めることになる。それゆえ、小腸で吸収されたときに、リゾリン脂質からリン脂質への再構成時にアシル基としてLCPUFAを多く用いることができるので、LCPUFA−PLの実質的な吸収量の低下を回避または抑制することができる。
【0098】
また、LCPUFA−PLは、本来は粉末状であり、きわめて吸湿性が高く、また分解しやすいが、上記のようにリン脂質溶液とすることにより、吸湿性や分解性の高さを考慮する必要がなく、かつ液状であるため、総合的な取扱性を一層向上させることができる。
【0099】
溶質であるリン脂質は、本発明にかかるリン脂質、すなわち本発明にかかる製造方法により得られたリン脂質が用いられる。さらに本発明では、リン脂質以外の脂溶性物質を溶質として含んでいてもよい。
【0100】
上記脂溶性物質としては、具体的には、例えば、ステロール、ステロールエステル、糖脂質、スフィンゴ脂質、ワックス、色素、カロテノイド、トコフェロール類等を挙げることができるが、特に限定されるものではない。これら脂溶性物質は、本発明にかかる脂質組成物の用途等に応じて適宜選択される。
【0101】
本発明にかかる脂質組成物には、各種添加剤を加えることができる。この添加剤としては、具体的には、例えば、ビタミンE、トコトリエノール、セサミン、セサミノール、セサモール、アスタキサンチン、アスタキサンチンエステル、ステロール類、カロテン類等を挙げることができるが特に限定されるものではない。これら添加剤の中には、上記脂溶性物質に含まれるものが多いが、脂溶性物質でなくてもよい。本発明にかかる脂質組成物は、栄養組成物として食品等に利用することができるので、食品に添加可能な添加剤は全て添加することが可能である。
【0102】
<脂質組成物の製造方法>
上記脂質組成物の製造方法は特に限定されるものではなく、本発明にかかるリン脂質の製造方法で得られたリン脂質を液状のLCPUFA脂質に溶解し、必要に応じてその他の成分を添加して溶解または分散させればよい。換言すれば、本発明にかかる脂質組成物の製造方法は、上記PL抽出工程を少なくとも含み、さらに、当該PL抽出工程で得られたLCPUFA−PLを含むPLを、LCPUFA脂質に溶解させてリン脂質溶液を調製する溶液調製工程を含んでいればよい。
【0103】
また、本発明にかかる脂質組成物では、上記油脂抽出工程で得られた油脂をLCPUFA脂質として好適に用いることができる。したがって、本発明にかかる脂質組成物の製造方法には、油脂抽出工程が含まれていてもよい。
【0104】
ここで、油脂抽出工程におけるトリグリセリド等の抽出操作や、PL抽出工程におけるLCPUFA−PLの抽出操作を制御することにより、本発明にかかる脂質組成物を容易に製造することができる。具体的には、脂質生産菌菌体から油脂を除去する(抽出する)ときに、除去の程度を抑制すると、得られる脱脂菌体に残存する脂質の組成を変えることができる。
【0105】
上記除去の程度については特に限定されるものではなく、得ようとする脂質組成物の組成、脂質生産菌の種類、菌体から油脂を除去するときの抽出方法等の前提条件に応じて、抽出条件を適宜変更すればよい。例えば、抽出媒として脂肪族系有機溶媒を用いる場合には、油脂抽出工程において、有機溶媒の量、抽出処理回数、抽出温度等を変化させる。これによりPL抽出工程で得られるリン脂質に、トリグリセリド(TG)等の液状油脂を残存させることができる。しかも残存する液状油脂は、構成要素としてLCPUFAを含むLCPUFA脂質であるため、容易に脂質組成物を得ることができる。したがって、本発明では、油脂抽出工程における油脂の抽出量を抑制することにより、PL抽出工程にて上記リン脂質溶液としての脂質組成物として抽出することができる。換言すれば、上記リン脂質溶液としての脂質組成物は、本発明にかかるリン脂質の製造方法において、油脂抽出工程の条件を変化させることで容易に製造することができる。
【0106】
本発明にかかる脂質組成物においては、主要成分であるLCPUFA−PLとLCPUFA脂質とは任意の割合で混合することができる。したがって、LCPUFA脂質の量は特に限定されるものではなく、リン脂質溶液として優れた取扱性を発揮できるような流動性を実現できる量であればよい。
【0107】
また、上記主要成分の濃度を調節するために、本発明にかかる脂質組成物に対しては、本発明にかかる製造方法の過程から得られる脂質、すなわち出発原料である脂質生産菌菌体から得られるLCPUFA−PLや油脂以外の脂質を添加することができる。この場合に添加される脂質としては、LCPUFA−PL、non−LCPUFA−PL、LCPUFA脂質の何れであってもよい。
【0108】
なお、本発明にかかる脂質組成物は、取扱性を高めるための上記リン脂質溶液に限定されるものではなく、他の組成であってもよい。また、上記リン脂質溶液として調製される脂質組成物は、LCPUFA−PLの取扱性を高めることを主目的として溶液化しているので、実質的にリン脂質そのものとして使用することができる。
【0109】
(III)本発明の利用
本発明の利用方法は特に限定されるものではないが、代表的なものとしては、本発明にかかるリン脂質または脂質組成物を、LCPUFA−PLを補給するための栄養組成物として用いる用途が挙げられる。栄養組成物の使用対象となる生物は特に限定されるものではなく、どのような生物であってもよいが、代表的にはヒトであり、それ以外には、家畜動物や実験動物等を挙げることができる。栄養組成物はどのような形でも摂取することができるが、経口摂取する方法が最も好ましい。したがって、本発明には、上記リン脂質または脂質組成物を含有する食品も含まれる。
【0110】
本発明にかかる食品は、本発明にかかるリン脂質または脂質組成物を含有していればよいため、その種類は特に限定されるものではない。具体的には、パン、和洋菓子(冷菓等も含む)、惣菜食品、乳製品、シリアル食品、豆腐・油揚げ類、麺類、弁当類、調味料、小麦粉や食肉等の農産加工品、長期保存食品(缶詰、冷凍食品、レトルト食品等)、清涼飲料水、乳飲料、豆乳、ポタージュスープ等のスープ類等の一般食品を挙げることができるが特に限定されるものではない。これら一般食品に対するリン脂質または脂質組成物の添加方法は特に限定されるものではなく、一般食品の種類に応じて公知の適切な方法を採用することができる。
【0111】
また、本発明にかかる食品には、健康食品や栄養食品等のように、一般食品でない特定用途に用いられる機能性食品を挙げることができる。具体的には、各種サプリメント等の栄養補助食品、特定保健用食品等を挙げることができる。本発明にかかるリン脂質は、その取扱性等からリン脂質溶液として調製されていることが好ましいが、サプリメント等の場合には、このリン脂質溶液(脂質組成物)を適当な形状に加工するだけでそのまま用いることができる。このときの加工形状は特に限定されるものではない。具体的には、本発明にかかる脂質組成物(または食品)は、液状または粉末状であってもよいし、カプセル状であってもよい(後述する実施例6参照)し、錠剤やタブレット状であってもよい。本発明にかかるリン脂質または脂質組成物の利用においては、一般的な油脂系食品への溶解、粉末化など一般の油脂に対して用いることのできる技術は全て適用することが可能である。
【0112】
本発明の利用においては、上述した製造方法により得られるリン脂質を用いることになる。それゆえ、本発明にかかるリン脂質や脂質組成物に対して、さらに他の成分を加えて食品等として利用する場合には、リン脂質を用いて他の成分をリポソーム化して可溶化することも可能である。この場合、リポソーム化して得られる水中油滴型(O/W型)の分散液も本発明にかかる組成物として用いることができる。
【0113】
このように、本発明では、微生物発酵により得られる脂質生産菌菌体からLCPUFA−PLを効率的かつ安定的に得ることができる。これまで、LCPUFA−PLの主たる供給源としては、牛脳をはじめとする動物臓器であったが、このような供給源は狂牛病の流行以来好まれていない。これに対して、本発明によれば、LCPUFA−PLを発酵技術により得ることができるため、特に、本発明にかかるリン脂質や脂質組成物を上記一般食品や機能性食品として利用する場合には、消費者の受け入れやすさを向上させることが可能となる。
【0114】
また、本発明は、上記のような食品分野だけでなく、医薬品分野にも利用することができる。すなわち、本発明にかかるリン脂質や脂質組成物は、医薬品として利用されてもよい。医薬品として利用する場合の具体的な例も特に限定されるものではなく、その目的に応じて公知の技術を利用すればよい。
【実施例】
【0115】
以下、本発明を実施例に基づいてより具体的に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。なお、乾燥菌体および脱脂菌体の製造例1〜5で用いた培地の詳細は、次に示す〔培地の調製〕の項目に記載する。
【0116】
〔培地の調製〕
乾燥菌体および脱脂菌体の製造例1で用いた種培地Aは、その組成は酵母エキス1%、グルコース2%、残部水であり、pH6.3とした。同じく種培地Bは、その組成は酵母エキス1%、グルコース2%、大豆油0.1%、残部水であり、pH6.3とした。
【0117】
同じく本培地Cは、培地C−aに培地C−bを加え、pH6.1として調製した。培地C−aは、大豆粉336kg、KHPO16.8kg、MgCl・6HO2.8kg、CaCl・2HO2.8kg、大豆油56kgを水に加えて攪拌し、4500Lとした上で、121℃、20分の条件で滅菌して調製した。培地C−bは、含水グルコース112kgを水に加えて攪拌し、1000Lとした上で、140℃、40秒の条件で滅菌して調製した。
【0118】
乾燥菌体および脱脂菌体の製造例2〜5で用いた本培地Dは、その組成がグルコース1.8%、大豆粉1.5%、大豆油0.1%、KHPO0.3%、NaSO0.1%、CaCl・2HO0.05%、MgCl・6HO0.05%、残部水であり、pH6.3とした。
【0119】
〔乾燥菌体および脱脂菌体の製造例1〕
脂質生産菌として、アラキドン酸含有リン脂質生産菌としてモルティエレラ・アルピナ(Mortierella alpina)CBS754.68を用いた。このCBS754.68の保存菌株を、種培地Aに接種し、往復振盪100rpm、温度28℃の条件にて種培養(第一段階)を開始し、3日間培養した。次に、30Lの種培地Bを50L容通気攪拌培養槽内で調製し、これに種培養液(第一段階)を接種して、攪拌回転数200rpm、温度28℃、槽内圧150kPaの条件にて、種培養(第二段階)を開始し、2日間培養した。
【0120】
次に、容積10kLの培養槽に初発培養液量に合わせた5600Lの本培地Cを仕込み、種培養液(第二段階)を接種して、温度26℃、通気量49Nm/hr、内圧200kPaで本培養を開始した。適当な時間が経過後、含水グルコースを適当な量加える培地流加を適宜行った。この培地流加えるとしては、合計1454kgの含水グルコースを6回に分けて流加した。このようにして本培養を306時間継続した。
【0121】
本培養終了後、120℃、20分の条件で殺菌した後、連続式脱水機で湿菌体を回収し、当該湿菌体を振動流動層乾燥機で水分含量1wt%まで乾燥し、乾燥菌体を得た。乾燥菌体は、空気輸送機を用いて充填場所に輸送し、容積約1mのアルミパウチ製コンテナバッグに窒素ガスとともに充填し、バッグ口部をヒートシールした後、10℃以下の冷蔵室で保管した。
【0122】
コンテナバッグより取り出した乾燥菌体1kgに、ヘキサン3Lを加え、常温で15時間緩やかに攪拌した後、ヘキサン層を濾過で取り除いた。得られたヘキサン抽出処理済みの乾燥菌体から、残留するヘキサンを通風により除去し、脱脂菌体A−1を得た。この脱脂菌体A−1に再びヘキサン3Lを加え、常温で3時間緩やかに攪拌した後、同様の操作を行うことにより脱脂菌体A−2を得た。
【0123】
さらに、上記の2回目のヘキサン抽出処理の後、脱脂菌体A−2に対してもう一度ヘキサン3Lを加え、常温で3時間緩やかに攪拌した後、同様の操作を行うことにより脱脂菌体A−3を得た。加えて、脱脂菌体A−3に対してもう一度ヘキサン3Lを加え、常温で3時間緩やかに攪拌した後、同様の操作を行うことにより脱脂菌体A−4を得た。
【0124】
上記4回のヘキサン抽出処理では、回収したヘキサン層の何れにおいても、抽出された脂質のほとんどがトリグリセリドであり、リン脂質は検出されなかった。
【0125】
〔乾燥菌体および脱脂菌体の製造例2〕
容積10Lの通気攪拌培養槽に5Lの本培地Dを仕込んで滅菌し、脂質生産菌としてアラキドン酸を生産する糸状菌モルティエレラ・ポリセファラ(Mortierella polycephala)IFO6335を植菌し、温度26℃、通気量1vvm、攪拌回転数300rpmで、9日間培養した。グルコース消費に応じて適宜1%相当のグルコースを流下した。得られた培養菌体を実施例1と同様にして滅菌し、培地を除去した後に実施例1同様にして乾燥させ、乾燥菌体を得た。
【0126】
この乾燥菌体40gにヘキサン120mLを加え、常温で3時間緩やかに攪拌した後、ヘキサン層を濾過で取り除いた。その後、乾燥菌体に対して再びヘキサン120mLを加え、常温で15時間緩やかに攪拌した後、ヘキサン層を濾過で取り除いた。ヘキサン抽出処理済みの乾燥菌体から、残留するヘキサンを通風により除去し、脱脂菌体Bを得た。
【0127】
上記ヘキサン抽出処理で回収したヘキサン層においては、抽出された脂質のほとんどがトリグリセリドであり、リン脂質は検出されなかった。
【0128】
〔乾燥菌体および脱脂菌体の製造例3〕
脂質生産菌として、ジホモ−γ−リノレン酸(DGLA)を生産する糸状菌モルティエレラ・エロンガタ(Mortierella elongata)SAM1860(ブダペスト条約に基づく国際寄託番号FERMBP−3589)を植菌した以外は実施例2と同様にして脱脂菌体Cを得た。
【0129】
上記ヘキサン抽出処理で回収したヘキサン層においては、抽出された脂質のほとんどがトリグリセリドであり、リン脂質は検出されなかった。
【0130】
〔乾燥菌体および脱脂菌体の製造例4〕
脂質生産菌として、ミード酸を生産する糸状菌モルティエレラ・アルピナ(Mortierella alpina)SAM2086(ブダペスト条約に基づく国際寄託番号FERMBP−15766)を植菌した以外は実施例2と同様にして脱脂菌体Dを得た。
【0131】
上記ヘキサン抽出処理で回収したヘキサン層においては、抽出された脂質のほとんどがトリグリセリドであり、リン脂質は検出されなかった。
【0132】
〔乾燥菌体および脱脂菌体の製造例5〕
脂質生産菌として、アラキドン酸を生産する糸状菌エキノスポランジウム・トランスバーサリス(Echinosporangium transversalis)ATCC16960を植菌した以外は実施例2と同様にして脱脂菌体Eを得た。
【0133】
上記ヘキサン抽出処理で回収したヘキサン層においては、抽出された脂質のほとんどがトリグリセリドであり、リン脂質は検出されなかった。
【0134】
〔乾燥菌体および脱脂菌体の製造例6〕
培養時間を6日間とした以外は製造例2と同様にして、モルティエレラ・ポリセファラ(M.polycephala)IFO6335の乾燥菌体を得た。また、乾燥菌体を20g、加えるヘキサンの量を何れも60mLとした以外は、製造例2と同様にして、モルティエレラ・ポリセファラ(M.polycephala)IFO6335の脱脂菌体Fを得た。
【0135】
上記ヘキサン抽出処理で回収したヘキサン層においては、抽出された脂質のほとんどがトリグリセリドであり、リン脂質は検出されなかった。
【0136】
〔乾燥菌体および脱脂菌体の製造例7〕
培養時間を6日間とした以外は製造例5と同様にして、エキノスポランジウム・トランスバーサリス(E.transversalis)ATCC16960の乾燥菌体を得た。また、乾燥菌体を20g、加えるヘキサンの量を何れも60mLとした以外は、製造例2と同様にして、エキノスポランジウム・トランスバーサリス(E.transversalis)ATCC16960の脱脂菌体Gを得た。
【0137】
上記ヘキサン抽出処理で回収したヘキサン層においては、抽出された脂質のほとんどがトリグリセリドであり、リン脂質は検出されなかった。
【0138】
〔実施例1:脱脂菌体A−2からのアラキドン酸含有リン脂質の抽出〕
乾燥菌体および脱脂菌体の製造例1で得られた1gの脱脂菌体A−2に対して、抽出媒として種々の有機溶媒25mLを加え60℃で1時間緩やかに攪拌した。抽出媒としては、ヘキサン、ヘキサン/エタノール混合溶媒a〜e、エタノール、クロロホルム/メタノール混合溶媒を用いた。これら抽出媒の組成(混合体積比)を表1に示す。
【表1】

【0139】
何れの場合も有機溶媒層を濾過後すべて集め、有機溶媒を留去することにより、粗リン脂質画分を得た。得られた粗リン脂質画分は、シリカゲル薄層クロマトグラフィー(TLC)にて、トリグリセリド(TG)およびリン脂質(PL)に分画した。展開溶媒はヘキサン:エチルエーテル=7:3の混合溶媒とした。両画分をそれぞれかき取り、塩酸メタノール法でメチルエステルに誘導して脂肪酸の定性および定量を行った。なお、内部標準にはペンタデカン酸を用いた。定性および定量の結果を表2に示す。
【表2】


【0140】
抽出媒としてヘキサンのみを用いた場合にはリン脂質が検出されなかったが、その他の場合には、著量のリン脂質を抽出することができた。また、リン脂質中の全脂肪酸の40%以上がアラキドン酸(AA)やジホモ−γ−リノレン酸(DGLA)等のLCPUFAであったが、エイコサペンタエン酸(EPA)は検出されなかった。
【0141】
〔実施例2:脱脂菌体A−1〜A−4からのアラキドン酸含有リン脂質の抽出〕
乾燥菌体および脱脂菌体の製造例1で得られた200gの脱脂菌体A−1〜A−4それぞれに対して、1:1の体積混合比のヘキサン/エタノール混合溶媒1Lを加え、60℃で90分間緩やかに攪拌した。溶媒層を濾過した後、再び同じ操作をさらに2回繰り返した。その後、溶媒層を全て回収し、溶媒を留去することにより、粗リン脂質画分を得た。得られた粗リン脂質画分は、実施例1と同様に、シリカゲルTLCにて、TGおよびPLに分画し、脂肪酸の定性および定量を行った。定性および定量の結果を表3に示す。なお、表3中の重量は全て脱脂菌体1g当たりの量を示す。
【表3】


【0142】
また、脱脂菌体A−2から抽出した粗リン脂質画分を、4℃で冷アセトンに溶解し、アセトン不溶成分を回収する操作を2回繰り返すことにより、精製リン脂質画分を得た。精製リン脂質画分には、中性脂質は含まれていなかった。また、総脂肪酸中のAAおよびDGLAの割合は、それぞれ43.4%および2.6%であった。
【0143】
さらに、上記精製リン脂質画分をシリカゲルTLCによりホスファチジルコリン(PC)、ホスファチジルエタノールアミン(PE)、ホスファチジルセリン(PS)、ホスファチジルイノシトール(PI)、糖脂質(GL)に分画し、脂肪酸の定性および定量を行った。展開溶媒は、クロロホルム:メタノール:酢酸:水=100:75:7:4の混合溶媒を用いた。得られた精製リン脂質の組成を表4に示す。
【表4】

【0144】
〔実施例3:脱脂菌体B〜EからのPUFAを含有するリン脂質の抽出〕
乾燥菌体および脱脂菌体の製造例2〜5で得られた5gの脱脂菌体B〜Eそれぞれに対して、1:1の体積混合比のヘキサン/エタノール混合溶媒25mLを加え、60℃で90分間緩やかに攪拌した。溶媒層を濾過した後、再び同じ操作をさらに2回繰り返した。その後、溶媒層を全て回収し、溶媒を留去することにより、粗リン脂質画分を得た。得られた粗リン脂質画分は、実施例1と同様に、シリカゲルTLCにて、TGおよびPLに分画し、脂肪酸の定性および定量を行った。定性および定量の結果を表5に示す。なお、表5中の重量は全て脱脂菌体1g当たりの量を示す。
【表5】

【0145】
〔実施例4:精製したLCPUFA−PLの製造〕
乾燥菌体および脱脂菌体の製造例6・7で得られた10gの脱脂菌体F・Gそれぞれに対して、1:1の体積混合比のヘキサン/エタノール混合溶媒50mLを加え、60℃で90分間緩やかに攪拌した。溶媒層を濾過した後、再び同じ操作をさらに2回繰り返した。その後、溶媒層を全て回収し、溶媒を留去することにより、粗リン脂質画分を得た。
【0146】
得られた粗リン脂質画分を、4℃で冷アセトンに溶解し、アセトン不溶成分を回収する操作を2回繰り返すことにより、精製リン脂質画分を得た。精製リン脂質画分には、中性脂質は含まれていなかった。得られた精製リン脂質画分をシリカゲルTLCによりホスファチジルコリン(PC)、ホスファチジルエタノールアミン(PE)、ホスファチジルセリン(PS)、ホスファチジルイノシトール(PI)、糖脂質(GL)に分画し、脂肪酸の定性および定量を行った。展開溶媒は、クロロホルム:メタノール:酢酸:水=100:75:7:4の混合溶媒を用いた。
【0147】
脱脂菌体Fから得られた精製リン脂質の組成を表6に、脱脂菌体Gから得られた精製リン脂質の組成を表7に示す。
【表6】

【0148】
【表7】

【0149】
〔実施例5:LCPUFA含有リン脂質を配合したカプセルの調製〕
ゼラチン(新田ゼラチン社製)と食品添加用グリセリン(花王社製)とを重量比100:35となるように混合して水を加え、50〜60℃の温度範囲で溶解させ、粘度2000cpのゼラチン被膜を調製した。
【0150】
次に、実施例2で脱脂菌体A−2から得られた粗リン脂質画分とビタミンE油(エーザイ社製)とを重量比100:0.05となるように混合し、内容物1を調製した。
【0151】
また、実施例2で脱脂菌体A−2から得られた粗リン脂質画分、サケ卵から抽出した精製リン脂質画分(総脂肪酸中に占めるDHAの割合は25%)、大豆油(昭和産業社製)、およびビタミンE油を、重量比50:50:50:0.05となるように混合し、内容物2を調製した。
【0152】
これらの内容物1または2を用いて、常法によりカプセル成型および乾燥を行い、1粒当たり180mgの内容物を含有するソフトカプセルを製造した。このソフトカプセルはいずれも経口摂取に好適なものであった。
【0153】
〔実施例6:LCPUFA含有リン脂質を配合した飲料の調製〕
実施例2で脱脂菌体A−2から得られた粗リン脂質画分を、60℃で5〜30分間、混合分散装置(エムテクニック社製,商品名:クレアミックス)を用いて水中で攪拌することにより、水中に均一に分散してリポソーム分散液を得た。当該リポソーム分散液中のリン脂質の濃度は0.1〜20%で自由に制御可能であった。
【0154】
リポソーム分散液中のリポソームの平均粒径は約50〜100nmであった。リン脂質を10%含むリポソーム分散液を、オレンジジュース、炭酸水、コーヒー飲料、ミルク、豆乳、またはポタージュスープ飲料に対して、1/100容量ずつ添加することにより、本発明にかかる食品としての上記各飲料を調製(製造)した。これら飲料はいずれも経口摂取に好適なものであった。
【0155】
尚、発明を実施するための最良の形態の項においてなした具体的な実施態様または実施例は、あくまでも、本発明の技術内容を明らかにするものであって、そのような具体例にのみ限定して狭義に解釈されるべきものではなく、本発明の精神と添付の特許請求の範囲内で、いろいろと変更して実施することができるものである。
【産業上の利用可能性】
【0156】
本発明にかかるリン脂質の製造方法は、上記脂質生産菌からTGを主成分とする油脂を抽出した後に得られる脱脂菌体からPLを抽出することにより、LCPUFA−PLを効率的に製造する方法である。それゆえ、供給源として、培養により大量に生産することが可能な脂質生産菌を供給源として有効に利用することができる。
【0157】
その結果、これまで限られた供給源から少量しか得られないため、供給量も不安定で、品質も必ずしも安定していなかったLCPUFA−PLを、大量かつ高品質の製品として安定して提供することができる。特に、牛脳をはじめとする動物臓器については、狂牛病等の伝染病の心配から、実質的に利用困難な状況である。それゆえ、本発明のように、安全性の高いLCPUFA−PLの供給源を安定して確立することができることは非常に意義深い。
【0158】
しかも、上記脱脂菌体は、十分に商品価値を有するTG等の油脂を菌体から抽出する工程で副生するものであり、これまでは、一般的な微生物発酵残渣と同様に、せいぜい動物飼料として用いるか、あるいは廃棄するしかなかった。これに対して、本発明では、上記脱脂菌体をLCPUFA−PLの実質的な供給源とするため、比較的安価にLCPUFA−PLを製造することが可能になるだけでなく、脱脂菌体という「廃棄物」を有効に利用することが可能となる。
【0159】
また、本発明により製造されるリン脂質は、液状のLCPUFA脂質を溶媒とした溶液(脂質組成物)とすることにより、その取扱性を高めることができるだけでなく、食品としてそのまま用いても、LCPUFA−PLを効率的に吸収させることが可能となる。特に、上記液状のLCPUFA脂質として、油脂抽出工程で得られるTG等の油脂を用いることで、効率的かつ高品質の脂質組成物を得ることができる。
【0160】
それゆえ、本発明は、LCPUFA−PLを効率的かつ安定的に製造することができ、安価で供給量や品質が安定したLCPUFA−PLを供給することができるという効果を奏する。
【0161】
以上のように、本発明では、発酵技術によりLCPUFA−PLを効率的かつ安定的に製造することができる。したがって、本発明は、特に、機能性食品に関わる産業に広く用いることができるだけでなく、一般食品、さらには医薬品等に関わる産業にも利用することが可能となる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
長鎖高度不飽和脂肪酸(LCPUFA)を構成要素として含む脂質を生産する脂質生産菌を出発原料として、LCPUFAを構成要素として含むリン脂質(LCPUFA−PL)を製造するリン脂質の製造方法であって、
上記脂質生産菌菌体からトリグリセリド(TG)を含む油脂を抽出した後の脱脂菌体から、リン脂質(PL)を抽出するPL抽出工程を含むことを特徴とするリン脂質の製造方法。
【請求項2】
さらに、上記PL抽出工程の前段で実施され、上記脂質生産菌菌体からTGを含む油脂を抽出するとともに脱脂菌体を得る油脂抽出工程を含むことを特徴とする請求の範囲1に記載のリン脂質の製造方法。
【請求項3】
上記脂質生産菌として、モルティエレラ(Mortierella)属、コニディオボラス(Conidiobolus)属、フィチウム(Pythium)属、フィトフトラ(Phytophthora)属、ペニシリューム(Penicillium)属、クラドスポリューム(Cladosporium)属、ムコール(Mucor)属、フザリューム(Fusarium)属、アスペルギルス(Aspergillus)属、ロードトルラ(Rhodotorula)属、エントモフトラ(Entomophthora)属、エキノスポランジウム(Echinosporangium)属、およびサプロレグニア(Saprolegnia)属から選択される少なくとも1種が用いられることを特徴とする請求の範囲1または2に記載のリン脂質の製造方法。
【請求項4】
上記脂質生産菌としてモルティエレラ属が用いられる場合、当該モルティエレラ属の菌がモルティエレラ亜属であることを特徴とする請求の範囲3に記載のリン脂質の製造方法。
【請求項5】
上記モルティエレラ亜属の菌がモルティエレラ・アルピナ(Mortierella alpina)であることを特徴とする請求の範囲4に記載のリン脂質の製造方法。
【請求項6】
上記PL抽出工程では、上記脱脂菌体からPLを抽出するための抽出媒として、脂肪族系有機溶媒および水の少なくとも何れかの抽出液、または、超臨界炭酸ガスを用いることを特徴する請求の範囲1ないし5の何れか1項に記載のリン脂質の製造方法。
【請求項7】
上記脂肪族系有機溶媒として、飽和炭化水素、アルコール、飽和炭化水素とアルコールとの混合溶媒、または、ハロゲン化炭化水素とアルコールとの混合溶媒が用いられることを特徴とする請求の範囲6に記載のリン脂質の製造方法。
【請求項8】
上記抽出液として、ヘキサン、エタノール、メタノール、含水エタノール、イソプロピルアルコール、アセトンの少なくとも何れかが用いられることを特徴とする請求の範囲6または7に記載のリン脂質の製造方法。
【請求項9】
上記抽出液として、ヘキサンおよびエタノールの混合溶媒が用いられることを特徴とする請求の範囲8に記載のリン脂質の製造方法。
【請求項10】
上記ヘキサンおよびエタノールの混合溶媒においては、ヘキサン:エタノールの混合比が、体積比で、4:1〜0:6の範囲内にあることを特徴とする請求の範囲9に記載のリン脂質の製造方法。
【請求項11】
上記油脂抽出工程では、加圧による圧搾抽出、レンダリングによる抽出、および抽出媒による抽出の少なくとも何れかにより、上記脂質生産菌菌体から油脂を抽出することを特徴とする請求の範囲1ないし10の何れか1項に記載のリン脂質の製造方法。
【請求項12】
上記抽出媒として、脂肪族系有機溶媒および水の少なくとも何れかの抽出液、または、超臨界炭酸ガスを用いることを特徴する請求の範囲11に記載のリン脂質の製造方法。
【請求項13】
上記脂肪族系有機溶媒として、ヘキサンが用いられることを特徴とする請求の範囲12に記載のリン脂質の製造方法。
【請求項14】
上記油脂抽出工程で用いられる脂質生産菌菌体が乾燥菌体であることを特徴とする請求の範囲2ないし13の何れか1項に記載のリン脂質の製造方法。
【請求項15】
請求の範囲1ないし14の何れか1項に記載のリン脂質の製造方法により製造されるリン脂質。
【請求項16】
構成要素として含まれるLCPUFAが、エイコサジエン酸、エイコサトリエン酸、エイコサテトラエン酸、エイコサペンタエン酸、ドコサジエン酸、ドコサトリエン酸、ドコサテトラエン酸、ドコサペンタエン酸、ドコサヘキサエン酸、テトラコサジエン酸、テトラコサトリエン酸、テトラコサテトラエン酸、テトラコサペンタエン酸、およびテトラコサヘキサエン酸から選択される少なくとも1種であることを特徴とする請求の範囲15に記載のリン脂質。
【請求項17】
上記LCPUFAの分子中に含まれる炭素−炭素二重結合のうち、少なくとも1つが共役二重結合となっていることを特徴とする請求の範囲16に記載のリン脂質。
【請求項18】
上記LCPUFAには、アラキドン酸および/またはドコサヘキサエン酸が含まれることを特徴とする請求の範囲16または17に記載のリン脂質。
【請求項19】
全てのLCPUFA−PLの構成要素として含まれる総脂肪酸中におけるアラキドン酸の含有率が20重量%以上であることを特徴とする請求の範囲18に記載のリン脂質。
【請求項20】
上記LCPUFA−PLとして、ホスファチジルコリン、ホスファチジルセリン、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルイノシトール、ホスファチジン酸、およびカルジオリピンから選択される少なくとも1種のグリセロリン脂質を含むことを特徴とする請求の範囲16ないし19の何れか1項に記載のリン脂質。
【請求項21】
LCPUFA−PLとして少なくともホスファチジルコリンが含まれているとともに、全てのホスファチジルコリンの構成要素として含まれる総脂肪酸中におけるアラキドン酸の含有率が15重量%以上であることを特徴とする請求の範囲20に記載のリン脂質。
【請求項22】
LCPUFA−PLとして少なくともホスファチジルセリンが含まれているとともに、全てのホスファチジルセリンの構成要素として含まれる総脂肪酸中におけるアラキドン酸の含有率が5重量%以上であることを特徴とする請求の範囲20に記載のリン脂質。
【請求項23】
長鎖高度不飽和脂肪酸(LCPUFA)を構成要素として含むリン脂質(LCPUFA−PL)であって、
当該LCPUFA−PLとして少なくともホスファチジルコリンおよびホスファチジルセリンが含まれており、かつ、LCPUFAとして少なくともアラキドン酸が含まれているとともに、
全てのホスファチジルコリンの構成要素として含まれる総脂肪酸中におけるアラキドン酸の含有率が40重量%以上であり、かつ、全てのホスファチジルセリンの構成要素として含まれる総脂肪酸中におけるアラキドン酸の含有率が20重量%以上であることを特徴とするリン脂質。
【請求項24】
さらに、上記LCPUFA−PLとして、少なくともジホモ−γ−リノレン酸がLCPUFAとして含まれているホスファチジルコリンが含まれているとともに、
全てのホスファチジルコリンの構成要素として含まれる総脂肪酸中におけるジホモ−γ−リノレン酸の含有率が3重量%以上であることを特徴と請求の範囲23に記載のリン脂質。
【請求項25】
さらに、上記LCPUFA−PLとして、少なくともジホモ−γ−リノレン酸がLCPUFAとして含まれているホスファチジルセリンが含まれているとともに、
全てのホスファチジルセリンの構成要素として含まれる総脂肪酸中におけるジホモ−γ−リノレン酸の含有率が1重量%以上であることを特徴とする請求の範囲23または24に記載のリン脂質。
【請求項26】
請求の範囲1ないし14の何れか1項に記載のリン脂質の製造方法におけるPL抽出工程を少なくとも含むとともに、
当該PL抽出工程で得られたLCPUFA−PLを含むPLを、LCPUFAを構成要素として含む液状脂質に溶解させてリン脂質溶液を調製する溶液調製工程を含むことを特徴とする脂質組成物の製造方法。
【請求項27】
さらに、上記油脂抽出工程を含むとともに、当該油脂抽出工程で得られた油脂を上記液状脂質として用いることを特徴とする請求の範囲26に記載の脂質組成物の製造方法。
【請求項28】
油脂抽出工程における油脂の抽出量を抑制することにより、PL抽出工程にて、LCPUFA−PLを上記液状脂質に溶解させた脂質組成物として抽出することを特徴とする請求の範囲27に記載の脂質組成物の製造方法。
【請求項29】
請求の範囲26、27または28に記載の脂質組成物の製造方法により製造され、少なくともLCPUFA−PLおよびLCPUFAを構成要素として含む液状脂質とを含むことを特徴とする脂質組成物。
【請求項30】
上記液状脂質における総脂肪酸中に占めるLCPUFAの割合が11重量%以上であることを特徴とする請求の範囲29に記載の脂質組成物。
【請求項31】
請求の範囲15ないし25の何れか1項に記載のリン脂質を含む脂質組成物。
【請求項32】
栄養組成物として用いられることを特徴とする請求の範囲29、30または31に記載の脂質組成物。
【請求項33】
カプセル状または錠剤状に加工されていることを特徴とする請求の範囲29ないし32の何れか1項に記載の脂質組成物。
【請求項34】
請求の範囲29ないし33の何れか1項に記載の脂質組成物を含有する食品。
【請求項35】
リン脂質によりリポソーム化された水中油滴型の分散液を含むことを特徴とする請求の範囲34に記載の食品。
【請求項36】
栄養補助食品であることを特徴とする請求の範囲34または35に記載の食品。

【国際公開番号】WO2005/083101
【国際公開日】平成17年9月9日(2005.9.9)
【発行日】平成19年8月2日(2007.8.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−510509(P2006−510509)
【国際出願番号】PCT/JP2005/003344
【国際出願日】平成17年2月28日(2005.2.28)
【出願人】(000001904)サントリー株式会社 (319)
【Fターム(参考)】