説明

間隙測定装置、表面形状測定装置、間隙測定方法および表面形状測定方法

【課題】探針と試料とが衝突するのを防ぐことができ、比較的高速での走査が可能で、分解能が高く、正確な表面形状を得ることができる間隙測定装置、表面形状測定装置、間隙測定方法および表面形状測定方法を提供する。
【解決手段】探針12が、試料1の表面にほぼ垂直な方向に沿って振動するよう、試料1の表面との間に隙間をあけて配置されている。電圧印加手段14が、試料1と探針12との間に直流バイアス電圧を印加可能である。制御手段15が、走査手段11により探針12を走査しつつ、振動する探針12が検出した電圧印加手段14による電界信号に基づいて、試料1の表面と探針12との距離を求めるとともに、探針12が検出する電界信号の平均値が一定になるよう、走査手段11により探針12を垂直方向に移動させる。制御手段15は、求められた試料1の表面と探針12との距離と、探針12の軌跡とから試料1の表面形状を求める。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、間隙測定装置、表面形状測定装置、間隙測定方法および表面形状測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の試料表面の三次元形状を測定する技術として、走査型プローブ顕微鏡(SPM)がある。近年では、このSPMを工学へ応用する研究が盛んであり、例えば、製品の加工精度の把握のように、工業製品の高精度化へ向けた報告がある(例えば、非特許文献1参照)。
【0003】
SPMでは、微弱な信号を検出できる探針を用い、検出される信号をフィードバックに用いて試料と探針との間隔が一定になるように制御(「追従」と呼ぶ)を行いながら、試料表面を走査することにより、探針の軌跡から試料表面の輪郭を得ることを動作原理としている。
【0004】
特に、非接触領域で検出される信号を利用した非接触式SPMは、試料と探針とを接触させずに走査できるため、試料が傷つかず、かつ鋭い探針を用いても走査中に探針が破損することは少ない。鋭い探針を利用できる非接触式SPMは、高アスペクト比形状測定に対して高い能力を持つため、光工学や生物工学などを含めた広い分野での応用が期待されている。
【0005】
しかしながら、非接触式SPMでは、信号として原子間力またはトンネル電流が用いられており、これらは試料と探針との間隔が1nm未満でなければ十分に検出されない。そのような条件のもとで、測定系に機械的衝撃が与えられると、試料と探針とが容易に衝突し、互いが破損する。そのため、従来の非接触式SPMでは、測定実環境に高度な機械的安定性が要求される。
【0006】
また、工業製品の表面は、加工誤差や表面性状などに由来して、起伏やピッチがナノメートルオーダーの小振幅高周波形状が無数に存在している。従来の非接触式SPMは、そのような小振幅高周波形状を厳密に追従する必要があったため、高速で走査するときには高周波形状を追従しきれず、探針が試料に衝突し、破損してしまう。このため、SPMの走査速度は、追従の応答速度によって厳しく制限されるという技術課題を有している。
【0007】
そこで、非接触式SPMの高速化手段として、コンスタントハイトモードが利用されることがある。コンスタントハイトモードでは、追従を行わずに走査し、検出する信号の強弱のみから試料形状を得ることを原理としている。そのため、追従の応答速度が問題にならず、走査機構や電子回路の応答に準じた速度で測定が可能になる(例えば、非特許文献2参照)。しかしながら、コンスタントハイトモードでの測定は、試料の起伏が試料と探針との間隔よりも小さい場合のみに限られる。
【0008】
コンスタントハイトモードに対し、前述の追従により輪郭を測定する方法をコンスタントカレントモードと呼ぶ。コンスタントハイトモードにおいて問題となった試料の起伏における制限を解決するために、コンスタントハイトモードとコンスタントカレントモードとを融合させたハイブリッドモードを採用した報告がある。このハイブリッドモードでは、原子配列のような超微小高周波形状は追従せず、試料の大まかな輪郭のみを探針の軌跡から取得する。このとき、試料と探針との間隔は一定ではなく、走査と同時に取得されるトンネル電流には原子像の情報が含まれている。記録された微小信号の大きさから原子配列像を再現し、探針の軌跡から得られた輪郭と足し合わせることで、輪郭と原子配列の両者を取得することができる。この顕微鏡法は、原子配列を観察する場合には有効な手段である(例えば、非特許文献3参照)。
【0009】
しかしながら、この手法によって追従を省略できる形状は、試料と探針との間隔より小さな超微細形状に限られるため、依然として加工誤差や表面性状などに由来するナノメートルオーダーの形状を厳密に追従しなければならない。したがって、光工学や生物工学への応用までには至っていない。
【0010】
このような非接触式SPMで生じる問題を解決するものとして、微弱な信号である原子間力やトンネル電流の代わりに、強力な信号である電界放出電流を利用した例がある。非接触式SPMと同様の機構を使用し、探針と試料との間に大きな外部バイアス電圧を印加することで電界放出電流を発生させ、探針によって検出される電流の大きさを記録することにより、表面の凹凸像を取得する方法である。電界放出電流は、トンネル電流等と比べて試料と探針との間隔が大きい場合でも十分に検出することができる。そのため、探針と試料とが衝突することがなく、高速走査を実現することが出来る(例えば、特許文献1参照)。
【0011】
また、先端に探針が設置されたカンチレバーを振動させることによって、試料表面から発生するファンデルワールス力などを検出する、ダイナミックフォースモードAFMもある。このダイナミックフォースモードAFMと、試料表面において予め設定した離散的な測定点のみの高度を記録することで低分解能な輪郭を取得するタッチトリガーモードAFMとを組み合わせた顕微鏡法について、走査手法を提案した報告がある(例えば、特許文献2参照)。この手法では、ある測定点から次の測定点へ移動するとき、探針を試料表面から十分に離して走査を行うため、探針が破損し難く、追従を行わないため走査速度を速めることが容易で、測定時間が短縮される。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】Wei Gao, Jun Aoki, Bing-Feng Ju, Satoshi Kiyono, “Surface profilemeasurement of a sinusoidal grid using an atomic force microscope on a diamondturning machine”, Precision Engineering, 2007, 31, p.304-309
【非特許文献2】Bryant A, SmithDPE, Quate CF, “Imaging in real time with the tunneling microscope”, Applied PhysicsLetters, 1986, 48, 13, p.832-834
【非特許文献3】Rost MJ,Crama L, Schakel P et al, “Scanning probe microscopes go video rate and beyond”,Review of Scientific Instruments, 2005, 76, 5, 053710
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開2000−283909号公報
【特許文献2】特開2008−256579号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
しかしながら、SPMの誕生以前から周知のように、特許文献1に記載の、ギャップが大きい状態で検出される信号をそのまま凹凸像の取得に利用する手法では、ギャップが大きくなるにつれて顕微鏡像がぼやけてしまうため、分解能が著しく低下するという課題があった。そして何より、測定像は試料の凹凸だけでなく、試料表面の仕事関数分布による影響を強く受けているため、正確な凹凸像を得ることが困難であるという課題もあった。また、特許文献2に記載のタッチトリガーモードAFMを利用する方法では、測定点が離散的であるため、分解能が犠牲になっており、測定点の間隔に対して非常に大きな構造しか観察できないという課題があった。
【0015】
本発明は、このような課題に着目してなされたもので、探針と試料とが衝突するのを防ぐことができ、比較的高速での走査が可能で、分解能が高く、正確な表面形状を得ることができる間隙測定装置、表面形状測定装置、間隙測定方法および表面形状測定方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記目的を達成するために、本発明に係る間隔測定装置は、試料の表面にほぼ垂直な方向に沿って振動するよう、前記試料の表面との間に隙間をあけて配置され、前記試料との間に発生する電界信号を検出可能な探針と、前記試料と前記探針との間に直流バイアス電圧を印加可能に設けられた電圧印加手段と、前記電圧印加手段により直流バイアス電圧を印加したとき、振動する前記探針が検出した電界信号に基づいて、前記試料の表面と前記探針との距離を求める制御手段とを、有することを特徴とする。
【0017】
本発明に係る間隔測定方法は、試料と、前記試料の表面との間に隙間をあけて配置され、前記試料の表面にほぼ垂直な方向に沿って振動する探針との間に直流バイアス電圧を印加し、前記探針が検出した電界信号に基づいて、前記試料の表面と前記探針との距離を求めることを特徴とする。
【0018】
本発明に係る間隔測定装置および間隔測定方法は、試料と探針との間に印加した直流バイアス電圧による電気信号を利用することにより、原子間力やトンネル電流を利用する場合と比べて試料と探針との間隔が大きくても、その電気信号を検出することができる。このため、試料と探針との間隔をある程度あけて測定を行うことができ、探針と試料とが衝突するのを防ぐことができる。また、振動する探針が検出した電気信号を利用することにより、試料の表面と探針との距離を高分解能で求めることができる。
【0019】
本発明に係る間隔測定装置および間隔測定方法は、ダイナミックフォースモードAFMにおけるカンチレバーの振動とは異なり、電界信号の強度分布を測定して解析するために、探針を振動させて試料表面へ近づけたり遠ざけたりするものである。このため、探針の振動は、試料の表面力などの影響を受けても振幅が変動しないものであることが好ましい。
【0020】
本発明に係る間隔測定装置で、前記電界信号は静電気力または電界放出電流であり、前記制御手段は前記探針が検出した電界信号の最大値と最小値とに基づいて、前記試料の表面と前記探針の平均位置との距離を求めることが好ましい。
本発明に係る間隔測定方法で、前記電界信号は静電気力または電界放出電流であり、前記探針が検出した電界信号の最大値と最小値とに基づいて、前記試料の表面と前記探針の平均位置との距離を求めることが好ましい。
【0021】
本発明に係る間隔測定装置および間隔測定方法では、探針で検出される電界信号の大きさは、試料と探針との距離や、試料の表面物性、幾何条件の関数にて表現される。このため、振動する探針により検出される電界信号の波形は、探針の振動と同じ周波数を有している。この電界信号の最大値、最小値等を記録し、これらの値を用いて、電界信号を表現する関数を連立させ、全ての係数を消去することにより、探針の振動方向に沿った試料の表面と探針の平均位置との距離を求めることができる。このとき、試料の表面物性や幾何条件の影響は、全て相殺される。このため、試料の表面と探針との距離を高分解能で求めることができる。電界信号が静電気力または電界放出電流であるため、試料と探針とを十分に離して測定することができ、探針と試料とが衝突するのを防ぐことができる。
【0022】
本発明に係る表面形状測定装置は、本発明に係る間隔測定装置と、前記試料の表面に対して平行方向に、前記探針を相対的に移動可能に設けられた走査手段とを有し、前記制御手段は、前記走査手段により前記探針を相対的に移動させるとき、前記探針の振動周期に応じた間隔で、前記試料の表面と前記探針との距離を求め、求められた前記距離とそのときの前記探針の位置とから前記試料の表面形状を求めることを特徴とする。
【0023】
本発明に係る表面形状測定方法は、前記試料の表面に対して平行方向に前記探針を相対的に移動させ、前記探針の振動周期に応じた間隔で、本発明に係る間隔測定方法により前記試料の表面と前記探針との距離を求め、求められた前記距離とそのときの前記探針の位置とから前記試料の表面形状を求めることを特徴とする。
【0024】
本発明に係る表面形状測定装置および表面形状測定方法は、それぞれ本発明に係る間隔測定装置および間隔測定方法を利用するため、試料と探針とを十分に離して測定することができる。このため、試料の表面に対して平行方向に探針を相対的に移動させる走査中に、探針と試料とが衝突するのを防ぐことができる。このため、比較的高速での走査が可能である。また、試料の表面と探針との距離を高分解能で求めることができるため、試料の表面を走査して試料の表面と探針との距離を所定の間隔で求めることにより、正確な試料の表面形状を得ることができる。これらにより、信頼性の高い試料の表面形状の測定が可能になる。
【0025】
本発明に係る表面形状測定装置および表面形状測定方法は、非接触式の走査型プローブ顕微鏡(SPM)を利用して構成されることが好ましい。走査中、試料の表面と探針との距離を求める間隔は、探針の振動周期の半周期間隔、1周期間隔、2周期間隔など、探針の振動周期に応じた、少なくとも電界信号の1周期での最大値および最小値が含まれる間隔であることが好ましい。また、分解能の低下を防ぎ、試料の表面物性や幾何条件の影響を小さくするためには、その間隔をできるだけ小さくすることが好ましい。
【0026】
本発明に係る表面形状測定装置で、前記走査手段は、前記試料の表面に対して垂直方向にも、前記探針を相対的に移動可能であり、前記制御手段は、前記走査手段により前記試料の表面に対して平行方向に前記探針を相対的に移動させるとき、振動する前記探針が検出する電界信号の平均値が一定になるよう、前記走査手段により前記試料の表面に対して垂直方向に前記探針を相対的に移動させ、このときの前記探針の軌跡を考慮して前記試料の表面形状を求めることが好ましい。
【0027】
本発明に係る表面形状測定方法は、前記試料の表面に対して平行方向に前記探針を相対的に移動させるとき、前記探針が検出する電界信号の平均値が一定になるよう、前記試料の表面に対して垂直方向に前記探針を相対的に移動させ、このときの前記探針の軌跡を考慮して前記試料の表面形状を求めることが好ましい。
【0028】
この垂直方向にも探針を相対的に移動させる場合、フィードバック信号として電界放出電流や静電気力等の電界信号を利用して、走査中の試料と探針との距離を概ね一定に保つよう制御することができる。このときの探針の軌跡と、本発明に係る間隔測定装置および間隔測定方法を利用して求めた走査時の試料の表面と探針との距離とを合成することにより、試料の表面形状を求めることができる。また、このとき、電界信号を利用したことによるコントラストの低下や、試料の表面物性や幾何条件の影響による像の乱れを排除することができ、高分解能で正確な表面形状像を得ることができる。このように、本発明に係る表面形状測定装置および表面形状測定方法は、試料の表面の大まかな形状を探針の軌跡から取得し、試料の表面の細かい凹凸を、本発明に係る間隔測定装置および間隔測定方法を利用して求めるよう構成されている。
【発明の効果】
【0029】
本発明によれば、探針と試料とが衝突するのを防ぐことができ、比較的高速での走査が可能で、分解能が高く、正確な表面形状を得ることができる間隙測定装置、表面形状測定装置、間隙測定方法および表面形状測定方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】本発明の実施の形態の表面形状測定装置を示す構成図である。
【図2】本発明の実施の形態の表面形状測定装置および表面形状測定方法の、試料と探針との間隔を求める原理を確認するための実験装置の構成図である。
【図3】図2に示す実験装置で検出された電界放出電流の波形を示すグラフである。
【図4】図2に示す実験装置で検出された電界放出電流の、探針の振央からの変位に対する強度を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下、図面に基づき、本発明の実施の形態について説明する。
図1乃至図4は、本発明の実施の形態の間隙測定装置、表面形状測定装置、間隙測定方法および表面形状測定方法を示している。
図1に示すように、表面形状測定装置10は、非接触式の走査型プローブ顕微鏡(SPM)を利用して構成されており、走査手段11と探針12と加振子13と電圧印加手段14と制御手段15とを有している。
【0032】
走査手段11は、板状の試料1を水平に載置可能なXYスキャナ21と、XYスキャナ21の上方に配置され、探針12を取付可能なZスキャナ22とを有している。XYスキャナ21は、載置された試料1を、試料1の表面に対して平行方向、すなわち水平面内で移動可能に構成されている。Zスキャナ22は、探針12を試料1の表面に対して垂直方向、すなわち鉛直方向に移動可能に構成されている。これらにより、走査手段11は、試料1の表面に対して平行方向および垂直方向に、探針12を相対的に移動可能になっている。なお、以下では、XYスキャナ21の移動平面をXY平面、Zスキャナ22の移動方向をZ軸と定義する。また、Z軸は、試料1の表面から離れる方向、すなわち上向きを正とする。
【0033】
探針12は、加振子13を介してZスキャナ22に取り付けられている。探針12は、試料1の表面との間に隙間をあけて配置されている。探針12は、試料1との間に発生する電界信号を検出可能である。電界信号は、静電気力または電界放出電流である。加振子13は、ピエゾ加振子から成り、探針12が試料1の表面にほぼ垂直な方向に沿って振動するよう、探針12とZスキャナ22との間に取り付けられている。これにより、探針12は、試料1の表面力などの影響を受けても振幅が変動することなく振動するようになっている。電圧印加手段14は、試料1と設置面との間に接続されたバイアス電源23を有している。電圧印加手段14は、バイアス電源23により、試料1と探針12との間に直流バイアス電圧を印加可能になっている。
【0034】
制御手段15は、アンプ24と演算器25とPID回路26とコンピュータ27とを有している。アンプ24は、探針12に接続され、探針12が検出した電界信号を増幅して、電圧信号に変換可能に構成されている。演算器25は、アンプ24に接続され、アンプ24から出力される電圧信号を演算処理可能に構成されている。演算器25は、ピークホールド回路25aとボトムホールド回路25bとローパスフィルタ回路25cとを有している。演算器25は、探針12からの周期的な信号を、ピークホールド回路25a、ボトムホールド回路25bまたはローパスフィルタ回路25cに通して、所定の時間内における信号の最大値、最小値または平均値をそれぞれ出力可能になっている。
【0035】
PID回路26は、Zスキャナ22に接続され、演算器25のピークホールド回路25aまたはローパスフィルタ回路25cに接続可能になっている。PID回路26は、ピークホールド回路25aまたはローパスフィルタ回路25cから出力される信号をフィードバックし、探針12が検出する電界信号の最大値または平均値が一定になるよう、Zスキャナ22により試料1の表面に対して垂直方向に探針12を移動するよう構成されている。
【0036】
コンピュータ27は、アンプ24、演算器25、XYスキャナ21、Zスキャナ22に接続されている。コンピュータ27は、アンプ24や演算器25からの出力や、XYスキャナ21およびZスキャナ22による試料1および探針12の位置を記録・演算したり、アンプ24や演算器25からの出力から、XYスキャナ21およびZスキャナ22を制御したりするよう構成されている。具体的には、コンピュータ27は、電圧印加手段14により直流バイアス電圧を印加したとき、振動する探針12が検出した電界信号の最大値、最小値、平均値等に基づいて、試料1の表面と探針12の平均位置との距離を求めるようになっている。また、コンピュータ27は、XYスキャナ21を制御して、試料1を水平方向に移動させて走査し、そのときの試料1の表面と探針12との距離を、所定の間隔で求めるようになっている。さらに、コンピュータ27は、走査時に求められた試料1の表面と探針12との距離と、走査時の探針12の軌跡とを考慮して、試料1の表面形状を求めるようになっている。
【0037】
なお、本発明の実施の形態の間隙測定装置は、探針12と加振子13と電圧印加手段14と制御手段15とから構成されている。
本発明の実施の形態の表面形状測定方法は、表面形状測定装置10により、以下のように実施される。なお、本発明の実施の形態の間隙測定方法は、本発明の実施の形態の間隙測定装置により好適に実施される。
【0038】
電圧印加手段14により試料1と探針12との間に直流バイアス電圧を印加した状態で、Zスキャナ22を駆動させて探針12を試料1の表面に充分接近させると、探針12により電界信号が検出される。その電界信号は、試料1と探針12との間隔の大きさに依存し、その間隔が小さいほど大きい信号が検出される。このとき、電気信号として、試料1と探針12との間に印加した直流バイアス電圧による静電気力または電界放出電流を利用するため、原子間力やトンネル電流を利用する場合と比べて試料1と探針12との間隔が大きくても、その電気信号を検出することができる。このため、試料1と探針12との間隔を十分あけて測定を行うことができ、探針12と試料1とが衝突するのを防ぐことができる。
【0039】
電界信号が検出される領域で、加振子13により探針12をZ軸に沿って強制振動させると、試料1と探針12との間隔が周期的に変化することになる。これにより、探針12で検出される電界信号も周期的に変化し、その周波数は探針12の強制振動の周波数と一致する。アンプ24により電界信号を電圧信号へ変換し、その電圧値を演算器25へ入力する。このとき、演算器25におけるピークホールド回路25aの出力は、探針12が試料1の表面に最も接近しているときに検出される信号であり、ボトムホールド回路25bの出力は、探針12が試料1の表面から最も遠ざかっているときに検出される信号である。
【0040】
制御手段15により、演算器25のピークホールド回路25aまたはローパスフィルタ回路25cの出力をPID回路26へ入力してフィードバックを行い、Zスキャナ22を駆動させて追従を行う。追従ができている状態では、PID回路26へ入力した演算器25の出力値は一定となる。それと同時に、試料1と探針12との間隔もおよそ一定となるが、表面物性や幾何条件に依存しているため、同じ試料1の表面上でも追従している場所が変われば試料1と探針12との間隔も変化する。
【0041】
追従ができている状態で、制御手段15によりXYスキャナ21を動かし、試料1の表面を走査する。XYスキャナ21への指令値およびZスキャナ22の変位量は全てコンピュータ27によって記録され、ここから探針12の軌道を求めることができる。探針12をラスタスキャンさせ、探針12の描いた軌道から試料1の表面の仮の形状像(イメージ)を作成する。
【0042】
探針12の軌道は、試料1の表面の輪郭から、試料1と探針12との間隔の大きさだけ離れたところを描く。もしZ方向に沿った試料1と探針12との間隔が一定であれば、探針12の描く軌道は試料1の表面の輪郭をそのままシフトしたものとなるため、仮の形状像は真の形状像と一致する。しかし、試料1と探針12との間隔は追従している場所によって変動するため、仮の形状像には試料1と探針12との間隔の変動による影響が含まれている。すなわち、真の形状像を得るためには、試料1と探針12との間隔の変動による影響をキャンセルする必要がある。
【0043】
そこで、走査と同時に記録された演算器25の出力から、あらゆる場所での試料1と探針12との間隔を算出し、その間隔の像(イメージ)を作成する。このとき、電気信号として静電気力または電界放出電流を利用するため、試料1の表面と探針12との間隔(距離)を高分解能で求めることができる。算出される試料1と探針12との間隔はZ軸に沿ったものであるため、探針12の軌道から作成した仮の形状像(イメージ)から、試料1と探針12との間隔の像(イメージ)を差し引くことで、真の形状像が完全に再現される。
【0044】
このように、本発明の実施の形態の表面形状測定方法および表面形状測定装置10は、探針12の軌跡と、走査時の試料1の表面と探針12との距離とを合成することにより、試料1の表面形状を正確に求めることができる。また、電界信号を利用したことによるコントラストの低下や、試料1の表面物性や幾何条件の影響による像の乱れを排除することができ、高分解能で正確な表面形状像を得ることができる。
【0045】
本発明の実施の形態の表面形状測定方法および表面形状測定装置10は、試料1と探針12とを十分に離して測定することができるため、走査中に、探針12と試料1とが衝突するのを防ぐことができる。また、試料1と探針12との間隔の像(イメージ)を取得でき、試料1と探針12との間隔の変動による影響がキャンセルされるため、試料1と探針12との間隔を一定にする必要がなくなる。したがって、追従の遅れによって試料1と探針12との間隔が変動しても問題とはならないため、追従の応答は問題となり難く、高速化を実現し易くなる。これらにより、比較的高速での走査が可能である。
【0046】
以下、本発明の実施の形態の表面形状測定方法および表面形状測定装置10の、試料1と探針12との間隔の算出法の原理を、電界信号として静電気力および電界放出電流を用いる場合のそれぞれについて述べる。なお、静電気力は、非導電性の材料にも発生し得る信号であり、電界放出電流は、検出機構がシンプルであるという特長を有している。
【0047】
[静電気力を利用する場合の、試料1と探針12との間隔の算出原理]
まず、静電気力を利用する場合について説明する。試料1の表面がXY平面と平行に置かれているとき、試料1と探針12との間隔のZ軸方向の距離をdとおくと、静電気力Δfの理論式は、(1)式のように表現される。ただし、Kは誘電率などによる影響をまとめた係数、Sは静電気力が発生する有効面積であり、いずれも走査中一定でないとして扱う。また、nは探針の形状などに由来する定数であり、走査中一定として扱う。
【数1】

【0048】
また、試料1の表面上の追従している位置の傾斜がXY平面に対してθの傾きを持つとき、検出される静電気力は、(2)式となる。
【数2】

【0049】
次に、dを振央にして、探針12を両振幅2Wで強制振動させる場合を考える。この場合、探針12が試料1に最も接近しているときに検出される静電気力は、(3)式となり、最も離れているときに検出される静電気力は、(4)式となる。
【数3】

【0050】
探針12の強制振動の周波数が走査速度に対して十分大きいとき、強制振動の1周期に時間を限定すれば、K、Sおよびθは一定と扱って差し支えない。したがって、ΔfmaxおよびΔfminをほぼ同時に取得する場合、(3)式および(4)式を連立することで、K、S、θがキャンセルされ、試料1の表面物性や幾何条件の影響を全て相殺した(5)式が導かれる。(5)式をdについて解くと、(6)式が得られ、試料1の表面の物性や幾何条件によらず、試料1と探針12との間隔(距離)を高分解能で算出することができる。
【数4】

【0051】
以上より、電界信号として静電気力を用いる場合、演算器25のピークホールド回路25aの出力とボトムホールド回路25bの出力とを記録することで、(6)式を用いた試料1と探針12との間隔の演算が可能となる。
【0052】
[電界放出電流を利用する場合の、試料1と探針12との間隔の算出原理]
次に、電界放出電流を利用する場合について説明する。試料1の表面がXY平面と平行に置かれているとき、試料1と探針12との間隔のZ軸方向の距離をdとおくと、電界放出電流の理論式は、(7)式のように表現される。ただし、Jは電界放出電流量、Sは電界放出の発生し得る有効面積である。A、Bは試料1の表面の仕事関数などに依存する係数であるが、仕事関数は表面状態に依存するため、いずれも走査中一定でないとして扱う。
【数5】

【0053】
また、試料1の表面上の追従している位置の傾斜がXY平面に対してθの傾きを持つとき、検出される電界放出電流は、(8)式となる。
【数6】

【0054】
次に、dを振央にして、探針12を両振幅2Wで強制振動させる場合を考える。電界放出電流の場合、観測される電流値の理論式(8)式に存在する未知数は、静電気力の理論式(2)式よりも多く、dを算出するためには3つの関係式を取得して連立させる必要がある。そこで、探針12が試料1に最も接近しているとき、遠ざかっているときに加え、探針12が強制振動の振央にあるときの合計3つの状態にて検出される電界放出電流の大きさから、試料1と探針12との間隔を算出する手法を述べる。
【0055】
探針12が試料1に最も接近しているときに検出される電界放出電流は(9)式、最も離れているときに検出される電界放出電流は(10)式、強制振動の振央にあるときに検出される電界放出電流は(11)式である。(9)式が電界放出電流の極大値であり、(10)式が極小値である。
【数7】

【0056】
電界放出電流による場合でも、静電気力の場合と同様に、(9)式〜(11)式を連立して係数を除去することで、(12)式が得られ、試料1の表面の物性や幾何条件によらず、試料1と探針12との間隔(距離)を高分解能で算出することができる。
【数8】

【0057】
以上より、電界信号として電界放出電流を用いる場合、演算器25のピークホールド回路25aの出力とボトムホールド回路25bの出力とを記録し、またトリガ信号を用いて探針12が強制振動の振央にあるときの出力を記録することで、(12)式により試料1と探針12との間隔の演算が可能となる。なお、探針12が強制振動の振央にあるときの出力を得るには、加振子13による強制振動の波形が正弦波や三角波である場合、加振子13の振動と同期するためのトリガを用いて、90度ずつ位相がずれたデータをサンプリングすればよい。このときに必要なトリガ信号は、例えばPLL(位相同期回路)を利用し、強制振動の4倍の周波数を持った矩形波を生成することなどで容易に実現することができる。
【実施例1】
【0058】
ここで、本発明の実施の形態の表面形状測定方法および表面形状測定装置10の、試料1と探針12との間隔を算出する原理を確認するための実験を行った。図2に、実験装置の構成を示す。本実験装置は、探針12と試料1の金コートミラーとを対向させる構成をとり、電圧印加手段14により金コートミラーと探針12との間に直流バイアス電圧が印加され、電位差が与えられている。本実験では、バイアス電圧を10Vに設定した。
【0059】
本実験では、探針12の強制振動の両振幅を5nmに設定した。また、電界放出電流の強度分布の特徴である指数関数場を観察し易いように、強制振動の振動波形を三角波とした。探針12は、絶縁膜31とシールド膜32とを介して加振子13に取り付けられている。また、実験装置の簡略化のため、加振子13がアンプ24に固定されている。なお、本実験装置には、走査手段11は設けられていない。
【0060】
図3に、実際に観測された電界放出電流の波形を示す。探針12の三角波状の振動波形と、電界放出電流の指数関数場に由来した電流波形とが観測されている。それぞれの山における頂上を中心とした非対称性は、加振子13のヒステリシスによりものであり、フィードフォワードによる補正が可能である。
【0061】
図3の波形を半周期ごとに分割し、それぞれの平均をとることで生成した探針12の振央からの変位に対する電界放出電流の強度分布を、図4に示す。図4に示すように、指数関数場が観測されることから、強制振動する探針12を用いることで、電界信号の強度分布を測定することが十分に可能であるといえる。この結果および(12)式を用いて試料1と探針12との間隔を算出すると、およそ8.1nmとなる。
【0062】
以上より、電界放出電流を利用する場合を例として、強制振動する探針12を用いることにより、電界信号の強度分布が解析可能であることが確認された。また、その強度分布が、理論式の(7)式と一致することも確認された。
【0063】
このように、本発明の実施の形態の表面形状測定方法および表面形状測定装置10によれば、従来の非接触式SPMにおける走査速度と測定性の向上を実現するために、試料1の表面から電界信号を発生させ、電界信号を検出できる探針12を用いて、試料1と探針12との間隔を十分大きくとった状態で追従や走査を行い、かつ探針12を強制振動させることでその間隔を連続的に変化させ、強制振動と同位相で変化する電界信号を連続的に測定し、測定された電界信号から電界信号の強度分布情報を簡素な手段で記録し、物性や幾何条件による影響をキャンセルしつつ、試料1と探針12との間隔を演算することができる。
【符号の説明】
【0064】
1 試料
10 表面形状測定装置
11 走査手段
21 XYスキャナ
22 Zスキャナ
12 探針
13 加振子
14 電圧印加手段
23 バイアス電源
15 制御手段
24 アンプ
25 演算器
26 PID回路
27 コンピュータ


【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料の表面にほぼ垂直な方向に沿って振動するよう、前記試料の表面との間に隙間をあけて配置され、前記試料との間に発生する電界信号を検出可能な探針と、
前記試料と前記探針との間に直流バイアス電圧を印加可能に設けられた電圧印加手段と、
前記電圧印加手段により直流バイアス電圧を印加したとき、振動する前記探針が検出した電界信号に基づいて、前記試料の表面と前記探針との距離を求める制御手段とを、
有することを特徴とする間隔測定装置。
【請求項2】
前記電界信号は静電気力または電界放出電流であり、
前記制御手段は前記探針が検出した電界信号の最大値と最小値とに基づいて、前記試料の表面と前記探針の平均位置との距離を求めることを
特徴とする請求項1記載の間隔測定装置。
【請求項3】
請求項1または2記載の間隔測定装置と、
前記試料の表面に対して平行方向に、前記探針を相対的に移動可能に設けられた走査手段とを有し、
前記制御手段は、前記走査手段により前記探針を相対的に移動させるとき、前記探針の振動周期に応じた間隔で、前記試料の表面と前記探針との距離を求め、求められた前記距離とそのときの前記探針の位置とから前記試料の表面形状を求めることを
特徴とする表面形状測定装置。
【請求項4】
前記走査手段は、前記試料の表面に対して垂直方向にも、前記探針を相対的に移動可能であり、
前記制御手段は、前記走査手段により前記試料の表面に対して平行方向に前記探針を相対的に移動させるとき、振動する前記探針が検出する電界信号の平均値が一定になるよう、前記走査手段により前記試料の表面に対して垂直方向に前記探針を相対的に移動させ、このときの前記探針の軌跡を考慮して前記試料の表面形状を求めることを
特徴とする請求項3記載の表面形状測定装置。
【請求項5】
試料と、前記試料の表面との間に隙間をあけて配置され、前記試料の表面にほぼ垂直な方向に沿って振動する探針との間に直流バイアス電圧を印加し、前記探針が検出した電界信号に基づいて、前記試料の表面と前記探針との距離を求めることを特徴とする間隔測定方法。
【請求項6】
前記電界信号は静電気力または電界放出電流であり、前記探針が検出した電界信号の最大値と最小値とに基づいて、前記試料の表面と前記探針の平均位置との距離を求めることを特徴とする請求項5記載の間隔測定方法。
【請求項7】
前記試料の表面に対して平行方向に前記探針を相対的に移動させ、前記探針の振動周期に応じた間隔で、請求項5または6記載の間隔測定方法により前記試料の表面と前記探針との距離を求め、求められた前記距離とそのときの前記探針の位置とから前記試料の表面形状を求めることを特徴とする表面形状測定方法。
【請求項8】
前記試料の表面に対して平行方向に前記探針を相対的に移動させるとき、前記探針が検出する電界信号の平均値が一定になるよう、前記試料の表面に対して垂直方向に前記探針を相対的に移動させ、このときの前記探針の軌跡を考慮して前記試料の表面形状を求めることを特徴とする請求項7記載の表面形状測定方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2013−11471(P2013−11471A)
【公開日】平成25年1月17日(2013.1.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−143176(P2011−143176)
【出願日】平成23年6月28日(2011.6.28)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】